「諸行無常・栄枯盛衰を詠う」 山居 閑人
「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。おごれる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。たけき者も遂にはほろびぬ、ひとへに風の前の塵に同じ。」
平家物語の冒頭部分を紹介いたしました。「諸行無常」「栄枯盛衰」とも、その本質は、「どのような栄華を誇ろうとも、それは長くは続かず、最後には跡形も無くなる。」という、人間の営みの宿命、儚さを言う物であると思われます。
このたびは、「諸行無常・栄枯盛衰を詠う」と題しまして、人間の営みの儚さを詠った詩歌を紹介したいと思います。
最初に、古代中国の戦国時代呉と越の国に焦点を当てます。これら二つの国は戦いにおいて「臥薪嘗胆」「会稽の恥を濯ぐ」など成語を生み出しました。最初の戦いでは、越の王の勾践が呉の王であった闔閭を破り、闔閭はこの時に受けた手傷のために死亡しました。
闔閭の子である夫差は、父の遺言に従って復讐を誓い、薪の上に寝て、その痛さに堪えることにより復讐心を忘れないようにしながら兵を鍛え、勾践と戦って勝ち、勾践を会稽山に包囲しました。勾践は自殺しようとしましたが軍師である范蠡の勧めにより、自分は夫差の臣下となり、妻を夫差の妾にすることなどの条件を出して命乞いをし、夫差は忠臣である伍子胥の諫めも聞かず、勾践を許し、その後、周りの国を攻めてその盟主となるという栄華を誇りました。
勾践は、夫差に従うふりをしながら、「会稽の恥を濯ぐ」ことを決心し、肝を嘗めてその苦さに堪えることにより決心を忘れないようにして兵を鍛えました。又、西施という絶世の美女を差し出し、夫差を溺れさせました。そして、油断している夫差の隙を突いて戦を仕掛け、夫差を追い詰めました。夫差は命乞いをしましたが、范蠡が決して許さないように勾践に進言して、夫差は自殺し、呉は滅びました。
勾践の死後、越は楚にほろぼされ、呉と越の王宮はあとかたもなくなりました。
後にこの地を訪れた李白は、呉の都のあった地の様子を「蘇台覧古」、その時の越の都のあった地の様子を「越中懐古」と言う詩に詠いました。
始めに「蘇台覧古」を紹介いたします。かつての夫差が西施と享楽したとされる姑蘇台の宮殿は野原となり、曾て宮殿において西施を照らしていた月だけは、変わりなく、この地を照らしていると詠うことにより、呉の繁栄が無常のものであったことを表しています。「呉王宮裏の人」とは、傾国の美女とされる西施をさしています。
舊苑荒臺楊柳新 旧苑 荒台 楊柳新たなり
菱歌淸唱不勝春 菱歌 清唱 春に勝えず
只今惟有西江月 只今
惟だ 西江の月のみありて
曾照呉王宮裏人 曾て照らす
呉王宮裏の人
続きまして、「越中懐古」を紹介いたします。呉を破って返って来た越は繁栄を誇ったが、今では、その宮殿も跡形もなくなり、ただ、鷓鴣の飛ぶのが見えるだけだと詠うにより、同じく、越の繁栄も無常のものであったことを表しています。
越王勾踐破呉歸 越王勾踐 呉を破って帰る
義士還家盡錦衣 義士
郷に還って 尽く錦衣す
宮女如花滿春殿 宮女
花の如く 春殿に満つ
只今惟有鷓鴣飛 只今
惟だ鷓鴣の飛ぶ有るのみ
日本の僧である絶海中津は、明に留学中に、呉の宮殿のあった姑蘇台を訪れました。そのとき、山上から周りの風景を見ながら「姑蘇台」という詩を作りました。この詩の頸聯は、伍子胥が属鏤の名剣で自殺を命じられたこと、呉の都に越の旗である姑蔑の旗が立ち、占領されたことを示しています。
姑蘇台上北風吹 姑蘇台上 北風吹く
過客登臨日暮時 過客 登臨す 日暮の時
糜鹿群遊華麗尽 糜鹿は群遊し華麗は尽き
江山千里版図移 江山千里 版図移る
忠臣甘受属鏤剣 忠臣甘んして受く属鏤の剣
諸将愁看姑蔑旗 諸将愁い看る姑蔑の旗
回首長洲古苑外 首を回らせば 長洲 古苑の外
断烟疎樹共凄其 断烟疎樹 共に凄其たり
呉の都のあった地を訪れた陳羽は、「呉城覧古」という詩を作り、李白と同じように、呉の都は荒れ果てており、西施が住んだと言われる「館娃宮」には、西施を憐れむように真っ先に蘭の花が咲くようだと唱いました。「呉城覧古」を紹介いたします。
吳王舊國水煙空 吳王の旧国 水煙空し
香徑無人蘭葉紅 香経人無く
蘭葉紅なり
春色似憐歌舞地 春色歌舞の地を憐れむに似て
年年先發館娃宮 年年先ず発す館娃宮
又、陳羽は、呉王夫差の廟を訪れて「夫差の廟を経る」という詩を作り、古木に夫差の名前が刻まれて神となっているが、あたりは寂寥としており、奏される音楽も誰を楽しませるものであろうかと唱っています。「呉王廟」を紹介いたします。
姑蘇城畔千年木 姑蘇城畔 千年の木
刻作夫差廟裏神 刻して夫差を廟裏の神と作す
冠蓋寂寥塵満室 冠蓋寂寥 塵 室に満つ
不知簫鼓樂何人 知らず 簫鼓 何人をか楽しましむ
越王勾践が勝利したあと、范蠡は、「勾踐とは、苦難を共にできても、歓楽はともにできない」として、勾踐のもとを去りました。「狡兎死して走狗烹らる」は、韓信の言葉として有名ですが、既にこのとき范蠡によって使われています。范蠡は、西施を伴って舟に乗って立ち去ったとされ、この様子が絵に描かれ、朝川善庵が詩に詠いました。この詩「笵蠡西施を載せるの図」を紹介いたします。呉越の攻防を見るに付けても、人の世の興亡などは人の計り知れない物であると詠っています。
