「逆境を詠う」　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　山居　閑人　

 

 

 

　「人生　根(こん)蔕(たい)なく 飄(ひょう)として陌上(はくじょう)の塵の如し」、陶淵明(とうえんめい)の「雑詩其の一」の冒頭の句です。また、蘇東坡(そとうは)も「人生 至る処 知んぬ 何にか似たるを　応(まさ)に似るべし 飛(ひ)鴻(こう)の雪(せつ)泥(でい)を踏むに」と詠っています。このように、人生には毀誉(きよ)褒貶(ほうへん)はつきものであり、多くの詩人の内、ある者は政争に敗れ、ある者は皇帝などの怒りに触れて流罪となり、逆境の生活を送っています。

　このような逆境にあるときに作られた詩歌には、特に優れたものが含まれています。このたびは「逆境を詠う」と題しまして、これらの詩歌、及び、それを作った時の作者の心情を紹介したいと思います。

 

　最初に、杜審(としん)言(げん)の「湘(しょう)江(こう)を渡る」を紹介いたします。杜審言は、杜甫の祖父にあたり、則天武后(そくてんぶこう)の時代に宮廷詩人として活躍しましたが、傲慢な振る舞いが多く、則天武后の死と共に失脚し、ベトナム地方に流されました。この詩には、かつての華やかな時代と、流刑地に向かう現在の身分とが見事に表現され、作者の悲しみを表しております。

 

遲日園林悲昔遊　　　遅(ち)日(じつ) 園(えん)林(りん) 昔遊(せきゆう)を悲しむ　

今春花鳥作邊愁　　　今春(こんしゅん) 花鳥 辺(へん)愁(しゅう)を作(な)す

獨憐京國人南竄　　　独(ひと)り憐れむ 京(けい)国(こく)の人 南竄(なんざん)せられ　

不似湘江水北流　　　似ず 湘(しょう)江(こう)の水の北流(ほくりゅう)するに 

 

　続きまして、辺(へん)塞(さい)詩人(しじん)として名高い王(おう)昌(しょう)齢(れい)の「芙蓉楼(ふようろう)にて辛漸(しんじん)を送る其の一」を紹介いたします．王昌齢は、素行が悪かったため、このとき南京に流されておりました。京に帰る友人に対して「左遷などにくよくよせず、玉でできた壷の中の氷のような澄み切った心でいる」といいながら、「寒(かん)雨(ふ)」「楚山孤(そざんこ)なり」の語が良く効いて、寂しい本心を表している絶唱です。

 

寒雨連江夜入呉　　　寒(かん)雨(う) 江(こう)に連(つらな)って 夜 呉(ご)に入る　

平明送客楚山孤　　　平明(へいめい) 客(かく)を送れば 楚山(そさん)孤(こ)なり

洛陽親友如相問　　　洛陽の親友(しんゆう) 如(も)し相(あい)問わば　

一片冰心在玉壺　　　一片の氷(ひょう)心(しん) 玉(ぎょく)壷(こ)に在り

 

　続きまして､「其の二」を紹介たします。この詩においては、強がりはみられず、取り残される寂しさが率直に表現されています。

 

丹陽城南秋海陰　　　丹(たん)陽(よう)城南(じょうなん) 秋(しゅう)海(かい)陰(くら)く　

丹陽城北楚雲深　　　丹(たん)陽(よう)城北(じょうほく) 楚(そ)雲(うん)深し

高樓送客不能醉　　　高楼 客を送りて 酔う能(あた)わず　

寂寂寒江明月心　　　寂寂(せきせき)たる寒(かん)江(こう) 明月の心

 

　日本において、流罪となった人物の中で一番有名なのは菅原道真(すがわらのみちざね)です。道真は、宇多天皇の引き立てにより、藤原一族以外と家門としては、異常とも言える出世をし、右大臣にまで昇りましたが、これを喜ばない藤原氏の讒言により、太宰府に流されました。太宰府の長官でしたが、政務には関与するべからずとされ、事実は流刑でした。無実の罪によることは明らかでしたが、儒者である道真は勅命に対して不満を漏らすことはできず、賢んで受け入れる以外にありませんでした。僅かに、宇多(うだ)上皇(じょうこう)を頼りとし、和歌を送って助けを求めました。この和歌を紹介致します。

 

流れゆくわれはみくづとなりはてぬ君しがらみになりてとどめよ

 

　道真の和歌を見た宇多上皇は、早速、醍醐天皇(だいごてんのう)に面会を求めて参内しましたが、藤原氏に力尽くで止められて面会することはできませんでした。このようにして、道真は太宰府(だざいふ)に送られることになり、家を離れる際に、梅の木を見て和歌を詠みました。この有名な和歌を紹介致します。　この和歌を聞いた梅の木が、後ほど、道真のいる太宰府へ、一夜のうちに飛んでいったという「飛び梅」伝説を生みました。

 

東風吹かばにほひおこせよ梅の花 あるじなしとて春な忘れそ

 

　太宰府(だざいふ)に向かう途中、明石の宿場に宿ったとき、驚いている宿場の長に、詩を作って与えました。｢花は咲いても秋には枯れる｣と悟った気持を詠った物です。「一栄一落(いちえいいちらく)」は成語となっております。一方、道真は、前途への不安を和歌に詠みました。これらから、道真の気持ちは複雑であったことが推察されます。これらの詩と和歌を紹介致します。

