「酒を愛す」　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　山居　閑人　

 

 

 

　「北窓(ほくそう)三友(さんゆう)」という成語をご存じでしょうか。白居易の詩を語源とするもので「詩、琴、酒」を言います。このように、詩を作ること、琴を弾くこと、酒を楽しむことは、唐の時代の知識人のたしなみとされていました。

　酒の飲み方にもいろいろあります。酒そのものの味を楽しむこと、一人酒を楽しんで思いに耽ること、友人と語らいながら酒を飲むこと、その他、酒は現在に到るまで、交友におけるつきものです。

　酒を飲むことを詠った詩歌は数限りなく作られてきました。このたびは、酒を愛した詩人達の詩歌をジャンル別に紹介していきたいと思います。

 

　最初に、酒そのものを楽しんだ詩を紹介します。酒好きの詩人と言えば、何と言っても李白と陶潜の二人が挙げられます。中でも、李白は、杜甫の「飲中八仙歌」の中で「李白一斗詩百編」と詠われるように、酒浸りの生活でした。この言葉は有名で、江戸川柳の中にも「李太白 一合毎に詩を作り」「李太白 四日目毎に樽を売り」などと引用されています。

　この中で、旅の途中で酒屋に立ち寄り、その主人に受けたもてなしに感謝した詩が「客中(かくちゅう)行(こう)」です。この詩を紹介致します。

　玉でできた杯に一杯に注がれたた美酒を飲むうちに、自分が異郷にいることなど忘れてしまうことを詠っています。もちろん、酒代は、この詩一首で只になったでしょう。

 

蘭陵美酒鬱金香　　　蘭(らん)陵(りょう)の美酒 鬱(うっ)金(こん)香(こう)　

玉碗盛來琥珀光　　　玉(ぎょく)椀(わん)　盛り来たる 琥珀(こはく)の光

但使主人能醉客　　　但(ただ) 主人をして 能(よ)く客(きゃく)をして酔わしめば

不知何處是他�ｸ　　　知らず何(いず)れの処(ところ)か是れ他郷(たきょう)

 

　菅(かん)茶山(さざん)は、李白の「客中(かくちゅう)行(こう)」に影響を受けた「備前(びぜん)路上(ろじょう)」という詩を作っております。故郷の福山から京都に向かう途中で作られたものと思われ、春風の中、ほろ酔い気分での旅の様子を現しております。この詩を紹介致します。

 

春風輿酔向天涯　　　春風(しゅんぺい) 酔を輿(の)せて 天涯(てんがい)に向かう　

乗輿何郷不我家　　　輿(こし)に乗ずれば 何れの郷(ごう)か  我が家ならざらん

此去芳山一千里　　　此(ここ)を去って芳山(ほうざん) 一千里　

長亭揚柳短亭花　　　長亭(ちょうてい)は揚(よう)柳(りゅう) 短亭(たんてい)は花

 

　「飲中八仙歌」に「長安市上酒家に眠る　天子呼び来れど船に上らず」と歌われる如く、李白の生活は酒浸りであったようです。その作品中「魯中(ろちゅう)都東楼酔起(ととうろうすいき)の作」が、その状態を良くあらわしております。「魯中都東楼酔起の作」を紹介いたします。

 

昨日東樓醉　　　昨日 東楼(とうろう)に酔い　

還應倒接䍦　　　還(ま)た応(まさ)さに接籬(せつり)を倒(さかし)まにすべし

阿誰扶上馬　　　阿(だれ)誰(か)馬に上(のぼ)るを扶(たす)くるや　

不省下樓時　　　省(しょう)せず楼を下るの時

　

　李白は、現在の南京である金(きん)陵(りょう)に遊んだとき、友人と酒場で酒を酌み交わし、別れるに際して「金(きん)陵(りょう)の酒肆(しゅし)にて留(りゅう)別(べつ)す」という詩を作りました。別れようとしても、惜別の情と酒場の雰囲気徒によって、別れ難い気持ちが詠われています。この詩を紹介致します。

 

風吹柳花滿店香　　　白門(はくもん)の柳(りゅう)花(か) 満店(まんてん)香(かんば)し　

吳姬壓酒喚客嘗　　　呉(ご)姫(き) 酒を圧して客(かく)をして嘗(な)めしむ

金陵子弟來相送　　　金(きん)陵(りょう)の子弟 来りて相(あい)送り　

欲行不行各盡觴　　　行(ゆ)かんと欲して行(ゆ)かず 各(おのおの)觴(さかずき)を尽くす

請君試問東流水　　　請(こ)う 君 問(もん)取(しゅ)せよ 東流(とうりゅう)の水に　

別意與之誰短長　　　別(べつ)意(い)と之(これ)と誰(いずれ)か短長(たんちょう)かと

 

