まえがき

 

本詩集は、引用・活用自由自在とされている『心に響く　漢詩名句辞典』（田中春泥著、ベレ出版者出版）から、その７割程度を抽出し、中国データーベース「捜韻」により原詩を復元し、参考文献から引用して語釈をつけたものである。

　漢詩を学ぶ者、楽しむ者にとって、名作の詩に触れることが肝要であり、名作の詩は、殆ど「名句」を含んでいる。よって、名句を含む詩をに触れることは、名作の詩に触れることにつながる。

　さらには、これら名作の詩には、『心に響く　漢詩名句辞典』に取り上げられていない「名句」も含まれているので、筆者が適宜追加した。本文中に、太字で掻かれているのが「名句」である。

　漢詩を創作することを趣味にしている者にとっては、名作の詩、特に「名句」を記唱することの重要性は、先賢の等しく説くところである。

　本詩集はそのためにも役立つことと信じている。

 

　なお、通釈を着けなかったのは、典姑がある場合に通釈が膨大になること、参考文献の著作権に触れる恐れがある事によるものである。これらは、本詩集を使用する者、同好会等の団体によって、適宜、参考文献を参照されればよいと考える。「関連詩句」については、随時追加していく予定である。

 

　単に名句を記唱することを目的とするのであれば、『心に響く　漢詩名句辞典』には名句の通釈も記載されているので、こちらを購入されることをお勧めする。

 

　なお、各詩に記載する参考文献は代表的な物であり、この他に最期に記載する関係文献を参照している。

　また、転記の手間を省略するために、各種のブログから語釈を引用した。主なものは

[詩詞世界]「Web漢文大系」「漢詩の朗読」「漢文委員会」であるが、その他についても、思い出し次第適宜追加していく。とくに「詩詞世界」は、信頼できるブログであるので、文献扱いとしたものもある。

 

　漢詩を学ぶ者、楽しむ者に対して作った物であるので、出所を明示すれば、著作権の一切を放棄するものである。教育材料作成についての電子データとして採用していただく事も歓迎である。

今後、参考文献を読み直して補充・整理していくと共に、「関連詩句」の充実を図りたいが、長い作業になると思われるので、ここに公開する。

 

　利用方法としては、詩を知りたければ、▼をクリックすれば展開される。詩語を含む詩を知りたければ、検索機能を利用すれば、それを含む詩が分かるようになっている。

 

通常の電子データとして含まれていない物も有るので、転記の手間が省ける陀でも、役に立てば幸いである。

 

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★南北朝　陶(とう)潜(せん)　　 歸園田居　其一　　  　園田の居に帰る　其の一　　

 

少無適俗韻　　少(しょう)にして 俗韻(ぞくいん)に適する無く

性本愛邱山　　性 本(もと) 丘山を愛す

誤落塵網中　　誤りて 塵網の中に落ち

一去三十年　　一たび去ること 三十年

羈鳥戀舊林　　羈(き)鳥(ちょう) 旧林を恋い

池魚思故淵　　池魚 故淵を思う

開荒南野際　　荒(こう)を開く 南野の際(さい)

守拙歸園田　　拙を守りて 園田に帰る

方宅十餘畝　　方宅十餘畝

草屋八九間　　草屋八九間

楡柳蔭後簷　　楡(ゆ)柳(りゅう) 後簷(こうえん)を蔭(おお)い

桃李羅堂前　　桃李 堂前に羅(つらな)る

曖曖遠人村　　曖々(あいあい)たり 遠人の村

依依墟里煙　　依々(いい)たり 墟里の煙

狗吠深巷中　　狗は吠ゆ 深(しん)巷(こう)の中(うち)

鷄鳴桑樹巓　　鷄は鳴く 桑樹の嶺

戸庭無塵雜　　戸庭 塵雜無く

虚室有餘閑　　虚室 余間有り

久在樊籠裡　　久しく樊(はん)籠(ろう)の裡(うち)　に在りしも

復得返自然　　復(ま)た 自然に返るを得たり

 

【語釈】

俗韻…俗世間。性…生まれつき。邱山…岡や山、大自然。塵網…穢れた世の中。一去…あっという間に。舊林…もと住んでいた林。故淵…もと住んでいた淵。荒…荒れ地。拙…自分の下手な生き方。方宅…四角な宅地。畝…約１．８２アール。楡柳…にれと柳。後簷…家の後ろの軒。堂前…へやの前。曖曖…おぼろなさま。依依…遠くかすんで見えるさま。墟里…さびしい村ざと。深巷…里の小道の奥。塵雜…埃やごちゃごちゃとした雑多な物。虚室…がらんとした空間。餘閑…ゆったりとした静けさ。樊籠…鳥かご。自然…自由自在で拘束されないありさま。

 

 

（新釈漢文大系　詩人編　１）（陶淵明詩選）

 

 

 

 

 

★南北朝　陶潜　　 歸園田居　其三　　　　田園の居に帰る　　其の三　　

種豆南山下　　豆を種う 南山の下

草盛豆苗稀　　草盛んにして 豆苗稀なり

晨興理荒穢　　晨(あした)に興きて 荒穢(こうさい)を理(ととの)え

帶月荷鋤歸　　月を帶び 鋤(すき)を荷(にな)いて帰る

道狹草木長　　道狹くして 草木長じ

夕露沾我衣　　夕露 我が衣を沾(うるお)す

衣霑不足惜　　衣が霑(ぬ)るるは 惜むに足らず

但使願無違　　但だ願いをして 違うこと無からしめよ

 

【語釈】

南山…廬山。荒穢…荒れ果てて雑草の生い茂っている土地。

 

（陶淵明詩選）（新釈漢文大系　詩人編　１）

 

 

★南北朝　陶潜　　 飲酒二十首　其二　　　飲酒二十首　其の二　　　

 

積善云有報　　　善を積めば 報い有りと云うも

夷叔在西山　　　夷叔 西山に在り

善惡苟不應　　　善悪(ぜんあく) 苟(かりそめ)にも応ぜざれば

何事空立言　　　何事ぞ 空言を立てん

九十行帶索　　　九十行(ゆくゆ)く索を帯ずさえ

飢寒況當年　　　飢寒 況(いわ)んや当年をや

不賴固窮節　　　固窮の節に 賴らざれば

百世當誰傳　　　百世 当に誰にか伝うべし

 

【語釈】

積善…積み重ねた善い行い。有報…（善い）報いがある。夷叔…伯夷と叔齊のこと。西山…首陽山のこと河東蒲阪の華山の北で河曲の中にある、伯夷と叔齊はここに隠棲して飢え死にした。苟…かりそめにも。何事…どうしたこと。空…むなしく,無意味に。立言…議論を発表する。九十行帶索…九十歳になんなんとした栄啓期は、縄を帯にして、楽器を打ち鳴らして歌を唱うという行為をした。飢寒…飢えや寒さ,貧窮生活をいう.况…ましてや、いわんや。當年…かのとし。ここでは、壮年時代になる。固窮節…貧窮を固守する節操。百代の後。當誰傳…一体、誰が（後世に）伝えてくれるのか。　

 

（新釈漢文体系　詩人編　１）(詩詞世界)

 

 

 

★南北朝　陶潜　　 飲酒二十首　其五　　　飲酒二十首　其の五　　　

 

結廬在人境　　廬(いおり)を結んで人境(じんきょう)に在り

而無車馬喧　　而(しか)も車馬の喧(かまび)すしき無し

問君何能爾　　君に問う 何ぞ能(よ)く爾(しか)るやと

心遠地自偏　　心遠ければ地自(おのず)づから偏(へん)なり

採菊東籬下　　菊を採(と)る東籬(とうり)の下

悠然見南山　　悠然(ゆうぜん)として南山(なんざん)を見る

山氣日夕佳　　山気(さんき)　日夕に佳(よ)く

飛鳥相與還　　飛鳥(ひちょう)　相與(あいとも)に還る

此中有眞意　　此の中に眞意有り

欲辨已忘言　　弁(べん)ぜんと欲して已に言(げん)を忘る

 

【語釈】

人境…人里。而…それなのに。而…そうであること。籬…まがき、垣根。悠然…ゆったりとして。南山…廬山。山氣…山の気配、山にたなびく霞（嵐気）。日夕…夕方。

相與…飛鳥が群をなして一塊りになって。此中…第５句～第８句までに示した世界。

 

（新釈漢文大系　詩人編　１）（陶淵明詩選）

 

 

★南北朝　陶潜　　 飲酒二十首　其七　　　飲酒二十首　其の七　　　　

 

秋菊有佳色　　秋菊　佳色あり

裛露掇其英　　露に裛(うるお)いて其の英(えい)を掇(つ)み

汎此忘憂物　　此の忘憂(ぼうゆう)の物に汎(うか)べて

遠我遺世情　　我が遺(い)世(せい)の情(じょう)を遠ざく

一觴雖獨進　　一觴(いっしょう)独(ひと)り進むと雖(いえ)ども

杯盡壺自傾　　杯尽きて壺自ら傾く

日入羣動息　　日入りて群動息(や)み

歸鳥趨林鳴　　帰(き)鳥(ちょう)林に趨(おもむ)きて鳴く

嘯傲東軒下　　嘯傲(しょうごう)す 東軒(とうけん)の下

聊復得此生　　聊(いささ)か復(ま)た此の生を得たり

 

【語釈】

佳色…よい色香。裛…うるおす。掇…つみとる。英…はなびら。汎…浮かべる。忘憂物…憂いを消す物、酒のこと。遺世…世から遠ざかった。一觴…一杯。獨進…独りで飲み進む。羣動…多くの動く物の活動。息…収まる。趨…おもむく、（林に）帰る。嘯傲…うそぶきくつろぐ。嘯傲…うそぶきくつろぐ。

 

（新釈漢文大系　詩人編　１）（陶淵明詩選）（詩詞世界）

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★南北朝　陶潜　   飲酒二十首　其八　　　飲酒二十首　其の八　　　　陶潛

 

青松在東園　　 青松(せいしょう) 東園に在り

衆草沒其姿　　 衆(しゅう)草(そう) 其の姿を沒す

凝霜殄異類　　 凝(ぎ)霜(そう) 異類を殄(つく)し

卓然見高枝　　 卓然として 高枝を見はす

連林人不覺　　 林に連なりては 人 覚(さと)らず

獨樹衆乃奇　　 独樹 衆 乃ち奇とす

提壺挂寒柯　　 壺を提げて 寒柯に挂け

遠望時復爲　　 遠望 時に復(ま)た爲す

吾生夢幻間　　 吾が生は 夢幻の間

何事紲塵羈　　 何事ぞ 塵羈(じんき)に紲(つな)がる

 

【語釈】

凝霜…厚く降りた霜。殄…亡ぼす。異類…異なる植物。卓然…抜きんでるさま。衆乃奇…多くの者がそこで始めてすばらしいとする。寒柯…寒々しい枝。何事…どうして～のことがあろうか。紲…馬などをつなぐ。塵羈…余の煩わしい関係。

 

（新釈漢文大系　詩人編　１）

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★南北朝　陶潛　   飲酒二十首　其十四　　飲酒二十首　 其の十四 　　　　

 

故人賞我趣　　 故人 我が趣を賞し

挈壺相與至　　 壺を挈(ひっさ)えて 相(あ)い與(とも)に至る

班荊坐松下　　 荊(けい)を班(し)きて 松下に坐し

數斟已復醉　　 数斟(すうしゃく)にして 已に復(ま)た酔う

父老雜亂言　　 父老は 雑乱(ざつらん)して言い

觴酌失行次　　 觴(しょう)酌(しゃく) 行(こう)次(じ)を失す

不覺知有我　　 我の有るを 知るを覚えず

安知物爲貴　　 安んぞ知らん 物の貴しと爲すを

悠悠迷所留　　 悠々たるものは 留まる所に迷うも

酒中有深味　　 酒中に 深味あり

 

【語釈】

賞我趣…自分の心中を理解する。班荊…御座代わりに粗末な枝や草を敷く。觴酌…坏のやりとり。行次…順序。物爲貴…世俗の価値観によって振り回されること。悠悠…世の中のとりとめも無いさま。迷所留…未練がましいことにまどわされる。

 

（新釈漢文大系　詩人編　１）

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★南北朝　陶潜　   雜詩十二首 其一　　   雜詩十二首 其の一　　　

 

人生無根蔕　　人生　根(こん)蔕(てい)なく

飄如陌上塵　　飄(ひょう)として陌上(はくじょう)の塵の如し

分散逐風轉　　分散し 風を逐って転じ

此已非常身　　此れ已に常の身に非ず

落地爲兄弟　　地に落ちては 兄弟(けいてい)と爲る

何必骨肉親　　何ぞ必ずしも骨肉の親のみならんや

得歡當作樂　　歓(かん)を得なば 当に楽しみを作すべし

斗酒聚比鄰　　斗酒　比鄰(ひりん)を聚(あつ)めよ

盛年不重來　　盛年　重ねては来たらず

一日難再晨　　一日　再びは晨(あした)なりがたし

及時當勉勵　　時に及んで当(まさ)に勉励(べんれい)すべし

歳月不待人　　歳月は人を待たず

 

【語釈】

雑詩 … 作者が感じたことを気ままに詠よんだ無題詩のこと。根蔕 …草木の根元と果実のへた、転じて、物事の拠り所。飄 … 風に舞いあがる形容。

陌… 路。分散 … 分かれ散ること。逐風転 … 風の吹くままに転がっていく。此 … この身。已 … もはや。もう。常身 … 一定不変の身、永遠に変わらない身体。落地 … この地上に生まれ落ちて。何必 … 「なんぞかならずしも～ん（や）」と読み、「どうして～である必要があろうか、いやないのだ」と訳す。反語。骨肉親 … 血を分け合った人々。得歓 … 楽しいことがあったら。当作楽 … 心ゆくまで楽しむべきである。斗酒 … 一斗（日本の一升くらい）の酒、わずかな酒をいう。比鄰 …近所の人々。聚 … 集める。盛年 … 若く元気盛んな時。不重来 … 二度とやって来ない。難再晨 … 朝は二度やって来ない。及時 … よい時機を失わずに。勉励 …充実した時間を過ごす。歳月 …時の流れ　　　（陶淵明詩選）（新釈漢文大系　詩人編　１）

★南北朝　陶潜　   雜詩十二首 其二　　   雜詩十二首 其の二  　　　

 

白日淪西阿　　  白日　西阿(せいあ)に淪(しず)み

素月出東嶺　  　素月　東嶺に出ず

遙遙萬里輝　  　遙(よう)々(よう)として万里に輝き

蕩蕩空中景　　  蕩々(とうとう)たり 空中の景

風來入房戸　　　風来(きた)って 房(ぼう)戸(こ)に入り

夜中枕席冷　　　夜中　枕席(ちんせき)冷やかなり

氣變悟時易　　　気 変じて 時の易(か)わるを悟り

不眠知夕永　　　眠らずして夕の永きを知る

欲言無予和　　　言わんと欲するも 予に和するもの無く

揮杯勸孤影　　　杯を揮(ふる)って 孤影に勸む

日月擲人去　　　日月 人を擲(なげう)ちて去り

有志不獲騁　　　志有るも 騁(は)するを獲ず

念此懷悲悽　　　此を念(おも)いて 悲悽(ひせい)を懷き

終曉不能靜　　　曉を終うるまで 静まる能(あた)はず

 

【語釈】

白日…輝く太陽。西阿…西方の山。淪…沈む。素月…明るく輝く月。遙遙…遙かに遠いさま。蕩蕩…広く行く渡るさま。房戸…家の戸口。枕席…枕と寝台の敷物。時易…四季がうつろう。騁…はばたく。悲悽…痛ましく悲しい感情。

 

（新釈漢文大系　詩人編　１）

 

★南北朝　陶潜　   移居二首 其二　　     居を移す二首 其の二 　　

 

春秋多佳日　　春秋　佳日多く

登高賦新詩　　高きに登りて新詩を賦す

過門更相呼　　門を過ぐれば更ごも相呼び

有酒斟酌之　　酒有らば之を斟酌す

農務各自歸　　農務には各(かく)自(じ)帰えり

閑暇輒相思　　閑暇(かんか)には輒(すなわ)ち相(あ)い思う

相思則披衣　　相い思えば 則ち衣を披(ひら)き

言笑無厭時　　言笑(げんしょう) 厭(あ)く時無し

此理將不勝　　此の理　将(ま)た勝(まさ)らざらんや

無爲忽去茲　　忽(たちま)ち茲(ここ)を去るを爲す無かれ

衣食當須紀　　衣食　当(まさ)に須(すべから)く紀(おさ)むべし

力耕不吾欺　　力耕　吾を欺かず

 

【語釈】

佳日…おだやかな気候で天気のよい日。斟的…酒をつぐ、酒を飲む。

閑暇…農事の合間。輒…その時はいつも。披衣…上衣の袖を通さないで羽織る。

言笑…楽しく語り合う。此理…こうした世界の道理、農事に励みつつ近隣と楽しいひとときを過ごす生き方をいう。將不勝…どうしてすぐれていないことがあろうか。去茲　転居してきた南柯を去る意と、こうした隣近所との理想的な関係をやめる意を含む。当須　どうしても～しなければならない。紀…治める。調える。力耕…農事に務めること。

 

（新釈漢文大系　詩人編　１）

 

 

★南北朝　陶潜　   己酉歲九月九日　　    己(き)酉(ゆう)の歲 九月九日　　　

靡靡秋已夕　　　靡々(びび)として 秋 已に夕(く)れ

淒淒風露交　　　淒々(せいせい)として 風露交わる

蔓草不復榮　　　蔓草(まんそう) 復(ま)た栄えず

園木空自凋　　　園(えん)木(ぼく) 空しく自ら 凋(しぼ)む

清氣澄餘滓　　　清き 余(よ)滓(さい)を 澄ませ，

杳然天界高　　　杳(よう)然(ぜん)として 天界高し

哀蝉無留響　　　哀(あい)蝉(ぜん) 響を留むる無く

叢雁鳴雲霄　　　叢(そう)雁(がん) 雲霄(うんしょう)に鳴く

萬化相尋繹　　　万化 相い尋繹(じんえき)し

人生豈不勞　　　人生　　豈(あ)に　労せざらんや。

從古皆有沒　　　古(いにし)え 従(よ)り 皆 沒する有り，

念之中心焦　　　之を 念(おも)へば 中心焦る

何以稱我情　　　何を以ってか 我が情を称(かな)えん

濁酒且自陶　　　濁酒 且(しば)し 自(みずか)ら陶(たの)しまん

千載非所知　　　千載 知る所に非ざれば

聊以永今朝　　　聊(いささ)か 以て 今朝を永くせん

 

【語釈】

己酉…４０９年（東晉・安帝の義煕五年）。靡靡…遅々としている。秋已夕…秋はとっくに暮れた、とっくに晩秋になった。已…とっくに。すでに。夕…暮れる、動詞として使われる、≒暮。淒淒…寒く冷ややかなさま、雲が湧き起こり雨もようとなること。風露…寒い風と、屋外の露きびしい自然の営みをいう。交…交互にやってくる。蔓草…はびこる草。不復…二度とは…ない。園木…庭木。空自…むなしく自分から。凋…草木が萎えしなびる。清氣…（晩秋の）澄んだ空気。餘滓…余計な塵。杳然…はるかなさま。天界高…大空が（澄み渡って）高くなっているように感じること、秋の情景。哀蝉…（夏の盛りを終えて、）哀れな様子の秋口の蝉、寒蝉。叢雁…群れをなして飛ぶカリ。雲霄…そら。萬化…万物の変化、多くの物事の変化。尋繹…繰り返しておこなう、再三復習をする。豈不…なんと……ではないか。勞…苦労する。從古…むかしから。沒…死没すること。念之…「從古皆有沒」のことをじっくりと思えば。中心…心の中。焦…こがれる。何以…なにものをもって。稱…かなえる。我情…わたしの感情。わが思い。濁酒…濁っている酒。且…しばし。自…じぶんで。陶…よろこぶ、たのしむ。千載…千年。非所知…関知するところではない。聊…いささか。以永今朝…今日（一晩中）」

 

（新釈漢文大系　詩人編　１）

 

★南北朝　陶潛　   擬古九首 其七　　     擬古九首 其の七　　

日暮天無雲　　　日暮れて天に雲無く

春風扇微和　　　春風　微和を扇ぐ

佳人美清夜　　　佳人　清夜を美とし

達曙酣且歌　　　曙に達するまで 酣(よ)い且つ歌う

歌竟長歎息　　　歌い竟(おわ)れば 長歎息し

持此感人多　　　此を持て 人を感ぜしむること多し

皎皎雲間月　　　皎々(こうこう)たり 雲間の月

灼灼葉中華　　　灼々(しゃくしゃく)たり 葉中の華(はな)

豈無一時好　　　豈(あ)に一時の好 無からんや

不久當如何　　　久しからざるは 応(まさ)に如何(いかん)すべき

 

【語釈】

擬古…古い詩を根拠とし　て作った詩。微和…春のおだやかな気配。扇…吹き寄せる。佳人…美女。美清夜…清々しい夜を楽しむ。皎皎…白く輝いて清いさま。灼灼…花が鮮やかに咲くさま。

 

 

★唐　孟(もう)浩然(こうねん)　　   送杜十四之江南　　　  杜(と)十四の江南に之(ゆ)くを送る

荊呉相接水為郷　　　荊(けい)呉(ご) 相(あい)接して 水を郷(ごう)と為す

君去春江正淼茫　　　君の去る 春江　正に淼茫(びょうぼう)たり

日暮孤舟何処泊　　　日暮 孤舟　何れの処にか泊(はく)す

天涯一望斷人腸　　　天涯(てんがい) 一望　人の腸(はらわた)を断つ

 

【語釈】

杜十四…不詳。荊呉…荊（楚の国、湖北省地方）と呉（江蘇省の地方）。淼茫…水がはてしなく広がっている様。天涯…天の果て、ごく遠いところ。

 

（唐詩選）

 

参考詩句

　「日暮孤舟江上泊，待明風雪逼人清。」明·謝士元

　「小孤江畔海門關，日暮孤舟自去還。」明末清初·毛竒齡

　「雲陰慘澹柳陰稀，遊子天涯一望時。」唐末·李咸用

　「天涯一望鄉心切，腸斷秋山笛裏聲。」明·李東陽

 

 

★唐　孟浩然　　　 春曉　　              春曉(しゅんぎょう) 　　　　

 

春眠不覺曉　　　春眠 曉(あかつき)を覚えず

處處聞啼鳥　　　処々 啼(てい)鳥(ちょう)を聞く

夜來風雨聲　　　夜来 風雨の声

花落知多少　　　花落つること 知んぬ多少ぞ

 

【語釈】

春眠 … 春の夜の心地よい眠り。曉 … 夜が明けたこと。不覚 …気づかない。處處…あちこちで。あちらこちらから。聞 … 自然に聞こえてくる。啼鳥 …鳥のさえずり。夜來…昨夜、「来」は語調をととのえる助字。多少 … 疑問詞、どれくらい。知多少 … いったいどれくらい散ったことだろうか。

 

（唐詩選）

 

 

★唐　孟浩然　　   宿建徳江　　          建(けん)徳江(とくこう)に宿(しゅく)す　　　

移舟泊烟渚　　　舟を移して 煙(えん)渚(ちょ)に泊(と)まれば

日暮客愁新　　　日暮れて 客(かく)愁(しゅう)新たなり

野曠天低樹　　　野は広く 天は樹に低(た)れ

江清月近人　　　江は清く 月は人に近し

 

【語釈】

建徳江…建徳市を流れる川。川霧で知られる。煙渚…川霧の立ち込める渚。客愁…旅の愁い。

 

(唐詩三百首)

 

 

★唐　孟浩然　　   送朱大入秦　　        朱大(しゅだい)の秦に入るを送る　

遊人五陵去　　　遊人 五陵に去り

寶劒直千金　　　宝剣 直千金

分手脫相贈　　　手を分かつとき 脱して相贈る

平生一片心　　　平生(へいぜい) 一片の心

 

【語釈】

朱大…不詳、大は排行。秦…長安地方。遊人 … 決まった生業や住居のない俠客、遊俠。五陵 … 五陵付近の地、五陵は、長安北郊の地名。相贈 … 相手に贈る、「相」は互いにの意ではない。心…真心

 

（唐詩選）

 

★唐　孟浩然　　   洛中訪袁拾遺不遇　　　

　　　　洛中に袁(えん)拾遺(しゅうい)を訪(と)いて遇わず

洛陽訪才子　　　洛陽に才子を訪(と)えば

江嶺作流人　　　江(こう)嶺(れい)に流人(るにん)と作れり

聞說梅花早　　　聞説(きくなら)く 梅花早しと

何如此地春　　　何んぞ 此の地の春に如かんや　　

 

【語釈】

袁拾遺 … 不詳、袁は姓。拾遺は官名。洛陽才子 … 袁拾遺、「漢の賈誼の故事に基づく。江嶺 … 揚子江・五嶺の地方。聞説 …聞くところによると。

 

(唐詩選)（新釈漢文大系　詩人編　３）

 

 

 

★唐　孟浩然　　   臨洞庭　　　          洞庭(どうてい)に臨(のぞ)む　　

　　　　　　　　　　　　

八月湖水平　　　八月 湖水平らかに

涵虚混太淸　　　虚(きょ)を涵(ひた)して 太(たい)清(せい)に混ず

氣蒸雲夢澤　　　気は蒸す　雲夢沢(うんぼうたく)

波撼岳陽城　　　波は撼(ゆる)がす　岳陽城

欲濟無舟楫　　　済(わた)らんと欲するも 舟(しゅう)楫(しゅう)なく

端居恥聖明　　　端居(たんきょ) 聖(せい)明(めい)に恥ず

坐觀垂釣者　　　坐(そぞろ)に釣(ちょう)を垂るる者を観て

徒有羨魚情　　　徒(いたず)らに魚を羨(うらや)むの情(じょう)あり

 

【語釈】

洞庭…洞庭湖。臨…目の前にする。高い所から下を見る。虚…虚空。大空。涵 …浸す。太清 … 天。道教用語。混…空と水とが一つに混ざり合う。気蒸 … 水蒸気が立ちのぼる。雲夢沢 …今の湖北省南部から湖南省北部にかけてあったといわれる広大な湿地帯の名。気蒸 … 水蒸気が立ちのぼる。舟楫 … 舟と櫂。端居…なすこともなく、じっとしている。

聖明 …天子、 天子の明徳。

 

（唐詩選）（漢詩鑑賞事典）

 

★唐　孟浩然　　   歳暮歸南山　　　      歳暮(せいぼ)　南山(なんざん)に帰る　　　　　　　　　　　　

北闕休上書　　　　北闕(ほくけつ) 上書(じょうしょ)を休(や)め

南山歸敝廬　　　　南山(なんざん)　敝廬(へいろ)に帰る

不才明主棄　　　　不才 明主に棄(す)てられ

多病故人疎　　　　多病 故人に疎(うとん)んぜらる

白髪催年老　　　　白髪 年老を催(うなが)し

青陽逼歳除　　　　青(せい)陽(よう)　歳除(さいじょ)に逼(せま)る

永懐愁不寐　　　　永(えい)懐(かい) 愁(うれ)えて寐(い)ねず

松月夜窗虚　　　　松(しょう)月(げつ) 夜(や)窓(そう)に虚(むな)し

 

【語釈】

北闕…天子の宮城。上書…君主、役所などに文書をたてまつること。南山…終南山。敝廬…あばらや、自分の家の謙称。故人…友人。年老…年老いること。青陽…陽春。歳除…大晦日。永懐…長年の心の思い。松月…松にかかった月。

 

 

（新釈漢文大系　詩人編　３）

 

★唐　孟浩然　　   赴京途中遇雪 　　     京(けい)に赴(おもむ)く途中雪に遇(あ)う　

 

迢遞秦京道      迢遞(ちょうてい)たり 秦(しん)京(けい)の道

蒼茫藏暮天　　　蒼茫(そうぼう)たり 歳(せい)暮(ぼ)の天

窮陰連晦朔　　　窮(きゅう)陰(いん) 晦朔(かいさく)に連なり

積雪滿山川　　　積雪 山川に満つ

落雁迷沙渚　　　落雁 沙(さ)渚(しょ)に迷い

饑烏集野田　　　饑(き)烏(う) 野田(やでん)に集う

客愁空佇立　　　客(かく)愁(しゅう) 空しく佇立(ちょりつ)し

不見有人煙　　　人煙 有るを見ず

 

【語釈】

迢遞…遠く遙かなさま。秦京…秦の都咸陽。蒼茫…果てしなく広がって視界のかすかなさま。窮陰…陰の気が窮まる旧暦十二月、冬の末。晦朔…旧暦十一月から旧暦十二月。沙渚…砂浜の渚。饑烏…饑えた鴉。客愁…旅の愁い（を抱いた作者）。佇立…何時までもたたずむ。人煙…人家から立ち上るかまどの煙。

 

（新釈漢文大系　詩人編　３）

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★唐　孟浩然　　　 自洛之越　　　        洛(らく)自(よ)り越に之(ゆ)く　　　　

 

遑遑三十載　　　遑々(こうこう) 三十載

書劒兩無成　　　書劒(しょけん) 両(ふたつ)ながら成る無し

山水尋吳越　　　山水 吳(ご)越(えつ)を尋ね

風塵厭洛京　　　風塵(ふうじん) 洛(らく)京(けい)を厭(いと)う

扁舟泛湖海　　　扁舟を湖海に泛(う)かべ

長揖謝公卿　　　長揖(ちょうゆう) 公(く)卿(ぎょう)に謝す

且樂杯中物　　　且(しばら)く杯中の物を楽しみ

誰論世上名　　　誰か世上の名を論ぜん

 

【語釈】

遑遑…慌ただしいさま。書劒…学問と剣術。吳越…春秋時代の呉と越の国。風塵…風に舞う塵埃，埃にまみれた俗世間。洛京…洛陽。湖海…南方の湖や海。長揖…手をこまねいてやや上に上げ、下まで下ろす挨拶の作法。公卿…三公九卿、高官を指す。杯中物…酒。

 

（新釈漢文大系　詩人編　３）

 

 

★唐　孟浩然　　   与諸子登峴山　　　    諸子と峴山(けんざん)に登る　

人事有代謝　　　　人事に代謝(たいしゃ)あり　

往來成古今　　　　往来(おうらい)は古今を成す

江山留勝跡　　　　江山 勝(しょう)跡(せき)を留め

我輩復登臨　　　　我が輩 復(ま)た登臨す

水落魚梁淺　　　　水落ちて　魚梁浅く

天寒夢澤深　　　　天寒くして　夢沢深し

羊公碑尚在　　　　羊公の碑　尚(な)お在り

讀罷淚沾襟　　　　読(よむ)を罷(あた)わず　一(いつ)に襟(きん)をぬらす

【語釈】

人事…人の世の営み。代謝…次々と入れ替わること。往来…ここでは栄枯盛衰という意味。古今…古代から今まで。江山…漢江と峴山。勝跡…優れて名高い景勝の地。漁梁…やな。夢澤…雲夢の沢（うんぼうのたく）湖北省の湿地帯。羊公…荊州の都督として陸抗と対峙していた羊祜は、荊州の領民を労わるはおろか 相対していた呉の将兵にまで礼節を以て臨み敵味方問わずから尊崇を集めていた。 そんな羊祜も病を得、重篤の身となると後任に杜預を推挙して没した。碑…羊祜が病死、死を惜しんだ民により生前彼が好んだ峴山に碑が建立された。 その碑を見た者は皆在りし日の羊祜を偲んで涙を堕とすに及んだ。墮淚碣という。

 

 

（新釈漢文大系　詩人編　３）

 

★唐　孟浩然　　   宿桐廬江寄廣陵舊遊　　　　　

　　　　　　　　      桐廬(とうろ)江(こう)に宿(しゅく)して　広陵(こうりょう)の旧遊(きゅうゆう)に寄す　

山暝聽猿愁　　　　山暝(くら)くして　猿(えん)愁(しゅう)を聽き　

滄江急夜流　　　　滄(そう)江(こう)　急ぎて夜に流る

風鳴兩岸葉　　　　風は鳴らす　両岸の葉　

月照一孤舟　　　　月は照らす　一孤舟　

建德非吾土　　　　建德(けんとく)は　吾が土(ど)に非(あら)ず　

維揚憶舊遊　　　　維揚(いよう)は　旧遊(きゅうゆう)を憶う　

還將兩行涙　　　　還(ま)た　両行の涙を將(も)って　

遙寄海西頭　　　　遙かに　海(かい)西(せい)の頭(ほとり)に寄す　

 

【語釈】暝…暗い。猿愁…猿のもの悲しい鳴き声。滄江…青い川、桐廬江（銭塘江の中流）を指す。吾土…自分の居住するところ、故郷。維揚…古代の揚州の発祥地で、江蘇省揚州市区の西部の地名。寄…　手紙で詩を送る。海西…青海湖

 

（新釈漢文大系　詩人編　３）

 

★唐　孟浩然　　　 過故人荘　　　        故人の荘に過(よ)ぎる　　　

　　

故人具鶏黍　　故人 鶏(けい)黍(しょ)を具(そな)え

邀我至田家　　我を邀(むか)えて 田家(でんか)に至らしむ　

緑樹村辺合　　緑樹 村辺に合(がっ)し

青山郭外斜　　青山 郭外(かくがい)に斜めなり

開軒面場圃　　軒(けん)を開いて 場圃(じょうほ)に面し

把酒話桑麻　　酒を把(と)って 桑(そう)麻(ほ)を話す

待到重陽日　　到るを待つ 重陽(ちょうよう)の日

還来就菊花　　還(ま)た来って 菊花(きっか)に就(つ)かん

 

【語釈】

鷄黍…鶏ときび飯。田家…いなか家、農家。村邊…村の周り、村はずれ。郭外…城郭都市の外側、郊外。場圃…農家の前の穀物を干す広場。桑麻…桑と麻、田園。就…近づく

 

（唐詩三百首）

 

 

★唐　孟浩然　　   留別王侍御維　　　王(おう)侍御維(じぎょい)に留(りゅう)別(べつ)す　　　　

　　　　　　　　　　　

寂寂竟何待　　　　　寂寂(せきせき) 竟(つい)に何をか待たん

朝朝空自歸　　　　　朝(ちょう)朝(ちょう) 空(むな)しく自(みずか)ら帰る

欲尋芳草去　　　　　芳(ほう)草(そう)を尋ねて 去らんと欲するも

惜與故人違　　　　　故人(こじん)と違(たが)わんことを惜む

當路誰相假　　　　　当路(とうろ) 誰か相(あい)仮(か)さん

知音世所稀　　　　　知音(ちいん) 世に稀(まれ)なる所

秪應守索寞　　　　　秖(た)だ応(まさ)に索寞(さくばく)を守るべし

還掩故園扉　　　　　還(かえ)って故園(こえん)の扉を掩(とざ)さん

 

【語釈】

留別…旅立つ人が別れを告げること⇔送別。侍御…天子の側に仕える官。寂寂…ひっそりとして寂しいさま。竟…とうとう。朝朝…毎朝。芳草…よいかおりのする草。故人…古くからの友だち。違…離れる、遠ざかる。當路…重要な地位についている者。要路にいる者。假…借りる。よる。請う。知音…知己。索寞…失意のさま、もの寂しいさま。故園…故郷。

 

（詩詞世界）（新釈漢文大系　詩人編　３　留別王維）

 

 

 

 

 

 

 

 

★唐　孟浩然　　   宿業師山房期丁大不至　　　　　　　　　　　　

業師の山房に宿して丁大(ちょうだい)を期するも至らず　　　

 

夕陽度西嶺　　　　　夕陽(せきよう)　西嶺(せいれい)に度(わた)り

群壑倏已暝　　　　　群壑(ぐんがく) 倏(たちま)ち已に暝(くら)し

松月生夜涼　　　　　松(しょう)月(げつ) 夜(や)涼(りょう)を生じ

風泉満清聴　　　　　風(ふう)泉(せん)　清聴(せいちょう)を満たす

樵人帰欲盡　　　　　樵人(しょうじん) 帰りて尽きんと欲し

煙鳥棲初定　　　　　煙(えん)鳥(ちょう「) 棲(す)みて初めて定まる

之子期末來　　　　　之(こ)の子 期して末だ来たらず

孤琴候蘿逕　　　　　孤(こ)琴(きん)　蘿径(らけい)に候(ま)つ

 

【語釈】

度…過ぎてゆく。群壑…多くの谷。倏…たちまち、急速に。暝…暗い。松月…松にかかった月。…夜涼…夜の涼しさ。風泉…？。清聴…静かにじっと聞き入る。煙鳥…？。棲…鳥が巣に宿りすむ。之子…友人に親しみを込めて言う言葉。期…約束して会う。蘿逕…つたかずらの茂っている小径。

 

（新釈漢文大系　詩人編　３）

 

 

★唐　孟浩然　　   秦中感秋寄遠上人　

　　　　　　　　　　秦中 秋を感じ遠(えん)上人(しょうにん)に寄す

 

一丘常欲臥　　　一丘 常に臥(ふ)せんと欲するも

三徑苦無資　　　三(さん)経(けい) 資 無きに苦(くる)しむ

北土非吾願　　　北土 吾が願に非(あら)ず

東林懷我師　　　東林 我が師を懷(おも)う

黃金燃桂盡　　　黃金 桂を燃やして尽き

壯志逐年衰　　　壮志 年を逐(お)いて衰う

日夕涼風至　　　日夕(にっせき) 涼風至り

聞蟬但益悲　　　蝉を聞き 但(た)だ益(ます)ます悲しむ

 

【語釈】

秦中…関中の地。遠上人…未詳。一丘…ある丘。三徑…三本の道，故事有り、隠者の住まいを指す。無資…金銭がないこと。北土…北の地方、この場合は北の長安を言う。非吾願…宮仕えをして富貴を求めるのは本意でないこと。燃桂盡…都の物価が高く分不相応な暮らしで金銭を使い果たしてしまったことを言う。壯志…壮年の者が抱く偉大な志。

 

（唐詩三百首）（新釈漢文大系　詩人編　３）

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★唐　孟浩然　　   夏日南亭懷辛大　　夏日 南亭にて辛大(しんだい)を懷(おも)う　　　　

山光忽西落　　　山光 忽(たちま)ち西に落ち

池月漸東上　　　池月 漸(ようや)く東に上る

散髮乘夕涼　　　髮を散じて 夕涼(せきりょう)に乗じ

開軒臥閑敞　　　軒を開きて 閑(かん)敞(しょう)に臥す

荷風送香氣　　　荷風 香気を送り

竹露滴清響　　　竹露 清(せい)響(きょう) 滴(した)たる

欲取鳴琴彈　　  鳴(めい)琴(きん)を取りて弾かん欲するも

恨無知音賞　　　知音(ちいん)の賞する無きを恨む

感此懷故人　　　此に感じ 故人を懷い

中宵勞夢想　　　中宵(ちゅうしょう) 夢想(むそう)を労す

 

【語釈】

南亭…南のあずまや。辛大　辛家の長男、大は排行。山光…山に落ちかかった夕日。池月…池に映った月。散發…正式な場所では髪を束ねて簪で止めていたのをほどく。軒　亭の長廊下の窓。閑敞…少し小高く、閑静な広々とした場所。

清響…清らかな響き。荷風…池の蓮を抜けてきた風をいう。竹露…竹の葉の露。鳴琴…琴。知音…自分を理解してくれる人、辛大。賞…鑑賞する。中宵…真夜中。夢想…夢の中で思う。

 

（新釈漢文大系　詩人編　３）（漢文委員会）

 

 

 

 

 

 

★唐　孟浩然　　　 早寒江上有懷　　　早(そう)寒(かん) 江上にて懷(おも)い有り

木落雁南度　　　木落ち 雁 南に度(わた)り

北風江上寒　　　北風 江上に寒し

我家襄水曲　　　我が家は 襄(じょう)水(すい)の曲(くま)

遙隔楚雲端　　　遙かに隔つ 楚(そ)雲(うん)の端

鄉淚客中盡　　　郷淚(きょうるい) 客中(かくちゅう)に尽き

孤帆天際看　　　孤帆 天際に看る

迷津欲有問　　　津に迷よい 問う有らんと欲すれば

平海夕漫漫　　　平海 夕べに漫々(まんまん)たり

 

【語釈】

早寒…秋から冬にかけて寒さを感じるころ。襄水…漢水の支流で㐮陽の付近を流れる。楚雲…長江中流域の雲。郷涙…望郷の涙。天際…水平線、地平線。

平海…満満と水をたたえた湖。漫漫…遠く果てしないさま。

 

（漢詩大系　詩人編　３）

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★唐　孟浩然　　　 秋登万山寄張五　　秋に万山に登り張(ちょう)五(ご)に寄す　

 

北山白雲裏　　　北山 白雲の裏(うち)

隱者自怡悅　　　隠者 自ら怡悦(いえつ)す

相望試登高　　　相望み 試みに登高し

心飛逐雁滅　　　心は 雁の飛滅するに逐(したが)う

愁因薄暮起　　　愁は薄暮に因りて起こり

興是清秋發　　　興は是れ 清秋に発す

時見歸村人　　　時に見る　村に帰る人

平沙渡頭歇　　　平沙(へいさ) 渡頭歇(ととうや)む

天邊樹若薺　　　天辺 樹は薺(なずな)の若く

江畔洲如月　　　江畔 洲は月の如し

何當載酒來　　　何か応(まさ)に酒を載せて来たり

共醉重陽節　　　共に 重陽節に酔わん

 

【語釈】

万山…孟浩然の故郷㐮陽の西に位置する山。張五…未詳、五は排行。北山…万山のこと。怡悅…歓ぶ。試…軽い気持で。飛滅…飛んで消えてゆく。平沙…平たい砂原。渡頭…渡し場。何當…いつかとも読む、期待を込めて言う。載酒…酒を用意する。

 

（新釈漢文大系　詩人編　３）

 

 

 

 

 

★唐　王維　　　   九月九日山東兄弟　九月九日山東の兄弟を憶う

 

独在異郷為異客　　　独(ひと)り異郷に在って 異客(いかく)と為り

毎逢佳節倍思親　　　佳節(かせつ)に逢う毎に 倍(ます)ます親(しん)を思う

遥知兄弟登高処　　　遥かに知る 兄弟(けいてい)高きに登る処

遍挿茱萸少一人　　　遍(あまね)く茱萸(しゅゆ)を挿(さ)して 一人を少くを

 

【語釈】

異客…旅人。佳節…祝い事の日。遥知…（これ以下の内容を）遠くから察する。遍あまねく、みんな。茱萸…ハジカミ、山椒の葉。

 

（唐詩選）

 

 

★唐　王維　　　   少年行四首 其一　 少年(しょうねん)行(こう)四首 其の一　　

 

新豐美酒斗十千　　　　新(しん)豊(ぽう)の美酒 斗(と)十千(じゅっせん)

咸陽遊侠多少年　　　　咸(かん)陽(よう)の遊侠(ゆうきょう) 少年多し

相逢意氣爲君飮　　　　相(あ)い逢(あ)いて意気 君が為に飲む

繋馬高樓垂柳邊　　　　馬を繋(つな)ぐ高楼(こうろう) 垂(すい)柳(しゅう)の辺(ほとり)

 

【語釈】

少年行…楽府題。いなせな若者や壮士を詠う。新豊…長安の東、華清宮のあるところ。斗十千…一斗（今の一升）が一万銭もする高級酒。咸陽…渭城。遊侠…勇気があり男気にとむ人。垂柳…しだれ柳。

 

（新釈漢文大系　詩人編　３）

 

参考詩句

　「浪說男兒食四方，新豐美酒幾時嘗。」（明·鄧林）

　「舟行半日下丹陽，新豐美酒又聞香。」（明·頋清）

　「繫馬高樓興未迴，銅瓶春色照寒梅。」（明·胡應麟）

　「春風吹後滿天涯，繫馬高樓春日斜。」（明·葛一龍）

 

★唐　王維　　　   少年行四首　其二　少年(しょうねん)行(こう)四首　其の二　　　　　　　　　

 

出身仕漢羽林郎、　　　出身(しゅっしん)して漢に仕える羽林郎(うりんろう)

初随驃騎戦漁陽。　　　初めて驃騎(びょうき)に随って漁(りょう)陽(よう)に戦う

孰知不向辺庭苦、　　　孰(たれ)か知らん　辺庭に向って苦しまざるを

縦死猶聞侠骨香。　　　縦(たと)い死すとも猶お侠(きょう)骨(こつ)の香を聞かん

 

【語釈】

｢出身｣…官吏になること。羽林郎…近衛兵（両家の若者から選ばれる）。驃騎…驃騎将軍、

大将軍とほぼ同格。漁陽…北京の付近。辺庭…辺地、国境地帯。聞…臭いをかぐ。侠骨…おとこぎ

 

（唐詩選）

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★唐　王維　　      送元二使安西　　 元(げん)二(じ)の安西(あんせい)に使(つか)いするを送る　

 

渭城朝雨裛輕塵　　渭(い)城(じょう)の朝(ちょう)雨(う) 軽塵(けいじん)を潤(うるお)し

客舍靑靑柳色新　　客舎(かくしゃ)青々(せいせい) 柳(りゅう)色(しょく)新たなり

勸君更盡一杯酒　　君に勧(すす)む更に尽くせ 一杯の酒

西出陽關無故人　　西のかた陽関(ようかん)を出でなば故人(こじん)無からん

 

陽關…敦煌の近くにある関所、玉門関と共に西の外れ

 

【語釈】

元二…元家の二番目の男性。安西…甘粛省の外れ、安西都護府が置かれていた。渭城…今の咸陽。輕塵…軽い土埃。客舎…旅館。陽關…玉門関〔天山北路〕と並ぶ西方外れの天山南路の関所、敦煌の近くにある。故人…古くからの友人

 

（唐詩選）

 

参考詩句

「停杯空疊陽關曲，客舍青青孰與論。」

「客舍青青記昔時，曉風殘月動離思。」

 

 

 

★唐　王維　　      送沈子歸江東　　 沈子(ちんし)の江東(こうとう)に帰るを送る

 

楊柳渡頭行客稀，　　　楊(よう)柳(りゅう)の渡(と)頭(とう) 行客(こうかく)稀(まれ)に，

罟師盪槳向臨圻。　　　罟師(こし)　槳(かじ)を盪(うご)かして 臨圻(りんぎ)に向う。

唯有相思似春色，　　　唯 相思の春色に似たる有りて，

江南江北送君歸。　　　江南(こうなん)江北(こうほく) 君が帰るを送る。

 

【語釈】

沈子 …不明。江南 … 揚子江の南の地域。楊柳 …やなぎ。渡頭…渡し場のあたり。行客…旅人。罟師…網を使う漁師。盪槳…かいを動かす。舟を漕ぐこと。臨圻 … 対岸の曲がった岸辺。相思 … 相手を思う心。春色 … 春景色。

 

https…//kanbun.info/syubu/toushisen347.html

（Ｗｅｂ漢文体系）（唐詩選）

 

関連詩句

　「關河日暮望空極，楊柳渡頭人獨歸。」（唐·趙嘏）

　「魚向荻花江上買，酒從楊柳渡頭賒。」（明·陳昌）

　「歸舟歸騎儼成行，江南江北互相望。」（唐·王勃）

　「江南江北望煙波，入夜行人相應歌」（唐·劉禹錫）

 

 

★唐　王維　　      送韋評事　　   　韋評事(いひょうじ)を送る　　

 

欲逐將軍取右賢，　　　将軍を逐(お)いて 右(う)賢(けん)を取らんと欲し　

沙場走馬向居延。　　　沙場(さじょう) 馬を走らせて 居(きょ)延(えん)に向かう

遙知漢使蕭關外，　　　遙かに知る 漢使(かんし) 蕭関(しょうかん)の外　

愁見孤城落日邊。　　　愁え見る 孤城(こじょう) 落日(らくじつ)の辺(ほとり)

 

【語釈】

評事…刑罰を判決する大理事の属官。右賢 … 右賢王（右賢王と共に匈奴の単于に継ぐ位）。沙場 … 「砂漠」。居延…甘粛省張掖の西北にあった属国名。漢使 …韋評事を指す。蕭關…寧夏回族自治区固原の東南にあった関。孤城…ひとつだけぽつんとある砦。落日…夕日

（唐詩選）

 

参考詩句

　「愁見孤城萬馬屯，山行飄若出塵樊。」（宋·鄧肅）

　「愁見孤城秋色裡，不知風雨遍空山。」（明·李攀龍）

 

 

 

★唐　王維　　　    與盧員外象過崔處士興宗林亭

盧(ろ)員外(いんがい)象(しょう)と崔処(さいしょ)士(し)興宗(こうそう)が林亭(りんてい)に過(よ)ぎる　　　　

 

綠樹重陰蓋四鄰　　　　綠樹(りょくじゅ)の重陰(ちょういん) 四鄰(しりん)を蓋(おお)い　

青苔日厚自無塵　　　　青(せい)苔(たい)日に厚くして 自(おのず)から塵(ちり)無し　

科頭箕踞長松下　　　　科頭(かとう) 箕踞(ききょ)す 長松(ちょうしょう)の下(もと)　

白眼看他世上人　　　　白眼(はくがん)にして看る 他(た)の世上(せじょう)の人　

 

【語釈】

○崔処士…不祥。處士は官に使えないで民間にいる人。○重陰…深い影。四鄰…あたり。○青苔…青色の苔。○科頭…冠や頭巾をかぶらないむき出しの頭。○箕踞…両足を投げ出して座ること。○長松…隠者の隠語。○白眼…阮籍の故事に基づく、気に入らない俗物を見る目（他の世上の人にはそうであったので、尋ねて行った王維・盧象・裴迪・王縉には青眼で見た。）

（唐詩選）（新釈漢文大系　詩人編　３）

　　

参考詩句

　「絃歌聲裡天峯寺，緑樹重隂午夢長。」（明·羅倫）

　「園亭風日入清秋，綠樹重隂䕶四周。」（明·楊一清）

　「科頭箕踞坐仙石，深杯共酌蒼顔紅。」（明·馮裕）

　「科頭箕踞尋常事，細酌髙吟且未休。」（明·王世貞）

 

 

 

 

 

★唐　王維　　　    寒食汜上作　　　 寒食(かんしょく) 汜上(しじょう)の作

 

廣武城邊逢暮春　　　　広(こう)武(ぶ)城(じょう)辺(へん) 暮春(ぼしゅん)に逢(あ)い

汶陽歸客涙沾巾　　　　汶(ぶん)陽(よう)の帰客(きかく) 涙 巾(きん)を沾(うるお)す　

落花寂寂啼山鳥　　　　落花(らっか) 寂寂(せきせき) 山に啼(な)く鳥　

楊柳靑靑渡水人　　　　楊(よう)柳(りゅう) 青青(せいせい) 水を渡る人　

 

【語釈】

寒食…寒食節、冬至から百五日目にあたる日の前後三日間。汜上…汜水の（河南省にある川の名）ほとり。広武城…古城名、河南省滎陽の東北の廣武山上に東西二箇所ある。暮春… 春の終わり。汶陽…山東省寧陽県地方。帰客…帰ってきた旅人（作者）。沾…ぬれる。巾…ハンカチ状の布。寂寂…もの寂しいさま。ひっそりとしたさま。楊柳…ヤナギの総称。青青…青々とした。

 

 

（詩詞世界）（新釈漢文大系　３）

 

　「落花寂寂草綿綿，雲影山光盡宛然。」（唐·李玫）

　「落花寂寂黃昏雨，深院無人獨倚門。」（唐·韋莊）

　「楊柳青青宛地垂，桃紅李白花參差。」（唐·蘇頲）

　「楊柳青青杏發花，年光誤客轉思家。」（唐·王翰）

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★唐　王維　　　    早秋山中作　　　 早秋(そうしゅう)山中(さんちゅう)の作　

 

無才不敢累明時　　　無才 敢えて 明時(めいじ)を累(わずら)わさず

思向東谿守故籬　　　東谿(とうけい)に向いて故籬(こり)を守らんと思う

豈厭尚平婚嫁早　　　豈(あ)に尚(しょう)平(へい)の婚(こん)嫁(か)の早きを厭わんや

却嫌陶令去官遲　　　却って嫌う 陶令(とうれい)の官を去るの遅きを

草間蛩響臨秋急　　　草間の蛩(きょう)響(きょう)　秋に臨みて急に

山裏蟬聲薄暮悲　　　山裏の蟬声　暮(くれ)に薄(せま)りて悲しむ

寂寞柴門人不到　　　寂寞(せきばく)たる柴門(さいもん) 人　到らず

空林獨與白雲期　　　空林に独り 白雲と期す

 

【語釈】

明時…明らかに収まっている世。累…わずらわす。東谿…東にある渓。故籬…古い籬。婚嫁…縁組み。尚平婚嫁早…尚平が、家の縁組みを早く終えて隠棲したこと。陶令…陶淵明。陶令去官遲…陶淵明は彭沢県の県令となるが、80数日後に辞任した。蛩響…こおろぎの鳴き声。山裏…山中（中は平声、裏は仄声）。寂寞…ひっそりとして物寂しいさま。柴門…粗末な門。空林…人気の無い林。

 

（王右丞集）

 

関連詩句

　「寂寞柴門不徹扃，槐花細細糝空庭。」（宋·陸游）

　「歸來對月思故人，寂寞柴門迹如掃。」（宋·程洵）

　「閑步偶尋芳草色，空林獨聽野鶯聲。」（宋·寇準）

　「空林獨立翻成笑，北雁何曾識故鄉。」（淸·王以敏）

 

　

 

★唐　王維　　　    積雨輞川莊作　　 積(せき)雨(う) 輞(もう)川(せん)荘(そう)の作　　　

 

積雨空林烟火遅　　　積(せき)雨(う) 空(くう)林(りん) 煙(えん)火(か)遅し

蒸藜炊黍餉東菑　　　藜(れい)を蒸し黍(しょ)を炊(かし)ぎて 東菑(とうし)に餉(かれい)す

漠漠水田飛白鷺　　　漠漠(ばくばく)たる水田 白鷺(はくろ)飛び

陰陰夏木囀黄鸝　　　陰陰(いんいん)たる夏木 黄鸝(こうり)囀(てんず)ず

山中習静観朝槿　　　山中の習(しゅう)静(せい) 朝(ちょう)槿(きん)を観じ

松下清斎折露葵　　　松下(しょうか)の清(せい)斎(さい) 露(ろ)葵(き)を折る

野老与人争席罷　　　野(や)老(ろう) 人と席を争い罷(や)む

海鷗何事更相疑　　　海鷗(かいおう) 何事ぞ更に相(あい)疑うや

 

【語釈】

○積雨…長雨。○空林…人気の無い林。○煙火…かまどの煙。○藜…はまびし。○黍…きび。○東菑…東の畑（で働いている人）。○餉…弁当として送る。○漠漠…広々として果てしないさま。○白鷺…しらさぎ。○陰陰…木が茂って暗いさま。○黄鸝…ちょうせんうぐいす。○囀…さえずる。○習靜…心を落ち着けて坐り、精神統一を行う。○觀朝槿…朝槿は木蓮。世の無常さについて達観すること。○清齋…精進料理。○露葵…フユアオイ。羹にする。○野老…田舎の老人、王維の自称。○海鷗…『列子』「黄帝篇」の寓話。

 

（新釈漢文大系　詩人編　３）

関連詩句

　「積雨空林喜報晴，杖藜隨意傍江行。」（元末明初·沈右）

　「積雨空林歸杜宇，小溪新水浴鴛鴦。」（明·林廷選）

　「漠漠水田香稻熟，清清池館落花飛。」（明·蘇葵）

　「漠漠水田春日晚，飛飛野雉夕陽遲。」（明·葉春及）

　「池塘脈脈春泉動，亭館隂隂夏木涼。」（宋·王安禮）

　「隂隂夏木草堂幽，不盡閒情獨倚樓。」（明·王鏊）

　「山中習静類陶潜，况是無官病態兼。」（明·陳㷆）

　「山中習靜未忘言，響接漁樵野曲喧。」（明·李承芳）

　「隆中舊事遺梁甫，松下清齋學網川」（明·張寧）

　「故舊相逢元有約，海鷗何事復驚飛。」（明·張寧）

　「聞說裝成堪泛海，海鷗何事更驚飛。」（明·張萱）

 

 

 

 

 

★唐　王維　　      哭孟浩然   其二　孟浩然を哭(こく)す   其の二　

　　　　　　

故人不可見　　　故人 見るべからず

漢水日東流　　　漢水 日びに東流す

借問襄陽老　　　借問す 襄(じょう)陽(よう)の老

江山空蔡州　　　江山 蔡州(さいしゅう)に空し

 

【語釈】

故人…親しい友人。漢水…㐮陽の付近を流れ武漢で長江に合流する。借問…ちょっとお尋ねする。襄陽老…孟浩然のこと。蔡州…湖北省城陽市の東南。

 

（新釈漢文大系　詩人編　３）

 

 

 

 

 

 

 

★唐　王維　　 　　 雜詩三首 其二　　雜詩三首 其の二 　　

　　　　　　　

君自故鄉來　　　君 故鄉自(よ)り来る

應知故鄉事　　　応(まさ)に 故鄉の事を知るべし

來日綺窗前　　　来たりし日 綺(き)窓(そう)の前

寒梅着花未　　　寒梅 花を着けしや未(いま)だしや

 

【語釈】

故郷 … 作者の故郷。綺窓 … 美しい模様で飾った窓。未 … 「いまだしや」と読み、「まだであるか」「まだでしょうか」と訳す、疑問の意を示す。

 

（唐詩三百首）

 

 

★唐　王維　　　　　輞川集 孟城坳　　輞川集　　孟城坳(もうじょうおう) 　　　

　　　　　

新家孟城口　　　新たに家す 孟(もう)城(じょう)の口(ほとり)

古木餘衰柳　　　古木 衰(すい)柳(りゅう)を余す

來者復爲誰　　　来者は 復(ま)た誰と為す

空悲昔人有　　　空しく悲しむ 昔人(せきじん)の有するを　

 

【語釈】

孟城坳…古い城跡のあった場所、坳は山間の平地。家…居を構える，動詞。餘…～があるだけ。來者…将来この場所に来るもの。昔人…この場所を所有していた宋之問。

 

（新釈漢文大系　３）

★唐　王維　　　　　輞川集　鹿柴　　 輞(もう)川集(せんしゅう) 　鹿(ろく)柴(さい)　　　　

空山不見人　　　空山(くうざん) 人を見ず

但聞人語響　　　但(た)だ 人語の響を聞く

返景入深林　　　返景(へんけい) 深林に入りて

復照青苔上　　　復(ま)た 青(せい)苔(たい)の上を照らす

 

【語釈】

鹿柴 … 鹿を放し飼いにするための囲いの柵。空山 … 人かげのない、静かで物寂しい山。返景 …夕日の照りかえしの光。夕日の光。「景」は、光。日差し。

深林 … 奥深い林の中。復 …そして。青苔 … 濃い緑の苔。

 

（唐詩選）

 

 

★唐　王維　　　　　輞川集 辛夷塢　　　輞川集 辛夷塢(しんいお) 　　

　

木末芙蓉花　　　木(こ)末(ずえ)の芙蓉(ふよう)花(か)

山中發紅萼　　　山中 紅萼(こうがく)発(ひら)く

澗戶寂無人　　　澗戶(かんこ)　寂(じゃく)として人無し

紛紛開且落　　　紛々 開き且(か)つ落つ

 

【語釈】

辛夷…コブシ。モクレン。塢…堤。木末…こずえ。芙蓉花…ハスの花。萼…草木の花。澗戸…谷川近くの家。寂…静か。紛紛…乱れ散るさま。

 

（詩詞世界）（新釈漢文大系　詩人編　３）

★唐　王維　　　　　輞川集 欹湖 　　　 輞川集　　欹(い)湖(こ)　　　

吹簫凌極浦　　　簫を吹けば 極(きょく)浦(ほ)を凌(しの)ぐ

日暮送夫君　　　日暮 夫君(ふくん)を送る

湖上一廻看　　　湖上 一たび廻(まわ)り看れば

山靑卷白雲　　　山青くして 白雲卷く

 

【語釈】

欹湖…輞谷の北口付近で狭くなった輞谷の流れが阻害されて出来た天然の湖。極浦…遙か遠くの水辺。夫君…ここでは友人。

 

(新釈漢文体系　詩人編　３)

 

 

★唐　王維　　　　　輞川集 欒家瀨 　　 輞川集　欒家瀨(らんからい)　

颯颯秋雨中　　　颯々(さつさつ)たる 秋雨の中(うち)

淺淺石溜瀉　　　浅々(せんせん)として 石溜(せきりゅう)瀉(そそ)ぐ

跳波自相濺　　　跳波(ちょうは) 自(おのずか)ら相い濺(そそ)ぎ

白鷺驚復下　　　白鷺(はくろ) 驚いて復(ま)た下る

 

【語釈】

欒家瀨…早瀬の名。颯颯…雨や風がさっと降ったり吹いたりする音の形容。淺淺…水の流れが速いさま。石溜…岩間を流れる水。跳波…跳ねる波。白鷺…しらさぎ。

 

（新釈漢文大系　詩人編　３）

参考詩句

　「秋江浩浩秋水白，秋風颯颯秋雨碧。」（淸·陳文述）

★唐　王維　　　　　山中送別　　　     山中送別　　

 

山中相送罷　　　山中 相い送りて罷(おわ)り

日暮掩柴扉　　　日暮れて 柴(さい)扉(ひ)を掩(おお)う

春草明年綠　　　春草 明年緑ならん

王孫歸不歸　　　王孫 帰るや帰らざるや

 

【語釈】

掩…閉ざす。柴扉…芝で作った粗末な扉。王孫…貴族の子供、『楚辞』の故事、相手のことを指す。

 

 

★唐　王維　　　　　臨高臺送黎拾遺　　　高台に臨み黎(れい)拾遺(しゅうい)を送る

相送臨高臺　　　相送りて 高台(こうだい)に臨む

川原杳何極　　　川原(せんげん) 杳(よう)として何ぞ極らん

日暮飛鳥還　　　日暮れて 飛鳥還り

行人去不息　　　行人 去りて息(いこ)わず

 

【語釈】

黎拾遺…黎昕。杳…遠くて果てがぼんやりしたさま。行人…旅人、黎拾遺。

 

（新釈漢文大系　詩人編　３）

 

関連詩句

　「日暮飛鳥歸，門前長春水。」（宋·張栻）

　「相思千里間，日暮飛鳥沒。」（宋·釋文珦）

 

★唐　王維　　　　　息夫人　　　        息(そく)夫人(ふじん)　　　　

莫以今時寵　　　今時の寵(ちょう)を以って

能忘舊日恩　　　能(よ)く 旧日の恩を忘るる莫(な)し

看花滿眼淚　　　花を看れば 満眼の淚

不共楚王言　　　楚王と共に言わず

 

【語釈】

息夫人…春秋時代の息侯の妻､楚の文王が息を亡ぼし､自分の妻としたが口をきかなかった。今時寵…楚王の寵愛。舊日恩…息侯の恩。

 

（新釈漢文大系　詩人編　３）

 

関連詩句

　「空裏毎看花滿眼，鏡中漸覺雪盈頭。」（元末明初·清濬）

　「把酒頽齡心易醉，看花滿眼鬢成絲。」（明·趙完璧）

 

 

★唐　王維　　　　　雜詩三首 其三 　　　雜詩三首

 

已見寒梅發　　　已に見る 寒梅の発(ひら)くを

復聞啼鳥聲　　　復(ま)た聞く 啼(てい)鳥(ちょう)の声

愁心視春草　　　愁(しゅう)心(しん) 春草を視て

畏向玉階生　　　玉階に向って 生ずるを畏(おそ)る

 

【語釈】

寒梅 … 寒中に咲く梅。啼鳥 … 鳥のさえずり。愁心 … 愁いに沈んだ心。玉階 … 玉をちりばめた階段、宮殿のりっぱな階段のこと。

（唐詩選）

★唐　王維　　　　　酌酒與裴迪 　　　   酒を酌んで裴迪に与(あた)う

 

酌酒與君君自寬　　　酒を酌んで君に与(あた)う 君自く寬(ゆる)うせよ　　　

人情翻覆似波瀾　　　人情の翻覆(はんぷく) 波瀾に似たり

白首相知猶按劒　　　白首の相知(そうち) 猶(な)お剣を按(あん)じ

朱門先達笑彈冠　　　朱門の先達(せんだつ) 弾(だん)冠(かん)を笑う

草色全經細雨濕　　　草色全く 細雨を経て湿おい

花枝欲動春風寒　　　花(か)枝(し)動かんと欲して 春風寒し

世事浮雲何足問　　　世事(せじ)浮雲 何んぞ問うに足らん

不如高臥且加餐　　　如かず 高臥して 且つ餐を加えんには

 

【語釈】

裴迪 … 王維の詩友。寬 … 気分をゆったりとさせる。翻覆 … 変わりやすいこと。波瀾 … 波。白首 … しらがあたま。相知 … 友人。按剣 … 刀の柄つかに手をかけてかまえる。朱門 … 朱塗りの門。先達 … 先に栄達した人。弾冠 … 冠のほこりをはらって仕官の準備をすること。草色 … 若草の色、つまらぬ人間・小人しょうじんにたとえる。細雨 … きりさめ。春雨。花枝 … 花の枝、君子にたとえる、ここではとくに不遇な裴迪を指す。欲動 … 花のつぼみが開こうとする。世事 … 世の中のこと。浮雲 … はかないことのたとえ。何足問 … とやかく問題にするほどのこともない。不如 … 「～にしかず」と読み、「～には及ばない」「～の方がよい」と訳す。高臥 … 世を避けて悠々と暮らす。且 … ひとまず。加餐 … 食事をたくさん食べる。

 

(唐詩選)

参考詩句

　「輕薄人情翻覆手，冰容却耐幽居久。」（宋·范成大）

　「心事蹉跎忙裏過，人情翻覆靜中看。」（元·周權）

　「白首相知有幾人，良宵難惜醉醺醺。」（宋·范純仁）

　「黃金結交重然諾，白首相知忘故新。」（元末明初·黃哲）

　「朱門先達如疇昔，留驩得接夔龍席。」（明·張元凱）

 

 

 

 

 

 

 

★唐　王維　　　　　酬張少府 　　       張(ちょう)少府(しょうふ)に酬(むく)ゆ　      

晚年唯好靜　　　晚年 唯だ静を好み

萬事不關心　　　万事 心に関せず

自顧無長策　　　自ら顧(かえり)りみるに 長策(ちょうさく)無く

空知返舊林　　　空しく知る 旧林に返るを

松風吹解帶　　　松風 解帯(かいたい)を吹き

山月照彈琴　　　山月 弾(だん)琴(きん)を照らす

君問窮通理　　　君は窮通(きゅうつう)の理を問う

漁歌入浦深　　　漁歌 浦に入りて深し

 

【語釈】

張少府…不詳、小府は県尉（県の補佐官）の雅称。長策…世を動かすための優れた政策。旧林…住み慣れた林、輞川荘。窮通理…生きづまることと栄達することのことわり。漁歌…漁師が歌う歌（『漁父の辞』）

 

（新釈漢文大系　詩人編　３）

 

 

 

 

 

 

 

★唐　王維　　　　　使至塞上　　　      使して塞上(さいじょう)に至る

 

單車欲問邊　　　単車(たんしゃ) 辺(へん)を問(と)わんと欲し

屬國過居延　　　属国(ぞっこく)　居(きょ)延(えん)を過ぐ

征蓬出漢塞　　　征(せい)蓬(ほう) 漢(かん)塞(さい)を出で

歸鴈入胡天　　　帰(き)雁(がん) 胡天(こてん)に入る

大漠孤烟直　　　大漠(たいばく) 孤烟(こえん) 直(ちょく)に

長河落日圓      長河(ちょうが) 落日(らくじつ) 円(まど)やかなり

蕭關蓬侯騎　　　蕭関(しょうかん)にて 侯騎(こうき)に蓬(あ)えば

都護在燕然　　　都(と)護(ご)は 燕(えん)然(ぜん)に在りと

 

【語釈】

塞上…砦のあたり。單車…単独の車。単身で旅をすること。辺…国境地方。「屬國」…典属国（中国に帰順し、自治を認められた異民族の国々に関する事務をあつかう中国の官吏（作者のこと〕。居延…甘粛省張掖の西北にあった属国名。「孤蓬」…あてもなく旅を続ける人（作者自身。「胡天」…異民族の地方の空。大漠…大砂漠。孤烟…ただひとすじ立ちのぼる煙。

「長河」…はるかに流れゆく川。蕭關…寧夏回族自治区固原の東南にあった関。

「都護」…異民族の住む地帯の行政・軍事を管掌する官。ここでは崔希逸をさす。「燕然」…匈奴の領域内の山の名。

 

（唐詩選）

 

 

 

 

 

★唐　王維　　　　　輞川閑居贈裴秀才迪 　　　

　　　　　　　　　　輞(もう)川(せん)閑居(かんきょ)裴秀才迪(ばいしゅうさいてき)に贈る

寒山轉蒼翠　　　寒山 転た蒼(そう)翠(すい)

秋水日潺湲　　　秋水 日びに潺湲(せんかん)

倚杖柴門外　　　杖に倚る 柴門の外

臨風聽暮蟬　　　風に臨みて 暮(ぼ)蝉(せん)を聽く

渡頭餘落日　　　渡頭(ととう) 落日を余し

墟里上孤煙　　　墟里(きょり) 孤煙上る

復值接輿醉　　　復(ま)た 接(せつ)輿(よ)の酔(すい)に值(あ)う

狂歌五柳前　　　狂歌す 五柳の前

 

【語釈】

輞川…輞川荘、王維の別荘。閑居…世俗から離れてのんびり暮らすこと。裴秀才迪…裴迪、王維の親友。秀才…科挙の秀才科合格者。轉…次第に、益々。蒼翠…冴え冴えと色濃い山の緑。潺湲…澄んだ水が流れるさま。柴門…芝で作った粗末な門。暮蟬…秋の末に鳴く蝉。渡頭…渡し場のほとり。墟里…村落。接輿…春秋時代の楚の隠者。狂歌…縦にうたう。五柳…陶淵明の五本の柳になぞらえている。

 

（漢文新釈体系　詩人編　３）

 

参考詩句

　「寒山蒼翠睡欲起，早禽得日鳴連朝。」（淸·劳蓉君）

　「秋水潺湲月亦圓，阮郎曾醉落花前。」（明·釋今沼）

　「不知玉漏添如許，秋水潺湲一夜多。」（淸·陳廷敬）

　「渡頭落日閑，溪流一何迥。」（淸·丁尧臣）

　「待得漁樵歸去後，渡頭落日上輕煙。」（淸·林占梅）

 

 

 

★唐　王維　　　　　渭川田家　　　      渭(い)川(せん)の田家(でんか) 　　

 

斜陽照墟落　　　斜陽 墟落(きょらく)を照らし

窮巷牛羊歸　　　窮(きゅう)巷(こう) 牛羊帰る

野老念牧童　　　野老 牧童を念(おも)い

倚杖候荆扉　　　杖に倚(よ)りて荆(けい)扉(ひ)に候(ま)つ

雉雊麥苗秀　　　雉 雊(な)いて 麥(ばく)苗(びょう)秀いで

蠶眠桑葉稀　　　蚕(かいこ) 眠りて 桑(そう)葉(よう)稀れなり　

田夫荷鋤至　　　田夫 鋤(すき)を荷(にな)いて至り

相見語依依　　　相見て依々(いい)として語る

即此羨閑逸　　　即ち此れ 閑逸(かんいつ)を羨やみ

悵然吟式微　　　悵(ちょう)然(ぜん)として式微(しきび)を吟ず

 

【語釈】

渭川…渭水、長安の北を東西に流れ、華蔭県で黄河に合流する河。田家…農家。墟落…村落。窮巷…村の中の細い路地裏。野老…田舎の老人。荆扉…棘や草で織った粗末な扉。蠶眠…蚕が脱皮する前に眠るようになること。依依…親しげなさま。閑逸…のんびりとして自由なさま。悵然…思いが叶えられずに羨むさま。式微…『詩経』邶風にある篇名、田園に帰りたい気持を詠う。

 

（新釈漢文大系　詩人編　３）

 

 

 

 

 

 

★唐　王維　　　　　送丘爲落第歸江東 　 丘爲(きゅうい)の落第して江東に帰るを送る

 

憐君不得意　　　憐(あわれ)む 君が意を得ざることを

況復柳條春　　　況(いわ)んや復(ま)た 柳條(りゅうじょう)の春なるをや

爲客黃金盡　　　客(かく)となりて 黃金尽き

還家白髮新　　　家に還えりて 白髮新たなり

五湖三畝宅　　　五湖 三畝の宅

萬里一歸人　　　万里 一たび帰る人

知禰不能薦　　　禰(でい)を知りて 薦(すす)むる能(あた)わず

羞為獻納臣　　　獻(けん)納(のう)の臣為(た)るを羞ず

 

【語釈】

丘爲…盛唐の詩人。落第…科挙に不合格となること。江東…長江下流の南岸地方。五湖…太湖とその他の五つの湖、丘爲の故郷の地。三畝宅…狭い屋敷。禰…後漢の文学者の禰衡､孔融に愛されてその推薦で仕官した、丘爲をならぞえている。獻納臣…皇帝に忠言をする官、王維はこのとき左補闕。

 

（新釈漢文大系　詩人編　３）

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★唐　王維　　　　　送梓州李使君 　　　 梓州(ししゅう)李使(りし)君(くん)を送る

萬壑樹參天　　　万壑(ばんがく) 樹は天に参(まじ)わり

千山響杜鵑　　　千山 杜鵑(とけん)響く

山中一半雨　　　山中 一半(いっぱん)の雨

樹杪百重泉　　　樹杪(じゅびょう) 百重(ひゃくちょう)の泉

漢女輸橦布　　　漢女 橦(どう)布(ふ)を輸(いた)し

巴人訟芋田　　　巴人 芋(う)田(でん)を訟(うった)う

文翁翻教授　　　文(ぶん)翁(おう) 翻(かえ)って教授す

不敢倚先賢　　　敢(あ)えて 先賢に倚(よ)らざらんや

 

【語釈】

梓州…四川省三台県。李使君…不詳、使君は刺史のこと。萬壑…多くの谷あい。參天…高く伸びて天に達する。杜鵑…ホトトギス。一半雨…山が深く暗いため､晴れと雨とが交錯する。樹杪…木の梢。百重泉…木の梢から雨が泉のように落ちてくる。橦布…橦という木の花で織った布。輸…粗税として納めること。巴人…重慶地方の人。文翁…前漢の蜀の太守で、民の強化に努めた。翻…物事を反対の方向に転じる意。未開の土地で蜀を文化ある地に改めたこと。先賢…昔の賢人、文翁。

 

（新釈漢文大系　詩人編　３）

 

参考詩句

　「宣城入去春如錦，千山杜鵑紅映。」（清・耑木埰）

 

 

 

★唐　王維　　　　　積雨輞川莊作　　　  積(せき)雨(う) 輞(もう)川(せん)荘(そう)作　

 

積雨空林煙火遲　　　積雨 空林 煙火遅し

蒸藜炊黍餉東菑　　　藜(あかざ)を蒸し黍(きび)を炊(かし)ぎて東菑(とうびょう)に餉(かれい)す

漠漠水田飛白鷺　　　漠々(ばくばく)たる水田 白鷺飛び

陰陰夏木囀黃鸝　　　陰々(いんいん)たる夏木 黃鸝(こうり)囀(さえず)る

山中習靜觀朝槿　　　山中の習静 朝(ちょう)槿(きん)を観じ

松下清齋折露葵　　　松下の清(せい)斎(さい) 露(ろ)葵(き)を折る

野老與人爭席罷　　　野老 人と席を争いて罷(や)むに

海鷗何処更相疑　　　海鷗(かいおう) 何処(いずく)にか更に相(あい)疑わん

 

【語釈】

積雨…降り続く雨。空林…人気のない静かな林。煙火…煮炊きをする煙。東菑…畑。餉…食べ物を運ぶ。漠漠…細かいものが広がり満ちるさま（水田が雨でぼんやりしているさま）。陰陰…暗いさま。黃鸝…高麗鶯。習靜…心を落ち着けて坐り精神統一を行う。朝槿…木槿。觀朝槿…本質を見つめること(故事)。清齋…生臭さを絶った精進の食事。露葵…フェア葵。野老…田舎の老人(作者)。爭席罷…席を争うことをやめる(和光同塵)。海鷗～…『列子』（黄帝篇）。

 

（新釈漢文大系　詩人編　３）

 

参考詩句

「漠漠水田香稻熟，清清池館落花飛。」明·蘇葵

「漠漠水田春日晚，飛飛野雉夕陽遲。」明·葉春及

「漠漠水田新雨後，輕輕隄籟曉凉多。」清·弘曆

「棟間雲出認行軒，郊外陰陰夏木繁。」唐末·羅隱

「麥風澹蕩氣清和，又見陰陰夏木多。」宋·范浚

「山中習静類陶潜，况是無官病態兼。」明·陳㷆

「山中習靜未忘言，響接漁樵野曲喧。」明·李承芳

「松下清齋破午炎，海榴邀客共巡簷。」明·歐大任

「松下清齋折未曾，湘文檀暈碧稜稜。」清·彭孫遹

 

 

 

 

★唐　王維　　　　　齊州送祖三　其一　　斉州(せいしゅう)にて祖(そ)三(さん)を送る(おくる)　其の一

 

相逢方一笑　　　　相逢うて 方(はじ)めて一笑し

相送還成泣　　　　相送りて 還(ま)た泣を成す

祖帳已傷離　　　　祖帳(そちょう)して 已に離れを傷み

荒城復愁入　　　　荒城に 復(また) 入るを愁う

天寒遠山浄　　　　天寒くして 遠山 浄らかに

日暮長河急　　　　日は暮れて 長河も急なり

解䌫君已遥　　　　解(かい)䌫(らん) すれば 君 已に遥(はる)けし

望君猶佇立　　　　君を望みて 猶(な)お佇(ちょ)立(りつ)す

 

【語釈】

斉州…山東省済南市。粗三…祖詠（人名）の排行。粗長…送別の宴。解䌫…䌫(ともづな)を解くこと。佇立…たたずんで立つこと。

 

（漢詩大系）

 

 

 

 

 

 

 

★唐　王維　　　　　山居即事　　　　    山居(さんきょ)即事(そくじ)　　　

 

寂寞掩柴扉　　　　寂寞(せきばく)として　柴(さい)扉(ひ)を掩(おお)い

蒼茫對落暉　　　　蒼茫(そうぼう)として　落暉(らっき)に対す

鶴巢松樹遍　　　　鶴は松樹(そうじゅ)に巣(すく)いて遍(あまね)く

人訪蓽門稀　　　　人の蓽門(ひつもん)を訪(おとな)うこと稀なり

綠竹含新粉　　　　緑(りょく)竹(ちく)　新粉(しんぷん)を含み

紅蓮落故衣　　　　紅蓮(こうれん)　故衣(こい)を落す

渡頭煙火起　　　　渡頭(ととう)　煙火起り

處處采菱歸　　　　処々　菱(ひし)を采(と)りて帰る

 

【語釈】

寂寞…ひっそりとして物寂しいさま。柴扉…柴で作った戸、粗末な住居。蒼茫…水面などの青青として果てしなく広いさま。落暉…夕日の光。蓽門…柴や竹を編んで作った粗末な門。紅蓮…紅色の蓮。故衣…古くから着た衣〔花びらを例えている〕　。渡頭…渡し場。煙火…ともしび。

 

（新釈漢文大系　詩人編　３）

関連詩句

　「詩書筆硯帶煙霞，寂寞柴扉自一家。」（明·陳琛）

　「山中桂樹偏翻甚，寂寞柴扉養暮年。」（明·王慎中）

　「雲裡鶴巢松樹遍，風前仙梵雨花迷。」（明·張含）

　「龍出洞門常作雨，鶴巢松樹不知年。」（明·何景明）

 

 

 

 

★唐　王維　　　　　過香積寺　　　      香積寺(こうしゃくじ)に過(よ)ぎる

 

不知香積寺　　　　香積寺(こうしゃくじ)を知らず，

數里入雲峰　　　　数里 雲(うん)峰(ぽう)に入る

古木無人逕　　　　古木 人径(じんけい)無く，

深山何處鐘　　　　深山(しんざん) 何処(いずく)の鐘ぞ。

泉聲咽危石　　　　泉声(せんせい) 危(き)石(せき)に咽(むせ)び，

日色冷青松　　　　日(にっ)色(しょく) 青松(せいしょう)に冷(ひや)やかなり。

薄暮空潭曲　　　　薄暮(はくぼ) 空潭(くうたん)の曲(ほとり)，

安禪制毒龍　　　　安禅(あんぜん) 毒(どく)龍(りゅう)を制す。

 

【語釈】

香積寺…香積寺…長安の南、終南山山中にある寺。古木…冬枯れの木や林。雲峰…雲がかかってる高い峰。人逕…人の通う小径。危石…高くそばだっている石。空潭…人気のない淵。曲…ほとり。安禅…坐禅して雑念を去り、精神を統一すること。毒龍…人を害する龍のことで、人の心に住む邪念をいう

 

（詩詞世界）（新釈漢文大系　詩人編　３）

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★唐　王維　　　　　新晴野望 　　　     新晴(しんせい)野望(やぼう) 　　　

 

新晴原野曠　　　新晴 原野曠(ひろ)く

極目無氛垢　　　極目 氛(ふん)垢(こう)無し

郭門臨渡頭　　　郭門(かくもん) 渡頭(ととう)に臨み

村樹連谿口　　　村樹 谿(けい)口(こう)に連なる

白水明田外　　　白水 田外(でんがい)に明かに

碧峰出山後　　　碧(へき)峰(ほう) 山後に出ず

農月無閑人　　　農月 閑人(かんじん)無く

傾家事南畝　　　家を傾けて 南畝(なんぼ)に事す

 

【語釈】

新晴…雨上がりの晴。極目…見渡す限り。氛垢…塵埃。白水…清らかな水。碧峰…青緑の峰。農月…立夏以後の農事の急がしいとき。南畝…南の田畑。

 

（王右丞集）

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★唐　王維　　　　　終南山　　　             終南山(しゅうなんざん)　　　

 

太一近天都　　　太(たい)一(いつ) 天都に近く   

連山到海隅　　　連山 海(かい)隅(すう)に到る

白雲迴望合　　　白雲 迴(めぐ)りて望めば合し　

青靄入看無　　　青(せい)靄(か) 入りて看れば無し

分野中峰變　　　分野 中峰(ちゅうほう)に変じ

陰晴衆壑殊　　　陰晴(いんせい) 衆壑(しゅうがく)に殊(こと)なる

欲投人處宿　　　人処に投じて宿せんと欲し

隔水問樵夫　　　水を隔だてて樵夫(しょうふ)に問う

 

【語釈】

終南山…長安の南郊外に連なる山脈。太一…太乙ともいう、終南山の主峰。天都…天の都。海隅…海のほとり。青靄…青いもや。分野…ある星に対応する地域。中峰…峰中とおなじ、峰ごとに。陰晴…曇と晴。衆壑…多くの谷。人處…人の住むところ。樵夫…きこり。

 

（新釈漢文大系　詩人編　３）

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★唐　王維　　　　　終南別業　　　           終南別業(しゅうなんべつぎょう)　　　　

中歳頗好道　　　　中歳(ちゅうさい) 頗(すこぶ)る道を好み　

晩家南山陲　　　　晩(くれ)に家(か)す南山の陲(ほとり)　

興來毎獨往　　　　興(きょう)来(きた)れば　毎(つね)に独り往み　

勝事空自知　　　　勝事(しょうじ)　空(むな)しく自(みずか)ら知る　

行到水窮處　　　　行きて到る 水窮(きわま)るの処　

坐看雲起時　　　　坐して看る 雲起こるの時　

偶然値林叟　　　　偶然 林叟(そうりん)に値い　

談笑無還期　　　　談笑して 還(か)える期(き)無し　

 

【語釈】

終南…終南山。別業…別荘。中歳…中年。頗…いささか。道…ここでは仏教。晩…晩年。家…家を構える。南山…終南山。陲…ほとり、周辺。毎…常に。ことあるごとに。勝事…すぐれたこと。空…只の意。窮…おわる、水窮處は水源地。林叟…きこりの老人。

 

（新釈漢文大系　詩人編　３）

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★唐　王維　　　　　山居秋暝　　　           山居秋暝(さんきょしゅうめい)

 

空山新雨後　　　　空山(くうざん) 新雨(しんう)の後(のち)，

天氣晩來秋　　　　天気 晩(ばん)来(らい)秋(あき)なり。

明月松閒照　　　　明月(めいげつ) 松間(しょうかん)に照(て)り，

清泉石上流　　　　清泉(せいせん) 石上(せきじょう)に流る。

竹喧歸浣女　　　　竹喧(かしま)しく 浣女(かんじょ)帰り，

蓮動下漁舟　　　　蓮(はす)動いて 漁(ぎょ)舟(しゅう)下る。

隨意春芳歇　　　　隨(ずい)意(い)なれ 春(しゅん)芳(ぽう)の歇(や)むこと，

王孫自可留　　　　王孫(おうそん) 自(みずか)ら留(とど)るべし。

 

【語釈】

空山…人気のない山。新雨…降ったばかりの雨、雨上がり。晩來…夕方。浣女…洗濯をする女。春芳…香りの良い春の花。歇…尽きる。王孫…貴公子

 

（詩詞世界）（新釈漢文大系 ３）

 

参考詩句

　「寳花天外飛晴雨，明月松間續夜鐙。」（明·黎民表）

　「百道清泉石上流，白云初起乱峯秋。」（元末明初·张羽）

　「清泉石上如斯逝，白鶴松間自在翔。」（淸·弘曆）

　

 

 

 

 

 

★唐　王維　　　　　秋夜獨坐　　　           秋夜獨坐(しゅうやどくざ)　

 

獨坐悲雙鬢　　　独坐 双鬢(そうびん)を悲しみ

空堂欲二更　　　空堂(くうどう) 二更ならんと欲す

雨中山果落　　　雨中 山果落ち

燈下草蟲鳴　　　灯下 草虫鳴く

白髮終難變　　　白髮 終(つい)に変じ難たく

黃金不可成　　　黃金 成すべからず

欲知除老病　　　老病を除くを知らんと欲せば

唯有學無生　　　唯だ 無生(むしょう)を学ぶ有るのみ

 

【語釈】

悲雙鬢…髪が白くなったことを悲しむ。空堂…人気のない堂。二更…夜の九時ころ。黃金…道教の錬金術で作られる不老長寿の薬金丹。無生…仏教用語、生と滅を超えた絶対的真理。

 

（新釈漢文大系 詩人編　３）

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★唐　王維　　　　　送祕書晁監還日本國

　　　　　　　　　秘書晁監(ひしょちょうかん)が日本国に還(かえ)るを送る　　　

 

積水不可極　　　積水(せきすい) 極むべからず

安知滄海東　　　安(いずく)んぞ 滄海(そうかい)の東を知らんや　

九州何處遠　　　九州 何れの処か遠き

萬里若乘空　　　万里 空(くう)に乗(じょう)ずるが若(ごと)し

向國唯看日　　　国に向って 唯だ日を看

歸帆但信風　　　帰帆 但だ風に信(まか)すのみ

鰲身暎天黑      鰲(ごう)身(しん) 天黒に映じ

魚眼射波紅　　　魚眼 波紅を射る

鄉樹扶桑外　　　鄉樹 扶桑(ふそう)の外

主人孤島中　　　主人 孤島の中

別離方異域　　　別離 方(まさ)に異域

音信若爲通　　　音信若爲(いかん)ぞ通ぜん

 

【語釈】

秘書晁監 … 秘書監の晁衡、阿倍仲麻呂。積水 … 海のこと。不可極 … 果てしなく広がっていて、極めようもない。安 … 「いずくんぞ～ん（や）」と読み、「どうして～（する）のか、いや～ない」と訳す。滄海 … 東方の大海原おおうなばら、その中に仙人が住む島があると伝えられた。九州 … ここでは中国の外にある九つの国。何処遠 … どこが一番遠いだろうか。万里 … 君の故国へ帰る万里の船旅。乗空 … 虚空を飛んでゆく、頼りない様子。向国 … 故国に向われるには。唯看日 … ただ太陽の出る方角を目指すばかり。鰲身 … 大海亀の胴体。映天黒 … 空を背景に黒々とその姿を映うつす。魚眼 … 大魚の眼。射波紅 … 波を射るように紅あかく輝くことであろう。郷樹 … 故郷の木々。扶桑 … 東方の島にあり、日の出る所にあると伝えられた神木の名。

外 … （扶桑の木の）さらに向こう。異域 … 中国を遠く離れたよその地方。音信 …便り、手紙。若為 … どのようにして。どうやって。通 … 通わせる。

 

（唐詩選）　

 

 

 

 

 

★唐　王維　　　　　送別　　                 送別

 

下馬飲君酒　　　馬を下(お)りて 君に酒を飲ましむ　　　

問君何所之　　　君に問う 何れにか之(ゆ)くの所ぞと

君言不得意　　　君は言う 意を得ず

歸臥南山陲　　　南山の陲(ほとり)に帰臥(きが)せんと

但去莫復問　　　但だ去れ　復(ま)た問うこと莫(な)からん

白雲無盡時　　　白雲尽くる時無し

 

【語釈】

歸臥…官を辞めて隠遁すること。南山…終南山（隠棲の地）

 

（唐詩選）（新釈漢文大系　詩人編　３）

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★唐　王維　　　　　過李楫宅　　             李(り)楫(ゆう)の宅に過(よ)ぎる

 

閑門秋草色　　　閑門 秋草の色

終日無車馬　　　終日 車馬無し

客來深巷中　　　客は来る 深巷の中

犬吠寒林下　　　犬は吠ゆ 寒林の下

散髪時未簪　　　散髪 時に未だ簪(しん)せず

道書行尚把　　　道書 行くいく尚お把(は)ず

與我同心人　　　我と 同心の人

樂道安貧者　　　道を楽しみ 貧者を安んず

一罷宜城酌　　　一たび宜(ぎ)城(じょう)の酌を罷め

還歸洛陽社　　　還(ま)た帰る 洛陽の社

 

【語釈】

李揖…王維の友人で、のちに延安太守となった。車馬…役人たちの車、馬の音も無い。深巷…奥地の村、ひなびた村。「散髪」…頭髪を束ねていないこと。替…冠を頭髪にとめるヘアピン。道書…道教を説いた仙人の書物。宜城…湖北省宜城は美酒を製造し、宜城春、竹葉酒と呼ばれる。洛陽社…洛陽の自社（里名）、隠者の住む場所。

 

(王維１００選)

 

 

 

 

 

 

 

★唐　王維　　　　　春夜竹亭贈錢少府歸藍田 　　

　　　　春夜 竹亭(ちくてい)にて 銭(せん)少府(しょうふ)の藍田(らんでん)に帰るに贈る

 

夜靜羣動息　　　夜　静かにして 群動(ぐんどう)息む

時聞隔林犬　　　時に聞く 林を隔つ犬

却憶山中時　　　却って憶う 山中の時

人家澗西遠　　　人家 澗(かん)西(せい)に遠きを

羨君明發去　　　羨やむ 君が明発(めいはつ)に去り

采蕨輕軒冕　　　蕨を采りて軒冕(けいべん)を軽んずるを

 

【語釈】

錢少府…銭記、中唐十才子の筆頭にあげられる詩人、「小府」は県射の尊称。藍田…藍田県（西安市）、王維の別荘、輞川荘のあったところ。羣動息…あらゆるものの動きが止まる。山中時…輞川荘にいたとき。澗西…谷川の西。明發…明け方。采蕨…隠者の生活。軒冕…馬車と冠、高位高官のこと。

 

（新釈漢文大系　３）

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★唐　王維　　　　　偶然作六首 其六　　      偶然の作六首 其の六　

 

老來懶賦詩，　　　老来(ろうらい) 詩を賦(ふ)するに懶(ものう)く，

惟有老相隨。　　　惟(ただ) 老(お)いの 相隨(あいしたが)う有り。

宿世謬詞客，　　　宿世(しゅくせい) 詞客(しかく)に謬(あやまら)る，

前身應畫師。　　　前身(ぜんしん) 応(まさ)に画師(がし)なるべし。

不能捨餘習，　　　余習(よしゅう)を捨(す)つる能(あた)わず，

偶被世人知。　　　偶(たま)たま世人(せじん)に知らる。

名字本皆是，　　　名字(めいじ) 本(もと)より皆(みな)是(ぜ)なるも，

此心還不知。　　　此(この)心(こころ) 還(かえ)って知られず。

　

【語釈】

老來…年をとる。宿世…前世。詩客…詩人。前身…この世に生まれる前の身。餘習…余技。世人…世の中の人。名字…名と字(あざな)、維摩詰のこと（在家の仏教者）。是…良い、正しい。

 

（新釈漢文大系 ３）

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★唐　王維　　　　　田園楽七首其六　　　     田園(でんえん)楽(らく)　七首　其の六

　　　　　 　　　　

　　桃紅復含宿雨　　　　桃は紅にして 復(ま)た宿(しゅく)雨(う)を含み

　　柳緑更帯春煙　　　　柳は緑にして 更に春(しゅん)煙(えん)を帯(お)ぶ

　　花落家僮未掃　　　　花落ちて　家僮(かどう)未(いま)だ掃(はら)わず

　　鶯啼山客猶眠　　　　鶯(うぐいす)啼いて　山客(さんかく)猶(な)お眠る

 

【語釈】

宿雨…前日から降り続く雨。春煙…春靄。家僮…召使いの少年。山客…山に住む人。山に尋ねてきた人。

 

　　

（詩詞世界）（新釈漢文大系 　３）

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★唐　王維　　　　　答張五弟　　　           張五(ちょうご)弟(てい)に答う　

 

終南有茅屋　　　　　　　終南(しゅうなん)に茅屋(ぼうおく)有り

前對終南山　　　　　　　前は終南山(しゅうなんざん)に対す

終年無客常閉關　　　　　終年(しゅうねん) 客(きゃく)無くして 常に関(かん)を閉ざし

終日無心長自閒　　　　　終日 心無くして　長く自(おのずか)間(かん)なり

不妨飮酒復垂釣　　　　　妨げず 酒を飮み 復(また) 釣(ちょう)を垂(た)るるを

君但能來相往還　　　　　君 但だ 能(よ)く来(き)たらば 相(あい) 往還(おうかん)せよ

 

【語釈】

張五弟…張謹のこと王維を義理の兄とした。終南…終南山のあたり。終南山…終南山…長安西南郊にある山，隠棲の地。終年…一年中。関…門。終日…一日中。無心…心が何にもとらわれていないこと。一切の妄念がとりはらわれた心。また、一切は空であると観ずる心。　自間…自然と落ち着いている。自然とさわやかで静かである。垂釣…釣り糸を垂れる。往還…往復する。

 

 

（詩詞世界）（漢詩大系）

 

関連詩句

　「長時頻見紫雲生，終日無心自來去。」（明·王汝玉）

　「君但能來長夜飲，不妨人作酒徒看。」（明·李攀龍）

　「臨岐指點瀧西路，君但能來莫問津。」（明末淸初·成鷲）

 

 

 

 

 

★唐　李(り)白(はく)　　　　　峨眉山月歌　　　         峨(が)眉山(びさん)月(げつ)の歌

峨眉山月半輪秋　　　峨(が)眉山(びさん)月(げつ) 半輪(はんりん)の秋

影入平羌江水流　　　影は 平羌(へいきょう)江水に入って 流る

夜發清溪向三峽　　　夜 清溪(せいけい)を発して 三峽に向う

思君不見下渝州　　　思を君えども 見えず 渝州(ゆしゅう)に下る

 

【語釈】

峨眉山…四川省西部の名山、月の名所。平羌江…青衣江、峨眉山の東北の麓を流れ、岷江（長江の支流）に合流する。清溪…峨眉山の東南、岷江の畔にある宿場町。渝州…重慶

 

（李白１００選）（漢詩大系８）

 

 

★唐　李白　　　　　黃鶴樓送孟浩然之廣陵

　　　　　　　　　　黃(こう)鶴楼(かくろう)にて孟(もう)浩然(こうねん)の広陵(こうりょう)に之(ゆ)くを送る

 

故人西辭黃鶴樓　　　故人 西のかた 黃(こう)鶴楼(かくろう)を辞し

煙花三月下揚州　　　煙(えん)花(か) 三月 揚州(ようしゅう)に下る

孤帆遠影碧空盡　　　孤(こ)帆(はん)の遠影 碧空(へきくう)に尽き

唯見長江天際流　　　唯だ見る 長江の 天(てん)際(さい)に流るるを

 

【語釈】

黄鶴楼 …湖北省武漢市武昌区の楼閣。呉の黄武二年（223）の建立と伝えられ、何度も破壊と改修を繰り返してきた、「黄鶴の伝説」で名高い。之 … 目的地に向かって行くこと。広陵 … 揚州（江蘇省揚州市）の古称。故人 … 古くからの友人。辞 … 辞去する。煙花 … 春がすみの中に咲く花。孤帆 … ただ一艘いっそう浮かんで見える舟の帆。碧空 … 青空。尽 … 消える。唯 … 「ただ」と読み、「ただ～だけである」「ただ～にすぎない」と訳す。天際 … 空のはて、水平線の彼方。

 

（唐詩選）（漢詩体系　８）

 

参考詩句

「晴雨一川皆好景，烟花三月總牽愁。」北宋·郭載

「烟花三月忙中過，風雨連宵夢裏聽。」宋·虞儔

「身世孤舟觸處遊，烟花三月醉蘇州。」明·張弼

「孤帆远影随流水，黄叶西风下晚村。」晚清·费墨娟

 

★唐　李白　　　　　早發白帝城　　　         早(つと)に白帝城を発す　　　

 

朝辭白帝彩雲間　　　朝(あした)に辞(じ)す 白帝 彩雲の間

千里江陵一日還　　　千里の江(こう)陵(りょう) 一日にして還(かえ)る

兩岸猨聲啼不盡　　　両岸の猿声 啼いて住(や)まざるに

輕舟已過萬重山　　　軽舟 已に過ぐ万(ばん)重(ちょう)の山

 

【語釈】

早…時間帯上、はやいこと。白帝…白帝城のこと、昔の城市（都市）の名。朝…あさ。辭…辞去する。彩雲…朝焼けや夕焼けの雲。江陵…湖北省江陵県。猿聲…四川東部の巫峡は、（もの悲しげに啼く）猿の声で有名。輕舟…軽やかな小舟。萬重山…幾重にも重なった多くの山々。

 

（漢詩大系　８）

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★唐　李白　　　　　秋下荊門　　　           秋　荊門(けいもん)を下る　　

霜落荊門江樹空　　　　霜は荊門(けいもん)に落ちて 江樹(こうじゅ)空(むな)し　

布帆無恙挂秋風　　　　布(ふ)帆(はん)　恙(つつが)無(な)く 秋風に掛(か)く　

此行不為鱸魚鱠　　　　此(この)行(こう) 鱸魚(ろぎょ)の鱠(かい)の為ならず　

自愛名山入剡中　　　　自(おのず)ら名山を愛して 剡中(せんちゅう)に入(い)る　

 

【語釈】

荆門…長江の南岸、湖北省枝城市の西北にある山で、蜀と湖北・湖南地方との境目。江樹…秋の紅葉した木。布帆…帆掛け船。挂…ひっかかる、かかる。鱸魚…すずき。鱠…なます。刺身。剡中…浙江省嵊州市。『唐詩選』

 

「自覺心能仗忠信，布帆無恙御風來。」北宋·劉敞

「蠟燭有心啼別夜，布帆無恙到南州。」北宋·賀鑄

「布帆無恙急藏去，明年更試春江船。」宋·張綱

「登臨回首值新秋，自愛名山覽勝遊。」明·李時行

「自愛名山一杖笻，敢言老子迹猶龍。」清·姚鼐

 

 

 

★唐　李白　　　　　越中覽古　　　           越中覽(えっちゅうらん)古(こ)　

　

越王勾踐破呉歸　　　　越王勾踐(えつおうこうせん) 呉(ご)を破って帰る　

義士還家盡錦衣　　　　義士(ぎし) 家に還(かえ)って 尽(ことごと)く錦(きん)衣(い)す　

宮女如花滿春殿　　　　宮女(きゅうじょ) 花の如く 春(しゅん)殿(でん)に満つ　

只今惟有鷓鴣飛　　　　只今(ただいま) 惟(た)だ 鷓鴣(しゃこ)の飛ぶ有るのみ　

 

【語釈】

越中…春秋時代の越の国。覽古…懐古する。越王勾踐…春秋時代の越の王の勾践。破…撃破する。呉…ここでは呉王・夫差の軍。義士…忠義の兵士。錦衣…にしきをきる。春殿…春の宮殿。只今…現在。鷓鴣…シャコ。鳥の名。キジ科の鳥。悲しげな鳴き声でなく。

 

（唐詩選）

 

「参考詩句」

「只今惟有溫泉水，嗚咽聲中感慨多。」中唐·張繼

「只今唯有髙眠好，風弄松聲水濺庵。」北宋·李覯

「解作江南斷腸句，只今唯有賀方回。」北宋·黄庭堅

 

 

★唐　李白　　　　　蘇台覽古　　　           蘇台覽(そだいらん)古(こ)　　

舊苑荒臺楊柳新　　　　旧苑(きゅうえん) 荒(こう)台(だい) 楊(よう)柳(りゅう)新(あら)たなり

菱歌淸唱不勝春　　　　菱歌(りょうか) 清(せい)唱(しょう) 春に勝(た)えず

只今惟有西江月　　　　只今(ただいま) 惟(た)だ 西江(せいこう)の月のみありて

曾照呉王宮裏人　　　　曾(かつ)て照らす 呉(ご)王(おう)宮(きゅう)裏(り)の人

 

【語釈】

蘇台…姑蘇台、呉王夫差の宮殿があった、江蘇省蘇州市の西・姑蘇山山頂にある。覧古…昔を懐かしむこと。旧苑…古い園。荒台…荒れた高台。菱歌…菱を取りながら歌う女性の歌。清唱…清らかに歌う。勝春…春の感傷に耐えられない。西江…姑蘇台の西を流れている川。呉王宮裏人…呉王夫差の宮殿にいた美女、西施のこと。

 

（唐詩選）（漢詩大系　８）

 

「舊苑荒臺古剎邊，桃花臨水尚依然。」明·鄭學醇

「舊苑荒台柳半殘，管弦何處楓橋月。」明末清初·薛始亨

「菱歌清唱棹舟迴，樹裏南湖似鑒開。」唐·白居易

 

 

★唐　李白　　　　　客中行　　　             客中(かくちゅう)行(こう)　

蘭陵美酒鬱金香　　　　蘭(らん)陵(りょう)の美酒(びしゅ) 鬱(うっ)金(こん)香(こう)

玉椀盛來琥珀光　　　　玉(ぎょく)椀(わん) 盛り来たる 琥珀(こはく)の光

但使主人能酔客　　　　但(た)だ 主人をして 能(よ)く客(きゃく)をして酔わしめば

不知何處是他郷　　　　知らず 何れの処か 是(こ)れ他郷

 

【語釈】

客中行…楽府題、旅先での歌。蘭陵…地名、山東省最南端の蒼山（の西南３０キロメートル）、棗荘市（の東南東４０キロメートル）の中間にある。鬱金香…ミョウガ科の多年草でキゾメグサ（鬱金）の香。玉碗…玉杯。他鄕…異郷。

 

（唐詩選）

 

参考詩句

「不知何處得雞豕，就中仍見繁桑麻。」盛唐·李白

「今夜不知何處宿，平沙萬里絕人煙。」唐·岑參

「昨夜秋風今夜雨，不知何處入空山。」中唐·盧綸

「不知何處香醪熟，願醉佳園芳樹中。」中唐·武元衡

 

 

★唐　李白　　　　　山中與幽人對酌　　　     山中にて幽人(ゆうじん)と対酌(たいしゃく)す

兩人對酌山花開　　　　両人(りょうにん)対酌(たいしゃく)すれば　山(やま)花(はな)開く　　

一杯一杯復一杯　　　　一杯一杯 また一杯　

我醉欲眠卿且去　　　　我酔うて眠らんと欲す 卿(きみ)且(しばら)く去れ　

明朝有意抱琴來　　　　明朝(みょうちょう) 意あらば 琴を抱(いだ)いて来(き)たれ　

 

【語釈】

幽人…世を遁れた人、隠者。対酌…差し向かいで酒を飲む。卿…きみ。且…しばし、しばらく。

 

（李白１００選）

 

 

★唐　李白　　　　　山中問答　　             山中問答　

 

問余何意棲碧山　　　　余に問う 何の意あって  碧山(へきざん)に棲(す)むと　

笑而不答心自閑　　　　笑うて答えず 心自ら閑(かん)なり　

桃花流水杳然去　　　　桃(とう)花(か) 流水(りゅうすい) 杳(よう)然(ぜん)として去る　

別有天地非人間　　　　別に天地の 人間に非(あら)ざる有り　

 

【語釈】

何意…どういう訳で。碧山…緑の色濃い山奥。碧山…緑の色濃い山奥。自閑…自然と落ち着いている。自然とさわやかで静かである。杳然…はるかなさま。人間…俗世間。

 

（唐詩選）

 

関連詩句

「桃花流水兩堪傷，洞口煙波月漸長。」唐 · 湘妃廟

「桃花流水依然在，不見當時勸酒人。」

「桃花流水在人世，武陵豈必皆神仙。」北宋 · 蘇軾

「桃花流水隔人間，千古高風不可攀。」宋·龔伯摴

 

 

★唐　李白　　　　　與史郎中欽聽黄鶴樓上吹笛　

　　　　　　　　　　史郎中欽(しろうちゅうきん)と黄鶴(こうかく)楼上(ろうじょう)にて吹(すい)笛(てき)を聴く

一爲遷客去長沙　　　　一(ひと)たび 遷客(せんかく)と爲(な)りて 長沙(ちょうさ)に去り　

西望長安不見家　　　　西のかた 長安(ちょうあん)を　望めども 家を見ず　

黄鶴樓中吹玉笛　　　　黄鶴楼中(こうかくろちゅう) 玉(ぎょく)笛(てき)を吹く　

江城五月落梅花　　　　江(こう)城(じょう) 五月 「落(らく)梅花(ばいか)」　

 

【語釈】

史郎中欽…郎中の官位にある史欽。黄鶴樓…武漢の西南の蛇山北黄鵠（長江右岸）にある楼。一爲…ひとたび…となってすぐに。遷客…流罪に処せられた者。長沙…湖南省省都。玉笛…玉で作った笛、笛の美称。江城…川沿いの町。落梅花…笛の演奏用の「梅花落」という曲名のこと、悲しみを誘う。

 

（唐詩選）

 

関連詩句

「江城五月江雨晴，荷花到處紅交橫。」北宋·王禹偁

「江城五月風雨餘，嶺南地僻少馳驅。」宋·楊學李

「江城五月見梅花，畫扇風生月影斜。」元末明初·宋禧

「麥風吹雨晝漫漫，信是江城五月寒。」明·皇甫汸

 

 

★唐　李白　　　　　春夜洛城聞笛　　　     春夜(しゅんや) 洛(らく)城(じょう)に笛を聞く　　

誰家玉笛暗飛聲　　　　誰(た)が家の玉(ぎょく)笛(てき)か 暗(あん)に声を飛ばす　

散入春風滿洛城　　　　散じて春風(しゅんぷう)に入(い)りて 洛(らく)城(じょう)に満(み)つ　

此夜曲中聞折柳　　　　此(こ)の夜 曲中(きょくちゅう) 折(せつ)柳(りゅう)を聞く　

何人不起故園情　　　　何人(なんぴと)か 故園(こえん)の情(じょう)を起さざらん　

 

【語釈】

洛城…洛陽の街。玉笛…宝玉でできた笛、笛の美称。暗…暗闇に、密やかに。折柳…折楊柳、横吹曲で別れの情をうたった曲名。故園…故郷。故園情…故郷を思う気持ち、郷愁。

 

（唐詩選）（漢詩大系　８）

 

関連詩句

「誰家玉笛吹春怨，看見鵞黄上栁條。」南宋·姜夔

「誰家玉笛吹殘照，更聽鈎輈格磔聲。」南宋·李龏

「客窗孤枕難成寐，臥聽誰家玉笛吹。」明·于謙

「令人夢入梅花國，卻恨誰家玉篴聲。」明·張弼

「三奏未終天便曉，何人不起望鄉愁。」中唐·武元衡

「惟有賢甥兩垂淚，何人不起渭陽情。」明·林大春

 

 

★唐　李白　　　　　贈汪倫　　　           汪倫(おうりん)に贈る　　　　　　　　　　　

李白乘舟將欲行　　　　李(り)白(はく) 舟に乗って 将(まさ)に行かんと欲す　

忽聞岸上踏歌聲　　　　忽(たちま)ち聞く 岸上(がんじょう) 踏歌(とうか)の声　

桃花潭水深千尺　　　　桃花潭(とうかたん)水(すい) 深さ千尺(せんじゃく)　

不及汪倫送我情　　　　及(およ)ばす汪倫(おうりん)が我を送るの情(じょう)に　

 

【語釈】

汪倫…人名。涇県にある桃花潭の村人の名、常に美酒を醸造していて、李白を接待したという。忽…急に。踏歌…手を繋ぎ、両足で足踏みをしてリズムを取りながら歌う民間歌謡の一形式。踏歌…大勢足を踏み鳴らして拍子をつけて歌う歌。桃花潭…安徽省東南の涇県西南にある桃花潭。情…思い　

（唐詩選）

 

 

★唐　李白　　　　　陪族叔刑部侍郎曄及中書賈舍人至遊洞庭五首 其一

　　　　族叔(ぞくしゅく)刑部侍郎(けいぶじろう)曄(よう) 及び中書(ちゅうしょ)賈(か)舎人(しゃじん)至(し) に陪(ばい)して洞庭(どうてい)に遊ぶ　五首其の一　　　　　　　　　

洞庭西望楚江分　　　　洞庭(どうてい) 西に望めば　楚(そ)江(こう)分かる　

水盡南天不見雲　　　　水尽きて 南天(なんてん)に雲を見ず　

日落長沙秋色遠　　　　日落ちて 長沙(ちょうさ) 秋色(しゅうしょく)遠し　

不知何處弔湘君　　　　知らず 何(いず)れの処にか 湘(しょう)君(くん)を弔わん　

 

【語釈】

族叔曄…刑部侍郎（法務次官）の李曄（李白の叔父）。中書舍人（皇帝の秘書官）の賈至。洞庭…洞庭湖　楚江…長江。・長沙…中国、湖南省の省都。洞庭湖の南、湘江下流の東岸に位置する。

湘君…湘水の女神。舜の二妃、江湘の間に死し、俗に湘君という。（李白１００選）

 

★唐　李白　　　　　哭晁卿衡　　　         晁卿衡(ちょうけいこう)を哭す　

日本晁卿辞帝都　　　　日本の晁(ちょう)卿(けい) 帝都を辞す　

征帆一片繞蓬壷　　　　征(せい)帆(はん) 一片(いっぺん) 蓬(ほう)壷(こ)を繞(めぐ)る　

明月不帰沈碧海　　　　明月(めいげつ)帰らず 碧海(へきかい)に沈み　

白雲愁色満蒼梧　　　　白雲(はくうん)愁色(しゅうしょく) 蒼梧(そうご)に満つ　

 

【語釈】

晁衡…阿倍仲麻呂。晁卿衡…高官である阿倍仲麻呂。征帆…去って行く船。繞…曲がりくねりつつ、進むこと。蓬壷…東海の果てにあるという蓬莱山のこと、ここでは日本を指す。明月…仲麻呂の人柄を月に例えている。蒼梧…伝説上の皇帝・舜が行幸中に病死した場所。「旅の途上の死」という連想になる。

 

（唐詩選）

 

関連詩句

「彭蠡秋高水接天，征帆一片去茫然。」明·徐勃

「八月芙蓉湖水清，征帆一片挂離情。」明·張元凱

「三江風起白鷗飛，遠水征帆一片歸。」明·管訥

「予亦悠悠芳桂者，白雲愁色草萋萋。」明·李夢陽

「白雲愁色滿秋天，海上離心鴈影傳。」明·李攀龍

「白雲愁色滿呉門，疋馬孤舟不可論。」明·李攀龍

 

 

★唐　李白　　　　　少年行　　　　　       少年(しょうねん)行(こう)

五陵年少金市東　　　五(ご)陵(りょう)の年少(ねんしょう) 金市(きんし)の東　

銀鞍白馬度春風　　　銀(ぎん)鞍(あん) 白馬(はくば) 春風(しゅんぷう)を度(わた)る　

落花踏盡遊何處　　　落花(らっか)を踏み尽くして 何(いず)れの処(ところ)にか遊ぶ　

笑入胡姫酒肆中　　　笑って入る 胡(こ)姫(き)の酒肆(しゅし)の中　

 

【語釈】

少年行…楽府題、いなせな若者や壮士を詠う。五陵…長安の北にある地名、富裕階層の住宅地。年少…わかもの。金市…長安の西の市場。銀鞍…銀色に耀くくら。度…わたる。胡姫…西域出身の美人女性。酒肆…酒場。

 

（唐詩選）

 

関連詩句

「銀鞍白馬不知數，龍箏鳳管相追隨。」北宋·郭祥正

「有客江邊問草堂，銀鞍白馬爛生光。」宋·王庭珪

「銀鞍白馬分明别，故苑夫容傷素秋。」明·顧璘

「落花踏盡遊何處，時雨來觀農扈春。」明末清初·黎景義

「落花踏盡遊何處，過後香風特地生。」清·黄之雋

 

 

★唐　李白　　　　　望天門山　　　         天(てん)門山(もんざん)を望(のぞ)む　

天門中斷楚江開　　　　天門(てんもん) 中断(ちゅうだん)して 楚(そ)江(こう)開(ひら)く　

碧水東流至北迴　　　　碧(へき)水(すい) 東に流れて 北に至って廻(めぐ)る　

兩岸青山相對出　　　　両岸の青山(せいざん) 相対(あいたい)して出(い)で　

孤帆一片日邊來　　　　孤(こ)帆(はん) 一片(いっぺん) 日(じっ)辺(ぺん)より来る　

 

【語釈】

天門山…長江両岸を夾んで門のように聳える二つの山の総称。安徽省当塗県にある博望山（東梁山）と和県にある梁山のこと。中斷…中が断ち切られること。・楚江…長江。・碧水…青い色をした川の流れ。廻…まわる，向きを変える。青山…木が青々と茂っている山。相對…向かい合う。出…（大空に）突き出る。孤帆…ただ、一そうの帆掛け船。日邊…太陽のある所。

 

（唐詩選）

 

関連詩句

「兩岸青山一水明，溶溶天上客舟輕。」北宋·黄裳

「五更畫角三州夢，兩岸青山四面窗。」南宋末·羅公升

「契翁來作濟人舟，兩岸青山浸碧流。」南宋·釋智愚

「兩岸青山春正曉，一聲鳴櫓下揚州。」元·于立

「亂後風煙異昔年，孤帆一片海東懸。」明·歐大任

「孤帆一片没浮雲，可惜舟中只有君。」明末清初·屈大均

 

 

★唐　李白　　　　　宣城杜鵑花　　　       宣(せん)城(じょう)の杜鵑(とけん)花(か)

蜀國曾聞子規鳥　　　蜀国に 曾て 子規鳥(しきちょう)を聞き

宣城還見杜鵑花　　　宣城に 還えって 杜鵑花を見る。

一呌一回腸一斷　　　一呌(いちきょう)一回 腸(はらわた)一断

三春三月憶三巴　　　三春三月 三(さん)巴(は)を憶(おも)う

 

【語釈】　　

蜀國…現・四川省。李白の故郷の意として使われている。曾聞…昔、聞いたことがある。子規鳥…ホトトギス。宣城…安徽省南部都市。杜鵑花…つつじ。一叫…一たび鳴く。一廻…一回。三春…春の三か月。三月…春の最後の月。三巴…現・四川省の東半分の郡名、李白之故郷。

 

(詩詞世界)(李大白集)

 

 

★唐　李白　　　　　登金陵鳳凰臺　　　     金(きん)陵(りょう)の鳳凰(ほうおう)台(だい)に登る　

 

鳳凰臺上鳳凰遊　　　鳳凰(ほうおう)台上(だいじょう) 鳳凰(ほうおう)遊ぶ

鳳去臺空江自流　　　鳳(ほう)去り 台空(むな)しくして 江(こう)自(おのず)から流る

呉宮花草埋幽徑　　  呉宮(ごきゅう)の花(か)草(そう)は幽(ゆう)経(けい)に埋もれ

晉代衣冠成古丘　　　晉代(しんだい)の衣冠は 古丘と成る

三山半落青天外　　　三山(さんざん) 半ば落つ 青天の外(ほか)

二水中分白鷺洲　　　二(に)水(すい) 中分(ちゅうぶん)す 白鷺(はくろ)洲(しゅう)

總爲浮雲能蔽日　　　総(すべ)て浮雲(ふうん)の能(よ)く日を蔽(おお)うが爲に

長安不見使人愁　　　長安見えず　人をして愁えしむ

 

【語釈】

金陵…南京市、六朝の古都、南朝の各朝の首都。鳳凰臺…〔南朝・宋の元嘉十四年（４３７年）に、孔雀のようで五色の模様鳳凰のある美しい鳴き声の鳥が集まったことに因って、築いた台、南京市の鳳凰山上にある。鳳凰…想像上の鳥、聖主が世に出ると現れるという、鳳は雄、凰は雌。江…長江。自…自然に、変わることなく。呉宮…三国の呉の孫権が建業（金陵）においた宮殿。幽徑…奥深い小道、人気のない静かな小道。晉代…東晋。衣冠…権門富貴、貴族。三山…金陵の西南にある三つの山（山名不明）。二水…金陵を挟むように流れる二つの川（秦淮河と護城河）。白鷺洲…中州の名。浮雲…（宦官の高力士を指していると思われる。日…（玄宗を指していると想われる）。

 

（漢詩大系　８）

 

 

 

 

 

 