安国忠臣傾国色 国を安んずるの 忠臣国を傾くるの色
片帆俱趁五湖風 片帆俱に趁う 五湖の風
人間倚伏君知否 人間の倚伏 君知るや否や
呉越存亡一舸中 呉越の存亡 一舸の中
傾国の美女西施は、色々な詩歌に取り入れられ、芭蕉の『奥の細道』「象潟」にも、「象潟や雨に西施がねぶの花」と詠まれていますが、中国浦陽江（浣江・浣紗渓）の川岸に西施石「西施石」という岩があり、西施が紗を洗ったところと伝えられております。この「西施石」を詠った楼穎の詩を紹介いたします。呉を滅ぼしたとされる西施にまつわる岩にも苔が生えて、無常を感じさせることを詠っています。
西施昔日浣紗津 西施昔日 浣紗の津
石上靑苔思殺人 石上の靑苔人を思殺す
一去姑蘇不復返 一たび姑蘇を去りて復た返らず
岸傍桃李爲誰春 岸傍の桃李 誰が爲にか春なる
このように、呉王夫差が溺れた西施は「傾国の美女」と言われ、呉を滅ぼしたと言われています。しかし、羅隠は、国家の栄えも滅びるのも時の為せる技であって、西施の為せることではないと詠いました。この詩「西施」を紹介致します。
家國興亡自有時 家国の興亡自ずから時を有す
吳人何苦怨西施 呉人何ぞ苦西施を怨む
西施若解傾吳國 西施 若し呉国を傾けしと解せば
越國亡來又是誰 越国を亡ぼし来たるは 又 是れ誰そ
続きまして、漢と楚の興亡にスポットライトを当てます。戦国時代末期、秦が強大となり、秦の中国統一が進みました。その中で、武力では対抗できなくなった燕の国の太子丹は、荊軻を刺客として秦に送り、始皇帝を暗殺しようとしました。荊軻が秦に出発するに当たり、関係者達は喪服を着て、易水の岸で送別会を開き、二度と帰ることのない荊軻を送りました。荊軻は、あと少しの所で始皇帝を殺すところまで迫りましたが、暗殺は失敗し、燕は秦に滅ぼされました。
唐の則天武后の時代の駱賓王は、当時を忍び、このような事件に係わった人は全て亡くなってしまったが、易水の水だけは、当時と同じように流れていると、人の営みが自然の悠久さに比べてはかないことを詠っています。この詩「易水の送別」を紹介いたします。
此地別燕丹 此の地
燕の丹に別る
壮士髪衝冠 壮士 髪 冠を衝く
昔時人已没 昔時 人 已に没し
今日水猶寒 今日 水 猶 寒し
このようにして、他の戦国六国の抵抗も空しく、秦が中国を統一しました．秦の始皇帝は、自分の陵の建設や、万里の長城の建設など大がかりな土木工事を行い、又、焚書坑儒などの思想弾圧を行うなど、覇権による政治を行いましたが、反乱が相次ぎ、秦は、始皇帝の死後三代にして滅びることになりました。秦の都咸陽城は、項羽に放火され、その日は三ヶ月に亘って燃え続きました。
鳥山芝軒は、この始皇帝の覇業の儚さを「秦の始皇」という詩に詠い、その覇業も、秦を水徳としたことも、全て空しかったとしています。「秦の始皇」を紹介いたします。
棄擲皇墳與聖經 皇墳と聖經とを棄擲し
漫求仙藥究蓬冥 漫に仙藥を求めて蓬冥を究む
盛稱水徳真堪笑 盛に水徳を称するは真に笑うに堪えたり
不救咸陽火一星 咸陽の火 一星救わざればなり
又、晩唐の詩人羅隠は、「始皇陵」という詩を作り、六国が滅ぼされ、始皇陵もあれはててしまい、結局、仙薬を取りに行くと称して始皇帝から逃れ去った徐福だけが、真の男子であったと詠っています。「始皇陵」を紹介いたします。
荒堆無草樹無枝 荒堆に草無く 樹に枝無し
嬾向行人問昔時 行人に向いて昔時を問うに嬾し
六國英雄漫多事 六國の英雄 漫に事多く
到頭徐福是男兒 到頭
徐福 是れ男兒
又、許渾は、始皇帝の墓を訪れた際、「秦の始皇の墓を途経す」という詩を作り、天にも届くような立派は墓を作っても、今は荒れて、誰も拝するものはない。これに比べると，官の文帝の墓は、自然の山を利用した粗末な物であったが、人々は、今でも文帝の徳を慕って崇拝しつつ通り過ぎると詠いました。この詩を紹介いたします。
龍盤虎踞樹層層 龍盤虎踞 樹 層層
勢入浮雲亦是崩 勢い浮雲に入いるも亦是れ崩る
一種青山秋草裏 一種の青山 秋草の裏
路人唯拜漢文陵 路人 唯 拜す漢文の陵
続きまして、汪遵作「長城」を紹介いたします。秦は長城を築いて異民族を閉じ込めることに成功したが、結局、覇権的政治のために内乱により滅びた、このような壮大な長城も、国を守ることにおいては、徳を以て国を治めた「堯帝」の宮殿の高さが三尺しかなかったことに及ばなかったのだと詠っています。
秦築長城比鐵牢 秦
長城を築いて鉄牢に比す
蕃戎不敢過臨洮 蕃戎敢えて臨洮に過らず
焉知萬里連雲色 焉知らん萬里連雲の色
不及堯階三尺高 及ばず 堯階三尺の高きに
許渾は、荒廃した咸陽城を訪れ「咸陽城の東楼」という詩を作りました。荒れ果てた咸陽城の様子と、永久に変わること無く流れ続ける渭水を対比させることにより、人間の営みの儚さを詠っています。この詩を紹介いたします。
一上高城万里愁 一たびに上れば
万里愁う
蒹葭楊柳似汀洲 蒹葭 楊 汀洲に似たり
渓雲初起日沈閣 渓雲初めて起こりて 日 閣に沈み
