前書き
『林園月令』は、江戸時代の漢詩人・書家である館柳湾が編纂した書であるが、国会図書館から「ディジタルコレクション」として公開されている。
このうち、第一編の「七言絶句」について、「捜韻」を使って復元し、原文の訓読文に従って読み下しを行った。「捜韻」と異なる部分があるが、原文を尊重すること、「捜韻」では読み下せない部分がある事に鑑み、原文に従ったが、部分的に不鮮明なところがあり、適宜補った。語釈は、いずれ着けるつもりであるが、多の作業もあり、同様の研究を行っている方のために公開するものである。
人口に膾炙しているものについては、通常の読み下しにしたが、多は原文に忠実に読み下したと思っている。しかし、作業途中の物であるので、間違いもあるかも知れず、参考資料として利用されたい。
２段階に渡って折りたたんであるが、適宜展開して利用されたい。
（２０２１年１１月３日）
読み下し文を見直すと共に、語釈を追加した。
（２０２３年８月２５日）
氣融煙塢晚來明 気は 煙塢を融して 晚来 明かなり
逢草逢花報發生 草に逢い 花に逢い 生を発するを報ず
【語釈】
○春郊…春の郊外。○冰渠…氷の張った溝。○漸…次第次第に。○煙塢…靄のかかった村落。○晚來…夕方になってから。○東風…春風。○陽和…春天。
花枝草蔓眼中開 花枝 草蔓 眼中に開く
小白長紅越女腮 小白 長紅 越女の腮
嫁與春風不用媒 春風に 嫁するに 媒を用いず
【語釈】
○南園…李賀の故郷、河南省洛陽市宜陽県の南園。○草蔓…草のつる。○越女…越（浙江省）の女。美人が多い。○可憐…感嘆の言葉。ああ。○嫣香…なまめかしい色香。○媒…仲人。
（参考文献） 『漢詩大系 １３』
韋曲城南錦繡堆 韋曲 城南 錦繡堆し
千金不惜買花栽 千金を惜まず 花を買いて栽ゆ
誰知豪貴多羈束 誰か知らん 豪貴 羇束多くして
落盡春紅不見來 春紅を落尽くするも 見来たらず
【語釈】
○韋曲…長安の南にあった地名。○錦繡…錦の刺繍をした織物。○豪貴…極めて三分の高い人。○羈束…拘束。○春紅…春天の花朶。
白晝偶成芳草夢 白昼 偶ゝ成す
芳草の夢
起來幽興有新詩 起き来たりて 幽興 新詩有り
風簾不動黄鸝語 風簾 動かず
黄鸝 語り
坐見庭花日影移 坐して見る 庭花の 日影の移るを
【語釈】
○幽興…奥ゆかしい興趣。○風簾…窓を覆うカーテン。○黄鸝…コウライウグイス。
黄金蔌蔌滿垂楊 黄金
蔌々として 垂楊に満つ
尚有春寒到畫堂 尚お
春寒の 画堂に到る有り
酒力漸銷歌扇怯 酒力 漸く銷え 歌扇 怯ゆ
入簾飛雪带梅香 簾に入る飛雪 梅香を帯ぶ
【語釈】
○黄金…柳の黄色い芽。○蔌蔌…やつれたさま。○春寒…春の初めの残寒。○酒力…酒が人を酔わす力。○漸…次第次第に。○歌扇…歌舞の時に用いる扇。
春草門前已沒靴 春草 門前 已に靴を沒す
更無人過野人家 更に 人の 野人の家に 過ぎる無し
離離細竹時聞雨 離々たる細竹 時に雨を聞き
淡淡輕烟不隔花 淡々たる軽煙 花を隔てず
【語釈】
○野人…官に就かず郊外に住む人。○離離…草木の繁茂しているさま。○淡淡…薄いさま。○輕烟…薄い霞。
暖入金溝細浪添 暖は 金溝に入りて
細浪添う
賣花聲動天街遠 花を売る声
動いて 天街遠し
幾處春風揭繡簾 幾処の春風
繡簾を揭ぐ
【語釈】
○梁園…皇室の庭園。○金溝…宮城の堀。○細浪…さざ波。○津橋…橋梁。○纖纖…か細いさま。○天街…宮城中の道。○繡簾…刺繍をした簾。
要嘱園丁取折枝 園丁に嘱め 折枝を取るを要す
紅桃白李紫薔薇 紅桃 白李 紫薔薇
石函橋畔人煙晚 石函橋畔 人煙の晚
挑得春光一擔歸 春光 一擔を 挑げ得て帰る
【語釈】
○西湖…浙江省杭州市の近くにある風光明媚な湖。○壯遊…大志を抱いて遠くへ旅すること。○即事…事に触れてそのままを詠った詩。○石函橋…石造りのアーチ橋。○人煙…炊事の煙。○春光…春景色。春の気配。○擔…担いだ荷物の単位。○挑…担う。
淺淺春風尚帶寒 浅々たる春風 尚お 寒を帯ぶ
日斜香篆半燒殘 日斜めにして
香篆 半ば焼残す
杏花一樹開如錦 杏花 一樹
開きて錦の如し
怕觸啼鶯不倚闌 触るるを怕れ 啼鶯 闌に倚らず
【語釈】
○淺淺…そよ風が吹くさま。○香篆…篆書の形をした香。○燒殘…燃え尽きる。○闌…欄干。
滿山筍蕨滿園茶 満山の筍蕨 満園の茶
一樹紅花間白花 一樹の紅花 白花に間る
大抵四時春最好 大抵 四時 春 最も好し
就中尤好是山家 就中 尤も好きは 是れ 山家
【語釈】
○筍蕨…タケノコと蕨。○四時…四季。
詩家清景在新春 詩家の清景は
新春に在り
綠柳纔黃半未勻 綠柳 黃 纔にして 半ば 未だ 勻からず
若待上林花似錦 若し 上林花 錦に似たるを待たば
出門俱是看花人 門を出ずれば 俱に是れ 花を看る人ならん
【語釈】
○清景…澄み切った美しい眺め。○嫩…若く柔らか。○色未勻…柳の緑色が浅く、十分色づいていない。○上林…漢の武帝が開いた苑で、転じて天子の御苑。
（参考文献） 『和漢名詞選類評釈』
一二三四五六七 一二三四五六七
萬木生芽是今日 万木 芽を生ずるは 是れ 今日
遠天歸雁拂雲飛 遠天の帰雁 雲を払って飛び
近水遊魚迸冰出 近水の遊魚 氷を迸らせて出ず
【語釈】
○歸雁…北方に帰って行く雁。
新曆才將半紙開 新曆 才に 半紙を将て開く
小庭猶聚爆竿灰 小庭 猶お 聚む 爆竿の灰
偏憎楊柳難鈐轄 偏に憎む 楊柳の 鈐轄し難きを
又惹東風意緒來 又
東風の 意緒を惹き来たる
【語釈】
○新曆…新しい暦と年。○爆竿…爆竹。新年に爆竹で邪気を払う習慣があった。○鈐轄…司会、統率。○意緒…心意。情緒。
戴星先捧祝堯觴 星を戴いて
先ず捧ず 祝尭の觴
鏡裏堪驚兩鬢霜 鏡裏 驚くに堪えたり
両鬢の霜
好是燈前偷失笑 好し是れ 灯前 失笑するを愉まん
屠蘇應不得先嘗 屠蘇 応に 先ず 嘗むることを得ざるべし
【語釈】
○祝堯觴…理想の皇帝堯を祝う酒の觴。○應…「まさに～すべし」と読み「必ず～しなければならない」の意。
省事天公厭兩回 事を省く天公 両回を厭い
新年春日併相催 新年 春日 併せて相催す
殷勤更下山陰雪 殷勤にす
更に山陰の雪を下して
要與梅花作伴來 梅花と伴を作し 来らんことを要す
【語釈】
○次韻…同じ韻字を同じ順序で用いて詩を作ること。○秦少游…秦觀。北宋の文人。高郵（江蘇省）の人。蘇軾の弟子、すぐれた抒情詩を多く残した。○元日立春…元日と立春が重なること。○天公…天（の神）。○兩回…（元日と立春）の両方にやってくる。
雪裏猶能醉落梅 雪裏 猶お能く 梅に酔う
好營杯具待春來 好し 杯具を営め 春の来るを待つ
東風便試新刀尺 東風 便ち 新たに 刀尺を試み
萬葉千花一手裁 万葉 千花 一手に裁す
【語釈】
○雪裏…雪の中。○東風…春風。○刀尺…衣服を製作する。○裁…裁縫で縫い上げる。
綵燕雙簪翡翠翹 綵燕の双簪 翡翠の翹
巧裁銀勝試春韶 巧に銀勝を裁ちて 春韶を試む
東風已到闌干北 東風 已に到る 闌干の北
看見嬌黄上柳條 看見ん 嬌黄の柳條に上るを
【語釈】
○綵燕…燕の模様の彩り。○雙簪…二つのかんざし。○翹…鳥の尾羽。○銀勝…銀箔を人の形に切って飾りとした髪飾り。○春韶…春を告げる。○東風…春風。○嬌黄…なまめかしい黄色。柳の若芽。
才見池痕認得春 才かに池痕を見て
春を認め得たり
香沁綵鞭旗脚轉 香は綵鞭に沁みて 旗脚転ず
自題蘭帖記春新 自ら蘭帖に題して春の新たなるを記す
【語釈】
○池痕…池の波。○吹皺…風に吹かれて波が生じること。○粼粼…水がすきとおって石が見えるさま。○綵鞭…彩られた鞭。○旗脚…旗の足。○蘭帖…彩られた紙。
小桃枝上認年華 小桃枝上 年華を認むれば
隨分紅開一兩花 分に従いて 紅は開く 一両花
將謂春風只城市 将て謂えり 春風 只だ 城市と
也吹春色到山家 也た春色を吹いて 山家に到ると
【語釈】
○小桃…桃の一種で早春に咲く。○年華…春光。○一両花…一二の花。○春色…春景色。
春風無力柳條斜 春風 力無く 柳條 斜めなり
新草微分一抹沙 新草 微かに分かつ 一抹の沙
欲向主人借鋤插 主人に向って
鋤插を借り
掃開殘雪種梅花 開きて残雪を掃いて 梅花を種えんと欲す
【語釈】
○鋤插…すき。
二月二日新雨晴 二月二日 新雨 晴れ
草芽菜甲一時生 草芽 菜甲
一時に生ず
輕衫細馬春年少 軽衫 細馬 春の年 少なり
十字津頭一字行 十字の津頭 一字に行く
【語釈】
○菜甲…野菜の最初の葉の芽。○輕衫…軽い衣服。○細馬…小型の馬。
庭前春鳥啄林聲 庭前の春鳥 林を啄む声
紅夾羅襦縫未成 紅夾 羅襦 縫うこと未だ成らず
今朝社日停針線 今朝 社日 針線を停め
起向朱櫻樹下行 起きて 朱桜に向かい 樹下を行く
【語釈】
○吳楚歌詞…長江中下流一帯の歌。○紅夾…紅色の裏地付き。○羅襦…絹製の短衣。○社日…（春の）祭りの日。
鵝湖山下稻粱肥 鵝湖山下
稲粱肥ゆ
豚柵雞棲半掩扉 豚柵 雞棲 半ば扉を掩す
桑柘影斜春社散 桑柘 影 斜めにして春社 散じ
家家扶得醉人歸 家々 酔人を 扶け得て帰る
【語釈】
○社日…土地神を祀る日。立春後第五の戌の日を春社、立秋後第五の戌の日を秋社という。○鵝湖山…荷湖山ともいう。信州鉛山県、現在の江西省鉛山県にある山。○稻梁肥…晩秋の豊作をいう。梁は穀物。○豚穽…豚を飼っているところ。穽は、穴。豚は坑(あな)で飼われていた。○鷄塒…鶏を飼っているところ。塒は、鳥のねぐら。○桑柘…桑の木。やまぐわ。○影斜…夕暮れをいう語。
（参考文献） 『三体詩』
南浦東岡二月時 南浦 東岡 二月の時
物華撩我有新詩 物華 我を撩し 新詩有り
含風鴨綠粼粼起 風を含む鴨は
緑にして 粼々として起こり
【語釈】
○南浦…南側の水辺。○物華…自然の景物。○粼粼…水がすきとおって石の見えるさま。○鵝黄…芽吹いた柳。○裊裊…ゆらゆらするさま。
竹笋初生黄犢角 竹笋 初めて生ず 黄犢の角
蕨芽已作小兒拳 蕨芽 已に作す
小兒の拳
試尋野菜炊香飯 試みに 野菜を尋ねて 香飯を炊けば
便是江南二月天 便ち 是れ 江南 二月の天
【語釈】
○観化…変化を観察する。○竹笋…タケノコ。○黄犢…黄色い子牛。○蕨芽…蕨の芽。○江南…長江下流の南岸地方。
海棠雨後沁臙脂 海棠 雨後 臙脂を沁たし
楊柳風前撚綠絲 楊柳 風前 緑糸を撚る
香篆結雲深院靜 香篆 雲を結びて 深院 静かなり
去年今日燕來時 去年の今日 燕 来たりし時
【語釈】
○社日…（春の）祭りの日。○臙脂…化粧や絵に使われる赤色の顔料。○香篆…篆書のように曲がった香の煙。○深院…奥深いところにある中庭。
晴煙膏露若為容 晴煙 膏露 若為にか容ずくらん
莫怨五更風色惡 怨む莫かれ五更 風色の悪きを
開花原是落花風 開花は
原と是れ 落花の風
【語釈】
○花朝…花朝節。旧暦二月十五日。○晴煙…晴れたかすみ。○膏露…甘露。○若為…如何に。どのようにして。○香苞…良い香りのする花苞。○曉紅…朝焼け。○五更…夜明け前。○風色…風の気配。○原…もともと。
妬花風雨怖難銷 花を妬む風雨 淚 銷し難し
偶逐晴光撲蝶遙 偶ゝ 晴光を逐いて 蝶を撲すること遙かなり
一半春隨殘夜醉 一半の春は
残夜の酔いに隨い
卻言明日是花朝 卻って言う 明日 是れ 花朝なりと
【語釈】
○花朝…花朝節。旧暦二月十五日。○殘夜…夜が尽きようとするとき。
青青南陌柳如絲 青々 南陌 柳 糸の如し
柳色鶯聲晚日遲 柳色 鴬声
日 晚るること遅し
何處最傷遊客思 何れの処か
最も遊客の思いを傷ましむ
春風三月落花時 春風 三月 落花の時
【語釈】
○陌上…道の上。○南陌…南側の道路。○遊客…旅人。
草樹知春不久歸 草樹 春の久しく帰らざるをを知りて
【語釈】
