「旅情を詠う」　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　山居　閑人

 

 

「夫(そ)れ天地は萬物の逆旅(げきりょ)にして　光陰は百代の過客(かかく)なり　而(しこう)して浮生(ふせい)は夢の若し　 歡(かん)を爲すこと幾何(いくばく)ぞ」

　李白の「春(しゅん)夜(や)桃李園に宴するの序」の一文であり、芭蕉の奥の細道の「序文」に、「月日は百代の過客にしてきかふ年もまた旅人なり。舟の上に生涯をうかべ、馬の口とらえて老をむかふるものは、日々旅にして旅を栖(すみか)とす。古人も多く旅に死せるあり。」と引用されています。

　このように、昔から多くの文人達が旅に多くの時間を費やしてきました。その動機はさまざまで、ある者は歌枕を求めるため、ある者は名所の見物のため、更にあるものは、配流(はいる)の途中や、配流から許されての旅、故郷との往来のためなど様々でした。

　これらの旅人達は、それぞれの動機に応じて、そのときの気持を詩歌に表しております。このたびは、「旅情を詠う」と題しまして、これらの詩歌を吟詠により紹介したいと思います。

 

　漂泊の詩人と言えば、第一に李白が挙げられます。李白は、２５才で蜀の地を離れて以来、短い長安での生活期を除いて、その殆どを旅に過ごしました。若いときから詩名は高く、若山牧水のように、何処に行っても歓迎される気楽な旅であり、その詩には、旅の喜びを感じさせるものが多数を占めています。

　始めに、旅の途中で酒屋に立ち寄り、そのときの主人のもてなしに対してお礼に送った詩「客中(かくちゅう)行(こう)」を紹介いたします。もちろん、酒代はこの詩一編でおつりが来たでしょう。

 

蘭陵美酒鬱金香　　　蘭(らん)陵(りょう)の美酒 鬱(うっ)金(こん)香(こう)　

玉碗盛來琥珀光    　玉(ぎょく)椀(わん) 盛り来たる 琥珀(こはく)の光

但使主人能醉客   　 但(ただ)だ 主人をして  能(よ)く客(きゃく)をして酔わしめば　

不知何處是他�ｸ     知らず何(いず)れの処(ところ)か 是れ他郷(たきょう)

 

　李白が安徽省(あんきしょう)に遊んだとき、汪倫(おうりん)と言う人の家に滞在し、もてなしを受けました。別れに臨んで、桃花潭(とうかたん)という川で舟に乗ったとき、岸から足を踏みならして詠う別れの歌が聞こえてきました。李白は早速、「汪倫(おうりん)に送る」という詩を作り、汪倫に送りました。汪倫は、この李白自筆の詩を、家宝としたと言われています。「汪倫に送る」を紹介いたします。

 

李白乘舟將欲行　   李(り)白(はく)舟(ふね)に乗(の)りて将(まさ)に行(い)かんと欲(ほっ)す

忽聞岸上踏歌聲     忽(たちま)ち聞(き)く岸上(がんじょう)踏歌(とうか)の声(こえ)

桃花潭水深千尺　   桃花潭(とうかたん)水(すい)深さ千尺(せんせき)　

不及汪倫送我情　　　及(およ)ばす汪倫(おうりん)が我(われ)を送(おく)るの情(じょう)に

 

　日本において旅の歌人といわれるのは、先に紹介した若山牧水です。牧水の旅は漂泊の旅ではありませんでしたが、長男を「旅人」と名付けたほど旅が好きでした。酒を愛したことも李白と共通するものがあります。しかし、その歌には、李白と異なり「寂しさ」を詠ったものが多くあります。その代表作「中国を巡りて」を紹介いたします。

 

幾山河越えさり行かば寂しさのはてなむ国ぞ 今日も旅ゆく

 

　旅の中には、地方から科挙の試験を受けるため長安に向かう旅もありました。孟(もう)浩然(こうねん)もそうした旅を経験した一人でした。試験のための状況であっても、やなり一抹の寂しさは感じたようですが、「自然派」と言われる孟浩然の詩風が良く表されています。この詩「京に赴く途中にして雪に逢う」を紹介いたします。孟浩然は受験に失敗し、官職に就くことなく隠棲生活を送ることになりました。

 

迢遞秦京道　　　　迢遞(ちょうてい)たり 秦(しん)京(きょう)の道(みち)

蒼茫藏暮天　　　　蒼茫(そうぼう)たり 歳暮(せいぼ)の天(てん)

窮陰連晦朔　　　　窮(きゅう)陰(いん)　晦朔(かいさく)に連(つら)なり

積雪遍山川　　　　積雪(せきせつ)　山川(さんせん)に遍(あまね)し

落雁迷沙渚　　　　落雁(らくがん)　沙(さ)渚(しょ)に迷い　

饑烏噪野田　　　　飢(き)烏(ちょう)　野田(やでん)に譟(さわ)ぐ

客愁空佇立　　　　客(かく)愁(しゅう)　空(むな)しく佇立(ちょりつ)するに

不見有人煙　　　　人煙(じんえん)有(あ)るを見(み)ず

 