続きまして、李白が山中に隠棲している人と二人で酒を楽しんだ詩「山中にて幽人と対酌す」を紹介致します。古代の詩に見せかけ結うとした型破りな詩であり、転句には同じく酒付きであった陶(とう)潜(せん)の言葉が用いられています。

 

兩人對酌山花開　　　両人対酌(たいしゃく)すれば山(さん)花(か)開く　

一杯一杯復一杯　　　一杯一杯復(ま)た一杯

我醉欲眠卿且去　　　我 酔うて眠らんと欲す 卿(きみ)且(しばらく)く去れ　

明朝有意抱琴來　　　明朝(みょうちょう)意有らば 琴を抱いて来たれ

 

　このような酒の楽しみは、張説(ちょうせつ)の「酔中(すいちゅう)の作」にも詠われています。この詩を紹介いたします。

　　

醉後方知樂　　　醉後(すいご) 方(まさ)に楽しみを知り　

彌勝未醉時　　　彌々(いよいよ) 未だ酔わざる時に勝(まさ)る

動容皆是舞　　　容(すがた)を動かせば皆 是(こ)れ舞(まい)にして　

出語總成詩　　　語(ことば)を出(いだ)せば　総(すべ)詩と成る

 

　李白は、商人の家に生まれたため、官吏として栄達することができず、そのためもあって、政治に携わるよりも、詩と酒に生きる方がましであると言う考えを思っていました。こうした考えは、豪快な詩である「江上吟(こうじょうぎん)」に表されています。詩の中で、遙か昔の屈原が作った詩は今も光り輝いているが、その主君であった楚の王の楼閣は跡形もなくなっているではないかと詠っています。「江上吟」を紹介いたします。

 

木蘭之�竝ｹ棠舟　　　木(もく)蘭(らん)の��(かい) 沙棠(さとう)の舟　

玉簫金管坐兩頭　　　玉簫(ぎょくしょう) 金管(きんかん) 両頭(りょうとう)に坐す

美酒尊中置千斛　　　美酒 樽中(そんちゅう) 千斛(せんごく)を置き　

載妓隨波任去留　　　妓(ぎ)を載せ波に随って 去留(きょりゅう)に任す

仙仙人有待乘黄　　　鶴人待つ有って 黄鶴(こうかく)に乘じ　

海客無心隨白鴎　　　海客(かいかく)心無くして 白(はく)鴎(おう)に随う

屈平詞賦懸日月　　　屈(くっ)平(ぺい)の詞賦(しふ)は 日月(じつげつ)を懸(か)け　

楚王臺榭空山丘　　　楚(そ)王(おう)の台榭(だいしゃ)は 空(むな)しく山(さん)丘(きゅう)

興酣落筆搖五嶽　　　興(きょう) 酣(たけなわ)にして筆を落せば 五(ご)岳(がく)を搖(ゆる)がし　

詩成笑傲凌滄洲　　　詩 成って 笑傲(しょうごう)すれば 滄(そう)洲(しゅう)を凌(しの)ぐ　

功名富貴若長在　　　功名 富貴(ふうき)　若(も)し長(とこしな)えに在らば　

漢水亦應西北流　　　漢(かん)水(すい)も亦(また)応(まさ)に 西北に流るべし

 

　酒好きの李白は、酒を買いにやらせた人の帰りを待ちきれないこともありました。やっと酒が届いたときの喜びはひとしおであったようです。このことを詠った「酒を待てど至らず」を紹介たします。

 

玉壺繋青絲　　　玉(ぎょく)壺(こ) 青絲(せいし)に繋(つな)ぎ　

沽酒來何遲　　　酒を沽(か)って来たること何ぞ遲き

山花向我笑　　　山花(さんか) 我に向って笑う　

正好銜杯時　　　正(まさ)に杯を銜(ふく)むに好(よ)き時

晩酌東窗下　　　晩酌す 東窓(とうそう)の下　

流鶯復在茲　　　流(りゅう)鶯(おう) 復(ま)た茲(ここ)に在り

春風與醉客　　　春風(しゅんぷう)と醉(すい)客(きゃく)と　

今日乃相宜　　　今日(こんにち)乃(すなわ)ち相(あい)い宜(よろ)し

 

　このように酒浸りの李白も、妻には後ろめたさがあったようで「内に贈る」という詩を作って、「自分がこのようでは、昔、自分の病気見舞いに来た妻を、場所が穢れたとした神主の妻と変わらないね。」と詠っています。本心だったのか、戯れだったのか。

この詩を紹介したします。

 

