「兵士を詠う」 山居 閑人
昔から、国境を接する国の間では、戦争が絶えることがありませんでした。ある場合は、国土を拡張しようとする権力者の目的の為、その侵入を阻もうとする目的の為に戦争が行われ、多くの兵士が犠牲になりました。このように、生きて帰ることが困難な状態で徴発される農民やその家族の苦しみは、杜甫の「兵車行」や、日本ではあまり知られていない「三吏三別」に詠われておりますが、本日は、戦場における兵士や将校達の心情を、いろいろな詩歌によって味わっていただきたいと思います。
辺境に駐在する兵士や将軍の心情を詠った詩は「辺塞詩」と呼ばれます。始めに、このような「辺塞詩」として最も知られている王翰の「涼州詞」を紹介致します。「葡萄酒」「ガラス製のグラス」は、ペルシャ地方から由来した物であり、「夜光の杯」で「葡萄の美酒」を飲むことは、都でなら最高の贅沢であったでしょう。これらを使って宴会を開くと、酒を促すように琵琶の音が聞こえてくる。なんとも、豪華な宴会です。
しかしながら、これは、明日をも知れぬ命であることを忘れるための悲しい宴会なのです。起句、承句の華やかさを、転句で反転させ、結句で綺麗にまとめ上げた「辺塞詩」を代表する名作です。
葡萄美酒夜光杯 葡萄の美酒 夜光の杯
欲飲琵琶馬上催 飲まんと欲すれば 琵琶 馬上に催す
酔臥沙場君莫笑 酔うて沙上に臥す 君 笑うことなかれ
古来征戦幾人回 古来 征戦 幾人か回る
辺塞詩の作者として有名なのは高適と岑参であり「高岑」と称されますが、この他に王昌齢も優れた辺塞詩人でした。
続きまして、王昌齢の詩を紹介していきます。『唐詩選』に採られている有名な詩は「従軍行三首」です。
「其の一」は、望郷の思いを懐いて烽台の下に座っているとき、胡人の吹く、寂しい「関山月」の笛の音が聞こえてきて、遠く離れた妻のことを思うと耐えがたい気持になることを詠っています。この詩を紹介致します。
烽火城西百尺樓 烽火城西 百尺の楼
黄昏獨坐海風秋 黄昏 独り坐す 海風の秋
更吹羌笛關山月 更に吹く羌笛 関山月
無那金閨萬里愁 那んともするなし 金閨 萬里の愁い
「其の二」は、うって変わって、戦闘の意欲を詠ったもので、今まで戦いを続けて、鎧にも穴が空くほどであるが、玉門関の遙か彼方の地において、鉄の鎧が黄砂により敗れる程多くの戦いをしても、敵地である楼蘭を勝ち取るまでは死ぬまで帰らないとの決意を述べています。この詩を紹介致します。
青海長雲暗雪山 青海の長雲 雪山暗し
孤城遥望玉門関 孤城遥かに望む 玉門関
黄砂百戦穿金甲 黄沙百戦 金甲を穿つも
不破楼蘭終不還 楼蘭を破らずんば 終に還えらじ
「其の三」は、王翰の「涼州詞」と同じように、生きて帰ることが困難な身の上である悲しみを詠った物で、最も有名であり、単に王昌齢の「従軍行」と言えばこの詩を意味し、『唐詩三百首』にも「出塞」として採られています。この詩の起句は、古来「絶唱」とされております。陰山山脈は、唐が匈奴との国境と定めた場所であり、飛将軍として匈奴に恐れられた李広のような将軍がいれば、匈奴の侵入も無く、兵役に就くことも無かっただろうと詠っております。この詩を紹介致します。
秦時明月漢時關 秦時の明月 漢時の関
萬里長征人未還 萬里 長征 人 未だ還らず
但使龍城飛將在 但だ 龍城の飛將をして 在ら使めば
不教胡馬度陰山 胡馬をして 陰山を 渡ら敎めず
『唐詩選』に採録されている王昌齢の「従軍行」は以上の三首ですが、実際には七首の連作です。」これらのいくつかを紹介していきます。