　　実体験に基づいたものでないと思われ、少し脱線しますが、孟浩然の旅の詩としては、「歳暮(せいぼ)南山(なんざん)に帰る」を採り上げないわけには行きません。孟浩然が宮廷で王維と文学論をかわして居たとき、玄宗(げんそう)皇帝(こうてい)が現れて王維が紹介し、「詩を見せよ」とのお言葉にこの詩を見せたところ、「不才(ふさい)明主(めいしゅ)に棄てられ」の句を見て「朕は卿を臣下にしたこともないし、卿を見捨てたこともない。何故朕を誹るのか。」と不快を買い、絶好の仕官の機会を失ったという逸話で有名です。この詩を紹介致します。

 

北闕休上書　　　北闕(ほくけつ)  上書(じょうしょ)を休(や)め　

南山歸敝廬　　　南山の敝廬(へいろ)に帰る

不才明主棄　　　不才(ふさい) 明主(めいしゅ)に棄(す)てられ　

多病故人疏　　　多病(たびょう)　故人(こじん)に疎(うと)んぜらる

白髮催年老　　　白髪(はくはつ) 年(ねん)老(ろう)を催(もよお)し　

青陽逼歲除　　　青(せい)陽(よう) 歳除(さいじょ)に逼(せま)る

永懷愁不寐　　　永(えい)懐(かい) 愁(うれ)て寐(い)ねず　

松月夜窗虛      松(しょう)月(げつ) 夜(や)窓(そう)に虚(むな) し

 

　飄々として旅を続けた李白でしたが、まだ旅慣れないうちには、ふとしたことがきっかけとなり望郷の念を懐くこともありました。有名な「静夜思(せいやし)」は、李白が３１歳の時の作とされ、蜀の故郷をはなれてから６年後の作です。「静夜思」を紹介いたします。

 

牀前看月光　　　牀(しょう)前(ぜん) 月光(げっこう)を看る　

疑是地上霜　　　疑(うた)ごうらくは是(こ)れ地上の霜かと

挙頭望山月　　　頭(こうべ)を挙(あ)げて山(さん)月(げつ)を望(のぞ)み

低頭思故郷　　　頭を低(た)れて故郷を思う。

 

　西行(さいぎょう)も又、旅をした歌人でした。旅の途中で読んだ和歌三首を紹介します。

 

飽(あ)かずのみ都にて見し月よりも 旅こそ月はあはれなりけれ

都にて月をあはれと思ひしは数にもあらぬすさびなりけり

あはれいかに草葉の露のこぼるらむ秋風立ちぬ宮城野の原

 

　旅先で独り寂しく除夜を迎えるに当たっては、新年を迎えると言うよりも、ひとつ年をとって老いが深まるという感じを受けたようです。高適(こうせき)もその一人で、その時の心境を「除夜の作」に表しております。高適４７歳の時の作とされていますが、どのような旅の途中で作られたものかは明らかにされていません。この詩を紹介いたします。

 

旅��寒燈獨不眠　　　旅館の寒(かん)燈(とう) 独(ひと)り眠らず　

客心何事轉悽然　　　客(かく)心(しん)　何事ぞ　転(うたた)た凄然(せいぜん)

故�ｸ今夜思千里　　　故郷 今夜 千里を思う　

霜鬢明朝又一年　　　霜(そう)鬢(びん) 明朝 また一年　

 

　大晦日に旅の途中にあった詩人に頼(らい)山陽(さんよう)がいます。頼山陽は、大垣から舟で桑名に赴く途中でした。舟は、木曽川を通って桑名に向かったようです。その時の心境を詠った「舟大垣を発して桑名に赴く」を紹介いたします。

 

蘇水遙遙入海流　　　蘇(そ)水(すい) 遥々(ようよう)　海に入(い)って流る　

櫓声雁語帯郷愁　　　櫓声(ろせい) 雁語(がんご)　郷愁(きょうしゅう)を帯(お)ぶ

獨在天涯年欲暮　　　独(ひと)り天涯(てんがい)に在って 年暮れんと欲す　

一篷風雪下濃州　　　一篷(いっぽう)の風雪(ふうせつ) 濃州(のうしゅう)を下(くだ)る

 

旅の途中で大晦日を迎えた詩をもう一首紹介いたします。戴叔倫(たいしゅくりん)の「除夜石頭(せきとう)駅(えき)に宿す」を紹介いたします。高適の「除夜の作」と同じく「寒灯」が、寂しさを感じさせる言葉として、良く効いている詩です。

 

旅館誰相問　　　旅館(りょかん) 誰(たれ)か相(あ)い聞(と)わん　

寒燈獨可親　　　寒(かん)燈(とう) 独(ひとり)親(した)しむべし

一年將盡夜　　　一年(いちねん) 将(まさ)に尽(つ)きんとする夜(よる)　

萬里未歸人　　　万里(ばんり) 未(いま)だ 人(ひと)帰(かえ)らず

寥落悲前事　　　寥落(りょうらく)として 前事(ぜんじ)を悲(かな)しみ　

支離笑此身　　　支離(しり) 此(こ)の身(み)を笑(わら)う

愁顏與衰鬢　　　愁(しゅう)顔(がん)と衰(すい)鬢(びん)と　

明日又逢春　　　明日(みょうにち) 又(また)春(はる)に逢(あ)う

 

　旅先で元旦を迎えた詩人もいます。釈(しゃく)清(せい)渓(けい)は、気楽な身で旅をしている時に元旦を迎え、宿無しの僧の身では世間の行事とは関係なく、炉端でのんびりしようと詠っています。この詩「戊申(ぼしん)歳(さい)首(しゅ)の試筆(しひつ)」を紹介致します。

 

