「諸行無常・栄枯盛衰を詠う」　　　　　　　　　　　　　　山居　閑人

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　

「祇園(ぎおん)精舎(しょうじゃ)の鐘の声、諸行(しょぎょう)無常(むじょう)の響きあり。沙羅(さら)双樹(そうじゅ)の花の色、盛者(しょうじゃ)必衰(ひっすい)の理(ことわり)をあらはす。おごれる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。たけき者も遂にはほろびぬ、ひとへに風の前の塵に同じ。」

　平家物語の冒頭部分を紹介いたしました。「諸行無常」「栄枯盛衰」とも、その本質は、「どのような栄華を誇ろうとも、それは長くは続かず、最後には跡形も無くなる。」という、人間の営みの宿命、儚さを言う物であると思われます。

　このたびは、「諸行無常・栄枯盛衰を詠う」と題しまして、人間の営みの儚(はかな)さを詠った詩歌を紹介したいと思います。

　最初に、古代中国の戦国時代呉と越の国に焦点を当てます。これら二つの国は戦いにおいて「臥薪嘗胆(がしんしょうたん)」「会稽(かいけい)の恥を濯(そそ)ぐ」など成語を生み出しました。最初の戦いでは、越の王の勾践(こうせん)が呉の王であった闔閭(こうりょ)を破り、闔閭はこの時に受けた手傷のために死亡しました。

闔閭の子である夫差(ふさ)は、父の遺言に従って復讐を誓い、薪の上に寝て、その痛さに堪えることにより復讐心を忘れないようにしながら兵を鍛え、勾践と戦って勝ち、勾践を会稽山に包囲しました。勾践は自殺しようとしましたが軍師である范蠡(はんれい)の勧めにより、自分は夫差の臣下となり、妻を夫差の妾にすることなどの条件を出して命乞いをし、夫差は忠臣である伍子胥(ごししょ)の諫めも聞かず、勾践を許し、その後、周りの国を攻めてその盟主となるという栄華を誇りました。

勾践は、夫差に従うふりをしながら、「会稽(かいけい)の恥を濯(そそ)ぐ」ことを決心し、肝を嘗めてその苦さに堪えることにより決心を忘れないようにして兵を鍛えました。又、西施(せいし)という絶世の美女を差し出し、夫差を溺れさせました。そして、油断している夫差の隙を突いて戦を仕掛け、夫差を追い詰めました。夫差は命乞いをしましたが、范蠡が決して許さないように勾践に進言して、夫差は自殺し、呉は滅びました。

勾践の死後、越は楚(そ)にほろぼされ、呉と越の王宮はあとかたもなくなりました。

後にこの地を訪れた李白は、呉の都のあった地の様子を「蘇(そ)台覧(だいらん)古(こ)」、その時の越の都のあった地の様子を「越中(えっちゅう)懐古(かいこ)」と言う詩に詠いました。

始めに「蘇台覧古」を紹介いたします。かつての夫差が西施と享楽したとされる姑蘇(こそ)台(だい)の宮殿は野原となり、曾て宮殿において西施を照らしていた月だけは、変わりなく、この地を照らしていると詠うことにより、呉の繁栄が無常のものであったことを表しています。「呉王宮裏の人」とは、傾国の美女とされる西施をさしています。

舊苑荒臺楊柳新　　　旧苑(きゅうえん) 荒(こう)台(だい) 楊(よう)柳(りゅう)新(あら)たなり　

菱歌�C唱不勝春　　　菱歌(りょうか) 清(せい)唱(しょう) 春に勝(た)えず

只今惟有西江月　　　只今 惟だ　西江(せいこう)の月のみありて　

曾照呉王宮裏人　　　曾て照らす 呉(ご)王宮(おうきゅう)裏(り)の人

　続きまして、「越中懐古」を紹介いたします。呉を破って返って来た越は繁栄を誇ったが、今では、その宮殿も跡形もなくなり、ただ、鷓鴣(しゃこ)の飛ぶのが見えるだけだと詠うにより、同じく、越の繁栄も無常のものであったことを表しています。

越王勾踐破呉歸　　　越王勾踐(えつおうこうせん) 呉を破って帰る　

義士還家盡錦衣　　　義士 郷(きょう)に還って 尽く錦(きん)衣(い)す

宮女如花滿春殿　　　宮女 花の如く 春(しゅん)殿(でん)に満つ　

只今惟有鷓鴣飛　　　只今 惟(た)だ鷓鴣(しゃこ)の飛ぶ有るのみ

　

　日本の僧である絶海(ぜっかい)中津(ちゅうしん)は、明に留学中に、呉の宮殿のあった姑蘇(こそ)台(だい)を訪れました。そのとき、山上から周りの風景を見ながら「姑蘇(こそ)台(だい)」という詩を作りました。この詩の頸聯は、伍子胥が属鏤(しょくる)の名剣で自殺を命じられたこと、呉の都に越の旗である姑(こ)蔑(べつ)の旗が立ち、占領されたことを示しています。

姑蘇台上北風吹　　　姑蘇(こそ)台上(だいじょう) 北風(ほくふう)吹く　

過客登臨日暮時　　　過客(かかく) 登臨(とうりん)す 日暮(にちぼ)の時　

糜鹿群遊華麗尽　　　糜(び)鹿(ろく)は群遊(ぐんゆう)し華麗は尽き　

江山千里版図移　　　江山(こうざん)千里 版図(はんと)移る

忠臣甘受属鏤剣　　　忠臣甘んして受く属鏤(しょくる)の剣　

諸将愁看姑蔑旗　　　諸将愁い看る姑(こ)蔑(べつ)の旗

回首長洲古苑外　　　首(こうべ)を回(めぐ)らせば 長洲(ちょうしゅう) 古苑(こえん)の外(そと)

断烟疎樹共凄其　　　断烟(だんえん)疎樹(そじゅ) 共に凄(せい)其(き)たり

　呉の都のあった地を訪れた陳羽(ちんう)は、「呉城覧(ごじょうらん)古(こ)」という詩を作り、李白と同じように、呉の都は荒れ果てており、西施が住んだと言われる「館娃(かんあい)宮(きゅう)」には、西施を憐れむように真っ先に蘭の花が咲くようだと唱いました。「呉城覧古」を紹介いたします。