三百六十日　　　三百六十日　

日日醉如泥　　　日々(ひび)　酔いて泥の如し

雖爲李白婦　　　李白の婦(つま)と爲ると雖(いえど)も　

何異太常妻　　　何ぞ太(たい)常(じょう)の妻に異らん

 

　日本で酒好きであった歌人としては、大友(おおとも)旅人(たびと)が挙げられ、数々の酒に関する歌を付く作っておりますが、「酒を誉むる歌十三首」は有名です。この歌には、大伴氏の没落の中にあって、酒に救いを求めようという意味も含まれております。これらのうち三首を紹介致します。

 

験(しるし)なき物を思はずは一坏(ひとつき)の濁れる酒を飲むべくあるらし

 

酒の名を聖(ひじり)と負(お)ほせし古(いにしえ)の大き聖(ひじり)の言(こと)の宣(よろ)しさ

 

古(いにしえ)の七(なな)の賢(さか)しき人たちも欲(ほ)りせし物は酒にしあるらし

 

 

　近代において大伴旅人と同じくらい酒を愛した文人は若山牧水でしょう。酒の好きな理由は酒の好きな人でないと分からないと詠った和歌を紹介いたします。「弁ぜんと欲して已に言を忘る」誠に至言であります。

 

それほどにうまきかとひとの問ひたらば 何と答へむこの酒の味

 

隠逸詩人として有名な陶潜も酒を愛する人間でした。自分の死後を詠った「挽歌詩」の中で「千秋萬歳の後 誰か榮と辱とを知らんや　但だ恨むらくは世に在りし時　酒を飮むこと足るを得ざりしを」と詠っています。そして、酒を飲んだ後の気分を「飲酒二十首」に詠っています。そのうち「其の五」は千古の絶唱とされていますが、一人で飲む酒の楽しみは「其の七」に表されています。これがの詩をが連吟で朗詠いたします。酒のことを「忘憂の物」というのは、この詩に由来します。

 

秋菊有佳色　　　秋(しゅうぎく)菊(きく) 佳(か)色(しょく)あり　

衷露採其英　　　露を衷みて其の英を採り

汎此忘憂物　　　此(こ)の忘憂(ぼうゆう)の物に汎(うか)べて　

遠我遺世情　　　我が世を遺(や)るの情を遠くす

一觴雖獨進　　　一觴(いっしょう)独(ひと)り 進むと雖(いえども)ども　

杯盡壺自傾　　　杯尽きて 壺(つぼ)自(おのずか)ら傾く

日入群動息　　　日入りて群動(ぐんどう)息(や)み　

歸鳥趨林鳴　　　帰(き)鳥(ちょう)林に趨(おもむ)きて鳴く

嘯傲東軒下　　　嘯傲(しょうごう)す東軒(とうけん)の下(もと)　

聊復得此生　　　聊(いささ)か復(ま)た此(こ)の生を得たり

 

初唐の詩人王(おう)績(せき)も酒浸りの生活を送り、官職を辞めたほどでした．酒を飲まずにいられない気持を詩に詠っております。この詩「酒家(しゅか)に過(よ)ぎる」という詩に表しております。三首連作の内、「其の一」を紹介致します。精神修行など、どうでも良い。他の人が酒を飲んでいるのを見ると、飲まずにはいられないと詠っています。

 

此日長昏飮　　　此の日長く昏飮(こんいん)す　

非関養性霊　　　性(せい)霊(れい)を養うに関するに非ず

眼看人盡酔　　　人の尽(ことごと)く酔うを 眼(がん)看(かん)すれば　

何忍独爲醒　　　何ぞ忍びん独り醒(さむる)るを為(な)すに

 

　続きまして「其の三」を紹介致します。自分勝手に酒を飲み、気楽な生活を送っていることを詠っています。

 

對酒但知飮　　　酒に対(むか)えば 但(た)だ飮むを知り　

逢人莫強牽　　　人に逢(あ)いて強牽(きょうけん)する莫(な)し

倚壚便得睡　　　壚(ろ)ろに倚(よ)れば便(すなわ)ち睡(ねむ)るを得(え)　

横甕足堪眠　　　甕(かめ)を横れば眠るに堪えるに足る　

 

また、「飲後(いんご)」という詩を作り、元籍(げんせき)や陶(とう)潜(せん)を引き合いに出して、所詮、人生は短い．酒を飲んで大いに楽しもうと詠っています．この詩を紹介致します。

 

阮籍醒時少　　　阮(げん)籍(せき)は醒(せい)時(じ)少く　

陶潜醉日多　　　陶(とう)潜(せん)は酔(すい)日(じつ)多し

百年何足度　　　百年 何ぞ度(わた)るに足らん　

乘興且長歌　　　興(きょう)に乗(じょう)じて且(しばら)く長歌(ちょうか)せん

 