★唐　李白　　　　　題東谿公幽居　　　     東谿公(とうけいこう)の幽(ゆう)居(きょ)に題す　　

 

杜陵賢人清且廉　　　杜(と)陵(りょう)の賢人　清且(か)つ廉(れん)　　　

東溪卜築歲將淹　　　東溪(とうけい)に卜築(ぼくちく)して 歲(とし) 将(まさ)に淹(えん)せんとす

宅近青山同謝朓　　　宅は青山に近く 謝朓(しゃちょう)と同じく

門垂碧柳似陶潛　　　門は碧(へき)柳(りゅう)を垂れて 陶潛(とうせん)に似たり

好鳥迎春歌後院　　　好鳥　春を迎えて後院(こういん)に歌い

飛花送酒舞前簷　　　飛花  酒を送りて前簷(ぜんえん)に舞う

客到但知留一醉　　　客到りて 但だ一酔(すい)を留むるを知り

盤中秪有水晶鹽　　　盤中(ばんちゅう) 秪(た)だ有り 水晶鹽(すいしょうえん)

 

【語釈】

東谿公…人名、隠者と思われる。杜陵…西安市東南。廉…潔白な様。卜築…家を建てる。青山…山の名、青林山ともいう、謝朓がここに住んだ。淹…閉じる、暮れる。謝朓…南北朝時代の南朝斉の詩人、同族の謝霊運・謝恵連とともに、六朝時代の山水詩人として名高く、あわせて「三謝」と称される。陶潛…陶淵明、五柳先生と呼ばれる。後院…裏庭。前簷…家の前軒。秪…ただ、まさに。水晶鹽…水晶のような岩塩。

 

（漢詩大系　８）

 

 

関連詩句

「飛花送酒舞前簷。好鳥迎春歌後院。」明·楊珽

「閒花照月愁洞房，好鳥迎春歌後院。」清·黄之雋

「試探他飛花送酒。早慰卻寸草懸情。」明·陳汝元

「青林白鳥閑書幌，細雨飛花送酒樽。」明·王恭

「飛花送酒舞前簷。好鳥迎春歌後院。」明·楊珽

「孤舟流水離情逺，小店飛花送酒頻。」明·蘇平

 

★唐　李白　　　　　江上吟　　　　         江上吟(こうじょうぎん)　　　　　　　　　　

木蘭之枻沙棠舟　　　　木(もく)蘭(らん)の枻(かじ) 沙棠(さとう)の舟　

玉簫金管坐兩頭　　　　玉簫(ぎょくしょう) 金管(きんかん) 両頭(りょうとう)に坐す　

美酒尊中置千斛　　　　美酒(びしゅ) 尊中(そんちゅう) 千斛(せんこく)を置き　

載妓隨波任去留　　　　妓(ぎ)を載せ波に隨(したが)って 去留(きょりゅう)に任す　

仙人有待乘黄鶴　　　　仙人待つ有って 黄鶴(こうかく)に乗じ　

海客無心隨白鴎　　　　海客(かいかく) 無心(むしん)にして 白(はく)鴎(おう)に隨う　

屈平詞賦懸日月　　　　屈(くっ)平(ぺい)の詞賦(しふ) 日月(にちげつ)を懸(か)け　

楚王臺榭空山丘　　　　楚(そ)王(おう)の台榭(だいしゃ) 空しく山(さん)丘(きゅう)　

興酣落筆搖五嶽　　　　興(きょう) 酣(たけなわ)にして 筆を落とせば 五岳を搖がし　

詩成笑傲凌滄洲　　　　詩成って 笑傲(しょうごう)すれば 滄(そう)洲(しゅう)を凌ぐ　

功名富貴若長在　　　　功名(こうみょう) 富貴(ふうき) 若(も)し長(とこしな)えに在らば　

漢水亦應西北流　　　　漢(かん)水(すい)も亦(ま)た応(まさ)に西北に流るべし　

 

【語釈】

江上吟…長江での歌。木蘭…香木。枻…かい。かじ。　沙棠…棠（やまなし）に似た木。玉簫…立派なしょうのふえ。金管…立派な管楽器。兩頭…前後の（へさき）。尊…たる。千斛…極めて多量。妓…妓女。去留…去ると留まると。自然のなりゆき。黄鶴…仙人の乗る黄色い仙鶴、なお、これより、この詩が黄鶴楼のあたりで作られたと推定される。海客…海辺の人。『列子・黄帝篇』に出てくる海上之人。白鴎…白いカモメ。前出『列子・黄帝篇』に出てくる人の心を読むカモメ。屈平…屈原のこと。懸…つりさげる。かかげる。かける。臺榭…高台の上の御殿、楼閣。落筆…筆をおろす、書き始める。五嶽…五つの霊山。泰山、華山、衡山、、嵩山の五山。笑傲…あざわらっていばる。滄洲…仙人の住むところ。滄浪洲。漢水…陝西省の方から東南方向に向かって流れ、襄陽を経て、漢陽で長江に注ぎ込む大河。

（新釈漢文大系　詩人編　李白　上）

★唐　李白　　　　　南陵別兒童入京　　　　 南陵(なんりょう)にて児童と別れ入京す

 

白酒新熟山中歸      白酒 新たに熟し 山中に帰る

黃雞啄黍秋正肥　　　黃雞(こうけい) 黍(しょ)を啄ばみて 秋 正に肥ゆ

呼童烹雞酌白酒　　　童(わらべ)を呼んで雞を烹 白酒を酌む

兒女嬉笑牽人衣　　　兒女　嬉びて笑み　人の衣を牽(ひ)く

高歌取醉欲自慰　　　高歌し 酔を取り 自(みずか)ら慰さめんと欲す

起舞落日爭光輝　　　起舞(きぶ)すれば 落日 光輝を争う

游說萬乘苦不早　　　万乘(ばんじょう)に遊説(ゆうぜい)す 早からざりしに苦(くる)しむ

著鞭跨馬涉遠道　　　鞭を著(と)り馬に跨(また)がりて遠道を涉(わた)る

會稽愚婦輕買臣　　　會稽(かいけい)の愚婦 買(ばい)臣(しん)を軽んず　

余亦辭家西入秦　　　余も 亦(ま)た 家を辞して 西のかた秦に入る

仰天大笑出門去　　　天を仰ぎ 大笑して 門を出でて去る

我輩豈是蓬蒿人　　　我輩 豈(あ)に是(こ)れ 蓬蒿(ほうこう)の人ならんや

 

【語釈】

南陵…安徽省燕湖道南陵県。白酒…どぶろく。童…召使い。爭光輝…酔顔と落日の赤さを争う。萬乘…皇帝。會稽愚婦…朱買臣の故事。豈…強い否定。是…語調を強める助辞。蓬蒿人…世に埋もれて一生を送る人。

 

（漢詩大系　８）

 

 

（関連詩句）

「白酒新熟山中歸，黄花漠漠弄秋暉。」南宋·史鑄

「黄雞啄黍白酒熟，去家未久吾懷歸。」南宋·王炎

「養得黄雞啄黍秋，釀成白酒釅如油。」明·梁蘭

「楓桕頳紅葉滿枝，黄雞啄黍傍柴籬。」清·張英

★唐　李白　　　　　金陵酒肆留別　　　     金(きん)陵(りょう)の酒肆(しゅし)にて留(りゅう)別(べつ)す　

白門柳花滿店香　　　　白門(はくもん)の柳(りゅう)花(か) 満店(まんてん)香(かんば)し　

吳姫壓酒喚客嘗　　　　吳姫(吳き) 酒を圧して 客を喚(よ)びて嘗(な)なめしむ　

金陵子弟來相送　　　　金(きん)陵(りょう)の子弟 来(きた)りて相送(あいおく)り　

欲行不行各盡觴　　　　行かんと欲して行かず 各(おのおの)觴(さかずき)を尽くす　

請君問取東流水　　　　請(こ)う君 問取(もんしゅ)せよ 東流(とうりゅう)の水に　

別意與之誰短長　　　　別(べつ)意(い)と之(これ)と誰(いずれ)か短長(たんちょう)と　

 

【語釈】

金陵…南京市。酒肆…居酒屋。留別…旅立つ人が詩を書き残して別れること。白門…金陵の西の門。柳花…柳絮。呉姫…呉（現南京や蘇州）の地方の妓女。圧酒…新しく醸した濁り酒をしぼって清酒にすること。嘗…味見。子弟…若者たち。問取…たずねる。之…長江の水の流れをさす。

 

 

（関連詩句）

「白門栁花覆大堤，東風吹来逐馬蹄。」明·王問

「春風初緑長干草，白門柳花飛滿道。」明末·陳子龍

「我有一言人不解，請君問取北來僧。」北宋·鄒浩

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★唐　李白　　　　　早春寄王漢陽　　　     早春(そうしゅん) 王漢(おうかん)陽(よう)に寄す

 

聞道春還未相識　　　　聞道(きくなら)く春還(かえ)ると 未(いま)だ相識(あいしら)らず　

走傍寒梅訪消息　　　　走(はし)りて寒梅(かんばい)に傍(そ)いて 消息(しょうそく)を訪(と)う　

昨夜東風入武昌　      昨夜東風(とうふう) 武(ぶ)昌(しょう)に入る　

陌頭楊柳黃金色　　　  陌頭(はくとう)の楊(よう)柳(りゅう) 黄金(おうごん)の色　

碧水浩浩雲茫茫　　　　碧(へき)水(すい)は浩浩(こうこう) 雲は茫茫(ぼうぼう)　

美人不來空斷腸　　　　美人来(きた)らず 空しく断腸(だんちょう)す　

預拂青山一片石　　　　預(あらかじ)め払(はら)う青山(せいざん) 一片(いっぺん)の石　

與君連日醉壺觴　　　　君と連日 壺觴(こしょう)に酔わん　

 

【語釈】

聞道…聞くところによると。春還…春がやてってくる。寒梅…寒中に咲く梅。消息…たより。東風…春風。武昌…湖北省武昌、重慶の一部。陌頭…町角。楊柳…柳の総称。浩浩…水のひろびろしたさま。壺…酒つぼ。觴…さかずき。

 

 

（関連詩句）

「忽見陌頭楊柳色，悔教夫壻覓封侯。」盛唐·王昌齡　　

「陌頭楊柳幾春風，當年曾識齊齋面。」南宋·韋奇

 

 

 

 

 

 

★唐　李白　　　　　靜夜思　　　           靜夜思(せいやし)　

牀前看月光　　　牀(しょう)前(ぜん) 月光を看る

疑是地上霜　　　疑うらくは是れ 地上の霜かと　

舉頭望山月　　　頭(こうべ)を挙げて 山月を望み

低頭思故鄉　　　頭(こうべ)を低れて 故鄉を思う

 

（李白１００選）（唐詩選）

 

 

★唐　李白　　　　　秋浦歌十七首 其六 　　秋(しゅう)浦(ほ)の歌十七首 其の六

　　　　　　　　　

愁作秋浦客　　　愁いて 秋(しゅう)浦(ほ)の客(かく)と作(な)り

強看秋浦花　　　強いて 秋浦の花を看る

山川如剡縣　　　山川 剡(えん)県(けん)の如く

風日似長沙　　　風日 長沙(ちょうさ)に似たり

 

【語釈】

剡縣…浙江省嵊県、風光明媚な地。長沙…長沙市、湖南省の省都。

 

（漢詩大系　８）

 

 

 

 

 

 

 

 

★唐　李白　　　　　秋浦歌十七首 其十一　　秋(しゅう)浦(ほ)の歌十七首　其の十一

邏人橫鳥道　　　　邏人(らじん) 鳥(ちょう)道(どう)に横たわり、

江祖出魚梁　　　　江(こう)祖(そ) 魚(ぎょ)梁(りょう)に出(い)ず。

水急客舟疾　　　　水急にして 客(かく)舟(しゅう)疾(はや)く、

山花拂面香　 　　 山花(さんか) 面(おもて)を払(はら)って香(かんば)し。

 

【語釈】

邏人… 安禄山の叛乱軍の憲兵。邏…見まわる。巡察する。鳥道…鳥だけが飛ぶような倹素な道。江祖…江祖石という石の名。魚梁　…やな。客舟…旅客を乗せる舟。

 

（漢詩大系　８）

 

★唐　李白　　　　　秋浦歌 其十五　　　    秋(しゅう)浦(ほ)の歌 其の十五

 

白髮三千丈　　　白髪三千丈

縁愁似箇長　　　愁いに縁(よ)って 箇(か)くの似く長し

不知明鏡裏　　　知らず 明鏡の裏(うち)

何處得秋霜　　　何れの処にか 秋霜(しゅうそう)を得たる

 

【語釈】

秋浦 … 安徽省貴池県にある貴池という池の入江の名。縁 … 「～によりて」「～によって」と読み、「～のために」「～が原因で」と訳す。「因」と同じ。似箇 … このように。「箇」は「これ」の意。「似」は「～ように」の意。明鏡 … 一点の曇りもない鏡。秋霜 … 秋の霜、白髪のたとえ。（漢詩大系　８）

 

 

 

★唐　李白    　　　贈内　　　             内に贈る

　　　　　　　　　

三百六十日　　　三百六十日

日日醉如泥　　　日々 酔いて泥の如し

雖爲李白婦　　　李白の婦為(た)りと雖(いえ)ども

何異太常妻　　　何ぞ太(だい)常(じょう)の妻と異ならん

 

【語釈】

太常…天子の祖先を祭る役、後漢の周沢の故事による。

 

（李白１００選）

 

 

　

★唐　李白　　　　　夏日山中 　　　        夏日(かじつ)の山中　　　　　　

 

嬾搖白羽扇　　　白羽扇を搖(うご)かすに嬾(もの)うし

躶體青林中　　　裸体 青(せい)林(りん)の中(うち)

脫巾挂石壁　　　巾を脱して 石壁に挂く

露頂洒松風　 　頂(ちょう)を露(あらわ)して 松風(しょうふう)を洒(そそ)ぐ

 

【語釈】

白羽扇…白い羽で作った扇。洒…そそぐ、洗う。

 

（續國釈漢文大成　李大白集）

 

 

 

 

★唐　李白　　　　　杜陵絶句 　　           杜(と)陵(りょう)絶句　　

 

南登杜陵上　　　南のかた 杜陵の上に登り

北望五陵間　　　北に望む 五陵の間(かん)

秋水明落日　　　秋水 落日明かに

流光滅遠山　　　流光 遠山に滅す

 

【語釈】

杜陵…漢の宣帝の陵。漢の高帝以下、五帝の陵墓。

 

（續国釈漢文大系　李大白集）

 

 

★唐　李白　　　　　自遣 　　              自(みずか)ら遺(や)る

　　　

對酒不覺暝　　　酒に対して 暝(ひく)るるを覚えず

落花盈我衣　　　落花 我が衣に盈(み)つ

醉起步溪月　　　酔起(すいき)して 溪(けい)月(げつ)に歩すれば

鳥還人亦稀　　　鳥は還(かえ)りて 人亦(ま)た稀(ま)れなり　

 

【語釈】

自遣…みずから 憂さを晴らす。對酒…酒に向かう。暝…日が暮れる。盈…（次第に多くなって）みちる。醉起…酔いから醒める。溪月…谷川に出た月。

 

（漢詩大系　８）

 

 

★唐　李白　　　　　獨坐敬亭山　　　　      独(ひと)り敬亭山(けいていざん)に坐(ざ)す　　

衆鳥高飛盡　　　衆(しゅう)鳥(ちょう) 高く飛んで尽き

孤雲獨去閒　　　孤(こ)雲(うん) 独(ひと)り去って間(かん)なり

相看兩不厭　　　相(あい)看(み)て　両(ふた)つながら厭(いと)わざるは

只有敬亭山　　　只(ただ) 敬亭山(けいてんざん) 有るのみ

 

【語釈】

敬亭山…安徽省東南にある宜城市の北にある山。衆鳥…群れ飛ぶ鳥。孤雲…ぽつんと一つだけある雲。閒…ゆったりと落ちついて静かなさま。相看…お互いに見あって。兩…双方、敬亭山と作者を指す。厭…あきる。

 

（漢詩大系　８）

 

 

★唐　李白　　　　　白鷺鷥　　　            白鷺鷥(はくろし)　

　　　　　　　　　

白鷺下秋水　　　白鷺(はくろ) 秋水(しゅうすい)に下り

孤飛如墜霜　　　孤り飛んで　霜を墜(おと)すが如し

心閑且未去　　　心閑(しずか)にして　且(しば)らく未(い)だ去らず

獨立沙洲傍　　　独(ひと)り立つ　沙(さ)洲(しゅう)の傍(そば)

 

【語釈】

白鷺…しらさぎ。秋水…澄み切った秋の水。沙洲…砂で出来た洲

 

 

 

 

 

★唐　李白　　　　　送殷淑三首 其二 　　    殷淑(いんしゅく)を送る　三首 其の二

 

白鷺洲前月　　　白鷺(はくろ)洲前(しゅうぜん)の月

天明送客回　　　天明 客(かく)の回(かえ)るを送る

青龍山後日　　　青(せい)龍山後(りゅうさんご)の日

早出海雲來　　　早く 海雲を出でて来たる

流水無情去　　　流水 無情に去り

征帆逐吹開　　　征(せい)帆(はん) 吹(すい)を逐(お)いて開く

相看不忍別　　　相看て別るるに忍びず

更進手中杯　　　更に進む 手中の杯

 

【語釈】

殷淑…人名、不詳。白鷺洲…南京の長江中の州。天明…夜明け。青龍山…不詳。征帆…進み行く舟の帆。吹…風（仄字）。

 

（漢詩大系　８）

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★唐　李白　　　　　宮中行樂詞 其三 　　    宮中(きゅうちゅう)行楽(こうらく)詞(し) 其の三

 

盧橘爲秦樹　　　盧(ろ)橘(きつ) 秦樹(しんじゅ)と為り

蒲萄出漢宮　　　蒲萄 漢宮に出ず　

煙花宜落日　　　煙花 落日に宜しく

絲管醉春風　　　糸管 春風に酔う

笛奏龍鳴水　　　笛を奏すれば 龍 水に鳴き

簫吟鳳下空　　　簫を吟ずれば 鳳 空より下る

君王多樂事　　　君王 楽事多し

何必向回中　　　何ぞ必しも回中に向わん

 

【語釈】

盧橘…南方原産の柑橘類。秦樹…漢の都長安の樹。蒲萄…西域原産の葡萄、武帝の時、漢にもたらされた。煙花…花霞。絲管…弦楽器と管楽器、音楽をいう。笛奏龍鳴水…笛の音は龍の鳴き声に似るという(『文選』「長笛の賦」)。簫吟鳳下空…簫史という笛の名人が簫を吹くと鳳凰が空から降りてきた（『列仙伝』）。回中…漢代に離宮の置かれた場所、陜西省宝鶏市千陽県。

 

（新釈漢文大系　詩人編　李白　(上)）

 

★唐　李白　　　　　訪戴天山道士不遇 　     戴天山(たいてんざん)の道士を訪ねて遇わず

　　　　　

犬吠水聲中　　　犬は吠ゆ 水声の中(うち)

桃花帶雨濃　　　桃花は 雨を帯びて濃(こ)し

樹深時見鹿　　　樹は深くして 時に鹿を見

溪午不聞鐘　　　溪は午(ご)にして 鐘を聞かず

野竹分青靄　　　野(や)竹(ちく) 青(せい)靄(あい)を分け

飛泉挂碧峰　　　飛泉 碧(へき)峰(ほう)に挂(か)かる

無人知所去　　　人の去(ゆ)く所を知る無し

愁倚兩三松　　　愁いて倚(よ)る 両三(りょうさん)松(しょう)

 

【語釈】

戴天山…李白の故郷、四川省彰明県の北にある。樹…樹林。飛泉…滝。青靄…青色の霞。碧峰…緑深い峰。倚…よりかかる。

 

（漢詩大系　８）

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★唐　李白　　　　　送友人　　　            友人を送る　　　　　　

 

青山横北郭　　青(せい)山(ざん) 北郭(ほっかく)に横たわり

白水遶東城　　白水(はくすい) 東城(とうじょう)を遶(めぐ)る

此地一爲別　　此の地 一たび別れを為し

孤蓬萬里征　　孤(こ)蓬(ほう) 万里(ばんり)に征(ゆ)く

浮雲遊子意　　浮雲(ふうん)　遊子(ゆうし)の意

落日故人情　　落日(らくじつ)　故人(こじん)の情(じょう)

揮手自茲去　　手を揮(ふる)って 茲(ここ)より去れば

蕭蕭班馬鳴　　蕭々(しょうしょう)として 班(はん)馬(ば)鳴(な)く

 

【語釈】

青山…草木が青々と茂っている山。北郭…都市の城郭の北側。白水…夕日で白く光る川。東城…都市の東側の城郭。孤蓬…（風に飛ばされて）転がってゆく蓬。遊子…旅人。落日…夕陽。故人…旧知の友人。情…感情。揮手…手を振る。茲…ここ。　蕭蕭…馬の嘶く声、また、もの寂しいさま。班馬…別れる馬。

 

（唐詩選）

 

★唐　李白　　　　　尋雍尊師隠居　　　　    雍(よう)尊師(そんし)の隠居を尋ぬ

群峭碧摩天　　　　群峭(ぐんしょう) 碧(みどり)にして 天を摩(ま)し　

逍遙不記年　　　　逍遥(しょうよう)して 年を記さず　

撥雲尋古道　　　　雲を撥(はら)いて 古道を尋ね　

倚石聽流泉　　　　樹に倚(よ)って 流泉を聴く　

花暖青牛臥　　　　花は暖(あたたか)にして 青(せい)牛(ぎゅう)臥(ふ)し　

松高白鶴眠　　　　松は高くして 白鶴(はっかく)眠る　

語來江色暮　　　　語(かた)り来(きた)れば 江(こう)色(しょく)暮れ　

獨自下寒煙　　　　独(ひと)り自(みず)から 寒(かん)煙(えん)を下る　

 

【語釈】

尊師蕹…蕹と言う名の尊師（道教の導師の尊称）。群峭…群がった高くけわしい峰。摩天…天をこするほど高いこと。逍遥…のんびりするさま。不記年…何歳になったかわからない。撥雲…雲を開く。倚…寄りかかる。江色…　　　寒煙…寒々と見える靄

 

 

 

★唐　李白　　　　　渡荆門送別　　　        荆門(けいもん)を渡りて送別す

渡遠荆門外　　　　渡ること遠し 荊門(けいもん)の外(そと)　

來從楚國遊　　　　来(きた)りて従う 楚(そ)国(こく)の遊(ゆう)

山隨平野盡　　　　山は 平野に随(したが)いて尽(つ)き

江入大荒流　　　　江(こう)は 大荒(たいこう)に入(い)りて流る

月下飛天鏡　　　　月下(つきくだり)て 天(てん)鏡(きょう)飛び

雲生結海樓　　　　雲生じて 海楼(かいろう)を結ぶ

仍憐故鄉水　　　　仍(な)お憐(あわ)れむ 故郷の水の

萬里送行舟　　　　万里(ばんり) 行(こう)舟(しゅう)を送るを

 

【語釈】

荊門…長江の南岸、湖北省枝城市の西北にある山で、蜀と湖北・湖南地方との境目。渡遠…故郷の蜀の国を出て、はるばる荊門の外(東)まで旅をしていること。従…欲しいままにする。楚国…長江下流一帯。随…大荒…果てしない空間。天鏡…空を移動する月。海楼…蜃気楼。憐…いつくしむ。

 

(李白１００選)

 

 

★唐　李白　　　　　太原早秋　　　          太原(たいげん)の早秋　　　

 

歳落衆芳歇　　　　歳(とし)落ちて 衆芳(しゅうほう)歇(や)み　

時當大火流　　　　時は 大火(たいか)の流るるに当(あた)る

霜威出塞早　　　　霜(そう)威(い) 塞(さい)を出(い)でて早く

雲色渡河秋　　　　雲(うん)色(しょく) 河を渡って秋なり

夢繞邊城月　　　　夢は繞(めぐ)る 辺(へん)城(じょう)の月

心飛故國樓　　　　心は飛ぶ 故国(ここく)の楼(ろう)

思歸若汾水　　　　帰らんと思えば 汾(ふん)水(すい)の若(ごと)く

無日不悠悠　　　　日として 悠々(ゆうゆう)たらざるは無し

 

【語釈】

衆芳…眾は衆。大火…火星。塞…太原のまちの城壁を示す。河…黄河。邊城…国境の町、田舎の町。故國…故郷。汾水…汾水は黄河から太原に別れた支流。悠悠…憂え悲しむさま。

 

（漢詩大系　８）

 

 

★唐　李白　　　　　古風 其二十三 　　      古風(こふう) 其の二十三 　　

 

秋露白如玉　　　秋露 白きこと 玉の如く

團團下庭綠　　　団々として 庭緑に下る

我行忽見之　　　我が行(こう) 忽(たちま)ち 之を見

寒早悲歲促　　　寒早くして 歲の促すを悲しむ

人生鳥過目　　　人生 鳥 目を過ぐ

胡乃自結束　　　胡(なん)ぞ 乃(すなわ)ち 自(みずか)ら結束す

景公一何愚　　　景公(けいこう) 一に 何ぞ愚なる

牛山淚相續　　　牛山(ぎゅうざん) 淚 相い続ぐ

物苦不知足　　　物苦(はな)はだ 足るを知らず

得隴又望蜀　　　隴(ろう)を得て 又 蜀を望む

人心若波瀾　　　人心 波瀾の若(ごと)し

世路有屈曲　　　世路 屈曲有り

三萬六千日　　　三万六千日

夜夜當秉燭　　　夜々 当(まさ)に燭を秉(と)るべし

 

【語釈】

團團…露の丸くなっている様。庭綠…庭中の草木。歲促…一年が終わる。鳥過目…鳥が眼を過ぎるほど短い。結束…窮屈に検束する。景公一何愚　牛山淚相續…『晏子春秋』「列子」の故事。得隴又望蜀…『後漢書』における光武帝の言。世路…世の中、世渡り。秉…握る。秉燭…明かりを灯して宴会をする。

 

（漢詩大系　８）

 

 

★唐　李白　　　　　送蔡山人 　　           蔡山人(さいさんじん)を送る

　　　　　　　　

我本不棄世　　　我 本 世を棄(す)てず

世人自棄我　　　世人(せじん) 自(おのずか)ずから 我を棄つ

一乘無倪舟　　　一たび 無倪(むげい)の舟に乘じ

八極縱遠柂　　　八極は遠く柂(かじ)を縱(ほしいまま)にす

燕客期躍馬　　　燕客(えんきゃく)　躍(やく)馬(ば)を期するに

唐生安敢譏　　　唐生(とうせい)　安(いずく)んぞ 敢えて譏(そし)らんや

採珠勿驚龍　　　珠を採りて　龍を驚かすこと勿(なか)かれ

大道可暗歸　　　大道は 暗くして帰るべし

故山有松月　　　故山(こざん) 松(しょう)月(げつ)有り

遲爾翫清暉　　　遲(ま)つ 爾(なんじ)が清暉(せいき)を翫(もてあそ)ぶを

 

【語釈】

蔡山人…山にすむという人。無倪舟…限り無く行く舟。八極…世界の八方に立つ柱、八方の遠い土地。柂…船の舵。燕客…燕の地の旅人。躍馬…踊り跳ねる馬。唐生…人相見の唐氏。（史記…「蔡沢躍馬」の故事、史記」巻七十九「蔡沢列伝」）

 

（續国釈漢文大成）

 

★唐　李白　　　　　月下獨酌　其一　　      月下(げっか)独酌(どくしゃく)　　其の一　　　　

花間一壼酒　　　　花間(かかん) 一(いっ)壷(こ)の酒　

獨酌無相親　　　　独(ひと)り酌(く)んで 相(あい)親しむもの無し　

舉杯邀明月　　　　杯(さかずき)を挙げて 明月(めいげつ)を迎え　

對影成三人　　　　影に対して三人と成る　

月既不解飮　　　　月既に　飲(いん)を解(かい)せず　

影徒隨我身　　　　影徒(いたずら)に我が身に随(したが)う　

暫伴月將影　　　　暫(しばら)く 月と影とを伴い　

行樂須及春　　　　行楽(こうらく)　須(すべか)らく春に及ぶべし　

我歌月徘徊　　　　我歌えば 月徘徊(はいかい)し　

我舞影零亂　　　　我舞えば 影零(りょう)乱(らん)す　

醒時同交歡　　　　醒(さ)むる時は 同(とも)に交歓(こうかん)し　

醉後各分散　　　　酔いて後(のち)は　各(おのおの)分散(ぶんさん)す　

永結無情遊　　　  永(なが)く 無情(むじょう)の遊(あそび)を結びて　

相期遥雲漢　　　　遥(はる)かなる雲漢(くもかん)に 相期(あいき)す　

 

【語釈】

月下獨酌…月光の下で、独り酒を飲むこと。花間…咲いている花の下。獨酌…独りだけで酒を飲むこと。相親…親しい人。舉杯…さかづきを持ち上げる。對…むきあう。影…影法師。既……である上に。不解…理解しない。飮…飲酒。徒…むだに、ただ。隨…つきしたがう。將……と、…ともに。行樂…外出して、遊ぶこと。須…是非とも…する必要がある。及…到達する。徘徊…さまよい歩く。零亂…乱れ動くさま。同…同じく、ともに。交歡…互いに親しく交わり楽しむこと。分散…分かれ散らばること。無情…人情を超越した、超俗的な。雲漢…天の川。相期…互いに日時を約束する。

（漢詩大系　８）

★唐　李白　　　　　月下獨酌　其二　　      月下(げっか)独酌(どくしゃく)　其の二　　　　　　　　　　　

天若不愛酒　　　天 若(も)し酒を愛せずんば

酒星不在天　　　酒星 天に在らず　

地若不愛酒　　　地 若し 酒を愛せずんば　　

地應無酒泉　　　地に 応(まさ)に 酒泉無かるべし

天地既愛酒　　　天地 既に酒を愛す

愛酒不愧天　　　酒を愛すは天 に愧じず

已聞清比聖　　　已に聞く 清を聖に比し

復道濁如賢　　　復た道う 濁は賢の如しと

賢聖既已飲　　　賢聖 既に已に飲す

何必求神仙　　　何ぞ必ずしも 神仙を求めんや

三杯通大道　　　三杯 大道に通じ

一斗合自然　　　一斗 に合う

但得酒中趣　　　但だ 酒中の趣(おもむき)を得んのみ

勿爲醒者傳　　　醒者(せいしゃ)の為に 伝うる勿かれ

 

【語釈】

酒星…酒を司る星、酒旗星。酒泉…泉の名、甘蕭省酒泉県の東北にある。賢聖…後漢末に曹操が禁酒令を出したとき、人々は暗号を定めて酒を飲んだ、濁酒を賢、清酒を聖と呼んだ。「飲中八仙歌」参照。大道…道教の「道」、無為、自然。自然…無我の境地。酒中趣…故事在り。

 

（漢詩大系　８）

 

      

★唐　李白　　　　　對酒憶賀監其二 　       酒に対して賀監(がかん)を憶う其の二

 

狂客歸四明　　　狂客(きょうかく) 四(し)明(めい)に帰れば

山陰道士迎　　　山陰の道士 迎う

敕賜鏡湖水　　　敕(ちょく)して 鏡(きょう)湖(こ)の水を賜い

爲君臺沼榮　　　君の台(だい)沼(しょう)の栄と為す

人亡餘故宅　　　人亡くして 故宅を余し

空有荷花生　　　空しく 荷(か)花(かく)の生ずる有り

念此杳如夢　　　此を念(おも)ずれば 杳(よう)として夢の如く

淒然傷我情　　　淒(せい)然(ぜん)として 我が情を傷ましむ

 

【語釈】

賀監…賀知章秘書監。狂客…奇抜な振る舞いをする文人。四明…浙江にある山の名、「四明狂客」は賀知章の自号。山陰…今の紹興市、賀知章の顧况。道士迎…賀知章は、道士と偽って故郷に帰ったので、道士が迎えたであろう。鏡湖…紹興の近郊にあった湖、賀知章が致仕する際に賜った。臺沼…高台や沼、築山と泉水。杏…はるか。淒然…すさまじい、ものさびしいさま。

 

（漢詩大系　８）

 

 

★唐　李白　　　　　秋浦歌十七首 其二 　　 秋(しゅう)浦(ほ)の歌十七首 其の二

 

秋浦猿夜愁　　　秋(しゅう)浦(ほ) 猿 夜に愁い

黃山堪白頭　　　黃山 白頭に堪えたり　

清溪非隴水　　　清溪 隴(ろう)水(sui)に非(あら)ざるに

翻作斷腸流　　　翻(かえ)って 断腸の流れを作(な)す　

欲去不得去　　　去らんと欲して 去り得ず

薄遊成久遊　　　薄遊(はくゆう) 久遊(きゅうゆう)と成る　

何年是歸日　　　何れの年か是(こ)て　帰(き)日(じつ)ならん

雨淚下孤舟　　　雨淚(うるい) 孤(こ)舟(しゅう)に下る

 

【語釈】

黄山…山の名。秋浦の南方にある、風光明媚な地。白頭…白髪頭。堪…いまにも～しそうである。清溪…秋浦の近くにある、安徽省貴池地方を北西に流れて長江にそそぐ川。隴水…甘粛省隴山から長安方面に流れる渭水に合流する川の名、「隴頭歌」という古い歌に「隴頭の流水は、鳴声幽咽す。造かに秦川を望み、肝腸断絶す」とある。薄遊…しばらくの旅行。久遊…長い旅行。雨淚…雨のような涙。

 

(漢文委員会)

 

★唐　李白　　　　　宿巫山下 　　           巫(ふ)山(ざん)の下に宿す　　　      　　

 

昨夜巫山下　　　昨夜 巫(ふ)山(ざん)の下

猨聲夢裏長　　　猿声(えんせい) 夢(む)裏(り)に長し

桃花飛綠水　　　桃花 緑(りょく)水(すい)に飛び

三月下瞿塘　　　三月 瞿塘(くとう)に下る

雨色風吹去　　　雨(う)色(しょく) 風吹きて去り

南行拂楚王　　　南行(なんこう)して 楚(そ)王(おう)を払う

高丘懷宋玉　　　高丘 宋(そう)玉(ぎょく)を懷い

訪古一霑裳　　　古きを訪ねて 一たび裳(すそも)を霑(うるお)おす

 

【語釈】

巫山…巫山重慶市巫山県と湖北省の境にある名山。長江が山中を貫流して、巫峡を形成する。瞿塘…瞿塘峡、長江本流に位置する峡谷、巫峡、西陵峡と並び、三峡を構成する。頸聯、尾聯…楚王と巫山の巫女の故事。

 

（漢詩大系　８）

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★唐　李白　　　　　待酒不至 　　           酒を待ちて至らず　　　

　　　　　　　　　　

玉壺繫青絲　　　玉(ぎょく)壺(こ) 青(せい)糸(し)に繫(か)け

沽酒來何遲　　　沽(こ)酒(しゅ) 来ること 何ぞ遅き

山花向我笑　　　山花 我に向いて笑う

正好銜杯時　　　正(まさ)に杯を銜(ふく)むに好き時

晚酌東窗下　　　晚酌 東窓の下

流鶯復在茲　　　流鶯 復た茲(ここ)に在り

春風與醉客　　　春風と 酔客と

今日乃相宜　　　今日 乃(すなわ)ち 相(あい)宜(よ)ろし

 

【語釈】

玉壺…美しい酒壺。青絲…青い糸。沽酒　世間で売られている酒。銜…口にくわえる。

 

（漢詩大系　８）

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★唐　李白　　　　　友人會宿 　　           友人と会(かい)宿(しゅく)す　　　

　　　　　　　　　　　　

滌蕩千古愁　　　滌蕩(できとう)す 千古の愁

留連百壺飲　　　留連(りゅうれん)す百壺の飲(いん)

良宵宜清談　　　良(りょう)宵(しょう) 宜(よろ)しく清談すべし

皓月未能寢　　　皓(こう)月(げつ) 未だ寢る能(あた)わず

醉來臥空山　　　酔い来(きた)れば 空山に臥(が)す

天地即衾枕　　　天地 即ち衾(きん)枕(ちん)　

 

【語釈】

滌蕩…洗い除く。留連…さまよって去るに忍びない様子。宜…「宜しく～しべし」と読み、「～する方が妥当である」「～するのが良い」と訳す。衾枕…寝具。

 

（漢詩大系）

 

★唐　李白　　　　　獨酌 　　　             独酌　　　　　　　　

 

春草如有意　　　春草 意有るが如く

羅生玉堂陰　　　羅(ら)生(せい)す 玉堂の陰

東風吹愁來　　　東風 愁いを吹いて来たり

白髮坐相侵　　　白髪 坐(そぞろ)に相い侵かす

獨酌勸孤影　　　独酌　孤影に勧め

閑歌面芳林　　　閑歌(かんか) 芳(ほう)林(りん)に面す

長松爾何知　　　長松(ちょうしょう) 爾(なんじ) 何をか知る

蕭瑟爲誰吟　　　蕭瑟(しょうしつ)として 誰(た)が為にか吟ず

手舞石上月　　　手は舞う　石上の月

膝橫花間琴　　　膝は橫たう 花間の琴

過此一壺外　　　此の一壺を過ぐすの外は

悠悠非我心　　　悠々として 我が心に非らず

 

【語釈】

羅生…網の目のように連なって生えること。悠悠…閑暇、当然と酔って物も我も忘れた気持ち。

 

（漢詩大系　８）

 

★唐　李白　　　　　送張舍人之江東 　　     張舍人(ちょうしゃじん)の江東に之(ゆ)くを送る

 

張翰江東去　　　 張翰(ちょうかん) 江東に去り

正值秋風時　　　正に 秋風の時に值(あ)う

天清一鴈遠　　　天清くして 一(いち)鴈(がん)遠く

海闊孤帆遲　　　海濶(ひろ)くして 孤帆(こはん)遅し

白日行欲暮　　　白日 行くゆく暮れんと欲し

滄波杳難期　　　滄波(そうは) 杳(よう)として期し難たし

吳洲好見月　　　吳(ご)洲(しゅう) 好く月を見れば

千里幸相思　　　千里 幸に相い思える

 

【語釈】

白日…輝く太陽。杳…遙かなさま。難期…江東にいつ到着するかはかり難い。吳洲…呉（江東）の地。幸…冀望すること。

 

（漢詩大系　８）

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★唐　李白　　　　　江行寄遠 　　　         江行(こうこう)して遠きに寄す　　　　　　　　　　　　　　　

 

刳木出吳楚　　　刳木(たくぼく)して 吳楚を出で

危槎百餘尺　　　危槎(きさ) 百余尺

疾風吹片帆　　　疾風 片(へん)帆(ぱん)を吹き

日暮千里隔　　　日暮 千里を隔つ

別時酒猶在　　　別時の酒 猶(な)お在りて

已爲異鄉客 　　 已に 異鄉の客(かく)と為る

思君不可得      君を思えども 得(う) 可からず

愁見江水碧      愁い見る 江水の碧(へき)

 

【語釈】

寄遠…別れて遠くなった共に寄せた。刳木…舟を準備すること。吳楚…江蘇省、安徽省、江西省、湖南省、湖北省あたり。危槎…不安定な木をえぐって作った大舟。片帆…一片の帆掛け船。

 

（漢詩大系　８）

 

 

★唐　李白　　　　　對酒醉題屈突明府廳　　

酒に対して酔い　屈突(くっとつ)明府(めいふ)の庁に題す　　

 

陶令八十日　　　　陶令(とうれい) 八十日　

長歌歸去來　　　　長歌(ちょうか)す 帰去来(ききょらい)　

故人建昌宰　　　　故人(こじん) 建(けん)昌(しょう)の宰(さい)　

借問幾時迴　　　　借問(しゃもん)す 幾時(いくとき)か迴(かえ)ると　

風落吳江雪　　　　風は呉(ご)江(こう)の雪を落とし　

紛紛入酒杯　　　　紛紛(ふんぷん)して酒杯(しゅはい)に入(い)る　

山翁今已醉　　　　山(さん)翁(おう) 今 已(すで)に酔う　

舞袖爲君開　　　　舞(ぶ)袖(しゅう) 君が為に開かん　

 

【語釈】

屈突明府…屈突の庁舎。陶令…陶淵明。八十日…陶淵明が彭沢県の県令となってから８０日で辞職したこと。長歌…長い詩を作る、声高らかに歌う。歸去來…帰去来の辞。故人…古くからの友人。建昌…遼寧省葫芦島市に位置する県。宰…県令（長官、屈突）。借問…ちょっと尋ねる。吳江…黄浦江の主要な支流。紛紛…乱れ飛ぶさま。山翁…李白のこと。舞袖…舞う袖。

　　

 

★唐　李白　　　　　子夜呉歌其三　　　       子(し)夜(や)呉歌(ごか)其の三　　　　　　　　

長安一片月　　　　長安 一片(いっぺん)の月　

萬戸擣衣聲　　　　万(ばん)戸(こ) 衣(ころも)を擣(う)つの声　

秋風吹不盡　　　　秋風(しゅうふう) 吹いて尽きず　

總是玉關情　　　　総(すべ)て是(こ)れ 玉関(ぎょくかん)の情(じょう)　

何日平胡虜　　　　何(いず)れの日か 胡(こ)虜(りょ)を平(たい)らげて　

良人罷遠征　　　　良人(りょうじん) 遠征を罷(や)めん　

 

【語釈】

子夜呉歌 …歌曲の題名。一片月…一個の月。萬戸 … 多くの家。擣衣…砧で衣を叩いて柔らかくしつやを出す。玉関 …玉門関。情 … （玉門関の辺りに遠征している）夫を思う妻の心。胡虜 … 匈奴の蔑称。良人 … 妻の夫への呼称。

 

（唐詩選）

 

★唐　李白　　　　　雑古　　　 把酒問月　　　酒を把(と)って月に問う

青天有月來幾時　　　青天(せいてん) 月有りて 来るは幾時(いくとき)ぞ

我今停杯一問之　　　我 今 杯を停めて 一たび之(これ)に問わん　

人攀明月不可得　　　人 明月を攀(よ)じんとするも 得(う)べからず

月行却與人相隨　　　月は行きて却(かえ)っ て人と相(あ)い随(したが)う　

皎如飛鏡臨丹闕　　　皎(こう)として　飛(ひ)鏡(きょう)の丹闕(たんけつ)に臨(のぞ)むが如し

綠烟滅盡清輝發　　　緑(りょく)煙(えん) 滅し尽きて 清輝発し

但見宵從海上來　　　但(た)だ見る 宵に海上從(よ)り来たるを

寧知曉向雲間沒　　　寧(いずくん)ぞ知らん 曉に雲間(うんかん)に向いて没するを

白兔擣藥秋復春　　　白(はく)兔(と)は薬を搗(つ)く 秋復(ま)た春

嫦娥孤棲與誰鄰　　　姮娥(こうが)は 孤(ひと)り棲(す)みて 誰(たれ)と隣(となり)せん

今人不見古時月　　　今人(こんじん)は見ず 古時(こじ)の月

今月曾經照古人　　　今月(こんげつ)は曾径(かつて) 古人を照らせり　

古人今人若流水　　　古人 今人 流水の若(ごと)く

共看明月皆如此　　　共(とも)に明月(めいげつ)を看(み)ること 皆(みな) 此(かく)の如し

唯願當歌對酒時　　　唯だ願がう 歌に当(あた)りて酒に対する時　

月光長照金樽裏月　　月光 長(とこし)えに 金(きん)樽(そん)の裏(うち)を照さんことを

 

【語釈】　

有月…月が現れて。來……から。攀…よじのぼる。卻…反対に。隨…ついていく。くっついていく。皎…月ら明るい様。飛鏡…大空を飛ぶ鏡で、月の形容として使われている。丹闕…赤く色を塗った仙人の住む宮殿の門。綠煙…緑色の靄。淸輝…清らかな光。白兔…白ウサギ、月に住むという。　・搗藥…不老不死の薬をつく。秋復春…ずうっと。姮娥…「嫦娥」ともいう、西王母からに与えた不死の仙薬を盗んで飲み、月に逃げた。曾經…かつて。長…とこしえに。金樽…黄金の酒器。

 

（漢詩大系　８）

 

 

 

★唐　李白　　　　　送別　　　               送別　　　　　　　　　　

 

尋陽五溪水　　　　　尋(じん)陽(よう) 五溪(ごけい)の水

沿洄直入巫山裏　　　沿洄(えんかい)し直ちに入る巫山(ふざん)の裏(うち)

勝境由來人共傳　　　勝(しょう)境(きょう)の由来(ゆらい)は　人 共に伝う

君到南中自稱美　　　君は南中に到りて 自(みずか)ら美と称せん

送君別有八月秋　　　君を送る 別に八月の秋有り

颯颯蘆花復益愁　　　颯々(さつさつ) 蘆花 復(ま)た 益(ますます)愁う

雲帆望遠不相見　　　雲帆　望遠するも　相い見えず

日暮長江空自流　　　日暮　長江　空しく自ずから流る

 

【語釈】

尋陽…江西省九江市一帯。五渓…渓名（雄溪、樠溪、无溪、酉溪、辰溪）。沿洄…流れに沿って上下すること。巫山…重慶市巫山県と湖北省の境にある名山。勝境…景勝の地。颯颯…風の音の形容。雲帆…雲のように大きな帆。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★唐　李白　　　　　宣州謝朓樓餞別校書叔雲　　　　

宣州(せんしゅう)の謝朓楼(しゃちょうろう)にて校書叔(こうしょしゅく)雲(うん)を 餞(せん)別(べつ)す　　

 

棄我去者　　　　　　　　我を棄(す)てて去る者は

昨日之日不可留　　　　　昨日(きのう)の日にして 留(とど)む可(べ)からず　

亂我心者　　　　　　　　我が心を乱す者は

今日之日多煩憂　　　　　今日(きょう)の日にして 煩憂(はんゆう)多し　

長風萬里送秋雁　　　　　長風(ちょうふう) 万里(ばんり) 秋(しゅう)雁(がん)を送る　

對此可以酣高樓　　　　　此(こ)れに対し 以(もっ)て 高楼に 酣(たけなわ)なる可(べ)し　

蓬莱文章建安骨　　　　　蓬莱(ほうらい)の文章 建安(けんあん)の骨　

中間小謝又清發　　　　  中間(ちゅうかん)の小謝(しょうしゃ) 又た清発(せいはつ)　

倶懷逸興壯思飛　　　　  倶(とも)に 逸(いつ)興(きょう)を懷(いだ)きて 壮思(そうし)飛び　

欲上青天覽明月　　　　  青天(せいてん)に上(のぼ)りて 明月(めいげつ)を覽(み)んと欲す　

抽刀斷水水更流　　　　  刀を抽(ぬ)きて 水を断てば 水更に流れ　

舉杯銷愁愁更愁　　　　 杯(さかずき)を挙げて 愁(うれ)いを銷(け)せば 愁(うれ)更に愁(うれ)う　

人生在世不稱意　　　　  人生 世に在りて 意に称(かな)わざれば　

明朝散髮弄扁舟　　　　  明朝(みょうちょう) 髮(かみ)を散じて 扁(へん)舟(しゅう)を弄(ろう)せん　

 

【語釈】

宣州…安徽省東南の宣州市。謝朓樓…謝朓（南北朝時代の斉の詩人）が住んでいた楼台の名前。校書叔雲…校書（宮中文書を整理する官）である李白の叔父の李雲。煩憂…わずらい、憂い。長風…遠くから吹いてくる風。酣…酒を飲んで楽しむ。蓬莱文章…漢の時代の文章。建安骨…後漢末、献帝の建安年間に建康を中心に行われた、曹操、曹丕、曹植はじめ孔融・陳琳・徐幹・王粲・応璩・劉楨・阮籍ら「建安七子」と呼ばれた人々の気骨あふれる詩風。中間小謝…建安時代と唐代の中間にあたる六朝時代。小謝…六朝時代に活躍した、謝朓。李白が尊敬していた詩人。謝霊雲を「大謝」という。清発…清らかであること。

逸興…ともに風流心。壯思…たけだけしい思い。髮…髪をおろす。出家する。

 

（漢詩大系　８）

 

 

（参考詩句）

「高鳥散飛驚大斾，長風萬里卷秋鼙。」唐·李羣玉

「浩蕩清淮天共流，長風萬里送歸舟。」北宋·蘇舜欽

「何處長風萬里浪，龍盤鼇抃蜃樓居。」宋·晁說之

「長風萬里至，河漢清人心。」宋·孔平仲

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★唐　杜(と)甫(ほ)　　　　　絕句漫興九首其四 　　　絕句漫興(ぜっくまんきょう)九首其の四

二月已破三月來　　　二月已に破れ 三月来たる　　

漸老逢春能幾迴　　　漸(ようや)く老い 春に逢うは 能(よ)く幾迴(いくかい)ぞ　　　　　

莫思身外無窮事　　　思う莫かれ 身外(みがい)無窮(むきゅう)の事

且盡生前有限杯　　　且(しばら)くは尽くさん 生前 有限の杯(はい)

 

【語釈】

漸…だんだんと。身外無窮…自分の力の及ばない未来無限のこと。

 

（杜甫詩注第九編）

 

 

★唐　杜甫　　　　  絕句漫興九首　其六　　   絕句漫(ぜっくまん)興(きょう)　九首其の六

懶慢無堪不出村　　　　懶慢(らいまん) 堪(た)うる無く　村を出(いで)ず　

呼兒日在掩柴門　　　　兒(じ)を呼び 日在れども　柴門(さいもん)を掩(おお)わしむ　

蒼苔濁酒林中靜　　　　蒼(そう)苔(たい) 濁酒(さくしゅ) 林中(りんちゅう) 静かに　

碧水春風野外昏　　　　碧(へき)水(すい) 春風(しゅんぷう) 野外(やがい) 昏(くら)し　

 

【語釈】

漫興…とりとめのないおもむき。懶慢…なまける、無精である。無堪…我慢できない。柴門…柴を編んでつくった粗末な門。掩…とじる。蒼苔…あおあおとしたこけ。濁酒…どぶろく。碧水…緑色の水。野外…郊外。昏…薄暗い。

 

（新釈漢文体系　詩人編　杜甫　上）

 

（関連詩句）

「蒼苔濁酒林中靜，丹橘黄柑此地無。」宋·孔平仲

「曲池芳徑非夙昔，蒼苔濁酒同天涯。」宋末元初·

「蒼苔濁酒同歌呼，白鬚紅頰醉相扶。」金末元初·元好問

「重崗如抱嶽如蹲，碧水春風野外昏。」明·張詡

「碧水春風俱涕淚，舉頭何日見長安。」明·沈鍊

★唐　杜甫　　      戲爲六絕句 其五 　　　   戯れに六絕句を為す  其の五

　

不薄今人愛古人　　　薄(かろ)んぜず 今人の古人を愛し

清詞麗句必爲鄰　　　清詞 麗句 必ず鄰(りん)と為すを

竊攀屈宋宜方駕　　　窃(ひそ)かに屈(くっ)宋(そう)を攀(よ)じて宜しく駕(が)を方(なら)ぶべきも

恐與齊梁作後塵　　　斉(せい)梁(りょう)と与(とも)に後塵と作らんことを恐る

 

【語釈】

清詞麗句…清らかな言葉や美しい詩句。爲鄰…近くにある。攀…なんとかその高みに達する。屈宋…屈原と宗玉。方駕…車を並べて走る。齊梁…斉や梁の詩人達。

 

（杜甫全詩訳注）

 

（参考詩句）

「大有閑堦白日長，清詞麗句祝春皇。」北宋·張詠

「領取精華一瓣香，清詞麗句配漁洋。」清·蔣士銓

「清詞麗句梅詩老，白髮蒼顏歐醉翁。」金末元初

「二十四橋明月夜，清詞麗句數司勲。」清·弘曆

 

★唐　杜甫　　      絶句　　　               絶句(ぜっく)　　

両箇黄鸝鳴翠柳　　　　両箇(りょうこ)の黄鸝(こうり) 翠(すい)柳(りゅう)に鳴き　

一行白鷺上青天　　　　一行(いっこう)の白鷺(はくろ) 青天に上(のぼ)る　

窓含西嶺千秋雪　　　　窓には含む 西嶺(せいれい) 千秋(せんしゅう)の雪　

門泊東呉萬里船　　　　門(かど)には泊(はく)す 東呉(とうご) 万里(ばんり)の船　

 

【語釈】

両箇…二つ、２羽。黄鸝…ちょうせんうぐいす。一行…一列翠。柳…緑色の柳。白鷺…しらさぎ。窓含…窓枠に景色がはめこまれているようなさま。西嶺　成都西方の山。千秋…千年、非常に長い間。千秋雪…万年雪。東呉…呉の東の地方、江蘇省。

（杜甫全詩訳注）

 

 

★唐　杜甫　　      解悶　　　               悶(もん)を解く　　

一辭故國十經秋　　　一(ひと)たび故国を辞して 十(と)たび秋を経(へ)たり　

毎見秋瓜憶故丘　　　秋(しゅう)瓜(か)を見る毎(ごと)に 故丘(こきゅう)を憶(おも)う　

今日南湖采薇蕨　　　今日(こんにち) 南湖(なんこ) 薇(び)蕨(けつ)を采(と)る

何人爲覓鄭瓜州　　　何人(なにびと)か為(ため)に覓(もと)む鄭(てい)瓜州(かしゅう)　

 

【語釈】

解悶 … 憂さ晴らし。故国 … ふるさと、ここでは長安を指す。秋瓜… 秋の瓜。故丘 … 故郷の丘。南湖 … 湖の名（所在不明）。薇蕨…ぜんまいとわらび。覓…求める。鄭瓜州 … 杜甫の旧友、鄭審のこと。

 

（唐詩選）

 

★唐　杜甫　　      江畔獨步尋花七絕句其五 　江(こう)畔(はん)に独步(どくほ)し花を尋ぬ七絕句

黃師塔前江水東　　　黃師(こうし)の塔前 江水の東

春光嬾困倚微風　　　春光に嬾困(るいこん)して 微風に倚(よ)る

桃花一簇開無主　　　桃花一簇(いちぞく) 開いて主無く

可愛深紅愛淺紅　　　深紅を愛す可きや 浅紅を愛すべきや

 

【語釈】

黃師塔…黄師塔とは黄姓の法師の墓。江水…錦江。懶困…けだるくなる。一簇　…ひとむらがり。

 

（杜甫全詩訳注）

 

 

（参考詩句）

「春光嬾困扶不起，吹殘玉笙也慵理。」南宋·楊萬里

「雲壓桃花月滿空，春光懶困倚㣲風。」清·黄之雋

「桃花一簇開無主，盡著風吹雨打休。」金末元初·元好問

「桃花一簇紅無主，春水三篙綠始波。」清·王丹林


 

 

 

★唐　杜甫　　　　  九日藍田崔氏莊　　　     九日(きゅうじつ) 藍田(らんでん)の崔(さい)氏(し)の莊(そう)にて　　

老去悲秋強自寬　　　　老い去りて 悲(ひ)秋(しゅう) 強(し)いて自(みずか)ら寬(ゆる)うす　

興來今日盡君歡　　　　興(きょう)来(きた)って　今日(こんにち) 君が歓(かん)を尽くす　

羞將短髮還吹帽　　　　羞(は)ずらくは 短髪(たんぱつ)を将(も)って 還(ま)た帽を吹かるるを　

笑倩旁人為正冠　　　　笑(わら)うらくは 旁人(ぼうじん)に倩(こ)いて 為に冠(かんむり)を正すを　

藍水遠從千澗落　　　　藍(らん)水(すい) 遠く 千澗(せんかん)より落ち　

玉山高並雨峰寒　　　　玉山(ぎょくざん) 高く並びて 雨(う)峰(ほう)寒し　

明年此會知誰健　　　　明年(みょうねん) 此の会 知んぬ誰(たれ)か健(けん)なる　

醉把茱萸仔細看　　　　醉いて茱萸(しゅゆ)を把(と)って 仔細(しさい)に看る　

 

【語釈】

九日…九月九日、重陽の節句。藍田…現在の陝西省藍田県。崔氏…不明。荘…別荘。老去…　年老いること。悲秋…悲しみをそそられる秋。寛…心の悩みをやわらげる。吹帽　帽子が風で吹き飛ばされること。倩…頼む。旁人…傍らのひと。藍水…藍田の東から流れる川。千澗…多くの谷と川。玉山…藍田にある山。雨峰…雨の降っている峰。

 

（唐詩選）（新釈漢文大系　杜甫　（上））

 

（関連詩句）

「俗間佳節自匆匆，老去悲秋又客中。」南宋·范成大

「老去悲秋偏作惡，病來對酒似無情。」明·王佐

「琪樹相鮮崑閬裏，玉山高並雲煙表。」南宋·丘崈

★唐　杜甫　　　　　題張氏隱居二首 其一　　  張氏の隱居に題す二首 其の一

 

春山無伴獨相求　　　春山 伴無く 独(ひと)り相求む

伐木丁丁山更幽　　　伐木丁々(ばつぼとうとう) 山 更に幽なり

澗道餘寒歷冰雪　　　澗(かん)道(どう)の余寒 冰雪を歷(へ)

石門斜日到林丘　　　石門の斜日 林丘に到る

不貪夜識金銀氣　　　貪(むさぼ)らずして 夜 識る 金銀の気

遠害朝看麋鹿遊　　　害より遠ざかりて 朝看る 麋(び)鹿(ろく)の遊ぶを　

乘興杳然迷出處　　　興に乗じて 杳然 出ずる処に迷い

對君疑是泛虛舟　　　君に対して 疑うらくは 是れ 虛舟に泛ぶかと

 

【語釈】

張氏 …不詳。丁丁 … 木を伐採する音、伐木丁丁は詩経により、友を求める意。澗道…谷間の道。餘寒…春になっても残っている寒さ。歴 … 通る。石門…石で作った堰堤。斜日 …夕日。林丘 … 木の茂る丘。不貪…無欲。金銀気…土中に埋蔵されている金銀から立ちのぼる気。害…世俗の名利の害。麋鹿 …鹿の類い。乗興 … 感興のわくままに。杳然 … 奥深く遠いこと、ここでは特にぼんやりした気持ちになる様子。出処 … ここでは帰路に迷うことと、出処進退に迷うこととをかけている。虚舟 … 人の乗っていない舟。

 

（唐詩選）（杜甫全詩訳注）

 

（参考詩句）

「春山無伴怨傷神，故作幽期一兩人。」南宋·韓淲

「雲樹有圖憑鷹寄，春山無伴聽鶯吟。」元末明初·凌雲

「春山無伴獨相尋，欲覓知音聽鼓琴。」明·鄧林

「碧落有情空悵望，春山無伴獨相求。」明·朱樸

「斯干秩秩兄弟好，伐木丁丁友朋樂。」南宋·魏了翁

「伐木丁丁秋滿山，詩筒忽到與開顏。」元·範梈

★唐　杜甫　　　　　曲江二首其一　           曲(きょく)江(こう)二首其の一　

一片花飛減卻春　　一片花飛んで 春を減卻(げんきゃく)す

風飄萬點正愁人　　風は万点(ばんてん)を飄(ひるが)えして 正(まさ)に人をして愁(うれ)えしむ

且看欲盡花經眼　　且(か)つ看る 尽(つ)きんと欲するところの花(はな)の 眼(め)に経(ふ)るを　

莫厭傷多酒入唇　　厭(いと)う莫(な)かれ 傷(す)ぐること多き 酒の唇に入るを

江上小堂巣翡翠　　江上の小堂　翡翠(ひすい) 巣くい

花邊高塚臥麒麟　　花(か)辺(へん)の高塚(こうちょう)　麒麟(きりん) 臥(ふ)す

細推物理須行樂　　細(こま)やかに物理を推(お)すに 須(すべから)く行楽(こうらく)すべし

何用浮名絆此身　　何ぞ用いん　浮名(うきな)の此の身を絆(ほだ)すを

 

【語釈】

減卻…へらす、衰えさせる。万点…多数の花びら。飄…ひるがえす、漂わせる。且…まあ。經眼…ちょっと目を通す。厭…嫌う、いやがる。翡翠…かわせみ。高塚…高い所にある塚。麒麟…想像上の動物、体は鹿、尾は牛、蹄は馬に似る。推物理…物事の道理を推察する。浮名…実際の値打ちに過ぎた評判。絆…つなぎとめる。

 

(新釈漢文大系　詩人編　杜甫　(上))

 

（関連詩句）

「一片花飛落酒中，十分便罰瑠璃鍾。」南宋·楊萬里

「一片花飛春未知，杜陵野客已深悲。」南宋·趙蕃

「正須好句留春住，可使風飄萬點紅。」北宋·陳師道

「荳蔻梢頭春事休，風飄萬點只供愁。」北宋·謝逸

★唐　杜甫　　　　　曲江二首其二　　　       曲(きょく)江(こう)二首其の二　　　杜甫

朝囘日日典春衣　　　　朝(ちょう)より回(かえ)りて 日々に 春衣を典し　

毎日江頭盡醉歸　　　　毎日 江頭(こうとう)に 酔(よい)を尽くして帰る　

酒債尋常行處有　　　　酒債(しゅさい)は 尋常(じんじょう) 行く処に有り　

人生七十古來稀　　　　人生七十 古来(こらい)稀(まれ)なり　

穿花蛺蝶深深見　　　　花を穿(うが)つ蛺(きょう)蝶(ちょう)は 深々(しんしん)として見え　

點水蜻蜓款款飛　　　　水に点(てん)する蜻蜓(せいてい)は 款々(かんかん)として飛ぶ　

傳語風光共流轉　　　　風光(ふうこう)に伝語(でんご)す 共に流転(るてん)して　

暫時相賞莫相違　　　　暫時(ざんじ) 相賞(あいしょう)し 相(あい)違(たが)うこと莫(なか)れと　

 

【語釈】

曲江…長安中心部より東南東数キロのところにある池の名、地名。朝回…朝廷からかえってくる。典…質に入れる。春衣…春の衣服。江頭…川の畔。酒債…酒代の借り。尋常…つねに。穿花…花の間を行き来する。蛺蝶…アゲハチョウ。深々…奥深くかすかなさま。點水…水につける。蜻蜓…とんぼ。款款…ゆるやかなさま。傳語…言葉を寄せる。風光…風景、天地自然の意。流轉…絶え間なく移り変わること。暫時…少しの間、しばし。相…お互いに。賞…めでたのしむ。莫……なかれ。違…たがう。

 

（注）「尋常」は「尋」…八尺、常…十六尺、とする数値の単位になり、「七十」と対になる。「借対」という。　

 

　（唐詩選）

 

（関連詩句）

「不勝杯酌寧辭醉，傳語風光共此嬉。」北宋·張耒

「文園曾病猶堪酒，傳語風光奈我何。」北宋末·周紫芝

★唐　杜甫　　　　  曲江對酒　　　           曲(きょく)江(こう)にて酒に対す

苑外江頭坐不歸　　　　苑外(えんがい) 江頭(こうとう)に 坐(ざ)して帰らず　

水精宮殿轉霏微　　　　水(すい)精(せい)の宮殿 転(うたた)霏微(びび)たり　

桃花細逐楊花落　　　　桃(とう)花(か)細(こま)かに 梨花(りか)を逐(お)いて落ち　

黃鳥時兼白鳥飛　　　　黄鳥(こうちょう)時に 白鳥と兼(とも)に飛ぶ　

縱飲久判人共棄　　　　飲(いん)を縦(ほしいまま)にし 久しく判(はん)して 人共に棄(す)て　

懶朝真與世相違　　　　朝(ちょう)するに懶(ものう)く 真に世と 相違(あいたが)う　

吏情更覺滄洲遠　　　　吏(り)情(じょう) 更に覚ゆ 滄(そう)洲(しゅう)の遠きを　

老大悲傷未拂衣　　　　老(ろう)大(だい)徒(いたずら)に傷(いた)む 未(いま)だ衣を払わざるを　

 

【語釈】

苑外 … 離宮の御苑の外、苑は芙蓉苑を指す。江頭 … 曲江のほとり。水精宮殿 … 水晶で造った美しい宮殿。転 … いよいよ。ますます。楊花 … 柳の綿毛、柳絮。霏微…水晶の宮殿がきらきらと光るさまをいう。黄鳥…朝鮮ウグイス。白鳥…しらさぎ。兼…～とともに。縦飲…ほしいままに酒を飲むこと。判…ここでは世間の付き合いを放棄するの意。人共棄…世の中の人がみな自分を見捨てる。懶朝…朝廷へ出仕するのを怠ること。吏情 … 官吏としての心情。滄洲…東海にあるという仙人の住む所。老大…年をとること。

徒傷…むなしく嘆きをかこつ。払衣…ここでは官職を辞すること。

 

（唐詩選）（（漢文大系９）

 

（参考詩句）

「老大悲傷節物催，酒腸枯涸壯心灰。」北宋·陳師道

「人間歲月莽悠悠，老大悲傷只涕流。」南宋·陸游

「少壯粗豪那可得，老大悲傷復何益。」元·胡寛

★唐　杜甫　　　　　野望　　　                野望(やぼう)

西山白雪三城戍　　　西山の白雪 三城の戍(まも)り

南浦清江萬里橋　　　南浦(なんぽ)清(せい)江(こう)の 万(ばん)里(り)橋(きょう)

海内風塵諸弟隔　　　海内の風塵(ふうじん)に 諸弟(しょてい)隔(へだ)たり

天涯涕涙一身遙　　　天涯(てんがい) 涕(てい)涙(るい) 一身(いっしん)遙(はる)かなり

惟將遲暮供多病　　　惟(た)だ遅(ち)暮(ぼ)を将(も)って 多病(たびょう)に供(きょう)し　

未有涓埃答聖朝　　　未(いま)だ涓(けん)埃(じん)の 聖(せい)朝(ちょう)に答うる有らず

跨馬出郊時極目　　　馬に跨(また)がり郊(こう)を出(いで)で 時に目を極めれば

不堪人事日蕭條　　　堪(た)えず人事の 日々に蕭條(しょうじょう)たるに

 

【語釈】

野望…野の眺め。西山 … 成都の西北にある雪嶺を指す。三城戍 … チベット族の侵入に備えるための、松城・維城・保城の三つの城塞。南浦 …南に向かった水辺、成都の南、錦江の支流である浣花渓の岸辺をさしていう、この岸辺に杜甫の草堂があった。清江…清い川。萬里橋…錦江にかけられた橋。海内…天下、国中。風塵…兵乱。諸弟 … 弟たち。天涯…天のはて、天涯孤独。涕涙…涙。涓埃…しずくと埃。遅暮 … なすこともなく、だんだん年をとること。涓埃 … ひとしずくの水と一つのほこり、ほんのわずかなもののたとえ。聖朝…時の朝廷を尊んでいうことば。郊…都市の郊外。蕭條…物静かなさま、物寂しいさま。郊 … 郊外。極目 … 目の届くかぎり遠く見わたす。人事 … 人の世のいとなみ。蕭条 … ものさびしいさま。

(唐詩選)

（参考詩句）

「天涯霜露羈離久，海內風塵歸思賒」。南宋·黄公度

「海內風塵驚不定，天邊消息到何時。」南宋·嚴羽

「只今海內風塵昏，移家來就漁樵倫。」元·唐奎

「海内風塵皆羿莽，眼中魚水是湯伊。」明·羅倫

 「不堪人事來如織，况復年華去若飛。」宋·吳芾

「朝陽纔回金屋在，轉盼不堪人事改。南宋·岳珂

「不堪人事長乖處，聞說扁舟復西去。」南宋·袁說友

「朝陽纔回金屋在，轉盼不堪人事改。南宋·岳珂

「天地自來虛橐籥，不堪人事日悠悠。」明末清初·釋函昰

★唐　杜甫　　　　  乾元中寓居同谷県作歌其五　

乾元(かんげん)中同谷県(どうやけん)に寓(ぐう)居(きょ)し作る歌　其の五

 

四山多風溪水急　　　四山(しざん)風多くして 渓(けい)水(すい)急なり　

寒雨颯颯枯樹濕　　　寒(かん)雨(う)　颯々(さつさつ)として 枯樹(こじゅ)湿(うるお)う　

黃蒿古城雲不開　　　黄蒿(こうこう)の古城 雲開けず　

白狐跳樑黃狐立　　　白(びゃっ)狐(こ)は跳梁(ちょうりょう)し 黄狐(こうこ)は立つ　

我生何爲在窮谷　　　我が生 何(なん)為(す)れぞ 窮(きゅう)谷(こく)に在る　

中夜起坐萬感集　　　中夜(ちゅうや)起坐(きざ)して 万感(ばんかん)集まる　

嗚呼五歌兮歌正長　　鳴呼(ああ) 五歌(こか)す 歌(うた)正(まさ)に長し　

魂招不來歸故鄉　　　魂(たましい)招けども来(き)たらず 故郷に帰らん　

 

【語釈】

四山…四方の山。四山は自分の立ち位置を考慮すると五になる五行思想の数値の考えである。颯颯…風がさっと吹くさま。蒿…よもぎ。古城…成(同谷)県城。跳梁　はねくりまわる。窮谷…ゆきつまった谷、同谷の地をいう。起坐…起き上がって座る。五歌…第五の歌。魂招…魂を招くこと、楚辞の「招魂」による、

 

（新釈漢文大系　詩人編　杜甫　（上））

 

（参考詩句）

「寒雨颯颯枯樹濕，坐卧只多少行立。」宋末元初·文天祥

「我生何為困奔走，况乃北度烏桓城。」元·李裕

「鳥則有木魚有淵，我生何為獨偪側。」明·王立道

「中夜起坐增百憂，雲漢蒼蒼星歷歷。」元·吴師道

「蘭鐙熒熒明槁梧，中夜起坐思江湖。」明·黃佐

「魂招不来守之泣，恨結玄雲貫寒日。」元·鄭元祐

★唐　杜甫　　　 　 小寒食舟中作　　　    小寒食(しょうかんしょく) 舟中の作　

佳辰強飯食猶寒　　　佳辰(かしん)に強(きょう)飯(はん)すれば 食猶お寒し

隱几蕭條帶鶡冠　　　几に隱(よ)り 蕭條(しょうじょう)として 鶡(かつ)冠(かん)を帶(お)ぶ

春水船如天上坐　　　春水に船は 天上に坐するが如く　

老年花似霧中看　　　老年に花は 霧中(むちゅう)に看るに似たり

娟娟戲蝶過閑幔　　　娟々(けんけん)たる戲蝶は 閑幔(かんまん)を過ぎ

片片輕鷗下急湍　　　片々(へんぺん)たる軽鷗は 急湍を下る

雲白山清萬餘里　　　雲白く 山清きこと 萬余里(よろずより)

愁看直北是長安　　　愁い看る 直北は 是(こ)れ長安

 

 

【語釈】

小寒食…寒食節（冬至から数えて百五日目と前後日の三日間を寒食と言い、その最期の日）。強飯…無理をして食事をすること。几…脇息。隱…もたれかかる。蕭條…ものさびしいさま。鶡冠…やまどりの羽で作った冠。娟娟…きらびやかな。閑幔…カーテン…片片…ひらひら。急湍…急流

 

（漢詩大系　９）

 

（参考詩句）

「隱隱游絲飛日影，娟娟戲蝶舞春酣。」北宋·韋驤

「雙雙新燕飛春岸，片片輕鷗落晚沙。南宋·陸遊

「片片輕鷗淥水涯，隔溪楊栁是誰家。」明·靳學顔

★唐　杜甫　　　　　夜 　　　　           夜　

露下天高秋水清　　　　　露下(くだ)り 天高くして 秋水(しゅうすい)清し

空山獨夜旅魂驚　　　　　空山 独夜 旅(りょ)魂(こん)驚く

疎燈自照孤帆宿　　　　　疎(そ)灯(とう) 自ら照して 孤(こ)帆(はん)宿(しゅく)し

新月猶懸雙杵鳴　　　　　新月 猶お懸(かか)りて 双杵(そうしょ)鳴る

南菊再逢人臥病　　　　　南菊 再び逢いて 人 病に臥(ふ)し

北書不至雁無情　　　　　北書 至らず　雁 無情

歩簷倚杖看牛斗　　　　　歩簷(ほえん) 杖に倚(よ)りて 牛斗を看れば

銀漢遙應接鳳城　　　　　銀漢(ぎんかん) 遙かに応(まさ)に鳳(ほう)城(じょう)に接するなるべし

 

【語釈】

秋水…澄み切った秋の水。空山…人気の無い山。獨夜…独り山宿に泊まる。旅魂…旅中の心、旅情。双杵…二人で向かい合って衣を打つ砧の音。歩簷…屋外の歩廊。牛斗…牽牛星と北斗星。銀漢…銀河。鳳城…長安。

 

（杜甫全詩訳注）

 

（関連詩句）

「歸來醉罷霓裳杳，露下天高夜巳闌。」明·曹義

「露下天高星漢秋，長江十里稱閒遊。」明·林㙱

「循良漢傳誰能似，露下天高一鶴飛。」明·黃廷用

「長因遠道逢人寄，憶得空山獨夜眠。」明·張寧

「匹馬荒林象跡深，空山獨夜龍吟急。」清·宋銑

「短髮獨搔猿送淚，疎燈自照角添愁。」明·吳鵬

「霜月漸臨寒漏永，疏燈自照遠鍾微。」清·顧慈

「掩卷秋懷倍洒然，步檐倚杖望高天。」明末清初·阮大鋮

★唐　杜甫　　　　　閣夜　　　            閣(かく)夜(や)

歳暮陰陽催短景　　　歳暮(せいぼ) 陰陽(おんよう) 短景(たんけい)を催(うなが)し　

天涯霜雪霽寒宵　　　天涯(てんがい)の霜雪(そうせつ) 寒(かん)宵(しょう)に霽(は)る　

五更鼓角聲悲壯　　　五(ご)更(こう)の鼓(こ)角(かく) 声 悲壯(ひそう)に　

三峽星河影動搖　　　三峽(さんきょう)の星(せい)河(が) 影 動搖(どうよう)す　

野哭千家聞戰伐　　　野哭(やこく)　千家(せんか) 戰伐(せんばつ)を聞き　

夷歌幾處起漁樵　　　夷歌(いか)　幾処(いくところ)か 漁(ぎょ)樵(しょう)より起こる　

臥龍躍馬終黄土　　　臥(が)龍(りょう) 躍(やく)馬(ば) 終(つい)に黄土(こうど)　

人事音書漫寂寥　　　人事(じんじ)　音書(いんしょ) 漫(そぞろ)に寂寥(せきりょう)　

 

【語釈】

閣夜…夔州の西閣での夜。歳暮…年の暮れ。陰陽…天地間の万物を造り出す二気。天地、日月暖寒、男女のように相対する二つの気。催…うながす。短景…（冬の）短い昼間。短い日ざし。「景」…ひかり。ひざし。けしき。「景」…かげ。…「影」。この語の包含する領域が日中でややずれるか。天涯…空の涯。故郷を遠く離れた土地。ここでは作者自身の今いる州のことをいう。霜雪…霜と雪、心の潔白できびしい喩え。霽…はれる。寒宵…寒い夜。五更…午前４時前後。夜の終わり。鼓角…（軍中で時を知らせるのに用いる）太鼓と角笛。悲壯…悲しい中にも勇ましさのあること。星河…天の川。影…（星の）光。（星）影。動搖…（星の光が）揺れ動く）揺れ動く。不吉の兆し。野哭…野原に出て、墓の前で死者を哭すること。・千家…多くの家庭。幾家…何軒か。戰伐…戦い。夷歌…えびすの歌。異民族の歌。幾處…何か所かで。數處…数カ所で。是處…方々で。漁樵…漁師や樵（きこり）。臥龍…諸葛亮孔明を指す。躍馬…公孫述を指す。終…ついに。結局。人事…人間社会の事件。漫…とりとめもなく、そぞろに。寂寥…寂（さび）しく静かなさま。ひっそりしているさま。

 

（漢詩大系　９）（唐詩選）

 

★唐　杜甫　　　　　蜀相　　　　          蜀相(しょくしょう)

丞相祠堂何處尋　　　　丞相(じょうしょう)の祠堂(しどう) 何(いつ)れの処にか尋ねん　

錦官城外柏森森　　　　錦官(きんかん)城外(じょうがい) 柏(はく)森々(しんしん)　

映階碧草自春色　　　　階(かい)に映ずる碧(へき)草(そう) 自(おのず)から春色(しゅんしょく)　

隔葉黄鸝空好音　　　　葉を隔つる黄鸝(こうり) 空しく好音(こういん)　

三顧頻煩天下計　　　　三顧頻煩(さんこひんぱん)なり 天下の計　

兩朝開濟老臣心　　　　両朝(りょうちょう)開(かい)斉(さい)す 老臣の心　

出師未捷身先死　　　　師(し)を出(いだ)して未だ捷(か)たざるに 身先ず死し　

長使英雄涙滿襟　　　　長(とこし)えに英雄をして 涙 襟(きん)に満たしむ　

 

【語釈】

蜀相…三国時代の蜀の丞相の諸葛亮をいう。丞相…天子を輔けて政治を行う最高の官。祠堂…霊を祀ったところ。錦官城…成都のこと。柏…コノテガシワ。森森…樹木が盛んに繁っているさま。碧草…春の青い草。自…自然と。　・春色…春の気配。隔葉…葉の繁みの向こう側で。黄鸝…チョウセンウグイス。三顧…蜀の劉備が軍師を求めて諸葛孔明に三顧の礼をとった故事をいう。天下計…天下を手中に収める計略。兩朝…先主・劉備と後主・劉禪の二朝。開濟…基礎を始め、立派に成功する。出師…出兵。捷…勝つ。英雄…国事に奔走する人物。襟…衣服のえり。

 

（漢詩大系　９）

 

 

★唐　杜甫　　　　　客至　　　　          客(きゃく)至(いた)る

舍南舍北皆春水　　　　舍(しゃ)南(なん)舍(しゃ)北(ほく) 皆 春(しゅん)水(すい)

但見群鴎日日來　　　　但(た)だ見る 群(ぐん)鴎(おう)の 日々に来(きた)るを

花徑不曾縁客掃　　　　花径(かけい) 曾(かつ)て 客(かく)に縁(よ)って掃(はら)わず

篷門今始為君開　　　　篷門(ほうもん) 始めて　君が為に開く

盤飧市遠無兼味　　　　盤飧(ばんそん) 市(いち)遠くして　兼味(けんみ)無く

樽酒家貧只舊醅　　　　樽(そん)酒(しゅ) 家(いえ)貧(まず)しくして 只(た)だ 旧醅(きゅうばい)あるのみ

肯與鄰翁相對飲　　　　肯(あ)えて鄰(りん)翁(おう)と　相対(あいたい)して飲まん

隔籬呼取盡餘杯　　　　籬(まがき)を隔(へだ)てて呼び取(と)りて　余杯(よはい)を尽くさしめん

 

 

【語釈】

客至…客が来る。但見…ただ…だけが見える。群鷗…群をすかもめ。花径…花の散っている小道。掃…はく。客…俗世間の人物。蓬門…貧し家の蓬で屋根を葺いた門。君…作者の母方の親戚である崔明府（白水県尉・崔のこと、「明府」…県令の尊称。）

 

（漢詩大系　９）

 

（関連詩句）

「二月三月雨晴初，舍南舍北唯平蕪。」唐末·韓偓

「舍南舍北皆種桃，東風一吹數尺高。」北宋·王安石

「偶得風和身亦健，舍南舍北探梅花。」南宋·陸游

 

 

 

 

 

 

★唐　杜甫　　　　　江村　　　            江村(こうそん)　

清江一曲抱村流　　　　清(せい)江(こう) 一曲(いっきょく) 村を抱いて流れ

長夏江村事事幽　　　　長夏(ちょうか) 江村(こうそん) 事々(じじ)幽(ゆう)なり

自去自來梁上燕　　　　自(おのずか)ら去り自(おのず)ら来(きた)る梁上(りょうじょう)の燕(つばめ)

相親相近水中鴎　　　　相(あ)い親しみ相(あ)い近づく水中(すいちゅう)の鴎(かもめ)

老妻畫紙為棋局　　　　老妻は紙に画いて　棋局(ききょく)と為(つく)り

稚子敲針作釣鉤　　　　稚子(ちし)は針を敲いて釣(ちょう)鉤(こう)を作(つく)る

多病所須唯藥物　　　　多病 須(ま)つ所は唯(た)だ薬物(やくぶつ)

微躯此外更何求　　　　微(び)躯(く) 此の外に 更に何をか求めん

 

【語釈】

江村…川の畔にある村。淸江…清らかな川の流れ。一曲…川などのひとまがり。ひとすみ。一部分。・長夏…旧暦六月。幽…奥深いさま。 ・自去自來…自然と行ったり来たりする。梁…はり。棊局…碁盤。須…もとめる。微躯…取るに足らない我が身。

 

（漢詩大系　９）

 

（関連詩句）

「扇子峽中有隱士，清江一曲照柴荆。」南宋·陸游

「清江一曲繞柴門，樂志軒中隠趣繁。」明·楊士奇

「長夏江村風日清，簷牙燕雀已生成。」北宋·張耒

「長夏江村亂水通，蓮花荔子醉薰風。」明·鄧雲霄

「一潭明月萬株柳，自去自來人不知。」唐·許渾

「自去自來江上燕，年年還向屋梁飛。」明·李孫宸

★唐　杜甫　　　　　宿府　　　            府(ふ)に宿(しゅく)す　

清秋幕府井梧寒　　　清(せい)秋(しゅう) 幕府(ばくふ) 井(せい)梧(ご)寒し、

獨宿江城蠟炬殘　　　独宿(どくしゅく)すれば 江(こう)城(じょう) 蠟炬(ろうこ)残る。

永夜角聲悲自語　　　永(えい)夜(や)の角声(かくせい) 悲しみて自(おのず)ら語る

中天月色好誰看　　　中天(ちゅうてん)の 月(げつ)色(しょく) 好(よ)し誰(たれ)か看(み)ん。

風塵荏苒音書絕　　　風塵(ふうじん) 荏苒(じんぜん) 音(いん)書(しょ)絶(た)え

關塞蕭條行路難　　　関(かん)塞(そく) 蕭條(しょうじょう) 「行路難(こうろなん)」。

已忍伶俜十年事　　己に忍ぶ伶俜(れいへい) 十年の事、

強移棲息一枝安　　強(し)いて移りて棲息(せいそく)す　一枝(いっし)の安きに。

 

【語釈】

府…剣南西川節度使の厳武の幕府。清秋…すがすがしい秋。井梧…いどばたのあおぎり。独宿…一人で宿直すること。江城…錦官城（成都）。蠟炬…漆黒の中の大ろうそくをいう。井梧…いどばたのあおぎり。永夜…長い夜。角聲…角笛の音。悲自話…悲しみつつ独り言する。中天…空の真ん中。好誰看…好は感授詞「まあ」に近い。風塵…兵乱（安禄山の乱）。荏再…しだいに時のたつさま。音書…便り。關塞…関所と寨。蕭條…物静かで寂しいさま。

行路難…楽府題、道を行くのに難儀すること、転じて、世渡りの困難なことを詠う。伶俜…おちぶれるさま。十年…天宝十四歳安禄山が反してより今年まで十年である。強移…むりにひきうつる。棲息…とどまり憩う、自己を鳥にたとえる。一枝安…節度の参謀である微官を以て一枝の安息所となすことをいう。

 

（杜甫全詩訳注）

（参考詩句）

「高樓中天月色凈，玉山禾熟秋雲映。」北宋·蔡襄

「髙堂秋空夜氣昏，中天月色爛若銀。」元末明初·胡布

「中天月色雨餘好，大海潮聲風送來。」晚清·丘逢甲

★唐　杜甫　　　　　嚴中丞枉駕見過　　    嚴中丞(げんちゅうじょう) 駕を枉(ま)げて過(よ)ぎらる

元戎小隊出郊坰　　　元戎(げんじゅう) 小隊 郊坰(こうけい)に出ず

問柳尋花到野亭　　　柳を問い花を尋ねて 野亭に到る

川合東西使節瞻　　　川は 東西を合(がっ)したる 使節を瞻(み)

地分南北任流萍　　　地は 南北を分かちて 流萍(りゅうひょう)に任(まか)す

扁舟不獨如張翰　　　扁舟 独り 張翰(ちょうかん)の如くあるのみならず

白帽還應似管寧　　　白帽 還(ま)た 応に管(かん)寧(ねい)に似たり

寂寞江天雲霧裏　　　寂寞(せきばく)たる江天 雲霧の裏(うち)

何人道有少微星　　　何人か道(い)わん 少微星有りと

 

【語釈】

嚴中丞…御史中丞の厳武。駕…乗り物。枉…ことさらに。元戎…大きな軍用車。郊坰…成都の郊外。野亭…杜甫の草堂。川合東西使節瞻…厳武が東川と西川の両節度使を兼ねたことをいう。瞻…仰ぎ見る。地分南北任流萍…杜甫が、長安から蜀の地に流浪してきたことをいう。流萍…流れる水草。扁舟不獨如張翰…西晉の張翰は、故郷の呉で、舟の中で琴を奏でる賀循と意気投合し、家人に告げぬまま賀循の舟に乗り合わせて入洛した。杜甫自らの当てのない流浪に喩える。白帽還應似管寧…魏の管寧は、出仕に応ぜず、海辺の僻地で、黒い帽子、袖無しに袴という質素な身なりで慎ましくくらしていた。寂寞…ひっそりとして物寂しい。江天…錦江の空。少微星…隠者のシンボルと見做された星座。

 

（杜甫全詩訳注）

 

（関連詩句）

「眠雲嘯月有餘樂，問柳尋花無限春。」宋·李綱

「問柳尋花懶不知，登山臨水病難爲。」宋·呂本中

「吟詩作賦晴窗裏，問柳尋花野水邊。」南宋·周必大

「美人娟娟隔秋水，寂寞江天雲霧裏。」南宋·楊冠卿

★唐　杜甫　　　　　登楼　　　　          登楼(とうろう)　

花近高樓傷客心　　　　花は高楼(こうろう)に近くして客(かく)心(しん)を傷(いた)ましむ　

萬方多難此登臨　　　　万方(ばんぽう)多難(たなん) 此(ここ)にす　

錦江春色來天地　　　　錦江(きんこう)の春色(しゅんしょく) 天地に来(きた)り　

玉壘浮雲變古今　　　　玉(ぎょく)塁(るい)の浮雲(ふうん) 古今(ここん)に変ず　

北極朝廷終不改　　　　北極の朝廷 終(つい)に改(あらた)まらず　

西山寇盜莫相侵　　　　西山(せいざん)の寇盗(こうとう) 相侵(あいおか)すこと莫(な)かれ　

可憐後主還祠廟　　　　憐(あわ)れむべし 後(こう)主(しゅ) 還(ま)廟(びょう)に祠(まつ)らる　

日暮聊爲梁甫吟　　　　日暮(にちぼ) 聊(いささ)か為(な)す 梁甫吟(りょうほぎん)　

 

【語釈】

客心…旅心。万方…あらゆる方面。どこもかしこも。登臨…高い所に登ってながめる。錦江…成都を流れる川、蜀で生産された錦をさらした。春色…春景色。玉塁…成都の西北の山、吐蕃との国境。北極朝廷…北極星のように不動のわが朝廷。西山…成都の西北の雪嶺。寇盗…泥棒。可憐…なんとまあ。後主…蜀の劉禅（劉備の子）。日暮…夕暮れ。梁甫吟…孔明が愛唱したという歌、斉の名宰相の晏子について歌ったもの。

 

（唐詩選）

（関連詩句）

「春光滿目草萋萋，花近高樓柳近堤。」清末·夏子麟

「花近高樓恰未知，朝來忽見最繁枝。」清末至民國·陳曾壽

「萬方多難孤尊對，千里辭家一劍留。」明·尹臺

「丹楓繫纜一回首，玉壘浮雲安在哉。」南宋·范成大

「玉壘浮雲千萬重，不如先生歸興濃。」明·文徵明

 

 

★唐　杜甫　　　　　冬至　　　　          冬至(とうじ)　

年年至日長為客　　　　年々(ねんねん) 至(し)日(じつ) 長(つね)に客(かく)と為り　

忽忽窮愁泥殺人　　　　忽々(こつこつ)たる窮(きゅう)愁(しゅう) 人を泥殺(でいさつ)す　

江上形容吾獨老　　　 江上(こうじょう)の形容(けいよう) 吾(わ)れ独(ひと)り老い　

天邊風俗自相親　　　　天涯(てんがい)の風俗(ふうぞく) 自(みずか)ら相(あい)親(した)しむ　

杖藜雪後臨丹壑　　　　藜(あかざ)を杖(つ)いて雪後(せつご) 丹壑(たんがく)に臨(のぞ)み　

鳴玉朝來散紫宸　　　　玉(ぎょく)を鳴らして朝来(ちょうらい) 紫宸(ししん)を散ず　

心摺此時無一吋　　　　心 摺(やぶ)れて此の時 一寸(いっすん)無く　

路迷何處見三秦　　　　路に迷う 何(いず)れの処か是(こ)れ三(さん)秦(しん)　

 

【語釈】

至日…冬至の日・忽忽…心がうつろなさま。泥殺…ひどくまつわりついて離れない。窮愁…甚だしい愁い。泥殺…甚だしく悩み苦しませる。形容…外観、模様。天涯…天のはて。風俗…気風、風習。・藜…あかざ。丹壑…赤い谷。朝來…朝早く。紫宸…天子の御殿。散…別れる、ばらばらになる。摺…やぶる、こわす。一吋…小さいこと。三秦…陝西省一帯。ここは都長安を指す。

 

（杜甫全詩訳注）

 

（関連詩句）

「年年至日壽北堂，親不在堂衣在眼。」金·趙秉文

「忽忽窮愁休悵恨，東風已到玉梅前。」南宋·項安世

「年華添線又浮灰，忽忽窮愁不易裁。」南宋·項安世

「筆端風味誰能及，江上形容莫自傷。」南宋·項安世

「山中耆舊詩誰健，江上形容夢獨懸。」明·顧璘

 

★唐　杜甫　　　　　恨別 　　　　         別れを恨む

 

洛城一別四千里　　　洛城 一たび別れて 四千里

胡騎長驅五六年　　　胡騎(こき) 長駆(ちょうく)すること 五六年

草木變衰行劒外　　　草木 変衰して 剣外(けんがい)に行き

兵戈阻絕老江邊　　　兵戈 阻絕(そぜつ)して江辺に老ゆ

思家步月清宵立　　　家を思いて 月に步み 清(せい)宵(しょう)に立ち

憶弟看雲白日眠　　　弟を憶いて 雲を看(み) 白日に眠る

聞道河陽近乘勝　　　聞道(きくなら)く 河(か)陽(よう) 近ごろ勝に乗ずと

司徒急爲破幽燕　　　司徒 急に 為に 幽(ゆう)燕(えん)を破れ

 

【語釈】

洛城…洛陽の街。胡騎…異民族の騎兵、安禄山軍。長驅…長い距離を駆け巡る。劒外…剣門山の外の地、蜀。兵戈…戦争。阻絕…隔てて阻む。江邊…錦江、浣花溪のほとり。清宵…ひっそりと静まった宵。聞道…～と聞いている。河陽…河南省孟州市。司徒…宰相のこと。幽燕…幽州と燕州、安禄山の本拠地である北京一帯の地。

 

（新釈漢文大系　詩人編　杜甫　（上））

 

（参考詩句）

「五斗棲遲洛水邊，思家步月轉淒然。」明·梁維棟

「草木變衰人易老，江湖牢落雁難前。」元·趙孟頫

「山川感慨今古事，草木變衰天地秋。」元末明初·鄧雅

「草木變衰時又晩，山川搖落水還流。」明·朱樸

 

★唐　杜甫　　　　  聞官軍收河南河北　    官軍の河南(かなん)河北(かほく)を收(おさ)むるを聞く　　

劍外忽傳收薊北　　　剣外(けんがい) 忽(たちま)ち伝う 薊(けい)北(ほく)を收(おさ)むと　

初聞涕涙滿衣裳　　　初めて聞いて 涕(てい)涙(るい) 衣裳(いしょう)に満(み)つ　

卻看妻子愁何在　　　妻子を卻(かえり)看(み)みて 愁(うれ)い何(いず)くにか在る　

漫捲詩書喜欲狂　　　漫(まん)に詩書を巻(ま)いて 喜びて狂(きょう)せんと欲す　

白首放歌須縱酒　　　白首(はくしゅ) 放歌(ほうか)して須(すべから)く酒を縱(ほしいまま)にすべし　

青春作伴好還郷　　　青春 伴(はん)を作(な)して 好し郷(きょう)に還(かえ)らん　

即從巴峽穿巫峽　　　即ち巴峽(はきょう)より 巫峽(ふきょう)を穿(うが)ち　

便下襄陽向洛陽　　　便(すなわ)ち襄(じょう)陽(よう)に下りて 洛陽(らくよう)に向かわん　

 

【語釈】

河南…河南府。河北…河北道。剣外…長安を基本に考えて剣門の外、蜀のことをいう。薊北…薊州の北、今の河北薊天府地方、賊の根拠地。涕淚…（感激の）なみだ。卻看…顧みる，振り返る。漫…いいかげんに。詩書…「詩経」と「書経」。捲…巻き納める。白首…しらがあたま。青春…春の節作伴　青春はをいう、作伴…妻子一家つれだって。郷…故郷（洛陽）。巴峡…　四川巴県にある峡の名。巫峡…四川巫山県にある三峡の名。嚢陽…湖北省に位置する地級市。

 

（漢詩大系　９）

 

（関連詩句）

「青門掛冠春欲暮，白首放歌江上歸。」明·邊貢

「白首放歌聊快意，黃花對酒可無詩。」清·黃宅厚

 

 

★唐　杜甫　　　　　狂夫 　　　　         狂夫　

 

萬里橋西一草堂　　　万里(ばんり)橋(きょう)西(せい) 一草堂

百花潭水即滄浪　　　百花潭水(ひゃっかたんすい) 即ち滄浪(そうろう)

風含翠篠娟娟靜　　　風は翠(すい)篠(じょう)を含みて 娟々(けんけん)として静かに

雨裛紅蕖冉冉香　　　雨は紅蕖(こうきょ)を裛(うるお)して 冉々(ぜんぜん)として香し

厚祿故人書斷絕　　　厚禄の故人は 書 断絶し

恒飢稚子色淒涼　　　恒飢(こうが)の稚子は 色 淒(せい)涼(りょう)

欲填溝壑唯疎放　　　溝壑(こうがく)に填(てん)せんと欲すれども 唯だ疎放(そほう)

自笑狂夫老更狂　　　自(みずか)ら笑う 狂夫老いて 更に狂なるを

 

【語釈】

狂夫…世間に入れられぬ、気違いじみた行動をする人。萬里橋…錦江に架かる橋。百花潭…浣花谿のこと。滄浪…「漁夫の辞」参照。翠篠…緑の篠竹。娟娟…美しく清らかなさま。紅蕖…紅の蓮の花。冉冉…しなやかなさま。厚祿故人…大官となって高禄をもらっている旧友。淒涼…痛ましい。填溝壑…溝や崖にはまってのたれ死にすること。疎放…世に疎く、勝手気ままなこと。

 

（漢詩大系　９）

 

（関連詩句）

「雨裛紅蕖冉冉香，玉樽錦席高雲凉。」宋·孔平仲

「煙綿碧草萋萋長，雨裛紅蕖冉冉香。」清·黄之雋

★唐　杜甫　　      佳江上值水如海勢聊短述

　　　　　　　　　　江上 水の海勢の如きに值(あ)い聊(いささ)か短(たん)述(じゅつ)す

 

爲人性僻耽佳句　　　人と為り 性は癖(へき)にして 佳句(けいく)に耽(ふけ)り

語不驚人死不休　　　語 人を驚かさずんば 死すとも休(や)まず

老去詩篇渾漫興　　　老去(ろうきょ)の詩篇 渾(す)べて漫(まん)興(きょう)

春來花鳥莫深愁　　　春来たりて花鳥　深く愁うる莫かれ

新添水檻供垂釣　　　新たに水(すい)檻(かん)を添えて釣(ちょう)を垂るるに供し

故著浮槎替入舟　　　故(もと)より浮槎(ふさ)を著(つ)けて舟に入るに替(か)う

焉得思如陶謝手　　　焉(いずく)にか思い陶謝(とうしゃ)の如き手を得て

渠述作與同遊　　　　渠(かれ)をして述作せ令(し)めて与(とも)に同じく遊ばん

 

【語釈】

僻…へんくつ。佳句…良い句、詩。老去…老い去ったとき。漫興…なんとなく感興をもよおすこと、なおざり。水檻…川に面した出窓。浮槎…いかだ。陶謝…陶淵明と謝霊運又は謝朓。渠…第三人称。

 

 

（関連詩句）

「老去詩篇多感慨，古來書卷幾興衰。」南宋·林希逸

「老去詩篇興若何，一春城郭少經過。」明·邵寶

「老去詩篇興未休，吏情終日問滄洲。」明·何景明

「醉裏江湖真有味，春來花鳥正關愁。」明·文徴明

「春來花鳥閒情在，老去山林樂事多。」明·文徴明

「春來花鳥宜晴日，湖上風烟有夢思。」明·劉鳯

★唐　杜甫　　 　　 詠懐古蹟五首其一　　　詠懐古蹟(えいかいこせき)五首　其の一

支離東北風塵際　　　　支離(しり)たり 東北 風塵(ふうじん)の際(さい)

漂泊西南天地間　　　　漂泊(ひょうはく)す 西南 天地の間(かん)

三峽樓臺淹日月　　　　三峡(さんきょう)の楼台 日月(にちげつ) 淹(ひさ)しく

五渓衣服共雲山　　　　五渓(ごけい)の衣服 雲山(うんざん)を共にす

羯胡事主終無頼　　　　羯(かっ)胡(こ) 主に事(つか)えて 終(つい)に無頼(ぶらい)なり

詞客哀時且未還　　　　詞客(しかく) 時を哀(かな)しみて 且(か)つ未(いま)だ還(かえ)らず

庾信平生最蕭瑟　　　　庾(ゆ)信(しん)は平生(へいぜい) 最も蕭瑟(しょうしつ)

暮年詩賦動江關　　　　暮(ぼ)年(ねん)の詩賦(しふ)は 江関(こうかん)を動かせり

 

【語釈】

詠懐古跡…古跡において自分の懐を詠ずる。支離…別れ別れになる、この場合兄弟と。東北…東北にある地方、河南・陝西・甘粛州。風塵…兵乱。漂泊…ただよいあるく。西南…蜀にから夔州に到る地方。三峡…長江本流にある三つの峡谷の総称。瞿塘峡、巫峡、西陵峡。樓臺…瞿唐峽の楼台、夔州の西閣。日月…時間。淹…久しく留まる。五渓…辰州五渓（雄渓、樠渓、無渓、酉渓、辰渓）。五渓衣服…五渓蛮で五色の衣服を好むもの。共雲山…雲のいる山を共々にしておる、蛮俗と雜処することをいう。羯胡…胡人、安禄山をいう。主…玄宗。主…は天子、玄宗を。（実際は肅宗と対立した）。事…使える。○無頼…信頼できない。詞客…文学の士，杜甫自身。哀時…時世の事についてかなしむ。且…しばらく。庚信…梁の庚肩書の子で、徐桶の子の陵とともに文章が綺艶で、世に徐庚体とよばれる。梁の元帝が位に即くや右衛将軍に拝し、武康県侯に封ぜられた。西魂に使者として行っていたときたまたま西魂が滅んだため、遂に北周に仕えて長安に留どまった。官は司宗中大夫に至った。信は北周に在って位望通顕であったとはいえ常に郷関の思いがあり、嘗て「哀江南賦」を作った「將軍一去，大樹飄零；壯士不還，寒風蕭瑟。」杜甫は、自分を庚信にならぞえている。蕭瑟…意中のさびしいことをいう。暮年…晩年をいう。○詩賦…庾信がつくった詩または蹴。江関…とは江南・関中の二地。

（漢詩大系　　９）

 

 

 

★唐　杜甫　　　　  詠懐古蹟五首其二　　  詠懐古蹟(えいかいこせき)五首　其の二　 　　　　　　　　　　　　　　　　

揺落探知宋玉悲　　　　揺落(ようらく) 探く知る 宋(そう)玉(ぎょく)の悲しみ　

風流儒雅亦吾師　　　　風流(ふうりゅう) 儒(じゅ)雅(が) 亦(ま)た吾(わ)が師なり　

悵望千秋一灑涙　　　　千秋(せんしゅう)を悵(ちょう)望(ぼう)して 一(ひと)たび涙を灑(そそ)ぐは　

蕭条異代不同時　　　　蕭(しょう)条(じょう) 代(だい)を異(こと)にして 時を同じくせざればなり　

江山故宅空文藻　　　　江山(こうざん)の故宅(こたく)　 空(むな)しく文藻(ぶんそう)あり　

雲雨荒台豈夢思　　　　雲(うん)雨(う)の荒(こう)台(だい) 豈(あ)に夢思(むし)ならんや　

最是楚宮倶泯滅　　　　最も是(こ)れ 楚(そ)宮(きゅう)と倶(とも)に泯滅(びんめつ)して　

舟人指点到今疑　　　　舟人(しゅうじん) 指点(してん)して 今に到って疑う　

 

【語釈】

揺落…木の葉が風に揺られて落ちる。宋玉…中国，戦国時代末の文学者。楚の大夫で，屈原の門下であったといわれるが確かではない。彼の作とされる『九弁』は不遇の士をいたむ憂愁と，俗世間への不平反発をその内容とする。特に旅人の別れの心情を凋落する秋景に託した冒頭の句は有名で，「宋玉悲秋」という言葉まで生み，後世の文学に大きな影響を与えた。詩　九弁「悲哉秋之為氣也，蕭瑟兮草木搖落而變衰。」。儒雅…学者らしい高い教養。千秋…長い年月。悵望…恨めしい気持ちで遠くを眺める。蕭条…物寂しい静かなさま。代…時代。江山…川と山。故宅…宋玉が昔住んでいた家。空文藻…故宅は無くなっているが文章だけが残っている。雲雨荒…楚王と巫山の神女が夢に雲雨のちぎりをなしたという伝説の陽台が荒れてしまっていること。夢思…夢に思うこと。楚宮…楚の宮殿、巫山市にあったとされる。泯滅…滅びること。指点…指さす。

 

（漢詩大系　９）

 

（関連詩句）

「揺落深知羇旅情，飄零況是雲山隔。」清·朱彞尊

「悲歌慷慨悲壯士，風流儒雅追先賢。」明·楊慎

「妙簡蓬瀛適可親，風流儒雅更無論。明·趙完璧

「古來豪俊多在此，悵望千秋一回首。」宋·孔平仲

「亦知彼地張陳跡，悵望千秋灑淚中。」明·王世貞

「江山故宅一丹丘，手澤蕭森古木秋。」明末清初·屈大均

「江山故宅鴻泥在，風月扁舟鶴夢囘。」清·趙翼

「瀟湘極浦知何處，雲雨荒臺空惘然。」明·解縉

 

 

「

★唐　杜甫　　　　　詠懐古跡五首其の五　  詠(えい)懐(かい)古跡(こせき)五首　其の五　

 

諸葛大名垂宇宙　　　　諸葛(しょかつ)の大名(たいめい) 宇宙に垂(た)る　

宗臣遺像肅清高　　　　宗(そう)臣(しん)の遺(い)像(ぞう) 肅(しゅく)として清(せい)　

三分割拠紆籌策　　　　三分(さんぶん)割拠(かっきょ) 籌(ちゅう)策(さく)を紆(めぐ)らし　

万古雲霄一羽毛　　　　万古(ばんこ)雲霄(うんしょう) 一(いち)羽毛(うもう)　

伯仲之間見伊呂　　　　伯仲(はくちゅう)の間(かん)に 伊(い)呂(りょ)を見る　

指揮若定失蕭曹　　　　指揮 若(も)し定まれば　蕭曹(しょうそう)を失せん　

運移漢祚終難復　　　　運移りて漢祚(かんそ) 終(つい)に復(ふく)し難(がた)く　

志決身殲軍務労　　　　志(こころざし)は決するも身は殲(つ)きぬ 軍務の労に　

 

【語釈】

諸葛…蜀の丞相諸葛亮孔明。宗臣…重臣（ここでは諸葛亮）。肅…おごそかなさま。清高…清らかで気品があるさま。三分割拠…魏、呉、蜀が天下三分したこと。万古…永遠。雲霄…　大空。一羽毛…孔明の偉大さを鳥（鳳凰）に例えた。伯仲之間…「伯」は長男、「仲」は次男で、両者の優劣をつけるのが難しいこと。伊呂…「伊」は湯王を補佐して殷王朝を起こした伊尹、「呂」は武王を補佐して周王朝を起こした太公望呂尚。蕭曹…「蕭」は蕭何(漢の高祖劉邦を補佐した最初の相国）、「曹」は曹参（蕭何に継ぐ2代目の相国）。漢祚…漢王朝。

 

（唐詩三百首）

 

 

（関連詩句）

「萬古雲霄一鳳鸞，歸來蓬島月光團。」宋·胡銓

「堂堂遺像瞻依處，萬古雲霄一鳳麟。」明·何士麟

「萬古雲霄高著眼，千峯林木獨成眠。」明末清初·釋函昰

「萬古雲霄成斷羽，一天星月燦餘暉。」晚清·范當世

★唐　杜甫　　　　  秋興其一　　　　      秋(しゅう)興(きょう)其の一

玉露凋傷楓樹林　　　　玉露(ぎょくろ) 凋傷(ちょうしょう)す 楓樹(ふうじゅ)の林　

巫山巫峡気蕭森　　　　巫山(ふざん)巫峡(ふきょう) 気 蕭(しょう)森(しん)　

江間波浪兼天沸　　　　江間(こうかん)の波浪 天を兼ねて沸(わ)き　

塞上風雲接地陰　　　　塞上(さいじょう)の風雲(ふううん) 地に接して陰(くも)る　

叢菊両開他日涙　　　　叢(そう)菊(きく) 両(ふたた)び開く 他日の涙　

孤舟一繋故園心　　　　孤(こ)舟(しゅう)　一(ひとえ)に繋(つな)ぐ 故園の心　

寒衣處處催刀尺　　　　寒(かん)衣(い) 處々 刀(とう)尺(せき)を催(うなが)し　

白帝城高急暮砧　　　　白帝城 高くして 暮(ぼ)砧(ちん) 急なり　

 

【語釈】

玉露…玉のような露。凋傷…しぼませ傷ませること。楓樹…楓。巫山…夔州（四川省奉節県）の東にある山。巫峡…三渓の一つで、巫山のそばの渓谷。蕭森…静かで物寂しいこと。　江間…長江の流れ。兼天…天に届くばかりに。塞上…砦の付近。陰…暗くする。叢菊…野菊。他日…過去の日。孤舟…一艘の舟。一繋…つないだままである。故園…ふるさと。寒衣…冬服。刀尺…裁縫のこと。白帝城　夔州の白帝城の上にある城。蜀の劉備玄徳が亡くなった場所。暮砧…夕暮れに打つ砧。

 

(唐詩選)

 

（参考詩句）

「玉露凋傷赤岸楓，寒江月落鴈呼風。」元末明初·劉崧

「誰知玉露凋傷後，更向疏籬作意香。」明·唐伯元

「江間波浪三千頃，都與囘公入酒巵。」明·陳獻章

「天末長雲逐鴈來，江間波浪起孤臺。」明·嚴嵩

★唐　杜甫　　　    秋興其三　　　        秋(しゅう)興(きょう)其の三　

 

千家山郭靜朝暉　　千家 山(さん)郭(かく) 朝暉(ちょうき)静かに

一日江樓坐翠微　　一日 江楼 翠微(すいび)に坐す

信宿漁人還泛泛　　信(しん)宿(しゅく)の漁人 還た泛々(はんはん)たり

清秋燕子故飛飛　　清秋の燕子(えんし) 故(ことさら)に飛々(ひひ)たり

匡衡抗疏功名薄　　匡衡(きょうこう) 疏(そ)を抗(あ)げて 功名薄く

劉向傳經心事違　　劉(りゅう)向(こう) 経(みち)を伝えんとして 心事(しんじ)違う

同學少年多不賤　　同学の少年 多く賤しからず

五陵衣馬自輕肥　　五陵の衣馬 自づから軽肥

 

【語釈】

山郭…山の中の城郭。朝暉…朝日。江楼…河に面した楼閣。翠微…薄緑色のもや。信宿…二晩宿泊すること。泛泛…浮かび漂うさま。飛飛…飛び跳ねる様。匡衡…前漢の大儒、家貧しく壁に孔を明けて書を読んだ。疏…上奏文。抗…上に上げる。劉向…前漢の学者、政治家、しばしば上奏分で皇帝をいさめたが受け入れられなかった。径…物の道理。五陵…長安の擬革で富裕層の居住する地。衣馬自輕肥…軽衣を着て肥えた馬に乗ること、豪奢な様。

 

（漢詩大系　９）

 

〔参考詩句〕

「千家山郭潮聲裏，幾曲營門栁影中。」明·王恭

「千家山郭憑闌見，萬疊雲煙拍座浮。」清·蔣士銓

「遥憐别夜登臨怨，不減清秋燕子樓。」宋·趙鼎

「 二難莫厭貧居寂，猶有清秋燕子飛」。清末民國初

★唐　杜甫　　　    秋興其七 　　　       秋(しゅう)興(きょう) 其の七　　

昆明池水漢時功　　　昆(こん)明(めい)の池水 漢時の功

武帝旌旗在眼中　　　武帝の旌旗(せいき) 眼中に在り　

織女機絲虛月夜　　　織女の機(き)糸(し)は 月夜に虛(むな)しく

石鯨鱗甲動秋風　　　石(せき)鯨(げい)の鱗(りん)甲(こう)は 秋風に動く

波漂菰米沈雲黑　　　波は菰(こ)米(べい)を漂わし 沈雲 黒く

露冷蓮房墜粉紅　　　露は蓮房(れんぼう)に冷やかにして 墜(つい)粉(ふん) 紅なり

關塞極天唯鳥道　　　関(かん)塞(さい) 極天(きょくてん) 唯だ鳥道

江湖滿地一漁翁　　　江湖 満地 一漁翁

 

【語釈】

昆明池…長安西郊の池、漢の武帝がこの池を掘って、軍船を戦わせた。旌旗…旗指物。機絲…手にする機いと。石鯨…昆明池にあった鯨の石像。鱗甲…鱗と甲羅。菰米…まこもの実、黒い色をしている。沈雲…池に映った雲。蓮房…蓮の花の房。關塞…虁州の地。滿地…いたるところ。

 

（漢詩大系　９）

 

（関連詩句）

「媧皇煉石天無璺，織女機絲月共秋。」元·何中

「織女機絲虚夜月，芙蓉小苑入邊愁。」明·朱樸

「風清桂苑黃金樹，露冷蓮房白玉池。」明·曹學程

「我欲訪君安得往，江湖滿地一漁竿。」北宋末·周紫芝

「昔誦離騷夜扣舷，江湖滿地水浮天。」南宋·朱熹

「江湖滿地人來少，蘆葦連天雁去多。」明·張洪

 

 

★唐　杜甫　　　　  秋興其八　　　        秋(しゅう)興(きょう)其の八

昆吾御宿自逶迤　　　　昆(こん)吾(ご)御宿(おんしゅく) 自(おのず)ら逶迤(いい)たり　

紫閣峰陰入渼陂　　　　紫閣(しかく)の峰(ほう)陰(いん) 渼陂(びは)に入る　

香稲啄余鸚鵡粒　　　　香(こう)稲(とう) 啄(ついば)み余(あま)す 鸚鵡(おうむ)の粒　

碧梧棲老鳳凰枝　　　　碧梧(へきご) 棲(す)み老ゆ 鳳凰(ほうおう)の枝　

佳人拾翠春相問　　　　佳人(かじん)と翠(すい)を拾いて 春に相い問い、

仙侶同舟晩更移　　　　仙侶(せんりょ)と舟を同じくして 晩に更に移る。

綵筆昔曾干気象　　　　綵(さい)筆(しつ)は昔曾て 気象を干(おか)せしに　

白頭吟望苦低垂　　　　白頭(はくとう)  吟望(ぎんぼう)して 低垂(ていすい)に苦しむ　

 

【語釈】

昆吾…長安の西方にある山の名前。御宿…長安の西方にある川の名前。逶迤…曲がりくねっているさま。紫閣…終南山の紫閣峰。峰陰…峰の陰。逶迤…渼陂…陜西省鄂県の西にある池の名。香稲…稲の一種。鸚鵡…おうむ。碧梧…あおぎり。鳳凰…おおとり。佳人…良き人、妻。翠…翠羽玉（碧色の宝石）（《洛神賦》「或は明珠を採り、或は翠羽を拾う」）。仙侶…仙人のような友人、李郭仙舟の故事。綵筆…絵筆。干…凌ぐ。吟望…詩を吟じつつ眺めやる。低垂…首を低く垂れる。

 

（漢詩大系　９）

 

★唐　杜甫　　　　　返照　　　　          返照(へんしょう)

楚王宮北正黄昏　　　　　楚(そ)王(おう)宮(きゅう)北(ほく)　正(まさ)に黄昏(こうこん)

白帝城西過雨昏　　　　　白(はく)帝(てい)城西(じょうせい) 過(か)雨(う)の昏(たそがれ)

返照入江翻石壁　　　　　返照(へんしょう) 江(こう)に入りて 石壁(せきへき)に翻(ひるがえ)り

帰雲擁樹失山邨　　　　　帰(き)雲(うん) 樹(じゅ)を擁(よう)して 山邨(さんとん)を失す

垂年病肺惟高枕　　　　　垂(すい)年(ねん) 肺を病んで 惟(た)だ枕を高くし

絶塞愁時早閉門　　　　　絶(ぜつ)塞(さい) 時を愁(うれ)いて 早く門を閉づ

不可久留豺虎乱　　　　　久しく豺(さい)虎(こ)の乱に 留まるべからず

南方実有未招魂　　　　　南方(なんぽう)　実(じつ)に 未だ招かざるの魂有り

 

【語釈】

返照…夕映え。楚王宮…夔州の東、巫山に有った楚王の離宮の跡。過雨…通り雨。帰雲…山に帰り行く雲。山邨…山里。垂年…年老いて死期の近いこと。絶塞…遠く離れた城塞。豺虎乱…山犬と虎の乱、安史の乱。

『楚辞、九章、抽思』　黄昏以爲期。

『楚辞、招隠士』　山中兮不可以久留。

『楚辞、宋玉、招魂』　魂兮歸來、南方不可以止些。

 

（漢詩大系　９）

 

〔関連詩句〕

「返照入江無遠近，波光一望思悠悠。」明末清初·歐必元

「未覺輕陰愁日暮，每看返照入江翻。」現當代·饒宗頤

「翻得杜陵巫峽語，歸雲擁樹失前村。」元·陸廣

★唐　杜甫　　　　　登高　　　　　        登(とう)高(こう)

 

風急天高猿嘯哀　　　　風急に 天高くして 猿(えん)嘯(しょう)哀(かな)し

渚清沙白鳥飛廻　　　　渚清く 沙(すな)白くして 鳥飛び廻(めぐ)る

無邊落木蕭蕭下　　　　無辺(むへん)の落(らく)木(ぼく)　蕭々(しょうしょう)として下(くだ)り

不盡長江滾滾來　　　　不尽(ふじん)の長江(ちょうこう)　滾々(こんこん)として来(きた)る

萬里悲秋常作客　　　　万里(ばんり)悲(ひ)秋(しゅう) 常に客(かく)となり

百年多病獨登臺　　　　百年(ひゃくねん)多病(たびょう) 独(ひと)り台に登る

艱難苦恨繁霜鬢　　　　艱難(かんなん) 苦(はなは)だ恨む 繁(はん)霜(そう)の鬢(びん)

潦倒新停濁酒杯　　　　潦倒(ろうとう)　新たに停(とど)む 濁酒(だくしゅ)の杯

 

【語釈】

登高…九月九日の重陽の日の風習で、高い山に登り、菊酒を飲んで厄災を払う習わし。猿嘯…猿の鳴き声。哀…かなしげである。無辺…ひろびろとして果てしない様。簫簫…物寂しい様子や音声の形容。不盡…尽きることがない。滾滾…水が盛んに流れるさま。萬里悲秋…見わたす限りのもの悲しい秋景色。客…流寓者。艱難…苦しく困難な目にあうこと。難儀。つらい目にあうこと。なやみ。苦労をすること。繁霜鬢…白髪頭。潦倒…老衰のさま。濁酒…どぶろく。

 

（漢詩大系　９）

 

〔関連詩句〕

「霜飛木落蟬聲咽，風急天高雁影斜。」明·王天性

「大荒海外更東荒，風急天高碧浪長。」清末民國初

「渚淸沙白水如空，人在秋光活畫中。」元末明初·李穡

「渚淸沙白有蘆荻，岩奇木老多煙嵐。」明·李崇仁

★唐　杜甫　　　　  白帝城最高樓　　　    白帝城の最高楼　　

 

城尖徑仄旌斾愁　　　城尖(と)がり径仄(かたむ)きて旌斾(はいせい)愁う

獨立縹緲之飛樓　　　独り縹緲(ひょうびょう)たる飛楼に立つ

峽坼雲霾龍虎臥　　　峽(きょう) 坼(さ)け 雲 霾(つちふ)りて龍虎臥(ふ)し

江清日抱黿鼉遊　　　江 清く日 抱きて黿鼉(げんだ)遊ぶ　

扶桑西枝對斷石　　　扶桑(ふそう)の西枝 断石に対し

弱水東影隨長流　　　弱水の東影 長流に随う

杖藜歎世者誰子　　　藜(あかざ)を杖(つ)きて 世を嘆くは 誰の子ぞ

泣血迸空回白頭　　　泣血 空に迸(ほとばし)しらして 白頭を回(めぐ)らす　

 

【語釈】

旌斾…旗。縹緲…はるかに広いさま。飛樓…城が高くその形成が飛んでいるようなことの形容。霾…大風が土を捲き上げて曇らすこと。龍虎臥…山峡が突兀としてわだかまる形容。黿鼉…大海亀と鰐。黿鼉遊…江流が激しく沸き立つ形容。扶桑…東海の東にあるという木。斷石…禹 が切断したという三峡の渓谷。弱水…西方の仙境の川。迸空…最高峰だから流す涙が空にほとばしる。