○百般…各種各様。○芳菲…花のよい匂い。○楊花…柳絮。○榆莢…ニレの実。○才思…才気と思慮。○解…離ればなれになる。○漫天…満天。空一杯。
擁鼻侵襟花草香 鼻を擁し 襟を侵して 花草香し
高臺春去恨茫茫 高台 春 去りて 恨み茫々
蔫紅半落平池晚 蔫紅 半ば落ちて 平池は晚れ
曲渚飄成錦一張 曲渚 飄えり成す 錦一張
【語釈】
○韋家…不祥。○擁鼻…鼻を蔽う。○茫茫…果てしないさま。○蔫紅…鮮やかな赤色の花。○曲渚…曲がったなぎさ。○錦一張…錦の旗一つ。
寒食尋芳遊不足 寒食 芳を尋ね 遊びて足らず
溪亭還醉綠楊煙 溪亭 還た酔う 緑楊の煙
誰家花落臨流樹 誰が家にか花は落つ 流れに臨む樹
數片殘紅到檻前 数片の残紅 檻前に到る
【語釈】
○溪亭…渓にある亭。○寒食…当時から百五日目。この日と前後の三日間は、火を使わない風習があった。○残紅…散った花。○檻前…欄干の前。
睡足高簷春日斜 睡 足りて 高簷 春日斜めなり
樓邊綠樹飛紅盡 楼辺の緑樹 飛びて 紅 尽き
【語釈】
○高簷…高いノキ。○碾聲…石うすの音。○小龍茶…茶葉を精製して竜の形に丸めた物。○春色…春景色。春の気配。○薺花…ナズナの花。
曉風池沼水瀾翻 曉風 池沼 水瀾 翻り
春盡淮南麥秀寒 春
尽きて 淮南 麥秀の寒
院落無人日亭午 院落 人無くして 日は亭午
柳花如雪滿闌干 柳花 雪の如く
闌干に満つ
【語釈】
○水瀾…水の波。○淮南…安徽省の中部。○麥秀寒…麦の伸びるころ不意に来る寒さ。○院落…屋敷の中の中庭。○亭午…正午。○柳花…柳絮。
燕子來時春又休 燕子 来たる時 春又休む
暖風吹綠上枝頭 暖風 緑を吹いて 枝頭に上る
繡簾不隔荼蘼月 繡簾 隔たず 荼蘼の月
香影無人自入樓 香影 人無く 自ら 楼に入る
【語釈】
○燕子…家燕。○繡簾…刺繍を施したカーテン。○荼蘼…バラ科の植物。○香影…美しい月の光。
篷窗恰受夕陽明 篷窓 恰も 夕陽を受けて 明らかなり
楊柳梨花半月程 楊柳 梨花 半月の程
老去不知寒食近 老 去りて 寒食の近きを知らず
一篙烟水載春行 一篙の煙水 春を載せて行く
【語釈】
○清明…淸明節、二十四節気の一つ。春分のあと一五日目、新暦の四月五、六日ごろに当たる。○次…宿泊する、留まる（多くは舟）。○呉門…甘粛省甘谷県。○寒食…冬至から一○五日目。この日と前後の日、三日間は火を使うのを禁じて、火を使わない食事とする習慣があった。○一篙…一棹ほどの深さ。○烟水…靄を含んだ水。
（参考文献） 『和漢名詞選類評釈』
街頭女兒雙髻鴉 街頭の女兒 双髻鴉
隨蜂趁蝶學夭邪 蜂に従い 蝶を趁いて夭邪を学ぶ
東風也作清明節 東風 也た 清明節を作して
開遍來禽一樹花 開遍す 來禽 一樹の花
【語釈】
○清明…淸明節、二十四節気の一つ。春分のあと一五日目、新暦の四月五、六日ごろに当たる。○雙髻鴉…髪を左右に分けて角形に結った髪型。あげまき。○夭邪…あやしくよこしまなこと。○東風…春風。○開遍…遍く開く。○來禽…リンゴ。
東湖東畔柳枝長 東湖の東畔 柳枝長し
滿苑飛花亂夕陽 苑に満つる 飛花 夕陽を乱す
何處祓除兒女散 何れの処に
除を払う 兒女散ずるや
過來流水鬱金香 過ぎ来たる 流水 鬱金香
【語釈】
○次韻…同じ韻字を同じ順序で使って詩を作ること。○湖北省武漢市武昌の東郊にある湖。○飛花…柳絮。○祓除…穢れを祓い除く。○鬱金香…ウコンの香り。
小窗新綠著枝輕 小窓の新緑 枝に著いて 軽し
寒逐東風陣陣生 寒は
東風を逐いて 陣々として生まる
燕子不來花落盡 燕子は来たらず 花は落ちて尽き
一簾疏雨又清明 一簾の疏雨 又
清明
【語釈】
○清明…淸明節、二十四節気の一つ。春分のあと一五日目、新暦の四月五、六日ごろに当たる。○東風…春風。○陣陣…とぎれとぎれに続くさま。○燕子…家燕。○一簾…「ひとさめ」で雨の単位。○疏雨…疎らな雨。
語恨飛遲天欲明 語は恨み 飛ぶこと遅く 天 明けんと欲す
殷勤似訴有餘情 殷勤に 訴えるに似て 余情有り
仁風已及芳菲節 仁風
已に及ぶ 芳菲の節
猶向花溪鳴幾聲 猶お 花溪に向いて 鳴くこと幾声
【語釈】
○武相公…不祥。○仁風…恵みを与える風。○芳菲節…花草の盛んな季節。
春雲薄薄日輝輝 春雲は薄々 日は輝々
宮樹煙深隔水飛 宮樹 煙 深くして 水を隔だてて飛ぶ
應爲能歌繫仙籍 応に 能く歌の仙籍に繋ぐるが為に
麻姑乞與女真衣 麻姑 女真の衣を 与うことを乞うべし
【語釈】
○黃鶯…コウライうぐいす。○薄薄…薄いさま。○輝輝…光輝くさま。○煙…霞。○應…「まさに～すべし」と読み「必ず～しなければならない」の意。○仙籍…仙人世界。○麻姑…神話中の仙女の名。○女真…女道士。
幽院纔容箇小庭 幽院 纔に容る 箇の小庭
疎篁低短不堪情 疎篁 低短 情に堪えず
春來猶賴鄰僧樹 春来 猶お 鄰僧の樹に賴りて
時引流鶯送好聲 時に 流鶯の 好声を送るを引く
【語釈】
○幽齋…静かな座敷。○幽院…奥深く静かな庭。○
曉寒顧影惜金衣 曉寒に 影を顧て 金衣を惜しむ
著意聽時不肯啼 意に著いて 聽く時 肯えて啼かず
飛入柳陰多去處 飛びて 柳陰多き処に入りて去る
數聲只許落花知 数声 只だ 許す 落花の知るを
【語釈】
○玉田…美田。○金衣…黄色の鳥の羽。○著意…心にとめる。
栁花如雪滿春城 栁花 雪の如く
春城に満つ
始聽東風第一聲 始めて聽く
東風 第一声
夢裏江南舊時路 夢裏 江南
旧時の路
【語釈】
○黄鶯…コウライうぐいす。○栁花…柳絮。○東風…春風。○夢裏…夢の中。○江南…長江中下流の南岸地帯。○煙雨…霧雨。○分明…はっきりする。
正愁春去對春風 正に愁う 春 去りて 春風に対するを
忽聽鶯啼碧樹叢 忽ち聽く 鴬の 碧樹の叢に啼くを
無數飛花向簾幕 無数の飛花 簾幕に向い
將愁盡入一聲中 愁いを将って 尽く入る 一声の中
【語釈】
○簾幕…すだれと幕。
朱雀橋邊野草花 朱雀橋辺 野草の花
烏衣巷口夕陽斜 烏衣巷口 夕陽 斜めなり
舊時王謝堂前燕 旧時の王謝 堂前の燕
飛入尋常百姓家 飛んで尋常 百姓の家に入る
【語釈】
○烏衣巷…金陵城（南京）の南側、秦淮区の白鷺洲公園のすぐ西側にある町内の名。○朱雀橋…南京城の南にある秦淮河の上の浮橋の名。○巷口…路地の入り口。○舊時…過ぎ去った昔。○王謝…王導や謝安を出した南朝の名族。○堂前…大きい建物の前。○尋常…普通の。○百姓…庶民。
（参考文献） 『唐詩三百首』
不知大廈許栖無 知らず
大廈 栖を許すや無や
頻已銜泥到座隅 頻りに 已に泥を銜えて 座隅に到る
曾與佳人竝頭語 曽て 佳人と 頭を並べて語り
幾回拋却繡工夫 幾回か 拋却す
繡工夫
【語釈】
○燕子…家燕。○大廈…広大な房屋。○座隅…座席の傍。○拋却…抛つ。○繡工夫…刺繍に費やす努力と時間。
初見梁間新 初めて見る 梁間 牖戶の新たなるを
銜泥已復哺雛頻 泥を銜え 已に復た 雛を哺すること頻りなり
只愁去遠歸來晚 只だ愁う
去ること遠く 帰来の晚きを
不怕飛低打著人 怕れず 飛ぶこと低く 人に打著するを
【語釈】
○梁間…梁の間。○牖戶…屋舎。ここでは燕の巣。○打著…ぶつかる。
燕子來時春雨香 燕子 来る時 春雨 香し
燕子去時秋雨涼 燕子 去る時 秋雨 涼し
鴛鴦一生不作客 鴛鴦 一生 客と作らず
夜夜不離雙井塘 夜々離れず
井塘に双ぶ
【語釈】
○燕子…家燕。○鴛鴦…オシドリ。○客…旅人。○井塘…わき水のある池。
初來如報社前春 初めて来たりて 社前に 春を報ずるが如し
好宿茅簷伴客身 好し
茅簷に宿し 客身に伴うに
莫入江南舊庭院 入る莫かれ 江南の旧庭院
杏花風雨總無人 杏花 風雨
総て人無し
【語釈】
○茅簷…茅吹きののき。○客身…旅人。○江南…長江中下流の南岸地方。○庭院…中庭。
别時嫌早到嫌遲 别時は早きを嫌い 到るは遅きを嫌う
【語釈】
○繡户…彫刻や絵で飾られた立派な家。○珠簾…玉すだれ。○路岐…道筋の別れたところ。○主家…主人の家。○毛羽…ひな鳥。○雕梁…彫刻を施したはり。
暫逐東風別海涯 暫く 東風を逐いて 海涯に別る
去年營壘是誰家 去年
塁を営むは 是れ 誰が家ぞ
春光浪信江南好 春光 浪に信す 江南の好きを
到得江南又落花 江南に到り得たれば 又 落花
【語釈】
○東風…春風。○海涯…海辺。○壘…巣のこと。○春光…春景色。○江南…長江中下流の南岸地方。
社日方過花正肥 社日 方に過ぎて 花 正に肥えたり
柴屝暫啓元無事 柴屝 暫く啓く 元 事無し
恐有樑間燕子歸 恐らくは 樑間に
燕子の帰る有らんことを
【語釈】
○社日…（春の）村祭りの日。○閑庭…閑かな庭。○苔衣…鮮やかな苔。○柴屝…柴で作った粗末な扉。○燕子…家燕。
壽陽公主嫁時妝 寿陽公主 嫁時の妝
八字宮眉捧額黃 八字の宮眉 額黃を捧す
見我佯羞頻照影 我を見て 佯り羞じ 頻りに影を照らす
不知身屬冶遊郎 知らず
身は 冶遊郎に属するを
【語釈】
○壽陽公主…南朝の宋の武帝の娘。美人であった。○宮眉…宮中で流行している眉墨の描き方。○額黃…六朝時代の女性がした額に黄色を施す化粧。○照影…鏡の中の像を見る。○冶遊郎…娼婦。
佳人偸眼再三看 佳人 眼を偸み 再三 看る
莫言翼短飛長近 言う莫かれ
翼短くして 飛ぶこと長く近しと
試向花間捉也難 試みに
花間に向いて 捉るも 也た難し
【語釈】
○苒苒…しなやかなさま。○雙雙…つがいのさま。○畫欄…画で飾った欄干。○偸眼…こっそりと見る。
栩栩無因繫得他 栩々 他を繫ぎ得るに因し無し
野園荒徑一何多 野園の荒径 一えに何ぞ多き
不聞絲竹誰教舞 糸竹を聞かず
誰か 舞を教う
應仗流鶯又唱歌 応に 流鶯の 又
唱歌するに仗るべし
【語釈】
○栩栩…喜びに満ちた自己満足のさま。○荒徑…荒れた道。○糸竹…管弦。音楽。○應…「まさに～すべし」と読み、「きっと～であるに違いない」の意。○流鶯…木々の間を飛び回るうぐいす。
故園蛺蝶最多種 故園の蛺蝶 最も
種 多し
百草長時花亂開 百草
長ずる時 花 乱れ開く
窮巷春風元不到 窮巷 春風
元 到らず
一雙誰遣過牆來 一双
誰か 牆を過ぎて来たらしむ
【語釈】
○故園…故郷。○窮巷…行き止まりの小さな道。○一双…ひとつがい。
何處輕黄雙小蝶 何処の軽黄ぞ 双小蝶
翩翩與我共徘徊 翩々 我と共に徘徊す
綠陰芳草佳風月 綠陰
芳草 佳風月
不是花時也解來 是れ 花の時ならざるも 也た 解く来たる
【語釈】
○輕黄…淡い黄色。○翩翩…身が気軽に飛ぶさま。
春山處處客思家 春山 処々 客 家を思う
淡日邨煙酒斾斜 淡日 村煙 酒斾 斜めなり
蝴蝶不知人事别 蝴蝶は知らず 人事の别れ
繞牆閒弄紫藤花 牆を繞りて 閑に弄す 紫藤花
【語釈】
○客…旅人。○酒斾…酒屋の目印の旗。○紫藤花…藤の花。
欲歇還休却又飛 歇んと欲して 還た休め 却って 又 飛ぶ
芙蓉葉底戀秋暉
芙蓉の葉底 秋暉を恋う
自知翅粉渾銷盡 自ら知る 翅粉 渾て 銷じ尽くすを
羞近尊前舞女衣 羞ず 尊前 舞女の衣に近ずくを
【語釈】
○芙蓉…蓮。○秋暉…秋の陽光。○翅粉…ツバサの粉。
不論平地與山尖 平地と山尖とを 論ぜず
無限風光盡被占 限り無き風光 尽く占めらる
採得百花成蜜後 百花を採り得て 蜜 成るの後
爲誰辛苦爲誰甜 誰が為に辛苦し
誰が為に甜し
【語釈】
○山尖…山頂。○風光…風景。
★蜂 蜂 明 郭 登
花花華華競採花 花々 華々 競いて
花を採り
知他有甚經綸處 知る 他に甚の 経綸の処か有る
也向潮時報兩衙 也た 潮時に向いて両衙を報ず
【語釈】
○華華…花々。○蜜房…蜜蜂の巣。○課…課税。○經綸…国家を治める意思と才能。○兩衙…二つの役所。
雨餘林外夕煙沈 雨余の林外 夕煙 沈む
忽有蛙聲伴客吟 忽ち 蛙声の客吟を伴う 有り
