「別れを詠う」
山居 閑人
「会うは別れの始め」という言葉の通り、人生においては別れはつきものであり、様々な別れがあり、別れを詠った詩歌は数多く作られております。このたび、「別れを詠う」と題しまして、いろいろな別れを詠った詩歌を紹介いたします。
始めに友人との別れを詠った詩歌を吟詠致します。中国の玄宗皇帝の「開元の治」と呼ばれる時代は、近代に至るまでの間で最も治安が良かった理想の時代と呼ばれ、多くの詩人達を生み出すと共に、彼らは諸国を漫遊して知遇を得、交際を深めることにより、その詩作に磨きをかけていくことができました。二十五歳で蜀を離れた李白は、長江付近を漫遊中に二十八歳のとき孟浩然と知り合い、翌年、黄鶴楼において、揚州に向かう孟浩然と別れました。このときの、孟浩然の目的は職探しであったと言われています。
李白の詩「黄鶴楼にて孟浩然の広陵に之くを送る」を紹介致します。
故人西辭黄鶴樓 故人西のかた黄鶴楼を辞し
煙花三月下揚州 煙花三月 揚州に下る
孤帆遠影碧空盡 孤帆の遠影
碧空に尽き
惟見長江天際流 唯だ見る長江の天際に流るるを
別れの中には、行くあての無い友人との別れもありました。高適が西域で作ったと思われる名作「董大に別る」は、琴の名手であった董大と別れる時に作ったものであるとされています。「天下誰人か君を識らざらん」という言葉は、一人旅立つ友人にとって、何よりの慰めになったことでしょう。この詩を紹介致します。
千里黄雲白日曛 千里の黄雲 白日曛し
北風吹雁雪紛紛 北風雁を吹いて 雪紛紛
莫愁前路無知己 愁りょう莫かれ 前路に知己無きを
天下誰人不識君 天下誰人か君を識らざらん
日本においても、こうした行くあての無い友人との別れがありました。巨勢識人は、秋の夕暮れに遠く一人旅立つ友人を送る詩「秋日友人に別る」を作りました。江戸時代に作られたものとは作風の違う、奥深い名作です。この詩を紹介致します。
林葉翩翩秋日燻 林葉
翩翩 秋日燻れ
行人獨向邊山雲 行人 独り向こう辺山の雲
唯餘天際孤懸月 唯だ余す天際 孤懸の月
萬里流光遠送君 万里 流光 遠く君を送る
たとえ再会が約束されているような場合であっても、やはり別れは辛い物です。紀利貞は、友人であった藤原清生が近江に赴任する際の送別会において、和歌を送っております。この和歌を紹介致します。「会う身」と「近江」の掛詞にご注意下さい。
けふわかれあすはあふみとおもへども 夜やふけぬらむ袖の露けき
唐の時代、長安から西方に赴く友人を送るには、かつての秦の都の地咸陽である渭城まで送り、そこで送別会を開いて別れる習慣がありました。ここで、多くの送別の詩が作られていますが、その中で特に有名なのは、王維作の「元二の安西に使いするを送る」です。渭城から陽関まで、約千キロメートル、陽関から安西都護府まで、更に約千キロメートル、遠くに使いする友人を送る時の詩です。この詩は、唐の時代から、送別会での定番で有り、その一部を繰り返して詠われており「陽関三畳」と呼ばれています。この詩を紹介いたします。
渭城朝雨潤輕塵 渭城の朝雨 軽塵を潤し
客舎青青柳色新 客舎 青青 柳色新たなり
勧君更盡一杯酒 君に勧む更に尽くせ一杯の酒
西出陽關無故人 西のかた陽關を出ずれば故人無からん
旅立つ人を見送るために、途中まで同行し、そこで別れ宴を開いて送別する習慣は、日本にもあったようで、古今和歌集にこのような和歌が収録されています。京都より山崎まで同行し、そこで送別の宴を開いた後、さらに神奈備の森までも見送りに来て、なお、別れを惜しんだ様子を詠ったものです。この和歌を紹介致します。