 

（漢詩大系　９）

 

 

★唐　杜甫　　　    哀江頭　　　　        江頭(こうとう)に哀(かな)しむ　　　

少陵野老呑聲哭　　　　少陵(しょうりょう)の野老(やろう) 声を呑(の)んで哭(こく)し

春日潛行曲江曲　　　　春日(しゅんじつ)潛(せん)行(こう)す 曲(きょく)江(こう)の曲(くま)　

江頭宮殿鎖千門　　　　江頭(こうとう)の宮殿 千門(せんもん)を鎖(とざ)す　

細柳新蒲為誰綠　　　　細(さい)柳(りゅう)新蒲(しんぽ) 誰が為にか綠(みどり)なる　

憶昔霓旌下南苑　　　　憶(おく)う昔 霓旌(げいしょう) 南苑(なんえん)に下(くだ)り　

苑中萬物生顏色　　　　苑中(えんちゅう) 万物(ばんぶつ) 顏(がん)色(しょく)を生(しょう)ぜしを　

昭陽殿裡第一人　　　　昭陽殿裡(しょうようでんり) 第一の人　

同輦隨君侍君側　　　　輦(れん)を同じくし君に隨(したが)って君側(くんそく)に侍(じ)す　

輦前才人帶弓箭　　　　輦(れん)前(ぜん)の才人 弓箭(きゅうせん)を帶(お)び　

白馬嚼齧黄金勒　　　  白馬嚼齧(はくばりゅうげつ)す 黄金の勒(くつわ)　

翻身向天仰射雲　　　  身を翻(ひるがえ)し天に向って 仰いで雲を射れば　

一笑正墜雙飛翼　　　  一笑(いっしょう) 正(まさ)に墜(おと)す 双飛翼　

明眸皓齒今何在　　　  明眸(めいぼう)皓齒(こうし) 今何(いず)くにか在る　

血汚遊魂歸不得　　　  血汚れて遊(ゆう)魂(こん) 帰り得ず　

清渭東流劍閣深　　　  清渭(せいい) 東流し 剣(けん)閣(かく)深し　

去住彼此無消息　　　  去(きょ)住(じゅう) 彼此(ひし) 消息(しょうそく)無し　

人生有情涙沾臆　　　　人生(じんせい)有情(うじょう) 涙 臆(むね)を沾(うるお)す　

江水江花豈終極　　　　江(こう)水(そん)江花(こうか) 豈(あ)に終(つい)に極(きわま)らんや　

黄昏胡騎塵滿城　　　　黄昏(こうこん) 胡騎(こき) 塵(ちり) 城(しろ)に満つ　

欲往城南望城北　　　　城南(じょうなん)に往(ゆ)かんと欲して　城北(じょうほく)を望む　

 

【語釈】

江頭…曲江の畔。少陵…杜甫の住んでいたところの名。野老…田舎の老人。少陵野老…杜甫の号。呑聲…悲しみのあまり、声が出ない。春日…現実ののどかな春を。潛行…こっそりと行く。曲江…長安中心部より東南東数キロのところにある池の名。曲…くま。池の湾曲した部分をいう。江頭…曲江の畔。宮殿…紫雲楼を謂う。鎖…閉ざす。千門…全ての門。多くの門。細柳…若葉が出たばかりで、枝が細く見えるヤナギ。新蒲…初々しい緑色をしたガマ。憶昔…開元の治、天寶の平安な時代を思い起こす。霓旌…虹色の旗。鳥の羽を五色に染め、それを綴って虹を象（かたど）って作った五色旗。天子の儀式や行列に掲げる。下…行幸する。南苑…曲江の南にあった庭園。芙蓉苑のこと。苑中…御苑の。萬物…あらゆるもの。生顏色…生き生きとし出す。元気を出す。昭陽殿…漢の成帝の建てた宮殿で、皇后の趙飛燕とその妹が住んでいた。ここでは、玄宗の宮殿で、楊貴妃が住んでいた宮殿を指す。第一人…ここでは､楊貴妃を指す。同輦…天子の輦に同乗する。非常な寵愛を賜っている女性をいう。輦…天子の乗り物で手で引く車。君側…君は楊貴妃で、楊貴妃のそば。輦前…天子の乗り物の前に（供奉している）。才人…女官の位。帶…携える。弓箭…弓と矢。弓矢。嚼齧…歯でかむ。勒…くつわ。翻身…身を翻（ひるがえ）す。正…ちょうど。雙飛翼…つがいになって翼を並べて飛ぶ鳥。明眸…めいぼう、美しく澄んだ瞳。皓齒…白い歯。美人の表現。遊魂…さすらっている魂。清渭…清らかに澄んだ渭水。劍閣…剣門関。去住…去る者と留まる者、死別をいう。彼此　あちらとこちら。お互いに。蜀の玄宗と、馬嵬の楊貴妃の魂。消息…音信、たより。消長。消えることと生じること。ここでは心のやり取りという意味である。有情…感情の働きがある。霑…うるおす。臆…思い。考え。江草　川辺に生えている草。[h1] 江花…川辺の花。豈…どうして…なのだろうか。終極…尽きはてる。最後に極まる。物事の最後になる。究極となる。黄昏…夕方の薄暗い時。夕闇の迫るさま。薄暮の薄暗さをいう。たそがれ時。夕暮れ。胡騎…安禄山の軍勢。安禄山は突厥、ソグドの混血児で、その軍勢も、ソグド、突厥、奚、契丹…と、多くの西北異民族が関わっている。塵…戦塵。城…長安の街。城南…長安城の南側、少陵の近くになる。城北…粛宗がいた長安城の北方にある霊武。

 

（新釈漢文大系　詩人編　杜甫　（上））

 

 

★唐　杜甫    　　　悲青　　　　　        青(せい)阪(はん)を悲しむ　　杜甫　

 

我軍青阪在東門　　我軍(わがぐん) 青(せい)阪(はん) 東門(とうもん)に在り

天寒飲馬太白窟　　天寒く馬に飲(みずか)う 太白(たいはく)の窟(いわや)

黄頭奚兒日向西　　黄頭(こうとう)の奚兒(けいじ) 日に西に向かい

數騎彎弓敢馳突　　数騎 弓を彎(ひ)いて 敢(あえ)て馳突(ちとつ)す　

山雪河冰野蕭瑟　　山(さん)雪(せつ) 河冰(かひょう) 野は蕭瑟(しょうひつ)

青是烽煙白人骨　　青は是(こ)れ 烽(ほう)煙(えん) 白は人骨

焉得附書與我軍　　焉(いずく)んぞ得ん 書を附して我が軍に与(あた)え

忍待明年莫倉卒　　忍(しの)んで明年(みょうねん)を待て 倉卒(そうそつ)なる莫(な)かれと

 

【語釈】

青坂…咸陽の東門外にある地。東門…咸陽城の東の門。飲馬…馬に水をのませること。太白窟…太白山の窟。黄頭奚児…頭を黄色い布で包んだ奚（異民族）と児（漢民族）の兵士（安禄山軍）。向西…洛陽から長安に咸陽に向かって。馳突…突撃する。蕭瑟…風が吹いて物寂しい様。烽煙…のろし火。焉得…なんとかして～したいものだ。倉卒…あわてること。

 

（新釈漢文大系　詩人編　杜甫　（上）

 

★唐　杜甫　　　    送鄭十八虔貶台州司戶傷其臨老陷賊之故闕爲面別情見於詩

　　　鄭(てい)十八(じゅうはち)虔(けん)の台州司戶(たいしゅうしこ)に貶(へん)せらるを送る、其の老に臨み賊に陷いるの故を傷み、面別を為すを闕(か)く、情は詩に見(あら)わる

 

鄭公樗散鬢成絲　　　鄭(てい)公(こう) 樗散(ちょさん) にして 鬢(びん) 糸を成し

酒後常稱老畫師　　　酒後 常に称す 老画師と

萬里傷心嚴譴日　　　万里 心を傷ましむ 厳講(げんけん)の日

百年垂死中興時　　　百年 死に垂(なんなん)とす 中興の時

蒼惶已就長途往　　　蒼惶として 已に就く 長途の往

邂逅無端出餞遲　　　邂逅(かいこう)端無(たんな)く 出銭遅し

便與先生應永訣　　　便(たと)い 先生と応(まさ)に永訣(えいけつ)すなるべきも

九重泉路盡交期　　　九重の泉路 交期を尽くす

 

【語釈】

鄭十八虔…鄭虔、十八は排行。貶…罪により官をおとされる。台州司戸…台州は今の浙江省台州府、司戸は司戸参軍。臨老陥賊…老年になって賊軍の中へおちこみその偽官を受けた事。故…事のわけをいう。面別…直接対面して別れをする。樗散…老朽無用の地にあることをいう。成糸…白髪のほつれたさまをいう。老画師…鄭虔は詩書画を善くし玄宗に三絶とはめられたほどの人。万里…　浙江の台州までは遠く数千里、千里を超えたものは万里である。傷心…杜甫自身が心をいためること。嚴譴日…厳しい御叱りを受けた時。百年…人の一生涯をいう。垂死…鄭虔が年を取り、その上罪となったため、生きる意欲がなく死にちかづきつつあること。中興時…粛宗が叛乱軍を逐いはらい、帝都をとりもどされた時節。蒼惶…あわただしいさま。長途往…長い旅程へとでかける。邂逅…出会うこと。無端…無由とおなじ。出餞遅…みおくるには時間がおそすぎたこと。便…仮定の助辞、たとえ～であったとしても。先生…鄭虔をさす。応永訣…応の字は推量の辞、永訣は死にわかれをいう。九重泉路…幾層もの泉下、冥途をいう。交期…交情の約束をする場所であることをいう。

（杜甫全詩訳注）

★唐　杜甫　　　    乾元中寓居同谷県作歌其五　

乾元(かんげん)中同谷県(どうやけん)に寓(ぐう)居(きょ)し作る歌　　其の五

 

四山多風溪水急　　　四山(しざん)風多くして 渓(けい)水(すい)急なり　

寒雨颯颯枯樹濕　　　寒(かん)雨(う)　颯々(さつさつ)として 枯樹(こじゅ)湿(うるお)う　

黃蒿古城雲不開　　　黄蒿(こうこう)の古城 雲開けず　

白狐跳樑黃狐立　　　白(びゃっ)狐(こ)は跳梁(ちょうりょう)し 黄狐(こうこ)は立つ　

我生何爲在窮谷　　　我が生 何(なん)為(す)れぞ 窮(きゅう)谷(こく)に在る　

中夜起坐萬感集　　　中夜(ちゅうや)起坐(きざ)して 万感(ばんかん)集まる　

嗚呼五歌兮歌正長  　鳴呼(ああ) 五歌(こか)す 歌(うた)正(まさ)に長し　

魂招不來歸故鄉　　　魂(たましい)招けども来(き)たらず 故郷に帰らん　

 

【語釈】

四山…四方の山。四山は自分の立ち位置を考慮すると五になる五行思想の数値の考えである。颯颯…風がさっと吹くさま。蒿…よもぎ。古城…成(同谷)県城。跳梁　はねくりまわる。窮谷…ゆきつまった谷、同谷の地をいう。起坐…起き上がって座る。五歌…第五の歌。

魂招…魂を招くこと、楚辞の「招魂」による。

 

（新釈漢文大系　詩人編　　（上））

 

 

★唐　杜甫　　　　  秦州雜詩其二十 　　　 秦州雜(しんしゅざっ)詩(し) 其の二十

 

唐堯真自聖　　　唐堯(とうおう)真に自(おのずか)ら聖なり

野老復何知　　　野老復た何か知らん

曬藥能無婦　　　薬を曬(さら)すに能(よ)く婦無からんや

應門幸有兒　　　門に応ずるに幸に兒(じ)有り

藏書聞禹穴　　　書を蔵しては禹(う)穴(けつ)を聞き

讀記憶仇池　　　記を読みては仇(きゅう)池(ち)を憶う　　

爲報鴛行舊　　　爲に報ず鴛(えん)行(こう)の旧に

鷦鷯在一枝　　　鷦鷯(しょうりょう)は一枝に在りと

 

【語釈】

唐堯…三皇五帝の堯のこと、現粛宗を比喩している。夜郎…自分のこと、杜甫の号。何知…堯の意向など知るべくもない。曬藥…薬草を日に干す。應門…門で来客に応対する。禹穴…浙江省紹興市の会稽山にある洞窟。禹が皇帝になった後、ここで病死してしまったため、会稽山の麓に埋葬した、書が埋蔵さているという。仇池…甘粛省成県にある山の名、古来より神仙の住む聖地の一つとして名高い。鴛行旧…朝廷に居る旧友をいう、鴛行は鴛鷺の行、朝廷に入る時の様子で文官の行列のことをいう。鷦鷯…小さい鳥のこと、わずかの欲望しか持たないことの喩につかわれる。一枝　『荘子、逍遥遊篇』

 

（新釈漢文大系　詩人編　杜甫　（上））

 

★唐　杜甫　　      絶句二首其一　　　    絶句二首　其の一　　

 

遅日江山麗　　　　遅(ち)日(じつ) 江山(こうざん)麗(うるわ)わしく　

春風花草香　　　　春風(しゅんぷう) 花(か)草香(そうかんば)し　

泥融飛燕子　　　　泥融けて 燕(えん)子(し)飛び　

沙暖睡鴛鴦　　　　沙(すな)暖(あたた)かくして 鴛鴦睡(えんおうねむ)る　

 

【語釈】

遅日 … 春の日、春は日が長く、なかなか日が暮れないのでこのようにいう。江山 … 川と山。江…杜甫草堂のすぐ近くを流れる浣花渓（錦江の支流）。花草 … 花と草。泥融 … 凍りついていた泥が春の日差しで融ける。燕子 … つばめ。沙… 川辺の砂。鴛鴦 … オシドリ。「鴛」は雄、「鴦」雌。

 

（漢詩大系　９）

　

 

★唐　杜甫　　　絶句二首其二　　　絶句二首　其の二　

 

江碧鳥逾白　　　　江(こう)碧(みどり)にして 鳥逾(いよいよ)白く　

山靑花欲然　　　　山青くして 花然(も)えんと欲す　

今春看又過　　　　今春(こんしゅん)　看(みすみす)又過(す)ぐ　

何日是歸年　　　　何(いずれ)れの日か　是(こ)れ帰(き)年(ねん)ならん　　

 

【語釈】

碧…みどりいろ、エメラルドグリーン。逾…いよいよ。然…もえる。…燃。紅い花が恰も焔をあげて燃え出すかのように、強烈に咲いているさま。看…みるみるうちに。歸年…郷里に帰る年。

（唐詩選)

 

★唐　杜甫　　　    絕句　　　　　　      絕句 　　　

 

江邊踏青罷　　　江辺 青(せい)を踏むを罷(や)め

迴首見旌旗　　　首(こおべ)を迴らして 旌旗を見る

風起春城暮　　　風起りて 春(しゅん)城(じょう)暮れ

高樓鼓角悲　　　高楼 鼓角悲し

 

 

【語釈】

踏青…春、野外に若草を踏んで散歩するのが習わしで有った。旌旗…軍隊の旗指物。鼓角…騒乱を知らせる太鼓と角笛。

 

（杜甫全詩訳注　二　）

 

★唐　杜甫　　　　  望嶽 　　　           岳を望む　　　　

 

岱宗夫如何　　　岱(たい)宗(そう) 夫(そ)れ如何(いかん)

齊魯青未了　　　斉魯(せいろ) 青(せい)未だ了(つ)きず

造化鍾神秀　　　造化(ぞうか) 神(しん)秀(しゅう)を鍾(あつ)め

陰陽割昏曉　　　陰陽 昏曉(こんぎょう)を割(さ)く

盪胸生層雲　　　胸を盪(うご)かして 層雲(そううん)生じ

決眥入歸鳥　　　眥を決して 帰鳥入る

會當凌絕頂　　　会(かなら)ず 当(まさ)に絶頂を凌(しの)ぎ

一覽衆山小　　　衆山の小なるを一覽すべし

 

【語釈】

岱宗…泰山。夫…いったい。如何…どのようであるか。齊魯…山東省東北部から西部。青…ここでは､青々とした山の緑のこと。未了…いまだ尽きることがない。まだ終わらない。造化…万物を造り出して育てるもの、造物主。鍾…あつめる。神秀…不思議に気高くひいでる。陰陽…山の北側と南側のこと｡切り分ける。昏曉…夕方と明け方。盪…突く、動かす。曾雲…幾重にも重なった雲。決眥…目を大きく見ひらく。歸鳥…ねぐらに帰る鳥。會當…きっと～しよう。

凌…しのぐ。絶頂…山の頂上。衆山…もろもろの山。

 

（新釈漢文大系　　詩人編　　）

 

 

★唐　杜甫　　　　　春日憶李白　　　      春日李白を憶う

 

白也詩無敵　　　白や 詩に敵無し

飄然思不羣　　　飄然(ひょうぜん)として 思いは群ならず

清新庾開府　　　清新なるは 庾(ゆ)開府(かいふ)

俊逸鮑參軍　　　俊逸なるは 鮑參軍(ほうさんぐん)

渭北春天樹　　　渭北 春天の樹

江東日暮雲　　　江東 日暮の雲

何時一尊酒      何れの時か 一(いっ)尊(そん)の酒もて

重與細論文　　　重ねて与(とも)に 細やかに文を論ぜん

 

【語釈】

飄然…俗事にこだわらないさま。思不羣…詩の着想が非凡。清新…新しい趣。庾開府…庾信のこと。南北朝時代の文学者、開府は、地方長官の総督・巡撫などのこと。俊逸…才気がほとばしるような闊達さ。鮑参軍…鮑照のこと。南朝の宋の文学者、参軍は刺史の属官で、事務長にあたる。渭北…杜甫のいる長安一帯。江東…長江の下流、安徽省東南部・江浙省一帯、李白のいるところ。

 

（新釈漢文大系　詩人編　杜甫　（上））

 

 

★唐　杜甫　　　　　冬日有懷李白          冬日李白を懷う有り　

 

寂寞書齋裏　　　寂寞(せきばく)たり 書斎の裏(うち)

終朝獨爾思　　　終朝(しゅうちょう) 独(ひと)り 爾(なんじ)を思う

更尋嘉樹傳　　　更に尋ぬ 嘉樹(かじゅ)の伝

不忘角弓詩　　　忘れず 角弓の詩

短褐風霜入　　　短褐(たんかつ) 風霜に入り

還丹日月遲　　　還(かん)丹(たん) 日月遅し

未因乘興去　　　未だ 興(きょう)に乗(じょう)じて去くに因(よし)あらず

空有鹿門期　　　空しく 鹿門の期有り

 

【語釈】

寂寞…世間から離れて寂しいさま。終朝…朝の時間が終わるまで。嘉樹傳…『左傳』昭公二年の故事による。角弓詩…李白から贈られた詩。短褐…粗末で目の粗い衣服、貧者の衣服。還丹…仙人になれるという仙薬、『抱朴子』金丹傳。日月遲…手に入れるのに時間がかかる。未因乘興去…李白の所へまだ赴く機会が無いこと、『世説新語』任誕傳。鹿門…後漢の隠者龐徳公が隠棲した山、山西省㐮陽市にある、『後巻書』逸民傳。期…約束。

 

（新釈漢文大系 詩人編　杜甫（上））

 

★唐　杜甫　　　　  贈高式顔　　　        高式顏(こうしきがん)に贈る

 

昔別是何處　　　昔別れしは 是れ何れの処ぞ

相逢皆老夫　　　相逢えば 皆老夫

故人還寂寞　　　故人 還(ま)た寂寞(せきばく)

削跡共艱虞　　　削(さく)跡(せき) 共に艱(かん)虞(ぐ)

自失論文友　　　文を論ずる友を失いて自り

空知賣酒壚　　　空しく知る 売酒の壚(ろ)を

平生飛動意　　　平生 飛動の意

見爾不能無　　　爾(なんじ)を見れば 無きこと能わず

 

【語釈】

高式顏…高適の甥。故人…旧友、式顔をさす。寂寞…さびしい、互いに左遷と、漂泊・轉蓬の旅であり、おちぶれてさびしいさまをいう。削跡…朝廷の入門の名札をそこから削ってなくさせられる、放逐されることをいう。難虞…なんぎ、しんばい。論文友…高適をいう、失友とは高適が左遷されたこと。賣酒壚…酒屋。平生…常日頃。飛動意…かつは活発にうごきたいとおもうこころ。往年の英気盛んかりしこころもちをさす。

 

（杜甫全詩訳注）

 

 

 

★唐　杜甫　　      夜宴左氏莊 　　       夜 左(さ)氏(し)の荘に宴す

 

風林纖月落　　　風林に 繊(せん)月(げつ)落ち

衣露靜琴張　　　衣(い)露(ろ) 静(せい)琴(きん)張る

暗水流花徑　　　暗水 花径に流れ

春星帶草堂　　　春星 草堂を帯ぶ

檢書燒燭短　　　書を検ずれば燭を焼きて短く

看劒引杯長　　　剣を看れば杯を引いて長し

詩罷聞吳詠　　　詩罷(や)んで 吳(ご)詠(えい)を聞き

扁舟意不忘　　　扁舟 意 忘れず

 

【語釈】

風林…風のわたる林。繊月…細くなった月。衣露…衣上におりた露。浄琴…穢れのない綺麗な琴の調。張…琴の弦をはる。暗水…くらがりの水。花径…花のさいている小径。帯…とりかこむこと。検書…書物を調べる。引…口もとへひきよせること。長…時間が長いこと。詩罷…席上で詩をつくりおわること。呉詠…江南の音調で詩をうたうこと。扁舟…小さくひらべたい舟。

 

（杜甫全詩訳注）

 

 

★唐　杜甫　　　    陪鄭廣文遊何將軍山林其五

　　　　　　　　　　鄭(てい)広(こう)文(ぶん)に陪(ばい)して何(か)将軍(しょうぐん)の山林に遊ぶ其の五　

 

剩水滄江破　　　剩(じょう)水(すい) 滄(そう)江(こう)破れ

殘山碣石開　　　残山(ざんざん) 碣(かっ)石(せき)開く

綠垂風折筍　　　緑は垂る 風に折らるる筍

紅綻雨肥梅　　　紅は綻(ほころ)ぶ 雨に肥ゆる梅

銀甲彈箏用　　　銀甲 琴を弾くに用い

金魚換酒來　　　金魚 酒に換え来たる

興移無灑埽　　　興移りて 灑埽(さいそう)無く

隨意坐莓苔　　　随意に莓(ばい)苔(たい)に坐す

 

【語釈】

剩水…余った水。滄江…青青とした川。殘山…残った山。碣石…碣石山、渤海湾岸の岩山。銀甲…琴を弾くとき指にはめる爪。灑埽…洗ったり掃いたりして家を清めること、賓客を接待するため。莓苔…こけ。

 

（杜甫全詩訳注）

 

★唐　杜甫　　　　　春望 　　　　         春望

 

國破山河在　　　国破れて 山河在り

城春草木深　　　城春にして 草木深し

感時花濺淚　　　時に感じては 花にも淚を濺(そそ)ぎ

恨別鳥驚心　　　別れを恨んでは 鳥にも心を驚かす

烽火連三月　　　烽火(ほうか) 三月(さんげつ)に連なり

家書抵萬金　　　家書 万金に抵る

白頭搔更短     白頭 搔(か)けば 更に短かく

渾欲不勝簪     渾(すべ)て 簪(しん)に勝えざらんと欲す

 

【語釈】

国 …国都長安。破…（戦乱により）破壊される。山河…山や川など、自然の佇たたずまい。驚…はっと驚く。烽火…合図ののろし、ここでは戦乱のたとえ。

三月…何ヶ月も。連…続いている。家書… 家族からの手紙。万金 …非常に多額の金銭。貴重なこと。抵…相当する。白頭…しらが頭。掻…髪をかきむしる。短…少なくなる。渾 … すべて。まったく。簪…冠を髪に止めるピン。不勝 … ～しきれない。 … ～しようとする。

 

（唐詩三百首）　（杜甫全訳注）

 

 

 

★唐　杜甫　　　　  月夜 　　　           月夜(げつや)　　　

 

今夜鄜州月　　　今夜 鄜州(ふしゅう)の月

閨中只獨看　　　閨中(けいちゅう) 只(た)だ独(ひと)り看るならん

遙憐小兒女　　　遙かに憐れむ 小兒女の

未解憶長安　　　未だ 長安を憶(おも)うすら 解せざるを

香霧雲鬟濕　　　香(こう)霧(む)に 雲鬟(うんびん)湿(うる)おい

清輝玉臂寒　　　清輝(せいき)に 玉臂(ぎょくひ)寒からん

何時倚虛幌　　　何れの時か 虛(きょ)幌(こう)に倚(よ)り

雙照淚痕乾　　　双(なら)び照らされ 淚(るい)痕(こん) 乾かん

 

【語釈】

鄜州 … 今の陝西省富県。長安のはるか北方にあり、杜甫の妻子が疎開していた所。閨中 … 妻の寝室を指す。遥憐 … 遠くからいとおしく思うのは。香霧…香り高い霧。雲鬟 … 雲のように豊かでふわっとした美しい。湿 … しっとりと湿る。清輝 … 清らかな光。月光のこと。玉臂 … 玉のようになめらかで美しい腕。清輝 … 清らかな光。月光のこと。玉臂 … 玉のようになめらかで美しい腕。双照 … 夫婦二人で並んで、月光に照らされて。涙痕乾 … 涙のあとを乾かすことができるのだろう。

 

(唐詩三百首)（新釈漢文大系　詩人編　杜甫（上））

 

★唐　杜甫　　　　　奉贈嚴八閣老　        厳八閣(げんはちかく)老(ろう)に贈り奉つる

 

扈聖登黃閣　　　聖に扈(こ)して 黃閣に登り

明公獨妙年　　　明公 独り妙年なり

蛟龍得雲雨　　　蛟(こう)龍(りゅう) 雲雨を得

鵰鶚在秋天　　　鵰鶚(ちょうがく) 秋天に在り

客禮容疎放　　　客(かく)礼(れい) 疎放(そほう)を容(い)れ

官曹可接聯　　　官曹(かんそう) 接聨(せつれん)すべし

新詩句句好　　　新詩 句々好し

應任老夫傳　　　将に 老夫が伝うるに任すべし

 

【語釈】

嚴八閣老…厳武のこと、当時、門下省の給仕中という要職にあった。杜甫も門下省の左拾遺であったので「閣老」と呼んだ。扈…お供をする。黃閣…門下省の異称。明公…厳武のこと。妙年…年若いこと（３２歳）。蛟龍…伝説上の鮫の一種。鵰鶚…クマタカ。客禮…（目下の杜甫に）客としての礼を尽くすこと。疎放…粗雑（謙遜）。官曹…役所の部屋。接聯繋がっている。老夫…杜甫のこと（４６歳）。

 

（杜甫全詩訳注　4）

 

 

 

 

 

★唐　杜甫　　　　  秦州雑詩其四　　　　　秦州(しんしゅう)雑(ざつ)詩(し) 其四

鼓角緣邊郡　　　　鼓(こ)角(かく) 縁辺(えんぺん)の郡(ぐん)　

川原欲夜時　　　　川原(せんげん) 夜ならんと欲する時　

秋聽殷地發　　　　秋に聴けば 地に殷(さかん)に発(おこ)り　

風散入雲悲　　　　風に散じて 雲に入り 悲しむ　

抱葉寒蟬靜　　　　葉を抱(いだ)ける 寒(かん)蝉(せん)は静かに　

歸山獨鳥遲　　　　山に帰る 独(どく)鳥(ちょう)は遅し　

萬方聲一概　　　　万方(ばんぽう) 声 一慨(いちがい)　

吾道竟何之　　　　吾(わ)が道 竟(つい)に何(いずく)くにか之(ゆ)かん　

 

【語釈】

鼓角…陣中で時を知らせるなどの合図に用いる、つづみとつのぶえ。縁邊…国境の近く。・郡…古代の行政区劃で、国の下に置かれる区劃。川原…平原、広野。・殷…音声の響くさま。・発…鼓角の声がおこる。寒蝉…ひぐらし、鳴かない蝉。・萬方…四方の国々。一概…一様。・吾道…わたしの採るべき儒者の道。竟…けっきょく。

 

（新釈漢文大系　詩人編　杜甫　(上)

 

 

 

★唐　杜甫　　　    秦州雜詩其十六　　　　秦州雜(しんしゅうざっし)詩(し) 其の十六　

 

東柯好崖谷　　　　東柯(とうか)は好(よ)き崖(がい)谷(こく)にして　

不与衆峰群　　　　衆(しゅう)峰(ほう)と群(ぐん)せず　

落日邀双鳥　　　　落日(らくじつ)は双鳥(そうちょう)を邀(むか)え　

晴天養片雲　　　　晴天は片雲(へんうん)を養(やしな)う　

野人衿険絶　　　　野人(やじん)は険絶(けんぜつ)なるを衿(ほこ)り　

水竹会平分　　　　水(すい)竹(ちく)は会(よ)く平分(へいぶん)す　

採薬吾将老　　　　薬を採りて吾(われ)は将(まさ)に老(お)いんとす　

児童未遣聞　　　　児童には未(いま)だ聞か遣(し)めず　

 

 

（新釈漢文大系　詩人編　杜甫　(上)）

 

★唐　杜甫　　　    復愁其三　　　      　復た愁う　其の三　　

 

萬國尚戎馬　　　万国 尚お戎(じゅう)馬(ば)

故園今若何　　　故園 今若(い)何(かん)

昔歸相識少　　　昔帰るに 相識(そうしき)少く

早已戰場多　　　早くも 已に 戦場多かりき

 

【語釈】

万国…すべての国々で。天下いたるところ。尚…今なお。戎馬…戦乱。故園故郷、洛陽の旧居を指す。若何…どうなっているだろうか。相識 … 顔見知りの人。少 … ほとんどない。早已 … その時すでに。

 

「唐詩選」（杜甫全詩訳注）

 

★唐　杜甫　　　　　初月　　　　          初月(はつづき)

 

光細弦欲上　　光細くして 弦(げん)上らんと欲す　

影斜輪未安　　影斜にして 輪(りん)未(いま)だ安(やす)からず　

微升古塞外　　微(かすか)に升(のぼ)る 古塞(こさい)の外(ほか)　

已隱暮雲端　　已に隠(かく)る 暮(ぼ)雲(うん)の端(はし)　

河漢不改色　　河漢(かかん) 色を改めず　

關山空自寒　　関山(かんざん) 空しく自(おのずか)ら寒し　

庭前有白露　　庭前(ていぜん) 白露(はくろ)有り　

暗滿菊花團　　暗(あん)に 菊花に満ちて団(まろやか)なり　

 

【語釈】

初月…三日月。陰暦八月三日の月を指すこともある。弦…月の弦形。輪…三日月の底辺の円弧。升…のぼる。○古塞　古くからある秦州の塞。河漢…あまのがわ。關山…関所、砦のある山。白露…しらつゆ。團…まるい。

 

（杜甫詩注　第七刷）

 

 

★唐　杜甫　　　    月夜憶舎弟　　　      月夜(げつや)に舎弟(しゃてい)を憶(おも)う

　

戍鼓斷人行　　　　戍(じゅ)鼓(こ) 人(じん)行(こう)断え　

　邊秋一雁聲　　　　辺(へん)秋(しゅう) 一雁の声　

　露從今夜白　 　　 露は今夜より白く　

　月是故郷明　　　　月は是れ 故郷のごとく明らかなり　

　有弟皆分散　　　　弟有れども 皆分(ぶん)散(さん)し　

　無家問死生　　　　家の死生(しせい)を問うべき無し　

　寄書長不達　　　　書を寄するも 長く達せず　

　況乃未休兵　　　　況(いわ)んや乃(すなわ)ち 未だ兵を休(や)めざるをや　

 

【語釈】

戍鼓…番兵らのならすつづみ。人行…ひとどおり。邊秋…国境辺地の秋。従…～から。是…～である。有弟…このとき杜甫の弟一人は陽雀にあり、一人は済州に在ったという。四人の弟は頴・観・占・豊の異母弟。家…家族。況…まして。乃…それなのにまた。

 

（新釈漢文大系　詩人編　杜甫　（上））

 

 

 

★唐　杜甫　　　　　春夜喜雨　　　        春(しゅん)夜(や)雨を喜ぶ　

好雨知時節　　　好雨(こうう) 時節を知り

當春乃發生　　　春に当(あた)って 乃(すなわ)ち発生す

隨風潛入夜　　　風に従って 潜(ひそ)かに夜に入り

潤物細無聲　　　物を潤(うるお)して 細やかに声無し

野徑雲俱黑　　　野径 雲と俱(とも)に黒く

江船火獨明　　　江船 火 独り明かなり

曉看紅濕處　　　曉に 紅の湿(うる)処を看れば

花重錦官城　　　花は 錦官城に重からん

 

【語釈】

當春…春になる。乃…そこで。發生…春に万物が生じること。入夜…夜になる、夜まで降り続く。野徑…野の小径。江船…江上の船。

 

（漢詩大系　９）

 

★唐　杜甫　　　　　後遊　　　　          後遊(こうゆう)　

寺憶曾遊處　　　　寺は憶(おぼ)ゆ 曾(かつ)て遊びし処(ところ)　

橋憐再渡時　　　　橋は憐(あわ)れむ 再渡(さいと)の時　

江山如有待　　　　江山(こうざん) 待つこと有るが如く　

花柳更無私　　　　花柳(かりゅう) 私(し)無きことを更(さら)にす　

野潤煙光簿　　　　野 潤(うるお)いて煙光(えんこう)薄く　

沙暄日色遲　　　　沙(すな)　暄(あたたか)にして 日(じつ)色(しょく)遅し　

客愁全為減　　　　客(かく)愁(しゅう)　全く為に減じ　

捨此複何之　 　　 此れを捨てて 複(ま)た何(いず)くにか之(ゆ)かん　

 

【語釈】

後遊…前に修覚寺（新津県治の東南の修覚山にある寺）で遊び，再び遊びに来たこと。江山…川と山。花柳…花と柳。煙光…霞んだ柔らかな光。暄…あたたかい。日色…太陽の光。日色遅…日の当たる時間が長くなること

 

（杜甫全詩訳注）

 

 

★唐　杜甫　　　　  草堂即事　　　　      草堂(そうどう)即事(そくじ)

 

荒村建子月　　　荒村 建子(けんし)の月

獨樹老夫家　　　独樹 老夫の家

霧裏江船渡　　　霧(む)裏(り) 江船渡り　　　

風前徑竹斜　　　風前 径(けい)竹(ちく)斜めなり

寒魚依密藻　　　寒魚 密(みつ)藻(そう)に依(よ)り

宿鷺起圓沙　　　宿(しゅく)鷺(ろ) 円沙(えんさ)に起る

蜀酒禁愁得　　　蜀酒 愁いを禁ずるを得るも

無錢何處賒　　　銭無くして 何処にか賒(おぎの)らん

 

【語釈】

荒村…荒れ果てた村。建子月…１１月、粛宗上弦元年の歳の始め。老夫…杜甫自身。霧裏…霧の中。江船…川船。徑竹…竹林の中の小径。宿鷺…州に宿る鷺。圓沙…丸い砂浜。賒…付けで買うこと。

 

（杜甫詩注九編）

 

★唐　杜甫　　　　  江亭　　              江亭(こうてい)　　

坦腹江亭暖　　　　坦(たん)腹(ぷく)す 江亭(こうてい)の暖かなるに

長吟野望時　　　　長(ちょう)吟(ぎん)す 野望(やぼう)の時

水流心不競　　　　水流れて 心 競(きそ)わず

雲在意倶遲　　　　雲在りて 意 倶(とも)に遅し

寂寂春將晩　　　　寂々(せきせき)として 春 将(まさ)に晩(く)れんとし

欣欣物自私　　　　欣々(きんきん)として 物 自(おのず)ら私(わたくし)す

故林歸未得　　　　故林 帰ること未(いま)だ得ず

排悶強裁詩　　　　悶(もん)を排して　強く詩を裁(さい)す

 

【語釈】

江亭…川辺のあずまや。成都の草堂の庭先にあった。坦腹…寝転ぶ。腹ばいになる。長吟…声を長くひいて詩を歌う。野望…田野の眺め。意…心。思い。倶…ともに。寂寂…ものさびしいさま、静かなさま。晩…暮れる。欣欣…草木の生き生きしているさま。よろこぶさま。物自私…自然界の万物はそれぞれ、時（と所）を得る意。故林…昔馴染みの林、ふるさと。排悶…うさばらし。強…無理に。裁詩…詩を作る。

 

（新釈漢文大系　詩人編　杜甫　（上）

 

 

★唐　杜甫　　　　　江漢　　　            江漢(こうかん)　

 

江漢思歸客　　　　江漢(こうかん)　帰るを思う　

乾坤一腐儒　　　　乾坤(けんこん)　一腐儒(いちふじゅ)　　

片雲天共遠　　　　片雲(へんうん)　天は共に遠く　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　

永夜月同弧　　　　永(えい)夜(や)　月は同じく弧なり　

落日心猶壯　　　　落日　心は猶(な)お壯(さか)んに　

秋風病欲蘇　　　　秋風　病は蘇(よみがえ)えらんと欲す　

古來存老馬　　　　古来　老馬を存するは　

不必取長途　　　　必ずしも長途(ちょうと)に取らず　

 

【語釈】

江漢…長江と漢水、及びその地方。乾坤…天と地。腐儒…役に立たない学者。片雲…浮き雲、ちぎれ雲。永夜…長い夜。長途…長旅。取…採用する。

 

（杜甫全詩訳注　）

 

 

★唐　杜甫　　　　　落日　　　            落日　　　

 

落日在簾鉤　　　　落日　簾(れん)鉤(こう)に在り　

溪邊春事幽　　　　溪(けい)辺(へん) 春事(しゅんじ)幽(ゆう)なり　

芳菲緣岸圃　　　　芳菲(ほうひ)なり 岸に緣(よ)る圃(ほ)　

樵爨倚灘舟　　　　樵爨(しょうさん)す 灘(なだ)に倚(よ)る舟　

啅雀爭枝墜　　　　啅(とう)雀(じゃく) 枝を争いて墜(お)ち　

飛蟲滿院遊　　　　飛(ひ)虫(ちゅう)院に 満ちて遊ぶ　

濁醪誰造汝　　　　濁醪(だくろう)誰 か汝を造れる

一酌散千愁　　　　一(いち)酌(しゃく) 千(せん)愁(しゅう)を散ぜしむ　

 

【語釈】

簾鉤…すだれとそれを掛ける留め金。春事…春の景色。幽…物静かで奥深い様。芳菲…花の良い匂い。圃…畑。樵爨…薪を燃やして飯を炊く。啅雀…さえずる雀。院…庭。濁醪…どぶろく。千愁…多くの愁い

 

（杜甫全詩訳注）

 

★唐　杜甫　　　    漫成二首 其二　     　漫(まん)成(せい)二首 其の二　 　

 

江臯已仲春　　　江臯(こうこう) 已に仲春(ちゅうしゅん)

花下復清晨　　　花下 復た清晨(せいしん)

仰面貪看鳥　　　面を仰(あおむ)け 貪(むさぼ)りて鳥を看(み)

回頭錯應人　　　頭を回(めぐら)して錯(あやま)りて人に応(こた)う

讀書難字過　　　書を読みて 字を難しとして過ぎ

對酒滿壺頻　　　酒に対して 壺を満たすこと頻(しき)りなり

近識峨眉老　　　近く識る 峨眉の老

知予嬾是真　　　予(わ)が嬾(らん)は 是れ真なるを知る

 

【語釈】

江臯…川ぞいの土手。仲春…旧暦二月、春の盛り。清晨…清らかな朝。嬾…ものぐさ。

 

（杜甫全詩訳注）

 

 

★唐　杜甫　　　　　可惜　　　            惜むべし

 

花飛有底急　　　　花の飛ぶこと 底(なん)の急か有る　

老去願春遲　　　　老い去っては 春の遅きことを願う　

可惜歡娯地　　　　惜しむべし 歓娯(かんご)の地　

都非少壯時　　　　都(すべ)て少壮(しょうそう)の時に非(あら)ず　

寬心應是酒　　　　心を寬(ゆる)うするは 応(まさ)に是(こ)れ酒なるべし　

遣興莫過詩　　　　興(きょう)を遣(や)るは 詩に過ぐるは莫(な)し　

此意陶潛解　　　　此の意 陶潛(とうせん) 解す　

吾生後汝期　　　　吾(わ)が生(せい) 汝(なんじ)が期(き)に後(おく)たれり　

 

【語釈】

可惜…惜しい、遺憾である。底…何、どんな、なんぞ。急…あわてる。老去…老いてしまう。春遲…春の過ぎゆくのがのろのろと遅い。可惜…惜しいことだ。歡娯…歓楽。都非…すっかり…ではない。都…すべて。少壯時…若い時。寬心…心をくつろげる。應是……だと思う。應……だと思う。遣興…詩歌を作ったりして憂さを晴らす。莫…打ち消し。過…すぎる。此意…この思い。この感情。陶潛…東晋の隠逸詩人，陶淵明。吾生…わたしが生まれた。後…おくれる。汝期…あなたの（生きていた）時。

 

（杜甫詩注）

 

 

 

★唐　杜甫　　　　　送遠　　　　          遠(とおき)を送る　

帶甲滿天地　　　　帶(たい)甲(こう) 天地に満つ　

胡爲君遠行　　　　胡爲(なんすれぞ) 君 遠くに行くや　

親朋盡一哭　　　　親(しん)朋(ぽう) 尽(ことごと)く一哭(いっこく)　

鞍馬去孤城　　　　鞍馬(あんば)　孤(ひと)り城を去る　

草木歲月晚　　　　草木 歲月(さいげつ)晚(く)れ　

關河霜雪清　　　　関(せき)河(が) 霜雪(そうせつ)清し　

別離已昨日　　　　別離 已に昨日(さくじつ)　

因見古人情　　　　因(より)て見る 古人の情(じょう)　

 

【語釈】

送遠 … 遠く旅立つ人を送る。帯甲 … 甲冑を着けた兵士。胡為… どうして。親朋 … 親戚と友人。一哭 … ひとしきり声をあげて泣くこと。鞍馬 … くらをつけた馬。孤城 …孤立した町。関河 … 関所と川。別離已昨日…江淹「古別離」詩（送君如昨日、簷前露已團）をふまえる。因…よって。古人…江淹のこと

 

（注）江淹…中国南北朝時代の文学者。字は文通。本貫は済陽郡考城県（現在の河南省商丘市民権県）。門閥重視の貴族社会であった六朝時代において、寒門の出身でありながら、その文才と時局を的確に見定める能力によって、高位に上りつめ生涯を終えた。

 

（唐詩選）（杜甫詩全詩訳注）

 

 

★唐　杜甫　　　　  憶弟二首其二　　　    弟を憶う二首 其の二

 

且喜河南定　　　且(しばらく)くは喜ぶ 河南の定まるを

不問鄴城圍　　　問わず 鄴(ぎょう)城(じょう)の囲(かこみ)

百戰今誰在　　　百戦 今 誰(たれ)か在る

三年望汝歸　　　三年　汝の帰るを望む

故園花自發　　　故園 花 自(おのずか)ら発(ひら)き

春日鳥還飛　　　春日 鳥 還(ま)た飛ぶ

斷絕人煙久　　　断絕 人煙久し

東西消息稀　　　東西 消息稀なり

 

【語釈】

河南定…洛陽が安禄山軍から奪回されたこと。鄴城圍…九節度が鄴城を包囲していること。故園…故郷。東西…東は済州、西は洛陽。消息…便り。

 

（杜甫詩全訳注）

★唐　杜甫　　　　　倦夜　　            　倦(けん)夜(や)　　　 　

 

竹涼侵臥內　　　竹涼 臥內(がだい)を侵(おか)し

野月滿庭隅　　　野月 庭(てい)隅(ぐう)に満つ

重露成涓滴　　　重露(じゅうろ) 涓(けん)滴(てき)を成し

稀星乍有無　　　稀(き)星(せい) 乍(たちま)ちに有無

暗飛螢自照　　　暗きに飛んで 螢は自(みずか)らを照らし

水宿鳥相呼　　　水に宿りて 鳥は相呼ぶ

萬事干戈裏　　　万事 干戈(かんか)の裏(うち)

空悲清夜徂　　　空しく悲しむ清(せい)夜(や)の徂(ゆ)くを

 

【語釈】

倦夜…嫌気がさす夜。竹涼…竹林の涼気。臥內…寝床の中。野月…野原に昇った月（の光）。涓滴…小さな粒状の水滴。乍有無…見えたかと思うとすぐ消える。干戈…戦乱。徂…行く。

（杜甫全詩訳注）

 

★唐　杜甫　　　    奉濟驛重送嚴公四韻　　奉済駅に重ねて厳公を送る 四韻　

 

遠送從此別　　　遠く送りて 此(ここ)從(よ)り別る

青山空復情　　　青山空しく 復(ま)た情あり

幾時桮重把　　　幾時(いくとき)か桮(はい)を重ねて把(と)らん

昨夜月同行　　　昨夜は月も同行(どうこう)す

列郡謳歌惜　　　列(れつ)郡(ぐん)　謳歌(おうか)を惜しみ

三朝出入榮　　　三朝　出入(しゅつにゅう)栄ゆ

江村獨歸處　　　江村　独り帰る処

寂寞養殘生　　　寂寞(せきばく)として残生(ざんせい)を養わん

      

【語釈】

奉濟駅…成都の近くの宿場。嚴公…杜甫の援護者であった厳武。桮…さかずき。列郡…西川・東川の地方。謳歌惜…厳武の政治上の功績を惜しみ讃える。三朝…玄宗、粛宗、代宗の三代。出入榮…成都と長安を往来する毎に栄達する。江村…川辺の村。寂寞…ひっそりとして

物寂しい様。残生…余生

 

(杜甫詩注)

 

 

★唐　杜甫　　　　  春日江村五首 其一 　　春日(しゅんじつ)江村(こうそん)五首 其の一

 

農務村村急　　　農務 村(そん)々(そん)急に

春流岸岸深　　　春流 岸(がん)々(がん)深し

乾坤萬里眼　　　乾坤(けんこん) 万里の眼

時序百年心　　　時序(じじょ) 百年の心

茅屋還堪賦　　　茅屋 還(ま)た賦(ふ)するに堪え

桃源自可尋　　　桃源 自(おのずか)ら尋ぬ可し

艱難昧生理　　　艱難(かんなん) 生理に昧(くら)く

飄泊到如今　　　飄(ひょう)泊(はく) 如(じょ)今(こん)に到る

 

【語釈】

農務…農作業。乾坤…天と地。萬里眼…万里に眼を放つ、錦江を見渡す。時序…四季。百年…人間の一生。百年心…春に会って人生の時を極めることに感慨を催す。桃源…桃源郷、ここでは浣花渓。艱難…苦しみ悩むこと。生理…生計。飄泊…さすらい。如今…現在。

 

（杜甫全詩訳注）

 

★唐　杜甫　　      中宵　　　            中宵(ちゅうしょう)　　　　

 

西閣百尋餘　　　西閣(せいかく) 百(ひゃく)尋余(じんよ)　

中宵步綺疏　　　中宵(ちゅうしょう)に 綺疏(きそ)を步く

飛星過水白　　　飛星 過ぎて 水は白く

落月動沙虛　　　落月 動きて 沙は虛なり

擇木知幽鳥　　　擇(たく)木(ぼく)は 幽(ゆう)鳥(ちょう)を知り

潛波想巨魚　　　潛波(せんぱ)は 巨魚を想う

親朋滿天地　　　親(しん)朋(ぽう) 天地に満つれども

兵甲少來書　　　兵(へい)甲(こう) 来書少し

 

【語釈】

中宵…よなか、夜半。西閣…夔州寓居の西閣。西閣…杜甫の仮住まい、虁州（重慶市奉節県）にあった楼閣。百尋…尋は八尺、1 80ｍ。椅疏…あやぎぬの如くすかし彫りにした格子窓。飛星…流れ星。親朋…親戚と友達。擇木…木の名、擇棘。幽鳥…奥深い処に住む鳥。潛波…静まっている波。兵甲…兵乱。

 

（杜甫全詩訳注　）

 

★唐　杜甫　　　　　日暮　　　             日暮(ひちぼ)　

　　

牛羊下來久　　　　牛(ぎゅう)羊(よう) 下(くだ)り来(き)たること久し　

各已閉柴門　　　　各(おのおの)已に柴門を閉(と)ず　

風月自清夜　　　　風月(ふうげつ)は 自(おのずか)ら清(せい)夜(や)なるも　

江山非故園　　　　江山(こうざん)は 故園(こえん)に非(あら)ず　

石泉流暗壁　　　　石(せき)泉(せん)は 暗壁(あんぺき)に流れ　

草露滴秋根　　　　草(そう)露(ろ)は 秋(しゅう)根(こん)に滴(したた)る　

頭白燈明裏　　　　頭(かしら)は白し 灯明(とうめい)の裏(うち)　

何須花燼繁　　　　何ぞ須(もち)いん 花燼(かじん)の繁(しげ)きを　

 

【語釈】

牛羊…牛と羊。柴門…柴を結わえて作った粗末な門。自…自然と。江山…川と山。故園…ふるさと。石泉….石の上をほとばしる泉の水。草露…草津湯。秋根…秋の草の根。　頭白　暗い中で照明が当たると、白は白に、黒も白に見えるので、真っ白に見える。花燵…灯芯がパチパチと燃えてはじけること。

 

（杜甫全詩訳注）

 

 

 

 

 

 

★唐　杜甫　　　　  晴二首 其一　         晴二首 其の一　　　　

 

久雨巫山暗　　　　久(きゅう)雨(う)　巫山(ふざん)暗し　

新晴錦繡文　　　　新たに晴れ　錦繡(きんしゅう)の文あり　

碧知湖外草　　　　碧(みどり)は知る　湖外(こがい)の草　

紅見海東雲　　　　紅は見る　海東の雲　

竟日鶯相和　　　　竟(きょう)日(じつ)　鶯　相い和し　

摩霄鶴數羣　　　　摩霄(ませい)　鶴　数(しば)しば群す　

野花乾更落　　　　野花　乾(かわ)いて更に落ち　

風處急紛紛　　　　風処(ふうしょ)　急にして紛々(ふんぷん)たり　

 

【語釈】

久雨…長雨。巫山…山西省と湖北省の境にある山。錦繡…美しい絹織物。文…線上の模様。竟日…一日中。摩霄…中天。風處…風の吹くところ。紛紛…乱れ散る様。

 

（杜甫全詩訳注）

 

 

★唐　杜甫　　　　　秋野五首 其二　　　   秋野(しゅうや)五首　其の二　

 

易識浮生理　　　　識(し)り易(やす)し 浮生(ふせい)の　

難教一物違　　　　一物(いちぶつ)をして違(ちが)わしめ難(がた)し　

水深魚極樂　　　　水深くして 魚は楽しみを極め　

林茂鳥知歸　　　　林茂りて 鳥は帰るを知る　

衰老甘貧病　　　　衰(すい)老(ろう) 貧病(ひんびょう)に甘んず　

栄華有是非　　　　栄華(えいが)には 是非(ぜひ)有り　

秋風吹几杖　　　　秋風(しゅうふう) 几(き)杖(じょう)を吹く　

不厭北山薇　　　　厭(いと)わず 北山(ほくざん)の薇(わらび)　

 

【語釈】

秋野…秋の野。浮生…定めなく，はかない世の中。理…ことわり。衰老…老い衰えること。貧病…貧乏で病がちなこと。几杖…脇息と杖。

 

（杜甫詩選　　　黒川洋一編　岩波文庫）

 

 

 

★唐　杜甫　　　　　旅夜書懐　　　        旅(りょ)夜(や)懐(おも)いを書す

細草微風岸　　　　細(さい)草(そう) 微風(びふう)の岸　

危檣獨夜舟　　　　危檣(ききょう) 独(どく)夜(や)の舟　

星垂平野闊　　　　星垂(た)れて 平野(へいや)闊(ひろ)く　

月湧大江流　　　　月湧(わ)いて 大江(たいこう)流る　

名豈文章著　　　　名は豈(あに) 文章(ぶんしょう)にて著(あら)われんや　

官應老病休　　　　官は応(まさ)に 老病にて休(や)むべし　

飄飄何所似　　　　飄々(ひょうひょう) 何(なん)の似たる所ぞ　

天地一沙鴎　　　　天地の一沙(いちさ)鴎(おう)　

 

【語釈】

旅夜…旅の途中での宿泊。書懷…胸の思いを書きしるす。細草…細い草。微風…そよ風。危檣…高い帆柱。獨夜…ただひとりで自分だけ起きている夜。舟…小船。星垂…地の涯まで星空が見えるさま。闊…（見わたして）幅広である。湧…わき出る。大江…長江。名…名声。豈…どうして…だろうか、疑問・反語の助辞。文章…文学。著…あらわす。官…官職。・應…当然…であろう。老病…年をとって病身であること。休…やむ。・飄飄…風に吹かれて軽く上がるさま、さまようさま。何所似…何に似ているだろうか。・何所-…どこ、どんな、何、後に動詞を附けて、行為の目標または帰着するところをいう。天地…天と地。沙鴎…砂浜にいるカモメ。

 

 

(唐詩選)

 

★唐　杜甫　　　　　登岳陽楼　　　　      岳(がく)陽楼(ようろう)に登る

昔聞洞庭水　　　　昔聞く 洞庭(どうてい)の水　

今上岳陽樓　　　　今登る 岳陽楼　

呉楚東南坼　　　　呉楚(ごそ) 東南に坼(さ)け　

乾坤日夜浮　　　　乾坤(けんこん) 日夜浮かぶ　

親朋無一字　　　　親(しん)朋(ぽう) 一字無く　

老病有孤舟　　　　老病 孤(こ)舟(しゅう)あり　

戎馬關山北　　　　戎(じゅう)馬(ば) 関山(かんざん)の北　

憑軒涕泗流　　　　軒(けん)に憑(よ) れば 涕泗(ていし)流る

 

【語釈】

岳陽樓…湖南省岳陽市市街の北西、岳陽城の西城門上の楼閣。昔聞…以前に（言い伝えで）聞いていた。洞庭水…洞庭湖。呉楚…呉楚の地方。東南坼…呉楚の地方は、東南部分が裂けて洞庭湖となったと言う伝説がある。乾坤…天と地。日夜…昼も夜も。浮 … 水面に影を映して浮かび漂う。親朋 … 親戚と友人。無一字 …一通の手紙も来ない。戎馬 … 軍馬。兵馬。ここでは戦いを指す。関山 …関所のある山。軒 …手すり。憑 … よりかかる。涕泗 … 涙、目から出るのが「涕」・鼻から出るのが「泗」。

 

（唐詩選）

 

 

★唐　杜甫　　　　　江上　　              江上

 

江上日多雨　　　江上　日(ひ)ゝ(び)に 雨多し

蕭蕭荆楚秋　　　蕭々(しょうしょう)たり 荆楚(けいそ)の秋

高風下木葉　　　高風 木葉を下し

永夜攬貂裘　　　永(えい)夜(や) 貂裘(てんきゅう)を攬(と)る

勳業頻看鏡　　　勳業 頻りに鏡を看(み)

行藏獨倚樓　　　行藏(こうぞう) 独り楼に倚(よ)る

時危思報主　　　時危くして 主に報いんと思い

衰謝不能休　　　衰謝(すいしゃ)にも 休(や)む能(あた)わず

 

【語釈】

蕭蕭…ものさびしいさま。荆楚…南方の楚の地。高風…空高く吹き渡る風。貂裘…貂の皮ごろも。攬…手に握る、身にまとう。勲業…てがら。老い到れば勲業を立て得るか，否かを気遣うことをいう。行蔵…進んで事を為すこと，退いて隠れること。衰謝…衰えること。休…思いを止む。

 

（杜甫全詩訳注）

 

★唐　杜甫　　　　　放船　　　　           船を放つ

 

送客蒼溪縣　　　客(かく)を送る 蒼溪(そうせい)県(けん)

山寒雨不開　　　山は寒く 雨開かず

直愁騎馬滑　　　直ちに愁う 騎馬の滑るを

故作泛舟迴　　　故に作す 舟を泛かべて迴(かえ)るを

青惜峰巒過　　　青には 峰巒(ほうらん)の過ぎるを惜しみ

黃知橘柚來　　　黃には 橘(きつ)柚(ゆ)の来たるを知る

江流大自在　　　江流は 大(はなは)だ自在なり

坐穩興悠哉　　　坐 穩(おだ)やかにして 興 悠(ゆう)なる哉(かな)

 

【語釈】

蒼溪縣…四川省広元市蒼溪県。峰巒…つらなる峰々。橘柚…蜜柑やゆず。坐穩…舟が揺れずに落ち着いているさま。

 

★唐　杜甫　　　　　雨晴　　　             雨晴る

 

天涯秋雲薄　　　天涯 秋雲薄し

從西萬里風　　　西従(よ)りす 万里の風　

今朝好晴景　　　今朝 好き晴景

久雨不妨農　　　久(きゅう)雨(う) 農を妨げず

塞柳行疎翠　　　塞(さい)柳(りゅう)疎(そ)翠(すい)を行(なら)べ

山棃結小紅　　　山棃(さんり) 小紅を結ぶ　

胡笳樓上發　　　胡笳(こか) 楼上に発し

一雁入高空　　　一雁 高空に入(い)る　

 

【語釈】

天涯…空の果て。萬里風…遠くから吹いてくる風。久雨…長雨。塞柳…寨に植えられた柳。疎翠…枯れ落ちて疎らになった葉。山棃…山梨。胡笳…葦の葉で作った縦笛。

 

（杜甫全詩訳注）

 

★唐　杜甫　　　　　客亭　　　             客亭(かくてい)　

 

秋窗猶曙色　　　秋(しゅう)窓(そう) 猶お曙(ぎょう)色(しょく)

落木更天風　　　落木 更に天風

日出寒山外　　　日は出ず 寒山の外

江流宿霧中　　　江は流る 宿(しゅく)霧(む)の中

聖朝無棄物　　　聖朝 棄(き)物(ぶつ)無く

衰病已成翁　　　老病 已に翁と成る

多少殘生事　　　多少 残生の事

飄零任轉蓬　　　飄零 転蓬に任(まか)す

 

【語釈】

客亭…客居している所の亭。曙色…朝焼けの色。・寒山…晩秋にはすでに冠雪しているのでこういう。宿霧…前の晩から消えない霧。聖朝無棄物…「野に遺賢なし」杜甫自身棄てられた存在であるということ「老子」。多少…いくらか。殘生…余生。諷零…おちぶれてさまよう。轉蓬…風に吹かれて転がっていく枯れ蓬。

 

（漢詩大系　９）

 

 

★唐　杜甫　　　　　江亭　　　             江亭(こうてい)　　　

 

坦腹江亭暖　　　坦(たん)腹(ぷく)す 江亭暖かなるに

長吟野望時　　　長吟す 野望の時

水流心不競　　　水は流れて 心は競わず

雲在意俱遲　　　雲は在りて 意は俱(とも)に遅し

寂寂春將晚　　　寂々(せきせき)として 春 将(まさ)に晚(く)れんとし

欣欣物自私　　　欣々(きんきん)として 物 自(みずか)ら私(わたくし)す

故林歸未得　　　故林 帰ること 未だ得ず

排悶強裁詩　　　悶(もん)を排して 強いて詩を裁す

 

【語釈】

江亭…川辺のあずまや、成都の草堂の庭先にある。坦腹…腹を平にして仰向けに寝転ぶ。長吟…声を長くひいて詩を歌う。野望…田野の眺め。水流心不競…水の流れるままに心も流れて、水と争うこともない、自然に任せる意。雲在意俱遲…雲がゆったり浮かんでいるように、自分の気持ちもゆったりしている意。寂寂…ものさびしいさま、静かなさま。欣欣…よろこぶさま。故林…ふるさとの意。≒故園。排悶…心の中のもだえを払いのける。裁詩…詩を作る。

 

（漢詩大系　９）

 

 

★唐　杜甫　　　　　屏跡三首 其二 　　     屏(へい)跡(せき)三首 其の二

用拙存吾道　　　拙(せつ)を用って 吾が道を存す

幽居近物情　　　幽居は 物情に近づく

桑麻深雨露　　　桑(そう)麻(ま) 雨露(うろ)に深く

燕雀半生成　　　燕(えん)雀(じゃく) 半(なか)ば生成す

村鼓時時急　　　村鼓 時々(じじ)急に

漁舟箇箇輕　　　漁舟 箇々(ここ)軽ろし

杖藜從白首　　　藜(あかざ)を杖(つえつ)きて 白首に従(ま)かせ

心跡喜雙清　　　心(しん)跡(せき) 双つながら 清きを喜こぶ

 

【語釈】

用拙…世わたりがへたなこと。存吾道…自己の主義をたもつ。幽居…隠遁生活。物情…事物の精神、次句以下のことがら。半生成…姓名の循環をいう、生まれた物は大きくなり、大きくなった物は子を生む。從白首…白髪が増えるのに任せる。藜…あかざ。心跡…心と行跡とふたつ。双清…心と行跡とふたつながら清々しい。

 

（杜甫全詩訳注）

 

 

★唐　杜甫　　　　　去蜀　　　             蜀を去る

五載客蜀郡　　　五載 蜀郡に客(かく)たり

一年居梓州　　　一年 梓州(ししゅう)に居(きょ)す

如何關塞阻　　　如何(いかん)ぞ 関(かん)塞(さい)に阻(はば)まれ

轉作瀟湘游　　　転じて 瀟湘(しょうしょう)の游(ゆう)を作さん

萬事已黄髪　　　萬事 已に黃髮(こうはつ)

殘生隨白鷗　　　残生(ざんせい) 白鷗(はくおう)に従わん

安危大臣在　　　安危には 大臣在り

不必淚長流　　　必ずしも 淚長(とこし)えに流さじ

 

【語釈】

梓州…四川省綿陽市南部。如何…どうして。關塞…関所と要塞。瀟湘…洞庭湖付近。黃髮…紙が黄色くなる。安危…国家の安危。

 

(漢詩大系　９)

 

 

★唐　杜甫　　　　　不見　　　             不(ふ)見(けん)

 

不見李生久　　　李生(りせい)を見ざること久し

佯狂真可哀　　　狂を佯(よそお)い 真に哀むべし

世人皆欲殺　　　世人 皆殺さんと欲す

吾意獨憐才　　　吾が意 独り才を憐れむ

敏捷詩千首　　　敏捷(しゅんびん) 詩千首

飄零酒一杯　　　飄(ひょう)零(れい) 酒一杯

匡山讀書處　　　匡山(きょうざん)は書を読む処

頭白好歸來　　　頭(とう)白(はく) 好し 帰り来たれ

 

【語釈】

不見…首句の不見李生の不見の二字をとる。李生…李白。伴狂…いつわって狂人のまねをする。敏捷…すばやい。諷零…おちぶれる。匡山…綿州彰明県の南にある大匡山。頭白…老人

 

（杜甫全詩訳注）

 

★唐　杜甫    　　　落日　　               落日　

 

落日在簾鉤　　　　落日　簾(れん)鉤(こう)に在り　

溪邊春事幽　　　　溪(けい)辺(へん) 春事(しゅんじ)幽(ゆう)なり　

芳菲緣岸圃　　　　芳菲(ほうひ)なり 岸に緣(よ)る圃(ほ)　

樵爨倚灘舟　　　　樵爨(しょうさん)す 灘(なだ)に倚(よ)る舟　

啅雀爭枝墜　　　　啅(とう)雀(じゃく) 枝を争いて墜(お)ち　

飛蟲滿院遊　　　　飛(ひ)虫(ちゅう)院に 満ちて遊ぶ　

濁醪誰造汝　　　　濁醪(だくろう)誰か 汝を造れる　

一酌散千愁　　　　一(いち)酌(しゃく) 千(せん)愁(しゅう)を散ぜしむ　

 

【語釈】

簾鉤…すだれとそれを掛ける留め金。春事…春の景色。幽…物静かで奥深い様。芳菲…花の良い匂い。圃…畑。樵爨…薪を燃やして飯を炊く。啅雀…さえずる雀。院…庭。濁醪…どぶろく。千愁…多くの愁い

 

（漢詩大系　９）

 

★唐　杜甫　　　　　陪裴使君登岳陽樓 　　　裴使(ばいし)君(くん)に陪(ばい)して岳陽楼に登る

湖闊兼雲霧      湖は濶(ひろ)く 雲霧を兼ね

樓孤屬晚晴　　　楼は孤にして 晚晴に属(あた)る

禮加徐孺子　　　礼は加う　徐孺子(じょじゅし)

詩接謝宣城　　　詩は接す　謝宣(しゃせん)城(じょう)

雪岸叢梅發　　　雪岸　叢梅を発(ひら)き

春泥百草生　　　春泥 百草を生ず

敢違漁父問　　　敢えて漁父の問に違(たが)わんや

從此更南征　　　此に従りて 更に南征せん

 

【語釈】

裴使君…不詳、使君は刺史のこと。陪…お供をする。屬…当に同じ、偶々遭遇する。徐孺子…後漢の徐稺、吐蕃は彼に対してだけ礼を尽くした。謝宣城…謝朓。漁父問…『漁父辞』（滄浪之水清兮可以濯吾纓　滄浪之水濁兮可以濯吾足）。

南征…岳州から南の潭州に向かうこと

 

（杜甫全詩訳注）

 

 

★唐　杜甫　　　　　發潭州　　             潭州(たんしゅう)を発す　

夜醉長沙酒　　　　　夜に醉う 長沙(ちょうさ)の酒　

曉行湘水春　　　　　曉に行く 湘(しょう)水(すい)の春　

岸花飛送客　　　　　岸(がん)花(か) 飛んで 客(かく)を送り　

檣燕語留人　　　　　檣(しょう)燕(えん) 語って 人を留(とど)む　

賈傅才未有　　　　　賈傅(かでん)の才(さい) 未(いま)だ有らず　

楮公書絶倫　　　　　楮(ちょ)公(こう)の書 絶倫(ぜつりん)なり　

高名前後事　　　　　高名(こうめい) 前後の事　

回首一傷神　　　　　首(こうべ)を回(めぐ)せて 一(いつ)に神(しん)を傷(いた)ましむ　

 

【語釈】

潭州…湖南長沙一帶。長沙…湖南省の省都。湘水…湘江。檣燕…帆柱の上の燕。賈傅…前官の賈生、名は誼，洛陽の人、若くして才能を発揮し、文帝に仕え、秦の法をことごとく改めた、後に長沙王の太傅に左遷された。楮公…初唐の楮遂良、字は登善、政治家、書家。初唐の三大家の一人、河南郡公に封ぜられたが、武則天を皇后に立てることに反対したために潭州都督左遷された。神…心

 

(杜甫全詩訳注　四　P.817)

 

 

 

★唐　杜甫　　　　　春帰　　             　春に帰える　

 

苔徑臨江竹　　　　苔径(たいけい) 江に臨(のぞ)む竹　

茅簷覆地花　　　　茅簷(ちえん) 地を覆(おお)う花　

別來頻甲子　　　　別来(べつらい) 頻(しき)りに甲子(こうし)　

歸到又春華　　　　帰り到れば 又春(しゅん)華(か)　

倚杖看孤石　　　　杖に倚(よ)りて 孤(こ)石(せき)を看(み)　

傾壷就浅沙　　　　壷を傾けて 浅沙(せんさ)に就(つ)く　

遠鴎浮水静　　　　遠鴎(おんおう)は 水に浮かんで静かに　

輕鷰受風斜　　　　軽燕(けいえん)は 風を受けて斜めなり　

世路雖多梗　　　　世路(せろ) 梗(ふさが)るること多しと雖(いえど)も　

吾生亦有涯　　　　吾が生も 亦(ま)た涯(かぎ)り有り　

此身醒復醉　　　　此の身 醒(さ)めて復た酔う　

乘興即爲家　　　　興(きょう)に乗じて 即ち家と為さん　

 

【語釈】

苔徑…こけむした径。臨…目の前にする。茅簷…茅で出来たのき。別來…別れて以来。頻…たびたび。頻甲子…なんども724日が過ぎる。春華…春のはなやかさ。倚杖…杖に寄り掛かる。傾壷…酒を飲む。浅沙…浅い池の砂地。輕鷰…軽やかに飛ぶ燕。世路…世渡りの路。梗…ふさぐ。涯…かぎり

 

(唐詩選)

 

 

★唐　杜甫　　　　　傷春五首　其二 　　  　春を傷む五首　其の二

 

鶯入新年語　　　鶯は 新年に入りて語り

花開滿故枝　　　花は 開きて 故枝(こし)に満つ

天青風捲幔　　　天は青く 風は幔(とばり)を捲き

草碧水連池　　　草は碧く 水は池に連なる

牢落官軍遠　　　牢落として 官軍遠く

蕭條萬事危　　　蕭條として 万事危うし

鬢毛元自白　　　鬢毛 元 自(おのずか)ら白く

淚點向來垂　　　涙点(るいてん)　向来(きょうらい)垂(いた)る

不是無兄弟　　　是れ 兄弟無きにあらざるも

其如有別離　　　其れ 別離有るを如(いか)んせん。

巴山春色靜　　　巴山(はざん) 春色静かなり

北望轉逶迤　　　北のかたを望めば 転(うたた)た逶迤(いい)たり

 

【語釈】

故枝…去年花を付けていた枝。牢落…疎らで寂しいさま。蕭條…疎らでものさびしいさま。淚點…涙の粒。向來…今までよりもずっと。其如…～をどうしようもない。巴山…四川省の北の山脈。逶迤…遙かに遠く続くさま。

 

（杜甫全詩訳注）

 

 

★唐　杜甫　　　　　重經昭陵　　　         重ねて昭陵を経(へ)たり

草昧英雄起　　　草昧(そうまい) 英雄起り

謳歌曆數歸　　　謳歌(おうか) 曆数(れきすう)帰す

風塵三尺劒　　　風塵 三尺の剣

社稷一戎衣　　　社稷 一(いち)戎(じゅう)の衣

翼亮貞文德　　　翼(よく)亮(りょう) 文德(ぶんとく)を貞(ただ)し

丕承戢武威　　　丕承(ひしょう) 武威(ぶい)を戢(おさ)む

聖圖天廣大　　　聖図 天のごとく広大

宗祀日光輝　　　宗祀(そうし) 日のごとく光輝(こうき)

陵寢盤空曲　　　陵(りょう)寝(しん) 空曲(くうきょく)に盤(わだかま)り

熊羆守翠微　　　熊(ゆう)羆(そ) 翠微(すいび)を守る

再窺松柏路　　　再び 松柏の路を窺(うかが)えば

還有五雲飛　　　還(ま)た 五雲の飛ぶ有り

 

【語釈】

重…再び。昭陵… 唐の太宗李世民の陵墓。経 … 通り過ぎる。通りかかる。

草昧…まだ世が開けきらず、秩序が整っていないこと、大宗の枕詞の様なもので、随末に世が乱れて混沌としていた時をさす。英雄…太宗をさす。謳歌…その人の徳をうたにつくってうたうこと。曆數…天子の順位。帰…太宗に帰著する。風塵…戦乱によっておこるかぜほこり。三尺剣…漢の高祖は三尺の剣を提げて天下を取った、太宗もまた同様であった。社稷　天下をいう。〇一戎衣…周の武王がひとたび戎衣（軍服）をきて殷の紂王を討ち滅ぼしたのによって天下が大いに定まったという意。翼亮…たすけ、たすける、太宗が高祖を輔佐したこと。貞文徳…貞は正しくして固いこと、固く守ってかわらぬこと、文徳は平和の徳。丕承…丕は大に同じ、大にとは敬語である。承とは先代の意をうけること。戢武威…戢は鳥が羽をすぼめること、その様に武力の威をとりかたづけてしまう。聖図…太宗のはかりごと。天広大…天のごとく広く大きい。宗祀…宗としてまつること、宗とは祖についで大功ある君としてみることをいう。日光輝…日のごとく光輝がある。陵寝…山陵・寝廟。盤…建築物の曲折して立つことをいう。空曲…人無き山のくま。熊羆…くま、びぐまのようなつよい番兵。翠徴…山の半腹以下をいう。再窺…再とは第二回であるからいう。五雲…五色の雲。綵雲。

 

（唐詩選）

 

★唐　杜甫　　　　　夢李白二首　其一 　　　李白を夢む二首　　其の一　

 

死別已吞聲　　　死別 已に声を吞み

生別常惻惻　　　生別 常に惻々(そくそく)たり

江南瘴癘地　　　江南 瘴癘(しょうれい)の地

逐客無消息　　　逐客(ちくかく) 消息無し

故人入我夢　　　故人 我が夢に入り

明我長相憶　　　我が長く　相い憶うを明らかにす

恐非平生魂　　　恐らくは　平生の魂に非ざらん

路遠不可測　　　路遠くして 測るべからず

魂來楓葉青　　　魂来たるに 楓(ふう)葉(よう)青く

魂返關塞黑　　　魂返るに 関(かん)塞(さい)黒し

君今在羅網　　　君は 今 羅網(らもう)に在るに

何以有羽翼　　　何を以ってか 羽翼(うよく)有るや

落月滿屋梁　　　落月 屋(おく)梁(りょう)に満つ

猶疑照顏色　　　猶お疑う 顏色を照らすかと

水深波浪闊　　　水深くして 波浪は濶(ひろ)し

無使蛟龍得　　　蛟(こう)龍(りゅう)をして得しむること無かれ

 

【語釈】

故人…旧友。惻惻…心を痛ませるさま。瘴癘…湿地などに発生する毒気に当てられて発生する熱病。マラリアの類。　逐客…野郎に流された李白を指す。　故人　友人。　長相憶…いつも思い慕っていること。　平生魂…いつもの魂生きているときの魂。楓葉…李白のいると杜甫が思っている江南には、楓が多い。　関塞…杜甫のいる秦州のとりで。羅網…鳥あみ。李白が罪人として捕らわれていることを指す。　落月…落ちかかる月の光。屋梁…建物の梁。蛟龍　みずち。水の中に住み、人を呑むという想像上の生き物。ここでは李白の周りにいる悪人たちを指す。

 

（新釈漢文大系　詩人編　杜甫　（上））

 

★唐　杜甫　　　　　夢李白二首其二 　      李白を夢む二首 其の二　　

 

浮雲終日行　　　浮雲 終日行き

遊子久不至　　　遊子(ゆうし) 久しく至らず

三夜頻夢君　　　三夜 頻(しき)りに君を夢む

情親見君意　　　情 親しみて 君の意を見る

告歸常局促　　　帰るを告げて 常に局促(きょくそく)たり

苦道來不易　　　苦(ねんごろ)に道(い)う来(きた)るは易からず

江湖多風波　　　江湖 風波多く

舟楫恐失墜　　　舟(しゅう)楫(しゅう) 失墜せんことを恐る

出門搔白首　　　門を出でて白首(はくしゅ)を搔く

若負平生志　　　平生の志に負(そむ)くが若(ごと)し

冠蓋滿京華　　　冠(かん)蓋(がい) 京(けい)華(か)に満ち

斯人獨顦顇　　　斯(こ)の人独(ひと)り顦顇(しょうすい)す

孰云網恢恢　　　孰(たれ)か云う 網(あみ) 恢々(かいかい)たりと

將老身反累　　　将(まさ)に老いて 身 反って累(るい)せらる

千秋萬歲名　　　千秋万歲の名

寂莫身後事　　　寂莫たり　身後の事

 

【語釈】

浮雲…空を漂う雲。遊子…旅人、李白。局促…窮屈そうなさま。苦道…くどくど言う。舟楫…舟。冠蓋…高官の冠と傘を付けた立派な馬車、都の貴人。京華…都の美称。顦顇…憔悴、窶れたさま。恢恢…広大なさま、「天網恢々疎にして失せず」。累…繋がれる、罰を受けたこと。寂莫…ひっそりとして寂しいさま。身後…死後。　（新釈漢文大系　詩人編　杜甫　（上））

★唐　杜甫　　　　　羌村 其一　　　        羌(きょう)村(そん) 其の一

崢嶸赤雲西　　　崢嶸(そうこう)たる赤(せき)雲(うん)の西

日脚下平地　　　日脚(にっきゃく) 平地に下る　

柴門鳥雀噪　　　柴門(さいもん)に 鳥雀(ちょうじゃく)噪(さわ)ぎ

歸客千里至　　　帰客(きかく) 千里に至る　

妻孥怪我在　　　妻孥(さいど)は 我が在るを怪しみ

驚定還拭淚　　　驚き定まりて 還(ま)た淚を拭う

世亂遭飄蕩　　　世乱れて 飄蕩(ひょうとう)に遭い

生還偶然遂　　　生還(せいかん) 偶然に遂(と)ぐ　

鄰人滿牆頭　　　鄰人(りんじん) 牆頭(しょうとう)に満ち

感歎亦歔欷　　　感歎し 亦た歔欷(きょき)す　

夜闌更秉燭　　　夜闌(やらん) 更に燭を秉(と)り

相對如夢寐　　　相対すれば 夢(む)寐(び)の如し

 

 

【語釈】

羌村…鄜州三川県（陜西省延安市）、杜甫の妻子の疎開先崢嶸　高くそびえているさま。　赤雲　夕焼雲。　日脚　雲間から差し込む陽の光。　柴門　柴の門、侘しく貧しい家の門。　帰客　帰ってきた旅人。　妻孥　妻と子。　飄蕩　漂泊すること。　牆頭　土塀のほとり。　歔欷　すすり泣く。　夜闌…真夜中。　燭秉　蝋燭をつけかえる。　夢寐　夢。

 

（新釈漢文大系　詩人編　杜甫　（上））

★唐　杜甫　　　　　貧交行　               貧交(ひんこう)行(こう)

 

翻手作雲覆手雨　　　 手を翻(ひるがえ)せば雲と作り 手を覆(くつがえ)せば雨となる。　

紛紛輕薄何須數　　 　紛々たる軽薄　何ぞ数うるを須(もち)いん

君不見管鮑貧時交　　 君見ずや　管(かん)鮑(ぽう) 貧(ひん)時(じ)の交(わじわり)を

此道今人棄如土　　 　此の道　今人(こんじん) 棄(す)てて土の如し

 

【語釈】

貧交行…貧しい時代の交友の歌。翻手…てのひらを上に向ける。覆手…掌てのひらを下に向ける。紛々…混じり乱れるさま。管鮑…春秋時代の管仲と鮑叔牙。今人…現在の人。

 

(唐詩選)

 

★唐　杜甫　　　　　兵車行　　　           兵車(へいしゃ)行(こう)

 

車轔轔　馬蕭蕭　　　車轔轔(くるまりんりん)　馬蕭蕭(うましょうしょう)

行人弓箭各在腰　　　行人(こうじん)の弓箭(きゅうせん) 各(おのおの) 腰に在り

耶嬢妻子走相送　　　耶(や)嬢(じょう) 妻子(さいし) 走りて相(あい)送る

塵埃不見咸陽橋　　　塵埃(じんあい)にて見えず 咸(かん)陽(よう)橋(きょう)

牽衣頓足闌道哭　　　衣を牽(ひ)き足を頓(とん) して 道を闌(さえぎ)りて哭(こく)す

哭声直上干雲霄　　　哭声(こくせい) 直(ただ)ちに上りて 雲霄(うんしょう)を干(おか)す

道旁過者問行人　　　道(どう)旁(ぼう) を過(す)ぐる者 行人(こうじん)に問う

行人但云点行頻　　　行人(こうじん) 但(ただ)云(い)う 点(てん)行(こう)頻(しきり)りなりと

或従十五北防河　　　或(ある) いは十五より 北 河(か)を防ぎ

便至四十西営田　　　便(すなわ)ち四十に至りて 西 田(でん)を営(いとな)む

去時里正与裹頭　　　去る時 里(り)正(せい) 与(ため)に頭(こうべ)を裹(つつ)み

帰来頭白還戍邊　　　帰り来(きた)りて 頭(こうべ)白きに 還(ま)た辺(へん)を戍(まも)る

辺庭流血成海水　　　辺庭(へんてい)の流血(りゅうけつ) 海水(かいすい)と成るも

武皇開辺意未已　　　武(ぶ)皇(こう) 辺(へん)を開く意 未だ已(や)まず

君不聞漢家山東　　　二百州 君聞かずや 漢家(かんか)山東(さんとう)の二百州

千村万落生荊杞　　　千村(せんそん)万落(ばんらく) 荊杞(けいき)を生ずるを

縦有健婦把鋤犁　　　縦(たと)い健(けん)婦(ぷ)の 鋤犁(じょうり)を把(と)る有るも

禾生隴畝無東西　　　禾(か)は隴(ろう)畝(ほ)に生じて 東西無し

況復秦兵耐苦戦　　　況(いわ)や秦兵(しんぺい) 復(ま)た 苦戦に耐うるをや

被駆不異犬与鶏　　　駆(か)らるること 犬(いぬ)と鶏(にわとり)とに異ならず

長者雖有問　　　　　長者(ちょうじゃ) 問う有りと雖(いえど)も

役夫敢申恨　　　　　役夫(えきふ) 敢(あ)えて恨みを伸(の)べんや

且如今年冬　　　　　且(かつ)つ 今年の冬の如きは

未休関西卒　　　　　未(いま)だ関(かん)西(せい)の卒(そつ)を休(や)めざるに

県官急索租　　　　　県官(けんかん) 急に租(そ) を索(もと)むるも

租税従何出　　　　　租税(そぜい) 何(いず) くより出(い)でん

信知生男悪　　　　　信(まこと)に知る 男を生むは悪(あ)しく

反是生女好　　　　　反(かえ)って是(こ)れ 女を生むは好きを

生女猶得嫁比鄰　　　女を生まば 猶(な)お比鄰(ひりん)に嫁(か)するを得(う)るも

生男埋沒随随百草　　男を生ま ば埋没して百(ひゃく)草(そう)に随(したが)う

君不見　青海頭　　　君見ずや 青海(せいかい)の頭(ほとり)

古来白骨無人収　　　古来(こらい) 白骨(はっこつ) 人の収(おさ)むる無きを

新鬼煩冤旧鬼哭　　　新鬼(しんき)は煩冤(はんえん)し 旧鬼(きゅうき)は哭(こく)す

天陰雨湿声啾啾　　　天陰(くも)り雨湿(けぶ)るとき 声 啾々(しゅうしゅう)

 

【語釈】

兵車行…戦車の歌。「行」は歌。轔轔…ゴロゴロと車が転がる音。蕭蕭…馬の寂しげな声。行人…出征兵士。弓箭…弓矢。耶嬢…父と母。塵埃…すなけむり。咸陽橋…長安の北渭水にかけられた橋。牽衣…上着を引っ張る。頓足…地団太を踏む。闌道…道をさえぎる。雲哭…声をあげて泣く。雲霄…雲のある空。道旁…道端、路傍。過者…通りすがりの者。點行…徴兵。從……から。…より。防河…黄河防衛線の護り。便…そのまま。　營田…屯田兵となる。里正…尊重。裹頭…三尺の黒いうすぎぬで頭巾のように頭を包む、戦争に行く時の装束。　歸來…帰ってくる。戻ってくる。頭白…頭髪が白くなっている。還…なお。なおまた。戍邊…辺疆を防備する。邊庭…辺疆、辺境。海水…湖水。武皇…漢の武帝（唐の玄宗を指している。漢家…漢王朝のことだが暗に現在の唐王朝を指す。開邊…辺疆の異民族を征討して、漢土の領地を拡げていくこと。山東…華山の東側の地域で中原地方。二百州…天下の半分の地、四百餘州」は全中国。千村萬落…極めて多くの村落。荊杞…いばらや枸杞（くこ）、荒れ地に生える雑木。　縱有…たとえ…であっても。健婦…けなげな妻。把…手にとる。鋤犁…すきと鍬。禾…稲。隴畝…畝（うね）と畦（あぜ）。畑、田圃をいう。また、民間。無東西…物が無い。況復…ましてや…であったとしても。秦兵…秦地方（甘肅省、陝西省出身）の兵士、猛な兵士。驅…駆り立てる。長者…あなたさま…杜甫。役夫…わたくしめ。・敢…あえて。　・申…申す。もうしあげる。・恨…うらみ。且如……のごときは、…などは。未休…まだ終わらない。關西…函谷関以西。卒…兵卒、ここでは「派兵、出兵」といったような動詞的用法。縣官…地方の官吏、ここでは、徴税吏をいう。索…もとめる。粗…粗税。租税…租・庸・調のうちの租のこと。・從……から。出…供出する。猶…まだ。嫁…嫁（とつ）がす。・比鄰…近所。埋沒…埋没する。隨…したがって。…とともに。百草…雑草。青海…ココノール湖。頭…ほとり。古來…むかしより（今まで）。無人…だれも…をする人がいない。だれも、してくれない。・收…遺骨を収集する。新鬼…新たに亡くなった亡霊。煩冤…わずらいもだえる舊鬼…以前に亡くなった亡霊。哭…声をあげて啼く。天陰…空が曇る。雨濕…雨で湿る。聲…幽鬼の泣き声。啾啾…悲しげに泣く声。

 

（漢詩大系　９）

 

 

★唐　杜甫　　　　　短歌行贈王郎司直　　   短歌行 王郎司直(おうろうしちょく)に贈くる

 

王郎酒酣拔劒斫地歌莫哀　　王郎 酒 酣(たけな)わにして 剣を拔き地を斫(き)って 莫哀(ばくあい)を歌う

我能拔爾抑塞磊落之奇才　　　我 能(よ)く 爾(なんじ)が 抑(よく)塞(そく)磊落(らいらく)の奇才を拔(ぬく)かん

豫章翻風白日動　　　豫(よ)章(しょう) 風に翻って 白日動き

鯨魚跋浪滄溟開　　　鯨魚(げいぎょ) 浪を跋(ふ)んで 滄溟(そうめい)開く

且脫劒佩休徘徊　　　且(しばら)く剣佩(けんぱい)を脱して 徘徊(はいかい)を休(や)めよ

西得諸侯棹錦水　　　西のかた 諸侯を得て 錦水に棹(さお)さし

欲向何門趿珠履　　　何れの門に向ってか 珠(しゅ)履(り)を趿(は)かんと欲する

仲宣樓頭春色深　　　仲宣楼頭(ちゅうせんろうとう) 春色深し

青眼高歌望吾子　　　青眼(せいがん)高歌(こうか)して 吾子(あし)を望む

眼中之人吾老矣　　　眼中の人よ 吾(われ)老たり

 

【語釈】

短歌行 … 楽府題。王郎 …不詳、 姓は王、郎は親しみをこめた呼び方。司直 …東宮御所の役人や護衛兵の目付役。斫地 … 地面を切りつける。莫哀 … これ以上の哀しみはないという悲壮な曲。抜 …抜擢、ここでは相手の才能を高く評価する程度の意。抑塞 … おさえつけられていること磊落 … 志が大きくて小さな事にこだわらないさま。予章 … 巨大な楠の木。王郎の奇才にたとえる。白日動 … 太陽までが揺れ動く。鯨魚 … くじら、王郎の奇才にたとえる。跋 … 踏む。滄溟 … 大海。剣佩 … 剣と腰に下げる玉。休 … やめる。徘徊 … 歩き回る。得諸侯 … 自分の才能を認めてくれる諸侯を見つけて、その人に仕えること、ここでいう諸侯とは節度使のこと。錦水 … 四川省成都の近くを流れる川、錦江。趿珠履 … 珠履は宝玉で飾った靴、趿はつっかけてはくこと、諸侯に仕え、上客として待遇されること。仲宣楼 … 湖北省荊州（江陵）にあった楼、魏の詩人、王粲がこの楼に登って「登楼の賦」を作ったため仲宣楼と呼ばれた。青眼 … 親しい人に対するうれしい目つき。高歌 … 声高らかに歌うこと。吾子 … 相手を親しんでいう言葉。あなた。眼中之人 … 目の中に浮かぶ人、王郎を指す。

 

（唐詩選）（漢詩大系　９）

 

 

 

★唐　白居易　　　　遊雲居寺贈穆三十六地主

　　   　　　　　　　　　 雲居(うんご)寺に遊び穆(ぼく)三十六地主(ちしゅ)に贈る

 

亂峰深處雲居路　　　乱(らん)峰(ぽう)深き処　雲居(うんご)の路

共蹋花行獨惜春　　　共に花を蹋(ふ)みて行き 独り春を惜しむ

勝地本來無定主　　　勝地(しょうち)は本来　定(てい)主(しゅ)無し

大都山屬愛山人　　　大(おお)都(よそ) 山は山を愛する人に属す

 

【語釈】

穆三十六…不詳。亂峰…乱れ立つ山々。勝地…景勝の地。大都…おおよそ、

おおむね。（勝地本來無定主は、格言）

 

（新釈漢文大系　　白氏文集　三）

 

 

★唐　白居易　　　　尋春題諸家園林又題一絶

春の題を諸家の園林に尋ぬ又一絕を題す　

貌隨年老欲何如　　　貌(ぼう)は年の老ゆるに随い 何如(いか)ならんと欲す

興遇春牽尚有餘　　　興は春の牽(ひ)くに遇いて 尚お余り有り

遙見人家便花入　　　遙かに人家の花を見れば 便(すなわ)ち入り

不論貴賤與親疎　　　貴賤と親疎とを論ぜず

 

【語釈】

貌…姿、容貌。欲何如…どうすれば良いか、どうしようもない。春牽…春の誘惑。便…たちどころに。

 

（新釈漢文大系　白氏文集　十一）

★唐　白居易　　　　大林寺桃花　　　      大林寺(だいりんじ)の桃花

人間四月芳菲盡　　　人間 四月 芳菲(ほうひ)尽く

山寺桃花始盛開　　　山寺の桃花 始めて盛んに開く

長恨春歸無覓處      長恨す 春帰って 覓(もと)むる処無きを

不知轉入此中來　　　知らず 転じて此の中に入り来たりしを

 

【語釈】

大林寺…廬山の香炉峰上にある寺院。人間…人の世。世間。芳菲…よいにおいの花。春歸…春の季節が終わること。長恨…ずっと残念に思うこと。覓…求める。轉…却って、当時の俗語。此中…ここ。

（詩詞世界）（新釈漢文大系　白氏文集　三）

 

★唐　白居易　　　　暮立　　　            暮に立つ

 

黄昏獨立佛堂前　　黄昏 独り立つ 仏堂の前

滿地槐花滿樹蟬　　地に満ちる 槐花 樹に満ちる蟬

大抵四時心總苦　　大抵 四時 心 総(す)べて苦しけれど

就中腸斷是秋天　　就中(なかんづく) 腸の断たれるは 是れ秋天

 

【語釈】

黄昏…たそがれ時。四時…春夏秋冬。就中…とりわけ。腸斷…非常に深い愁い。是…be動詞にあたる。

 

（新釈漢文大系　白氏文集　三）

 

 

★唐　白居易　　　　晩秋閑居　　　       晩秋の閑居(かんきょ)

 

地僻門深少送迎　　　地は僻(へき)に 門は深くして　送迎少なし

披衣閑坐養幽情　　　衣を披(ひら)て閑坐(かんざ)し 幽情を養う

秋庭不掃携藤杖　　　秋庭掃(はら)わず 藤(とう)杖(じょう)を携え

閑踏梧桐黄葉行　　　閑(しずか)に 梧桐(ごとう)の黄葉を踏みて行く

 

【語釈】

地僻…陶潜「飲酒」其五「心遠ければ地自ら偏なり」とある。幽情…奥深く高雅な思い。藤杖…藤はつる状に生える木の総称で、かづらの杖。梧桐…あおぎり。

 

（新釈漢文大系　白氏文集　三）

 

★唐　白居易　　　　府西池　　　　       府(ふ)西池(せいち)

　　

柳無氣力枝先動　　　柳は気力無く 枝先ず動き

池有波紋冰盡開　　　池は波紋に有りて 氷尽きて開く

今日不知誰計會　　　今日知らず 誰か計(けい)会(かい)す

春風春水一時來　　　春風春水 一時に来る

 

【語釈】

無気力 …なよなよしている。枝先動 … 枝先がまず真っ先に揺れ動く。有波紋 …池の水面に波の輪状の模様が広がっている。開 …氷が解ける。計會…想い計る。

 

（新釈漢文大系　白氏文集　十）

 

 

★唐　白居易　　　　村夜　　　　         村(そん)夜(や)　　　

 

霜草蒼蒼蟲切切　　　霜(そう)草(そう)は蒼々(そうそう)として 虫 切々たり

村南村北行人絶　　　村南村北 行人(こうじん)絶ゆ

独出門前望野田      独り門前に出でて　野田(やでん)を望めば

月明蕎麦花如雪　　　月明らかにして 蕎麦(きょうばく) 花 雪の如し

 

【語釈】

霜草…霜にあったために枯れた草。蒼蒼…しおれて青白い色。切切…虫がしきりに鳴く擬声語。村南村北…村の南も北も。行人…道を行く人。野田… 野の中の田。蕎麥…そば、秋に白い花が咲く。

 

（新釈漢文大系　白氏文集　三）

 

★唐　白居易　　　　三月三十日題慈恩寺　 三月三十日慈恩寺(じおんじ)に題す　

 

慈恩春色今朝盡　　　慈恩の春色 今朝尽く

盡日徘徊倚寺門　　　尽日(じんじつ) 徘徊して 寺門に倚(よ)る

惆悵春歸留不得      惆悵(ちゅうちょう)す春 帰りて留め得ざるを

紫藤花下漸黃昏　　  紫藤(しとう)花下(かか)　漸(ようや)く黄昏

 

【語釈】

慈恩寺…陝西省長安の南東３キロメートル、曲江の北にある寺。春色…春景色、春の気配。盡日…一日中。裴回…ぶらぶら歩き回る。倚…もたれる。惆悵…うれえ悲しむさま。春歸…春が過ぎ去って帰っていく。漸…ようやく。黄昏…たそがれ。

 

（新釈漢文大系　白氏文集　三）

 

★唐　白居易　　　　秋雨中贈元九　　     秋雨の中　元九に贈る

 

不堪紅葉青苔地　　　堪えず　 紅葉青苔の地

又是涼風暮雨天　　　又 是れ 涼風暮雨の天

莫怪獨吟秋思苦　　　怪しむ莫かれ 独吟 秋思の苦(はなはだ)しきを

比君校近二毛年　　　君に比して 校(や)や近し 二毛の年

 

【語釈】

校…較と同じ、やや。二毛年…白髪と黒髪

（新釈漢文大系　白氏文集　三）

 

 

★唐　白居易　　　　酬令公雪中見贈訝不與夢得同相訪

　　　　　　令(れい)公(こう)の雪中に贈られ、夢(ぼう)得(とく)と同に相い訪ねざるを訝(いぶか)らるるに酬ゆ

 

雪鵞似毛飛散亂　　　雪は鵞(が)毛(もう)に似て 飛び 散乱し　

人被鶴立裴回　　　人は鶴氅(かくしょう)を被りて 立ちて裴回す

鄒生枚叟非無興　　　鄒生(すうせい)・枚叟(ばいそう)は 興 無きに非らず

唯待梁王召即來　　　唯だ梁(りょう)王(おう)の召すを 待ちて即ち来たらん

 

【語釈】

令公…裴度。夢得…劉禹錫。鵞毛…鵞鳥の毛、雪の形の形容。鶴氅…羽毛で作った外套。鄒生・枚史　鄒陽と枚乗、白居易と劉禹錫の喩え、謝恵連「雪賦」を踏まえる。梁王…裴度を指す。謝恵迪の「雪賦」に基づく表現。

 

（新釈漢文大系　白氏文集　十一）

 

 

 

 

★唐　白居易　　　　江南送北客因憑寄徐州兄弟書　

　　　　　　江南に北客を送り因(よ)って憑(たの)んで徐州の兄弟に書を寄す

 

故園望斷欲何如　　　故園 望断(ぼうだん)するも 何如(いかん)せんと欲す

楚水吳山萬里餘　　　楚水 吳山 万里余

今日因君訪兄弟　　　今日 君に因(よ)りて 兄弟を訪(と)う

數行鄉淚一封書　　　数行(すうこう)の鄉淚 一封の書

 

【語釈】

○江南…長江中下流の南側の地。○徐州…江蘇省徐州市。○故園…故郷。○望斷…とことん望見する。○楚水呉山…呉楚の地の山水。○郷淚…故郷を思う涙。

（新釈漢文大系　白氏文集　三）

 

★唐　白居易　　　　初貶官過望秦嶺　　   初めて官を貶されて望秦嶺を過ぐ

 

草草辭家憂後事　　　草々(そうそう) 家を辞して 後事を憂い

遲遲去國問前途　　　遅々(ちち) 国を去りて 前途を問う

望秦嶺上迴頭立　　　望秦嶺上 頭(こうべ)を迴(めぐ)らして立てば

無限秋風吹白鬚　　　限り無き秋風　白(はく)鬚(しゅ)を吹く

 

【語釈】

望秦嶺…長安南方に広がる秦嶺山脈にある、秦嶺山脈を越えて南方に行く時、ふり返って北方に見える長安一帯を望む最後の場所。草草…あわただしく。辭家…家に別れを告げる。後事…あとの事。・遲遲…ものごとが進まないさま。去國…国都長安を去ってゆく。問前途…将来を心配する。鬚…あごひげ。

 

（新釈漢文大系　白氏文集　三）

 

 

★唐　白居易　　　　對酒　　　　         酒に対す　　　　　

 

蝸牛角上争何事　　　蝸牛(かぎゅう)角上(かくじょう) 何事(なにごと)をか争う

石火光中寄此身　　　石火光中(せっかこうちゅうちゅう) 此の身を寄す

随富随貧且歓樂　　　富に随い 貧に随い 且(しば)らく歓楽(かんらく)せん

不開口笑是癡人　　　口を開いて笑わざるは 是(こ)れ癡(ち)人(じん)

 

【語釈】

蝸牛角上…カタツムリの角の上、小さな世界の意。

石火光中…火打ちの火花のように短い時間

 

（新釈漢文大系）

 

★唐　白居易　　　　春至　 　　          春至る　　　　

 

若爲南國春還至　　若(いかん)為(せん) 南国 春還また至るを

爭向東樓日又長　　争(いかん)向(せん) 東楼 日又長きを

白片落梅浮澗水　　白片 の落梅 は澗(かん)水(すい)に浮うかび

黄梢新柳出城墻　　黄梢(こうしょう)の新柳は 城墻(じょうしょう)より出(い)でたり

閑拈蕉葉題詩詠　　閑(しずか)に蕉(しょう)葉(よう)を拈(ひね)りとり 詩を題して詠じ

悶取藤枝引酒嘗　　悶(むすぼれ)て藤枝を取り 酒を引きて嘗(な)なむ

樂事漸無身漸老　　楽事(らくじ) 漸(ようやく)ややく無くして 身漸(ようや)く老ゆ

從今始擬負風光　　今従(よ)り始めて擬す 風光に負そむかんことを

 

【語釈】

若爲・爭向…いずれも当事の俗語で、文語の「如何」にあたるという、「どうしようもない」ほどの意。南国；忠州（重慶市忠県）夏は炎暑の地となる。藤枝…鈎藤の茎、この藤は漢方薬に用いられる鈎藤で、茎が中空なので、ストローのように用いることができるという。負風光…季節ごとの遊興などと無縁に生活すること。

 

（新釈漢文大系　白氏文集　四）

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★唐　白居易　　　　不出門　　　         門を出でず　　　　

 

不出門來又數旬　　　門を出でざるより来(このかた) 又 数旬

將何銷日與誰親　　　何を将(も)ってか日を銷(しょう)し誰と与(とも)にか親しまん

鶴籠開處見君子　　　鶴(かく)籠(ろう)開く処 君子を見

書卷展時逢古人　　　書卷(しょかん)展(の)ぶる時 古人に逢う

自靜其心延壽命　　　自(みずか)ら其の心を静かにして 寿命を延(の)べ

無求於物長精神　　　物を求むること無くして 精神を長(ちょう)す

能行便是真修道　　　能(よ)く行わば 便ち是れ 真の修道

何必降魔調伏身　　　何んぞ必ずしも 降魔(ごうま)調伏(ちょうぶく)の身ならんや

 

【語釈】

來…以来。又…添加の意を示す副詞、更に重ねて。将…～でもって。銷日…日々の時間を消費する。鶴籠…鶴の鳥かご。君子…籠の中の鶴を指す。自静其心　『壮子』達生篇に見える「必ず斉（斎）して以て心を静かにす」を利用した表現。無下於物…「物」とはいわゆる外物、世俗的名利の意、『荘子』外物篇に「外物、必とすべからず」と。便是「即是」に同じ、とりもなにさず……である。降魔…仏教語、魔物を降伏させること。成仏以前の釈迦が魔王と戦ってこれに打ち勝つたという故事に基づく。調伏…仏教語、身・囗・意の三業を調和させ、諸々の悪行を抑止すること。身…身分。

 

（新釈漢文大系　白氏文集　十）

 

★唐　白居易　　　　江樓夕望招客　　　   江楼夕望 客を招く

 

海天東望夕茫茫　　　海天 東望すれば　夕(ゆう) 茫々(ぼうぼう)たり

山勢川形闊復長　　　山勢　川形　闊(ひろ)くして復(ま)た長し

燈火萬家城四畔　　　灯火 万家 城の四畔

星河一道水中央　　　星河 一道 水の中央

風吹古木晴天雨　　　風は古木を吹く 晴天の雨

月照平沙夏夜霜　　　月は平沙を照す 夏夜の霜

能就江樓銷暑否　　　能く江楼に就(つ)いて暑を銷(しょう)せんや否や

比君茅舍較清涼　　　君の茅舍に比すれば 較(や)や清涼ならん

 

【語釈】

茫茫…広大で果てしないさま。四畔…四辺。星河…天の川。較…やや。

 

（新釈漢文大系　白氏文集　四）

 

★唐　白居易　　　　春來頻與李二賓客郭外同遊因贈長句

　　　　春来たり 頻(しき)りに李二(りに)賓客(ひんきゃく)と郭外に同遊す 因(よ)りて長句を贈る

 

風光引步酒開顏　　　風光は步を引き 酒は顏を開かしむ   

送老消春嵩洛間　　　老を送り春を消す 嵩洛(すうらく)の間

朝蹋落花相伴出　　　朝(あした)に落花を蹋(ふ)み 相い伴いて出で

暮隨飛鳥一時還　　　暮に飛鳥に随い 一時に還える

我爲病叟誠宜退　　　我は病叟と為りて 誠に宜しく退くべく

君是才臣豈合閑　　　君は是れ才臣たて 豈に合(まさ)に閑(かん)たらんや

可惜濟時心力在　　　惜しむ可し時を済う 心力在るを

放教臨水復登山　　　水に臨み 復た山に登らしむ

 

【語釈】

風光…景色、風景。引歩…散歩に招く。開顔…顔がはころぶ。銷春…眷を過ごす。嵩洛問…洛水と嵩山の間、洛陽一帯。一時還…一緒に帰る。病叟…病気もちの爺さん。宜退…引退すべき。才臣…能力のある臣下。濟時心力…世を救う胆力。放教…しむとよみ、～させる。臨水復登山…川遊びや山登りをする、山野の遊びのこと。

 

（新釈漢文大系　白氏文集　十一）

 

 

 

 

 

 

 

 

★唐　白居易　　　　尋郭道士不遇　　  　郭(かく)道士(どうし)を尋ねて遇わず

 

郡中乞假來相訪　　　郡中(ぐんちゅう)　假(いとま)を乞いて　来りて相(あい)訪(と)う

洞裏朝元去不逢　　　洞裏 元に朝し 去りて逢わず

看院祗留雙白鶴　　　院を看れば 祗(た)だ留む 双白鶴

入門惟見一青松　　　門に入れば 惟(た)だ見る 一青松

藥爐有火丹應伏　　　薬炉 火有り 丹 応(まさ)に伏すべし

雲碓無人水自舂　　　雲碓(うんたい) 人無く 水 自(おのずか)ら舂(うすつ)く

欲問參同契中事　　　参(さん)同契中(どうけいちゅう)の事を 問わんと欲すれば

更期何日得從容　　　更に何れの日か 従容を得んことを期す

 

【語釈】

郡中…郡の役所、この場合は江州。假…休暇。洞裏…郭道士の居宅。朝元…玄元皇帝李老君（老子）の廟に参朝する。院…庭。留…留守番をさせる。丹…丹薬、仙人の不老不死の薬物。伏…火で調伏して仙丹を練ること。雲碓…雲母（仙薬の材料）を搗くからうす、水を受けて自動的に動く仕組みになっている。參同契…練丹の方法を書いた本。從容…ゆっくりと逗留すること。

 

（新釈漢文大系　白氏文集　四）

 

★唐　白居易　　　　寄殷協律　　　      殷協(いんきょう)律(りつ)に寄す

 

五歲優游同過日　　　五歲優游(ゆうゆう)し 同じく日を過ごす

一朝消散似浮雲　　　一朝消え散じ 浮雲に似たり

琴詩酒伴皆拋我　　　琴(きん)詩(し)酒(しゅ)の伴(とも) 皆 我を拋(なげう)うち　

雪月花時最憶君　　　雪月花の時 最も君を憶う

幾度聽雞歌白日　　　幾度か 雞を聽いて 白日を歌い

亦曾騎馬詠紅裙　　　亦た曾つて 馬に騎(の)りて 紅裙(こうくん)を詠ず

吳娘暮雨蕭蕭曲　　　吳娘(ごじょう) 暮雨に 蕭々(しょうしょう)たる曲

自別江南更不聞　　　自ら 江南に別かれてより 更に聞かず

 

【語釈】

殷協律…不詳、「協律」は音楽を司る官。優游…ゆったりと遊ぶ。消散…離散すること、別れ去ること。紅裙…美しい歌妓。吳娘…呉の妓女。

 

（新釈漢文大系　九）

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★唐　白居易　　　　宿靈巖寺上院　　　  靈(れい)巖寺(げんじ)の上院(じょういん)に宿す

 

高高白月上青林　　　高々(こうこう)たる白月 青林に上(のぼ)り

客去僧歸獨夜深　　　客去り 僧帰りて 独り夜深(ふ)ける

葷血屏除唯對酒　　　葷血屏除(くんけつへいじょ)せられ 唯だ酒に対し

歌鐘放散只留琴　　　歌(か)鐘(しょう)放散(ほうさん)して 只だ琴を留む

更無俗物當人眼　　　更に 俗物の 人(じん)眼(がん)に当る無く

但有泉聲洗我心　　　但(た)だ 泉(せん)声(せい)有りて 我が心を洗う

最愛曉亭東望好　　　最も愛す 曉亭(ぎょうてい) 東望の好きを

太湖煙水綠沈沈　　　太湖の煙水 緑沈沈たり

 

【語釈】

高高…非常に高い。白月…満月、皓月。青林…青青とした林。葷血…臭いのする野菜と肉類、生臭物。屏除…しりぞきのける。歌鐘…歌や打楽器。放散…取り払われる。當人眼…人の眼に入ってくる。太湖…靈巖山の東にあたる。煙水…水とその上の靄。沈沈…さかんなさま。

 

（新釈漢文大系　９）

 

★唐　白居易　　　　香爐峯下新卜山居草堂初成偶題東壁

　　　　　　　香炉(こうろ)峯下(ほうか) 新たに山居を卜(ぼく)し 草堂初めて成る偶(たま)たま東壁も題す

日高睡足猶慵起　　日高く睡り足りて　猶お起くるに慵(ものう)し

小閣重衾不怕寒　　小閣に衾(きん)を重ねて　寒(かん)を怕(おそ)れず

遺愛寺鐘欹枕聽　　遺愛寺(いあいじ)の鐘は　枕を欹(そばだ)てて聴き

香爐峯雪撥簾看　　香炉(こうろ)峰(ほう)の雪は　簾(すだれ)を撥(かか)げて看る

匡廬便是逃名地　　匡廬(きょうろ)は便(すなわ)ち是れ名を逃るるの地

司馬仍爲送老官　　司馬は仍(な)お　老(ろう)を送るの官たり

心泰身寧是歸處　　心泰(やす)く身寧(やす)きは　是れ帰する処

故鄕何獨在長安　　故郷何ぞ独(ひと)り長安にのみ在らんや

 

【語釈】

香爐峰…江西省九江県西南にある廬山の北峰。卜…家を建てる。

小閣…小さな建物。自宅の建物の謙譲語。遺愛寺…香炉峰の北方にある寺。欹枕…枕をかたむける。匡廬…盧山の別名、陶淵明の隠棲の地に近い。

司馬…刺史（州の長官）の補佐役。故郷…ふるさと、自分が住むべき地。

 

（新釈漢文大系　三）

 

★唐　白居易　　　　和李中丞与李给事山居雪夜同宿小酌

　　　　　　　　李中丞(りちゅうじょう)が李給事(りきゅうじ)と山居し、雪(せつ)夜(や)に同宿して小酌(しょうしゃく)せるに和す

 

憲府觸邪峨豸角　　　憲府(けんぷ) 邪に触るること 豸(ち)角(かく)より峨(けわ)し

瑣闈駮正犯龍鱗　　　瑣闈(さい) 駮(ばく)正(せい)して 龍(りゅう)鱗(りん)を犯す

那知近地齋名客　　　那(なん)ぞ知らん 近地 斎(さい)名(めい)の客(かく)

忽作深山同宿人　　　忽(たちま)ち 深山 同宿の人と作(な)るを　　　　

一盞寒燈雲外夜　　　一盞(いっさん)の寒燈 雲外の夜

數杯溫酎雪中春　　　数杯の温酎(おんちゅう) 雪中の春

林泉莫作多時計　　　林泉 作(な)す莫かれ 多時の計

諫獵登封憶舊臣　　　諫猟登封(かんりょうとうふう) 旧臣を憶う

 

【語釈】

李中丞…李仍叔、唐宗室の末裔、中丞は御史中丞（官を弾劾する役）。李给事…李中敏、給仕は給仕中（皇帝を諫める側近）。憲府…御史台（官僚を弾劾する役所、李中丞のこと。觸…犯罪を処罰する。豸角…伝説上の動物、不正なり物を触し、噛むという。峨…険しい。瑣闈…給仕中のこと。駮正…他人の説を非難、攻撃すること。龍鱗…皇帝。齋名客…名声を同じくする人士。忽…たまたま。一盞…一つの燈明皿。寒燈…寒々とした灯火。雲外…高山の上。溫酎…暖めた酒。諫獵…政務を諫めること。登封…封禅の儀を行うこと。

 

（新釈漢文大系　十二上）

 

 

 

 

 

★唐　白居易　　　　池上閑吟　　　      池上(ちじょう)閑吟(かんぎん)　　

 

高臥閑行自在身　　　高臥(こうが) 閑(かん)行(こう) 自在の身

池邊六見柳條新　　　池辺 六たび見る 柳條の新たなるを

幸逢堯舜無為日　　　幸いに 堯舜(ぎょうしゅん)無為の日に逢い

得作羲皇向上人　　　羲(ぎ)皇(こう) 向上の人と作(な)るを得

四皓再除猶且健　　　四(し)皓(こう) 再び除(じょ)せられて 猶(な)お且(か)つ健に

三州罷守未全貧　　　三州 守を罷んぜられて 未だ全く貧しからず　

莫愁客到無供給　　　愁(うりょ)う莫(な)かれ　客到りて　供給無しを

家醞香濃野菜春　　　家醞(かうん) 香り濃やかにして 野菜は春

　

【語釈】

高臥…世俗を離れて暮らす。閑行…もの静かに歩く、のんびりと歩く。羲皇向上人…伏羲以前の大、太古の人民、匪俗を離れ了目適の生活を送る人。四応…　向山の四帖、漢の高祖に従って遊んだ、よって太子賓客の官に仟ぜられたことを卜う。三川…黄訶・洛水・伊水が交錯する地。河南洛陽をいう。「三川罷守」とは、河南尹を辞めたことをいう。家醞…自家醸造の酒。供給…他人の要求に応じて物をやること。

 

（新釈漢文大系　白氏文集　十一）

 

★唐　白居易　　　　江樓遠別　　　      江楼の宴(えん)別(べつ)　　

 

樓中別曲催離酌　　楼中の別曲 離酌を催(もよお)し

燈下紅裙閒綠袍　　燈下の紅裙(こうくん) 緑袍(りょくほう)に間(まじわ)る

縹緲楚風羅綺薄　　縹緲(ひょうびょう)たる楚風　羅綺(らき)薄く

錚鏦越調管弦高　　錚鏦(そうそう)たる越調(えつちょう) 管弦高し

寒流帶月澄如鏡　　寒流 月を帯びて 澄めること鏡の如く

夕吹和霜利似刀　　夕吹(せきすい) 霜に和して 利(と)ときこと刀に似たり

尊酒未空歡未盡　　尊酒 未だ空しからず 歓も未だ尽きず

舞腰歌袖莫辭勞　　舞腰  歌袖 労を辞する莫かれ

　

【語釈】

別曲…別れの曲。離酌…別れの盃。紅裙…紅の裳、妓女のスカート。緑袍…　緑色の上着、色によって階級別に定められていた官吏の制服。楚風…楚（長江中流域）の地を吹く風。羅綺…羅(うすもの)と綺(あやぎぬ)、美しい衣服のこと。錚鏦…金管楽器による冴えた音の響き。越調…唐楽の音調の一つ。強く、悲痛な調子。夕吹…夕風。尊酒…樽酒。舞腰…舞う腰つき。歌袖…歌い舞う袖。

 

（新釈漢文大系　白氏文集　三）

 

★唐　白居易　　　　早冬　            　早(そう)冬(とう)　　　　

 

十月江南天氣好　　　十月　江南　天気好し

可憐冬景似春華　　　憐れむ可し 冬景　春(しゅん)華(か)に似たり

霜輕未殺萋萋草　　　霜は軽く　未だ(いまだ)殺(か)らさず　萋々(せいせい)たる草

日暖初乾漠漠沙　　　日は暖かく　初めて乾く　漠漠(ばく々)たる沙(いさご)

老柘葉黄如嫩樹　　　老柘(ろうたく)　葉は黄にして　嫩樹(どんじゅ)の如く

寒櫻枝白是狂花　　　寒桜　枝は白くして　是れ狂花なり

此時却羨閑人醉　　　此の時　却って羨む　閑人の酔うを

五馬無由入酒家　　　五馬　酒家に入るに由(よし)無し

 

【語釈】

可憐…ああ、簡単の言葉。春華…春の陽光。萋萋…草が茂っているさま。漠漠…広大なさま。老柘…古い山桑。嫩樹…若木。狂花…狂い咲き。五馬…刺史の乗る五頭仕立ての馬車。

 

（新釈漢文大系　白氏文集　四）

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★唐　白居易　　　　放言　　          　放言(ほうげん)　　

 

泰山不要欺毫末　　　泰山は 毫(ごう)末(まつ)を欺くを要せず

顔子無心羨老彭　　　顔子(がんし)は 老彭(ろうぼう)を羨むに心無し

松樹千年終是朽　　　松樹千年 終(つい)に是(こ)れ朽(く)ち

槿花一日自爲榮　　　槿花一日 自(みずか)ら栄を為す

何須戀世常憂死　　　何ぞ須(もち)いん 世を恋(した)いて 常に死を憂うを

亦莫嫌身漫厭生　　　亦た身を嫌いて 漫(みだり)に生を厭(いと)う莫かれ

生去死來都是幻　　　生去り死来らば 都(すべ)て是(こ)れ幻

幻人哀樂繫何情　　　幻人(げんじん)の哀楽 何の情に繋(かか)る

 

【語釈】

泰山…五岳の一つ、封禅に使われた。毫末…毛先、極めて小さな物のたとえ。顔子…顔回、孔子第一の高弟、短命であった。老彭…彭祖のこと、八百歳の長寿を保ったという。槿花…朝顔、短命なもののたとえ。幻人…幻の人。何情…どんな現実、情は幻の反対概念。

 

（新釈漢文大系　白氏文集　三）

 

 

★唐　白居易　　　　長安早春旅懐　　　  長安 早春の旅(りょ)懐(かい)　

 

軒車歌吹喧都邑　　　軒車(けんしゃ) 歌吹(かすい) 都邑(とゆう)に喧(かまび)すし

中有一人向隅立　　　中に一人の 隅(すみ)に向かって立つ有り

夜深明月巻簾愁　　　夜深けて明月に 簾を巻いて愁え

日暮青山望郷泣　　　日暮れて青山に 郷を望みて泣く

風吹新緑草芽坼　　　風は新緑を吹いて 草(そう)芽(が)坼(さ)け

雨灑軽黄柳条湿　　　雨は軽黄(けいこう)に灑(そそ)いで 柳条(りゅうじょう)湿う

此生知負少年春　　　此の生 少年の春に負(そむ)くを知る

不展愁眉欲三十　　　愁眉(しゅうび)を展(の)べず 三十ならんと欲す

 

【語釈】

軒車…幌の付いた車、高級車。歌吹…管弦と歌。都邑…都市と村。一人…白居易。向…於と同じ、場所を示す助辞。坼…萌え出す。軽黄…黄色い芽。愁眉…眉を寄せた愁わしげな顔つき。

 

（新釈漢文大系　白氏文集　三）

 

 

★唐　白居易　　　　想歸田園　　　      田園に帰るを想う

 

戀他朝市求何事　　　他の朝市(ちょうし)を恋いて 何事をか求む

想取丘園樂此身　　　丘園を取りて 此の身を楽しませんと想う

千首惡詩吟過日　　　千首の悪詩を 吟じて日を過ごし

一壺好酒醉消春　　　一壺の好酒に 酔いて春を消す

歸鄕年亦非全老　　　鄕に帰るも 年 亦た全く老いたるに非らず

罷郡家仍未苦貧　　　郡を罷(や)むれども 家 仍(な)お未だ苦(はななだ)だ貧しからず

快活不知如我者　　　快活 知らず 我の如き者

人間能存幾多人　　　人間(じんかん) 能く存す 幾多の人

 