湖上新正風雪天　　　湖上(こじょう)の新(しん)正(せい) 風雪(ふうせつ)の天　

短蓑破笠又経年　　　短(たん)蓑(さ) 破(は)笠(りゅう) 又 年を経(へ)たり

野僧不識世�闔磨@　　野(や)僧(そう)は識らず世間の事　

煨芋爐邊伸足眠　　　煨(わい)芋(う) 炉辺 足を伸ばして眠る

 

　西行も度々旅をした人の一人でした。旅の途中で大晦日を迎えたときの心境は、ひとしお勝る寂しさでした。その心境を詠った和歌を紹介いたします。

 

つねよりも心ぼそくぞ思ほゆる　旅の空にて年の暮れぬる

 

　旅愁により眠れない夜を過ごす人もいました。杜牧もその一人であり、「旅(りょ)宿(しゅく)」という詩に一人旅の愁いの感情を表しております。杜牧が何歳の時の作か分かりませんが、家からの手紙が届かない程の長い旅の途中の作と思われます。「旅宿」を紹介いたします。

 

旅館無良伴　　　旅館(りょかん) 良(りょう)伴(ばん)無(な)く　

凝情自悄然　　　凝(ぎ)情(じょう)  自(おのずか)ら悄然(しょうぜん)

寒燈思舊事　　　寒灯(かんとう) 旧事(きゅうじ)を思(おも)い　

斷雁警愁眠　　　斷(だん)雁(がん) 愁眠(しゅうみん)を警(さ)ます

遠夢歸侵曉　　　遠夢(えんむ) 帰(かえ)って曉(あかつき)を侵(おか)し　

家書到隔年　　　家書(かしょ) 到(いた)るに年(とし)を隔(へだ)つ

湘江好煙月　　　滄(そう)江(こう) 煙(えん)月(げつ)好(よ)し　

門繫釣魚船　　　門(もん)に繋(つな)ぐ 釣魚(ちょうぎょ)の船(ふね)

 

　旅館における「寒灯」は、旅愁を増し、望郷の念を抱かせるもののようです。白(はく)居(きょ)易(い)も冬至の日に旅館に宿泊し、高適(こうせき)と同じような心境を詩に詠っております。この詩「邯鄲(かんたん)に至り、夜 親を思う」を紹介いたします。

 

邯鄲驛裏逢冬至　　　邯鄲(かんたん)駅(えき)裏(り) 冬至に逢(あ)う　

抱膝燈前影伴身　　　膝を抱いて燈前(とうぜん) 影 身に伴なう

想得家中夜深坐　　　想い得たり家中(かちゅう) 夜(や)深(しん)に坐(ざ)すを　

還應說著遠行人　　　還(ま)た応(まさ)に遠行(えんこう)の人を説著(せつちゃく)するなるべし

 

　同じように、眠れない旅の心を詠った詩人に蘇軾の門下である「蘇門四学士」の一人晁補の父である晁端(ちょうたん)友(ゆう)がいます。その詩「西門(せいもん)の外に宿す」を紹介いたします。

 

寒林殘日欲棲烏　　　寒(かん)林(りん) 残(ざん)日(じつ) 棲(す)まんと欲(ほっ)するの烏(からす)　

壁裏青燈乍有無　　　壁(へき)裏(り)の青(せい)灯(とう) 乍(たちま)ち有無(うむ)

小雨愔愔人假寐　　　小雨(しょうう) 愔愔(いんいん)として 人(ひと)は仮寐(かりね)し　

卧聽疲馬齧殘芻　　　臥(ふ)して聴(き)く 疲(ひ)馬(ば)の残芻(ざんすう)を齕(か)むを

 

　唐の詩人李涉も、眠れない旅愁を「再び武関(ぶかん)に宿す」と言う詩に著わしました。あてどない旅を続けるときに、谷川の水が旅愁を催させて眠れない様子を詠ったものです。この詩を紹介いたします。

　　

遠別秦城萬理遊　　　遠く秦(しん)城(じょう)に別れて 万里(ばんり)に遊ぶ　

亂山高下入商州　　　乱山(らんざん) 高下(こうか) 商州(しょうしゅう)に入る

關門不鎖寒溪水　　　関門(かんもん)鎖(とざ)さず 寒溪(かんけい)の水　

一夜潺湲送客愁一　　夜 潺湲(せんかん) 客(かく)愁(しゅう)を送る

 

　陸游は、金に圧迫されている南宋において主戦論者であり「憂国の詩人」と言われていますが、政争に敗れて、晩年は田園で生活を送りました。長安にあった軍司令部が解散し、蜀の長官として向かう旅の途中で作られた「剣門(けんもん)道中(どうちゅう)微雨(びう)に遭(あ)う」は、数ある陸游の絶句の中でも屈指の絶唱とされています。果たして詩人として生きる決心が付いたのかどうか。それは、結句に表された乗り物が馬でなく驢馬(ろば)であることに示されているとも考えられます。「剣門道中微雨に遭う」を紹介します。

 

衣上(いじょう)の征(せい)塵(じん) 酒(しゅ)痕(こん)を雑(まじ)う　

遠游(えんゆう) 処(どころ)として魂(たましい)を消(け)さざるは無(な)し

此(こ)の身(み) 合(まさ)に是(こ)れ 詩人(しじん)なるべきや未(いまだし)や　

細(さい)雨(う) 驢(ろ)に騎(の)って 剣門(けんもん)に入(い)る

 