山雨欲来風満楼 山雨 来たらんと欲して 風 楼に満つ
鳥下緑蕪秦苑暮 鳥は緑蕪に下る 秦苑の暮
蝉鳴黄葉漢宮秋 蝉は黄葉に鳴く 漢宮の秋
行人莫問当年事 行人 問う莫れ 当年の事
故国東来渭水流 故国 東来 渭水流る
このようにして，秦の滅亡により、戦国七国は皆滅びました。源順は、このことを詩に作りました。この詩を紹介いたします。
強呉滅兮有荊蕀 強呉滅びて荊蕀あり
姑蘇臺之露瀼瀼 姑蘇臺の露 瀼瀼たり
暴秦衰兮無虎狼 暴秦衰びて虎狼なし
咸陽宮之煙片片 咸陽宮の煙片片たり
１９７４年、始皇陵の近くの土の中から、兵馬俑が発見されました。『史記』にはその存在が記されていましたが、２０世紀最大の発見と言われ、現在までに八千個以上の兵馬俑が発掘復元され、今も発掘調査が続いています。死去した秦始皇帝を守るために作られましたが、無駄な努力に終わり、今は観光にのみ役立っています。
兵馬俑を訪れた現代の漢学者で詩人の石川岳堂は、その様子を「秦の兵馬俑の坑）」と言う詩に詠っております。これらの兵馬俑は、土に埋もれたまま、中国が太平の世の中となったのを知らず、誰を守るために勇敢な姿をし続けてきたのであろうかと、始皇帝の行為のむなしさを詠っています。この詩を紹介いたします。
秦山之北灞之東 秦山の北 灞の東
嬴征陵前黄土中 嬴征の陵前 黄土の中
不見太平開朗世 太平開朗の世を見ず
八千兵馬為誰勇 八千の兵馬 誰が為にか勇なる
続きまして、秦を滅ぼした項羽の興亡にスポットを当ててみましょう。楚の項羽は、武力と勇気に優れた武将であり、本拠地となる土地を持たない状態で、秦に対して反乱をおこしてから三年の間に、事実上の反乱軍の大将軍となりましたが、ただ一人対抗したのが漢の劉邦でした。
秦の都咸陽を占領したのは劉邦でしたが、先を越された項羽は大いに怒り、劉邦の部下の讒言を受けて、劉邦を攻め滅ぼす決心をしました。ところが、項羽の叔父の項伯のとりなしにより、劉邦が謝りに来るとあっさりと許してしまい、これをもてなす宴会を開きました。有名な「鴻門の会」です。「鴻門の会」において、項羽の軍師范増は、再三に亘って劉邦を殺すように促し、ついには独断で劉邦を殺すことを図りましたが失敗し、取り逃がしてしまいました。これが、後の項羽の滅亡に繋がります。
唐の詩人胡曾は、このことを「鴻門」という詩に詠い、もし、このとき項羽が、軍師范増の策を採用していれば、後に垓下の戦いに敗れて逃げる途中、道に迷って漢軍に追い着かれ、烏江において自殺することもなかったと歌っております。この詩を紹介いたします。
項籍鷹揚六合晨 項籍 鷹のごとく 六合に揚る晨
鴻門開宴賀亡秦 鴻門に宴を開いて秦を亡すを賀す
樽前若取謀臣計 樽前 若し 謀臣の計を取らば
豈作陰陵失路人 豈
陰陵に路を失いし人と作らんや
このようにして、項羽は事実上の天下人となり、諸侯に領地を分け、劉邦を巴蜀の奥地に閉じ込めました。そして、関中の地に留まって天下を治めるように進言した者がいたにもかかわらず「故郷に錦を飾りたい」という子供じみた考えのために、楚の地に帰るという失策を犯しました。
忽ち、劉邦は関中を制圧し、両軍は廣武山において対決しました。退陣が長引くにつれて項羽軍は補給困難に陥り、両軍は和睦し、項羽は楚の地に引き上げを開始しました。
元好問は、「楚漢戰處」という詩の中で、当時を回顧し、天下を争った両雄とも過去の人となり、どちらの無名の人物が名をなしたのは分からないと詠っています。この詩を紹介いたします。「虎擲龍挐」は、二人の勇者が烈しく争うことを示す成語になっています。また、この詩で「狂生」というのは阮籍のことです。
虎擲龍挐不兩存 虎擲龍挐 兩つながら存せず
當年曾此賭乾坤 當年 曾 此乾坤を賭す
一時豪傑多行陣 一時
豪傑 行陣多く
萬古山河自壁門 万古
山河 自ずから壁門
原野猶應厭膏血 原野
猶 応に膏血を厭い
風雲長遣動心魂 風雲
長に心魂を動かさしむ
成名豎子知誰謂 成名の豎子 知んぬ 誰の謂いぞ
擬喚狂生與細論 狂生を喚び與に細論せんと擬せん
王維は、廣武山にあった廣武城のあとを訪れ、かつて両雄が対決した城址も、今はだだの野原になってしまっていることを「完食汜上の作」という詩に詠いました。この詩を紹介いたします。
廣武城邊逢暮春 広武城辺 暮春に逢い
汶陽歸客涙沾巾 汶陽の帰客 涙 巾を沾す
落花寂寂啼山鳥 落花
寂寂 山に啼く鳥
楊柳青青渡水人 楊柳青青 水を渡る人
劉邦は，項羽がいずれ勢力を盛り返して攻めてくると考えて和睦を破って追撃し、大軍を擁する韓信軍を動かすことに成功しました。これにより、垓下の戦いにおいて、初めて項羽軍を破ることに成功し、項羽は垓下の砦に包囲されてしまいました。韓愈の「鴻溝を過ぎる」に詠われ、「乾坤一擲」の語源となった状態です。韓信が，自軍の兵士に歌わせた楚の歌を歌わせた計略が成功し、項羽は、既に本拠地である楚の地が漢軍に制圧され、そこから徴用された楚の人民が、漢軍に加わっていると思いました。いわゆる「四面楚歌」の状態です。
ここで、項羽は敗北を認め、軍を解散する最後の宴を開き、「垓下の歌」を歌いながら舞い、悲憤慷慨しました。「垓下の歌」を紹介いたします。
力抜山兮気蓋世 力
