『四時田園雑興』は、范成大が故郷の石湖（江蘇省蘇州）に隠棲し、その田園生活を詠ったもので、｢春日田園雑興｣、｢晩春田園雑興｣、「夏日田園雑興」、「秋日田園雑興」、「冬日田園雑興」各十二首、合計六十首の七言絶句からなる。
その訓読文が、『范石湖四時田園雑興詩鈔』として、国会図書館ディジタルコレクションから閲覧・ダウンロード可能である。このたび、これに基づき、訓読・語釈・通釈付けを行った。なお、復刻には中国データベース「捜韻」を利用した。
https://dl.ndl.go.jp/pid/895825/1/1
参考にした文献は、各詩に記載した。
なお、一応の完成を見た後に、再度検索をかけたところ、文献で無く、Youtubeの動画として左記のサイトが見つかったので、これを参考にして必要なところの修正を行った。 https://www.youtube.com/playlist?list=PLc3ZDCwpvY2wMEQHmbulVD3IOxvtm7Zw5
本文より詳しいところもあるので、参考にされたい。
★ 四時田園雜興六十首 其一 春日十二絕 其一
柳花深巷午雞聲 柳花の深巷 午雞の声
桑葉尖新綠未成 桑葉は尖新たにして 緑 未だ成らず
坐睡覺來無一事 坐睡より 覚め来たれば 一事無し
滿窗晴日看蠶生 満窓の晴日 蚕の生まるるを看る
【語釈】
○柳花…柳絮。○深巷…奥まったちまた。○尖新…幼葉が初めて萌ゆるさまの形容。○坐睡…居眠り。○覺來…目が覚める。「來」は助辞。○無一事…何事もない。○滿窗…窓一杯。
【通釈】
柳絮が乱れ飛ぶ奥まった路地奥では、昼鳴く鶏の声がする。桑の葉は、若葉が萌え始めたが、まだ緑陰を作るところまでは至っていない。
昼寝より覚めたが、特に何もすることが無く、窓一杯差し込む晴れた日の光の中で、蚕の生まれるのを眺めていた。
（参考文献） 『漢詩一日一首 春』（平凡社）『漢詩大系 １６』（集英社）
★ 四時田園雜興六十首 其二 春日十二絕 其二
土膏欲動雨頻催 土膏 動かんと欲して 雨 頻りに催す
萬草千花一餉開 万草 千花 一餉に開く
舍後荒畦猶綠秀 舎後の荒畦 猶お 緑 秀ず
鄰家鞭筍過牆來 隣家の鞭筍 牆を過ぎて来る
【語釈】
○土膏…土の浸潤の気。肥料。○一餉…弁当を食べ終わるくらいの短い時間。○舍後…家の裏。○荒畦…荒れた畑。○鞭筍…竹の根。
【通釈】
土の中の湿潤の気（肥料）が活動しだそうとし、雨がしきりに良く降る。多くの草や花が、僅かの間に一斉に芽吹いたり開いたりする。家の裏の荒れた畑では、それでも草が伸びて緑色が鮮やかである。隣の家の竹の根が垣根を過ぎて，わが家に伸びてきた。
（参考文献）『漢詩大系 １６』（集英社）『詩詩世界』
★ 四時田園雜興六十首 其三 春日十二絕 其三
高田二麥接山青 高田の二麦 山に接して青し
傍水低田綠未耕 水に傍う低田 緑 未だ耕さず
桃杏滿村春似錦 桃杏 村に満ち 春 錦に似たり
踏歌椎鼓過清明 踏歌 椎鼓 清明過ぐ
【語釈】
○高田…高所にある田畑。○二麥…大麦と小麦。○低田…低所にある田畑。○踏歌…足で地を踏み、調子を取って歌う。○椎鼓…太鼓を叩く。○清明…二十四節季の一つ。春分から十五日目で太陽暦四月五、六日頃。
【通釈】
高所にある畑の大麦と小麦は、山に接して青々としている。川の流れの傍にある低所の水畑では、緑色の草が生えており、まだ耕されていない。
桃や杏の花が村一面に満ちて、春景色は錦のようである。丁度、淸明節にあたり、村では、踏歌をしたり太鼓を敲いたりして祖先のお墓参りをし、淸明の時節は過ぎてゆく。
★ 四時田園雜興六十首 其四 春日十二絕 其四
老盆初熟杜茅柴 老盆 初めて熟す 杜茅柴
携向田頭祭社來 携えて 田頭に向い 社に祭りて来る
巫媼莫嫌滋味薄 巫媼 嫌う莫かれ 滋味の薄きを
旗亭官酒更多灰 旗亭の官酒 更に 灰多し
【語釈】
○老盆…酒のもとを作る桶。○杜茅柴…自分で醸した薄酒。○田頭…田のほとり。○社…土地の神。○來…助辞。○巫媼…年老いた巫女。○旗亭…料理屋。酒楼。○官酒…政府が醸造して売る酒。
【通釈】
酒のもとを作る桶では、自家で醸した薄い酒が漸く熟した。自分でかもした薄酒を携えて田のほとりに向かい、土地の神を祭る。（土地の神の祠に仕える）年老いた巫女よ、酒の旨味が足らないと言ってくれるな。料理屋で売る政府が醸造した酒には、これよりも灰が多く含まれているのだから。
★ 四時田園雜興六十首 其五 春日十二絕 其五
社下燒錢鼓似雷 社下に銭を焼きて 鼓は雷に似たり
日斜扶得醉翁回 日 斜にして 酔翁を扶け得て回る
青枝滿地花狼藉 青枝は地に満ち 花 狼藉せり
知是兒孫鬭草來 知る是れ 児孫の草を闘わせ来りしを
【語釈】
○社下…土地の神の祠のあたり。○狼藉…多く散乱して乱れているさま。○來…助辞。○鬭草…草を集めてその多さを競う遊び。○承句…王駕の「社日」に「桑柘影斜春社散，家家扶得醉人歸。」とある。
【通釈】
村の社の広場では、紙銭を焼き、太鼓が雷のように打ち鳴らされている。太陽は斜めに傾いて、人々は酔った老人を扶けて帰って行く。
青い枝は地に満ち、花は多く乱れて散乱している。さては、子供達が、草合わせの遊びをやっていたのだな。
（参考文献） 『漢詩一日一首 春』（平凡社）『漢詩大系 １６』（集英社）
★ 四時田園雜興六十首 其六 春日十二絕 其六
騎吹東來里巷喧 騎吹 東来し 里巷喧し
行春車馬閙如煙 行春の車馬 閙こと煙の如し
繫牛莫礙門前路 牛を繫ぎ 礙ぐること莫かれ 門前の路
移繫門西碌碡邊 移繫せよ 門西 碌碡の辺
【語釈】
○騎吹…馬上で奏するように出来た笛。チャルメラ。○東來…東に向かって来る。○里巷…村里の小路。○行春…寒食の日に村を出て郊外の墓地に行き、同時に春を楽しむこと。○移繫…移して繋ぐ。○碌碡…田を平らにする石器。