 

駅長莫驚時變改　　　駅長 驚く勿(なか)れ、時の変改(へんかい)するを　

一榮一落是春秋　　　一栄一落(いちえいいちらく)は是れ春秋(しゅんじゅう)

　

天(あま)つ星道も宿りもありながら空にうきても思ほゆるかな

 

　旅の途中、道真は、今たどってきた道を振り返り、和歌を妻に送りました。拾遺集(しゅういしゅう)に採録されているこの和歌を紹介いたします。

 

君がすむ宿のこずゑのゆくゆくと隠るるまでにかへりみしやは

 

太宰府に着いてから間もなく、道真は「自詠(じえい)」という詩を作りました。この詩を紹介致します。あまりの境遇の変化に悲しみに暮れ､京の空を見やっても、何の慰めにもなりませんでした。

 

離家三四月　　　家を離れて 三四月(さんしげつ)　

涙落百千行　　　落つる涙は 百千行(ひゃくせんぎょう)

万事皆如夢　　　万事 皆夢の如し　

時時仰彼蒼　　　時々(じじ)彼(か)の蒼(そう)を仰ぐ

 

　太宰府(だざいふ)では、道真は身柄を拘束されるようなことはありませんでしたが、勅命を賢んで謹慎生活を送りました。その心境を「門を出でず」という詩に表しております。ひたすら謹慎した心境で有り、敢えて外出することもないことを述べております。この詩を紹介致します。

 

一従謫落在柴荊　　　一(ひと)従(たび)謫落(たくらく)せられて 柴(さい)荊(けい)に就(つ)きしより 　

万死兢兢跼蹐情　　　万死(ばんし)兢兢(きょうきょう)たり 跼蹐(きょくせき)の情(じょう)

都府桜纔看瓦色　　　都府(とふ)桜(ろう)は纔(わずか)かに 瓦(が)色(しょく)を看(み)　

観音寺只聴鐘声　　　観音寺(かんのんじ)は只(ただ) 鐘声(しょうせい)を聴く

中懐好逐孤雲去　　　中懐(ちゅうかい)好し孤(こ)雲(うん)を逐(お)いて去り 　

外物相逢満月迎　　　外物は相逢(あいあい)いて 満月迎(む)こう

此地雖身無検繋　　　此(こ)の地 身(み) 検繋(けんけい)無しと雖(いえど)も　

何為寸歩出門行　　　何(なん)為(す)れぞ 寸(すん)歩(ぽ)も門を出(い)でて行かん

 

　太宰府に於いて、北から飛んできた雁を見るに付けても、道真には、自分と対比して雁がうらやましく見えました。そして、このことを「雁(かり)を聞く」という詩に詠いました。この詩を紹介致します。雁は来春になれば帰って行くが､自分は何時京に帰れるか分からないことへの悲しみが見事に表現されています。

 

我爲遷客汝來賓　　　我は遷客(せんかく)為(た)り 汝(なれ)は来賓(らいひん)　

共是蕭蕭旅漂身　　　共に是(こ)れ蕭蕭(しょうしょう)として 旅漂(りょひょう)の身

欹枕思量歸去日　　　枕を欹(そばだて)て思量(しりょう)す 帰去(ききょ)の日　

我知何歳汝明春　　　我は知(し)んぬ何(いず)れの歳ぞ  汝(なれ)は明春(みょうしゅん)

 

　また、道真がこの時読んだと思われる和歌が続後(ぞくご)撰集(せんしゅう)に採録されております。この和歌を紹介致します。

 

雁がねの秋なくことはことわりぞ かへる春さへ何かかなしき

 

　流罪となってから、一年近くが経過し、あの「秋思の詩」を作った九月十日がやってきました。道真は、その時のことを思い出し、褒美として賜った衣を毎日捧げ持って、炊き込められた香の香りを味わい、宇多上皇の恩を偲ぶことを詠いました。この詩「九月十日」を紹介致します。

 

去年今夜待清涼　　　去年の今夜 清涼(せいりょう)に待す　

秋思詩篇獨斷腸　　　秋思(しゅうし)の詩篇(しへん) 独(ひと)り断腸(だんちょう)　

恩賜御衣今在此　　　恩賜(おんし)の御衣(ぎょい) 今(いま)此(こ)こに在(あ)り　

捧持毎日拜餘香　　　捧持(ほうじ)して　毎日余香(よこう)を拝す

 

　道真は、又、曾て宇多天皇の寵愛に預かっていたころを懐かしむ和歌を作っております。新古今集に採録されたこの和歌を紹介致します。

 

道の辺の朽ち木の柳春くればあはれ昔と偲ばれぞする

 

　「九月十日」を作った月の十五夜の日、道真は月を見ながら「秋(しゅう)夜(や)」という詩を作りました。「秋思(しゅうし)の詩(し)」と並ぶ有名な詩です。迫り来る老いの中で、自分の無実の罪を晴らすことが出来ない無念さと悲しさを見事に表した詩です。「秋夜」を紹介致します。

 

黄萎顔色白霜頭　　　黄萎(こうい)の顔色(がんしょく) 白(はく)霜(そう)の頭(こうべ) 　