山を抜き気は世を蓋う
時不利兮騅不逝 時に利あらず騅ゆかず
騅不逝兮可奈何 騅のゆかざるをいかにすべき
虞兮虞兮奈若何 虞や虞や汝をいかんせん
軍を解散した項羽は，側近だけを連れて包囲網を突破して逃走しましたが、陰陵に来たとき、道に迷い、農夫に騙されて方角を間違えたために、漢軍に追い着かれ、ただ一騎となって、烏江に辿り着きました。烏江では村長が船を用意し、これに乗って逃げて再起を図るように勧めましたが、項羽は、部下を全滅させて一人だけ逃げ帰るのを恥とし、ここで自殺しました。決起してから事実上の覇王となったのは３年でしたが、それから滅亡するまでは、僅か５年でした。
張祜は、旅の途中、陰陵の地を訪れ、「陰陵を過ぐ」という詩を作り、項羽は生きている間に此処で道に迷ったが、今、項羽の魂は、どこを彷徨っているのであろうかと唱いました。この詩を紹介いたします。
壯士悽惶到山下 壯士 悽惶として山下に到り
行人惆悵上山頭 行人 惆悵して 山頭に上る
生前此路已迷失 生前 此の路 已に迷失す
寂寞孤魂何處遊 寂寞たる孤魂 何れの処にか遊ぶ
唐の栖一は、項羽の廟の前で、漢祖の戦いを懐古し、「垓下懷古」と言う詩を作りました。項羽の勢いもこの地で尽き果てたが、今も昔の通り、烏江には白い波頭が立ち続けていると、人の営みの儚さと自然の悠久さを対比させています。「垓下懷古」を紹介いたします。
緬想咸陽事可嗟 緬に咸陽を想い 事嗟くべし
楚歌哀怨思無涯 楚歌 哀怨として思い涯無し
八千子弟歸何處 八千の子弟
何れの處にか歸る
萬里鴻溝屬漢家 萬里の鴻溝 漢家に屬す
弓指陣前爭日月 弓指 陣前 日月を爭い
血流垓下定龍蛇 血流 垓下 龍蛇を定む
拔山力盡烏江水 山を拔く力は盡く 烏江の水
今古悠悠空浪花 今古 悠悠
浪花空し
この時、項羽が江東の地に逃げ帰って再起を図るべきであったかについては、後の人の議論を呼びました。軍事に詳しかった杜牧は、烏江を訪れたとき、当時を回想し、恥を忍んで再起を図るのが本当の勇者でないか、あのとき江東に逃げて再起を図っていたら、戦いはどうなっていたかわからないとし、家の壁に詩を書き付けました。「捲土重来」の語源となったこの詩「烏江亭に題す」を紹介いたします。
勝敗兵家事不期 勝敗は兵家も事期せず
包羞忍恥是男兒 羞を包み恥を忍ぶは是男児
江東子弟多才俊 江東の子弟 才俊多し
捲土重來未可知 捲土重来 未だ知るべからず
これに対して、王安石は、垓下の戦いで大敗し、全軍を失った以上、故郷の地に逃げ帰っても、もはや、誰も挙兵に応ずる者はいなかったと言うことを「烏江亭に題すに和す」という詩に詠っています。どちらが正しかったかは、歴史にイフが無い以上、検証のしようがありません。「烏江亭に題すに和す」を紹介いたします。
百戦疲労壮士衰 百戦 疲労し 壮士衰しむ
中原一敗勢難廻 中原の一敗 勢い廻し難し
江東子弟今雖在 江東の子弟
今在りと雖も
肯与君王巻土来 肯へて君王の与に 土を巻いて来たらんや
項羽の廟は、現在でも残されております。そこを訪れた現代の漢学者で詩人の石川岳堂は、「烏江覇王祠｣という詩を作り、項羽の最後に付いての議論や、漢詩「虞美人草」に示されるような批判はあったが、今では、そのようなことも忘れ去られ、廟の上に鳥が飛んでいるだけだと歌いました。この詩を紹介いたします。
包羞何不企雄図 羞を包つみ何ぞ雄図を企だてざる
垂涙妖姫豈丈夫 涙を妖姫に垂るるは 豈丈夫ならんや
衆口囂囂千載後 衆口 囂囂たり 千載の後
覇王祠上鳥相飛 覇王祠上 鳥
相い飛ぶ
この辺で、日本に目を転じてみましょう。冒頭に紹介した如く、「おごれる人も久しからず。」と言われる如く、公卿１６人、殿上人は３０余人、日本の半分近くを知行国として隆盛を誇り「この一門にあらずば人にあらず。」とまで言われた平家も、源頼朝の軍に黄瀬川の戦いで惨敗し、倶利伽羅峠の戦いで木曽義仲の軍により壊滅的な打撃を受け、義仲の入京を食い止められなくなり、現在の神戸近くにあった本拠地、「一ノ谷」に退くことになりました。いわゆる「平家の都落ち」です。
都落ちに際し、藤原俊成の和歌の直下弟子であった平忠度は、俊成の邸宅を訪れ、和歌を書いた巻物をあずけ、将来、勅撰和歌集を作る機会があれば、このうちの一首でも採用して戴くことを依頼しました。俊成は快く受け入れました。
藤原俊成は、この後「千載集」を編纂することになり、平忠度から托された巻物を見てみたところ、その中には多くの秀歌が含まれておりました。しかしながら、既に平家は朝敵とされており、その歌を勅撰和歌集には載せるわけにはいきませんでした。そこでやむなく、特に優れた「故郷の花」と題する一首のみを、「読み人知らず」を採録しました。「故郷の花」を紹介いたします。
さざなみや志賀の都は荒れにしを昔ながらの山桜かな
平家が新たな都とした、現在の神戸市近くは、前後を海と山に囲まれた要害の地であり、平家は東西に堅固な寨を気付き、しばらく、安泰な月日を過ごしました。