莫怪聞時倍惆悵 怪む莫かれ 聞く時 倍ゝ惆悵するを
稚圭蓬蓽在山陰 稚圭が蓬蓽 山陰に在り
【語釈】
○西京道…長安を中心とする地方。○雨餘…雨上がり。○夕煙…夕靄。○客吟…旅人の歌。○惆悵…嘆き悲しむ。○稚圭…孔稚珪。南朝齊の会稽山陰の人。都官尚書に至ったが、文と酒を好み、世事を楽しまなかった。○蓬蓽…貧賤の人の住居。
越國車前矜勇甚 越国の車前 勇に矜ること甚しく
子陽井底太驕生 子陽の井底
太だ生を驕れり
來時不羨雲溟樂 来たる時
羨まず 雲溟の楽
口作儀同鼓吹聲 口に作す 儀同 鼓吹の声
【語釈】
○越國…越（蘇州）の国。○子陽…東漢の公孫述。王莽の乱の時、蜀で自立したが光武帝に敗れて死亡した。○雲溟…雲が空を覆って暗いこと。○儀同…元勲者を優待して賜った、職務の無い高官。○鼓吹…演奏楽曲。
南州溽暑醉如酒 南州の溽暑 酔うこと酒の如し
隱几熟眠開北牖 几に隱りて 熟眠 北牖を開く
日午獨覺無餘聲 日午 独り覚むれば 余声無く
山童隔竹敲茶臼 山童
竹を隔てて 茶臼を敲く
【語釈】
○夏晝偶作…夏の昼に、たまたま作った詩。○南州…南国の永州、作者が左遷された先の地。○溽暑…蒸し暑いこと。○隠…よりかかる。○几…机。○北牖…北側の窓。○牖…れんじ窓。○日午…正午。○餘声…ほかの物音。丸う茶臼…茶の葉をひいて抹茶にするのに用いるひき臼。
（参考文献） 『三体詩』
綠樹陰濃夏日長 緑樹
陰 濃やかにして 夏日し
樓臺倒影入池塘 楼台
影を倒しまにして 池塘に入る
水精簾動微風起 水精の簾 動い て微風起り
滿架薔薇一院香 満架の薔薇 一院 香し
【語釈】
○山亭…山の別荘。○陰濃…木々の葉が生い茂って暗くなっていること。○池塘…大きな池。○一架…棚一杯の。○薔薇…バラ。○滿院…中庭一杯。
（参考文献） 『漢詩鑑賞辞典』
竹低莎淺雨濛濛 竹低れ
莎浅く 雨濛々
小檻幽窗暑月中 水檻 幽窓 暑月の中
有境牽懷人不會 境の懷を牽く人 有るも会せず
東林門外翠橫空 東林門外
翠 空に橫わる
【語釈】
○莎…はますげ。○濛濛…煙るようにもやっとしているさま。○水檻…水のほとりの手すり。○幽窗…静かな窓。○東林…東辺の林。東林寺を指すこともある。○空…大空。
榴花映葉未全開 榴花 葉に映じ
未だ全くは開かず
槐影沉沉雨勢來 槐影 沉々 雨勢来る
小院地偏人不到 小院
地は偏にして 人到らず
滿庭鳥迹印蒼苔 満庭の鳥迹 蒼苔に印す
【語釈】
○西斎…西側の書斎。○即事…事にふれて、その場に応じて詩を作ること。○榴花…ザクロの花。○槐影…エンジュの木の影。○沈沈…草樹の茂っているさま。○雨勢…あまけ。○地偏…市街から離れていること。○鳥迹…鳥の足跡。○蒼苔…青い苔。○印…印を押したように標す。
窗外新篁一尺圍 窓外の新篁 一尺団
正午雲橋疎雨過 正午
雲橋 疎雨過ぎ
冬青花上蜜蜂歸 冬青
花上 蜜蜂帰る
【語釈】
○小牀…小型の臥具。○蘄竹を編んで作ったむしろ。○新篁…新しい竹。○雲橋……橋のアーチのような雲。○疎雨…まばらな雨。
無數山蟬噪夕陽 無数の山蟬
夕陽に噪ぐ
高峰影裏坐陰涼 高峰影裏 陰涼に坐ず
石邊偶看清泉滴 石辺 偶たま看る 清泉の滴るを
風過微聞松葉香 風過ぎて
微かに聞く 松葉の香
【語釈】
○閒坐…閑かに坐る。○陰涼…物陰で涼しくて爽やかなところ。○聞…臭いをかぐ。
碧窗晝寂幽意長 碧窓
昼 寂として 幽意長し
竹陰滿地琴尊涼 竹陰
地に満ち 琴尊涼し
輕雷送雨遠不到 軽雷
雨を送り 遠く到らず
雪白水花生晚香 雪白く
水花 晚香を生ず
【語釈】
○水軒…水辺の家屋。○寂…静かでひっそりしたさま。○幽意…物静かな思。○満地…地面一杯。○琴尊…琴と酒樽、文士が悠閑の生活を送る道具。○輕雷…大きくない雷の音。○雪白…雪のように白い。○晚香…寺院で夕方に焚く香のようなかおり。
中庭日午橘花開 中庭
日午 橘花 開く
蜂蝶何知故故來 蜂蝶 何くに知りて 故々に来たる
亂飄香雪點蒼苔 飄る香雪 乱れて 蒼苔に点ず
【語釈】
○雜興…さまざまな感興。○南薰…南風。○殿角…殿堂の角。○香雪…白色の花。○蒼苔…青い苔。
綠蔭松蘿暑氣涼 緑蔭 松蘿 暑気涼し
清泉瀉入小池塘
清泉 瀉ぎ入る 小池塘
人閑晝永無聊賴 人
閑に 昼 永くして 聊賴無し
一朵荷花滿院香 一朵の荷花
満院 香ばし
【語釈】
○松蘿…サルオガセ。○池塘…池。○無聊賴…安んじたことによることがない。○朵…花の付いた枝。○滿院…中庭一杯。
輕風似與荷花約 軽風 荷花と約するに似たり
為送香來自捲簾 為に
香を送り来りて 自ら簾を捲く
【語釈】
○偶成…たまたま作った詩。○深院…奥まった中庭。○午炎…昼の暑さ。○篆煙…篆字のように曲がって立つ香煙。○淹淹…気力のないさま。○荷花…蓮の花。
長養薰風拂曉吹 長養の薰風 曉を払いて吹き
青蟲也學莊周夢 青虫
也た 莊周の夢を学びて
化作南園蛺蝶飛 化して
南園の 蛺蝶と作りて飛ぶ
【語釈】
○長養…長大。○薰風…なごやかで暖かい風。○漸…次第次第に。○荷芰…蓮と菱。○莊周夢…「荘子」の故事。夢の中で、蝶になり、夢から覚めたとき、夢の中の自分が現実か、現実のほうが夢なのか分からなくなったという説話。○南園…南の園。
庭樹新陰葉未成 庭樹の新陰
葉 未だ成らず
玉階人靜下簾聲 玉階 人 静かにして 簾を下す声
相風不動烏龍睡 相風 動かず 烏龍 睡る
時有幽禽自喚名 時に 幽禽の 自から名を喚ぶ 有り
【語釈】
○新陰…新しい枝葉によってできた木陰。○玉階…玉でできたきざはし。○相風…風向きを観測する機械。○烏龍…犬。○幽禽…姿を見せない鳥。
首夏清和新雨晴 首夏 清和
新たに 雨 晴る
綠莎細軟不妨行 緑莎 細軟にして
行を妨げず
園夫遮道白何事 園夫 道を遮り 何事をか白す
梔子花開斑笋生 梔子 花開き 斑笋生ずと
【語釈】
○首夏…初夏。旧暦四月。○清和…天気が清明で暖いこと。○綠莎…緑のハマナスゲ。○梔子…クチナシ。○斑笋…まだらだけ。
石梁茅屋有彎碕 石梁 茅屋 弯碕 有り
流水濺濺度兩陂 流水
濺々 両陂を度る
晴日暖風生麥氣 晴日
暖風 麦気を生じ
綠陰幽草勝花時 緑陰
幽草 花に勝さる時
【語釈】
○石梁…石橋。○茅屋…茅葺きの家。○彎碕…曲がった岸。○濺濺…水が勢いよく流れるさま。○兩陂…両岸の土手。○麥氣…麦の穂を渡る風の香り。麦の伸びる陰暦四月頃の気候。○花時…花が咲き誇る頃。
（参考文献） 『漢詩鑑賞辞典』
安石榴花猩血鮮 安石
榴花 猩血 鮮かに
凉荷高葉碧田田 凉荷の高葉 碧 田々
鰣魚入市河豚罷 鰣魚 市に入りて
河豚 罷む
已是江南打麥天 已に是れ 江南 打麦の天
【語釈】
○安石榴花…石榴の花。○猩血…鮮やかな紅色。○凉荷…涼しげな蓮の葉。○田田…水草の広い葉が水に浮かんでいるさま。○鰣魚…ニシン科の回遊魚。○河豚…フグ。○江南…長江中下流の南岸地方。○打麥…麦を刈り入れて打つ時節。
子規聲裏雨如煙 子規声裏 雨 煙の如し
潤逼紅綃透客氈 潤いて 紅綃に逼り 客氈を透す
映水黃梅多半老 水に映ずる黃梅 半ば老いたる多し
鄰家蠶熟麥秋天 鄰家 蚕は熟す 麦秋の天
【語釈】
○小滿…二十四節気の第８。五月二十一日ころ。○子規…ホトトギス。○煙…靄。
○紅綃…赤色の絹織物。○客氈…旅寝の布団。○黃梅…熟して色づいた梅。○麥秋…陰暦四月。
東風滿意綠週遭 東風
意に満ち 緑 週遭
乍著單衣脫敝袍 乍ち 単衣を着て 敝袍を脱す
最愛晚涼新浴罷 最も愛す 晚涼 新たに浴し罷みて
坐看春筍過林高 坐して看る 春筍の 林に過ぎて高きを
【語釈】
○首夏…夏の初め、初夏、孟夏。○東風…春風。○週遭…あたり一面。○滿意…意に満ちる。心から満足する。○単衣…ひとえの着物。○敝袍…破れどてら。○春筍…春の筍。
嫩綠團陰暗小門 嫩緑 団陰 小門に暗し
昨夜茅簷雷過雨 昨夜 茅簷 雷 雨を過ごす
階前添鸝籜龍孫 階前 添う 箇の 籜龍孫
【語釈】
○高鸝…コウライうぐいす。○江村…水辺の村。○嫩綠…新緑。○茅簷…萱葺きののき。○階前…きざはしの前。○籜龍孫…竹。
清朝不見小彌天 清朝 見ず 小弥天
竹塢炊茶過午煙 竹塢 茶を炊き 午に過る煙
解是雨花新浴彿 解す 是れ 雨花 新たに彿に浴するを
【語釈】
○永安禪院…不祥。○超無…李至清。常州府江陰の人、四方を遊学し、名士と交流があった。○清朝…清らかな夜明け。○彌天…高い志を持つ人。○竹塢…竹で囲まれた家。○雨花…満天の花。釈迦が説法すると満天の花が降り注いだと言う故事。○浴彿…四月八日、釈迦の誕生日に釈迦像を香辛料で洗う習慣。○諸天…天界の仏の守護神。○洗児錢…子供が生まれた時にお祝いに贈られるお金。
海榴初發雨初晴 海榴 初めて発らき 雨
初めて晴る
香銷夢斷人無那 香
銷じ 夢 断え 人 那ともする無し
聽得新蟬第一聲 聽き得たり
新蟬の第一声
【語釈】
○庭院…中庭。○薰風…温和な風。○枕簟…枕とたかむしろ。○海榴…ザクロ。
池上涼臺五月涼 池上の涼台 五月 涼し
百花開盡水芝香 百花
開き尽くし 水芝 香し
黃金買酒邀詩客 黃金 酒を買い 詩客を邀え
醉倒檐前青玉牀 酔倒す 檐前 青玉の牀
【語釈】
○九華池…不祥。○水芝…蓮の花の別名。○醉倒…泥酔して倒す。○檐前…ノキの前。○詩客…詩を共にする客。○青玉…緑色の蓮の葉。
繰成白雪桑重綠 成して
白雪を繰り 桑 重ねて緑なり
割盡黄雲稻正青 尽く 黄雲を割きて 稲 正に青なり
芳時同此賦林坰 芳時 同じく 此に 林坰に賦す
【語釈】
○邢恕…和叔。鄭州陽武の人。毀誉褒貶を重ねた。○齊安…広東省江門市恩平市。○白雪…白い花びらのこと。○黄雲…成熟した麦稲の形容。○他日…昔日。○玉堂…宮殿。○揮翰…筆で書を書く。○芳時…花の開く時節。○林坰…郊外の林。
★臨平道中 臨平道中 宋 釋道潜
風蒲獵獵弄輕柔 風蒲 猟々 軽柔を弄し
欲立蜻蜓不自由 立たんと欲する蜻蜓 自由ならず
五月臨平山下路 五月
臨平 山下の路
藕花無數滿汀洲 藕花 無数
汀洲に満つ
【語釈】
○臨平…杭州の江西県にある山の名。○風蒲…風に吹かれる蒲の葉。○獵獵…風の吹く声。○軽柔…軽く柔らかなさま。○蜻蜓…とんぼ。○藕花…蓮の花。○汀洲…なぎさと中州。
（参考文献） 『漢詩大系 １６』
榴花角黍鬭時新 榴花 角黍 時新を闘わしむ
今日誰家不酒樽 今日
誰が家か 酒樽あらず
堪笑江湖阻風客 笑うに堪えたり
江湖 風に阻まるる客
却隨蒿艾上朱門 却って
蒿艾に隨いて 朱門に上る
【語釈】
○揚州…江蘇省揚州市。○端午…陰暦五月五日の節句。○趙帥…趙という姓の師、不祥。○榴花…ザクロの花。○黍鬭…ちまき。○時新…そのとき新しく出た品、はしり。○蒿艾…よもぎ。○朱門…高位高官のやしき。
玉堂睡起苦思茶 玉堂に睡起し苦に茶を思う
紅日轉堦簾影薄 紅日 堦に転じ 簾影薄く
一雙蝴蝶上葵花 一双の蝴蝶
葵花に上る
【語釈】
○夏直…夏の宿直。○玉堂…宮殿。○睡起…眠りより起きる。○別院…主たる建物で無い建物。○銅輪…銅製の挽き臼。○露芽…茶の名前。○碾…挽いて粉にする。○紅日…赤い太陽の光。○一雙…ひとつがい。
五月南風化蟪蛄 五月 南風 蟪蛄を化し
野塘晚筍未成蒲 野塘の晚筍 未だ蒲を成さず
檉花落盡紅英細 檉花 落ち尽くして
紅英細く
沙渚鴛鴦半引雛 沙渚の鴛鴦 半ば 雛を引く
【語釈】
○蟪蛄…ニイニイ蝉。○野塘…野原にある池沼。○晚筍…タケノコの一種で地上に出る前に掘り出されるもの。○檉花…カワヤナギの柳絮。○紅英…紅花。○沙渚…砂の渚。○鴛鴦…オシドリ。
溪頭古樹靜垂隂 溪頭の古樹 静かに陰を垂れ
溪水盈盈不受塵 溪水 盈々 塵を受けず
五月江南新雨歇 五月
江南 新雨歇みて