【語釈】

戀他…かの……を恋い慕う。朝市…朝廷と市、都会をいう。何事…どんな事。丘園…丘のある田園、隠棲地。消春…春愁を消す。罷…やめる。郡…郡の役人。快活…たのしく（すごす）。人間…この世の中。浮き世。能存…どれほどありえるだろうか。幾多人…どれほどの数の人。

 

（新釈漢文大系　９）

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★唐　白居易　　　　八月十五日夜禁中獨直對月憶元九

　　　　　　　　八月十五日夜 禁中に独り直(ちょく)し月に対して元(げん)九(く)を憶う

 

銀臺金闕夕沈沈　　　銀(ぎん)台金闕(だいきんけつ) 夕べ沈々

獨宿相思在翰林　　　独宿 相ひ思いて 翰(かん)林(りん)に在り

三五夜中新月色　　　三五夜中 新月の色

二千里外故人心　　　二千里外 故人の心

渚宮東面煙波冷　　　渚宮の東面には 煙波冷ややかに

浴殿西頭鍾漏深　　　浴殿の西頭には　鐘漏深し

猶恐淸光不同見　　　猶お恐る 清光 同じくは見ざらんことを

江陵卑湿足秋陰　　　江陵は卑湿にして 秋(しゅう)陰(いん)足る

 

【語釈】

八月十五日夜…旧暦、仲秋の名月の夜。禁中…宮中。直…宿直する。元九…中唐の詩人、元稹（779～831）を指す。銀台…「宮殿全体の美称・総称」とする説と、「宮殿の門の名、銀台門ないし、その北にあった翰林院」とする説との、二つに解釈が分かれる。金闕…天子の宮殿、「闕」は宮殿の門のこと。夕…ここでは夜、夕方ではない。沈沈…夜が静かにふけていくさま。独宿…独りで宿直する。相思…相手を思う。「相」は「互いに」という意味ではない。翰林… 翰林院、詔勅等を司る役所、白居易は翰林学士であった。三五夜…十五夜。新月…「空にのぼったばかりの月」とする説と、「中天にのぼった清新な輝きをもつ月」とする説との、二つに解釈が分かれる。二千里外…長安と江陵との距離を指す。故人 …昔なじみの友人、元稹を指す。渚宮…湖北省江陵の東南にあった古跡。戦国時代、楚の襄王の離宮、また、これを長安城中の実景とする説もある。煙波…もやの立ちこめた水面。浴殿…翰林院のすぐそばにあった浴堂殿を指す。西頭…西のあたり。鐘漏…時を知らせる鐘と、漏刻（水時計）の音。深…夜が更ふけていくことを表す。猶 … 「なお」と読み、「やはり」「それでもなお」と訳す。恐…心配だ。気にかかる。清光…澄み切った月の光。不同見…白居易が長安で見ている月は、江陵にいる元稹には同じように美しく見えないだろう。江陵 … 湖北省江陵県。一名、荊けい州しゅう。卑湿…地が低く、じめじめしている。秋陰 … 秋のくもり空。足 … ここでは多い。

 

（新釈漢文大系　白氏文集　三）

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★唐　白居易　　　　西湖留別　　　          西湖(せいこ)留別(りゅうべつ)　　

 

征途行色慘風煙　　　征途(せいと)の行(こう)色(しょく)　風煙慘(さん)たり

祖帳離声咽管絃　　　祖帳(そちょう)の離(り)声(せい) 管絃咽(むせ)ぶ

翠黛不須留五馬　　　翠(すい)黛(たい)は須(もち)いざれば 五馬を留むるを

皇恩只許住三年　　　皇恩は只だ許す 三年を住するを

緑藤陰下鋪歌席　　　緑(りょく)藤(とう)陰下(いんか) 歌席を鋪(し)き

紅藕花中泊妓船　　　紅藕(こうぐう)花中(かちゅう) 妓(ぎ)船(せん)を泊す

処処迴頭尽堪恋　　　処々 頭(こうべ)を迴(めぐら)らせば 尽(ことごと)く恋うるに堪えたり

就中難別是湖辺　　　就中(なかんづく) 別れ難きは是(こ)れ湖辺

 

【語釈】

征途…旅行く道程。行色…旅立ちのようす。徂帳餞別のための宴会を開くために張った帷帳と酒宴。離声…訣別歓送の歌声。翠黛…歌妓たちのこと。

 

（新釈漢文大系　白氏文集　九）

 

★唐　白居易　　　　過元家履信宅　　　      元家(げんけ)の履(り)信(しん)の宅をぎる

 

雞犬喪家分散後　　　雞犬 家を喪(うしな)い 分散の後

林園失主寂寥時　　　林園 主(しゅ)を失い　寂寥(せきりょう)の時

落花不語空辭樹　　　落花 語らず　空しく樹を辞し

流水無情自入池　　　流水 情(じょう)無く　自(おのずか)ら池に入る　

風蕩醼船初破漏　　　風は蕩(とう)す 醼(えん)船(せん)の初めて破(は)漏(ろう)せるを

雨淋歌閣欲傾欹　　　雨は淋(したた)る 歌閣(かかく)の傾欹(けいき)せんと欲するに

前庭後院傷心事　　　前庭後院 心を傷ましむる事は

唯是春風秋月知　　　唯だ是れ 春風(しゅんぷう)秋月(しゅうげつ)の知るのみ

 

 

【語釈】

元家…元槇（白居易の親友で此の時は死去していた）。履信…履信坊、洛陽の地名。寂寥…ひっそりとして物寂しいさま。蕩…ゆらす。醼船…酒盛りをする船。傾欹…傾斜する。

 

（新釈漢文大系　白氏文集　十）

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★唐　白居易　　　　春江　　　              春江

 

炎涼昏曉苦推遷　　　炎(えん)涼(りょう) 昏暁(こんぎょう) 苦(はなは)だ推(すい)遷(せん)し

不覺忠州已二年　　　覚えず 忠州(ちゅうしゅう) 已に二年

閉閣只聽朝暮鼓　　　閣(かく)を閉じて只(た)だ聽く 朝(ちょう)暮(ぼ)の鼓(つづみ)

上樓空望往來船　　　楼(ろう)に上(のぼ)って空しく望む 往来(おうらい)の船

鶯聲誘引來花下　　　鶯声(おうせい)に誘引せられて 花下(かか)に来たり

草色句留坐水邊　　　草色(そうしょく)に句留(こうりゅう)せられて  水辺(すいへん)に坐(ざ)す

唯有春江看未厭　　　唯(た)だ春江(しゅんこう)の看れども未(いま)だ厭(あ)かざる有り

縈砂繞石淥潺湲　　　砂を縈(めぐ)り石を繞(めぐ)って 淥(みどり)潺(えん)湲(げん)たり

 

【語釈】

炎涼…暑さと寒さ。昏曉…あけぼのと夕暮れ。推遷…移り変わる。忠州…現在の重慶市に設置された州。閣…楼閣、ここでは部屋という程度。句留…引き留める。淥…緑。潺湲…水が流れるさま。

 

 

★唐　白居易　　　　送王十八歸山寄題仙遊寺　

王十八の山に帰るを送り仙遊寺(せんゆうじ)に寄(き)題(だい)す　　

 

曾於太白峰前住　　　曾て太白峰前に於いて住み

數到仙遊寺裏來　　　数(しば)しば仙遊寺裏に 到りて来たる

黑水澄時潭底出　　　黒水(こくすい)澄む時　潭底(たんてい)出で

白雲破處洞門開　　　白雲破るる処　洞門開く

林間暖酒燒紅葉　　　林間に酒を暖めて 紅葉を燒き

石上題詩掃綠苔　　　石上に詩を題して 緑(りょく)苔(たい)を掃(はら)う

惆悵舊遊無複到　　　惆悵(ちょうちょう)す　旧遊 複(ま)た到ること無きを

菊花時節羨君回　　　菊花の時節　君が回(かえ)るを羨(うらや)む

 

【語釈】

王十八…王質夫。仙遊寺… 陕西省周至県の南にある寺。寄題…園地に有る物をその場に行かないで題として作ること。太白峰…太白山、終南山の最高峰。黑水…黒河、南山に発し、遊仙寺の前を流れる川。潭底…淵の底。破…消える、当時の俗語。題…書き付ける。惆悵…嘆き悲しむ。

 

（新釈漢文大系　白氏文集　三）

 

 

★唐　白居易　　　　春題湖上　　　          春 湖上に題す　

 

湖上春來似畫圖　　湖上に春来りて 画図(がと)に似たり

亂峯圍繞水平舖　　乱(らん)峯(ぽう) 囲繞(いぎょう)して 水平らかに舖(し)く

松排山面千重翠　　松は山面に排す 千重の翠

月點波心一顆珠　　月は波心に點(てん)ず 一顆(いっか)の珠

碧毯線頭抽早稻　　碧毯(へきたん)の線頭　早稻(そうとう)を抽(ひ)き

青羅裙帶展新蒲　　青(せい)羅(ら)の裙帶(くんたい)　新蒲(しんぽ)を展(の)ぶ

未能抛得杭州去　　未だ杭州を抛(なげう)ち得て去る能はず

半勾留是此湖　　一半 勾留するは　是れ此の湖

 

【語釈】

湖上…西湖の上。畫圖…絵。亂峯…不揃いにそびえたつ峰々。圍繞…とりまく。舖…しきつめる。排…ならぶ。山面…山の表面。點…点じる。　・波心…波のまんなか。顆…まるい物を数える量詞（助数詞）。珠…たま。碧毯…緑色のじゅうたん。線頭…糸の尖（さき）。抽…（穂が）出る。早稻…わせ。青羅…青いうすぎぬ。裙帶…婦人服の裳裾（もすそ）のひも。展…のべる。ひろげる。新蒲…新たに（生え揃った）ガマ（の穂）。杭州…杭州市、作者は、杭州刺史としてここにいた。一半…半分。なかば。勾留…とらえてとどめる。是……は…である、be動詞にあたる。

 

（新釈漢文大系　９）

 

★唐　白居易　　　　戊申歲暮詠懷三首 其三   戊申歲暮詠懷(ぼしんさいぼえいかい)三首 其の三

 

七年囚閉作籠禽　　　七年 囚(しゅう)閉(へい)せられて 籠禽(ろうきん)と作(な)り

但願開籠便入林　　　但だ願う 籠(かご)を開らきて 便(すなわ)ち林に入(い)らんことを

幸得展張今日翅　　　幸に 今日の翅(つばさ)を張(ちょう)展(てん)するを得(う)れば

不能辜負昔時心　　　昔時(せきじ)の心に辜負(こふ)する能わず

人間禍福愚難料　　　人間の禍福は 愚にして料り難く

世上風波老不禁　　　世上の風波は 老いても禁(た)ぜず

萬一差池似前事　　　萬一　差池(さち)すること 前事に似(に)ば

又應追悔不抽簪　　　又 応(まさ)に簪(かんざし)を抽(ぬ)かざることを 追悔すべし

 

【語釈】

七年…元和十五年（八一○）、忠州から長安へ召還せられ、主客郎中）・知制詁に拝せられて以降、この詩が作られた大和二年（八二八）末に至るまでの年月を概算して言う。この間、白居易は、中書舎人（正五品玉）・知制詁、杭州刺史（従三品）、太子左庶子（正四品上）、蘇州刺史（従三品）、秘書監（従三品）、刑部侍郎（正四品下）といった職を歴任し、官僚としては概ね順調かつ平穏な日々を送ることができたと言ってよい。囚閉…囚われ閉じ込められる。展張…　のびのびと広げる。辜負…信念などに背く。人間…世間。差池…不斉一なさま、ここでは、自己の思いと現実の状況とが食い違ってしまうことをいう。前事…　江州司馬に左遷されたこと。応…きっと……のはずだ。推量の辞。抽簪…官位を退くこと。

 

（新釈漢文大系　白氏文集　十）

 

★唐　白居易　　　　春中與盧四周諒華陽觀同居

           　　　　春中 盧四周諒(ろししゅうりょう)と華陽觀(かようかん)に同居す

 

性情嬾慢好相親　　　性情 嬾慢(らんまん)にして 好く相親しみ

門巷蕭條稱作鄰　　　門(もん)巷(こう) 蕭條(しょうじょう)として 鄰(りん)を作すに称(かな)う

背燭共憐深夜月　　　燭を背にして 共に憐れむ 深夜の月　

蹋花同惜少年春　　　花を蹋(ふ)んで 同じく惜しむ 少年の春

杏壇住僻雖宜病　　　杏壇(きょうだん) 住 僻にして 病に宜しきと雖(いえど)も

芸閣官微不救貧　　　芸閣(うんかく) 官 微にして 貧を救わず

文行如君尚憔悴　　　文行 君の如くして　尚お憔悴す

不知霄漢待何人　　　知らず 霄漢(せいかん) 何人をか待つ

 

【語釈】

春中…春のまんなか、中春。　盧四周諒…盧周諒のこと、「四」は排行。華陽観…長安の永崇里にある道観の名で、元は代宗の第五女・華陽公主の旧宅。性情…性質と心情。懶慢…怠惰。　・好-…容易に…できる。よく…。*（動詞の前に置き、【「好」＋〔動詞〕】の形で）…し易（やす）い。容易に…できる。門巷…家の門と道路。戸口の並ぶ道。蕭条…もの寂しいさま。称…かなう、適合する。作隣…近所づきあいする。背燭…（月光を味わうために）燭台を後向ける。憐…いつくしむ、めでる。蹋花…花影を踏んで歩く。惜…いとおしむ。少年…若者、成年期。杏壇…学問所、講堂。僻…辺鄙である。芸閣…秘書省（朝廷直属の図書館）の別名。微…（身分や地位の）低い。文行…文学と徳行。「文行忠信」のことで、孔門教育の四大綱。君…あなた。ここでは、盧（四）周諒を指す｡憔悴…やせおとろえる、やつれはてる。霄漢…大空、ここでは、朝廷を譬えていう｡　

 

（新釈漢文大系　白氏文集　三）

 

 

 

★唐　白居易　　　　春晚詠懷贈皇甫朗之　　  春晚懷(おもい)を詠じ皇甫朗之(こうほろうし)に贈る　　　

 

豔陽時節又蹉跎　　　豔(えん)陽(よう)の時節 又 蹉跎(さた)なり

遲暮光陰復若何　　　遅(ち)暮(ぼ)の光陰 復た若(い)何(かん)

一歲平分春日少　　　一歲平分(へいぶん)するに 春日少し

百年通計老時多　　　百年通計するに　老時多し

多中更被愁牽引　　　多中(たちゅう) 更に愁(うれい)に牽引(こういん)せられ

少處兼遭病折磨　　　少処(しょうしょ) 兼ねて病に遭(あ)いて折磨(せつま)せらる

賴有銷憂治悶藥　　　賴(さいわい)に憂(うれい)を銷(け)し悶(もん)を治むる薬有り

君家濃酎我狂歌　　　君が家の濃酎(のうちゅう) 我が狂歌

 

【語釈】

皇甫朗之…皇甫曙。豔陽…春の終わりの美しい季節。蹉跎…衰退する。遲暮…老年。光陰…年月。復…いったい、疑問の語気を強める副詞。若何…どうしたらよいか。平分…等しく分ける。兼…その上。折磨…肉体に苦痛を受ける。濃酎…濃い酒。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★唐　白居易　　　　在家出家　　　　        在家(ざいけ)出家(しゅっけ)　

 

衣食支分婚嫁畢　　　衣食は支分し 嫁畢(おわ)る

從今家事不相仍　　　今從(よ)り家事 相(あ)い仍(よ)らず

夜眠身是投林鳥　　　夜眠りては 身は是れ 投林の鳥

朝飯心同乞食僧　　　朝に飯しては 心は乞食(こつじき)の僧に同じ

清唳數聲松下鶴　　　清唳(せいるい) 数声 松下(しょうか)の鶴

寒光一點竹間燈　　　寒光 一點 竹間(ちくかん)の灯

中宵入定跏趺坐　　　中宵(ちゅうしょう) 入(にゅう)定(じょう)して跏趺(かふ)して坐ず

女喚妻呼多不應　　　女喚(よ)び妻呼べども多(た)だ応えず

 

【語釈】

支分…都合を付ける。婚嫁畢…子女の婚姻が終わる。仍…次から次へと起こる。投林の鳥…林に戻った鳥。清唳…清らかな鶴の鳴き声。寒光…冬の夜の灯火の光。中宵…夜半。入定…座禅に入る。跏趺…結跏趺坐…座禅の足の組み方。多…ただ、ひたすらに。

 

（新釈漢文大系　１２上）

 

★唐　白居易　　　　廬山草堂夜雨獨宿寄牛二李七庾三十二員外

　　　　　　　　　廬山草堂に夜雨独り宿し牛二・李七・庾三十二員外に寄す

 

丹霄攜手三君子　　　丹霄(たんしょう)に手を携(たずさ)う 三君子

白髮垂頭一病翁　　　白髮　頭(こうべ)を垂る　一病翁

蘭省花時錦帳下　　　蘭省の花時 錦帳の下(もと)

廬山雨夜草菴中　　　廬山の雨夜　草菴の中(うち)

終身膠漆心應在　　　終身 膠漆(こうしつ) 心応に在あるべし

半路雲泥跡不同　　　半路 雲泥 跡同じからず

唯有無生三昧觀　　　唯だ 無生(むしょう)三昧(さんまい)の観 有り

榮枯一照兩成空　　　栄枯は一照にして 両つながら空と成る　

 

【語釈】

廬山…江西省九江県にある山、陶淵明隠逸の地として名高い、白居易は江州司馬としてその近くにいた。草堂…草葺きの家。寄牛二…牛僧孺。李七…李宗閔。庾三十二員外。庾敬休。員外…員外郎、定員以外の官。丹霄…天空、ここでは朝廷の喩え。三君子　長安にいる旧友たち、前記3名を指す。一病翁　白居易自身を客観視して言う。蘭省…尚書省（宮中の図書を扱う）。錦帳…錦織のとばり。膠漆…にかわとうるし、両者を混ぜると緊密に固まるので、不変の友情の喩えに用いる。半路…（人生の道半ば）。雲泥跡不同…雲泥の差が付いた。無生三昧觀…生死を超脱し、悟りを開いた境地。一照…同じ仮の現象、仏教語。空…現象界には固定的実体がなこと、仏教語。

（新釈漢文大系　白氏文集　四）

 

★唐　白居易　　　　賦得古原草送別　　　古原草を賦し得て送別す　　　

 

離離原上草　　　離々(りり)たり原上の草

一歲一枯榮　　　一歳 一たび 枯栄す

野火燒不盡　　　野火(のか) 焼けども尽きず

春風吹又生　　　春風 吹いて 又生ず

遠芳侵古道　　　遠芳(えんぽう) 古道を侵(おか)し

晴翠接荒城　　　晴(せい)翠(ずい) 荒城に接す

又送王孫去　　　又 王孫の去るを送れば

萋萋滿別情　　　萋々(せいせい)として 別情満つ

 

【語釈】

賦得－…詩題を指定したり、詠む部分を限ったりして作った場合、詩題の前に「賦得－」と附ける。離離…ふさふさとしたさま。枯榮…枯れ又栄える。野火…のび。遠芳…か彼方まで続く芳しい春の草花。　・侵…（いつとはなしに、そろそろとひそかに）おかす。次第に入り込む。晴翠…晴れた空の下の緑の草木。荒城…雑草に埋まった城壁。王孫…貴族の子弟。萋萋…草が茂って伸びているさま。別情…別れの思い。

 

(詩詞世界)（新釈漢文大系　白氏文集　三）

 

★唐　白居易　　　　薔薇正開春酒初熟因招劉十九張大夫崔二十四同飲

　　　　　薔薇(しょうび)正(まさ)に開きて春酒初めて熟し 因りて劉十九張大夫・崔二十四を招きて同飲す

 

甕頭竹葉經春熟　　　甕頭(おうとう)の竹葉(ちくよう) 春を経て熟し

階底薔薇入夏開　　　階底の薔薇(しょうび) 夏に 入(い)りて開く

似火淺深紅壓架　　　火に似て淺深 紅(くれない) 架を圧し

如餳氣味綠黏臺　　　餳(あめ)の如き気味 緑 台に粘る

試將詩句相招去　　　試みに詩句を将(も)って　相(あい)招去(しょうきょ)せん

倘有風情或可來　　　倘(も)し 風情有らば 或いは来(きた)るべし

明日早花應更好　　　明日 早花 応に更に好にかるべし

心期同醉卯時杯　　　心に期す 同じく 卯(う)時(じ)の杯に酔わんことを

 

【語釈】

竹葉…竹葉酒、竹の葉に浸した銘酒。餤…あめ。薔薇…ばら。招去…去は招く意、　志を表す接尾辞。早花…朝に咲く花、早芳。卯時盃…卯時（午前六時頃）に飲む朝酒。

 

（新釈漢文大系　白氏文集　四）

 

★唐　白居易　　　　聞夜砧　　　           夜(よる)砧(きぬた)を聞く　　　　

 

誰家思婦秋擣帛　　　誰が家の思婦か 秋に帛(はく)を擣(う)つ　　　　

月苦風凄砧杵悲　　　月苦(さ)え風凄(すさまじ)く 砧(ちん)杵(しょ)悲し

八月九月正長夜　　　八月九月 正に長き夜

千聲萬聲無了時　　　千声万声 了(おわ)る時無し

應到天明頭盡白　　　応に 天明に到らば 頭尽(ことごと)く白かるべし

一聲添得一莖絲　　　一声　添え得たり 一莖(けい)の糸

 

【語釈】

聞夜砧…夫を思う妻が夜なべの砧（きぬた）を打つ仕事をしていること。思婦…（不在の）夫を思う妻。擣帛…きぬをうすでつく。月苦…月がさえる。砧杵…砧杵悲…きぬたを打つ音が悲しげに響いてくる。天明…夜明け。一莖…ひとすじ。絲…白髪。

 

（新釈漢文大系　白氏文集　四）　

 

 

★唐　白居易　　　　勧酒　　　　　         酒を勧む

 

勸君一盃君莫辭　　　　　　君に勧む一盃 君 辞する莫かれ

勸君兩盃君莫疑　　　　　　君に勧む両盃 君 疑がう莫かれ

勸君三盃君始知　　　　　　君に勧む三盃 君 始めて知らん

面上今日老昨日　　　　　　面上 今日 昨日より老ゆるを

心中醉時勝醒時　　　　　　心中 酔う時 醒(さ)むる時に勝(ま)さるを

天地迢迢自長久　　　　　　天地迢々(ちょうちょう)として自(おのずか)ら長久

白兔赤烏相趁走　　　　　　白兔 赤烏 相い趁(お)いて走る

身後堆金拄北斗　　　　　　身後 金を堆(うずたか)くして 北斗を拄(ささ)うるも

不如生前一樽酒　　　　　　如(し)かず 生前一樽の酒に

君不見春明門外天欲明　　　君見ずや 春明門外 天明けんと欲し

喧喧歌哭半死生　　　　　　喧々(けんけん)たる歌哭 半ば死生す

遊人駐馬出不得　　　　　　遊人 馬を駐めて出(い)で得ず

白與紫車爭路行　　　　　　白(はく)与(よ) 紫車(ししゃ) 路を争いて行く

歸去來　頭已白　　　　　　歸去來(ききょらい)　頭(こうべ) 已に白く

典錢將用買酒喫　　　　　　銭を典(てん)して将って用いて酒を買いて喫せん

 

【語釈】

面上…容貌。迢迢…遙かなさま。白兔…月のこと。赤烏…太陽のこと。趁…追う、従う。身後…死後。拄北斗…北斗は多くの星の中で最高のところにある、これをささえるのは、高く積むことの形容。春明門…京城の門、三門のうち中の門。死生…死。遊人…遊びに行く人。白與…白木のこし、葬送に用いる。紫車…紫色の木の車、葬送に用いる。歸去來…帰りなんいざ。典錢…質入れをしてお金を借りる。　　（新釈漢文大系　９）

★唐　白居易　　　　酔中對紅葉　　　　   　紅葉に対す

 

臨風杪秋樹　　　　　風に臨む 秋(しゅう)杪(びょう)の樹

対酒長年人　　　　　酒に対す 長年の人

酔貌如霜葉　　　　　酔貌(すいぼう)は 霜葉の如し

雖紅不是春　　　　　紅なりと雖も 是れ春ならず

 

【語釈】

酔中対紅葉…酔って、もみじ葉と向かいあう。臨風…風に当たる。杪秋…秋の末。対酒…酒を飲もうとする時。長年…長生きする。酔貌…酔った顔つき。霜葉…霜で赤くなった葉。雖…～だけれども、～といっても。不是…（Ａは）Ｂではない。

 

（新釈漢詩大系　白氏文集　四）

 

 

★唐　白居易　　　　遺愛寺　　　　         遺愛寺(いあいじ)　

弄石臨溪坐　　　石を弄(もてあそ)び 溪に臨みて坐し

尋花繞寺行　　　花を尋ずね 寺を繞(めぐ)りて行く

時時聞鳥語　　　時々 鳥語を聞く

處處是泉聲　　　処々 是れ 泉声なり

 

【語釈】

時時…常に（当時の俗語）。處處…いたるところ。

 

（新釈漢文大系　白氏文集　三）

 

★唐　白居易　　　　夜雪　　　             夜(や)雪(せつ)　　　

 

已訝衾枕冷　　　已に 衾(きん)枕(ちん)の冷ややかなるを訝(いぶか)り

復見窗戸明      復(ま)た 窓(そう)戸(こ)の明らかなるを見る

夜深知雪重      夜 深くして 雪の重きを知る

時聞折竹聲      時に折竹(せっちく)の声の聞こゆれば

 

【語釈】

訝…いぶかる。衾枕…掛け布団とまくら。窗戸…窓。

 

（新釈漢文大系　二下）

 

 

★唐　白居易　　　　問劉十九 　　　       劉(りゅう)十九(じゅうく)に問う　

 

綠螘新醅酒　　　綠螘(りょくぎ) 新醅(しんばい)の酒

紅泥小火壚　　　紅(こう)泥(でい) 小火の壚(ろ)

晚來天欲雪　　　晚来(ばんらい) 天雪ふらんと欲す

能飲一杯無　　　能(よ)く一杯を飲むや無(いな)や

 

【語釈】

劉十九…劉軻、不詳。綠螘…碧色の美酒。新醅…新しく醸した酒。紅泥…赤く燃える練炭。壚…炉。晚來…夕方から。能…可能。

 

（新釈漢文大系　白氏文集　四）

 

★唐　白居易　　　  戲題新栽薔薇　　　    戲れに新栽の薔薇に題す　

 

移根易地莫憔悴　　　根を移し地を易(か)うるも　 憔悴する莫れ

野外庭前一種春　　　野外 庭前 一種の春

少府無妻春寂寞　　　少府 妻無くして 春寂寞(せきばく)

花開将爾当夫人　　　花開かば爾(なんじ)を将(も)って夫人に当てん

 

【語釈】

憔悴…やせ衰える、枯れる。一種…一様に。少府…県尉である白居易。寂寞…ひっそりとして物寂しいさま。

 

（新釈漢文大系　白氏文集　三）

 

★唐　白居易　　　  閑坐　　　            閑坐(かんざ)

 

暖擁紅爐火　　　暖かく擁(い)だく紅炉の火

閑搔白髮頭　　　閑(しずか)に搔く白髮の頭

百年慵裏過　　　百年 慵裏に過ごし

萬事醉中休　　　万事 酔中に休む

有室同摩詰      室に有りて摩詰と同じ

無兒比鄧攸　　　兒無くして鄧攸に比　

莫論身在日　　　身在る日を論ずる莫かれ

身後亦無憂　　　身後も亦た憂い無し

 

★唐　白居易　　　  落花　　　            落花

 

留春春不住　　　春を留むれども 春住(とど)まらず

春歸人寂寞　　　春帰りて 人 寂寞(せきばく)たり

厭風風不定　　　風を厭(いと)えども 風定らず

風起花蕭索　　　風起りて 花 蕭索(しょうさく)たり

既興風前歎　　　既に 風前の歎(たん)を興(お)こし

重命花下酌　　　重ねて 花下の酌(しゃく)を命ず

勸君嘗綠醅　　　君に勧めて 綠醅(りょくばい)を嘗(な)めしめ

教人拾紅萼　　　人を教(し)て 紅萼(こうがく)を拾わしむ

桃飄火燄燄　　　桃は飄(ひるがえ)って 火 燄々(えんえん)たり

梨墮雪漠漠　　　梨は墮(お)ちて 雪 漠々(ばくばく)たり

獨有病眼花　　　独り眼(がん)花(か)を病む有るのみ

春風吹不落　　　春風 吹き落ちず

 

【語釈】

春歸…春が過ぎ去る。寂寞…ひっそりとして物寂しいさま。定…治まる。蕭索…めぐり漂うさま。風前歎…風前の灯のように老い先短いことの歎き。綠醅…美酒。紅萼…紅い花びら。燄燄…美しく盛んなさま。漠漠…一面に続いているさま。眼花…白内障などによる、かすみ目。

 

（新釈漢文大系　９）

 

★唐　白居易　　    適意二首 其一　　　   適意二首 其の一

 

十年爲旅客　　　十年 旅客(りょかく)と為り

常有飢寒愁　　　常に飢(き)寒(かん)の愁い有り

三年作諫官　　　三年 諫官(かんかん)と作(な)り

復多尸素羞　　　復た 尸(し)素(そ)の羞多し　

有酒不暇飲　　　酒有れども 飲むに暇あらず

有山不得遊　　　山有あれども 遊ぶを得ず

豈無平生志　　　豈(あ)に 平生の志 無からんや

拘牽不自由　　　拘牽(こうけん)せられ 自由ならず

一朝歸渭上　　　一朝 渭上(いじょう)に帰り　

泛如不繫舟　　　泛(はん)たること 舟を繫がざるが如し

置心世事外　　　心を世事の外に置き

無喜亦無憂　　　喜び無く亦(ま)た憂いも無し

終日一蔬食　　　終日 一蔬(いちりゅう)食(しょく)

終年一布裘　　　終年 一布裘(いちふい)

寒來彌嬾放　　　寒来たりれば 彌(いよい)よ嬾(らん)放(ほう)

數日一梳頭　　　数日 一たびの頭を梳(くしけず)る

朝睡足始起　　　朝には 睡(ねむり)足りて始めて起き

夜酌醉即休　　　夜には 酌み酔いて即ち休む

人心不過適　　　人心 適(てき)に過ぎず

適外復何求　　　適外 復(ま)た何をか求めん

 

【語釈】

旅客…故郷を離れた旅人。諫官…皇帝を諫める役（この場合左拾遺）。尸素…ごくつぶし、給料泥棒。平生志…平生懐いている信念。拘牽…官職や地位に拘束されること。渭上…渭水のほとり。泛…うわついたさま。世事…世間の俗事。蔬食…野菜ばかりの粗末な食事。布裘…綿入れの着物。嬾放…ものぐさでずぼら。

 

（新釈漢文大系　二上）

 

★唐　白居易　　    官舍小亭閑望　　　　  官舍(かんしゃ)小亭(しょうてい)の閑(かん)望(ぼう)

 

風竹散清韻　　　風竹 清韻を散じ

煙槐凝綠姿　　　煙槐 緑姿を凝(こ)らす

日高人吏去　　　日高くして 人吏(じんり)去り

閑坐在茅茨　　　閑坐して茅(ぼう)茨(し)に在り

葛衣禦時暑　　　葛(かつ)衣(い) 時暑を禦(ふせ)ぎ

蔬飯療朝飢　　　蔬(そ)飯(はん) 朝飢(ちょうき)を療(い)やす

持此聊自足　　　此を持って聊(いささ)か自(みずか)ら足り

心力少營爲　　　心力 栄(えい)為(い)少なし

亭上獨吟罷　　　亭上 独り吟ずるを罷(や)め

眼前無事時　　　眼前 事なき時

數峰太白雪　　　数峰 太白の雪

一卷陶潛詩　　　一卷 陶潜の詩

人心各自是　　　人心 各(おのおの)自(みずか)ら是とし

我是良在茲　　　我が是とするは良に茲(ここ)に在り

迴謝爭名客　　　迴(かえ)って名を争う客(かく)に謝し

甘從君所嗤　　　君が嗤(わら)う所に從(まか)すに甘んぜん

 

【語釈】

風竹…風にそよぐ竹。清韻…清らかな音。人吏…現地採用の下級役人。在「於」と同用の前置詞。茅葺きの粗末な家。葛衣…葛の布で作った夏用の衣。時暑…夏季の暑さ。疏飯…野菜のおかずだけの粗末な食事。持此…ごのような生活態度を保って。心力…精神と体力。営為…あくせく苦労すること。独吟…ひとり詩を吟ずること。眼前さしあたり。無事…何事もなく平穏なこと。太白…太白山、終南山の最高峰。自是…分の思想・言行をよしと思う。良…ほんとうに。迴　とって返して。謝…あいさつをする。

 

（新釈漢文大系　二上）

 

 

★唐　白居易　　    客中の月　　　　    客中(かくちゅう)の月

 

客從江南來 　　　客(かく) 江南従(よ)り来たる

來時月上弦 　　　来たる時 月 上弦なりき

悠悠行旅中     　悠々(ゆうゆう)たる行旅の中(うち)

三見清光圓　　　三たび清光の円(まどか)なるを見る

曉隨殘月行　　　暁には 残月に随いて行き

夕與新月宿      夕(ゆうべ)には新月と宿(しゅく)す

誰謂月無情　　　誰(たれ)か謂(い)う 月に情無しと

千里遠相逐　    千里　遠く相逐(あいお)えるに

朝發渭水橋　　　朝(あした)には 渭(い)水(すい)の橋を発(はっ)し

暮入長安陌　　　暮(くれ)には 長安の陌(みち)に入る

不知今夜月　　　知らず　今夜の月

又作誰家客　　　又 誰(た)が家の客(かく)と作(な)るかを

　

【語釈】

客中…旅行中。江南…長江下流域、江蘇省あたり。悠悠…はるばると遠い旅路。清光…月の明かり。逐…おいかける、したがう。渭水橋…長安城の西にかかる橋。長安から西へ行く旅人は渭水にかかる橋をわたって出発した。陌…東西にのびる道。

 

（新釈漢文大系　二下）

 

★唐　杜牧　　      秋浦途中　　　      秋(しゅう)浦(ほ)途中(とちゅう)

 

蕭蕭山路窮秋雨　　　蕭々(しょうしょう)たる山路 窮(きゅう)秋(しゅう)の雨

淅淅溪風一岸蒲　　　淅淅たる溪風 一岸の蒲

爲問寒沙新到雁　　　爲に問う 寒沙 新到の雁に　

來時還下杜陵無　　　来(らい)時(じ) 還(ま)た 杜(と)陵(りょう)に下りしや無(いか)と

 

【語釈】

秋浦…安徽省貴地県の西南の地方、李白の「秋浦の歌」で有名。蕭蕭…物寂しい様。窮秋…晩秋。淅淅…風、鈴などのさびしい音の形容。蒲…がま。寒沙…冬の砂浜。還…もしも。杜陵…西安市雁塔区、杜牧の故郷。

 

（漢詩大系　１４）

 

 

 

★唐　杜牧　　      春尽途中　　　　　   春尽くる途中　

 

田園不事来遊宦　　　田園 事(こと)とせず 来たりて遊宦(ゆうかん)す

故国誰教爾別離　　　故国 誰か爾(なんじ)をして別離せ教(し)しむ

独倚関亭還把酒　　　独り関亭(かんてい)に倚(よ)りて 還(ま)た酒を把(と)る

一年春尽送春時　　　一年 春尽きて 春を送るの時

 

【語釈】

遊宦…地方に行って役人になること。故国…故郷。関亭…宿場の宿。倚…身を任せる。

 

(杜樊川絶句詳解)

 

★唐　杜牧　　      念昔遊　其三　　　   昔遊を念う　　

 

李白題詩水西寺　　　李白 詩を題す 水(すい)西寺(せいじ)

古木廻巌楼閣風　　　古木 廻(かい)巌(がん)  楼閣(ろうかく)の風

半醒半酔遊三日　　　半醒(はんせい) 半酔(はんすい) 遊ぶこと三日(さんじつ)

紅白花開山雨中　　　紅白 花は開く 山(さん)雨(う)の中(うち)

 

【語釈】

昔遊…昔遊んだこと。水西寺…安徽省宣城の水西山の上にあった三つの寺の総称。廻巌…巌を取り巻いている。半醒半酔…ほろ酔い。三日…三日間。

 

（漢詩大系　１４）

 

 

★唐　杜牧　　      新定途中　　         新定(しんてい)の途中(とちゅう)

無端偶效張文紀　　　端無(はしなく)も 偶(たまた)ま張(ちょう)文(ぶん)紀(き)に効(なら)い

下杜鄉園別五秋      下杜の鄉園 別れること五秋

重過江南更千里　　　重ねて過ぐ江南 更に千里

萬山深處一孤舟　　　万山深き処 一孤舟

 

【語釈】

新定…浙江省杭州市建德。途中…左遷されて赴任する途中。無端…ゆくりなく、おもいも依らず。張文紀… 張綱、侍御史として在任していたとき、外戚で権勢者の大将軍梁冀りょうき兄弟を弾劾したが、順帝に聴き入れられず、広陵の太守に左遷された。自分も同じ運命。陕西省西安市の地名。

 

（杜樊川絶句詳解）

　

★唐　杜牧　　      山行　　　           山行  　　

 

遠上寒山石徑斜　　　遠く 寒山に上れば石経斜めなり　　

白雲生處有人家　　　白雲生ずる処 人家有り

停車坐愛楓林晚　　　車を停めて 坐(そぞろ)に愛す 楓林の晚(くれ)

霜葉紅於二月花　　　霜葉は 二月花よりも 紅なり

 

【語釈】

寒山 … 秋から冬にかけての、さむざむとした山。石径 … 石の多い小道。白雲 … 俗世間を離れた境地を表現している。生処 … 湧き上がってくるところ。坐 … 「そぞろに」と読み、「何とはなしに」「何となく」と訳す。愛 … 鑑賞する。楓林 … カエデの林。紅葉林。霜葉 … 霜にうたれて紅葉した葉。於 … 「A～於B」の形で「AはBより（も）～（なり）」と読み、「AはBよりも～だ」と訳す。比較の対象を示す。ちなみにこの句から「紅於」が楓かえでの別称となった。二月花 … 陰暦二月。桃の花を指す。

 

（三体詩）（新釈漢文大系　詩人編　９）

 

 

★唐　杜牧　　      題斉安城樓　　　　　 斉安の城楼に題す

 

鳴軋江樓角一聲　　　　鳴軋(おあつ)たり 江楼(こうろう)の角(かく)一声　

微陽瀲瀲落寒汀　　　　微陽(びよう) 瀲々(れんれん)たる寒(かん)汀(てい)に落つ　

不用憑欄苦廻首　　　　欄(らん)に憑(よ)りて苦(ねんごろ)に 廻首(かいしゅ)するを用(もち)いず　

故鄕七十五長亭　　　　故郷 七十五 長亭　

 

【語釈】

斉安城…広東省恩平市（杜牧はここの刺史であった）。鳴軋…悲しみに泣くような声。江樓…川に面した高殿。角…角笛。微陽…かすかな日の光。瀲瀲…水が日の光できらめくさま。寒汀…寒々とした渚。落…ここでは照らすの意。憑欄…欄干にもたれかかる。苦…ねんごろ、ねんいり。廻首…顔を向ける。故鄕…住むべき所、ここでは長安。長亭…十里毎にある宿場、七十五長亭は、七百五十里。

 

（漢詩大系　１４）

 

 

 

★唐　杜牧　　      初冬夜飲　　　       初冬の夜飲

 

淮陽多病偶求懽　　　淮(わい)陽(よう) 多病にして　 偶(たま)たま懽(かん)を求む

客袖侵霜与燭盤　　　客(かく)袖(しゅう) 霜に侵されて 燭盤(しょくばん)を与(とも)にす　

砌下梨花一堆雪　　　砌下(せいか)の梨花(りか) 一堆(いちたい)の雪

明年誰此凭欄干　　　明年 誰(たれ)か此(ここ)に 欄干(らんかん)に凭(よ)らん

 

【語釈】

淮陽多病…漢の時代の汲黯が淮陽の太守に任ぜられたとき、多病を理由に辞退した故事に自分をたとえている。懽…よろこび、ここでは酒を飲むこと。客袖…旅衣。燭盤…燭台。砌下…階段のもと。凭…もたれかかる。

（漢詩大系　１４）

★唐　杜牧　　      念昔遊三首 其一　　　昔遊を念(おも)う三首　 其の一

 

十載飄然繩檢外　　　　十載(じゅっさい) 飄然(ひょうぜん)たり 繩検(じょうけん)の外(ほか)　

樽前自獻自爲酬　　　　樽前(そんぜん) 自(みずか)ら献じ自(みずか)ら酬(しゅう)を為す　

秋山春雨閑吟處　　　　秋山(しゅうざん) 春雨(しゅんう) 閑吟(かんぎん)する処　

倚遍江南寺寺樓　　　　倚(よ)ること遍(あまね)し 江南 寺々(じじ)の楼　

 

【語釈】

念昔游…昔の遊行をおもいおこす。十載…十年。飄然…ふらふらとして居所が定まらないさま。繩檢…規範。自獻…自分で自分に（酒を）注ぐ。自爲酬…自分で（酒を）受ける。秋山春雨…どの季節も。閑吟…詩歌などを静かに口ずさむ。倚…寄りそう。遍…あまねく。江南…中国の沿岸部の長江以南。

（漢詩大系　９）

 

　

★唐　杜牧　　      和州絕句　　　       和州絕句(わしゅう絕く)

 

江湖醉渡十年春　　　江湖 酔いて渡る 十年の春

牛渚山邊六問津　　　牛(ぎゅう)渚(ちょ)山辺(ざんへん) 六たび津を問う

歷陽前事知何實　　　歷陽の前事 知る何の実ぞ

高位紛紛見陷人　　　高位 紛々陷いらるる人

 

【語釈】

和州…安徽省馬鞍山市和県。江湖…世の中、浮き世。牛渚山…安徽省馬鞍山市にある山。歷陽前事…　　が陥没した話。紛粉…混じり入り乱れるさま、多いさま。

（杜樊川絶句詳解）

 

★唐　杜牧　　      淸明　　　　　　     清明(せいめい)　　　

 

清明時節雨粉粉　　　　清明(せいめい)の時節(じせつ)　雨(あめ)粉々(ふんぷん)　

路上行人欲斷魂　　　　路上の行人(こうじん) 魂を断(た)たんと欲す　

借問酒家何處在　　　　借問す 酒家は何れの処にか在る　

牧童遙指杏花村　　　　牧童 遙かに 指さす杏花の村　

 

【語釈】

清明…清明節。春分から数えて十五日目から三日間。紛紛…（花や雪などが）散り乱れるさま。行人…道を行く人、旅人。斷魂…心が滅入る。借問…ちょっとお尋ねするが。酒家…酒屋、飲み屋。杏花村…杏の花が咲いている村。

 

（新釈漢文大系　詩人編　９）

 

 

★唐　杜牧　　      宣州開元寺南樓　　　 宣州(せんしゅう)開元寺(かいげんじ)の南楼

　　

小樓纔受一牀橫　　　小楼 纔(わずか)かに受く 一牀(いっしょう)の橫たわるを

終日看山酒滿傾　　　終日 山を看て 酒(しゅ)満(まん)を傾く

可惜和風夜來雨　　　惜しむべし 和風 夜来の雨

醉中虛度打窗聲　　　酔中(すいちゅう) 虛度(きょど) 窓を打つ声

 

【語釈】

宣州開元寺…宣州宣城県の城内北側にあった寺。小楼…小さな二階の部屋。牀…寝たり腰掛けたりする器具。酒滿…多くの酒。和風…和やかな風、多くは春風。虛度…空しく時間をやり過ごす。

 

（新釈漢文大系　詩人編　９）

 

★唐　杜牧　　　    蘭溪　　　　         蘭溪(らんけい)

蘭溪春盡碧泱泱　　　蘭溪(らんけい) 春尽きて 碧(みどり) 泱々(おうおう)

映水蘭花雨發香　　　水に映(えい)ずる蘭(らん)花(か)　雨に香りを発す

楚國大夫憔悴日　　　楚(そ)国(こく)の大夫 憔悴(しょうすい)の日

應尋此路去瀟湘　　　応(まさ)に此の路を尋ねて 瀟湘(しょうしょう)に去るべし

 

【語釈】

蘭渓…湖北省境を流れて長江に注ぐ川。泱泱…水の多い様。楚國大夫…屈原。瀟湘…瀟水が湘水に合流した後の湘水の下流で洞庭湖に近いところ、瀟湘八景で名高い。

 

（新釈漢文大系　詩人編９）

 

 

★唐　杜牧　　      泊秦淮　　           秦淮(しんわい)に泊(はく)す

煙籠寒水月籠沙　　　 煙は寒(かん)水(すい)を籠(こ)め 月は沙(すな)を籠(こ)む

夜泊秦淮近酒家 　　　夜 秦淮(しんわい)に泊(はく)して 酒家(しゅか)に近し

商女不知亡國恨 　　　商女(じょうじょ)は知らず 亡国の恨みを

隔江猶唱後庭花 　　　江を隔てて 猶(なお) 唱(うと)う「後庭(こうてい)花(か)」

 

【語釈】

秦淮…建康（南京）を貫流して長江へ注ぐ古代の運河。煙…霞は靄。寒水…寒々とした冬の川。籠…月光が河の砂に射している。　・籠…つつみこむ。沙…砂州。酒家…酒屋、飲み屋。商女…妓女。亡國恨…嘗てここに都を構えていた南朝の陳の後主が酒色に耽り、国を亡ぼしたという。後庭花…『玉樹後庭花』。南朝の陳の後主が作った詩。

 

（漢詩大系　９）

 

★唐　杜牧　　      汴河懷古　　　       汴河懷(べんがかい)古(こ)　　

錦纜龍舟隋煬帝　　　錦(きん)䌫(らん)の龍(りゅう)舟(しゅう)は 隋の煬(よう)帝(だい)

平臺複道漢梁王　　　平台(へいだい)の複(ふく)道(どう)は 漢の梁(りょう)王(おう)

遊人閒起前朝念　　　遊人(ゆうじん) 閑(かん)に起こす 前朝の念(ねん)

折柳孤吟断殺腸　　　折(せつ)柳(りゅう)孤(ひと)り吟ずれば 腸(はらわた)を断(だん)殺(さつ)す

 

【語釈】

錦纜…錦で作ったとも綱。龍舟…皇帝の御座船。平臺…河南省商丘県にある台の名、梁の武王が築いた物。複道…二階建ての廊下。遊人…旅人。閒…そぞろ。前朝…昔の王朝。折柳…折楊柳の曲。断殺腸…腸がちぎれて死ぬほど悲しくなる。

（新釈漢文大系　詩人編９）　

 

 

★唐　杜牧　　      遣懐　　             懐いを遣る

 

落魄江湖載酒行　　　江湖(こうこ)に落魄(らくはく)して酒を載せて行く

楚腰繊細掌中輕　　　楚(そ)腰(よう) 繊細(せんさい)　掌中(しょうちゅう)に軽(かろ)し

十年一覺揚州夢　　　十年(じゅうねん)一(いっ)覚(かく)　揚州の夢

贏得靑樓薄倖名　　　贏(か)ち得たり　青楼(せいろう) 薄倖(はくこう)の名

 

【語釈】

遣懷…詩歌を作って憂さを晴らすこと。落魄 …自堕落な生活を送る。。江湖… ここでは江南地方。載酒 … 酒樽・酒壺を船に積み込むこと。楚腰…ほっそりした腰の楚の国の美女。掌中軽…手のひらの上で舞うことができるほど軽い。一覚 …一ひとたび覚める。揚州…今の江蘇省揚州市。贏得…結局得たのはただそれだけであった。青楼…妓楼。薄倖…ここでは浮気男。

（漢詩大系　９）

 

★唐　杜牧　　      題烏江亭　　　       烏(う)江亭(こうてい)に題す　　

勝敗兵家事不期　　　勝敗は 兵家も 事期(ことき)せず，

包羞忍恥是男兒　　　羞(はじ)を包み恥(はじ)を忍ぶは 是(こ)れ男児(だんじ)。

江東子弟多才俊　　　江東(こうとう)の子弟 才(さい)俊(しゅん)多し，

捲土重來未可知　　　捲土重来(けんどちょうらい) 未(いま)だ知るべからず

 

【語釈】

烏江亭…安徽省の長江北岸にある亭。項羽と劉邦の天下争覇で、敗れた項羽が舟での戦場離脱を拒んだところ。烏江…安徽省東部を流れる川であり地名。・兵家…兵法家。事不期…予期することができない。男兒…立派な男である。是…強意の助辞、…である。江東…烏江の東側にある項羽の根拠地。才俊…才能にひいでた人物。捲土重來…砂塵を巻き起こす勢いで、再びやってくる。未可知…その結果はどうなるかは、まだ、知ることができない。

 

（漢詩大系　９）

 

 

★唐　杜牧　　      汴河阻凍             汴河にて凍れるに阻まる

 

千里長河初凍時　　　千里の長河 初めて凍る時

玉珂瑤珮響參差　　　玉珂(ぎょくか)　瑤珮(ようはい)　響きて參(しん)差(し)たり

浮生恰似冰底水　　　浮生(ふせい) 恰(あた)かも似たり 氷底(ひょうてい)の水に

日夜東流人不知　　　日夜 東流するも 人知らず

 

【語釈】

汴河…隋の煬帝が造った大運河の中、黄河と淮河を結ぶ部分。・玉珂…馬のくつわにつける玉の飾り。瑤珮…貴人が腰に帯びる玉。参差…そっくり、本来は不揃いである様。浮生…はかない人生。

 

（新釈漢文大系　詩人編９）

★唐　杜牧　　      南陵道中　           南陵(なんりょう)の道中　　　　

 

南陵水面漫悠悠　　　南陵(なんりょう)の水面 漫(まん)として 悠々(ゆうゆう)たり

風緊雲軽欲変秋　　　風緊(きび)しく雲軽くして 秋に変ぜんと欲す

正是客心孤迥処　　　正(まさ)に是(こ)れ 客(かく)心(しん)　孤迥(こけい)の処(ところ)

誰家紅袖凭江楼　　　誰(た)が家の紅(こう)袖(しゅう)か 江楼(こうろう)に凭(よ)れる

 

【語釈】

南陵…安徽省南陵。漫…水が広々と広がっているさま。悠悠…ゆったりとしたさま。客心…旅心。孤迥…独りで遙か。紅袖…赤く美しい袖のある着物を着た若い女性凭…よりかかる。もたれる。江樓…川沿いの建物

 

（新釈漢文大系　詩人編９）

 

 

★唐　杜牧　　      將赴吳興登樂遊原一絕　　　　

将(まさ)に吳(ご)興(きょう)に赴(おもむ)かんとして楽遊(らくゆう)原(げん)に登る　一絶　

清時有味是無能　　　清(せい)時(じ)に味有るは　 是(こ)れ無能

閒愛孤雲静愛僧　　　閑(しずか)に孤(こ)雲(うん)を愛し　 静(しずか)に僧を愛す

欲把一麾江海去　　　一麾(いっき)を把(ろ)りて　 江(こう)海(かい)に去(ゆ)かんと欲し

楽遊原上望昭陵　　　楽遊(らくゆう)原上(げんじょう)　 昭(しょう)陵(りょう)を望む

 

【語釈】

楽游原…長安の南東、曲江の北にあった台地、人々の遊覧の場所であった。清時…世の中が良く治まったとき。麾…州の長官の旗指物。江海…地方。昭陵…唐朝の礎を築いた（貞観の治）太宗の陵。

 

（新釈漢文大系　詩人編９）

 

★唐　杜牧　　　　  贈漁父　　           漁父に贈る　

 

芦花深沢静垂綸　　　芦(ろ)花(か) 深沢(しんたく) 静かに綸(いと)を垂(た)る

月夕煙朝幾十春　　　月夕(げっせき) 煙(えん)朝(ちょう)  幾(いく)十(じゅっ)春(しゅん)

自説孤舟寒水畔　　　自(みずか)ら説(と)く 孤(こ)舟(しゅう) 寒(かん)水(すい)の畔(ほとり)

不曾逢着独醒人　　　曾(かつ)て 独醒(どくせい)の人に逢着(ほうちゃく)せずと

 

【語釈】

漁父…老漁師。綸…釣り糸。月夕…月の出る夕方。煙朝…靄の立ちこめる朝。幾十春…幾十年。独醒人…屈原。逢着…逢着…出逢う。

 

（新釈漢文大系　詩人編９）

 

　　

★唐　杜牧　　　　　春盡途中 　　　      春尽(しゅんじん)途中(とちゅう)

田園不事來遊宦　　　田園 事とせず 来りて遊宦(ゆうかん)す

故國誰教爾別離　　　故国誰か爾(なんじ)をして別離せしむ

獨倚關亭還把酒　　　独り関亭(かんてい)に倚(よ)りて還(ま)た酒を把(と)る

一年春盡送春時　　　一年春尽きて春を送る時

 

【語釈】

春盡途中…春の終わりに旅の途中での作。遊宦…故郷を離れて官吏となること。故國…故郷。關亭…関所にある楼台。

 

（杜樊川絶句詳解）

 

★唐　杜牧　　　　　禪院に題す　　　　　　禅院(ぜんいん)に題す　

 

觥船一棹百分空　　　觥(こう)船(せん)一(いっ)棹(とう) 百分(ひゃくぶん)空(むな)し

十歳青春不負公　　　十歳の青春 公に負(そむ)かず

今日鬢糸禪榻畔　　　今日鬢(びん) 禅榻(ぜえんとう)の畔(ほとり)

茶煙輕颺落花風　　　茶煙 軽く颺(あが)る 落花の風

 

【語釈】

觥船…角で出来た舟の形をした大杯。一棹…ぐいっと一飲み（觥船と言ったので　・百分…多くの憂い。或いは、すっかり全部。空…空になる。十歳…十年。不負公…誰にも負けない。鬢糸…白髪交じりの鬢。禅榻…禅寺の長いす。

 

（新釈漢文大系　詩人編９）

 

★唐　杜牧　　　　　寄揚州韓綽判官　　　　揚州(ようしゅう)の韓綽(かんとう)判官(はんがん)に寄す　　

 

靑山隱隱水迢迢　　　青山 隠々(いんいん) 水 迢々(ちょうちょう)

秋盡江南草木凋　　　秋尽きて 江南 草木凋(しお)る

二十四橋明月夜　　　二十四橋 名月の夜

玉人何處敎吹簫　　　玉人(ぎょくじん) 何れの処にか 吹簫(すいしょう)を教う

 

【語釈】

青山…青く見える山。隠隠…かすんではっきりしないさま。迢迢…はるかに遠くまで続いている様子。草木凋…草木が枯れる。二十四橋…揚州城の内外の水路にかかった虹橋。玉人…貴公子、韓綽を指す。吹簫…簫の笛を吹く。

 

（新釈漢文大系　詩人編　９）

 

★唐　杜牧　　　　　江南春絕句　　　　　　江南の春　絕句　

 

千里鶯啼綠映紅　　　千里 鶯啼いて 緑 紅(くれない)に映ず

水村山郭酒旗風　　　水村山(さん)郭(かく) 酒旗(しゅき)の風

南朝四百八十寺　　　南朝四百八十寺(しひゃくはっしんじ)

多少樓臺煙雨中　　　多少の楼台 煙雨の中(うち)

 

【語釈】

江南…長江下流の南側の地方。水村…水辺の村、山郭…山沿いの聚落の外周の建物。酒旗…酒屋の看板になっている旗、青色。南朝…四二〇年～五八九年の間に、江南の地に興った六朝（呉、東晉、宋、斉、梁、陳）の中の宋、斉、梁、陳の四王朝で、建康（南京）を首都とした。多少…多くの。煙雨…霧雨。

（新釈漢文大系　詩人編　９）

 

 

★唐　杜牧　　　　　送隱者一絕　　　　　　隠者を送る 一絶

　　

無媒徑路草蕭蕭　　　無媒(むばい)の径路 草蕭々(しょうしょう)

自古雲林遠市朝　　　古(いにし)え自(よ)り雲(うん)林(りん) 市(し)朝(ちょう)に遠ざかる

公道世間唯白髮　　　世間に公道たるは唯だ白髮

貴人頭上不曾饒　　　貴人の頭上にも 曾(か)つて饒(ゆる)さず

　

【語釈】

無媒…人里離れた寂しい所。逕路…こみち。蕭々(しょうしょう)…ものさびしいさま。草がゆれうごくさま。雲林…隠者の住む処。雲のたちこめる山深き林の中。市朝…人のおおぜい集まる場所。公道…公平な。貴人…身分の高い人。不曾…決して～しない。不曾饒…ゆるさない、貴人の頭も白髪となる。

 

（新釈漢文大系　詩人編　９）

 

★唐　杜牧　　　　　漢江　　　　　　　　　漢(かん)江(こう)

溶溶漾漾白鷗飛　　　溶々(ようよう)漾々(ようよう) 白鷗(はくおう)飛ぶ

綠淨春深好染衣　　　綠淨(きよ)く春深くして 衣(ころも)を染むるに好し

南去北來人自老　　　南去(なんきょ)北来(ほくらい) 人自(おのずか)から老ゆ

夕陽長送釣船歸　　　夕陽(せきよう)長く送る 釣船(ちょうせん)の帰るを

 

【語釈】

漢江…陝西省西部に源を発し、東に流れ、武漢で長江に注ぐ。溶溶　水がこんこんとたたえているさま。漾漾…水面がゆらゆら揺れているさま。南去北來…南へ行ったり、北へ行ったりすること。

 

（新釈漢文大系　詩人編　９）

 

 

★唐　杜牧　　　　　懐呉中馮秀才　　　　　呉中(ごちゅう)の馮(ば)秀才(しゅうさい)を懐う

 

長洲苑外草蕭蕭　　　長洲(ちょうしゅう)苑外(えんがい) 草蕭々(くさしょうしょう)

却算遊程歳月遥　　　却(かえ)って遊(ゆう)程(てい)を算(かぞ)うれば 歳月遥かなり

唯有別時今不忘　　　唯だ別(べつ)時(じ)の 今に忘れざる有り

暮煙秋雨過楓橋　　　暮(ぼ)煙(えん) 秋雨  楓橋を過ぐ

 

【語釈】

呉中…江蘇省呉県（蘇州市）。馮秀才…馮という姓の科挙試験合格者。長洲苑…古の苑の名、春秋時代の呉王・闔閭が遊猟した処。蕭蕭…ものさびしいさま。卻…かえって。遊程…旅路の行程。唯有…ただ…だけがある。別時…別れたとき。暮煙…夕暮れに立つもや。楓橋…江蘇省蘇州市の郊外にある橋の名。

 

（杜樊川絶句詳解）

★唐　杜牧　　　　　贈別　　　　　　　　　贈(ぞう)別(べつ)

多情却似総無情　　　多情は却(かえ)って似たり 総(すべ)て無情なるに

惟覚罇前笑不成　　　惟(ただ)覚ゆ　罇(そん)前(ぜん)　笑(わらい)の成(な)らざるを

蝋燭有心還惜別　　　蝋燭(ろうそく) 心有りて 還(ま)た別(わか)れを惜しみ

替人垂涙到天明　　　人に替わりて涙を垂れ 天明(てんめい)に到る

 

【語釈】

多情…感情が豊かで、感じやすいこと。無情…感情が乏しいこと。覚…気づく、自覚する。罇…酒壺。笑不成…哀しみのために笑顔を作ることができない。心…ろうそくの芯（心と同音）にかけている。還 …また。替人…私に代わって。天明 …夜明け。

 

（唐詩三百首）

 

 

★唐　杜牧　　　　　金谷園　　　　　　　　金谷(きんこく)園(えん)

繁華事散逐香塵　　　繁華(はんか)の事(こと)散じて 香(こう)塵(じん)を逐(お)う

流水無情草自春　　　流水無情 草 自(おのず)から春なり

日暮東風怨啼鳥　　　日暮(にちぼ) 東風(とうふう) 啼(てい)鳥(ちょう)を怨(うら)む

落花猶似堕楼人　　　落花(らっか)は猶(な)お似たり 堕楼(だろう)の人に

 

【語釈】

金谷園…西晋の石崇が洛陽の北の金谷に建てた別荘の庭園で、石崇は、ここで愛妾の緑珠と暮らしていた。繁華事…昔、金谷園で遊んだこと。香塵…香りの良い塵。堕楼人…身投げをした人、石崇の愛妾の緑珠のこと。

 

（新釈漢文大系　詩人編　９）

 

★唐　杜牧　　　　　題宣州開元寺水閣　　　宣州(せんしゅう)の開(かい)元寺(げんじ)の水閣(すいかく)に題す

 

六朝文物草連空 　　　六朝(りくちょう)の文物(ぶんぶつ) 草(くさ) 空(くう)に連なり

天澹雲閑今古同 　　　天 澹(あわ)く 雲(くも) 閑(しずか)にして 今(きん)古(こ)同じ

鳥去鳥來山色裏 　　　鳥去り鳥来る 山(さん)色(しょく)の裏(うち)

人歌人哭水聲中 　　　人歌い人哭(こく)す 水声(すいせい)の中(うち)

深秋簾幕千家雨 　　　深(しん)秋(しゅう) 簾幕(れんばく) 千家(せんけ)の雨

落日樓臺一笛風 　　　落日(らくじつ) 楼台(ろうだい) 一(いっ)笛(てき)の風

惆悵無因見范蠡 　　　惆悵(しゅうちょう)す 范蠡(はんれい)を見るに因(よし)無きを

參差煙樹五湖東 　　　参差(さんし)たる煙樹(えんじゅ) 五(ご)湖(こ)の東

 

【語釈】

宣州…安徽省東南の宣州市。開元寺…現安徽省宣州宣城にある寺院で、正式の名称は永楽寺。水閣…水辺に建てたたかどの。六朝…六つの王朝のことで、後漢の滅亡後、建業（南京）に都した六つの王朝…文物…文化の産物。礼法音楽学問芸術など、文化的な制度。澹…やすらか、穏やか。閑…しずか。　今古…今と昔。山色…山の景色。水声…川の水音。深秋…晩秋。簾幕…スダレと幕。千家…多くの家々。一笛風…風に乗って、一人で吹く笛の音が聞こえて来ること。惆悵…うらみなげくさま。惆悵…うらみなげくさま。無因…わけが無い。見…会う、見る。范蠡…越王勾践に仕え、呉王夫差を討って会稽の恥を雪（すす）がせ、自分の果たすべき事をした後、隠棲をするとして湖に舟を浮かべて過ごした。参差…長短不揃いのさま。煙樹…靄の中に霞んで見える木。　五湖…太湖を及びその周辺の湖。

 

（新釈漢文大系　詩人編　９）

 

★唐　杜牧　　　　　自宣城赴官上京　　　　宣(せん)城(じょう)より官に赴(おもむ)き 上京す

　　　　　　　　　　　　　　

瀟灑江湖十過秋 　　　瀟灑(しょうれい)たり 江湖に 十たび 秋を過ごす

酒杯無日不淹留 　　　酒杯 日に 淹留(えんりゅう)せざること無し

謝公城畔溪驚夢 　　　謝公(しゃこう)の城(じょう)畔(はん) 溪(たに) 夢を驚かし

蘇小門前柳拂頭 　　　蘇(そ)小(しょう)の門前 柳 頭(こうべ)を払う

千里雲山何處好 　　　千里の雲山(うんざん) 何処(いずこ)か 好(よ)き

幾人襟韻一生休 　　　幾人(いくにん)か　襟(きん)韻(いん)して 一生(いっしょう)休(や)まん

塵冠挂卻知閒事 　　　塵(じん)冠(かん) 挂卻(けいきゃく)して 閑事(かんじ)を知り

終擬蹉跎訪舊遊 　　　終(つい)に 蹉跎(さた)を擬(ぎ)して 旧遊(きゅうゆう)を訪(たず)ねん

 

【語釈】

自…より。宣城…安徽省宣城県。赴官…官に着く。上京…首都に上る。瀟灑…さっぱりして清らか。江湖…江南の地方。十過秋…十回秋を過ごす、十年が経ったこと。無日…一日もない。淹留…とどまる、滞在する。謝公城畔…宣城のほとり。驚夢…目が覚める。蘇小…蘇小小のこと、南斉時代の才媛の妓女。拂頭…頭を撫でる。千里…遥か長大な路程。雲山…雲のかかった高い山。襟韻…心の持ち方がすぐれておもむきのあること。塵冠…俗世間の官僚。

一生休…一生を終える。挂…かける。ひっかける。わける。卻…し去る、し棄てる、動詞の後に附き動詞を強調する。閒事…余計なこと。つまらないこと。塵冠…俗世間の官職知…分かる。どうでもいいこと。終…ついに、しまいに。擬…なぞらえる。真似る。似せる。しようと思う。蹉跎…躓く、時機を失う。訪…おとずれる。舊遊…昔、遊んだところ。また、旧友。

 

（新釈漢文大系　詩人編　９）

 

 

★唐　杜牧　　　　　九日齊山登高　　　　　九日斉山(せいざん)に登高す

 

江涵秋影雁初飛　　　江は秋(しゅう)影(えい)を涵(ひた)して　雁(かり)初めて飛び

與客攜壺上翠微　　　客と壺を携えて　翠微(すいび)に上る

塵世難逢開口笑　　　塵(じん)世(せ) 逢い難し 開口(かいこう)の笑い

菊花須插滿頭歸　　　菊花 須く満頭(まんとう)に 挿(さ)して帰るべし

但將酩酊酬佳節　　　但(た)だ 酩酊(めいてい)を将(も)って 佳節(かせつ)に酬(むく)いん

不用登臨恨落暉　　　用いず 登臨(とうりん)して 落暉(らっき)を恨むを

古往今來只如此　　　古往(こおう)今来(こんらい) 只だ此(かく)くの如し

牛山何必獨霑衣　　　牛山(ぎゅうざん) 何ぞ必ずしも 涙(るい)衣(い)を霑(うるお)さん

 

【語釈】

九日…陰暦九月九日の重陽の日。齊山…江州と南京の中間点で、長江南岸の東南３キロメートルのところにある。登高…九月九日の重陽の日の風習で、高い山に登り、家族を思い、菊酒を飲んで厄災を払う習わし。江…長江のこと涵…水にひたす。秋影…秋げしき。翠微…山の八合目あたり。塵世…俗世間。菊花…邪気を祓うとされるキクの花。滿頭…頭いっぱいに。酩酊…ひどく酔う。佳節…おめでたい日。登臨…山に登り水に臨む。落暉…落日、沈む夕日の輝き。古往今來…昔から今まで。牛山…現・山東省臨淄県の南にある山。

 

（漢詩大系　９）

 

★唐　杜牧　　　　　潤州　　　　　　　　　潤州(じゅんしゅう)

 

句吳亭東千里秋　　　句吳(くご)亭(てい)東(とう)　千里の秋

放歌曾作昔年遊　　　放歌(ほうか)曾(かつ)て作す 昔年(せきねん)の遊(ゆう)

青苔寺裏無馬跡　　　青(せい)苔寺(たいじ)裏(り) 馬(ば)跡(せき)無く

綠水橋邊多酒樓　　　緑(りょく)水橋(すいきょう)辺(へん) 酒楼多し

大抵南朝皆曠達　　　大抵 南朝 皆 曠(こう)達(たつ)なるも

可憐東晉最風流　　　可憐 東晉 最も風流

月明更想桓伊在　　　月明に更に想う 桓伊(かんい)在るを　　　

一笛聞吹出塞愁　　　一(いっ)笛(てき)吹くを聞 出(しゅつ)塞(さい)の愁い

 

 

【語釈】　　　

潤州…江蘇省鎮江市。句吳停…潤州にあった亭。放歌…勝手気ままに歌う歌。昔年遊…昔、揚州の牛僧孺を尋ねて遊んだこと。青苔寺…庭や通路が苔むした寺。酒楼…酒を売る店、妓楼。南朝…江南を占領した五代の王朝。曠達…自由でとらわれない気風。可憐…心が引かれる。桓伊…東晋の人、笛の名人。出塞…出寨行、楽府題、笛の曲。

 

(新釈漢文大系詩人編９)

 

★唐　杜牧　　　　　宣州送裴坦判官往舒州時牧欲赴官歸京

　　宣州(せんしゅう)にて裴坦(ばいたん)判官(はんがん)の舒(じょ)州(しゅう)に往(ゆ)くを送る、時に牧は官に赴(おもむ)いて帰京(きけい)せんと欲す

 

日暖泥融雪半銷　　　日暖く泥融けて 雪半ば銷(き)ゆ

行人芳草馬聲驕　　　行人(こうじん) 芳草(ほうそう) 馬声驕(おご)る

九華山路雲遮寺　　　九(きゅう)華(か)山路(さんろ) 雲は寺を遮り

清弋江村柳拂橋　　　清弋(しんよく)江村 柳は橋を払う

君意如鴻高的的　　　君が意 鴻(こう)の如く 高く的々たり

我心懸斾正搖搖　　　我が心 斾(はい)を懸けて 正(まさ)に搖々たり

同來不得同歸去　　　同じく来たりて 同じく帰るを得ず

故國逢春一寂寥　　　故国に春に逢えば 一(いつ)に寂寥(せきりょう)たらん

 

【語釈】

裴坦…杜牧の同僚、後の宰相。舒州…安徽省南部の州、宣州の隣。赴官…新しい官職について赴任する。九華山…宣州の西にある山。清弋江…宣州の西を北に流れて長江に注ぐ川。鴻…おおとり。的的…明らかな様。斾…旗の一種。搖搖…揺れ動くさま。故國…故郷の意味だがここでは長安。寂寥…ひっそりとして物寂しいさま。

 

（新釈漢文大系　詩人編９）

 

★唐　杜牧　　　　　商山麻澗 　　　　　　　商山麻澗(しょうざんまかん)

 

雲光嵐彩四面合　　　雲光(うんこう) 嵐彩(らんさい) 四面(しめん)に合(ごう)す

柔柔垂柳十餘家　　　柔々(じゅうじゅう)たる 垂柳(すいりゅう) 十余の家

雉飛鹿過芳草遠　　　雉飛び 鹿過ぎて 芳(ほう)草(そう)遠く

牛巷雞塒春日斜　　　 牛巷(ぎゅうこう)雞(けい)塒(じ) 春日(しゅんじつ)斜めなり

秀眉老父對罇酒　　　秀眉(しゅうび)の老父 罇(そん)酒(しゅ)に対し

蒨袖女兒簪野花　　　蒨袖(せんしゅう)の女兒 野(や)花(か)を簪(しん)す。

征車自念塵土計　　　征車(せいしゃ) 自(みずか)ら念(おも)う 塵土(じんど)の計

惆悵溪邊書細沙　　　惆悵(ちょうしょう)し 溪(けい)辺(へん) 細沙(さいさ)に書す

 

【語釈】

商山…長安から行く道の険所、陜西省藍田県から商県に亘る。商山麻澗…商山山中を流れる谿流。雲光…雲が日を受けて光ること。嵐彩…山から発する気が日に照らされて輝く物。四面合…四方いずれの方向にぐるりと繋がっていること。柔柔…なよなよしたさま。垂柳…枝を垂らす柳。芳草…香りの良い草。牛巷…牛がゆったり歩いている街中の道。雞塒…鶏のねぐら。秀眉…長く秀でたまつげ、長寿を指す。罇酒…酒樽の酒。簪…簪のように刺す。征車…旅を行く車。塵土計…俗世間での身の処し方。惆悵…悲しみ傷むこと。

 

（漢詩大系　詩人編９）

 

★唐　杜牧　　　　　斉安郡晩秋　　　　　　斉安(せいあん)郡(ぐん)の晩秋

 

柳岸風來影漸疎 　　　　柳(りゅう)岸(がん) 風来たりて　影 漸(ようや)く疎(まばら)らなり

使君家似野人居 　　　　使(し)君(くん)の家は似たり　野人(やじん)の居(きょ)に

雲容水態還堪賞 　　　　雲(うん)容(よう) 水態(すいたい)　 還(ま)た賞するに堪え

嘯志歌懐亦自如 　　　　嘯(しょう)志(し) 歌(か)懐(かい)　亦(ま)た自如(じじょ)たり

雨暗残灯棊散後 　　　　雨は暗し 残(ざん)灯(とう)　棋(き)散ずるの後

酒醒孤枕雁來初 　　　　酒は醒(さ)む 孤(こ)枕(ちん)　雁来たる初(はじ)め

可憐赤壁争雄渡 　　　　憐(あわ)れむべし 赤壁　雄を争いし渡(わたし)

唯有蓑翁坐釣魚 　　　　唯だ蓑(さ)翁(おう)の  坐(そぞ)ろに魚(うお)を釣る有り

 

【語釈】

柳岸…柳の植えてある岸。影…柳の葉に酔って作られる影。使君…刺史、ここでは黄州刺史（杜牧自身）。野人…田舎人。雲容…雲の姿。水態…川のありさま。嘯志歌懐…歌を歌おうという志と思い。自如…もとのまま。残灯…燃え尽くそうとする灯火。孤枕…独り寝の枕。可憐…深い感慨、ああ。赤壁…曹操と周瑜が戦った赤壁の戦いの場所。渡…渡し場。蓑翁…蓑を着た翁。

 

★唐　杜牧　　　　　懐呉中馮秀才　　　　　呉中(ごちゅう)の馮(ふう)秀才を懐う

 

長洲苑外草蕭蕭　　　長洲(ちょうしゅう)苑外(えんがい) 草蕭々(しょうしょう)たり

却算遊程歳月遥　　　却(かえ)って遊(ゆう)程(てい)を算(かぞ)うれば 歳月遥かなり

唯有別時今不忘　　　唯(た)だ別(べつ)時(じ)の 今に忘れざる有り

暮煙秋雨過楓橋　　　暮(ぼ)煙(えん) 秋雨(しゅうう) 楓(ふう)橋(きょう)を過ぐ

 

【語釈】

呉中…江蘇省呉県蘇州市。秀才…科挙の合格者、及び応じた者を指す。長洲苑…古の苑の名、春秋時代の呉王・闔閭が遊猟した処。蕭蕭…ものさびしいさま。卻…反対に。…にもかかわらず、かえって。（副詞）。予遊程…旅をした道程。旅路の行程。別時…別れる時。暮煙…夕暮れに立つもや。楓橋…江蘇省蘇州市の郊外にある橋の名。

（杜樊川絶句詳解）

 

 

★唐　杜牧　　　　　鄭瓘協律　　　　　　　鄭瓘協(ていかんきょう)律(りつ)

広文遺韻留樗散　　　広文の遺(い)韻(いん) 樗散(ちょさん)を留む

鶏犬図書共一船　　　鶏犬 図書 共に一船

自説江湖不帰事　　　自ずから説く 江湖に帰ざる事を

阻風中酒過年年　　　風に阻ばれ酒に中(あた)り 年々を過ぐ

 

【語釈】

鄭瓘協律…協律郎（薬の調剤をする官）であった鄭瓘に贈った詩

広文…弘文館博士、鄭瓘の祖父は弘文館博士であった。遺韻…昔の遺風。樗散…無能で役に立たない人

（杜樊川絶句詳解）

 

★唐　杜牧　　　　　有寄　　　　　　　　　寄す有り

 

雲闊煙深樹　　　雲闊(ひろ)くして 樹煙に深く

江澄水浴秋　　　江澄みて水浴の秋

美人何處在　　　美人 何れの処にか在る

明月滿山頭　　　明月 山頭に満つ

 

【語釈】

美人…君主、賢人。

 

（杜樊川絶句詳解）

 

★唐　杜牧　　　　　醉眠　　　　　　　　　酔眠(すいみん)　　　　

 

秋醪雨中熟　　　秋醪(しゅうろう) 雨中に熟し

寒齋落葉中　　　寒斎(かんさい) 落葉の中(うち)

幽人本多睡　　　幽人 本 睡ること多し

更酌一樽空　　　更に酌(く)めば 一樽(いっそん)空(むな)し

 

【語釈】

秋醪…秋に醸すどぶろく。寒齋…さむざむとした秋の書斎。幽人…世俗との交わりを断って静かに隠れ住む人（作者自身）。空…空になる。

 

★唐　杜牧　　　　　題敬愛寺樓　　　　　　敬愛寺の楼に題す　　杜牧

 

暮景千山雪　　　暮景(ぼけい) 千山の雪

春寒百尺樓　　　春寒(しゅんかん) 百尺の楼

獨登還獨下　　　独り登り 還(ま)た独り下(くだ)る

誰會我悠悠　　　誰か会(かい)せん 我が悠々(ゆうゆう)たるを

 

【語釈】

敬愛寺…洛陽の東南にあった寺。春寒…早春の肌寒さ。悠悠…ゆったりとのんびりした様。會…理解する。

 

（新釈漢文大系　詩人編　９）

 

★唐　杜牧　　　　　長安秋望　　　          長安(ちょうあん)秋(しゅう)望(ぼう)

樓倚霜樹外　　　楼は倚(よ)る 霜樹(そうじゅ)の外(ほか)

鏡天無一毫　　　鏡天(きょうてん) 一(いち)毫(ごう)無し

南山與秋色　　　南山と秋色と

氣勢兩相高　　　気勢(きせい) 両(ふた)つながら相(あ)い高し

 

【語釈】

倚…よりかかる。霜樹…霜が降りて紅葉した木。鏡天…鏡のように明るく澄みわたった空。無一毫…ほんの少しもない。南山…終南山。秋色…秋の景色。気勢…いきおい。相高…お互いに高め合っている。

 

（新釈漢文大系　詩人編９）

 

 

★唐　杜牧　　　　　獨酌　　　              独酌(どくしゃく)　　

 

窗外正風雪　　　窓外(そうがい) 正(まさ)に風雪(ふうせつ)

擁炉開酒缸　　　炉を擁(よう)して 酒缸(しゅこう)を開く

如何釣船雨　　　如何(いかん)ぞや 釣船(ちょうせん)の雨

篷底睡秋江　　　篷底(ほうてい) 秋(しゅう)江(こう)に睡(ねむ)るに

 

【語釈】

窓外…窓の外。正…ちょうど。擁炉…炉にあたる。酒缸…酒がめ。蓬底…舟の中、舟底。秋江…秋の川。

（杜樊川絶句詳解）

 

★唐　杜牧　　　　　不飲贈酒 　　           飲まず酒に送る

 

細算人生事　　　細やかに人生の事を算(さん)ずれば

彭殤共一籌　　　彭殤(ぼうしょう)も共に一籌(いちもう)

與愁爭底事　　　愁(うれい)と底事(なにごと)かを争い

要爾作戈矛　　　爾(なんじ)に戈(か)矛(ぼう)と作(な)るを要(もと)む

 

【語釈】

彭殤…八百歳の長寿を保ったという彭祖と幼くして死んだ子（『荘子』の故事による。共一籌…どちらも々結果に過ぎないということ、籌は計算に用いる竹の棒。底事…何（口語的な言い方）。爾…酒に呼びかけて行っている。戈矛…争いの武器。

 

（新釈漢文大系　詩人編　９）

 

★唐　杜牧　　　　　題揚州禪智寺　　　      揚州(ようしゅう)の禅(ぜん)智寺(ちじ)に題す

 

雨過一蟬噪　　　雨過ぎて 一(いつ)蝉(せん) 噪(さわ)ぎ

飄蕭松桂秋　　　飄蕭(ひょうしょう)として 松(しょう)桂(けい) 秋なり

青苔滿階砌　　　青苔は 階(かい)砌(せい)に満ち

白鳥故遲留　　　白鳥は 故(ことさら)に遲留(ちりゅう)す

暮靄生深樹　　　暮(ぼ)靄(あい) 深樹(しんじゅ)に生じ

斜陽下小樓　　　斜陽(しゃよう) 小楼(しょうろう)に下る

誰知竹西路　　　誰か知らん 竹西(ちくせい)の路

歌吹是揚州　　　歌吹(かすい) 是れ 揚(よう)州(しゅう)なるを

 

【語釈】

禪智寺…揚州（江蘇省揚州市）にある寺。飄蕭…風が物寂しく吹くさま。松桂…松と桂。青苔…緑色の苔。階砌…本堂に入る石の階段。故…訳があるかのように。遲留…いつまでも留まる。暮靄…ゆうもや。歌吹…歌と演奏、揚州は歓楽街であった。

 

（新釈漢文大系　詩人編９）

 

★唐　杜牧　　　　　途中作　　　            途中の作

 

綠樹南陽道　　　緑樹(りょくじゅ) 南陽(なんよう)の道

千峰勢遠隨　　　千(せん)峰(ぽう) 勢い遠く従う

碧溪風澹態　　　碧溪(へきけい) 風澹(しずか)なる態(さま)

芳樹雨餘姿　　　芳樹(ほうじゅ) 雨余(うよ)の姿。

野渡雲初暖　　　野(や)渡(と) 雲初めて暖かに

征人袖半垂　　　征人(せいじん) 袖半(なか)ば垂(た)る

殘花不一醉　　　残(ざん)花(か) 一酔(いっすい)せざれば

行樂是何時　　　行楽は是れ 何ずれの時ぞ

 

【語釈】

南陽…河南省南部。遠隨…どこまでも自分に付いてくる。碧溪…水が豊かになっ青々戸見える谷川。雨餘…雨上がり。征人…旅人（作者自身）。

 

（新釈漢文大系　詩人編９）

 

★唐　杜牧　　　　　春惜　　　              春を惜しむ

 

春半年已除　　　春半ばにして 年已に除(じょ)なり

其餘強爲有　　　其の余は 強いて有りと為す

即此醉殘花　　　即ち此に 残花に酔い

便同嘗臘酒　　　便(すなわ)ち同(とも)に 臘(ろう)酒(しゅ)を嘗(な)む

悵望送春盃　　　悵(ちょう)望(ぼう)たり 春を送る盃

殷勤掃花箒　　　殷(いん)勤(ぎん)たり 花を掃う箒(ほうき)

誰爲駐東流　　　誰(たれ)か為に 東流を駐(とど)めて

年年長在手　　　年々(ねんねん) 長(とこし)えに手に在らしめんや

 

【語釈】

徐…陰暦四月。有…ここでは春があると言う意味。臘酒…陰暦十二月に醸す酒。悵望…悲しく眺める。殷勤…丁寧

 

（新釈漢文大系　詩人編　９）

 

 

★唐　杜牧　　　　　罷鍾陵幕吏十三年來泊湓浦感舊爲詩

　　　　鍾(しょう)陵(りょう)の幕吏を罷(や)めて十三年 来りて湓(ほん)浦(ぽ)に泊し 旧に感じて詩を為(つく)る　

 

青梅雨中熟　　　青梅(せいばい) 雨中に熟し

檣倚酒旗邊　　　檣(しょう)は倚る 酒旗の辺(ほとり)

故國殘春夢　　　故国 残(ざん)春(しゅん)に夢み

孤舟一褐眠　　　孤舟 一褐(いっかつ)に眠る

搖搖遠堤柳　　　搖々(ようよう)たり遠堤の柳

暗暗十程煙　　　暗々(あんあん)たり十程の煙

南奏鐘陵道　　　南に奏(はし)る 鐘(しょう)陵(りょう)の道

無因似昔年　　　昔年(せきねん)に似るに 因(よ)し無し

 

【語釈】

鐘陵…洪州（江西省南昌史）。湓浦…湓水という川が流れ込むところ。檣…船のマスト。酒旗…酒屋の旗。故國…故郷。殘春…春の暮れ。褐…粗末な掛け布団。搖搖…ゆらゆらと揺れるさま。暗暗…暗くて見えない様子。程…宿場間の距離をいう、およそ十里（４km）。煙…もや。奏…走る、向かっていく。無因…すべがない。昔年…洪州の幕領で会った昔。

 

（新釈漢文大系　詩人編　９）

 

★唐　杜牧　　　　　茶山下作 　　　          茶山(ちゃざん)下(か)の作

 

春風最窈窕　　　春風 最も窈窕(ようちょう)たり

日晩柳村西　　　日は晩(く)る 柳村(りゅうそん)の西

嬌雲光占岫　　　嬌(きょう)雲(うん) 光りて 岫(しゅう)を占め

健水鳴分溪　　　健水 鳴なりて 溪を分かつ。

燎巖野花遠　　　巖(いわお)を燎きて　野花遠く

戛瑟幽鳥啼　　　瑟を戛(う)ちて　幽鳥啼く。

把酒坐芳草　　　酒を把(と)りて 芳草に坐し

亦有佳人攜　　　亦(また) 佳人(かじん)の 携(たずさ)うる有り

 

【語釈】

茶山…顧渚山ともいう。茶の産地、朝廷に献ずる茶を送る儀式が行われた。窈窕…たおやかで美しいようす。柳村…茶山の麓にある村。嬌雲…艶やかにきららと輝く雲。岫…山の頂。健水…勢いよく流れる水。燎…花の赤さを火が燃えるようにたとえた語。戛瑟…瑟（大型の弦楽器）を鳴らす。幽鳥…隠れた鳥。攜…手をひく

 

（新釈漢文大系　詩人編９）

 

★唐　杜牧　　　　　旅宿　　　               旅(りょ)宿(しゅく)　

 

旅館無良伴　　　旅館 良(りょう)伴(はん)無く

凝情自悄然　　　凝(ぎ)情(じょう) 自(おのずか)ら悄(しょう)然(ぜん)

寒燈思舊事　　　寒灯 旧事を思い

斷雁警愁眠　　　断(だん)雁(がん) 愁眠(しゅうみん)を警(さ)ます

遠夢歸侵曉　　　遠夢(えんむ)帰って 曉を侵し

家書到隔年　　　家書(かしょ)到るに 年を隔つ

滄江好煙月　　　滄(そう)江(こう) 煙(えん)月(げつ)好し

門繋釣魚船　　　門に繋(つな)ぐ 釣魚(ちょうぎょ)の船

　

【語釈】

良伴…良い連れ合い。凝情…鬱屈たる思い。悄然…しょんぼりする。寒燈…冬の寂しい燈し。

断雁…群れからはぐれた雁。警…警は驚に同じ、目を覚まされるの意。隔年…年を越えて

滄江…青々としている河。煙月…おぼろ月。

 

（唐詩三百首）

 

★唐　杜牧　　　　　睦州四韻　　　           睦州四(むつしゅうし)韻(いん)

 

州在釣臺邊　　　州(しゅう)は釣(ちょう)台(だい)の辺(ほとり)に在り

溪山實可憐　　　溪山は実(じつ)に憐われむべし

有家皆掩映　　　家有り 皆 掩映(えんえい)し

無處不潺湲　　　処として 潺湲(せんかん)ならざるは無し

好樹鳴幽鳥　　　好樹に 幽(ゆう)鳥(ちょう)鳴き

晴樓入野煙　　　晴楼 野煙に入る

殘春杜陵客　　　残春 杜(と)陵(りょう)の客

中酒落花前　　　酒に中(あ)たる落花の前

 

【語釈】

睦州…浙江省杭州市南部。釣臺…睦州にあり、後漢初期の隠者である厳光が釣りをしたと伝えられる。掩映…見え隠れしながらコントラストをなしていること。潺湲…緩やかに流れる水音の形容。幽鳥…葉隠に鳴く鳥の声。野煙…野でたく煙。杜陵客…長安南郊の杜陵からきた旅人。

 

（新釈漢文大系　詩人編　９）

 

★唐　杜牧　　　　　村行 　　　              村(そん)行(こう)

 

春半南陽西　　　春半(なか)ばなる 南陽(なんよう)の西

柔桑過村塢　　　柔桑(じゅうそう) 村塢(そんお)に過ぎる

娉娉垂柳風　　　娉々(ほうほう)たる 垂(すい)柳(りゅう)の風

點點迴塘雨　　　点々(てんてん)たる 迴塘(かいとう)の雨

蓑唱牧牛兒　　　蓑にて唱う 牧牛の兒

籬窺蒨裙女　　　籬(まがき)に窺(うかが)う 蒨裙(せんくん)の女(じょ)

半濕解征衫　　　半ば(なかば)湿(しめ)りて 征衫(せいさん)を解けば　

主人饋雞黍　　　主人 雞黍(けいしょ)を饋(すす)む

 

【語釈】

南陽…河南省南部。柔桑…柔らかい葉を茂らせた桑の木。村塢…小さな村里。娉娉…柔らかく軽やかなようす。點點…ぽつりぽつりと。迴塘…曲がりくねった池。蒨裙…あかね色のスカート。征衫…旅衣。雞黍…鳥の料理と黍飯。

 

（新釈漢文大系　詩人編　９）

 

★唐　杜牧　　　　　早行　　　　　　　　　　 早(そう)行(こう)

 

垂鞭信馬行　　　鞭を垂れて 馬に信(まか)せて行く

數里未雞鳴　　　数里 未だ雞鳴ならず

林下帶殘夢　　　林下 残夢を帯び

葉飛時忽驚　　　葉は飛びて 時に忽(たちま)ち驚く

霜凝孤鶴逈　　　霜は凝りて 孤鶴(こかく)逈(はる)かに

月曉遠山橫　　　月 曉(あ)けて 遠山橫わる

僮僕休辭險　　　僮僕(どうぼく) 険を辞することを休(や)めよ

時平路復平　　　時平にして 路も復(ま)た平かなり

 

【語釈】

早行…朝早く夜明け前に出発する。垂鞭…馬に鞭をあてないこと。信馬…馬の歩みに従って行くこと。数里…一里は約500m。雞鳴が夜明けを告げる時間。帶殘夢…夢の残りを引きずっているように、うつらうつらしていること。驚…ハット目が覚める。僮僕…荷物をかついだり身の周りの世話をする下僕。辭險…険しい道を避ける。

 

（新釈漢文大系　詩人編　９）

 

★唐　杜牧　　      池州春送前進士蒯希逸

　　　　　　　　池州に春 前進士(ぜんしんし)蒯希逸(かいいいつ)を送る

芳草復芳草　　　芳(ほう)草(そう) 復(ま)た 芳(ほう)草(そう)

斷腸還斷腸　　　断腸 還(ま)た 断腸

自然堪下淚　　　自然(おのず)から 淚を下すに堪えたり

何必更殘陽　　　何ぞ必ずしも 更に残(ざん)陽(よう)ならんや

楚岸千萬里　　　楚(そ)岸(がん) 千万里

燕鴻三兩行　　　燕鴻(えんおう) 三両(さんりょう)行(こう)

有家歸不得　　　家有りて 帰るを得ず

況舉別君觴　　　況(いわ)んや 君と別るる觴(さかずき)をるをや

 

【語釈】

前進士…進士科に合格して役人になっていない人（史部詩合格前）。蒯希逸…人名、字は大隠。芳草…萌え出たばかりの香りの良い草。自然…自ずから、自然と。堪…～にするのに十分だ。楚岸…楚の国（池州）の川岸、長く続いている。燕鴻…燕の地方（北方）に返るヒクイドリ。

 

（漢詩大系　詩人編９）

 

★唐　杜牧　　      題宣州開元寺　　　　　　 宣州(せんしゅう)の開(かい)元寺(げんじ)に題す

 

南朝謝朓城　　　　　南朝(なんちょう) 謝朓(しゃちょう)の城

東吳最深處　　　　　東呉(とうご) 最も深き処

亡國去如鴻　　　　　亡国は去って鴻(おおとり)の如く

遺寺藏烟塢　　　　　遺寺(いじ)は　煙塢(えんお)に蔵(かく)る

樓飛九十尺　　　　　楼は飛ぶ 九十尺

廊環四百柱　　　　　廊は環(めぐ)らす 四百柱(しんひゃくちゅう)

高高下下中　　　　　高々(こうこう)下々(かか)の中(うち)

風繞松桂樹　　　　　風は繞(めぐ)る 松(しょう)桂(けい)の樹

青苔照朱閣　　　　　青(せい)苔(たい) 朱閣(しゅかく)に照り

白鳥兩相語　　　　　白鳥 両(とも)に相語(あいかた)る

溪聲入僧夢　　　　　渓声(けいせい) 僧夢(そうむ)に入り

月色暉粉堵　　　　　月色 粉(ふん)堵(と)に暉(かがや)く

閲景無旦夕　　　　　景を閲(み)ること 旦夕(たんせき)無く

憑欄有今古　　　　　欄に憑(よ)れば　今(きん)古(こ)有り

留我酒一樽　　　　　我を留むるは 酒一樽(いっそん)

前山看春雨　　　　　前山(ぜんざん)に 春雨(しゅんう)を看(み)ん

 

【語釈】

宣州…安徽省宣城市。開元寺…東晋のと永安寺として作られたが、開元年間に開元寺と改名された。南朝…江南を支配した五つの王朝。謝朓城…斉の時代に詩人の謝朓が太守となってここを治めている。最深處…中心の建康（南京）から離れた所。去如鴻…鴻はひしくいどり、飛んでどんどん遠ざかる。遺寺…残された開元寺。烟塢…靄に包まれた山間の低地。粉堵…白く塗られた塀。閲…じっくり見ること。旦夕…朝と夕べ。憑欄…欄干に寄りかかること。有今古…昔の事を思い出すこと。

 

（新釈漢文大系　詩人編９）

 

 

　

 

 

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★魏晉　無名氏　　  古詩十九首 其十一　　　　古詩十九首 其の十一

 

迴車駕言邁　　　車を迴(めぐ)らして 駕(が)して言(ここ)に邁(ゆ)き

悠悠涉長道　　　悠々(ゆうゆう)として 長道を涉(わた)る

四顧何茫茫　　　四顧(しこ)すれば 何ぞ茫々(ぼうぼう)

東風搖百草　　　東風 百草を搖(うご)かす

所遇無故物　　　遇(あ)う所 故物(こぶつ)無し

焉得不速老　　　焉(いずく)んぞ 速かに老いざるを得えんや

盛衰各有時　　　盛衰各(おのおのあ)の時有り

立身苦不早　　　立身 早からざるを苦しむ

人生非金石　　　人生は 金石に非らず

豈能長壽考　　　豈(あ)に能く 長く寿考(じゅこう)ならんや

奄忽隨物化　　　奄忽(えんこつ)として 物に従いて化す

榮名以為寶　　　栄名　以って宝と為さん

 

【語釈】

迴車…車の行くところ無く廻る、暗に致仕して出直すこと。駕言…言は助字、「ここに」「われ」と訓読する。茫茫…広大なさま。故物…昔あった物。壽考…何時までも長生きする。奄忽…たちまち。

 

（漢詩大系　４）

 

★魏晉　無名氏　　  古詩十九首其十四　　　　 古詩十九首其の十四

 

去者日以疏　　去る者は日(ひ)びに以て疏(うと)く

来者日已親　　来る者は日(ひ)びに已に親しむ

出郭門直視　　郭門(かくもん)を出でて直視すれば

但見丘與墳　　但(た)だ丘と墳とを見るのみ

古墓犁為田　　古墓は犁(す)かれて田と為り

松柏摧為薪　　松柏(しょうはく)は摧(くだ)かれて薪(たきぎ)と為る

白楊多悲風　　白(はく)楊(よう) 悲風多く

蕭蕭愁殺人　　蕭々(しょうしょう)として人を愁(しゅう)殺(さつ)す

思還故里閭　　故(もと)の里閭(りりょ)に還らんことを思い

欲歸道無因　　帰らんと欲するも道に因(よ)る無し

 

【語釈】

去者 … 主に「死んだ人」という解釈と、「去って行った人」という解釈とがある。日以 … 日ごとに。疎 … 気持ちが離れて忘れられる。来者 … 身近にやって来た人。親 … 親しくなる。郭門 … 町はずれにある城郭の門。但 … 「ただ」と読み、「ただ～だけ」と訳す。限定の意を示す。丘 …墓のある丘。墳 … 土を丸く盛り上げて作った小さな墓。與 … 「と」と読み、「～と」と訳す。「A與B」の場合は、「AとB与と」と読む。墓 … 古くなった墓地。犁 … 耕す。田 … 平らにならした耕地。松柏 … 松と柏（コノテガシワ）。墓地に植えられる木。天子の陵墓には松を植え、諸侯の陵墓には柏を植えたという。摧 … 切り倒される白楊 … はこやなぎ。悲風 … 物悲しく感じられる秋風。蕭蕭 … 風が物寂しく吹く様子。愁殺 … ひどく寂しがらせる。深く悲しませる。殺は、程度の強いことを示す助辞。故里閭 … 故郷の村里の入り口の門。転じて、故郷の村里の意。無因 … 手立てがない。

 

（Web　漢文大系）（漢詩大系　４）

 

★魏晉　無名氏　　  古詩十九首 其十五　　　　古詩十九首 其の十五

 

生年不滿百　　　生年 百に満たず

常懷韆歲憂　　　常に 千歲憂いを懷く

晝短苦夜長　　　昼は短かく 夜の長きに苦しむ

何不秉燭遊　　　何ぞ燭を秉(と)りて遊ばざらん

為樂當及時　　　楽みを為すは 当(まさ)に時に及ぶべし

何能待來茲　　　何ぞ能(よ)く来(らい)茲(し)を待たんや

愚者愛惜費　　　愚者は費(ひ)を惜しむを愛し

但為後世嗤　　　但(た)だ後世の嗤(わらい)と為るのみ

仙人王子喬　　　仙人 王子(おうじ)喬(きょう)は

難可與等期　　　與(とも)に期を等しく可きこと難し

 

【語釈】

秉…手に取る。及時…時を失わず、間に合うようにする。來茲…来年。王子喬…周の太子晉、好んで笛を吹き、道士浮丘公に伴われて崇山に登り、仙人となったという。期…年寿。

 

（漢詩大系　４）

 

★漢末　曹操(そうそう)　　　  短歌行　　               短歌(たんか)行(こう)

　　

對酒當歌　　酒に対して当(まさ)に歌うべし

人生幾何　　人生　幾何(いくばく)ぞ

譬如朝露　　譬(たとゆ)ゆるに朝露の如し

去日苦多　　去る日は苦(はなはだ)だ多し

慨當以慷　　慨して当(まさ)に以て慷(こう)すべし

幽思難忘　　幽思　忘れ難し

何以解憂　　何を以てか憂いを解(と)かん

惟有杜康 　 惟だ杜康有るのみ

青青子衿　　青々たる子が衿(きん)

悠悠我心　　悠々たる我が心

但爲君故　　但だ君が為の故に

沈吟至今　　沈吟(ちんぎん)して今に至る

幼幼鹿鳴　　幼々と鹿は鳴き

食野之苹　　野の苹(びょう)を食(くら)う

我有嘉賓　　我に嘉(か)賓(ひん)有らば

鼓瑟吹笙　　瑟を鼓し 笙を吹かん

明明如月　　明々たること月の如きも

何時可採　　何れの時にか採るべき

憂從中來　　憂いは中より来たり

不可斷絶　　断絶すべからず

越陌度阡　　陌(はく)を越え　阡(せん)を度り

枉用相存　　枉(ま)げて用って相存す

契闊談讌　　契闊(きっかつ)　談讌(だんえん)して

心念舊恩　　心に旧恩を念う

月明星稀　　月明らかに星稀に

烏鵲南飛　　烏鵲 南に飛ぶ

繞樹三匝　　樹を繞ること三匝(さんそう)

何枝可依　　何れの枝にか依るべき

山不厭高　　山は高きを厭はず

海不厭深　　海は深きを厭はず

周公吐哺　　周公は哺(ほ)を吐きて

天下歸心　　天下心を帰したり

 

【語釈】

短歌行 … 楽府題、行は、歌・曲の意。対酒 …酒を飲んだら。當…当然～するべきだろう。人生 … 人の命。幾何 … どのくらいあるものか、いかほどもない。朝露…人生の短さを朝露の消えやすいことに喩えたもの。去日 … 過ぎ去った日。苦 …はなはだ。慨当以慷 …當慷慨）の語順を換え、「以」を加えたもの。慷慨…憤いきどおり嘆くこと。憂思 … 心配する心。解 … 消し去る。杜康 … 古代の伝説上の人で、初めて酒を作った人、ここでは酒を指す。青青子衿 …青襟の服を着た優れた若者。悠悠我心 … あなたを慕う私の思いは尽きない。君 … 優れた若者を指す。沈吟 … 深く思いに沈む、深く考え込む。呦呦 … 鹿のか細い鳴き声を表す擬声語。苹 …よもぎ。嘉賓 … よい賓客。瑟 … おおごと、二十五弦。笙 … 管楽器の一つ、十九管または十三管の笛。掇…手に取る。中 … 胸中、心中。従 … 「より」と読み、「～から」と訳す、時間・場所の起点の意を示す、「自」と同じ。陌 … 東西に通る道。阡 … 南北に通る道。越・度 … ともに、道を乗り越える。枉 … 無理してわざわざ～してくださった。用 … ～でもって、「以」とほぼ同じ。存 … 訪ねる、訪問する。契闊 … ここでは久しぶりに再会すること。談讌 … 集まって歓談する。旧恩 … 昔のよしみ。昔の友情。念 … ここでは温め直す。烏鵲 … カササギ、仕官先を求める優れた人材に喩える。周公 …周公旦、文王の子、兄の武王を助けて紂王を討った。吐哺 … 口の中の食べ物を吐き出すこと。天下 … 天下の人々。帰心 … 心を寄せる。心から従う。

 

（中国名詩選（川合）、漢詩大系　４）

 

★漢末　王粲(おうさん)　　　  七哀詩　　               七哀(しちあい)の詩　王粲(おうさん)

西京亂無象  　　　西京(さいきょう) 乱れて象(みち)無く

豺虎方遘患  　　　豺(さい)虎(こ) 方(まさ)に 患(わざわい)を遘(な)す

復棄中國去　　　　復(ま)た 中国(ちゅうごく)を 棄(す)てて去り

委身適荊蠻  　　　身を委ねて 荊蛮(けいばん)に適(ゆ)く

親戚對我悲 　　　 親戚 我に対して悲しみ

朋友相追攀 　　　 朋友 相(あい) 追攀(ついはん)す

出門無所見 　　　 門を出づるも 見る所無く

白骨蔽平原 　　　白骨は 平原を蔽(おお)う

路有飢婦人  　　　路に 飢えたる婦人有り

抱子棄草間 　　　子を抱いて 草間に棄(す)つ

顧聞號泣聲 　　　顧(かえり)みて 号泣の声を聞くも

揮涕獨不還 　　　涕(なみだ)を揮(ふる)って 独(ひと)り還(かえ)らず

未知身死處 　　　「未だ 身の死処(ししょ)を知らず

何能兩相完 　　　何(なん)ぞ能(よ)く 両(ふたり)ながら 相(あい) 完(まった)からん。」と

驅馬棄之去 　　　馬を駆って之 を棄(す)てて去る

不忍聽此言 　　　此の言を聴くに忍ばず

南登霸陵岸 　　　南のかた 霸(はく)陵(りょう)の岸に登り

迴首望長安 　　　首(こうべ)を迴(めぐ)らして 長安を望む

悟彼下泉人  　　 彼(か)の 下泉(かせん)の人を悟り，

喟然傷心肝 　　　喟(き)然(ぜん)として 心肝(しんかん)を傷ましむ。

 

【語釈】

西京…長安。象…正しい道、道理。豺虎…山犬と虎、悪人の喩え、董卓の死後、覇権を求めて争った李傕と郭汜。中國…中原地方。荊蠻；荊州。攀…車の梶棒にすがりついて引き留める。霸陵…前漢の文帝の墓。下泉人…苦しい生活中で周台の善政を慕った「下泉」の作者と「黄泉」の文帝。喟然…ため息をつくさま。心肝…心。

 

（中国名詩選（上））

 

★南北朝　謝朓(しゃちょう)     移病還園示親屬詩

　　　　　　　病(やまい)を移(い)しえて園に還えり親属に示めす詩

疲策倦人世　　　策に疲かれて 人世を倦(うと)み　

斂性就幽蓬　　　性を斂(おさ)め 幽(ゆう)蓬(ほう)に就く

停琴佇涼月　　　琴を停めて 涼月に佇(たたず)み

滅燭聽歸鴻　　　燭を滅して 帰鴻を聽く

涼薰乘暮析　　　涼薰 暮に乗じて(じょうじて)析(さ)け

秋華臨夜空　　　秋華 夜に臨みて空し　

葉低知露密　　　葉 低(た)れて 露の密なるを知り

崖斷識雲重　　　崖 断えて雲の重なるを識る

折荷葺寒袂　　　荷を折りて 寒袂を葺(おお)い

開鏡眄衰容　　　鏡を開いて 衰容を眄(み)る

海暮騰清氣　　　海は暮れて清気を騰げ

河關祕棲沖　　　河関(かせき) 棲(せい)沖(ちゅう)を秘す　

煙衡時未歇　　　煙衡(えんしょう) 時に未だ歇(や)まず

芝蘭去相從　　　芝(し)蘭(らん) 去(ゆ)きて相い従わん

 

【語釈】

移病…移書（回し文で、仕官している者が退職を求める用語）為て、病と称して。疲策…官途に追い立てられること。斂性…人間の自然自然の性（心の働き）を身に納めて失わない。幽蓬…幽静な蓬の宿（隠棲の家園）。涼薰…涼しい風にそよぐ葭。乘暮析…暮れて風が強くなるに従って裂け折れる。荷衣…世捨て人、神仙の衣服。河關…黄河にある関所。棲沖…空しい心を宿す。煙衡…煙霧の中のかんあおい。芝蘭…香草芝闌のような優れて多彩な師弟。

（漢詩大系　５）

★魏晉　　左思(さし)　　　雜詩　　　               雜詩

 

秋風何冽冽　　　秋風 何ぞ冽々(れつれつ)たる

白露為朝霜　　　白露 朝霜と為(な)る

柔條旦夕勁　　　柔條(じゅうじょう) 旦夕(たんせき)に勁(つよ)く

綠葉日夜黃　　　緑(りょく)葉(よう) 日夜に黃なり

明月出雲崖　　　明月 雲(うん)崖(がい)を出で

皦皦流素光　　　皦皦(きょいきょう)として素光を流す

披軒臨前庭　　　軒(けん)を披(ひら)きて前庭に臨めば

嗷嗷晨雁翔　　　嗷々(きょうきょう)として 晨(しん)雁(がん)翔(か)ける

高志局四海　　　高志は四海に局(かぎ)られ

塊然守空堂　　　塊(かい)然(ぜん)として空堂を守る

壯齒不恆居　　　壯歯(そうし)恒には居らず

歲暮常慨慷　　　歲(さい)暮(ぼ) 常に慨慷(がいこう)す

 

【語釈】

冽冽…冷気の身にしむさま。柔條…なごやかな木の枝。旦夕…明け方と夕べ。勁…強く堅くなること。雲崖…雲の端。皦皦…白く光るさま。嗷嗷…騒がしくなく音の形容。晨雁…よあけの雁。四海…天下。塊然…ひとり立つさま。壯齒…若いとき。歲暮…老年。慨慷…嘆き悲しむ。

 

（漢詩体系　４）

 

★南北朝　何遜(かそん)　　　範廣州宅聯句　           範(はん)廣(こう)の州宅 連句　

　　

洛陽城東西，　　　洛陽(らくよう)城(じょう)の 東(ひがし)西(にし)，

長作經年別。　　　長らく年を経(へ)る 別れを作(な)す。

昔去雪如花，　　　昔去るとき 雪 花の如く，

今來花似雪。　　　今来たるとき 花 雪に似たり。

 

【語釈】

範廣…西晉南阳順陽（河南省淅川県）の人、県令を努めた。洛陽城…洛陽の町。東西…東と西へ。經年別…長年の別れ。

 

（漢詩大系　５）

 

 

★南北朝　何遜　　  相送詩　　　            相(あい)送(おく)る詩　

 

客心已百念　　　客(かく)心(しん) 已に百念(ひゃくねん)

孤遊重千里　　　孤遊(こゆう) 千里を重ぬ

江暗雨欲來　　　江暗くして 雨来らんと欲し

浪白風初起　　　浪白くして 風初めて起る

 

【語釈】

客心…旅中での寂しい心。唸…心配事。孤遊…一人旅

 

（漢詩大系　５）

 

★南北朝　沈(ちん)約(やく)　　　别范安成　　            范(はん)安成(あんせい)に别る　　

　

生平少年日　　　生(せい)平(へい) 少年の日　　　

分手易前期　　　手を分かつとも 前(あらかじ)め期し易すし

及爾同衰暮　　　爾(なんじ)と 衰(すい)暮(ぼ)を同(とも)にし

非復別離時　　　復(ま)た　別離の時に非ず

勿言一樽酒　　　言う勿かれ　一樽の酒と

明日難重持　　　明日　重ねて持し難し

夢中不識路　　　夢中　路を識らず

何以慰相思　　　何を以って相思(そうし)を慰めん

 

【語釈】

范安成…安成の内史である范岫のこと。生平…ふだん。平生少年日…若い時。分手…別れる。・前期…あらかじめ決めた再会の時期。及…と、および。同…同じくする、動詞。衰暮…年とって衰える。非復…（以前の時とは）まったく異なる。復…助辞、リズムを整える。持…直接的には酒杯を持つことであり、（共に酒を酌み交わす杯を持つ機会を）持つこと。夢中不識路…夢の中で、道が分からないために（お互いが会うことができないので）、張敏と高惠の故事に拠る。張敏と高惠とは、莫逆の友であったが、離れており、会うのが難しかった。そこで、張敏は夢の中で高恵の許を尋ねて行こうとするが、毎回、道に迷って途中で引き返してしまった。相思…ここでは､作者と范安成との男同士の思い合う情。　

（漢詩大系　５）

 

 

 

 

 

　

★南北朝　鮑(ほう)照(しょう)　　 擬行路難十八首 其四 　　行路難(こうろなん)に擬す十八首 其の四

 

瀉水置平地　　　　　水を瀉(そそ)ぎて 平地に置けば

各自東西南北流　　　各自(かくじ) 東西南北に流る

人生亦有命　　　　　人生 亦(ま)た命(めい)有り

安能行嘆復坐愁　　　安(いずく)んぞ 能く行きて嘆き 復た坐して愁えん

酌酒以自寬　　　　　酒を酌んで 以って自ずから寛(ゆるう)うし

舉杯斷絕歌路難　　　杯を挙げて 断絶して路難を歌う

心非木石豈無感　　　心は木石に非らず 豈(あ)に感無からんや

吞聲躑躅不敢言　　　声を吞み 躑躅(てきちょく)して敢えて言わず

 

【語釈】

斷絕…声が激情のために途絶える。路難…行路難の曲。吞聲…声を出そうとして飲み込む。躑躅…足踏みをする。

 

〔漢詩大系　５〕

 

★隋末唐初　王績　 野望　　                 野望(やぼう)

 

東皐薄暮望　　　東皐(とうこう) 薄暮に望む

徙倚欲何依　　　徙倚(とき)して 何に依らんと欲す

樹樹皆秋色　　　樹々(じゅじゅ) 皆 秋色

山山唯落暉　　　山々(やまやま) 唯 落暉(らっき)　

牧人驅犢返　　　牧人 犢(こうし)を駆りて返り

獵馬帶禽歸　　　猟(りょう)馬(ば) 禽(きん)を帶びて帰る

相顧無相識　　　相顧(あいかえりみ)れども 相識(そうしき)無く

長歌懷采薇　　　長歌して 采(さい)薇(び)を懷(おも)う

 

【語釈】　　

野望 … 野原のながめ。東皐 … 東の丘、沢の周囲の小高い所を指す。薄暮 … 日暮れがせまるころ。徙倚 … さまよい歩く。うろうろする。欲何依 … どこに身を落ちつけようというのだろう。秋色 … 黄葉して秋らしい色になること。落暉 … 沈む太陽の光。牧人 … 牛飼い。犢 … 子牛。猟馬 … 猟に用いる馬。禽 …禽獣。帯 … 鞍にくくりつけて。相顧 … あたりを見まわしても。ここでの「相」は語勢を添える助辞で、「互いに～」の意はない。相識 … 知り合い。長歌 …声を長く引き伸ばして歌うこと。采薇 … 「采薇の歌」伯夷と叔斉が餓死したという故事の歌。懐 … 思い出される。

 

（中国名詩選（中））

 

★唐　魏(ぎ)徴(ちょう)　　　　述懷                     述懷(じゅっかい)　　　

中原還逐鹿　　中原 還(ま)た鹿を逐(お)い

投筆事戎軒　　筆を投じて 戎(じゅう)軒(けん)を事とす

縦横計不就　　縦横の計 就(な)らざれども

慷慨志猶存　　慷慨(こうがい)の志　猶(な)お存せり

仗策謁天子　　策を仗(つ)いて 天子に謁し

驅馬出關門　　馬を駆って 関門を出ず

請纓繋南粤　　纓(えい)を請いて 南越を繋ぎ

憑軾下東藩　　軾(よ)に憑(よ)りて 東藩を下す

鬱紆陟高岫　　鬱紆(うつう)として 高岫(こうしゅう)に陟(のぼ)り

出没望平原　　出没して 平原を望む

古木鳴寒鳥　　古木 寒鳥鳴き

空山啼野猿　　空山 野猿啼く

既傷千里目　　既に 千里の目を傷(いた)ましめ

還驚九逝魂　　還(ま)た 九逝(きゅうせい)の魂を驚かす

豈不憚艱険　　豈(あ)に 艱(かん)険(けん)を憚(はばか)らざらんや

深懐國士恩　　深く国士の恩を懐(おもう)う

季布無二諾　　季(き)布(ふ)に 二諾(にだく)無く

侯贏重一言　　侯贏(こうえい)は 一言を重んず

人生感意氣　　人生 意気に感ず

功名誰復論　　功名(こうめい)　誰(たれ)か復(ま)た論ぜん

 

【語釈】

中原…漢民族の故地、黄河下流域の華北平原一帯。逐鹿…隋朝を倒して唐朝を開くという政権奪取に活躍したことをいう。投筆…行政事務を辞めて。戎軒…戦闘に使う車。縱橫計…軍略。蘇秦、張儀の合従、連衡の策。慷慨…昂ぶる心意気。杖策…乗馬用のムチを杖ついて。驅馬…馬に乗って、軍隊を指揮して。出關門…関より外へ出て敵を攻伐すること。纓…冠のひも、ここでは、捕虜にした夷狄を縛る縄。憑…車に乗ること。軾…車のながえの横木、転じて車。東藩…東の方の属国。鬱紆…山坂などが曲がりくねって続いているさま。陟…のぼる。高岫…高い山の峰。出沒…山道が上下して、上り下りしているさまをいう。古木…冬枯れの木や林のようす。寒鳥…寒々として、寂しげな鳥。空山…秋が過ぎて落葉してしまった山のようす。夜猿…夜に啼く猿、もの寂しげなさまをいう。既…であるうえに。であるのに。すでに。千里目…はるかな眺望。還…なおも、また。九折…坂などの曲がりくねりの多いこと。つづら折り。九折魂…長い遥かな路を努力を重ねて、曲がりくねって歩んできたわたしの魂。艱險…けわしいものごと。季布…漢初の楚人、項羽の部将として活躍する。侯嬴…戦国時代の魏の隠士の名。功名…手柄と名誉。

 

（唐詩選）

 

 

★唐　駱(らく)賓(ひん)王(のう)　　　 昔時人於易水送人 　　   昔時(せきじ)の人 易(えき)水(すい)に人を送る　　

此地別燕丹　　　此の地 燕(えん)の丹に別かる

壯士髪衝冠　　　壯士 髪(はつ) 冠を衝く

昔時人已沒　　　昔時(せき) 人 已に沒し

今日水猶寒　　　今日 水 猶(な)お寒し

 

【語釈】

易水送人…荊軻と燕の昭王の太子丹、高漸離たちと易水の畔での別れのことを指す。此地…燕（河北省北京附近の南方になる）。丹…燕の国の太子である丹。壯士…勇壮な男子、荊軻。今日…燕の時代と作者の詩を作った当時の政治情況を比較しての言葉。水…易水（河北省易県（易州）の附近から発し、東流して大清河に合流して、現・天津市を通って勃海に注ぎ込む川）の流れ。猶…やはり。　　　（唐詩選）

 

 

★唐　杜審(としん)言(げん)　     渡湘江　　               湘(しょう)江(こう)を渡る　　　

遅日園林悲昔遊　　　　遅(ち)日(じつ) 園林(えんりん) 昔遊(せきゆう)を悲しむ　

今春花鳥作邊愁　　　　今春(こんしゅん) 花鳥(かちょう) 辺(へん)愁(しゅう)を作す　　　　

獨憐京國人南竄　　　　独り憐む 京国の人 南竄せられ　

不似湘江水北流　　　　似ず 湘(しょう)江(こう)の水 北流(ほくりゅう)するに　　　　

 

【語釈】

湘江…湘水ともいう。広西チワン族自治区に発して湖南省を北上し、瀟水と合流して洞庭湖に注ぐ川。遅日…うららかな春の日のこと。園林…庭園の中の林。昔遊かつて遊んだ時のこと。邊愁…辺地にある身の憂愁。獨憐 … ひとりわが身を憐れんでいるばかりだ。京國人 … 都の人。南竄…罪によって南方の土地に流されること。　　（唐詩選）

★唐　杜審言　　　 和晋陵陸丞早春遊望　

　　　　　　　晋(しん)陵(りょう)の陸丞(りくじょう)の「早春遊(そうしゅんゆう)望(ぼう)」に和す　

　　　　　　　　　

獨有宦遊人　　　　独(ひと)り 宦遊(かんゆう)の人のみ有りて

偏驚物候新　　　　偏(ひと)えに　物候(ぶっこう)の新たなるを驚く

雲霞出海曙　 　　 雲霞(うんか) 海を出(い)でて曙(あ)け

梅柳渡江春　　　　梅(ばい)柳(りゅう) 江を渡たって春なり

淑氣催黄鳥　　　　淑(しゅく)気(き) 黄鳥(こうちょう)を催(うなが)し

晴光轉綠蘋　 　　　晴光(せいこう) 緑蘋(りょくひん)を転(てん)ず

忽聞歌古調　　　　忽(たちま)ち 古調(こちょう)を歌うを聞き

歸思欲沾巾　　　　帰思(きし) 巾(きん)を沾(うる)おさんと欲っす

 