【通釈】
チャルメラの音をさせて騎馬が東の方からやってきて、村の小路がやかましい。郊外に行楽にでかける人達の車馬が、埃を揚げながら、ひしめき合っている。
牛を門前の路に繋いで、人々の往来を妨げてはならない。さっさと、碌碡の老いてあるところに移して繋ぎ替えよ。
（参考文献）『漢詩大系 １６』（集英社）
★ 四時田園雜興六十首 其七 春日十二絕 其七
寒食花枝插滿頭 寒食 花枝 挿して頭に満つ
一年一度遊山寺 一年 一度 山寺に遊ぶ
不上靈巖即虎丘 霊巌に上らざれば 即ち虎丘
【語釈】
○寒食…冬至から百五日目。この日と前後、計三日間は火を使うことを禁じた。○蒨裙…あかねで染めた裳裾。○青袂…青いたもと。○扁舟…小舟。○靈巖…江蘇省呉県の北西にある山。呉王夫差が宮殿を築いた。○虎丘…蘇省蘇州市の西北に位置する山。呉王闔閭の墓があったとされる。
【通釈】
寒食の日、花の枝を頭に挿した女性で一杯である。あかねで染めた裳を付け、青い上衣を着た女性が多くの小舟に乗っている。寒食の日は一年に一度の山寺に遊ぶ日である。呉王夫差が築いた宮殿のあった靈巖山にある寺に行くので無ければ、その代わりに、呉王闔閭の墓があったとされる虎丘にある山寺に行くのだ。
（寒食から淸明節にかけては、祖先の墓参りをする習慣があったが、中国では寺に墓があるわけでは無いので、単なるお寺参りか遊山と思われる。）
★ 四時田園雜興六十首 其八 春日十二絕 其八
郭裏人家拜掃回 郭裏の人家 拝掃して回る
日長路好城門近 日長くして 路好く 城門近し
借我茅亭煖一杯 我が茅亭を借りて一杯を煖めよ
【語釈】
○郭裏…街の城壁の中。○拜掃…謹んで祖先父母の墓を掃除する。墓参り。○醪酒…どぶろく。○青梅…青い梅の実。密に浸けて食べる。○茅亭…茅葺きの粗末な家。
【通釈】
街の城壁の中の人家では、人々は墓参りをして帰ってくる。新しくどぶろくの瓶を開いて、青い梅の実と共に、帰ってくる人々に薦める。
「日は長く、路の状態は良く、城門にも近い。私の粗末な家に立ち寄って、一杯やって体を暖めなさい。」
★ 四時田園雜興六十首 其九 春日十二絕 其九
步屧尋春有好懷 歩屧 春を尋ね 好懐有り
雨餘蹄道水如盃 雨余の蹄道 水 杯の如し
隨人黄犬攙前去 人に随って 黄犬 攙く前に去り
走到溪邊忽自迴 走りて渓辺に到り 忽ち自ら迴る
【語釈】
○步屧…下駄。漫歩すること。○好懐…楽しい思い。○雨餘…雨上がり。○蹄道…けもの道。○攙…するどい。○去…行く。
【語釈】
春景色を訪ねて散歩し、楽しい思いをする。雨上がりのけもの道には、水が杯に溜まるように、くぼみに満ちている。
連れていた黄色の犬が、突然，するどく前方に走っていき、谷辺に至って，忽ち頭を廻らせて帰ってきた。
★ 四時田園雜興六十首 其十 春日十二絕 其十
種園得果僅償勞 園に種え 果を得て 僅かに労を償う
不奈兒童鳥雀搔 奈ともせず 児童 鳥雀の搔ぐを
【語釈】
○償勞…人の骨折りに酬いる。○不奈…どうしようもない。「無奈」と同意。○棘針…イバラのとげ。垣根に用いる。○筍徑…竹の子の生えた径。○樊…垣根を作って取り囲む。○蓋…覆う。○櫻桃…サクランボ。
【語釈】
園に（サクランボの）苗を植え、ようやく果実を得て，今までの苦労に酬われた感じをうけた。しかし、（果実を狙って）子供や鳥共が騒ぐのをどうしようも無い。
已に、竹の子の生えた道に、イバラの棘で垣根を作った，更に，漁網を敷いてサクランボを蔽って奪われないようにした。
★ 四時田園雜興六十首 其十一 春日十二絕 其十一
吉日初開種稻包 吉日 初めて開く 種稲の包
南山雷動雨連宵 南山 雷動して 雨 連宵
今年不欠秧田水 今年 秧田の水を欠かざず
【語釈】
○種稻…種籾。○南山…南の山。○雷動…雷がなってどよめく。○連宵…夜通し。○看看…みるみる間に。
【語釈】
吉日に初めて種籾の袋を開いた。丁度よく、南の山では雷がなってどよめき、恵みの春雨が夜通し降った。
今年は，苗代の田の水が足らなくなることはあるまい。水は新たに漲り、見る見る間に小さな橋の橋桁に拍ち付けている。
★ 四時田園雜興六十首 其十二 春日十二絕 其十二
桑下春蔬綠滿畦 桑下の春蔬 緑 畦に満つ
菘心青嫩芥臺肥 菘心の青嫩 芥台肥ゆ
日暮裹鹽沽酒歸 日暮 塩を裹んで 酒を沽いて帰る
【語釈】
○春蔬…春野菜。○菘心…なずなの芯。○青嫩…青くて若いさま。○芥臺…芥子菜の生えている台地。○渓頭…谷川のほとり。○洗擇…洗って選ぶ。
【通釈】
桑の木の下の、春野菜の緑色が畦一杯に広がっている。なずなの花の芯は，青くて若く、芥子菜の生えている台地は肥沃である。
谷川の辺では、これらの春野菜を洗って選別して店頭で売っている。日暮れ時になってから、塩を金銭代わりにして、（これらの野菜と共に）酒を買って帰ってきた。
★ 四時田園雜興六十首 其十三 晩春十二絕 其一
紫青蓴菜卷荷香 紫青の蓴菜 荷を巻いて香し
玉雪芹芽拔薤長 玉雪の芹芽 薤を抜いて長ず
自擷溪毛充晚供 自ら 渓毛を擷み 晩供に充つ
【語釈】
○蓴菜…ヌナハ。水草で若葉を食用にする。○荷…ハス。○玉雪…白玉や雪のように白いさま。○芹芽…セリの芽。○溪毛…谷辺の野菜。○晚供…夕食。○短篷…小舟。○横塘…江蘇省吴県の西南にある堤。
【通釈】
青紫色のヌナハが、蓮の葉を取り巻い良い香りを放っている。真っ白なセリの芽が韮の高さよりも高く成長している。
自分で、これら谷辺の野菜を積んで夕食にする。風雨の中で、小舟が横塘に舟泊りしている。
★ 四時田園雜興六十首 其十四 晩春十二絕 其二
湖蓮舊蕩藕新翻 湖蓮 旧蕩 藕 新たに翻る
斟酌梅天風浪緊 梅天 風浪の緊しきを斟酌し