晩風多少納凉人 晩風
多少 納凉の人
【語釈】
○吾尹…不祥。○溪頭…渓のほとり。○盈盈…水の満ちているさま。○江南…長江中下流の南岸地方。○多少…多い。
六月灘聲如猛雨 六月
灘声 猛雨の如し
香山樓北暢師房 香山
楼北 暢師の房
夜深起凭闌干立 夜
深け 起きて 闌干に凭りて立てば
滿耳潺湲滿面涼 耳に満つる
潺湲 面に満つる涼
【語釈】
○灘聲…岩にぶつかる早瀬の音。○香山…香山寺。○暢師…香山寺の高僧の一人、文暢禅師をいう。○潺湲…水の流れる音。
（漢詩大系１２）
紗巾草履竹疎衣 紗巾の草履 竹疎の衣
晚下香山踏翠微 晚に香山を下りて 翠微を踏む
一路涼風十八里 一路
涼風 十八里
臥乘籃轝睡中歸 臥して 籃轝に乗り 睡中に帰る
【語釈】
○香山…香山寺、洛陽の寺の名。○紗巾…薄絹の頭巾。○竹疎衣…竹の繊維を織って作った衣。晚下…日暮れ。翠微…山の八合目。籃輿…竹を編んで作った籠。
（参考文献） 『新釈漢文大系 白氏文集十一』『和漢名詞選類評釈』
僧舍清涼竹樹新 僧舍
清涼にして 竹樹 新たなり
初經一雨洗諸塵 初めて一雨を経て 諸塵を洗う
微風忽起吹蓮葉 微風
忽ち起りて 蓮葉を吹き
青玉盤中瀉水銀 青玉盤中に
水銀を瀉ぐ
【語釈】
○青荷…緑色の蓮の葉。○蘭若…仏教寺院。○青玉盤…碧綠色の蓮の葉の比喩。○水銀…光る露の比喩。
赤日黃埃滿世間 赤日黃埃 世間に満つ
松聲入耳即心閑 松声
耳に入りて 即ち 心 閑かなり
願尋五百仙人去 願わくは
五百仙人を尋ねて去りて
一世清涼住雪山 一世
清涼 雪山に住せん
【語釈】
○文殊院…四川省成都市文殊院。○赤日黃埃…俗世間の煩わしさの比喩。○五百仙人…不祥。
門外塵飛暑氣濃 門外
塵 飛んで 暑気濃し
院中蕭索似山中 院中 蕭索 山中に似たり
最憐煮茗相留處 最も憐れむ
茗を煮て 相留まる処
疎竹當軒一榻風 疎竹 軒に当たる
一榻の風
【語釈】
○依上人…不祥。○院中…僧院の中。○蕭索…もの寂しいさま。○疎竹…まだらな竹林。
嘉果浮沈酒半醺 嘉果
浮沈し 酒半ば醺ず
床頭書冊亂紛紛 床頭の書冊 乱れて紛々
北軒涼吹開疎竹 北軒の涼吹 疎竹を開き
卧看青天行白雲 卧して看る 青天 白雲の行くを
【語釈】
○嘉果…美味な果実。○醺…ほろ酔い。○書冊…書籍。○紛紛…混じり、乱れ合うさま。○北軒…北側ののき。○涼吹…涼しい風。○疎竹…疎らに生えた竹。
黑雲翻墨未遮山 黒雲
墨を翻して 未だ 山を遮らず
白雨跳珠亂入船 白雨
珠を跳らせて 乱れて船に入る
卷地風來忽吹散 地を卷き
風来たって 忽ち吹き散ず
望湖樓下水如天 望湖楼下 水
天の如し
【語釈】
○望湖楼…浙江省杭州市西湖このほとりにあった楼。○醉書…酒に酔った勢いで作った詩。○翻墨…墨をぶちまける。○白雨…夕立の白く見える雨滴。
（参考文献） 『漢詩鑑賞辞典』
棗花初落路塵香 棗花 初めて落ち 路塵香し
燕掠麻池乍頡頏 燕は
麻池を掠めて乍ち 頡頏す
一片雲陰遮十頃 一片の雲陰 十頃を遮り
賣瓜棚下午風涼 売瓜棚下 午風涼し
【語釈】
○麻池…麻の生えた池。○頡頏…鳥が上下するさま。○一片…満天。ひとひら。○雲陰…雲影。
六月門前暑似炊 六月
門前 暑 炊たるに似たり
殿堂深處未曾知 殿堂
深き処 未だ曽て知らず
晚凉浴罷思歸去 晚凉に浴し罷みて 帰り去さんと思えど
更為松風佇少時 更に 松風の為に 佇むこと 少時
【語釈】
○崇義院…江西省贛州市にあった寺。○晩涼…夕方の涼しさ。○少時…しばしの間。
此夜炎蒸不可當 此の夜
炎蒸 当るべからず
開門高樹月蒼蒼 門を開けば
高樹 月 蒼々
天河只在南樓上 天河は
只だ 南楼の上に在り
不借人間一滴涼 借さず
人間に 一滴の涼
【語釈】
○炎蒸…蒸し暑さ。○不可當…耐えられない。敵わない。○蒼蒼…月の青白い色の形容。○天河…天の川。○人間…人間社会。
（参考文献） 『和漢名詞選類評釈』
雨餘芳草淨沙塵 雨余 芳草 沙塵浄し
水綠灘平一帶春 水
緑に 灘 平かにして 一帶の春
桃花深處更無人 桃花
深き処 更に 人無し
【語釈】
○後溪…不祥。○雨餘…雨上がり。○灘…早瀬。○啼鵑…鳴くホトトギス。○客…旅人。
野人愛向山中宿 野人
山中に向いて 宿するを愛す
況在葛洪丹井西 況や 葛洪丹井の西に
在るをや
庭前有箇長松樹 庭前
箇の長松の樹 有り
夜半子規來上啼 夜半
子規 来たりて 上に啼く
【語釈】
○野人…官に就かず郊外に住む人。○丹井…仙薬の丹を練るときに使う水のある井戸。○葛洪丹井…西晋・東晋時代に練丹術を会得したとされる葛洪が、仙薬の丹を練るときに使った水のある井戸。江蘇省鎮江市にあるとされる。○子規…ホトトギス。
蜀魄千年尚怨誰 蜀魄 千年 尚お 誰をか怨む
聲聲啼血向花枝 声々
血に啼いて 花枝に向う
滿山明月東風夜 満山
明月 東風の夜
正是愁人不寐時 正に
是れ 愁人 寐らざる時
【語釈】
○子規…ホトトギス。○蜀魄…ホトトギス。○東風…春風。
暮春滴血一聲聲 暮春
血は滴る 一声々
花落年年不忍聽 花落ち
年々 聽くに忍びず
帶月莫啼江畔樹 月を帯びて 江畔 樹に啼く莫かれ
酒醒遊子在離亭 酒
醒さめて 遊子 離亭に在り
【語釈】
○子規…ホトトギス。○遊子…旅人。
春晚端居園徑迷 春晚
端居 園経迷う
獨向高齋展衾卧 独り 高斎に向いて衾を展じて卧す
南山夜夜子規啼 南山 夜々 子規啼く
【語釈】
○幽林…奥深く静かな林。○凄…すさまじさ。○端居…家の端に坐ること。○園徑…庭園の道。○高齋…高雅な書斎。○子規…ホトトギス。
仰見青天尺許青 仰ぎ見る青天
尺許の青
無波江水不勝平 波無くして
江水 平かなるに勝えず
只驚白晝山竹裂 只だ驚く
白昼 山竹 裂け
杜宇初聞第一聲 杜宇 初めて聞く 第一声
【語釈】
○真陽峽…不祥。○尺許…？○杜宇…ホトトギス。
綠遍山原白滿川 緑
山原に遍く 白 川に満つ
子規聲裡雨如烟 子規声裏
雨 煙の如し
鄉村四月閒人少 郷村 四月 閑人少
纔了蠶桑又插田 纔に 蚕桑を了りて 又 田を插す
【語釈】
○即景…見たままの風景を詠った詩。○子規…ホトトギス。○蠶桑…春の養蚕。○插田…田植え。
纖纖碧草與階齊 纖々たる 碧草 階と斉し
濃綠陰中杜宇啼 濃緑陰中 杜宇 啼く
花院晝長聽正好 花院
昼長く聽きて 正に好し
帶聲飛過粉牆西 声を帯びて
飛び過ぐ 粉牆の西
【語釈】
○雜興…さまざまな感興。○纖纖…細いさま。か細いさま。○階…きざはし。○杜宇…ホトトギス。○花院…花木を育成する園。○粉牆…白く塗った塀。
噪蟬聲亂日初曛 噪蝉 声乱れて 日 初めて曛ず
絃管樓中永不聞 絃管楼中 永く聞かず
獨奈愁人數莖髮 独り 奈んせん 愁人 数茎の髮
故園秋隔五湖雲 故園
秋は隔つ 五湖の雲
【語釈】
○噪蟬…うるさい蟬。○絃管…音楽。○奈…どうしよう。反語。○数茎…数本。○故園…故郷。○五湖…太湖（江蘇省南部と浙江省北部の境界にある湖）を中心とする湖。
天地工夫一不遺 天地の工夫 一も遺さず
與君聲調借君緌 君に声調を与え 君に緌を借す
風棲露飽今如此 風棲 露飽 今 此の如し
【語釈】
○聲調…音楽の節奏。○緌…蟬の管状の口。○風棲…風の中に住む。○露飽…露に飽きる。○應…「まさに～すべし」と読み「きっと～であるに違いない」の意。○當年…昔年。○滓濁…小さくて卑しい（幼虫）。
寂寂宮槐雨乍晴 寂々たる 宮槐 雨 乍ち晴れ
高枝微带夕陽明 高枝 微かに 夕陽を帯びて
明るし
臨風忽起悲秋思 風に臨みて 忽ち起こす 悲秋の思
獨聽新蟬第一聲 独り聽く 新蝉の第一声
【語釈】
○寂寂…寂しく静かなさま。○宮槐…槐樹。
舊夢冠空雪滿顛 旧夢 冠に空しく 雪 顛に満つ
却憶畫船曾聽處 却って憶う
画船 曽て聽きし処
夕陽高柳斷橋邊 夕陽 高柳 断橋の辺
【語釈】
○近交…近い者との交わり。○雲翻手…杜甫「貧交行」。○雪滿顛…頭のてっぺんが白髪になる。○画船…絵で飾った船。○斷橋…壊れた橋。
說露談風有典章 露に説き
風に談じて 典章有り
詠秋吟夏入宮商 秋に詠じ 夏に吟じて 宮商に入る
蟬聲無一添煩惱 蝉声 一つの煩悩を 添える無し
自是愁人枉斷腸 自ずから是れ 愁人 枉げて断腸
【語釈】
○典章…法則。○宮商…音律。○枉…ことさらに。
輕明雙翼曉風前 軽明の双翼 曉風の前
一曲哀箏續斷絃 一曲の哀筝 断絃を続く
移向別枝誰畫得 移りて
別枝に向いて 誰か 画き得ん
只留殘響客愁邊 只だ 残響を留む 客愁の辺
【語釈】
○輕明…薄くて透明。○哀箏…哀れで妙なる琴の音。○斷絃…音が切れて途絶えること。○客愁…旅の愁。
短翼含風薄似秋 短翼 風を含み 薄きこと
秋に似たり
一聲聲帶夕陽愁 一声
声は 夕陽を帯びて 愁う
年年古柳官塘路 年々
古柳 官塘の路
催得行人白盡頭 行人を催し得て 頭を白尽す
【語釈】
○年年…毎年。○官塘…公共の堤。○行人…旅人。○白盡…真っ白にする。
水殿清風玉戶開 水殿の清風 玉戶を開けば
飛光千點去還來 飛光 千点 去りて 還た 来たる
無風無月長門夜 無風 無月 長門の夜
偏到階前點綠苔 偏えに 階前に到りて 緑苔に点ず
【語釈】
○水殿…水に臨んだ殿堂。○玉戸…玉で飾った戸。○長門…長門宮。漢の武帝の寵愛を失った陳皇后が住んだ宮殿。○階前…きざはしの前。
裴回無燭冷無煙 裴回 燭
無く 冷たく 煙 無し
秋逕莎庭入夜天 秋径 莎庭 夜天に入る
休向書窗來照字 書窓に向って 来たりて 字を照らすを休めよ
近來紅蠟滿歌筵 近来
紅蠟 歌筵に満つ
【語釈】
○裴回…徘徊。彷徨。○秋逕…秋の道。○莎庭…ハマナスゲの咲いた庭。○書窗…書斎。○近来…近ごろ。○紅蠟…赤い灯。○歌筵…歌を伴った酒宴の席。
拂竹緣莎復㸃苔 竹を払い 莎に縁じて 復た 苔に点ず
夜窓無月見飛來 夜窓 月無く 飛び来たるを見る
舊書亂後多抛却 旧書 乱れて後 多く抛却す
懶就微光更展開 微光に就いて 更に 展開するに懶し
【語釈】
○夜齋…夜の書斎。○莎…ハマナスゲ。○舊書…古い書物。○抛却…ほったらかしにする。○微光…螢の微かな光。○展開…書物を広げる。
腐朽如何不自量 腐朽 如何んぞ 自ら量らざる
化形飛起便悠揚 形を化し 飛起して 便ち悠揚たり
臍間只有些兒火 臍間 只だ 些兒火 有り
月下星前少放光 月下
星前 少しく光を放つ
【語釈】
○腐朽…腐り朽ちる。○悠揚…遠く遙かなさま。時間の長いさま。○臍間…へそ状になっている物の間。○些兒火…僅かな光。
護霜雲映月朦朧 護霜 雲に映じ
月 朦朧
烏鵲爭飛井上桐 烏鵲 争い飛ぶ 井上の桐
半夜酒醒人不覺 半夜
酒 醒むれば 人 覚えず
滿池荷葉動秋風 満池の荷葉 秋風に動く
【語釈】
○護霜…方言で露を結ぶこと。○朦朧…おぼろげなさま。○烏鵲…カササギ。○井上…井戸の上。○人不覺…人影がない。○荷葉…蓮の葉。
自古逢秋悲寂寥 古自り 秋に逢い
寂寥を悲しむ
我言秋日勝春朝 我は言う
秋日は春朝に勝ると
晴空一鶴排雲上 晴空
一鶴 雲を排して上り
便引詩情到碧霄 便ち 詩情を引いて 碧霄に到る
【語釈】
○秋思…樂府題。普通は旅情、別離の意を含むが、ここでは、秋についての感想という意味。○自古…昔から。○便…たちまち。○碧霄…青空。
（参考文献）『漢詩鑑賞辞典』
松間小檻接波平 松間の小檻 波に接して平かなり
月澹煙沉暑氣清 月
澹く 煙 沈んで 暑気清し
半夜水禽棲不定 半夜
水禽 棲み定まらず
綠荷風動露珠傾 緑荷 風に動いて
露珠傾く
【語釈】
○涼思…涼しさの思い。○小檻…小さなおばしま。○煙…水面に立つ靄。○半夜…まよなか。○水禽…水鳥。○棲…ねぐら。○綠荷…緑の蓮の葉。○風動…風で揺れ動く。○露珠…露の玉。