吳王舊國水煙空　　　吳王の旧国 水煙(すいえん)空し　

香徑無人蘭葉紅　　　香(こう)経(きょう)人無く 蘭(らん)葉(よう)紅(くれない)なり

春色似憐歌舞地　　　春色(しゅんしょく)歌舞(かぶ)の地を憐れむに似て　

年年先發館娃宮　　　年年先ず発す館娃宮(かんあいきゅう)

　　又、陳羽(ちんう)は、呉王夫差の廟(びょう)を訪れて「夫差の廟を経(へ)る」という詩を作り、古木に夫差の名前が刻まれて神となっているが、あたりは寂寥としており、奏される音楽も誰を楽しませるものであろうかと唱っています。「呉王廟」を紹介いたします。

姑蘇城畔千年木　　　姑蘇(こそ)城(じょう)畔(はん) 千年の木　

刻作夫差廟裏神　　　刻(こく)して夫差(ふさ)を廟(びょう)裏(り)の神と作(な)す

冠蓋寂寥塵満室　　　冠(かん)蓋(がい)寂寥(せきりょう) 塵 室に満つ　

不知簫鼓樂何人　　　知らず 簫(しょう)鼓(こ) 何人をか楽しましむ

　越王勾践(えつおうこうせん)が勝利したあと、范蠡(はんれい)は、「勾踐とは、苦難を共にできても、歓楽はともにできない」として、勾踐のもとを去りました。「狡(こう)兎(と)死して走狗(そうく)烹らる」は、韓(かん)信(しん)の言葉として有名ですが、既にこのとき范蠡によって使われています。范蠡は、西施を伴って舟に乗って立ち去ったとされ、この様子が絵に描かれ、朝川(あさがわ)善(ぜん)庵(あん)が詩に詠いました。この詩「笵蠡西施(はんれいせいし)を載せるの図」を紹介いたします。呉越の攻防を見るに付けても、人の世の興亡などは人の計り知れない物であると詠っています。

安国忠臣傾国色　　　国を安んずるの 忠臣国を傾くるの色　

片帆俱趁五湖風　　　片帆(へんぱん)俱(とも)に趁(お)う 五湖の風

人間倚伏君知否　　　人間(じんかん)の倚伏(きふく) 君知るや否や　

呉越存亡一舸中　　　呉越の存亡 一舸(いっか)の中(うち)

　傾国の美女西施は、色々な詩歌に取り入れられ、芭蕉の『奥の細道』「象潟(きさかた)」にも、「象潟や雨に西施がねぶの花」と詠まれていますが、中国浦陽江（浣(かん)江(こう)・浣紗渓(かんさけい)）の川岸に西施(せいし)石(せき)「西施石」という岩があり、西施が紗(うすぎぬ)を洗ったところと伝えられております。この「西施石」を詠った楼穎(ろうえい)の詩を紹介いたします。呉を滅ぼしたとされる西施にまつわる岩にも苔が生えて、無常を感じさせることを詠っています。

西施昔日浣紗津　　　西施(せいし)昔日(せきじつ) 浣紗(かんさ)の津(しん)　

石上��苔思殺人　　　石上(せきじょう)の��(せい)苔(たい)人を思殺(しゅうさつ)す

一去姑蘇不復返　　　一たび姑蘇(こそ)を去りて復(ま)た返らず　

岸傍桃李爲誰春　　　岸(がん)傍(ぼう)の桃(とう)李(り)　誰(た)が爲にか春なる

　　　このように、呉王夫差が溺れた西施は「傾国の美女」と言われ、呉を滅ぼしたと言われています。しかし、羅隠(らいん)は、国家の栄えも滅びるのも時の為せる技であって、西施の為せることではないと詠いました。この詩「西施」を紹介致します。

家國興亡自有時　　　家(か)国(こく)の興亡自(おの)ずから時を有す　

吳人何苦怨西施　　　呉人(ごひと)何ぞ苦(はなはだ)西施を怨む

西施若解傾吳國　　　西施 若(も)し呉国を傾けしと解(かい)せば　

越國亡來又是誰　　　越(えつ)国(こく)を亡ぼし来たるは 又 是(こ)れ誰(たれ)そ

　続きまして、漢と楚の興亡にスポットライトを当てます。戦国時代末期、秦が強大となり、秦の中国統一が進みました。その中で、武力では対抗できなくなった燕(えん)の国の太子丹(たん)は、荊軻(けいか)を刺客として秦に送り、始皇帝を暗殺しようとしました。荊軻が秦に出発するに当たり、関係者達は喪服を着て、易(えき)水(すい)の岸で送別会を開き、二度と帰ることのない荊軻を送りました。荊軻は、あと少しの所で始皇帝を殺すところまで迫りましたが、暗殺は失敗し、燕は秦に滅ぼされました。

　唐の則天武后(そくてんぶこう)の時代の駱(らく)賓(ひん)王(のう)は、当時を忍び、このような事件に係わった人は全て亡くなってしまったが、易水の水だけは、当時と同じように流れていると、人の営みが自然の悠久さに比べてはかないことを詠っています。この詩「易水の送別」を紹介いたします。

此地別燕丹　　　此の地 燕(えん)の丹(たん)に別る　

壮士髪衝冠　　　壮士(そうし) 髪(はつ) 冠(かんむり)を衝(つ)く

昔時人已没　　　昔時(せきじ) 人 已に没し　

今日水猶寒　　　今日 水 猶 寒し

　このようにして、他の戦国六国の抵抗も空しく、秦が中国を統一しました．秦の始皇帝は、自分の陵の建設や、万里の長城の建設など大がかりな土木工事を行い、又、焚書(ふんしょ)坑儒(こうじゅ)などの思想弾圧を行うなど、覇権による政治を行いましたが、反乱が相次ぎ、秦は、始皇帝の死後三代にして滅びることになりました。秦の都咸(かん)陽(よう)城(じょう)は、項羽(こうう)に放火され、その日は三ヶ月に亘って燃え続きました。