　又、同じ事を詠った「独酌」という詩において、竹林の七賢人を引き合いに出し手、功名を求めるよりも酒でも飲んでいた方がよいと詠っています。大伴旅人の和歌「古(いにしえ)の七(なな)の賢(さか)しき人たちも欲(ほ)りせし物は酒にしあるらし」と一脈通じるものがあります。

 

在生知幾日　　　在生(ざいせい) 知んぬ幾日ぞ　

無状遂空名　　　無状(むじょう)にして空名(くうめい)を逐(お)おうは

不如多醸酒　　　如(し)かず 多く酒を醸(かも)かもして　

時向竹林傾　　　時に竹林(ちくりん)に向かって傾(かたむ)くるに

 

　陶潜が示した「どうせ、生きているのは天地の悠久さに比べれば一瞬のものに過ぎない。せめてその間は、争いや事の善悪を論ずること無く、酒でも飲んで楽しもうではないかという気持は、陶潜の影響を強く受けた白居易の「酒に対す」にも表されています。「酒に対す」は五首の連作ですが、一番有名な「其の三」を紹介いたします。

 

蝸牛角上爭何事　　　蝸牛(かぎゅう) 角上(かくじょう) 何事をか争う　

石火光中寄此身　　　石火光中(せっかこうちゅう) 此(こ)の身を寄す

隨富隨貧且歡樂　　　富に随い 貧に随い 且(しば)らく歓楽(かんらく)せん　

不開口笑是癡人　　　口を開いて笑わざるは、是(こ)れ癡(ち)人(じん)

 

　続きまして「其の一」を紹介致します。

 

巧拙賢愚相是非　　　巧拙(こうせつ) 賢愚(けんぐ) 相(あい) 是非(ぜひ)す　

何如一醉盡忘機　　　何如(いかん)ぞ 一酔(いっすい)尽(ことごと)く機(き)を忘るるは

君知天地中�ｪ窄　　　君知るや天地の中(うち) �ｪ(かん)か窄(さく)たるかを　

�G鶚鸞凰各自飛　　　�G鶚(ちょうがく) 鸞凰(らんおう) 各自(かくじ) 飛ぶ

 

　続きまして、「其の四」を紹介致します。この詩における「陽関の第四声」というのは、王維の「元二の安西に使いするを送る」の転句のことであり、この時代に、王維のこの詩が「陽関(ようかん)三畳(さんじょう)」と呼ばれ、重返体(じゅうへんたい)で歌われていたことが分かります。

 

百歲無多時壯健　　　百歲 多時の壯健無く　

一春能幾日晴明　　　一(いっ)春(しゅん) 能(よ)く幾日の晴明ぞ

相逢且莫推辭醉　　　相逢(あいあ)いて 且(しばら)く酔うを推(すい)辞(じ)する莫かれ　

聽唱陽關第四聲　　　唱うるを聴け陽関の第四声

 

　白居易は、又「琴と酒」という詩を作り、酒を飲むことは非常な楽しみであることを詠っております。古代の隠者である啓期が、「人であること、男に生まれたこと、長寿であること」を「三楽」と言ったことを引き合いに出し、もし、酒の楽しみを知れば、「四楽」と言ったであろうと詠っています。

 

耳根得聽琴初暢　　　耳(じ)根(こん) 聴くを得たり 琴初めて暢(の)ぶを　

心地忘機酒半酣　　　心地 機を忘れ 酒 半ば酣(たけなわ)なり

若使啓期兼解醉　　　若し啓期(けいき)をして兼ねて酔いを解せ使(し)めば　

應言四樂不言三　　　応(まさ)に四(し)楽(らく)を言いて三を言わざるべし

 

　辺塞詩人として知られる高適(こうせき)も、「旅亭画壁」の故事に示される如く、王(おう)昌(しょう)齢(れい)や王之渙(おうしかん)と飲み友達でしたが、これら友人と離れて、一人で酒を飲むこともあったようです。一人飲む一杯の酒は、百科の書を読むのに勝ると詠っています。この詩「閑居(かんきょ)」を紹介致します。

 

柳色驚心事　　　柳(りゅう)色(しょく) 心事(しんじ)を驚ろかし　

春風厭索居　　　春風(しゅんぷう) 索(さく)居(きょ)を厭(いと)う

方知一杯酒　　　方(まさ)に知る一杯の酒　

猶勝百家書　　　猶(な)お百家(ひゃっか)の書に勝(まさ)るを

 