　陸游の詩として、旅の途中で病に会ったときの詩があります。寒さによる風邪でしょうか。病のため、欄干に寄りかかって梅の花を見ることができなかった残念さが詠われております。この詩「春雨(しゅんう)」を紹介いたします。

 

春陰易成雨　　　春(しゅん)陰(いん) 雨(あめ)を成し易く　

客病不禁寒　　　客病(かくへい)寒(かん)に禁(た)えず

又與梅花別　　　又(また)梅花(ばいか)と別(わか)る

無因一倚欄　　　因(よ)りて一欄(いちらん)に倚(よ)る無し

　

　日本の和歌集の中で、専ら旅の心情を詠ったものは『伊勢物語』でしょう。在原業平の作と言われ、東国に旅をする間の各地で読まれた歌が、簡単な物語として読み込まれています。そのうち、駿河国の宇津(うつ)谷(や)峠において作られた和歌を紹介いたします。この歌の裏には、恋人が自分のことを思っていてくれると、その人が夢に現れるということが、当時信じられていたことがあります。

 

駿河なる 宇津の山べの うつつにも 夢にも人に 逢はぬなりけり

 

　一般に、海に囲まれた日本や、中国でも河川での交通が開けた地方では、舟を利用した旅が多く、その旅情を詠った詩歌が多く作られています。これらを順次紹介していきます。最も知られたものは、張継の「楓(ふう)橋(きょう)夜(や)泊(はく)」でしょう。寒山寺は戦果で荒れ果てましたが、この詩により、現在では一大観光地となっております。「楓橋夜泊」を紹介いたします。

 

月落烏啼霜滿天　　　月落ち烏(からす)啼(な)いて 霜天に満つ　

江楓漁火對愁眠　　　江(こう)楓(ふう) 漁火(ぎょか) 愁眠(しゅうみん)に対す。

姑蘇城外寒山寺　　　姑蘇(こそ)城外(じょうがい)の寒(かん)山寺(ざんじ)　

夜半鐘聲到客船　　　夜半(やはん)の鐘声(しょうせい) 客船(かくせん)に到る

 

　「楓橋夜泊」に影響を受けた和歌二首を紹介致します。

 

月に鳴くやもめがらすのねにたてて秋のきぬたぞ霜にうつなる（藤原為家）

 

月落ちて明くる外山の友がらす啼く音も寒き空の霜かな（武者小路実陰）

 

　船旅の途中、今の南京で南北朝の時代の都であった金陵の近くの秦淮川に船泊した杜牧が作った詩として有名な「秦淮(しんわい)に泊(はく)す」があります。妓女達が唱う亡国の歌曲である｢玉樹後庭歌｣を聞いてやるせなくなった杜牧ですが、真に非難しているのは、それを歌わせている客であり、杜牧が、唐の滅亡が近いことを予感していた為と思われます。

 

煙籠寒水月籠沙　　　煙は寒(かん)水(すい)を籠(こ)め 月は沙(すな)を籠む　

夜泊秦淮近酒家　　　夜 秦淮(しんわい)に泊(はく)して 酒家(しゅか)に近し

商女不知亡國恨　　　商女(しょうじょ)は知らず 亡国の恨み　

隔江猶唱後庭花　　　江を隔てて猶(なお)唱(うた)う「後庭(こうてい)花(か)」

 

　　明の詩人高啓は、金陵に行く時に、杜牧の「秦淮に泊す」に和した詩「將(まさ)に金(きん)陵(りょう)に赴(おもむ)かんとし始めて閶門(しょうもん)を出(いで)て夜(や)泊(はく)す」と言う詩を作っております．杜牧と同じような光景を見て、夜眠れない気持を詠っています。

 

煙月籠沙客未眠　　　煙(えん)月(げつ) 沙(すな)を籠(こ)め 客(かく)未(いま)だ眠らず　

歌聲燈火酒家前　　　歌声(かせい) 燈(とう)火(か) 酒家(しゅか)の前

如何出齣閶門宿　　　如何(いかんぞ) 纔(わずか)かに閶門(しょうもん)を出(い)でて宿(しゅく)すれば　

已似秦淮夜泊船　　　已に似たり秦淮(しんわい) 夜(や)泊(はく)の船

 

　宋の詩人范(ぼん)成(せい)は、「衡州(こうしゅう)に泊す」という詩に、船旅を十日間も続けたが、あいにく春の美しい景色を見ることが出来ず、目的地の衡陽について見ると､已に春過ぎ去ろうとしていることを知ったことを詠っています。この詩を紹介します。

 

客裏仍哦對雨吟　　　客(かく)裏(り)仍(しきり)りに哦(が)す 対雨(たいう)の吟

夜來星月曉還陰　　　夜來(やらい) 星(せい)月(げつ) 曉(あかつき)還(また)た陰(くも)る

空江十日無春事　　　空(くう)江(こう) 十日(とおか) 春事(しゅんじ)無く

船到衡陽柳色深　　　船 衡陽に到れば柳(りゅう)色(しょく)深し

 

　冬の船旅は、川霧で景色は見えず、寒さに震えながらの旅であったようです。

宋の詩人楊(よう)萬里(ばんり)は、「庚子(こうし)正月五日曉(あかつき) 大皋(だいこう)渡(と)を過(す)ぐ」という詩の中で、この様子を詠っています。この詩を紹介いたします。

 