人やりの道ならなくに おほかたは いきうしといひていざ帰りなむ
王維が、元二と同じく安西都護府に使者として使わされる友人を励ましてを送った「劉司直の安西に赴くを送る」を紹介致します。安西への道は、王昌齢の「出塞行」に「秋天荒野行人絶ゆ」と詠われる如く、人通りも少なく、飛ぶ鳥や、人骨、獣骨を頼りに道を見つけていたようです。この友人は、胡人との交渉に臨んだものでしょう。交渉に際しては弱腰になるなと励ましています。
絶域陽關道 絶域
陽関の道
胡沙與塞塵 胡沙と塞塵と
三春時有雁 三春
時に雁有り
萬里少行人 万里
行人少なし
苜蓿随天馬 苜蓿は天馬に随い
蒲萄逐漢臣 葡萄は漢臣を逐う
當令外國懼 当に外国をして懼れしめ
絶域陽關道 敢えて和親を覓めざるべし
王維の「元二の安西に使いするを送る」と双璧を為す別れを詠った詩が、李白の「「友人を送る」です。朝、馬に乗って旅立つ友人との別れを詠ったもので、あてどない旅に出る友人の心と、それを悲しむ自分の心との対比が、「浮雲」「落日」に良く表されています。この詩を紹介致します。
青山橫北郭 青山 北郭 に横たわり
白水遶東城 白水 東城をめぐる
此地一爲別 この地
一たび別れをなし
孤蓬萬里征 孤蓬万里に征く
浮雲遊子意 浮雲 遊子の意
落日故人情 落日 故人の情
揮手自茲去 手を揮って ここより去れば
蕭蕭班馬鳴 肅々として班馬鳴く
使者として辺境の地に行く人を送る詩で一番有名なものは、西域に詳しかった岑参が、書家として有名な顏真卿が、河隴に使者として旅立つときに作った「胡笳の歌 顏真卿の使いして河隴に赴くを送る」です。西域の物寂しい風景を巧みに詠い、顔真卿が味わうことになる心細い気持を著しています。岑参は、この翌年、自らが西域に旅立ち、長い間、軍人として西域にとどまることになります。
君不聞胡笳聲最悲 君聞かずや
胡笳の声 最も哀しきを
紫髯綠眼胡人吹 紫髯緑眼の 故人吹く
吹之一曲猶未了 之を吹く 一曲 猶未だ了らざるに
愁殺樓蘭征戍兒 愁殺す 楼蘭征戍の児
涼秋八月蕭關道 涼秋八月 蕭関の道
北風吹斷天山草 北風吹断す 天山の草
崑崙山南月欲斜 崑崙山南 月斜ならんと欲す
故人向月吹胡笳 胡人 月に向って 胡笳を吹く
胡笳怨兮將送君 胡笳の怨 将に君を送らんとす
秦山遙望隴山雲 秦山 遥に望む 隴山の雲
邊城夜夜多愁夢 辺城 夜夜 愁夢多し
向月胡笳誰喜聞 月に向って胡笳 誰か聞くを喜ばん
「胡笳の歌」もそうですが、旅先で、旅中での友人の気持ちを思う詩は多く作られております。そのうち賈至の「李侍郎の常州に赴くを送る」を紹介いたします。別れた後は、長い道のりである。せめて、今夜は十分に酒を飲んでくれと詠っています。
雪晴雲散北風寒 雪晴れ
雲散じて 北風寒く
楚水呉山道路難 楚水呉山 道路難たし
今日送君須盡醉 今日君を送る
須く醉いを尽くすべし
明朝相憶路漫漫 明朝 相憶も 路 漫漫
蘇軾も、使者として契丹の君主の誕生日の祝いの為に使わされる弟蘇轍を送る詩を作っております。この詩「子由の契旦に使いするを送る」を紹介いたします。｢言うなかれ中朝第一の人と｣という言葉は、それを言うと単于に引き留められるということを意味しますが、その中に自分の家系が勝れた物であるとの誇りが表されています。
雲海相望寄此身 雲海 相望んで 此の身を寄す
那因遠適更沾襟 那ぞ遠適に因りて更に襟を沾さん
不辭馹騎凌風雪 辞せず馹騎の風雪を凌ぐを