鳥山(とりやま)芝(し)軒(けん)は、この始皇帝の覇業(はぎょう)の儚(はかな)さを「秦の始皇」という詩に詠い、その覇業も、秦を水徳としたことも、全て空しかったとしています。「秦の始皇」を紹介いたします。

棄擲皇墳與聖經　　　皇墳(こうふん)と聖經(せいけい)とを棄擲(きてき)し　

漫求仙藥究蓬冥　　　漫(みだり)に仙藥(せんやく)を求めて蓬冥(ほうめい)を究(きわ)む

盛稱水徳真堪笑　　　盛(さかん)に水(すい)徳(とく)を称(しょう)するは真(まこと)に笑うに堪えたり　

不救咸陽火一星　　　咸(かん)陽(よう)の火 一(いっ)星(せい)救わざればなり

　

　又、晩唐の詩人羅隠(らいん)は、「始皇陵」という詩を作り、六国が滅ぼされ、始皇陵もあれはててしまい、結局、仙薬を取りに行くと称して始皇帝から逃れ去った徐(じょ)福(ふく)だけが、真の男子であったと詠っています。「始皇陵」を紹介いたします。

荒堆無草樹無枝　　　荒堆(こうたい)に草無く 樹に枝無し　

嬾向行人問昔時　　　行人(こうじん)に向いて昔時(せきじ)を問うに嬾(ものう)し

六國英雄漫多事　　　六國(りっこく)の英雄 漫(みだり)に事多く　

到頭徐福是男兒　　　到頭(とうとう) 徐(じょ)福(ふく) 是(こ)れ男兒

　又、許渾(きょこん)は、始皇帝の墓を訪れた際、「秦の始皇の墓を途(と)経(けい)す」という詩を作り、天にも届くような立派は墓を作っても、今は荒れて、誰も拝するものはない。これに比べると，官の文帝の墓は、自然の山を利用した粗末な物であったが、人々は、今でも文帝の徳を慕って崇拝しつつ通り過ぎると詠いました。この詩を紹介いたします。

龍盤虎踞樹層層　　　龍盤虎踞(りゅうばんこきょ) 樹(じゅ) 層層(そうそう)　

勢入浮雲亦是崩　　　勢い浮雲に入(い)いるも亦(また)是(こ)れ崩る

一種青山秋草裏　　　一種の青山(せいざん) 秋草(しゅうそう)の裏(うち)　

路人唯拜漢文陵　　　路人(ろじん) 唯(ただ) 拜(はい)す漢文(かんぶん)の陵(りょう)

　続きまして、汪遵(おうじゅん)作「長城」を紹介いたします。秦は長城を築いて異民族を閉じ込めることに成功したが、結局、覇権的政治のために内乱により滅びた、このような壮大な長城も、国を守ることにおいては、徳を以て国を治めた「堯(ぎょう)帝(てい)」の宮殿の高さが三尺しかなかったことに及ばなかったのだと詠っています。

秦築長城比鐵牢　　　秦 長城を築いて鉄(てつ)牢(ろう)に比す　

蕃戎不敢過臨洮　　　蕃(ばん)戎(い)敢えて臨洮(りんとう)に過(よぎ)らず

焉知萬里連雲色　　　焉(いずくんそ)知らん萬里連(ばんりれん)雲(うん)の色　

不及堯階三尺高　　　及ばず 堯(ぎょう)階(かい)三尺(さんじゃく)の高きに

　許渾(きょこん)は、荒廃した咸(かん)陽(よう)城(じょう)を訪れ「咸陽城の東楼(とうろう)」という詩を作りました。荒れ果てた咸陽城の様子と、永久に変わること無く流れ続ける渭(い)水(すい)を対比させることにより、人間の営みの儚(はかな)さを詠っています。この詩を紹介いたします。

一上高城万里愁　　　一たびに上れば 万里(ばんり)愁(うりょ)う　

蒹葭楊柳似汀洲　　　蒹葭(けんか) 楊(よう) 汀(てい)洲(しゅう)に似たり

渓雲初起日沈閣　　　渓(けい)雲(うん)初めて起こりて 日 閣(かく)に沈み　

山雨欲来風満楼　　　山(さん)雨(う) 来たらんと欲して 風 楼(ろう)に満つ

鳥下緑蕪秦苑暮　　　鳥は緑(りょく)蕪(ぶ)に下る 秦(しん)苑(えん)の暮　

蝉鳴黄葉漢宮秋　　　蝉は黄葉(こうよう)に鳴く 漢宮(かんきゅう)の秋

行人莫問当年事　　　行人(こうじん) 問う莫(なか)れ 当年(とうねん)の事　

故国東来渭水流　　　故国(ここく) 東来(とうらい) 渭(い)水(すい)流る

　このようにして，秦の滅亡により、戦国七国は皆滅びました。源(みなもとの)順(したがう)は、このことを詩に作りました。この詩を紹介いたします。

強呉滅兮有荊蕀　　　強(きょう)呉(ご)滅びて荊蕀(けいきょく)あり　

姑蘇臺之露瀼瀼　　　姑蘇臺(こそだい)の露(つゆ) 瀼瀼(じょうじょう)たり

暴秦衰兮無虎狼　　　暴秦(ぼうしん)衰(ほろ)びて虎狼(ころう)なし　

咸陽宮之煙片片　　　咸(か)陽宮(ようきゅう)の煙片片(へんぺん)たり

　１９７４年、始皇陵(しこうりょう)の近くの土の中から、兵馬俑(へいばよう)が発見されました。『史記』にはその存在が記されていましたが、２０世紀最大の発見と言われ、現在までに八千個以上の兵馬俑が発掘復元され、今も発掘調査が続いています。死去した秦始皇帝を守るために作られましたが、無駄な努力に終わり、今は観光にのみ役立っています。

　兵馬俑を訪れた現代の漢学者で詩人の石川(いしかわ)岳堂(がくどう)は、その様子を「秦の兵馬俑の坑(あな)）」と言う詩に詠っております。これらの兵馬俑は、土に埋もれたまま、中国が太平の世の中となったのを知らず、誰を守るために勇敢な姿をし続けてきたのであろうかと、始皇帝の行為のむなしさを詠っています。この詩を紹介いたします。

