前書き
『林園月令』は、江戸時代の漢詩人・書家である館柳湾が編纂した書であるが、国会図書館から「ディジタルコレクション」として公開されている。
このうち、第一編の「七言絶句」について、「捜韻」を使って復元し、原文の訓読文に従って読み下しを行った。「捜韻」と異なる部分があるが、原文を尊重すること、「捜韻」では読み下せない部分がある事に鑑み、原文に従ったが、部分的に不鮮明なところがあり、適宜補った。語釈は、いずれ着けるつもりであるが、多の作業もあり、同様の研究を行っている方のために公開するものである。
人口に膾炙しているものについては、通常の読み下しにしたが、多は原文に忠実に読み下したと思っている。しかし、作業途中の物であるので、間違いもあるかも知れず、参考資料として利用されたい。
２段階に渡って折りたたんであるが、適宜展開して利用されたい。
（２０２１年１１月３日）
読み下し文を見直すと共に、語釈を追加した。
（２０２３年８月２５日）
氣融煙塢晚來明 気は 煙塢を融して 晚来 明かなり
逢草逢花報發生 草に逢い 花に逢い 生を発するを報ず
【語釈】
○春郊…春の郊外。○冰渠…氷の張った溝。○漸…次第次第に。○煙塢…靄のかかった村落。○晚來…夕方になってから。○東風…春風。○陽和…春天。
花枝草蔓眼中開 花枝 草蔓 眼中に開く
小白長紅越女腮 小白 長紅 越女の腮
嫁與春風不用媒 春風に 嫁するに 媒を用いず
【語釈】
○南園…李賀の故郷、河南省洛陽市宜陽県の南園。○草蔓…草のつる。○越女…越（浙江省）の女。美人が多い。○可憐…感嘆の言葉。ああ。○嫣香…なまめかしい色香。○媒…仲人。
（参考文献） 『漢詩大系 １３』
韋曲城南錦繡堆 韋曲 城南 錦繡堆し
千金不惜買花栽 千金を惜まず 花を買いて栽ゆ
誰知豪貴多羈束 誰か知らん 豪貴 羇束多くして
落盡春紅不見來 春紅を落尽くするも 見来たらず
【語釈】
○韋曲…長安の南にあった地名。○錦繡…錦の刺繍をした織物。○豪貴…極めて三分の高い人。○羈束…拘束。○春紅…春天の花朶。
白晝偶成芳草夢 白昼 偶ゝ成す
芳草の夢
起來幽興有新詩 起き来たりて 幽興 新詩有り
風簾不動黄鸝語 風簾 動かず
黄鸝 語り
坐見庭花日影移 坐して見る 庭花の 日影の移るを
【語釈】
○幽興…奥ゆかしい興趣。○風簾…窓を覆うカーテン。○黄鸝…コウライウグイス。
黄金蔌蔌滿垂楊 黄金
蔌々として 垂楊に満つ
尚有春寒到畫堂 尚お
春寒の 画堂に到る有り
酒力漸銷歌扇怯 酒力 漸く銷え 歌扇 怯ゆ
入簾飛雪带梅香 簾に入る飛雪 梅香を帯ぶ
【語釈】
○黄金…柳の黄色い芽。○蔌蔌…やつれたさま。○春寒…春の初めの残寒。○酒力…酒が人を酔わす力。○漸…次第次第に。○歌扇…歌舞の時に用いる扇。
春草門前已沒靴 春草 門前 已に靴を沒す
更無人過野人家 更に 人の 野人の家に 過ぎる無し
離離細竹時聞雨 離々たる細竹 時に雨を聞き
淡淡輕烟不隔花 淡々たる軽煙 花を隔てず
【語釈】
○野人…官に就かず郊外に住む人。○離離…草木の繁茂しているさま。○淡淡…薄いさま。○輕烟…薄い霞。
暖入金溝細浪添 暖は 金溝に入りて
細浪添う
賣花聲動天街遠 花を売る声
動いて 天街遠し
幾處春風揭繡簾 幾処の春風
繡簾を揭ぐ
【語釈】
○梁園…皇室の庭園。○金溝…宮城の堀。○細浪…さざ波。○津橋…橋梁。○纖纖…か細いさま。○天街…宮城中の道。○繡簾…刺繍をした簾。
要嘱園丁取折枝 園丁に嘱め 折枝を取るを要す
紅桃白李紫薔薇 紅桃 白李 紫薔薇
石函橋畔人煙晚 石函橋畔 人煙の晚
挑得春光一擔歸 春光 一擔を 挑げ得て帰る
【語釈】
○西湖…浙江省杭州市の近くにある風光明媚な湖。○壯遊…大志を抱いて遠くへ旅すること。○即事…事に触れてそのままを詠った詩。○石函橋…石造りのアーチ橋。○人煙…炊事の煙。○春光…春景色。春の気配。○擔…担いだ荷物の単位。○挑…担う。
淺淺春風尚帶寒 浅々たる春風 尚お 寒を帯ぶ
日斜香篆半燒殘 日斜めにして
香篆 半ば焼残す
杏花一樹開如錦 杏花 一樹
開きて錦の如し
怕觸啼鶯不倚闌 触るるを怕れ 啼鶯 闌に倚らず
【語釈】
○淺淺…そよ風が吹くさま。○香篆…篆書の形をした香。○燒殘…燃え尽きる。○闌…欄干。
滿山筍蕨滿園茶 満山の筍蕨 満園の茶
一樹紅花間白花 一樹の紅花 白花に間る
大抵四時春最好 大抵 四時 春 最も好し
就中尤好是山家 就中 尤も好きは 是れ 山家
【語釈】
○筍蕨…タケノコと蕨。○四時…四季。
詩家清景在新春 詩家の清景は
新春に在り
綠柳纔黃半未勻 綠柳 黃 纔にして 半ば 未だ 勻からず
若待上林花似錦 若し 上林花 錦に似たるを待たば
出門俱是看花人 門を出ずれば 俱に是れ 花を看る人ならん