要使天驕識鳳麟 要天驕をして鳳麟を識らしめよ
沙漠回看清禁月 沙漠より回看せん 禁月の清きを
湖山應夢武林春 湖山応に夢むべし 武林の春を
單于若問君家世 單于 若し君の家世を問わば
莫道中朝第一人 道う莫かれ中朝第一の人と
続きまして、張謂の「盧舉の河源に使いするを送る」を紹介致します。既に分かれた友人のこれからの苦難の旅を思いやっています。
故人行役向邊州 故人 行役して辺州に向かう
匹馬今朝不少留 匹馬 今朝 少も留らず
長路關山何日盡 長路 関山 何の日にか尽く
滿堂絲竹為君愁 満堂の絲竹 君の為に愁う
続きまして、銭起の「秋夜趙冽の襄陽に歸るを送る」を紹介いたします。晴れた夜に別れの杯を酌み交わしながら、別れた後に今夜のことを思い出すならば、自分の子心は漢水の流れと共に、君の所へ流れていくよ。と深い友情を詠っています。
斗酒忘言良夜深 斗酒 言を忘れ良夜 深し
紅萱露滴鵲驚林 紅萱に露滴りて鵲林に驚く
欲知別後思今夕 別後 今夕を思うを知らんと欲すれば
漢水東流是寸心 漢水 東流 是れ寸心
別れに臨んで、柳の枝を折って輪にして旅立つ人の首に懸ける習慣がありました。「輪」の「かえる」と言う意味が、「還る」に通じるからです。これらの詩は、楽府題という詩のジャンルの一つ「折楊柳」と呼ばれており、数多く作られておりますが、楊巨源作のものが一番有名です。この詩を紹介致します。
水辺楊柳麹塵糸 水辺の楊柳 麹塵の糸
立馬煩君折一枝 馬を立め 君を煩わして一枝を折る
惟有春風最相惜 惟 春風の 最も相惜しむ有り
殷勤更向手中吹 殷勤に更に手中に向って吹く
別れの宴は、川の畔の旅館で行われることも多かったようです。当時の川の畔には、別れの象徴である柳の木が植えられていたためでしょうか。このような送別の詩を紹介いたします。最初に、鄭谷の「淮上友人と別る」を紹介いたします。友人は江南の地に向かい、自分は戦乱の地となっている長安に向かう。再会することが出来無いかも知れない別れでした。
揚子江頭楊柳春 揚子江頭 楊柳の春
楊花愁殺渡江人 楊花 愁殺す 江を渡るの人
数声風笛離亭晩 数声の風笛 離亭の晩
君向瀟湘我向秦 君は瀟湘に向かい 我は秦に向かう
韋荘作の「江上李秀才に別る其の一」を紹介いたします。美しい景色を見ながら別れの酒を酌み交わしているが、再会することができるかどうか分からないことを考えると、涙がこみ上げてくるのです。
千山紅樹万山雲 千山の紅樹 万山の雲
把酒相看日又曛 酒を把りて相看る日 又曛ず
一曲骊歌两行泪 一曲の離歌 兩行の泪
更知何処再逢君 更に知る何れの処 再び君に逢わん
続きまして『其の二』を紹介いたします。この詩は、昨年に友人と別れたが、その後、黄巣の乱のために自分も避難する身となり、離ればなれになっていることを歎いたものです。
前年相送灞陵春 前年 相送る灞陵の春
今日天涯各避秦 今日 天涯 各秦を避く
莫向尊前惜沈醉 尊前に向って沈醉を惜しむこと莫かれ
與君倶是異鄕人 君と倶に 是れ異鄕の人
韋荘は又「古離別」という詩を作り、柳の木の下で酒を酌み交わし、江南に旅立つ友人を送る心情を詠っています．惜別の情の中で酒宴も酣であるが、更に江南の方を見れば、悲しさを感じさせる春の気配がすると詠っています。
晴烟漠漠柳毵毵 晴烟 漠漠 柳 毵毵
不那离情酒半酣 離情那せず 酒半ば酣なり
更把玉鞭雲外指 更に玉鞭を把りて雲外を指せば
断腸春色在江南 断腸の春色 江南に在り