秦山之北灞之東　　　秦山(じんざん)の北 灞(は)の東　

嬴征陵前黄土中　　　嬴(えい)征(せい)の陵前(りょうぜん) 黄土の中(うち)

不見太平開朗世　　　太平開(かい)朗(ろう)の世を見ず　

八千兵馬為誰勇　　　八千の兵馬 誰(た)が為にか勇なる

　続きまして、秦を滅ぼした項羽(こうう)の興亡にスポットを当ててみましょう。楚の項羽は、武力と勇気に優れた武将であり、本拠地となる土地を持たない状態で、秦に対して反乱をおこしてから三年の間に、事実上の反乱軍の大将軍となりましたが、ただ一人対抗したのが漢の劉邦(りゅうほう)でした。

　秦の都咸(かん)陽(よう)を占領したのは劉邦でしたが、先を越された項羽は大いに怒り、劉邦の部下の讒言を受けて、劉邦を攻め滅ぼす決心をしました。ところが、項羽の叔父の項(こう)伯(はく)のとりなしにより、劉邦が謝りに来るとあっさりと許してしまい、これをもてなす宴会を開きました。有名な「鴻門(こうもん)の会(かい)」です。「鴻門の会」において、項羽の軍師范増(はんぞう)は、再三に亘って劉邦を殺すように促し、ついには独断で劉邦を殺すことを図りましたが失敗し、取り逃がしてしまいました。これが、後の項羽の滅亡に繋がります。

　唐の詩人胡曾(こそ)は、このことを「鴻門(こうもん)」という詩に詠い、もし、このとき項羽が、軍師范増(はんぞう)の策を採用していれば、後に垓下(がいか)の戦いに敗れて逃げる途中、道に迷って漢軍に追い着かれ、烏(う)江(こう)において自殺することもなかったと歌っております。この詩を紹介いたします。

項籍鷹揚六合晨　　　項(こう)籍(せき) 鷹のごとく 六合(りくごう)に揚(のぼ)る晨(とき)

鴻門開宴賀亡秦　　　鴻門(こうもん)に宴を開いて秦を亡すを賀す

樽前若取謀臣計　　　樽前(そんぜん) 若(も)し 謀(ぼう)臣(しん)の計を取らば　

豈作陰陵失路人　　　豈(あに) 陰(いん)陵(りょう)に路(みち)を失いし人と作(な)らんや

　このようにして、項羽は事実上の天下人となり、諸侯に領地を分け、劉邦を巴蜀の奥地に閉じ込めました。そして、関中(かんちゅう)の地に留まって天下を治めるように進言した者がいたにもかかわらず「故郷に錦を飾りたい」という子供じみた考えのために、楚の地に帰るという失策を犯しました。

　忽ち、劉邦は関中を制圧し、両軍は廣(こう)武山(ぶさん)において対決しました。退陣が長引くにつれて項羽軍は補給困難に陥り、両軍は和睦し、項羽は楚の地に引き上げを開始しました。

元好問は、「楚漢戰處(そかんせんきょ)」という詩の中で、当時を回顧し、天下を争った両雄とも過去の人となり、どちらの無名の人物が名をなしたのは分からないと詠っています。この詩を紹介いたします。「虎擲龍挐(こてきりゅうだ)」は、二人の勇者が烈しく争うことを示す成語になっています。また、この詩で「狂生(きょうせい)」というのは阮(げん)籍(せき)のことです。

虎擲龍挐不兩存　　　虎擲龍挐(こてきりゅうだ) 兩(ふた)つながら存せず　

當年曾此賭乾坤　　　當(とう)年(ねん) 曾(かつて) 此(これ)乾坤(けんこん)を賭(と)す

一時豪傑多行陣　　　一時 豪傑 行陣(こうじん)多く　

萬古山河自壁門　　　万古 山河 自(おの)ずから壁門(へきもん)

原野猶應厭膏血　　　原野 猶(なお) 応(まさ)に膏血(こうけつ)を厭(いと)い

風雲長遣動心魂　　　風雲 長(とこしなえ)に心魂(しんこん)を動かさしむ

成名豎子知誰謂　　　成名(じょうみょう)の豎(じゅ)子(し) 知んぬ 誰(た)の謂(い)いぞ　

擬喚狂生與細論　　　狂生(きょうせい)を喚(よ)び與(とも)に細論(さいろん)せんと擬(ぎ)せん

　王維は、廣武山にあった廣(こう)武(ぶ)城(じょう)のあとを訪れ、かつて両雄が対決した城址も、今はだだの野原になってしまっていることを「完食(かんしょく)��上(しじょう)の作」という詩に詠いました。この詩を紹介いたします。

廣武城邊逢暮春　　　広(こう)武(ぶ)城辺(じょうへん) 暮春(ぼしゅん)に逢(あ)い　

汶陽歸客涙沾巾　　　汶(ぶん)陽(よう)の帰(き)客(かく) 涙 巾(きん)を沾(うるお)す

落花寂寂啼山鳥　　　落花 寂寂(じゃくじゃく) 山に啼く鳥　

楊柳青青渡水人　　　楊(よう)柳(りゅう)青青(せいせい) 水を渡るの人

　劉邦は，項羽がいずれ勢力を盛り返して攻めてくると考えて和睦を破って追撃し、大軍を擁する韓信軍を動かすことに成功しました。これにより、垓下の戦いにおいて、初めて項羽軍を破ることに成功し、項羽は垓下の砦に包囲されてしまいました。韓愈の「鴻(う)溝(こう)を過(よ)ぎる」に詠われ、「乾坤(けんこん)一擲(いってき)」の語源となった状態です。韓信が，自軍の兵士に歌わせた楚の歌を歌わせた計略が成功し、項羽は、既に本拠地である楚の地が漢軍に制圧され、そこから徴用された楚の人民が、漢軍に加わっていると思いました。いわゆる「四面楚歌(しめんそか)」の状態です。