況復千餘里外投　　　況(いわん)や復(また) 千余里外(せんよりがい)に投(とう)ぜられしをや

昔被栄花簪組縛　　　昔は栄(えい)花(が) 簪組(しんそ)に縛(ばく)せられ　

今為貶謫草莱囚　　　今は貶謫(へんたく) 草莱(そうらい)の囚(しゅう)と為(な)なる

月光似鏡無明罪　　　月光は鏡に似るも 罪を明らかにすること無なく　

風気如刀不破愁　　　風(ふう)気(き)は刀の如くしてを破らず

随見随聞皆惨慄　　　見るに随がい聞くに随がい  惨慄(さんりつ)

此秋独作獨身秋　　　此の秋 独(ひと)り我が身の秋と作(な)る

 

　

　また、道真は、このころの嘆きを和歌に詠んだことが『大鏡』に記載されております。野山に立つ煙が、自分の嘆きという「木」を焚き添えることで更に燃えまさると詠ってます。また、新古今集には、自分が無実であることを月だけが知っていてくれるとした和歌が新古今集に採録されております。これらの和歌を紹介致します。

 

夕されば野にも山にも立つけぶり歎きよりこそ燃えまさりけれ

 

海ならずたたへる水の底までにきよき心は月ぞてらさむ

 

　道真は、秋の月を擬人化し、月に対して問う詩と、月に代わって問に答える詩を作りました。最初に「秋月(しゅうげつ)に問う」を紹介します。これは、形を変えるがその本質を失わないのに、雲に蔽われて西に流されていく月と自分の姿を対比したものです。

 

度春度夏只今秋　　　春を度(わた)り夏を度(わた)り 只今(ただいま)は秋なり　

如鏡如環本是鉤　　　鏡の如く環(たまき)の如く 本(もと)は是(こ)れ 鉤(かぎ)なり

為問未曾失終始　　　為に問う 曾(かつ)て終始(しゅうし)を失わざるに　

被浮雲掩向西流　　　浮雲(ふうん)に掩(おお)われて 西に向かいて流るるかと

 

　　　

　つづいて「月に代わりて答う」を紹介致します。月は言います。「天はやがて私を蔽(おお)っている雲を払いのけてくれるであろう、私は、ただ、西に向かって流れるように見えるだけで、左遷された訳では無いのだ。」と。天の月と人間世界にある道真とは、運命が違っていたのです。

 

蓂発桂香半且圓　　　蓂(めい)は発(ひら)き 桂(かつら)は香り 半(なかば)円(まどか)ならんとす　

三千世界一周天　　　三千世界(さんぜんせかい) 天を一周す　

天廻玄鑑雲将霽　　　天は玄(げん)鑑(かん)を廻(めぐ)して　雲 将(まさ)に霽(はれ)んとす　

唯是西行不左遷　　　唯(ただ) 是(こ)れ西に行くのみb左遷にあらず

 

　これらの詩に対応すると思われる和歌が、新古今集に採録されております。この和歌を紹介致します。

 

月ごとにながると思ひしますかがみ西の海にもとまらざりけり

 

　太宰府(だざいふ)に流されてから二年が経過し、道真は自分を蘇(そ)武(ぶ)や燕(えん)の丹(たん)の故事にならぞえ、京へ帰りたいと言う思いを込めた「謫居(たくきょ)の春雪(しゅんせつ)」という詩を作りました。この詩が道真の最後の作と考えられます。京に帰りたいという願いも空しく、道真は９０３年２月２５日に、５９歳の生涯を閉じました。「謫居の春雪」を紹介致します。

 

盈城溢郭幾梅花　　　城に盈(み)ち郭(くるわ)に溢(あふる)るは 幾(いくばく)の梅花(ばいか)ぞ　

猶是風光早歳華　　　猶(なお) 是(こ)れ 風光(ふうこう) 早(そう)歳(さい)の華(はな)なり　

雁足黏将疑繋帛　　　雁(かり)の足に粘将(ねや)しては 帛(きぬ)を繋(かけ)たるかと疑い　

烏頭點著思帰家　　　烏の頭(かしら)に点著(つ)つきては 家に帰らんと憶(おも)う

 

　再び、中国に話を戻しましょう。政争に敗れて流罪となった詩人の多くは、時代の変遷と共に、中央に復帰する機会に恵まれました。しかし、柳宗元(りゅうそうげん)は、最後まで地方周りで終わった悲劇の詩人でした。政争に敗れたとき、邵州(じょうしゅう)の長官である刺史(しし)として左遷されましたが、赴任の途中で長官の補佐役である江州(ごうしゅう)の司馬(しば)に格下げされました。左遷された司馬には、実際の仕事は与えられません。

　そのような境遇の中で作られたのが希代の名作「江(こう)雪(せつ)」です。白一色の鎖された牢獄のような世界、動く物と言えば降りしきる雪だけ、その中で釣り糸を垂れる孤独な翁(おきな)。この翁の姿には、このときの柳宗元の心象が見事に投影されています。

 

千山鳥飛絶　　　千山(せんざん) 鳥飛び絶(た)え　

万逕人蹤滅　　　万径(ばんけい) 人蹤(じんしょう)滅(めっ)す

孤舟蓑笠翁　　　孤(こ)舟(しゅう) 蓑(さ)笠(りゅう)の翁(おう)　

独釣寒江雪　　　独(ひと)り釣る 寒(かん)江(こう)の雪に

 