一方、源氏も戦支度を整え、東西から平家の陣営に攻めかかりました。しかし、源氏の軍勢も、この堅固な砦を突破する事が出来ませんでした。ところが、平家にも思いがけない油断がありました。かって、憐れんで命を助けた乳飲み子が、天才的な武将源義経となり、攻め下れないと思われた絶壁のある銕枴山の山頂から、平家の本営を見下ろしていたのです。この様子を詠った梁川星巌作「常盤孤を抱くの図」を紹介いたします。
雪灑笠檐風捲袂 雪は笠檐に灑いで風 袂を捲く
呱呱覓乳若為情 呱呱 乳を覓むる 若為の情ぞ
他年鉄枴峰頭嶮 他年 銕枴峰頭の険
叱咤三軍是此聲 三軍を叱咤するは 是れ此の声
銕枴山から、いわゆる「ひよどり越えの坂落とし」により攻め下った義経の軍は、平家の本営に火を放ちました。これにより、平家の軍勢は総崩れとなり、沖にあった船に逃れましたが、その途中で多くの武将が討たれました。
熊谷直実は、船に逃げようとする一人の平家の武将を呼び止めて、一騎打ちの結果、これを組み敷いて首を取ろうとしたところ、相手が少年であることに気づき、憐れんで逃そうと考えましたが、もはや、味方の大勢の人々が見ており、やむなく首を取りました。この武将は笛の名手平敦盛であり、名笛「青葉の笛」の持ち主でした。「青葉の笛」は、弘法大使が唐の青竜寺で作り、嵯峨天皇に献上したとされる名笛です。
網谷一才は、このことを懐古して「平敦盛」と題する詩を作りました。この詩を紹介いたします。
笛聲嫋嫋斷人腸 笛声嫋々人の腸を断つ
夜冷陣中憶故郷 夜は冷ややかにして陣中故郷を憶う
誰識傷魂空入夢 誰か識らん傷魂空しく夢に入るを
恩讐兩解涙痕長 恩讐両つながら解けて涙痕長し
一方、平忠度は、桜の木の下で一夜を過ごし、翌日源氏の郡に紛れて逃れようとしましたが、お歯黒を付けていたために見破られて討ち取られました。その兜の箙に紙切れが結ばれており、それには、「旅宿の花」と題する和歌が書かれていました。
この和歌を紹介いたします。
行き暮れて木の下かげを宿とせば 花や今宵のあるじならまし
その後、一ノ谷を訪れた柳川星厳は、もはや当時の面影が無い中にも、猶残る平家の怨みを感じ「一ノ谷懐古」を詠じました。この詩を紹介致します。
二十餘春夢一空 二十餘春 夢一空
豪華吹散海隅風 豪華吹き散ず 海𤲬の風
山排殺氣参差出 山は殺気を排して 参差出で
潮迸寃声日夜東 潮は冤聲を迸らして 日夜東す
憶昔満宮悲去鷁 憶う昔満宮 去鷁を悲しみ
欲将往事問飛鴻 往時を將って 飛鴻に問わんと欲す
爛斑剰見英雄血 斕斑剩え見る 英雄の血
塹樹鵑啼朶朶紅 塹樹 鵑啼いて 朶朶紅なり
壇ノ浦に追い詰められた平家は、追い着いた義経軍に対して最後の決戦を挑みました。この戦は、最初は平家に優勢でしたが、舟の漕ぎ手に矢を射かけるという義経の型破りの戦法の為に惨敗を喫し、ほぼ全て討ち取られたり入水したりしました。
二位の尼に抱かれて入水された安徳天皇の陵は、遺体が流れ着いたとされる山口県下関市の赤間神宮にある阿弥陀寺陵とされております。阿弥陀寺を訪れた女性詩人原采蘋は、「阿弥陀寺懐古」という詩を作りました。春の日に照らされた陵の前で、昔のことを思い出そうとしたが、その思いに背くように、水辺の鷗が飛び去ってしまったと詠っています。「阿弥陀寺懐古」を紹介いたします。
弥陀陵寝鎖春暉 弥陀の陵寝 春暉に鎖さる
小帝西巡終不帰 小帝西巡して 終に帰らず
向水浜要問当昔 水浜に向って 当昔を問わんと要するも
白鷗無数背人飛 白鷗無数 人に背きて飛ぶ
木下犀潭は、旅の途中、壇ノ浦で船泊まりし、当時を偲んで「壇ノ浦夜泊」と題する詩を作りました。この詩を紹介いたします。
篷窓月落不成眠 篷窓 月落ちて 眠りを成さず
壇浦春風五夜船 壇ノ浦の春風 五夜の船
漁笛一聲吹恨去 漁笛 一声 恨を吹いて去る
養和陵下水如煙 養和陵下 水 煙の如し
かくして、栄華を誇った平家も「盛者必衰」の理の如く、あえなく滅亡を遂げました。かつて徳子に使えていた建礼門院右京大夫は寂光院を訪れ、徳子の昔に比べた今の暮らしに涙を流し、次のような和歌を詠みました。
仰ぎ見し昔の雲の上の月 かかる深山の影ぞ悲しき
中国においては、漢の統一後も，王朝の交代が行われ、そのたびに反映していた都や楼閣が廃墟となりました。日本においても、政権の交代などに伴い、楼閣や都が廃墟となりました。こうした「諸行無常・栄枯盛衰」を詠った詩歌をいくつか紹介していきたいと思います。
李商隠の詩で有名な楽遊原は、漢の時代に庭園があった場所でしたが、豪族の陵墓も築かれておりました。晩唐の時代には荒れ果てており、杜牧は「楽遊原に登る」という詩を作ってその様子を詠っています。「楽遊原に登る」を紹介いたします。
長空澹澹孤鳥沒 長空 澹澹として 孤鳥沒す
萬古銷沈向此中 万古 銷沈し 此の中に向う
看取漢家何事業 看取せよ漢家 何んの事業ぞ
五陵無樹起秋風 五陵の樹の 秋風を起こす無し
漢の後、魏、呉、蜀の三国時代に入りました。後漢の末に曹操が「銅雀台」という楼閣を作ったことは有名ですが、唐の時代に岑參が訪れた時は，廃墟となっていました。岑參は、その様子を「古鄴城に登る」という詩に詠いました。紹介いたします。
下馬登鄴城 馬を下りて鄴城に登る
城空復何見 城は空にして復た何を見ゆ
東風吹野火 東風は野火に吹く
暮入飛雲殿 暮に飛雲殿に入る
城隅南對望陵臺 城の隅より望陵台は南に対し
漳水東流不復回 漳水は東に流れ復び回らざる