始めに七首の内、其の二とされているものを紹介いたします。王翰の「涼州詞」と同じように、宴会で舞い踊る様を詠っていますが、詠うのは別れを詠った「関山月」の歌。寂しさを感じさせる詩です。万里の長城を高く懸かった秋の月が照らしているのも、寂しさを増すのです。
琵琶起舞換新聲 琵琶に起舞して 新声に換う
總是關山離別情 総べて是れ 関山 離別の情
撩亂邊愁聽不盡 辺愁を撩乱して聴いて尽きず
高高秋月照長城 高々 秋月 長城を照らす
続きまして「其の五」とされる詩を紹介いたします。
黄砂で日の色も暗く見える中、夕方に軍旗を半分巻いて出陣したが、既に前衛軍は敵陣を占領し、敵の大将を生け捕りにしたとの報告が届いたとの意気の上がる様子を詠っています。
大漠風塵日色昏 大漠 風塵 日色昏し
紅旂半捲齣轅門 紅旗 半ば捲いて轅門を出づ
前軍夜戰洮河北 前軍 夜戦す 洮河の北
已報生擒吐穀渾 已に報ず 吐穀渾を生擒すと
続きまして、「其の三」とされるものを紹介いたします。この詩は、一日中闘ったが戦況が思わしくなく、やむなく撤退命令を出してもらい、撤退するときの様子を詠ったものです。前の戦で死んだ兵士の白骨が塵で蔽われている凄惨な様子が歌われています。
關城榆葉早疏黃 関城 榆葉 疏黃早し
日暮雲沙古戰場 日暮 雲沙 古戰場
表請回軍掩塵骨 表を請いて軍を回えせば 塵 骨を掩う
莫教兵士哭龍荒 兵士をして龍荒に哭さ教むる莫かれ
次に「出塞行」を紹介いたします。この詩は、辺塞にあって望郷の年を詠ったものです。長安の方角を見渡しても黄河が流れているのが見えるばかり、秋の草原地帯では旅人の姿も無い。そんな中で長安に向かって馬に乗って駆けていく人を見て、羨ましさと望郷の念がわき起こります。
白草原頭望京師 白草原頭 京師を望めば
黄河水流無盡時 黄河 水 流れて 尽くる時無し
秋天曠野行人絶 秋天広野 行人絶ゆ
馬首東來知是誰 馬首
東来するは 知る是れ誰ぞ
続きまして、王之渙の「涼州詞」を紹介いたします。王之渙の詩は、現在六首しか残されていませんが、この詩は辺塞の風物を巧みに取り入れてその寂しさを表現した名作であり、数ある「涼州詞」の中でも、王翰作のものと双璧を成しております．胡人の吹く羌笛は、どの詩においても寂しさを深めるものとして取り入れられておりますが、特に、その曲が別れを示す「折楊柳」であることにより、寂しさがまします。まして、その場所が、春の光さえ届かない玉門関付近であればなおさらのことです。
黄河遠上白雲閒 黄河 遠く上ぼる 白雲の間
一片孤城萬仞山 一片の孤城 万仭の山
羌笛何須怨楊柳 羌笛 何ぞ須いん 楊柳を怨むを
春光不度玉門關 春光度らず 玉門関
農民が兵士として徴用されることは、日本でも行われていました。税の一つである「防人」で、農民にとって重い負担になりました。装備、往復の食料は自弁であり、無事につとめを終えても、帰途において飢え死にする物も少なくなかったと言われています。これらの防人として徴用された農民の心境は、「防人の歌」として、万葉集に採られております。そのうちの一つ、駿河国の丈部稲麻呂作とされる和歌を紹介致します。
父母が頭かきなで幸くあれて言ひし言葉ぜ忘れかねつる