【語釈】

晋陵…江蘇省常州府武進県。陸丞 … 不明、「丞」は、県の次官。遊望…出遊して景色を眺望すること。宦遊 … 故郷を離れてほかの地方に行く役人のこと。物候…万物が気候に応じて移り変わること。雲霞…雲と、かすみ。曙…夜が明ける。淑気…春の和気。黄鳥…朝鮮うぐいす。晴光 …明るい日の光。緑蘋…浮草。古調 …古風な調子の詩。帰思…故郷に帰りたいと思う心。巾…ハンカチ。沾…涙でぬらすこと。

（唐詩三百首）（Ｗｅｂ漢文大系）

 

★唐　杜審言　　   和康五庭芝望月有懐　　　 康五庭(こうごてい)芝(し)の「望月(ぼうげつ)有(ゆう)懐(かい)」に和す

 

明月高秋迥　　　明月 高秋に迥(はる)かなり

愁人獨夜看　　　愁人 独夜に看る

暫將弓並曲　　　暫(しばら)く弓と並(とも)に曲がりしも

飜與扇俱團　　　飜(かえ)りて扇と俱(とも)に団(まど)かなり

霧濯清輝苦　　　霧は濯(そそ)ぐ 清輝の苦しみ

風飄素影寒　　　風は飄(ひるが)えって 素影に寒し

羅衣一此鑒　　　羅衣(らい) 一たび 此に鑒(てら)され

頓使別離難　　　頓(とみ)に 別離をして 難からしむ

 

【語釈】

康五庭芝 … 不詳。高秋 … 晴れわたる秋。迥 … はるかに遠いさま。愁人 … 愁いに沈んでいる人。独夜 … ひとりでさびしくしている夜。將 … 助字。「与」と同じ。「～と」と読み、「～と」と訳す。清輝 … 清らかな月の光。苦 … 冷たくさえわたる。素影 … 白い影、月の光。羅衣 … うすぎぬの衣服。鑒 … 照と同じ。頓 … にわかに。

 

(唐詩選)

 

 

 

★唐　王勃(おうぼつ)　　　　 蜀中九日　　　           蜀中(しょくちゅう)九日(きゅうじつ)　　　

 

九月九日望郷臺　　　　　　九月九日 望郷(ぼうきょう)台(だい)　

他席他鄕送客杯　　　　　　他席(ほかせき) 他郷(たきょう) 客を送る杯(はい)　

人情已厭南中苦　　　　　　人情(にんじょう) 已に厭(いと)う 南中(なんちゅう)の苦(く)　

鴻雁那從北地來　　　　　　鴻(こう)雁(がん) 那(なん)ぞ 北地(ほくち)より来(きた)る　

 

【語釈】

蜀…四川省。　九月九日…重陽の節句、高いところに登って酒を飲むならわしがあった。望郷台…玄武山（蜀の東にある）にある高台の名。他席他郷…他郷での宴会。人情…作者自身の感情、望郷の念。已厭…もうあきあきした。南中…ここでは蜀のこと。鴻雁…がん。北地…都の長安、又は作者の故郷山西省。

 

（『唐詩選』 Web漢文大系　詩詞世界）

 

関連詩句

　「人情已厭惟杯酒，世事其如渾局棋」（明·韓上桂）

　「眉月連娟恨不開。鴻雁那從北地來。」（明·周履靖）

 

★唐　王勃　　　　 滕王閣　　　　           滕王閣(とうおうかく)　　　

 

滕王高閣臨江渚　　　滕王の高閣 江(こう)渚(しょ)に 臨み，

珮玉鳴鸞罷歌舞　　　珮(はい)玉(ぎょく) 鳴鸞(めいらん) 歌舞 罷(や)む

畫棟朝飛南浦雲　　　畫棟(がとう) 朝(あした)に飛ぶ 南浦(なんぽ)の雲，

珠簾暮捲西山雨　　　珠(しゅ)簾(れん) 暮 に捲く 西山の雨。

閒雲潭影日悠悠　　　閒雲　潭(たん)に影(うつ)りて　日に悠悠(ゆうゆう)，

物換星移幾度秋　　　物換り 星移りて　幾度(いくたび)の秋ぞ。

閣中帝子今何在　　　閣中の帝子 今　何(いず)くにか在る，

檻外長江空自流　　　檻外(かんがい)の 長江 空しく自(おのず)ら流る

 

【語釈】

滕王…唐・太宗の弟で、滕王に封ぜられた李元嬰。江渚…河畔（贛江の渚）。珮玉…おびだま。鳴鸞…（天子の）車に付けるる鈴。畫棟…美しく彩色した建物の棟。南浦…江西省南昌の西南の所、滕王閣の近くを指す。珠簾…たますだれ。西山…西の山。ここでは南昌山。閒雲…静かに流れる雲。潭影…深い淵の色。悠悠…のどかな様、限りないさま、長く久しいさま、ゆったりと落ち着いたさま。檻外…手すりの外。

 

関連詩句

　「翠屏晚對無人共，畫棟朝飛與客登。」（宋末元初·仇遠）

　「煩囂洗滌毛骨爽，珠簾暮捲山光明。」（明·王子魯）

　「蠟燭宵然騰絳燄，珠簾暮捲對南山。」（明·劉珝）

　「閒雲潭影共斜暉，孤堞遙遙傍紫微。」（明·郭之奇）

　「閒雲潭影徒回首，南浦西山空復情。」（淸·朱彞尊）

 

 

★唐　王勃　　　　 秋日別王長史　　　       秋(しゅう)日(じつ) 王(おう)長史(ちょうし)に別る

 

別路千餘里　　　別路 千余里

深恩重百年　　　深恩 百年に重し　

正悲西候日　　　正に 西候の日を悲しみ

更動北梁篇　　　更に 北梁の篇(へん)を動かず

野色籠寒霧　　　野色 寒霧を篭(こ)め

山光斂暮煙　　　山光 暮煙を斂(おさ)む

終知難再奉　　　終(つい)に知る 再び奉じ難きを

懷德自潸然　　　德を懷いて 自(おのずか)ら潸然(さんぜん)たり　

 

【語釈】

王長史…未詳、長史は官名、司馬に相当。西候…秋。北梁篇…別れの詩賦。野色…野原の景色。寒霧…冷ややかな靄。山光…山の上の夕日。暮煙…夕暮れの靄。潸然…涙の流れるさま。

 

（三体詩）

 

 

★唐　王勃　　     杜少府之任蜀州　　　     杜(と)少府(しょうふ) 任に蜀州(しょくしゅう)に之(ゆ)く

城闕輔三秦　　　城闕(じょうけつ) 三(さん)秦(しん)を輔(ほ)とし

風煙望五津　　　風煙(ふうえん) 五津(ごしん)を望む

與君離別意　　　君と 離別の意

同是宦遊人　　　同に是れ 宦遊の人　

海內存知己　　　海內に 知己 存(そん)せば

天涯若比隣　　　天涯 比隣(ひりん)の若し　

無爲在岐路　　　爲(な)す無かれ 岐路(きろ)に在りて

兒女共霑巾　　　兒女(じじょ)と共に 巾(きん)を霑(うるお)すを　

 

【語釈】

杜少府…杜と言う姓の県尉（県の検察や警察を指揮する職）。蜀州…四川省。之任 … 赴任する。城闕 …物見台のある城門、 ここでは長安城。三秦 …秦の地方。輔 …守られている。

風煙 … 風に流れているかすみ。五津 … 四川省にある大江（揚子江の支流）の五つの渡し場。宦遊人 … 故郷を離れて、任地を転々とする役人暮らしの人。海内 …天下。知己 … 自分を真に理解してくれる人。天涯 … 空の果て。

比鄰 … となり近所。岐路 … 分かれ道。ここでは別れ道。児女 … 女子供。巾 … ハンカチ。

 

（唐詩選）

 

★唐　張說(ちょうえつ)　　　　還至端州驛前與高六別處　

　　　　　　　　　　還(かえ)りて端州(たんしゅう)駅(えき)に至る、前に高六と別れし処なり

 

舊館分江口　　　旧館 分江の口(ほとり)

悽然望落暉　　　悽(せい)然(ぜん)として 落暉(らっき)を望む

相逢傳旅食　　　相逢(あいあ)いて 旅食を伝え

臨別換征衣　　　別に臨みて 征衣(せいい)を換う

昔記山川是　　　昔 記(おぼ)ゆ 山川 是なりと

今傷人代非　　　今 傷む 人代 非なりと

往來皆此路　　　往來 皆 此の路

生死不同歸　　　生死 帰ること 同じからず

 

【語釈】

還 … 赦免を受けて左遷地から都へ帰ること。端州駅 … 現在の広東省肇慶市の宿場町。高六…… 高戩、礼部の次官であったが、作者とともに欽州（今の広西チワン族自治区）に流された。旧館 … かつて高戩と泊まった旅館を指す。分江口 … 端州の近くを流れる西江の川すじが分かれる辺り。悽然 … もの悲しく、いたましいさま。落暉 … 沈む太陽。落日。夕日。入日。望 … 眺める。旅食 … 旅先での弁当。伝 …互いに取り回して食べること。征衣 … 旅の衣。換 … 記念のために交換する。記 … 記憶している。記憶を思い起こす。

山川是 … 山川の姿は今も昔と変わりない。今傷 … 今は心が傷む。人代 … 人の世。非 … 昔のままでないこと、高戩がこの世にいないこと。往来 … 行きも帰りも。皆此路 … どちらもこの同じ道を通るのに。死 … 私は生きながらえ、君は死んで。不同帰 … いっしょに都へ帰ることができないとは。

 

 

(唐詩選)

 

★唐　沈佺期(しんせんき)　 　  邙山　                   邙山(ぼうさん)　　　

 

北邙山上列墳塋　　  北邙(ほくぼう)山上(さんじょう) 墳塋(ふんえい)列なり

萬古千秋對洛城　　  万古千秋  洛城に対す

城中日夕歌鐘起　　  城中 日夕(にっせき) 歌(か)鐘(しょう)起る

山上惟聞松柏声　　  山上 惟(た)だ聞く 松柏(しょうはく)の声

 

【語釈】

邙山（北邙山）…落陽の東北十里にある山、王侯公卿を始め多くの人の墓がある。墳塋…土饅頭の墓。万古千秋…永遠に、長い時間。洛城…洛陽。日夕…夕方。歌鐘…歌と伴奏の鐘の音。松柏…松とコノテガシワ、墓地によく植えられる。

 

（唐詩選）

 

 

★唐　劉(りゅう)希(き)夷(い)　　　代悲白頭翁　             白頭(はくとう)を悲しむ翁に代わる　　　

洛陽城東桃李花　　 洛陽城東 桃李の花

飛來飛去落誰家　　 飛び来り 飛び去りて 誰が家にか 落つる　

洛陽女兒惜顏色　    洛陽の女兒 顏(がん)色(しょく)を 惜しみ　

行逢落花長歎息　　 行(ゆくゆく)く 落花に逢いて 長く歎息す

今年花落顏色改  　  今年(こんねん) 花 落ちて 顏色改まり

明年花開復誰在 　　 明年(みょうねん) 花 開きて 復(ま)た誰(たれ)か在る。

已見松柏摧爲薪 　　 已に見る 松柏(しょうはく)の 摧(くだ)かれて薪(たきぎ)と爲るを

更聞桑田變成海  　　更に聞く 桑田の 変(へん)じて海と 成るを

古人無復洛城東  　　古人 復(ま)た 洛城の東に無く

今人還對落花風  　　今人(こんじん) 還(な)お対す 落花の風

年年歳歳花相似  　　年々(ねんねん)歳々(さいさい) 花 相(あ)い似たり

歳歳年年人不同  　  歳々(さいさい)年々(ねんねん) 人 同じからず

寄言全盛紅顏子  　　言(げん)を寄す 全盛の紅顏子(こうがんし)

應憐半死白頭翁。 　 応(まさ)に憐(あわれ)むべし 半死の白頭(はくとう)翁(おう)

此翁白頭眞可憐  　　此の翁(おう) 白頭(はくとう) 真に憐むべし

伊昔紅顏美少年  　　伊(こ)れ昔　紅顏の美少年

公子王孫芳樹下  　　公子(こうし)王孫(おうそん) 芳樹(ほうじゅ)の下(もと)

清歌妙舞落花前  　　清歌(せいか) 妙(みょう)舞(ぶ)す 落花の前　

光祿池臺開錦繍  　　光祿(こうろく)の 池(ち)台(だい) 錦繍(きんしゅう)を開き

將軍樓閣畫神仙  　　将軍(しょうぐん)の楼閣(ろうかく) 神(しん)仙(せん)を画(えが)く

一朝臥病無相識  　　一朝(いっちょう) 病(やまい)に臥(ふ)して 相識(そうしき)無く

三春行樂在誰邊  　　三春(さんしゅん)の行楽(こうらく) 誰(た)が辺(へん)にか在る

宛轉蛾眉能幾時  　　宛転(えんてん)たる蛾(が)眉(び) 能(よ)く幾(いく)時(とき)ぞ

須臾鶴髮亂如絲  　　須臾(しゅゆ)にして 鶴髮(かくはつ) 乱れて 糸の如し

但看古來歌舞地  　　但(た)だ 看る 古来(こらい) 歌舞(かぶ)の地

惟有黄昏鳥雀悲  　　惟(た)だ 黄昏(こうこん)に 鳥(ちょう)雀(じゃく)の悲しむ有るのみ

 

【語釈】

寄言…言葉を与えて人に悟らせる。紅顏子…少年。伊…下の言葉を強調する語、これぞ。公子王孫…貴公子たち。清歌…美しい歌。妙舞…麗しい舞。光祿…光禄勲（漢の官制で、九卿の一つ）。高官の意。錦繍…錦の縫い物。美しい物の例え。相識…友人。三春…春の三ヶ月。宛轉…眉の美しく曲がるさま。蛾眉…美女。蛾の触角のようになめらかな弧を描いた眉をしている女性で美女。須臾…忽ち。鶴髮…白髪。黄昏…たそがれ。鳥雀…小鳥

 

（唐詩選）

 

★唐　劉希夷　　　 公子行　　　             公子(こうし)行(こう)

 

天津橋下陽春水　　　天津(てんしん)橋下(きょうか) 陽春の水

天津橋上繁華子　　　天津橋上 華(はん)繁(か)の子(し)

馬聲迴合青雲外　　　馬声迴(かい)合(ごう)す 青雲の外(ほか)

人影動搖綠波裏　　　人影動搖す 緑波の裏(うち)

綠波蕩漾玉爲砂　　　綠波(りょくは) 蕩漾(とうよう)して 玉を砂と爲し

青雲離披錦作霞　　　青雲 離披(りひ)して 霞を錦と作(な)す

可憐楊柳傷心樹　　　憐む可し 楊(よう)柳(りゅう) 傷心の樹(じゅ)

可憐桃李斷腸花　　　憐む可し 桃李 断腸の花

此日遨遊邀美女　　　此の日 遨遊(ごうゆう) 美女を邀(むか)え

此時歌舞入娼家　　　此の時 歌舞(かぶ) 娼家(しょうか)に入る

娼家美女鬱金香　　　娼家の美女 鬱(うっ)金(こん)香(こう)

飛來飛去公子傍　　　飛び来たり飛び去る 公子の傍(そば)

的的珠簾白日映　　　的々(てきてき)たる珠(しゅ)簾(れん) 白日(はくじつ)に映じ

娥娥玉顏紅粉妝　　　娥娥(がが)たる玉顏(ぎょくがん) 紅粉(こうふん)の妝(よそお)い

花際裴回雙蛺蝶　　　花(か)際(さい)に裴(はい)回(かい)す 双蛺(そうきょう)蝶(ちょう)

池邊顧步兩鴛鴦　　　池返(ちへん)を顧步(こほ)す 両鴛鴦(りょうおうおう)。

傾國傾城漢武帝　　　傾國(けいこく)傾城(けいせい) 漢(かん)武(ぶ)帝(てい)

爲雲爲雨楚襄王　　　爲雲爲(いうんい)雨(う) 楚(そ)襄(じょう)王(おう)

古來容光人所羨　　　古来 容光(ようこう)は 人の羨(うらや)む所

況復今日遙相見　　　況んや復た 今日遙かに 相見るをや。

願作輕羅著細腰　　　願わくは 軽羅(けいら)と作(な)なりて 細(さい)腰(よう)に著(つ)き

願爲明鏡分嬌面　　　願わくは 明鏡(めいきょう)と爲(な)りて 嬌(きょう)面(めん)を分かたん

與君相向轉相親　　　君と相向いて転(うた)た相親しみ　

與君雙棲共一身　　　君と双棲(そうせい)して 共に一身

願作貞松千歲古　　　願わくは貞(てい)松(しょう)の千歲に古きと作(な)らん

誰論芳槿一朝新　　　誰か論ぜん芳(ほう)槿(きん)の一朝(いっちょう)に新たなるを。

百年同謝西山日　　　百年 同じく謝す 西山(せいざん)の日

千秋萬古北邙塵　　　千秋(せんしゅう)万古(ばんこ)　北邙(ほくぼう)の塵

 

 

【語釈】

公子行 …貴公子の歌。楽府題。天津橋…洛陽城の西南にあって、洛水に架けられた橋。陽春…うららかな春の日。繁華子…華やかな生活をしている貴公子。廻合…ぐるぐるめぐりながら一つになる。青雲外…青空の彼方。綠波裏…緑の波間にうつって。蕩漾…水が揺れ動くさま。玉爲砂…川底の砂は玉を敷いたようである。青雲…青空。離披…四方に散り広がる。錦作霞…霞が錦のように照り映えている。可憐… 深い感動を表す言葉。ああ。楊柳…柳の総称。傷心…心を傷ましめる。桃李…桃とスモモ。斷腸…非常に悲しいさま、非常に悩ましいさま。遨遊…気ままに遊ぶこと。美女…娼妓を指す。邀…呼び迎える。招く。歌舞…歌舞に興じるために。入娼家…遊女の家へくり込む。鬱金香…西域産の鬱金草から採った香料。的的…明るくきらきら輝いている様子。珠簾…真珠を飾ったすだれ。白日映…日光に照り映えている。娥娥…女性の姿の美しいさま。玉顔 …女性の美しい顔。紅粉…紅べにと白粉おしろい。妝…化粧をして粧よそおうこと。花際…庭に咲く花の辺り。裴回…ここでは飛び回る。雙蛺蝶…二匹の蝶。池邊…池のほとり。顧歩…あちこちを振り返りながら歩く。兩鴛鴦…つがいのおしどり。傾國傾城…自分の城を危うくし、国を危うくするほどの絶世の美女の形容。漢武帝…その美女を愛した漢の武帝。爲雲爲雨…楚の襄王が巫山の巫女と契った故事による。容光…美しい顔かたち。羨…慕うの意。況復 … そのうえに。まして、さらに加えて。相見…美しい女性に巡りあえようとは。願…ねがわくは～せん」と読み、「願うところは」「どうか～したい」と訳す。自らの願望の意を示す。輕羅 … 軽いうすぎぬ。著細腰 … 細い腰にまといつきたい。明鏡 … 曇りのない鏡。嬌面 … 美しく、かわいらしい顔。分 … 分けてもらいたい。相向 … さし向かいでいると。轉 … だんだんと、ますます。相親 … 親しい仲となる。親しみが募ってくる。雙棲 … 夫婦となって一緒に住む。共一身 … 一心同体となる。貞松…みさおの正しい松。誰論 … 誰が問題にしましょう、問題じゃない。芳槿 … むくげの花。花は朝開いて夕方にはしぼむので、移ろいやすいことや、はかないことに喩える。一朝新…一朝ひとあさで新しく生えてくるような、浮いた話。百年…百年の寿命が尽きたら。同謝 … 一緒に死ぬこと。西山日 … 西山に沈む太陽。千秋萬古…千年も万年も。北邙塵…北邙山の塵となって、添い遂げましょう。北邙…洛陽の北にある北邙山、古くから墓地として有名。

 

（唐詩選）

 

 

★唐　賀(が)知(ち)章(しょう)　　　題袁氏別業　　　         袁(えん)氏(し)の別業(べつぎょう)に題す

主人不相識　　　主人 相(あい)識(し)らず

偶坐為林泉　　　偶坐(りんざ) 林泉(りんせん)の為なり

莫謾愁沽酒　　　謾(まん)に酒を沽(か)うを 愁うること莫かれ

囊中自有錢　　　囊中(のうちゅう) 自(おのずか)ら　銭(ぜに)有り

 

【語釈】

袁氏…未詳。別業…別荘。偶坐…主人と向かい合って座ること。林泉…袁氏の別荘の林や泉のこと、名園。謾…みだりに。沽酒…酒を買う。囊中…財布の中。

 

（唐詩選）
★唐　陳子(ちんす)昂(ごう)　　　晚次樂郷縣　　　　晚に楽郷県(らくきょうけん)に次(やど)どる 　

　

故鄉杳無際　　　故鄉 杳(よう)として際(さい)無く

日暮且孤征　　　日暮 且(な)お 孤(こ)征(せい)す

川原迷舊國　　　川原 旧国に迷い

道路入邊城　　　道路 辺城に入る

野戍荒煙斷　　　野戍(やじゅう) 荒煙絶え

深山古木平　　　深山　古木平かなり

如何此時恨　　　如何(いかん)せん 此の時の恨み

噭噭夜猿鳴　　　噭々(きょうきょう)として 夜猿鳴く

 

【語釈】

樂郷縣…湖北省松滋県。杳…遙かに遠いさま。孤征…一人旅。舊國…古い都。迷…踏み迷う。辺城…いなかまち。野戍…野原に立つ寨。荒煙…すさまじい人家の煙。恨…悲しみ。噭噭…哭する声。

 

（唐詩選）

 

 

★唐　陳子(ちん)昂(すごう)　　 春夜別友人二首 其一　　春夜友人に別る二首 其の一

 

銀燭吐青煙　　　銀燭(ぎんしょく) 青(せい)煙(えん)を吐き

金樽對綺筵　　　金樽(きんそん) 綺(き)筵(えん)に対す

離堂思琴瑟　　　離堂(りどう) 琴瑟(きんしつ)を思い

別路遶山川　　　別路 山川(さんせん)を遶(め)ぐる

明月隱高樹　　　明月 高樹に隱くれ

長河沒曉天　　　長河(ちょうが)曉天(ぎょうてん)に沒す

悠悠洛陽去　　　悠々(ゆうゆう)として洛陽に去らば

此會在何年　　　此の会 何れの年にか在らん

 

【語釈】

銀燭…明るく輝くともしび。金尊…黄金飾りの酒樽、酒樽の美称。綺筵…美しいむしろ。離堂…送別の宴が開かれている座敷。琴瑟…琴（五弦または七弦）と、瑟（ふつう二十五弦）。別路…別れゆく道。長河 … 天の川。悠々…はるかに遠いさま。

 

（唐詩選）

 

★唐　陳子昂　　  薊丘覽古　　           薊丘覽(けいきゅうらん)古(こ)　

 

南登碣石館　　　南のかた 碣(けっ)石館(せきかん)に登り　　　　　　

遙望黄金臺　    遙かに 黄金台を望む

丘陵盡喬木　    丘陵は 尽く喬木(きょうぼく)

昭王安在哉　    昭王は安くに在りや

霸圖悵已矣　    覇図(はと) 悵(ちょう)として已(や)んなるかな

驅馬復歸來　    馬を駆って 復(ま)た帰来す

 

【語釈】

碣石館…幽州の薊県の西三十里、燕の昭王が築いた碣石宮の跡。黄金台 …燕の昭王が築いた台。台上に千金を置いて天下の賢者を招いた。喬木 … 高い木。昭王 … ？～前279。燕の王（在位前311～前279）。覇図…覇者となろうとする策略。悵 … うらむ。いたむ。已んぬるかな … 今となっては、どうにも仕方がない。復 …そして

 

（唐詩選）

 

★唐　陳子昂　　  峴山懷古　　　         峴山懷(けんざんかい)古(こ)

秣馬臨荒甸　　　馬に秣(まぐさ)かいて 荒甸(こうでん)に臨み

登高覽舊都　　　高きに登りて 旧都を覽(み)る

猶悲墮淚碣　　　猶お悲しむ 墮淚(だるい)の碣(かつ)

尚想臥龍圖　　　尚お想う 臥(が)龍(りょう)の図

城邑遙分楚　　　城邑(じょうゆう) 遙かに楚を分かち

山川半入吳　　　山川 半(なか)ば吳に入る

丘陵徒自出　　　丘陵は 徒らに自(おのずか)ら出(い)で

賢聖幾凋枯　　　賢聖は 幾(いくばく)か凋枯(ちょうこ)す

野樹蒼煙斷　　　野樹(やじゅ) 蒼(そう)煙(えん)絶え

津樓晚氣孤　　　津楼(しんろう) 晚気(ばんき)孤なり

誰知萬里客　　　誰か知らん 万里の客

懷古正躊躕　　　古(いにしえ)を懷(おも)いて 正に躊躕(ちゅうちゅう)するを

 

【語釈】

峴山…湖北省襄陽の東南にある山。三国時代の劉表の根拠地。懐古…歴史上のことを思い起こして懐かしむこと。秣馬…馬を一休みさせて、草を食べさす。荒甸…都から遠く離れた郊外の野原。旧都…元の都、襄陽。覧…高い所から下を見回す。堕涙碣…『晋書』羊祜伝に見える故事(ウィキ「羊祜」)。臥龍圖…「臥竜」は諸葛孔明のこと、「図」は孔明が軍略を示すため、石を並べて陣形を表した八陣図のこと。城邑…城壁に囲まれた町、襄陽を指す。分楚…楚の領域を他の地域と区分している。徒…無駄に、むなしく。自出…それぞれ突き出ている。賢聖…賢人と聖人、この辺りで活躍した劉表、羊祜、諸葛孔明などを指す。幾…どれくらいか、幾人か。凋枯…草木がしぼみ枯れること、転じて人が死ぬこと。野樹…野原に立ち並ぶ木々。蒼煙…薄暗く立ち込める靄もや。断…切れ切れに見える、途絶える。津楼…渡し場にある高い建物。晩気…夕暮れの気配。孤…ぽつねんと立っている。誰知…誰が知ってくれよう、誰も知るまい、反語。万里客…長い旅路を行く旅人、作者自身を指す。懐古…昔のことをしのびつつ。正…今ここに、ここでこうして。躊躕…迷ってぐずぐずすること。

 

　（唐詩選）

 

 

★唐　陳子昂　　  登幽州臺歌　　　       幽州(ゆうしゅう)の台に登る歌　

 

前不見古人　　　前に古人を見ず

後不見來者　　　後(しりえ)に来(らい)者(しゃ)を見ず

念天地之悠悠　　天地の悠々たるを念(おも)い

獨愴然而涕下　　独り愴(そう)然(ぜん)として 涕(なみだ)下(く)だる

 

【語釈】

幽州…現在の北京市付近。台…高楼。前…自分の生まれた前。古人…昔の人。不見… 会うことはできない。後…自分の生まれた後。来者…未来の人。悠悠…限りなく永遠に続くこと。念…心中深くかみしめる。愴然いたみ悲しむ様子。涕…涙。

 

（「三体詩」詩詞世界に典故、詳説有り）

 

★唐　張説(ちょうえつ)　　   送梁六自洞庭山作       梁(りょう)六(ろく)を洞(どう)庭山(ていざん)自(よ)り送りて作る

　　

巴陵一望洞庭秋　　　　巴(は)陵(りょう) 一望、洞庭の秋　

日見孤峰水上浮　　　　日に見る 孤峰の水上に浮かぶを　

聞道神仙不可接　　　　聞道(きくならく) 神仙(しんせん)は接すべからずと　

心随湖水共悠悠　　　　心は湖水に随いて 共に悠悠　

 

【語釈】

梁六…梁知微のこと。洞庭山…君山のこと。巴陵…湖南省岳陽市。洞庭…洞庭湖のこと。孤峰…一つだけ離れてある峰、ここでは君山。聞道…聞くところによれば。悠悠…うれえるさま。ゆったりとしたさま。

 

（唐詩選）

 

 

 

 

 

★唐　張説　　　　㴩湖山寺　　　　       㴩(よう)湖(こ)の山寺(さんじ)　

 

空山寂歴道心生　　　空山 寂歴(じゃくれき)として 道心(どうしん)生ず

虚谷迢遙野鳥聲　　　虚谷(きょこく) 迢(じょう)遥(よう)として 野鳥声あり

禪室從來塵外賞　　　禅室は従来　塵外の賞(しょう)

香臺豈是世中情　　　香台は豈(あに)是(これ) 世中(せちゅう)の情(じょう)ならんや

雲間東嶺千尋出　　　雲間の東嶺 千尋に出で

樹裏南湖一片明　　　樹裏の南湖 一片明らかなり

若使巣由同此意　　　若(も)し巣(そう)由(ゆ)をして 此の意を同じくせしめば

不將蘿薜易簪纓　　　蘿薜(らへい)を将(も)って簪纓(しんえい)に易(か)えざりしならん

 

【語釈】

㴩湖 … 岳州（今の岳陽）の南にある湖。空山…人けのないさびしい山。寂歴…ひっそりとして、もの寂しいさま、寂寞。道心…仏教を信じ悟りを得ようとする心。虚谷 … 人けのない谷。迢遥…遠くはるかなさま。禅室… ここでは作者が訪れた山寺を指す。塵外…俗塵を離れた世界。香台…寺のこと。千尋 … 非常に高いこと。南湖…㴩湖を指す。一片… そのあたり一帯。巣由 … 巣(そう)父(ほ)と許(きょ)由(ゆう)、共に堯の時代の隠者。蘿薜…つたかずら。転じて隠者の衣服を意味する。簪纓 … 冠をとめるかんざしと冠のひも、転じて官吏の身分を意味する。

（唐詩選）

 

★唐　張説　　　  幽州新歳作　　　       幽州(ゆうしゅう)新歳(しんさい)の作

 

去歳荊南梅似雪　　　去(きょ)歳(さい) 荊(けい)南(なん) 梅 雪に似たり

今年薊北雪如梅      今年(こんねん) 薊(けい)北(ほく) 雪 梅の如し

共知人事何嘗定      共に知る 人事は何ぞ 嘗(かつ)て定さだまらん

且喜年華去復來　　　且(しばら)く喜ぶ 年(ねん) 去り(さり)復(ま)た来きたるを

邊鎮戍歌連夜動 　　 辺(へん)鎮(ちん)の戍(じゅ)歌(か) 夜を連ねて動き

京城燎火徹明開      京(けい)城(じょう)の燎(りょう)火(か) 明(めい)に徹して開く

遙遙西向長安日　　　遥遥(ようよう)として 西のかた長安の日に向かい

願上南山壽一杯      願わくは上(たてまつ)らん　南山の寿一杯

 

【語釈】

幽州…河北省地方。新歳…新年。去歳… 昨年。荊南 … 岳州（湖南省岳陽）。薊北… 幽州（河北省地方）。人事…人間社会に起こる事がら。何嘗…～というようなことはあるはずもない。年華…年月。辺鎮…国境付近の守備隊。戍歌…守備兵の歌う歌。京城…都の宮廷。燎火…宮中の庭さきで焚くかがり火。徹明…夜が明けるまで。開 …かがり火がさかんに輝くことをいう。遥遥…はるかに遠く離れているさま。長安日…はるか長安の空を望むことをいう。晋の明帝が幼少の頃、太陽よりも長安の方が遠いと言った『世説新語』夙慧篇に見える故事を踏まえる。原文はウィキソース【世説新語/夙惠】参照。「晉明帝數歳～舉目見日、不見長安」部分。

 

南山寿 … 南山の姿が永遠に変わらぬように、天子の長寿を祝福する言葉。『詩経』小雅、天保の詩に「南山の寿の如く、騫かけず崩れず（如南山之壽、不騫不崩）」とあるのに基づく。原文はウィキソース【詩經/天保】参照。

（唐詩選）

 

★唐　張説　　　　幽州夜飲　　　         幽州夜飲(ゆうしゅうやいん)

　　

涼風吹夜雨 　　　涼風 夜雨を吹き

蕭瑟動寒林 　　　蕭瑟(しょうしつ)として 寒林を動かす　　

正有高堂宴 　　　正に 高堂に宴有りて　

能忘遲暮心 　　　能く 遲暮の心を忘る　

軍中宜劒舞 　　　軍中 宜しく剣舞すべし　

塞上重笳音 　　　塞上 笳音を重んず

不作邊城將 　　　辺城の將と作らずんば　

誰知恩遇深 　　　誰か知る 恩遇の深きを

 

【語釈】

幽州 …今の北京の西南、涿県のあたり。涼風 …つめたい風。蕭瑟…ものさびしいさま。寒林 … 葉が落ちて寒々とした冬の林。遅暮心… …ここでは左遷され朝廷で活躍できず、次第に老い衰えてしまったことを悲しむ心。笳音…胡笳の音。辺城 …辺境の町。恩遇 … みかどの恩寵。

 

（唐詩選）

 

★唐　張説　　    酔中作　　　　         酔中(すいちゅう)の作

 

醉後方知樂　　　酔後(すいご)　方(まさ)に楽しみを知り,

彌勝未醉時　　　彌(いよいよ)未だ酔わざる時に勝(まさ)る。　　

動容皆是舞 　　　容(すがた)を動かせば 皆 是れ舞にして

出語總成詩　　　 語(ご)を出せば、総て詩と成る。

 

【語釈】

酔中…酔っぱらった状態にあること。酔後…酔いが回った後。方…ちょうど今。彌…いよいよ。

 

(詩詞世界)

 

★唐　張九(ちょうきゅう)齢(れい)　　照鏡見白髪　　　　     鏡に照らして白髪を見る

 

宿昔青雲志　　　宿(しゅく)昔(せき) 青雲(せいうん)の志

蹉跎白髪年　　　蹉(さ)跎(た)たり　白髪の年

誰知明鏡裏　　　誰か知らん　明鏡の裏(うち)

形影自相憐　　　形影(けいえい)　自(おの)ずから相(あい)憐れまんとは

 

【語釈】

宿昔…昔、以前。青雲志…立身出世の志。蹉跎…つまづいて思い通りにならないこと。挫折を重ねているうちに。形影…「形」は自分の姿、「影」は鏡に映った像。

 

（唐詩選）

★唐　王翰(おうかん)　　　　涼州詞　　　　         涼州(りょうしゅう)詞(し)　

 

葡萄美酒夜光杯　　　　葡萄(ぶどう)の美酒(びしゅ) 夜光(やこう)の杯(はい)　

欲飲琵琶馬上催　　　　飲まんと欲すれば 琵琶(びわ) 馬上に催(もよお)す　

酔臥沙場君莫笑　　　　酔うて沙(sa)上(じょう)に臥(ふ)すも 君 笑うこと莫(なか)れ　

古來征戦幾人回　　　　古来 征戦(せいせん) 幾人か回(かえ)る　

 

【語釈】

葡萄美酒…西域産の葡萄酒。夜光杯…わずかな光で輝く，ガラス、白玉製の杯。催…せきたてるように弾く。うながすという読み方もある。沙場…砂漠の土の上。征戦…戦に行くこと。

 

関連詩句

　「葡萄美酒玉壺寒，寫向離筵淚並殘。」（明·王世貞）

　「寂寞離愁何自遣，葡萄美酒木蘭艭。」（淸·羅秀惠）

　「醉臥沙場亦足豪，閑將一劍磨秋水。」（淸·吴升）

　「主人勸客且痛飲，插劍醉臥沙場沙。」（淸·谭锺钧）

　「古來征戰虜不盡，今日還復天兵來。」（唐·李益）

　「卻笑古來征戰苦，邊人空說李將軍。」（明·曾棨）

 

 

★唐　王翰　　　　飮馬長城窟行　　　　   飮(いん)馬(ば)長城窟(ちょうじょうくつ)行(こう)　　

 

長安少年無遠圖，　　　長安の少年 遠図(えんと)無く，

一生惟羨執金吾。　　　一生　惟(た)だ羨(うらや)む 執(しつ)金(きん)吾(ご)。

麒麟前殿拜天子，      麒麟(きりん)前(ぜん)殿(でん)に 天子に拝し，

走馬西撃長城胡。　　　馬を走らせ 西の方 長城の胡(こ)を撃つ。

胡沙獵獵吹人面，　　　胡沙(こさ) 猟々(りょうりょう)として 人面に吹き，

漢虜相逢不相見。      漢(かん)虜(りょ)　相(あ)ひ逢(あ)わんとすれども 相(あ)ひ見(み)えず。

遙聞撃鼓動地來，　　　遙かに聞く 撃(げき)鼓(こ)の　　地を動(うご)かして来(きた)るを，

傳道單于夜猶戰。　　　伝え道(い)う 単于(ぜんう) 夜 猶(な)お戰うと。

此時顧恩寧顧身，　　　此(こ)の時　恩を顧(かえりみ)るも 寧(なん)ぞ身を顧(かえりみ)んや，

爲君一行摧萬人。　　　君が為　一(いつ)に行きて 万人(まんにん)を摧(くだ)く。

壯士揮戈回白日，　　　壮士(そうし) 戈(ほこ)を揮(ふる)いて 白日(はくじつ)を　回(めぐ)らし，

單于濺血染朱輪。　　　単于(ぜんう)　血を濺(したた)らせて 朱(しゅ)輪(りん)を染む。

歸來飲馬長城窟，　　　帰り来(きた)りて　馬に飲(みずか)う 長城の窟(くつ)，

長城道傍多白骨。      長城の道傍　白骨多し。

問之耆老何代人，　　  之(これ)を耆(き)老(ろう)に問う 何代(なんだい)の人なりやと，

云事秦王築城卒。      云う事には 秦王 築城の卒と。

黄昏塞北無人煙，      黄昏(こうこん)の塞(さい)北(ほく) 人煙(じんえん)無く，

鬼哭啾啾聲沸天。　　  鬼哭啾啾(きこくしゅうしゅう)として 声 天に沸(わ)く。

無罪見誅功不賞，      罪無くして誅(ちゅう)せられ 功あるも賞せられず，

孤魂流落此城邊。      孤(こ)魂(こん) 流(りゅう)落(らく)す 此の城辺(じょうへん)。

當昔秦王按劍起，　　  当昔(とうせき) 秦(しん)王(おう)　剣を按(あん)じて起(た)たば，

諸侯膝行不敢視。　　  諸侯　膝行(しっこう)して 敢(あ)えて視(み)ず。

富國強兵二十年，　　  富国強兵 二十年，

築怨興徭九千里。      怨(うら)みを築き 徭(よう)を興(おこ)す 九千里

秦王築城何太愚，      秦(しん)王(おう) 城を築くは何たる太愚，

天實亡秦非北胡。      天 実(じつ)に秦を亡ぼすは 北胡(ほくこ)に非ず。

一朝禍起蕭墻内，　　  一朝(いっちょう) 禍(わざわい)を起こすは　　蕭墻(しょうしょう)の内，

渭水咸陽不復都　　　  渭(い)水(すい)の咸(かん)陽(よう) 復(ま )た　都(みやこ)せず。

 

【語釈】

飲馬…馬に水飼うこと。長城窟…万里の長城（を作るため、土砂を採掘した跡の）窪み（の水溜まりの池）。飮馬長城窟行…楽府題。遠圖…深慮遠謀。執金吾…近衛兵の大将。麒麟前殿…麒麟閣の前の御殿（麒麟閣とは、漢の武帝が麒麟を得たときに築き、宣帝の時功臣十一人の像をこの閣上に描いた建物。詩詞では功臣の顕彰のための名誉あるところとして描かれる。）。拜…拝謁する。胡…西方異民族。胡沙…胡沙…西域の砂漠の砂。獵獵…風の吹く音。漢虜…漢民族と異民族。 相逢…出会う。撃鼓…軍鼓を打ち鳴らす音。單于…匈奴の首長。摧…撃ち砕く。壯士…勇壮な戦士。朱輪…朱塗りの車輪で、貴人の乗り物。道傍…道端、路傍。耆老…老人。何代…何時代。黄昏…たそがれ。塞北…砦の北、北方の辺疆の地。人煙…人家のかまどに立つ煙。鬼哭啾啾…死者の亡霊が声をあげて哀しげに泣く声。孤魂…孤独な魂。當昔…その昔。按劍…剣の柄（つか）に手をかける。膝行…膝で進む。畏れ慎むさま。築怨…民衆の怨みを買う。徭…部役。北胡…北方の異民族。蕭墻…門の内側に衝立のようにたててある土塀、転じて、門内、内輪。咸陽…秦の始皇帝が都を置いた都市、西安の西北にあたる、渭城。復…再び。都…都となること。

 

（詩詞世界）

 

★唐　王之渙(おうしかん)　　　涼州詞　　　           涼州(りょうしゅう)詞(し)　　

 

黃河遠上白雲間 　　　黄河 遠く上(のぼ)る 白雲の間

一片孤城萬仞山 　　　一片の孤城 万仭(ばんじん)の山

羌笛何須怨楊柳 　　　羌笛 何ぞ須(もち)いん 楊(よう)柳(りゅう)を怨むを

春光不度玉門關 　　　春光 度(わた)らず 玉門関

 

【語釈】

一片…ぽつんと一つあるさま。孤城…ぽつんと一つだけの城塞。萬仞…非常に高いこと。羌笛…西方のチベット系の人の吹く笛。楊柳…『折楊柳』の曲調、別離の曲。

 

（唐詩選）

 

関連詩句

　「一片孤城日欲低，極天沙草共淒淒。」（明·歐大任）

「一片孤城帶落霞，萬山風雪客還家。」（明·歐大任）

　「羌笛何須怨三弄，青青如豆更堪憐。」（明·張寧）

「巡簷為弄陽春曲，羌笛何須惱故園。」（明·張煌言）

　「磧西亦有閑花草，莫信春光不度闗。」（明·史鑑）

 

★唐　王之渙　　　登鸛雀樓　　　         鸛(かん)雀楼(じゃくろう)に登る

     

白日依山盡　　　　白日(はくじつ) 山に依(よ)りて 尽(つ)き　

黄河入海流　　　　黄河 海に入(い)って 流る　

欲窮千里目　　　　千里の目を 窮めんと欲して　

更上一層樓　　　　更に上(のぼ)る　一層の楼

 

【語釈】

鸛雀樓…蒲州府永済県の西南城上にある楼（三階建）。白日…くもりのない太陽。千里目…遙か彼方まで、見極めること。

 

（唐詩選）

 

★唐　王(おう)昌(しょう)齢(れい)　　 従軍行其一　　　       従軍(じゅうぐん)行(こう)其の一　　　

烽火城西百呎樓　　　烽火(ほうか)城西(じょうせい) 百尺の楼

黃昏獨坐海風秋　　　黄昏(こうこん) 独り坐す 海風(かいふう)の秋

更吹羌笛關山月　　　更に吹く 羌(きょう)笛(てき) 関山(かんざん)月(げつ)

無那金閨萬里愁　　　那(いかん)んともする無し 金(きん)閨(けい) 万里(ばんり)の愁い

 

【語釈】

従軍行…楽府題。従軍の歌。烽火城…のろしをあげる要塞。黄昏…たそがれ。海風…青海（ココノール湖）から吹いてくる風。羌笛…羌族（チベット系異民族）が吹く笛。関山月… 楽府題の笛の曲名。金閨…女性の寝室の美称。

 

（唐詩選）

 

関連詩句

　「烽火城西百将屯，寒烟晓爨万家村。」（明·李贽）

　「烽火城西獵騎微，南樓清暇霽霜威。」（王弘誨）

　「黃昏獨坐誰為伴，花影重重覆綠苔。」（明·張天賦）

　「黄昏獨坐蒲團静，隔院微風送落梅。」（明·佘翔）

「閣道天街隔禁林，黄昏獨坐紫薇深。」（淸·陳廷敬）

 

 

★唐　王昌齢　　　従軍行其二　　　　     従軍(じゅうぐん)行(こう)其の二　　

青海長雲暗雪山　　　青海(せいかい)の長雲(ちょううん) 雪山(せつざん) 暗し　

孤城遙望玉門關　    孤城(こじょう) 遥(はる)かに望(のぞ)む 玉門関(ぎょくもんかん)　

黄沙百戰穿金甲　　　黄沙(こうさ) 百戦(ひゃくせん) 金(きん)甲(こう)を穿(うが)つも　

不破樓蘭終不還　　　楼(ろう)蘭(らん)を破らずんば 終(つい)に還(かえ)えらじ

 

【語釈】

青海…青海省にあるココノール湖。長雲…長く広がる雲。雪山…ここでは天山山脈。孤城…一つだけ離れてある要塞。黄沙…黄色い砂の砂漠。金甲…金の鎧、金属で出来た鎧の美称。

 

 (唐詩選)

 

関連詩句

　「青海長雲萬里秋，琵琶一曲淚先流。」（明·李攀龍）

　「寂歷空山春鳥啼，孤城遙望海天齊。」（明·釋今嚴）

 

 

 

★唐　王昌齢　　 従軍行其三（出塞）　　　従軍(じゅうぐん)行(行)その三（出(しゅつ)塞(さい)）

 

秦時明月漢時關 　　　秦(しん)時(じ)の明月 漢(かん)時(じ)の関(かん)

萬里長征人未還  　 　万里(ばんり) 長征して 人 未(いま)だ還(かえ)らず

但使龍城飛將在 　　　但(た)だ 龍(りゅう)城(じょう)の飛(ひ)将(しょう)をして 在(あ)ら使(し)めば

不敎胡馬渡陰山 　　　胡(こ)馬(ば)をして 陰山(いんざん)を度(わた)ら教(し)めず

 

【語釈】

明月…澄み渡った月。萬里長征…遥かに遠く遠征すること。龍城…匈奴の長が会合して天を祭る処、転じて、匈奴の地。広く朔北の地を指す。飛將…前漢の李廣。しばしば匈奴を破り、匈奴より「飛将軍」と呼ばれた。　胡馬…匈奴の軍馬。匈奴の軍隊。・陰山…陰山山脈、漢はここを匈奴との国境とした。

 

(唐詩選)（唐詩三百首）

 

 

関連詩句

　「三時舊業終應在，萬里長征亦少休。」（宋·葉夢得）

「情懷萬里長征客，身世連床旦過僧。」（宋·陸游）

 

 

★唐　王昌齢　　 出塞行　　　　          出(しゅつ)塞(さい)行(こう)　

 

白草原頭望京師　　　白(はく)草(そう) 原頭(げんとう) 京師(けいし)を望(のぞ)めば

黄河水流無盡時　　　黄河 水流れて 尽(つ)くる時無し

秋天曠野行人絶　　　秋天(しゅうてん) 広野(こうや) 行人(こうじん)絶ゆ

馬首東來知是誰　　　馬首(ばしゅ)　東来(とうらい)するは 知る是(こ)れ誰(たれ)ぞ

 

【語釈】

出塞行 …楽府題、塞を出ていくの歌。白草…白っぽい色の草、乾燥すると白くなる草。原頭…野原，原野。京師…みやこ、ここでは長安。行人…旅人。東来…東に向かってやってくる。

 

（唐詩選）

 

関連詩句

　「青松月下泉臺路，白草原頭薤露聲。」（宋·歐陽修）

「白草原頭聞雁聲，黃沙磧裏馬蹄輕。」（元·郯韶）

「百花原頭望京師，黃河水流無已時。」（唐·李頎）

「枯篁漠漠吹北風，黄河水流凝不通。」（元·龍從雲）

 

 

 

★唐　王昌齢　　 重別李評事　　　　　　重(かさ)ねて李評(りひょう)事(じ)に別る

　

莫道秋江離別難　　道(い)う莫(なか)れ 秋(しゅう)江(こう) 離別難(かた)しと，

舟船明日是長安　　舟船(しゅうせん) 明日(みょうにち) 是(こ)れ長安。

呉姫緩舞留君醉　　呉(ご)姫(き) 緩(かん)舞(ぶ)して 君を留(とど)めて醉(よ)わしむ，

隨意青楓白露寒　　隨(ずい)意(い)なれ 青(せい)楓(ふう) 白露(はくろ)の寒(かん)。

 

【語釈】

評事…裁判官。呉姫…呉の地方（現・浙江省）の舞姫。緩舞…緩やかに舞う。青楓…青い楓。白露…露の美称。二十四節気の一、太陽暦で九月八、九日頃、秋の気配が著しくなる頃。

 

（唐詩選）

 

★唐　王昌齢　　 送薛大赴安陸　　　　  薛(せつ)大(だい)の安陸(あんりく)に赴(おもむ)くを送る

 

津頭雲雨暗湘山　　　津頭(しんとう)の雲(うん)雨(う) 湘山(しょうざん)暗し

遷客離憂楚地顔　　　遷客(せんきゃく)の離憂(りゆう) 楚地(そち)の顔(かんばせ)

遥送扁舟安陸郡　　　遥かに扁(へん)舟(しゅう)を送る 安陸(あんりく)郡(ぐん)

天邊何処穆陵関　　　天返(てんぺん) 何(いず)れの処か 穆(ぼく)陵関(りょうかん)

 

【語釈】

薛大…薛家の長男。安陸…湖北省の安陸県。津頭…渡し場。湘山…君山、洞庭湖中の西北岸の山（小島）の名。遷客…罪によって遠方に流された人〔作者〕。楚地顏…ここでは追放されて憔悴した屈原の顔を言う『漁父辞』「屈原既放，游於江潭，行吟澤畔，顏色憔悴，形容枯槁。」）。天邊…天邊…大空の涯。穆陵關…安陸県の東北にあった関の名

 

 

（唐詩選）

 

関連詩句

　「水裏不用覓魚蹤，天邊何處觀鳥跡。」（宋·釋道樞）

「片月分明屬片鱗，天邊何處別踈親。」（明末淸初·成鷲）

 

 

★唐　王昌齢　　　芙蓉樓送辛漸　　　　 芙蓉楼(ふようろう)にて辛斬(しんじん)を送る

 

寒雨連江夜入呉　　　寒(かん)雨(う) 江に連なって 夜 呉に入る

平明送客楚山孤　　　平明(へいめい) 客(かく)を送れば 楚山(そざん) 孤(こ)なり

洛陽親友如相問　　　洛陽の親友　如(も)し 相(あい)問(と)はば

一片氷心在玉壷　　　一片の氷(ひょう)心(しん)　玉(ぎょく)壺(こ)に在り

 

【語釈】

芙蓉樓…長江南岸の江蘇省京口（鎭江）の西北にある楼。辛漸……不詳。寒雨…寂しい雨、寒々とした雨。呉…芙蓉楼のある江蘇省京口（鎭江）。平明…夜あけがた。楚山…楚の山、山名不詳。孤…ぽつんと立っていること。冰心…透き通って清い心。玉壺…玉(ぎょく)で作った壷。（南朝宋の鮑照『代白頭吟』「直如朱絲繩，清如玉壺冰。」に基づく。）

 

（唐詩選）

 

関連詩句

　「疏疏紅蓼避人開，寒雨連江雁叫哀。」（淸·葉元吉）

　「不愁寒雨連江暗，準備輕簑向釣磯。」（淸·張景祁）

　「百年苦節甘株守，一片冰心任取攜。」（明·蔣顒）

「一片冰心向南海，谁知岭表是炎方。」（明·蔡汝楠）

 

★唐　王昌齢　　　西宮秋怨　　　　     西宮秋怨(せいきゅうしゅうえん)　

芙蓉不及美人粧　　　　芙蓉も及ばず美人の粧い

水殿風來珠翠香　　　　水殿　風来たって　珠(しゅ)翠(すい)香し

卻恨含情掩秋扇　　　　却って恨む情を含んで秋扇を掩い

空懸明月待君王　　　　空しく明月を懸けて君王を待たんとは

 

【語釈】

西宮…媵妾（そばめ）のいる室。秋怨…若い女性が秋の気配に感じてもの思いにふけること。芙蓉… はすの花。美人… 前漢の成帝の妃であった班婕妤(はんしょうよ)。水殿…池のほとりに建てた宮殿。珠翠…真珠や翡翠の髪飾り。秋扇… 秋の扇。扇は秋になれば用がなくなり棄てられるところから、寵を失った女性（班婕妤）に喩える。懸…月が中天に懸かっているさま。

 

（唐詩選）

 

★唐　王昌齡　　　閨怨　　　　         閨怨(けいえん) 　　　

閨中少婦不知愁　　　閨中(けいちゅう)の少婦 愁(うれい)を知らず

春日凝妝上翠樓　　　春日 妝(よそお)いを凝らして 翠楼に上る

忽見陌頭楊柳色　　　忽(たちま)ち見る 陌頭(はくとう) 楊柳の色

悔教夫壻覓封侯　　　悔ゆらくは 夫壻をして 封侯を覓(もと)めしを

 

閨中…妻の寝室。少婦…若妻。翠楼…青く塗った高殿、青楼に同じ。陌頭 … 道ばた。楊柳 …やなぎ。夫壻 …夫。封侯…諸侯として封ずる。

 

「唐詩三百首」（唐詩選）

 

★唐　王昌齡　　　送別魏三    　　     魏(ぎ)三(さん)に送別す　

 

醉別江樓橘柚香　　　　酔いて 江楼に別るれば 橘(きつ)柚(ゆう)香(かんば)しく　

江風引雨入船涼　　　　江風(こうふう) 雨を引いて 船に入りて涼し　

憶君遙在湘山月　　　　憶(おも)う 君が遙かに湘山(しょうざん)の月に在りて　

愁聽清猿夢裏長　　　　愁え聽きかん 清(せい)猿(えん)の 夢(む)裏(り)に長きを　

 

【語釈】

魏三…魏家の三男。酔別…酔って別れる意。酔いに別れの辛さをごまかすこと。江楼…川のほとりにある楼。橘柚…タチバナとユズ。江風…川風。湘山…君山のこと、洞庭湖中の西北岸の山（小島）の名。清猿…サル。もの悲しげな鳴き声を出す猿。夢裏…夢の中

 

（唐詩選）

 

関連詩句

　「明朝回首沅江路，愁聽清猿和白雲。」（明·楊慎）

　「不堪水驛與山程，愁聽清猿過五更。」（明·陳薦夫）

 

★唐　王昌齡　　　別李浦之京　　　　   李(り)浦(ほ)の京(けい)に之(ゆく)くに別る

 

故園今在灞陵西　　　　故園(こえん) 今 㶚(は)陵(りょう)の西に在り　

江畔逢君醉不迷　　　　江(こう)畔(はん) 君に逢い 酔いて迷わず　

小弟鄰莊尚漁獵　　　　小弟(しょうてい) 隣(りん)荘(そう)に 尚(な)お漁猟(ぎょりょう)せん　

一封書寄數行啼　      一封(いっぷう)の書は寄す 数行(すうこう)の啼(なみだ)　

 

【語 釈】

李浦…人名。未詳。京…長安の都。故園…ふるさと。㶚陵…漢の文帝の陵墓。長安の東南校外にある。江畔…川のほとり。江は長江を指す。醉不迷…酒を飲んでも酔えない意。小弟…おとうと。鄰莊…別荘の隣。漁獵…魚を捕って遊ぶ。

 

〔三体詩〕

 

関連詩句

　「闗河秋色晚蒼蒼，江畔逢君更憶鄉。」（明·李化龍）

　「獨向灞陵東北望，一封書寄萬重心。」（唐·李頻）

　「一封書寄南飛雁，萬里隨風到貴陽。」（明·郭諫臣）

 

 

★唐　王昌齡　　　梁苑　　　　　       梁(りょう)苑(えん)　　　　

　　

梁苑秋竹古時烟　　　　梁(りょう)苑(えん)の秋(しゅう)竹(ちく) 古時(こじ)の煙

城外風悲欲暮天　　　　城外 風悲し 暮れんと欲する天

萬乘旌旗何處在　　　　万乗(ばんじょう)の旌(せい)旗(き)　何れの処にか在る

平臺賓客有誰憐　　　　ほ平台(へいだい)の賓客　誰有ってか憐れまん

 

【語釈】

梁苑…漢代に、文帝の子、梁の孝王が築いた園の名。古時…昔ながらの。烟…靄や霞。城外…城郭の外側。城外…城郭の外側。萬乘…天子に随う一万台の車、転じて天子をいう。旌旗…旗さしもの。「萬乘旌旗」で天子のこと。平臺…梁の孝王が梁園に築いた台の名。賓客…当時の文士で、司馬相如、枚乗などを指す。

 

（唐詩選）

 

参考詩句

　「不知何處吹蘆管，城外風悲欲暮天。」（宋·方鳳）

　「萬乘旌旗分一半，八方風雨會中央。」（唐·劉禹錫）

　「萬乘旌旗衝曉過，兩宮輿輦詰朝來。」（宋·蘇頌）

　「平臺賓客今何在，誰繼鄒枚從孝王。」（宋·宋祁）

　「平臺賓客今何處，零落小山叢桂花。」（淸·王士禛）

 

 

★唐　王昌齢　　　萬歳樓   　　　　    万歳楼(ばんざいろう)     

 

江上巍巍萬歳樓　　　　江上(こうじょう) 巍巍(ぎぎ)たり 万歳楼(ばんざいろう)

不知經歴幾千秋　　　　知らず 経歴(けいれき) 幾(いく)千秋(せんしゅう)

年年喜見山長在　　　　年々(ねんねん)喜んで見る 山の長(とこしえ)に在るを

日日悲看水濁流　　　　日々悲しんで看る 水の独(ひと)り流るるを

猿狖何曾離暮嶺　　　　猿狖(えんゆう)　何ぞ曾(かっ)って暮(ぼ)嶺(れい)を離れん

鸖鶿空自泛寒洲　　　　鸕鶿(ろじ)　空(むな)しく自(おのず)から寒(かん)洲(しゅう)に泛(うか)ぶ

誰堪登望雲煙裏　　　　誰(だれ)か堪(た)えん　登(とう)望(ぼう)　雲煙(うんえん)の裏(うち)

向晩茫茫發旅愁　　　　晩(くれ)に向かって 茫茫(ぼうぼう)　旅愁(りょしゅう)を発す

 

【語釈】

万歳楼…潤州城（現・江蘇省鎭江）の西南にある。巍巍…高大なさま。雄大で厳かなさま。經歴…年月が経過すること。幾千秋…何千年。鸕鶿…鵜。寒洲…寒々とした晩秋から初冬にかけての中州。登望 … 楼に登って眺めること。雲煙 … 雲とかすみ。茫茫 … 辺りが薄暗くなってきたこと。旅愁 … 旅先で感じるものさびしい思い。

 

（唐詩選）

 

★唐　裴迪(はいてき)　　　  輞川集二十首 辛夷塢　輞(もう)川集(せんしゅう)二十首 辛夷塢(しんいう)

綠堤春草合　　　緑堤(りょくてい) 春草合(あつ)まり

王孫自留玩　　　王孫 自ら留まり玩(あそ)ぶ

況有辛夷花　　　況や辛夷(しんい)花(か)の

色與芙蓉亂　　　色は芙蓉と乱(まが)う有るをや

 

【語釈】

辛夷塢…こぶしが植わっている土手。王孫…貴族の子弟。玩…遊ぶ。辛夷花…こぶしの花。

 

（中国詩人選集　６）

 

 

★唐　裴迪　　　　輞川集二十首 鹿柴　　輞(もう)川集(せんしゅう)二十首 鹿(ろく)柴(さい)

 

日夕見寒山　　　日夕 寒山を見ては

便爲獨往客　　　便(すなわ)ち 独往(どくおう)の客と為る

不知松林事　　　知らず 松林(しょうりん)の事

但有麏麚跡　　　但(た)だ 麏麚(きんか)の跡 有るのみ

 

【語釈】

日夕 … 夕方。寒山 … 冬枯れの山。便 … すぐさま。独往 … ひとりで出かける。麏麚 … 鹿の類。

 

（唐詩選）

 

 

★唐　裴迪　　　　送崔九　　　　       崔(さい)九(く)を送る

歸山深淺去　　　山に帰りて深浅(しんせん)に去り

須盡丘壑美　　　須(すべ)からく丘壑(きゅうがく)の美を尽くすべし

莫學武陵人　　　学ぶ莫かれ 武(ぶ)陵(りょう)の人を

暫游桃源裏　　　暫(しばら)く遊べ 桃源の裏(うち)に

 

【語釈】

崔九…崔興宗のこと。王維の妻の弟。九は排行。歸山…隠棲すること。深淺…山の奥深いところか浅いところか判断がつかない所。丘壑…丘と谷。武陵人…『桃花源記』の武陵の漁師。桃源…桃源郷

 

（詩詞世界）

 

★唐　高適(こうせき)　　 　 別董大　　　　　　　 董(とう)大(だい)に別る　

 

千里黄雲白日曛　　千里(せんり)の黄雲(こううん) 白日(はくじつ)曛(くら)し

北風吹雁雪紛紛　　北風(ほくふう) 雁(かり)を吹いて 雪紛々(ふんぷん)

莫愁前路無知己　　愁(うりょ)う莫(な)かれ 前路(ぜんろ)に知己(ちき)無きを

天下誰人不識君　　天下　誰人(だれひと)か君を識らざらん

 

【語釈】

董大董が姓、大は排行第一（一族中の同世代の最年長者）、琴の名手、董庭蘭と思われる。千里…千里のかなたまで、空一面に。黄雲 … 黄色い雲、黄塵を巻き上げた雲。白日…輝く太陽。真昼の太陽。曛 …暗くかすむこと。紛紛 … 盛んに入り乱れること。知己…知人

 

（唐詩選）

 

 

★唐　高適　　　　除夜作　　　　       除夜の作

 

旅館寒燈獨不眠　　　　旅館の寒(かん)燈(とう) 独(ひと)り眠らず　

客心何事轉凄然　　　　客(かく)心(しん) 何事(なにごと)ぞ 転(うた)た凄(せい)然(ぜん)　

故郷今夜思千里　　　　故郷 今夜 千里を思う　

霜鬢明朝又一年　　　　霜(そう)鬢(びん) 明朝(みょうちょう) 又一年　

 

【語釈】

寒灯 … 薄暗く、寒々とした灯。客心 … 旅人の心。何事 … どうしたことか。転 …ますます。悽然 … ものさびしいさま。いたましいさま。霜鬢 … 霜のような白い鬢。

（唐詩選）

★唐　高適　　　　塞上聞吹笛　　　　   塞上(さいじょう)にて吹(すい)笛(てき)を聞く

 

雪淨胡天牧馬還　　　　雪淨くして 胡天(こてん) 牧馬(ぼくば)還(か)えり　

月明羌笛戍樓閒　　　　月は明らかに 羌笛(きょうてき) 戍楼(じゅろう)の間　

借問梅花何處落　　　　借問(しゃもん)す 梅(ばい)花(か) 何(いず)れの処にか落つる

風吹一夜滿關山　　　　風吹きて 一夜 関山(かんざん)に満つ　

 

【語釈】

淨…きよらかである。胡天…えびすの地の空。牧馬…飼い養っている馬。還…（出かけていったものが）かえる。・羌笛…西方異民族（チベツト系）の吹く笛。戍樓…辺境防備用の望楼。借問…ちょっと質問する。關山…関所となるべき要害の山。

 

（唐詩選）

 

 

★唐　高適　　　　送李少府貶峡中王少府貶長沙　　　　　

李(り)少府(しょうふ)の峡中(きょうちゅう)に貶(へん)せられ 王(おう)少府(しょうふ)の長沙(ちょうさ)に貶(へん)せらるるを送る　　　　　　

 

嗟君此別意何事　　　　　嗟(ああ) 君 此の別れ 意(い) 何事ぞ　

駐馬銜杯問謫居　　　　　馬を駐(と)どめ 杯を銜(ふく)んで 謫(たく)居(きょ)を問う　

巫峡啼猿數行涙　　　　　巫(ふ)峡(きょう)の啼(てい)猿(えん) 数行(すうこう)の涙　

衝陽歸雁幾封書　　　　　衝(しょう)陽(よう)の帰(き)雁(がん) 幾封(いくふう)の書　

青楓江上秋天遠　　　　　青(せい)楓(ふう)江上(こうじょう) 秋天(しゅうてん)遠く　

白帝城邊古木疎　　　　　白(はく)帝(てい)城辺(じょうへん) 古木(こぼく)疎(まばら)らなり　

聖代即今多雨露　　　　　聖代(せいだい) 即今(そくこん) 雨露(ふうろ)多し　

暫時分手莫躊躇　　　　暫時(ざんじ)手を分かつ 躊躇(ちゅうちょ)する莫(な)かれ　

 

【語釈】

嗟 … 感嘆詞、ああ。意何如 … 胸のうちの悲しみは、いかばかりであろうか。駐馬 … 両少府の馬を引きとめる。銜杯 … 別れの杯を口にあてる。謫居…配所。巫峡… 四川省巫山県の東にある峡谷、三峡の険の一つ。啼猿 … 猿声。数行涙… 幾すじもの涙。衡陽帰雁… 衡陽は湖南省南部の町、長沙から約二百キロほど南にある。その北にある衡山には回雁峰という峰があり、北から渡ってきた雁はここから南へは飛ばずに引き返すといわれた。幾封書 … 何通の手紙。青楓江… 長沙の近くを流れる川の名。聖代 … りっぱな天子が治める御世。雨露… 天子の恵みをたとえる。暫時 … しばらくの間。分手… 別れること。躊躇 …去りかねてためらうこと。

（唐詩選）

 

 

 

★唐　高適　　　　夜別韋司士得城字　　 夜 韋司士(いしし)に別れ城の字を得たり

 

高館張燈酒復清　　　　高館 張(ちょう)燈(とう)　酒 復(また)た清(きよ)らかなり　

夜鐘殘月雁歸聲　　　　夜(や)鐘(しょう) 殘月 雁(かり) 帰る声　

只言啼鳥堪求侶　　　　只だ言う 啼(てい)鳥(ちょう)だ侶(りょ)を求むるに堪(た)え　

無那春風欲送行　　　　無那(いかんともするなし)春風(しゅんぶう) 行(こう)を送らんと欲するを　

黃河曲裏沙為岸　　　　黃河の曲裏(きょくり) 沙(すな) 岸と為(な)り　

白馬津邊柳向城　　　　白馬津(はくばしん)辺(ぺん) 柳は城に向かう　

莫怨他鄉暫離別　　　　怨む莫(な)かれ 他鄉 暫(しば)らく離別するを

知君到處有逢迎　　　　知んぬ君が到る処　逢(ほう)迎(げい)有るを

 

【語釈】

司士…土木事業を管掌する地方官。高館 … たかどの。張灯… 灯火をあかあかと灯しし連ねる。夜鐘 … 夜ふけの鐘の音。残月 … 明け方の空に残っている月。只言 … ～とばかり思っていたのに。侶… なかま。無那 … どうしようもない。送行…門出を見送る。曲裏…曲がっているところ。白馬津 … 渡し場の名、今の河南省滑県のあたり？。他郷 … 自分の故郷でない土地。逢迎 … 人が手厚く歓迎してくれること。

 

（唐詩選）

 

★唐　高適　　　　人日寄杜二拾遺　　　 人日　杜二(とに)拾遺(しゅうい)に寄す

 

人日題詩寄草堂　　　人(にん)日(じつ) 詩を題して 草堂に寄す

遙憐故人思故鄕　　　遙かに憐れむ 故人の故鄕を思うを

柳條弄色不忍見　　　柳條(りゅうじょう)は色を弄(ろう)して 見るに忍びず

梅花滿枝空斷腸　　　梅花は枝に満ちて 空しく腸(はらわた)を断つ

身在南蕃無所預　　　身は南蕃(はんばん)に在りて 預(よ)る所無く　

心懷百憂復千慮　　　心に懷く百憂(ひゃくゆう)　復(ま)た千慮(せんりょ)なり　

今年人日空相憶　　　今年の人(じん)日(じつ)　空しく相い憶い

明年人日知何處　　　明年の人日 何れの処なるかを知らん

一臥東山三十春　　　一臥(いちが)東山(とうざん) 三十の春

豈知書劍老風塵　　　豈(あ)に知らんや 書(しょ)剣(けん) 風塵(ふうじん)に老いんとは

龍鐘還忝二千石　　　龍(りゅう)鐘(しょう)還(ま)た忝(かたじけ)のうす 二千石(にせんせき)

愧爾東西南北人　　　愧(は)づ 爾(なんじ) 東西南北の人に

 

【語釈】

人日…陰暦正月七日。杜二拾遺…杜甫、杜二は排行、左拾遺であったことから拾遺と言っている。草堂…杜甫の浣花草堂。遙…遙か遠くから。故人…親しい友人。柳条…ヤナギの枝。弄色…色をきざす意。断腸…非常な悲しみ。南蕃…南方の野蛮地。預…かわる。あずかる。百憂…あれこれと考えをめぐらすこと。千慮…いろいろと考えをめぐらすこと。相憶…思い起こす。臥…仕官しないで、隠者生活をする意。東山…政治・軍事の世界に出る前、郷里で過ごしていた時期。龍鐘…年老いてつかれ病むさま。二千石…漢代の郡守の俸禄高。転じて、地方長官の意で使う。東西南北人…住所が定まらず、諸方をさまよい歩く人。

（唐詩選）

★唐　高適　　　　田家春望 　　　      田家(でんか)の春(しゅん)望(ぼう)

 

門出何所見　　　門を出でて 何の見る所ぞ

春色滿平蕪　　　春色(しゅんしょく) 平(へい)蕪(ぶ)に満つ

可歎無知己　　　歎(たん)ず可し 知己(ちき)無きを

高陽一酒徒　　　高陽の一酒徒

 

【語釈】

田家…田舎の家。春望…春景色の眺め。平蕪…雑草の生い茂った平地。知己…自分のことをよく理解してくれる人。高陽…今の河北省保定県東南。酒徒…「高陽」は、「酒徒」は、飲んだくれ、『史記』酈生伝に見える酈食其の故事に基づく。

参考

 

（唐詩選）

 

★唐　高適　　　  醉後贈張九旭　　　　　  酔後(すいご)張九(ちょうきゅう)旭(きょく)に贈る

 

世上謾相識　　　世上(せじょう)謾(まん)に相(あ)い識(し)る

此翁殊不然　　　此の翁殊に然(しか)らず

興來書自聖　　　興来りたりて書は自(おのずか)ら聖に

醉後語尤顛　　　酔後(すいご)語は尤(もっと)も顛(てん)なり

白髮老閑事　　　白髮閑事(かんじ)に老い

青雲在目前　　　青雲目前に在り

牀頭一壺酒　　　牀頭(しょうとう)一(いっ)壺(こ)の酒

能更幾回眠　　　能く更(さら)に幾回か眠る

 

【語釈】

張九旭…張旭、九は排行、杜甫の「飲中八仙歌」に歌われた人物。世上…世間。謾…漫然。相識 … 顔見知りになる。興 … 感興。書自聖…杜甫の「飲中八仙歌」に「張旭は三杯にして草聖と伝う」とある、聖は聖人。顚…きちがいじみている。閑事…むだなこと、よけいなこと。靑雲…理想・希望などにたとえる。牀頭…ベッドのあたり。

（『唐詩選』　Web漢文大系）

 

★唐　高適　　　　薊北自歸　　　　　      薊北(けいほく)自(よ)り帰る

 

驅馬薊門北　　　馬を駆(か)る 薊門(けいもん)の北

北風邊馬哀　　　北風 辺馬(へんば)哀(かな)しむ

蒼茫遠山口　　　蒼茫(そうぼう)たり 遠山の口(くち)

豁達胡天開　　　豁達(かったつ)たり 胡天(こてん)開く

五將已深入　　　五将 已に深く入(い)り

前軍止半廻　　　前軍 止(た)だ半ば廻(かえ)える

誰憐不得意　　　誰か憐む 意を得ずして

長劒獨歸來　　　長剣 独り帰り来(きた)るを

 

【語釈】

薊北…居庸関（薊門関）の北方。薊門…今の北京市西南。辺馬…国境地方にいる馬。蒼茫…薄青く遠くまで霞んで見える様子。口…入り口。豁達…遠くまで広々としているさま。胡天 …遊牧民族の地の空。五将五人の将軍。前軍…先鋒部隊。止…只に同じ。

（唐詩選）

 

★唐　高適　　　　宋中　　　              宋中(そうちゅう)　　　　

 

梁王昔全盛　　　梁(りょう)王(おう) 昔全盛

賓客復多才　　　賓客(ひんきゃく) 復た多才

悠悠一千年　　　悠々(ゆうゆう) 一千年

陳迹惟高臺　　　陳迹　惟(た)だ高台(こうだい)

寂寞向秋草　　　寂寞として秋草に向う

悲風千里來　　　悲風　千里に来たる

 

【語釈】

梁王…前漢の劉武、初め皇帝の跡継ぎとされ軍功に重用されたが後に疎まれ、失意の中に死去した。悠悠…遠く遙かな様。陳迹…古跡。寂寞…ひっそりとして物寂しい様。

 

（唐詩選）

 

★唐　張(ちょう)旭(きょく)　 　 桃花谿　　　　          桃花谿(とうかけい)

 

隠隠飛橋隔野烟　　　隠隠々(いんいん)たる飛橋　野煙を隔つ

石磯西畔問漁船　　　石(せき)磯(き)の西畔 漁船に問う

桃花盡日随流水　　　桃花　尽日(じんじつ) 流水に随う

洞在清渓何處邊　　　洞は清渓の何れの辺(ほとり)にか在らんと

 

【語釈】

桃花谿…桃の花の繁っている谷間、陶淵明の『桃花源記』にうたわれた桃花源（桃源郷）のことを暗示する。隱隱…かすかではっきりしないさま。飛橋…高い所に架けられた橋。野煙…野原に立つ煙、野原にたちこめるもや。石磯…石の多いいそ。盡日…一日中。洞…ほらあな。洞窟、桃源郷の入り口のことになる｡淸谿…清らかな谷川の流れ。　

 

（唐詩三百首）（詩詞世界）

 

★唐　岑参(しんじん)　　　　山房春事　　　　        山房(さんぼう)春事(しゅんじ)　　

 

　　梁園日暮乱飛鴉　　　梁(りょう)園(えん)の日暮(にちぼ) 乱れ飛ぶ鴉(からす)

　　極目蕭条三両家　　　極目(きょくもく) 蕭(しょう)条(じょう)たり 三(さん)両家(りょうか)

　　庭樹不知人去尽　　　庭樹(ていじゅ)は知らず 人の去り尽すを

　　春来還発旧時花　　　春来(しゅんらい) 還(ま)た発(ひら)く 旧時(きゅうじ)の花

 

【通釈】

山房春事…山房での春のもの思い。梁園…漢代に、文帝の子、梁の孝王が築いた園の名、河南省東部、商丘の東にある。極目…目の届く限り。蕭條…もの寂しいさま。舊時…昔と変わらない。　

　

〔唐詩選〕

 

★唐　岑参　　　　逢入京使　　　          京(けい)に入る使(つかい)に逢(あ)う

 

故園東望路漫漫　　　　故園(こえん) 東に望めば 路(みち)漫々(まんまん)　

雙袖龍鐘涙不乾　　　　双袖(そうしゅう) 龍(りょう)鐘(しょう)として 涙乾かず　

馬上相逢無紙筆　　　　馬上に相(あい)逢(お)うて 紙(し)筆(ひつ)無し　

憑君傳語報平安　　　　君に憑(よ)って 伝語(でんご)して 平安を報ぜん　

 

【語釈】

故園…ふるさと，住むべき地。漫漫…路が長々と続いているさま。雙袖…両袖龍鐘…失意のさま。涙を流すさま。相逢……に出逢う、…に（偶然に）出くわす。憑…たのむ。傳語…言伝（ことづて）する。報…知らせる。平安…無事。

（唐詩選）

★唐　岑参　　　　玉関寄長安李主簿　　　  玉関にて長安の李主簿に寄す

東去長安萬里餘　　　　東のかた 長安を去ること 万里余(ばんりよ)　

故人那惜一行書　　　　故人(こじん) 那(なん)ぞ惜(おし)む 一行の書　

玉關西望堪腸斷　　　　玉関を西望(せいぼう)すれば 腸(はらわた) 断(た)つに堪(たえ)えんや　

況復明朝是歳除　　　　況(いわ)んや 復(ま)た 明朝(みょうちょう)は是(こ)れ 歳除(さいじょ)なるをや　

 

【語釈】

玉関…玉門関。寄…手紙を出す。主簿…役所で、記録や文書帳簿を管理し、庶務を司る官。萬里餘…万里以上、はるばると。故人…友人何惜…どうして（手間を）惜しむのか一行書…簡単な手紙。西望…西の方を望む。堪…我慢する。腸斷…腸（はらわた）が断たれるほどの辛さ。歳除…大晦日。

(唐詩選)

 

 

★唐　岑參　　　　磧中作　　　            磧中(せきちゅう)の作

走馬西來欲到天　　　馬を走らせて西来(せいらい) 天に到らんと欲す　

辭家見月兩囘圓　　　家を辞(じ)してより 月の両回(りょうかい) 円(まどか)なるを見る　

今夜不知何處宿　　　今夜 知らず　何れの処にか宿せん　

平沙萬里絶人烟　　　平沙(へいさ) 万里(ばんり)　人煙 絶ゆ　

 

【語釈】

磧中作 … 砂漠の中で作った詩。西來…西に向かってやってきたこと。欲到天 … 今にも天まで届きそうだ。辞家… 家を出てから。月両回円 … 月が二度満月になった、二か月経過したこと囘…二廻りすること。平沙…砂漠。人煙 … 人家から立ち上る炊事の煙。

（唐詩選）

 

★唐　岑參　　　　送崔子還京送人還京　　　崔子(さいし)の京(けい)に還(かえ)るを送る　

匹馬西從天外歸，　　　匹(ひつ)馬(ば) 西のかた 天外(てんがい)より帰る，

揚鞭只共鳥爭飛。　　　鞭を揚(あ)て 只だ 鳥と飛ぶを争う。

送君九月交河北，　　　君を送る 九月 交(こう)河(が)の北，

雪裏題詩涙滿衣。　　　雪(せつ)裏(り) 詩を題(だい)だいして 涙 衣に満つ。

 

【語釈】

匹馬…一匹の馬。天外…はるか遠いところ。揚鞭…鞭をあてる。交河…今の新疆ウイグル自治区吐魯蕃の西を流れる河。雪裏…雪の中。題詩…詩を作る。

 

（岑嘉州集）

 

★唐　岑參　　　　赴北庭度隴思家　   北庭(ほくてい)に赴(おもむ)かんとし隴(ろう)を度(わた)り家を思う

 

西向輪臺萬里餘　　　西に向いて 輪(りん)台(だい) 万里余(ばんりよ)　

也知鄉信日應疎　　　也(ま)た知る 鄉(きょう)信(しん) 日に応(まさ)に疎(そ)なるべきを　

隴山鸚鵡能言語　　　隴山の鸚鵡 能(よ)く言語(げんご)す　

爲報家人數寄書　　　爲に報ぜよ  家人(かじん)数(しば)しば書を寄せよと　

 

【語釈】

北庭…新疆ウイグル自治区昌吉回族自治州に設置された行政区画。隴…甘肅省南部隴山の西の地。輪臺…江西省庭州の西北にあった県。萬里餘…一万里以上、非常に長い距離。也…また。鄉信…家からの便り。應…当然～である。疎…まばら。隴山…河南省信陽県の東北にある山。言語…言葉をしゃべる。家人…家族。數…しばしば。寄書…手紙を送る。

（唐詩選）

★唐　岑參　　　　酒泉太守席上醉後作　　　酒泉の太守 席上醉後の作　

 

酒泉太守能劒舞　　　酒(しゅ)泉(せん)の太守能く剣舞す

高堂置酒夜擊鼓　　　高堂に置酒(ちしゅ)して夜 鼓を擊つ

胡笳一曲斷人腸　　　胡笳(こか) 一曲 人の腸(はらわた)を断つ

座上相看淚如雨　　　座上 相い看て 淚 雨の如し

 

【語釈】

酒泉 … 郡名、今の甘粛省酒泉市。太守 … 郡の長官。席上 … 酒宴の席で。酔後 … 酒に酔ったあと。能 … 上手に。高堂 … 大広間。置酒 …酒宴を開くこと。胡笳 … 北方民族の胡人が吹く葦あしの葉の笛。坐客 … 一座の客人たち。相看 … 互いの顔を見合わせて。

 

（唐詩選）

 

 

★唐　岑參　　　　奉和中書捨人賈至早朝大明宮　　

　　　　　　　　　中書捨人(ちゅうしょしゃじん)賈至(かし)の「早(つと)に大明宮に朝す」に和し奉つる

　　

 

鷄鳴紫陌曙光寒      鶏は鳴いて 紫陌(しはく) 曙光(しょこう)寒く

鶯囀皇州春色闌　　　鶯は囀(さえず)りて 皇州 春色闌(たけなわ)なり

金闕曉鐘開萬戶　　　金闕(きんけつ)の曉(ぎょう)鐘(しょう) 万戶を開き

玉階仙仗擁韆官　　　玉階の仙仗 千官を擁す

花迎劍珮星初落　　　花は剣珮(けんぱい)を迎え 星初めて落ち

柳拂旌旂露未乾　　　柳は旌旂(せいきん)を払い 露未だ乾かず

獨有鳳皇池上客　　　独(ひと)り鳳(ほう)皇(こう)有り 池上の客(かく)　

陽春一麯和皆難　　　陽春一麯　皆和し難(がた)し

 

【語釈】

舎人 … 中書舎人、詔勅の作成などをつかさどる。早 … 早朝。朝 … 参内すること。大明宮 … 長安の都の東の内裏。紫陌 … 都の街路、「陌」は道路。曙光 … あけぼのの光。皇州 … 天子の住む都。長安を指す。闌 … 物事のまっ盛りであるさま。金闕 … 天子の宮殿。万戸 … 宮殿のたくさんの扉。玉階 … 宮殿の玉ぎょくをちりばめた階段。仙仗 … 天子を警護する儀仗兵。擁 … 擁護する。千官 … 出仕するおおぜいの役人。剣佩 …腰に下げる剣と佩玉、参内する役人の正装。星初落 … 夜が明けて星が見えなくなるのは、太陽が沈むように星が西の空から落ちると考えられていた。旌旗 … 旗指物、天子の旗を指す。鳳皇池 … 鳳池に同じ、鳳皇池のそばに中書省があったことから、中書省を指す。陽春 … 格調の高い歌の意。

（唐詩選）

 

★唐　岑参　　　　暮春虢る州東亭送李司馬紀氣帰扶風別盧　　　

暮春 虢州(かくしゅう)の東亭に李(り)司馬(しば)の扶風別盧(ふふうべつりょ)に帰るを送る

 

柳嚲鶯嬌花復殷　　　　　柳は嚲(た)れ 鶯は嬌(こ)びて 花 復(ま)た殷(あか)し　

紅亭綠酒送君還　　　　　紅亭(こうてい) 緑酒(りょくしゅ) 君が還(かえ)るを送る　

到來函谷愁中月　　　　　到り来れば 函(かん)谷(こく) 愁中(しゅうちゅう)の月　

歸去磻谿夢裏山　　　　　帰り去らば 磻渓(はんけい) 夢(む)裏(り)の山　

簾前春色應須惜　　　　　簾前(れんぜん)の春色(しゅんしょく) 応(まさ)に須(す)べからく惜しむべし　

世上浮名好是閑　　　　　世上(せじょう)の浮名(ふめい) 好く是(こ)れ閑(かん)なり　

西望鄉關腸欲斷　　　　　西のかた郷関(きょうかん)を望めば 腸(はらわた) 断(たえ)えんと欲(ほっ)す　

對君衫袖淚痕斑　　　　　君に対して 衫(さん)袖(しゅう) 涙(るい)痕(こん)斑(まだら)らなり　

 

【語釈】

暮春…陰暦三月のこと。虢州…今の河南省盧氏県。東亭…町の東にある駅亭（宿場にある旅館）。司馬…刺史を補佐する官。扶風… 今の陝西省鳳翔。別廬…別荘。嚲…垂れ下がること。嬌…可愛い声で鳴くこと。殷…黒みがかった赤色のこと。紅亭…建物を赤く塗り飾った駅亭。緑酒…緑色に澄んだ酒、上質な酒のこと。到来…君はこの土地へ来てから。函谷…函谷関。愁中月…憂愁の気持ちを抱いて見る月。磻渓…鳳翔の南、宝雞の近くにある谷川。夢裏山…夢に見ていた山々。簾前…すだれの前。春色…春景色。須 …当然～すべきである。世上 … 世間。浮名 … あてにならぬ虚名。好是 … まったく。閑 … どうでもいいこと。郷関…ふるさと。腸欲断腸がちぎれんばかりの悲しい思い。衫袖…着物の袖。涙痕…涙の流れた跡。

 

（岑嘉州集）

 

★唐　岑參　　　　韋員外家花樹歌　　　    韋(い)員外(いんがい)の家の花樹(かじゅ)の歌　　

 

今年花似去年好　　　　今年(こんねん)の花は 去年に似て好し

去年人到今年老　　　　去年の人は 今年に到りて老ゆ

始知人老不如花　　　　始めて知る 人は老いて 花に如(し)かざるを

可惜落花君莫掃　　　　惜しむ可(べ)し 落花　君掃(はら)うこと莫(な)かれ

君家兄弟不可當　　　　君が家の兄弟(けいてい)　当(あた)る可(べ)からず

列卿御史尚書郎　　　　列(れっ)卿(けい) 御史(ぎょし) 尚書郎(しょうしょろう)

朝回花底恒會客　　　　朝(ちょう)より回(かえ)りて 花底(かてい)に 恒(つね)に客(きゃく)を会(かい)す

花撲玉缸春酒香　　　　花は玉缸(ぎょくこう)を撲(う)って 春(しゅん)酒(しゅ)香(かん)ばし

 

【語釈】

韋員外…韋姓の員外郎。始…やっと。不如…～に及ばない。掃…掃く。不可當…勢威を侵すことが出来ない。列卿…大勢の高官。居並ぶ高官。御史…官吏の不正を曝（あば）いて、取り調べる官。尚書郎…行政を司る尚書省の課長級の官吏。・朝…朝廷。花底…花の下。會客…客を接待する。撲…はたとあててうつ。玉缸…立派な素焼きのかめ。春酒…春にできる酒。

 

（唐詩選）

 

 

 

 

★唐　岑参　　　　胡笳歌送顏眞卿使赴河隴　

胡笳(こか)の歌 顏(がん)眞(しん)卿(けい)が使(つか)いして河隴(かろう)に赴(おもむ)くを送る

 

君不聞胡笳聲最悲　　　　君 聞かずや 胡笳(こか)の声 最も悲しきを　

紫髯綠眼胡人吹　　　　　紫髯綠(しぜんりょく)眼(がん)の 胡人(こじん) 吹く　

吹之一曲猶未了　　　　　之(これ)を吹いて 一曲 猶(な)お 未(いま)だ了(おわ)らざるに　

愁殺樓蘭征戍兒　        愁(しゅう)殺(さい)す 楼(ろう)蘭(らん) 征戍(せいじゅ)の兒(じ)　

涼秋八月蕭關道　        涼秋(りょうしゅう) 八月 蕭関(しょうかん)の道　

北風吹斷天山艸　　　　　北風　吹断(すいだん)す 天山(てんざん)の草　

崑崙山南月欲斜　　　　　崑崙(こんろん)山南(さんなん) 月 斜めならんと欲す　

胡人向月吹胡笳　　　　　胡人(こじん) 月に向いて 胡笳(こか)を 吹く　

胡笳怨兮將送君　　　　　胡笳(こか)の怨(うらみ) 将(まさ)に 君を送らんとす　

秦山遙望隴山雲　　　　　秦山(しんざん) 遙かに望む 隴山(ろうざん)の雲　

邊城夜夜多愁夢　　　　　辺(へん)城(じょう) 夜(や)々(や) 愁夢(しゅうむ) 多し　

向月胡笳誰喜聞　　　　　月に向かいて 胡笳(こか) 誰(たれ)か聞くを喜ばん　

 

【語釈】

胡笳…西方の異民族の葦笛。顏真卿…字は清臣、諡は文忠、玄宗以降四代に仕えて、安禄山の乱で大功を挙げた、書家として名高い。河隴…甘肅省東南部。紫髯…赤いほおひげ、綠眼…青い目。胡人…西域の人種。愁殺…ひどく愁えさせる。樓蘭…新疆ウイグル自治区東南部にあった幻の都市。征戍兒…国境守備の兵士。涼秋…涼しい秋。蕭關…甘肅省東南端に接する寧夏回族自治区の固原の東南にある関。吹斷…吹きちぎる。天山…天山山脈。崑崙…崑崙山脈。怨…うらみがましい感情。秦山…陝西省の山。隴山…甘肅省東南部にある山。邊城…辺疆の町。愁夢…心配のあまりにみる夢、愁いをふくんだ夢。

 

〔唐詩選〕

 

 

★唐　岑參　　　　白雪歌送武判官歸京

         　　　　 　　白雪歌(はくせつか) 武(ぶ)判官(はんがん)の京に帰るを送る

 

北風捲地白草折　　　北風は土を巻き 白草は折れ

胡天八月即飛雪　　　胡天の八月 即ち雪を飛ばす

忽然一夜春風來      忽然(こつぜん)として 一夜 春風来たり

千樹萬樹梨花開      千樹 万樹 梨花開く

散入珠簾濕羅幕　　　散じて珠(しゅ)簾(れん)に入り羅幕(らばく)を湿(うるお)し

孤裘不煖錦衾薄　　　孤裘(こきゅう) 煖(あたたか)ならず 錦(きん)衾(きん)薄し

將軍角弓不得控　　　将軍の角弓 控(ひ)くを得ず

都護鐵衣冷猶著　　　都(と)護(ご)の鉄衣 冷きを猶(なお)著(き)る

瀚海闌干百丈冰　　　瀚(かん)海(かい)の闌(らん)干(かん) 百丈の氷

愁雲黲淡萬里凝　　　愁(しゅう)雲(うん) 黲淡(さんたん) 万里凝(こ)る

中軍置酒飮歸客　　　中軍に置酒して帰客に飲ましめ

胡琴琵琶與羌笛　　　胡琴と琵琶と羌笛と

紛紛暮雪下轅門　　　紛々(ふんぷん)たる暮(ぼ)雪(せつ)　轅門(えんもん)に下(くだ)り

風掣紅旗凍不翻　　　風は紅旗を掣(ひ)くも 凍(こお)りて翻えらず

輪臺東門送君去　　　輪台の東門に 君の去るを送る

去時雪滿天山路　　　去りし時 雪は満つ 天山(てんざん)の路

山迴路轉不見君      山迴り路転じて 君を見ず

雪上空留馬行處　　　雪上空しく留む 馬(ば)行(こう)の処

 

【語釈】

武判官…人名。北風…冬の風。捲地…土を巻き上げる。白草…西域や北方に生える草で、枯れて乾けば白い色になり牛馬の飼料となる折…ここでは､薙ぎ倒される意になる。胡天…西域の気候。即…ただちに。飛雪…吹雪。忽然…たちまち。千樹萬樹…多くの木々梨花…梨の花、枝に積もった雪の形容。珠簾…たますだれ。羅幕…薄絹のとばり。煖…あたたか煖い。錦衾…錦の蒲団。角弓…つので作った弓。控…弓を引く。・都護…都護府の長官。鐵衣…よろい。著…着る。瀚海…ゴビ砂漠、バイカル湖、北海。闌干…星の光がきらめくさま。百丈冰…とても長く伸びたつらら。愁雲…愁しげな雲。黲淡…薄暗い。凝…凍り固まる。中軍…諸侯の三軍のうち、総大将がいる主力を成す軍。置酒…酒盛りをする。歸客…武判官のこと。胡琴…西域の絃楽器。羌笛…西方異民族の吹く笛。紛紛…入り交じって乱れるさま。暮雪…夕暮れ時の雪。下…降（ふ）る。轅門…軍門。掣…引っ張る。引く。紅旗…軍旗。・輪臺…天山山脈の北側にある天山北路の要地で、現・新疆ウイグル自治区ウルムチ市附近。山迴路轉…山や路は曲がりくねったありさまを表現する。馬行處…馬の行った跡かた。

 

（詩詞世界）（『唐詩選』吉川幸次郎、筑摩書房）

 

★唐　岑參　　　　行軍九日思長安故園　　　行軍にて九日(きゅうじつ) 長安の故園を思う

 

強欲登高去　　　強いて 高きに登り去らんと欲するも

無人送酒來　　　人の 酒を送りて来る無し

遙憐故園菊　　　遙かに憐れむ 故園の菊

應傍戰場開　　　応に 戦場の傍(そば)にて開くべし

 

【語釈】

行軍 … 臨時の軍営。九日 …重陽の節句。故園 … ふるさと、長年住み慣れた地の意。強欲 … 無理に～しようとする。登高 … 重陽の節句のならわし。去 …動詞の後に添える助辞、動作が向こうへ向かうことを表す。憐 … いとおしむ。故園菊 … わが家の庭の菊。応 …「きっと～であろう」、強い推量の意を示す。傍 … ～のそばに。開 … 花を咲かせていることだろう。

 

（唐詩選）

 

★唐　岑参　　　　寄左省杜拾遺 　         左省の杜拾遺に寄す

 

聯歩趨丹陛　　歩を連(つら)ねて 丹陛(たんぺい)に趨(はし)るも、

分曹限紫微　　曹(そう)を分(わか)って 紫微(しび)に限(かぎ)らる。

曉隨天仗入　　曉には 天仗(てんじょう)に随(したが)って入り、

暮惹御香歸　　暮には 御香(ぎょこう)を惹(ひい)て帰る。

白髮悲花落　　白髪(はくはつ) 花の落るを悲しみ、

青雲羨鳥飛　　青雲(せいうん) 鳥の飛ぶを羨(うら)やむ。

聖朝無闕事　　聖(せい)朝(ちょう) 闕事(けつじ)無く、

自覺諫書稀　　自から覚ゆ　諫書(かんしょ)の稀(まれ)なるを。

 

【語釈】

左省…門下省。杜拾遺…杜甫。拾遺は官名。丹陛…朱で塗った宮殿の階段。趨…足早に歩く。曾…役所の部局。紫微…天子の宮殿を指す。天仗…天子の行列を護衛する兵。御香…宮中で焚かれる香の香り。聖朝…時の朝廷を尊んでいうことば。闕事…政治上の欠陥。諫書…天子をいさめる書。

 

★唐　岑參　      晚發五溪                晚(くれ)に五溪を発す

 

客厭巴南地　　　客は厭う 巴南の地

鄉鄰劒北天　　　鄉は鄰(とな)る 剣北の天

江村片雨外　　　江村 片(へん)雨(う)の外(そと)

野寺夕陽邊　　　野寺 夕陽の辺(へん)

芋葉藏山徑　　　芋(う)葉(よう)　山径を蔵し

蘆花雜渚田　　　蘆花 渚(しょ)田(でん)に雜じる

舟行未可住　　　舟行 未だ住(とど)む可からず

乘月且須牽　　　月に乗じて且つ須らく牽くべし

 

【語釈】

五溪…普通は武陵の五溪を指すが、この場合は所在不明。巴南…四川省の東部。劒北…剣門山の北。江村…川辺の村。片雨…通り雨。野寺…野原の寺。芋葉…芋の葉。渚田…岸辺の畑。牽…舟を引く。

 

（三体詩）

 

★唐　岑参　　　　南亭送鄭侍御還東臺　　　　

　　　　　　　　　　　南亭(なんてい)にて鄭(てい)侍御(じぎょ)の東台に還るを送る

 

江亭酒甕香　　　江亭 酒(しゅ)甕(おう)香ばし

白面繍衣郎　　　白面 繍(しゅう)衣(い)の郎

砌冷蟲喧坐　　　砌(ぜい)は冷くして 虫 座に喧(かまびす)しく

簾疎月到牀　　　簾(れん)は疎にして 月 牀(しょう)に到る

鐘催離興急　　　鐘は離(り)興(きょう)を催(うなが)して急に

弦緩醉歌長　　　弦は酔歌(すいか)を緩(ゆる)うして長し

關樹應先落　　　関樹 応(まさ)に先に落つべし

随君滿路霜　　　君に随(したが)う 満路の霜

 

【語釈】

南亭…南のあずまや。鄭侍御…不詳、侍御は侍御史、御史台（検察庁）に属する微官。酒甕…酒がめ。白面…年若き男。繍衣郎…侍御史のうち強権を有する者。砌…石畳。牀…寝椅子。離興…別離の情。醉歌…酔っ払って歌う歌。關樹…関門の樹木。

 

（三体詩）

 

 

 

 

 

 

 

★唐　劉(りゅう)長(ちょう)卿(けい)　　送李判官之潤州行営　　  李判官(はんがん)の潤(じゅん)州(しゅう)行営(こうえい)に之く送る　

 

萬里辭家事鼓鼙　　　　　　万里　家を辞して 鼓鼙(こへい)を事とす

金陵驛路楚雲西　　　　　　金陵の駅路　楚雲の西

江春不肯留行客　　　　　　江春は肯えて 行客(こうかく)を留めず

草色青青送馬蹄　　　　　　草色 青々(せいせい)として 馬蹄(ばてい)を送る

 

【語釈】

李 … 李某、人物については不明。判官 … 官名。節度使・観察使などの属官。潤州 …江蘇省鎮江市。行営 … 節度使や観察使の役所。万里 … 万里の彼方へ。辞家 … 自分の家を離れて。事鼓鼙 … 軍務に従事することとなった。鼓鼙 … 鼓は太鼓、鼙は、騎兵が馬上で打ち鳴らす小太鼓で柄がある、転じて、軍事・軍務をいう。金陵 … 江蘇省南京市の古名。

駅路 … 駅亭間をつなぐ街道。江春 … 長江のほとりの春景色。不肯 … 「あえて～せず」と読み、「進んで～しようとしない」と訳す。行客 … 旅ゆく人。不留 … 引き留めようとはしない。青青 … 青々と茂る。馬蹄…馬の蹄で、馬のこと。

 

（唐詩選）

 

 

★唐　劉(りゅう)長(ちょう)卿(けい)　　酬李穆　　　            李穆(りぼく)に酬(むく)ゆ　　　　

 

孤舟相訪至天涯　　　孤舟 相訪(あいと)いて 天涯(てんがい)に至る

萬轉雲山路更賒　　　万転(ばんてん)の雲山 路 更に(さらに)賖(はるか)なり

欲掃柴門迎遠客　　　柴門を払いて 遠客を迎えんと欲すれば

青苔黃葉滿貧家　　　青苔 黃葉 貧家に満つ

 

【語釈】

李穆…劉長卿の娘婿。酬…詩を送られたことの返礼。相訪…尋ねてくる。天涯…地の涯。ここでは、作者（…劉長卿）の許のこと。万転…何度も向きを変える意。雲山…雲のかかった高い山。賒…遠い。柴門…柴（しば）を編んでつくった粗末な門。遠客…遠くから来た客、ここでは李穆を指す。黄葉…もみじ葉、秋になって葉が黄色く変わる葉。貧家…貧しい家、寒家。

 

（三体詩）

 

★唐　劉長卿　　　重送裴郞中貶吉州　   重ねて裴郎中の吉州に貶せらるるを送る　　　　　

 

猿啼客散暮江頭　　　猿は啼き 客は散ず 暮(ぼ)江(こう)の頭(ほとり)

人自傷心水自流　　　人は自(おのず)ら傷心 水は自(おのず)ら流る

同作逐臣君更遠　　　同じく逐(ちく)臣(しん)と作(な)りて 君は更に遠く

靑山萬里一孤舟　　　青山(せいざん) 万里(ばんり) 一孤(いちこ)舟(しゅう)

 

【語釈】

重送 … 重ねて送別する。再び見送る。「重ねて」とあるのは、すでに「送裴郎中貶吉州」という五言律詩があるため。裴…作者の友人、人物については不明。郎中 …官名、尚書省の六部の四司の各司の長。貶 … 罪によって官位をおとされ、地方に流されること。吉州…今の江西省吉安市。猿啼…猿が悲しげに鳴く。客散…見送りの人々がそれぞれ帰っていく。暮江頭…夕暮れの川のほとり。水自流…水は水として無心に流れていく、水は人間の嘆きをよそに流れていく。自…「おのずから」と読むが、ここでは「自然に」の意ではなく、「人は人、水は水、それ自体として」の意。逐臣…放逐された臣下。君更遠…君の左遷先は私よりずっと遠い。青山万里…遥か彼方まで続く青々として見える山。

 

（「唐詩選」）

 

★唐　劉長卿　　　過鄭山人所居　　　　 鄭(てい)山人(さんじん)が所(しょ)居(きょ)に過(よぎ)る

 

寂寂孤鶯啼杏園　　　寂々(せきせき)として 孤(こ)鴬(おう) 杏(きょう)園(えん)に啼き

寥寥一犬吠桃源　　　寥々(りょうりょう)として 一犬 桃源に吠ゆ

落花芳草無尋處　　　落花芳草 尋ぬる処無く

萬壑千峰獨閉門　　　万壑(ばんがく)千(せん)峰(ぽう) 独り門を閉ず

 

【語釈】

過…立ち寄る。鄭山人…未詳、山に住んでいる鄭氏。所居…住まい。寂寂…ひっそりしているさま。桃源…桃源郷のような所。万壑千峰　多くの谷と峰。閉門…門をしめる、世間との交際を絶つたとえ。

（三体詩）

 

　

 

★唐　劉長卿　　　呉中贈別嚴士元　　　 呉中 嚴士元に贈別す

 

春風倚棹闔閭城　　　春風　棹(さお)に倚(よ)る　闔閭(こうろ)城(じょう)　

水國春寒陰復晴　　　水国 春寒くして陰(くも)り復(ま)た晴る

細雨濕衣看不見　　　細雨 衣を湿(しめ)して 看れども見えず　

閑花落地聽無聲　　　閑(かん)花(か) 地に落ちて聴くに声無し　

日斜江上孤帆影　　　日は江上に斜にして 孤帆の影　

草緑湖南萬里情　　　草は湖南に緑にして 万里の情

東道若逢相識問　　　東道　相識(そうしき)の問うに逢わば　

青袍今日誤儒生　　　青袍(せいほう) 今日(こんにち)　儒生(じゅせい)かと誤たん　

 

【語釈】

○厳士元…唐の馮翊臨晋（いまの陝西省華陰）の人、大理司直、京兆府戸曹掾、殿中侍御史、河南の令、刑部郎中、国子司業などをつとめた。員外…定員外の郎官の役人。呉中…江蘇省蘇州市。倚棹…船を停める。闔閭城…呉王闔閭が都を置いた蘇州を指す。水国…川や湖が多い土地、水郷地帯。陰…曇る。水閣　水辺に建てられたたかどの。細雨…霧雨、ごく細かいあめ。孤帆…ただ一隻の帆掛け船。万里…非常に遠い距離。東道…東へ向かう道。相識…知り合い。青袍…唐制では官位の低い八九品役人の服。儒生…孔子の学を修める学者。

 

★唐　劉長卿　　　感懷　　　　         感懷(かんかい)

 

秋風落葉正堪悲　　　秋風 落葉 正(まさ)に悲しむに堪えたり、

黄菊殘花欲待誰　　　黄菊 残花 誰をか待(ま)たんと欲する。

水近偏逢寒氣早　　　水近くして 偏(ひと)えに寒気に逢うこと早く

山深長見日光遲　　　山深くして 長く日光を見ること遅し

愁中卜命看周易　　　愁中(しゅうちゅう) 命(めい)を卜(ぼく)するに 周(しゅう)易(えき)を看(み)

夢裏招魂讀楚詞　　　夢(む)裏(り) 魂(たましい)を招くに 楚(そ)詞(し)を読む

自笑不如湘浦雁　　　自ら笑う　湘(しょう)浦(ほ)の雁に如かざるを

飛來即是北歸時　　　飛来するは　即ち是(こ)れ　北帰(ほっき)の時

 

【語釈】

感懐…心に感じた思い。水…川や湖。偏…ひとえに、すこぶる。愁中…愁いの中で、愁いを抱いて。卜命…運命をうらなう。周易…周代の占いを書いた書、『易経』。夢裏…夢のなか。○招魂…死者のたましいを招いてなぐさめ、祭る。楚詞…『楚辞』。自笑…自嘲する。不如Ａ…Ａにおよばない。湘浦…湘水のほとり。湘水は…湖南省を流れて瀟水と合流して洞庭湖に注ぐ川。

 

(三体詩)

 

★唐　劉長卿　　　長沙過賈誼宅　　　　 長沙(ちょうさ)にて賈(か)誼(ぎ)の宅に過(よ)ぎる

 

三年謫宦此棲遲　　　三年 謫宦(たくかん) 此(ここ)に棲遅(せいち)し

萬古惟留楚客悲　　　万古 惟だ留(とど)む 楚(そ)客(かく)の悲しみ

秋草獨尋人去後　　　秋草独り尋ぬ 人去りて後

寒林空見日斜時　　　寒林空しく見る 日の斜なる時

漢文有道恩猶薄　　　漢文道(い)うこと有り 恩猶(な)お薄しと

湘水無情弔豈知　　　湘(しょう)水(すい) 情(じょう)無くして 弔(とむら)うも豈(あ)に知らんや

寂寂江山搖落處　　　寂々(せきせき)たる江山 揺落(ようらく)の処

憐君何事到天涯　　　君を憐(あわれ)む 何事ぞ 天涯に到る

 

【語釈】

長沙…湖南省長沙市。賈誼…前漢の文帝に仕えた文人。三年…長沙に左遷されて三年間とどまった。謫宦…遠方の辺地に流された役人。万古…昔からずっと。楚客…故郷を離れて楚の地方（長江中下流域）にいる者。寒林…さびしい林。漢文…漢代の文章。湘水…湖南省を流れ、瀟水と合して洞庭湖に注ぐ。弔…人の死を悲しみ、いたみとむらう気持ち。賈誼は任地に赴く途中、「弔屈原文」を作った。寂寂…ひっそりとして、さびしいようす。江山…山川。揺落…木々の葉が散る。何事…どういうわけで、なぜ。天涯…きわめて遠い所。

 

（唐詩三百首）

 

★唐　劉長卿　　　送靈澈上人　　　　   靈澈(れいてつ)上人を送る　

 

蒼蒼竹林寺　　　蒼々(そうそう)たる 竹林寺(ちくりんじ)

杳杳鐘聲晚　　　杳々(ようよう)たる 鐘声(しょうせい)の晚(くれ)

荷笠帶夕陽　　　荷(か)笠(りゅう) 夕陽(せきよう)を帶び

青山獨歸遠　　　青山に独り帰ること遠し

 

【語釈】

靈澈…劉長卿の友人で詩僧であった。蒼蒼…鬱蒼としたさま。竹林寺…所在不明、靈澈上人の寺と思われる。杳杳…ほのかに聞こえるさま。荷笠…背に負った笠。

 

（三体詩）

 

★唐　劉長卿　　　尋南溪常山道人隱居　 南溪(なんけい)の常山道人の隠居を尋ぬ

一路經行處　　　一路 経(けい)行(こう)の処

莓苔見履痕　　　莓(ばい)苔(たい) 履(げん)痕(こん)を見る

白雲依靜渚　　　白雲 静(せい)渚(しょ)に依り

春草閉閑門　　　春草 閑門(かんもん)を閉ざす

過雨看松色　　　雨を過ぎて 松(しょう)色(しょく)を看(み)

隨山到水源　　　山に随いて 水源に到り

溪花與禪意　　　溪(けい)花(か)と禅意と

相對亦忘言　　　相対(あいたい)して 亦(ま)た 言を忘る

 

【語釈】

南渓…浙江省紹興市の南にある鏡湖の南渓か。常山道人…劉長卿の知人らしいが、未詳、「道人」は道士、俗世間をはなれた隠者。莓苔…こけ。履痕…履き物の跡。依…たなびく。静渚…　しずかな水ぎわの地。過雨…雨があがったあと。隨山…山路をたどる。禪意…道を修めて心を静めること

 

（唐詩三百首）

 

★唐　劉長卿　　　新年作　　　         新年の作

 

鄉心新歲切　　　鄉(きょう)心(しん) 新歲(しんさい)切(せつ)なり

天畔獨澘然　　　天畔(てんぱん) 独(ひと)り澘(さん)然(ぜん)　　

老至居人下　　　老(おい)至りて 人の下(しも)に居り

春歸在客先　　　春帰りて 客の先に在り

嶺猨同旦暮　　　嶺(れい)猿(えん) 旦(たｎ)暮(ぼ)を同じゅうし

江柳共風煙　　　江柳(こうりゅう) 風煙を共にす

已似長沙傅　　　已に 長沙の伝(ふ)に似たり

從今又幾年　　　今(いま)従(よ)り 又幾年

 

【語釈】

鄉心…故郷を思う心。新歲…新しい年。天畔…天の端、天涯。澘然…涙を流す。嶺猨…山猿。旦暮…あけくれ。風煙…春霞。長沙傅…漢代の買誼のこと、長沙の傅に謫せられた。

 

（唐詩三百首）

 

 

★唐　劉長卿　　　酬秦系　　　         秦(しん)系(けい)に酬ゆ

 

鶴書猶未至　　鶴書(かくしょ)猶お未だ至らざるに

那出白雲來　　那(な)んぞ白雲を出でて来たる

舊路經年別　　旧路 年を経て別れ

寒潮毎日迴　　寒潮 日毎に廻(めぐ)る

家空歸海燕　　家空しくして　海(かい)燕(えん)帰り

人老發江梅　　人老いて　江梅発(ひら)く

最憶門前柳　　最も憶う 門前の柳

閑居手自栽　　閑居して　手(て)自(ずから)栽えしことを

 

【語釈】

秦系…劉長卿の友人。

鶴書…朝廷が賢者を招く詔書。

白雲…白雲が湧くような山中（隠棲の地）。

閑居…することもなく、のんびり暮らす。

自栽…陶淵明が隠棲するに際して自ら柳を植えたことに倣ったこと

 

 

 

★唐　劉長卿　　　餞別王十一南遊　　　 王十一の南遊するに銭別す

 

望君煙水闊　　　君を望めば 煙水闊(ひろ)く、

揮手淚霑巾　　　手を揮(ふる)れば 涙 巾(きん)を沾(うる)おす

飛鳥沒何處　　　飛鳥 何れの処 にか没し、

青山空向人　　　青山 空しく 人に向かう

長江一帆遠　　　長江 一帆 遠く

落日五湖春　　　落日 五湖 春なり

誰見汀洲上　　　誰か見ん 汀(てい)洲(しゅう)の上(ほとり)

相思愁白蘋　　　相思(そうし) 白蘋(はくらん)を愁(うれ)うを

 

【語釈】

餞別…旅立つ人を見送る。王十一…劉長卿の友人らしいが、未詳。煙水…霞のかかった水面。巾…ハンカチ。五湖…江蘇省と浙江省にまたがる太湖。汀洲…水ぎわと中州。白蘋…白いウキクサ。

 

（唐詩三百首）

 

★唐　劉長卿　　　漂母墓　　　         漂母(ひょうぼ)の墓

　

昔賢懷一飯　　　昔(せき)賢(けん) 一飯を懐(おも)う

茲事已千秋　　　茲(こ)の事 已に千秋

古墓樵人識　　　古墓 樵人(しょうじん)識り

前朝楚水流　　　前朝(ぜんちょう) 楚水流る

渚蘋行客薦　　　渚蘋(しょひん) 行(こう)客(かく)薦(すす)め

山木杜鵑愁　　　山木 杜鵑(とけん)愁う

春草茫茫綠　　　春草 茫々(ぼうぼう)の緑

王孫舊此遊　　　王孫 旧(もと) 此(ここ)に遊ぶ

 

【語釈】

漂母…糸さらしのおばあさん（韓信の恩人の漂母）。昔賢…韓信。懷一飯…飢えていたとき食事を恵んでもらったこと。茲事…起句のできごと。樵人…樵。前朝…そのときのまま、此の地はそのとき楚と呼ばれた。渚蘋…渚にある浮き草の一種。行客…旅人。薦…お供えをする。王孫舊此遊…楚辞「招隠士」王孫遊不帰 春草生萋萋。

 

（三体詩）

 

★唐　劉長卿　　　穆陵關北逢人歸漁陽　 穆(ぼく)陵関(りょう)北(かんぼく)にて漁(ぎょ)陽(よう)に帰る人に逢う

 

逢君穆陵路　　　君に逢う穆(ぼく)陵(りょう)の路

匹馬向桑乾　　　匹馬 桑(そう)乾(かん)に向う

楚國蒼山古　　　楚国 蒼山(そうざん)古く

幽州白日寒　　　幽州(ゆうしゅう) 白日寒し

城池百戰後　　　城池 百戦の後

耆舊幾家殘　　　耆(き)旧(きゅう) 幾家か残る

處處蓬蒿遍　　　処々(しょしょ「) 蓬蒿(ほうこう)遍(あまね)ねく

歸人掩淚看　　　帰人 淚を掩(おお)いて看ん

 

【語釈】

穆陵關…湖北省安陵にあった関所のことか。漁陽…河北省薊県。桑乾…山西省の北部から河北省に流れる川。楚國…戦国時代の楚の国、今の湖南省、湖北省一帯。幽州…河北省涿県。耆舊…昔なじみの人々。蓬蒿…荒れた土地に生える雑草。

 

 

★唐　劉長卿　　　送李中丞之襄州 　　  李中丞(りちゅうじょう)の襄(じょう)州(しゅう)に之(ゆ)くを送る

 

流落征南將　　　流(りゅう)落(らく)す 征南の将

曾驅十萬師　　　曾つて 十万の師(すい)を駆けさせり

罷歸無舊業　　　罷(や)みて帰りて 旧業(きゅうぎょう)無く

老去戀明時　　　老い去りて 明時(めいじ)を恋う

獨立三邊靜　　　独り立てば 三辺静まり

輕生一劍知　　　生を軽んずること 一剣 知る

茫茫漢江上　　　茫々(ぼうぼう) 漢江の上(ほとり)

日暮欲何之　　　日暮 何れに之(ゆ)かんと欲する

 

【語釈】

李中丞…不詳、中丞は御史中丞の略称。襄州…襄州…湖北省襄陽市。流落…他国を流浪し、落ちぶれる。征南…南方を征伐する。師…軍隊。罷…免職になる。旧業…むかしからの家業、家産。軽生…死を恐れないことを謂う。一剣知…剣だけが知っている。三辺…辺疆一帯を謂う。静…（叛乱が）静まる。茫茫…広々として果てしないさま。漢江…漢水のこと、長江の最大の支流で、その多くは湖北省を流れる。

 

（詩詞世界）

 

★唐　劉長卿　　　送朱放賊退後往山陰  朱(しゅ)放(ほう)が賊(ぞく)退いて後 山陰に往(ゆ)くを送る

 

越中初罷戰　　　越中 初めて戦(いくさ)を罷(や)め

江上送歸橈　　　江上 帰橈(きとう)を送る

南渡無來客　　　南渡 来客無く

西陵自落潮　　　西陵 自(おのずか)ら落潮(らくちょう)

空城垂故柳　　　空城 故(こ)柳(りゅう)垂れ

舊業廢春苗　　　旧業 春(しゅん)苗(びょう)を廃す

閭里稀相見　　　閭里(りょり) 相い見ること稀(まれ)に

鶯花共寂寥　　　鶯(おう)花(か) 共に寂寥(せきりょう)

 

【語釈】

朱放…㐮州（湖北省㐮陽）の人、浙江省紹興市に移り鑑湖のあたりに隠棲した。山陰…越州の県名。越中…越州の付近（曽ての越の地）。初…ようやっと。歸橈…帰る舟。南渡…南の地方に亘っていくと。西陵…銭塘湖の河口。落潮…潮が引く。故柳…昔なじみの柳。旧業…昔の財産の田。閭里…村里、村落。

 

（三体詩）

 

★唐　劉長卿　　　題元錄事所居 　　　  元錄事(げんろくじ)が所居に題す

 

幽居蘿薜情　　　幽(ゆう)居(きょ)して 蘿薜(らへき)の情あり

高臥紀綱行　　　高臥(こうが) 紀綱(きこう)行わる

鳥散秋鷹下　　　鳥は散じて 秋(しゅう)鷹(おう)下り

人閑春草生　　　人は閑(かん)にして 春草生ず

冒嵐歸野寺　　　嵐を冒して 野寺に帰り

收印出山城　　　印を收めて 山城を出ず

今日新安郡　　　今日 新安(しんあん)郡(ぐん)

因君水更清　　　君に因(よ)りて 水 更に清し

 

【語釈】

元錄事…不詳、錄事は官名（録事参軍）で、刺史に下属する官。幽居…世を避けて静かなところに住む。蘿薜…蔦や葛、山深い処の象徴、蘿薜情とは、そこを慕う気持。高臥…高逸の心を持って隠棲すること。紀綱…法律規則。鳥散…小人どもが恐れて退散すること。秋鷹下…元錄事が隠棲したことを喩える。收印…官職を辞する。新安郡…歙州、浙江省杭州市や安徽省黄山市にまたがる。

 

（三体詩）

 

 

 

★唐　劉長卿　　  秋日登吳公臺上寺遠眺寺即陳將吳明徹戰場

秋(しゅう)日(じつ) 呉公台上の寺に登り遠く眺む 寺は即ち陳の将 呉(ご)明徹(めいてつ)の戦場なり　

 

古臺搖落後　　　古台 揺落(ようらく)の後　　　

秋日望鄉心　　　秋日 望郷の心

野寺人來少　　　野寺(やじ) 来人(らいじん)少(まれ)に

雲峰水隔深　　　雲(うん)峰(ぽう) 水を隔てて深し

夕陽依舊壘　　　夕陽(せきよう) 旧塁(きゅうるい)に依(よ)り

寒磬滿空林　　　寒磬(かんけい) 空林に満つ

惆悵南朝事　　　惆悵(ちゅうちょう)す 南朝の事

長江獨至今　　　長江 独り今に至る　

 

【語釈】

呉公台…南朝の宋の劉誕が築いた弩台。呉明徹…陳の将軍。揺落…木々の葉が風に散る。○寒磬…寒中に響く磬の音。磬はへの字形の楽器。惆悵…不各嘆き悲しむこと。

 

 

★唐　張謂　　　　題長安主人壁 　　    長安主人の壁(へき)に題す　

世人結交須黃金　　　世人(せじん) 交わりを結ぶに 黃金を須(もち)う

黃金不多交不深　　　黃金 多からざれば 交わり深からず

縱令然諾暫相許　　　縱令(たとい) 然諾(ぜんだく)して 暫(しばら)く相(あい)許(ゆる)すとも

終是悠悠行路心　　　終(つい)に是(こ)れ 悠々(ゆうゆう)たる 行路(こうろ)の心

 