　　この詩は、土岐(どき)善(ぜん)麿(まろ)により「家にこもりて」という詩に翻訳されています。

この訳詞を紹介致します。

 

青柳(あおやぎ)にこころおどろき　春風(はるかぜ)にわび居うとしや

ひと杯(つき)の酒をすするは　百家(ももいえ)の書(ふみ)にまされり

 

　韋荘も、閑適生活を送りながら毎日酒を楽しんでいたようですが、深酒をして朝起きる事が遅かったこともあったようで、起き上がったときの春の風景を「春日晏起(しゅんじつあんき)」という詩に表しております。この詩を紹介致します。

 

爾來中酒起常遲　　　近来 酒に中(あた)りて 起くること常に遅く　

臥看南山改舊詩　　　臥(ふ)して南山(なんざん)を見て旧詩(きゅうし)を改む

開戸日高春寂寂　　　戸を開けば 日高くして 春寂々(せき)　

數聲啼鳥上花枝　　　数声の啼(てい)鳥(ちょう) 花(か)枝(し)に上(のぼ)る

 

　

　一人で物思いに耽りながら飲む酒も楽しいでしょうが，周りの美しい風景を眺めながら飲む酒にも、又別の楽しみがあります。古代人も、今日の花見酒のような酒の楽しみ方をしてきました。このような酒と景色を詠った詩歌を紹介します。

　最初に、韋(い)荘(そう)の「酒家(しゅか)に題す」を紹介いたします。

 

酒�拷ﾔ紅客愛詩　　　酒は�高ﾉして花は紅(あか)く

落花春岸酒家旗　　　客(きゃく)は詩を愛す　落花(らっか)の春(しゅん)岸(がん) 酒家(しゅか)の旗

尋思避世爲逋客　　　尋思(じんし)して世を避け逋客(ほかく)と爲り　

不醉長醒也是癡　　　酔わずして長(つね)に醒(さ)めたるは也(ま)た是(こ)れ癡(ち)ならん

　

　

　欧陽脩(おうようしゅう)も、「豊(ゆたか)楽亭(らくてい)に春(はる)を遊ぶ(あそぶ)其(そ)の一(いち)」において、酒(さけ)を飲みながら(のみながら)春(はる)の景色(けしき)を楽しみ(たのしみ)、瞬く(またたく)間に過ぎ去る春を惜しんだ詞を作っています。この詩を紹介致します。

 

�克�交加山鳥啼　　　�克�(りょくじゅ) 交加(こうか)して山鳥(さんちょう)啼(な)く　

晴風蕩漾落花飛　　　晴風(せいふう) 蕩漾(とうよう)として 落花(らっか)飛ぶ

鳥歌花舞太守醉　　　鳥歌い花舞い太守(たいしゅ)酔う　

明日酒醒春已歸　　　明日(みょうにち) 酒醒(さ)むれば春 已に帰る

 

　続きまして薩(さつ)�ｷ(と)剌(ら)が、雪見酒を詠った「雪中(せっちゅう) 簡(かん)上人(しょうにん)の房(ぼう)にて飲む」を紹介いたします。色目人であった薩�ｷ剌が飲んだ酒は､どんな酒だったでしょうか．馬乳酒ではなかったようです。

　

山酒吹香出小槽　　　山(さん)酒(しゅ) 香を吹きて小槽(しょうそう)より出(い)で　

燈前痛飮汚��袍　　　燈前に痛飲して青袍(せいほう)を汚(け)がす

夜深夢醒知何處　　　夜 深(ふ)けて夢醒(さ)め　何処(いずこ)なるかを知らんや　

老鶴一聲山月高　　　老鶴(ろうかく) 一声(いっせい) 山(さん)月(げつ)高し

　

　柏木如亭(かしわぎじょてい)も、雪の中を酒屋に出掛けて、雪まみれになって帰り、村の子供達に衣服に付いた雪を払ってもらったことを「雪中(せっちゅう)」という詩に作りました。この詩を紹介致します。

 

偶然把杖水之涯　　　偶然 杖を把(ひ)く水の涯(ほとり)　

枯樹林邊訪酒家　　　枯樹(こじゅ) 林辺(りんぺん) 酒家(しゅか)を訪(おとな)う

小酔歸來風雪裏　　　小酔(しょうすい)して 帰り来たる 風雪(ふうせつ)の裏(うち)　

村童迎拂一身花　　　村(そん)童(どう) 迎え払う一身の花

 

　菅茶山も、又、春の美しい景色に誘われて酒を楽しんだ詩「春日(しゅんじつ)即事(そくじ)」を作っております。この詩を紹介いたします。

 