【語釈】
○清景…澄み切った美しい眺め。○嫩…若く柔らか。○色未勻…柳の緑色が浅く、十分色づいていない。○上林…漢の武帝が開いた苑で、転じて天子の御苑。
（参考文献） 『和漢名詞選類評釈』
一二三四五六七 一二三四五六七
萬木生芽是今日 万木 芽を生ずるは 是れ 今日
遠天歸雁拂雲飛 遠天の帰雁 雲を払って飛び
近水遊魚迸冰出 近水の遊魚 氷を迸らせて出ず
【語釈】
○歸雁…北方に帰って行く雁。
新曆才將半紙開 新曆 才に 半紙を将て開く
小庭猶聚爆竿灰 小庭 猶お 聚む 爆竿の灰
偏憎楊柳難鈐轄 偏に憎む 楊柳の 鈐轄し難きを
又惹東風意緒來 又
東風の 意緒を惹き来たる
【語釈】
○新曆…新しい暦と年。○爆竿…爆竹。新年に爆竹で邪気を払う習慣があった。○鈐轄…司会、統率。○意緒…心意。情緒。
戴星先捧祝堯觴 星を戴いて
先ず捧ず 祝尭の觴
鏡裏堪驚兩鬢霜 鏡裏 驚くに堪えたり
両鬢の霜
好是燈前偷失笑 好し是れ 灯前 失笑するを愉まん
屠蘇應不得先嘗 屠蘇 応に 先ず 嘗むることを得ざるべし
【語釈】
○祝堯觴…理想の皇帝堯を祝う酒の觴。○應…「まさに～すべし」と読み「必ず～しなければならない」の意。
省事天公厭兩回 事を省く天公 両回を厭い
新年春日併相催 新年 春日 併せて相催す
殷勤更下山陰雪 殷勤にす
更に山陰の雪を下して
要與梅花作伴來 梅花と伴を作し 来らんことを要す
【語釈】
○次韻…同じ韻字を同じ順序で用いて詩を作ること。○秦少游…秦觀。北宋の文人。高郵（江蘇省）の人。蘇軾の弟子、すぐれた抒情詩を多く残した。○元日立春…元日と立春が重なること。○天公…天（の神）。○兩回…（元日と立春）の両方にやってくる。
雪裏猶能醉落梅 雪裏 猶お能く 梅に酔う
好營杯具待春來 好し 杯具を営め 春の来るを待つ
東風便試新刀尺 東風 便ち 新たに 刀尺を試み
萬葉千花一手裁 万葉 千花 一手に裁す
【語釈】
○雪裏…雪の中。○東風…春風。○刀尺…衣服を製作する。○裁…裁縫で縫い上げる。
綵燕雙簪翡翠翹 綵燕の双簪 翡翠の翹
巧裁銀勝試春韶 巧に銀勝を裁ちて 春韶を試む
東風已到闌干北 東風 已に到る 闌干の北
看見嬌黄上柳條 看見ん 嬌黄の柳條に上るを
【語釈】
○綵燕…燕の模様の彩り。○雙簪…二つのかんざし。○翹…鳥の尾羽。○銀勝…銀箔を人の形に切って飾りとした髪飾り。○春韶…春を告げる。○東風…春風。○嬌黄…なまめかしい黄色。柳の若芽。
才見池痕認得春 才かに池痕を見て
春を認め得たり
香沁綵鞭旗脚轉 香は綵鞭に沁みて 旗脚転ず
自題蘭帖記春新 自ら蘭帖に題して春の新たなるを記す
【語釈】
○池痕…池の波。○吹皺…風に吹かれて波が生じること。○粼粼…水がすきとおって石が見えるさま。○綵鞭…彩られた鞭。○旗脚…旗の足。○蘭帖…彩られた紙。
小桃枝上認年華 小桃枝上 年華を認むれば
隨分紅開一兩花 分に従いて 紅は開く 一両花
將謂春風只城市 将て謂えり 春風 只だ 城市と
也吹春色到山家 也た春色を吹いて 山家に到ると
【語釈】
○小桃…桃の一種で早春に咲く。○年華…春光。○一両花…一二の花。○春色…春景色。
春風無力柳條斜 春風 力無く 柳條 斜めなり
新草微分一抹沙 新草 微かに分かつ 一抹の沙
欲向主人借鋤插 主人に向って
鋤插を借り
掃開殘雪種梅花 開きて残雪を掃いて 梅花を種えんと欲す
【語釈】
○鋤插…すき。
二月二日新雨晴 二月二日 新雨 晴れ
草芽菜甲一時生 草芽 菜甲
一時に生ず
輕衫細馬春年少 軽衫 細馬 春の年 少なり
十字津頭一字行 十字の津頭 一字に行く
【語釈】
○菜甲…野菜の最初の葉の芽。○輕衫…軽い衣服。○細馬…小型の馬。
庭前春鳥啄林聲 庭前の春鳥 林を啄む声
紅夾羅襦縫未成 紅夾 羅襦 縫うこと未だ成らず
今朝社日停針線 今朝 社日 針線を停め
起向朱櫻樹下行 起きて 朱桜に向かい 樹下を行く
【語釈】
○吳楚歌詞…長江中下流一帯の歌。○紅夾…紅色の裏地付き。○羅襦…絹製の短衣。○社日…（春の）祭りの日。
鵝湖山下稻粱肥 鵝湖山下
稲粱肥ゆ
豚柵雞棲半掩扉 豚柵 雞棲 半ば扉を掩す
桑柘影斜春社散 桑柘 影 斜めにして春社 散じ
家家扶得醉人歸 家々 酔人を 扶け得て帰る
【語釈】
○社日…土地神を祀る日。立春後第五の戌の日を春社、立秋後第五の戌の日を秋社という。○鵝湖山…荷湖山ともいう。信州鉛山県、現在の江西省鉛山県にある山。○稻梁肥…晩秋の豊作をいう。梁は穀物。○豚穽…豚を飼っているところ。穽は、穴。豚は坑(あな)で飼われていた。○鷄塒…鶏を飼っているところ。塒は、鳥のねぐら。○桑柘…桑の木。やまぐわ。○影斜…夕暮れをいう語。
（参考文献） 『三体詩』