　ここで、項羽は敗北を認め、軍を解散する最後の宴を開き、「垓下(がいか)の歌(うた)」を歌いながら舞い、悲憤慷慨しました。「垓下の歌」を紹介いたします。

力抜山兮気蓋世　　　力 山を抜き気は世を蓋(おお)う　

時不利兮騅不逝　　　時に利あらず騅(すい)ゆかず

騅不逝兮可奈何　　　騅(すい)のゆかざるをいかにすべき　

虞兮虞兮奈若何　　　虞(ぐ)や虞や汝(なんじ)をいかんせん

　軍を解散した項羽は，側近だけを連れて包囲網を突破して逃走しましたが、陰(いん)陵(りょう)に来たとき、道に迷い、農夫に騙されて方角を間違えたために、漢軍に追い着かれ、ただ一騎となって、烏(う)江(こう)に辿り着きました。烏江では村長が船を用意し、これに乗って逃げて再起を図るように勧めましたが、項羽は、部下を全滅させて一人だけ逃げ帰るのを恥とし、ここで自殺しました。決起してから事実上の覇王(はおう)となったのは３年でしたが、それから滅亡するまでは、僅か５年でした。

　張祜(ちょうこ)は、旅の途中、陰(いん)陵(りょう)の地を訪れ、「陰(いん)陵(りょう)を過(す)ぐ」という詩を作り、項羽は生きている間に此処で道に迷ったが、今、項羽の魂は、どこを彷徨(さまよ)っているのであろうかと唱いました。この詩を紹介いたします。

壯士悽惶到山下　　　壯士(そうし) 悽惶(せいこう)として山下(さんか)に到り　

行人惆悵上山頭　　　行人(こうじん) 惆悵(ちゅうちょう)して 山頭(さんとう)に上る

生前此路已迷失　　　生前(せいぜん) 此(こ)の路(みち) 已に迷(めい)失(しつ)す　

寂寞孤魂何處遊　　　寂寞(せきばく)たる孤(こ)魂(れい) 何れの処にか遊ぶ

　唐の栖(す)一(いつ)は、項羽の廟の前で、漢祖の戦いを懐古し、「垓下懷(がいかかい)古(こ)」と言う詩を作りました。項羽の勢いもこの地で尽き果てたが、今も昔の通り、烏(う)江(こう)には白い波頭が立ち続けていると、人の営みの儚さと自然の悠久さを対比させています。「垓下懷古」を紹介いたします。

緬想咸陽事可嗟　　　緬(はるか)に咸(かん)陽(よう)を想い 事嗟(ことなげ)くべし　

楚歌哀怨思無涯　　　楚歌(そか) 哀怨(あいえん)として思い涯(はて)無し

八千子弟歸何處　　　八千の子弟 何れの處にか歸る　

萬里鴻溝屬漢家　　　萬里の鴻(こう)溝(こう) 漢家(かんか)に屬す

弓指陣前爭日月　　　弓指(きゅうし) 陣前(じんぜん) 日月(にちげつ)を爭い　

血流垓下定龍蛇　　　血流(けつりゅう) 垓下 龍(りゅう)蛇(だ)を定む

拔山力盡烏江水　　　山を拔く力は盡(つ)く 烏(う)江(こう)の水　

今古悠悠空浪花　　　今(こん)古(こ) 悠悠(ゆうゆう) 浪花(ろうか)空(むな)し　

　この時、項羽が江東の地に逃げ帰って再起を図るべきであったかについては、後の人の議論を呼びました。軍事に詳しかった杜(と)牧(ぼく)は、烏江を訪れたとき、当時を回想し、恥を忍んで再起を図るのが本当の勇者でないか、あのとき江東に逃げて再起を図っていたら、戦いはどうなっていたかわからないとし、家の壁に詩を書き付けました。「捲土重来(けんどちょうらい)」の語源となったこの詩「烏(う)江亭(こうてい)に題す」を紹介いたします。

勝敗兵家事不期　　　勝敗は兵家も事期(ことき)せず　

包羞忍恥是男兒　　　羞(はじ)を包み恥を忍ぶは是(これ)男児(だんじ)

江東子弟多才俊　　　江東(こうとう)の子弟(してい) 才(さい)俊(しゅん)多し　

捲土重來未可知　　　捲土重来(けんどちょうらい)　未だ知るべからず

　これに対して、王安石(おうあんせき)は、垓下の戦いで大敗し、全軍を失った以上、故郷の地に逃げ帰っても、もはや、誰も挙兵に応ずる者はいなかったと言うことを「烏江亭に題すに和す」という詩に詠っています。どちらが正しかったかは、歴史にイフが無い以上、検証のしようがありません。「烏江亭に題すに和す」を紹介いたします。

百戦疲労壮士衰　　　百戦(ひゃくせん) 疲労し 壮士(そうし)衰(かな)しむ　

中原一敗勢難廻　　　中原(ちゅうげん)の一敗(いっぱい) 勢(いきお)い廻(かえ)し難し

江東子弟今雖在　　　江東の子弟 今在りと雖(いえど)も　

肯与君王巻土来　　　肯へて君(くん)王(のう)の与(ため)に 土を巻いて来たらんや

　項羽の廟(びょう)は、現在でも残されております。そこを訪れた現代の漢学者で詩人の石川(いしかわ)岳堂(がくどう)は、「烏(う)江(こう)覇王(はおう)祠(し)｣という詩を作り、項羽の最後に付いての議論や、漢詩「虞美人草(ぐびじんそう)」に示されるような批判はあったが、今では、そのようなことも忘れ去られ、廟の上に鳥が飛んでいるだけだと歌いました。この詩を紹介いたします。

包羞何不企雄図　　　羞(はじ)を包(つ)つみ何ぞ雄図(ゆうと)を企(くわ)だてざる　

垂涙妖姫豈丈夫　　　涙を妖姫(ようき)に垂るるは 豈(あに)丈夫ならんや

衆口囂囂千載後　　　衆口(しゅうこう) 囂囂(ごうごう)たり 千載(せんざい)の後(のち)　

覇王祠上鳥相飛　　　覇王(はおう)祠上(しじょう) 鳥(とり) 相(あ)い飛ぶ

　この辺で、日本に目を転じてみましょう。冒頭に紹介した如く、「おごれる人も久しからず。」と言われる如く、公卿１６人、殿上人は３０余人、日本の半分近くを知行国として隆盛を誇り「この一門にあらずば人にあらず。」とまで言われた平家も、源頼朝の軍に黄瀬川(きせがわ)の戦いで惨敗し、倶(く)利(り)伽羅(から)峠(とうげ)の戦いで木曽義仲の軍により壊滅的な打撃を受け、義仲の入京を食い止められなくなり、現在の神戸近くにあった本拠地、「一ノ谷」に退くことになりました。いわゆる「平家の都落ち」です。