蒼茫沙嘴鷺鷥眠 蒼茫たる 沙嘴 鷺鷥眠る
片水無痕浸碧天 片水 痕無く
碧天を浸す
最愛蘆花經雨後 最も愛す
蘆花 雨を経たる後
一篷烟火飯魚船 一篷の煙火 魚船に飯するを
【語釈】
○寫望…眺めた光景を詠った詩。○蒼茫…青々として広いさま。○嘴鷺…砂洲の突き出た角。○鷺鷥…シラサギ。○片水…水たまり。○一篷…一つの舟の窓。○烟火…炊飯の煙。
（参考文献） 『漢詩大系 １６』
百里西風禾黍香 百里の西風 禾黍 香ばし
鳴泉落竇穀登場 鳴泉
竇より落ちて 穀 場に登る
老牛粗了耕耘債 老牛
粗ぼ 了す 耕耘の債
齧草坡頭臥夕陽 草を齧み 坡頭 夕陽に臥す
【語釈】
○禾…稲。○西風…秋風。○禾黍…稲とキビ。○場…脱穀場。○耕耘債…田を耕す仕事のノルマ。○坡頭…丘の上。
（参考文献） 『宋詩選注』（東洋文庫）
淘漉溝源築野塘 漉溝源を淘い 野塘を築く
滿坡烟草卧牛羊 満坡の煙草 牛羊 卧す
今年且喜輸官辦 今年
且つ喜ぶ 官に弁するを 輸するを
豆莢繁多粟穗長 豆莢 繁ること多く
粟穗 長し
【語釈】
○淘漉…浚渫。○野塘…野原の池。○満坡…丘に満ちる。○煙草…靄に包まれた草。○輸官…政府に納める。○豆莢…豆のさや。
飛來雙鷺落寒汀 飛来たる双鷺 寒汀に落ち
秋水無痕玉鏡清 秋水
痕無く 玉鏡清し
沙邊危立太分明 沙辺に危立し太だ 分明
【語釈】
○雙鷺…つがいのサギ。○寒汀…寒々とした渚。○玉鏡…珠の鏡のような水面。○疏蓼…疎らなタデ。○黄蘆…枯れて黄ばんだアシ。○掩映…覆いかくす。○危立…すっきりと立つ。○分明…はっきりとしている。
西風夜半捲庭槐 西風
夜半 庭槐を捲く
臥聽鄰翁曉圃開 臥して聽く 鄰翁の 曉に圃を開くを
稚子相呼入林去 稚子 相呼びて 林に入りて去る
應知病果落莓苔 応に 病果の 莓苔に落ちるを
知るなるべし
【語釈】
○西湖…浙江省杭州市の近くにある風光明媚な湖。○西風…秋風。○稚子…幼児。○應…「まさに～すべし」と読み「きっと～に違いない」の意。○病果…病気にかかった果実。○莓苔…青苔。
禾穗纍纍豆角稠 禾穗は纍々 豆角は稠し
崧前村落太平秋 崧前の村落
太平の秋
熈熈多少豐年意 熈々 多少 豊年の意
都在農家社案頭 都て農家 社案の頭に在り
【語釈】
○禾穗…稲穂。○纍纍…重なり続くさま。○豆角…豆の実。○崧前…大きくて高い山の前。○熈熈…やわらぎ楽しむさま。○多少…多い。○社案…土地の神の神社。
蘆花方褥竹方床 蘆花の方褥 竹の方床
葛帳含風薤簟涼 葛帳 風を含み 薤簟涼し
夜半起來山月白 夜半
起来すれば 山月白し
滿天清露灑衣裳 満天の清露
衣裳に灑ぐ
【語釈】
○方褥…四角なしとね。○竹方床…竹で出来た寝台。○葛帳…葛布のとばり。○薤簟…にらで作ったむしろ。
野菜香粳樂晩年 野菜 香粳 晩年を楽しむ
疎林晴日好秋天 疎林
晴日 好秋の天
【語釈】
○香粳…ジャスミン米。○風瓢…瓢箪の形をした風鈴。○琴筑…琴と筑（竹の棒で叩いて音を出す琴に似た楽器）。○深窩…奥深いところにあるすみか。○晏眠…安眠。
不覺初秋夜漸長 覚えず
初秋 夜 漸く長きを
炎炎暑退茅齋靜 炎々たる暑 退き 茅斎静かなり
堦下叢莎有露光 堦下の叢莎 露光 有り
【語釈】
○漸…次第次第に。○習習…風がそよそよと吹くさま。○淒涼…うら寂しいこと。○炎炎…非常に暑いさま。○茅齋…茅葺きの書斎。○堦下…きざはしの下。○叢莎…ハマナスゲの草むら。
今日雲軿渡鵲橋 今日 雲軿 鵲橋を渡る
應非脈脈與迢迢 応に 脈々と迢々とに 非らざるべし
家人競喜開妝鏡 家人 競喜して 妝鏡を開き
月下穿針拜九霄 月下に 針を穿ちて 九霄を拝す
【語釈】
○雲軿…神仙（ここでは織女）が乗る雲でできた車。○鵲橋…カササギが天の川に架ける橋。○脈脈…続いて絶えないさま。○迢迢…遙かに遠いさま。○妝鏡…化粧に用いる鏡。○九霄…高天。
萬里南雲滯所思 万里の南雲
所思を滞らす
守到清秋還寂莫 守りて
清秋に到れば 還た 寂莫
葉丹苔碧閉門時 葉は丹く 苔は碧なり 門を閉じる時
【語釈】
○扇風…扇を振ることで起こる風。○淅瀝…哀れに寂しい。○簟流…？○所思…思うこと。○寂莫…ひっそりとしてもの寂しいさま。
穿針樓上閉秋煙 穿針楼上 秋煙
閉じ
織女佳期又隔年 織女の佳期
又 年を隔つ
斜漢夜深吹不落 斜漢
夜深く 吹けども落ちず
一條銀浪挂秋天 一條の銀浪 秋天に挂かる
【語釈】
○穿針樓…漢の時代から七夕の前日に宮女が七孔針を刺すという習慣があり、南朝齊の武帝がこの習慣にちなんで建てた楼閣。○秋煙…終日の煙霞。○織女…織り姫。○佳期…牽牛と会う良い日。○斜漢…斜めに懸かる銀河。○銀浪…白く光る波。
年年七夕渡瑤軒 年々
七夕 瑤軒 度る
何妨天上只黃昏 何ぞ妨げん
天上 只だ 黃昏なるを
【語釈】
○瑤軒…仙人（ここでは織女）が乗る車。○秋期…七夕。○人間…人間世界。○一週歲…一年。○黃昏…たそがれ。
秋林落葉已斑斑 秋林
落葉して 已に斑々
秋日當庭尚掩關 秋日 庭に当たりて 尚お 関を掩う
掃榻晝眠聽鳥語 榻を掃いて 昼眠し 鳥語を聽く
可憐身世此時閒 憐むべし
身世 此の時の閑
【語釈】
○南禪院…不祥。○斑斑…点々とあるさま。○掩關…門を閉ざす。○榻…寝台。○可憐…感嘆の言葉。ああ。○身世…一生。
三秋靈匹此宵期 三秋 霊匹 此宵を期す
萬古傳聞果是非 万古 伝え聞く 果して 是か非か
免俗未能還自笑 俗を免るること 未だ能わず 還って 自ら笑う
金針乞得巧絲歸 金針に 巧糸を乞い得て帰る
【語釈】
○口占…紙に書かずに作った即興の詩。○三秋…秋の三ヶ月。○靈匹…神霊の配偶。牽牛と織女。○万古…大昔より。○巧絲…針仕事の巧みなこと。
小蟲機杼月西廂 小虫は機杼にして 月は西廂
風雨纔分半枕涼 風雨 纔かに分つ 半枕の涼
白髪自疎河漢夢 白髪
自ら 疎にして 河漢の夢
【語釈】
○機杼…機織り機。○西廂…西のひさし。○分…分け与える。○半枕…枕半分。○河漢…銀河。○玉簪…玉簪花。ギボウシ。
昨朝一葉見秋生 昨朝
一葉 秋の生ずるを見る
今日千巖萬壑清 今日
千巖 万壑清し
欲借西風蘇病骨 西風を借りて
病骨を蘇えらせんと欲し
暫來石上聽松聲 暫く 石上に来たりて 松声を聽く
【語釈】
○千巖萬壑…多くの山々。○西風…秋風。○病骨…病気の身。
夜深庭院寂無聲 夜深くして 庭院 寂として声無し
明月流空萬影橫 明月
空に流れ 万影 橫わる
坐對荷花兩三朵 荷花に対して坐す 両三朵
紅衣落盡秋風生 紅衣 落ち尽くして 秋風生ず
【語釈】
○庭院…中庭。○荷花…蓮の花。○兩三朵…二三の花の付いた枝。○紅衣…蓮の花の花弁。
月明如水侵衣溼 月明 水の如く 衣を侵して溼う
臺榭沈沈秋夜長 台榭 沈々 秋夜長し
坐久高僧禪語罷 坐 久しくして 高僧 禅語罷み
澹然相對玉簪香 澹然 相対して玉簪香し
【語釈】
○臺榭…楼台等の建物。○沈沈…夜が更けてゆくさま。○澹然…静かで安らかなさま。○玉簪…玉簪花。ギボウシ。
新秋涼露濕荷叢 新秋の涼露 荷叢を湿し
不斷清香逐曉風 断えざる清香
曉風を逐う
滿目濃華春意在 満目の濃華 春意在り
晚霞澄錦照芙蓉 晚霞 澄錦 芙蓉を照らす
【語釈】
○涼露…冷たい露。○荷叢…一面の蓮の葉。○濃華…盛んに茂っている綺麗な花朶。○春意…春ののどかな心持ち。○晚霞…夕映え。○澄錦…？
暑退新涼透碧紗 暑 退きて新涼 碧紗に透る
砧聲不斷是誰家 砧声 絶えざるは 是れ 誰が家ぞ
酒醒小立殘陽裏 酒
醒め 小立す 残陽の裏
閑數籬邊紫豆花 閑に数う 籬辺 紫豆花
紫蔓青藤各一叢 紫蔓 青藤 各ゝ一叢
郊扉遠絶誰能到 郊扉 遠絶し
誰か能く到らん
秋日蟲鳴豆葉中 秋日 虫は鳴く 豆葉の中
【語釈】
○紫蔓…紫色のつる草。○青藤…青い藤の花。○野人…官に就かないで郊外に住む人。○籬落…垣根。○西風…秋風。○郊扉…郊外の住宅。○遠絶…遠く離れる。
元郎中が八月十一従り十五夜に至り月を翫ぶに和す 五首
半秋初入中旬夜 半秋
初めて 中旬に入る夜
已向堦前守月明 已に堦前に向いて 月明を守る
從未圓時看却好 未だ
円ならざる時従り 看て 却って好し
一分分見傍輪生 一分 分に見る 輪に傍いて生ずるを
【語釈】
○元郎中…不祥。○翫月…月をめでる。○半秋…旧暦八月。○堦前…きざはしの前。○一分…一部分。○傍輪生…何かを囲むように生じる。
元郎中が八月十一従り十五夜に至り月を翫ぶに和す 五首
亂雲遮却臺東月 乱雲
遮却す 台東の月
不許教依次第看 許さず
依をして 次第に看せることを
莫爲詩家先見鏡 詩家の為に
先ず 鏡を見ること莫かれ
【語釈】
○元郎中…不祥。○翫月…月をめでる。○遮却…完全に遮る。○台東…楼台の東。○籠與…？○艱難…困難。
元郎中が八月十一従り十五夜に至り月を翫ぶに和す 五首
今夜月明勝昨夜 今夜
月明 昨夜に勝る
新添桂樹近東枝 新たに桂樹を添え 東枝に近し
立多地濕舁牀坐 立つこと多く
地は湿り 牀に舁れて坐ず
看過牆西寸寸遲 看過す 墻西に 寸々遅きを
【語釈】
○元郎中…不祥。○翫月…月をめでる。○桂樹…月にあるという桂の木。○看過…見過ごす。○牆西…垣根の西方。○寸寸…少しずつ。
元郎中が八月十一従り十五夜に至り月を翫ぶに和す 五首
月似圓來色漸凝 月は 円に似来たりて 色漸く凝る
玉盆盛水欲侵稜 玉盆 水を盛りて
稜を侵さんと欲す
夜深盡放家人睡 夜
深くして 尽く 家人を放ちて睡る
直到天明不炷燈 直ちに
天明に到りて 灯を炷せず
【語釈】
○元郎中…不祥。○翫月…月をめでる。○漸…次第次第に。○玉盆…玉の盆。付きのこと。○天明…夜明け。○炷燈…灯をともす。
元郎中が八月十一従り十五夜に至り月を翫ぶに和す
合望月時常望月 合に月を望む時 常に月を望み
分明不得似今年 分明に
今年に似たるを得ず
仰頭五夜風中立 頭を仰げて 五夜 風中に立つ
從未圓時直到圓 円ならざる時従り 直ちに円に到る
【語釈】
○元郎中…不祥。○翫月…月をめでる。○分明…はっきりと。○五夜…五更。夜明け前。
分明宮漏靜兼秋 分明なる宮漏 閑に秋を兼ぬ
長安夜夜家家月 長安
夜々 家々の月
幾處笙歌幾處愁 幾処の笙歌 幾処にか愁う
【語釈】
○徙倚…徘徊する。○仙居…清浄で超俗の住まい。ここでは宮城。○翠樓…緑色の楼閣。○宮漏…宮廷の水時計。
王母粧成鏡未收 王母
粧 成りて 鏡 未だ收めず
倚欄人在水精樓 欄に倚る 人は在り 水精楼に
笙歌莫占清光盡 笙歌 清光を占め尽くすこと莫かれ
留與溪翁一釣舟 留与せよ 溪翁の一釣舟に
【語釈】
○王母…西王母。○水精樓…水晶で飾った楼。○笙歌…吹笙唱歌。○留與…分け与えてやる。
仲秋八日 雲台に群花の盛んに開くを観る
春早凡花百種榮 春早
凡花 百種栄ゆ
秋芳能得幾多名 秋芳 能く得たり 幾多の名
仙家八月靈葩發 仙家 八月 靈葩 発す
不與尋常俗艷爭 尋常 俗艷 と争わず
【語釈】
○仲秋…陰暦八月。○雲臺…陝西省華山の雲台峰上にある道觀。○凡花…平凡な花。○秋芳…秋に咲く花。特に菊花。○仙家…仙人の家。雲台のこと。○靈葩…珍奇な花。○俗艷…俗気のある濃艶な色。
目窮淮海兩如銀 目 窮わめて 淮海 両つながら 銀の如し
萬道虹光育蚌珍 万道の虹光 蚌珍を育す
天上若無修月戸 天上 若し 修月戸 無くば
【語釈】
○中秋…陰暦八月。○望海楼…不祥。○目窮…見渡す限り。○淮海…淮河（安徽省と江蘇省を流れる川）と海。○虹光…虹の輝き。○蚌珍…珍しいはまぐり。○修月戸…月を修める家。○桂枝…桂の木の枝。○撐損…支えて壊す。○輪…月のこと。
空林月落大如盤 空林
月 落ちて 大なること 盤の如し
雞犬無聲曉氣寒 雞犬
声無く 曉気寒し