南浦東岡二月時 南浦 東岡 二月の時
物華撩我有新詩 物華 我を撩し 新詩有り
含風鴨綠粼粼起 風を含む鴨は
緑にして 粼々として起こり
【語釈】
○南浦…南側の水辺。○物華…自然の景物。○粼粼…水がすきとおって石の見えるさま。○鵝黄…芽吹いた柳。○裊裊…ゆらゆらするさま。
竹笋初生黄犢角 竹笋 初めて生ず 黄犢の角
蕨芽已作小兒拳 蕨芽 已に作す
小兒の拳
試尋野菜炊香飯 試みに 野菜を尋ねて 香飯を炊けば
便是江南二月天 便ち 是れ 江南 二月の天
【語釈】
○観化…変化を観察する。○竹笋…タケノコ。○黄犢…黄色い子牛。○蕨芽…蕨の芽。○江南…長江下流の南岸地方。
海棠雨後沁臙脂 海棠 雨後 臙脂を沁たし
楊柳風前撚綠絲 楊柳 風前 緑糸を撚る
香篆結雲深院靜 香篆 雲を結びて 深院 静かなり
去年今日燕來時 去年の今日 燕 来たりし時
【語釈】
○社日…（春の）祭りの日。○臙脂…化粧や絵に使われる赤色の顔料。○香篆…篆書のように曲がった香の煙。○深院…奥深いところにある中庭。
晴煙膏露若為容 晴煙 膏露 若為にか容ずくらん
莫怨五更風色惡 怨む莫かれ五更 風色の悪きを
開花原是落花風 開花は
原と是れ 落花の風
【語釈】
○花朝…花朝節。旧暦二月十五日。○晴煙…晴れたかすみ。○膏露…甘露。○若為…如何に。どのようにして。○香苞…良い香りのする花苞。○曉紅…朝焼け。○五更…夜明け前。○風色…風の気配。○原…もともと。
妬花風雨怖難銷 花を妬む風雨 淚 銷し難し
偶逐晴光撲蝶遙 偶ゝ 晴光を逐いて 蝶を撲すること遙かなり
一半春隨殘夜醉 一半の春は
残夜の酔いに隨い
卻言明日是花朝 卻って言う 明日 是れ 花朝なりと
【語釈】
○花朝…花朝節。旧暦二月十五日。○殘夜…夜が尽きようとするとき。
青青南陌柳如絲 青々 南陌 柳 糸の如し
柳色鶯聲晚日遲 柳色 鴬声
日 晚るること遅し
何處最傷遊客思 何れの処か
最も遊客の思いを傷ましむ
春風三月落花時 春風 三月 落花の時
【語釈】
○陌上…道の上。○南陌…南側の道路。○遊客…旅人。
草樹知春不久歸 草樹 春の久しく帰らざるをを知りて
【語釈】
○百般…各種各様。○芳菲…花のよい匂い。○楊花…柳絮。○榆莢…ニレの実。○才思…才気と思慮。○解…離ればなれになる。○漫天…満天。空一杯。
擁鼻侵襟花草香 鼻を擁し 襟を侵して 花草香し
高臺春去恨茫茫 高台 春 去りて 恨み茫々
蔫紅半落平池晚 蔫紅 半ば落ちて 平池は晚れ
曲渚飄成錦一張 曲渚 飄えり成す 錦一張
【語釈】
○韋家…不祥。○擁鼻…鼻を蔽う。○茫茫…果てしないさま。○蔫紅…鮮やかな赤色の花。○曲渚…曲がったなぎさ。○錦一張…錦の旗一つ。
寒食尋芳遊不足 寒食 芳を尋ね 遊びて足らず
溪亭還醉綠楊煙 溪亭 還た酔う 緑楊の煙
誰家花落臨流樹 誰が家にか花は落つ 流れに臨む樹
數片殘紅到檻前 数片の残紅 檻前に到る
【語釈】
○溪亭…渓にある亭。○寒食…当時から百五日目。この日と前後の三日間は、火を使わない風習があった。○残紅…散った花。○檻前…欄干の前。
睡足高簷春日斜 睡 足りて 高簷 春日斜めなり
樓邊綠樹飛紅盡 楼辺の緑樹 飛びて 紅 尽き
【語釈】
○高簷…高いノキ。○碾聲…石うすの音。○小龍茶…茶葉を精製して竜の形に丸めた物。○春色…春景色。春の気配。○薺花…ナズナの花。
曉風池沼水瀾翻 曉風 池沼 水瀾 翻り
春盡淮南麥秀寒 春
尽きて 淮南 麥秀の寒
院落無人日亭午 院落 人無くして 日は亭午
柳花如雪滿闌干 柳花 雪の如く
闌干に満つ
【語釈】
○水瀾…水の波。○淮南…安徽省の中部。○麥秀寒…麦の伸びるころ不意に来る寒さ。○院落…屋敷の中の中庭。○亭午…正午。○柳花…柳絮。
燕子來時春又休 燕子 来たる時 春又休む
暖風吹綠上枝頭 暖風 緑を吹いて 枝頭に上る
繡簾不隔荼蘼月 繡簾 隔たず 荼蘼の月
香影無人自入樓 香影 人無く 自ら 楼に入る
【語釈】
○燕子…家燕。○繡簾…刺繍を施したカーテン。○荼蘼…バラ科の植物。○香影…美しい月の光。
篷窗恰受夕陽明 篷窓 恰も 夕陽を受けて 明らかなり
楊柳梨花半月程 楊柳 梨花 半月の程
老去不知寒食近 老 去りて 寒食の近きを知らず
一篙烟水載春行 一篙の煙水 春を載せて行く
【語釈】
○清明…淸明節、二十四節気の一つ。春分のあと一五日目、新暦の四月五、六日ごろに当たる。○次…宿泊する、留まる（多くは舟）。○呉門…甘粛省甘谷県。○寒食…冬至から一○五日目。この日と前後の日、三日間は火を使うのを禁じて、火を使わない食事とする習慣があった。○一篙…一棹ほどの深さ。○烟水…靄を含んだ水。
（参考文献） 『和漢名詞選類評釈』
街頭女兒雙髻鴉 街頭の女兒 双髻鴉