　柳宗元は、その後柳州(りゅうしゅう)の刺史として地方に左遷され、「柳州(りゅうしゅう)二月 榕(よう)葉(よう)落ち尽くして偶々題す」という詩を作りましたこの詩には、政争に敗れて流罪となった悲しみが、何に付けても深まることが表されております。

 

宦情羈思共悽悽　　　宦(かん)情(じょう) 羇思(きし) 共に悽々(せいせい)　

春半如鞦意轉迷　　　春 半(なか)ばなるに秋の如く 意(い) 転(うた)た迷う

山城過雨百花盡　　　山城(さんじょう)の過(か)雨(う) 百花(ひゃっか)尽き　

榕葉滿庭鶯亂啼　　　榕(よう)葉(よう) 庭に満ちて鶯 乱れ啼(な)く

　

　中央への復帰の希望が無くなるにつれ、柳宗元の気持ちは、望郷の念へと移ってキムした。「零(れい)陵(りょう)の早春」は、そんな気持を表した詩です。その願いも叶わず、柳宗元は、柳州の地で最後を遂げました。「零(れい)陵(りょう)の早春」を紹介致します。

 

問春從此去　　　春に問う此(こ)こ従(よ)り去りて　

幾日到秦原　　　幾日か秦(たい)原(げん)に到ると

憑寄還鄉夢　　　憑(たよ)り寄す　 郷(きょう)に還(かえ)るの夢　

慇勤入故園　　　慇懃(いんぎん)に故園(こえん)に入(はい)れ

 

　白(はく)居(きょ)易(い)も、「新楽府(しんがふ)」や「秦中吟(しんちゅうぎん)」で政治を批判したことが禍(わざわい)し、ふとした咎(とが)により司馬としてに流罪となりました。慌ただしい旅立ちと、京を離れる苦痛から遅々として進まぬ足取りを「初めて官を貶(おと)され望(ぼう)秦(しん)嶺(れい)を過ぐ」と言う詩に詠っております。望秦嶺は、長安の南方にある秦(しん)嶺(れい)山脈(さんみゃく)にある山で、長安を一望できる最後の山です。この詩を紹介いたします。

 

草草辭家憂後事　　　草々(そうそう)として家を辞して後事(こうじ)を憂(うれ)い　

遲遲去國問前途　　　遲々(ちち)として国を去りて前途を問う

望秦嶺上迴頭立　　　望(ぼう)秦(しん)嶺上(れいじょう) 頭(こうべ)を迴(めぐ)らせて立てば　

無限秋風吹白鬚　　　無限の秋風(しゅうふう)白(はく)鬚(しゅ)を吹く

　

　

白居易が江州に向かう途中で作られた「白鷺(はくろ)」を紹介たします。白居易の挫折感が表れています。

 

人生四十未全衰　　　人生四十 未だ全くは衰えず　

我為愁多白髪垂　　　我は愁い多きが為に 白髪垂(た)る

何故水辺双白鷺　　　水辺(すいへん)の双白鷺(そうはくろ) 何故に愁い無きも 

無愁頭上亦垂糸　　　頭上に亦(ま)た糸を垂(た)る

 

　

　江州(こうしゅう)に付いた白居易は新たに草堂(そうどう)を建てて、そこで過ごしました。左遷されてきた司馬には実際の仕事は与えられませんでした。江州の地は、曾(かつ)て陶(とう)潜(せん)が隠棲した地に近く、白居易は、そこで、清少納言の故事で有名な詩「香爐(こうろ)峰下(ほうか) 新たに山居(さんきょ)を卜(ぼく)し草堂　初めて成り(なり)偶(たま)たま東壁(とうへき)に題(だい)す」を作り、これは自分にふさわしい地で、この地で一生を終えても良いという意を示しました。

　しかし、この詩に表された白居易の心が強がりであったことは、後に作られた詩から明らかになっています。

 

日高睡足猶慵起　　　日 高く　睡り足りて 猶(な)お 起くるに慵(ものう)し 　

小閣重衾不怕寒　　　小閣(しょうかく)に衾(きん)を重ねて 寒を怕(おそ)れず

遺愛寺鐘欹枕聽　　　遺愛寺(いあいじ)の鐘は 枕を 欹(そばだ)（てて聽き　

香爐峯雪撥簾看　　　香爐(こうろ)峰(ほう)の雪は 簾(すだれ)を 撥(かかげ)ねて看る

匡廬便是逃名地　　　匡廬(きょうろ)は 便(すなわ)ち是(こ)れ 名を逃るるの地　

司馬仍爲送老官　　　司馬(しば)は仍(な)お 老いを送るの官爲(た)り

心泰身寧是歸處　　　心 泰(やす)く 身 寧(やす)きは 是(こ)れ 帰(き)する処(ところ)　

故�ｸ何獨在長安　　　故�ｸ 何ぞ独(ひと)り 長安にのみ 在らんや

 