童子儗謀朝一食 童子
朝一食を 謀らんと擬し
玉杯盛得露漙漙 玉杯 盛り得たり 露 漙々
【語釈】
○中秋…陰暦八月。○偶成…たまたま作った詩。○空林…人気の無い林。○曉氣…曉の気。○玉杯…杯の美称。○漙漙…露が多いさま。
秋滿西山爽氣多 秋は
西山に満ち 爽気多し
山人帷箔卷煙蘿 山人の帷箔 煙蘿を卷く
清溪只在雲林外 清溪は 只だ 雲林の外に在り
夜半月明聞櫂歌 夜半 月明 櫂歌を聞く
【語釈】
○爽氣…爽やかな空気。○山人…山に隠棲している人。○帷箔…とばりと簾。○煙蘿…靄のこめたツタ。○雲林…隠居の所。○櫂歌…舟歌。
石床彈月鶴聽琴 石床
月に弾じて 鶴 琴を聽き
玉宇凝秋絶點塵 玉宇 秋を凝らして 点塵を絶す
萬里無雲銀漢淡 万里 雲無く 銀漢淡し
一天風露溼星辰 一天の風露
星辰を溼す
【語釈】
○石床…坐ったり寝たりするときに使う石製の用具。○彈月…月明かりの下で琴を弾く。○玉宇…佳麗な宮殿。大空。○凝…完全なものにする。形作る。○點塵…小さな埃。○銀漢…天の川。○風露…雨と霧。○星辰…星。
涼霜八月塞天寒 涼霜
八月 塞天 寒し
飛度衡陽楚水寬 飛び度る
衡陽 楚水の寬きを
少婦樓頭初掩瑟 少婦楼頭 初めて瑟を掩い
一行先向夕陽看 一行 先ず 夕陽に向かって看る
【語釈】
○塞天…辺塞の地の空。○衡陽…衡山（湖南省衡陽市にある五岳の一つ）の南のこと。衡山の南にある回雁峰は険しい峰で、雁かりがやって来ても、これを越えて南下することはできないと言われる。「衡陽雁断」。○楚水…楚の地方の川。○瑟…大琴。○一行…雁の一つの行列。
桑林伐鼔酒如川 桑林 鼔を伐ち 酒 川の如し
秋社錢多春社錢 秋社の銭は 春社の銭より多し
盡道昇平長官好 尽く道う 昇平 長官好しと
五風十雨更年年 五風
十雨 更に年々
【語釈】
○社中…土地の神の氏子。○桑林…殷の皇帝が伝えたという楽曲の名。○秋社…秋祭り。○春社…春祭り。○昇平…太平の世。○五風十雨…五日ごとに風が吹き、十日ごとに雨が降る。風雨の順調なさま。
寒螿啼斷槿園空 寒螿 啼き断えて 槿園 空し
萬樹凋傷八月中 万樹 凋傷す 八月の中
只有南山蒼桂在 只だ
南山の蒼桂の在る有りて
一株花發向秋風 一株 花発いて 秋風に向う
【語釈】
○寒螿…深秋に鳴く虫。○槿園…木槿の園。○凋傷…草木が凋み枯れること。
柏林楓岸迥宜看 柏林 楓岸 迥かにして 看るに宜ろし
楊栁芙蓉不禁寒 楊栁
芙蓉 寒に禁えず
最愛高樓好明月 最も愛す
高楼の好明月
莫教長笛倚闌干 長笛をして 闌干に 倚らしむること莫かれ
【語釈】
○雜興…色々な感興。○柏林…柏の木の林。○楓岸…楓の植えてある岸。○長笛…管楽器。長さ一尺四寸。
今日吾家野興偏 今日 吾が家 野興偏し
東籬黃菊映秋田 東籬の黃菊 秋田に映ず
浮雲暝鳥飛將盡 浮雲
暝鳥 飛んで
将に尽きんとす
始達青山新月前 始めて達す
青山 新月の前
【語釈】
○九日…九月九日。○田舍…田舎の家。○野興…自然の景色に対する感興。○東籬…東のまがき。（陶淵明「飲酒其の五」）。
傷秋不是惜年華 秋を傷むは 是れ 年華を惜しむにあらず
別憶春風碧玉家 別に憶う 春風 碧玉の家
強向衰叢見芳意 強いて
衰叢に向いて芳意を見る
茱萸紅實似繁花 茱萸 紅実 繁花に似たり
【語釈】
○年華…年月。○碧玉家…緑色の玉のような立派な家。○衰叢…生気の衰えた草叢。○芳意…春意。○茱萸…カジカミ。○繁花…盛んに咲いている花。
地僻門深少送迎 地は僻に 門は深く 送迎 少なり
披衣閑坐養幽情 衣を披き 閑に坐し 幽情を養う
秋庭不埽攜藤杖 秋庭
埽わず 藤杖を携え
閑蹋梧桐黃葉行 閑かに
梧桐 黃葉を蹋みて行く
【語釈】
○閑居…世間との交わりをやめ、煩わされることなく、心静かに住むこと。○地僻…その場所が辺鄙である。○閑坐…静かに坐る。○幽情…心の奥底に潜んでいる気持ち。○藤杖…フジの木で作られたつえ。○梧桐…あおぎり。○黄葉…もみじ葉。
（参考文献） 『新釈漢文大系 白氏文集（三）』
中有孤叢色似霜 中に孤叢の色
霜に似たる有り
還似今朝歌酒席 還た 似たり 今朝の歌酒の席に
【語釈】
○重陽…九月九日。重陽の節句。○鬱金香…ウコンの香り。○孤叢…ぽつんとした叢がり。○今朝…今日。○白頭翁…白髪頭の老人。○少年場…若者の集う所。
（参考文献） 『新釈漢文大系 白氏文集 十』
銀瓶瀉水向朝妝 銀瓶 水を瀉ぎ朝妝に向う
燭焰紅高粉壁光 燭焔 紅高 粉壁の光
共怪滿衣珠翠冷 共に怪しむ
満衣 珠翠の 冷やかなるを
黃花瓦上有新霜 黃花 瓦上に 新霜有り
【語釈】
○朝妝…朝化粧。○燭焰…灯の炎。○紅高…赤く高いさま。○粉壁…白色の囲い壁。○珠翠…翡翠の珠。○黃花…黄色い菊。
誰言秋色不如春 誰か言う
秋色 春に如かずと
及到重陽景自新 重陽に到るに及びて 景
自ずから新たなり
隨分笙歌行樂處 分に隨いて
笙歌 行楽する処
菊花萸子更宜人 菊花 萸子 更に人に宜し
【語釈】
○重九…九月九日。重陽の節句。○光化二園…不祥。○秋色…秋景色。○笙歌…音楽と歌。○萸子…須臾。カジカミ。
濃露繁霜著似無 濃露 繁霜 著の無きに似たり
幾多光彩照庭除 幾多の光彩 庭除を照らす
何須更待螢兼雪 何んぞ須ん 更に 螢と雪とを待つを
便好叢邊夜讀書 便ち好し 叢辺 夜
書を読むに
【語釈】
○濃露…濃い露。○繁霜…厚い霜。○庭除…中庭。○叢邊…草叢のあたり。
半窗斜日冷生光 半窓の斜日 冷たく光を生ず
破衲蒙頭坐竹床 破衲 頭に蒙り 竹床に坐す
枯葉滿鑪燒焰火 枯葉 鈩に満ち 焰火を焼く
不知屋上有寒霜 知らず 屋上に 寒霜有るを
【語釈】
○半窗…窓半分。○斜日…夕陽。○破衲…破れた衣。○蒙頭…頭に被る。○焰火…炎を出す火。○寒霜…冷たい霜。
農休事簡人多醉 農
休み 事 簡なく 人 多く酔い
風靜秋深蟲獨喧 風
閑に 秋 深く 虫 独り喧し
城市自然閑客少 城市
自然 閑客少し
過時不見款柴門 時を過ぎて見ず
柴門を款くを
【語釈】
○村況…村の様子。○城市…城郭で囲まれた町。○閑客…暇な旅人。○柴門…柴で作った粗末な門。
近交誰復是良朋 近交 誰か復た 是れ 良朋
一半山人一半僧 一半は山人 一半は僧
落葉滿階風自掃 落葉
階に満ち 風 自ずから掃う
危樓乘興月同登 危楼
興に乗じて 月 同じく登る
【語釈】
○村況…村の様子。○近交…近くの人との交わり。○良朋…好友。○一半…半分。○山人…山に隠棲している人。○危樓…高楼。
天氣秋高正泬寥 天気 秋高く 正に泬寥
海風雖急不終朝 海風
急なりと雖も朝を終えず
幾畦叢菊如雲爛 幾畦の叢菊 雲の如く
爛たり
兩岸蘆花似雪飄 両岸の蘆花
雪の飄るに似たり
【語釈】
○村況…村の様子。○泬寥…空の清涼で広いさま。○海風…海から吹く風。○幾畦…多くの畦。○叢菊…叢がって咲く菊。○爛…鮮やかなさま。
長蕩湖頭煙水長 長蕩湖頭 煙水長し
怪道今朝楓葉盡 怪道す今朝 楓葉の尽くるを
【語釈】
○蒹葭…オギとヨシ。○暮…夕方。○蒼蒼…青々としていること。○長蕩湖…不祥。○煙水…水面に立つもや。○怪道…不思議に思う。○楓葉…楓の葉。○夜来…夜になってから。○七十二橋…多くの橋。
瀟湘何事等閑回 瀟湘より 何事ぞ 等閑に回る
水碧沙明兩岸苔 水
碧に 沙 明かなり 両岸の苔
二十五弦彈夜月 二十五弦 夜月に弾ずれば
不勝清怨却飛來 清怨に 勝えずして 却って 飛び来たらん
【語釈】
○瀟湘…瀟水と湘水が合流する洞庭湖南の地。○等閑…なおざりにすること。○二十五弦…瑟。大琴。○清怨…美しいもののあわれ。○却飛來…飛び戻る。來は助字で意味が無い。
可憐霜月暫相依 憐むべし 霜月 暫く 相依るを
莫向衡陽趁隊飛 衡陽に向う隊を趁いて 飛ぶこと莫かれ
同是江天寒夜客 同じく
是れ 江天 寒夜の客
【語釈】
○棲鴻…棲み着いているヒシクイ。○可憐…感嘆の言葉。ああ。○霜月…霜の夜の寒い月。○衡陽…湖南省衡陽市。その北側に衡山の南にある回雁峰があり、それを超えることはできないと言われた（衡陽雁断）。○江天…長江と空。○羽毛…皮の衣。○單薄…少なくて薄い。○稻粱…穀物の総称。
暮天新鴈起汀洲 暮天の新鴈 汀洲より起つ
紅蓼花開水國秋 紅蓼花開く
水国の秋
想得故園今夜月 想い得たり 故園 今夜の月
幾人相憶在江樓 幾人か
相憶いて
江楼に在る
【語釈】
○汀洲…中洲。○紅蓼…紅色の蓼。○故園…故郷。○江樓…江に臨んだ楼。
接影橫空背雪飛 影を接し
空に橫わり 雪を背いて飛ぶ
聲聲寒出玉關遲 声々
寒くして 玉関を出ずること 遅し
上陽宮裏三千夢 上陽宮裏 三千の夢
月冷風清聞過時 月は冷やかに
風は清し 過ぐるを聞く時
【語釈】
○玉關…玉門関。○上陽宮…唐の高宗が洛陽に建てた宮殿。
春光深淺沒人知 春光の深浅 人の知る沒し
我正南歸雁北歸 我は
正に 南に帰り 雁は 北に帰る
頭上一聲如話別 頭上一声
別かれを話するが如し
一生長是背人飛 一生
長く是れ 人に背いて飛ぶ
【語釈】
○春光…春景色。
江北江南秋正驕 江北 江南 秋 正に驕る
孤飛萬里氣方豪 孤り万里を飛び
気 方に豪なり
平生慣有冰霜翼 平生
氷霜の 翼に慣るる有りて
【語釈】
○江北江南…長江中下流の北岸、南岸地方。○平生…常日頃。○東風…春風。○燕雀…燕や雀などの小鳥。
月落江城轉四更 月落ちて 江城 四更に転ず
旅魂和夢到灤京 旅魂 夢に和して
灤京に到る
醒來獨背寒燈坐 醒め来たりて 独り 寒燈に背いて坐す
風送長空雁幾聲 風は送る
長空 雁幾声
【語釈】
○江城…川辺にある街。○四更…午前一時～三時頃。○旅魂…旅情。○灤京…上都。元のクビライが、モンゴル高原南部に設けた都。○寒燈…寒々とした灯火。○幾聲…多数の声。
晚意秋隂兩不分 晚意 秋陰 両つながら分たず
渚蘆沙竹護寒雲 渚蘆 沙竹 寒雲を護る
鴈聲客裏誰先聽 鴈声
客裏 誰か先ず聽く
愁絶惟應我共君 愁絶 惟だ応に 我と君と共となるべし
【語釈】
○董莊…不祥。○晚意…夕方の気配。○秋隂…秋の寒さ。○渚蘆…渚のアシ。○沙竹…砂浜の竹。○客裏…旅の途中。○愁絶…非常に心を痛める。○應…まさに～すべし」と読み「きっと～であるに違いない」の意。
況是秋陰欲雨天 況や是れ 秋陰 雨ふらんと欲する天なるをや
猶恐愁人暫得睡 猶お恐る 愁人 暫くも 睡りを得ることを
聲聲移近臥牀前 聲々 移り近ずく 臥牀の前
【語釈】
○暗蟲…暗いところで鳴く虫。○唧唧…虫の鳴くさま。チーチー。○綿綿…長く続くさま。○秋陰…秋の曇り。○臥牀…寝床。
念爾無機自有情 念う 爾が 機無くして 自ずから情有るを
迎寒辛苦弄梭聲 寒を迎えて
辛苦 梭声を弄す
椒房金屋何曾識 椒房 金屋 何ぞ 曽て識らん
偏向貧家壁下鳴 偏に 貧家の 壁下に向いて鳴く
【語釈】
○促織…コオロギ。○念爾…爾を思う。○無機…自然に任す。○梭…機織り機のヒ。○椒房…后妃の住む部屋。○金屋…華美な部屋。
夜色秋光共一闌 夜色 秋光 共に 一闌
飽收風露入脾肝 飽くまで
風露を收めて 脾肝に入る
虛簷立盡梧桐影 虛簷 立ち尽くす 梧桐の影
絡緯數聲山月寒 絡緯 数声 山月 寒し
【語釈】
○夜色…夜の気配。○秋光…秋の月の光。○一闌…一つの欄干。闌は欄に同じ。○風露…秋の風と露。○虚檐…誰もいない軒、縁側。○梧桐…青桐。○絡緯…こおろぎ、くつわむし。
（参考文献） 『漢詩鑑賞辞典』
汀葦蒼蒼白露凝 汀葦 蒼々 白露 凝る
一灘寒月未收罾 一灘の寒月 未だ罾を收めず
西風吹醒江南夢 西風
吹き醒まず 江南の夢
四壁蛩聲半夜燈 四壁の蛩声 半夜の灯
【語釈】
○蒼蒼…盛んに茂るさま。○罾…四つ手あみ。○西風…秋風。○江南…長江下流の南岸地方。○蛩聲…コオロギの声。