次に、高啓作の「呂卿を送る」を紹介致します。春の美しい景色を詠いながら、別れた後、春に感じる愁いを味わうことになったと詠っています。
遠汀斜日思悠悠 遠汀 斜日 思い悠悠
花払離觴柳払舟 花は離觴を払い柳は舟を払う
江北江南芳草遍 江北江南 芳草遍し
送君併得送春愁 君を送って
併せて 春愁を送るを得たり
続いて、趙嘏の「江上兄と別る」を紹介いたします。ただでさえ別れは辛いものであるのに、再会するのがいつか分からない別れはなおさらであると詠っています。
楚國湘江兩渺瀰 楚国 湘江 両つながら渺瀰
暖川晴雁揹帆飛 暖川 晴雁 帆に背きて飛ぶ
人間離別盡堪哭 人間の離別 哭を尽くすに堪えたり
何況不知何日歸 何ぞ況や 何れの日にか帰るを知らざるをや
平安貴族に最も影響を与えた別れを詠う詩の一つに、白居易の「王十八の山に帰るを送り、仙遊寺に寄題す」があります。曾て交友を結んだ友人を送る律詩ですが、頸聯が有名であり、『平家物語』の「紅葉」に引用されています。
曾於太白峯前住 曽て太白峰前に住み
數到仙遊寺裏來 数仙遊寺裏に到りて来たる
黒水澄時潭底出 黒水澄む時 潭底出で
白雲破處洞門開 白雲 破るる処 洞門開ひらく
林閒煖酒燒紅葉 林間に酒を煖めて紅葉を焼き
石上題詩掃緑苔 石上に詩を題して緑苔を掃う
惆悵旧遊無復到 惆悵す旧遊きういう復また到る無きを
菊花時節羨君廻 菊花の時節 君が廻るを羨む
この詩に影響を受けた和歌を二首紹介いたします。始め藤原の定家の和歌を紹介いたします。
林あれて秋のなさけも人とわず紅葉をたきしあとの白雪
続きまして藤原良経の和歌を紹介いたします。
木下につもる落ち葉をかきつめて露あたたむる秋のさかづき
盛唐の時代においても、政争に敗れたり讒言をうけたりして地方に配流される役人もいました。辺塞詩人として有名な王昌齢もその一人で、南京に左遷されていました。友人の一人が洛陽に帰ることになり、その送別会の翌朝、別れに臨んで「芙蓉楼にて辛漸を送る」という詩を作りました。自分は、左遷など気にせず氷のように美しい澄み切った心でいると言いながら、「寒雨」「楚山孤なり」の語が、取り残される寂しい本心を著している絶唱です。この詩を紹介致します。
寒雨連江夜入呉 寒雨江に連って 夜呉に入る
平明送客楚山孤 平明客を送れば 楚山孤なり
洛陽親友如相問 洛陽の親友如し相問はば
一片氷心在玉壺 一片の氷心 玉壷に在り
王昌齢は、流罪の地で、都に帰る人、他国に行く人に送別する詩を作っております。『唐詩選』に採録されているこれらの詩を紹介いたします。
最初に、長安に帰る友人を送った時に作られた「重ねて李評事に別る」を紹介致します。呉姫とは、江南地方からやってきた妓女で、その舞踊は珍しい物であったと思われます。一日で長安までいけるはずがありませんが、強調することにより、いまは心残りであろうが、明日になれば忘れてしまうよ。」と言い、残される自分の寂しさを感じさせています。呉姫にもてなしを受けて十分に楽しみ賜えと詠っています。
莫道秋江離別難 道う莫かれ秋江 離別難しと
舟船明日是長安 舟船 明日 是れ長安
呉姫緩舞留君酔 呉姫 緩舞して 君を留めて酔わしむ
随意青楓白露寒 随意なり青楓 白露寒し
続きまして「魏二に送別す」を紹介いたします。別れの時の景色は美しいが、別れた後、自分は一人残され、湘山の月を見ながら、寂しい猿の声を聞きながら愁いに沈んでいることであろうと詠っています。
醉別江樓橘柚香 醉うて江楼に別れんとすれば 橘柚香る
江風引雨入船涼 江風 雨を引き 舟に入って涼し