更從外水種蘆根 更に 外水に従って 蘆根を種う
【語釈】
○湖蓮…湖に生えている蓮。○藕…蓮の根。○小小…非常に小さい。○荷錢…初生の蓮の葉。○漲痕…水のあふれ出た痕。○梅天…黄梅の天気。梅雨時。○外水…外から引いた水？。○蘆根…アシの根。薬用とする。
【通釈】
蓮が生えている古い池では、新しい蓮の根が、水中で翻るように漂っている。非常に小さい初生の蓮の葉が水のあふれ出た痕の土に没している。
梅雨時で風と波が荒いことを考慮して、これらの、蓮に加えて、外から引いた水に従って、アシの根を植えた。
★ 四時田園雜興六十首 其十五 晩春十二絕 其三
蝴蝶雙雙入菜花 蝴蝶 双々 菜花に入る
日長無客到田家 日 長くして 客の田家に到る無し
雞飛過籬犬吠竇 雞は飛んで籬を過ぎ 犬は竇に吠ゆ
知有行商來買茶 知んぬ 行商の 来りて茶を買う有るを
【語釈】
○蝴蝶…チョウチョ。○雙雙…つがい。○竇…ここでは垣根の穴。
【通釈】
チョウチョがつがいながらヒラヒラと菜の花畑に飛んでいった。春の日長、農家を訪れる客もない。
おや、鶏がバタバタと飛び騒いで垣根を越えていった。犬もくぐり穴のところで吠え立てている。だれかきたのかしらん。ああそうか、旅回りの商人が茶を買いにやってきたんだな。
（宋代の制度では、行商人は官の許可を得て、茶園から茶を買い付けるのが許されたという。）
（参考文献 『漢詩鑑賞辞典』（講談社学術文庫）、『范成大詩選』（幻冬舎）
湔裙水滿綠蘋洲 湔裙 水は満つ 緑蘋の洲
上巳微寒懶出遊 上巳 微かに寒く 出遊するに懶し
薄暮蛙聲連曉閙 薄暮 蛙声 暁に連って閙ぐ
今年田稻十分秋 今年 田稲 十分の秋ならん
【語釈】
○湔裙…災厄を避けるために水辺で酒を注ぎ衣服を洗う風習。○綠蘋…緑の浮き草。○上巳…陰暦三月三日。水辺で禊ぎをして災厄を逃れる習慣があった。
【通釈】
湔裙を行う日、川の水は、緑の浮き草の生えた中洲に満ちている。上巳の日、禊ぎをしようとしても僅かに寒いので，出かけるのがおっくうである。
薄暗くなった夕べから、蛙の声が明け方まで聞こえて来る。上巳の日に蛙が鳴くと水災が無いと言われているので、今年の秋は、水田の稲も良く実り、満足した秋になることであろう。
（呉の地では、上巳の日に蛙が鳴くと，水災が無いと言われていたようである。）
★ 四時田園雜興六十首 其十七 晩春十二絕 其五
新綠園林曉氣凉 新緑の園林 暁気涼し
晨炊早出看移秧 晨炊し早出して 秧を移して看る
百花飄盡桑麻小 百花 飄尽し 桑麻小なり
夾路風來阿魏香 夾路 風 来りて 阿魏香し
【語釈】
○暁気…曉の空気。○晨炊…朝早くかしぐ。○飄盡…飜って落ち尽くす。○夾路…路の両側。○阿魏…セリ科の植物。
【通釈】
新緑の園林では、曉の空気が涼しい。朝早くに朝食を食べて、苗を水田に移して，眺める。
全ての花が飜って落ち着くし、桑の葉や麻はまだ小さい。風が吹いてきて、道の両側にある、阿魏の香が非常に快い。
★ 四時田園雜興六十首 其十八 晩春十二絕 其六
三旬蠶忌閉門中 三旬の蚕忌 閉門の中
鄰曲都無步往蹤 隣曲 都て 歩往の蹤無し
猶是曉晴風露下 猶お是れ 暁晴 風露の下
采桑時節暫相逢 采桑の時節 暫く相逢わん
【語釈】
○三旬…三十日間。○蠶忌…養蚕時の物の忌み。○鄰曲…となり近所。○歩往…歩行。○風露…風と露。○采桑…桑を採る。
【通釈】
養蚕時に、物の忌みの為に、三十日間、門を鎖していた。となり近所も同じような状態で、道を歩く人の足跡はかった。
それでも，ようやく物の忌みは明けて桑の葉を採る時節となったので、夕晴れ、風露の中で、暫く隣近所の人と逢うことにしよう。
★ 四時田園雜興六十首 其十九 晩春十二絕 其七
歲歲蝸廬沒半扉 歳々 蝸廬 半扉を没す
不著茭青難護岸 茭青を著けずんば 岸を護ること難し
小舟撐取葑田歸 小舟もて葑田を撐取して帰る
【語釈】
○汙萊…荒れ地。○稜…広さの単位。○蝸廬…カタツムリのような小さな家。○茭青…青いマコモ。○葑田…水の上に自然にできた耕作地。○撐取…ささえる。「取」は助辞。
【通釈】
一稜の広さの荒れ地の回を水が取り囲んでいる。毎年、カタツムリのような小さな家は、扉の半分が水の中に没してしまう。
水の中に自然にできた耕作地は、回りに青いマコモを植えないとその岸を守ることができずない。（小さくなってしまう。）そこで、小舟で、青いマコモを植えて、この耕作地をささえて帰ってきた。
★ 四時田園雜興六十首
其二十 晩春十二絕 其八
蓬藟甘酸半染紅 蓬藟 甘酸 半ば紅を染む
采采歸來兒女笑 采々 帰り来れば 児女笑う
杖頭高挂小筠籠 杖頭 高く挂く 小筠籠
【語釈】
○茅針…茅の花。○漸…次第次第に。○茸…キノコ。○蓬藟…薬草の名。ヘサイチゴ。○甘酸…甘酸っぱい。○采采…次々と採る。○杖頭…杖の頂。○筠籠…竹籠。
【通釈】
茅の花が、淡い香りを放ちながら，だんだんと茸を包んでいく。ヘサイチゴが，甘酸っぱい匂いを放ちながら、半分程度赤くなっている。
これらを，次々と採って帰ってくると，兒女達が笑っている。杖の頭に竹籠を高く掲げて、その中にこれらが入っているからだ。
穀雨如絲復似塵 穀雨 糸の如く 復た塵に似たり
煮瓶浮蠟正嘗新 瓶に煮て 浮蠟 正に新たに嘗む
牡丹破萼櫻桃熟 牡丹は萼を破り 桜桃は熟す
未許飛花減却春 未だ 飛花の 春を減却するを許さず
【語釈】
○穀雨…百穀を生ずる雨。なお、二十四節季の一つで陽暦四月二十一日頃。○浮蠟…浮かんだ密蝋。○櫻桃…サクランボ。○減却…減らす。却は助辞。
【通釈】
百穀を生ずる恵みの雨は、糸の如く、また塵にもにている。（新茶を）瓶で煮て、浮かんだ密蝋を、本当に新しく味わう。
牡丹は萼を破って花が咲を咲かせ、サクランボは熟す。散る花が舞い飛んでいるが、春の景色は減らないで残っている。