花作癲狂追午風　　　花は癲狂(てんきょう)を作(な)して午風(ごふう)を追う　

半奔苔径半翻空　　　半(なか)ばは苔径(たいけい)を奔(はし)り 半ばは空に翻(ひるがえ)る

移褥独就花前酌　　　褥(しとね)を移して独(ひと)り花前(かぜん)に就(つ)いて酌(く)めば　

時亦飛来帆酒中　　　時に亦(ま)た飛来して酒中(しゅちゅう)に帆(はん)す

 

　自然を愛でながら酒を楽しむことを詠った和歌も多数有ります。そのうち、大伴(おおともの)坂上郎(さかのうえのいらつ)女(め)の和歌を、紹介いたします。

 

酒杯(さかずき)に梅の花浮べ思ふ達(どち) 飲みて後には散りぬともよし

 

 

（ナレーション）

　杜牧も、若い頃は大の酒好きでした。重陽の節句に秋景色を見ながら友人と登高し、酒を楽しんだ詩「九日(ここのか)斉山(せいざん)に登(とう)高(こう)す」を作っております。この詩を紹介いたします。

 

江涵秋影雁初飛　　　江(こう)は秋(しゅう)影(えい)を涵(ひた)して鴈(かり)初めて飛び　

與客攜壺上翠微　　　客(きゃく)と壺を携えて翠微(すいび)に上る

塵世難逢開口笑　　　塵(じん)世(せ) 逢い難し開口(かいこう)の笑い　

菊花須插滿頭歸　　　菊花(きくか) 須(すべから)く満頭(まんとう)に挿(さ)して帰るべし

但將酩酊酬佳節　　　但(た)だ酩酊(めいてい)を将(もっ)て 佳節(かせつ)に酬いん　

不用登臨恨落暉　　　用いず登臨(とうりん)して落暉(らっき)を恨むを

古往今來只如此　　　古往(こおう)今来(こんらい) 只(た)だ此(かく)くの如し　

牛山何必獨霑衣　　　牛山(ぎゅうざん)何ぞ必ずしも涙(るい)衣(い)を霑(うるお)さん

 

　酒は、又、現実世界を忘れるために飲まれることもありました。李白や陶潜とは全く別の世界です。杜甫は、安史(あんし)の乱(らん)の際に粛宗(しゅくそう)の下に馳せ参じ、左(さ)拾遺(しゅうい)に抜擢されましたが、張り切りすぎて粛宗に疎まれて遠ざけられ、酒浸りの生活を送りました。短い間とは言え、真面目な杜甫がデカダンスに落ち入った時期に作られたのが「曲(きょく)江(こう)二首」です。「古希(こき)」の語源となった「其の二」を、紹介致します。荒れた生活の中で美しい自然だけは、自分と心を共にしてくれと言う感情が見事に歌いあげられています。

 

朝囘日日典春衣　　　朝(ちょう)より回(かえ)りて日々に 春(しゅん)衣(い)を典(てん)し　

毎日江頭盡醉歸　　　毎日 江頭(こうとう)に 酔(よい)を尽くして帰る

酒債尋常行處有　　　酒債(しゅさい)は尋常(じんじょう) 行く処に有り　

人生七十古來稀　　　人生七十　古来稀なり

穿花蛺蝶深深見　　　花を穿(うが)つ蛺(きょう)蝶(ちょう)は 深々(しんしん)として見え　

點水蜻蜓款款飛　　　水に点(てん)する蜻點(せいてい)は 款々(かんかん)として飛ぶ

傳語風光共流轉　　　風光(ふうこう)に伝語(でんご)す 共に流転(るてん))して　

暫時相賞莫相違　　　暫時(ざんじ) 相(あい)賞(しょう)し 相(あい)違(たが)うこと莫(なか)れと

 

　現実世界を忘れるために飲む酒には、前線の兵士達の酒があります。このような詩として、最も知られている王翰(おうかん)の「涼州(りょうしゅう)詞(し)」を紹介致します。「葡萄酒」「ガラス製のグラス」は、ペルシャ地方から由来した物であり、「夜光の杯」で「葡萄の美酒」を飲むことは、都でなら最高の贅沢であったでしょう。これらを使って宴会を開くと、酒を促すように琵琶の音が聞こえてくる。なんとも、豪華な宴会です。

　しかしながら、これは、明日をも知れぬ命であることを忘れるための悲しい宴会なのです。起句、承句の華やかさを、転句で反転させ返し、結句で綺麗にまとめ上げた名作です。

 

葡萄美酒夜光杯　　　葡萄(ぶどう)の美酒 夜光の杯　

欲飮琵琶馬上催　　　飲まんと欲すれば 琵琶(びわ) 馬上に催(もよお)す

醉臥沙場君莫笑　　　酔うて沙(さ)上(じょう)に臥(ふ)す　君笑うこと莫(な)かれ　

古來征戰幾人回　　　古来(こらい)征戦(せいせん) 幾人(いくにん)か回(かえ)る

 