【語釈】

主人 … 宿の主人。世人 … 世間の人。結交 … 交際するのに。黄金 … 金銭。金の力。須 … 「もちう」「もちいる」と読み、「～を必要とする」と訳す。縱令 … 「たとい～とも」と読み、「たとえ～とも」「と訳す。然諾 … よろしいと引き受けること。相 … ここでは「互いに」という意味ではなく、動作に対象があることを示す言葉、「相手に対して」の意。許 … 心を許す、ここでは親しく交際すること。終 … 結局は。悠悠 … はるかに隔たること、ここでは疎遠で無関心な態度を形容する言葉。行路心 … 道を行く通りすがりの人の気持ち、冷淡で無関心な気持ちをいう。

 

（唐詩選）

 

　

★唐　張謂　　送人使河源　　人の河源(かげん)に使(つかい)するを送る

 

故人行役向邊州　　　故人 行役して辺州に向う

匹馬今朝不少留　　　匹馬 今朝 少しも留(とどま)らず

長路關山何日盡　　　長路 関山　何れの日にか尽きん

滿堂絲竹爲君愁　　　満堂の糸竹 君が為に愁う

 

【語釈】

河源…黄河の河源地方、寧夏省銀川のあたりから甘粛省蘭州あたりまでの地域。行役…官命によって旅に出ること。邊州…辺境。匹馬 … 一匹の馬。関山…国境の山。糸竹…管弦

 

（唐詩選）

 

 

★唐　張謂　　　　贈喬琳　　           喬琳(きょうりん)に贈る　

 

去年上策不見収　　　去年(せくねん) 策を上(たてまつ)りて 収(おさ)められず

今年寄食仍淹留　　　今年(こねん) 寄食して 仍(なお) 淹留(えんりゅう)す

羨君有酒能便醉　　　羨やむ 君が酒有れば 能(よ)く便(すなわち)酔うを

羨君無錢能不憂　　　羨やむ 君が錢無くして 能(よ)く憂えざるを

如今五侯不待客　　　如(にょ)今(こん) 五侯 客を待(じ)せず

羨君不問五侯宅　　　羨やむ 君が五(ご)侯(こう)の宅を問わざるを

如今七貴方自尊　　　如今 七貴方(まさ)に自尊(じそん)す

羨君不過七貴門　　　羨やむ 君が七(しち)貴(き)の門に過(よ)ぎらざるを

丈夫會應有知己　　　丈夫(じょうふ) 会(かなら)ず応(まさ)に知己(ちき)有るべし

世上悠悠安足諭　　　世上(せじょう) 悠々(ゆうゆう) 安足(あんそく)を諭(さと)る

 

【語釈】

喬琳 …太原の人。天宝の初め進士に及第、のち地方の刺史（州の長官）を歴任した。

策…対策（皇帝の問い（策問）に答える上奏文、科挙の答案）

上 … 天子に提出すること。不見収 … 採用されない。見 … 「る」「らる」と読み、「～される」と訳す。受身の意を示す。寄食 … 居候すること。仍 … 「なお」と読み、「まだ」「依然として」と訳す。淹留 … 長い間とどまっていること。羨 … うらやましい。君 … 喬琳を指す。便 … 「すなわち」と読み、「～すればすぐに」と訳す。不憂 … 平気でいられる。五侯…公・候・伯・子・男の諸侯。待客 … 客を大切にもてなす、待」は接待。七貴 … 前漢諸帝の皇后の一族として、羽振りをきかした七つの氏族。呂りょ・霍かく・上官・丁・趙ちょう・傅ふ・王の七氏、ここでは今を時めく貴族たちに喩える。丈夫 … 立派な男。会 … 「かならず」と読み、「かならず～」と訳す。知己 … 自分をよく理解してくれる人。世上 … 世の中、世間の人。悠悠 … ここでは無関心なこと。安 … 「いずくんぞ～ん（や）」と読み、「どうして～であろうか（いや～ない）」と訳す。反語の意を表す。

 

（唐詩選）

 

 

★唐　張謂　　　　湖中對酒作 　　    　湖中(こちゅう) 酒に対して作る

 

夜坐不厭湖上月　　　夜坐(やざ) 厭(いと)わず湖上の月

晝行不厭湖上山　　　昼(ちゅう)行(こう) 厭わず湖上の山

眼前一樽又長滿　　　眼前の一樽 又長(とこしな)えに満つ

心中萬事如等閑　　　心中万事 等閑の如し

主人有黍萬餘石　　　主人 黍(きび)有り 万余石

濁醪數斗應不惜　　　濁醪(だくろう) 数斗 応(まさ)に惜しまざるべし

即今相對不盡歡　　　即今(そくこん) 相対(あいたい)して 歓(かん)を尽くさずんば

別後相思復何益　　　別後 相思うも 復(ま)た何の益あらん

茱萸灣頭歸路賖　　　茱萸湾頭(しゅみわんとう) 帰路賖(きろはる)かなり

願君且宿黃公家　　　願わくば 君 且(しばら)らく宿(しゅく)せよ黃公(こうこう)が家

風光若此人不醉　　　風光 此(かく)の若(ごと)くして 人酔わずんば　

參差辜負東園花　　　參差(さんし)として東園の花に辜負(こふ)せん

 

【語釈】

湖中 … 湖に舟を浮かべて。夜坐 …夜は坐ったままで。不厭 …飽きない。湖上月 … 湖の水面にかかる月。昼行 …昼は歩き回って。眼前一樽 … 目の前の酒樽。又長満 … いつも酒がいっぱいに入っている。等閑 … 気に留めないこと、意に介しないこと。黍 … きび、酒を作る原料。万余石 … 一万石余り。濁醪 … 濁り酒,どぶろく。応不惜 … 何の惜しまれるはずがあろう。応 … 「まさに～すべし」と読み、「きっと～であろう」と訳す、強い推量の意を示す。即今 … ただいま、現在。相対 … 向かい合って。不尽歓 … 思う存分喜びを尽くさなかったら。別後 … 別れた後。相思 … 互いに懐かしがる。復何益 … 何の役に立つものか。茱萸湾 … 江蘇省揚州市の東北にあった湾という説、あるいは長沙府益陽県にあった洞庭湖の一つの湾という説とがある。湾頭 …湾の出入り口。賖 … はるかに遠い。黄公家 … 竹林の七賢の一人、晋の王戎等が黄公の酒場で痛飲したことを懐かしんだという『世説新語』に見える故事に基づく、ここでは主人の家を指す。風光 … よい景色。参差 … 食い違って、ここでは咲きほこっている東園の花の心意気と食い違うこと。東園花 … 東の庭に咲いている桃や李の花。辜負 … 相手の気持ちにそむく。

 

★唐　戴叔倫　　　湘南即事             湘(しょう)南即事(なんそくじ)    　

盧橘花開楓葉衰　　　盧(ろ)橘(きつ) 花開きて 楓(ふう)葉(よう)衰う　

出門何處望京師　　　門を出(い)でて 何(いず)れの処にか 京師(けいし)を望まん　

沅湘日夜東流去　　　沅湘(げんしょう) 日夜(にちや) 東に流れ去る　

不爲愁人住少時　　　愁人(しゅうじん)の為に 住(とど)まること 少時(しばし)もせず　

 

【語釈】

湘南…湖南省湘潭県の西。即事…その場の事を詠じた詩。・盧橘…金柑。楓葉…楓の葉。出門…城門を出ることで、郊外へ行く意。京師…帝都。沅湘…沅江と湘江、共に湖南省を流れて洞庭湖に注ぐ川の名。愁人…愁いを抱く人。

 

（三体詩）

 

 

★唐　戴叔倫　　　贈殷亮　　　　        殷(いん)亮(りょう)に贈る

日日河邊見水流　　　日々(ひび) 河辺(かへん)に 水の流るるを見る　

傷春未已復悲秋　　　春を傷(いた)み 未(い)まだ已(や)まざるに 復(ま)た秋を悲しむ　

山中舊宅無人住　　　山中の旧宅 人の住む無く　

來往風塵共白頭　　　風塵(ふうじん)に来往(らいおう)して 共に白頭(はくとう)　

 

【語釈】

殷亮…、人名、不詳。河邊…川のほとり。舊宅…かっての住まい。來往…行ったり来たり、うろうろすること。風塵…けがれた俗世間。白頭…白髪頭、年をとったことを示す常用語。

 

（三体詩）

 

★唐　戴叔倫　　　夜発袁江李頴川劉侍郎　

　　　　　　夜　袁(えん)江(こう)を発し　李(り)頴(えい)川(せん)　劉侍郎(りゅうじろう)に寄す　　　

半夜回舟入楚郷　　　　　半夜 舟を回ぐらして 楚(そ)郷(きょう)に入(い)る　

月明山水共蒼蒼　　　　　月明 山水 共に蒼々(そうそう)たり　

孤猿更叫秋風裏　　　　　孤(こ)猿(えん) 更に叫ぶ 秋風(しゅうふう)の裏(うち)，

不是愁人亦斷腸　　　　　是(こ)れ 愁人(しゅうじん)ならずとも 亦(ま)た腸(はらわた)を断(た)たん　

 

【語釈】

袁江…江西省漂萍郷県を流れ、贛江に注ぐ川の名。李頴川…人名、不明。侍郎…中書省、門下省、尚書省各部署の副長官。半夜…夜中、夜半。楚郷…楚の地方。蒼蒼…青白い色。愁人…愁いを抱いている人。

 

（唐詩選）

 

 

★唐　戴叔倫　　　三閭廟　　　　        三閭(さんりょ)廟(びょう)

沅湘流不盡　　　沅湘(げんしょう) 流れて尽きず

屈子怨何深　　　屈子(くつし) 怨み何ぞ深き

日暮秋煙起　　　日暮 秋煙起り

蕭蕭楓樹林　　　蕭々(しょうしょう)たり 楓樹(ふうじゅ)の林

 

【語釈】

三閭廟 …屈原を祀った廟。沅湘 … 沅江と湘江、どちらも洞庭湖に注ぐ。屈子 … 屈原。蕭蕭 … 風が物寂しく鳴る音の形容、または風に吹かれて木々の葉が鳴る音の形容。楓樹 …カエデの一種。

 

（唐詩選）

★唐　戴叔倫　　　江郷故人偶集客舍　　　江(こう)郷(きょう)の故人(こじん) 偶(たまた)ま客舍(かくしゃ)に集(つど)う

 

天秋月又滿　　　天 秋にして 月又満ち　　

城闕夜千重　　　城闕 夜 千重

還作江南會　　　還(ま)た江南の会を作し

翻疑夢裏逢　　　翻(かえ)って疑う 夢裏に逢うかと

風枝驚暗鵲　　　風枝 暗鵲を驚かし

露草覆寒蛩　　　露草 寒蛩を覆う

羈旅長堪醉　　　羈旅 長えに酔うに堪え

相留畏曉鐘　　　相留めて 曉鐘を畏る

 

【語釈】

江郷…江南の故郷、戴叔倫の故郷。故人…昔なじみ。客舍…旅館。城闕…長安城をさす。江南會…江南から来ている人の集まり。夢裏…夢の中。風枝…風に揺れる木の枝。暗鵲…枝で眠っている鵲。寒蛩…寒々と鳴く虫、コオロギの類い。羈旅…故郷を離れて旅にあること。長堪醉…長く酔っていることで、旅の寂しさが紛れる。

 

（唐詩三百首）

 

★唐　叔淑倫　　　早行寄朱放 　　　　   早行(そうこう)して朱(しゅ)放(ほう)に寄す

 

山曉旅人去　　　山 曉(あ)けて 旅人去り

天高秋氣悲　　　天高くして 秋気悲し

明河川上沒　　　明河(めいが) 川上に沒し

芳草露中衰　　　芳草 露中に衰う

此別又千里　　　此の別れ 又 千里

少年能幾時　　　少年 能(よ)く 幾時ぞ

心知剡溪路　　　心に知る 剡溪の路

聊且寄前期　　　聊且(いささか) 前期を寄す

 

【語釈】

早行…朝早く出発すること。朱放…河北省㐮陽の人、浙江省紹興に移り、鑑湖のあたりに隠棲して多くの名士と交わった。左拾遺に任じられた。秋気…秋の気配。明河…銀河。川上沒…川の上に見えた銀河が夜明けと共に消え去った。芳草…かぐわしい草。少年…若いとき。剡溪…浙江省紹興市の会稽山中の谷川、朱放の隠棲地。聊且…二字で一語、しばしば自分の行為を謙遜する意味。前期…将来の約束。

 

（三体詩）

 

★唐　戴叔倫　　　江上別張歡　　　　    江上張歓(ちょうかん)に別る

年年五湖上　　　年年 五湖の上(ほとり)に

厭見五湖春　　　厭い見る 五湖の春

長醉非關酒　　　長く酔うは 酒の関わるに非らず

多愁不爲貧　　　多く愁うは 貧の為ならず

山川迷道路　　　山川 道路に迷い

伊洛暗風塵　　　伊洛(いらく) 風塵暗し

今日扁舟別　　　今日 扁舟もて別れ　

俱爲滄海人　　　俱(とも)に 滄海(そうかい)の人と為る

 

【語釈】

張歡…人名、不詳。五湖…江蘇省と浙江省の間にある大湖。伊洛…伊水と洛水、共に洛陽付近を流れる川。暗風塵…その地方が安定でないこと。滄海…海、あてどない旅の比喩。

 

（三体詩）

 

★唐　戴叔倫　　　除夜宿石頭驛　　　　  除夜(じょや)石頭(せきとう)駅(えき)に宿(しゅく)す

　

旅館誰相問　　　　旅館 誰か相い問わん　

寒燈獨可親　　　　寒(かん)燈(とう) 独(ひと)り親しむ可(べ)し　

一年將盡夜　　　　一年 将(まさ)に尽(つ)きんとするの夜　

萬里未歸人　　　　万里 未だ帰らざる人　

寥落悲前事　　　　寥(りょう)落(らく)として 前事(ぜんじ)を悲しみ　

支離笑此身　　　　支離(しり)として 此の身を笑う　

愁顏與衰鬢　　　　愁顔(しゅうがん)と衰(すい)鬢(びん)と　

明日又逢春　　　　明日(みょうにち) 又 春に逢う　

 

【語釈】

寒燈…冬の夜の灯。寥落…落ちぶれた様。前事…今までの人生で起こったこと。支離…ちぐはぐなこと。愁顏…愁いに満ちた顔。衰鬢…苦労や老年のために艶を失った、又は薄くなった髪の毛

 

＜参考＞高適詩　「除夜作」

「旅館寒燈獨不眠　客心何事轉悽然　故郷今夜思千里　霜鬢明朝又一年」

 

（三体詩）

 

★唐　戴叔倫　 　汝南別董校書　　       汝(じょ)南(なん)にて董(とう)校書(こうしょ)に別る　　　

 

擾擾倦行役　　　　擾々(じょうじょう)たる行役(こうけき)に倦(う)み　

相逢陳蔡間　　　　相(あい)逢(あ)う　陳(ちん)蔡(さい)の　

如何百年內　　　　如何(いかん)ぞ　百年の内　

不見一人閑　　　　見ず　一人(いちにん)の閑(かん)

對酒惜餘景　　　　酒に対して　余景(よけい)を惜しみ

問程愁亂山　　　　程(てい)を問いて　乱山(らんざん)を愁(うれ)う　

秋風萬里道　　　　秋風(しゅうふう)万里(ばんり)の道　

又出穆陵關　　　　又穆(ぼく)陵関(りょうかん)を出ず　

 

【語釈】

汝南…中国河南省駐馬店市の県。校書…校書郎、秘書を校堪することを司る官。擾擾…ごたごたしたさま。行役…仕事としての旅行。相逢…出会う。陳蔡間…陳と蔡の間だ(孔子が難儀したところ)。餘景…残っている光。程…道のり。亂山…不揃いに連なっている山々。穆陵關…山東省青州府にあった関所。

 

（三体詩）

 

　

 

★唐　司(し)空(くう)曙(しょ)　　 江村即事　　　         江村(こうそん)即事(そくじ)　

 

釣罷歸來不繋船　　　釣を罷(や)め帰り来たりて 船を繋がず

江村月落正堪眠　　　江村 月落ちて 正に眠るに堪えたり

縱然一夜風吹去　　　縱(たと)然(い) 一夜 風吹きて去るとも

只在蘆花淺水邊　　　只 蘆花の浅水(せんすい)の辺に在らん

 

【語釈】

江村…川辺の村。縱然…たとえ…であろうとも。吹去…吹き飛ばす。去……動詞の後に附いて、動作が遠ざかる、持続する感じを表す。…しさる。只在…ただ…にあるだけ。淺水…浅瀬。

 

〔三体詩〕

 

★唐　司空曙　　 徑廃寶光寺　　　　     廃せる寶光寺を経(ふ)

 

黃葉前朝寺　　　黄葉 前朝の寺

無僧寒殿開　　　僧無くして 寒(かん)殿(でん)開く

池晴龜出曝　　　池は晴れて 亀出でて曝(ばく)し

松暮鶴飛迴　　　松は暮れて 鶴飛び迴(め)ぐる

古井碑橫草　　　古井(こせい) 碑(ひ)は草に橫わり

陰廊畫雜苔　　　陰廊(いんろう) 画(が)は苔(こけ)を雜(ま)じう

禪宮亦銷歇　　　禅宮 亦た銷歇(しょうけつ)す

塵世轉堪哀　　　塵(じん)世(せい) 転た哀れむに堪えたり

 

【語釈】

寶光寺…則天武后のときに長安に作られ、安史の乱で破壊された寺、詳細不明。寒殿…ひっそりとした寺。曝…甲羅干しをする。古井…古い井戸。陰廊…暗い廊下。銷歇…憩う、終わりになる。塵世…俗世間

 

（三体詩）

 

★唐　司空曙　　 題江陵臨沙驛樓 　      江陵の臨沙(りんさ)の駅楼に題す

 

江天清更愁　　　江天 清く更に愁う

風柳入江樓　　　風柳 江楼に入る

雁惜楚山晚　　　雁は 楚山(そざん)の晚を惜しみ

蟬知秦樹秋　　　蝉は 秦樹(しんじゅ)の秋を知る

淒涼多獨醉　　　淒(せい)涼(りょう)として 独酔(どくすい)多く

零落半同遊　　　零落(れいらく)として 同遊を半ばにす　

豈復平生意　　　豈(あ)に復(ま)た 平生(へいぜい)の意

蒼然蘭杜洲　　　蒼然(そうぜん)たり蘭(らん)杜(と)の洲(しゅう)

 

【語釈】

江陵…湖北省江稜。臨沙驛…江稜府に属する宿場。江天…長江と空。風柳…風にそよぐ柳。淒涼…物寂しい、痛ましい。零落…木の葉の散ること、ここでは落ちぶれること。同遊…かつての友人。豈復…反語。平生意…かつて思っていたこと。蒼然…日暮れの薄暗いさま。蘭杜…蘭と杜若、共に香草。

 

（三体詩）

 

★唐　司空曙　　 雲陽館與韓紳宿別　　　 雲(うん)陽(よう)の館にて韓(かん)紳(しん)と宿別す

 

故人江海別　　　故人と 江海に別れ

幾度隔山川      幾度(いくたび)か 山川を隔つ

乍見翻疑夢　　　乍(たちま)ち見(まみ)えて 翻(かえ)って夢かと疑い

相悲各問年　　　相い悲しみて 各々の年を問う

孤燈寒照雨　　　孤燈 寒くして 雨を照らし

深竹暗浮煙      深竹 暗くして 煙を浮かぶ

更有明朝恨　　　更に 明朝の恨み有れば

離杯惜共傳　　　離杯 共に伝うるを惜しまんや

 

【語釈】

雲陽…陝西省涇陽県の西北部。韓紳…韓升卿ともいう、不詳。宿別…旅館に泊まって別れの宴を張る。故人…古くからの友人、韓紳のこと。江海…長江と海、都を離れた地…江湖。幾度…何度も、遙かに。乍…突然に、不意に。翻…反対に、事実とは逆に。孤燈…一つだけともっている灯火。深竹…深い竹藪。浮煙…軽やかなもや。更有…その上。離杯…別れの坏。共傳…互いに取り交わすこと。

 

（　唐詩三百首）

 

★唐　司空曙　　 喜外弟盧綸見宿　　　　 外弟盧綸の宿せらるるを喜ぶ

 

靜夜四無鄰　　　静夜 四(よも)に鄰(となり)無く

荒居舊業貧　　　荒居(こうきょ) 旧業(きゅうぎょう)貧し

雨中黃葉樹　　　雨中 黃葉の樹

燈下白頭人　　　燈下 白頭の人

以我獨沈久　　　我の独り沈むこと 久しきを以って

愧君相見頻　　　君の相見るの 頻(しきり)なるに愧ず

平生自有分　　　平生 自(おのずか)ら分有り　　　

況是蔡家親　　　況んや是れ 蔡家(さいけ)の親なるをや

 

【語釈】

外弟…自分より年少のいとこ。盧綸…詩人、作者と共に、大歴の十才子と称された。四無鄰…四方に隣り合う家がないこと。荒居…あばらや。舊業…古くからの財産。沈…おちぶれていること。相見…訪れる。平生…昔から。分…身分。況是…まして～なのだから。蔡家親…（前漢の）蔡家にも比すべき権力者の親戚。

 

（唐詩三百首）

 

★唐　司空圖(しくうと)　　 修史亭　　　           修史亭(しゅうしてい)　

烏紗巾上是青天　　　烏紗巾上(うさきんじょう) 是(こ)れ青天

検束酬知四十年　　　検束して知に酬(むく)ゆ 四十年

誰料平生臂鷹手　    誰か料らん平生鷹を臂にして手に　　

挑燈自送佛前銭　　　灯を挑(かか)げて自(みずか)ら仏前の銭を送らんとは

 

【語釈】

修史亭…司空図の亭の名。司空図が山居記に「太悲の像を刻み手て亭を構う。其の右を擬綸といい、其の著す所を志すなり。擬綸の右の亭を修史といい、職むる所を勖むなり」とあり。烏紗巾…隠者のかぶる黒い頭巾。烏巾に同じ。青天…あおぞら。檢束…自分の身を引き締めること。酬知…知は、知己。誰料…反語。料は推量する、予測すること。平生…日ごろ。臂鷹手…四十年の苦労を形容した語。佛前錢…賽銭のこと。

（三体詩）

★唐　司空圖　　 早春 　　              早春

　

傷懷仍客處　　　懷(むね)を傷みて 仍(な)お客(かく)処(しょ)す

病眼却花朝　　　眼を病みて 却って花朝なり

草嫩侵沙短　　　草は嫩(わか)くして 沙を侵して 短かく

冰輕著雨消　　　冰(こおり)は軽くして 雨を著(ちゃく)して消ゆ

風光知可愛　　　風光　愛す可きを知るも

客鬢不相饒　　　容鬢　相い饒(ゆる)さず　　　

早晚丹丘伴　　　早晚 丘(たん)丹(きゅう)の伴(はん)

飛書肯見招　　　書を飛ばして肯えて招かれん

 

【語釈】

傷懷…心を痛めて悲しむこと。客處…故郷を離れて寓居する。却…背くこと。花朝…花咲く朝（旧暦二月十四日ではない）。嫩…草の柔らかいこと。容鬢…旅で寓居するときに衰えた髪。不相饒…勘弁しない。丹丘…仙山の名。

 

★唐　司空曙　　 賊平後送人北歸　　     賊平ぎて後 人の北に帰るを送る

 

世亂同南去　　　世 乱れて 同(おな)じく南に去り

時清獨北還　　　時 清れて 独(ひと)り北に還える

他鄉生白髮　　　他鄉 白髮を生じ

舊國見青山　　　旧国 青山を見る

曉月過殘壘　　　曉(ぎょう)月(げつ) 殘(ざん)塁(るい)を過ぎ

繁星宿故關 　　 繁(はん)星(せい) 故関(こかん)に宿す

寒禽與衰草　　　寒禽(かんきん)と衰(すい)草(そう)と

處處伴愁顏　　　処々 愁顏(しゅうがん)に伴わん

 

【語釈】

賊…安史の乱の賊軍？。時清…世情がすっかり安定する。舊國…故郷。殘壘…荒れ果てたとりで。繁星…多くの星。故關…古い関所。愁顏…愁いに満ちた顔。

 

（唐詩三百首）

 

★唐　司空圖　   下方　　　             下方(かほう)

　

三十年來往　　　三十年 來往す　　

中間京洛塵　　　中間 京洛(けいらく)の塵

倦行今白首　　　行に倦みて今 白首

歸臥已清辰　　　帰臥して 已に清辰

坡暖冬生筍　　　坡(は)は暖くして 冬にも筍(たけのこ)を生じ

松涼夏健人　　　松は涼しくして　夏 人を健(すこやか)にす

更慚徵詔起　　　更に慚(は)ず 徵(ちょう)詔(しょう)せられて起つを　

避世迹非真　　　世を避くるも　迹(ま)た真に非(あ)らず

 

【語釈】

下方…山の麓の下の方。京洛…長安と洛陽。歸臥…隠棲。白首…白髪頭。清辰…清らかな朝、すがすがしい心。坡…つつみ。徵詔…勅命を受けて仕官すること。

 

（唐詩三百首）

 

★唐  王(おう)建(けん)　　　 望十五夜月　　　　     十五夜月を望む　　　　

 

中庭地白樹棲鴉　　　中庭 地白くして 樹に　鴉 棲(す)み

冷露無聲濕桂花　　　冷露 声無く 桂花を湿おす

今夜月明人盡望　　　今夜 月明(げつめい) 人 尽(ことごと)く望むも

不知秋思在誰家　　　知らず秋思(しゅうし)の 誰が家にか在る

 

【語釈】

望月 … 月を眺めて楽しむこと。中庭 … 母屋の正面にある庭。棲 … ねぐらにつく。露 … 冷やかな露。桂花 … 木犀の花。秋思 …秋の思いにふけっている人。

 

（唐詩選）（秋の詩100選）

 

関連詩句

　「中庭地白瀉蟾光，湛露零零桂子香。」（明·陳善）

　「中庭地白樹影倒，始知鄰桂和秋老。」（明末淸初·彭孫貽）

　「洗兵佇待靖遐壤，冷露無聲奏凱旋。」（淸·弘曆）

「掃愁亦是添愁者，冷露無聲桂影鶱。」淸·弘曆）

　「今夜月明何處宿，九疑雲盡碧參差。」（唐·許渾）

　「庭柏飛霜陵漏永，可憐今夜月明中。」（宋·蔡襄）

 

★唐　張(ちょう)喬(きょう)　　 送友人往宜春　　　     友人往宜春(おうぎしゅん)を送る　　

 

落花兼柳絮　　　落花 柳絮(りゅうじょ)を兼ね　　　

無處不紛紛　　　処として紛々(ふんぷん)たらざるは無し

遠道空歸去　　　遠道(えんどう) 空しく帰り去り

流鶯獨自聞　　　流鶯 独自(ひとり) 聞く

野橋喧碓水　　　野橋 碓(うす)に喧(かまび)すしき水

山郭入樓雲　　　山郭 楼に入る雲

故里南陵曲　　　故里 南陵の曲(くま)

秋期更送君　　　秋期 更に君を送る

 

【語釈】

紛紛…一面に乱れ飛ぶさま。遠道…遙かな道。流鶯…流れ飛ぶ鶯の声。野橋…野原の中の橋。獨自…ひとり、二字でひとり、と読む。碓…ここでは水の流れを利用して突く碓。山郭…山の街。故里…故郷。南陵…安徽省南陵県。曲…一部落。秋期…秋賦（地方より，科挙に人を送ること）。

 

（三体詩）

 

★唐　張(ちょう)均(きん)　　　岳陽晚景　　　         岳(がく)陽(よう)の晚景(ばんけい)

 

晚景寒鴉集　　　晚景 寒(かん)鴉(あ) 集まり

秋風旅雁歸　　　秋風 旅(りょ)雁(がん) 帰る

水光浮日去　　　水光 日を浮べて去り

霞彩暎江飛 　　 霞(か)彩(えい) 江に映(は)えて飛ぶ

洲白蘆花吐　　　洲(す)は白くして 蘆花を吐き

園紅柿葉稀　　　園は紅(くれない)にして 柿(しょう)葉(よう)稀なり

長沙卑濕地　　　長沙(ちょうさ)は 卑湿(ひしつ)の地

九月未成衣　　　九月 未だ衣成らず

 

【語釈】

寒鴉 … 冬のからす。旅雁 … 旅の雁。霞彩 … 夕焼け雲の美しい彩り。江…長江。洲 … 中洲。蘆花 … 蘆の花。園 … 庭園の中。長沙 …湖南省長沙市。卑湿 … 土地が低くて湿気が多いこと。未成衣 … 冬着の支度がまだできていない。

 

（唐詩選）

 

★唐　張(ちょう)敬(けい)忠(ちゅう)　 邊詞　　　　         辺(へん)詞(し)　　

 

五原春色舊來遲　　　　五原の春色　旧来(きゅうらい)遅し

二月垂楊未挂絲　　　　二月 垂(すい)楊(よう) 未だ糸を挂(か)けず

即今河畔冰開日　　　　即今(そくこん) 河畔 氷開くの日

正是長安花落時　　　　正に是れ 長安 花落つるの時

 

【語釈】

辺詞…辺境を詠んだ詩。五原…関内道塩州にある町の名。現・陝西省西北部で、寧夏回族自治区と内蒙古自治区との接点近くの地で現・定辺。春色…春景色。旧来…もともと、昔から。二月…陰暦二月で、春も盛りのころ。掛糸…芽を吹いたしだれ柳の枝が垂れ下がること。即今…ただいま。正是…ちょうど……である。

 

（唐詩選）

 

★唐　張載(ちょうさい)　　　土牀 　　　          土牀(どしょう)　　　　　

 

土牀煙足紬衾暖　　　土牀(どしょう) 煙 足りて 紬(ちゅう)衾(きん)暖かに

瓦釡泉乾豆粥新　　　瓦釡(がふ) 泉 乾(かわ)きて 豆(とう)粥(しゅく)新たなり

萬事不思溫飽外　　　万事 思わず 温飽(おんぽう)の外(そと)

漫然清世一閒人　　　漫然(まんぜん)たる清(せい)世(せい)の一(いち)閑人(かんじん)

 

【語釈】

土牀…土を塗り重ねて作った炬燵のような暖房具。紬衾…紡いで作った掛け布団。瓦釡…瓦で作った釜。豆粥…豆がゆ。溫飽…暖かい衣服を着て十分に食べる不自由のない喩、飽食暖衣。漫然…とりとめの無いさま。清世…上手く収まった世の中。

 

（聯珠詩格）

 

★唐　張(ちょう)籍(せき)　　　感春　　             春を感ず

 

遠客悠悠任病身　　　遠客(えんかく) 悠々として 病身に任す

誰家池上又逢春　　　誰が家の池上にか 又春に逢わん

明年各自東西去　　　明年 各自 東西に去らば

此地看花是別人　　　此の地 花を看るは 是れ別人ならん

 

【語釈】

遠客…故郷を遠く離れた旅人。悠悠…うれえるさま。池上…池のほとり。

 

(三体詩)

 

★唐　張(ちょう)籍(せき)　　 哀孟寂　　　          孟(もう)寂(じゃく)を哀(かな)しむ

 

曲江院裏題名處　　　曲(きょく)江院(こういん)裏(り) 名を題せし処

十九人中最少年　　　十九人中 最少年

今日風光君不見　　　今日 風光 君 見えず

杏花零落寺門前　　　杏花 零落す 寺門の前

 

【語釈】

孟寂…不詳、進士合格同期生？。曲江院裏…慈恩寺、科挙及第者は，曲江で宴を開き、慈恩寺大雁塔に名を記する習慣があった。風光…景色。零落…凋んで落ちる。

 

（三体詩）

 

 

★唐　張籍　　　逢賈島　　　　        賈(か)島(とう)に逢う

 

僧房逢着欵冬花　　　僧房に逢着す 欵(かん)冬(とう)花(か)

出寺行吟日已斜　　　寺を出て 行吟すれば 日は已に斜めなり

十二街中春雪遍　　　十二街中 春雪遍(あまね)く

馬蹄今去入誰家　　　馬蹄 今去りて 誰が家に入らん

 

【語釈】

賈島…中唐の詩人。「推敲」で名高い。逢着…ばったり会う、｢着｣は助辞。欵冬…ふきの類。十二街…長安城の街道。

（三体詩）

 

★唐　張籍　　　寄李渤　　　          李渤(りぼつ)に寄す

　　

五度溪頭躑躅紅　　　五度溪頭(ごとけいとう) 躑躅(てきしょく)紅なり

嵩陽寺裏講時鐘　　　嵩(すう)陽寺(ようじ)裏(り) 講(こう)時(じ)の鐘

春山處處行應好　　　春山 處々(しょしょ)行きて応(まさ)に好かるべし

一月看花到幾峰　　　一月(いちげつ) 花を看て 幾(いく)峰(ほう)にか到る

 

【語釈】

李渤…中唐の詩人。（？〜831年）。字は澹之。若くして嵩山の少室山に隠棲し、少室山人と号す。五渡溪…嵩山にある渓の名称。躑躅…つつじ。嵩陽寺…嵩陽書院。

 

（三体詩）

 

 

★唐　張籍　　　秋思　　　　          秋思(しゅうし)　　　

洛陽城裏見秋風　　　洛陽(らくよう)城(じょう)裏(り) 秋風を見る

欲作家書意万重　　　家書を作らんと欲すれば 意(おもい) 万(ばん)重(ちょう)

復恐怱怱説不尽　　　復(ま)た恐る 怱々(そうそう) 説いて尽さざるを

行人臨発又開封　　　行人(こうじん) 発するに臨みて 又た封を開く

 

【語釈】

城裏…城壁に囲まれた市街の中。家書… 家族へあてた手紙。意万重 …「あれも書きたい、これも書きたい」と、思いが幾重にも重なること。怱怱 … 慌ただしいさま。行人…飛脚。

（唐詩選）

★唐　張(ちょう)南史(なんし)　 春日道中寄孟侍御　　　春日道中孟(もう)侍(じ)御(ぎょ)に寄す

　

春來游子傷歸路　　　春来(しゅんらい) 遊子(ゆうし) 帰路を痛む

時有白雲邀獨行　　　時に 白雲の 独行を邀(むか)える有り

水流亂赴石潭響　　　水流　乱れ赴(おもむ)いて 石潭響き

花發不知山樹名　　　花 發(ひら)いて　知らず　山樹の名

誰家魚網求鮮食　　　誰が家の魚網か 鮮食を求め

何處人煙事火耕　　　何れの処の人煙か 火耕を事とす

昨日已嘗村酒熟　　　昨日 已に村酒の熟するを嘗(な)む

一杯思與孟嘉傾　　　一杯 孟(もう)嘉(か)と傾けんと思う

 

【語釈】

孟侍御…不詳、侍御は官名で御持史のこと。春來…春になると、「來」は助辞。游子…さすらい人。獨行…一人旅。石潭…岩の多い淵。火耕…焼き畑農業。孟嘉…晋の人、酒好きで有名、ここでは、孟侍御をなぞらえたもの。

 

（三体詩）

 

★唐　李(り)華(か)　　　春行寄興　　　　      春(しゅん)行(こう)興(きょう)を寄す　

 

宜陽城下草萋萋　　　宜(ぎ)陽(よう)城下(じょうか) 草 萋々(せいせい)たり

澗水東流復向西　　　澗(かん)水(すい) 東に流れて復(ま)た西に向う

芳樹無人花自落　　　芳樹(ほうじゅ) 人無く 花 自(おのずか)ら落ち

春山一路鳥空啼　　　春山(しゅんざん) 一路 鳥 空しく啼く

 

【語釈】

春行 … 春の行楽。寄興 … 感興を詩に託して述べる。宜陽 … 河南省宜陽県。城下 … 城壁の外、町の郊外。萋萋 … 草が盛んに茂っているさま。澗水 … 谷川の水。芳樹 … 芳しい花の咲いている春の木。無人 … 見る人もなく。花自落 … 花は独りでにはらはらと散っている。春山 … 春の山道。一路 … 一すじに。

 

（唐詩選）

 

 

★唐　李(り)益(えき)　　　従軍北征　　　        軍に従って北征す

天山雪後海風寒　　　天山(てんざん) 雪後 海風寒し

橫笛偏吹行路難　　　橫笛　偏(ひと)えに吹く「行路難(こうろなん)」

磧裏征人三十萬　　　磧(せき)裏(り)　征人(せいじん)　三十万

一時回首月中看　　　一時　首(こうべ)を回(めぐ)らして月中に看る

 

【語釈】

従軍 … 遠征軍に参加すること。北征 … 北方の地を征伐すること。天山 … 新疆ウイグル自治区を横断する山脈。雪後 … 雪が晴れた後。海風 … 青海など西方の湖から吹く風。偏 … しきりに、折悪しく。行路難 … 古楽府の歌曲の名、旅路の苦難を主題とする。磧裏 … 砂漠（ゴビ砂漠）の中。征人 … 遠征の兵士。一時 … いっせいに。回首 … 振り向いて。振り返って。月中 … 月の光の下で。　　（唐詩選）

 

 

★唐　李益　　　婆羅門　　　　        婆(ば)羅門(らもん)　

回樂峰前沙似雪　　　回(かい)楽(らく)峯前(ほうぜん)　沙(すな) 雪に似たり

受降城下月如霜　　　受降(じゅこう)城外(じょうがい)　月 霜の如し

不知何處吹蘆管　　　知らず何れの処にか　蘆管(ろかん)を吹く

一夜征人盡望鄉　　　一夜(いちや)征人(せいじん)　尽(ことごと)く郷(きょう)を望む

 

【語釈】

受降城…初め漢の武帝の時、匈奴の降服を受け入れるため塞外に築いたものであるが、唐の時代に突厥の攻撃を防ぐため再興した。囘樂峯…山西省大同県の西にある山。東受降城の西にあたる。蘆管…胡笳、蘆笛。征人…出征兵士。

（唐詩三百首）

★唐　李益　　　汴河曲　　　　　　    汴河の曲

 

汴水東流無限春　　　汴(べん)水(すい) 東(とう)流(りゅう)す 無限(むげん)の春(はる)

隋家宮闕已成塵　　　隋家(ずいけ)の宮闕(きゅうけつ) 已(すで)に塵(ちり)と成(な)れり

行人莫上長堤望　　　行人(こうじん) 長堤(ちょうてい)に上りて望むこと莫かれ

風起楊花愁殺人　　　風起こりて 楊花　人を愁殺せん

 

【語釈】

汴河・汴水…黄河と淮水とをつなぐ運河。宮闕 … 本来は宮殿の意であるが、ここでは隋帝の離宮を指す。已成塵 … すでに荒廃して塵となってしまった。行人 … 道行く人、旅人。長堤 … 運河沿いに築かれた長い堤。楊花 … 楊柳の花、白い綿毛が飛ぶ。愁殺人 … 見る人を深い悲しみに沈ませる。

 

（唐詩選）

 

 

★唐　李益　　　夜上受降城聞笛　　　  夜 受降(じゅこう)城(じょう)に上りて笛を聞く　

 

入夜思歸切　　　夜に入りて 帰るを思うこと切(せつ)なり

笛聲寒更哀　　　笛声(てきせい) 寒く更に哀(かな)し

愁人不願聽　　　愁人(しゅうじん) 聴くを願わざるに

自到枕前來　　　自(おのずから)ら枕前(ちんぜん)に到り来る

風起塞雲斷　　　風起りて 塞雲(さいうん)断え

夜深關月開　　　夜深くして 関月開く

平明獨惆悵　　　平明 独り 惆悵(ちゅうちょう)す

落盡一庭梅　　　落尽くす 一庭の梅

 

【語釈】

受降城…モンゴル自治区包頭西北の黄河沿岸にあった城塞。枕前…枕元。塞雲…寨に懸かる雲。關月…関所（国境）に懸かる月、関山月。平明…夜明け。惆悵…嘆き悲しむ。

 

（三体詩、「聞笛」戎昱詩）

 

★唐　李益　　　喜見外弟又言別　　    外弟に見(あ)うを喜び又別れを言う

 

十年離亂後　　　十年 離乱の後

長大一相逢　　　長大にして 一たび相い逢う

問姓驚初見　　　姓を問いて 驚き初めて見

稱名憶舊容　　　名を称して旧容を憶う

別來滄海事　　　別来(べつらい) 滄海(そうかい)の事

語罷暮天鐘　　　語を罷(や)みて 暮天の鐘

明日巴陵道　　　明日 巴(は)陵(りょう)の道

秋山又幾重　　　秋山 又 幾重ならん

 

【語釈】

離亂…一族が離ればなれになる戦乱。長大…大人になったこと。一…今、再び。初見…（はっとして）改めて見直す。舊容…昔の姿。別來…離ればなれになって以来。滄海事…変転の甚だしいこと。暮天鐘…夕暮れの空に響く鐘の音。巴陵…湖南省岳陽市。

 

（唐詩三百首）

 

★唐　賈(か)至(し)　　  送李侍郎赴常州　　    李侍郎(りしろう)の常州(じょうしゅう)に赴(おもむ)くを送る　　

 

雪晴雲散北風寒　　　雪晴れ 雲散じて 北風寒し

楚水吳山道路難　　　楚(そ)水(すい) 吳山(ござん) 道路難(かた)し

今日送君須盡醉　　　今日 君を送る 須(すべか)らく酔いを尽くすべし

明朝相憶路漫漫　　　明朝 相憶(おも)わば 路 漫々(まんまん)

 

【語釈】

李 …李白の族叔（同族で父より年少の者）李曄のこと。郎 … 刑部侍郎。雲散 … 雲が散る、李侍郎が去っていくことと掛けている。楚水呉山 … 楚の川と呉の山。須 … 「すべからく～べし」と読み、「ぜひ～する必要がある」「～するべきだ」と訳す。相憶 … 互いに思い偲んでみても。漫漫 … 道路の長く遠いさま。

（唐詩選）

 

 

★唐　賈至　　　西亭春望　　　        西亭の春望　

 

日長風暖柳青青　　　日長く風暖かにして 柳青青　　　

北雁歸飛入窅冥　　　北雁 帰り飛んで 窅(よう)冥(めい)に入る

岳陽城上吹笛聞　　　岳陽城上 吹笛を聞く

能使春心滿洞庭　　　能(よ)く 春心を使(し)して 洞庭に満たしむ

 

【語釈】

日長 … 春の日が長い、昼の間が長いこと。青青… 青々と芽を吹いた。北雁 … 春になって北へ帰っていく雁。岳陽城…岳陽楼、洞庭湖に面している楼。春心 … わが春の愁いを含む思い、ここでは岳陽に左遷されている作者のやるせない思いを指す。

（唐詩選）

 

★唐　賈至　　　春思　其一　　　      春思　其の一

草色靑靑柳色黃　　　草色(そうしょく) 靑々(せいせい)として 柳色黃なり

桃花歷亂李花香　　　桃花 歴(れき)乱(らん) 李(り)花(か)香る

東風不爲吹愁去　　　東風 為に 愁いを吹き去らず

春日偏能惹恨長　　　春日(しゅんじつ)偏(ひと)えに 能(よ)く恨みを惹(ひ)いて長し

 

【語釈】

柳色 … 柳の新芽の色。歷亂…歴乱 … 花がいっぱいに咲き乱れるさま。為 … 私のために。春日 … うららかな春の日。偏 … あいにくと、人の気も知らないで。惹恨 … 深い嘆きを引き起こす、惹は、引きつける、引き起こす。長 … 尽きることがない。

（唐詩選）

 

 

★唐　賈至　　　春思　其の二　　      春思二首 其の二

　　

紅粉当壚弱柳垂　　　紅粉 壚(ろ)に当たれば弱(じゃく)柳(りゅう)垂れ

金花臘酒解酴醿　　　金花の臘(ろう)酒(しゅ) 酴醿(とび)を解く

笙歌日暮能留客　　　笙歌(しょうか)日暮れて能(よ)く客(かく)を留め

酔殺長安軽薄児　　　酔(すい)殺(さつ)す 長安 軽薄(けいはく)の兒

 

【語釈】

紅粉 … 紅白粉おしろい、ここでは紅粉をつけた女。当壚 … 酒場で客の接待をすること、壚は、土を盛りあげて酒甕さかがめを置いたところ。弱柳垂 …しなやかな柳の枝が垂れている。金花 … 黄金色の花、酒の色の形容。臘酒 … 陰暦十二月に醸造された酒。酴醿 … 酒の名、唐代、寒食の日、宮中で百官にこの酒を賜ったという。解 …酒の封を切る。笙歌 … 笙と歌。酔殺 …酔いつぶす、殺は、動詞の下について意味を強める助辞。軽薄児 …品行の悪い若者。

（唐詩選）

 

★唐　柳宗元(りゅうそうげん)　 曹侍御過象縣見寄　 曹(そう)侍御(ぎょし)の象(しょう)県(けん)を過(よぎ)って寄(よ)せられしに酬(むく)ゆ　

 

破額山前碧玉流　　　　破(は)額山前(がくさんぜん) 碧玉(へきぎょく)の流れ　

騒人遥駐木蘭舟　　　　騒人(そうじん)遥(はる)かに駐(とどむ)む 木(もく)蘭(らん)の舟　

春風無限瀟湘意　　　　春風(しゅんぷう)限り無し 瀟湘(しょうしょう)の意(い)　

欲採蘋花不自由　　　　蘋(ひん)花(か)を采(と)らんと欲するも 自由ならず　

 

【語釈】

侍禦…侍御史、皇帝の側に使える役人。象縣…嶺南道柳州の県（広西壮族自治区象州県）。破額山…象県の中の柳江のほとりにある山。碧玉…清く青く澄んでいる喩え。騒人…屈原をはじめとする『楚辞』の世界の人、曹侍御をいう。遥駐…象縣と柳州は、５０kmほど離れている。木蘭舟…木欄で作った船、船の美称。瀟湘…湘水と瀟水の合流しているところ，洞庭湖の南。瀟湘意…曹侍御に逢いたいのだが果たせないこと。蘋花…浮き草の一種の花。

（柳宗元詩集）

 

★唐　柳宗元　　夏晝偶作　　　        夏(か)昼(ちゅう)偶作(ぐうさく)

 

南州溽暑醉如酒　　　　南洲(なんしゅう)の溽暑(じょくしょ) 酔(よ)いて酒の如し

隱几熟眠開北牖　　　　几(き)に隠(よ)って熟眠(じゅくみん) 北牖(ほくゆう)を開く

日午獨覺無餘聲　　　　日(じつ)午(ご)独り覚めて 余声(よせい)無し

山童隔竹敲茶臼　　　　山(さん)童(どう) 竹を隔てて 茶(ちゃ)臼(きゅう)を敲(たた)く

 

【語釈】

○夏晝偶作…夏の昼に、たまたま作った詩。○南州…南国の永州、作者が左遷された先の地。○溽暑…蒸し暑いこと。○酔如酒…（暑熱による）酔いのさまは、酒に酔ったかの如くである。○隠…よりかかる。几…机。○熟眠…熟睡。○北牖…北側のれんじ窓。○日午…正午。○独覚…ひとり目覚める。○餘声…ほかの物音。○山童…山に住む子供。○茶臼…茶の葉をひいて抹茶にするのに用いるひき臼。　（詩詞世界）

 

★唐　柳宗元　 柳州二月榕葉落盡偶題　　　　　

柳州二月榕(よう)葉(よう)落ち尽くして偶々(たまたま)題す　　

 

宦情羇思共悽悽　　　　宦(かん)情(じょう) 羇思(きし) 共に悽々(せいせい)　

春半如秋意転迷　　　　春半(なか)ばなるに秋の如く 意(い) 転(うた)た迷う　

山城過雨百花尽　　　　山城(さんじょう)の過(か)雨(う) 百花(ひゃっか) 尽き　

榕葉満庭鶯乱啼　　　　榕(よう)葉(よう) 庭に満ちて鶯(うぐいす)は乱れ啼く　

 

【語釈】

柳州（広西壮族自治区の柳州市）。榕葉…榕樹（あこう）の葉。偶題…たまたま詩をつくる。宦情…役人としての思い。羈思…旅愁、ここでは地方勤めの愁。淒淒…わびしく悲しいさま。意…思い。転…ますます。迷…悲しみ悼む。山城…山あいの町、柳州を指す。過雨…通り雨。

 

（柳宗元詩選）

 

　

 

★唐　柳宗元　　登柳州城樓寄漳汀封連四州

　　　　　　　　　　　柳州の城楼に登りて漳(しょう)汀(てい)封(ほう)連(れん)四州に寄す

 

城上高樓接大荒　　　城上の高楼 大荒(たいこう)に接す

海天愁思正茫茫　　　海天の愁思 正に茫々(ぼうぼう)

驚風亂颭芙蓉水　　　驚風(けいふう)乱れ颭(ゆる)がす芙蓉の水

密雨斜侵薜荔牆　　　密雨斜めに侵す薜荔(へいれい)の牆

嶺樹重遮千里目　　　嶺樹 重りて 千里の目を遮(さえ)ぎり

江流曲似九廻腸　　　江流曲りて九廻(きゅうかい)の腸に似たり

共來百越文身地　　　共に来(きた)る百(ひゃく)越(えつ)文身(ぶんしん)の地

猶自音書滯一鄉　　　猶(な)お自(おのずか)ら音書(いんしょ) 一鄉(いちきょう)に滞(とどこ)おる

 

【語釈】

柳州…広西チワン族自治区に位置する地級市。漳汀封連四州…漳州（現・漳浦）・汀州（現・長汀）・封州（現・封川）・連州（現・連県）の四つの地方、同志の韓秦、韓曄、陳謙、劉禹錫らが左遷された地方名。大荒…中原から遠く離れた所、日月の没する所。・海天…広く大きい空の意。愁思…うれいの心。正…まさしく。茫茫…ぼうっとしてはっきりしないさま。驚風…激しい風。颭…（風が物を）動かす、波立てる。芙蓉…ハスの花。密雨…しげく降る雨。薛茘…オオイタビ。暖地の山地に生ずるクワ科の匍匐性常緑低木。牆…垣根、塀。嶺樹…南嶺の南（嶺南）の木々、嶺々の木々。千里目…遥か彼方までの眺望。江流…川の流れ。曲…曲がり方。九迴腸…何度も曲がりくねった腸。　百越…周代まで江南の浙江省南部、福建省、広東省、広西チワン族自治区からベトナムにいたる地域に住んでいた、諸々の未開民族である百越族の総称。文身…入れ墨。猶自なおまだ。音書…手紙。一鄕…どこかのとある村。

 

（唐詩選　柳宗元詩選）

★唐　柳宗元　　漁翁　　　漁(ぎょ)翁(おう)

 

魚翁夜傍西巖宿　　　魚(ぎょ)翁(おう) 夜 西巖(せいがん)に傍(そ)うて宿(しゅく)し

曉汲清湘燃楚竹　　　曉(あかつき)に 清湘(せいしょう)を汲(く)んで 楚(そ)竹(ちく)を燃(や)く

煙銷日出不見人　　　煙銷(き)え 日出(い)でて 人を見ず

欸乃一聲山水綠　　　欸乃(あいだい)一声(いっせい) 山水(さんすい)綠(みどり)なり

迴看天際下中流　　　天(てん)際(さい)を迴(かい)看(かん)して 中流を下れば

巖上無心雲相逐　　　巖上(がんじょう) 無心 雲 相(あい)逐(お)う

 

【語釈】

漁翁…年取った漁師。傍…よりそう。西巖…西側のいわお。清湘…清らかな湘江（湖南省を貫流する川。）の流れ。楚竹…湘妃竹のこと、楚国に多い篠竹の類で、斑竹ともいう。煙…もや。銷…消える。欸乃…船頭が船をこぐとき調子をあわせて歌う歌、舟歌。迴看…ふり返り見る。天際…水平線の彼方。無心…考えたり意識したりする心がない、自然であること。

（唐詩選）

 

 

★唐　柳宗元　　江雪　　　江(こう)雪(せつ)　　　

 

千山鳥飛絕　　　千山 鳥 飛ぶこと絕え

萬逕人蹤滅　　　万径 人蹤(じんしょう) 滅す

孤舟蓑笠翁　　　孤舟 蓑(さ)笠(りゅう)の翁

獨釣寒江雪　　　独り釣る 寒江の雪に

 

【語釈】

千山…果てしなく連なる山々。萬逕…数多くの径。人蹤…人の通った足跡。孤舟…川に一つだけ見える舟。蓑笠…蓑笠を着ける。寒江…寒々とした川。

 

（柳宗元詩選）（唐詩三百首）

 

 

★唐　柳宗元　　夏初雨後尋愚溪　　　　夏(か)初(しょ)の雨後に愚溪(ぐけい)を尋(たず)ぬ　　

 

悠悠雨初霽　　　　悠々(ゆうゆう) 雨初めて霽(は)れ　

獨繞清溪曲　　　　独(ひと)り繞(めぐ)る 清渓(せいけい)の曲(くま)　

引杖試荒泉　　　　杖を引きて 荒(こう)泉(せん)を試(こころ)み　

解帶圍新竹　　　　帯を解きて 新竹(しんちく)を囲む　

沈吟亦何事　　　　沈吟(ちんぎん) 亦(ま)た何(なに)をか事(こと)とせん　

寂寞固所欲　　　　寂寞(せきばく) 固(もと)より欲する所なり　

幸此息營營　　　　幸いに 此 に営々(えいえい)を息(や)む，

嘯歌靜炎燠　　　　嘯歌(しょうか)して 炎燠(えんいく)を静めん　

 

 

【語釈】

愚溪…湖南省永州市にある川の名、染渓と言ったが柳宗元が愚溪と改めその近くに住んだ。悠悠…時間的に長く、空間的に広く遠いこと。霽…雨がやむこと。引杖…杖をついて。荒泉…荒れた泉。解帶…帯を解いてくつろぐ。沈吟…深く考える、物思いに沈む。寂寞…深い静けさ。幸此…左遷されて此処に住むのを幸いとしている。息…やめる。營營…あくせくして利を求めること。嘯歌…長く詠う。炎燠…内にこもる熱気、心中の俗気。

 

（柳宗元詩選）

 

★唐　柳宗元　　溪居　　　　　　      溪(たに)に居(す)む　　　　

　　

久爲簪組累　　　久しく 簪組(しんそ)の累(わずら)いを為す

幸此南夷謫　　　此(こ)の南夷(なんい)を謫(たく)幸(さいわ)いとす

閑依農圃鄰　　　閑(しずか)に農圃(のうほ)の鄰(となり)に依(よ)り

偶似山林客　　　偶(たまた)ま 山林の客(かく)に似たり

曉耕翻露草　　　曉に耕して 露草(ろそう)を翻(ひるが)えし

夜榜響溪石　　　夜に榜(こ)ぎて 溪(けい)石(せき)を響かす

來往不逢人　　　来往(らいおう)して 人に逢わず

長歌楚天碧　　　長歌(ちょうか)すれば 楚(そ)天(てん)碧(あお)し

 

【語釈】

溪居…愚渓に住む。簪組…中央官僚を指す。南夷…永州。農圃鄰…隣近所の農家。衣…頼る。偶…はからずも。山林客…山に住む隠者。榜…船をこぐ櫂。楚天…南方僻地の空。

 

（唐詩三百首）（柳宗元詩選）

 

 

★唐　裴說(はいえつ)　　　早春寄華下同志　　　　早春 華下(かか)の同志に寄す

正是花時節　　　正に是れ 花時の節

思君寢復興　　　君を思いて寢て復た興(お)く

市沽終不醉　　　市沽(しこ) 終(つい)に酔わず

春夢亦無憑　　　春夢 亦(ま)た憑(たの)む無し

嶽面懸青雨　　　岳面(がくめん) 青雨を懸け

河心走濁冰　　　河(か)心(しん) 濁冰(だくひょう)を走らす

東門一條路　　　東門 一條の路

離恨正相仍　　　離恨(りこん) 正(まさ)に相(あい)仍(よ)る。

 

【語釈】

華下…崋山(五岳の一つで陜西省華陰県の南にある)のほとり。興…起きる。市沽…街で買ってきた酒。憑…人にたのむ。嶽面…崋山の表面。懸…ここでは、雨が簾をかけたように見える。青雨…清い雨。河心…黄河の中央。仍…仍旧、元のまま。

 

（三体詩）

 

★唐　寒山(かんざん)　    詩三百三首 其二 　　        詩三百三首 其の二　　

 

重巖我卜居　　　重巖(じゅうがん)に 我 居を卜(ぼく)す

鳥道絕人迹　　　鳥(ちょう)道(どう) 人迹(じんせき)を絕つ

庭際何所有　　　庭(てい)際(さい) 何の有る所ぞ

白雲抱幽石　　　白雲 幽石を抱く

住茲凡幾年　　　茲(ここ)に住んで 凡(およ)そ幾年

屢見春冬易　　　屢(しばし)ば春冬の易(かわ)るを見る

寄語鍾鼎家　　　語を寄す 鍾(しょう)鼎(てい)の家

虛名定無益　　　虛名定(かなら)ず益無し

 

【語釈】

重巖…重畳たる岩山。鳥道…鳥だけが通う険しい道。庭際…庭先。幽石…物寂しい石。鍾鼎家…富豪や貴族の豪奢の家。

 

（中国詩人選集　５）

 

★唐　寒山　　  詩三百三首　其九　　　　    詩三百三首　其の九　　

 

人問寒山道　　　人 寒山の道を問うも

寒山路不通　　　寒山には 路は通ぜず

夏天冰未釋　　　夏天に 氷未だ釈(と)けず

日出霧朦朧　　　日出ずるも 霧 朦朧(もうろう)たり

似我何由屆　　　我に似るも何に由(よ)りてか届(いた)らん

與君心不同　　　君と心同じからず

君心若似我　　　君の心 若し我に似たれば

還得到其中　　　還(ま)た 其の中に到るを得ん

 

（中国詩人選集　５）

 

 

★唐　寒山　　  詩三百三首 其五十五 　　    詩三百三首 其の五十五　

 

桃花欲經夏　　　桃花 夏を経(へ)んと欲するも

風月催不待　　　風月は催(うなが)して待たず

訪覓漢時人　　　漢時の人を 訪ね覓(もと)むるに

能無一箇在　　　能(よ)く一箇　在る無し

朝朝花遷落　　　朝(ちょう)々(ちょう) 花遷(うつ)りて落ち

歲歲人移改　　　歲々(さいさい) 人移りて改まる

今日揚塵處　　　今日 塵の揚(あ)がる処

昔時爲大海　　　昔時(せきじ) 大海為りき

 

【語釈】

風月…時の移り変わり。

 

（中国詩人選集－５）

 

 

★唐　寒山　　　詩三百三首 其二百九十　　   詩三百三首 其の二百九十 

 

寒山唯白雲　　　寒山 唯だ白雲のみ

寂寂絕埃塵　　　寂々(せきせき)として 埃(あい)塵(じん)を絶す

草座山家有　　　草座(そうざ) 山家に有り

孤燈明月輪　　　孤灯 月(げつ)輪(りん)明らかなり

石牀臨碧沼　　　石牀 碧(へき)沼(しょう)に臨み

虎鹿每爲鄰　　　虎(こ)鹿(ろく) 每(つね)を鄰(りん)を為す

自羨幽居樂　　　自(みずか)ら幽居の楽しみを羨(ねが)い

長爲象外人　　　長(とこし)えに 象外(しょうがい)の人と為らん　

 

【語釈】

寂寂…一切の動きのない静寂の世界。草座…草で作った座布団。孤灯…ここでは月のこと。石牀…石のソファー。象外…現象を越えた高尚な世界。

 

（中国詩人選集　５）

 

★唐　寒山　　  詩三百三首　其二百二十六　　詩三百三首　其の二百二十六　

 

自樂平生道　　　自(みずか)ら楽しむ 平生(へいぜい)の道

煙蘿石洞間　　　煙蘿(えんら) 石洞の間

野情多放曠　　　野情 放(ほう)曠(こう)多し

長伴白雲閑　　　長(つね)に白雲に伴いて閑(しずか)かなり

有路不通世　　　路に有りて 世に通ぜず

無心孰可攀　　　心無ければ 孰(たれ)か攀(よ)ずべし

石牀孤夜坐　　　石牀(せきしょう)に孤(ひと)り 夜坐(やざ)すれば

圓月上寒山　　　円月 寒山に上る　

 

【語釈】

平生道…平常心、南泉大師「平常心これ道なり」。煙蘿…靄に包まれた林間の蔦。野情…自然人の心。放曠…とらわれることのない自由さ。石牀…石で作った寝床。夜坐…夜坐って沈思黙考すること。

 

 

★唐　鮑溶(ほうよう)　　　隋宮　　　　　隋宮(ずいきゅう)　　

柳塘煙起日西斜　　　　柳塘(りゅうとう) 煙(けむり)起(お)こって 日は西に斜めなり

竹浦風迴鴈弄沙　　　　竹(ちく)浦(ほ)　風回(めぐ)りて 雁(かり) 沙(すな)を弄す

煬帝春遊古城在　　　　煬(よう)帝(だい)の春遊 古城(こじょう)在り

壞宮芳草滿人家　　　　壊宮(かいきゅう)の芳(ほう)草(そう) 人家(じんか)に満(み)つ

 

【語 釈】

隋宮…長安より揚州に渡る隋堤沿いに煬帝が造営した四十余所ある離宮のこと。柳塘…隋堤のこと。煬帝が命じて作らせた運河、通済渠の堤には、多くの柳が植えられた。烟起…もやが生じる。竹浦…揚州の竹西（地名）あたりの川辺。雁弄沙…雁が砂浜に降り立つ様子を詠じた。煬帝…隋二代皇帝。通済渠の工事には情勢も含め百万の民衆が動員され、暴政と非難された。古城…いにしえの城。壞宮…こわれた宮殿。隋宮こと。

（三体詩）

 

★唐　賈(か)島(とう)　　　度桑乾　　桑(そう)乾(かん)を度る　

客舎并州已十霜　　　　客舎(かくしゃ) 并州(へいしゅう) 已に十(じゅっ)霜(そう)　

歸心日夜憶咸陽　　　　帰心(きしん) 日夜(にちや) 咸(かん)陽(よう)を憶(おも)う　

無端更渡桑乾水　　　　端無(はしな)くも更に渡る 桑(そう)乾(かん)の水　

却望并州是故郷　　　　却(かえ)って并(へい)州(しゅう)を望めば 是(こ)れ故郷　

 

【語釈…】

桑乾 …桑乾河、北京の西南を流れ、永定河となる。并州…山西省太原市。客舎…旅ぐらしをする。十霜…十年、「霜」は星霜。帰心…故郷に帰りたいと思う心。咸陽…長安の西北にあり、秦の都があった所、ここでは長安を指す。憶…思い出す。無端…思いがけず。更渡 …更に（桑乾河を）渡って遠方へ行く。却…ふり返って。望…眺める。故郷…住むべき所。

（唐詩選）

 

★唐　賈島　　　三月晦日贈劉評事　　   三月(さんがつ)晦日(かいじつ)　劉評事(りゅうひょうじ)に贈る

三月正當三十日　　　　三月 正(まさ)に当(あ)たる 三十日　

風光別我苦吟身　　　　風光(ふうこう) 我が苦吟(くぎん)の身に 別る　

共君今夜不須睡　　　　君と共に 今夜 睡(ねむ)るを須(もち)いず　

未到曉鐘猶是春　　　　未だ 曉(ぎょう)鐘(しょう)に到らざれば 猶(な)お是(こ)れ 春　

 

【語釈】

晦日…一ヶ月の月末の日、三月晦日は春の最後の日。評事…大理寺（最高裁判所）に属する下級の裁判官。正當…ちょうど～になる。風光…美しい自然のながめ。苦吟…苦心して詩歌を作ること。不須…～に及ばない。もちいず。睡…ねむる。曉鐘曉鐘…黎明を告げる鐘の音。…猶是…なおまだ～だ。

（詩詞世界）

★唐　賈島　　　酬慈恩寺文郁上人 　　  慈恩寺(じおんじ)の文(ぶん)郁(いく)上人(しょうにん)に酬ゆ

 

袈裟影入禁池清　　　袈裟の影は 禁池に入りて清らかなり

猶憶鄉山近赤城　　　猶(な)お憶(おも)う 鄉山(きょうざん)の赤城(せきじょう)に近きを

籬落罅間寒蟹過　　　籬落(りらく)の罅間(かかん) 寒(かん)蟹(かい)過ぎ

莓苔石上晚蛩行　　　莓(まい)苔(たい)の石上 晚蛩(ばんきょう)行く

期登野閣閑應甚　　　野閣(やかく)に登るを期すも　閑(かん)　応に甚(はなはだ)しかるべく

阻宿幽房疾未平　　　幽房(ゆうぼう)に宿るを阻(はば)まれ 疾(やま)い 未だ平かならず

聞說又尋南岳去　　　聞說(きくならく)く 又 南岳を尋ねて去ると

無端詩思忽然生　　　無端(はしなく)くも 詩思(しし) 忽然(こつぜん)として生ず

 

【語釈】

慈恩寺…長安の南東、曲江の当たりにある寺、玄奘三蔵が経を翻訳した寺。文郁上人…不詳。酬…詩を寄せられそれに応える。禁池…禁中の池。鄉山…故郷の山。赤城…天台山の目印である赤城峰。籬落…まがき、かきね。罅間…すきま。寒蟹…寒々とした蟹。莓苔…こけ。晚蛩…晩になくコオロギ。野閣…郊外の高殿。幽房…静かで奥深い部屋。疾未平…いまだ病が治らない。聞說…聞くところによれば。南岳…南方の山。無端…思いがけず。詩思…詩を作ろうと思う心。

 

（三体詩）

 

★唐　賈島　　　 早秋寄題天竺靈隱寺　　早秋 天竺(てんじく)・靈隱寺(れいいんじ)に寄(き)題(だい)す

　　

峰前峰後寺新秋　　　峰前 峰後 寺 新たに秋なり

絕頂高窗見沃洲　　　絕頂の高窓 沃(よく)洲(しゅう)を見る

人在定中聞蟋蟀　　　人は定中(じょうちゅう)に在りて蟋蟀(しつそつ)を聞き

鶴曾棲處挂獼猴　　　鶴の曽て棲みし処 獼猴(びこう)を挂(か)く

山鐘夜渡空江水　　　山(さん)鐘(しょう) 夜渡る 空(くう)江(こう)の水

汀月寒生古石樓　　　汀(てい)月(げつ) 寒く生ず 古石(こせき)の楼

心憶懸帆身未遂　　　心は懸(けん)帆(ぱん)を憶えども 身 未だ遂(と)げず

謝公此地昔年遊　　　謝公(しゃこう)は此の地に 昔年(せきねん)遊ぶ

 

【語釈】

天竺靈隱…天竺寺と靈隱寺、共に浙江省杭州市の西郊の山中にある。寄題…田の地にあって、題材にして詩を作ること。沃洲…山の名、浙江省新昌県の東にある。定中…無念無想の境地。蟋蟀…こおろぎ。獼猴…猿。空江…ひっそりとした川。汀月…岸辺の月。懸帆…帆掛け船。憶懸帆…帆掛け船に乗って尋ねて行きたいと思う。謝公…晉の謝安のこと、初め勧められても出士せず、杭州付近の山中で遊び過ごした。

 

（三体詩）

 

★唐　賈島　　 尋隠者不遇　　         隠者を尋ねて遇わず

 

松下問童子　　　　松下(しょうか) 童子(どうじ)に問うに　

言師採薬去　　　　言う 師は薬を採りに去(ゆ)けり と　

只在此山中　　　　只(た)だ 此(こ)の山中に在らん　

雲深不知處　　　　雲深くして 処(ところ)を知らず　

 

【語釈】

尋隠…隠棲している人。松下…松の木の下。

 

（唐詩選）（唐詩三百首）

 

 

★唐　賈島　　　暮過山村 　　　        暮に山村を過(よ)ぎる

 

數里聞寒水　　　数里 寒(かん)水(すい)を聞く

山家少四鄰　　　山家 四鄰(しりん)に少(まれ)なり

怪禽啼曠野　　　怪禽(かいきん) 曠野(こうや)に啼き

落日恐行人　　　落日に　行人(こうじん)恐る

初月未終夕　　　初月未だ夕を終らず

邊烽不過秦　　　辺烽(へんぽう) 秦を過ぎず

蕭條桑柘外　　　蕭條たり 桑柘の外

煙火漸相親　　　煙火 漸く相い親しむ

 

【語釈】

寒水…寒々とした川の流れ。四鄰…あたり、四辺。怪禽…怪しげな鳥。曠野…荒れ野。行人…旅人。初月…三日月。未終夕…夜を待たずに沈む。邊烽…辺境ののろし。秦…長安地方。蕭條…物寂しいさま。煙火…かまどの炊飯の煙。

 

（『唐詩選』吉川幸次郎）

 

★唐　賈島　　　題李凝幽居　　　　     李凝(りぎょう)の幽(ゆう)居(きょ)に題す

 

閒居少鄰並　　　　閑居 鄰(りん)並(ぺい)少(まれ)に　

草徑入荒園　　　　草径(そうけい) 荒(こう)園(えん)に入る　

鳥宿池邊樹　　　　鳥は宿る 池辺の樹　

僧敲月下門　　　　僧は敲(たた)く 月下の門　

過橋分野色　　　　橋を過(す)ぎて 野(や)色(しょく)を分(わ)かち　

移石動雲根　　　　石を移して 雲根(うんこん)動く　

暫去還來此　　　　暫(しば)らく去りて 還(ま)た此(ここ)に来(きた)り　

幽期不負言　　　　幽(ゆう)期(き) 言(げん)に負(そむ)かず

 

【語釈】

李凝…不詳。李疑ともする。幽居…静かなわび住まい。閒居…静かな住まい。少…まれである。鄰並…隣り合う住まい。草徑…草深い小道、田舎道。荒園…荒れ果てた畑。池邊…池の畔。過橋…橋を渡る。分…分かつ、分け隔てる。野色…野原の景色。雲根…山の高いところ。幽期…奥深い約束。不負…そむかない。

 

（詩詞世界）

 

★唐　賈島　　　暮過山寺　　　　　　   暮に山寺を過(よぎ)ぎる

 

衆岫聳寒色　　　衆岫(しゅうしゅう) 寒色に聳ゆ

精廬向此分　　　精廬(せいろ) 此(ここ)に向(お)いて分かる

流星透疎木　　　流星 疎(そ)木(ぼく)を透(とお)り

走月逆行雲　　　走(そう)月(げつ) 行雲に逆らう

絕頂人來少　　　絶頂(ぜっちょう)　人の来たること少(まれ)に

高松鶴不羣　　　高松(こうしょう) 鶴 郡ぜず

一僧年八十　　　一僧 年八十

世事未曾聞　　　世事(せいじ) 未だ曽て聞かず

 

【語釈】

衆岫…多くの山々。寒色…寂しい景色。精廬…精舎、寺。向…於と同じで場所を示す。疎木…疎らな木立。走月…走るように見える月。世事…俗世間のこと。

 

（三体詩）

 

★唐　賈島　　　送耿處士 　　　　    耿處士(こうしょし)を送る

　

一瓶離別酒　　　一(いち)瓶(ぺい) 離別の酒

未盡即言行　　　未だ尽くさざるに 即ち行かんことを言う

萬水千山路　　　万水 千山の路

孤舟幾日程　　　孤舟 幾日(いくじつ)の程(てい)

川原秋色靜　　　川原(せんげん) 秋色静かに

蘆葦晚風鳴　　　蘆(ろ)葦(い) 晚風鳴(な)る

迢遞不歸客　　　迢逓(ちょうてい)たり 帰らざる客　　

人傳虛隱名　　　人は伝う 虛隱(きょいん)の名

 

【語釈】

耿處士…不詳、處士は官職に就かない在野の人。秋色…秋景色。蘆葦…あし。迢遞…遙かに遠いさま。虛隱…偽の隠者。

 

（三体詩）

 

★唐　韓愈(かんゆ)　　　遊城南十六首　遣興　 城南に遊ぶ十六首　 興(きょう)を遣(や)る　

　

斷送一生惟有酒　　　　一生(いっしょう)を断送(だんそう)するに惟(た)だ酒有るのみ　

尋思百計不如閑　　　　百計(ひゃっけい)を尋思(じんし)するに閑(かん)なるに如(し)かず　

莫憂世事兼身事　　　　憂(うれ)うる莫(な)かれ世事(せじ)と身事(しんじ)とを　

須著人間比夢間　　　　須(すべか)らく人間(じんかん)を著(と)って夢間(むかん)に比すべし　

 

【語釈】

城南…長安の南。遣興…楽しむ。斷送…送る、過ぎてゆく、洗い流す。世事…世の中のこと。身事…身の上のこと。人間…人間世界。著…あらわす。比…ならぞえる。夢間…夢の中の世界。

（漢文大系１１）

 

関連詩句

　「斷送一生消底物，三年光景六篇詩。」（宋·蘇軾）

　「畢竟老天憐老子，幽閒斷送一生心。」（宋·葉茵）

　「終日看山不厭山。尋思百計不如閑。」（宋·週紫芝）

　「好景只供人借看，尋思百計是歸强。」（宋·吳潛）

 

★唐　韓愈　　　左遷至藍關示姪孫湘　 左(さ)遷(せん)せられて藍関(らんかん)に至り姪孫(てっそん)湘(しょう)に示す　　

一封朝奏九重天　　  一封(いっぷう) 朝(あした)に奏(そう)す 九重(きゅうちょう)の天　

夕貶潮州路八千　　　夕べに 潮州(ちょうしゅう)に貶(へん)せらる 路(みち)八千(はっせん)　

欲爲聖明除弊事　　　聖(せい)明(めい)の為に 弊事(へいじ)を除かんと欲す　

肯将衰朽惜殘年　　　肯(あえ)て 衰朽(すいきゅう)を将(もっ)て 残(ざん)年(ねん)を惜しまんや　

雲横秦嶺家何在　　　雲は 秦(はた)嶺(れい)に横たわりて 家 何(いず)くにか在る　

雪擁藍關馬不前　　　雪は 藍関(らんかん)を擁(よう)して 馬前(すす)まず　

知汝遠來應有意　　　知る 汝の遠く来たる 応(まさ)に意(こころ)有るべし　

好収吾骨瘴江邊　　　好し吾 が骨を収めよ 瘴(しょう)江(こう)の辺に　

 

【語釈】

藍關…藍田関、陝西省の藍田県の南にある。姪孫…自分の兄弟の孫。一封…一通の上奏文。「論佛骨表」を奉り、憲宗が仏舎利を宮中に迎えようとしたことに反対した上奏文。封…上奏文、黒い袋に入れて封をしたことからいう。朝…あさに。奏…皇帝に具申する。九重天…ここでは、王宮をいう。夕…夕べに、その日の中。貶…落とす、潮州刺史に左遷されたことをいう。潮州…広東省の東北の沿岸部に位置する。路八千…長安から潮州への道のり、八千里の道程、極めて離れていることをいう。欲爲……のために…したいと思って。聖明…聖明な皇帝をいう。弊事…好くない事がら、仏舎利を宮中に迎えることを指す。肯…あえて…か。反語的に使う。將……をもって。衰朽…老衰する。殘年…余命。秦嶺…長安の南側にあって、東西に横たわる大山脈。・家何在…人家がどこにあろうか。擁…包み込む。馬不前…馬は（降り積もった雪のために）進まない。應…きっと…だろう。有意…意図がある。瘴江…毒気の漂う川。

 

（唐詩選）（漢詩鑑賞事典）

 

 

★唐　韓愈　　　城南十六首 其十三 把酒 　

　　　　　城南に遊ぶ十六首 其十三 酒を把(と)る

 

擾擾馳名者　　　擾々(じょうじょう)として名を馳(は)す者

誰能一日閑　　　誰か能く一日閑なる

我來無伴侶　　　我来りて伴侶無く

把酒對南山　　　酒を把りて南山に対す

 

【語釈】

把酒…酒を飲む。擾擾…ざわざわするさま。馳名…名前を売る。南山…終南山

 

（漢詩大系　１１）

 

 

★唐　韓愈　　　奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠　柳巷

　　　　虢州(かくしゅう)劉給事使君の「三堂新題二十一詠」に和し奉てまつる　柳(りゅう)巷(こう)

 

柳巷還飛絮　　　柳巷 還(ま)た 絮(じょ) 飛び

春餘幾許時　　　春は幾(いくばく)の時を余すを許す

吏人休報事　　　吏(り)人(じん) 事を報ずるを休(や)めよ

公作送春詩　　　公は春を送る詩を作るなり

 

【語釈】

虢州…河南省慮氏県。劉給事使君…韓愈の知人である劉伯蒭、病気の為、中央の激務である給事中を辞めて虢州刺史となった。柳巷…柳のある町。吏人…下級役人。報事…職務上の出来事を報告する。公…劉給事使君

 

（漢詩大系　１１）

 

★唐　韋応物(いおうぶつ)　　登樓寄王卿　　　     楼に登りて王(おう)卿(けい)に寄す　

踏閣攀林恨不同　　　　閣(かく)を踏(ふ)み 林を攀(よ)じて 同じうせるを恨む　

楚雲滄海思無窮　　　　楚雲(そうん) 滄海(そうかい) 思い窮(きわ)まり無し　

數家砧杵秋山下　　　　数家の砧(ちん)杵(きょ) 秋(しゅう)山(ざん)の下(もと)　

一郡荊榛寒雨中　　　　一郡の荊榛(けいしん) 寒(かん)雨(う)の中(うち)　

 

【語釈】

王卿…不明。踏閣…（いくつもの）高殿を踏破する意。攀…よじ登る。恨…（一緒に来なかったことを）残念に思う。楚雲…楚の地方（長江中流域、湖北、湖南一帯）の雲。滄海…あおうなばら、青々とした海。砧杵…砧（きぬた）と杵（きね）。荊榛…イバラとハシバミ。雑木のしげみ、雑木林。寒雨…寒々とした冬の雨。

（唐詩選）

 

 

★唐　韋應物　　滁州西澗　　         滁州(じょしゅう)の西澗(せいかん)　　　

獨憐幽草澗邊生　　　　独(ひと)り憐(あわ)れむ 幽(ゆう)草(そう)の 澗(かん)辺(ぺん)に生ずるを

上有黄鸝深樹鳴　　　　上に 黄鸝(こうり)の 深(しん)樹(じゅ)に鳴く有り

春潮帶雨晩來急　　　　春(しゅん)潮(ちょう) 雨を帶びて 晩来(ばんらい)急なり

野渡無人舟自橫　　　　野(や)渡(と) 人 無く 舟 自(おのずか)ら橫わる

 

【語釈】

滁州…安徽省の滁市。西澗…西側の谷川。憐…いつくしむ.めでる。幽草…奥深い谷に生ずる草。澗邊…谷川の岸辺。黄鸝…朝鮮うぐいす。深樹…生い茂った木々、木々の繁み。春潮…春の日のうしお。晩來…夕暮れになってはじまった。急…流れが急になる。野渡…田舎の舟渡し場。自…自然と。勝手に。橫…横たわっている。

（唐詩三百首）

 

★唐　韋應物　　與村老對飲　　　     村老と対飲(たいいん)す　

鬢眉雪色猶嗜酒　　　　鬢(びん)眉(び)は雪(ゆき)色(いろ)にして 猶(な)お酒を嗜み　

言辭淳朴古人風　　　　言辞(げんじ)は淳(じゅん)朴(ぼく)にして古人の風(ふう)　

鄉村年少生離亂　　　　郷(きょう)村(そん)の年少(ねんしょう)は 離(り)乱(らん)に生れ　

見話先朝如夢中　　　　先朝を話すを見れば 夢中(むちゅう)の如し

 

【語釈】

與…～と。介詞（前置詞）。村老…村の老人。對飲…向かい合って酒を飲む、対酌。鬢眉…びんの毛やまゆ。猶…ちょうど…のようだ。嗜…たしなむ。辭…ことばづかい。淳朴…〔かざりけがなくて、素直。風…すがた。おもむき。鄕村…むらざと。年少…若者。離亂…戦争や自然災害等の混乱のために、家族が離れ離れになること。見話…人々の話すところによると。先朝…以前の王朝。如夢中…夢の中のようだ。

 

（詩詞世界）

 

 

★唐　韋應物　　休暇日訪王侍御不遇   休暇日に王(おう)侍御(じぎょ)を訪ねて遇わず　

九日驅馳一日閑　　　九日(きゅうじつ) 駆馳(くち)して  一日(いちじつ) 閑(かん)なり，

尋君不遇又空還　　　君を尋ねて遇(あ)わず 又空しく還える。

怪來詩思清人骨　　　怪み来たる 詩思の人骨を清くするを，

門對寒流雪滿山　　　寒流(かんりゅう)は門に対して　雪は山に満つ。

 

【語釈】

御…皇帝の側に使える人。驅馳…走り回ること（当時の役人は，９日働き、１日休暇であった）。怪來…あやしむ（「來」は助辞）。詩思…詩を作ろうと思う心。人骨…人

 

★唐　韋應物　　酬柳郎中春日歸揚州南郭見別之作 　

　　　　　　柳郎中(りゅうろうちゅう)が春日(しゅんじつ)揚州に帰らんとし、南郭(なんかく)にて別れらるるの作に酬ゆ

廣陵三月花正開　　　広陵(こうりょう) 三月 花正に開く

花裏逢君醉一廻　　　花(か)裏(り) 君に逢いて 酔(すい) 一廻(いっかい)

南北相過殊不遠　　　南北 相い過(よ)ぎること 殊に遠からず

暮潮歸去早潮來　　　暮潮　帰り去りて 早潮来たる

 

【語釈】

柳郎中…不詳、郎中は各司の長。春日…春ののどかな日。揚州 …江蘇省揚州市一帯。

南郭 … 町の城郭の南側。見 … 「る」「らる」と読み、「～される」と訳す。酬…お返しをする。広陵…揚州。正…ちょうど。花裏…花のもとで。酔一廻…心ゆくまで一度酔いたいものだ。一廻…一度。相過…互いに行き来すること。暮潮…夕暮れに満ちてくる潮。歸去…引いてゆく。早潮…朝に満ちてくる潮。

 

（唐詩選、）

 

★唐　韋應物　　淮上喜會梁川故人　　 淮上(じゅんじょう)にて梁川(りょうせん)の故人(こじん)に喜(き)会(かい)す　

　　　　

江漢曾爲客　　　　江漢(こうかん)に 曾(かつ)て 客(かく)と為(な)り　

相逢每醉還　　　　相(あ)い逢(お)うて 每(つね)に 酔いて還(かえ)る　

浮雲一別後　　　　浮雲(ふうん)  一別の後(のち)　

流水十年間　　　　流水(りゅうすい) 十年の間　

歡笑情如舊　　　　歓笑(かんしょう) 情(じょう) 旧の如きも　

蕭疎鬢已斑　　　　蕭(しょう)疎(そ) 鬢(びん) 已に斑(まだら)なり　

何因不歸去　　　　何に因りてか帰去(ききょ)せざる　

淮上有秋山　　　　淮上に 秋山(じゅうざん)有り　

 

【語釈】

淮上…淮河のほとり江蘇省淮陰一帯。なお、淮河は、華中を流れる河。黄河と長江の間にあって、長江、黄河に次ぎ、中国第三の大河。河南省南端の桐柏山に源を発し、安徽省を流れて、江蘇省の洪沢湖を経て大運河に注ぐ。後世、金と南宋との国境線となった川。梁州…漢中市。故人…旧友。江漢…梁州中の地名、長江と漢水。曽…かつて…したことがある。為……となる。客…旅人。相逢…出逢う。毎…いつも。浮雲…空に浮いて漂っている雲、空に浮く雲のように、遠く離れていて、何の関係もないこと。流水…流れる水、水の流れ、川の水の流れ去って再び帰らないことを謂い、歳月等の時間で一度去れば再び帰らないものを謂う。歓笑…よろこび笑う、うちとけて笑う。情…こころ。蕭疏…木の葉などが落ちてさびしくまばらなさま。鬢…耳ぎわの髪の毛。斑…まだら。斑髪（しらが混じりの髪の毛）の意。

 

 

（詩詞世界）

 

★唐　韋応物　　自鞏洛舟行入黄河即事寄府縣寮友

　　　　　　　　　鞏洛(きょうらく)自(よ)り舟行(しゅうこう)して黄河に入る即事　府県(ふけん)の寮(りょう)友(ゆう)に寄す　

 

夾水蒼山路向東　　　　水を夾(さしはさ)む蒼山(そうざん) 路は東に向むかい　

東南山豁大河通　　　　東南 山 豁(ひら)けて 大河(たいが)通ず　

寒樹依微遠天外　　　　寒樹(かんじゅ) 依微(いび)たり 遠天(えんてん)の外(ほか)　

夕陽明滅亂流中　　　　夕陽(せきよう) 明滅(めいめつ)す 乱流(らんりゅう)の中(うち)　

孤村幾處臨伊岸　　　　孤(こ)村(そん) 幾処(いくどころ)か 伊(い)岸(がん)に臨(のぞ)み　

一鴈初晴下朔風　　　　一(いち)雁(がん) 初(はじ)めて晴(はれ)れて 朔(さく)風(ふう)に下くだる　　

爲報洛橋遊宦侶　　　　為(ため)に報(ほう)ぜよ　洛(らく)橋(きょう)遊宦(ゆうかん)の侶(りょ)

扁舟不繋與心同　　　　扁(へん)舟(しゅう)繋(つな)がず　心と同おなじと　　

 

【語釈】

鞏洛…河南洛陽一帶。即事…その場に触れてその場のことを題材として詩を作ること。蒼山…青く茂った山、青山。豁…からっと開けているさま。寒樹…冬木立、葉の落ちた樹木。依微…ぼんやりとしたさま。遠天外…遙かな空の果て。夕陽…夕日。孤村…ひとつぽつんとある村

伊岸…伊水（河南省にある川）の岸。朔風…北風。洛橋…洛陽にある橋。遊宦…他国に行って役人になった人。侶…友人。扁舟…小舟。不繋…舟のとも綱を解いて流れに任せる。

 

（唐詩選）

 

★唐　韋應物　　寄李儋元錫　　       李儋元(りたんげん)錫(せき)に寄す　　

 

去年花裏逢君別 　　　去年(さくねん) 花裏(かり) 君に逢いて別れ

今日花開又一年 　　　今日(こんにち) 花開いて 又一年

世事茫茫難自料 　　　世事 茫々(ぼうぼう) 自(みずか)らは料(はか)り難(がた)く

春愁黯黯獨成眠 　　　春愁(しゅんしゅう) 黯々(あんあん)として 獨り眠りを成す

身多疾病思田里 　　　身に疾病多く 田里を思い

邑有流亡愧俸錢 　　　邑に流亡有りて 俸(ぼう)銭(せん)を愧ず

聞道欲來相問訊 　　　聞道(きくならく) 来りて相(あい)問(もん)訊(じん)せんと欲すと

西樓望月幾迴圓 　　　西楼(せいろう)に月を望みて幾迴(いくかい)か円(まどか)なる

 

【語釈】

李儋元錫…李儋のこと、字は元錫、韋應物の友人で、甘肅省武威の人。・世事…俗世間の出来事。茫茫…ぼうつとしてとりとめのないさま、広々としてはてしないさま。難自料…自分で予測し難い。春愁…春のもの思い。黯黯…心が暗い、ものがなしい。成眠…寝付く、寝入る。田里…村里。流亡…郷里を離れ他国にさまよう人。俸錢…俸給。聞道…聞くところによると。相…動作が相手におよぶこと。問訊…たずねる。西樓…西側の高殿。幾迴圓…何回、月が満月になったことだろうか、何ヶ月経ったことだろうか。

 

（唐詩三百首）

 

★唐　韋應物　　夕次盱眙縣　　　     夕べに盱眙(くいてい)県(けん)に次(やど)る

　　

落帆逗淮鎮　　　帆を落として 淮鎮(わいちん)に逗(とど)まり

停舫臨孤驛　　　舫(ふね)を停めて 孤駅に臨む

浩浩風起波　　　浩々(こうこう)として 風 波を起こし

冥冥日沈夕　　　冥々(めいめい)として 日 夕べに沈む

人歸山郭暗　　　人帰えりて 山(さん)郭(かく)暗く　

雁下蘆洲白　　　雁下りて 蘆(ろ)洲(しゅう)白し

獨夜憶ｋ　　　独夜 秦関(しんかん)を憶い

聽鐘未眠客　　　鐘を聽きて 未だ眠らざる客(かく)

 

【語釈】

盱眙縣…江蘇省の淮河に臨んだ町。逗…停泊する。淮鎮…淮の畔の町。孤驛…ぽつんとある宿場。浩浩…水などの広大なさま。冥冥…暗いさま。山郭…山辺の村。蘆洲…蘆の繁る中州。秦關…関中の地、長安。

 

（唐詩三百首）

 

★唐　韋應物　　長安遇馮著　　　　　 長安にて馮著(ふうちょ)に遇う

　　

客從東方來　　　客(かく) 東方從(よ)り来たる

衣上灞陵雨　　　衣上灞(は)陵(りょう)の雨

問客何爲來　　　客に問の何(なん)為(すれぞ)れぞ来るやと

采山因買斧　　　山に采(と)るに斧を買うに因(よ)ると

冥冥花正開　　　冥々(めいめい)として 花 正に開き

颺颺燕新乳　　　颺々(とうとう)として 燕 新たに乳(にゅう)す

昨別今已春　　　昨別れ 今已に春にして

鬢絲生幾縷　　　鬢糸 幾縷(いくる)生ず

 

【語釈】

馮著…韋応物の友人であった人物。遇…偶然に会う。客…馮著。灞陵…覇陵、長安の東郊の

地、漢の文帝の墓がある。何爲…なぜ。采山…山でたきぎをとる（隠者）。冥冥…奥深いさま。颺颺…風に吹き上げられ翻るさま。鬢糸…白く乱れたびんの毛。縷…ひとすじ。

 

（唐詩三百首）

 

★唐　韋應物　　聞鴈　　　　         雁(かり)を聞く　　

故園眇何處　　　　故園(こえん) 眇(びょう)として何(いず)れの処ぞ　

歸思方悠哉　　　　帰思(きし) 方(まさ)に悠(ゆう)なる哉(かな)　

淮南秋雨夜　　　　淮(わい)南(なん) 秋雨(しゅうう)の夜　

高齋聞鴈來　　　　高斎(こうさい)に 雁(かり)の来たるを聞く　

 

【語釈】

聞雁…雁の鳴く音を聞きながら、故郷を思う。故園…ふるさと。眇…はるかかなた。帰思…故郷に帰りたいと思う心。方 …まさしく。悠…思う心の果てしないさま。淮南 … 淮水の南、滁州を指す。高斎高楼にある郡斎。郡斎は郡の太守がいる役所。

 

（唐詩選）

 

 

★唐　韋應物　　秋夜寄丘二十二員外　 秋夜(しゅうや)丘(きゅう)二十二員外(いんがい)に寄す　　　　

懷君屬秋夜　　　　君を懷(おも)いて 秋(しゅう)夜(や)に属(ぞく)す 　　　

散步詠涼天　　　　散步 涼天(りょうてん)に詠(えい)ず

山空松子落　 　　 山空(むな)くして 松子(しょうし)落つ

幽人應未眠　　　　幽人(ゆうじん) 応(まさ)に未(いま)だ 眠ざるべし

 

【語釈】

丘二十二…丘は姓、丘丹、二十二は排行。員外…員外郎、長官の補佐役。懐…懐かしく思う。属…ちょうど～にあたる。今ちょうどそのときである。涼天 …秋の涼しい夜空。詠… 詩を口ずさむ。空…人気けがなくて、ひっそりしている様子。松子…松かさ。幽人…俗世間を離れてひっそり暮らしている人、隠者、丘丹を指す。応…「まさに～すべし」と読み、「きっと～であろう」と訳す、強い推量の意を示す。

（唐詩三百首）

★唐　韋應物　　東郊　　             東郊(とうこう)

　　

吏舍跼終年　　　吏舍(りしゃ)に跼(きょく)すること終年

出郊曠清曙　　　郊に出ずれば清曙(せいしょ)曠(むな)し

楊柳散和風　　　楊柳 和風に散じ

青山澹吾慮　　　青山 吾が慮(りょ)を澹(あわ)くす

依叢適自憩　　　叢(そう)に依(よ)りて 適(たま)々(たま)自ら憩い

緣澗還復去　　　澗に緣(よ)りて 還りて復た去る

微雨靄芳原　　　微雨 芳原に靄(あい)たり

春鳩鳴何處　　　春(しゅん)鳩(きゅう) 何れの処にか鳴き

樂幽心屢止　　　幽を楽しみて 心屢々(しばしば)止まるも

遵事跡猶遽　　　事に遵(したが)いて 跡猶お遽(にわか)なり　

終罷斯結廬　　　終(つい)に罷(や)めて斯(ここ)に廬(いおり)を結ばば

慕陶真可庶　　　陶を慕うこと真に庶(ちか)かるべし

 

【語釈】

東郊…東方の郊外。吏舍…官舎。跼…拘束されてのびのびとしないこと。清曙…清らかに晴れた曙。曠…ひろびろとしたさま。和風…なごやかな風。澹…淡い、胸の思いが薄くなる。叢…くさむら。適…おりしも、丁度そのとき。澗…谷川。靄…もやがかかる。芳原…草のにおいの香しい野原。幽…奥深くて物静かなさま。遵事…役人としての勤め。跡猶遽…行動が慌ただしい。罷…官職を辞める。斯…そこで。結廬…陶淵明、「飲酒其の五」。陶…陶淵明。庶…近づく。

 

（唐詩三百首）

★唐　韋應物　　賦得暮雨送李胄　　　 暮雨を賦し得て李胄(いちゅう)を送る

 

楚江微雨裏　　　楚江 微雨の裏(うち)

建業暮鐘時　　　建業(けんぎょう) 暮鐘の時

漠漠帆來重　　　漠々(ばくばく)として 帆の来ること重く

冥冥鳥去遲　　　冥々(めいめい)として 鳥の去ること遅し

海門深不見　　　海門 深くして見えず

浦樹遠含滋　　　浦樹 遠くして滋(うるお)いを含む

相送情無限　　　相い送れば 情(じょう) 限り無く

沾襟比散絲　　　襟(きん)を沾(うるお)して 散(さん)糸(し)に比す

 

【語釈】

賦得…題を与えられて作った詩。李胄…人名、不詳。楚江…昔のその国、洞庭湖のあたりでの長江。建業…南京。漠漠…ぼんやりしているさま、雨で煙っているさま。冥冥…暗いさま、夜の闇がせまっているさま。海門…長江の海に流入するあたりで川幅が狭くなっているところ。深…靄が深い。浦樹…川の岸辺の樹木。散絲…降りしきる雨（『文選』）

 

（唐詩三百首）

 

★唐　韋應物　　初發揚子寄元大校書 　初めて揚子(ようす)を発し元(げん)大校書(だいこうしょ)に寄す

 

悽悽去親愛　　　悽々(せいせい)として 親愛を去り

泛泛入煙霧　　　泛々(はんはん)として 煙霧に入る

歸棹洛陽人　　　帰(き)棹(とう) 洛陽の人

殘鐘廣陵樹　　　残鐘 広陵(こうりょう)の樹(じゅ)

今朝此爲別　　　今朝(こんちょう) 此(ここ)に別れを為し

何處還相遇　　　何れの処にか 還(ま)た相い遇わん

世事波上舟　　　世事(せいじ) 波上の舟

沿洄安得住　　　沿洄(えんかい) 安(いずく)んぞ住(とど)まるを得ん

 

【語釈】

揚子…長江の揚州市と鎭江市の間の渡し。元大…不詳、大は排行で元家の最長年者。校書…校書郎（宮中秘書の校勘を司る）。悽悽…悲哀のさま。親愛…信愛する人。泛泛…（舟の）うかび漂うさま。歸棹…帰って行く舟。廣陵…江蘇省揚州市。還…再び。世事…世間一般のこと。沿洄…流れに沿って下ること。

 

（三体詩　）

 

★唐　韋應物　　幽居　　　            幽居 　　

 

貴賤雖異等　　　貴賤 等(とう)を異にすと雖えども

出門皆有營　　　門を出ずれば 皆 營(えい)有り

獨無外物牽　　　独り 外物の牽く無く

遂此幽居情　　　此の幽居の情を遂(と)ぐ

微雨夜來過　　　微雨 夜来過ぎ

不知春草生　　　知らず 春草の生ずるを

青山忽已曙　　　青山 忽(たちま)ち已に曙(あ)け

鳥雀繞舍鳴　　　鳥雀 舍を繞りて鳴く

時與道人偶　　　時に 道人と偶(ぐう)し

或隨樵者行　　　或いは 樵者(しょうしゃ)に随いて行く

自當安蹇劣　　　自から当に蹇劣(けんれつ)に安んずべし

誰謂薄世榮　　　誰か謂(い)う世(せい)栄(えい)を薄(うす)んずと

　

【語釈】

幽居…俗世間から逃れてひっそりと暮らすこと。貴賤…身分の高い人と低い人。等…等級。階級。出門…我が家を出れば。営…世渡りの営み。独…ただ自分だけは。外物…自分の外にある地位や名誉や財産など。牽…とらわれる。幽居情…隠遁生活の静かでのんびりとした心情。遂…存分に味わっている[h2] 。微雨…小雨。こぬか雨。夜来 …昨夜。不知… ～だろうか。青山…幽居の周囲の）青々とした山。忽…いつの間にか。ふと気がつけば。曙…夜が明ける。鳥雀…雀などの小鳥。舎…小さい粗末な家、ここでは幽居の住まいを指す。繞…まわりを回る。時…時には。道人…道を修行している人。偶…連れ立つ。樵者…きこり。蹇劣…動きが鈍く劣っている人、ここでは世渡りの才能がない人。安…満足する。世栄…俗世における名誉。薄…軽んじる。

（唐詩選）

★唐　韋應物　　寄全椒山中道士　　    全椒(ぜんしょう)山中(さんちゅう)の道士に寄す

 

今朝郡齋冷　　　今朝(こんちょう) 郡(ぐん)斎(さい) 冷やかに

忽念山中客　　　忽(たちま)ち山中の客を念(おも)う

澗底束荆薪　　　澗底(かんてい) 荆(けい)薪(しん)を束ばね

歸來煮白石　　　帰り来たりて白石を煮るならん

欲持一瓢酒　　　一瓢(いっぴょう)の酒を持ちて

遠慰風雨夕　　　遠く風雨の夕を慰めんと欲す

落葉滿空山　　　落葉 空山に満つ

何處尋行跡　　　何れの処にか行跡(ぎょうせき)を尋ねん

 

【語釈】

全椒…安徽省全椒県。郡齋…郡の役所の官舎。山中客…全椒山中道士のこと。澗底…谷底。荆薪…たきぎ。白石…仙人の食べ物とする白い石（晉書…鮑靚伝）。一瓢酒…一椀の酒。

 

（三体詩　）

 

★唐　韓偓(かんあく)　　  尤溪道中　  　        尤溪(ゆうけん)道中(どうちゅう)    

　　

水自潺湲日自斜　　　水は自(おのずか)ら潺湲(せんかん)  日は自(おのずか)ら斜めなり

盡無雞犬有鳴鴉　　　尽(ことごと)く雞犬無くして 鳴(めい)鴉(あ)有り

千村萬落如寒食　　　千村万落(せんそんばんらく) 寒食の如く

不見人煙空見花　　　人煙を見ず 空しく花を見る

 

【語釈】

尤渓…中国福建省三明市の県。道中…旅の途中（で作った詩）。潺湲 …水がさらさらと流れるようす。盡無雞犬…にわとりや犬がまったくいない、軍隊が通過したあとの惨状を表している。有鳴鴉…カラスが鳴いているだけ、死肉を食っている情景を描写している。千村万落 …多くの村落。寒食…冬至の日から数えて百五日目の日のこと、陽暦では四月の初めに当たる、この日を挟んで三日間は火を断ち、煮たきしないで冷たい物を食べる風習があった。人煙 … 人家から立ちのぼる炊事の煙。

 

　（三体詩）

 

関連詩句

　「女几巉巉青插天，東流洛水自潺湲。」（宋·張耒）

「水自潺湲雲自閒，須臾明月出東山。」（元·盧琦）

　「千村萬落花相照，盡日經行錦繡中。」（宋·黄庭堅）

「龍嗔揮水十大餘，千村萬落幾爲魚。」（宋·唐庚）

「亂雲重疊樹髙低，不見人烟只聴雞。」（明·王汝玉）

　「高岸深谷何所有，不見人煙唯陰霾。」（淸·洪繻）

 

★唐　韓偓　　　惜花　　　            花を惜しむ　　

　

皺白離情高處切　　　皺(しゅう)白(はく)の離情 高処より切なり

膩紅愁態靜中深　　　膩(ふ)紅(こう)の愁態 静中に深し

眼隨片片沿流去　　　眼は 片々(へんぺん)の流れに沿いて去るに随い

恨滿枝枝被雨淋　　　恨は 枝々(しし)の雨に淋(そそ)がるるに満つ

總得苔遮猶慰意　　　総て苔の遮えぎるを得て 猶お意を慰さめ

若教泥汙更傷心　　　若し泥をして汙(けが)さしむれば 更に心を傷めん

臨軒一盞悲春酒　　　軒に臨みて一盞(いっさん) 春酒悲しく

明日池塘是綠陰　　　明日 池塘(ちとう) 是れ 綠陰

 

【語釈】

皺白…しわの寄った白、凋みかけた花びら。離情…離別の思い。高処…高い木の枝。膩紅…艶やかな紅色（の花びら）。愁態…深い愁い。一盞…一杯。春酒…冬に仕込んで春に仕上がる酒。池塘…池の堤。

 

（三体詩）

 

関連詩句

　「尋芳休怯春泥滑，明日池塘長綠隂。」（元·鍾虞）

 

★唐　韓翃(かんこう)　　　送齊山人　　　        斉(せい)山人(さんじん)を送る

 

舊事仙人白兔公　　　旧(も)と仙人の白(はく)兔(と)公(こう)に事(つか)う

掉頭歸去又乘風　　　頭(こうべ)を掉(ふ)り帰り去りて 又風に乗(じょう)ず

柴門流水依然在　　　柴門 流水 依然(いぜん)として在り

一路寒山萬木中　　　一路 寒山 万木の中(うち)

 

 

【語 釈】

齊山人…人名　未詳　山人は世を捨てて山に隠れ住む人。白兔公…仙人の名。掉頭…頭をふる、事柄を否定するさま。歸去…ふるさとに帰る。柴門…しばで作った門。寒山…秋から冬にかけてのさびしい山、さむざむとした山。萬木…きわめて多くの木々。

 

(三体詩)

 

関連詩句

　「山中春雨生石田，柴門流水聲濺濺。」（元·郯韶）

　「柴門流水歲將晚，藥裹書籖時自親。」（明·童軒）

　「數聲樵笛人何處，一路寒山晚翠深。」（元·周權）

「一路寒山萬木秋，滿林風雨孤琴夕。」（明·張寧）

 

★唐　韓翃　　　寒食　　　            寒食(かんしょく)　　　

 

春城無處不飛花　　　春(しゅん)城(じょう) 処として 花の飛ばざる無く

寒食東風御柳斜　　　寒食 東風 御柳(ごりゅう)斜めなり

日暮漢宮傳蠟燭　　　日暮 漢宮 蝋燭を伝え

輕煙散入五侯家　　　軽煙 散じて 五侯の家に入る

 

【語釈】

寒食…冬至から百五日目にあたる日の前後三日間は、火をたくことが禁じられ、冷たいものを食べる。春城…春の都市。東風…春風。御柳…宮中のヤナギ。漢宮…漢王朝の宮殿、漢代に借りて、同時代（…唐代）の宮中。軽煙…薄く立ち上る煙。五侯…時の権力者、諸侯を謂う、公・侯・伯・子・男の五等の臣を指す。　

 

 (唐詩選)

 

関連詩句

　「春城無處無歌舞，一曲未終天又明。」（宋·張舜民）

「定許此民同此樂，春城無處不嬉嬉。」（宋·陳造）

　「九逵初旭滿輜軿，寒食東風二月天。」（宋·楊億）

「寒食東風歸去後，尋盟須過蒜山東。」（宋·阮閱）

 

 

 

 

★唐　韓翃　　  酬程延秋夜即事見贈　　程(てい)延(えん)の「秋夜即事」を贈らるるに酬ゆ

 

長簟迎風早　　　長簟(ちょうてん) 風を迎うること早く

空城澹月華　　　空城 月華 澹(あわ)し

星河秋一雁　　　星河 秋 一雁

砧杵夜千家　　　砧(ちん)杵(きん) 夜 千家

節候看應晚　　　節候 看(みすみす)当(まさ)に晚(くる)るなるべし

心期臥亦賒　　　心期 臥すこと亦た賒(おそ)し

向來吟秀句　　　向来(こうらい) 秀句を吟じ

不覺已鳴鴉　　　已に 鳴鴉(めいあ)なるを覚えず

 

【語釈】

程延…人名、不詳。長簟…ながいたかむしろ。空城…人気のいない町。澹…淡い。月華…月の光、月の色。星河…天の川。砧杵…砧のきね、砧の音。千家…多くの家。節候…季節、事項。看…みるみるうちに。晚…終わってしまう。心期…心中に誓いをたてること（返礼の詩を作ろうと決心すること）。向來…さきごろから。秀句…送られた「秋夜即事」。鳴鴉…烏の啼く頃（明け方）。

 

（唐詩三百首）

 

★唐　郭震(かくしん)　　  子夜四時歌六首 其一　 春歌 　

子夜四時歌六首 其の一　春の歌　

 

陌頭楊柳枝　　　陌頭(はくとう)の 楊(よう)柳(りゅう)枝(し)

已被春風吹　　　已に春風に吹かれたり

妾心正斷絕　　　妾(しょう)の心 正に断絶

君懷那得知　　　君が懷(おも)い 那(な)んぞ知るを得ん

 

【語釈】

陌頭 … 道ばた。楊柳 … やなぎ妾 … 女性の一人称代名詞、わたし。懐… 胸のうち。

 

（唐詩選）

 

 

関連詩句

　「昨夜東風入武陽，陌頭楊柳黃金色。」（唐·李白）

　「陌頭楊柳幾春風，當年曾識齊齋面。」（宋·韋奇）

 

 

★唐　貫休(かんきゅう)　　 春山　　　　　        春山(しゅんざん)　

 

重疊太古色　　　重疊(ちょうじょう)たり 太古の色

濛濛花雨時　　　濛々(もうもう)たり 花(か)雨(う)の時

好峰行恐盡　　　好峰 行(ゆくゆ)く 尽きんことを恐れ

流水語相隨　　　流水 語(かた)って 相い従う

黑壤生紅朮　　　黒壤(こくじょう) 紅朮(こうじゅつ)を生じ

黃猨領白兒　　　黃(こう)猿(えん) 白兒(はくじ)を領す

因思石橋日　　　因りて思う 石橋の日

曾與道人期　　　曾(かつ)て 道人と期せしを

 

【語釈】

重疊…たたみのように重なること。濛濛…薄暗いさま。花雨…春雨。黑壤…黒い肥えた土。紅朮…赤い野草。因…従って、そこで。道人…道を身につけた人。○石橋…天台山の景勝の地。期…約束する。

 

（三体詩）

 

★唐　丘爲(きゅうい)　　　左掖梨花　　          左掖(さえき)の梨花(りか)

 

冷豔全欺雪　　　冷(れい)艶(えん)全く雪を欺き

餘香乍入衣　　　余香乍(たちま)ち衣に入る

春風且莫定　　　春風且(しばら)く定まること莫かれ

吹向玉階飛　　　吹いて玉階に向って飛ぶ

 

【語釈】

左掖…宮城の正面の左の小門、門下省の別名。冷艶 …ひややかな美しさ、ここでは白い梨の花の形容。余香…漂ってくるかすかな香り。定…風が吹き止むこと。玉階…玉をちりばめた宮殿のりっぱな階段。

(三体詩)　

 

★唐　熊孺(のうじゅ)登(とう)　　湘江夜泛　　　        湘(しょう)江(こう)に夜泛(うか)ぶ　

江流如箭月如弓　　　江流は箭(や)の如く 月は弓の如し

行盡三湘數夜中　　　行尽くす三湘(さんしょう) 数夜の中(うち)

無奈子規知向蜀　　　奈(いかん)ともする無し 子規(しき)の蜀に向うを知るを

一聲聲似怨春風　　　一声(いっせい) 声は似たり 春風(しゅんぷう)を怨(うら)むに

 

【語釈】

湘江…湖南省を南から北へ横断して洞庭湖に流入する川。泛…舟に乗って浮かぶ。三湘…灘湘、瀟湘、蒸湘で、湘江の流れの全て。無奈…どうしようもない。

 

（三体詩）

 

関連詩句

　「江流如箭路如梯，夜泊龍頭煙靄迷。」（宋·楊汝南）

　「江流如箭石不轉，千古萬古無崩騫。」（ 明·林弼）

　「十六聲中運手輕，一聲聲似自然聲。」（唐·方干）

「窻下草虫相和起，一聲聲似伴愁吟。」（明·胡俨）

 

★唐　王(おう)周(しゅう)　　 宿疏陂驛　　　        疏陂(そは)駅(えき)に宿す

 

秋染棠梨葉半紅　　　秋は棠(とう)梨(り)を染めて 葉半ば紅なり

荆州東望草平空　　　荆州(けいしゅう)を東望すれば 草空(そら)に平かなり

誰知孤宦天涯意　　　誰か知らん孤宦(こかん) 天涯の意

微雨蕭蕭古驛中　　　微雨 蕭々(しょうしょう)古駅の中(うち)

 

【語釈】

疎陂駅 … 宿場の名、所在は不明であるが、詩の内容から荊州（湖北省荊州市荊州区）の西方にあったと思われる。棠梨 …カラナシ。荊州 …湖北省荊州市荊州区。草平空 … 草原が空と一色になって、平らに広がっている。孤宦 … 郷里を離れ、ただ一人役人生活をしていること、宦は、宮廷に仕えること。天涯 …空の果て、非常に遠い所。意 … 私の気持ち。微雨 … 小雨、細雨。瀟瀟 … 雨が物寂しく降る形容。古駅 … 古びた田舎の宿場町、疎陂駅を指す。

 

（唐詩選）（Web漢文大系）

 

関連詩句

　「南山朝雲鳩逐婦，日暮微雨蕭蕭來。」（宋·張耒）

「平沙漫漫人爭渡，微雨蕭蕭客跨鞍。」（宋·陸游）

 

 

★唐　王貞白　  雲居長老 　　　       雲居(うんきょ)の長老

 

巘路躡雲上　　　巘(けん)路(ろ) 雲を躡(ふ)んで上り

來參出世僧　　　来(きた)りて出世の僧に参(さん)ず

松欹半巖雪　　　松は欹(そばだ)つ 半巖(はんがん)の雪

竹覆一溪冰　　　竹は覆(おお)う 一溪(いっけい)の氷

不說有爲法　　　有為(うい)の法を 說かず　　　

非傳無盡燈　　　無尽(むじん)の灯を 伝うるに非(あ)らず

了然方寸內　　　了(りょう)然(ぜん)たり 方寸(ほうすん)の內

應秪見南能　　　応に秪(た)だ 南能(なんのう)に見るべし

 

【語釈】

巘路…山の尾根道。出世僧…俗世を超越した僧（雲居長老）。半巖雪…巌を半ば蔽う雪。有爲法…世間に役立つ法。傳無盡燈…仏教用語、伝灯は仏法を承け伝えること。了然…明らかなさま。方寸…胸。南能…禅宗六祖、大鑑禅師慧能。

 

（三体詩）

 

★唐　王烈　　　塞上曲二首 其二　　　塞上(さいじょう)の曲二首 其の二

　　

孤城夕對戍樓閑　　　　孤城(こじょう) 夕べに 戍楼(じゅろう)に対して閑(しず)かなり　　

迴合青冥萬仞山　　　　迴合(かいごう)す 青冥(せいめい) 萬仞(ばんじん)の山　

明鏡不須生白髮　　　　明鏡(めいきょう) 須(もち)いず 白髮(はくはつ)の生ずるを　

風沙自解老紅顏　　　　風沙(ふうさ)自(おのずか)ら解(かい)す 紅顏(こうがん)の老ゆるを　

 

【語釈】

塞上曲…（西北方面の）とりでのほとり、国境附近の風情の曲。孤城…ぽつんと一つだけの城塞。戍楼 … ものみやぐら。廻合 … とり囲んでいること。青冥 … 青空。万仞 … 山などが非常に高いこと。・明鏡…澄みわたった鏡。須…用いる。風沙 … 風にまきあげられる砂ぼこり。紅顔…若者（の血色のよい顔）。

 

（唐詩選）

 

関連詩句

　「迴合青㝠路欲無，馬蹄盡處出平蕪。」（淸·陳廷敬）

 

★唐　王灣(おうえん)　　　次北固山下 　        北固(ほくこ)山下(さんか)に次(やど)る 　　

 

客路青山外　　　客(かく)路(ろ) 青山の外

行舟綠水前　　　行(こう)舟(しゅう) 緑水の前

潮平兩岸闊　　　潮(うしお)平かにして 両岸闊(ひろ)く

風正一帆懸　　　風正しくして 一(いつ)帆(ぱん)懸(か)かる

海日生殘夜　　　海(かい)日(じつ) 残(ざん)夜(や)に生じ

江春入舊年　　　江春 旧年に入る

鄉書何處達　　　郷書(きょうしょ) 何れの処にか達せん

歸雁洛陽邊　　　帰雁 洛陽の辺(ほとり)

 

【語釈】

次…やどる、泊まる。北固山…江蘇省鎮江の長江河畔に立つ山。客路…たびじ。青山…青々と樹木の茂っている山、ここでは北固山を指す。行舟…行く舟。緑水…深い水や緑樹の映じた水。闊…ひろい。風正…順風であること。一帆懸…一艘の帆掛け船が帆を揚げる、出帆。海日…海上の朝日。残夜…まだ明け切らぬ夜。江春…江南の春。郷書…郷里からのたより、郷里へのたより。帰雁…春、北方に帰る雁、雁書の意も含む。

 

（唐詩三百首）（詩詞世界）

 

参考詩句

　「三千客路青山外，五十光陰白髮餘。」（明·江源）

　「親舍白雲看漸近，行舟緑水去何遲。」（明·謝縉）

　「潮平兩岸風帆穩，穩坐舟中且慢搖。」（明·無名氏）

　「欲問松楸無恙否，鄉書何處託飛鴻。」（明·江源）

　「衡陽自是無來雁，縱有鄉書何處傳」（明·區大相）

 

★唐　祖(そ)詠(えい)　　　終南望餘雪　　　　   終南(しゅうなん)の余(よ)雪(せつ)を望む

 

終南陰嶺秀　　　終南 陰嶺秀いで

積雪浮雲端　　　積雪 雲端に浮ぶ

林表明霽色　　　林表に 霽(せい)色(しょく)明かるく

城中增暮寒　　　城中 暮寒增す

 

【語釈】

終南 …終南山、長安の南にある山の名。餘雪 … 残雪。陰嶺 … 北の峰。林表 … 林外。

霽色 … 雨や雪が止んだあとの空が晴れた風景。城中 … 長安城中。暮寒 … 夕暮れの寒さ。

 

（（唐詩三百首）

 

★唐　祖詠　　　江南旅情　　　       江南の旅情　

　

楚山不可極　　　楚(そ)山(ざん) 極む可(べ)からず

歸路但蕭條　　　帰路 但(た)だ蕭條(しょうじょう)たり

海色晴看雨　　　海色 晴れて雨を看(み)

江聲夜聽潮　　　江声 夜 潮(うしお)を聽く

劒留南斗近　　　劒は南斗に留まりて近く

書寄北風遙　　　書は北風に寄りて遙かなり

爲報空潭橘　　　爲に報ず 空潭の橘

無媒寄洛橋　　　洛橋に寄せんに媒(なかだち)無しと

 

【語釈】

楚山 … 楚の国の山々。蕭条 … 物寂しいさま。海色 … 海の色。江聲…長江の波の音。聴潮 … 潮騒の音に耳をすます。南斗 … 星の名。剣留南斗近 …『晋書』巻三十六、張華伝。書寄北風遥 … 李陵の「蘇武に答うるの書」（『文選』巻四十一）に「時に北風ほくふうに因り、復た徳音ふくいんを恵せよ」（時因北風、復惠德音）とある[h3] 。報 … 返事をする。空潭 … 人気ひとけのないふち。橘 … たちばな。蜜柑の一種。媒 … ここではたよりを伝えてくれる人。洛橋 … 洛陽の町を流れる洛水にかけられた橋。

 

（唐詩選）

 

★唐　祖詠　　　蘇氏別業　　　       蘇(そ)氏(し)の別業　

 

別業居幽處　　　別業 幽処(ゆうしょ)に居(お)る

到來生隱心　　　到来すれば隠(いん)心(しん)を生ず

南山當戶牖　　　南山 戶牖(こよう)に当たり

灃水映園林　　　灃(ほう)水(すい) 園林に映ず

屋覆經冬雪　　　屋は覆わる 冬を経(へ)し雪に

庭昏未夕陰　　　庭は昏(くら)く 未だ夕べならずして陰(かげ)る

寥寥人境外　　　寥々(りょうりょう)たり 人境(じんきょう)の外

閑坐聽春禽　　　閑坐(かんざ)して 春禽(しゅんきん)を聽く

 

【語釈】

蘇氏 … 人名、不詳。別業 … 別荘。幽処 … 奥深い静かな場所。到来 … やってくる。隠心 … 隠遁したいという気持ち。南山 … 終南山。戸牖 … 戸口と窓。灃水 … 終南山のあたりに源を発し、西北に流れて渭水に合流する川。園林 … 木の茂る庭。寥寥 … 空虚なさま。人境 … 人の住んでいる所。閒坐 … のんびりと坐っていること。春禽 … 春の鳥。禽は鳥。

 

（唐詩選）

 