武帝宮中人去盡 武帝の宮中より人は盡く去る
年年春色為誰來 年年 色は誰が為に来る
三国時代の末、新しく台頭した晋が魏と蜀を併せ、最後に呉の石頭城を陥落させて中国を再統一しました。劉禹錫は、石塔城を訪れ、その荒れ果てた様子を「石塔城」という詩に詠いました。この詩を紹介いたします。
山圍故國週遭在 山は故国を囲みて
週遭して在り
潮打空城寂寞回 潮は空城を打ちて 寂寞として回る
淮水東邊舊時月 淮水の東辺 舊時の月
夜深還過女牆來 夜 深くして還た 女牆を過ぎて來たる
張祜も旅の途中、石塔城の跡を訪れ、六国や呉の王の墳墓も今は蔓草に蔽われている様子を「石塔城を過ぐ」という詩に詠っています。この詩を紹介いたします。
累累墟墓葬西原 累累たる墟墓 西原に葬むり
六代同歸蔓草根 六代同じく帰す蔓草の根
唯是歲華流盡處 唯だ是れ歲華 流れ尽くるの処
石頭城下水千痕 石頭城下
水千痕
晋の滅亡後、中国は五胡十六国時代を経て南北朝時代に入ります。南朝の都は現在の南京である金陵におかれました。金陵の都に面して「烏衣巷」という町がおかれ、栄えておりましたが、南朝の金の滅亡と共に寂れてしまいました。劉禹錫は「烏衣巷」という詩において、その様子を詠っております。「烏衣巷」を紹介いたします。
朱雀橋邊野草花 朱雀橋辺 野草の花
烏衣巷口夕陽斜 烏衣巷口 夕陽斜めなり
舊時王謝堂前燕 舊時の王謝 堂前の燕
飛入尋常百姓家 飛んで尋常
百姓の家に入る
韋荘も、寂れた金陵の様子を『唐詩三百首』に「金陵の図」として採られている詩に詠っております。六朝の栄華を残す物は何もなく、ただ、当時と変わらないのは、自然だけであると詠っております。
江雨霏霏江草斉 江雨 霏霏として 江草斉し
六朝如夢鳥空啼 六朝 夢の如く 鳥 空しく啼く
無情最是台城柳 無情なるは最も是れ台城の柳
依旧烟籠十里堤 旧に依って煙は籠む 十里の堤
韋荘は、また『全唐詩』に「金陵の図」として採られている詩を作り、絵に描かれた金陵が今では荒れ地になってしまっている様子を詠いました。これは、『唐詩三百首』にとられている物と同じ図を見て作った物と思われます。
誰謂傷心畫不成 誰か謂う傷心し画けども成さざる
畫人心逐世人情 画人の心は世人の情を逐う
君看六幅南朝事 君
看よ 六幅 南朝の事
南北朝時代の終わりには、北朝は隋に統一され、南朝は陳に統一されました。陳の五代目の皇帝である後主叔宝は、詩人としては優れており、寵妃の麗華を讃えて作り、豪華な宮殿の庭で、後宮の美女千数百人に歌わせたという「玉樹後庭花」は、特に名作とされました。しかし暗君であり、宴会や遊興にふけり、国政を顧みなかったために国力は衰退し、隋によって滅ぼされました。このため「玉樹後庭花」は亡国の歌曲として後に伝えられました。
陳の都であった金陵の近くの秦淮河の畔の旅館に泊まった杜牧は、妓女達が歌う「玉樹後庭花」が対岸から聞こえてくるのを聞いて「秦淮に泊す」という詩を作りました。すでに、唐の政治は乱れており、軍事に詳しかった杜牧には、唐の滅亡の予感があり、この詩を作ったのかも知れません。実際、杜牧の死後、まもなく黄巣の乱が起こり、唐は事実上滅亡しました。「秦淮に泊す」を紹介いたします。
煙籠寒水月籠沙 煙は寒水を籠め 月は沙を籠む
夜泊秦淮近酒家 夜
秦淮に泊して 酒家に近し
商女不知亡國恨 商女は知らず 亡国の恨み
隔江猶唱後庭花 江を隔てて猶唱う後庭花
陳を滅ぼして、再び中国を統一した隋でしたが、二代目の煬帝は暴君であり、豪奢な生活をすると共に，長安を都とするために大がかりな工事を行い、また、黄河と長江を結ぶ大運河である京杭大運河を完成させました。運河の両岸には柳の木を植え、完成のデモンストレーションとして、自ら竜舟に乗り、大勢の人民に船団を引かせて、揚州まで行幸しました。
しかし、このような豪奢な生活のために、揚州で殺され、時代は唐に移りました。
汴河に植えられた柳の木も疎らになり、行宮も荒れ果ている様を、劉禹錫が「楊柳詩詞」に詠いました。「楊柳詩詞」を紹介いたします。
煬帝行宮汴水濱 煬帝の行宮 汴水の濱
數枝楊柳不勝春 数枝の楊柳 春に 勝えず
晩來風起花如雪 晩來 風 起って 花 雪の如く
飛入宮牆不見人 飛んで宮牆に入って 人を見ず
李商隠は、隋の煬帝の暴挙と栄華の後が跡形もなくなっていることと、陳の後主の亡国の歌「玉樹後庭歌」とを重ね合わせた「隋宮」という詩を作り、もし唐が隋を倒さなかったら、煬帝の暴挙は果てしなく続いたであろうが、今は、その後影もない。煬帝があの世で陳の後主にあったら、とても「玉樹後庭歌」を希望することは出来ないであろうと歌っています。「隋宮」を紹介致します。
紫泉宮殿鎖煙霞 紫泉の宮殿 煙霞に鎖ざされ
欲取蕪城作帝家 蕪城を取りて帝家と作さんと欲す
玉璽不縁帰日角 玉璽 日角に帰するに縁らざれば
錦帆応是到天涯 錦帆 応に是れ 天涯に到るべし
於今腐草無蛍火 今に於いては腐草に蛍火無く
終古垂楊有暮鴉 終古 垂楊に暮鴉有り
地下若逢陳後主 地下にて若し陳の後主に逢わば
豈宜重問後庭花 豈 宜しく重ねて後庭花を問うべけんや