辺塞詩と言われる物でも、将軍が作った詩は、兵士達の作った物とは変わって、戦に対する決心を述べる物が多いのですが、特に、杜甫の援助者として知られる厳武は、優秀な武将であり、チベット族に占領された領土を次々と奪い返しました。収穫期を終えて兵士を動員して奪われた土地を奪い返す決意を示す詩「軍城早秋」を紹介たします。｢飛将｣とは、漢の名将であった李広を指しますが、この場合は厳武自身が軍司令官の地位にあるので、「李広のように」と自分自身を励ましているものと考えられ、敵を一人残らず生還させないとの強い決心を示しています。
昨夜秋風入漢關 昨夜 秋風 漢関に入り
朔雲邊雪滿西山 朔雲 辺月 西山に満つ
更催飛將追驕虜 更に飛将を催がして驕虜を追おわん
莫遣沙場匹馬還 沙場の匹馬をして還えらしむるなかれ
続きまして。杜甫がその詩に和し、激励した「厳鄭公の『軍城早秋』に 和し奉つる」を紹介致します。軍旗が秋風に動かされ、軍営では弓を兵士に分け与えて、敵の陣営に矢を射かける様。既に、敵地の一部を占領し、更に、雪の向こうにある敵陣を奪取しようという意気込みを示しています。杜甫には珍しく勇ましい詩であり、厳武を励ましています。
秋風嫋嫋動高旌 秋風 嫋嫋 高旌を動かし
玉帳分弓射虜營 玉帳 弓を分かって 虜營を射る
已收滴博雲間戍 已すでに 滴博 雲間の戍を收めたり
更奪蓬婆雪外城 更に奪わん 蓬婆 雪外の城
皇帝も戦場に向かう将軍や兵士達への激励と期待を込めた詩を作り、士気を鼓舞しました。
清の乾隆帝が作った「従軍行」を紹介いたします。敵襲を識らせる烽火が上がる中で、夜訓練が行われ、これらの兵士に剣を与えると、必ず功名を立てるであろうとの期待を詠っています。
三邊烽火照軍営 三辺の烽火 軍営を照らす
十萬丁男夜練兵 十萬の丁男 夜 兵を練る
但使腰間懸寶剣 但だ腰間に宝剣を懸け使めば
丈夫何處不成名 丈夫 何れの処か名を成さざらん
戦果を挙げた将軍を讃える詩も作られました。李白は、安史の乱の際、玄宗から水軍を任され江南地方の鎮圧を命じられた永王李璘の参謀となりましたが、「永王東巡歌」十一首を作りその功績をたたえました。このうち「其の一」を紹介いたします。永王の活躍により、江南の賊軍が一掃され、漢江、長江とも雁や鴨の住むような場所になったと褒め称えています。永王は、この後、粛宗から逆賊とされて討伐され、李白も、死一等を減ぜられて流罪となることになりました。
永王正月東出師 永王 正月 東のかた師を出だす
天子遥分龍虎旗 天子 遥かに分かつ 龍虎の旗
樓船一挙風波静 楼船 一挙 風波静かに
江漢翻為雁鶩池 江漢は翻って雁鶩の池と為る
王維も千陳に向かう友人を激励する「韋評事を送る」という詩を作っています。手柄を立てるように激励するものの、辺地に行くと寂しい思いをすることであろうと気遣っています。この詩を紹介いたします。
欲逐將軍取右賢 将軍を逐って右賢を取らんと欲し
沙場走馬嚮居延 沙場に馬を走らせて居延に向かう
遙知漢使蕭關外 遙かに知る 漢使 蕭関の外
愁見孤城落日邊 愁い見る 孤城 落日の辺
このように勇み立つ将軍達に対して、決して自分の功名を上げる為の戦をしてくれるなと言う人もいました。功名の為に部下の兵士を無駄死にさせることのないようにと思うと共に、友人の身と、戦乱に巻き込まれて苦しむ庶民を案じた為をでしょう。初めに曹松の「己亥の年」を紹介いたします。曹松は、この詩一作、しかも結句一句だけで歴史に名を残した珍しい人物です。
澤國江山入戰圖 沢国の江山 戦図に入る
生民何計樂樵蘇 生民 何の計あってか 樵蘇を楽しまん
憑君莫話封侯事 君に憑む 語ること莫れ封候の事
一將功成萬骨枯 一将 功成って 万骨枯る