　　同じく流罪となり、秦(しん)嶺(れい)山脈(さんみゃく)を越えた詩人に硬骨漢として知られる韓愈(かんゆ)がいます。時の皇帝は憲宗(けんそう)で、病弱であった為、救いを求めて仏教に帰依し、仏舎利(ぶっしゃり)を朝廷内に入れて祀(まつ)ろうとしました。そのとき、韓愈は「仏(ぶっ)骨(こつ)を論ずるの表」を奉って憲宗を諫めましたが、憲宗の逆鱗に触れ、死罪を言い渡されました。しかし、周りのとりなしで罪一等を減ぜられ、即日、流刑地である潮州(ちょうしゅう)への出立を命じられました。この時作ったのが「左遷せられて藍関(らんかん)に至り姪孫(てっそん)湘(しょう)に示す」です。韓愈は、流刑地で一生を終えるつもりでしたが、翌年、憲宗の死により朝廷に呼び戻されることになりました。この詩を紹介いたします。

 

一封朝奏九重天　　　一封(いっぷう) 朝(あした)に奏(そう)す 九重(きゅうちょう)の天　

夕貶潮州路八千　　　夕(ゆうべ)に潮州(ちょうしゅう)に貶(へん)せらる 路(みち) 八千

欲爲聖明除弊事　　　聖(せい)明(めい)の爲に 弊事(へいじ)を除かんと欲す　

肯將衰朽惜殘年　　　肯(あえ)て衰朽(すいきゅう)を將(も)て 殘(ざん)年(ねん)を惜まんや

雲横秦嶺家何在　　　雲は 秦(しん)嶺(れい)に横たわりて 家 何(いず)くにか在る　

雪擁藍關馬不前　　　雪は藍関(らんかん)を擁(よう)して 馬 前(すす)まず

知汝遠來應有意　　　知る 汝(なんじ)の遠来(えんらい)するは 応(まさ)に 意(こころ)有るべし　

好收吾骨瘴江邊　　　好し 吾が骨を收めよ 瘴(しょう)江(こう)の辺(ほとり)に

 

　韓愈(かんゆ)が潮州(ちょうしゅう)に赴(おもむ)く途中で作った詩を二首紹介いたします．始めに「武関(ぶかん)の西に配流(はいる)の吐蕃(とばん)に逢(あ)う」を紹介致します。この詩から、韓愈は二度と長安に帰ることができないと思っていたことが窺えます。

 

嗟爾戎人莫慘然　　　嗟(ああ) 爾(なんじ) 戎人(じゅうじん) 慘然(さんぜん)とすること莫(な)かれ　

湖南地近保生全　　　湖南(こなん) 地近く生(せい)を保つこと全(まった)し

我今罪重無歸望　　　我 今 罪重く 帰る望み無し　

直去長安路八千　　　直ちに長安を去る 路(みち)八千

 

　

　続きまして「臨瀧(りんりゅう)寺(じ)に題す」を紹介致します。気候の暑い地方に来て病気にかかったときに、潮州の気候が更に厳しいことを知り、不安が募ったことが分かります。

 

不覺離家已五千　　　覺えず家を離れて 已に五千　

仍將衰病入瀧船　　　仍お衰病を將(え)て瀧船(ろうせん)に入る

潮陽未到吾潮州　　　潮(ちょう)陽(よう)未だ吾(わ)れ能く到らざるに　

海氣昏昏水拍天　　　海気(かいき) 昏々(こんこん)として水 天を拍(う)つ

 

（ナレーション）

　李白は、安史の乱のときに、永王の参謀となったため反乱者として死罪を言い渡されましたが、周囲のとりなしにより流罪に減じられ、長江を遡って蜀の南になる野郎(やろう)に向かいました。その途中、豫(よ)章(しょう)にいる妻に宛てた「南のかた夜郎(やろう)に流されて内(ない)に寄す」という詩を作りました。この後、李白は、白帝城まで来たとき、大赦に依り無罪とされ、「早に白帝城を発す」を作って帰還することになりますが、李白の助命嘆願のために女(おんな)道士(どうし)となった妻に会うことはできませんでした。この詩を紹介いたします。

 

夜郎天外怨離居　　　夜郎(やろう)の天外(てんがい) 離(り)居(きょ)を怨み　

明月樓中音信疏　　　明月の 音信疎(そ)なり

北雁春歸看欲盡　　　北雁(ほくがん) 春に帰って 看(みすみす) 尽きんと欲す　

南來不得豫章書　　　南来(なんらい)に得ず 豫(よ)章(しょう)の書

 

　李白が、流刑の地野郎に向かって長江を遡る途中に、黄鶴楼(こうかくろう)の近くに寄り、「史郎(しろう)中欽(ちゅうきん)と黄鶴楼上吹笛を聴く」という詩を作りました。長安に帰りたいという気持は、寂しい「梅花(ばいか)落(らく)」を奏でる笛の音を聴いて、増していったようです。

 

一為遷客去長沙　　　一たび遷(せん)客(かく)と為(な)って 長沙(ちょうさ)に去る　

西望長安不見家　　　西のかた 長安を望めども家を見ず

黃鶴樓中吹玉笛　　　黄鶴楼中(こうかくろうちゅう) 玉(ぎょく)笛(てき)を吹く　

江城五月落梅花　　　江(こう)城(じょう) 五月 落(らく)梅花(ばいか)

 

　杜甫は、安史の乱の時、粛宗が即位した事を聞きつけ、その役に立とうとして、家族を租界させ、粛宗の下に駆けつけようとしましたが、途中で、安禄山軍により長安に幽閉されてしまいました。このとき、破壊された長安の眺めをと自分の身の上を詠ったのが、有名な「春(しゅん)望(ぼう)」です。自然が変わらないことが、人間の営みの儚さを際立たせていることを詠った、見事名作品です。「春望」を紹介致します。この詩は､日本では群を抜いて好まれている詩ですが､中国では余り人気がなく、杜甫記念館の主要展示物は、日本では殆ど知られていない『三吏三別』です。