牽牛風露滿籬根 牽牛の風露 籬根に満つ
淡月疎星夜未分 淡月 疎星 夜
未だ分せず
燈下有人抛錦字 灯下
人有り 錦字を抛うち
機絲零亂不成文 機糸 零乱して 文を成さず
【語釈】
○牽牛…牽牛花。アサガオ。○風露…風と露。○籬根…垣根。○錦字…蘇蕙の回文詩の故事。○機絲…機織り機の糸。○零亂…ゆらゆら動く。
九日驅馳一日閑 九日駆馳して 一日閑なり
尋君不遇又空還 君を尋ねて
遇わず 又 空しく還える
怪來詩思清人骨 怪み来たる
詩思の 人骨を清むるを
門對寒流雪滿山 門は寒流に対し
雪は山に満つ
【語釈】
○侍御…皇帝の側に使える人。○驅馳…走り回ること（当時の役人は，９日働き、１日休暇であった）。○怪來…あやしむ（「來」は助辞）。○詩思…詩を作ろうと思う心。○人骨…人。
（参考文献） 『三体詩』
三日柴門擁不開 三日柴門 擁して開かず
階平庭滿白皚皚 階 平らかに 庭に満ち 白皚々
今朝蹋作瓊瑤跡 今朝 蹋みて 瓊瑤の跡を作すは
爲有詩從鳳沼來 詩の
鳳沼従り 来たる有る為なり
【語釈】
○王二十舍人…王涯。唐の太原の人，司空にまでなったが、甘露の変で殺害された。○柴門…柴で作った粗末な門。○階…きざはし。○皚皚…雪や霜の白いさま。○瓊瑤…美しい珠。ここでは雪のこと。○鳳沼…超俗の地。
五更初起覺風寒 五更
初めて起きて 風の寒きを覚ゆ
香炷燒來夜已殘 香炷 焼き来たれば 夜 已に残す
欲卷珠簾驚雪滿 珠簾を卷かんと欲して
雪の満つるに驚き
自將紅燭上樓看 自ら 紅燭を将って 楼に上りて看る
【語釈】
○宮詞…宮中の物事を詠じた詩。○五更…夜明け前。○香炷…香を焚くこと。○殘…尽きようとしているさま。○珠簾…たますだれ。
風卷寒雲暮雪晴 風は寒雲を卷きて
暮雪 晴る
江煙洗盡柳條輕 江煙
洗い尽きて 柳條 軽ろし
簷前數片無人埽 簷前の数片
人の埽う無く
又得書窗一夜明 又
書窓 一夜の明を得たり
【語釈】
○江煙…水の上に立つ靄。○柳条…柳の枝。○簷前…軒の前。
無事經年別遠公 無事
経年 遠公に別る
帝城鐘曉憶西峰 帝城
鐘曉て 西峰を憶う
爐煙消盡寒燈晦 炉煙
消尽くし 寒燈晦し
童子開門雪滿松
童子 門を開けば 雪 松に満つ
【語釈】
○住一師…不祥。○遠公…晉の高僧慧遠。廬山の東林寺に居住した。○帝城…帝都長安。○炉煙…香炉の煙。
藥窗誰伴醉開顏 薬窓 誰か伴いて 酔いて顏を開く
夜來雪壓村前竹 夜来 雪は圧す 村前の竹
賸見溪南幾尺山 賸し見る
溪南 幾尺の山
【語釈】
○道侶…修行中の同僚。○聞說…聞くところによれば。○經旬…十日余り。○啓關…門を開く。○夜来…夜になってから。○賸見…いたずらに見る。
江上晚來堪畫處 江上 晚来 画くに堪えたる処
漁人披得一蓑歸 漁人 一蓑を披し得て帰る
【語釈】
○僧舍…寺院。○茶煙…茶を煮る煙。○歌樓…歌舞を行う楼。○酒力…酒の人を酔わせる力。○晚來…夕方になってから。
向晚浮雲四面平 晚に向いて 浮雲 四面に平かなり
北風號怒達天明 北風
号怒して 天明に達す
寒窗一夜清無睡 寒窓
一夜 清くして 睡ること無し
擬聽杉篁葉上聲 聽かんと擬す 杉篁 葉上の声
【語釈】
○北風…冬風。○號怒…怒号。○天明…夜明け。○杉篁…杉と竹。
四外彤雲欲放晴 四外の彤雲 晴を放たんと欲す
一夜九天開玉闕 一夜 九天 玉闕を開き
六花萬里散璚英 六花 万里
璚英を散ず
【語釈】
○曉來…夜明けになってから。○紅日…赤色の光を放つ太陽。○羞明…明るい光に対する恐怖。○四外…四方。○彤雲…紅雲。彩雲。○九天…大空。○玉闕…天帝が住む宮殿の門。○六花…雪。○璚英…玉に似た美しい石。
黄昏月姊翦雲開 黄昏 月姊 雲を翦りて開き
夜半雷車載雨來 夜半 雷車 雨を載せて来たる
晨起鈎簾望霄漢 晨に起き 簾を鈎して 霄漢を望めば
風花吹墮萬璚瑰 風花 吹き墮とす 万璚瑰
【語釈】
○黄昏…たそがれ。○月姊…月。月光。○雷車…雷神を載せた車。雷声。○鈎簾…簾を捲き上げて鈎にかける。○霄漢…天空。○萬璚瑰…多くの玉に似た美しい石。
蔌蔌天花落未休 蔌々たる 天花 未だ落ちて休まず
寒梅疎竹共風流 寒梅
疎竹 共に風流
江山一色三千里 江山 一色 三千里
酒力消時正倚樓 酒力 消える時 正に 楼に倚る
【語釈】
○蔌蔌…花が落ちるさま。○天花…雪。○江山…江と山。○酒力…酒が人を酔わす力。
隨風拂拂玉花飄 風に隨いて
払々 玉花 飄る
入夜寒窗更寂寥 夜に入りて
寒窓 更に寂寥
爐火已殘燈未燼 炉火
已に残して 灯 未だ燼きず
一簾疎竹白蕭蕭 一簾の疎竹
白蕭々
【語釈】
○拂拂…散布するさま。○玉花…白い花。ここでは雪。○寂寥…ひっそりとして物寂しいさま。○殘…損なわれる。○燼…燃え尽きる。○一簾…ひとかたまり。○蕭蕭…物寂しいさま。
山川玉潔映朝暉 山川
玉潔 朝暉に映ず
人世鴻濛果是非 人世
鴻濛 果に是か非か
只許詩家占清景 只だ許す
詩家の 清景を占むるを
漁蓑偷載一船歸 漁蓑 偷に載せて
一船帰る
【語釈】
○江皋…江岸、江辺。○雪霽…雪が降った後の晴れ。○玉潔…純白で疵の無いさま。○朝暉…朝日。○鴻濛…天地が別れる前のようにカオスの状態。○清景…清らかな景色。○漁蓑…蓑を着た漁師。
冬令偷春多得暖 冬令 春を偷みて 多く暖を得たり
灞橋無思可吟詩 灞橋 思いの
詩を吟ずべき無し
江梅一樹都開遍 江梅 一樹 都て開遍す
不問南枝與北枝 問わず南枝と北枝とを
【語釈】
○冬令…冬を司る神。○灞橋…長安の東の灞上に架かる橋。東に旅立つ人との別れの地。○開遍…遍く開く。
池頭六出花飛遍 池頭の六出 花の飛ぶこと遍し
池水無波凍欲平 池水
波無く 凍 平かならんと欲す
一望玻璃三百頃 一望の玻璃 三百頃
好山西北玉為屏 好山
西北 玉を屏と為す
【語釈】
○池頭…池のほとり。○六出…雪。○一望…見渡す限り。○玻璃…水晶に似た宝石。
夜寒宮月照玻璃 夜
寒くして 宮月 玻璃を照らす
曉來宮女喧看處 曉來 宮女 喧しく看る処
【語釈】
○漫漫…広く遙かなさま。○禁隄…禁中の堤。○宮月…宮城に臨む月。○玻璃…水晶のような宝石。ここでは雪。○曉來…暁になってから。○狻貎…伝説上の動物。獅子。○捏…ここでは雪で形作ること。
破屋難禁深夜雨 破屋 禁ぎ難し 深夜の雨
布衾寒湿半床雲 布衾 寒に湿う 半床の雲
愁来自起推窗看 愁い来たりて 自ら起きて 窓を推して看れば
人比梅花瘦幾分 人は 梅花に比して 瘦せること幾分
【語釈】
○破屋…壊れた家。○布衾…布で作った夜具。○幾分…多少。
凍雲寒樹曉模糊 凍雲 寒樹
曉に模糊たり
水上樓臺似畫圖 水上の楼台
画図に似たり
紅袖誰家乘小艇 紅袖 誰が家ぞ
小艇に乗じ
捲簾看雪過鴛湖 簾を捲き 雪を看て 鴛湖を過ぐ
【語釈】
○雜言…よもやまの事を詠った詩。○模糊…はっきりしないさま。ぼんやりしているさま。○紅袖…赤い袖で転じて美人。○鴛湖…浙江省嘉興の西南にある湖。湖中に煙雨楼がある。
秋澗の隠居に飲し 夜帰る 雪に值いて作有り
獨行長路儼如僧 独り行く長路
儼として僧の如し
水滴簷牙半是冰 水は簷牙より滴り 半ば 是れ 氷る
歸到空園人已静 空園に帰り到れば
人 已に静かに
雪花穿戶打殘燈 雪花 戶を穿がち 残灯を打つ
【語釈】
○秋澗…姚淛。浙江省杭州の人。若くして学に優れ、鴻臚卿に任ぜられたが、すぐに辞職して隠棲した。○簷牙…軒の突き出た部分。○空園…人気の無い園。○殘燈…消えかかった灯。
雪中
嘉則を宝奎寺の楼店に訪う
山徑尋君重復重 山径 君を尋ね 重復た重
小樓百尺臥元龍 小楼
百尺 元龍を臥さしむ
安窓偏向梅花角 窓を安いて 偏に向う 梅花の角
去暎江天雪數峰 去りて映ず 江天の 雪 数峰
【語釈】
○嘉則…沈明臣。浙江省鄞県の人，胡宗憲の幕僚となる。詩名有り。○寶奎寺…不祥。○樓店…楼房の店舗。○重復重…重なり合うさま。○元龍…道教用語で道を得た者。○江天…江と空。
桐下空階疊綠錢 桐下の空階 緑銭を畳み
貂裘初綻擁高眠 貂裘 初めて綻び 高眠を擁す
酒滴清香似去年 酒滴の清香 去年に似たり
【語釈】
○襲美…皮日休。湖北省襄陽市の人太常博士、翰林學士となる。○空階…人気の無いきざはし。○綠錢…緑の苔。○貂裘…貂の皮でつくったかわごろも。○低幌…低い幌。○遮掩…覆い遮る。○酒滴…酒のしずく。
南路蹉跎客未回 南路
蹉跎として 客 未だ回らず
常嗟物候暗相催 常に嗟す 物候の 暗に相催すを
十月先開嶺上梅 十月
先ず開く 嶺上の梅
【語釈】
○南中…南の地方。○蹉跎…生活が思うようにいかない。○物候…一年の季節。○四時…四季。○江頭…江のほとり。
荷盡已無擎雨蓋 荷は尽きて 已に 雨を擎ぐる蓋無く
菊殘猶有傲霜枝 菊は残して 猶お 霜に傲る枝 有り
一年好景君須記 一年の好景
君 須らく記すべし
正是橙黄橘綠時 正に 是れ 橙黄橘緑の時
【語釈】
○劉景文…名は季孫、景文は字。タングート族の西夏と戦った将軍劉平の子で、このとき、杭州で民兵を率いていた。○荷盡…蓮の葉がすっかり枯れてしまった。○擎…高く差し上げること。○蓋…かさ。○菊殘…菊が盛りを過ぎて咲き衰えたこと。○傲霜…霜に負けない。○須…すべからく～すべしと読み、当然～すべきであるの意。○橙…ユズ。○橘…ミカンの類。
（参考文献） 漢詩大系１７』
天地無情正北風 天地
情無く 正に北風
飛鴻哀咽亂雲中 飛鴻 哀咽す 乱雲の中
此時縱使開千樹 此の時
縦使 千樹を開くも
不及東皇一點紅 東皇 一点の紅に及ばず
【語釈】
○小春…小春日和。○飛鴻…空を飛ぶ雁。○哀咽…哀れに咽び鳴く。○東皇…春の神。
清霜欲重小春天 清霜
重ならんと欲す 小春の天
楊柳蕭疏帶曉煙 楊柳 蕭疏 曉煙を帯ぶ
無奈東皇苦多事 奈ともする無し 東皇 苦だ 多事なるを
又傳春信到梅邊 又 春信を伝えて
梅辺に到る
【語釈】
○小春…小春日和。○蕭疏…疎らで少ない。○曉煙…朝靄。○東皇…春をつかさどる神。○多事…することが多い。○春信…春の来た知らせ。
秋風吹盡舊庭柯 秋風
吹き尽くす 旧庭の柯
黃葉丹楓客裏過 黃葉
丹楓 客裏に過ぐ
一點禪燈半輪月 一点の禅灯
半輪の月
今宵寒較昨宵多 今宵の寒は 昨宵に較ぶれば 多し
【語釈】
○柯…木の枝。○丹楓…紅葉した楓。○客裏…旅の中。○禅灯…寺廟の灯火。
井底微陽回未回 井底の微陽 回るか 未だ回らざるか
蕭蕭寒雨濕枯荄 蕭々たる寒雨 枯荄を湿す
何人更似蘇夫子 何人か
更に 蘇夫子に似て
不是花時肯獨來 是れ
花時ならざるに 肯えて独り来る
【語釈】
○吉祥寺…江蘇省杭州市にあった寺。○井底…井戸の底。○微陽…微かな陽気。○蕭蕭…風雨等の物寂しい音の形容。○枯荄…枯れた草の根。○蘇夫子…蘇軾。
（参考文献） 『漢詩大系 １７』
冬至の後十余日復び吉祥寺に至る
東君意淺著寒梅 東君 意浅し
寒梅を著くるに
安得道人殷七七 安んぞ得ん 道人の殷七七
不論時節遣花開 時節を論ぜず 花を開かしむるを
【語釈】
○吉祥寺…江蘇省杭州市にあった寺。○東君…春を司る神。○千朵…多くの花を付けた枝。○深紅…赤い花。○道人…道教の師。○殷七七…道荃、祥という唐代の道教の師。９月にツツジの花を開く技を試したという。
天街曉色瑞煙濃 天街の曉色 瑞煙 濃く
名紙相傳盡賀冬 名紙 相伝えて 尽く 冬を賀す
繡幕家家渾不卷 繡幕 家々 渾て卷かず
呼盧笑語自從容 呼盧 笑語 自ら従容す
【語釈】
○至節…夏至又は冬至。この場合は冬至。冬至は一陽来復の日として祝われ、徹夜をする習慣があった。○即事…事に触れて、その場のことを題材にして作った詩。○天街…京城中の道路。○曉色…曉の景色。○瑞煙…めでたい霞。○名紙…名刺。○繡幕…刺繍をしたカーテン。○呼盧…博打のかけ声。