憶君遙在湘山月 君を憶いて遥かに湘山の月に在り
愁聽清猿夢裏長 愁えて聴かん 清猿の夢裏に長きを
続きまして、「薛大の安陸に赴くを送る」を紹介いたします。配所に長く住むうちに、自分の顔は、愁いにより、昔の楚の人のような窶れた顔になってしまったと、その悲しみを詠っています。
津頭雲雨暗湘山 津頭の雲雨 湘山暗し
遷客離憂楚地顔 遷客憂れいに離る 楚地の顔
遥送扁舟安陸郡 遥かに扁舟を送る 安陸郡
天邊何處穆陸關 天遍 何れの処か 穆陸 関ならん
次に「廬溪にて人に別る」を紹介いたします。この詩は、江南から長江を上って蜀に赴く友人を送ったときのものと推定され、友人が、三峡で寂しい思いをするであろうから、月を見ると同時に猿の鳴き声を聞いてはならないと、友人の事を思いやっています。
武陵渓口駐扁舟 武陵の渓口 扁舟を駐むれば
渓水随君向北流 渓水 君にい 北に向かって流る
行到荊門上三峡 行きて荊門に到り 三峡を上らば
莫将孤月対猿愁 孤月を将って猿愁に対せしむること莫かれ
日本でも、友人との別れを詠った和歌が多数作られています。これらのうち、古今和歌集に採録された詠み人知らずの和歌を紹介致します。
この和歌は、はてしない雲の、そのまた遠くに別れても、心の中ではあなたを遠い場所に置き去りにするものかという友人のことを深く思った和歌です。
かぎりなき 雲ゐのよそに わかるとも 人を心に おくらさむやは
一方、左遷されて南方に配流された親友を気遣う詩も作られております。これらを紹介いたします。王昌齢と李白には親好があり、王昌齢が左遷されたことを聞いた李白は、「王昌齡が龍標の尉に左遷せらるるを聞き 遙かに 此の寄有り」という詩を作り、自分の同情する心を伝えたいと詠いました。この詩を紹介いたします。
楊花落盡子規啼 楊花 落ち尽くして 子規啼く
聞道龍標過五溪 聞道く 龍標 五溪を過ぐと
我寄愁心與明月 我 愁心を寄せて 明月に與う
隨風直到夜郎西 風に隨いて直ちに到れ 夜郎の西
白居易と元稹とは科挙合格後の役人登用試験の同期合格者であり、生涯の友人でした。白居易は、宮中での宿直の時、江陵に配流されている元稹のことを思い、「八月十五日夜
禁中に独り直し、月に対して元九を憶う」という詩を作っています。この詩の頷聯は、和漢朗詠集に採録されています。この詩を紹介いたします。
銀臺金闕夕沈沈 銀台 金闕 夕沈沈
獨宿相思在翰林 独宿 相思うて 翰林に在り
三五夜中新月色 三五夜中 新月の色
二千里外故人心 二千里外 故人の心
渚宮東面煙波冷 渚宮の東面には煙波冷に
浴殿西頭鍾漏深 浴殿の西頭には鐘漏深し
猶恐淸光不同見 猶 恐る 清光 同じくは見ざらんことを
江陵卑湿足秋陰 江陵は卑湿にして 秋陰足る
この詩に影響を受けた和歌を二首紹介いたします．始めに藤原俊成の和歌を、続きまして藤原定家の和歌を紹介いたします。
月きよみ千里の外に雲つきて都のかたに衣うつなり
ふす床をてらす月にやたぐへけむ千里のほかをはかる心は
自分も配流の身でありながら、更に遠くに配流された友人のことを思いやる詩もあります。劉長卿は、「重ねて裴郎中の吉州に貶せらるるを送る」という詩にその心情を表しております。この詩を紹介いたします。
猿啼客散暮江頭 猿啼き 客散ず暮江の頭
人自傷心水自流 人は自から心を傷ましめ 水は自から流る
同作逐臣君更遠 同じく逐臣作るも 君 更に遠く
青山萬里一孤舟 青山万里 一孤舟