（杜甫『曲江二首 其の一』に「一片花飛減卻春」とある。）
★ 四時田園雜興六十首
其二十二 晩春十二絕 其十
雨後山家起較遲 雨後の山家 起くること 較や遅し
天窗曉色半熹微 天窓の暁色 半ば熹微なり
老翁欹枕聽鶯囀 老翁 枕を欹てて 鶯囀を聴く
童子開門放燕飛 童子 門を開けて 燕を放ちて飛ばす
【語釈】
○天窗…てんまど。○暁色…曉の光。○熹微…太陽の光が薄いこと。○鶯囀…鶯のさえずり。
【通釈】
雨上がりの山家で、朝起きるのがやや遅かった。天窓の曉の色は、太陽の光が薄く、普通の半分ほどの明るさである。
老翁（作者）は、枕を当てたまま、鶯のさえずりを聞いている。子供は、戸を開けて，天井の梁で一夜を過ごした燕を、放して飛ばしている。
（参考文献） 『漢詩一日一首 春』（平凡社）
★ 四時田園雜興六十首
其二十三 晩春十二絕 其十一
海雨江風浪作堆 海雨 江風 浪 堆を作す
時新魚菜逐春回 時 新たにして 魚菜 春を逐いて回る
荻芽抽筍河豚上 荻芽 筍を抽き 河豚上る
楝子開花石首來 楝子 花を開き 石首来る
【語釈】
○荻芽…オギの芽。○河豚…フグ。○楝子…オウチ。○石首…石首魚。イシモチ。
【通釈】
湖には雨が降り、川には風が吹き、波は積み上げたように高い。時候が新しくなって、魚や野菜が春を追い掛けるようにして新しくなる。
竹の子がオギの芽に弾き出されたように生じ，フグが川を上ってくる。オウチが花を開き、イシモチがやってくる。
（蘇軾 『恵崇春江晩景』「蔞蒿満地蘆芽短，正是河豚欲上時。」
烏鳥投林過客稀 烏鳥 林に投じ 過客稀なり
前山煙暝到柴扉 前山の煙暝 柴扉に到る
小童一棹舟如葉 小童 一棹すれば 舟 葉の如し
獨自編闌鴨陣歸 独り 編闌自り 鴨陣帰る
【語釈】
○烏鳥…カラス類の鳥。○過客…旅人。○煙暝…暗い靄霞。○柴扉…柴で作った粗末な門。○一棹…棹でひと漕ぎする。○編闌…障害物を設けて遮る。○鴨陣…鴨の群れ。
【通釈】
カラスが林の中に隠れ、旅人は稀である。前の山の暗い靄霞は、柴で作った粗末な門までたなびいてくる。
子供が棹でひと漕ぎすると、小舟は葉の如く揺れ、たった一艘の舟により、鴨を飼ってあった囲いから、鴨の群れが引き連れられて帰ってきた。
★ 四時田園雜興六十首
其二十五 夏日十二絕 其一
梅子金黄杏子肥 梅子は金黄 杏子は肥え
麥花雪白菜花稀 麦花は雪白 菜花は稀なり
日長籬落無人過 日長くして 籬落 人の過る無く
惟有蜻蜓蛺蝶飛 惟だ 蜻蜓 蛺蝶の 飛ぶ有るのみ
【語釈】
○梅子…梅の実。 ○杏子…あんずの実。 ○籬落…まがき。かきね。○蜻蜓…トンボ。○蛺蝶…チョウチョ。
【通釈】
梅の実は黄金色になり、李の実は大きくなった。麦の花の色は雪のように白く、菜の花は少なくなった。日が長くなり、垣根のあたりは人が通り過ぎることもなく、ただ、トンボやチョウチョが飛んでいるだけである。
（参考文献） 『中国名詞選（下）』岩波文庫
五月江吳麥秀寒 五月の江呉 麦秀寒
移秧披絮尚衣單 秧を移して 絮を披らき 尚お衣単なり
稻根科斗行如塊 稲根 科斗 行くこと塊の如く
田水今年一尺寬 田水 今年 一尺寛なり
【語釈】
○江吳…長江の呉の地方。范成大の隠棲地である蘇州呉県。○麥秀寒…麦の伸びる頃不意に来る寒さ。○絮…綿入れの着物。○單…ひとえの着物。○科斗…おたまじゃくし。○塊…かたまり。○寬…ゆとりがあるさま。
【通釈】
蘇州の呉県件では、麦の伸びる頃に不意に来る寒さに見舞われた。秧を水田に移して、綿入れの衣を重ねて着たが、なお、ひとえの着物を着ている。
稲の根元ではオタマジャクシがかたまりになって泳いでいる。今年は、田の水も一尺ほどの深さがあり，ゆとりがある。
二麥俱秋斗百錢 二麦 俱に秋 斗百銭
田家喚作小豐年 田家 喚び作す 小豊年
接到西風熟稻天 接して 西風 熟稲の天に到らん
【語釈】
○二麥…大麦と小麦。○斗百錢…一斗（今の一升）が百銭に当たる。○喚作…～と呼ぶ。○餠爐…餅を焼く炉。○飯甑…飯を炊くこしき。○餓色…飢えの気配。○西風…秋風。○熟稲…稲が実る。
【通釈】
大麦と小麦の両方とも麦秋を迎えて豊作であり、一斗が百銭程度で安い。農家では「小豊年」と呼んでいる。
餅を焼く炉にも、飯を炊くこしきにも、飢えの気配は見受けられない。このような豊作の気配は、秋風が吹き、稲が実る季節まで続くであろう。
★ 四時田園雜興六十首
其二十八 夏日十二絕 其四
百沸繰湯雪湧波 百沸の繰湯 雪 波に湧く
桑姑盆手交相賀 桑姑 盆手 交ゝ 相賀す
綿繭無多絲繭多 綿繭 多無く 糸繭多し
【語釈】
○百沸…湯が盛んに沸騰するさま。○繰湯…繭を煮る湯。○繰車…養蚕具の名。おほが。○嘈囋…声の喧しいさま。○桑姑…桑を採る女性。○盆手…繭を煮る鍋から絹糸を取り出す人。○綿繭…質の悪い繭。○絲繭…絹糸が取れる質の良い繭。
【通釈】
繭を煮る湯は盛んに沸騰し、雪のように白い繭が湯の中で湧き上がっている。糸を繰る「おほが」の喧しい音が、雨が蓑に降りかかる音のように響いている。
桑を採る女性と、繭を煮る鍋から絹糸を取り出す人が、お互いに喜びの言葉を述べあっている。「質の悪い繭が無く、上質の繭が多い。」
★ 四時田園雜興六十首
其二十九 夏日十二絕 其五
大耆催稅急於飛 大耆 税を催すこと 飛ぶ於りも急なり
留得黄絲織夏衣 黄糸を留め得て 夏衣を織る
【語釈】
○小婦…若い婦人。○連宵…毎晩。○絹機…はたおり機。○大耆…むらおさ。○幸甚…非常に幸せで有り難い。○蠶桑…桑を植え蚕を飼うこと。○黄糸…黄色の蚕の糸。
【通釈】
若い婦人は毎晩、機織り機に上る。むらおさが税を納めるように促すことは飛ぶよりも急速である。