　酒は、現代でもそうであるように、宴会にはならぬ物であり、また、友人と語り合うときにもなくてはならぬ物でありました。このような時に作られた詩歌を紹介します。

　始めに、崔(さい)敏(びん)童(どう)の「城東(じょうとう)の荘に宴す」を紹介いたします。従兄の崔景(さいけい)童(どう)の別荘での宴会で詠われたもので、一千とは今の百万円程度の高額です。美酒は「斗(と)十千(じゅつせん)」と言われるほど高価な物でした。しかし、崔景童は、玄宗(げんそう)皇帝(こうてい)の女婿であり、このくらいの金で貧乏になるようなことはありませんでした。

 

一年始有一年春　　　一年始めて一年の春有り　

百歳曾無百歳人　　　百歳(ひゃくさい)曾(かつ)て百歳の人無し

能向花前幾回醉　　　能(よ)く花前(かぜん)に向(お)いて幾回か酔わん　

十千沽酒莫辭貧　　　十千(じっせん) 酒を沽(か)って貧(ひん)を辞する莫(な)かれ

 

　　賀(が)知(ち)章(しょう)は、玄宗(げんそう)皇帝(こうてい)の重臣であり、八十歳になって致仕(ちし)することを許され「少小家を離れて老大にして回る」と詠った詩人でしたが、杜甫の「飲中八仙歌(いんちゅうはっせんか)」の冒頭に挙げられるほどの酒好きでした。顔見知りで無い人の別荘での宴会で「袁(えん)氏(し)の別業(べつぎょう)に題す」と言う詩を作っております。自分の飲みっぷりに憚(はばか)りを覚えたのか、「酒代のことは心配するな」と言っております。この詩を紹介いたします。

 

主人不相識　　　主人 相識(あいし)らず　

偶坐爲林泉　　　偶坐(ぐうざ) 林泉(りんせん)の為なり

莫謾愁沽酒　　　謾(まん)に酒を沽(か)うを愁(うれ)うること莫(な)かれ　

囊中自有錢　　　囊中(のうちゅう) 自(おのずか)ら錢(ぜに)有り

 

　現在でも、送別会には酒はつきものです。古代中国でもそうでした。特に長安の地を離れて西方に向かう友人には、かつての秦の都、咸(かん)陽(よう)の地である渭(い)城(じょう)まで見送り、そこで送別会を開いて別れを告げる習わしがありました。現在でも送別会で詠われる詩吟の定番は、王維の「元(げん)二(じ)の安西に使いするを送る」です。『唐詩三百首』では、「陽関曲」と呼ばれております。この詩は、古代からその一部を三度繰り返して詠う習慣があり、「陽関(ようかん)三畳(さんじょう)」と呼ばれています。この詩を紹介いたします。

 

渭城朝雨裛輕塵　　　渭(い)城(じょう)の朝(ちょう)雨(う) 軽塵(けいじん)を浥(うるお)し　

客舍����柳色新　　　客舎(かくしゃ) 青々(せいせい) 柳(りゅう)色(しょく) 新(あら)たなり

勸君更盡一杯酒　　　君に勧む 更に尽くせ 一杯の酒　

西出陽關無故人　　　西のかた陽関(ようかん)を出(い)づれば 故人(こじん)無からん

 

別れに際して酒を酌み交わした詞として、韋(い)荘(そう)作の「江上(こうじょう) 李(り)秀才(しゅうさい)に別る其の一」を紹介いたします。美しい景色を見ながら別れの酒を酌み交わしているが、再会することができるかどうか分からないことを考えると、涙がこみ上げてくるのです。

 

千山红樹万山雲　　　千山(せんざん)の红(こう)樹(じゅ) 万山(ばんざん)の雲　

把酒相看日又曛　　　酒を把(と)りて相(あい)看(み)る日(ひ) 又曛(くん)ず

一曲骊歌两行泪　　　一曲の離歌(りか)  兩(りょう)行(ぎょう)の泪(なみだ)　

更知何処再逢君　　　更に知る何(いず)れの処 再び君に逢わん

 

　続きまして『其の二』を紹介いたします。この詩は、昨年に友人と別れたが、その後、黄巣の乱のために自分も避難する身となり、離ればなれになっていることを歎いたものです。

 