店舍喧譁徹夜開 店舍の喧譁 夜を徹して開く
熒煌燈火映樓臺 熒煌たる燈火 楼台に映ず
歡遊未曉不歸去 歓遊 未だ曉けざれば 帰り去らず
早有元宵氣象來 早く
元宵の気象の 来たる有り
【語釈】
○至節…夏至又は冬至。この場合は冬至。冬至は一陽来復の日として祝われ、徹夜をする習慣があった。○即事…事に触れて、その場のことを題材にして作った詩。○喧譁…かまびすしさ。○熒煌…光輝く。○歡遊…歓び遊ぶ人々。○元宵…正月十五日、上元節。この夜灯火をともして騒いだ。○氣象…景色。
子月風光雪後看 子月の風光
雪後に看る
新陽一縷動長安 新陽 一縷 長安に動く
禁鍾乍應雲門曲 禁鍾
乍ち応ず 雲門の曲
宮樹先驅黍谷寒 宮樹
先駆くる 黍谷の寒
【語釈】
○子月…旧暦１１月。○風光…風景。○新陽…初春。○一縷…わずか。○禁鍾…禁中の鐘。○雲門曲…周の六舞曲の一つ。○黍谷…北京市密雲県の西南にある山谷。
旅館寒燈獨不眠 旅館の寒灯
独り眠らず
客心何事轉悽然 客心 何事ぞ
転た悽然
故鄉今夜思千里 故鄉 今夜
千里を思う
霜鬢明朝又一年 霜鬢 明朝
又 一年
【語釈】
○寒灯 … 薄暗く、寒々とした灯。○客心 … 旅人の心。○何事 … どうしたことか。○転 … いよいよ。ますます。○悽然 … 物寂しいさま。痛ましいさま。○霜鬢 … 霜のような白い鬢。○又一年 …一つ年をとる。
（参考文献） 『漢詩鑑賞辞典』『唐詩選』
病眼少眠非守歲 病眼 眠 少くして 歲を守るに非らず
老心多感又臨春 老心 感 多くして 又 春に臨む
火銷燈盡天明後 火は銷し 灯は尽く 天明の後
便是平頭六十人 便ち 是れ 平頭 六十の人
【語釈】
○守歲…除夜に眠らないでいる習慣。○天明…夜明け。○平頭…数のそろうこと。
濛濛小雨暗樓臺 濛々たる小雨 楼台に暗し
柳條榆莢弄顔色 柳條 榆莢 顔色を弄し
【語釈】
○閏後…うるう月の後。○陽和…春天の暖気。○臘裏…陰暦十二月の中。○濛濛…煙るようにもやっとしているさま。○柳條…柳の枝。○榆莢…ニレの実。○雙燕…つがいの燕。
亭臺經雨壓塵沙 亭台
雨を経て 塵沙を圧す
春近登臨意氣佳 春近く
登臨して 意気 佳なり
未春先放一城花 未だ
春ならざるに 先ず一城の花を放つを
【語釈】
○塵沙…砂塵。○登臨…高所に登って下を見渡すこと。○輕寒…微かな寒さ。○勒…統率して止める。
小雪晴沙不作泥 小雪 晴沙 泥を作さず
疏簾紅日弄朝暉 疏簾 紅日 朝暉を弄す
年華已伴梅梢晚 年華
已に 梅梢に伴いて
晚れ
春色先從草際歸 春色
先ず 草際従り帰る
【語釈】
○小雪…二十四節季の一つ、陽暦の十一月二十三日ころ。○晴沙…日光の照らす砂浜。○疏簾…粗く編んだすだれ。○紅日…赤い日の光。○朝暉…朝日。○年華…年。○梅梢…梅のこずえ。
梅英欲盡香無頼 梅英 尽きんと欲し
香 無頼なり
草色才蘇綠未勻 草色
才かに 蘇の緑 未だ勻かならず
苦竹空將歲寒節 苦竹 空しく 歲寒の節を将ちて
又隨官柳到青春 又 官柳に随いて 青春に到る
【語釈】
○梅英…梅花。○無頼…たよりない。○蘇…シソ科の一年草。○勻…ととのう。○苦竹…まだけ。○歲寒節…冬の季節。○官柳…公道に植えられた柳。
歲暮烟霜澤國寒 歲暮 煙霜 沢国 寒し
曉鴉鳴處是柯山 曉鴉 鳴く処
是れ 柯山
地爐有火樽餘酒 地爐 火有りて 樽 酒を余す
自起焚香深掩關 自ずから 起きて 香を焚き 深く関を掩う
【語釈】
○臘月…陰暦十二月。○歲暮…年の暮。○烟霜…靄と霜。○澤國…水郷。○曉鴉…曉の鴉。○柯山…不確定。○地爐…地下に設けた暖炉。○掩關…門を閉ざす。
荒苔野蔓上籬笆 荒苔 野蔓 籬笆に上り
客至多疑不在家 客 至りて 多く疑う 家に在らざるかと
病眼看人殊草草 病眼 人を看る 殊に草々
隔林迢遞見梅花 林を隔だてて 迢逓 梅花を見る
【語釈】
○歲晚…大晦日。○荒苔…荒れた苔。○野蔓…野生のつる草。○籬笆…竹、小枝などで作られた垣根。○草草…苦労するさま。○迢遞…遠くに。
細君炊秫婢繰絲 細君は秫を炊き 婢は糸を繰る
綵勝酥花總不知 綵勝 酥花 総べて知らず
窗下老儒衣露肘 窓下の老儒 衣 肘を露す
挑燈自揀一年詩 灯を挑げて 自ら揀ぶ 一年の詩
【語釈】
○歲晚…大晦日。○細君…妻。○綵勝…？○酥花…梅花。○老儒…年老いた学者。
門冷如冰儘不妨 門は冷にして氷の如きなるも侭な妨げず
由來富貴屬蒼蒼 由来
富貴 蒼々に属す
誰能却學癡兒女 誰か能く却って痴兒女に学び
深夜潜燒祭竈香 深夜
潜かに 祭竈香を燒く
【語釈】
○歲晚…大晦日。○儘…そのままにしておく。○由来…もともと。○蒼蒼…青い天。ここでは天の思し召し。○祭竈香…かまどを祀る香。
丐客鶉衣立戸前 丐客鶉衣 戸前に立つ
豈知儂自窘殘年 豈に知らんや 儂は自から残年を窘しむを
染人酒媼逋猶緩 染人 酒媼の逋は 猶お緩かに
且送添丁上學錢 且く添丁を送り 学に上る銭
【語釈】
○歲晚…大晦日。○丐客…乞食。○鶉衣…破れ衣。○染人…染め物工。○酒媼…酒を売る老婆。○逋…租税を滞納する。○添丁…男の子。○上學…学問を修めるための金。
刻木團泥作禍胎 木を刻し 泥を団して 禍胎を作す
驅牽不動蠢形骸 駆牽 動かず 形骸を蠢かす
須臾齏粉渠休恨 須臾に齏粉 渠 恨むることを休めよ
教汝偷寒送暖來 汝をして寒を偷しみ暖を送り来らしむ
【語釈】
○土牛…粘土で作られた牛。陰の気を取り除くために、陰暦十二月に土製の牛が作られた。○禍胎…禍根。○驅牽…駆動したり牽いたりすること。○形骸…体。○齏粉…粉砕。
三日半存何必戀 三日半ば
存す 何ぞ必ずしも 恋わん
一年去盡不知留 一年
去り尽きて 留むることを 知らず
春風只在虞山外 春風
只だ在り 虞山の外
嫋嫋將來笑白頭 嫋々 将に来たりて 白頭を笑わんとす
【語釈】
○虞山…江蘇省蘇州市の虞山。○嫋嫋…しなやかで美しいさま。○將…「まさに～せんとす」と読み「今にも～しそうである」の意。○白頭…しらが頭。
久客懷人百事慵 久客 人を懷いて 百事慵し
春歸幾日是殘鼕 春帰り
幾日 是れ 残鼕
長安雪後無來往 長安
雪後 来往無し
報國門前獨看松 報国門前 独り松を看る
【語釈】
○除夕…大晦日の夜。○久客…長く逗留する旅人。○春歸…春が過ぎ去る。○殘冬…冬の終わり。○來往…人の行き来。○報國門…長安の城門の一つ、不祥。
雌去雄飛萬里天 雌去り
雄飛ぶ 万里の天
不須長結風波願 須いず 長く 風波の願いを
結ぶことを
鎖向金籠始兩全 鎖して 金籠に向いて 始めて両全
【語釈】
○雲羅…網の目のように空に広がる雲。○潸然…涙が流れるさま。ハラハラ。○金籠…金の鳥籠。
錦羽相呼暮沙曲 錦羽 相呼ぶ 暮沙の曲
波上雙聲戛哀玉 波上の双声 哀玉を戞す
霞明川靜極望中 霞明かに 川静かに 極望の中
一時飛滅青山綠 一時に飛滅し 青山 緑なり
【語釈】
○鸂鶒…オシドリに似た水鳥の一種。○錦羽…羽毛の美称。○暮沙…夕方の砂浜。○哀玉…翡翠の音のように悲惨な音。○戛…金石を叩いて音を出す。○極望…見渡す限り。○飛滅…飛び去って見えなくなること。
翠翹紅頸覆金衣 翠翹 紅頸 金衣を覆う
灘上雙雙去又歸 灘上 双々 去りて 又帰る
長短死生無兩處 長短
死生 両処無し
可憐黃鵠愛分飛 憐むべし
黃鵠の 分飛を愛すを
【語釈】
○鴛鴦…おしどり。○翠翹…緑色の尾にある長い羽。○紅頸…赤い首。○金衣…金色の羽毛。○灘上…早瀬の上。○雙雙…つがいになって。○黃鵠…大鳥の名。黄色い羽をもつ。○分飛…雌雄別れて飛ぶ。
江島濛濛煙靄微 江島 濛々 煙靄 微なり
綠蕪深處刷毛衣 綠蕪 深き処
毛衣を刷う
渡頭驚起一雙去 渡頭 驚き起ちて 一双去り
飛上文君舊錦機 飛び上る
文君が 旧錦機
【語釈】
○鴛鴦…おしどり。○江島…江の中の島。○濛濛…煙るようにぼおっとしているさま。○煙靄…霞と靄。○綠蕪…青々と茂っている雑草。○毛衣…羽毛。○渡頭…渡し場。○一双…ひとつがい。○文君…卓文君。司馬相如の妻。ウィキペディア。○錦機…錦織機。
點點漁燈照浪清 点々たる漁灯
浪を照らして清し
水烟疏碧月朧明 水煙
疏碧にして
月朧 明かなり
小灘驚起鴛鴦處 小灘 鴛鴦を 驚き起たする処
一隻採蓮船過聲 一隻の
採蓮船の 過ぐる声
【語釈】
○荆溪…江蘇省常州市荆溪。○水煙…水面に立つもや。○疎碧…疎らな青緑色。○月朧…おぼろ月。○驚起…驚かせて飛び立たせる。○鴛鴦…おしどり。○採蓮船…蓮を採る船。
蘋洲花嶼接江湖 蘋洲 花嶼 江湖に接す
春晩有時描一對 春晩
時有りて 一対を描く
【語釈】
○鴛鴦…オシドリ。○蘋洲…浮き草が岸に生えている中洲。○花嶼…花の咲いている島。○成雙…つがいとなる。○自如…自若。○春晩…晩春。○消盡…使い果たす。○繡工夫…刺繍の苦労。
雙眠雙浴水平溪 双眠
双浴 水 溪に平かなり
共㸔秋光卧兩堤 共に秋光を看て両堤に卧す
冷沙寒葦不成棲 冷沙 寒葦 棲を成さざるを
【語釈】
○馬賁…不祥。○鸂鶒…オシドリ。○双眠…つがいで眠る。○双浴…つがいで水浴びをする。○秋光…秋景色。○瀟湘…瀟水と湘水が合流する洞庭湖南の地方。○孤鴈…群れから離れた鳫。○冷沙…冷たい砂浜。○寒葦…寒々としたアシ。
蘆葉青青水滿塘 蘆葉青々として 水 塘に満つ
文鴛晴卧落花香 文鴛 晴に卧して 落花 香し
不因羌管驚飛起 羌管の 驚飛し 起すに 因らず
三十六宮春夢長 三十六宮 春夢
長からん
【語釈】
○徽宗…北宋の第8代皇帝。芸術家としては優れていたが政治的には無能で、靖康の変に繋がった。○雙鴛…つがいのオシドリ。○蘆葉…アシの葉。○文鴛…オシドリ。○羌管…羌笛。異民族の笛。○三十六宮…多くの宮殿。
小鴨看從筆下生 小鴨 筆下従り 生ずるを看る
幻法生機全得妙 幻法 生機 全く妙を得たり
自知力小畏滄波 自ずから 知る 力 小にして
滄波を畏るを
【語釈】
○小鴨…小さな鴨。○筆下…絵筆の下。○幻法…魔法。○生機…生理機能。○睡起…眠りから醒める。○晴沙…晴れた砂浜。○晚照…夕映え。
陰陰溪曲綠交加 陰々たる溪曲
緑 交加す
小雨翻萍上淺沙 小雨
萍を翻して 浅沙に上る
春色不堪流水送 春色
流水を送るに 堪えず
雙浮鳴鴨趁桃花 双つ浮ぶ 鳴鴨 桃花を趁う
【語釈】
○陰陰…木が茂って暗いさま。○溪曲…谷のくま。○交加…入り交じる。○萍…うきくさ。○淺沙…浅い砂浜。○鵝鴨…あひるとカモメ。○趁…追いかける。
池冰受日未全開 池氷 日を受け
未だ全くは開かず
旋旋波痕百皺來 旋々たる波痕 百皺 来たる
野鴨被人驚得慣 野鴨 人に驚か被れ慣れるを得て
作羣飛去却飛回 群を作し
飛び去り 却って飛び回える
【語釈】
○浄遠亭…不祥。○池冰…池に張った氷。○開…解ける。○旋旋…やや、ゆったりしたさま。○百皺…多くのさざ波。○得慣…慣れることができた。
江天歲晚景淒淒 江天 歲晚
景 淒々
雲脚低垂望欲迷 雲脚 低く垂れ 望 迷わんと欲す
水鳥畏寒飛不起 水鳥 寒を畏れ 飛び起たず
黃蘆枝上並頭棲 黃蘆枝上 並頭して棲む
【語釈】
○凍鳧…凍えたケリ（小型の鴨）。○江天…江と天。○歲晚…年の暮れ。○淒淒…冷え冷えとしたさま。○雲脚…雲から垂れ下がった雨。○黃蘆…枯れて黄色くなったアシ。○並頭…頭を並べて。
昔年家住太湖西 昔年 家は太湖の西に住す
常過吳興罨畫溪 常に過ぐ 呉興の
罨画溪
水閣筠簾春似海 水閣 筠簾 春
海に似たり
梨花影裏睡鳧鷖 梨花影裏 鳧鷖 睡る
【語釈】
○太湖…江蘇省蘇州市近くにある湖。○呉興…浙江省の県名。○罨畫溪…不祥。○水閣…川に臨んだ閣。○筠簾…竹のすだれ。○鳧鷖…ケリ（小型の鴨）と鴨。