今年は、幸いにも桑を植え、蚕を飼うことが上手くいき、税を納めた後でも黄色の蚕の糸が残り、夏の衣を織ることができた。
★ 四時田園雜興六十首
其三十 夏日十二絕 其六
下田戽水出江流 下田 水を戽みて 江に出だして流す
高壠翻江逆上溝 高壠 江を翻えして 逆に溝を上らす
地勢不齊人力盡 地勢 斉わず 人力尽く
丁男長在踏車頭 丁男 長く 踏車の頭に在り
【語釈】
○下田…下方の田。○高壠…高い丘。○丁男…若者。○踏車…灌漑をするための足踏み車。
【通釈】
下方にある水田では、田に溜まる水を汲んで川に出して流す。高い丘にある水田では、川の流れと逆に、溝に水を上らせる。
地の利が良くなく、灌漑の人力も尽き果てた。若者は長い間、灌漑をするための足踏み車の傍で休憩を取っている。
晝出耘田夜績麻 昼は出でて 田に耘り 夜は麻を績ぐ
村莊兒女各當家 村荘 児女 各ゝ家に当たる
童孫未解供耕織 童孫は 未だ解せず 耕織に供するを
也傍桑陰學種瓜 也た 桑陰に傍いて 瓜を種うを学ぶ
【語釈】
○晝出…昼間に外に出かけること。○耘…雑草を取り除く。○村荘…村人の住むところ。○當家…己の家の業を営む。○耕織…田を耕すことと機を織ること。
【通釈】
昼間は田に出て雑草を取り除き、夜は綿を紡ぐ。村人の住むところでは、男の子も女の子も、めいめいが自分の家の業を営む。幼児は、まだ田を耕すことも機を織ることもできないが、それでも桑の木陰で、瓜を植えるまねごとをしている。
（参考文献） 『中国名詩選 （下）』（岩波文庫）『漢詩大系 １６』、『范成大詩選』（幻冬舎）
槐葉初勻日氣凉 槐葉 初めて勻い 日気涼し
葱葱鼠耳翠成雙 葱々たる鼠耳 翠 双を成す
三公只得三株看 三公は 只だ 三株を得て看る
閒客清陰滿北窗 閑客は 清陰 北窓に満つ
【語釈】
○槐葉…エンジュの葉。○日氣…日光から発せられる気。○葱葱…草木が青々と茂るさま。○鼠耳…母子草の異名。○三公…最高の官位にある人。○閒客…閑な人。○清陰…涼しいかげ。
【通釈】
エンジュの葉がようやっと出揃い、木陰ができて日光から発せられる気が涼しく感じられる。母子草は青々と茂り、緑色の葉が対になっている。
最高の官位にある人は、ただ，エンジュ三株だけを得て庭に植えて見るだけだ。それに引き替え、閑な人（作者）の北の窓には、エンジュの木が多く茂り、涼しいかげが一杯に満ちている。
黄塵行客汗如漿 黄塵 行客 汗 漿の如し
借與門前磐石坐 門前の磐石を 借与し坐せしむれば
柳陰亭午正風凉 柳陰 亭午 正に風は涼し
【語釈】
○行客…旅人。○漿…飲み物。○儂家…わが家。○少住…少しく住む。滞在。○井香…香しい井戸の水。○借與…借りる。○亭午…正午。
【通釈】
ほこりにまみれた旅人よ。流れる汗は，頭から飲み物を被ったようだ。わしの家で少し休まれて、香しい井戸の水で口をすすがれててはどうか。
門の前の平たい石を貸してあげるのでそこに坐れば、真昼どきとはいえ、柳の陰には涼しい風が吹いてきますぞ。
（参考文献）『漢詩一日一首 夏』（平凡社）『漢詩大系 １６』
★ 四時田園雜興六十首
其三十四 夏日十二絕 其十
千頃芙蕖放棹嬉 千頃の芙蕖 棹を放にして嬉る
花深迷路晚忘歸 花深くして 路に迷い 晩に帰るを忘る
家人暗識船行處 家人 暗に識る 船の行く処
時有驚忙小鴨飛 時に驚忙せし 小鴨の飛ぶ有り
【語釈】
○千頃…非常に広いこと。○芙蕖…蓮の花。○暗識…間接的に知る。○驚忙…驚き慌てる。○小鴨…小ガモ。
【語釈】
広い石湖に蓮の花が一杯に咲いており、舟に乗った自分は船をこぐ棹を意のままに扱って、それらを愛でる。花が一杯咲いているので航路に迷っていて、夜になってからも帰ることを忘れていた。
家の人々は、船がどこに行ったかが分かるのである。それは、船の行くところで、驚き慌てている小ガモが飛ぶのが見えるからである。
（参考文献） 『漢詩大系 １６』（集英社）
★ 四時田園雜興六十首
其三十五 夏日十二絕 其十一
采菱辛苦廢犁鉏 采菱の辛苦 犁鉏を廃す
血指流丹鬼質枯 血指は丹を流して 鬼質枯る
無力買田聊種水 田を買う力無く 聊に水に種えしも
近來湖面亦收租 近来 湖面も 亦た租を収む
【語釈】
○采菱…菱の実を採る。○犁鉏…すきとからすき。農耕。○丹…赤い血。○鬼質…幽霊の姿。○近来…近ごろ。○租…租税。
【通釈】
農耕を棄てて、菱を採ることを業としたが、非常に苦しいものである。指は丹のように赤い血を流し、体は幽霊のように痩せさらばえた。それというのも、田を買う財力がなくて、僅かに水に菱を植えて採ることにしたのだが、近ごろ、この湖面から採る菱にも租税をかけるようになったのだ。
（参考文献） 『中国名詩選 （下）』（岩波文庫）、『漢詩大系 １６』（集英社）
蜩螗千萬沸斜陽 蜩螗 千万 斜陽に沸く
蛙黽無邊聒夜長 蛙黽 無辺 聒夜長し
不把癡聾相對治 痴聾を把り 相対して治せずんば
夢魂爭得到藜牀 夢魂 争か 藜床に到るを得ん
【語釈】
○蜩螗…蟬。○千萬…数多く。○蛙黽…雨蛙。○聒夜…喧しい夜。○癡聾…おろか者とつんぼ。○藜牀…アカザで作った寝床。
【通釈】
数限りなく多くの蟬が夕日の中で鳴く。雨蛙が至るところで鳴く声が喧しい夜が長い。
愚か者か耳が不自由な人となって、このうるささに対応するのでなければ、どうして、アカザで作った寝床で睡る自分が、安らかな夢を見ることができようか。
★ 四時田園雜興六十首
其三十七 秋日十二絕 其一
兩蛩相應語莎叢 両蛩 相応じて 莎叢に語る
蟲絲罥盡黄葵葉 虫糸 罥尽す 黄葵の葉
寂歷高花側晚風 寂歴たる高花 晩風 側む
【語釈】
○杞棘…カラタチとイバラ。○蛩…コオロギ。○莎叢…ハマナスゲの草むら。○蟲絲…クモの糸。○罥盡…網で絡め取り尽くす。○寂歷…ひっそりとしてもの寂しい。○側…傾ける。