別れの中で非常に辛い物は、戦地に赴く兵士と家族との別れでした。戦場に赴いた兵士は、明日をも知れぬ命の中で、残してきた家族のことを思って自分の身を歎き、残された家族は、兵士のみを案じながら、その無事を祈りました。これらの詩歌を吟詠致します。
日本で、防人として徴発されることは、その家にとって大きな負担となり、無事につとめを負えても、帰る途中で飢え死にする人もいました。防人とされ、家族のことを思った詠った「防人の歌」は、万葉集に多数採録されています。それらのうち、代表的なものを朗詠により紹介いたします。
最初に、他田舎人大嶋作とされる和歌を紹介致します。
唐衣
裾に取り付き
泣く子らを 置きてぞ来のや 母なしにして
続きまして、詠み人知らずの和歌を紹介いたします。
防人に、行くは誰が背と、問ふ人を、見るが羨しさ、物思ひもせず
続きまして、若倭部身麻呂作とされている和歌を紹介いたします。
我が妻は いたく恋ひらし
飲む水に
影さへ見えて、よに忘られず
続きまして、物部古麻呂作とされる和歌を紹介いたします。防人に取られてから出発までの間が、慌ただしかったことが偲ばれます。
我が妻も 絵に描き取らむ 暇もが
旅行く我れは
見つつ偲はむ
再び漢詩にもどりまして、王昌齢作「従軍行其の三」を紹介致します。この詩の起句は絶唱とされていますが、辺塞における詩人の明日をも知れぬ不安な気持ちを詠った物とも解され、残された妻の気持ちを詠った物とも解されています。どちらの解釈においても、異民族の侵入の無い平和な時代がくるのを期待することでは一致しています。
秦時明月漢時關 秦時の明月 漢時の関
萬里長征人未還 万里長征 人いまだ還らず
但使龍城飛將在 但だ龍城の飛将をして在らしめば
不敎胡馬渡陰山 故馬をして陰山を度らしめず
盛唐の時代においても、辺境での異民族との戦は行われていました。李白は、戦が終わって、玉門関近くに出向いている夫が無事帰ってくることを願う気持を「子夜呉歌 秋」に詠っています。「子夜呉歌 秋」を紹介致します。
長安一片月 長安 一片の月
萬戸擣衣聲 萬戸 衣を擣つの聲
秋風吹不盡 秋風 吹いて盡きず
總是玉關情 總て是 玉關の情
何日平胡虜 何れの日か 胡虜を平らげて
良人罷遠征 良人 遠征を罷めん
この詩は、日本の和歌にも影響を与え、百人一首でもなじみの深いものとなっております。藤原雅経の和歌を紹介いたします。
み吉野の 山の秋風 小夜ふけて
ふるさと寒く
衣打つなり
戦いに赴く将校に、その無事を祈りながら、無駄な戦をするなと忠告するような詩を送った詩人もいました。陳子昂作「崔著作の東征を送別す」を紹介致します。
金天方肅殺 金天 方に粛殺
白露始專徵 白露 始めて専征す
王師非樂戰 王師は 戦いを楽しむに非ず
之子慎佳兵 之の子 兵を佳くするを慎しめ
海氣侵南部 海気 南部を侵し
邊風掃北平 辺風 北平を掃えり
莫賣盧龍塞 盧竜の 塞を売り
歸邀麟閣名 帰って麟閣の名を 邀むること莫かれ
一方戦場に於いても別れはありました。多くは、任務を終えて京に帰る人を送るもの、更に遠方の地へいく人を送るものです。長らく西域での戦場にあった岑参は、こうした別れの詩を多く作っております。それらを紹介いたします。まず、軍役を終えて京に変える人との送別を詠った「崔人の京に還えるを送くる」を紹介いたします。喜び勇んで、鳥と争うように馬を飛ばして帰る友人にと比較することにより、取り残される我が身の寂しさを、良く表しております。
匹馬西從天外歸 匹馬西の方天外より帰える
揚鞭衹共鳥爭飛 鞭を揚げて ただ鳥と飛ぶを争う