隨蜂趁蝶學夭邪 蜂に従い 蝶を趁いて夭邪を学ぶ
東風也作清明節 東風 也た 清明節を作して
開遍來禽一樹花 開遍す 來禽 一樹の花
【語釈】
○清明…淸明節、二十四節気の一つ。春分のあと一五日目、新暦の四月五、六日ごろに当たる。○雙髻鴉…髪を左右に分けて角形に結った髪型。あげまき。○夭邪…あやしくよこしまなこと。○東風…春風。○開遍…遍く開く。○來禽…リンゴ。
東湖東畔柳枝長 東湖の東畔 柳枝長し
滿苑飛花亂夕陽 苑に満つる 飛花 夕陽を乱す
何處祓除兒女散 何れの処に
除を払う 兒女散ずるや
過來流水鬱金香 過ぎ来たる 流水 鬱金香
【語釈】
○次韻…同じ韻字を同じ順序で使って詩を作ること。○湖北省武漢市武昌の東郊にある湖。○飛花…柳絮。○祓除…穢れを祓い除く。○鬱金香…ウコンの香り。
小窗新綠著枝輕 小窓の新緑 枝に著いて 軽し
寒逐東風陣陣生 寒は
東風を逐いて 陣々として生まる
燕子不來花落盡 燕子は来たらず 花は落ちて尽き
一簾疏雨又清明 一簾の疏雨 又
清明
【語釈】
○清明…淸明節、二十四節気の一つ。春分のあと一五日目、新暦の四月五、六日ごろに当たる。○東風…春風。○陣陣…とぎれとぎれに続くさま。○燕子…家燕。○一簾…「ひとさめ」で雨の単位。○疏雨…疎らな雨。
語恨飛遲天欲明 語は恨み 飛ぶこと遅く 天 明けんと欲す
殷勤似訴有餘情 殷勤に 訴えるに似て 余情有り
仁風已及芳菲節 仁風
已に及ぶ 芳菲の節
猶向花溪鳴幾聲 猶お 花溪に向いて 鳴くこと幾声
【語釈】
○武相公…不祥。○仁風…恵みを与える風。○芳菲節…花草の盛んな季節。
春雲薄薄日輝輝 春雲は薄々 日は輝々
宮樹煙深隔水飛 宮樹 煙 深くして 水を隔だてて飛ぶ
應爲能歌繫仙籍 応に 能く歌の仙籍に繋ぐるが為に
麻姑乞與女真衣 麻姑 女真の衣を 与うことを乞うべし
【語釈】
○黃鶯…コウライうぐいす。○薄薄…薄いさま。○輝輝…光輝くさま。○煙…霞。○應…「まさに～すべし」と読み「必ず～しなければならない」の意。○仙籍…仙人世界。○麻姑…神話中の仙女の名。○女真…女道士。
幽院纔容箇小庭 幽院 纔に容る 箇の小庭
疎篁低短不堪情 疎篁 低短 情に堪えず
春來猶賴鄰僧樹 春来 猶お 鄰僧の樹に賴りて
時引流鶯送好聲 時に 流鶯の 好声を送るを引く
【語釈】
○幽齋…静かな座敷。○幽院…奥深く静かな庭。○
曉寒顧影惜金衣 曉寒に 影を顧て 金衣を惜しむ
著意聽時不肯啼 意に著いて 聽く時 肯えて啼かず
飛入柳陰多去處 飛びて 柳陰多き処に入りて去る
數聲只許落花知 数声 只だ 許す 落花の知るを
【語釈】
○玉田…美田。○金衣…黄色の鳥の羽。○著意…心にとめる。
栁花如雪滿春城 栁花 雪の如く
春城に満つ
始聽東風第一聲 始めて聽く
東風 第一声
夢裏江南舊時路 夢裏 江南
旧時の路
【語釈】
○黄鶯…コウライうぐいす。○栁花…柳絮。○東風…春風。○夢裏…夢の中。○江南…長江中下流の南岸地帯。○煙雨…霧雨。○分明…はっきりする。
正愁春去對春風 正に愁う 春 去りて 春風に対するを
忽聽鶯啼碧樹叢 忽ち聽く 鴬の 碧樹の叢に啼くを
無數飛花向簾幕 無数の飛花 簾幕に向い
將愁盡入一聲中 愁いを将って 尽く入る 一声の中
【語釈】
○簾幕…すだれと幕。
朱雀橋邊野草花 朱雀橋辺 野草の花
烏衣巷口夕陽斜 烏衣巷口 夕陽 斜めなり
舊時王謝堂前燕 旧時の王謝 堂前の燕
飛入尋常百姓家 飛んで尋常 百姓の家に入る
【語釈】
○烏衣巷…金陵城（南京）の南側、秦淮区の白鷺洲公園のすぐ西側にある町内の名。○朱雀橋…南京城の南にある秦淮河の上の浮橋の名。○巷口…路地の入り口。○舊時…過ぎ去った昔。○王謝…王導や謝安を出した南朝の名族。○堂前…大きい建物の前。○尋常…普通の。○百姓…庶民。
（参考文献） 『唐詩三百首』
不知大廈許栖無 知らず
大廈 栖を許すや無や
頻已銜泥到座隅 頻りに 已に泥を銜えて 座隅に到る
曾與佳人竝頭語 曽て 佳人と 頭を並べて語り
幾回拋却繡工夫 幾回か 拋却す
繡工夫
【語釈】
○燕子…家燕。○大廈…広大な房屋。○座隅…座席の傍。○拋却…抛つ。○繡工夫…刺繍に費やす努力と時間。
初見梁間新 初めて見る 梁間 牖戶の新たなるを
銜泥已復哺雛頻 泥を銜え 已に復た 雛を哺すること頻りなり
只愁去遠歸來晚 只だ愁う
去ること遠く 帰来の晚きを
不怕飛低打著人 怕れず 飛ぶこと低く 人に打著するを
【語釈】
○梁間…梁の間。○牖戶…屋舎。ここでは燕の巣。○打著…ぶつかる。
燕子來時春雨香 燕子 来る時 春雨 香し
燕子去時秋雨涼 燕子 去る時 秋雨 涼し
鴛鴦一生不作客 鴛鴦 一生 客と作らず
夜夜不離雙井塘 夜々離れず
井塘に双ぶ
【語釈】