霧外江山看不真　　　霧外(むがい)の江山(こうざん)看(み)て真ならず　

只憑鷄犬認前邨　　　只(ただ) 鷄(けい)犬(けん)に憑(よ)って前村(ぜんそん)を認む

渡船滿板霜如雪　　　渡船(とせん) 滿板(ばんぱん) 霜 雪の如し　

印我青鞋第一痕　　　印(いん)す我が青鞋(せいあい) 第一(だいいち)痕(こん)

 

　　冬の船旅でも趣を感じた人もいます。まして、たまたま教養のある人と同じ舟に乗り、互いに文学論をかわすなど、大きな喜びであったでしょう。宋の詩人戴復古は、この時のことを「冬日舟を移し風を避けて峽に入る」と言う詩に表しています。この詩を紹介したします。

 

棹入黃蘆浦　　　棹(さおさし)し入(い)る 黃蘆(こうろ)浦(ほ)　

驚飛白鷺群　　　驚き飛ぶ 白鷺群(はくろぐん)

霜華濃似雪　　　霜(ろ)華(か) 濃(こまやか)やかにして雪に似　

水氣盛於雲　　　水氣(すいき) 雲よりも盛んなり

市遠炭�撕J　　　市(し)遠くして炭價(あたい)を�揩ｵ　

天寒酒策��　　　天寒くして酒��(しゅくん)を策(さく)す

同舟有佳士　　　同舟(どうしゅう) 佳士(かし)有り　

擁被共論文　　　被(ひ)を擁(よう)して共に文(ぶん)を論ず

 

　春の美しい景色を長めながらの船旅もありました。宋の詩人方(ほう)岳(がく)は、清明(せいめい)の時節の船旅の様子を詩に詠っています。この詩「清明(せいめい)の日 舟 吳門(ごもん)に次す」を紹介いたします。

 

篷窗恰受夕陽明　　　篷窗(ほうそう) 恰(あたかも)夕陽(せきよう)を受けて明(あきら)かなり　

楊柳梨花半月程　　　楊(よう)柳(りゅう) 梨花(りか) 半月の程(てい)

老去不知寒食近　　　老い去りて 知らず寒食(かんしょく)の近きを　

一篙煙水載春行　　　一篙(いっこう)の煙水(えんすい)春を載せて行く

 

　秋の船旅は、やはり郷愁を誘うものです。明の詩人何景(かけい)明(めい)は、このときの心境を「竹(ちく)枝(し)詞(し)」という詩に詠っております。この詩を紹介いたします。一人の船旅では、悲しさを誘うとされている猿の声を聞かなくても、断腸の思いがすると詠っています。

 

十二峰頭秋草荒　　　十二(じゅうに)峰頭(ほうとう) 秋草(しゅうそう)荒(あ)る　

冷煙寒月過瞿塘　　　冷(れい)煙(えん) 寒(かん)月(げつ) 瞿塘(くとう)を過(す)ぐ

青楓江上孤舟客　　　青(せい)楓(ふう) 江上(こうじょう) 孤(こ)舟(しゅう)の客(かく)

不聽猿聲亦斷腸　　　猿声(えんせい)を聽(き)かざるも亦(また) 断腸(だんちょう)

　

　舟で漂泊の旅をした人もいます。清の詩人張(ちょう)問(もん)陶(とう)もその一人でした。小舟をトンボに例え、自分を鶴に例えて、あてどない旅であることを示しています。この詩「黄州を過ぐ」を紹介いたします。

 

蜻蛉一葉獨歸舟　　　蜻蛉(せいれい)一葉(いちよう) 独帰(どくき)の舟　

寒浸春衣夜水幽　　　寒(かん)は春(しゅん)衣(い)を浸(ひた)し夜水(やすい)幽(ゆう)なり

我似��江西去鶴　　　我は似たり��(おう)江(こう)西去(せいきょ)の鶴

月明如夢過黃州　　　月明(げつめい)に夢の如く黃州(こうしゅう)を過ぐ

 

　

　日本に於いても、船旅を詠った詩は多く作られています。その代表的なものを紹介していきましょう。始めに、頼山陽作「天草灘(あまくさなだ)に泊す」を紹介いたします。この詩は、頼山陽が３９歳の頃、九州各地を遊学した時に作った詩で、蘇軾の影響が見られます。

 

雲耶山耶呉耶越　　　雲か山か呉(ご)か越(えつ)か　

水天髣髴��一髮　　　水天(すいてん)髣髴(ほうふつ) 青(せい)一髪(いっぱつ)

萬里泊舟天草洋　　　万里(ばんり) 舟を泊(はく)す 天草(あまくさ)の洋(なだ)　

烟��篷窓日漸沒　　　煙は篷(ほう)窓(そう)に横たわりて 日 漸(ようや)く没す

瞥見大魚波�闥ｵ　　　瞥見(べっけん)す 大魚(たいぎょ)の波間(はかん)に跳(おど)るを

太白當船明似月　　　太白(たいはく) 船に当たって 明(めい) 月に似たり

 

　続きまして、伊形(いがた)霊(れい)雨(う)の「赤間(あかま)が関(せき)を過(す)ぐ」を紹介致します。「赤間が関」は現在の下関海峡で、沢山の難所を通り抜け、やっと故郷の九州の山々が見えてきたことを詠っています。

 