　都落ちに際し、藤原(ふじわら)俊(しゅん)成(ぜい)の和歌の直下(じか)弟子(でし)であった平(たいら)忠度(ただのり)は、俊成の邸宅を訪れ、和歌を書いた巻物をあずけ、将来、勅撰和(ちょくせんわ)歌集(かしゅう)を作る機会があれば、このうちの一首でも採用して戴くことを依頼しました。俊成は快く受け入れました。

藤原俊成は、この後「千載集(せんざいしゅう)」を編纂することになり、平忠度から托された巻物を見てみたところ、その中には多くの秀歌が含まれておりました。しかしながら、既に平家は朝敵とされており、その歌を勅撰和歌集には載せるわけにはいきませんでした。そこでやむなく、特に優れた「故郷(こきょう)の花(はな)」と題する一首のみを、「読み人知らず」を採録しました。「故郷の花」を紹介いたします。

さざなみや志賀(しが)の都(みやこ)は荒(あ)れにしを昔(むかし)ながらの山桜(やまざくら)かな

　平家が新たな都とした、現在の神戸市近くは、前後を海と山に囲まれた要害の地であり、平家は東西に堅固な寨を気付き、しばらく、安泰な月日を過ごしました。

　一方、源氏も戦支度を整え、東西から平家の陣営に攻めかかりました。しかし、源氏の軍勢も、この堅固な砦を突破する事が出来ませんでした。ところが、平家にも思いがけない油断がありました。かって、憐れんで命を助けた乳飲み子が、天才的な武将源義経(みなもとのよしつね)となり、攻め下れないと思われた絶壁のある銕枴山(てっかいざん)の山頂から、平家の本営を見下ろしていたのです。この様子を詠った梁川星巌作「常盤孤を抱くの図」を紹介いたします。

　

雪灑笠檐風捲袂　　　雪は笠檐(りゅうえん)に灑(そそ)いで風 袂(たもと)を捲く　

呱呱覓乳若為情　　　呱呱(ここ) 乳を覓(もと)むる 若(いか)為(ん)の情(じょう)ぞ

他年鉄枴峰頭嶮　　　他年　銕枴(てっかい)峰頭(ほうとう)の険(けん)　

叱咤三軍是此聲　　　三軍を叱咤するは 是れ此の声

　銕枴山から、いわゆる「ひよどり越えの坂落とし」により攻め下った義経の軍は、平家の本営に火を放ちました。これにより、平家の軍勢は総崩れとなり、沖にあった船に逃れましたが、その途中で多くの武将が討たれました。

　熊谷(くまがい)直(なお)実(ざね)は、船に逃げようとする一人の平家の武将を呼び止めて、一騎打ちの結果、これを組み敷いて首を取ろうとしたところ、相手が少年であることに気づき、憐れんで逃そうと考えましたが、もはや、味方の大勢の人々が見ており、やむなく首を取りました。この武将は笛の名手平(たいらの)敦(あつ)盛(もり)であり、名笛(めいてき)「青葉(あおば)の笛(ふえ)」の持ち主でした。「青葉の笛」は、弘法(こうぼう)大使(たいし)が唐の青(せい)竜寺(りゅうじ)で作り、嵯峨(さが)天皇(てんのう)に献上したとされる名笛です。

　網谷(あみたに)一才(いっさい)は、このことを懐古(かいこ)して「平敦盛」と題する詩を作りました。この詩を紹介いたします。

　

笛聲嫋嫋斷人腸　　　笛声(てきせい)嫋々(じょうじょう)人の腸(はらわた)を断つ　

夜冷陣中憶故郷　　　夜は冷ややかにして陣中(じんちゅう)故郷(こきょう)を憶(おも)う

誰識傷魂空入夢　　　誰(たれ)か識(し)らん傷(しょう)魂(こん)空(むな)しく夢に入るを　

恩讐兩解涙痕長　　　恩讐(おんしゅう)両(ふた)つながら解けて涙(るい)痕(こん)長し

　一方、平忠度は、桜の木の下で一夜を過ごし、翌日源氏の郡に紛れて逃れようとしましたが、お歯黒を付けていたために見破られて討ち取られました。その兜(かぶと)の箙(えびら)に紙切れが結ばれており、それには、「旅(りょ)宿(しゅく)の花」と題する和歌が書かれていました。

この和歌を紹介いたします。

行(ゆ)き暮(く)れて木(こ)の下(した)かげを宿(やど)とせば 花(はな)や今宵(こよい)のあるじならまし

　その後、一ノ谷を訪れた柳川(やながわ)星(せい)厳(げん)は、もはや当時の面影が無い中にも、猶残る平家の怨みを感じ「一ノ谷懐古」を詠じました。この詩を紹介致します。

二十餘春夢一空　　　二十(にじゅう)餘(よ)春(しゅん) 夢(ゆめ)一(いっ)空(くう)　

豪華吹散海隅風　　　豪華(ごうか)吹(ふ)き散(さん)ず 海(かい)𤲬(ぜん)の風(かぜ)

山排殺氣参差出　　　山(やま)は殺気(さっき)を排(はい)して 参(しん)差(し)出(い)で　

潮迸寃声日夜東　　　潮(うしお)は冤聲(えんせい)を迸(ほとば)らして 日夜(にちや)東(ひがし)す

憶昔満宮悲去鷁　　　憶(おも)う昔(むかし)満宮(まんきゅう) 去鷁(きょげき)を悲(かな)しみ　

欲将往事問飛鴻　　　往時(おうじ)を將(も)って 飛(ひ)鴻(こう)に問(と)わんと欲(ほっ)す

爛斑剰見英雄血　　　斕斑(らんばん)剩(あまつさ)え見(み)る 英雄(えいゆう)の血(ち)　