○燕子…家燕。○鴛鴦…オシドリ。○客…旅人。○井塘…わき水のある池。
初來如報社前春 初めて来たりて 社前に 春を報ずるが如し
好宿茅簷伴客身 好し
茅簷に宿し 客身に伴うに
莫入江南舊庭院 入る莫かれ 江南の旧庭院
杏花風雨總無人 杏花 風雨
総て人無し
【語釈】
○茅簷…茅吹きののき。○客身…旅人。○江南…長江中下流の南岸地方。○庭院…中庭。
别時嫌早到嫌遲 别時は早きを嫌い 到るは遅きを嫌う
【語釈】
○繡户…彫刻や絵で飾られた立派な家。○珠簾…玉すだれ。○路岐…道筋の別れたところ。○主家…主人の家。○毛羽…ひな鳥。○雕梁…彫刻を施したはり。
暫逐東風別海涯 暫く 東風を逐いて 海涯に別る
去年營壘是誰家 去年
塁を営むは 是れ 誰が家ぞ
春光浪信江南好 春光 浪に信す 江南の好きを
到得江南又落花 江南に到り得たれば 又 落花
【語釈】
○東風…春風。○海涯…海辺。○壘…巣のこと。○春光…春景色。○江南…長江中下流の南岸地方。
社日方過花正肥 社日 方に過ぎて 花 正に肥えたり
柴屝暫啓元無事 柴屝 暫く啓く 元 事無し
恐有樑間燕子歸 恐らくは 樑間に
燕子の帰る有らんことを
【語釈】
○社日…（春の）村祭りの日。○閑庭…閑かな庭。○苔衣…鮮やかな苔。○柴屝…柴で作った粗末な扉。○燕子…家燕。
壽陽公主嫁時妝 寿陽公主 嫁時の妝
八字宮眉捧額黃 八字の宮眉 額黃を捧す
見我佯羞頻照影 我を見て 佯り羞じ 頻りに影を照らす
不知身屬冶遊郎 知らず
身は 冶遊郎に属するを
【語釈】
○壽陽公主…南朝の宋の武帝の娘。美人であった。○宮眉…宮中で流行している眉墨の描き方。○額黃…六朝時代の女性がした額に黄色を施す化粧。○照影…鏡の中の像を見る。○冶遊郎…娼婦。
佳人偸眼再三看 佳人 眼を偸み 再三 看る
莫言翼短飛長近 言う莫かれ
翼短くして 飛ぶこと長く近しと
試向花間捉也難 試みに
花間に向いて 捉るも 也た難し
【語釈】
○苒苒…しなやかなさま。○雙雙…つがいのさま。○畫欄…画で飾った欄干。○偸眼…こっそりと見る。
栩栩無因繫得他 栩々 他を繫ぎ得るに因し無し
野園荒徑一何多 野園の荒径 一えに何ぞ多き
不聞絲竹誰教舞 糸竹を聞かず
誰か 舞を教う
應仗流鶯又唱歌 応に 流鶯の 又
唱歌するに仗るべし
【語釈】
○栩栩…喜びに満ちた自己満足のさま。○荒徑…荒れた道。○糸竹…管弦。音楽。○應…「まさに～すべし」と読み、「きっと～であるに違いない」の意。○流鶯…木々の間を飛び回るうぐいす。
故園蛺蝶最多種 故園の蛺蝶 最も
種 多し
百草長時花亂開 百草
長ずる時 花 乱れ開く
窮巷春風元不到 窮巷 春風
元 到らず
一雙誰遣過牆來 一双
誰か 牆を過ぎて来たらしむ
【語釈】
○故園…故郷。○窮巷…行き止まりの小さな道。○一双…ひとつがい。
何處輕黄雙小蝶 何処の軽黄ぞ 双小蝶
翩翩與我共徘徊 翩々 我と共に徘徊す
綠陰芳草佳風月 綠陰
芳草 佳風月
不是花時也解來 是れ 花の時ならざるも 也た 解く来たる
【語釈】
○輕黄…淡い黄色。○翩翩…身が気軽に飛ぶさま。
春山處處客思家 春山 処々 客 家を思う
淡日邨煙酒斾斜 淡日 村煙 酒斾 斜めなり
蝴蝶不知人事别 蝴蝶は知らず 人事の别れ
繞牆閒弄紫藤花 牆を繞りて 閑に弄す 紫藤花
【語釈】
○客…旅人。○酒斾…酒屋の目印の旗。○紫藤花…藤の花。
欲歇還休却又飛 歇んと欲して 還た休め 却って 又 飛ぶ
芙蓉葉底戀秋暉
芙蓉の葉底 秋暉を恋う
自知翅粉渾銷盡 自ら知る 翅粉 渾て 銷じ尽くすを
羞近尊前舞女衣 羞ず 尊前 舞女の衣に近ずくを
【語釈】
○芙蓉…蓮。○秋暉…秋の陽光。○翅粉…ツバサの粉。
不論平地與山尖 平地と山尖とを 論ぜず
無限風光盡被占 限り無き風光 尽く占めらる
採得百花成蜜後 百花を採り得て 蜜 成るの後
爲誰辛苦爲誰甜 誰が為に辛苦し
誰が為に甜し
【語釈】
○山尖…山頂。○風光…風景。
★蜂 蜂 明 郭 登
花花華華競採花 花々 華々 競いて
花を採り
知他有甚經綸處 知る 他に甚の 経綸の処か有る
也向潮時報兩衙 也た 潮時に向いて両衙を報ず
【語釈】
○華華…花々。○蜜房…蜜蜂の巣。○課…課税。○經綸…国家を治める意思と才能。○兩衙…二つの役所。
雨餘林外夕煙沈 雨余の林外 夕煙 沈む
忽有蛙聲伴客吟 忽ち 蛙声の客吟を伴う 有り
莫怪聞時倍惆悵 怪む莫かれ 聞く時 倍ゝ惆悵するを
稚圭蓬蓽在山陰 稚圭が蓬蓽 山陰に在り
【語釈】
○西京道…長安を中心とする地方。○雨餘…雨上がり。○夕煙…夕靄。○客吟…旅人の歌。○惆悵…嘆き悲しむ。○稚圭…孔稚珪。南朝齊の会稽山陰の人。都官尚書に至ったが、文と酒を好み、世事を楽しまなかった。○蓬蓽…貧賤の人の住居。