長風破浪一帆還　　　長風(ちょうふう) 浪を破って 一(いっ)帆(ぱん)還(かえ)る　

碧海遥還赤間關　　　碧海(へきかい) 遥かに還(めぐ)る 赤間が関

三十六灘行欲盡　　　三十六灘(だん) 行くゆく尽きんと欲す　

天邊始見鎮西山　　　天辺(てんぺん)始めて見る 鎮西(ちんぜい)の山

 

　次に、木下犀潭(きのしたさいたん)の「壇の浦夜泊」を紹介いたします。平家滅亡の地で、安徳(あんとく)天皇の御陵である「養和(ようわ)陵(りょう)」がある壇ノ浦で船泊(ふなどまり)したときの詩であり、漁笛の音さえも、そのときの平家一門の恨みが籠もっているようであり、周りの景色を見るにつけても眠れなかったことを詠っています。

 

篷窓月落不成眠　　　篷窗(ほうそう) 月落ちて眠りを成さず　

壇浦春風五夜船　　　壇の浦の春風(しゅんぷう) 五夜(ごや)の船

漁笛一聲吹恨去　　　漁(ぎょ)笛(てき) 一声(いっせい)　恨(うらみ)を吹いて去る　

養和陵下水如煙　　　養和(ようわ)陵下(りょうか) 水 煙の如し

 

　　万葉集には、柿本朝臣人麻呂の覊(き)旅(りょ)の歌八首が採録されています。いずれも船旅を詠ったものです。これらのうち、二首を紹介いたします。

　最初の和歌は、自分は漁師のように見えるかも知れないが、れっきとした官人であるという人麻呂の自負心を表したものと言われています。

 

荒(あら)布(たえ)の藤(ふじ)江(え)の浦に鱸(すずき)釣る海人(あま)とか見らむ 旅行く吾(われ)を

 

　次の和歌は明石海峡を通り過ぎる時の歌で在り、ここまでくると、もはや自分の家のある大和地方も見るができず、舟は西に向かって遠ざかっているという、寂しさが感じられる歌です。

 

燭(ともし)火(び)の明石(あかし)大門(おおと)に入(い)らむ日や 榜(こ)ぎ別れなむ家のあたり見ず

 

　この辺で、趣を変えまして、陸上における旅の様子を詠った様々な詩歌を紹介していきましょう。旅のうちで特殊な旅として、戦場や兵役の任地に向かう旅があります．岑参は、辺塞詩人とされる詩人のうちで、岑(しん)参(じん)は、実際に西域に赴任した経験があり、其の詩には、実感がこもっています。岑参が西域の安西に向かう途中で作った詩を三首紹介します。

　最初に、岑参が西域に向かう途中、たまたま長安に向かう使者に会ったときに作られた詩「京(けい)に入る使いに逢う」を紹介致します。長い間西域に留まり軍功を挙げようと覚悟していても、やはり望郷の念と家族への思いはありました。

 

故園東望路漫漫　　　故園(こえん) 東(ひがし)に望(のぞ)めば 路(みち)漫漫(まんまん)　

双袖龍鐘涙不乾　　　双袖(そうしゅう) 龍(りょう)鐘(しょう)として 涙(なみだ)乾(かわ)かず

馬上相逢無紙筆　　　馬上(ばじょう)に相(あい)逢(お)うて 紙(し)筆(ひつ)無(な)し　

憑君伝語報平安　　　君(きみ)に憑(よ)って 伝語(でんご)して 平安(へいあん)を報(ほう)ぜん

　

　故郷を出た岑参は、二ヶ月もの旅をして、天に至るかと思われるほど西上を続け、ゴビ砂漠に辿り着きました。これから先は、砂と石があるだけの砂漠地帯。夕餉炊く煙も見えず、宿を取る家のあてもありません。心細さはつのるばかりでした。この時作られた「碩中の作」を紹介致します。

 

走馬西來欲到天　　　馬を走らせて西来(せいらい)　天に到らんと欲す　

辭家見月兩囘圓　　　家を辞してより 月の 両回(りょうかい) 円(まどか)なるを見る

今夜不知何處宿　　　今夜 知らず 何れの処にか宿(しゅく)せん　

平沙萬里絶人烟　　　平沙(へいさ) 万里　人煙絶ゆ

 

　砂漠の中の旅も終わりに近づいたとき、岑参は、「磧(せき)を過ぐ」という詩を作りました。広大な砂漠を道に迷いながら進んでましたが、安西の地は、まだ西の天の果て、地の果てに遠くにありました。

 

黃沙磧裏客行迷　　　黃沙(こうさ) 磧(せき)裏(り) 客(かく)行(こう)迷(まよ)う　

四望雲天直下低　　　四(し)望(ぼう)は 雲天(うんてん)の 直下(ちょっか)に低(ひく)し

為言地盡天還盡　　　為(ため)に言(い)わん 地(ち)尽(つ)くるに天(てん)還(ま)た尽(つ)くると 

行到安西更向西　　　安西(こうせい)に行到(こうとう)するに更に西に向う

 

　九州防護のために防人として徴用された人々の歌は、万葉集に「防人の歌」として採録されていますが、そのうち、任地へ向かう途中で作られた歌二首を紹介いたします。いずれも、残された家族への思いを詠ったものです。

 

最初に若(わか)倭部(やまとべの)身(み)麻呂(まろ)作とされる歌を紹介いたします。

 

我が妻は いたく恋ひらし　飲む水に影さへ見えて よに忘られず

 

　続きまして、商(あきの)長首(おさびと)麻呂(まろ)作とされる歌を紹介いたします。

 