塹樹鵑啼朶朶紅　　　塹樹(ざんじゅ) 鵑(けん)啼(な)いて 朶朶(だだ)紅(くれない)なり

　壇ノ浦に追い詰められた平家は、追い着いた義経軍に対して最後の決戦を挑みました。この戦は、最初は平家に優勢でしたが、舟の漕ぎ手に矢を射かけるという義経の型破りの戦法の為に惨敗を喫し、ほぼ全て討ち取られたり入水したりしました。

　二位の尼に抱かれて入水された安徳(あんとく)天皇(てんのう)の陵(みささぎ)は、遺体が流れ着いたとされる山口県下関市の赤間(あかま)神宮(じんぐう)にある阿弥陀寺(あみだじ)陵(りょう)とされております。阿弥陀寺を訪れた女性詩人原采蘋(はらさいひん)は、「阿(あ)弥陀寺(みだじ)懐古(かいこ)」という詩を作りました。春の日に照らされた陵の前で、昔のことを思い出そうとしたが、その思いに背くように、水辺の鷗が飛び去ってしまったと詠っています。「阿弥陀寺懐古」を紹介いたします。

弥陀陵寝鎖春暉　　　弥陀(みだ)の陵(りょう)寝(しん) 春暉(しゅんき)に鎖(とざ)さる　

小帝西巡終不帰　　　小帝(しょうてい)西巡(せいじゅん)して 終(つい)に帰(かえ)らず

向水浜要問当昔　　　水(すい)浜(ひん)に向(むか)って 当昔(とうせき)を問(と)わんと要(よう)するも　

白鷗無数背人飛　　　白鷗(はくおう)無数(むすう) 人(ひと)に背(そむ)きて飛(と)ぶ

　木下犀潭(きのしたさいたん)は、旅の途中、壇ノ浦(だんのうら)で船泊まりし、当時を偲んで「壇(だん)ノ(の)浦(うら)夜(や)泊(はく)」と題する詩を作りました。この詩を紹介いたします。

篷窓月落不成眠　　　篷(ほう)窓(そう) 月落ちて 眠りを成さず　

壇浦春風五夜船　　　壇ノ浦の春風(しゅんぷう) 五夜(ごや)の船

漁笛一聲吹恨去　　　漁(ぎょ)笛(てき) 一声(いっせい)　恨(うら)を吹いて去る　

養和陵下水如煙　　　養和(ようわ)陵下(りょうか) 水 煙の如し

　かくして、栄華を誇った平家も「盛者必衰」の理の如く、あえなく滅亡を遂げました。かつて徳子に使えていた建(けん)礼門院(れいもんいん)右京(うきょう)大夫(たゆう)は寂光院(じゃっこういん)を訪れ、徳子の昔に比べた今の暮らしに涙を流し、次のような和歌を詠みました。

仰(あお)ぎ見(み)し昔(むかし)の雲(くも)の上(うえ)の月(つき)　かかる深山(みやま)の影(かげ)ぞ悲(かな)しき

　中国においては、漢の統一後も，王朝の交代が行われ、そのたびに反映していた都や楼閣が廃墟となりました。日本においても、政権の交代などに伴い、楼閣や都が廃墟となりました。こうした「諸行無常・栄枯盛衰」を詠った詩歌をいくつか紹介していきたいと思います。

　李商隠(りしょういん)の詩で有名な楽遊(らくゆう)原(げん)は、漢の時代に庭園があった場所でしたが、豪族の陵墓も築かれておりました。晩唐の時代には荒れ果てており、杜牧は「楽遊原に登る」という詩を作ってその様子を詠っています。「楽遊原に登る」を紹介いたします。

長空澹澹孤鳥沒　　　長空(ちょうくう) 澹澹(たんたん)として 孤鳥(こちょう)沒す　

萬古銷沈向此中　　　万古(ばんこ) 銷沈(しょうちん)し 此の中(うち)に向う

看取漢家何事業　　　看取(かんしゅ)せよ漢家(かんけ) 何んの事業ぞ　

五陵無樹起秋風　　　五陵の樹(じゅ)の 秋風(しゅうふう)を起こす無し

　漢の後、魏、呉、蜀の三国時代に入りました。後漢の末に曹操が「銅(どう)雀(じゃく)台(だい)」という楼閣を作ったことは有名ですが、唐の時代に岑參(しんじん)が訪れた時は，廃墟となっていました。岑參は、その様子を「古鄴(こぎょう)城(じょう)に登る」という詩に詠いました。紹介いたします。

下馬登鄴城　　　　　馬を下りて鄴(ぎょう)城(じょう)に登る　

城空復何見　　　　　城は空にして復(ま)た何を見ゆ

東風吹野火　　　　　東風は野火に吹く　

暮入飛雲殿　　　　　暮に飛(ひ)雲(うん)殿(でん)に入(い)る

城隅南對望陵臺　　　城の隅(くま)より望(ぼう)陵(りょう)台(だい)は南に対し　

漳水東流不復回　　　漳(しょう)水(すい)は東に流れ復(ふたた)び回(かえ)らざる

武帝宮中人去盡　　　武帝の宮中より人は盡(ことごと)く去る　

年年春色為誰來　　　年年 色は誰(た)が為に来(きた)る

　三国時代の末、新しく台頭した晋(しん)が魏(ぎ)と蜀(しょく)を併せ、最後に呉(ご)の石頭(せきとう)城(じょう)を陥落させて中国を再統一しました。劉禹(りゅうう)錫(しゃく)は、石塔城を訪れ、その荒れ果てた様子を「石塔城」という詩に詠いました。この詩を紹介いたします。

山圍故國週遭在　　　山は故国を囲みて 週遭(しゅうそう)して在り　

潮打空城寂寞回　　　潮(うしお)は空(くう)城(じょう)を打ちて 寂寞(せきばく)として回(めぐ)る

淮水東邊舊時月　　　淮(わい)水(すい)の東辺(とうへん) 舊(きゅう)時(じ)の月　

夜深還過女牆來　　　夜 深くして還(ま)た 女牆(じょしょう)を過(す)ぎて來たる

　張祜(ちょうこ)も旅の途中、石塔(せきとう)城(じょう)の跡を訪れ、六(りく)国(こく)や呉の王の墳墓も今は蔓草(つるくさ)に蔽われている様子を「石塔城を過ぐ」という詩に詠っています。この詩を紹介いたします。