越國車前矜勇甚 越国の車前 勇に矜ること甚しく
子陽井底太驕生 子陽の井底
太だ生を驕れり
來時不羨雲溟樂 来たる時
羨まず 雲溟の楽
口作儀同鼓吹聲 口に作す 儀同 鼓吹の声
【語釈】
○越國…越（蘇州）の国。○子陽…東漢の公孫述。王莽の乱の時、蜀で自立したが光武帝に敗れて死亡した。○雲溟…雲が空を覆って暗いこと。○儀同…元勲者を優待して賜った、職務の無い高官。○鼓吹…演奏楽曲。
南州溽暑醉如酒 南州の溽暑 酔うこと酒の如し
隱几熟眠開北牖 几に隱りて 熟眠 北牖を開く
日午獨覺無餘聲 日午 独り覚むれば 余声無く
山童隔竹敲茶臼 山童
竹を隔てて 茶臼を敲く
【語釈】
○夏晝偶作…夏の昼に、たまたま作った詩。○南州…南国の永州、作者が左遷された先の地。○溽暑…蒸し暑いこと。○隠…よりかかる。○几…机。○北牖…北側の窓。○牖…れんじ窓。○日午…正午。○餘声…ほかの物音。丸う茶臼…茶の葉をひいて抹茶にするのに用いるひき臼。
（参考文献） 『三体詩』
綠樹陰濃夏日長 緑樹
陰 濃やかにして 夏日し
樓臺倒影入池塘 楼台
影を倒しまにして 池塘に入る
水精簾動微風起 水精の簾 動い て微風起り
滿架薔薇一院香 満架の薔薇 一院 香し
【語釈】
○山亭…山の別荘。○陰濃…木々の葉が生い茂って暗くなっていること。○池塘…大きな池。○一架…棚一杯の。○薔薇…バラ。○滿院…中庭一杯。
（参考文献） 『漢詩鑑賞辞典』
竹低莎淺雨濛濛 竹低れ
莎浅く 雨濛々
小檻幽窗暑月中 水檻 幽窓 暑月の中
有境牽懷人不會 境の懷を牽く人 有るも会せず
東林門外翠橫空 東林門外
翠 空に橫わる
【語釈】
○莎…はますげ。○濛濛…煙るようにもやっとしているさま。○水檻…水のほとりの手すり。○幽窗…静かな窓。○東林…東辺の林。東林寺を指すこともある。○空…大空。
榴花映葉未全開 榴花 葉に映じ
未だ全くは開かず
槐影沉沉雨勢來 槐影 沉々 雨勢来る
小院地偏人不到 小院
地は偏にして 人到らず
滿庭鳥迹印蒼苔 満庭の鳥迹 蒼苔に印す
【語釈】
○西斎…西側の書斎。○即事…事にふれて、その場に応じて詩を作ること。○榴花…ザクロの花。○槐影…エンジュの木の影。○沈沈…草樹の茂っているさま。○雨勢…あまけ。○地偏…市街から離れていること。○鳥迹…鳥の足跡。○蒼苔…青い苔。○印…印を押したように標す。
窗外新篁一尺圍 窓外の新篁 一尺団
正午雲橋疎雨過 正午
雲橋 疎雨過ぎ
冬青花上蜜蜂歸 冬青
花上 蜜蜂帰る
【語釈】
○小牀…小型の臥具。○蘄竹を編んで作ったむしろ。○新篁…新しい竹。○雲橋……橋のアーチのような雲。○疎雨…まばらな雨。
無數山蟬噪夕陽 無数の山蟬
夕陽に噪ぐ
高峰影裏坐陰涼 高峰影裏 陰涼に坐ず
石邊偶看清泉滴 石辺 偶たま看る 清泉の滴るを
風過微聞松葉香 風過ぎて
微かに聞く 松葉の香
【語釈】
○閒坐…閑かに坐る。○陰涼…物陰で涼しくて爽やかなところ。○聞…臭いをかぐ。
碧窗晝寂幽意長 碧窓
昼 寂として 幽意長し
竹陰滿地琴尊涼 竹陰
地に満ち 琴尊涼し
輕雷送雨遠不到 軽雷
雨を送り 遠く到らず
雪白水花生晚香 雪白く
水花 晚香を生ず
【語釈】
○水軒…水辺の家屋。○寂…静かでひっそりしたさま。○幽意…物静かな思。○満地…地面一杯。○琴尊…琴と酒樽、文士が悠閑の生活を送る道具。○輕雷…大きくない雷の音。○雪白…雪のように白い。○晚香…寺院で夕方に焚く香のようなかおり。
中庭日午橘花開 中庭
日午 橘花 開く
蜂蝶何知故故來 蜂蝶 何くに知りて 故々に来たる
亂飄香雪點蒼苔 飄る香雪 乱れて 蒼苔に点ず
【語釈】
○雜興…さまざまな感興。○南薰…南風。○殿角…殿堂の角。○香雪…白色の花。○蒼苔…青い苔。
綠蔭松蘿暑氣涼 緑蔭 松蘿 暑気涼し
清泉瀉入小池塘
清泉 瀉ぎ入る 小池塘
人閑晝永無聊賴 人
閑に 昼 永くして 聊賴無し
一朵荷花滿院香 一朵の荷花
満院 香ばし
【語釈】
○松蘿…サルオガセ。○池塘…池。○無聊賴…安んじたことによることがない。○朵…花の付いた枝。○滿院…中庭一杯。
輕風似與荷花約 軽風 荷花と約するに似たり
為送香來自捲簾 為に
香を送り来りて 自ら簾を捲く
【語釈】
○偶成…たまたま作った詩。○深院…奥まった中庭。○午炎…昼の暑さ。○篆煙…篆字のように曲がって立つ香煙。○淹淹…気力のないさま。○荷花…蓮の花。
長養薰風拂曉吹 長養の薰風 曉を払いて吹き
青蟲也學莊周夢 青虫
也た 莊周の夢を学びて
化作南園蛺蝶飛 化して
南園の 蛺蝶と作りて飛ぶ
【語釈】
○長養…長大。○薰風…なごやかで暖かい風。○漸…次第次第に。○荷芰…蓮と菱。○莊周夢…「荘子」の故事。夢の中で、蝶になり、夢から覚めたとき、夢の中の自分が現実か、現実のほうが夢なのか分からなくなったという説話。○南園…南の園。