忘らむて野行き山行き我れ来れど我が父母は忘れせのかも

 

　それでは、これから旅の途中で作られた詩歌で趣の深いものを紹介して行きましょう。旅には常に望郷の念が伴いますが、望郷の念を主としたものは別ジャンル出扱い、旅の趣を主としたものを採り上げることにします。

　最初に、唐の詩人顧況(こきょう)の「角(かく)を聴いて帰らんことを思う」を紹介致します。故郷の美しい景色は夢の中のことであり、夢から覚めれば角笛の音が聞こえ、旅の途中の寒々とした光景で断腸の思いがすると詠っています。この詩は、左遷されて任地に赴くときの作と言われています。

 

故園黄葉滿青苔　　　故園(こえん)の黄葉(こうよう)　青(せい)苔(たい)に満つ　

夢後城頭曉角哀　　　夢後(むご) 城頭(じょうとう) 暁(ぎょう)角(かく)哀(かな)し

此夜斷腸人不見　　　此(こ)の夜 断腸(だんちょう)す 人見えざるに　

起行殘月影徘徊　　　起(た)ちて行けば残月(ざんげつ) 影(かげ)徘徊(はいかい)す

　

　次に唐の詩人盧綸の「從(じゅう)弟(てい)瑾(きん)と同じく下第(かだい)したる後 関を出(い)づ」を紹介いたします。「下第」とは、科挙に不合格となったことを言います。失意の身にとっては、全ての景色がもの悲しく感じられるのです。

 

出關愁暮一沾裳　　　関(かん)を出(い)で暮(くれ)を愁(うれ)いて 一(いつ)に裳(しょう)を沾(うるお)す　

滿野蓬生古戰場　　　滿(まん)野(や) 蓬(ほう)は生ず古戰場

孤村樹色昏殘雨　　　孤(こ)村(そん)の樹(じゅ)色(しょく)殘(ざん)雨(う)に昏(くら)く　

遠寺鐘聲帶夕陽　　　遠寺(えんじ)の鐘聲(しょうせい) 夕陽(せきよう)を帶(お)ぶ

　

　次に、唐の詩人韓偓の「尤渓(ゆうけい)道中(どうちゅう)」を紹介いたします。この詩は韓偓が�ｌ囂ﾈを流浪していたときに作られたと思われ、唐の滅亡期でした。どの村にも人や動物は住んでおらず、自然だけがいつものようであることに、杜甫の「春望」に似た悲しみが感じられます。

 

水自潺湲日自斜　　　水は自(おのず)から潺潺(せんせん) 日は自(おのず)から斜めなり

盡無雞犬有鳴鴉　　　尽(ことごと)く鶏(けい)犬(けん)無く 鳴(めい)鴉(あ)有り

千村萬落如寒食　　　千村(せんそん)万落(ばんらく) 寒食(かんしょく)の如し　

不見人煙空見花　　　人煙(じんえん)を見ず 空(むな)しく花を見る

 

　

　次に、唐の詩人雍陶の「嘉陵驛(かりょうえき)に宿す」を紹介いたします。故郷を離れている気持が茫茫としているときに、秋の好景にあったが、嘉陵駅のある刀州(とうしゅう)（蜀）の夢とすることが出来ず、愁いが益々深まるばかりであると詠っています。

 

離思茫茫正值秋　　　離思(りし) 茫茫(ぼうぼう)として 正(まさ)に秋に値(あ)う　

每因風景卻生愁　　　風景に因(よ)る毎に 却って愁(うれい)を生ず

今宵難作刀州夢　　　今宵(こんしょう)　刀州(とうしゅう)の夢を作(な)し難し　

月色江聲共一樓　　　月色(げっしょく)江声(こうせい) 共に一楼(いちろう)

　

　旅を詠った杜牧の詩では「清明(せいめい)」が有名です。雨に降り込められてやるせない思いを為ている旅人に、牧童が酒屋のある桃の花が咲いている村を教えてくれる。現実の世界から、俗世を離れた世界への飛躍を連想させる軽妙な詩です。

 

�C明時節雨紛紛　　　清明(せいめい)の時節(じせつ) 雨 紛紛(ふんぷん)　

路上行人欲斷魂　　　路上の行人(こうじん) 魂(こん)を断(た)たんと欲す

借問酒家何處有　　　借問(しゃもん)す 酒(しゅ)家(か) 何(いず)れの処にか有る　

牧童遙指杏花村　　　牧童(ぼくどう) 遥(はる)かに指さす 杏(きょう)花(か)の村

 

　

　杜牧の「清明」に影響を受けた和歌を紹介致します。

 

はつせのや里のうなゐに宿とへば霞める梅の立枝をぞさす　　(契沖)

 

　蘇軾は、穎州(えいしゅう)の知事から揚州(ようしゅう)の知事に転勤を命じられ、そのたびの途中で「淮上(わいじょう)早(つと)に発す」と言う詩を作りました。出発するときの情景を前半で詠いながら、後半で老境に入った気持を示しています。蘇軾が淮(わい)河(が)を渡ったのは、この時が十回目でした。

 

澹月傾雲畫角哀　　　澹(たん)月(げつ) 雲を傾けて暁(ぎょう)角(かく)哀(かな)し　

小風吹水碧鱗開　　　小風(しょうふう) 水を吹いて 碧(へき)鱗(りん)開く

此生定向江湖老　　　此(こ)の生(せい) 定めて江湖(こうこ)に向(お)いて老いん　

默數淮中十往來　　　黙(もく)して数うれば 淮中(わいちゅう) 十(と)たび往来す

 