累累墟墓葬西原　　　累累(るいるい)たる墟(きょ)墓(ぼ) 西原(せいげん)に葬(ほおむ)むり　

六代同歸蔓草根　　　六代(りくだい)同じく帰す蔓草(まんそう)の根(こん)

唯是歲華流盡處　　　唯(た)だ是(こ)れ歲(さい)華(か) 流れ尽くるの処　

石頭城下水千痕　　　石頭城下 水千(みずせん)痕(こん)

　晋の滅亡後、中国は五胡十六国時代を経て南北朝時代に入ります。南朝の都は現在の南京である金陵におかれました。金陵の都に面して「烏(う)衣(い)巷(こう)」という町がおかれ、栄えておりましたが、南朝の金の滅亡と共に寂れてしまいました。劉禹(りゅうう)錫(しゃく)は「烏(う)衣(い)巷(こう)」という詩において、その様子を詠っております。「烏衣巷」を紹介いたします。

朱雀橋邊野草花　　　朱雀(すざく)橋(きょう)辺(へん) 野草の花　

烏衣巷口夕陽斜　　　烏(う)衣(い)巷(こう)口(こう) 夕陽(せきよう)斜めなり

舊時王謝堂前燕　　　舊(きゅう)時(じ)の王謝(おうしゃ) 堂前(どうぜん)の燕(つばめ)　

飛入尋常百姓家　　　飛んで尋常(じんじょう) 百姓(ひゃくせい)の家に入る

　韋(i)荘(そう)も、寂(さび)れた金陵の様子を『唐詩三百首』に「金陵の図」として採られている詩に詠っております。六朝の栄華を残す物は何もなく、ただ、当時と変わらないのは、自然だけであると詠っております。

江雨霏霏江草斉　　　江(こう)雨(う) 霏霏(ひひ)として 江草(こうそう)斉(ひと)し　

六朝如夢鳥空啼　　　六朝(りくちょう) 夢の如く 鳥 空(むな)しく啼く

無情最是台城柳　　　無情(むじょう)なるは最も是(こ)れ台城の柳　

依旧烟籠十里堤　　　旧(きゅう)に依って煙は籠(こ)む 十里の堤

　韋(い)荘(そう)は、また『全唐詩』に「金(きん)陵(りょう)の図(ず)」として採られている詩を作り、絵に描かれた金(きん)陵(りょう)が今では荒れ地になってしまっている様子を詠いました。これは、『唐詩三百首』にとられている物と同じ図を見て作った物と思われます。

誰謂傷心畫不成　　　誰(た)か謂(い)う傷心(しょうしん)し画(えが)けども成さざる　

畫人心逐世人情　　　画人(がじん)の心は世人(せじん)の情を逐(お)う

君看六幅南朝事　　　君 看よ 六幅(ろくふく) 南朝の事　

老木寒雲滿故城　　　老木(ろうぼく) 寒(かん)雲(うん) 故城(こじょう)に滿つ

　南北朝時代の終わりには、北朝は隋(ずい)に統一され、南朝は陳(ちん)に統一されました。陳の五代目の皇帝である後(こう)主(しゅ)叔(しゅく)宝(ほう)は、詩人としては優れており、寵妃の麗(れい)華(か)を讃えて作り、豪華な宮殿の庭で、後宮の美女千数百人に歌わせたという「玉樹後庭(ぎょくじゅこうてい)花(か)」は、特に名作とされました。しかし暗君であり、宴会や遊興にふけり、国政を顧みなかったために国力は衰退し、隋によって滅ぼされました。このため「玉樹後庭花」は亡国の歌曲として後に伝えられました。

　陳(ちん)の都であった金陵の近くの秦淮(しんわい)河(がわ)の畔の旅館に泊まった杜牧は、妓女達が歌う「玉樹後庭花」が対岸から聞こえてくるのを聞いて「秦淮(しんわい)に泊(はく)す」という詩を作りました。すでに、唐の政治は乱れており、軍事に詳しかった杜牧には、唐の滅亡の予感があり、この詩を作ったのかも知れません。実際、杜牧の死後、まもなく黄巣の乱が起こり、唐は事実上滅亡しました。「秦淮に泊す」を紹介いたします。

煙籠寒水月籠沙　　　煙は寒(かん)水(すい)を籠(こ)め 月は沙(すな)を籠む　

夜泊秦淮近酒家　　　夜 秦淮(しんわい)に泊(はく)して 酒家(しゅか)に近し

商女不知亡國恨　　　商女(しょうじょ)は知らず 亡国の恨み　

隔江猶唱後庭花　　　江を隔てて猶(なお)唱(うた)う後庭(こうてい)花(か)

　陳を滅ぼして、再び中国を統一した隋でしたが、二代目の煬(よう)帝(だい)は暴君であり、豪奢な生活をすると共に，長安を都とするために大がかりな工事を行い、また、黄河と長江を結ぶ大運河である京(えい)杭(こう)大運河(だいうんが)を完成させました。運河の両岸には柳の木を植え、完成のデモンストレーションとして、自ら竜(りゅう)舟(せん)に乗り、大勢の人民に船団を引かせて、揚州(ようしゅう)まで行幸しました。

　しかし、このような豪奢な生活のために、揚州で暗殺され、時代は唐に移りました。

　汴(べん)河(が)に植えられた柳の木も疎らになり、行宮(あんぐう)も荒れ果ている様を、劉禹(りゅうう)錫(しゃく)が「楊(よう)柳(りゅう)詩(し)詞(し)」に詠いました。「楊柳詩詞」を紹介いたします。

煬帝行宮汴水濱　　　煬(よう)帝(だい)の行宮(あんぐう) 汴(べん)水(すい)の濱(ほとり)　

數枝楊柳不勝春　　　数(すう)枝(し)の楊(よう)柳(りゅう) 春に 勝(た)えず

晩來風起花如雪　　　晩來(ばんらい) 風 起って 花 雪の如く　

飛入宮牆不見人　　　飛んで宮牆(きゅうしょう)に入(い)って 人を見ず