 

國破山河在　　　国破れて山河在り　

城春草木深　　　城春にして草木深し

感時花濺涙　　　時に感じては花にも涙を濺(そそ)ぎ　

恨別鳥驚心　　　別れを恨んでは鳥にも心を驚かす

烽火連三月　　　烽火(ほうか) 三月(さんげつ)に連(つら)なり　

家書抵萬金　　　家書(かしょ) 万金(ばんきん)に抵(あ)たる

白頭掻更短　　　白頭(はくとう) 掻(か)けば更に短く　

渾欲不勝簪　　　渾(す)べて簪(しん)に勝(た)えざらんと欲す

 

　特に刑罰を加えられたわけではありませんが、杜甫と同じように長安に幽閉された詩人に廬綸(ろりん)がいます。廬綸は杜甫と同じように、長安の春の眺めを「長安春望」という詩に詠いました。廬綸は、長安に幽閉されて、その風景を見るにつれても、望郷の念に堪えられないことを詠っています。

 

東風吹雨過青山　　　東風(とうふう) 雨を吹いて青山を過ぐ　

卻望千門草色�閨@　　却(かえ)って千門(せんもん)を望めば草色(そうしょく)閑(かん)なり

家在夢中何日到　　　家は夢中(むちゅう)に存って 何れの日にか到らん　

春生江上幾人還　　　春は江上(こうじょう)に来って幾人か還る

川原繚繞浮雲外　　　川原(せんげん) 繚繞(りょうじょう)たり 浮雲(ふうん)の外(ほか)　

宮闕參差落照間　　　宮闕(きゅうけつ) 参差(さんし)たり 落(らく)照(しょう)の間(かん)

誰念爲儒逢世難　　　誰(たれ)か念(おも)わん　儒(じゅ)と為って 世難(せなん)に逢い　

獨將衰鬢客秦關　　　独り衰(すい)鬢(びん)を将って 秦関(しんかん)に客(かく)たらんとは

 

　安史の乱の時、李(り)華(か)は、安禄山軍に捕らえられ、強制的に安禄山軍の役人とされ、宜(ぎ)陽(よう)城(じょう)に務めさせられました。しかし、春の景色を見ても心楽しまないものがあり、「春行 興を寄す」という詩を作りました．自然は、変わらないが、鳥の声が空しく聞こえると詠っています。この詩を」紹介致します。

 

宜陽城下草萋萋　　　宜(ぎ)陽(よう)城下(じょうか) 草 萋々(せいせい)　

澗水東流復向西　　　澗(かん)水(すい) 東に流れて 復(また) 西に向う

芳樹無人花自落　　　芳樹(ほうじゅ) 人 無く 花 自ら落ち　

春山一路鳥空啼　　　春山(じゅんざん) 一路(いちろ)　鳥 空しく 啼(な)く

 

　軟禁された翌年の春、杜甫は長安からの脱出に成功し、粛宗(しゅくそう)から、側近としての「左(さ)拾遺(しゅうい)」の役職をさずかりました。しかし、粛宗が玄宗(げんそう)の宰相であった房琯(ぼうかん)を処罰しようときに、ここぞとばかりに弁護したことで、粛宗に疎まれ遠ざけられてしましました。謹厳実直な杜甫は、この時デカダンスに落ち入り、酒浸りの生活を送りました。この時作られたのが「曲江二首」です。「古希」の語源となった「其の二」を、紹介致します。荒れた生活の中で美しい自然だけは、自分と心を共にしてくれと言う感情が見事に歌いあげられています。

 

朝囘日日典春衣　　　朝(ちょう)より回(かえ)りて日々に 春(しゅん)衣(い)を典(てん)し　

毎日江頭盡醉歸　　　毎日に 酔(よい)を尽くして帰る

酒債尋常行處有　　　酒債(しゅさい)は尋常(じんじょう) 行く処に有り　

人生七十古來稀　　　人生七十　古来稀なり

穿花蛺蝶深深見　　　花を穿(うが)つ蛺(きょう)蝶(ちょう)は 深々(しんしん)として見え　

點水蜻蜓款款飛　　　水に点(てん)する蜻點(せいてい)は 款々(かんかん)として飛ぶ

傳語風光共流轉　　　風光(ふうこう)に伝語(でんご)す 共に流転(るてん))して　

暫時相賞莫相違　　　暫時(ざんじ) 相(あい)賞(しょう)し 相(あい)違(たが)うこと莫(なか)れと

 

　王安石との政争に敗れ、幾度も流罪となった詩人に蘇軾(そしょく)がいます。蘇軾の流罪は、特に閑職を与えるというようなものではなく、流刑地で飢え死にさせることを目的とした物が多かったのですが、蘇軾は農民から土地を借りて自分で耕作するなどをし、流刑の身を力強く生き抜きました。

　始めて黄州(こうしゅう)に流されて着任した直後に作られた名作「初めて黄州(こうしゅう)に到る」を紹介いたします。グルメで楽天家であった蘇軾の性格が表れています。また、「仕事もしていないのに圧酒嚢(ボーナス)を受けている。」と、ちょっとした皮肉も。