貞観の治、開元の治と言われる善政の結果、唐は玄宗皇帝の時代に最盛期を迎えますが、玄宗皇帝が楊貴妃に溺れ、政治を顧みなくなったことにより、安史の乱が勃発し、その後唐は衰亡へと向かいます。
長恨歌に「春寒うして浴を賜う華清の池」と詠われた、豪華な華清宮も、後の皇帝から見捨てられて、雑草が生い繁里、月を愛でる人も無くなりました。崔櫓はこの様子を「華清宮三首のうち其の一」に詠いました。結句は、李白の「清平調詞其の三」を元にしております。この詩を紹介いたします。
草遮迴磴絕鳴鑾 草は迴磴を遮えぎりて鳴鑾を絕つ
雲樹深深碧殿寒 雲樹深深として碧殿寒し
明月自來還自去 明月 自ずから來りて還た自ずから去る
更無人倚玉欄干 更に人の玉欄干に倚るなし
白居易は、玄宗皇帝が楊貴妃と歓楽を共にした華清宮を訪れ、誰も顧みなくった様子を「梨園の弟子」という詩に詠いました。「梨園」とは、音楽官達が済んでおり、音楽教育も行っていた場所です．その弟子達が昔を語るのも空しく、華清宮の門は閉じられたままでした。
白頭垂淚話梨園 白頭 淚を垂れて梨園を話る
五十年前雨露恩 五十年前
雨露恩
莫問華清今日事 問うこと莫かれ華清 今日の事
滿山紅葉鎖宮門 満山の紅葉宮門を鎖ざす
また、玄宗皇帝の豪華な行宮もみすてられて忘れられ、ただ一人の宮女が残っているだけの場所もありました。白居易の親友であった元槇は、この様子を「行宮」という詩に詠いました。この詩を紹介いたします。
寥落古行宮 寥落たり古 行宮
宮花寂寞紅 宮花 寂寞として 紅なり
白頭宮女在 白頭の宮女 在り
閑坐説玄宗 閑坐して玄宗を説く
隆盛を誇った唐も、黄巣の乱以後分裂状態になり滅びました。分裂状態にあった時代の詩人楊玢は、慈恩寺の大雁塔に上り、そこから見える破壊された長安の様子を「慈恩寺の塔に登る」という詩に表しました。この詩を紹介いたします。
紫雲樓下曲江平 紫雲楼下 曲江平かなり
鴉譟殘暘麦隴青 鴉は殘暘に譟いで麦隴青し
莫上慈恩最高處 上る莫かれ慈恩 最も高き処
不堪看又不堪聽 看るに堪えず又聽くに堪えず。
楊玢は、又、「長安の旧居」という詩において、乱により自分の家を 逐われて、楼に上ってみると、その地方は荒れ果てて野原となっている様を詠っています。この詩を紹介いたします。
四鄰侵我我從伊 四隣我を侵して 我伊に従う
畢竟須思未有時 畢竟須からく思うべし未だ有らざる時を
試上含元殿基望 試みに含元殿基に上りて望めば
秋風秋草正離離 秋風 秋草 正に離離たり
権勢を誇った王公貴族は、楼閣を建ててそこで宴会等を行いました。しかし、権勢も長くは続かず、それらの楼閣は人の住まないものとなり、荒れ果てました。これらの楼閣を詠った詩を紹介します。最初に有名な王勃の「滕王閣」を紹介いたします。滕王閣は、唐の初代皇帝の子で滕王となった李元嬰が建てたものであり、黄鶴楼、岳陽楼と共に、中国の三大楼閣と言われています。時代と共に人の住まない楼閣となりました。人間の営みと自然の悠久さを対比させた詩です。
滕王高閣臨江渚 滕王の高閣 江渚に臨む
珮玉鳴鸞罷歌舞 佩玉鳴鑾 歌舞罷む
畫棟朝飛南浦雲 畫棟
朝に飛ぶ 南浦の雲
珠簾暮捲西山雨 朱簾 暮に捲く 西山の雨
閒雲潭影日悠悠 閑雲 潭影 日に悠悠
物換星移幾度秋 物換わり星移る 幾度の秋ぞ
閣中帝子今何在 閣中の帝子 今何くにか在る
檻外長江空自流 檻外の長江 空しく自ずから流る
同じように、安史の乱で大功をあげ、汾陽王に報ぜられた郭子儀は、漢の名将馬援を模試のぐ勢いで、豪華な邸宅を建てましたが、その邸宅のあった歌舞の地は、邸宅は跡形もなく、槐の木が疎らに生えて夕日に照らされているだけでした。これを詠った趙嘏の「汾陽旧宅を経る」を紹介いたします。
門前不改舊山河 門前
改めず旧山河
破虜曾輕馬伏波 虜を破りて 曾つて馬伏波を軽んず
今日獨經歌舞地 今日
独り歌舞の地を経たれば
古槐疏冷夕陽多 古槐
疏冷にして夕陽多し
日本においては、平城京が作られる前は、都は度々変わりましたが、廃れた都を詠った歌は残されておりません。しかし、天智天皇が「白村江」の海戦において唐の軍に惨敗をして後、唐の侵略を恐れて作られた志賀の都だけは、その荒廃ぶりが多くの和歌に残されております。壬申の乱により、灰燼に帰したせいでしょうか。
その中で柿本人麻呂が作った「近江の荒れたる都に過る時、柿本朝臣人麿がよめる歌」が代表作です。この長歌と反歌を紹介いたします。
玉たすき 畝傍の山の 橿原の ひしりの御代よ
生れましし 神のことごと 樛(つが)の木の いや継ぎ嗣ぎに
天の下 知ろしめししを そらみつ 大和を置きて
青丹よし 奈良山越えて いかさまに 思ほしけめか
天離る 夷にはあらねど* 石走る 淡海の国の
楽浪の 大津の宮に 天の下 知ろしめしけむ
天皇の 神の命の 大宮は ここと聞けども
大殿は ここと言へども 霞立つ 春日か霧れる
夏草か 繁くなりぬる ももしきの 大宮処 見れば悲しも
反歌
楽浪の志賀の幸くあれど大宮人の船待ちかねつ
楽浪の志賀の大曲 淀むとも昔の人にまたも逢はめやも
柿本人麻呂は、志賀の都について、別の和歌を詠んでおります。この和歌を紹介いたします。
淡海の海 夕波千鳥 汝が鳴けば 心もしのに古念ほゆ