【通釈】
カラタチとイバラの赤い実がなって、それからしたたる露も赤く見える。二匹のコオロギが相応じて、ハマナスゲの草むらで鳴き合っている。
蜘蛛の巣の糸が黄色の葵の葉を絡め取っている。ひっそりもの寂しげに咲いている高い花を、夕暮れの風が傾けている。
朱門巧夕沸歡聲 朱門は 巧夕に 歓声沸き
田舍黄昏靜掩扃 田舎は黄昏 静かに扃を掩う
男解牽牛女能織 男は牽牛を解し 女は能く織る
不須徼福渡河星 福を徼むるを須いず 渡河星に
【語釈】
○朱門…高貴な人の屋敷。○巧夕…七夕。○田舍…農家。○黄昏…たそがれ時。○掩扃…かんぬきを閉じて扉を閉める。○牽牛…牛を牽くこと。○渡河星…牽牛・織女・星。
【通釈】
高貴な人の屋敷では、七夕を祝って歓声が沸くのに、田舎の家では夕暮れに静かに門を閉めて寝てしまう。
男は牛を牽くことができるし、女は織物をすることができる。牽牛・織女星を祭って幸せを求める必要は無いのだ。
（参考文献） 『中国詩人撰集 （下）』（岩波文庫）、『范成大詩選』（幻冬舎）
★ 四時田園雜興六十首
其三十九 秋日十二絕 其三
橘蠹如蠶入化機 橘蠹 蚕の如く 化機に入る
枝間垂繭似蓑衣 枝間 繭を垂るること蓑衣に似たり
忽然蛻作穿花蝶 忽然として 蛻花を穿つ蝶と作る
翅粉纔乾便學飛 翅粉 纔に乾き 便ち 飛ぶを学ぶ
【語釈】
○橘蠹…タチバナに寄生する木食い虫。○化機…変化の機会。羽化の時期。○蓑衣…蓑。○翅粉…鱗粉。
【通釈】
橘蠹が蚕のように羽化の時期に入った。木の枝の間に繭を垂れると、それは蓑のように見える。
突然、抜け殻から脱して、花の蜜を吸うチョウチョになる。鱗粉は僅かに乾き、すぐに飛ぶことを覚える。
（杜甫 『曲江二首 其の二』「穿花蛺蝶深深見」）
無端妨礙小蟲飛 端無くも 妨礙す 小虫の飛ぶを
催喚山童爲解圍 山童を催喚して 囲を解くを為す
【語釈】
○簷蛛…ノキに棲むクモ。○妨礙…妨げる。○蜻蜓…トンボ。○倒挂…さかさまに引っかかる。○催喚…呼んで促す。
【通釈】
ノキに棲むクモが低いところに網を結んでいるのを静かに見ていると、意外にも小さな虫が引っかかっている。
トンボは逆さまに引っかかり、蜂の子供は苦しんでいる。山の子供を呼んで、とらわれている虫を解放させた。
（参考文献） 『漢詩大系 １６』（集英社）
垂成穡事苦艱難 成るに垂んとし 穡事 艱難に苦しむ
忌雨嫌風更怯寒 雨を忌み 風を嫌い 更に寒に怯ゆ
牋訴天公休掠剩 天公に箋訴す 掠剩を休めよと
半償私債半輸官 半ばは私債を償い 半ばは官に輸む
【語釈】
○垂…いまにも～しそうである。○穡事…農事。○艱難…苦しみ。悩み。○牋訴…文章で訴える。○天公…天帝。○掠剩…余った者を奪う。
【通釈】
農作業が終わって収穫をえる直前になっても、甚だ大変で苦労が多い。雨が降るのを恐れ、風が吹くのを嫌い、更に寒さに怯える。
天帝（暗に皇帝をさす）に文章で訴える。余ったものを奪い取る(凶作になる)のを止めて下さいと。収穫の半分は借金を返すのに使い、半分は税金として治め，手元にはほとんど残らないのだから。
（参考）
ブログ（詩詞世界）
秋來只怕雨垂垂 秋来 只だ怕る 雨の垂々たるを
甲子無雲萬事宜 甲子 雲無く 万事宜し
穫稻畢工隨曬穀 稲を穫り 工を畢えて 曬穀に随い
直須晴到入倉時 直ちに 晴の倉に入る時に到るを須む
【語釈】
○秋来…秋になってから。○垂垂…垂れ下がる。しとしとと降る。○甲子…甲子の日。○曬穀…もみを日に晒して乾かすこと。
【通釈】
秋になってからは、雨がしとしとと降らないかということだけが心配だ。幸いに今年は甲子の日が晴れであったから全てがうまくいくだろう（当時、このように信じられていた）。
稲刈りの仕事が終わると、次はもみを日にさらして乾かすことを行い、こうなれば、晴れの日が、もみが鞍に入るまで続くことを求めるだけだ。
（参考文献）『漢詩一日一首 秋』（平凡社）
中秋全景屬潛夫 中秋の全景 潜夫に属す
身外水天銀一色 身外の水天 銀一色
城中有此月明無 城中 此れ 月明の有る無し
【語釈】
○潛夫…世を避けて隠れ住む人（作者自身）。○屬…集まる。○空明…空中。○太湖…江蘇省と浙江省に跨がる湖。○城中…街の中。
【通釈】
仲秋の素晴らしい景色は、全部、世を避けて暮らしている自分のものである。釣り座を空中に放り投げ、太湖を見る。
この身の回りの、湖の水や空は、銀一色である。街の中では、きっと、このような美しい景色をもたらす月明かりは無いに違いない。
新築場泥鏡面平 新築の場泥 鏡面のごとく平かなり
家家打稻趁霜晴 家々 稲を打ち 霜晴を趁う
笑歌聲裏輕雷動 笑歌声裏 軽雷動く
一夜連枷響到明 一夜の連枷 響いて明に到る
【語釈】
○場泥…泥を固めて作った稲を打つところ。○鏡面平…鏡の面のように平らである。○霜晴…霜が降りた後の晴。○輕雷…少しくなる雷。○連枷…農具の名。穀物を打つ道具。○明…夜明け。
【通釈】
新たに泥を固めて作った稲打ち場は、鏡の面のように平らかである。家々では，霜が降りた後の晴を待って、稲を打って脱穀している。
笑い声や歌声がひびいて、まるで軽い雷でも鳴りだしそうだ。連枷の音は一晩中響いて，明け方まで続くのだ。
（参考文献） 『漢詩大系 １６』（集英社）
租船滿載候開倉 租船 満載 開倉を候つ
粒粒如珠白似霜 粒々 珠の如く 白きこと霜に似たり
不惜兩鍾輸一斛 惜しまず 両鍾もて 一斛を輸すを
尚贏糠覈飽兒郎 尚お 糠覈を贏して 児郎を飽かしめん
【語釈】
○租船…租税を載せた船。○粒粒…一粒一粒。○兩鍾…ここでは二斛の意味。○一斛…五斗。○兩鍾輸一斛…名目一斛の租税として、実質二斛を収めさせること。○糠覈…米くずとぬか屑。○承句…李紳「憐農」「誰知盤中飯，粒粒皆辛苦。」