送君九月交河北 君を送る九月
交河の北
雪裏題詩淚滿衣 雪裏 詩を題して涙衣に満つ
岑参は、又、「虢州の後亭にて李判官の使いして晉絳に赴くを送る」という詩を作っております。「秋を得たり」と書かれていることから、送別会で、くじ引きで韻字に「秋」を使うこととなり作ったものと考えられます。
西原驛路掛城頭 西原 驛路 城頭を掛く
客散紅亭雨未收 客散じ紅亭 雨未だ收まらず
君去試看汾水上 君去りて試みに汾水の上を看る
白雲猶似漢時秋 白雲 猶 漢時の秋に似たり
別れた後、既に遠くに行った友人を懐かしむ詩もあります。許渾は、こうした感情を「謝亭の送別」という詩に詠いました。別れの酒宴の酒が覚めた後、寂しい気持で自分も舟に乗り川を下るときの感慨を詠ったものです。
勞歌一曲解行舟 勞歌 一曲 行舟を解く
紅葉青山水急流 紅葉
青山 水は急流す
日暮酒醒人已遠 日暮れ
酒醒むれば 人 已に遠く
滿天風雨下西樓 満天の風雨
西楼を下だる
別れの中で最も悲しいのは、二度と会うことができない別れです。天武天皇の優れた往時でありながら、持統天皇の子でなかったことにより疎まれ、謀反の罪を着せられることが分かった大津の皇子は、伊勢神宮の斎宮となっていた姉の大伯皇女を訪れました。別れに際して、大伯皇女は、次のような歌を詠みました。この歌を紹介致します。
我が背子を大和へ遣るとさ夜更けて 暁露に我れ立ち濡れし
『史記』の「刺客列伝」で有名な荊軻は、燕の燕の太子 丹の要請を受けて秦の始皇帝の暗殺に向かいました。暗殺が成功しても失敗しても生きて還ることはできません。易水の畔で燕の太子丹や友人による送別会が開かれました。一同は、喪服である白装束を着て集まり、荊軻に別れを告げました。この様子を、駱賓王は、「易水の送別」という詩に詠いました。この詩を紹介致します。
此地別燕丹 此の地
燕の丹に別る
壯士髮衝冠 壮士
髪 冠を衝く
昔時人已沒 昔時
人 已に没し
今日水猶寒 今日
水 猶寒し
阿倍仲麻呂は、遣唐使として長安を訪れ、玄宗皇帝に認められて正三品の高官となりましたが、長い間帰国を許されず、その間王維等と親好を深めました。漸く帰国を許された送別会の席で、王維は、「秘書晁監の日本国に還るを送る」と言う詩を作り、名残を惜しみました。この詩を紹介致します。
積水不可極 積水
極む可からず
安知滄海東 安んぞ滄海の東を知らんや
九州何處遠 九州 何れの處か遠き
萬里若乘空 万里 空に乗ずるが若し
向國惟看日 国に向かって惟だ日を看
歸帆但信風 帰帆は但だ風に信すのみ
鰲身映天黑 鰲身は天に映じて黒く
魚眼射波紅 魚眼は波を射て紅なり
鄕樹扶桑外 鄕樹は扶桑の外
主人孤島中 主人は孤島の中
別別離方異 域離 方に域を異にす
音信若爲通 音信
若爲ぞ
通ぜんや
別れは人生に必然的に伴う物であり、別れを詠った詩歌は数えきれないほどありますが、紙面の関係上、以上をもちまして、『物語で楽しむ漢詩・和歌』「別れを詠う」を終わらせていただきます。
（令和２年９月１９日作成）
参考文献等
『中国漢詩吟詠全集 絶句編』後藤石韜緒、有限会社吟濤社出版
『日本漢詩吟詠全集 絶句編』後藤石韜緒、有限会社吟濤社出版
『和漢名詩選評釈』簡野道明著、明治書院出版
『中国名詞集』井上律子著、岩波書店
ブログ「千人万首資料編和歌に影響を与えた漢詩文」
http://www.asahi-net.or.jp/~sg2h-ymst/yamatouta/sennin/kansi.html#kansi