庭樹新陰葉未成 庭樹の新陰
葉 未だ成らず
玉階人靜下簾聲 玉階 人 静かにして 簾を下す声
相風不動烏龍睡 相風 動かず 烏龍 睡る
時有幽禽自喚名 時に 幽禽の 自から名を喚ぶ 有り
【語釈】
○新陰…新しい枝葉によってできた木陰。○玉階…玉でできたきざはし。○相風…風向きを観測する機械。○烏龍…犬。○幽禽…姿を見せない鳥。
首夏清和新雨晴 首夏 清和
新たに 雨 晴る
綠莎細軟不妨行 緑莎 細軟にして
行を妨げず
園夫遮道白何事 園夫 道を遮り 何事をか白す
梔子花開斑笋生 梔子 花開き 斑笋生ずと
【語釈】
○首夏…初夏。旧暦四月。○清和…天気が清明で暖いこと。○綠莎…緑のハマナスゲ。○梔子…クチナシ。○斑笋…まだらだけ。
石梁茅屋有彎碕 石梁 茅屋 弯碕 有り
流水濺濺度兩陂 流水
濺々 両陂を度る
晴日暖風生麥氣 晴日
暖風 麦気を生じ
綠陰幽草勝花時 緑陰
幽草 花に勝さる時
【語釈】
○石梁…石橋。○茅屋…茅葺きの家。○彎碕…曲がった岸。○濺濺…水が勢いよく流れるさま。○兩陂…両岸の土手。○麥氣…麦の穂を渡る風の香り。麦の伸びる陰暦四月頃の気候。○花時…花が咲き誇る頃。
（参考文献） 『漢詩鑑賞辞典』
安石榴花猩血鮮 安石
榴花 猩血 鮮かに
凉荷高葉碧田田 凉荷の高葉 碧 田々
鰣魚入市河豚罷 鰣魚 市に入りて
河豚 罷む
已是江南打麥天 已に是れ 江南 打麦の天
【語釈】
○安石榴花…石榴の花。○猩血…鮮やかな紅色。○凉荷…涼しげな蓮の葉。○田田…水草の広い葉が水に浮かんでいるさま。○鰣魚…ニシン科の回遊魚。○河豚…フグ。○江南…長江中下流の南岸地方。○打麥…麦を刈り入れて打つ時節。
子規聲裏雨如煙 子規声裏 雨 煙の如し
潤逼紅綃透客氈 潤いて 紅綃に逼り 客氈を透す
映水黃梅多半老 水に映ずる黃梅 半ば老いたる多し
鄰家蠶熟麥秋天 鄰家 蚕は熟す 麦秋の天
【語釈】
○小滿…二十四節気の第８。五月二十一日ころ。○子規…ホトトギス。○煙…靄。
○紅綃…赤色の絹織物。○客氈…旅寝の布団。○黃梅…熟して色づいた梅。○麥秋…陰暦四月。
東風滿意綠週遭 東風
意に満ち 緑 週遭
乍著單衣脫敝袍 乍ち 単衣を着て 敝袍を脱す
最愛晚涼新浴罷 最も愛す 晚涼 新たに浴し罷みて
坐看春筍過林高 坐して看る 春筍の 林に過ぎて高きを
【語釈】
○首夏…夏の初め、初夏、孟夏。○東風…春風。○週遭…あたり一面。○滿意…意に満ちる。心から満足する。○単衣…ひとえの着物。○敝袍…破れどてら。○春筍…春の筍。
嫩綠團陰暗小門 嫩緑 団陰 小門に暗し
昨夜茅簷雷過雨 昨夜 茅簷 雷 雨を過ごす
階前添鸝籜龍孫 階前 添う 箇の 籜龍孫
【語釈】
○高鸝…コウライうぐいす。○江村…水辺の村。○嫩綠…新緑。○茅簷…萱葺きののき。○階前…きざはしの前。○籜龍孫…竹。
清朝不見小彌天 清朝 見ず 小弥天
竹塢炊茶過午煙 竹塢 茶を炊き 午に過る煙
解是雨花新浴彿 解す 是れ 雨花 新たに彿に浴するを
【語釈】
○永安禪院…不祥。○超無…李至清。常州府江陰の人、四方を遊学し、名士と交流があった。○清朝…清らかな夜明け。○彌天…高い志を持つ人。○竹塢…竹で囲まれた家。○雨花…満天の花。釈迦が説法すると満天の花が降り注いだと言う故事。○浴彿…四月八日、釈迦の誕生日に釈迦像を香辛料で洗う習慣。○諸天…天界の仏の守護神。○洗児錢…子供が生まれた時にお祝いに贈られるお金。
海榴初發雨初晴 海榴 初めて発らき 雨
初めて晴る
香銷夢斷人無那 香
銷じ 夢 断え 人 那ともする無し
聽得新蟬第一聲 聽き得たり
新蟬の第一声
【語釈】
○庭院…中庭。○薰風…温和な風。○枕簟…枕とたかむしろ。○海榴…ザクロ。
池上涼臺五月涼 池上の涼台 五月 涼し
百花開盡水芝香 百花
開き尽くし 水芝 香し
黃金買酒邀詩客 黃金 酒を買い 詩客を邀え
醉倒檐前青玉牀 酔倒す 檐前 青玉の牀
【語釈】
○九華池…不祥。○水芝…蓮の花の別名。○醉倒…泥酔して倒す。○檐前…ノキの前。○詩客…詩を共にする客。○青玉…緑色の蓮の葉。
繰成白雪桑重綠 成して
白雪を繰り 桑 重ねて緑なり
割盡黄雲稻正青 尽く 黄雲を割きて 稲 正に青なり
芳時同此賦林坰 芳時 同じく 此に 林坰に賦す
【語釈】
○邢恕…和叔。鄭州陽武の人。毀誉褒貶を重ねた。○齊安…広東省江門市恩平市。○白雪…白い花びらのこと。○黄雲…成熟した麦稲の形容。○他日…昔日。○玉堂…宮殿。○揮翰…筆で書を書く。○芳時…花の開く時節。○林坰…郊外の林。
★臨平道中 臨平道中 宋 釋道潜
風蒲獵獵弄輕柔 風蒲 猟々 軽柔を弄し