【通釈】
租税の載せる船は年貢米を満載して、おかみの倉の前の波止場で倉の扉が開くのを待っている。これらの年貢米の一粒一粒は珠のようであり、霜のように白い。
それを見ながら農夫達は言う「おかみは升目をひどくごまかして、年貢を余分にふんだくった。だが、それを悔しいとは思わぬ。まだ、米くずとぬかくずはたっぷりある。子供には、それを腹一杯食わせてやるさ。」
（参考文献） 『漢詩一日一首 秋』（平凡社）
★四時田園雜興六十首 其四十六 秋日十二絕 其十
菽粟瓶罌貯滿家 菽粟 瓶罌に貯えて家に満つ
天教將醉作生涯 天 酔を将って 生涯を作さしむ
不知新酒堪篘未 知らず 新酒 篘に堪うるや未だしや
今歲重陽有菊花 今歳 重陽 菊花有り
【語釈】
○菽粟…豆類と穀類。○瓶罌…かめ。もたひ。○篘…酒こし器。○今歳…今年。○重陽…陰暦九月九日、重陽の節句。
【通釈】
今年も豊作で、豆類と穀類を瓶に貯えて家一杯になった。天は、自分に、酔っ払って生涯を送らせようとしているようだ。
ところで、新しく作った酒は、酒こし器でこすに堪えられるほど熟しているのだろうか。今年も重陽節には、菊の花が咲くようであるが、重陽の酒とするのに間に合うだろうか。
★四時田園雜興六十首 其四十七 秋日十二絕 其十一
細擣橙虀買鱠魚 細く橙虀を擣きて 鱠魚を買う
西風吹上四腮鱸 西風 吹き上ぐ 四腮の鱸
雪鬆酥膩千絲縷 雪鬆 酥膩 千糸の縷
除却松江到處無 松江を除却すれば 到る処無し
【語釈】
○橙虀…調味用に橙を細かく刻んだもの。○鱠魚…細切れにした魚肉。○西風…秋風。○四腮…四つのえら。○鱸…スズキに似た淡水魚。○雪鬆…雪のようにふわふわしている。○酥膩…チーズのように脂っこい。○除却…除く。却は助辞。○松江…南京松江区。鱸の産地として有名。
【通釈】
細かく調味料としての橙虀を切り刻んで，細切れにした魚肉を買ってくる。秋風が吹く頃になって、四つのえらを持った鱸魚が市場に上るようになった。
雪のようにふわふわしてチーズのように脂っこい。こうした美味の鱸魚は、名産地である松江でなければ、他のどこでも得られないであろう。
（張翰の故事）
新霜曉徹報秋深 新霜 暁に徹して 秋の深きを報ず
染盡青林作纈林 青林を染め尽して 纈林と作す
惟有橘園風景異 惟だ 橘園の風景の異なる有り
【語釈】
○纈林…絞り染めのような林。○橘園…タチバナの園。○叢叢…叢がる。
【通釈】
新しく降りた霜が朝まで続いて、秋が深まったことを知ることができる。青緑色の林を染め尽くして、赤黄緑入り交じった絞り染めのような林となした。
ただ、タチバナの園の風景はこれと異なっている。碧色が叢がっている中に、数限りない黄金色がちりばめられている。
斜日低山片月高 斜日は山に低く 片月は高し
睡餘行樂繞江郊 睡余の行楽 江郊を繞る
霜風掃盡千林葉 霜風 掃き尽す 千林の葉
閒倚筇枝數鸛巢 閑に 筇枝に倚り 鸛巣を数う
【語釈】
○睡余…眠りの醒めた後。○行樂…楽しみをなす。○江郊…川辺の村。○霜風…骨を刺す寒風。○筇枝…筇竹で作った竹杖。○鸛巢…カササギの巣。
【通釈】
夕日は山にかかって低く、片割れ月は空に高くかかっている。眠りの醒めた後の楽しみとして、川辺の村をめぐり歩く。
骨を刺す寒風が全ての林の葉を吹き落としてしまっている。ゆったりと筇竹で作った竹杖に寄りかかって、カササギの巣の数を数える。
★四時田園雜興六十首 其五十 冬日十二絕 其二
炙背檐前日似烘 背を炙る檐前 日 烘に似たり
煖醺醺後困蒙蒙 煖くして 醺々たる後 困して蒙々たり
過門走馬何官職 門を過ぎる走馬 何の官職ぞ
側帽籠鞭戰北風 帽を側だて 鞭を籠め 北風と戦う
【語釈】
○炙背…ひなたぼっこ。○檐前…ノキの前。○醺醺…酒に酔ってニコニコしているさま。○蒙蒙…暗いさま。○側…傾ける。
【通釈】
軒下でひなたぼっこをしていると，太陽の光の暖かさは焚き火に当たっているようである。暖かいので酒に酔っていい気分でいると、眠くなり意識が朦朧としてくる。
ところで、門の前を馬を走らせていったのは，どんな官職の人だろうか。帽子を傾け、馬を鞭をあてて、冷たい北風と闘っていた。
★四時田園雜興六十首 其五十一 冬日十二絕 其三
屋上添高一把茅 屋上 高く添う 一把の茅
密泥房壁似僧寮 密泥の房壁 僧寮に似たり
卧聽籬頭響玉簫 卧して聴く 籬頭 玉簫の響くを
【語釈】
○密泥…粘土質の土。○房壁…部屋の壁。○僧寮…僧侶の宿舎。○從教…ままよ。○陰風…朔風。○籬頭…垣根のてっぺん。○玉簫…縦笛の美称。
【通釈】
屋上の高所にあった穴をふさぐため、一把の茅を付け加えた。粘土質の土でできた部屋の壁は、僧侶の宿舎に似ている。
屋外では朔風が吹いているが、吹くのに任せておこう。寝そべって聞くと，屋根のてっぺんで縦笛の音が響いているように感じられる。
★四時田園雜興六十首 其五十二 冬日十二絕 其四
凝煙如墨暗房櫳 凝煙 墨の如く 房櫳を暗う
晚來拭浄南窗紙 晩来 南窓の紙を拭浄す
便覺斜陽一倍紅 便ち覚ゆ 斜陽の一倍紅なるを
【語釈】
○松節…松の節くれ立ったところ。○膏…松ヤニ。○燭籠…灯篭。○凝煙…凝り固まった煙。○房櫳…れんじ窓。○晩来…夕方になってから。○拭浄…拭いて綺麗にする。○便…たちまち。
【通釈】
松の節くれ立った所の膏を燃やして，灯篭の代わりにすると、凝り固まった煙が墨のように立ち上がり、れんじ窓を蔽っている。
夕方になってから、南側の窓の紙を拭いて綺麗にすると、たちまち、夕日の光がいっそう紅色になるのを感じた。
（参考文献） 『漢詩大系 １６』（集英社）
牯牸無瘟犢兒長 牯牸 瘟無く 犢兒長ず
明年添種越城東 明年 添種せん 越城の東に
【語釈】