 

自笑平生為口忙　　　自(みずか)ら笑う  平生(へいぜい) 口の為に忙しかりしを　

老來事業轉荒唐　　　老来(ろうらい) 事業  転(うた)た荒唐(こうとう)

長江繞郭知魚美　　　長江 郭(かく)を繞(めぐ)りて 魚(うお)の美なるを知り　

好竹連山覺筍香　　　好竹(こうちく)山に連なりて 筍(たけのこ)の香(かんば)しきを覚ゆ

逐客不妨員外置　　　逐客(ちくかく) 員外(いんがい)の置(ち)を妨げず　

詩人例作水曹郎　　　詩人 例として水曹(すいそう)の郎(ろう)と作(な)る

只慚無補絲毫事　　　只だ 慚(はず)らくは 糸毫(しごう)の事を補(おぎな)うこと無く　

尚費官傢壓酒囊　　　尚(な)お官家(かんか)の圧(あつ)酒(しゅ)嚢(のう)を費やすことを

 

　蘇軾は、自ら耕した地を「東坡(とうは)」と名付け、自分の号も「東坡」としました。白居易が自分の農地を「東坡」としたことにちなんだものです。その地を詠った「東坡」という詩を作っております。荒れた地でも、蘇軾にとって愛着のあるものでした。「東坡」を紹介いたします。

 

雨洗東坡月色清　　　雨は東坡(とうざ)を洗って月色清し　

市人行盡野人行　　　市人(しじん)行き尽くして野人(やじん)行く

莫嫌犖確坡頭路　　　嫌(きら)う莫(な)かれ 犖確(らくかく)坡頭(はとう)の路(みち)　

自愛鏗然曳杖聲　　　自(みずか)ら愛す鏗(こう)然(ぜん)として杖を曳(ひ)く声

 

　　

　蘇軾(そしょく)は、このように流罪の身を楽しむような楽天的な性格であったため、政敵からにくまれ、遂に海(かい)南島(なんとう)まで追放されました。蘇軾は、海南島で一生を終わるつもりでしたが、思いがけなく大陸に戻ることを許されました。その途中、澄邁(ちょうまい)の宿場町まで来たとき、中国本土が水平線上に見えました。その喜びを表した「澄邁(ちょうまい)駅(えき)の通潮閣(つうちょうかく)」は絶唱とされ、頼山陽に多大の影響を与えています。「澄邁驛の通潮閣」を紹介いたします。

 

餘生欲老海南村　　　余生(よせい) 老いんと欲す 海南(かいなん)の村　

帝遣巫陽招我魂　　　帝 巫(ふ)陽(よう)を遣(つか)して 我が魂を招かしむ

杳杳天低鶻沒處　　　杳々(ようよう)として天低(た)れ　鶻(こつ) 沒するの処　　　

青山一髮是中原　　　青山(せいざん)一髮(いっぱつ)　是(こ)れ中原(ちゅうげん)

 

唐の詩人賈(か)至(し)は、一時、洞庭(どうてい)湖(こ)付近の岳(がく)陽(よう)にに流罪とされました。罪はそれ程重くなく、李白に会い酒宴をしたりしております。この時代に「西亭(にしてい)の春(しゅん)望(ぼう)」という詩を作りました。洞庭湖付近の風光明媚な風景を詠ったものですが、やはり、許されて長安に帰りたい気持は強かったようです。この詩を紹介致します。

 

日長風煖柳青青　　　日 長く 風 暖かにして 柳 青々(せいせい)たり　　

北雁歸飛入窅冥　　　北雁(ほくがん) 帰り飛んで 窅冥(ようめい)に入(い)る

岳陽城上聞吹笛　　　岳(がく)陽(よう)城上(じょじょう) 吹(すい)笛(てき)を聞く　

能使春心滿洞庭　　　能(よ)く 春(しゅん)心(しん)を使(し)て 洞庭に満みたしむ

 

　日本においても、政争や主君ににくまれた結果、流罪となったり、投獄させられた人物は、幕末に多く現れました。代表的な人物は、島津(しまづ)久光(ひさみつ)に憎まれた西郷隆盛です。西郷隆盛は、沖永(おきのえ)良部(らぶ)島(じま)に流されたとき、初めて、川口雪篷(かわぐせっぽう)から詩作を学び、その心境を詩にあらわしております。讒言(ざんげん)によって追放され投身自殺した屈(くつ)原(げん)を思いやることにより、寂しさが一層増すことを示したものです。この詩「偶成」を紹介致します。

 

雨帯斜風叩破紗　　　雨(あめ)は斜風(しゃふう)を帯び(おび) 破紗(はさ)を叩き(たたき)　

子規啼血訴冤譁　　　子規(しき)は血(ち)に啼(な)き 冤譁(えんたく)を訴(そ)う

今宵吟誦離騒賦　　　今宵(こんしょう) 吟(ぎん)誦(しょう)す 離騒(りそう)の賦(ふ)　

南竄愁懐百倍加　　　南竄(なんざん)の愁(しゅう)懐(かい) 百倍加わる

 