平安時代末期から源頼朝によって滅ぼされるまで、奥州藤原氏は事実上の独立国を形成して、清衡、基衡、秀衡三代に亘って栄華を極め、栄華の象徴として今に残る中尊寺金色堂があります。その中心地である平泉を訪れた松尾芭蕉は、『奥の細道』において、当時の有様を記載しました。藤原氏の邸宅は失われ，金色堂も荒れ果てていまいした。『奥の細道』の「平泉」を紹介いたします。
三代の栄耀一睡の中にして、大門の跡は一里こなたに有。秀衡が跡は田野に成りて、金鶏山のみ形を残す。先 高館にのぼれば、北上川南部より流るゝ大河也。衣川は和泉が城をめぐりて、高館の下にて大河に落入。泰衡等が旧跡は、衣が関を隔てて、南部口をさし堅め、夷をふせぐとみえたり。偖も義臣すぐつて此城にこもり、巧名一時の叢となる。「国破れて山河あり、城春にして草青みたり」と、笠打敷て、時のうつるまで泪を落し侍りぬ。
夏草や 兵どもが夢の跡
兼て耳驚したる二堂開帳す。経堂は三将の像をのこし、光堂は三代の棺を納め、三尊の仏を安置す。七宝散うせて、珠の扉風にやぶれ、金の柱 霜雪に朽て、既 頽廃の叢と成べきを、四面新に囲て、甍を覆て風雨を凌。暫時千歳の記念とはなれり。
五月雨の降のこしてや光堂
奥州藤原氏の栄枯盛衰は，大槻磐渓の「平泉懐古」にも詠われております。「平泉懐古」を紹介いたします。
三世豪華擬帝京 三世の豪華 帝京に擬す
朱樓碧殿接雲長 朱樓碧殿 雲に接して長し
只今唯有東山月 只今
惟 東山の月のみ有りて
來照當年金色堂 来たり照らす 当年の金色堂
平安京から続いた京都も、応仁の乱により焼け野原になったことがありました。京都を訪れた飯尾彦六左衛門忠房は、巣を人に見せない雲雀が巣から飛び立つほど荒れ果てた都の様子を和歌に詠いました。この和歌を紹介いたします。
汝や知る都は野辺の夕雲雀あがるを見ても落つる涙は
日本には、かつての城があった後が荒れたてた姿を詠った詩が多く作られています。これらの主な物を紹介していきましょう。
初めに小田原城を詠った詩を紹介します。
小田原城は、豊臣秀吉によって滅ぼされる前は、北条氏の本拠地であり、小田原城は、武田信玄、上杉謙信の攻撃にも耐え、難攻不落を誇っておりました。
小田原の北条氏の城跡を訪れた山田済斎は、山に囲まれて空しく残っている古城を目にし、諸行無常の感を「小田原城に登る」という漢詩に表しました。
この漢詩を紹介致します。
関左由来誇勁兵 関左 由来 勁兵を誇る
千峰今日獨崢嶸 千峰 今日 独り崢嶸たり
英雄覇業茫無跡 英雄の覇業 茫として跡無し
疎雨寒烟滿孤城 疎雨 寒煙 古城に満つ
続きまして、八王子にあった「滝山城」の城址を角光嘯堂が詠った「滝山城懐古」と同時に作られた和歌を紹介いたします。「滝山城」は、武田氏と北条氏の戦いで重要な役割を果たしましたが、北条氏が「八王子城」を重視するようになってから、廃城になりました。
花に酔い月に酔いにし夢のあと砦さびしき滝山の城
弦月淡淡沈古城 弦月 淡淡 古城に沈み
蟲聲切切悲秋感 虫声切々 悲秋の感
熒古盛衰一場夢 熒古盛衰 一場の夢
荒城悄然月朧朧 荒城 悄然 月 朧朧
浅井長政の城であった小谷城は、豊臣秀吉の攻撃により落城しました。浅井長政は、妻子を脱出させた後に、城と運命を共にしました。小谷城後を訪れた榛葉竹庭は「小谷城懐古」という詩を作り、雑草の生えた城址の中に、潔かった浅井長政に似た竹が、風を受けて清らかな音をたてている様子を詠っています。「小谷城懐古」を紹介致します。
将星更不顧輸贏 将星
更に輸贏を顧みず
強別妻孥貫款誠 強いて妻孥に別れて款誠を貫く
今日丘墟荒草裏 今日 丘墟 荒草の裏
翠筠猶是掛清聲 翠筠
猶是 清声を掛く
今では観光名所となっているエジプトのピラミッドやスフィンクスも、かつてはファラオの栄華を示すものであり、ピラミッドの表面は磨き石で飾られていました。現在、我々が見ているのは、全て荒廃した姿です。塩屋節山は、「エジプト懐古」という詩を作り、ファラオ達の栄華は去ったが、ナイル川だけは今も変わらず流れているという、人の営みの儚さを示す詩を作りました。「エジプト懐古」を紹介致します。
三角陵荒歳月悠 三角陵は荒れて 歳月悠かなり
怪神像古没沙丘 怪神像は古りて 沙丘に没す
帝魂不返繁華盡 帝魂返らず 繁華尽く
唯有大江依舊流 唯
大江の旧に依って流るる有るのみ
冒頭に紹介いたしました『平家物語』の冒頭部のように、「諸行無常」を詠った詩は
中国でも作られております。この詩の紹介を最後に『物語で楽しむ漢詩・和歌』「諸行無常・栄枯盛衰」を終わります。
去者日以疎 去る者は日に以て疎く
來者日以親 来る者は日に以て親しむ
出郭門直視 郭門を出でて直視すれば
但見丘與墳 但だ丘と墳とを見るのみ
古墓犁爲田 古墓は犁かれて田と爲り
松柏摧爲薪 松柏は摧かれて薪と爲る
白楊多悲風 白楊 悲風多く
蕭蕭愁殺人 蕭蕭として人を愁殺す
思還故里閭 故里の閭に還らんと思い
欲歸道無因 帰らんと欲するも道に 因る無し
（令和２年９月２１日作成）
参考文献等
『中国漢詩吟詠全集 絶句編』後藤石韜緒、有限会社吟濤社出版
『日本漢詩吟詠全集 絶句編』後藤石韜緒、有限会社吟濤社出版
『和漢名詩選評釈』簡野道明著、明治書院出版