続きまして、同じ事を詠った陳子昂の「崔著作の東征を送別す」を紹介いたします。始めて将校として遠征に臨む望む友人に対して、戦いは楽しむ物では無い。無駄な戦はするな。功名を焦り、功名があった将軍が画かれる堂の中に自分の姿が描かれるような事を望まないようにと戒めています。
金天方肅殺 金天 方に粛殺
白露始專征 白露 始めて専征す
王師非樂戰 王師は戦いを楽しむに非らず
之子愼佳兵 之の子 兵を佳くするを慎しめ
海氣侵南部 海気 南部を侵かし
邊風掃北平 辺風 北平を掃らう
莫賣盧龍塞 盧竜の塞を売り
歸邀麟閣名 帰って麟閣の名を邀むること勿れ
手柄を立てながらも報われなかった将軍もいます。宇野南村は、このような武将のことを「老将」という詩に詠いました。多年の辺境での活躍も空しく冷遇され、他の貴族達に侯爵の位が与えられたことを憤るものです。この老将が誰かは明らかではありませんが、死の内容から考えて、漢の武帝の時代に｢飛将｣と言われた悲劇の名将李広をイメージしたものと思われます。
黄河不涸不生還 黄河
涸れずんば生きて還えらず
誓斬樓蘭靖遡邊 楼蘭を斬って遡辺を靖んぜんと誓う
馬放山中知去道 馬を山中に放ちて 去く道を知る
剣穿岩角出飛泉 剣は岩角を 穿ちて飛泉出ず
身輕大小百餘戦 身は大小百餘戦を経
節盡冰霜十九年 節は冰霜 十九年を尽くす
聞説長安下新詔 聞説 長安 新詔を下され
五侯一日貴薫天 五侯 一日 薫天を貴とぶと
趣を変えまして、高適の「塞上にて吹笛を聞く」を紹介致します。冬の西域の様子を詠った物で、つかの間の兵士達の安らぎを詠ったものと考えられます。しかし、聞こえてくるのは異民族の吹く悲しさを誘う曲である「梅花落」であり、一面の銀世界の中に吹き渡る笛の音に、寂しさが感じられます。
雪淨胡天牧馬還 雪
淨よくして
胡天 牧馬還えり
月明羌笛戍樓閒 月は明かに
羌笛
戍楼の間
借問梅花何處落 借問す 梅花
何の処にか 落つる
風吹一夜滿關山 風吹きて一夜 関山に 滿つ
次に、辺塞における兵士の様子を詠った高適の「九曲の詞其の三」を紹介します。勇んで西域を駆け巡り、敵地を占領して爵位を得ようとする兵士達の様子が詠われています。
鐵騎橫行鐵嶺頭 鉄騎 橫行す 鉄嶺の頭
西看邏逤取封侯 西のかた邏逤を看て 封侯を取る
青海只今將飲馬 青海 只今 將馬に飲かわんとす
黃河不用更防秋 黃河 用いず 更に秋を防ぐを
「山亭の夏日」の作者として知られる高駢も、辺境地駐屯軍司令官である節度使でした。
南方での戦闘の途中で二首の「塞上の曲」を作り、その苦しみを唱っております。これらを紹介いたします。
二年邊戍絕煙塵 二年の辺戍 煙塵絕ゆ
一曲河湾萬恨新 一曲の河湾 萬恨新たなり
從此鳳林関外事 此れ從り鳳林 関外の事
不知誰是苦心人 知らず誰か是れ苦心の人
隴上征夫隴下 魂隴上の征夫 隴下の魂
死生同恨漢將軍 死生 同じく恨む 漢將軍
不知萬里沙場苦 知らず 万里 沙場の苦しみ
空挙平安火入雲 空しく平安の火の雲に入るを挙ぐ
続きまして匈奴との戦いでの勝ち戦を詠った盧綸の「塞下の曲」を紹介いたします。逃げる敵将を追う兵士の意気が表されております。
月黑雁飛高 月黑く 雁の飛ぶこと高し
單于夜遁逃 單于
夜 遁逃す
欲將輕騎逐 輕騎を將って逐わんと欲すれば
大雪滿弓刀 大雪
弓刀に滿つ
次に再び、防人の歌を三首紹介致します。防人に採られた場合、家族と別れを惜しむ閑もないほど急いで出発しなければならないものでした。いずれも、この悲しさを詠った和歌を、続けて吟詠致します。