　幕末の志士である武市(たけち)瑞山(ずいざん)は、土佐(とさ)勤王党(きんのうとう)を作りましたが、藩主山(やまの)内容堂(うちようどう)によって投獄され、厳しい取り調べを受けました。その中で、妻に自画像を送り、自分の考えが正しいことを「獄中(ごくちゅうの)の作(さく)」という詩にして書き添えました。その後切腹を命じられ、「ああ、けしからぬ世の中にて候」と憤慨しながら最期を遂げ、この詩が遺作となりました。「獄中の作」を紹介いたします。

 

花依清香愛　　　花は清(せい)香(こう)に依(よ)って愛せられ　

人以仁義榮　　　人は仁義を以(も)って栄ゆ

幽囚何可恥　　　幽囚(ゆうしゅう) 何(なん)ぞ恥ず可(べ)けんや　

只有赤心明　　　只 赤心(せきしん)の明らかなる有り

 

　逆境の中で最大のものは、死に向かう境遇でした。有間(ありまの)皇子(みこ)は中大兄皇子(なかのおおえのおうじ)の謀略により謀反の罪を着せられ、療養先の白浜温泉から都に移送される途中、岩代(いわしろ)の地で、万一の生存を願って和歌を作りましたが、その願いも空しく絞首刑にされました。これらの和歌を紹介いたします。

 

磐代(いわしろ)の浜松が枝(え)を引き結び 真(ま)幸(さき)くあらばまた還り見む

 

　有間(ありまの)皇子(みこ)の運命に同情する人は多く、この松は「結び松」と呼ばれ、この和歌にちなんで、その運命を憐れむ漢詩や和歌も作られています。有間皇子の霊を慰めようと磐代後を訪れた那波(なわ)活所(かつしょ)は、「磐代(いわしろ)の結び松」という詩を作りました。この詩を紹介いたします。

 

別離雖惜事皆空　　　別離惜しむと雖(い)えども 事 皆空し　

綰柳結松情自同　　　柳を綰(つか)ね松を結ぶも 情(じょう)は自(おの)ずから同じ

馬上賦詩猶弔古　　　馬上 詩を賦(ふ)し 猶(な)お古(いにしえ)を弔う　

寂寥一樹立秋風　　　寂寥(せきりょう) 一樹(いちじゅ) 秋風(しゅうふう)に立つ

 

　　又、長忌寸吉麻呂は、同じように「結び松」を見て和歌を詠みました。この和歌を紹介致します。

 

磐代の野中に立てる結び松 こころも解けずいにしへおもほゆ

 

　大津の皇子は天武天皇(てんむてんのう)の実子でしたが、人望が厚かったため、天武天皇の死後、持(じ)統(とう)天皇(てんのう)の実子である草壁(くさかべの)皇子(みこ)の政敵とされて、謀反の罪を着せられ自害しました。

そのときに作られた漢詩と和歌をと紹介いたします。

 

金烏臨西舎　　　金(きん)烏(う) 西舎(せいしゃ)に臨(のぞ)み　

鼓声催短命　　　鼓声(こせい) 短命(たんめい)を催(うなが)す

泉路無賓主　　　泉(せん)路(ろ) 賓(ひん)主(しゅ)無く　

此夕離家向　　　この夕 家を離(さか)りて向う

 

　ももづたふ磐余(いわれ)の池に鳴く鴨(かも)を今日のみ見てや雲隠(くもがく)りなむ

 

　今までに、逆境にある人々の詩歌を紹介してきましたが、逆境にある友人のことを思いやった詩歌もあります。白(はく)居(きょ)易(い)と元稹(げんじん)とは、生涯を通しての親友でしたが、元稹が罪を得て江稜に流されていたとき、翰(かん)林院(りんいん)に宿直していた白居易は、元稹のことを思いやり、「八月十五日夜 禁中(きんちゅう)に独(ひと)り直(ちょく)し 月に対して元(げん)九(きゅう)を憶う」という詩を作りました。この詩の頷聯(がんれん)「三五(さんご)夜中(やちゅう) 新月の色　二(に)千里外(せんりがい) 故人(こじん)の心」は絶唱とされ、和漢朗詠集に採られています。この詩を紹介し、『物語で楽しむ漢詩と和歌』「逆境を詠う」を終わります。

 

銀臺金闕夕沈沈　　　銀(ぎん)台(だい) 金闕(きんけつ) 夕(ゆうべ)沈々(ちんちん)　

獨宿相思在翰林　　　独(どく)宿(しゅく) 相思(あいおも)うて 翰(かん)林(りん)に在り

三五夜中新月色　　　三五(さんご)夜中(やちゅう) 新月の色　

二千里外故人心　　　二(に)千里外(せんりがい) 故人(こじん)の心

渚宮東面煙波冷　　　渚宮(しょきゅう)の東面には 煙波(えんぱ)冷かに

浴殿西頭鐘漏深　　　浴殿(よくでん)の西頭には鐘(しょう)漏(ろう)深し

猶恐清光不同見　　　猶(なお) 恐る 清光(せいこう)　同じくは見ざらんことを　

江陵卑濕足秋陰　　　江(こう)陵(りょう)は卑湿(ひしつ)にして 秋(しゅう)陰(いん)足(た)る

 

（令和元年９月２０日作成）

 

 

参考文献等

　『中国漢詩吟詠全集　絶句編』後藤石韜緒、有限会社吟濤社出版

　『日本漢詩吟詠全集　絶句編』後藤石韜緒、有限会社吟濤社出版

　『和漢名詩選評釈』簡野道明著、明治書院出版