○乾高…西北の方向は高い。○寅缺…東北の方向は低い。○牛宮…牛小屋。○巵酒…杯の酒。○豚蹄…豚のひずめ。○土公…土地の神。○牯牸…雄牛と雌牛。○瘟…流行病。○犢兒…子牛。○添種…種を植える。○越城…江蘇省蘇州呉県の街。范成大の隠棲地。
【通釈】
西北の方が高く東北の方が低い土地に牛小屋を築いた。盃に入れた酒と豚のひずめを土地の神にささげて、牛の安全を願った。
雄牛も雌牛も流行病にかからず、講師も大きくなった。来年は、江蘇省蘇州呉県の街に移して，牛の繁殖を図ろう。
放船閒看雪山晴 船を放ちて閑かに看る 雪山の晴るるを
風定奇寒晚更凝 風 定まり 奇寒 晩に更に凝る
坐聽一篙珠玉碎 坐に聴く 一篙して 珠玉の砕くを
不知湖面已成冰 知らず 湖面の 已に氷と成るを
【語釈】
○奇寒…珍しい寒さ。○凝…固まる。○一篙…ひと棹を差す刺す。
【通釈】
船出をして、ゆったりとして雪を被った山が晴れるのをみる。風が収まり，珍しい寒さが夕方になって固まる。
何げなく、舟をこぐ棹を一差しすると、玉が砕けるような音がするのを聴いた。湖面が已に氷になっているのを知らなかった。
撥雪挑來踏地菘 雪を撥いて挑り来る踏地菘
味如蜜藕更肥醲 味は蜜藕の如く 更に肥醲なり
朱門肉食無風味 朱門の肉食 風味無し
只作尋常菜把供 只だ 尋常 菜把の供を作さん
【語釈】
○挑來…選びとる。來は助辞。○踏地菘…菘（白菜）の一種。○蜜藕…甘い蓮の根。○肥醲…甘くて濃い酒。○朱門…身分の高い人。○尋常…普通。ふだん。○菜把…野菜の束。○供…もてなし。
【通釈】
雪をはらって踏地菘を選び採ってきた。味は甘い蓮の根のようであるが、更に甘くて濃い酒のようである。
身分の高い人の家では肉を食べているが、あんなものは風味が無い。ひたすら、普通に、野菜の束をもって、もてなしをしよう。
榾柮無煙雪夜長 榾柮 煙無く 雪夜長し
地爐煨酒煖如湯 地炉に酒を煨むれば 煖かきこと湯の如し
莫嗔老婦無盤飣 嗔る莫かれ 老婦の盤飣無きを
笑指灰中芋栗香 笑って 灰中を指せば 芋栗香し
【語釈】
○榾柮…木の切れ端。そだ。ほだぎ。○地爐…地に仕切った炉。○煨…あたためる。○盤飣…食べ物（酒のつまみ）を入れた皿。
【通釈】
ほだぎは煙を出さずに燃え、雪の夜は長い。地爐で酒を暖めると湯のように温かい。酒のつまみがないと婆さんを叱ることはない。笑って指さした灰の中には、香ばしく焼けた芋や栗があるのだ。
（参考文献） 『新編中国名詩選 （下）』（岩波文庫）、『漢詩大系 １６』（集英社）、『漢詩一日一首』（平凡社）
★四時田園雜興六十首 其五十七 冬日十二絕 其九
煮酒春前臘後蒸 煮酒 春前 臘後に蒸す
一年長饗甕頭清 一年 長く饗す 甕頭清
廛居何似山居樂 廛居 何ぞ似たる 山居の楽みに
秫米新來禁入城 秫米 新たに来るも 城に入るを禁ず
【語釈】
○煮酒…蒸留した酒。○春前…立春の前。○臘後…陰暦十二月の後。○甕頭清…熟した酒の上澄み。○廛居…城内にある百姓の家。○秫米…もち米。
【通釈】
蒸留酒を立春の前や陰暦十二月の後に蒸留する。（蒸留しない酒は）熟した酒の上澄み部分であって上等の部分を、一年の長い期間味わう。
城内にある百姓の家では、このような山の楽しみは味わうことができないであろう。もち米が新しくできたとしても、街の中に入れることが禁じられているから。
（食糧不足にならないように、酒を造るための米を街の中に入れるのを禁止していたようである。）
★四時田園雜興六十首 其五十八 冬日十二絕 其十
黄紙蠲租白紙催 黄紙もて 租を蠲し 白紙もて催す
皂衣旁午下郷來 皂衣 旁午 郷に下りて来る
乞汝青錢買酒迴 汝に青銭を乞い 酒を買って迴らん
【語釈】
○黄紙…黄色い紙に書かれた年貢減免のお触れ（詔書）。○白紙…白い紙に書かれた督促状。○皂衣…黒い服を着た役人。○旁午…昼下がり。○長官…ここでは役人自身。○冬烘…冬なのに頭がのぼせること。○青錢…小銭。
【通釈】
詔書では、年貢減免をすると言っておきながら、督促状では税を納めることを急がせる。黒い服を着た役人が、税の督促の為に、昼下がりに村里に下りてきた。
そして言う事には「本官の頭脳は、冬なのに、甚だしくのぼせ上がっている。お前らに小銭を求め、貰えれば督促を止め、酒を買って帰ってやろう。」
（参考文献） 『漢詩一日一首 冬』（平凡社）
枝北枝南總未春 枝北枝南 総て 未だ春ならず
忽見小桃紅似錦 忽ち見る 小桃 紅なること 錦に似たるを
【語釈】
○柴門…柴で出来た粗末な門。粗末な家。○公子…貴人。○武陵人…桃花源記に出てくる漁師。
【通釈】
貴人が梅を探して、柴で出来た粗末な門を敲いた。ところが、四方に向いた枝々は、どれもまだ春の気配がしていなく花が十分には咲いていなかった。
突然、小さな桃の木の花が紅色に咲いており、その色が錦に似ているのをみた。そして、梅の花が咲いていないことを振り返って、自分が、桃花源記に出てくる漁師ではないかと疑った。
★四時田園雜興六十首 其六十 冬日十二絕 其十二
村巷冬年見俗情 村巷 冬年 俗情を見る
鄰翁講禮拜柴荆 隣翁 礼を講ぜんと 柴荆を拝す
長衫布縷如霜雪 長衫の布縷 霜雪の如し
云是家機自織成 云う是れ 家機 自ら織り成す
【語釈】
○村巷…村の小路。○冬年…冬至の日。○俗情…土地の風俗。○講禮…挨拶回り。○柴荆…柴で作った粗末な扉。○長衫…長い丈の衣服。○布縷…布とより糸。○家機…家の機織り機。
【通釈】
村の小路では、冬至の日に土地の風俗を見ることができる。隣の翁は挨拶回りをして、わが家の柴で作った粗末な扉に拝礼をしてきた。
長い丈の衣服の布とより糸は、白くて霜や雪のようである。これは、自分の家の機織り機で織って作った物だと言っている。
（参考文献） 『范成大詩選』（幻冬舎）