最初に、信濃国の他田舎人大嶋の作とされる和歌を紹介します。母親も無く、裾に取りすがって無く子供達を置き去りにしてこざるを得なかった悲しさ、子供達への心配が悲しく著されています。残された子供達は、その後どうなったのでしょうか。
唐衣裾に取り付き泣く子らを置きてぞ来のや 母なしにして
続けて、遠江国長下郡の物部古の作とされ、自分の妻を絵に描く暇が欲しい、旅の途中でその絵を見て妻を偲ぶことができるといっていますが、その日間もなく、できずに慌ただしく出発したのでしょう。その和歌を紹介します。
我が妻も絵に描取らむ暇もが 旅行く我れは見つつ偲はむ
最後に、生国不詳の有度部牛麻呂の作とされる和歌を紹介意します。父母に十分別れを告げる閑もなく出発しなければならなかった悔しさを著しています。
水鳥の立ちの急ぎに 父母に物言はず来にて 今ぞ悔しき
それでは、この辺で岑参にスポットライトを当ててみることにしましょう。岑参は、辺塞詩人と言われる詩人達の中で、ただ一人、玉門関を超えて西域に行ったことのある詩人であり、安西と北庭に赴任しています。それだけに、その詩には、他の詩人に見られない実感のある物が多く見られます。これらを纏めて御紹介致します。
岑参が、始めて西域に向かう途中、山西郡の燕支という所を通過しました。ここで、友人の杜位に対して「燕支を過ぎり杜位に寄す」という詩を送ります。長安を離れ、君のことを思うと、年をとるのも早く感じられると詠っています。この詩を紹介いたします。
燕支山西酒泉道 燕支 山西 酒泉の道
北風吹沙捲白草 北風 沙を吹いて白草を捲く
長安遙在日光邊 長安 遙かに日光の辺に在り
憶君不見令人老 君を憶えども見えず人をして老いしむ
岑参が西域に向かう途中、たまたま長安に向かう使者に会ったときに作られた詩「京に入る使いに逢う」を紹介致します。長い間西域に留まり軍功を挙げようと覚悟していても、やはり望郷の念と家族への思いはありました。
故園東望路漫漫 故園 東に望めば 路漫漫
双袖龍鐘涙不乾 双袖 龍鐘として 涙乾かず
馬上相逢無紙筆 馬上に相逢うて 紙筆無し
憑君伝語報平安 君に憑って 伝語して 平安を報ぜん
岑参一行は、唐の西方最後の砦である玉門関を超えて西に向かいました。岑参は、このとき「玉関長安の李主簿に寄す」という詩を作りました。友人の李主簿に当てたもので、何の頼りも無いことの寂しさを詠っており、大晦日にあって、玉門関を見るに付けても、断腸の思いがすることを詠っております。この詩を紹介致します。
東去長安萬里餘 東の方長安を去さって万里余
故人何惜一行書 故人
那んぞ惜しむ 一行の書
玉關西望堪腸斷 玉関
西望すれば腸断つに堪たり
況復明朝是歲除 況んやまた明朝はこれ歳除なるをや
岑参一行は、トルファンの地を通りかかりました。火炎山を見て「火山を経る」という詩を作りました。真冬でも熱風を振り下ろすような火炎山の異様な光景は、驚きの目でみられたことでしょう。この様子を巧みに詩に表現しております。
火山今始見 火山 今 始めて見る
突兀蒲昌東 突兀たり 蒲昌の東
赤焔焼虜雲 赤焔 虜雲を焼き
炎氛蒸塞空 炎氛 塞空を蒸す
不知陰陽炭 知らず陰陽の炭
何独燃此中 何ぞ独り 此の中に燃ゆる
我来厳冬時 我
来たるは厳冬の時なるに
山下多炎風 山下に 炎風多し
人馬尽汗流 人馬 尽く汗流る
孰知造化功 孰か知らん 造化の功
故郷を出た岑参は、二ヶ月もの旅をして、天に至るかと思われるほど西上を続け、ゴビ砂漠に辿り着きました。これから先は、砂と石があるだけの砂漠地帯。夕餉を炊く煙も見えず、宿を取る家のあてもありません。心細さはつのるばかりでした。この時作られた「碩中の作」を紹介致します。