★唐　祖詠　　　汝墳の別業　　　     汝墳(じょふん)の別業

失路農為業　　　路を失いて 農を業と為し

移家至汝墳　　　家…を移して 汝墳に至る

獨愁常廃巻　　　独り愁いて 常に巻を廃し

多病久離群　　　病多くして 久しく群を離る

鳥雀垂窗柳　　　鳥雀 窓に垂るる柳

虹蜺出澗雲　　　虹蜺(こうげい) 澗(かん)を出ずる雲

山中無外事　　　山中 外事無し

樵唱有時聞　　　樵(しょう)唱(しょう) 時有りて聞こゆ

 

【語釈】

汝墳…安徽省阜陽県。別業…別荘。失路…人生行路に行き悩むこと。廃巻…書物を読まなくなった。虹蜺…にじ。澗…谷川。外事…身辺を取り巻く雑事。樵唱…樵の歌。

 

（三体詩）

 

 

　　　

 

★唐　祖詠　　  清明宴司勳劉郎中別業　　　清明に司勳劉郎中(しくんりろうちゅう)の別業に宴す

 

田家復近臣　　　田家にして 復(ま)た近臣

行樂不違親　　　行楽 親(しん)に違(たが)わず

霽日園林好　　　霽(せい)日(じつ) 園林好く　　

清明煙火新　　　清明 煙火新たなり

以文常會友　　　文(ぶん)を以って 常に会友(かいゆう)し　　

唯德自成鄰　　　惟(こ)れ德は自(おのずか)ら鄰(りん)を成す

池照窻陰晚　　　池は照る 窓(そう)陰(いん)の晚

杯香藥味春　　　杯(はい)は香おる 薬味の春

欄前花覆地　　　簷(えん)前(ぜん) 花 地を覆(おお)い

竹外鳥窺人　　　竹外 鳥 人を窺(うか)がう

何必桃源裏　　　何ぞ必ずしも 桃源の裏(うち)

深居作隱淪　　　深居(しんきょ)して 隱淪(いんりん)と作(な)らん

 

【語釈】

司勲劉郎中 … 司勲郎中である劉某。人物については不明。司勲 … 官名、官吏の勲等に関する事務をつかさどる。郎中 …尚書省の六部がそれぞれ四司に分かれ、その各司の長。別業 … 別荘。田家 …田園の別荘。近臣 … 天子のそば近く仕える臣下。行楽 … 遊び楽しむこと。不違親 … 親しい人たちとの付き合いを欠かさない。霽日 … 晴れ渡った今日。園林 … 田園の木々。好 … 新緑が清々すがすがしい。清明 …清明節を迎えて。煙火新 … 新しい火を起こして、煙が立ちのぼっている。以文常会友 … 劉郎中は日頃、文雅の道をもって友人を集める（典故有り）。惟 … 「これ」と読み、文頭または句間において語調を転じて強調する意を示す。鄰 … 仲間。池照 … 池の面は夕日を受けて照り輝く。窓陰 … 宴席の設けられた窓際。薬味春 … 酒に加えた薬草の味によって、春めいた気持ちになる。欄前 … 回廊の手すりの前。花覆地 … 花が地面を覆うように咲き乱れている。竹外 … 竹林の向こうから。鳥窺人 … 小鳥が人の様子を窺うようにして姿を見せる。何必 … 「なんぞかならずしも～ん（や）」と読み、「どうして～である必要があろうか、いやないのだ」と訳す。桃源 …桃源郷。深居 … 深く隠れ住む。隠淪 … 隠れて世に出ないこと

 

（唐詩選）

 

 

★唐　顧況(こきょう)　　  聽角思歸　　　            角(かく)を聴いて帰るを思う　

 

故園黃葉滿靑苔　　　　故園の黄葉 青(せい)苔(たい)に満つ　

夢後城頭暁角哀　　　　夢後(むご) 城頭 曉角(ぎょうかく)哀し

此夜斷腸人不見　　　　此夜 断腸す 人見えざるに

起行残月影徘徊　　　　起ちて行けば 残月 影 徘徊す

 

【語釈】

角…軍中で吹く角笛。故園…故郷の庭園。思帰…望郷の念。黄葉… 黄色い落ち葉。青苔…青い苔。満…（苔の上に）散り敷いている。夢後…夢が覚めたあと。城頭…町の城壁の上から。暁角…暁あかつきの時を告げる角笛。哀…悲しげに鳴り響く。此夜…今宵（の私は）。断腸…非常に悲しい様子。人不見…故郷にいる思う人の姿は夢にさえ出てこなかった。起行 …寝床から起き上がって（庭に）行けば。残月…有明の月。

影…わが影。または、月影。徘徊…行ったり来たりする。

 

（唐詩選）

 

関連詩句

　「故園黃葉三千里，深殿朱欄十二層。」（清·張英）

　「此夜㫁腸聴不得，月明池上鴈還来。」（明·李攀龍）

　「此夜斷腸吟不得，南山又聽鷓鴣啼。」（明·佘翔）

 

 

★唐　顧況　　　湖中　　　　              湖中(こちゅう)　

 

青草湖邊日色低　　　　青草(せいそう)湖(こ)辺(へん)　日(にっ)色(しょく)低く

黄茅瘴裏鷓鴣啼　　　　黄茅(こうぼう)瘴(しょう)裏(り)　鷓鴣(しゃこ)啼く

丈夫飄蕩今如此　　　　丈夫(じょうふ) 飄蕩(ひょうとう)すること今 此の如し

一曲長歌楚水西　　　　一曲の長歌　楚水の西

 

【語釈】

湖中…湖中にて、湖は洞庭湖を指す。青草湖 …一名巴丘湖、洞庭湖の東南部に　瘴疫が広まるので、土地の人はこれを黄茅瘴と呼んだという。飄蕩落ちぶれて流浪すること。今如此…今このような身の上である。一曲…一節ひとふし。長歌…声を長く引き伸ばして歌うこと。楚水西 …楚国の川の西方。

 

（ 唐詩選）

 

関連詩句

「雨昏青草湖邊過，花落黃陵廟裏啼。」（唐末·鄭谷）

「黄茅瘴裏抽身出，青草湖邊鼓棹歸。」（北宋·鄒浩）

「紅梅閣下梅香動，青草湖邊草色新。」（北宋·鄒浩）

　「丈夫飄蕩今如此，一夕秋風白髮生。」（明末清初·宋琬）

　「丈伕飄蕩今如此。更上江樓望江水。」（清初·董元愷）

 

 

★唐　皇甫冉(こうほぜん) 　 曾山送別　　　　　        曽山(そうざん)の送別

 

凄凄遊子苦飄蓬　　　　凄々(せいせい)たる遊子　飄(ひょう)蓬(ほう)を苦(くる)しむ

明月清樽祇暫同　　　　明月 清(せい)樽(そん) 祇(た)だ暫くは同(とも)にせん

南望千山如黛色　　　　南のかた 千山を望めば 黛(たい)色(しょく)の如し

愁君客路在其中　　　　愁(うれ)う 君が客(かく)路(ろ)の 其の中に在るを

 

【語釈】

曾山 … 場所は不明。送別 … 別れていく人を見送る。凄凄 …ここでは落ちぶれて、寂しく辛つらいさま。遊子 … 旅人の君。飄蓬 … 風に吹かれてころがり飛ばされてゆく蓬。清樽 … 清らかな酒をたたえた樽。千山 … 多くの山々。望 … 眺める、遠望する。黛色 … まゆずみの色、かすんで見える遠山の青黒い色に喩える。愁 … 憂愁に閉ざされる思いである。

客路 … 旅路、（君の）行く道。

 

（唐詩選）

 

 

関連詩句

　「杯邀明月清樽滿，簾捲西風畫扇閒。」（明·瞿佑）

「思君明月清樽處，姑篾城頭望眼遲。」（明末清初·項真）

「何當重下陳公榻，明月清樽共倚樓。」（明末清初·宋琬）

　「行行獨出故關遲，南望千山無盡期。」（唐·韓翃）

　「滄江煙渚暮煙收，南望千山樹色秋。」（明·朱胤栘）

 

★唐　皇甫冉(こうほぜん)　　送魏十六還蘇州　　　      魏十六の蘇州(そしゅう)に還えるを送る

 

秋夜沈沈此送君　　　秋夜 沈々として 此(ここ)に君を送る

陰蟲切切不堪聞　　　陰(いん)虫(ちゅう) 切々(せつせつ)として　聞くに堪えず

歸舟明日毗陵道　　　帰舟 明日 毗(び)陵(りょう)の道

迴首姑蘇是白雲　　　首を迴(めぐ)らせば 姑蘇(こそ)は 是(こ)れ白雲

 

【語釈】

魏十六…未詳、十六は排行。清夜…ひっそりとした夜。沈沈…静まりひっそりとしたさま。陰蛩…ひそかに鳴くこおろぎ。切切…悲しいさま。毘陵…現在の江蘇省常州市。囘首…ふりかえり見ること。姑蘇…現在の江蘇省蘇州市。常州市武進区。

 

（唐詩選）（三体詩）(Web漢文大系)

 

関連詩句

「秋夜沈沈玉宇空，蒼髯疏拂桂花風。」（明·蘇葵）

「秋夜沈沈禁漏長，錦筵紅燭對離腸。」（明·周敘）

　「風景蒼蒼多少恨，陰蟲切切不堪聞。」（元末明初·孫蕡）

　「暮雨連陰蟲切切，寒林送響鳥啾啾。」（清·彭孫遹）

 

★唐　皇甫冉　　送普門上人　　            普門(ふもん)上人(しょうにん)を送る　

 

花宮難久別　　　花宮 久しく別るること難(か)たし
道者憶千燈　　　道者 千燈を憶う

殘雪入林路　　　殘雪 林に入る路

深山歸寺僧　　　深山 寺に帰る僧

日光依嫩草　　　日光 嫩(どん)草(そう)に依り

泉響滴春冰　　　泉響 春冰(しゅんぴょう)に滴(したた)たる

何用求方便　　　何ぞ用いん 方便を求むることを

看心是一乘　　　心を看る 是れ一乗る

 

【語釈】

普門上人…未詳。花宮…寺院のこと。燈…ここでは法灯。嫩草…やらわかい若草。何用…不要である､反語。方便…俗人を説くために仏法の本質にかかわりないことを適宜応用すること。乘…仏の教法。

 

（三体詩）

 

 

★唐　皇甫冉(こうほぜん)　　秋日東郊作 　　　         秋(しゅう)日東郊(じつとうこう)の作

 

閑看秋水心無事　　　閑(かん)に秋水(しゅうすい)を看て 心 無事なり

臥對寒松手自栽　　　臥(ふ)して 寒松の 手 自(みずか)ら栽(う)えしに対す

廬嶽高僧留偈別　　　廬(ろ)岳(がく)の高僧 偈を留めて別かれ
茅山道士寄書來　　　茅山(ぼうざん)の道士 書を寄せて来(きた)る

燕知社日辭巢去　　　燕は社日を知りて 巣を辞して去り

菊爲重陽冒雨開　　　菊は重陽の為めに 雨を冒(おか)して開く

淺薄將何稱獻納　　　淺薄 何を将って 獻納と称せん

臨岐終日自徘徊　　　岐に臨みて 終日 自(みずか)ら徘徊す

 

【語釈】

閑…のんびりとしたさま。廬嶽…江西省九江の南にある山，名刹、東林山がある（ここでは、高僧に付いての修飾語）。茅山…江蘇省句容県の南にある山、ここでは、道士についての修飾語。社日…土地の神を祭る日、春社、秋社の二回がある。獻納…補闕、拾遺の官にあるもの。臨岐…分かれ道にくる、如何にすべきかまようこと。

 

（三体詩）

 

関連詩句

　「閑看秋水思飄然，蘊括洪纖一掬天。」（明·蘇葵）

 

 

★唐　項斯(こうし)　　　宿山寺　　                 山寺に宿る

　

栗葉重重覆翠微　　　栗(りつ)葉(よう) 重々(ちょうちょう) 翠微(すいび)を覆い

黃昏溪上語人稀　　　黃昏 溪上 語人(ごじん)稀なり

月明古寺客初到　　　月は古寺に明るく 客 初めて到り

風度閑門僧未歸　　　風は閑門を度りて 僧 未だ帰らず

山果經霜多自落　　　山果 霜を経て 多く自(おのずか)ら落ち

水螢穿竹不停飛　　　水螢 竹を穿(うが)ちて　飛ぶを停めず

中宵能得幾時睡　　　中宵 能く 幾時か 睡ることを得んや

又被鐘聲催著衣　　　又　鐘声に 著(ちゃく)衣(い)を催(うなが)さる

 

【語釈】

○重重…重なり合うさま。○翠微…緑色をした山の中腹。○黃昏…夕暮れ。○閑門…火との出入りの少ない門。○初…～したばかり。○山果…山の木の実。○穿…くぐり抜ける。○中宵…真夜中。

 

(三体詩)

 

関連詩句

　「水自潺湲月自明，黄昏溪上几回行。」（明·韓永）

　「黄昏溪上寂無喧，漁艇歸来競後先。」（明·孫詢）

　「月明古寺巳黄昏，孤笛聲傳自遠村。」（明·文嘉）

　「月明古寺客初到，睡覺東牕日已紅。」（明·朱樸）

　「古琴帶月音聲亮，山果經霜氣味全。」（五代·伍喬）

「山果經霜欲熟時，苞如刺蝟碧參差。」（明·楊榮）

 

 

★唐　羊士諤(ようしがく)　　郡中即事　　　             郡中(ぐんちゅう)即事(そくじ)

 

紅衣落盡暗香殘　　　紅衣 落尽くして　暗香残る

葉上秋光白露寒　　　葉上の秋光 白露寒し　　　

越女含情已無限　　　越女　情を含むこと　既に限り無し

莫教長袖倚欄干　　　長袖(ちょうしょう)をして　欄干に倚(よ)らしむる莫(な)かれ

 

【語釈】

紅衣 … 蓮の赤い花びら。暗香 … どこからともなく漂ってくるかすかな香り。葉上 … 丸く大きな蓮の葉の上。秋光 … 秋の光。白露 … 露の美称。しらつゆ。寒 … 寒々と輝いている。越女 … 越（今の浙江省）の国の女。越の国は美人の産地といわれた。含情 … 感情をおさえて胸の中にしまっておき、そぶりでそれとなく表すこと。已無限 … （愁いが）もはや限りないほど深い。長袖 … 長い舞の袖、舞衣…嬌艶なるさまをいう。闌干 … 欄干。

 

（唐詩選）

 

★唐　羊仕諤(ようしがく)　　西郊蘭若　　　　           西郊の蘭(らん)若(じゃく)　　

 

雲天宜北戸　　　雲天 北戸に宜しく

塔廟似西方　　　塔(とう)廟(びょう) 西方に似たり

林下僧無事　　　林下 僧は事無く

江清日正長　　　江は清く 日は正(まさ)に長し

石泉盈掬冷　　　石(せき)泉(せん) 掬(すくい)に盈(み)ちて冷たく

山實満枝香　　　山(さん)実(じつ) 枝に満ちて香る

寂寞傳心印　　　寂寞(せきばく) 心印を伝え

無言亦已忘　　　無言 亦(ま)た已に忘る

 

【語釈】

西郊…秋の野原。蘭若…寺。雲天…雲のたなびく空。北戸…北側の戸。西方…西方浄土。石泉…石清水。寂寞…ひっそりとして物寂しさ間。心印…仏教用語、心は仏心、印は印可・印定。無言…仏教で言う「言葉無し」

 

 

★唐　羅隱(らいん)　　  偶興　　　                 偶(ぐう)興(きょう)　　

 

逐隊隨行二十春　　　隊を逐(お)い行(こう)に随いて 二十春

曲江池畔避車塵　　　曲(きょく)江(こう)池畔(ちはん) 車塵を避く

如今贏得將衰老　　　如今贏(か)ち得たり 衰老を将って

閑看人間得意人　　　閑(しずか)に看る 人間得意の人

 

【語釈】

偶興…興に乗じて偶々作った詩。逐隊隨行…多くの人が科挙の試験に挑戦し、作者自身も進士及第を目指したことをいう。二十春…二十年。曲江池畔…曲江池は、池の名称。漢の武帝が都の長安（現在の陝西省西安市）に宜春苑をつくり、水流が之（し）の字の形に曲折しているので名付けた。現在、周辺は西安曲江池遺跡公園となっている。曲江の杏園では、進士に及第した者のために宴が催された。避車塵…曲江の杏園に向かう車の塵。作者は生涯及第することがなかった。如今…いま。現在。贏得…結局のところ・・・だけが得たものとして残るの意。將衰老…衰老は、年をとり元気がなくなること。將字、以て、また、将に・・・せんとすのときは平字、将軍、将帥などひきいるの意のときは仄字。人間…人の世。世間。得意人…進士に及第した人たち。

 

（三体詩）

 

 

 

★唐　李(り)延年(えんねん)　　歌　　　                   歌　

 

北方有佳人　　　　　　　北方に　 佳人(かじん)有り　

絶世而獨立　　　　　　　絶世にして 独立す　

一顧傾人城　　　　　　　一顧(いっこ)すれば 人の城を 傾け　

再顧傾人國　　　　　　　再顧(さいこ)すれば 人の国を 傾く　

寧不知傾城與傾國　　　　寧(いずく)んぞ 傾城(けいせい)と傾国(けいこく)とを知らざらんや　

佳人難再得　　　　　　　佳人(かじん)は 再び得難し　

 

【語釈】

佳人…美人。絶世…世に並ぶものなくすぐれる而…しこうして、順接の接続詞、詩では置き字として訓読しない。獨立…ひとり抜きん出ている。顧…一度ふりかえる。傾…かたむける。人…（その佳）人（の）。城…城郭都市。再顧…再びふりかえる。寧…寧…どうして～ことがあろうか。・傾城…諸侯の気を奪い、城市の存立を危うくするような絶世の美女。與……と。傾國…君主の気を奪い、国家の存立を危うくするような絶世の美女。

成語…「一顧傾城」「傾城頃國」

 

（漢詩大系　４）

 

★唐　李(り)遠(えん)　　　黄陵廟　　　　             黄陵(こうり)廟(びょう)　　　

 

黄陵廟前莎草春　　　黄陵(こうり)廟前(びょうぜん) 莎(さ)草(そう)の春

黄陵女兒茜裙新　　　黄陵の女兒　茜裙(せんくん)新たなり

輕舟短棹唱歌去　　　軽舟 短棹(たんとう) 唱歌しつつ去り

水遠山長愁殺人　　　水遠く 山長(はるか)にして 人を愁殺す

 

【語釈】

黄陵廟…湖南省湘陰県の北にある。舜の二妃（娥皇・女英）を祭る。湘夫人祠ともいう。湘江の女神を「湘君」といい、娥皇と女英の二人の女神からなる。娥皇と女英は舜帝の妃であったが、舜が没すると悲しんで川に身を投じ、湘江の神となったという伝説がある。莎草…はますげ。カヤツリグサ科の多年草。茜裙…茜色の裳裾(もすそ)。輕舟…小舟。短棹…舟を操る短いさお。愁殺…悲しませる。憂鬱にさせる。殺は、強意の助字。

 

（三体詩）

 

 

★唐　李(り)遠(えん)　　  送人入蜀　　　             人の蜀に入るを送る

 

蜀客本多愁　　　蜀客(しょくかく) 本 愁い多し

今君是勝遊　　　今 君は 是れ 勝遊なり

碧藏雲外樹　　　碧は 雲外の樹に 蔵せられ

紅露驛邊樓　　　紅は 駅辺の楼に 露(あら)わなり

杜宇呼名語　　　杜宇(とう) 名を呼びて語たり

巴江學字流　　　巴(は)江(こう) 字を学(まな)んで流る

不知煙雨夜　　　知らず 煙雨の夜

何處夢刀州　　　何れの処にか 刀州を夢(ゆめ)みん

 

【語釈】

蜀客…蜀の地の旅人。本…もとから、昔から。勝遊…良き旅。杜宇…ホトトギス。巴江…巴蜀の地を流れる川。學字…巴という字のように曲がりくねって。煙雨…霧雨。夢刀州…晋の王漘の故事。

 

（三体詩）

 

★唐　石招(せきしょう)　   送人歸山　　               人の山に帰るを送る

 

相逢唯道在　　　相逢いて 唯だ道のみ在り

誰不共知貧　　　誰か共に 貧なることを知らざらん

歸路分殘雨　　　帰路 残雨を分かち

停舟別故人　　　舟を停(と)どめて故人に別かる

霜明松嶺曉　　　霜は明らかなり 松嶺の曉

花暗竹房春　　　花は暗し 竹房の春

亦有棲閑意　　　亦た 棲(せい)閑(かん)の意有り

何年可寄身　　　何年 身を寄すべき

 

【語釈】

道…いわゆる｢道｣、人の生き方の基本。誰…ただ、反語、以下の事を否定する。棲閑…隠棲生活。

 

（三体詩）

 

 

★唐　陳(ちん)陶(とう)　　　隴西行　　　               隴(ろう)西行(せいこう)

誓掃匈奴不顧身　　誓って 匈奴を掃(はら)わんとして 身を顧(かえり)みず

五千貂錦喪胡塵　　五千の貂(てん)錦(きん) 胡(こ)塵(じん)に 喪(うしな)う

可憐無定河邊骨　　憐むべし 無定河辺(むていかへん)の骨

猶是春閨夢裏人　　猶お是れ 春(しゅん)閨(けい) 夢(む)裏(り)の人

 

【語釈】

隴西行…楽府題、隴西（甘肅省西部）の歌。掃…討ち滅ぼす。貂錦…美しい軍装の兵士。胡塵…異民族が攻めてくる土埃。無定河…内モンゴルオルドス砂漠から始まり、南に黄土峡谷と農地に流れ込む。下流部は天井川をなし，河道が移動して，流路が定まらないため〈無定河〉と呼ばれていた春閨…艶めかしい婦人の部屋

 

（唐詩三百首）

 

★唐　元稹(げんじん)　　  江花落　　　               江花落(こうからく)

日暮嘉陵江水東　　　　日は暮(く)る 嘉(か)陵(りょう)江(こう)水(すい)の東　

梨花万片逐東風　　　　梨花(りか) 万片(ばんぺん) 東風(とうふう)を逐(お)う　

江花何処最腸断　　　　江花(こうか) 何(いず)れの処(ところ)か 最も腸断(ちょうだん)　

半落江水半在空　　　　半(なか)ばは 江(こう)水(すい)に落ち 半(なか)ばは 空に在り　

 

【語釈】

江花落…川辺に咲いている花が落ちる。嘉陵…嘉陵江（粛省から陝西省を通り四川省へと流れる大きな川で、重慶市で長江に合流する。）。腸断…はらわたが断ち切れるほどの愁い、悲しみ。

 

関連詩句

　「水竹江花何處灘，漁郎翠縗露未乾。」（明·李本）

 

 

 

★唐　元稹　　　聞楽天授江州司馬　楽天の江州司馬を授けられしを聞く　　

 

残燈無焰影憧憧　　　　　残燈(ざんとう)焰(ほのお)無く影憧々(どうどう)　

此夕聞君謫九江　　　　　此の夕べ　君が九(きゅう)江(こう)に謫(たく)せられしを聞く　

垂死病中驚坐起　　　　　垂死(すいし)の病中　驚きて坐起(ざき)すれば　

暗風吹雨入寒窓　　　　　暗風(あんぷう)　雨を吹いて寒(かん)窓(そう)に入る　

 

【語釈】

残燈…燃え尽きようとしている灯火。憧憧…揺れ動くさま。謫…流刑に処される。九江…江州（江西省北部に位置する地級市）。垂死…瀕死。坐起…起きて坐る。暗風…暗闇の中を吹く風。寒窓…冷たい冬の窓。

 

（唐詩選）

 

関連詩句

　「殘燈無焰穴鼠出，槁葉有聲村犬行。」（南宋·陸游）

　「曉色入樓紅靄靄，殘燈無燄影幢幢。」（清·黄之雋）

　「二星秋早駕雲車，此夕聞君寓直廬。」（北宋·宋祁）

　「垂死病中魂一縷，迷離唯記漢家秋。」（明末清初·王夫之）

　「歸夢不消孤客恨，暗風吹雨濕寒燈。」（明·鄭學醇）

　「暗風吹雨夜蕭森，布被支吾冷不禁。」（明末清初·黃毓祺）

 

 

 

★唐　元稹(けんじん)　　　鄂州寓館嚴澗宅　　　鄂州(がくしゅう)に嚴澗(げんかん)の宅に寓(ぐう)す

 

鳳有高梧鶴有松　　　鳳は高梧(こうご)に有り 鶴は松に有り

偶來江外寄行踪　　　偶(たま)たま江外に来たりて 行踪(こうそう)に寄す

花枝滿院空啼鳥　　　花枝 院に満ち 空しく鳥啼き

塵榻無人憶臥龍　　　塵榻(じんとう) 人の臥(が)龍(りょう)を憶う無し

心想夜閑唯足夢　　　心に夜の閑(かん)なるを想いて 唯だ夢みるに足り

眼看春盡不相逢　　　眼に春を尽くるを看て 相い逢わず

何時最是思君處　　　何れの時か 最も是れ君を思う処

月入斜窗曉寺鐘　　　月は斜(しゃ)窓(そう)に入る 曉寺(ぎょうじ)の鐘

 

【語釈】

鄂州…武昌（湖北省武澆市）。餃澗…伝米詳で元損の詩文集（元氏長慶欒）では、題に［時に澗在らず］と自注かおる。鄂州で鰕澗の家に宿泊したときの作、主人の鮟澗はたまたま不在であった。高梧…あおぎり。行踪…足跡、行方。塵榻…塵にまみれた寝椅子。臥龍…隠れ住む龍、高潔な隠者。是…be動詞にあたる。

 

（三体詩）

 

関連詩句

　「家住錢塘東復東，偶來江外寄行蹤。」（元末明初·孫蕡）

　「花枝滿院朝啼鳥，柳線垂階晚擺風。」（明·韓殷）

　「已教淚眼兼旬溼，何取花枝滿院開。」（清·錢載）

　「遙憐孤鶴怨空山，塵榻無人伴幽獨。」（元末明初·孫蕡）

　「眼看春盡為花愁，可惜朱顔變白頭。」（明·于謙）

　「年老身閒無外事，眼看春盡不相逢。」（明·朱樸）

　「何時最是相思處，明月高臺十二欄。」（清·吳綺）

　「洞庭木落水生波，月入斜窗露氣多。」（明·卓敬）

　「淒淒望斷潮陽路，月入斜窗酒未醒。」（明末清初·何鞏道）

 

★唐　元稹　　　寄樂天 　           楽天に寄す

 

閑夜思君坐到明　　　閑(かん)夜(や) 君を思いて坐し 明(めい)に到る

追博往事倍傷情　　　追いて往事を尋ね 倍(ます)ます 情を傷ましむ

同登科後心相合　　　登科を同じくして後 心 相合う

初得官時髭未生　　　初めて官を得し時 髭(ひげ) 未だ生ぜず

二十年來諳世路　　　二十年来　世路(せろ)を諳(あん)じ

三千里外老江城　　　三千里外 江城に老ゆ

猶應更有前途在　　　猶お応に更に 前途の在る有り

知向人間何處行　　　人間(じんかん)に向(お)いて何れの 処に行くを知る

 

【語釈】

閑夜…静かな夜。

　

 

関連詩句

　「追尋往事頓成夢，回首春光倍黯然。」（北宋·游酢）

　「追尋往事邯鄲道，陵壑蒼茫繞夕煙。」（清·戴亨）

　「知向人間幾效靈，總傳珍産自東溟。」（明·黃衷）

 

 

★唐　元稹　　　遣悲懷三首 其二　　 悲(ひ)懐(かい)を遺(や)る　三首　其の二

 

昔日戲言身後意　　　昔日(せきじつ)戲(ぎ)言(げん)す 身後(しんご)の意(い)

今朝皆到眼前來　　　今朝 皆 眼前(がんぜん)に到り来たる

衣裳已施行看盡　　　衣裳(いしょう)は已に施して 行々(いくいく)尽くるを看(み)

針線猶存未忍開　　　針(しん)線(せん)は猶(な)お存(そん)して 未(いま)だ開くに忍びず

尚想舊情憐婢僕　　　尚(な)お旧情(きゅうじょう)を想(おも)って婢(ひ)僕(ぼく)を憐(あわ)れみ

也曾因夢送錢財　　　也(ま)た曾(かつ)て夢に因(よ)って銭(せん)財(ざい)を送る

誠知此恨人人有　　　誠(まこと)に知る 此(こ)の恨(うら)み 人人(ひとびと)に有り

貧賤夫妻百事哀　　　貧賤(ひんせん)の夫妻(ふさい)は 百事(ひゃくじ)哀(かな)し

 

【語釈】

遺悲懐…悲しい思いを書き残す（ここでは、妻の死を悼む詩）。昔日…昔。戲言…冗談に言う。身後意…死後のこと。施…人に分け与える（形見分け）。行…だんだん。針線…針と糸。未忍開…針箱をあけることができない。舊情…（優しかった妻の）昔の心。婢僕…男女の召使い。也…また。送錢財…貧しい人々に金や品物を与える。此恨…死んだ妻を悲しむ思い。

貧賤夫妻…昔貧しかったころの夫妻。百事哀…思い出すたびに万事悲しいことばかり。

 

（唐詩三百首）

 

関連詩句

　「昔日戲言君記取，不教牛背聽秧歌。」（清·曹家達）

 

★唐　元稹　　　行宮　　            行宮(あんぐう)　

　　

寥落古行宮　　　寥落(りょうらく)たり 古(いにし)えの行宮(あんぐう)，

宮花寂寞紅　　　宮(きゅう)花(か) 寂寞(せきばく)の紅(くれない)。

白頭宮女在　　　白頭(はくとう)の宮(きゅう)女(じょ)在り，

閑坐說玄宗　　　閑坐(かんざ)して 玄宗(げんそう)を説く。　

 

【語釈】

行宮…天子が行幸した際に、仮に設けられる皇宮。寥落…荒れはてて寂しいさま。・宮花…宮中に咲く花。寂寞…ひっそりとしてものさびしいさま。白頭…白髪頭。宮女…宮中に仕えている女官。閒坐…ひまにまかせて座談する。　

 

（唐詩三百首）

 

★唐　李賀(りが)　　　南園十三首 其八　   南園(なんえん)十三首 其八

　　

春水初生乳燕飛　　　　春(しゅん)水(すい) 初めて生じて 乳(にゅう)燕(えん)飛び　

黃蜂小尾撲花歸　　　　黃(こう)蜂(ほう) 小尾(しょうび) 花を撲(う)ちて帰る　

窗含遠色通書幌　　　　窓は 遠色(えんしょく)を含んで 書(しょ)幌(ほう)に通じ　

魚擁香鉤近石磯　　　　魚は 香(こう)鉤(こう)を擁(よう)して 石(せき)磯(き)に近づく　

 

【語釈】

南園…李賀の故郷の昌谷の南園。春水…春の雪解け水。乳燕…雛を育てている燕。黃蜂…黄色い蜂。遠色…遠くの景色。書幌…書斎のカーテン。香鉤…釣り針の餌。擁…くっつく。石磯…磯部の石。

 

 

★唐　李賀　　　酬答　　　　        酬(しゅう)答(とう)　

 

雍州二月梅池春　　　　雍州(ようしゅう) 二月梅(ばい)池(ち)の春　

御水鵁鶄暖白蘋　　　　御水(ぎょすい)の鵁(こう)鶄(せい)白蘋(はくひん)暖かなり　

試問酒旗歌板地　　　　試問(しもん)す酒旗(しゅき)歌板(かはん)の地　

今朝誰是抝花人　　　　今朝(こんちょう)誰(たれ)か是(こ)れ花を抝(お)る人かと　

 

【語釈】

酬答…人から送られた詩に答えて作った詩。雍州…長安地方。御水…お堀の水。鵁鶄…五位鷺の類。白蘋…しろよもぎ。酒旗…酒屋の看板の旗。歌板…歌の拍子をとる板。抝…捻り折る。

（漢詩大系　１３）

 

★唐　李賀　　　出城寄權璩楊敬之 　 城を出で權璩(けんきょ)・楊(よう)敬之(けいし)に寄す

　

草暖雲昏萬里春　　　草暖かにして雲昏(くら)し　万里の春

宮花拂面送行人　　　宮花面(おもて)を払って　行人を送る

自言漢劒當飛去　　　自(みずか)ら言う漢(かん)剣(けん) 當(まさ)に飛び去り

何事還車載病身　　　何事ぞ還(かん)車(しゃ)　病身を載(の)すと

 

【語釈】

出城…長安を出て故郷に帰る。權璩・楊敬之…人名。行人…旅立つ人。還車…故郷へ帰る車。

 

(漢詩大系１３)

 

 

★唐　李賀　　　昌谷北園新筍　　　  昌(しょう)谷(こく)北園(ほくえん)の新筍(しんじゅん)　

 

古竹老梢惹碧雲　　　古竹(こちく)の 老梢(ろうしょう)碧(へき)雲(うん)に惹(まつわ)る　

茂陵歸臥嘆清貧　　　茂陵(もりょう)に歸臥(きが)し 清貧(せいひん)を嘆(なげ)く　

風吹千畝迎雨嘯　　　　風吹き 千(せん)畝(ぽ) 雨を迎えて嘯(うそぶ)き　

鳥重一枝入酒尊　　　　鳥重くして 一枝 酒(しゅ)尊(そん)に入る　

 

【語釈】

昌谷…河南省洛陽市に位置する県の地名、李賀の故郷。北園…北の庭園。新筍…新しい筍。老梢…古い梢。碧雲…青い色の雲。惹…まつわる、引きつける。茂陵歸臥…病のため官を辞して故郷に帰ること、漢の司馬相如が病気の為官を辞して故郷に帰った故事による。千畝…非常に広い土地。嘯…吠える、うなる。酒尊…酒樽。入…酒に影が映る。

（漢詩大系　１３）

 

★唐　李賀　　　南園十三首　其六　  南園(なんえん)　十三首　　其の六

尋章摘句老雕蟲　　　　章(しょう)を尋(たず)ね 句を摘(つ)み 雕(ちょう)虫(ちゅう)に老ゆ　

曉月當簾挂玉弓　　　　暁(ぎょう)月(げつ) 簾(れん)に当たりて 玉(ぎょく)弓(きゅう)を挂(か)く　

不見年年遼海上　　　　見ずや 年々 遼(りょう)海(かい)の上(ほとり)　

文章何處哭秋風　　　　文章 何(いず)れの処(ところ)にか 秋風(しゅうふう)に哭(こく)す　

 

【語釈】

南園…李賀の故郷の昌谷の南園。尋章摘句…一章一句細かく苦心して詩を作ること。雕虫…小事を言うが、こせこせと詩を作ることを軽蔑している。暁月…曉の月（徹夜して詩を作っていることを意味する）。簾…すだれ、カーテン。挂…かかげる、つるす。玉弓…弓のような月の形容、美しい弓。不見…見たまえ。遼海…満州の境、遼東の地方、国境なので戦争が絶えない。哭秋風…秋風を悲しむ、楚の宗玉の「九辨」に基づく。

 

（漢詩大系　１３）　　

 

★唐　李賀　　　致酒行　　　        致(ち)酒(しゅ)行(こう)　

 

零落棲遲一杯酒　　　零落(れいらく) 棲遲(せいち) 一杯の酒

主人奉觴客長壽　　　主人 觴(さかずき)を奉(ほう)じ 客(かく) 長寿なれという

主父西遊困不歸　　　主(しゅ)父(ほ) 西に遊び　困して帰らず

家人折斷門前柳　　　家人(かじん) 折断す　門前の柳

吾聞馬周昔作新豊客　吾れ聞く 馬(ば)周(しゅう) 昔 新(しん)豊(ぽう)の客(かく)と作って

天荒地老無人識　　　天(てん)荒地(こうち)老(ろう) 人の識る無し

空將牋上兩行書　　　空しく 牋上(せんじょう) 両行(りょうこう)の書を将(も)って

直犯龍顏請恩澤　　　直ちに 龍顏(りゅうがん)を犯し　恩沢(おんたく)を請う

我有迷魂招不得　　　我に 迷(めい)魂(こん)有りて 招き得ず

雄雞一聲天下白　　　雄雞(ゆうけい)一声 天下白む

少年心事當拏雲　　　少年の心事(しんじ) 当(まさ)に雲を拏(つ)かむべし

誰念幽寒坐嗚呃　　　誰か念ぜん幽(ゆう)寒(かん)にして 坐して嗚呃(おあく)せんとは

 

【語釈】

致酒行…酒を持ってくるように歌う歌。零落…落ちぶれる。棲遲…静かに住む。主父…漢代の学者、主父偃。馬周…唐の時代の人。新豊…陝西省臨潼県の小都会。天荒地老…荒涼として頼りなく不運でさびしいこと。牋…紙、ここでは上申書。龍顏…皇帝の顔。犯龍顏…僭越にも皇帝の目に触れさせた。恩澤…御恩。迷魂…彷徨っている魂。幽寒…ひっそりとわびしい。嗚呃…悲嘆の声を上げる。

 

（漢詩大系１１）

★唐　李賀　　　開愁歌（華下作）　　開(かい)愁歌(しゅうか)（華下(かか)の作）　　　

 

秋風吹地百草乾　　　　秋風(しゅうふう) 地を吹いて 百(ひゃく)草(そう)乾く　

華容碧影生晚寒　　　　華容(かよう) 碧影(へきえい) 晚(ばん)寒(かん)を生ず　

我當二十不得意　　　　我 二十に当って 意を得ず　

一心愁謝如枯蘭　　　　一心 愁謝(しゅうしゃ) 枯(こ)蘭(らん)の如し　

衣如飛鶉馬如狗　　　　衣は飛(ひ)鶉(こう)の如く 馬は狗(いぬ)の如し　

臨岐擊劍生銅吼　　　　岐(ぎ)に臨(のぞ)んで 剣を擊てば 銅吼(どうこう)を生ず　

旗亭下馬解秋衣　　　　旗亭(きてい)に下馬し 秋(しゅう)衣(い)を解き　

請貰宜陽一壺酒　　　　請う貰(おぎの)らん 宜(ぎ)陽(よう) 一(いっ)壺(こ)の酒　

壺中喚天雲不開　　　　壺(こ)中(ちゅう) 天を喚(よ)べども 雲開かず　

白晝萬里閑淒迷　　　　白昼(はくちゅう) 万里(ばんり) 閑(しずか)にして淒迷(せいめい)　

主人勸我養心骨　　　　主人 我に勧(すす)む「心(しん)骨(こつ)を養え　

莫受俗物相填𧱉　　　　受くること莫(な)かれ 俗物(ぞくぶつ)の 相(あい) 填(てん)𧱉(かい)するを」と

 

【通釈】

開愁歌…憂さ晴らしの歌。華下…華山（陝西省華陰市にある山。中国五名山の一つとして、西岳とも呼ばれる）の麓。華容…華山の姿。碧影…青緑色の影。晚寒…夕暮れの寒さ。一心…心の中一杯。愁謝…心がしなえて元気の無いこと。枯蘭…枯れた蘭。飛鶉…とんでいるうずら。岐…道が分かれる処。擊…たたく。銅吼…銅のうなり声。旗亭…飲み屋。貰…かけで買う。宜陽…河南省洛陽市の県、李賀の故郷。壺中…酒を飲んでいる途中、酔中。淒迷…冷ややかでもの凄い。心骨…心の力、ど根性。填𧱉…怒りあざけること。

（漢詩大系　１３）

★唐　李賀　　　河南府試十二月樂詞（幷閏月） 其三 三月

河南(かなん)府試(ふし)十二月楽(がく)詞(し)（幷(ならびに)閏月(うるうづき)） 其三 三月　　

　　　　　　

東方風來滿眼春　　　　東方(とうほう)より風来りて 満眼(まんがん) 春なり　

花城柳暗愁殺人　　　　花城(かじょう) 柳 暗くして 人を愁殺(しゅうさつ)す　

複宮深殿竹風起　　　　複(ふく)宮(きゅう) 深殿 竹風(ちくふう)起り　

新翠舞衿淨如水　　　　新翠(しんすい)の舞衿(ぶきん) 淨(きよ)きこと 水の如し　

光風轉蕙百餘里　　　　光風(こうふう) 恵(けい)を転ずること 百余里　

暖霧驅雲撲天地　　　　暖(だん)霧(む) 雲を駆(か)りて 天地を撲(う)つ　

軍裝宮妓掃蛾淺　　　　軍裝の宮妓(きゅうぎ) 蛾(が)を掃(はら)うこと浅く　

搖搖錦旗夾城暖　　　　搖々(ようよう)たる錦旗(きんき) 夾(きょう)城(じょう) 暖かなり　

曲水漂香去不歸　　　　曲水 香を漂(ひるがえ)して 去りて帰らず　

梨花落盡成秋苑　　　　梨花(りか) 落ち尽くして 秋(しゅう)苑(えん)と成る　

 

【語釈】

河南…洛陽。府試…科挙の地方試験（李賀１９歳）。十二月樂詞（幷閏月）…府試の詩題であったとおもわれ、閏月を含めて１３首ある、楽詞は楽曲。滿眼…見渡す限り。花城…はなが咲き誇っている街。柳暗…柳がこんもりと茂っている（柳暗花明）。愁殺…ひどく悩ませる。複宮…幾重にも奥深い宮殿。深殿…奥深い処にある宮殿。竹風…竹の間を吹く風。新翠…新しい青緑（竹の形容、舞女の衿の両説有り）。光風…雨上がりの美しい景色。光風轉蕙…雨がやみ日さし、風が吹いて草木に光が当たる姿。驅…走らせる。撲…うちつける。掃蛾淺…浅く黛を引く。搖搖…ゆれうごくさま。錦旗…錦の旗。夾城…興慶宮と長安の東南隅にある曲江池の付近にある離宮「芙蓉園」、北部にある「大明宮」へとつなぐ皇帝専用の通路。曲水…曲江。秋苑…秋の庭園。

 

（漢詩大系　１３）

 

★唐　李賀　　　昌谷讀書示巴童 　　 昌谷にて書を読み巴(は)童(どう)に示す

　

蟲響燈光薄　　　虫響き 灯光薄く

宵寒藥氣濃　　　宵寒く 薬気濃(こまやか)なり

君憐垂翅客　　　君は垂翅(すいし)の客を憐れみ

辛苦尚相從　　　辛苦して 尚お相い従う

 

【語釈】

昌谷…李賀の故郷。巴童…四川省重慶から来た児童。藥氣…薬におい。垂翅客…翼を垂れた鳥。辛苦…苦労。

 

 

★唐　李賀　　　京城　　　　　      京(けい)城(じょう) 　

 

驅馬出門意　　　馬を駆(か)りて 門を出でし意(い)

牢落長安心　　　牢落(ろうらく)たる 長安(ちょうあん)の心

兩事誰向道　　　両事(りょうじ) 誰(たれ)に向って道(い)わん

自作秋風吟　　　自(おのずか)ら 秋風の吟と作(な)す

 

【語釈】

京城…長安。牢落…零落、さびしい。兩事…出門意と長安心。

 

 

★唐　李賀　　　客遊　　　          客遊(かくゆう)

　　

悲滿千里心　　　悲は満つ千里の心

日暖南山石　　　日は暖かなり南山の石

不謁承明廬　　　承明の廬に謁せず　

老作平原客　　　老いて平原の客と作る

四時別家廟　　　四時(しいじ)家(か)廟(びょう)に別かれ

三年去鄉國　　　三年鄉(きょう)国(こく)を去る

旅歌屢彈鋏　　　旅歌　屢(しばしば)鋏(きょう)を弾じ

歸問時裂帛　　　帰(き)問(もん)　時に帛(はく)を裂く　

 

【語釈】

客遊…故郷を離れて異郷にあること。南山…終南山。承明廬…漢代の官吏の建物。平原客…平原君食客のような食客。家廟…祖先の廟。鄉國…故郷。彈鋏…刀。歸問…故郷への手紙。帛…絹織物。

(漢詩大系１３)

 

 

★唐　李賀　　　銅駝悲　　　        銅駝(どうだ)悲しむ

 

落魄三月罷　　　落魄(らくはく) 三月罷(や)む

尋花去東家　　　花を尋ねて 東家に去る

誰作送春曲　　　誰か 送春の曲を作くる

洛岸悲銅駝　　　洛岸には 銅駝(どうだ) 悲しむ

橋南多馬客　　　橋南 馬客(ばかく)多く

北山饒古人　　　北山 古人饒(おお)し

客飲盃中酒　　　客(かく)は飲む 盃中の酒

駝悲千萬春　　　駝(だ)は悲しむ 千万の春

生世莫徒勞　　　世に生まれて 徒労する莫かれ

風吹盤上燭　　　風は吹く 盤上の燭

厭見桃株笑　　　見るを厭(いと)う 桃株の笑うを

銅駝夜來哭　　　銅駝(どうだ) 夜来(やらい)哭(こく)す

 

【語釈】

銅駝…銅で作った駱駝。落魄…落ちぶれたさま。罷…終わる。洛岸…洛陽を流れる洛水の岸。橋南…洛水の南側。北山…北邙山。古人…ここでは墓。哭…泣く

 

(漢詩大系１１)

 

★唐　李賀  　　感諷五首　其三　　　感諷(かんふう)　五首　其の三

 

南山何其悲　　　　南山(なんざん) 何ぞ 其(そ)れ悲しき　

鬼雨灑空草　　　　鬼(き)雨(う) 空(くう)草(そう)に灑(そそ)ぐ　

長安夜半秋　　　　長安 夜半(やはん)の秋　

風前幾人老　　　　風前(ふうぜん) 幾人(いくひと)か老ゆ　

低迷黄昏径　　　　低迷 黄昏(たそがれ)の径(みち)　

裊裊青櫟道　　　　裊々(じょうじょう)たり 青(せい)櫟(れき)の道　

月午樹立影　　　　月 午(ご)にして 樹(じゅ) 影を立て　

一山唯白暁　　　　一山(いちざん) 唯(た)だ 白(はく)暁(ぎょう)　

漆炬迎新人　　　　漆炬(しっきょ) 新人を迎え　

幽壙蛍擾擾　　　　幽壙(ゆうこう) 蛍 擾々(じょうじょう)たり。

 

【語釈】

感諷…時に感じ世を風刺する。南山…終南山、長安の南にある隠棲の地。鬼雨…気味の悪いすごい雨。空草…人気の無い草むら。低迷…はっきりしないこと。黄昏…ほの暗いこと。裊裊…風が木を揺する姿。青櫟…青い葉のくぬぎ。午…中天。一山…山全体。白暁…夜明けのように明るい。漆炬…漆で作った墓場にかかげる灯火、鬼火。新人…新しい死人の霊。幽壙…奥まった寂しい墓穴。擾擾…集散して乱れるさま。

 

（漢詩大系　１３）

 

★唐　李賀　　　題歸夢　　　        帰夢に題す

 

長安風雨夜　　　長安 風雨の夜

書客夢昌谷　　　書客 昌谷を夢む

怡怡中堂笑　　　怡々(ちち)たる 中堂(ちゅうどう)の笑い

小弟栽澗菉　　　小弟(しょうてい) 澗菉(かんろく)を栽つ

家門厚重意　　　家門 厚重の意

望我飽飢腹　　　我が飢腹を 飽かしむるを望む

勞勞一寸心　　　勞勞たり 一寸の心

燈花照魚目　　　燈花 魚目(ぎょもく)を照らす

 

【語釈】

歸夢…故郷に帰った夢。書客…書生(作者)。昌谷…河南省福昌県宜陽(李賀の故郷)。怡怡…やわらぎ喜ぶさま。中堂…座敷の真ん中。澗菉…かりやす。栽…つみとる。家門…家の一族。飽飢腹…食べる心配をなくする。勞勞…疲れたさま。燈花…灯心の先に出来る燃えかす。消えかかった光。魚目…労思って眠れない眼。

 

（漢詩大系１１）

 

★唐　李賀　　　崇義里滯雨 唐·李賀   崇(すう)義(ぎ)里(り)にて雨に滯(とどこお)おる

 

落莫誰家子　　　落莫(らくばく)たり 誰(た)が家の子ぞ

來感長安秋　　　来り感ず 長安の秋

壯年抱羈恨　　　壮年 羈恨(きこん)を抱き

夢泣生白頭　　　夢に泣いて 白頭を生ず

瘦馬秣敗草　　　瘦馬(そうば) 敗(はい)草(そう)を秣(まぐさ)とし

雨沫飄寒溝　　　雨(う)沫(まつ) 寒(かん)溝(こう)に飄(ひるが)える

南宮古簾暗　　　南宮 古(こ)簾(れん)暗く

溼景傳籤籌　　　 濕景(しつけい)籤籌(せんちゅう)を伝う

家山遠千里　　　家山 遠く千里

雲脚天東頭　　　雲脚 天の東頭(とうとう)

憂眠枕劒匣　　　憂眠(ゆうみん) 剣匣(けんかん)を枕とし

客帳夢封侯　　　客帳(かくちょう) 封(ほう)侯(こう)を夢む

 

【語釈】

崇義里…長安の坊の名。滯雨…雨に降り籠められる。落莫…さびしくうらぶれたさま。羈恨…旅愁。南宮…大常寺の詰め所のこと？。溼景…雨あいに漏れる湿った日光。籤籌…時刻を知らせる竹籌。雲脚…雲の垂れ下がっているところ。劒匣…剣を入れる箱。客帳…宿屋のとばり。

 

★唐　許渾(きょこん)　　　秋思　　　             秋思(しゅうし)　　　　

 

琪樹西風枕簟秋　　　琪樹(きじゅ)の西風 枕簟(ちんてん)の秋

楚雲湘水憶同遊　　　楚雲(そうん) 湘(しょう)水(すい) 同遊を憶(おも)う

高歌一曲掩明鏡　　　高歌一曲 明鏡を掩(おお)う

昨日少年今白頭　　　昨日の少年 今は白頭

 

【語釈】

琪樹… 美しい木々、琪は玉の名。西風…秋風。枕簟 … 枕と簟（竹で編んだむしろ）、転じて夏の寝具。楚雲…楚の空に浮かぶ雲、楚は、湖北・湖南省一帯を指す。湘水…湘江。同遊 …昔いっしょに遊んだ友人。憶…思い出す。高歌一曲…声高らかに一節ひとふし歌うこと。

　

(唐詩選)(Web 漢文大系)

 

関連詩句

　「雲霞落日舒旗幟，琪樹西風響珮珂。」（宋·汪應辰）

　「琪樹西風露井傍，鏡寒移影度銀床。」（元·陳謙）

　「今日登高望不見，楚雲湘水各悠悠。」（唐·戴叔倫）

　「我欲臨風歌大招，楚雲湘水不勝遙。」（明·王汝玉）

　「頭上光陰瞥爾過，昨日少年今老大。」（宋·張詠）

　「昨日少年今白首，華構咫尺歸荒丘。」（元·曹元用）

 

 

★唐　許渾　　　謝亭送別　     　　   謝亭(しゃてい)の送(そう)別(べつ)　     　

 

勞歌一曲解行舟　　　　労歌(ろうか) 一曲 行舟を解けば　

紅葉青山水急流　　　　紅葉 青山(せいざん) 水は急流す　

日暮酒醒人已遠　　　　日暮(にちぼ) 酒醒(さけさ)むれば 人 已に遠く　

滿天風雨下西樓　　　　満天の風雨 西楼(せいろう)を下る　

 

（詩詞世界）

 

【語釈】

謝亭…亭の名。謝公亭ともいう。宣城の北側にあり、南斉の詩人・謝朓が宣城の太守に任じられていた時に建てたもの。謝朓が、曽てここで友人の范雲を送別したことで、後には謝亭とは宣城での送別の地として有名になった。労歌…労労亭での送別の歌、転じて、送別の歌。解…舟の纜を解く。日暮…日暮れ。人…舟に乗って別れて行った人。満天…空いっぱい。西楼…今回、送別の宴を開いた労労亭。

 

関連詩句

 

「勞歌一曲霜風暮，擊折湘妃白玉簪。」唐·羅隱

「夢幻百年隨逝水，勞歌一曲對青山。」宋·黄庭堅

「勞歌一曲黯離憂，酒盡人分不可留。」明·李昌祺

「秋風紅葉青山下，準擬相携把菊枝。」宋·徐瑞

「紅葉青山載酒行，山人新結野菴成。」元·鄧賚

「黄橙紫蟹皆宜酒，紅葉青山且未囘。」明初·劉崧

「日暮酒醒人已去，不堪回首見青山。」元·薩都剌

「日暮酒醒人巳遠，空教啼鳥怨流年。」明·張弼

「日暮酒醒人已遠，鳥啼花落水空流。」明·張璝

「獨羨一聲南去雁，滿天風雨到汀洲。」唐·吳融

「夜半打窗人不會，滿天風雨角聲中。」宋·歐陽程

「蟬老樹深音響別，滿天風雨带斜陽。」宋·嚴羽

★唐　許渾　　　常州留與楊給事　　    常州にて楊給事に留与す

 

蒹葭水暗螢知夜　　　蒹葭 水暗くらくして 螢 夜を知り

楊柳風高雁送秋　　　楊柳 風高くして 雁 秋を送る

露滴曉花疑錦繡　　　露滴 曉花 錦繡(きんしゅう)を疑らし

風吹寒竹認笙簧　　　風吹きて 寒竹 笙簧を認む

 

【語釈】

常州…江蘇省常州市。留與…残しておいて与える。楊給事…不詳、給仕（天子の詔勅を審議する要職）であった楊氏。露滴…露の滴。曉花…曉の花。錦繡…錦で織った織物。笙簧…笙の笛の舌。

 

 

関連詩句

　「汀洲月下菱船疾，楊柳風高酒斾輕。」（唐·陸龜蒙）

　「蘆花月皎湘江晚，楊柳風高渭水秋。」（淸·吳克明）

 

 

★唐　許渾　　　七里灘　　            七里灘(しちりたん)　　　

 

天晩日沈沈　　　天 晩(く)れて 日 沈々(ちんちん)たり

歸舟繫柳陰　　　孤舟 柳(りゅう)陰(いん)に繋なぐ

江村平見寺　　　江村 平かにして 寺を見

山郭遠聞砧      山郭 遠くして 砧を聞く     

樹密猿聲響      樹は蜜にして 猿声 響き  

波澄鴈影深      波は澄みて 雁影 深し

榮華暫時事　　　栄華は 暫時(ざんじ)の事

誰識子陵心      誰か 子(し)陵(りょう)の心を識らん　

 

【語釈】　

七里灘…浙江省権徳市の近くにある早瀬。沈沈…奥深いさま、静かなさま。江村…川辺の村。山郭…山の街。子陵…厳光のこと、光武帝の友人であったが、光武帝が即位しても招きに応ぜず、七里灘に隠棲した。

 

（三体詩）

 

 

 

 

★唐　許渾　　　黃陵廟　　　          黃(こう)陵(りょう)廟(びょう)

 

黃陵廟前莎草春　　　黃(こう)陵(りょう)廟前(びょうぜん) 莎(さ)草(そう)の春

黃陵女兒茜裙新　　　黃陵の女兒 茜裙(せんくん)新たなり

輕舟短櫂唱歌去　　　軽舟 短櫂(たんかい) 唱歌して去る

水遠山長愁殺人　　　水は遠く 山は長く 人を愁殺す

 

 

【語釈】

黄陵廟…湖南省湘陰県の北にある。舜の二妃（娥皇・女英）を祭る。湘夫人祠ともいう。湘江の女神を「湘君」といい、娥皇と女英の二人の女神からなる。娥皇と女英は舜帝の妃であったが、舜が没すると悲しんで川に身を投じ、湘江の神となったという伝説がある。莎草…はますげ。カヤツリグサ科の多年草。茜裙…茜色の裳裾(もすそ)。輕舟…小舟。短棹…舟を操る短いさお。愁殺…ひどく悲しませる。憂鬱にさせる。殺は、強意の助字。

 

（三体詩）

 

★唐　許渾　　　晚自東郭留一二遊侶　　晚(くれ)に東郭自(よ)り一二の遊侶(ゆうりょ)を留む

郷心迢遰宦情微　　　郷心(きょうしん)迢遰(じょうてい)として 官(かん)情(じょう)微(かす)なり 

吏散尋幽竟落暉　　　吏散じ 幽を尋ね 落暉(らっき) 竟(お)わる

林下草腥巢鷺宿　　　林下 草 腥(なまぐさ)くして巣(そう)鷺(ろ)宿り

洞前雲濕雨龍歸　　　洞前 雲 湿おいて 雨(う)龍(りゅう)帰る

鐘隨野艇迴孤棹　　　鐘は野(や)艇(てい)に従いて 孤棹を迴(か)えし

鼓絕山城掩半屝　　　鼓は山城に絕えて 半屝を掩う

今夜西齋好風月　　　今夜西斎に風月好からん

一瓢春酒莫相違　　　一瓢(いっぴょう)の春酒 相違うこと莫かれ

 

【語釈】

東郭…街の東の郊外。遊侶…遊び友だち。郷心…故郷を思う心。迢遰…遙かに遠いさま。宦情…官として仕える気持ち。吏散…役所が引けて官吏が散じる。幽…ここでは東の郊外の奥深い山。落暉…落日。竟…終わる。巢鷺…巣に住む鷺。雨龍…雨を降らす龍。野艇…野原の川を行く舟。迴孤棹…棹を上げて帰路につく。西齋…西の居間。相違…無駄になる。

 

（三体詩）

 

関連詩句

　「桃源勝邑少風塵，吏散尋幽學隱淪。」（明·林鴻）

　「鐘隨野艇迴孤棹，蟬抴殘聲過別枝。」（明·孫蕡）

　「鼓絕山城門未掩，夢和疏雨度西橋。」（元·范梈）

「鼓絶山城夜正幽，雅懐對酒更何愁。」（明·趙完璧）

「只應今夜西齋夢，不到紅雲北斗邊。」（明·文林）

「三呎鱸魚真好膾，一瓢春酒宜閑飲。」（宋·鬍仔）

「暫向世間忘爾汝，一瓢春酒肯相留。」（元·成廷珪）

 

 

★唐　許渾　　　咸陽城東樓　　　　    咸(かん)陽(よう)城(じょう)の東楼(とうろう)　　　　許渾　　　

 

一上高城萬里愁　　　　一(ひと)たび高城に上(のぼ)れば 万里(ばんり)愁(うれ)れう　

蒹葭楊柳似汀洲　　　　蒹葭(けんか) 楊(よう)柳(りゅう) 汀(てい)洲(しゅう)に似たり　

溪雲初起日沈閣　　　　溪雲(けいうん) 初(はじ)めて起りて 日 閣(かく)に沈み　

山雨欲來風滿樓　　　　山雨(さんう) 来(きた)らんと欲して 風 楼に満つ　

鳥下綠蕪秦苑夕　　　　鳥は 綠(りょく)蕪(ぶ)に下(くだ)る 秦(しん)苑(えん)の夕べ　

蝉鳴黄葉漢宮秋　　　　蝉は 黄葉に鳴く 漢宮(かんきゅう)の秋　

行人莫問當年事　　　　行人(こうじん) 問う莫(な)かれ 当年(とうねん)の事　

故國東來渭水流　　　　故国(ここく) 東来(とうらい) 渭(い)水(すい)流る　

 

【語釈】

咸陽城…秦の始皇帝が都を置いた都市。一上…ひとたび上る。高城…高楼、城楼。萬里…遙か彼方まで。愁…もの悲しい、愁いに満ちた。蒹葭…葦、荻（おぎ）水辺に生えるイネ科の多年生草本の総称。楊柳…カワヤナギ、ネコヤナギ、ヤナギの総称。汀洲…中州。溪雲…渓間に生じる雲。初…たった今。閣…大きな建物。山雨…山に降る雨。綠蕪…〔緑色の雑草の茂った草叢。秦苑…秦の始皇帝が咸陽に建設した宮殿の御苑。漢宮…漢の宮殿。行人…旅人。　・當年…その当時。故國…故都、ここでは､咸陽｡東來…東に向かってくる(流れる)。渭水…渭咸陽と長安の間を劃するように東に向かって流れて黄河に注ぐ大河。　

 

 (三体詩)

 

 

　「一上高城思渺冥，情懷如夢復如醒。」（明·週憲王）

　「一上高城四望寬，老逢佳節半悲歡。」（明·賀一弘）

　「茅舍竹籬山掩映，蒹葭楊柳水縈紆。」（元·孟淳）

「戍鼔聲催夕照低，蒹葭楊栁澹烟微。」（元·宋褧）

「溪雲初起山圍帶，寒雨斜飛風絡絲。」（明·田登）

「溪雲初起日沈閣，長笛一聲人倚樓。」（明·朱樸）

「山雨欲來陰竟日，溪雲不斷氣浮空。」（宋·强至）

「山雨欲來淮樹立，潮風初起海雲飛。」（宋末元初·汪元量）

「蟬鳴黃葉半空山，寫盡秋聲入樹間。」（淸·徐宗幹）

　「行人莫問僧年紀，嶺上喬松是手栽。」（宋·邵棠）

「從來往返絕縱由，行人莫問來時路。」（宋·普融知藏）

　「故國東來過豐沛，高山西望識邠岐。」（淸·張若需）

 

 

★唐　許渾　　　秋日赴闕題潼關驛樓   (一作行次潼關逢魏扶東歸）

　　　　　秋日闕(けつ)に赴むかんとして潼関駅(どうかんえき)の楼に題す

 

紅葉晚蕭蕭　　　紅葉 晚に蕭々(しょうしょう)として

長亭酒一瓢　　　長亭(ちょうてき) 酒一瓢(いっぴょう)

殘雲歸太華　　　残雲 太華に帰り

疎雨過中條　　　疎雨 中條を過ぐ

樹色隨關迥　　　樹色 関に従いて迥り

河聲入海遙　　　河声 海に入りて遙かなり

帝鄉明日到　　　帝鄉 明日到らんとして

猶自夢漁樵　　　猶お自(おのずか)ら漁樵を夢む

 

【語釈】

闕…皇帝の宮殿の門。潼關…陝西省潼関県の東南にあった関所。蕭蕭…もの寂しいさま。長亭…十里ごとにある宿場町。殘雲…雨上がりに残った雲。太華…華山、五岳の一つで潼関の西南に聳える名山。疎雨…まだらな雨。中條…中條山、潼関の西北にある山。河聲…黄河の水音。帝鄉…長安。漁樵…魚を捕ったりたきぎをとったりする素朴な生活。

 

（唐詩三百首）

 

★唐　許渾　　　下第寓居崇聖寺感事 　 下第して崇(すう)聖寺(せいじ)に寓(ぐう)居(きょ)し事に感ず

懷土泣京華　　　土を懷(おも)いて京華に泣き

舊山歸路賒　　　旧山帰路賖(はるか)なり

靜依禪客院　　　静は依(よ)る禅客の院

幽學野人家　　　幽は学ぶ野人の家

林晚鳥爭樹　　　林は晚れて 鳥 樹を争い

園春蝶護花　　　園は春にして 蝶 花を護る

東門有閑地　　　東門に 閑地有り

誰種邵平瓜　　　誰か種えん 邵平の瓜

 

【語釈】

下第…科挙に不合格となること。寓居…仮住まい　崇聖寺…雲南省大理市の郊外にある寺。土…故郷。京華…京城（長安）の美称。舊山…故郷の山。靜…静寂。依…求める。禪客院…座禅をする僧院。幽…幽趣。野人…農夫。閑地…空き地。邵平瓜…秦の東陵侯であった招平は、秦が滅んでから長安城の東門に瓜を植えて暮らしたという故事、帰農の生活に甘んじること。

 

（『唐詩選』吉川幸次郎編）

 

 

★唐　許渾　　　秋日赴闕題潼關驛樓　　秋日 闕(けつ)に赴(おもむ)き潼(どう)関駅(かんえき)の楼に題す

 

紅葉晚蕭蕭　　　紅葉 晚(くれ)に蕭々(しょうしょう)として　　

長亭酒一瓢　　　長亭 酒一瓢(ぴょう)　

殘雲歸太華　　　残雲 太(たい)華(か)に帰り

疎雨過中條　　　疎雨 中條(ちゅうじょう)に過ぐ　

樹色隨關迥　　　樹色 関に随いて迥(め)ぐり

河聲入海遙　　　河声 海に入って遙かなり

帝鄉明日到　　　帝鄉 明日到らんとして

猶自夢漁樵　　　猶(な)お自(おのずか)ら 漁(りょう)樵(しょう)を夢む

 

【語釈】

蕭蕭…物寂しい音の形容。長亭…十里毎に置かれた宿場。瓢…ひさご。太華…崋山（陜西省華陰県にある五岳の一つ）。疎雨…まだらに降る雨。中條…中條山（山西省永済市にある山）。迥…遙かに遠い。河聲…黄河の水音。帝鄉…帝都長安。漁樵…素朴な隠棲生活。

（三体詩）

 

 

★唐　許渾　　　早秋三首 其一　　     早秋三首 其の一　

 

遙夜汎清瑟　　　遙夜(ようや) 汎(はん)として清瑟(せいしつ)

西風生翠蘿　　　西風 翠蘿(すいら)を生ず

殘螢栖玉露　　　殘螢(ざんけい) 玉露に栖(す)み

早鴈拂金河　　　早(そう)鴈(がん) 金河を払う

高樹曉還密　　　高樹 曉に還って密に

遠山晴更多　　　遠山 晴れて更に多し

淮南一葉下　　　淮(じゅん)南(なん) 一葉下(くだ)る

自覺洞庭波　　　自(みずか)ら覚ゆ 洞庭の波だつを

 

【語釈】

遙夜…長い夜。汎…広く漂うさま。清瑟…悽涼な秋の気配。西風…秋風。翠蘿…緑のかずら。金河…銀河。拂…かすめて飛ぶ。淮南…淮南…淮水の南の地方。

 

（唐詩三百首）

 

 

★唐　許渾　　　金陵懷古　　          金陵懷(きんりょうかい)古(こ)

 

玉樹歌殘王氣終　　　玉樹(ぎょくじゅ)の歌 殘りて 王気終わり

景陽兵合戍樓空　　　景(けい)陽(よう) 兵　合(がっ)して 戍(じゅ)楼(ろう)空し

楸梧遠近千官塚　　　楸梧(しゅうご) 遠近 千官の塚

禾黍高低六代宮　　　禾(か)黍(しょ) 高低 六代の宮

石燕拂雲晴亦雨　　　石(せき)燕(えん) 雲を払いて 晴亦(ま)た雨

江豚吹浪夜還風　　　江(こう)豚(とん) 浪を吹いて 夜還(ま)た風

英雄一去豪華盡　　　英雄 一たび去りて 豪華尽き

唯有青山似洛中　　　唯 青山の 洛中に似たる有り

 

【語釈】

金陵…南京、六朝の首都。玉樹歌…玉樹後庭歌、陳の後主が作り、宮女に詠わせた物。景陽…南京の北、玄武湖畔にあった陳の宮殿の名。戍樓…守りのための櫓。楸梧…ひさぎと桐。禾黍…きびとあわ。石燕…零陵というところに石の燕があって、雨が降ると飛び、やむと又石になったと言われる。江豚…猪に似た魚で、波間に姿を見せると、長江に風が起こると言われる。

 

（『唐詩選』吉川幸次郎選）（三体詩）

 

関連詩句

　「玉樹歌殘月上弓，誰將白刃斬春風。」（宋·方一夔）

　「翠禽夢斷春無迹，玉樹歌殘月正昏。」（元·吳景奎）

　「餳簫聲裏添惆悵，空憶松楸遠近阡。」（淸·繆重熙）

　「歲豐禾黍高低積，天曉雲霞散亂明。」（宋·韓琦）

「燕鴻來往書生老，禾黍高低故國愁。」（宋·馬廷鸞）

「江豚吹浪腥風濕，野鳥行空翥雪乾。」（宋·林昉）

「江豚吹浪雨颼飀，望斷天涯人白頭。」（宋·樓鑰）

★唐　蘇頲(そてい)　　　汾上驚秋 　　　       汾上驚(ふんじょうきょう)秋(しゅう)

 

北風吹白雲　　　北風 白雲を吹き

萬里渡河汾　　　万里 河汾(かふん)を渡りて

心緒逢搖落　　　心緒(しんしょ) 搖落(ようらく)に逢い

秋聲不可聞　　　秋声 聞く可からず

 

【語釈】

汾上 … 汾水のほとり。汾水は山西省寧武県の西南に源を発し黄河に注ぐ川。吹 … 吹きとばす。萬里… 都から遠く離れた旅の途中にあること。河汾…汾水。心緒 …心の動き。揺落 … 落葉が揺れながら落ちること。秋声 … 秋の物音、風の音や、木の葉の落ちる音。不可聞 … 物寂しくて、聞くに堪えない。

 

（Web 漢文大系）

 

 

★唐　李頻(りひん)　　　渡漢江　　             漢江を渡る　

　

嶺外音書絕　　　嶺外(りょうがい) 音書(いんしょ)絕え

經冬復歷春　　　冬を経て 復た立春

近鄉情更怯　　　鄉に近づけば 情(じょう)更に怯(きょう)なり

不敢問來人　　　敢えて 来人(らいじん)に問わず

 

【語釈】

漢江…陝西省寧強県に発し、湖北省を東南流して武漢で長江に注ぐ最大の支流。嶺外…広東省・広西壮族自治区あたり一体、当時は流謫の地とされた。音書…便り。怯…臆病。來人…向こう（故郷の方）から来る人。

 

（唐詩三百首、詩詞世界）　宋之問の作とされる。

★唐　曹(そう)松(しょう)　　 巳亥歳　　             巳(き)亥(がい)の歳(とし)　

澤國江山入戰圖 　　　沢(たく)国(こく)の江山(こうざん)　戦図(せんと)に入(い)る

生民何計樂樵蘇 　　　生(せい)民(みん) 何の計あってか 樵蘇(しょうそ)を楽しまん

憑君莫話封侯事 　　　君に憑(ねが)う 話(かた)る莫(なか)れ 封(ほう)侯(こう)の事を

一將功成萬骨枯 　　　一将(いっしょう) 功成って 万骨(ばんこつ)枯る

 

【語釈】

己亥歳…８７９年（乾符六年）、唐末の黄巣の乱（８７５年～８４年）の最中の作品。・沢国…池や沼の多い江淮の地（江蘇省、安徽省）を指す。江山…（祖国の）山河。戦図…交戦地域。作戦地帯。入戦図…作戦地図に入っている。戦闘地として戦乱に巻き込まれたことをいう。生民…人民。計…計画する。楽…やすらか、ゆたか。樵蘇…薪を拾うことと草を刈ること、庶民の生計のことになる。憑…たのむ。お願いする。封侯…諸侯に封ぜられること。一将…ひとりの将帥。万骨…多くの兵卒の骸。枯…ひからびる、白骨となる。

 

（三体詩）

 

 

★唐　孫逖(そんてき)　　　和左司張員外自洛使入京中路先　赴長安逢立春日贈韋侍御等諸公　　　　

左司(さし)張(ちょう)員外(いんがい)の「洛(らく)自(よ)り使して京に入いり、中路先ず長安に赴き、立春の日に逢い、韋(い)侍(じ)御(ぎょ)及び諸公に贈る」に和す

 

忽覩雲間數雁廻　　　忽(たちま)ち覩る 雲間 数雁の廻(かえ)るを

更逢山上一花開　　　更に逢う 山上 一花の開くに

河邊淑氣迎芳草　　　河辺の淑(しゅく)気(き) 芳草を迎え

林下輕風待落梅　　　林下の軽風 落梅を待つ

秋憲府中高唱入　　　秋(しゅう)憲(けん)の府中 高唱入り

春卿署裏和詩來　　　春(しゅん)卿(きょう)の署(しょ)裏(り) 和詩来る　

共言東閣招賢地　　　共に言う 東閣は賢を招くの地なりと

自有西征作賦才　　　自(おのずか)ずから有り 西征 賦を作るの才

 

【語釈】

左司 … 尚書省に属し、吏部・戸部・礼部の執務を監督する役所。張員外 … 張は姓、員外は官名、長官の補佐役。洛 … 洛陽。京 … 都。中路 … 中途。

韋侍御 … 韋は姓。侍御は官名。侍御史。官吏の違法を摘発する官。睹 … 見る。淑気 … うららかな春の気。芳草 … よい香りのする草花。軽風 … そよ風。秋憲府 … 御史の役所。御史台。高唱 … 格調の高い詩。張員外の詩を指す。春卿署 … 礼部の役所。尚書省をいう。自 … こちらにはちゃんと。西征作賦 … 西征は西への旅、「西征の賦」を作った潘岳の故事を踏まえる。

 

（唐詩選）

 

 

 

 

★唐　太上隱者(だじょういんじゃ)　答人　　            　人に答う　　

 

偶來松樹下　　　偶(たまた)ま 松樹(しょうじゅ)の下(もと)に来たり

高枕石頭眠　　　枕を高くして石頭(せきとう)に眠る

山中無曆日　　　山中 曆(れき)日(じつ)無く

寒盡不知年　　　寒(かん)尽くるも 年を知らず

 

【語釈】

太上隠者 … 姓名・事蹟ともに不詳。高枕 … 安心してよく眠ること。石頭 … 石のこと、「頭」は、接尾辞。山中 … 山中の生活。暦日 … 暦こよみ。寒尽 … 寒冬が去って春が来る。不知年 … 年が改まったことを知らない。

 

（唐詩選）

 

★唐　丁仙(ちょうせん)芝(し)　　餘杭醉歌贈吳山人　　 余(よ)杭(こう)の酔(すい)歌(か) 吳(ご)山人(さんじん)に贈る　　

 

曉幕紅襟燕　　　　　曉幕(ぎょうばく) 紅(こう)襟(きん)の燕

春城白項烏　　　　　春城 白(はく)項(こう)の烏

只來梁上語　　　　　只 梁上(りょうじょう)に来(きた)りて語(かた)たり

不向府中趨　　　　　府中に向って 趨(はし)らず

城頭坎坎鼓聲曙　　　城頭 坎々(けつけつ) 鼓声の曙

滿庭新種櫻桃樹　　　満庭 新たに種ゆ 桜桃(おうとう)の樹

桃花昨夜撩亂開　　　桃花 昨夜 撩亂(りょうらん)として開き

當軒發色映樓臺　　　軒に当たりて色を発して楼台に映ず

十千兌得餘杭酒　　　十千 兌(か)え得たり 余(よ)杭(こう)の酒

二月春城長命杯　　　二月 春城 長命の杯

酒後留君待明月　　　酒後 君を留めて 明月を待ち

還將明月送君回　　　還(ま)た明月を将(も)って 君の回(かえ)るを送らん

 

 

【語釈】

餘杭…浙江省杭州の西にある酒の産地。吳山人…不詳、山人は山に隠棲して仕官しない人。暁幕…夜あけがだのカーテン。紅襟燕…胸のところが赤色の燕。白項烏…首のところが自い烏、紅襟の燕とともに、呉山人にたとえる。府…役所。趨…走ってゆく。坎坎…鼓の音の擬声語。撩乱…乱雑なことの形容。軒　…廊下についている窓。十千…一万銭、美酒一斗の価格。兌…金を出して買うこと。

 

（唐詩選）

 

★唐　李羣(りぐん)玉(ぎょく)　 南荘春晩　　　    南荘(なんそう)の春(しゅん)晩(ばん)　

草暖沙長望去舟　　　草は暖かく沙は長くして 去(きょ)舟(しゅう)を望めば

微茫烟浪向巴丘　　　微茫(びぼう)たる烟浪 巴丘に向う

沅湘寂寂春帰尽　　　沅湘(げんしょう) 寂々(せきせき) 春帰りて尽き

水緑蘋香人自愁　　　水は緑に蘋(てん)は香しくして 人自ら愁う

 

【語釈】

南莊…南の方角に別荘。春晩…春のおわり。晩春に同じ。草暖…春の日で暖かな草。沙長…はるか長い岸辺の砂浜。去舟…去り行く舟。微茫…かすかではっきりしないさま。模糊に同じ。烟浪…もやがたちこめた水面。煙波に同じ。

巴丘…地名。巴陵、岳州。現在の湖南省岳陽市。沅湘…沅水と湘水の二川。

寂寂…さびしいさま。また、静かなさま。蘋…多年生水草。

（三体詩）

 

 

★唐　李羣玉 　 送客　　　        客(かく)を送る　　　

沅水羅文海燕回　　　沅(げん)水(すい)の羅(ら)文(もん) 海(かい)燕(えん)回(かえ)る

柳條牽恨到荊臺　　　柳條 恨みを牽(ひ)きて 荊(けい)台(だい)に到る

定知行路春愁裏　　　定めて知る行路 春愁の裏(うち)

故郢城邊見落梅　　　故郢城辺(こえいじょうへん) 落梅を見るを

 

【語釈】

沅水…湖南省北部を東に流れて洞庭湖に入る川。羅文…水面の波立つさま。海燕…うみつばめ。柳條…しだれ柳の枝。荊臺…荊州、今の湖北省江稜。定知…きっと～に違いない。故郢城…戦国時代の楚の都、江稜にあった。

 

（三体詩）

 

 

★唐　李羣玉    寄友二首 其一　　 友に寄す二首 其の一

 

野水晴山雪後時　　　野水 晴山 雪後の時

獨行村落更相思      独り村路を行きて 更に相思う

無因一向溪頭醉     一(ひと)たび渓(けい)橋(きょう)に向(お)いて 酔うに因(よし)無く      

處處寒梅映酒旗　　　処々の寒梅 酒旗(しゅき)に映ず

 

 

【語 釈】

野水…野を流れる小川。晴山…雨後や雪後の山。雪後時…雪がやんだ時。村路…村の小道。無因…原因がない。きっかけがない。溪橋…谷川にかかる橋。處處…あちらこちら。寒梅…寒中に咲く梅。早咲きの梅。酒旗…酒屋の目印の旗、のぼり。

（三体詩）

 

 

★唐　李山(りざん)甫(ほ)    方幹隠居　　　    方(ほう)幹(かん)が隠(いん)居(きょ)

　　

咬咬嘎嘎水禽聲　　　咬咬(こうこう) 嘎嘎(かつかつ) 水禽(すいきん)の声

露洗松陰滿院清　　　露は松陰(しょういん)を洗いて 満院清し

溪畔印沙多鶴跡　　　溪(けい)畔(はん) 沙(すな)に印(いん)して 鶴(かく)跡(せき)多く

檻前題竹有僧名　　　檻前(かんぜん) 竹に題して 僧名有り

問人遠岫千重意　　　人に問う 遠岫(えんしゅう) 千重の意

對客閑雲一片情　　　客に対す 閑雲(かんうん) 一片の情

早晚塵埃得休去　　　早晚　塵埃　休(や)んで去るを得て

且將書劍事先生　　　且(しば)らく書剣を将(も)って先生に事(つか)えん

 

【語釈】

方幹…大中（八四七～八四九）科挙を受けたが合格せず、浙江省紹興の鑑湖に隠棲した。咬咬嘎嘎…水鳥の鳴き声を表す擬声語。満院…庭一杯。溪畔…谿のほとり。印沙…砂に印がついている。鶴跡…鶴の足跡。檻…家の周囲の垣根の手すり。遠岫…遠い山の峰。千重…幾つもの山が重なっている。閑雲…のどかに漂う雲。塵埃…俗世間の塵、汚れた俗事。○先生…方干のこと。

 

（三体詩）

 

 

★唐　李商隱(りしょういん)  　夜雨寄北　        夜(や)雨(う)北に寄す　　

 

君問歸期未有期　　　君 帰期(きき)を問えども 未だ期有らず　

巴山夜雨漲秋池　　　巴山(はざん)の夜(や)雨(う) 秋池(しゅうち)に漲(みなぎ)る　

何當共剪西窗燭　　　何(いつ)か当(まさ)に 共に西窓(せいそう)の燭(しょく)を剪(き)りて　

卻話巴山夜雨時　　　却(かえ)って巴山(はざん)夜(や)雨(う)を話す時なるべし　

 

【語釈】

歸期…家に帰る時。巴山…陝西省西郷県の南西にある山、寂しい所を指す場合が多い。西窗…西の窓、女性の部屋の窓。「卻」…振り返る

 

 

★唐　李商隱　　寄令狐郎中 　　　 令狐郎中(れいころうちゅう)に寄す

嵩雲秦樹久離居　　　嵩雲(すううん)秦樹(しんじゅ) 久しく離(り)居(きょ)す

雙鯉迢迢一紙書　　　双鯉(そうり)迢々(ちょうちょう)たり 一紙の書

休問梁園舊賓客　　　問うを休めよ 梁(りょう)園(えん)旧賓(きゅうひん)の客(かく)に

茂陵秋雨病相如　　　茂(も)陵(りょう)の秋雨 病相如(びょうしょうじょ)

 

【語釈】

令狐郎中…右司郎中（尚書省の役人を右司の長官）である令狐綯（令狐楚の子）。嵩雲…五岳の一つ崇山（河南省登封県の南）にかかる雲。秦樹…陝西省の樹木。雙鯉…二匹の鯉、雁と共に手紙をもたらす物とされている（『文選』巻二十七）。迢迢…遙かに遠いさま。一紙書…令狐郎中からの手紙。休問梁園舊賓客…梁園は、前漢の景帝の弟の凌の孝王の庭園で司馬相如を始めとする文人たちを賓客として招いた、自分を司馬相如をたとえ、令狐楚を孝王にたとえた物。茂陵…漢の武帝の陵墓、司馬相如が晩年病臥してすごした所。病相如…病気の司馬相如にも似た自分。

 

（唐詩三百首）

★唐　李商隠  　無題　　 　　　　 無題　

 

相見時難別亦難　　　　相い見る時は難く 別るるも亦(ま)た難し　

東風無力百花残　　　　東風(とうふう) 力無く 百花残(くず)る　

春蚕到死絲方盡　　　　春(しゅん)蚕(さん) 死に到りて 糸 方(はじ)めて尽き　

蝋炬成灰涙始乾　　　　蝋炬(ろうきょ) 灰と成りて 涙始めて乾く　

暁鏡但愁雲鬢改　　　　暁(ぎょう)鏡(きょう) 但だ愁う 雲(うん)鬢(びん)の改まるを　

夜吟應覚月光寒　　　　夜吟(やぎん) 応(まさ)に覚ゆべし月光の寒きを　

蓬山此去無多路　　　　蓬山(ほうざん) 此(こ)こより去りて 多路(たろ)無し　

青鳥殷勤為探看　　　　青(せい)鳥(しょう)殷(いん)勤(ぎん)として 為に探り看よ

 

【語釈】

春蚕…春の蚕。蝋炬…蝋燭。暁鏡…曉に見る鏡。雲鬢…豊かで美し女子の髪。夜吟…夜に吟ずこと。蓬山…蓬莱山、中国，古代における想像上の神山。青鳥…三本足の鴉、西母王のために食を採ったという、転じて使者。殷勤…ねんごろに。

 

 

★唐　李商隱    錦瑟　　　　　　　錦瑟(きんしつ)　　　

 

錦瑟端無五十弦　　　　錦瑟(きんしつ) 端(はし)無(は)くも 五十弦　

一弦一柱思華年　　　　一絃(いちげん)一柱(いちちゅう)に 華(か)年(ねん)を思う　

莊生曉夢迷蝴蝶　　　　荘生(そうせい)の暁夢は 胡蝶(こちょう)に迷(まよ)い　

望帝春心托杜鵑　　　　望(ぼう)帝(てい)の春(しゅん)心(しん)は 杜鵑(とけん)に托(たく)す　

滄海月明珠有涙　　　　滄海(そうかい)の月 明らかにして 珠(しゅ)に涙あり　

藍田日暖玉生煙　　　　藍田(らんでん)の日 暖かにして 玉(ぎょく)は烟(けむり)を生ず　

此情可待成追憶　　　　この情(じょう) 追憶(ついおく)となるを待つ可(べ)けんや　

只是當時已惘然　　　　只(た)だ是(こ)れ 当時のより 已に惘(ぼう)然(ぜん)　

 

【語釈】

錦瑟…立派な瑟（おおごと）。無端…わけもなく。柱…ことじ。華年…若く華やいでいた年頃。莊生…荘周、荘子。迷…自分が夢で蝶になっているのか、蝶が夢で自分になっているのかということで迷う。　・蝴蝶…蝶。望帝…蜀の望帝。春心…春を思う心。托杜鵑…血を吐きながら悲しげに鳴く杜鵑（ホトトギス）に托す。滄海…青い海珠…ここでは真珠。有涙…鮫人の涙。南海に住み、水中で機（はた）を織り、泣くときは真珠の涙をこぼすという。藍田…陝西省藍田県東南にある山の名で、名玉を産する。日暖…（藍田の山に）陽光が射す。生煙…五色の雲煙が生じて宝気が立ち上る。此情…この（鬱々とした）心情。可待…何を待とうか、待つまでもない。當時…その頃、（妻が亡くなった）その頃。已…とっくに、すでに。惘然…気落ちしてぼんやりするさま。

　

（詩詞世界）

 

 

★唐　李商隱    無題四首 其二　   無題四首 其の二　　 　　

 

颯颯東風細雨來　　　颯々(さつさつ)たる東風 細雨来たる

芙蓉塘外有輕雷　　　芙蓉塘外(ふようとうがい) 軽雷有り

金蟾齧鏁燒香入　　　金蟾(きんせん) 鏁(かぎ)を囓(か)むも香を燒きて入り

玉虎牽絲汲井迴　　　玉虎 糸を牽き井を汲みて迴(め)ぐる

賈氏窺簾韓掾少　　　賈(か)氏(し) 簾(れん)を窺うに 韓掾(かんえん)少(わか)く

宓妃留枕魏王才　　　宓(ふく)妃(ひ) 枕を留む 魏王の才に

春心莫共花爭發　　　春心　花と共に 発(ひら)くを争うこと莫かれ

一寸相思一寸灰　　　一寸の相思 一寸の灰

 

【語釈】

颯颯…風がさっと吹くさま。芙蓉塘外…蓮の花の開く池の遙かかなた。輕雷…遠くかすかにきこえる雷。金蟾…黄金のヒキガエルの形をした錠前。齧鏁…堅く鎖されている。玉虎…虎の形をした玉のろくろ。賈氏窺簾韓掾少…（西晉の宰相）賈充の娘が簾越しに覗いて見ると、属官のか韓寿は若々しかった（二人は結婚した）『世説新語』。宓妃留枕魏王才…（上古の王女、宓妃にたとえられた魏の甄皇后は、文才豊かな魏の陳思王曹植に枕を残した。春心…恋心。一寸…僅か。相思…恋情。

 

（唐詩三百首）

 

 

★唐　李商隠　　落花　　          落花　　　

 

高閣客竟去　　　高閣(こうかく) 客(かく) 竟(つい)に去り

小園花亂飛　　　小園 花 乱れ飛ぶ

参差連曲陌　　　参差(さんし)として 曲陌(きょくはく)に連なり

迢遞送斜暉　　　迢逓(ちょうてい)として 斜暉(しゃき)を送る

腸斷未忍掃　　　腸(はらわた)断(たた)れて 未だ  掃(はら)うに忍(しの)びず

眼穿仍欲稀　　　眼 穿(うが)たれて 仍(な) 稀(まれ)ならんと欲す

芳心向春盡　　　芳心 春の尽くるに向かい

所得是沾衣　　　得る所は 是(こ)れ 衣を沾(から)すのみ

 

【語釈】

竟…ついに、とうとう。小園…中庭、農作のはたけ。参差…長短のふぞろいなさま。ここでは落花が相前後しながら舞っている状態を指しながら、男女の絡み合いを言う。曲陌…曲がりくねった小道。迢遞…の葉影で見えにくかったところが横からの光に照らし出される様子を言う。斜暉…夕日。斜めの光は奥の方まで照らす、木の葉影で見えにくかったところが横からの光に照らし出される様子を言う。腸斷…はらわたが断たれるほどの愁い、

悲しみ。未忍掃…祓い去ることが出来ない。眼穿…穴のあくほど見つめる。芳心…やるせない思い。

 

（唐詩三百首）

 

 

★唐　李商隱  　登樂遊原　　　    樂遊(らくゆう)原(げん)に登る　　　　　

 

向晩意不適　　　　晩(くれ)に向(なんな)んとして 意(こころ)適(かな)わず　

驅車登古原　　　　車を駆(か)りて 古原(こげん)に登る　

夕陽無限好　　　　夕陽(せきよう) 無限に好し　

只是近黄昏　　　　只(た)だ 是(こ)れ 黄昏(こうこん)に近し　

 

【語釈】

樂遊原…長安の東南にある遊覧の地で、長安を眺め渡すことのできる名勝地。向晩…夕方、暮れ方。意…思い、気分不適…調子がわるい。只是…ただ…ではあるが（しかし）。黄昏…たそがれ。

 

★唐　李(り)昌(しょう)符(ふ)　 旅遊傷春　　　　  旅遊(りょゆう) 春を傷む　　

 

酒醒鄉關遠　　　酒醒むれば 郷関遠く

迢迢聽漏終　　　迢々(ちょうちょう) 漏(ろう)の終るを聴く

曙分林影外　　　曙(しょ)は分かる 林影の外(そと)

春盡雨聲中　　　春は尽く 雨声の中(うち)

鳥倦江村路　　　鳥は倦(う)む 江村の路

花殘野岸風　　　花は残(ざん)す 野岸の風

十年成底事　　　十年　底(なに)事(ごと)をか成し

羸馬厭西東　　　羸(るい)馬(ば) 西東を厭(いと)う

 

【語釈】

鄉關…故郷。迢迢…はるかなさま。漏…漏刻、水時計。曙分…夜が明けてくること。殘…損なわれる。成…疑問詞、俗語。羸馬…弱った馬。厭…（多すぎて）厭になる。

 

（三体詩）

 

 

★唐　李(り)渉(しょう)　　 題鶴林寺　　　    鶴(かく)林寺(りんじ)に題す　　

終日昏昏醉夢間　　　秋日昏々(こんこん)たり 酔夢(すいむ)の間

忽聞春盡強登山　　　忽ち春尽くるを聞き 強いて山に登る

因過竹院逢僧話　　　竹院に過ぎりて 僧話に逢うに因(よ)りて

又得浮生半日閑　　　又得たり 浮生半日の閑(かん)

 

【語釈】

鶴林寺…旧名・竹林寺。現・江蘇省鎮江の黄鶴山にあった寺。昏昏…深く眠っているさま。醉夢…酒に酔い、眠って見る夢、必ずしも本当に酒を飲んで酔っているとは限らない。

忽聞…急に…と聞き。にわかに…と聞き。春盡…春が尽きようとしている。強…無理に。むりやりに。因……という原因のため。過……によぎるりと読む場合は訪れる。竹院…庭に竹を植えている書院。又…更に。閑…のんびり。

 

（三体詩）

　　　　　　　　　　　　　

★唐　李(り)紳(しん)　　  憫農二首其二　　　農を憫(あわ)れむ二首 其の二 

鋤田當日午　　　田を鋤(す)きて 日は午に当る

汗滴禾下土　　　汗は滴(したた)たる　禾下(かか)の土

誰知盤中餐　　　誰か知らん 盤中(ばんちゅう)の餐(そん)

粒粒皆辛苦　　　粒々(りゅうりゅう) 皆 辛苦(しんく)なることを

 

【語釈】

鋤…たがやす。禾 … あわいね。午 … 正午。盤 … 大皿。飱 … 夕食。粒粒…一粒一粒。皆辛苦…すべてが苦労の結晶である。

(詩詞世界)

 

★唐　李適之(りてきし)　  罷相作　　        相(しょう)を罷(や)めての作

 

避賢初罷相　　　初めて相を罷ぜらる

樂聖且銜杯　　　聖を楽しみ且つ杯を銜(くわ)える

爲問門前客　　　爲に問う門前の客(かく)

今朝幾箇來　　　今朝(こんちょう) 幾箇か来たると

 

【語釈】

避賢 … 賢人のために、自分は出世の道筋を避ける。ここでは賢人を「濁酒」にたとえ、腹黒い陰謀を避けるという意味をひそませている。聖 … 聖人の道、裏に「清酒」という意味をひそませている。銜杯 … 杯を口にあてる、一杯やる。為 … さて、ところで。門前客 … 訪問客。今朝 … 今日。けさではない。幾箇 … 何人、俗語。

 

（唐詩選）

 

★唐　李郢(りえい)　　  江亭春霽 　　     江亭の春霽(しゅんせい)

江蘺漠漠荇田田　　　江蘺(こうり) 漠々(ばくばく) 荇(こう) 田(でん)々(でん)

江上雲亭霽景鮮　　　江上の雲亭(うんてい) 霽景(せいけい) 鮮かなり

蜀客帆檣背歸燕　　　蜀客の帆檣(はんしょう) 帰(き)燕(えん)に背(そむ)き

楚山花木怨啼鵑　　　楚山の花木 啼鵑(ていけん)を怨む

春風掩映千門柳　　　春風 掩(えん)映(えい)す 千門の柳

曉色淒涼萬井煙　　　曉(ぎょう)色(しょく) 淒(せい)涼(りょう)たり万(ばん)井(せい)の煙

金磬泠泠水南寺　　　金磬(きんばん) 泠々(れいれい)たり 水(すい)南(なん)の寺

上方僧室翠微連　　　上方の僧室 翠微(すいび)連なる

 

【語釈】

江蘺…水草の名、おんなかずら。漠漠…広大ではっきりしないさま。荇…水草の名、あぎさ。田田…水面に広がるさま。雲亭…雲を凌いで立つ亭。霽景…晴れた景色。蜀客…蜀の旅人。帆檣…帆柱。背…逆方向に行く。楚山…戦国時代の楚の地（洞庭湖周辺）の山。啼鵑…ホトトギスの鳴き声。掩映…（千門）を蔽って照り映える。曉色…夕暮れの景色。淒涼…冷ややかに侘しい。萬井…多くの家のある街。金磬…金属でつくった、への字型をした打楽器。翠微…山の緑。

 

（三体詩）

 

 

★唐　李郢　　　送劉谷　　        劉(りゅう)谷(こく)を送る　　　

　

村橋西路雪初晴　　　村橋の西路 雪初めて晴れ

雲暖沙乾馬足輕　　　雲暖かに 沙乾き 馬足軽ろし

寒澗渡頭芳草色　　　寒澗(かんかん) 渡頭(ととう) 芳草の色

新梅嶺上鷓鴣聲　　　新梅(しんばい) 嶺上(れいじょう) 鷓鴣(しゃこ)の声

郵亭已送征車發　　　郵亭 已に送る 征車の発するを

山館誰將候火迎　　　山館 誰か候(こう)火(か)を将(も)って迎えん

落日千峰轉迢遰　　　落日 千峰 転(うた)た迢遰(ちょうてい)

知君回首望高城　　　知る　君が首(こうべ)を回(めぐら)して高城を望むを

 

【語釈】

劉谷…不祥。寒澗…さむざむとした谷川。渡頭…渡し場。芳草…かおりぐさ。郵亭…駅亭。征車…旅行く車。候火…たいまつ。轉…ますます。迢遰…遙かなさま。

 

（三体詩）

 

★唐(とう)　李涉(りしょう)　　  重過文上人院 　　 重ねて文上人の院に過(よ)ぎる

南隨越鳥北燕鴻　　　南は越鳥に従い北は燕(えん)鴻(こう)

松月三年別遠公　　　松(しょう)月(げつ) 三年 遠(えん)公(こう)に別る

無限心中不平事　　　限り無き心中 不平の事

一宵清話又成空　　　一(いっ)宵(しょう)の清話 又空と成る

 

【語釈】

越鳥…越（浙江省）の鳥、南の方の鳥。燕鴻…燕（河北省）の鴻（雁の大きな物）、北の方の鳥。松月…松の木にかかる月。遠公…慧遠（晉のとき、廬山にいた高僧）、ここでは文上人をなぞらえる。

 

（三体詩）

 

 

★唐　李涉　　　題開聖寺　　      開(かい)聖寺(せいじ)に題す

宿雨初收草木濃　　　宿(しゅく)雨(う) 初めて收まりて 草木 濃(こ)し

羣鴉飛散下堂鍾　　　羣(ぐん)鴉(あ) 飛び散ず 下堂(げどう)の鍾

長廊無事僧歸院　　　長廊(ちょうろう) 事無く 僧は院に帰る

盡日門前獨看松　　　尽日 門前に 独り松を看る

 

 

【語 釈】

開聖寺…未詳。宿雨…前日からの雨、連日の雨。草木濃…草木の緑が濃い。羣鴉…からすの群れ。下堂鐘…礼拝の終わりを告げる鐘。下堂…堂からおりること。長廊…長い廊下。無事院…僧の住むところ。盡日…終日。獨看松…松は、樹齢が長く葉の色を変えないので、節操・長寿の象徴とされる。高潔な人の代名詞。松を看ている者は、李渉であると解釈するものもあり。

（三体詩）

 

★唐　李頎　　　望秦川　　　　    秦(しん)川(せん)を望む

 

秦川朝望迥　　　秦(しん)川(せん) 朝に望めば迥(はる)かなり

日出正東峰　　　日は正(まさ)に 東峰より出ず

遠近山河淨　　　遠近 山河浄(きよ)く

逶迤城闕重　　　逶迤(いい)として 城闕(じょうけつ)重なる

秋聲萬戶竹　　　秋声(しゅうせい) 万戶の竹

寒色五陵松　　　寒色(かんしょく) 五陵の松

客有歸歟歎　　　客に 帰らんかの歎き有り

悽其霜露濃　　　悽(せい)として 霜(そう)露(ろ)濃やかなり

 

【語釈】

秦川 … 長安一帯。正東 … 真東。逶迤 … うねうねと曲がって長く続くさま。城闕 … 城門、転じて宮殿。万戸 … 長安の家々を指す。秋聲…秋の気配。寒色 … 冬げしき。五陵 … 漢の高祖以下五帝の陵墓、長安の北郊にあった。客 … 旅人、作者自身を指す。歟 … 助辞、「か」と読む、多くは「與」（与）で代用する。悽其 … 寒風の形容。其は助辞。霜露 … 霜と露。

 

（唐詩選）

 

★唐　李頎　　　題盧五舊居　　　　　盧(ろ)五(ご)の旧居(きゅうきょ)に題す　　

 

物在人亡無見期　　　　　物在れども人亡(な)くして 見(けん)期(き)無し　

間庭繋馬不勝愁　　　　　閑庭(かんてい)に馬を繋(つな)いで　愁(うれ)いに勝(た)えず　

窗前緑竹生空地　　　　　窓前(そうぜん)の緑(りょく)竹(ちく)　空地(くうち)に生じ　

門外青山如舊時　　　　　門外(もんがい)の青山(せいざん)　旧時(きゅうじ)の如し　

悵望秋天鳴墜葉　　　　　悵望(ちょうぼう)する秋天(しゅうてん)　墜(つい)葉(よう)鳴り　

贊岏枯柳宿寒鴟　　　　　贊岏(さんかん)たる古柳(こりゅう)　寒鴟(かんし)宿(やど)る　　　　　

憶君涙落東流水　　　　　君を憶えば涙落つ　東流(とうりゅう)の水　

歳歳花開知爲誰　　　　　歳々(さいさい)花開くも　知んぬ誰(た)が為ぞや　

 

 

【語釈】

盧五…不詳、五は排行。舊居…元住んでいた家。物…器物。見期…会う機会。間庭…静かな庭。空地…踏む人もない空地。青山…青々とした山。旧時…むかし。悵望…悲しみ嘆きつつ眺める。秋天…秋の空。墜葉…落葉。巑岏 … 高くごつごつした山、ここでは柳の枯木の高く立っている形容。枯柳…枯れた柳。寒鴟…こごえそうな姿をしたふくろう。東流水…東へ流れ去る水、死者が再び帰ってこないことを喩えている。歳歳…来る年ごと。知… 「知んぬ」と読み、「いったい～かしら」の意味となる。

 

（Web漢文大系）

 

 

 

 

 

★唐　陸(りく)亀(き)蒙(もう)　　江南　　　　        江南

 

村邊紫豆花垂次　　村辺の紫(し)豆(とう) 花垂るる次(ところ)

岸上紅梨葉戦初　　岸上の紅(こう)梨(り) 葉戦(そよ)ぐ初め

莫怪煙中重回首　　怪しむなかれ煙中に 重ねて首を回らすを

酒旗青紵一行書　　酒旗の青紵(せいちょ) 一行の書　

 

【語釈】

紫豆…紫色の大豆の花。紅梨…梨の一種、詳細不明。煙中…霞の中。青紵…青い色の麻布、酒屋の旗。

 

（三体詩）

 

 

★唐　劉商(りゅうしょう)　　送王永二首 其一 　  王(おう)永(えい)を送る二首 其の一  

 

君去春山誰共遊　　　　君 去らば 春山(しゅんざん) 誰(た)れと共にか遊ばん

鳥啼花落水空流　　　　鳥 啼(な)き 花 落ちて 水 空(むなし)く流れん　

如今送別臨溪水　　　　如(にょ)今(こん) 別(わか)れを送りて 溪(けい)水(すい)に臨(のぞ)む　

他日相思來水頭　　　　他日(たじつ) 相(あ)い思わば 水頭(すいとう)に来たれ　

 

【語釈】

王永…人名、不詳。空…むなしく。如今…ただいま。送別…旅立つ人を見送る。臨…面する。渓水…谷川の水。他日…後日。相思…思いを寄せる。水頭…川のほとり。

 

（三体詩）

★唐　劉商　　　春日臥病 　　       春日(しゅんじつ)病に臥(ふ)す　　

　

楚客經年病　　　楚客(そかく) 年を経て病(や)み

孤舟人事稀　　　孤舟 人事稀なり

晚晴江柳變　　　晚晴 江(こう)柳(りゅう)変じ

春暮塞鴻歸　　　春暮 塞(さい)鴻(こう)帰る

今日方知命　　　今日 方(まさ)に命(めい)を知り

前年自覺非　　　前年 自ら非を覚(さと)る

不能憂歲計　　　歲計(さいけい)を憂うる能(あた)わず

無限故山薇　　　無限なり故山の薇(び)　

 

【語釈】

楚客…楚の地方の旅人。孤舟…孤舟の如く一人きりのこと。人事…世の中のこと。晚晴…夕暮れの晴れた空。江柳…川べりの柳。塞鴻…寨北の鴻雁。歲計…年ごとの生計。薇…野草、伯夷叔斉の故事。

 

（三体詩）

 

 

★唐　劉方(りゅうほう)平(へい)　 春怨 　　　         春怨(しゅんえん)　　　

 

紗窗日落漸黄昏　　　紗(さ)窓(そう) 日落ちて 漸(ようや)く黄昏

金屋無人見涙痕　　　金屋(きんおく) 人無く涙痕を見る

寂寞空庭春欲晩　　　寂寞(せきばく)たる空庭 春 晩(く)れんと欲す

梨花滿地不開門　　　梨花(りか) 地に満ち 門を開かず

 

【語釈】

春怨…若い女性が春の気配に感じてもの思いにふけること。・紗窗…うすぎぬを張った窓。漸…だんだんと。黄昏…たそがれになる。金屋…黄金で飾った家。見…現（あらわ）す。涙痕…涙の流れたあと。寂寞…ひっそりとしてものさびしいさま。空庭…人けのないひっそりとした庭。春欲晩…（季節の/人生の）春は終わろうとしている。梨花…ナシの木の花。満地…地面いっぱいに。不開門…門をかたく閉ざして、（もはや）春の興に関心がなく、楽しむということはしない意。

 

（唐詩三百首）

 

★唐　劉方平　　秋夜泛舟　　　      秋夜舟を泛(う)かぶ

 

林塘夜泛舟　　　林塘(りんとう) 夜舟を泛(うか)ぶ

蟲響荻颼颼　　　虫響(な)きて 荻(おぎ) 颼々(しゅうしゅう)たり

 

萬影皆因月　　　万(ばん)影(えい) 皆 月に因(よ)り　　　

千聲各爲秋　　　千声 各(おのおの) 秋の為なり

歲華空復晚　　　歲(さい)華(か) 空しく 復(ま)た晚(く)る

鄉思不堪愁　　　鄉思(きょうし) 愁いに堪えず

西北浮雲外　　　西北 浮雲の外

伊川何處流　　　伊川(いせん) 何れの処にか流る

 

【語釈】

林塘…樹木に蔽われた池。颼颼…風にさやさやと音をたてるさま。萬影…全ての物の影。歲華…今年の良い景色。鄉思…望郷の念。伊川…洛陽の南を流れる川、作者は洛陽の出身。

 

（三体詩）

 

★唐　劉滄(りゅうそう)　　 咸陽懷古　　　      咸陽懷(かんようかい)古(こ)

 

經過此地無窮事　　　此の地を経過すれば 窮わまり無き事あり

一望淒然感廢興　　　一望 淒(せい)然(ぜん)として 廃(はい)興(きょう)を感ず

渭水故都秦二世　　　渭(い)水(すい)の故都 秦の二世

咸陽秋草漢諸陵　　　咸(かん)陽(よう)の秋草 漢の諸陵

天空絕塞聞邊鴈　　　天 空くして 絶(ぜつ)塞(さい)に 辺(へん)鴈(がん)を聞き

葉盡孤村見夜燈　　　葉 尽きて 孤村に 夜灯を見る

風景蒼蒼多少恨　　　風景は蒼々(そうそう)たり 多少の恨(うら)み

寒山半出白雲層　　　寒山 半(なか)ば出(い)ず 白雲の層

 

【語釈】

一望…見渡す限り。淒然…さむざむしている、悲しみ痛む。廢興…興亡。絕塞…北方国境の寨。邊鴈…辺境から飛んでくる鳫の声。蒼蒼…此処では、蒼茫と同じで、荒涼としたさま。多少…多く。（三体詩・許渾作とす）

 

★唐　劉滄(りゅうそう)　　 旅館書懷　　        旅館にて懷いを書す　　　

　　　

忽看庭樹換風煙　　　忽(たちま)ち看る 庭樹の風煙を換(か)うるを

兄弟飄零寄海邊　　　兄弟 飄零(ひょうれい)して海辺に寄る

客計倦行分陝路　　　客計 行に倦む 分陝の路　　

家貧休種汶陽田　　　家 貧にして 種うるを休(や)む　汶(ぶん)陽(よう)の田

雲低遠塞鳴寒鴈　　　雲低(た)れて 遠塞(えんさい) 寒(かん)鴈(がん)鳴き

雨歇空山噪暮蟬　　　雨歇(や)んで 空山 暮蝉(ぼせん)噪(さわ)ぐ

落葉蟲絲滿窗戶　　　落葉 虫(ちゅう)糸(し) 窓戶(そうこ)に満ち

秋堂獨坐思悠然　　　秋堂(しゅうどう)に独り坐せば 思い悠然(ゆうぜん)

 

【語釈】

庭樹換風煙…庭の木のあたりの風ももやも（季節が変わって）すっかり変わってしまった。飄零…漂泊と零落、おちぶれて彷徨うさま。客計…旅の計画。分陝…陝州、今の河南省陝県。汶陽…山東省寧陽県（作者の出身地？）。遠塞…遠くの寨。空山…葉の落ちた人気の無い山。窗戶…窓。悠然…遙かなさま、憂鬱な物思い。

（三体詩）

 

★唐　劉禹(りゅうう)錫(しゃく)　 烏衣巷　　　        烏(う)衣(い)巷(こう)

朱雀橋邊野草花　　　　朱雀(すざく)橋(きょう)辺(へん) 野草(やそう)の花　

烏衣巷口夕陽斜　　　　烏(う)衣(い)巷(こう)口(こう) 夕陽(せきよう) 斜(なな)めなり　

舊時王謝堂前燕　　　　旧時(きゅうじ)の王謝(おうしゃ) 堂前(どうぜん)の燕(つばめ)　

飛入尋常百姓家　　　　飛びて 尋常(じんじょう) 百姓(ひゃくせい)の家に入(い)る　

 

【語釈】

烏衣巷…金陵城（南京）の南側、秦淮区の白鷺洲公園のすぐ西側にある町内の名。　朱雀橋…南京城の南にある秦淮河の上の浮橋の名。巷口…路地の入り口。舊時…過ぎ去った昔。王謝…王導や謝安を出した南朝の名族。堂前…大きい建物の前。尋常…普通の。百姓…庶民。

（唐詩三百首）

 

 

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　

★唐　劉禹錫　　雜曲歌辭　浪淘沙　　雜曲歌辞(まきょくうかじ)　浪淘沙(ろうとうさ)　　

鸚鵡洲頭浪颭沙　　　　鸚鵡洲頭(おうむしゅうとう)　浪(なみ)沙(すな)を颭(うごか)し　

青樓春望日將斜　　　　青楼(せいろう)の春(しゅん)望(ぼう) 日将(まさ)に斜めならんとす　

銜泥燕子爭歸舍　　　　泥を銜(ふくむ)む燕(えん)子(し)は 争いて舍(しゃ)に帰るも　

獨自狂夫不憶家　　　　独(ひと)自(り) 狂夫(きょうふ)のみ 家を憶(おも)わず　

 

【語釈】

雑曲歌辞…楽府題の詩の一つ、内容は雑然としており、志を描写するものや感情を発露するものであり、宴遊や歓楽、うらみや別離の情、行役や征戍の苦労を詠ったものがある。浪淘沙…なみが砂を洗う。淘…物を水に入れて、揺らし動かして洗う。鸚鵡洲…武漢西南（武昌）の長江にある中洲。頭…ほとり。颭…風が物を動かす、波だてる。青樓…青く塗った華美なたかどの。春望…春の眺め。日将斜…日が傾こうとしている。燕子…ツバメ。舍…家、ここでは巣。独自…自分ひとりだけで，自は、～だけでの意。狂夫…気の狂った男(作者)。

（唐詩選）

 

 

★唐　劉禹錫　　金陵五題　石頭城　  金陵五(きんりょうご)題(だい) 石頭(せきとう)城(じょう) 

　　　　　　　　　　　　

山圍故國周遭在　　　　山は故国(ここく)を囲んで 周遭(しゅうそう)として在り　

潮打空城寂寞回　　　　潮(しお)は空(くう)城(じょう)を打って 寂莫(せきばく)として回(かえ)る　

淮水東邊舊時月　　　　淮(かい)水(すい)東辺(とうへん) 旧時(きゅうじ)の月　

夜深還過女牆來　　　　夜深くして 還(ま)た 女牆(じょしょう)を過ぎて来たる　

 

【語釈】

石頭城…金陵（南京）市街の西にある六朝の古都の城郭。故国…古都、六朝の古都・南京を指す。週遭…めぐる。空城…嘗ての首都、実態が無くなった寂しい首都。寂寞…回…めぐる、かえる。淮水…秦淮河のこと、金陵（南京）市街の南部、西部を回る川。女牆…ひめがき、城壁の上にある高い部分と低い部分のうち、低い部分をいう。

 

 

 

★唐　劉禹錫　　元和十一年自朗州召至京戲贈看花諸君子

元和(げんな)十一年朗州(ろうしゅう)自(よ)り召されて京(けい)に至り戯れに花を看る諸君子に贈る　

 

紫陌紅塵拂面來　　　紫陌(しはく)の紅塵(こうじん) 面(めん)を払いて来(きたる)り

無人不道看花回　　　人の 花を看て回(かえ)ると道(い)わざるは無し

玄都觀裏桃千樹　　　玄都觀裏(げんとかんり)　桃千樹

盡是劉郎去後栽　　　尽(ことごと)く是(こ)れ 劉(りゅう)郎(ろう)去りて後に栽えたり

 

【語釈】

戲贈…ふざけて詩を作って贈る。紫陌…都の市街。紅塵…賑やかな街の埃、俗塵。玄都觀…道教寺院の名、長安の朱雀街にあった。劉郎…仙桃を味わった伝説上の人物劉晨と自分のことを掛けたもの。

 

（唐詩選）　曰く付きの詩。

 

 

 

★唐　劉禹錫　　隄上行三首　其一 　 隄上(ていじょう)行(こう)三首　其の一

 

酒旗相望大隄頭　　　酒旗相望む大隄(だいてい)の頭(ほとり)

堤下連檣堤上樓　　　堤下の連檣(れんしょう)堤上の楼

日暮行人爭渡急　　　日暮れて行人渡るを争うこと急に

槳聲幽軋滿中流　　　槳声(しょうせい)幽(かす)かに軋(きし)りて中流に満つ

 

【語釈】

堤上行…堤の上の歌。酒旗…酒屋の看板の旗。相望…向き合う。また、見えてくる。連檣…連なった帆柱。槳聲…櫂をこぐ音。行人…路を行く人。

 

（詩詞世界）

 

★唐　劉禹錫　　西塞山懷古　　      西塞山懷(せきさいざかい)古(こ)　　

　

西晉樓船下益州　　　西晉(せいしん)の楼(ろう)船(せん) 益州(えきしゅう)より下り

金陵王氣黯然收　　　金陵の王気 黯(えん)然(ぜん)として收まる

千尋鐵鎖沈江底　　　千尋の鉄鎖(てっさ) 江底(こうてい)に沈み

一片降旛出石頭　　　一片の降旛(こうはん) 石頭を出ず

人世幾回傷往事　　　人世(じんせい) 幾回か 往事を傷み

山形依舊枕江流　　　山形旧に依り 江流に枕す

今逢四海爲家日　　　今 四海を家と爲す日に逢いて

故壘蕭蕭蘆荻秋　　　故塁(こるい) 蕭々(しょうしょう)たり 蘆(ろ)荻(てき)の秋

 

【語釈】

西塞山…湖北省武昌の東にあり長江に臨む。西晉…三国時代を統一した国。益洲…四川省成都。金陵…南京。王氣…王者を出す兆しのある感じ、雰囲気。千尋…山などの非常に高いこと、谷などの非常に深いこと、ここでは長い意。降旛…降伏の合図の旗。石頭…金陵の西にある城。往事…昔の事、依舊…昔からのありさまで変わらない。四海…四方の海、ここでは天下。故壘…昔のとりで。蕭蕭…物寂しくわびしいさま。蘆荻…あしやおぎ。

 

（唐詩三百首）

 

 

★唐　劉禹錫　　新秋對月寄樂天　　　新秋 月に対して楽天に寄す

 

月露發光彩　　　月露光彩を発し

此時方見秋　　　此の時方(まさ)に秋を見る

夜涼金氣應　　　夜涼しくして金気応じ

天靜火星流　　　天静かにして火星流る

蛩響偏依井　　　蛩は響いて偏く井に依り

螢飛直過樓　　　螢は飛びて直ちに楼を過ぐ

相知盡白首　　　相知尽きて白首

清景復追遊　　　清景復た追遊す

 

【語釈】

楽天…白居易。月露…月夜の露。光彩…あでやかで美しい輝き。金気…秋の気配。火星…火辰、さそり座のアンタレス。蛩…コオロギ。相知…知り合い。白首…白髪の老人。清景…すみきってさわやかな景色。追遊…前に行ったことのある所へもう一度旅行する。

 

（三体詩）

 

★唐　劉禹錫　　秋風引　　　        秋風引(しゅうふういん)

 　

何處秋風至　　　　何(いず)れの処より 秋風(じゅうふう)至る　

蕭蕭送雁群　　　　蕭々(しょうしょう)として 雁群(かりぐん)を送る　

朝來入庭樹　　　　朝来(ちょうらい) 庭樹(ていじゅ)に入る　

孤客最先聞　　　　孤客(こかく)　最も先に聞く　

 

【語釈】

 秋風引…秋風の歌、引は楽府題の歌の意。蕭蕭…風がものさびしく吹くさま。雁群…雁の群れ。朝来…朝がたから、「来」は助辞、「～このかた」「～から今まで」の意を表す。孤客…孤独な旅人、作者自身を指す。

 

（唐詩選）

 

 

★唐　姚合(ようごう)　　　送崔約下第歸揚州 　崔(さい)約(やく)が下第して揚州(ようしゅう)に帰るを送る

 

滿座詩人吟送酒　　　満座の詩人 吟じて酒を送る

離城此會亦應稀　　　離(り)城(じょう) 此の会 亦(ま)た応(まさ)に稀なるべし

春風下第時稱屈　　　春風に下第して 時に屈と称し

秋卷呈親自束歸　　　秋卷(しゅうかん) 親(しん)に呈せんとして 自(みずか)ら束(つか)ねて帰る

日晚山花當馬落　　　日晚(くれ)て 山花 馬に当りて落ち

天陰水鳥傍船飛　　　天陰(くも)もりて 水鳥(すいちょう) 船に傍(そ)いて飛ぶ

江邊道路多苔蘚　　　江辺の道路 苔蘚(たいせん)多し

塵土無由得上衣　　　塵土(じんど) 衣に上るを得るに由(よし)無からん

 

【語釈】

崔約…不詳。下第…科挙に落第すること。揚州…江蘇省揚州市。時稱屈…(世の人は)不当さを取りざたする。秋卷…秋に取りまとめた作品。苔蘚…こけ。無由…てがかりがない。上衣…(舞い上がって)衣に着く。

 

（三体詩）

 

★唐　姚合　　　贈王尊師　　       王(おう)尊師(そんし)に贈る

 

先生自說瀛洲路　　　先生 自ら說く 瀛(えい)洲(しゅう)の路(みち)

多在青松白石間　　　多く青松(せいしょう) 白石(はくせき)の間(かん)に在りと

海岸夜中常見日　　　海岸 夜中(やちゅう) 常に日を見

仙宮深處却無山　　　仙宮(せんきゅう) 深き処　却(かえ)って山無し

犬隨鶴去遊諸洞      犬は 鶴に従いて去り 諸洞に遊び

龍作人來問大還　　　龍は 人と作りて来たりて 大還(たいかん)を問う

今日偶聞塵外事　　　今日偶(たまたま)ま聞く 塵外の事

朝簪未擲復何顏　　　朝(ちょう)簪(しん) 未だ擲(なげう)たず 復(ま)た何の顏(かんばせ)ぞ

 

【語釈】

王尊師…不詳。瀛洲…海中の仙山、三神山(蓬莱、方丈、瀛洲)のひとつ。仙宮…仙人の宮殿。大還…仙薬を作る方法の一つ。塵外…俗世間を離れた所。朝簪…官位を示す冠を止めるピン。

 

（三体詩）

 