　頼山陽も、京都と故郷の広島との間を多く往復しました。この蘇軾の詩は、頼山陽の「冑山(かぶとやま)の歌」に影響を与えています。「冑山の歌」を紹介致します。

 

冑山昨送我　　　冑山(ちゅうざん)昨(きのう) 我を送り　

冑山今迎吾　　　冑山(ちゅううざん)今(きょう)我を迎う

黙數山陽十　　　往返黙(もく)して数うれば 山陽十(と)たび往返(おうへん)　

山翠依然我　　　白鬚山(さん)翠(すい)は依然(いぜん)たるも我は白髪(はくしゅ)

故�ｸ有親更　　　衰老故郷に親在り 更に衰(すい)老(ろう)　

明年當復下　　　此道明年 又 応(まさ)に此(こ)の道を下(くだ)るべし

 

　唐の詩人祖(そ)詠(えい)は、呉楚の地方を漫遊しているときに「江南(こうなん)旅情(りょじょう)」という詩を作りました。この詩を紹介致します。江南地方の風景を描写すると共に、今は南斗(なんと)と言う場所いるが、家からの書もなかなか届かず、名物の橘の実を洛陽に送るすべもないと詠っています。

 

楚山不可極　　　楚山(そざん) 極(きわ)む可(べか)らず　

歸路但蕭條　　　帰路(きろ) 但(ただ) 蕭條(しょうじょう)

海色晴看雨　　　海(かい)色(しょく)晴れて雨を看(み)　

江聲夜聽潮　　　江声(こうせい) 夜 潮(しお)を聽く

劍留南斗近　　　剣は南斗(なんと)に留(とど)めて近く　

書寄北風遙　　　書は北風(ほくふう)に寄せて遙かなり

為報空潭橘　　　為に報ず空潭(くうたん)の橘(きつ)　

無媒寄洛橋　　　洛(らく)橋(きょう)に寄するに媒(ばい)無し

 

　旅の中で最も悲しいのは、親しい人と二度と会うことができない旅です。李白は、安史の乱のときに、永王の参謀となったため反乱者として死罪を言い渡されましたが、拾遺のとりなしにより流罪に減じられ、長江を遡って蜀の南になる野郎に向かいました。その途中、妻に宛てた「南のかた夜郎に流されて内(ない)に寄す」という詩を作りました。この後、李白は、白帝城まで来たとき、大赦に依り無罪とされ、「早に白帝城を発す」を作って帰還することになりますが、李白の助命嘆願のために女同士となった妻に会うことはできませんでした。この詩を紹介いたします。

 

夜郎天外怨離居　　　夜郎(やろう)の天外(てんがい) 離(り)居(きょ)を怨(うら)み　

明月樓中音信疏　　　名月(めいげつ)の楼中(ろうちゅう) 音信(おんしん)疎(そ)なり

北雁春歸看欲盡　　　北雁(ほくがん) 春(はる)に帰(かえ)って看(みすみす) 尽(つ)きんと欲(ほっ)す　

南來不得豫章書　　　南来(なんらい)に得(え)ず 豫(よ)章(しょう)の書(しょ)

 

　日本では、有間皇子の悲劇がありました。天智天皇の謀略にかかり、謀反の罪を着せられた有間皇子は、療養中の白浜温泉から都まで移送される途中、万一の生存を願って和歌を作りました。枝を結ぶのは、「折楊柳」と同じく、「輪」が、「還」に通じるからであったでしょう。

この和歌を紹介いたします。

 

磐代の 浜松が枝を 引き結び 真幸くあらば また還り見む

 

　有間皇子は、李白と異なり絞首刑となり、再び結ばれた松の枝を見ることができませんでした。しかし、この出来事は、事情を知る当時の人々の同情を誘い、有間皇子に同情する和歌が多く作られております。そのうちのひとつを紹介いたします。

 

磐代の野中に立てる結び松心も解けずいにしへ思ほゆ

 

　又、那波(なわ)活所(かつしょ)は、「巖(いわ)城(しろ)の結び松」という詩を作り、遺跡を訪れたときの感慨を述べております。この詩を最後に、『物語で楽しむ漢詩・和歌』「旅情を詠う」を終わります。

 

別離雖惜事皆空　　　別離 惜むと雖(いえど)も 事 皆 空しく　

綰柳結松情自同　　　柳を綰(つが)ね松を結ぶも情(じょう) 自(おのず)ら同じ

馬上哦詩猶弔古　　　馬上 詩を哦(が)して猶(なお) 古(いにしえ)を弔(とむら)う　

寥寥一樹立秋風　　　寥寥(りょうりょう)たる 一樹(いちじゅ) 秋風(しゅうふう)に立つ

 

　

（令和２年９月１９日作成）

 

参考文献等

『中国漢詩吟詠全集絶句編』後藤石韜緒、有限会社吟濤社出版

『日本漢詩吟詠全集絶句編』後藤石韜緒、有限会社吟濤社出版

『中国名詞集』井上律子著、岩波書店

『和漢名詩選評釈』簡野道明著、明治書院出版

ブログ「千人万首資料編和歌に影響を与えた漢詩文」

http://www.asahi-net.or.jp/~sg2h-ymst/yamatouta/sennin/kansi.html#kansi</p