走馬西來欲到天 馬を走らせて西来 天に到らんと欲す
辭家見月兩囘圓 家を辞してより
月の 両回 円なるを見る
今夜不知何處宿 今夜
知らず 何れの処にか宿せん
平沙萬里絶人烟 平沙 万里 人煙 絶ゆ
砂漠の中の旅も終わりに近づいたとき、岑参は、「磧を過ぐ」という詩を作りました。広大な砂漠を道に迷いながら進んで行きましたが、安西都護府の地は、まだ西の天の果て、地の果てに遠くにありました。
黃沙磧裏客行迷 黃沙 磧裏 客行迷う
四望雲天直下低 四望は 雲天の 直下に低し
為言地盡天還盡 為に言わん 地尽くるに天還た尽くると
行到安西更向西 安西に行到するに更に西に向う
岑参が宿営した地は、西域の安西にありました。
岑参は、安西についたときで、「苜蓿烽にて家人に寄す」という詩を作っております。妻に宛てたもので、妻は自分のことを思ってくれているに違いないが、自分の悲しい思いは、分からないだろうというようなものです。
苜蓿峰邊逢立春 苜蓿烽辺 立春に逢い
葫蘆河上淚霑巾 葫蘆河上 涙巾を沾す
閨中衹是空相憶 閨中只是れ 空しく相憶うも
不見沙場愁殺人 沙場の人を愁殺するを見ず
岑参の陣営からも、軍役を終えて長安へ帰る人がいました。岑参は、これらの一人に対して送別の詩として、「人の京に還るを送る」という詩を送りました。喜び勇んで、鳥と争うように馬を飛ばして帰る友人にと比較することにより、取り残される我が身の寂しさを、巧に表しております。
匹馬西從天外歸 匹馬西の方 天外より帰える
揚鞭衹共鳥爭飛 鞭を揚げて 衹鳥と飛を争う
送君九月交河北 君を送る 九月 交河の北
雪裏題詩淚滿衣 雪裏 詩を題して涙衣に満つ
岑参は、又、「虢州の後亭にて李判官の使いして晉絳に赴くを送る」という詩を作っております。「秋を得たり」と書かれていることから、送別会で、くじ引きで韻字に「秋」を使うこととなり作ったものと考えられます。
西原驛路掛城頭 西原
驛路
城頭を掛く
客散紅亭雨未收 客散じ紅亭
雨未だ收まらず
君去試看汾水上 君去りて試みに汾水の上を看る
白雲猶似漢時秋 白雲
猶 漢時の秋に似たり
西域での生活が長引くにつれ、家族への思いはつのるばかりでした。その思いは「北庭に赴かんとして隴を度って家を思う」に著されております。家族との手紙も途絶えがちであったようです。
西向輪臺萬里餘 西
輪台に向かうこと万里余
也知鄉信日應疎 也知る 郷信の日に応に疎そなるべきを
隴山鸚鵡能言語 隴山の鸚鵡
能く言語す
中国においては、重陽の節句に、一家で高い山に登り、菊酒を飲んで幸せと長寿を願う習慣がありました。しかし辺境に手はそれもままならず、岑参は「九日長安の故園を思う」という作り、望郷の念を表しました。この詩を紹介いたします。
強欲登高去 強いて高きに登りて去らんと欲すれば
無人送酒來 人の酒を送りて來たる無し
遙憐故園菊 遙かに憐れむ故園の菊
應傍戰場開 応に戰場に傍いて開くなるべし
このようにして西域で軍功を立てることを目的として八年間を過ごした岑参でしたが、その願いも叶わず、長安に帰ることになりました。帰る途中、酒泉の陣営に寄りそのもてなしを受けました。陣営の将軍は景気を付けるために、鼓を撃ち剣舞を行いました。しかし、底に聞こえてきたのは異民族の悲し笛の曲。一座のものは、断腸の重いに堪えきれず、雨のように涙を流しました。この時の詩「酒泉の太守席上醉後の作」