前年相送灞陵春　　　前年(ぜんねん)　相(あい)送(おく)る灞(は)陵(りょう)の春　

今日天涯各避秦　　　今日(こんにち) 天涯(てんがい) 各(おのおの)秦を避く

莫向尊前惜沈醉　　　尊前(そんぜん)に向って沈醉(ちんすい)を惜しむこと莫(な)かれ　

與君倶是異�ｸ人　　　君と倶(とも)に是(こ)れ異�ｸの人

 

　韋(い)荘(そう)は又「古離別(こりべつ)」という詩を作り、柳の木の下で酒を酌み交わし、江南に旅立つ友人を送る心情を詠っています．惜別の情の中で酒宴も酣であるが、更に江南の方を見れば、悲しさを感じさせる春の気配がすると詠っています。

 

晴烟漠漠柳毵毵　　　晴烟(せいえん) 漠漠(ばくばく) 柳(やなぎ) 毵毵(せんせん)　

不那离情酒半酣　　　離(り)情(じょう)那(いかんとも)せず 酒半(なか)ば酣(たけなわ)なり

更把玉鞭雲外指　　　更に玉(ぎょく)鞭(べん)を把(と)りて雲外(うんがい)を指(ゆびさ)せば　

断腸春色在江南　　　断腸(だんちょう)の春色(しゅんしょく) 江南(こうなん)に在り

 

　友人と歓談しながら飲む酒も、又、楽しいものです。この中で、歓談の末に酔っ払って帰るときの状態を詠った薩(さつ)都(と)刺(ら)の「雪中に簡上人の房に飲む」を紹介いたします。

 

山酒吹香出小槽　　　山(さん)酒(しゅ) 香(こう)を吹きて 小槽(しょうそう)より出(い)で　

燈前痛飮汚��袍　　　燈前(とうぜん)に痛飲(つういん)して 青袍(せいほう)を汚(け)がす。

夜深夢醒知何處　　　夜(よ) 深(ふ)けて 夢醒さめ 何処(いずこ)なるかを知らんや　

老鶴一聲山月高　　　老鶴(ろうかく) 一声(いっせい) 山(さん)月(げつ) 高し

 

　李商隠(りしょういん)は、客と歓談しながら花を見、更に客が去って酒も覚めた夜に残っている花を愛でる詩「花下(かか)に酔う」を作っております。この詩を紹介致します。

 

尋芳不覺醉流霞　　　芳(はな)を尋(たず)ねて覚おぼえず　流(りゅう)霞(か)に酔う　

倚樹沈眠日已斜　　　樹に倚(よ)りて沈眠(ちんみん)すれば 日 已でに斜めなり

客散酒醒深夜後　　　客(きゃく)散じ酒醒(さ)さむ 深夜の後(のち)　

更持紅燭賞殘花　　　更に紅燭(こうしょく)を持って残(ざん)花(か)を賞(しょう)す

 

　若山牧水も、長く別れていた友人と再会して二人で飲む酒の楽しみを和歌に表しております。この和歌を紹介いたします。

 

語らむにあまり久しく別れゐし 我等なりけり いざ酒酌まむ

 

　次に、井伏壽二の名訳「「サヨナラ」ダケガ人生ダ」で有名な、宇(う)武(ぶ)陵(りょう)の「酒を勧む」を紹介ます。しかし、本当の名訳は「人生 別離足る」ではないでしょうか。

 

勸君金屈卮　　　君に勧(すす)む金屈卮(きんくっし)　

滿酌不須辭　　　酌(しゃく)満(まん) 辞するを須(もち)いず

花發多風雨　　　花発(ひら)けば風雨(ふうう)多し　

人生足別離　　　人生 別離足る

 

　このように、酒を愛する詩人、歌人の数は多く、詩歌は数え切れないほど有りますが、最後に、「神漢連」の李白、篪軒 住田笛雄先生の「緑陰対酌」を紹介して『物語で楽しむ漢詩・和歌』「酒を愛す」を終わります。「北窓三友」「竹林の七賢人」が見事に組み込まれています。

 

兩人相酌�坂ｹ深　　　両人 相(あい)酌(く)む 緑篁(りょくこう)の深きに   

午日�桾礼ﾋ抱琴  　　午日の薫風に 酔いて琴を抱く

��眼�C談涼氣爽  　　青眼 清談 涼気爽やかなり    

論詩讌會七賢心  　　詩を論じ 讌会(えんかい)すれば 七賢の心

 

 

（令和元年９月２０日作成）

 

 

参考文献等

　『李白１００選』石川忠久著、ＮＨＫライブラリー出版

　『中国漢詩吟詠全集　絶句編』後藤石韜緒、有限会社吟濤社出版

　『中国漢詩吟詠全集　絶句編』後藤石韜緒、有限会社吟濤社出版

　『和漢名詩選評釈』簡野道明著、明治書院出版