欲立蜻蜓不自由 立たんと欲する蜻蜓 自由ならず
五月臨平山下路 五月
臨平 山下の路
藕花無數滿汀洲 藕花 無数
汀洲に満つ
【語釈】
○臨平…杭州の江西県にある山の名。○風蒲…風に吹かれる蒲の葉。○獵獵…風の吹く声。○軽柔…軽く柔らかなさま。○蜻蜓…とんぼ。○藕花…蓮の花。○汀洲…なぎさと中州。
（参考文献） 『漢詩大系 １６』
榴花角黍鬭時新 榴花 角黍 時新を闘わしむ
今日誰家不酒樽 今日
誰が家か 酒樽あらず
堪笑江湖阻風客 笑うに堪えたり
江湖 風に阻まるる客
却隨蒿艾上朱門 却って
蒿艾に隨いて 朱門に上る
【語釈】
○揚州…江蘇省揚州市。○端午…陰暦五月五日の節句。○趙帥…趙という姓の師、不祥。○榴花…ザクロの花。○黍鬭…ちまき。○時新…そのとき新しく出た品、はしり。○蒿艾…よもぎ。○朱門…高位高官のやしき。
玉堂睡起苦思茶 玉堂に睡起し苦に茶を思う
紅日轉堦簾影薄 紅日 堦に転じ 簾影薄く
一雙蝴蝶上葵花 一双の蝴蝶
葵花に上る
【語釈】
○夏直…夏の宿直。○玉堂…宮殿。○睡起…眠りより起きる。○別院…主たる建物で無い建物。○銅輪…銅製の挽き臼。○露芽…茶の名前。○碾…挽いて粉にする。○紅日…赤い太陽の光。○一雙…ひとつがい。
五月南風化蟪蛄 五月 南風 蟪蛄を化し
野塘晚筍未成蒲 野塘の晚筍 未だ蒲を成さず
檉花落盡紅英細 檉花 落ち尽くして
紅英細く
沙渚鴛鴦半引雛 沙渚の鴛鴦 半ば 雛を引く
【語釈】
○蟪蛄…ニイニイ蝉。○野塘…野原にある池沼。○晚筍…タケノコの一種で地上に出る前に掘り出されるもの。○檉花…カワヤナギの柳絮。○紅英…紅花。○沙渚…砂の渚。○鴛鴦…オシドリ。
溪頭古樹靜垂隂 溪頭の古樹 静かに陰を垂れ
溪水盈盈不受塵 溪水 盈々 塵を受けず
五月江南新雨歇 五月
江南 新雨歇みて
晩風多少納凉人 晩風
多少 納凉の人
【語釈】
○吾尹…不祥。○溪頭…渓のほとり。○盈盈…水の満ちているさま。○江南…長江中下流の南岸地方。○多少…多い。
六月灘聲如猛雨 六月
灘声 猛雨の如し
香山樓北暢師房 香山
楼北 暢師の房
夜深起凭闌干立 夜
深け 起きて 闌干に凭りて立てば
滿耳潺湲滿面涼 耳に満つる
潺湲 面に満つる涼
【語釈】
○灘聲…岩にぶつかる早瀬の音。○香山…香山寺。○暢師…香山寺の高僧の一人、文暢禅師をいう。○潺湲…水の流れる音。
（漢詩大系１２）
紗巾草履竹疎衣 紗巾の草履 竹疎の衣
晚下香山踏翠微 晚に香山を下りて 翠微を踏む
一路涼風十八里 一路
涼風 十八里
臥乘籃轝睡中歸 臥して 籃轝に乗り 睡中に帰る
【語釈】
○香山…香山寺、洛陽の寺の名。○紗巾…薄絹の頭巾。○竹疎衣…竹の繊維を織って作った衣。晚下…日暮れ。翠微…山の八合目。籃輿…竹を編んで作った籠。
（参考文献） 『新釈漢文大系 白氏文集十一』『和漢名詞選類評釈』
僧舍清涼竹樹新 僧舍
清涼にして 竹樹 新たなり
初經一雨洗諸塵 初めて一雨を経て 諸塵を洗う
微風忽起吹蓮葉 微風
忽ち起りて 蓮葉を吹き
青玉盤中瀉水銀 青玉盤中に
水銀を瀉ぐ
【語釈】
○青荷…緑色の蓮の葉。○蘭若…仏教寺院。○青玉盤…碧綠色の蓮の葉の比喩。○水銀…光る露の比喩。
赤日黃埃滿世間 赤日黃埃 世間に満つ
松聲入耳即心閑 松声
耳に入りて 即ち 心 閑かなり
願尋五百仙人去 願わくは
五百仙人を尋ねて去りて
一世清涼住雪山 一世
清涼 雪山に住せん
【語釈】
○文殊院…四川省成都市文殊院。○赤日黃埃…俗世間の煩わしさの比喩。○五百仙人…不祥。
門外塵飛暑氣濃 門外
塵 飛んで 暑気濃し
院中蕭索似山中 院中 蕭索 山中に似たり
最憐煮茗相留處 最も憐れむ
茗を煮て 相留まる処
疎竹當軒一榻風 疎竹 軒に当たる
一榻の風
【語釈】
○依上人…不祥。○院中…僧院の中。○蕭索…もの寂しいさま。○疎竹…まだらな竹林。
嘉果浮沈酒半醺 嘉果
浮沈し 酒半ば醺ず
床頭書冊亂紛紛 床頭の書冊 乱れて紛々
北軒涼吹開疎竹 北軒の涼吹 疎竹を開き
卧看青天行白雲 卧して看る 青天 白雲の行くを
【語釈】
○嘉果…美味な果実。○醺…ほろ酔い。○書冊…書籍。○紛紛…混じり、乱れ合うさま。○北軒…北側ののき。○涼吹…涼しい風。○疎竹…疎らに生えた竹。
黑雲翻墨未遮山 黒雲
墨を翻して 未だ 山を遮らず
白雨跳珠亂入船 白雨
珠を跳らせて 乱れて船に入る
卷地風來忽吹散 地を卷き
風来たって 忽ち吹き散ず
望湖樓下水如天 望湖楼下 水
天の如し
【語釈】
○望湖楼…浙江省杭州市西湖このほとりにあった楼。○醉書…酒に酔った勢いで作った詩。○翻墨…墨をぶちまける。○白雨…夕立の白く見える雨滴。
（参考文献） 『漢詩鑑賞辞典』
棗花初落路塵香 棗花 初めて落ち 路塵