★唐　姚合　　　遊春　其の一 　　　遊(ゆう)春(しゅん)　其の一

 

塵中主印吏　　　塵中(じんちゅう) 印(いん)を主(つかさど)る吏(り)

誰遣有高情　　　誰か 高情有ら遣(し)むるや

趁暖簷前坐　　　暖を趁(お)いて簷(えん)前(ぜん)に坐し

尋芳樹底行　　　芳(ほう)を尋ねて樹底を行く

土融凝野色　　　土は融けて 野色凝(こ)り

冰敗滿池聲　　　氷は敗れて 池声満つ

漸覺春相泥　　　漸(ようや)く覚ゆ 春 相(あい)泥(なず)むことを

朝來睡不輕　　　朝来 睡(ねむり)軽(かる)からず

 

【語釈】

塵中…俗世間。趁…求める。簷前…のきさき。野色…野の景色。凝…形成する。漸…しだいしだいに。泥…まとわりつく→定着する。

 

（三体詩）

 

 

★唐　姚合　　　送別友人　　　　友人に送別す

 

獨向山中覓紫芝　　　独り山中に向いて 紫(し)芝(し)を覓(もと)む

山人勾引住多時　　　山人 勾引(こういん)して 住むこと多時なり

摘花浸酒春愁盡　　　花を摘(つ)み酒に浸せば 春愁(しゅんしゅう)尽き

燒竹煎茶夜臥遲　　　竹を焼き茶を煎ずれば 夜(や)臥(が)遅し

泉落林梢多碎滴　　　泉は林(りん)梢(しょう)より落ちて 碎(さい)滴(てき) 多く

松生石底足旁枝　　　松は石底に生じて 旁(ぼう)枝(し)足れり

明朝却欲歸城市　　　明朝 却って 城市に帰らんと欲す

問我來期總不知　　　我に来期を問えども 総(すべ)て知らず

 

【語釈】

紫芝…ひじりだけ、茸の一種。山人…山中の隠者。勾引…引き留める。夜臥遲…(語り合って)夜寝るのが遅い。林梢…林の梢。碎滴…砕けた滴、しぶき。旁枝…脇から出た枝。却…それにもかかわらず。

 

（三体詩）

 

 

★唐　姚合　　　　遊春　　　春に遊ぶ

 

官卑長少事　　　官は卑しくして長(つね)に事少く

縣僻又無城　　　県は僻(へき)にして又城無し

未曉衝寒起　　　未だ曉ならざるに 寒を衝(つ)きて起き

迎春忍病行　　　春を迎えて 病を忍びて行く

樹枝風掉軟　　　樹枝 風は掉(ゆ)れて軟かく

菜甲土浮輕　　　菜(さい)甲(こう) 土に浮んで軽ろし

最好林間鵲　　　最も好し 林間の鵲の

今朝足喜聲　　　今朝　喜声足るは

 

【語釈】

僻…辺鄙。掉…震える､揺れる。菜甲…草や蔬菜の芽。足…多い。

 

（三体詩）

 

★唐　姚倫　　　感秋林　　　    秋(しゅう)林(りん)に感ず　　

 

試向疎林望　　　試みに疎林(そりん)に向いて望めば

方知節候殊　　　方(まさ)に知る節候(せつこう)の殊(こと)なるを

亂聲千葉下　　　乱声 千葉下(くだ)り

寒影一巢孤　　　寒影 一巣孤なり

不蔽秋天雁　　　秋天の雁を蔽(おお)わず

驚飛夜月烏　　　夜月の烏を驚飛せしむ

霜風與春日　　　霜風と春日と

幾度遣榮枯　　　幾度(いくたび)か栄枯を遣(や)る

 

【語釈】

疎林…落葉した疎らな林。節候…時節。殊…変わる。驚飛…目覚めて飛ぶ。遣…過ごす。

 

（三体詩）

 

★唐　姚揆　　　頴川客舍　　　   頴(えい)川(せん)の客舍　　

 

素琴孤劒尚閑遊　　　素(そ)琴(きん) 孤剣(こけん) 尚 閑遊(かんゆう)す

誰共芳尊話唱酬　　　誰と芳(ほう)尊(そん)を共にし 話して唱酬(しょうしゅう)せん

鄉夢有時生枕上　　　鄉夢(きょうむ) 時有りて 枕上(ちんじょう)に生じ

客情終日在眉頭　　　客(かく)情(じょう) 終日 眉頭(びとう)に在り

雲拖雨脚連天去　　　雲は雨脚の天に連って去るを拖(ひ)き　　

樹夾河聲繞郡流　　　樹は河声の郡を繞りて流るを夾(はさ)む

回首帝京歸未得　　　首を帝京に回(めぐ)らせば未だ帰るを得ず

不堪吟倚夕陽樓　　　吟じて 夕陽の楼に倚(よ)るに堪えず

 

【語釈】

素琴…飾りのない琴。閑遊…あてどな旅。芳尊…良い酒。唱酬…詩を互いに贈答する。鄉夢…故郷の夢。客情…旅の愁いの情。眉頭…眉の上。拖…伴う。

 

(三体詩)

 

★唐　姚揆　　　村行　　　       村(そん)行(こう)　

　

天淡雨初晴　　　天淡くして 雨初めて晴る

遊人恨不勝　　　遊人 恨み勝(た)えず

亂山啼蜀魄　　　乱山 蜀魄(しょくこん)啼き

孤棹宿巴陵　　　孤(こ)棹(とう) 巴(は)陵(りょう)に宿(しゅく)す

影暗村橋柳　　　影は暗し 村橋の柳

光寒水寺燈　　　光は寒し 水寺の灯

罷吟思故國　　　吟ずるを罷(や)め 故国を思えば

窗外有漁罾　　　窓外 漁罾(ぎょそう)有り

 

【語釈】

遊人…旅人。蜀魄…ホトトギス。孤棹…孤舟。巴陵…湖南省岳暘県。漁罾…しかけ網。

 

（三体詩）

 

 

★唐　杜荀(とじゅん)鶴(かく)　　旅舎遇雨　　　   旅舎(りょしゃ)にて雨に遇(あ)う

　　

月華星綵坐來收　　　月(げっ)華(か)星(せい)彩(さい) 坐来(ざらい)収まる

嶽色江聲暗結愁　　　岳(が)色(しょく)江声(こうせい) 暗(あん)に愁を結ぶ

半夜燈前十年事　　　半夜灯前　十年の事　　

一時和雨到心頭　　　一時に雨に和して 心頭に到る

　　

【語 釈】

旅懷…旅中のおもい。月華…月明かり。星彩…星々のきらめき。坐來収…次第にうすれていく。坐來は、いながらにして。次第に。嶽色…山の色。江聲…川の流れる音。半夜…夜中。夜半に同じ。和雨…雨音にあわせて。和は、調子を合わせる、まぜ合わせるの意。心頭…こころ。心中に同じ。

（三体詩）

 

 

★唐　杜荀鶴　　春宮怨　　　     春宮怨(しゅんきゅうえん)

 

早被嬋娟誤　　　早く嬋娟(せんけん)に誤まられ

欲妝臨鏡慵　　　妝(よそお)わんと欲して鏡に臨むに慵(ものう)うし

承恩不在貌　　　恩を承くるは 貌(かたち)に在らず

教妾若爲容　　　妾をして若為(いかん)んぞ容(かたちづ)くら教(し)めたる

風暖鳥聲碎　　　風暖くして　鳥声碎け

日高花影重　　　日高くして　花影重し

年年越溪女　　　年々 越溪(えつけい)の女(じょ)

相憶採芙蓉　　　相憶いて芙蓉を採る

 

【語釈】

春宮怨…嬋娟誤…美貌の故に身を誤った。承恩…君の寵愛を受ける。不在貌…要望だけではない。若爲…どうして。鳥聲碎…鳥の鳴き声が入り交じって聞こえること。越溪女…西施のの故事。

 

（唐詩三百首）

 

 

★唐　唐彦(とうげん)謙(けん)　　長渓秋思　　　　 長溪(ちょうけい)の秋(しゅう)思(し)　

　　

柳短莎長溪水流　　　　　柳は短く　莎(さ)は長(ちょう)じて渓(けい)水(すい)　流る　

雨微煙暝立溪頭　　　　　雨は微(かす)かに煙は瞑(くら)くして渓頭(けいとう)に立つ　

寒鴉閃閃前山去　　　　　寒(かん)鴉(あ)　閃々(せんせん)として前山(ぜんざん)に去る　

杜曲黃昏獨自愁　　　　　杜曲(ときょく)の黄昏　独自(ひとり)愁(うれ)う　

 

【語釈】

長渓…長安の南西、杜曲を流れる川。秋思…秋のもの思い。莎…はますげ。溪水…谷川の水。溪頭…谷川のほとり。寒鴉…さむざむとした烏。閃閃…うごめてひらめくさま、きらきら、ひらひら。前山…前方の山。杜曲…西安市長安区東少陵原の東南端。黃昏…たそがれ。獨自…「どくじ」と読み、ひとりのこと。

 

（三体詩）

 

★唐　任翻(にんほん)　　　秋晚郊居 　　　　秋晚の郊(こう)居(きょ)

 

遠聲霜後樹　　　遠声(えんせい) 霜後(せつご)の樹(じゅ)

秋色水邊村　　　秋色 水辺の村

野徑無來客　　　野径 客(かく)の来(きた)る無く

寒風自動門　　　寒風 自(おのずか)ら門を動かす

海山藏日影　　　海山 日影(にちえい)を蔵(ぞう)し

江石落潮痕　　　江石 落潮(らくちょう)の痕(あと)

惆悵高飛晚　　　惆悵(ちゅうちょう)す 高飛(こうひ)すること晚(おそ)く

年年別故園　　　年々 故園に別るるを

 

【語釈】

秋晚…秋の終わりころ。郊居…郊外の住居。遠聲…遠くから聞こえる落ち葉の音。秋色…秋景色。野徑…野径。海山…海上の山。藏日影…沈む日を納める。江石…川辺の石。落潮痕…潮が引いていった痕。惆悵…悲しみ嘆く。高飛…天下に飛揚する。故園…故郷。

 

（三体詩）

 

★唐　馬戴(ばたい)　 　 灞上秋居 　　　　灞上(はじょう)の秋居

　

灞原風雨定　　　灞(は)原(げん) 風雨定まり

晚見鴈行頻　　　晚(くれ)に 鴈(がん)行(こう)頻(しき)りなるを見る

落葉他鄉樹　　　落葉 他鄉の樹

寒燈獨夜人　　　寒灯 独夜の人

空園白露滴　　　空園 白露滴(した)たり

孤壁野僧隣　　　孤壁 野僧隣(となり)す

寄臥郊扉久　　　郊扉に寄臥すること久しく

何年致此身　　　何れの年にか此の身を致さん

 

【語釈】

灞上…灞水（陝西省藍田県に源を発し、最終的に渭水に注ぐ川）のほとり。灞原…灞水のほとりの原野。鴈行…雁の行列。獨夜人…独りで夜を過ごしている人（作者）。空園…人気のいない園。孤壁…ただ一つの垣。野僧…田舎の僧。寄臥…身を寄せて隠れ住む。郊扉…田舎の家。致此身…身を君国に捧げる。

 

（唐詩三百首）

 

★唐　馬戴　　　楚江懷古　　　　 楚江懷(そこうかい)古(こ)

 

露氣寒光集　　　露気 寒光集まり

微陽下楚丘　　　微陽 楚(そ)丘(きゅう)に下る

猨啼樹洞庭　　　猿は啼く洞庭の樹

人在木蘭舟　　　人は在り木蘭の舟

廣澤生明月　　　広沢　明月生じ

蒼山夾亂流　　　蒼山 乱流夾(さしはさ)む　

雲中君不見　　　雲中 君は見えず

竟夕(きょうせき)自悲秋　　　竟夕 自(おのずか)ら秋を悲しむ

 

【語釈】

楚江…長江のうち、湖北省南部と洞庭湖を挟む一帯を流れる部分。露氣…秋の露を含んだ大気。寒光…寒々とした光。微陽…かすかな光となった夕日。楚丘…楚の国の山並み。洞庭…洞庭湖。人…作者。蘭舟…舟の美称。廣澤…広い湿地帯。蒼山…（日暮れの）青い山々。

 

　（唐詩三百首）

 

★唐　馬戴　　　送人歸蜀　　　   人の蜀に帰るを送る

 

別離楊柳陌　　　別離 楊柳の陌(はく)

迢遰蜀門行　　　迢遰(ちょうてい)たり 蜀門の行(こう)

若聽清猨後　　　若(も)し清猨(せいえん)を聴きての後ならば

應多白髮生　　　応(まさ)に白髮の生ずること多かるべし

虹霓侵棧道　　　虹霓(こうげい) 棧(さん)道(どう)を侵(お)かし

風雨雜江聲　　　風雨 江声を雜(まじ)う

過盡愁人處　　　人を愁えしむる処を過ぎ尽くせば

煙花是錦城　　　煙花 是れ 錦(きん)城(じょう)

 

【語釈】

陌…街路。迢遰…遙かに遠い。蜀門…蜀への径には山が重なり門のようである。清猨…清い猿の声。虹霓…虹。棧道…崖に穴を空けて木を差し込んでその上に架けた道。愁人處…山峡の猿の鳴き声がする所。煙花…花霞。錦城…錦官城（成都）。

（三体詩）

 

★唐　溫庭筠(おんていいん)　　利州南渡 　      利州(りしゅう)の南渡(なんと)

 

澹然空水對斜暉　　　澹(たん)然(ぜん)たる空(くう)水(すい) 斜暉(しゃき)に対し

曲島蒼茫接翠微　　　曲(きょく)島(とう) 蒼茫(そうぼう)として 翠微(すいび)に接す

波上馬嘶看櫂去　　　波上 馬 嘶(いなな)いて 櫂(かい)の去るを看(み)

柳邊人歇待船歸 　　 柳(りゅう)辺(へん) 人 歇(いこ)いて 船を待ちて帰る

數叢沙草羣鷗散　　　数(すう)叢(そう)の沙(さ)草(そう) 郡鷗(ぐんおう)散り

萬頃江田一鷺飛　　　万(ばん)頃(けい)の江田(こうでん) 一(いち)鷺(ろ)飛ぶ

誰解乘舟尋范蠡　　　誰か解せん 舟に乘じて 范蠡を尋ね

五湖煙水獨忘機　　　五湖の煙水に 独り機を忘るるを

 

【語釈】

利州…四川省広元県。澹然…静かな様。斜暉…夕日。曲島…曲がりくねった島。蒼茫…青々として広い様。翠微…山の中腹。波上…川のほとり。櫂…手こぎ船。數叢…水辺のあちこちのくさむら。沙草…砂と草。萬頃…ひろびろとした。江田…川辺の田。范蠡…故事在り。五湖…江南地方の五つの湖。煙水…霞の立つ水面。忘機…世俗的な利益を忘れること。

 

(唐詩三百首)

 

★唐　溫庭筠　　送人東遊　　　   人の東遊(とうゆう)するを送る　　

 

荒戍落黃葉　　　荒戍(こうじゅ) 黃(こう)葉(よう)落ち

浩然離故關　　　浩然(こうぜん)として 故関を離る

高風漢陽渡　　　高風 漢陽渡

初日郢門山　　　初日 郢門山

江上幾人在　　　江上 幾人か在る

天涯孤櫂還　　　天涯 孤櫂(こかい)還える

何當重相見　　　何(いつ)か 当に重ねて相い見るべし

尊酒慰離顏　　　尊酒(そんしゅ) 離顏(りがん)を慰さむ

 

【語釈】

荒戍…荒城、荒れた街。浩然…意を決して。故關…郷関、ふるさと。漢陽渡…漢陽（武漢市の一部）の渡し場。初日…朝日。郢門山…湖北省江稜県付近の山。天涯…空の果て。孤櫂…一つの櫂に酔ってこぐ船。尊酒…酒樽に入った酒。離顏…別れの愁いに曇る顔。

 

（唐詩三百首）

 

★唐　溫庭筠　　商山早行 　　    商山(しょうざん)早(そう)行(こう)

 

晨起動征鐸　　　晨起(しんき) 征鐸(せいたく)動き

客行悲故鄉　　　客行(かくこう) 故鄉を悲しむ

雞聲茅店月　　　雞声(けいせい) 茅店(ちてん)の月

人迹板橋霜　　　人迹(じんせき) 板橋(はんきょう)の霜

槲葉落山路　　　槲(かい)葉(よう) 山路に落ち

枳花明驛牆　　　枳(き)花(か) 駅牆(えきしょう)に明きらかなり

因思杜陵夢　　　因(よ)りて思う 杜陵の夢

鳧雁滿迴塘　　　鳧雁(ふがん) 迴塘(かいとう)に滿つ

 

【語釈】

商山 … 山の名。陝西省商県の東南にある、漢代の初めに、四人の隠士が乱を避けて隠れ住んだことで有名、四人とも鬚ひげや眉が皓白の老人であったので、「商山の四皓」と呼ばれた。早行 … 早朝に旅立つこと。晨起 … 朝早く起きる。征鐸 … 旅の車の鈴。動 …あるいは鈴を鳴らしつつ車を進めること。客行 … 故郷を離れ、旅路にあること。茅店 … 茅かや葺ぶき屋根の粗末な宿屋。人迹 … 人の足あと。板橋 … 木の板を渡しただけの粗末な橋。槲葉 … かしわの葉。枳花 … からたちの花。駅牆 … 駅舎の土塀。因思 … そこでふと思い起こされる。杜陵 … 長安城の東南の郊外にある高台、当時有名な行楽地であった。鳧雁 … 野鴨と雁。迴塘 … 回るように湾曲した池、曲江を指すと思われる。

 

(唐詩三百首)

 

★唐　高蟾(こうたん)　　　春其二　　　     春　其の二

 

明月斷魂清靄靄　　　明月 断魂 清くして靄(あい)々(あい)たり

平蕪歸路綠迢迢　　　平(へい)蕪(ぶ) 帰路 緑にして迢々(ちょうちょう)たり

人生莫遣頭如雪　　　人生 頭(こうべ)を 雪の如からしむ莫かれ

縱得春風亦不消　　　縱(たと)い 春風を得(う)るとも 亦(ま)た 消(しょう)せじ

 

【語釈】

斷魂…非常に悲痛である。靄靄…おぼろげなさま。平蕪…平らな草原。迢迢…高いさま、遙かなさま。

 

（三体詩）

 

 

★唐　高蟾　　　金陵晩眺　　　   金(きん)陵(りょう)の晩眺(ばんちょう)　　　

 

曾伴浮雲歸晚色　　　　曾(かつ)て 浮雲の 晩色に帰するに伴ない

猶陪落日汎秋聲　　　　猶お 落日の 秋声を泛(うか)ぶに陪(ばい)す

世間無限丹青手　　　　世間 限り無き丹青(たんせい)の手

一段傷心畫不成　　　　一段の傷心 画くとも成らず

 

【語釈】

金陵…南京。晩眺…夕暮れの眺め。晩色…夕方の眺め、夕靄。伴…傍にいる、実際にながめる。秋聲…秋の気配を感じさせる音。陪…傍にいる、実際にながめる。丹青…絵。傷心…胸を痛める気持。一段…一片

 

（三体詩）

★唐　高駢　　　山亭夏日　　   　山亭(さんてい)の夏日(かじつ)

綠樹陰濃夏日長　　　綠樹(りょくじゅ) 陰 濃(こまやか)にして 夏日(かじつ)長し

樓臺倒影入池塘　　　楼台 影を倒(さか)しまにして 池塘(ちとう)に入る

水精簾動微風起　　　水精の簾(れん) 動いて 微風起り

一架薔薇滿院香　　　一架(いっか)の薔薇(しょうび) 満院香(かんば)し

 

【語釈】

山亭 …山の別荘。夏日 … 夏の一日。緑樹 … 緑なす木々。陰濃 … 地面に濃い影を落としている。夏日長 … 夏の一日がなかなか暮れない。楼台 … 高殿たかどの。二階建て以上の建物。倒影 … その姿が水面にさかさまに映っていること。池塘 … 池。水精 … 水晶のこと。簾 … すだれ。微風 … そよ風。一架 … 棚いっぱいの。薔薇 … バラ。満院 … 中庭いっぱいに。

（唐詩選）

 

 

★唐　鄭(てい)谷(こく)　　　淮上与友人別　　 淮上(わいじょう)にて友人と別る

揚子江頭楊柳春　　　揚子(ようす)江頭(こうとう) 楊柳の春

楊花愁殺渡江人　　　楊(よう)花(か) 愁殺(しゅうさつ)す 江を渡る人

数声風笛離亭晩　　　数声の風笛 離亭の晩(くれ)

君向瀟湘我向秦　　　君は 瀟湘(しょうしょう)に向かい 我れは秦に向かう

 

【語釈】

淮上…淮水（現・淮河）華中を流れる河のほとり。楊柳…柳の総称。楊花…柳絮。柳の花が咲いた後、白い綿毛のある種子が散るさま。愁殺…ひどく愁えさせる。風笛…風に散る笛の声。離亭…送別の宴を張る亭。瀟湘…遥か南方の地湖南省。秦…長安などのある陝西省の別称。

（詩詞世界）

 

★唐　鄭谷　　　慈恩寺遇題　 　　慈恩寺に遇(たまた)ま題す

 

往事悠悠成浩歎　　　往事(おうじ) 悠々(ゆうゆう)として 浩歎(こくたん)を成す　　　　

浮生擾擾竟何能　　　浮生(ふせい) 擾々(じょうじょう)として 竟(つい)に何をか能くせん

故山歳晩不歸去　　　故山 歳(とし) 晩(く)れて 帰り去らず

高塔晴來獨自登　　　高塔 晴 来たりて 独自(ひとり)登る

林下聽經秋苑鹿　　　林下 経を聽く　秋苑の鹿

江邊掃葉夕陽僧　　　江辺　葉を掃く 夕陽の僧

吟餘卻起雙峯念　　　吟余 卻って起こす 双峯の念

曾看庵西瀑布冰　　　曾(かつ)て看る 庵西 瀑布の冰(こおり)

 

【語釈】

○慈恩…慈恩寺。長安にある玄奘三蔵ゆかりの名刹。○往事…過ぎ去った昔。○悠悠…のんびり、ゆったりしたさま。○浩歎…大きなため息。○浮生…はかない浮き世。○擾擾…ごたごたしているさま。○竟何能…反語、なにもできない。○故山…故郷の山、故郷。○高塔…慈恩寺の大雁塔。○獨自…独り。二字でこう読む場合もある。○雙峯…広東省曲江県の雙峯寺。○菴西瀑布…雙峯寺の西にある滝。

(三体詩)　

 

「江邊掃葉夕陽僧。」は茶席の禅語

 

★唐　鄭谷　　　中年　　　              中年　　

 

漠漠秦雲淡淡天　　　漠々(ばくばく)たる秦雲 淡々(たんたん)たる天

新年景象入中年　　　新年の景象 中年に入る

情多最恨花無語　　　情多くして 最も恨む 花に語無きを

愁破方知酒有權　　　愁は破れて 方(まさ)に知る 酒に権有るを

苔色滿牆思故第　　　苔(たい)色(しょく) 牆に満ち 故第(こだい)を思う

雨聲入夜憶春田　　　雨声 夜に入って 春田を憶う

衰遲自喜添詩學　　　衰遲(すいti) 自(みずか)喜ぶ 詩学を添うるを

更把前題改數聯　　　更に前題を把(と)りて 数聯(すうれん)を改む　　

 

【語釈】

中年…五十歳。漠漠…果てしなく広がるさま。秦雲…長安方面にかかる雲。淡淡…うっすらとしたさま。情…物に感ずる感受性。無語…言葉を理解しない。方…やっと、始めて｡權…うわべだけの力。故第…元の屋敷。春田…春になって耕作に取りかかること。衰遲…何もし得ないまま老衰してしまうこと。前題…前に作った詩。

 

（三体詩）

 

 

★唐　杜(と)秋娘(しゅんじょう)（無名氏）　　金縷衣　　　金縷(きんる)の衣(ころも)　

勸君莫惜金縷衣　　　　君に勧(すす)む 惜(お)しむ莫(な)れ 金縷(きんる)の衣　

勸君須惜少年時　　　　君に勸(すす)む 須(すべから)らく惜(お)しむべし 少年の時　

花開堪折直須折　　　　花 開きて 折るに堪(た)えなば 直ちに 須(すべから)く折るべく　

莫待無花空折枝　　　　花 無きを 待ちて 空(むな)しく 枝を折ること莫(なか)れ　

 

【語釈】

金縷衣…金糸で縫い取りをした立派な着物、富貴な生活。杜秋娘…唐代・金陵の歌妓。少年時…若いとき。堪折…折る値打ちがある。堪…～できる。直…ただちに。莫…（～する）な。空…無意味に～する。

（唐詩三百首）

 

 

★唐　蔡(さい)希(き)寂(しゅく)　 洛陽客舍逢祖詠留宴　　　客舍(かくしゃ)にて祖(そ)詠(えい)に逢(あ)いて留(りゅう)宴(えん)す　　　

綿綿鐘漏洛陽城　　　　綿々(めんめん)たる鐘漏(しょうろう) 洛陽城　

客舍貧居絶送迎　　　　客舍(かくしゃ) 貧(ひん)居(きょ) 送迎絶(た)ゆ　

逢君貰酒因成醉　　　　君に逢いて 酒を貰(おきの)りて 因(よ)りて醉(すい)を成さん　

醉後焉知世上情　　　　醉後(すいご) 焉(いずく)んぞ知らん 世上(せじょう)の情(じょう)を　

 

【語釈】

客舍…旅館。祖詠…唐代の詩人。留宴…引きとどめて宴会をする。綿綿…長々と続いて絶えないさま。鐘漏…時を知らせるかねと水時計。貧居…貧しいすまい。絶送迎…人との付きあいが絶えて無くなったこと。貰…掛け買いをする。成酔…よっぱらう。焉…どうして、いずくんぞ、疑問や反語を表す。世上…世の中、世間。情…心、有様。

(唐詩選）

★唐　薛業(せつぎょう)　　 洪州客舍寄柳博士芳　　　洪州(こうしゅう)の客舍(かくしゃ)にて 柳(りゅう)博士(はくし)芳(ほう)に寄す

 

去年燕巢主人屋　　　去年 燕は巣(す)くう 主人の屋(おく)

今年花發路傍枝　　　今年 花は発(ひら)らく 路傍の枝

年年爲客不到舍　　　年々客(かく)と為(な)り 舍(しゃ)に到らず

舊國存亡那得知　　　旧国の存亡(そんぼう) 那(な)んぞ知り得ん

胡塵一起亂天下　　　胡(こ)塵(じん) 一たび起りて 天下を乱しより

何處春風無別離　　　何れの処か 春風 別離無からん

 

【語釈】

洪州 …江西省南昌。客舎 … 旅館。柳博士芳 … 国子博士、すなわち国立大学の教授・柳芳のこと。主人 … 作者が寄寓する宿のあるじ。舎 … 故郷の家。旧国 … 郷里。胡塵 … 夷狄の戦塵、ここでは安禄山の乱を指す。

 

（唐詩選）

 

 

★唐　薛(せつ)能(のう)　　　老圃堂　　　            老圃堂(ろうほどう)　

邵平瓜地接吾廬　　　邵(しょう)平(へい)が瓜地(かち) 吾が廬(ろ)に接す

穀雨乾時偶自鋤　　　穀雨(こくう) 乾く時 偶(たまた)ま自(みずか)ら鋤(す)く

昨日春風欺不在　　　昨日 春風 不在を欺(あざむ)き

就床吹落讀殘書　　　床に就(つ)きて　吹き落とす　読残(どくざん)の書

 

【語釈】

老圃堂…作者の書斎の名。老圃は、畑作りによくなれた農夫のこと。老農に同じ。邵平瓜地…邵平の瓜畑。邵平の故事あり。接吾廬…廬は、家。穀雨…二十四節気のひとつで、穀物を育てる雨の意。偶自鋤…鋤は、田畑を耕すこと。就床吹落…床に置いていた書物が吹き落とされた。讀殘書…読みかけの書物。

（三体詩）

 

★唐　薛能　　　吳姬十首 其十 　　　  　吳姬十首 其の十

 

自是三千第一名　　　自(おのずか)ら是れ三千 第一の名

內家叢裏獨分明　　　內家(ないか)叢(そう)裏(り) 独り分明

芙蓉殿上中元日　　　芙蓉(ふよう)殿上(でんじょう) 中元の日

水拍銀臺弄化生　　　水 銀題を拍(う)って 化生(かせい)を弄(ろう)す

 

【語釈】

呉姫…呉地方（現在の江蘇省一帯）には美女が多いとされる。三千…宮女の数。第一名…一番の美女。内家叢裏…内家は、後宮のこと、叢は、むらがる。分明…目立つの意。芙蓉殿…長安の東南、曲江の畔にあった離宮。中元日…陰暦七月十五日。化生…蝋を以て嬰児を作り、水に浮かべる遊び。

 

（三体詩）

★唐　薛(せつ)能(のう)　　　漢南春望　　　　        漢(かん)南(なん)の春望

 

獨尋春色上高臺　　　独り春色を尋ねて 高台に上る

三月皇州駕未迴　　　三月 皇州(こうしゅう) 駕(が) 未だ迴(かえ)らず

幾處松筠燒後死　　　幾処の松筠 燒後に死し

誰家桃李亂中開　　　誰が家の桃李ぞ乱中に開く

姦邪用法元非法　　　姦(かん)邪(じゃ) 法を用う 元 法に非(あら)らず

唱和求才不是纔　　　唱和して 才を求む 是れ才ならず

自古浮雲蔽白日　　　古(いにしえ)より浮雲 白日(はくじつ)を蔽(おお)う

洗天風雨幾時來　　　天を洗う風雨 幾時(いくとき)か来(きた)らん

 

【語釈】

○漢南…漢水の南、湖北省江稜のあたり。○皇州…都、長安。○駕…天子の車駕。○松筠…松と竹。○乱中…黄巣の乱。○姦邪…邪悪な人間。○浮雲…奸臣。○白日…天子。○洗天風雨…周の武王が殷の紂王を撃つときに雨が降り、太公望が「洗兵雨」と言った。

（三体詩）

 

★唐　薛瑩(せつほう)　　　秋日湖上 　　　         秋日の湖上　

 

落日五湖遊　　　落日 五湖に遊び

煙波處處愁　　　煙波 処々に愁う

沈浮千古事　　　沈浮 千古の事

誰與問東流　　　誰と与(とも)にか東流に問わん

 

【語釈】

落日 …日が沈む頃。五湖 … 湖南省にある洞庭湖とする説と、江蘇省南部にある太湖とする説とに分かれる。煙波 … 夕もやの立ち込めた水面。愁 … 私の心を憂えさせる。浮沈 … 人の世の浮き沈み。

（唐詩選）

 

★唐　袁枚(えんばい)　　　春日雑詩其一　　　　    春日(しゅんじつ)雑(ざつ)詩(し)其の一　

千枝紅雨萬重烟　　千枝(せんし)の紅(こう)雨(う)　万(ばん)重(ちょう)の煙

畫出詩人得意天　　画(えが)き出(い)だす　詩人 得意の天

山上春雲如我懶　　山上の春雲　我が懶(らん)の如く

日高猶宿翠微巓　　日高くして 猶(な)お宿(しゅく)す 翠微(すいび)の巓(てん)

 

【語釈】

春日 … 春ののどかな日。または、春の日差し。雑詩 … 感じたことを自由に詠んだ詩。千枝 … 多くの木の枝。紅雨 … 赤い花びらの散る形容。万重 … 幾重にも重なり、たなびいている。煙 … 春霞。得意天 … （詩人の）心情にかなった好景。懶 …ここでは惰眠を貪って物憂い気分。日高 … 日は高く昇っているのに。猶 … 相変わらず。それでもまだ。

宿 … 宿って動かない。翠微 … 山の八合目あたり、薄緑色にかすんで見える。巓 … 山の頂上。

（漢詩大系２２）

★唐　趙嘏(ちょうか)　 　 靈巖寺　　　　          靈(れい)巖寺(げんじ)（一作白居易詩）

 

館娃宮伴千年寺　　　館娃宮(かんあきゅう)伴(はん) 千年の寺　　　　　

水闊雲多客到稀　　　水 闊(ひろ)く 雲 多く 客(かく)の到ること稀(まれ)なり

聞說春來倍惆悵　　　聞說(きくならく) 春来たりて 倍(ます)ます惆悵(ちゅうちょう)すと

百花深處一僧歸　　　百花深き処 一僧 帰る

 

【語釈】

靈巖寺…江蘇省蘇州のすぐ南、呉県の西南にある寺。館娃宮…呉王夫差の宮殿、美人西施のために建てた。聞説…聞くことには。惆悵…うらみなげくさま。

 

（三体詩）

 

 

★唐　趙嘏　　　江楼書感　　　          江楼(こうろう)にて感を書す

獨上江樓思渺然　　独り江楼に上ぼれば 思い渺(びょう)然(ぜん)たり

月光如水水連天　　月光は水の如く 水は天に連なる

同來翫月人何處　　同(とも)に来たりて月を翫(もてあそ)びし 人は何れの処ぞ

風景依稀似去年　　風景は依(い)稀(き)として 去年に似たり

 

【語釈】

江樓 … 川辺の高楼。渺然 … 果てしなく広がる。果てしないさま。如水 … 水のように冴えわたたる。水連天 … 川の水は大空まで続いている。翫月 … 月を眺めて楽しむこと。依稀…はっきりしないが～だ。

 

(唐詩選)

 

★唐　錢起　　　帰雁　　             　 帰(き)雁(がん)

 

瀟湘何事等閑回　　　　　　瀟湘(しょうしょう)より 何事(なにごと)ぞ 等間(とうかん)に回(か)える

水碧沙明兩岸苔　　　　　　水は碧(みどり)に　沙(いさご)は明らかにして　両岸苔むす

二十五絃彈夜月　　　　　　二十五絃　夜月に弾ずまれば

不勝清怨却飛來　　　　　　清怨に勝(た)えずして　却飛(きゃくひ)し来たる

 

【語釈】

瀟湘 … 瀟水と湘江。洞庭湖に南から流れこむ二つの川の名、ここでは、この二つの川の流域一帯を指す。何事 … どういうわけで。等閑 … 心にかけない。水碧 … 水は青く澄んで。沙明 … 砂は白く輝いて。両岸苔 … 両方の岸にはみずみずしい苔が生じている。二十五絃 … 二十五弦の瑟（おおごと）。清怨 … 清らかで哀怨な調べ。清く哀れな音。不勝 … 堪えきれず。却飛来 … 南方の瀟湘から北方へ飛び帰ること。「来」は助辞、意味はない。

 

（唐詩選）

 

★唐　錢起　　　秋夜同梁鍠文宴　　　    秋夜梁鍠(りょうこう)文と同に宴す

客到衡門下　　　客は到る 衡門(こうもん)の下　

杯香蕙草時　　　杯は香る 蕙(けい)草(そう)の時

好風能自至　　　好風 能く自(おのずか)ら至り

明月不須期　　　明月 期すを須(もち)いず

秋水翻荷影　　　秋水 荷影を翻(ひるが)えし

晴霜脆柳枝　　　晴霜 柳枝を脆(ぜい)にす

微官是何物　　　微官 是れ何物ぞ

許可廢吟詩　　　許(いか)で詩を吟ずるを廃す可(べ)けんや

 

【語釈】

梁鍠…不詳、天宝年間の人。衡門…上に横木を渡しただけの粗末な門、冠木門。蕙草…香草の一種。不須期…期待しないでも自然に登ってくる。荷影…蓮の葉。脆…脆弱。是何物…反語、軽んずる意味。許可…反語、どうして～しようか。

 

（三体詩）

 

★唐　錢起　　　石門春暮　　            石門の春暮

 

自笑鄙夫多野性　　　自ら笑う 鄙夫(ひふ)の野性多きを

貧居數畝半臨湍　　　貧居 数畝 半ば湍(たん)に臨む

谿雲雜雨来茅屋　　　谿(けい)雲(うん) 雨を雜(まじ)えて 茅屋に来り

山雀將雛傍藥欄　　　山(さん)雀(じゃく) 雛を将(ひき)って薬欄(やくらん)に傍(そ)う

仙籙滿床閑不厭　　　仙籙(せんろく) 床に満ちて 閑(かん)にして厭(あ)かず

陰符在篋老羞看　　　陰符 篋(きょう)に在りて老いて看るを羞(は)ず

更憐童子宜春服　　　更に憐れむ 童子の 春服に宜(よろ)しく

花裏尋師到杏壇　　　花裏に師を尋ねて 杏壇(きょうだん)に到るを

 

【語釈】

石門…山東省臨邑県にあると思われるが、不詳。鄙夫…おろかで卑しい人。野性…性情の野暮なこと、世間の慣習や礼儀作法になじまないこと。湍…早瀬。谿雲…谿からわき上がる雲。藥欄…薬草畑の作の柵。仙籙…仙道の書。陰符…陰符経、のことで転じて兵法の書を言う。杏壇…師の教壇。

 

（三体詩）

 

★唐　錢起　　　谷口書齋寄楊補闕　　　  谷口の書斎にて楊補闕(ようほけつ)に寄す

 

泉壑帶茅茨　　　泉壑(せんがく) 茅(ぼう)茨(し)を帯び

雲霞生薜帷　　　雲霞(うんか) 薜帷(へいい)に生ず

竹憐新雨後　　　竹は憐(あわれ)む 新雨の後

山愛夕陽時　　　山は愛す 夕陽の時

閑鷺棲常早　　　閑(かん)鷺(ろ) 棲むこと常に早く

秋花落更遲　　　秋花 落つること更に遅し

家童掃蘿逕　　　家童 蘿(ら)経(けい)を掃う

昨與故人期　　　昨 故人と期す

 

【語釈】

谷口…谷の水が山を出る所。楊補闕…不詳、補闕は官名、天子に供奉して諷諌をつかさどる。泉壑帯茅茨　帯は連帯の意。茅ぶきの家が谷間にある、との意、茅茨はかやぶき屋根の簡素な家。薜帷…つた、かずらで編んだ帳。閑鷺…閑な白鷺。栖…ねぐらにつく。蘿逕…蔓草の生い茂った道。

 

（唐詩三百首）

 

 

★唐　銭起　　　贈闕下裴舎人　　　　　  闕下裴(けっかはい)舎人(しゃじん)に贈る　

　　　

二月黄鸝飛上林　　　二月 黄鸝(こうり) 上林(じょうりん)に飛び

春城紫禁曉陰陰　　　春城　紫禁(しきん)　暁に陰々(いんいん)たり

長樂鐘聲花外盡　　　長楽(ちょうらく)の鐘声　花外に尽き

龍池柳色雨中深　　　龍池の柳色　雨中に深し

陽和不散窮途恨　　　陽和(ようわ)も散ぜず　窮(きゅう)途(と)の恨み

霄漢長懸捧日心　　　霄漢(せいかん) 長(とこし)に懸(つ)ぐ 捧(ほう)日(じつ)の心

獻賦十年猶未遇　　　賦(ふ)を献じて十年　猶お未だ逢わず

羞將白髪對華簪　　　羞ずらくは白髪を将(も)って華(か)簪(しん)に対するを

 

【語釈】

闕下…は宮殿の門の下。裴…人物については不明。舎人 … 中書舎人。黄鸝 … 高麗うぐいす。上林 … 漢代の御苑、上林苑のこと。春城 … 春の宮城。紫禁 … 天子の宮殿。陰陰 … うす暗く、ひっそりしている様子。長楽 … 漢代の宮殿の名、長楽宮。鐘声 … 鐘の音。花外 … 花の彼方。竜池 … 興慶宮内にあった池の名。柳色 … 青々とした柳の色。陽和 … のどかな春の気。窮途 … 仕官をするところがなく、行き詰まった境遇。霄漢 … 大空。朝廷に喩える。捧日心 … 天子への忠誠心。献賦 … 天子に賦を作って献ずること。十年 … 長い間。未遇 … 不遇なこと。羞 … 恥ずかしい。華簪 … 華やかなかんざし、地位の高い人、ここでは裴舎人を指す。

 

（『唐詩選』）

 

★唐　雍(よう)陶(とう)　　　西歸出斜谷　　　        西帰(せいき)して斜(しゃ)谷(こく)を出(い)ず

 

行過險棧出褒斜　　　険棧(けんさん)を行き過ぎて 褒(ほう)斜(や)を出(い)ず

出盡平川似到家　　　平川を出で尽くせば 家に到るに似たり

萬里客愁今日散　　　万里の客(かく)愁(しゅう) 今日(こんにち)散ず

馬頭初見米囊花　　　馬頭(ばとう) 初めて見る 米囊(べいのう)の花　

 

【語釈】

西歸…西の故郷、西都に帰る。斜谷…褒斜谷。險棧…険しい桟橋。平川…平らな河原。客愁…旅の愁い。馬頭…馬の上。米囊花…芥子の花、蜀に多い。

 

（三体詩）

 

★唐　雍陶　　　過南鄰花園　　　　      南鄰(なんりん)の花園(かえん)に過(よ)ぎる

 

莫怪頻過有酒家　　　怪しむ莫かれ 頻りに酒有る家に過ぎるを

多情長是惜年華　　　多情は長(つね)に是れ　年(ねん)華(か)を惜しむ

春風堪賞還堪恨　　　春風は賞するに堪え 還(ま)た恨むに堪えたり

纔見開花又落花　　　纔(わずか)かに開花を見しに 又落花

 

【語釈】

過…「を過ぎる」と読むときは「通過する」、「に過ぎる」と読むときは「訪れる」。是…助辞、動詞の前に置かれて強調する。年華…歳月。

 

（三体詩）

 

 

 

★唐　雍陶　　　宿嘉陵驛　　　　　      嘉(か)陵(りょう)駅(えき)に宿す

離思茫茫正值秋　　　離思(りし)  茫々(ぼうぼう)として 正(まさ)に秋に值(あ)う

每因風景卻生愁　　　風景に因(よ)る毎(ごと)に 卻(かえ)って愁いを生ず

今宵難作刀州夢　　　今宵(こんしょう) 作し難(がた)し 刀州(とうしゅう)の夢

月色江聲共一樓　　　月色 江声 共に一楼

 

【語釈】

嘉陵驛…嘉陵江（四川省を北から南に縦断し、重慶で長江に注ぐ川）にある宿場。離思…遠い故郷を偲ぶ気持。茫茫…果てしなく広いさま。值…会う。因…親しむ。刀州…四川省広元県。

 

（三体詩）

 

 

★唐　雍陶　　　和孫明府懷舊山　　　　孫(そん)明府(めいふ)の旧山を懷(おも)うに和す

 

五柳先生本在山　　　五(ご)柳(りゅう)先生(せんせい) 本 山に在り

偶然爲客落人間　　　偶然 客(かく)と為り 人間(じんかん)に落つ

秋來見月多歸思　　　秋来(しゅうらい)　月を見て　帰(き)思(し)多し

自起開籠放白鷴　　　自ら起ちて 籠を開き 白鷴(はくかん)を放つ

 

【語釈】

孫明府…未詳、明府は県令の尊称。五柳先生…陶淵明、ここでは孫明府。爲客…客は旅人。人間…俗世間。秋來…秋になる。歸思…本いた山に帰りたいという思い。白鷴…キジ科の鳥。

 

（三体詩）

★唐　雍陶　　　城西訪友人別墅　　    城西に友人の別墅(べっしょ)を訪(たず)ぬ

　　

澧水橋西小路斜　　　澧(れい)水橋(すいきょう)西(せい) 小路斜めなり

日高猶未到君家　　　日高くして 猶(な)お未だ 君の家に到らず

村園門巷多相似　　　村園 門(もん)巷(こう) 多く相い似たり

處處春風枳殼花　　　処々の春風 枳殼(きこく)の花

 

【語釈】

城西…城郭の西。別墅…別荘。澧水…湖南省に源を発し，洞庭湖に注ぐ川。村園…むらざと。門巷…門とちまた。處處…あちらこちら。枳殼花…からたちの花

 

（三体詩）

 

 

 

 

 

★唐　雍陶　　　秋居病中　　　        秋(しゅう)居(きょ)病中(びょうちゅう)

幽居悄悄何人到　　　幽居 悄々(しょうしょう)として 何人か到らん

落日清涼滿樹梢　　　落日 清涼として 樹(じゅ)梢(しょう)に満つ

新句有時愁裏得　　　新句 有る時 愁(しゅう)裏(り)に得(え)

古方無效病來拋　　　古方(こほう) 效無く 病来拋(なげう)つ

荒簷數蝶懸蛛網　　　荒簷(こうえん) 数蝶 蛛網(しゅもう)に懸(か)かり　

空屋孤螢入燕巢　　　空屋 孤螢 燕(えん)巣(そう)に入る　

獨臥南窗秋色晚　　　独り南窓に臥(ふ)す 秋色の晚(くれ)　

一庭紅葉掩衡茅　　　一庭の紅葉 衡(こう)茅(ぼう)を掩(おお)う

 

【語釈】

幽居…人里離れたわび住まい。悄悄…ひっそりとして物音のしないさま。清涼…清くて清々しいさま。樹梢…木のこずえ。新句…新しい詩。愁裏…愁いのうち。古方…古い処方の薬。病來…病気になってから。荒簷…荒れたのきば。蛛網…蜘蛛の巣。秋色…秋景色。衡…冠木門、上に横木を渡しただけの粗末な門。茅…茅葺きの粗末な家。

 

（三体詩）

 

 

★唐　雍陶　　　韋處士郊居　　　　  　韋処士(いしょし)の郊(こう)居(きょ)

　

滿庭詩境飄紅葉　　　満庭の詩境 紅葉を飄えし

繞砌琴聲滴暗泉　　　砌(みぎり)を繞(め)ぐる琴声(きんせい) 暗泉を滴たらす

門外晚晴秋色老　　　門外の晚晴 秋色老ゆ

蕭條寒玉一溪煙　　　蕭條(しょうじょう)たる寒(かん)玉(ぎょく) 一溪(いっけい)の煙

 

【語釈】

處士…官職に就かずにいる人。郊居…田舎住まい。詩境…詩情あふれる景色。砌…石畳。秋色…秋の気配。蕭條…もの静かなさま。寒玉…冷たい玉のような水。煙…もや、水煙。

 

（三体詩）

 

★唐　靈一(れいいつ)　　　題僧院　　            僧院に題す

 

虎溪閑月引相過　　　　虎溪(こけい) 閑(かん)月(げつ) 引きて 相(あ)い過(す)ぎ

帶雪松枝掛薜蘿　　　　雪を帶ぶる松枝(しょうし) 薜蘿(へいら)を掛(か)く

無限靑山行欲盡　　　　無限の靑山(せいざん) 行(ゆくゆく)く尽(つ)きんと欲(ほっ)し

白雲深處老僧多　　　　白雲深き処 老僧多し

 

【語釈】

虎溪…江西省九江市南の南 廬山の東林寺の前にある渓。閑月…農事の閑な月

薜蘿…かずら

 

 

★唐　靈澈(れいてつ)　　　東林寺酬韋丹刺史　　　東林寺にて韋(い)丹(たん)刺史(しし)に酬(むく)ゆ　　

 

年老心閑無外事　　　年老い　心閑かにして　外事(がいじ)無く

麻衣草座亦容身　　　麻衣(まい) 草坐(そうざ) 亦(ま)た身を容(い)る

相逢盡道休官去　　　相逢(お)うて 尽(ことごと)く道(い)う 官を休(や)めて去らんと

林下何曾見一人　　　林下(りんか) 何(なん)ぞ曽(かつ)て 一人(いちにん)を見ん

 

【語釈】

答韋丹…韋丹、字は文明。。外事…外部に関すること。ここでは俗世間のできごとをいう。麻衣草坐…三衣一鉢、樹下石上などと同じように仏道の修行者をいう。何曾…何は反語。未だ曾て一人も見たことがないの意。

(三体詩)

 

★唐　韋(い)荘(そう)　　　金陵圖　　　          金陵の図

江雨霏霏江草齊　　　江(こう)雨(う) 霏々(ひひ)として 江草斉(ひと)し

六朝如夢鳥空啼　　　六朝(りくちょう) 夢の如く 鳥空しく啼く

無情最是臺城柳　　　無情なるは 最も是(こ)れ 台(だい)城(じょう)の柳

依舊烟籠十里隄　　　旧(きゅう)に依(よ)りて 煙は籠(こ)む 十里の隄

 

【語釈】

金陵圖…金陵（南京）の風景画を見て、その印象を詠んだ詩、江雨…長江に降る雨。霏霏…雨や雪などが絶え間なく降りしきる様子。江草…川辺の草。斉…一面に生はえ揃って茂っている様子。六朝…建康を都とした六つの王朝。如夢…夢のように消え去ってしまったこと。台城…玄武湖のほとりにあった宮城、建康宮。依旧…昔のままに。昔ながらに。煙籠…緑のしだれ柳が芽吹いて、春雨にけぶって見える様子。十里堤 …玄武湖の十里あまりの長い堤。

（唐詩三百首）

 

 

★唐　韋荘　　　題酒家　　            酒家に題す　　　　　

酒綠花紅客愛詩　　　酒は緑にして 花は紅 客(かく)は詩を愛す　

落花春岸酒家旗　　　落花(らっか)　春(しゅん)岸(がん)　酒家(しゅか)の旗

尋思避世爲逋客　　　尋思(じんし)するに世を避けて逋客(ほかく) と為(な)り

不醉長醒也是癡　　　酔わずして長く醒むるも 也(ま)た是(こ)れ癡(ち)

 

【語釈】

尋思…いろいろとおもいをめぐらす。　・避世…世の中から避けて隠退する。逋客…世をのがれ避けている人。逋…のがれる。不醉…酔おうとしない。長醒…（大勢に順応せず）常に酔いから醒めている。屈原のとった態度である。癡…馬鹿者。

（詩詞世界）

★唐　韋莊　　　古別離　　　          古別離(こべつり)　

晴煙漠漠柳毿毿　　　晴(せい)煙(えん)は漠々(ばくばく) 柳は毿毿(さんさん)，

不那離情酒半酣　　　離(り)情(じょう)を那(いか)んともせず 酒半ば酣(たけなわ)なり

更把玉鞭雲外指　　　更に玉(きょく)鞭(べん)を把(と)り 雲外(うんがい)を指(さ)せば

斷腸春色在江南　　　断腸の春色 江南に在り

 

【語釈】

古別離 …楽府題。別離の心情を詠んだ詩。晴煙…晴れた空にたなびく霞かすみ。漠漠…一面にぼんやりと立ち込めている様子。毿毿…毛髪や羽毛が細くふさふさと長いさま。離情… 別離の思い、別れるときの辛い思い。不那… どうすることもできない。半酣…ほろ酔い気分。離情…別離の思い。別れるときの辛い思い。不那…どうすることもできない。半酣…ほろ酔い気分。断腸…非常に悲しい様子。春色…春景色。江南… 長江（揚子江）中流・下流の南岸地域。

 

（唐詩選）

 

 

★唐　韋莊　　　章臺夜思　　　　      章台夜思(しょうだいやし)

 

清瑟怨遙夜　　　清瑟(せいしつ) 遙(よう)夜(や)を怨み

遶弦風雨哀　　　弦を遶(めぐ)りて 風雨哀(かな)し

孤燈聞楚角　　　孤灯 楚(そ)角(かく)を聞き

殘月下章臺　　　残月 章(しょう)台(だい)に下る

芳草已云暮　　　芳草 已に云(ここ)に暮れ

故人殊未來　　　故人 殊に未だ来らず

郷書不可寄　　　郷書(きょうしょ) 寄す可からず

秋雁又南迴　　　秋(しゅう)雁(がん) 又 南に迴(か)える

 

【語釈】

 

章臺…章華臺のこと、春秋時代に楚の靈公が築いた行宮。清瑟…清らかな大琴。怨遙…長い夜。風雨哀…風や雨の音に似た哀怨の響きがある。楚角…楚の地方の角笛。已云暮…もう過ぎてしまった。云…助辞で「是」と同意。故人…昔からの友人。郷書…故郷への手紙。寄…託する。秋雁…秋の雁（手紙を託する手段、作者の故郷は北にある）。

 

（唐詩三百首）

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★唐　于鵠(うこく)　　　南谿書齋　　　        南谿(なんけい)の書斎(しょさい)　　　

　

茅屋住來久　　　茅屋 住して来(よ)り久しく

山深人閉門　　　山深くして 人 門を閉ず

草生垂井口　　　草は生じて 井口(せいこう)に垂れ

花落擁籬根　　　花は落ちて 籬(り)根(こん)を擁(よう)す

入院將雛鳥　　　院に入る 雛を将(ひき)いる鳥

攀蘿抱子猿　　　蘿(つた)を攀(よ)ず 子を抱く猿

曾逢異人說　　　曾て異人(いじん)に逢(あ)いて說く

風景似桃源　　　風景は桃源に似たりと

 

【語釈】

來…～以来。井口…井戸の口。籬根…まがきの根元。擁…蔽う。院…中庭。異人…仙人、道士など、普通の人で無い人。桃源…桃源郷。

 

（三体詩）

 

 

★唐　于(う)武(ぶ)陵(りょう)　 勧酒　　　　          酒を勧む

 

勸君金屈卮　　　君に勧(すす)む 金屈卮(きんくっし)

滿酌不須辭　　　満酌 辞するを須(もち)いず

花發多風雨　　　花発(ひら)けば 風雨多し

人生足別離　　　人生 別離足る

 

【語釈】

金屈卮…黄金色をした取っ手が折れ曲がった大杯。滿酌…なみなみとつがれた酒。發…花が開く。

 

（唐詩選）

 

★唐　于武陵　　客中　　              客中(かくちゅう)　　

 

楚人歌竹枝　　　楚人 竹(ちく)枝(し)を歌い

遊子淚霑衣　　　遊子 淚 衣を霑(うるお)す

異國久為客　　　異国に 久しく客(かく)となり

寒宵頻夢歸　　　寒(かん)宵(しょう) 頻(しき)りに帰るを夢む

一封書未返　　　一封の書 未だ返えらず

千樹葉皆飛　　　千樹 葉 皆飛ぶ

南過洞庭水　　　南のかた 洞庭の水を過ぐれば

更應消息稀　　　更に 応(まさ)に消息(しょうそく)稀(まれ)なるべし

 

【語釈】

客中…旅の途中。楚人…戦国時代の楚の地方（湖北省、湖南省一帯）。竹枝…民謡の一種。遊子…さすらい人。寒宵…寒い夜。消息…故郷からの便り。

 

(三体詩)

 

 

★唐　于武陵　　南遊有感              南遊(なんゆう)感有り

 

杜陵無厚業　　　杜陵 厚業(こうぎょう)無く

不得駐車輪　　　車輪を駐(とど)むることを得ず

重到曾遊處　　　重ねて曾つて遊びし処に到れども

多非舊主人　　　多くは 旧主人に非ず

東風千里樹　　　東風 千里の樹

西日一洲蘋　　　西日 一洲の蘋(ひん)

又渡湘江去　　　又 湘江を渡りて去れば

湘江水復春　　　湘江 水復(ま)た春なり

 

【語釈】

杜陵…長安の南郊にある楽游原、作者の出身地。厚業…大した財産。蘋…浮き草の一種。湘江…湖南省の領域を南から北に縦断して洞庭湖に入る川。

 

（三体詩）

 

★唐　于(う)良史(りょうし)　　冬日野望　　　        冬日の野望

　

地際朝陽滿　　　地(ち)際(さい) 朝(ちょう)陽(よう)満ち

天邊宿霧收　　　天辺 宿(しゅく)霧(む)收まる

風兼殘雪起　　　風は 残雪を兼ねて起り

河帶斷冰流　　　河は 断氷を帶びて流る

北闕馳心極　　　北闕(ほっけつ) 心極を馳せ

南圖尚旅遊　　　南図 尚 旅遊す

登臨思不已　　　登臨して 思い已(や)まず

何處可銷憂　　　何れの処にか 憂いを銷す可(べ)き

 

【語釈】

地際…地の果て。天邊…空の果て。宿霧…夜からかかっていた霧。兼…まじえる。斷冰…くだけた氷。北闕…宮廷の北の門、転じて宮城、皇帝。馳心極…心の奥底から思いを馳せる。南圖…南に行くこと。登臨…高いところから下を見下ろす。

 

 

 

★唐　來(らい)鵬(ほう)　　　寒食山館書情　　　    寒食に山館にて情を書す

 

獨把一杯山館中　　　独り一杯を把(と)る 山館の中(うち)

每驚時節恨飄蓬　　　時節に驚く每(ごと)に 飄(ひょう)蓬(ひょう)を恨(うら)む

侵堦草色連朝雨　　　堦(かい)を侵(おか)す草色 連(れん)朝(ちょう)の雨

滿地梨花昨夜風　　　地に満つ梨花 昨夜の風

蜀魄啼來春寂寞　　　蜀魄(しょくこん) 啼き来たり 春 寂寞(せきばく)

楚魂吟後月朦朧　　　楚(そ)魂(こん) 吟じて後 月 朦朧(もうろう)

分明記得還家夢　　　分明(ぶんめい)に記し得たり 家に還える夢

徐孺宅前湖水東　　　徐孺が宅前(たくぜん) 湖水の東

 

【語釈】

飄蓬…よもぎが風に吹かれるような漂泊の身。侵堦…きざはしにはびこる。連朝…降り続く。蜀魄…ホトトギス。寂寞…しずかで侘しいさま。楚魂…秦の地に客死した楚の懐王の化した鳥。朦朧…ぼんやりと薄れるさま。分明…はっきりと。徐孺…後漢の徐稺、隠逸の士として知られ「南州居士」と称された。作者と同じ地の出身。

 

（三体詩）

 

★唐　嚴維(げんい)　　　丹陽送韋參軍 　　　   丹(たん)陽(よう)にて韋參(いさん)軍(ぐん)を送る

丹陽郭裏送行舟　　　丹(たん)陽(よう)郭(かく)裏(り) 行(こう)舟(しゅう)を送る

一別心知兩地秋　　　一別して心は知る 両地の秋

日晚江南望江北      日晚(く)れて 江南より江北を望めば

寒鴉飛盡水悠悠　　　寒(かん)鴉(あ) 飛尽きて 水 悠悠　

 

【語 釈】

丹陽…現在の江蘇省鎮江市。韋參軍…伝未詳。參軍は、武官の官位名。郭裏…郭は、城郭。行舟…通り行く舟。一別…別れること。心知…心が自然と知ること。兩地秋…別れた互いの土地が秋の気配となる。江南望江北…江は、長江。長江の南より遥か北の方角を見る。寒鴉…冬のからす。水悠悠…水は、長江の流れのこと。悠悠は、遠くはるかなさま。

 

（三体詩）

 

★唐　嚴維　　  歲初喜皇甫侍御至　　  歳(さい)初(しょ) 皇(こう)甫(ほ)侍御(じぎょ)が至るを喜ぶ　　

湖上新正逢故人　　　湖上の新正 故人に逢う

情深應不笑家貧　　　情(じょう) 深くして 応に家の貧なるを笑わざるべし

明朝別後門還掩　　　明朝 別後 門 還(ま)た掩(おお)わば

脩竹千竿一老身　　　脩(しゅう)竹(ちく) 千(せん)竿(かん) 一老身

 

【語釈】

歲初…正月。皇甫侍御…皇甫曾、侍御史は官名で官吏の非違を取り締まる役。湖上…湖のほとり。新正…年の初め。脩竹…すっきり延びた竹。千竿…沢山の竹。

 

（三体詩）

 

 

 

★嚴維　酬普選二上人　　　普選(ふせん)二上人に酬(むく)ゆ　　　

本意宿東林　　　本(もと) 意(おも)う東林に宿せんことを

因聽子賤琴　　　因(よ)りて 子賤(しせん)が琴を聽く

遙知大小朗　　　遙かに知る 大(だい)小朗(しょうろう)の　

已斷去來心　　　已に 去来の心を断つを

夜靜溪聲近　　　夜静かにして 溪声近く

庭寒月色深　　　庭寒くして 月色深し

寧知塵外意　　　寧(なん)ぞ知らん 塵外の意

定後更成吟　　　定後(じょうご) 更に 吟を成さんとは

 

【語釈】

普選二上人…普と選という二人の上人、不詳。本…かねがね。東林…廬山の東林寺？。子賤…孔子の弟子で単父の宰となり、堂上で琴を弾ずるのみでよく治まったという。大小朗…恵朗禅師を大朗、振朗禅師を小朗という、選二上人をこれになぞらえた。斷去來心…過去、現在、未来を超越していること。寧知…反語、どうして知っていようか。塵外…俗塵の外。定…已に悟りの郷地にある事。

 

（三体詩）

 

★唐　崔(さい)曙(ちょ)　　　九日登望仙臺呈劉明府　 九日(きゅうじつ)望(ぼう)仙台(せんだい)に登り劉(りゅう)明府(めいふ)に呈す

 

漢文皇帝有高臺　　　漢の文(ぶん)皇帝(こうてい) 高台に有り

此日登臨曙色開　　　此の日登臨すれば 曙(しょ)色(しょく)開く

三晉雲山皆北向　　　三晉(さんしん)の雲山(うんざん) 皆 北に向い

二陵風雨自東來　　　二陵の風雨 東より来たる

關門令尹誰能識　　　関門(かんもん)の令尹(れいい) 誰か能く識らん

河上仙翁去不回　　　河上の仙(せん)翁(おう) 去りて回(かえ)らず

且欲近尋彭澤宰　　　且(しばら)く近く 彭沢(ぼうたく)の宰(さい)を尋ね

陶然共醉菊花杯　　　陶然(とうぜん)として 共に 菊花の杯に酔わんと欲す

 

【語釈】

九日…九月九日、重陽の節句。望仙台…河南省陜県にあった台、漢の文帝が河上公に謁せんとしたが、公は已に上昇していたので、望仙台を築いて祭ったとある。明府…県令の尊称。三晉…韓、魏、趙を言う、晉の国が三分された。二陵…殽山（河南省西端にあり函谷関に繋がる。）にある二つの丘。關門令尹…老子から『老子』を伝えられたという尹喜。河上仙翁…『老子』を河上公。彭澤宰…陶淵明（彭澤県の県令であった）、此処では劉明府のこと。

 

（唐詩選）

 

 

★唐　崔曙　　　早發交崖山還太室作　　 早(つと)に交(こう)崖山(がいざん)を発して太室(たいしつ)に還(か)える作

東林氣微白　　　東林 気 微(わず)かに白く

寒鳥忽高翔　　　寒鳥 忽(たちま)ち 高翔(こうしょう)す

吾亦自茲去　　　吾も亦(ま)た自ら茲(ここ)より去り

北山歸草堂　　　北山 草堂に帰らん

杪冬正三五　　　杪冬(しょうとう) 正(まさ)に三五

日月遙相望　　　日月 遙かに相い望む

肅肅過潁上　　　肅々(せきせき)として 潁上(えいじょう)を過(よ)ぎれば

曨曨辨夕陽　　　曨々(ろうろう)として 夕陽(せきよう)を弁ず

川冰生積雪　　　川冰(せんぴょう)は 積雪より生じ

野火出枯桑　　　野火は 枯(こ)桑(そう)より出(い)ず

獨往路難盡　　　独り往く 路　尽き難く

窮陰人易傷　　　窮(きゅう)陰(いん) 人 傷(いた)み易すし

傷此無衣客　　　傷(いた)むうらくは 此れ 無衣の客(かく)

如何蒙雪霜　　　如何せん 雪霜を蒙(こうむ)るを

 

【語釈】

交崖山 … 嵩山の南方にある山だと言われているが、詳細は不明。太室 … 嵩山の三十六峰のうち、東方にある一峰。東林 … 東の林。気 … 朝の空気、気配。寒鳥 … 冬の鳥。高翔 … 空高く飛び立つ。草堂 … いおり。杪冬 … 冬の終わり、杪は末。三五 … 陰暦十五日。潁上 … 潁川のほとり。肅肅…急に進む。朧朧 … ほんのりとおぼろにかすんでいるさま。

川冰 … 川にはった氷。野火 … 鬼火。窮陰 … 陰気のきわまった冬の末。如何蒙雨霜。無衣 … 冬着を持っていない。

 

（唐詩選）

★唐　崔塗　　　巴山道中除夜書懷　　　 巴(は)山道中除夜書懷(ざんどうちゅうじょやしょかい)　　除夜懷(おもい)有り

 

迢遰三巴路　　　迢遰(ちょうてい)たる 三(さん)巴(ぱ)の路

羇危萬里身　　　羇危(きき) 万里の身

亂山殘雪夜　　　乱山 残雪の夜

孤燭異鄉春　　　孤燭(こしょく) 異鄉の春

漸與骨肉遠　　　漸く骨肉と遠ざかり

轉於僮僕親　　　転(うた)た僮(どう)僕(ぼく)に親しむ

那堪正漂泊　　　那(な)んぞ堪えん正(まさ)に漂泊し

明日歲華新　　　明日(みょうにち) 歲(さい)華(か)の新(あら)たなるに

 

【語釈】

迢遰…遙かに遠い。三巴…蜀のこと。羇危…危険な旅。亂山…乱れ重なる山々。漸…しだいしだいに。骨肉…肉親。僮僕…召使い。漂泊…あちこちを彷徨う。歲華…年月。

 

（唐詩三百首）

 

★唐　崔塗　　  春夕旅懷　　　　       春夕旅懷(しゅんせきりょかい)　　

　　

水流花謝兩無情　　　水流れ 花謝(ち)り 両(ふた)つながら無情

送盡東風過楚城　　　東風を送り尽くして 楚城を過ぐ

胡蝶夢中家萬里      胡蝶(こちょう)の夢中 家 万里

杜鵑枝上月三更　　　杜鵑(とけん)の枝上 月 三更

故園書動經年絕　　　故園の書は 動(やや)もすれば 年を経て到り

華髮春唯滿鏡生　　　華(か)髪(はつ) 春は惟だ 両鬢(りょうびん)に生ず

自是不歸歸便得　　　自(みずか)ら是れ帰らず　帰らば便ち得ん

五湖煙景有誰爭　　　五湖の煙景 誰有りてか争わん

 

【語釈】

楚城…不詳、洞庭湖付近にある街。胡蝶夢…『荘子』による。杜鵑…ホトトギス。華髮…白髪。五湖…范蠡が越を去った太湖。煙景…靄のかかった景色。

 

（三体詩）

 

 

　

　

　

　

 

★唐　崔(さい)敏(びん)童(どう)　　宴城東莊　　　         城東の莊に宴す　

 

一年始有一年春　　　一年始めて 一年の春有り　

百歳曾無百歳人　　　百歳会(かつ)て 百歳の人無し　

能向花前幾回醉　　　能(よ)く花前に向(お)いて 幾回(いくかい)か酔わん　

十千沽酒莫辭貧　　　十千(じゅっせん)酒を沽(か)って貧を辞する莫(なか)れ　

 

【語釈】

一年…一年経つ。始…やっと。百歳…前のは百年、後のは百歳。曾無…今までに無い。十千…一万銭、大金を言う。沽…買う。辞…避ける。

 

（唐詩選）

 

 

★唐　崔(さい)惠(けい)童(どう)　　宴城東莊　　　         城東(じょうとう)の莊(そう)に宴(えん)す

 

一月人生笑幾回　　　　一月(いちげつ) 人生 笑うこと 幾回ぞ　

相逢相値且銜杯　　　　相(あ)い逢(あ)い 相(あ)い値(あ)わば 且(しばら)く杯を銜(ふく)まん　

眼看春色如流水　　　　眼(め)に看る 春色(しゅんしょく) 流水(りゅうすい)の如きを　

今日殘花昨日開　　　　今日(こんにち)の殘(ざん)花(か) 昨日(さくじつ)開けり　

 

【語釈】

城東莊…長安の東郊にある庵の玉山草堂。一月…一ヶ月で。人生…人が生きていて。相逢…であう。逢…であう。値…ぴったりであう。且…しばしの間。銜杯…酒を飲む意。春色…春景色。眼看…みるみるうちに。

 

（唐詩選）

★唐　崔(さい)櫓(ろ)　　　山路見花　　　         山路に花を見る 

 

曉紅輕拆露香新　　　曉紅 軽(かろ)く拆(ひら)き 露(ろ)香(こう)新たなり　

獨立空山冷笑春　　　独り空山に立ちて 春を冷笑す

春意自知無主惜　　　春意 自(おのずから)主を惜むこと無きを知り

恣風吹逐馬蹄塵　　　風に恣(まか)かせて吹いて 馬蹄の塵を逐(お)う

 

【語釈】

曉紅…曉の紅色の花。拆…發、開く。春意…春ののどかな気持。空山…葉が落ちて人気の無い山。

 

（三体詩）

 

★唐　崔櫓　　　春日即事　　　　　     春日(しゅんじつ)即事(そくじ)

　　

一百五日又欲來　　　一百五日 又来らんと欲す

梨花梅花參差開　　　梨花 梅花 參差(さんし)として開く

行人自笑不歸去　　　行人 自ら(おのずか)笑う帰り去らざるを

瘦馬獨吟真可哀　　　瘦馬 独り吟じて 真に哀(あわれ)むべし

杏酪漸香鄰捨粥　　　杏酪(きょうらく) 漸(ようや)く香る 鄰捨(りんしゃ)の粥(かゆ)

榆煙將變舊爐灰　　　榆(ゆ)煙(えん) 将(まさ)に変ぜんとす旧炉の灰

玉樓春暖簫歌夜　　　玉楼 春暖 笙歌の夜

肯信愁腸日九迴　　　肯えて信ぜんや 愁腸の 日に九迴するを

 

【語釈】

一百五日…寒食の日(冬至から数えて百五日目)。參差…入り乱れるさま。行人…旅人。瘦馬…やせ馬(に乗っている作者)。杏酪…杏の種を粉末にして飴を加えてとろりとさせたもの、寒食の終わった日に粥にして食べる。榆煙…寒食が終わった後、楡の木に灯された火の煙。玉樓…美しい楼台。簫歌…笙の調べと歌声。愁腸日九迴…調が１日に九回ねじれるような深い憂い。

 

（三体詩）

 

★唐　崔顥(さいこう)　　　黄鶴樓　　　　         黄鶴楼(こうかくろう)　　

 

昔人已乘黄鶴去　　　昔人(せきじん) 已に 黄鶴に乘(じょう)じて去り

此地空餘黄鶴樓　　　此の地 空しく余す 黄鶴楼

黄鶴一去不復返　　　黄鶴 一たび去りて 復(ま)た返らず，

白雲千載空悠悠　　　白雲 千載 空しく悠々

晴川歴歴漢陽樹　　　晴川 歴々たり 漢(かん)陽(よう)の樹

芳草萋萋鸚鵡洲　　　芳草 萋々たり 鸚鵡洲

日暮鄕關何處是　　　日暮 郷関　何(いずれ)の処か是なる

煙波江上使人愁　　　煙波 江上 人をして愁えしむ

 

【語釈】

昔人 … 昔の人、ここでは辛氏の酒屋を訪れた仙人を指す。空 … ただ～だけ。ただ～ばかり。余 … 残っている。千載 … 千年。悠悠 … ゆったりとのどかにしているさま。晴川 … 晴れ渡った長江の流れ。歴歴 … はっきりと見えるさま。漢陽 … 長江をはさんで、武昌の対岸にある町。芳草 … 香りのよい草花。萋萋 … 草が盛んに茂っているさま。鸚鵡洲 … 湖北省武漢市武昌区黄鵠磯の西、長江の中にある中洲。日暮 … 日暮れ。郷関 … ふるさと。何処是 … どの辺りがそれ（故郷）だろうか。煙波 … もやの立ちこめた水面。江上 … 長江のほとり。使人愁 … 私の胸に、望郷の思いを起こさせる。

 

（唐詩選）

 

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　


 

★唐　皎然　　　尋陸鴻漸不遇　　　     陸鴻漸(りくこうぜん)を尋ねて遇(あ)わず

 

移家雖帶郭　　　家を移して郭(かく)を帯(お)ぶと雖(いえ)ども

野徑入桑麻　　　野径(やけい) 桑(そう)麻(ま)に入る

近種籬邊菊　　　近ごろ種ゆ 籬(り)辺(へん)の菊

秋來未著花　　　秋来たれでも 未だ花を著(つ)けず

扣門無犬吠　　　門を扣(たた)けども 犬の吠ゆる無く

欲去問西家　　　去らんと欲して 西家に問う

報道山中去　　　報道す 山中に去り

歸時每日斜　　　帰時は 每(つね)に 日 斜めなりと

 

【語釈】

陸鴻漸…名は羽、復州（河北）の人、安史の乱後、東南地方に集まった自然派詩人の一人。帶郭…負郭に同じ、城郭を後にすること。野徑…のみち。桑麻…桑と麻。西家…西隣の家。報道…答える。

 

（唐詩三百首）

 

 

★唐　殷(いん)遙(よう)　　　山行　　　　　         山行

 

寂歷青山晚　　　寂歷(せきれき)たり 青山の晚

山行趣不稀　　　山行 趣(おもむき) 稀(まれ)ならず

野花成子落　　　野花 子(し)を成して落ち

江燕引雛飛　　　江(こう)燕(えん) 雛を引(ひき)いて飛ぶ

暗草薰苔徑　　　暗草 苔径(たいけい)を薰(くん)じ

晴楊拂石磯　　　晴(せい)楊(よう) 石(せき)磯(き)を払う

俗人猶語此　　　俗人 猶お此(これ)を語り

余亦轉忘歸　　　余も亦 転(うた)た帰るを忘る

 

【語釈】

寂歷…ひっそりとして物寂しいさま。青山…青々とした山。成子…実を結ぶ。江燕…江上の燕。苔徑…苔むす径。晴楊…明るい柳の枝。石磯…石の河原。猶…～でさえ。轉…いよいよ、ますます。

 

（三体詩）

 

★唐　盧仝(ろどう)　　　喜逢鄭三遊山　　　     鄭三(ていさん)が山に遊ぶに逢う

 

相逢之處花茸茸　　　相(あい)逢うの処 草 茸(じょう)々(しょう)

石壁攢峰千萬重　　　峭壁(しょうへき) 攅(さん)峰(ぽう) 千万重(せんまんちょう)

他日期君何處好　　他日 君を期す 何れの処か好からん

寒流石上一株松　　寒流 石上 一株(いっしゅ)の松

 

 

【語 釈】

鄭三…未詳。三は、排行。茸茸…草がさかんに生い茂るさま。峭壁…切り立ったけわしいがけ。攅峰…いくつも集まり重なっている山なみ。千萬重…多くの山々が重なるさまをいう。他日期君…別の日に再会する約束をする。寒流…つめたい流れ。

 

（三体詩）

 

 

★唐　盧綸(ろりん)　    與從弟瑾同下第後出關言別

　　　　　　從弟瑾(じゅうていきん)と同じく下第したる後 関を出ず 言(げん)別(べつ)

出關愁暮一沾裳　　　関を出でて 愁暮 一(いつ)に裳(しょう)を沾(うる)おす

滿野蓬生古戰場　　　野に満ち 蓬(ほう)は生ず 古戰場

孤村樹色昏殘雨　　　孤村の樹色 残雨に昏(くら)く

遠寺鐘聲帶夕陽　　　遠寺の鐘声 夕陽を帯ぶ

 

【語釈】

従弟…（自分より年下の男の）いとこ。瑾…いとこの名。同…（…と）いっしょに。下第…科挙の郷試落第する出関…関中（…現・陝西省中部で、四つの関の中の地。中心は都の長安）の地より出る。言別…別れの言葉を告げる。愁暮…日が暮れたことを愁える。　・一…もっぱら。沾…ぬらす。しめらす。うるおす。裳…衣服。満野…野原いっぱいに。蓬…ヨモギ。孤村…ぽつんと離れたところにある村。昏…（日が暮れて）くらい。残雨…残り雨。

（三体詩）　

 

★唐　盧綸(ろりん)　　　山店　　　　          山店　　　

登登山路何時盡　　　登(とう)々(とう)として 山路 何れの時にか尽きん

決決溪泉到處聞　　　決々(けつけつ)として 溪(けい)泉(せん) 到る処に聞く

風動葉聲山犬吠　　　風は葉声(ようせい)を動かして 山犬(さんけん)吠え

一家松火隔秋雲　　　一家の松(しょう)火(か) 秋雲を隔つ

 

【語釈】

山店…山の中の旅館。登登…どんどん登って行くこと。決決…谿のせせらぎを表す擬声語。松火…松の木を燃やした灯火。

 

（三体詩）

★唐　盧綸　　　晚次鄂州　　　        晚(くれ)に鄂(がく)州(しゅう)に次(やど)る

 

雲開遠見漢陽城　　　雲開きて遠く見る 漢陽城

猶是孤帆一日程　　　猶お是れ 孤帆一日の程

估客晝眠知浪靜　　　估客 昼眠りて 浪の静かなるを知り

舟人夜語覺潮生　　　舟人 夜語(かた)りて 潮の生ずるを覚(さと)る

三湘愁鬢逢秋色　　　三湘(さんしょう)の愁(しゅう)鬢(びん) 秋色に逢い

萬里歸心對月明　　　万里の帰心 月明に対す

舊業已隨征戰盡　　　旧業 已に征戰に随って尽き

更堪江上鼓鼙聲　　　更に堪えんや 江上の鼓鼙の声に

 

【語釈】

次…やどる、船泊する。鄂州…湖北省武漢市武昌。漢陽城…武漢の漢陽の町。估客…旅の商人。舟人…船頭。三湘…湖南省洞庭湖の南北、及び湘江流域一帯。愁鬢…愁いの為に白くなった髪の毛。秋色…秋景色。萬里歸心…遠い故郷に帰りたい気持ち。舊業…古くからの我が家の財産。鼓鼙…戦中に馬上で打ち鳴らす攻め太鼓。

 

（唐詩三百首）

 

★唐　廬倫　　　長安春望　　　        長安(ちょうあん)春(しゅん)望(ぼう)　

 

東風吹雨過青山　　東風雨を吹いて　青山を過ぐ

卻望千門草色閑　　却って千門を望めば　草色閑(かん)なり

家在夢中何日到　　家は夢中に在って　何れの日か到らん

春生江上幾人還　　春は江上に来りて　幾人か還る

川原繚繞浮雲外　　川原(せんげん) 繚繞(りょうじょう)す　浮雲の外(ほか)

宮闕參差落照間　　宮闕(きゅうけつ) 參(しん)差(し)たり　落照の間

誰念爲儒逢世難　　誰か念わん 儒と爲りて　世難に逢い

獨將衰鬢客秦關　　獨り衰(すい)鬢(びん)を將て　秦関(しんかん)に客たらんとは

 

【語釈】

春望…春の眺め。千門…極めて多くの門、帝都のこと。草色…草のありさま。…のどかなさま。繚繞…まつわりめぐる、曲がりくねり、からみついているさま。宮闕…宮城の門、転じて、宮城。参差…は不揃いである様。落照…夕日。世難…世の乱離。衰鬢…抜け落ちて薄くなった耳際の毛。秦関…関中の地、ここでは長安を指す。

 

（唐詩選）

 

★唐　竇常　　  赴武陵寒食途次松滋渡　武陵に赴(おもむ)き寒食に松(しょう)滋(じ)渡(と)に次(やど)る　　

 

杏花榆莢曉風前　　　杏花 榆(ゆ)莢(きょう) 曉風(ぎょうふう)の前

雲際離離上峽船　　　雲際(うんさい) 離々(りり)たり峽を上る船

江轉數程淹驛騎　　　江は転じて数程 駅騎を淹(とど)むれば

楚曾三戶少人煙　　　楚 曾つて 三戶 人煙少(まれ)なり

看春又過清明節　　　春を看て 又過ぐ 清明の節

算老重經癸巳年　　　老を算えて 重(かさ)ねて経(ふ) 癸巳(きし)の年

幸得柱山當郡舍　　　幸に柱山(ちゅうざん)の郡舍に当たるを得たり

在朝長詠卜居篇　　　朝(ちょう)に在りて 長く詠ず 卜居篇

 

【語釈】

武陵…江蘇省常徳市。寒食…冬至から百五日目、この前後三日間は火を使わない習慣があった。松滋渡…湖北省松滋県の渡し場。次…宿る。榆莢…なずなのサヤ。雲際…雲のある際、この場合は水平線。離離…長く連なる、又は離ればなれになる。數程…何里か。驛騎…駅馬。楚曾三戶…『史記』「項羽本紀」。淸明…清明節、春分より十五日目。柱山…枉山の誤り？、枉山は武陵の東にある。郡舍…刺史の官舎。卜居篇…居を定める歌。

 

（三体詩）

 

★唐　竇庠(とうよう)　　　上陽宮　　　　        上陽宮(じょうようきゅう)

 

愁雲漠漠草離離　　　愁雲は漠々(ばくばく)たり 草は離々(りり)たり

太乙句陳處處疑　　　太(たい)乙(おつ)か句(く)陳(ちん)か 処々(しょしょ)に疑う
薄暮毀垣春雨裏　　　薄暮 毀(き)垣(えん) 春雨の裏(うち)

殘花猶發萬年枝　　　残花 猶お発(ひら)らく 万年の枝

 

【語釈】

上陽宮…現在の河南省洛陽市の西に唐の高宗が建てた宮殿、このころ已に荒廃していたらしい。愁雲…さびしき雲。漠漠…連なっているさま、うす暗いさま。草離離…草が生茂っているさま。太乙津…太掖池、池のなまえ。勾陳…星の名前、星の名前を冠した宮殿の名。處處…あちらこちら。毀垣…破りくずれた垣根。殘花…散りゆく花。萬年枝…冬青樹。

（三体詩）

 

 

★唐　竇鞏(とうきょう)　　 訪隱者不遇　　　隱者(いんじゃ)を訪ねて遇(あ)わず

籬外涓涓澗水流 　　　籬外(りがい) 涓々(けんけん) 澗(かん)水(すい)流れ

槿花半照夕陽收 　　　槿花(きんか) 半(なか)ば照らして 夕陽(せきよう)收(おさ)まる

欲題名字知相訪 　　　名字(めいじ)を題(だい)して 相(あい)訪(たずぬ)るを知らしめんと欲するも

又恐芭蕉不耐秋 　　　又恐る 芭蕉の 秋に耐えざるを

 

【語釈】

籬外…まがきの外。涓涓…水がちょろちょろ流れるさま。澗水…谷川の水。槿花…むくげの花。夕陽…夕日。名字…名前。相…動作が相手に及ぶこと。不耐秋…秋に負けて枯れしまう。

 

★唐　孟(もう)貫(かん)　　　寄山中高逸人　　山中の高逸人(こういつじん)に寄す

 

煙霞多放曠　　　煙霞(えんか) 多くは放曠(ほうこう)

吟嘯是尋常　　　吟嘯(ぎんしょう) 是れ 尋常

猨共摘山果　　　猿と共に 山果を摘み

僧鄰住石房　　　僧と鄰(とな)りて 石房に住(じゅう)す

躡雲雙屐冷　　　雲を躡(ふ)みて 双屐(そうげき)冷やかに

採藥一身香　　　薬を採みて 一身香(かんば)し

我憶相逢夜　　　我は憶(おも)う 相逢(あいあい)し夜

松潭月色涼　　　松潭(しょうたん)に 月色涼しかりしを

 

【語釈】

高逸人…高潔なる隠棲人。煙霞…靄と霞。放曠…からりと開けて束縛のないこと。吟嘯…詩を吟ずる。雙屐…ふたつのあしだ。松潭…松の茂る淵。

 

（三体詩）

 

★唐　孟郊(もうこう)　　　遊子吟　　　　  遊子吟(ゆうしぎん)

慈母手中線　　　慈母 手中の線(いと)

遊子身上衣　　　遊子(ゆうし) 身上の衣

臨行密密縫　　　行(こう)に臨みて 密々縫う

意恐遲遲歸　　　意に恐る遅々として帰らんことを

誰言寸草心　　　誰か言う 寸草の心

報得三春暉　　　三春の暉に報い得んと

 

【語釈】

遊子吟…楽府題、旅立つ人の歌。潥上…江蘇省潥陽県。身上衣…ここでは旅立つ人の衣。臨行…旅立ちに際して。密密…細かいさま。寸草心…僅かに伸びた野の草のような子のこころ。三春暉…春三ヶ月の太陽の光の恵み。母の慈愛のたとえ。

 

（唐詩三百首）

 

 

★唐　儲光羲(ちょこうぎ)　　寄孫山人　　　　孫(そん)山人(さんじん)に寄す

新林二月弧舟還　　　新林二月　孤舟還る

水滿清江花滿山　　　水は清江に満ち　花は山に満つ

借問故園隱君子　　　借問す 故園の　隠君子

時時來往住人閒　　　時々来往して　人間に住まるかと

 

【語釈】

山人 … 世を捨てて山中に隠れ住む人。寄 … 詩を人に託して送り届けること、「贈」は、詩を直接手渡すこと。新林 … 春になって新しく芽吹いた林。孤舟還 … 一艘の小舟で帰る。水満清江 … 春の水が清らかな川に満ちあふれている。借問 … ちょっとお尋ねしますが。

故園 …古くから住み慣れた庭園、孫山人の住居を指す。隠君子 … 世を避けて山中に隠れ棲む徳の高い人、孫山人を指す。

（唐詩選）

 

★唐　儲光羲(ちょこうぎ)　　洛陽道　　　　  洛陽(らくよう)道(どう)　 　

大道直如髮　　　大道 直(なお)きこと髪の如く

春日佳氣多　　　春日 佳(か)気(き)多し

五陵貴公子　　　五陵の貴公子

雙雙鳴玉珂　　　雙々(そうそう)玉珂(ぎょくか)を鳴らす

 

【語釈】

洛陽道 … 楽府題、横吹おうすい曲（馬上で奏する軍中の楽曲）に属する。大道 … 洛陽の大通り。直如髪 … 髪の毛のようにまっすぐだ。春日 … のどかな春の日。佳気 … うららかな気。なごやかな気。五陵 …長安北郊の地名。この付近には富豪や貴族の別荘があり、遊楽の地でもあったので遊俠の徒が多く集まっていた。貴公子 … 身分の高い家柄の若者。

 

★唐　儲光羲(ちょこうぎ)　　釣魚湾　　　    釣魚(ちょうぎょ)湾(わん)

 

垂釣緑湾春　　　　　釣(ちょう)を垂る 緑(りょく)湾(わん)の春

春深杏花乱　　　　　春深くして 杏(きょう)花(か) 乱る

潭清疑水浅　　　　　潭(ふち) 清(す)みて 水の浅きを疑い

荷動知魚散　　　　　荷(はす) 動きて 魚の散ずるを知る

日暮待情人　　　　　日暮 情人(じょうじん)を待ち

維舟緑楊岸　　　　　舟を維(つな)ぐ 緑(りょく)楊(よう)の岸

 

　

★唐　柳(りゅう)中庸(ちゅうよう)　征人怨　　      征人怨(せいじんえん)　

 

歲歲金河復玉關　　　歲々(さいさい) 金河 復(ま)た玉関

朝朝馬策與刀環　　　朝(ちょう)々(ちょう) 馬(ば)策(さく)と刀環(とうかん)と

三春白雪歸青冢　　　三春の白雪に 青冢(せいちょう)に帰れば

萬里黃河遶黑山　　　万里の黃河 黒山を遶(め)ぐる

 

【語釈】

征人怨…出征する人のうらみ。歲歲…毎年毎年。金河…地名。唐代の金河県で、現・内蒙古自治区の呼和浩特（フホホト）市の南。玉關…玉門関。朝朝…毎日毎日。馬策…乗馬用の鞭。与……と。刀環…柄に銅の環がある刀のこと。三春…春の三か月。三春白雪…春の雪。青冢…王昭君の陵墓をいう。黑山…現・内蒙古自治区の呼和浩特（フホホト）市の東南にある。

 

（三体詩）（詩詞世界）

★唐　楊巨源(ようきょげん)　　折楊柳　　　    折(せつ)楊(よう)柳(りゅう)　　　　

水辺楊柳麹塵糸　　　水辺の楊柳 麹(きく)塵(じん)の糸

立馬煩君折一枝　　　馬を立(とど)め 君を煩わして 一枝を折る。

惟有春風最相惜　　　惟(た)だ 春風の最も相惜しむ有り。

殷勤更向手中吹　　　殷(いん)勤(ぎん)に更に手中に向って吹く。

 

【語釈】

折楊柳 … 楽府題、「楊柳」は、やなぎの総称、もともと送別に際し、楊柳の枝を折って輪にし、贈る習慣があった。水辺 …岸辺。麴塵糸 … 若芽を吹いた柳の細い枝が黄緑色の糸のように見えること。立馬 … 馬を駐とどめること。惟有 … ただ～だけである。春風最相惜 … 春風が柳の枝との別れを惜しむかのように。殷勤 … ねんごろに。向手中 … 手の中で、「向」は、ここでは「～にむかって」の意ではなく、「～で」の意を表す。

（Ｗｅｂ漢文大系）

 

　

★唐　張繼(ちょうけい)　　 楓橋夜泊　　　  楓(ふう)橋(きょう)夜(や)泊(はく)

月落烏啼霜滿天　　　月落ち烏啼いて 霜天に満つ

江楓漁火對愁眠　　　江(こう)楓(かえで)漁火 愁眠(しゅうみん)に対す

姑蘇城外寒山寺　　　姑蘇(こそ)城外(じょうがい)の 寒山寺

夜半鐘聲到客船　　　夜半の鐘声 客船に到る

 

【語釈】

楓橋…中国蘇州にある運河にかかった太鼓橋。霜満天…霜の下りる気配が天に満ちること。霜は地面から上がってくるものだが、中国では天から降りてくるものと考えられていた。　江楓　川沿いの楓の木々。漁火　漁船のいさり火。愁眠　旅愁を抱いてウトウトしながらたまに目が覚める浅い眠り。姑蘇…蘇州の旧名。春秋時代の呉の都。寒山寺…蘇州郊外西5キロの楓橋鎮にある、臨済宗の寺。　　（唐詩選）

★唐　張祜(ちょうこ)　　　胡渭州          胡渭州(こいしゅう)

亭亭孤月照行舟　　　　亭々(ていてい)たる 孤(こ)月(げつ) 行(こう)舟(しゅう)を照らし　

寂寂長江萬里流　　　　寂々(せきせき)たる 長江 万里(ばんり)に流る　

鄕國不知何處是　　　　鄕(きょう)国(こく) 知らず 何(いずれ)の処か是(こ)れなる

雲山漫漫使人愁　　　　雲山(うんざん) 漫々(まんまん) 人をして愁(うれ)えしむ　

 

【語釈】

胡渭州…楽府題、渭州は甘粛省隴西の東南にある地名。亭亭…高く聳えたつさま。孤月…ものさびしく見える月、一片の月。行舟…通る舟。寂寂…ものさびしいさま、静かなさま。郷国…故郷。ふるさと。不知…わからない、…かどうか（分からない）。何処…どこ、いづこ。是…そうである。雲山…雲のかかった山。漫漫…ひろい。

（唐詩選）

 

 

★唐　張祜　　　題金陵渡        金陵の渡に題す

 

金陵津渡小山樓　　　金陵の津(つ)渡(と) 小山の楼

一宿行人自可愁　　　一宿の行人(こうじん) 自ずから愁うべし

潮落夜江斜月裏　　　潮は落つ夜江　斜月の裏(うち)

兩三星火是瓜州　　　両三の星火 是れ瓜州(かしゅう)

 

【語釈】

金陵…江蘇省鎮江市付近の地名。津渡…渡し場。小山樓…金陵の渡し場の近くにある故山の上にある楼。一宿行人…一泊した旅人（作者）。潮落…潮が引いていくこと。斜月…西に傾く月。星火…星のように小さな火。瓜州…地名、江蘇省江都の対岸に位置する。

 

（唐詩三百首）

 

★唐　張祜(ちょうこ)　　　孤山寺 　　     孤(こ)山寺(ざんじ)　　　

　

樓臺聳碧岑　　　楼台 碧岑(へきしん)に聳え

一徑入湖心　　　一径 湖心に入る

不雨山長潤　　　雨ふらざるも 山は 長(つね)に潤い

無雲水自陰　　　雲無くして 水は自(おのずか)ら陰(くも)る　

斷橋荒蘚合　　　断橋 荒蘚(こうせん) 合(がっ)し

空院落花深　　　空院 落花 深し

猶憶西窗夜　　　猶(な)お憶う 西窓の夜

鐘声北林出　　　鐘声 北林より出(い)でしを　

 

【語釈】

孤山…浙江省杭州市の名勝、西湖の中にある山。碧岑…青緑色の峯。長…つねに。斷橋…湖山と岸をつなぐ橋。荒蘚…荒い苔。空院…人気のない部屋。

○西窗…寝室。

（三体詩）

 

★唐　耿湋(しゅうい)　　　秋日　　　　　  秋(しゅう)日(じつ)

返照入閭巷　　　　　返照 閭巷に入る

憂来誰共語　　　　　憂い来たりて　誰と共にか語らん

古道少人行　　　　　古道 人の行くこと少(まれ)に

秋風動禾黍　　　　　秋風 禾(か)黍(しょ)を動かす

 

【語釈】

返照 … 夕日の照り返し。閭巷 … 村里、「閭」は村里の入り口の門。憂来 … 憂いがわき起こる。古道 … 古びた道、荒れた田舎道。禾黍 … 稲や、きびの穂。

 

（唐詩選）

 

★唐　張諤(ちょうがく)　　 九日宴          九日(きゅうじつ)の宴　　　　

 

秋葉風吹黄颯颯　　　　秋葉(しゅうよう) 風吹いて 黄(き)颯々(さつさつ)　

晴雲日照白鱗鱗　　　　晴(せい)雲(うん) 日照らして 白(はく)鱗(りん)々(りん)　

歸來得問茱茰女　　　　帰えり来たりて 問うを得たり 茱茰(しゅゆ)の女(じょ)に　

今日登高酔幾人　　　　今日(こんにち) 登(とう)高(こう) 幾人かを 酔(よ)わしめしかと　

 

【語釈】

九日宴…重陽の節句の宴。秋葉…秋の色づいた葉。颯颯…風がさっと吹くさま。晴雲…晴れた日の雲。鱗鱗…鱗のようにあでやかで美しいさま。茱茰女…茱茰を差した女。登高…重陽の節句に高いところに登って菊酒を飲むこと。

　　　

（唐詩選）

 

 

 

★唐　張祜　　　　　　惠山寺　　　　惠(けい)山寺(ざんじ)　

 

舊宅人何在　　　旧宅 人 何(いず)くか在る

空門客自過　　　空門 客(かく) 自(みずか)ら過(よぎ)る

泉聲到池盡　　　泉声 池に到りて尽き

山色上樓多　　　山色 楼に上りて多し

小洞穿斜竹　　　小洞 斜竹穿(うが)ち

重堦夾細莎　　　重堦 細莎夾(さいさはさ)さむ

殷勤望城市　　　殷(いん)勤(ぎん)に 城市を望めば

雲水暮鐘和　　　雲水 暮鐘に和す

 

【語釈】

惠山寺…江蘇省無錫市の郊外の惠山にある寺。舊宅…古い建物。山色…山の気配。斜竹…斜めに生えた竹。重堦…重なった階段。細莎…細いはまなすげ。殷勤…心を込めてするさま。

 

（三体詩）

 

 

★唐　長孫(ちょうそん)佐(さ)輔(ほ)　　　山家　　　山家(さんか)

 

獨訪山家歇還涉　　　独り山家を訪ねて 歇(やす)みて還(ま)た涉(わた)たる

茅屋斜連隔松葉　　　茅屋(ぼうおく) 斜めに連なりて 松葉を隔つ

主人聞語未開門　　　主人 語を聞きて 未だ門を開かず

繞籬野菜飛黃蝶　　　籬(り)を繞(めぐ)ぐる 野菜　黃(こう)蝶(ちょう)飛ぶ

 

【語釈】

山家…山の中にある家。茅屋…茅葺きの粗末な家。

 

（三体詩）

 

 

★唐　棲蟾(せいたん)　 　 宿巴江　　     巴(は)江(こう)に宿す　

 

江聲五十里　　　江声 五十里

瀉碧急於弦　　　碧(へき)を濯(そそ)ぎて 弦より急なり

不覺日又夜　　　覚めず 日又夜

爭教人少年　　　争(いか)でか 人をして 少年ならしめん

一汀巫峽月　　　一汀 巫峽(ふきょう)の月

兩岸子規天　　　両岸 子規の天

山影似相伴　　　山影　相伴うに似たり

濃遮到客船　　　濃く遮りて客船に到る

 

【語釈】

巴江…三峡のあたり。江聲…長江の流れる音。碧…碧色の水。弦…弦楽器における急弦。少年…若い人。巫峽…三峡の一つ。子規…ホトトギス。客船…旅客を乗せた船。

 

（三体詩）　

 

★唐　王駕(おうが)　　　社日　　　　   社(しゃ)日(じつ)

鵝湖山下稲粱肥　　　鵝(が)湖(こ)山下(さんか) 稲(りょう)梁(とう)肥え

豚穽鶏塒半掩扉　　　豚穽(とんせい) 鶏(けい)塒(じ)半ば扉を掩(とざ)す。

桑拓影斜秋社散　　　桑(そう)柘(しゃ) 影 斜めにして　秋社 散ず

家家扶得醉人帰      家々 酔人を 扶(たす)け得て帰る

 

【語釈】

社日…土地神を祀る日。立春後第五の戌の日を春社、立秋後第五の戌の日を秋社という。鵝湖山…荷湖山ともいう。信州鉛山県、現在の江西省鉛山県にある山。稻梁肥…晩秋の豊作をいう。梁は穀物。豚穽…豚を飼っているところ。穽は、穴。豚は坑で飼われていた。鷄塒…鶏を飼っているところ。塒は、鳥のねぐら。桑柘…桑の木。影斜…夕暮れ。

 

（三体詩）

 

関連詩句

　「豚柵雞棲一畝宮，呼來児女脫青紅。」（淸·趙翼）

　「仙山住久即神仙，豚柵雞棲屋數椽。」（淸·丘逢甲）

「桑柘影斜山日暮，醉飽歸來同笑語。」（元末明初·王冕）

　「修竹掩映溪左右，桑柘影斜溪前後。」（淸末近現代初·朱子鏞）

　「雲安酒濃麴米賤，家家扶得醉人迴。」（宋·范成大）

　「重到張公泊船處，家家扶得醉人歸。」（宋·釋紹嵩）

 

　　

 

 

★宋　安王石　　重將　　　　   重将(ちょうしょう)　　　　　

重將白髮傍牆陰　　　　重(かさ)ねて 白髮(はくはつ)を将(も)って 牆(しょう)陰(いん)に傍(そ)い　

陳迹茫然不可尋　　　　陳迹(ちんせき) 茫然(ぼうぜん)として 尋(たず)ぬ可(べ)からず　　

花鳥總知春爛熳　　　　花鳥(かちょう) 総(すべ)て知る 春の爛熳(らんまん)たるを　

人間獨自有傷心　　　　人間(じんかん)には 独(ひと)り自(みずか)ら 傷心(しょうしん) 有り　

 

【語釈】

重将…かさねて…を（以て）、詩の第一句の最初の二字を充てて、詩題としている。重…かさねる。将…をもって。白髪…老人、ここでは、作者のことに。傍…さまよう。陳迹…むかし物事のあったあと、古くから今に残っているもの。茫然…ぼんやりしているさま。不可尋…たずねることができない。総…すべて。爛熳…光り輝くさま。人間…俗世間。独自…には。傷心…心を傷めること。

 

（中国詩人選集二―４）

 

 

★宋　王安石　　北山　　　            北山(ほくざん)　 　

 

北山輸綠漲橫陂　　　北山 綠を輸(いた)して 橫陂(おうひ)に漲(みな)ぎる

直壍回塘灧灧時　　　直壍(ちょくざん) 塘回(とうかい)　灧々(えんえん)の時　

細數落花因坐久　　　細かに落花を数うるは 坐ること久しきに因(よ)り

緩尋芳草得歸遲　　　緩(ゆる)やかに芳草を尋ね 帰ること遅きを得たり　

 

【語釈】

北山…鐘山。輸綠…堀の水に鐘山の緑が映っている。陂…池、堀。直壍…真っ直ぐな堀。回塘…円く巡っている堀。灧灧…水が一杯できらきら光るさま。

 

参考詩句

　「細數落花因坐久，起来幽思有誰知。」（明·程敏政）

　「細數落花無限恨，心隨流水到人間。」（明·鄧雲霄）

　「頻遇好花開笑口，緩尋芳草憇閒踪。」（明·謝遷）

　「緩緩尋芳草，悠悠理釣船。」（明·黃佐）

 

（中国詩人選集二－４）

　

 

★宋　王安石　　遊鍾山　　            鍾山(しょうざん)に遊ぶ　　

終日看山不厭山　　　終日 山を看て 山に厭(あ)かず

買山終待老山間　　　山を買いて 終(つい)に待たん 山間に老(お)ゆるを

山花落盡山長在　　　山花 落ち尽くして 山 長(とこし)えに在り

山水空流山自閑　　　山水 空しく流れて 山 自ら閑かなり

 

【語釈】

終…ひさしく

 

（漢詩名句辞典）

 

参考詩句

　「小樓纔受一牀橫，終日看山酒滿傾。」(唐・杜牧)

　「我來端坐已寒暑，終日看山黙無語。」（宋·呂本中）

　「久厭朱袍裹玉仙，幅巾藜杖老山間。」（宋·周紫芝）

　「擾擾何年斷俗緣，從今便合老山間。」（宋·張綱）

 

 

★宋　王安石　　書湖陰先生壁二首其一　湖陰(こいん)先生の壁(へき)に書す　二首 其の一　

茆簷長掃靜無苔　　　　茆簷(ぼうえん)長(つね)に掃(はら)って静かに苔無し　

花木成畦手自栽　　　　花木畦(はたけ)を成して手自(みずか)栽(う)ゆ　

一水護田將綠繞　　　　一(いっ)水(すい) 田を護(まも)って緑を將(も)って繞(めぐ)り　　

兩山排闥送青來　　　　両山(りょうざん) 闥(たつ)を排して 青(せい)を送って来たる　

 

【語釈】

湖陰先生…楊徳逢の号、南京に隠棲した王安石の近くに住んでいた。茆簷…茅葺きの軒。長…とこしえに、ここは、いつもの意味。静…ニューアンスとして浄の意。畦…一区切りの畑。排闥…門を押し開く。

（中国詩人選集二…４）

 

参考詩句

　「初得兩山排闥來，滿期突兀老相陪。」（宋·曾丰）

　「一水橫橋碧作彎，兩山排闥翠成環。」（宋·李曾伯）

　「萬景橫前方領略，越山仍欲送青來。」（宋·釋妙弘）

　「夏口波光將綠繞，漢陽樹色送青來。」（明·陳璉）

 

★宋　王安石　　鐘山即事　　　　      鐘山(しょうざん)即事(そくじ)

 

澗水無聲繞竹流　　　　澗水(かんすい) 声無く 竹を繞(めぐ)って流る　

竹西花草弄春柔　　　　竹西(ちくせい)の 花草 春(しゅん)柔(じゅう)を弄(ろう)す　

茅簷相對坐終日　　　　茅簷(ちたん) 相対(あいたい)して 坐(ざ)すること終日(しゅうじつ)　

一鳥不啼山更幽　　　　一(いっ)鳥(ちょう)啼(な)かず　山(やま)更(さら)に幽(ゆう)なり　

 

【語釈】

鐘山（鍾山）…南京の東側にある紫金山の旧名。即事…事に触れて、その場のことを題材として詩を作ること。澗水 … 谷川の水。竹西 … 竹林の西側あたり。花草 … 花の咲く草。春柔 … 春の柔らかな気配。弄 …表す、めでる。茅簷 … かやぶきの軒端(のきば)。幽 …奥深く静かなさま

 

(漢詩大系１６)

 

参考詩句

　「好應月白長廊下，澗水無聲人自閒。」（宋·鄭俠）

　「千里出山雲有色，一源投澗水無聲。」（宋·釋文準）

　「綠葉成陰春已歸，茅檐相對兩斜暉」（宋·聞人武子）

　「茅簷相對坐終日，只說桑麻語自真。」（宋·方岳）

　「一鳥不鳴風不動，忽聞林下響繅車。」（宋末元初·方回）

　「幾回挂笏度閒雲，一鳥不鳴春寂寂。」（元末明初·唐桂芳）

 

★宋　王安石　　夜直　　　　          夜(や)直(ちょく)　　　　

 

金爐香盡漏聲殘　　　　金(きん)炉(ろ)香尽きて漏声(ろうせい)残(ざん)す　

翦翦輕風陣陣寒　　　　翦々(せんせん)たる軽風(けいふう)　陣々(じんじん)として寒し　

春色惱人眠不得　　　　春色(しゅんしょく)人を悩まして眠り得ず　

月移花影上欄干　　　　月は花(か)影(えい)を移(うつ)して　欄干(らんかん)に上らしむ　

 

【語釈】

金爐…宮中のにある美しい金属製の香炉。香盡…香が燃え尽きる。漏声…水時計の水のしたたる音。「漏」は漏刻。残 … 音がかすかになる。翦翦…肌寒い風が吹く形容。軽風…そよ風。陣陣 …一陣の風ごとに。春色 … 春の景色。悩人 …人を物思いにふけさせる。眠不得 … 眠ろうとしても眠れない。移…位置を移す。花影 … 花の影。

 

（宋詩選注　１）（中国詩人選集二―４）

 

参考詩句

　「剪剪輕風漠漠寒，玉肌蕭瑟粉香殘。」（宋·謝逸）

　「半亭涼月落花香，剪剪輕風颭燭光。」（明·張弼）

　「春色惱人無畔岸，亂飄風袖拂梅花。」（宋·范成大）

　「江草初生江水流，便覺春色惱人愁。」（明·髙啓）

　「竹裏高亭燈燭光，月移花影上西廂。」（宋·陳造）

　「月移花影來窗外，風引松聲到枕邊。」（宋·白玉蟾）

 

★宋　王安石　　烏塘　　　　          烏塘(うとう)

烏塘渺渺綠平堤　　　烏塘(うとう) 渺々(びょうびょう) 綠(みどり)平かなる堤(つつみ)

堤上行人各有携　　　堤上(ていじょう)の行人(こうじん) 各(おのおの)携うる有り

試問春風何處好　　　試問(しもん) す春風(しゅんぷう)何(いずれ)の処にか好きかと

辛夷如雪柘岡西　　  辛夷(しんい)雪の如き 柘(しゃ)岡(こう)の西

 

【語釈】

烏塘…王安石の本籍地である江西省臨川県にあった池。渺渺…水がひろびろとしている様。試問…試みに問う、「ちょっとお尋ねしますが」程度の意。行人…旅人。携…引き連れる。辛夷…こぶし。柘岡…臨川県と金谿県の中間にある丘、王安石の母の実家の近く。

（中国漢詩人選集二－４）

 

★宋　王安石　　金陵即事三首其三　　　金(きん)陵(りょう)即事(そくじ)三首其の三　

昏黑投林曉更驚　　　　昏黒(こんこく)林に投じ曉(あかつき)更(さら)に驚く　

背人相喚百般鳴　　　　人に背(そむ)いて相(あ)い喚(よ)び百般(ひゃっぱん)に鳴く　

柴門長閉春風暖　　　　柴門(さいもん)長(つね)に閉じて春風(しゅんぷう)暖かく　

事外還能見鳥情　　　　事外(しがい)に還(ま)た能(よ)く鳥の情(じょう)を見る　

 

【語釈】

金陵…南京、南朝の古都。即事…その地で見たままを詩に作ること。昏黑…日暮れ。投林…鳥がねぐらである林に帰ってくること。驚…目が覚める。背人…人の目に付かないこと。百般…多くの鳴き方で。柴門…粗末な柴の門。事外…浮き世の外。還…却って。

 

（中国漢詩人選集二－４）

★宋　王安石　　鍾山晚步　　　        鍾山晚步(しょうざんばんぽ)

小雨輕風落楝花　　　小雨(しょうう)軽風(けいふう)楝(れ)花を落とし　

細紅如雪點平沙　　　細(さい)紅(こう)雪の如く平沙(へいさ)に点ず　

槿籬竹屋江村路　　　槿籬(きんり)竹屋(ちくおく)江村(こうそん)の路(みち)　

時見宜城賣酒家　　　時に見る宜城(ぎじょう)酒を売る家　

 

【語釈】

鐘山（鍾山）…南京の東側にある紫金山の旧名。楝花…せんだんの花，晩春に咲く。細紅…栴檀の小さな紅色の花びら。平沙…平らな砂。點…点々と散らばる。槿籬…むくげの生け垣。竹屋…竹で作った家。江村…川の畔にある村。宜城…湖北省宜城県。

 

（中国詩人選集二　４）

 

参考詩句

　「小雨輕風春一半，去年今日在嚴州。」（宋·楊萬里）

　「小雨輕風寒食後，一春惟酒是生涯。」（明·管訥）

　「城郭村墟共水雲，槿籬竹屋映柴門。」宋·蘇轍

「行盡天涯白髮新，槿籬竹屋著閑身。」宋·陸游

 

 

★宋　王安石　　金陵即事三首 其一　   金(きん)陵(りょう)即事(そくじ)三首 其の一

水際柴門一半開　　　　水際(すいさい)の柴門(さいもん)は 一半(いっぱん)開(びら)き

小橋分路入青苔　　　　小橋(しょうきょう)は 路(みち)を分(わ)かちて 青(せい)苔(たい)に入(い)る

背人照影無窮柳　　　　人に背(そむ)きて 影を照(うつ)す 無窮(むきゅう)の柳

隔屋吹香併是梅　　　　屋を隔てて 香を吹きおくるは 併(なら)びに是れ梅

 

【語釈】

金陵…南京、南朝の古都。即事…その地で見たままを詩に作ること。柴門…柴で作った粗末な門。青苔…青い苔。併…すべて。

 

関連詩句

　「三三兩兩市船回，水際柴門尚未開。」（宋・陸游）

　「水際柴門一扇開，白頭羸病亦堪哀。」（宋・陸游）

　「小橋分路各西東，寂寂松窗半掩同。」宋·孫覿

「水沒溪痕不見沙，小橋分路入山家。」（元·張仲深）

　

 

★宋　王安石　　初夏即事　　          初夏(しょか)即事(そくじ)

石梁茅屋有彎碕　　　　石(せき)梁(りょう) 茅屋(ぼうおく) 湾碕(わんき)有り　

流水濺濺度両陂　　　　流水(りゅうすい) 濺々(せんせん)として 両陂(りょうひ)を度(わた)る　

晴日暖風生麦気　　　　晴(せい)日(じつ) 暖風(だんぷう) 麦(ばく)気(き)を生じ　

緑陰幽草勝花時　　　　緑陰(りょくいん) 幽(ゆう)草(そう) 花(か)時(じ)に勝(まさ)れり　

 

【語釈】

初夏即事…初夏みるままに、「即事」は、その場の情景をそのまま詩にすること。石梁…石の橋。茅屋…茅葺きの家。彎碕…湾曲した岸の先端。濺濺…水がさらさらと流れるさま。両陂…両岸の堤。麦気…麦の熟した香。緑陰…緑の木の木陰。幽草…深く生い茂ったさま。花時…花が咲いている（春の）景色。

 

（中国詩人選集二　４）

 

関連詩句

　「石梁茆屋雨蒼苔，春風一笑冰容開。」（宋·孫覿）

　「立馬蕭蕭野水南，石梁茅屋暫停驂。」（明·程敏政）

　「古烟蒼蒼封寒松，流水濺濺山重重。」（宋·李復）

　「流水濺濺白石灘，疎林紅葉半凋殘。」（明·董紀）

　「晴日暖風催鳥語，翠梢高處囀柔音。」（宋·釋道潜）

　「晴日暖風千里目，殘山剩水一人心。」（宋·范成大）

　「說與游人莫惆悵，綠陰幽草一般天。」（宋·蒲壽宬）

　「小院回廊日正長，綠陰幽草自生香。」（元·馬臻）

 

 

 

★宋　王安石　　悟真院　　　          悟(ご)真院(しんいん)

野水從橫漱屋除　　　　野水(やすい) 從橫(じゅうおう) 屋除(おくじょ)を漱(すす)ぎ　

午窗殘夢鳥相呼　　　　午窓(ごそう) 残夢(ざんむ) 鳥相(あ)い呼ぶ　

春風日日吹香草　　　　春風(しゅんぷう) 日々(ひび) 香草(こうそう)を吹き　

山北山南路欲無　　　　山北(さんほく)山南(さんなん) 路(みち)無からんと欲す　

 

【語釈】

悟真院…所在不明。屋除…のきばのたたき。午窗…昼間の窓。殘夢…覚めかけた眠り。香草…良い香りの草。

（中国詩人選集二　４）

 

参考詩句

　「春風日日雨時時，寒力潛從暖勢衰。」（唐·齊己）

　「溪南溪北村村水，春雨春風日日愁。」（宋·周紫芝）

　「今朝萬里秋風起，山北山南一片雲。」(唐・杜牧)

　「山北山南雪意忙，梅花未肯鬬寒芳。」（宋·沈與求）

 

 

★宋　王安石　　葛渓駅　　　　        葛渓駅(かつけいえき)

缺月昏昏漏未央　　　　　缺(けつ)月(げつ) 昏昏(こんこん) 漏(ろう)未(いま)央(つ)きず,

一燈明滅照秋牀　　　　一(いっ)燈(とう) 明滅(めいめつ) 秋牀(しゅうしょう)を照らす。

病身最覚風露早　　　　病身(びょうしん)は最も覚ゆ 風(ふう)露(ろ)の早きを,

帰夢不知山水長　　　　帰夢(きむ)は知らず 山水(さんすい)の長(とお)きを。

坐感歳時歌慷慨　　　　坐して歳時(さいじ)に感じては　歌は慷慨(こうがい)し,

起看天地色淒涼　　　　起(た)ちて天地を看れば 色は淒(せい)涼(りょう)たり。

鳴蝉更乱行人耳　　　　鳴(めい)蝉(せん)更に行人(こうじん)の耳を乱し,

正抱疎桐葉半黄　　　　正(まさ)に疎(そ)桐(どう)の 葉の半(なか)ば黄なるを抱(いだ)く。

 

【語釈】

葛渓駅…江西省弋陽県にあった宿場。缺月…欠けた月。昏昏…暗いさま。漏…水時計。央…尽きる。漏未央…まだ夜が明けないこと。明滅…明るくなったり暗くなったりする。秋牀…秋の寝床。風露…風と露。帰夢…故郷に帰って行く夢。歳時…年月。慷慨…心が高ぶって嘆き傷む。淒涼…物寂しい。鳴蝉…鳴いている蝉。抱…しがみつく。疎桐…疎らになった桐。

 

（中国詩人選集二－４）

 

参考詩句

　「薄暮寺橋人獨立，一燈明滅數聲鐘。」（宋·王銍）

　「細詠新來木犀句，一燈明滅夜沉沉。」（宋·楊萬里）

　「歸夢不知湖水闊，夜來還到洛陽城。」（唐·戎昱）

　「歸夢不知江水隔。煙帆飛過平如席。」（宋·方岳）

 

★宋　王安石　　姑胥郭　　　          姑胥(こしょ)郭(かく)　

誤褫雲巾別故山　　　　誤って 雲巾(うんきん)を褫(ぬ)いで 故山(こざん)に別る　

抵吳由越兩間關　　　　吳(ご)に抵(いた)るも 越(えつ)に由(よ)るも 両(ふた)つながら間(かん)関(かん)たり　

千家漁火秋風市　　　　千家(せんか)の漁火(りょうか) 秋風(しゅうふう)の市(いち)　

一葉歸舟暮雨灣　　　　一葉(いちよう)の帰(き)舟(しゅう) 暮雨(ぼう)の湾(わん)　

旅病愔愔如困酒　　　　旅病(りょびょう) 愔々(いんいん) 酒に困(くる)しむが如く　

鄉愁脈脈似連環　　　　鄉(きょう)愁(しゅう) 脈々(みゃくみゃく) 環(かん)を連(つら)ぬるに似たり。

情知带眼從前緩　　　　情(まこと)に知る 带眼の 從(じゅう)前(ぜん)より緩(ゆる)きを　

更恐顚毛自此斑　　　　更に恐る 顚(てん)毛(もう)の 此れ自(よ)り斑(まだら)ならんことを　　

 

【語釈】

姑胥郭…姑蘇（江蘇省蘇州市）の城郭外の街。雲巾…隠者のかぶる頭巾。褫…体につけている物を脱ぐ。故山…故郷の山。間関…旅の途中で苦労をするさま。愔愔…黙っているさま。困酒…悪酔いする。鄉愁…故郷を思っての愁い。脈脈…絶えず起こってくるさま。連環…連なりあった珠の輪、解き放せず何処までも続いている古都の喩え。情知…確かにそうだと知る。带眼…帯の留め穴。顚毛…頭頂の毛。自…～から。

 

（中国詩人選集二　４）

 

 

★宋　王安石　　題齊安壁　　　　　    斉安(せいあん)の壁(へき)に題す

　　

日淨山如染　　　日は浄(きよ)く 山は染まるが如く

風暄草欲薰　　　風は暄(かまびす)しく 草は薰(くん)ぜんと欲す

梅殘數點雪　　　梅は残す 数点の雪

麥漲一溪雲　　　麥(むぎ)は漲(みな)ぎる 一溪(いっけい)の雲

 

【語釈】

薰…良い香りがするさま。漲…一杯に広がる。

 

 

★宋　王安石　　梅花　　              梅花(ばいか)　　

牆角數枝梅　　　墻(しょう)角(かく) 数(すう)枝(し)の梅　

凌寒獨自開　　　寒(かん)を凌(しの)ぎて 独自に開く　

遙知不是雪　　　遥(はる)かに知る 是れ雪ならざるを　

爲有暗香來　　　暗(あん)香(こう)の 来たれる 有るが為なり　

 

【語釈】

牆角…垣根のかど。牆…垣根。凌…しのぐ寒…さむさ。獨自…じぶんひとりで。遙知…はるかに離れていても分かる。不是…～は～ではない。爲有……があるため。暗香…どこからともなく漂ってくる香り。

 

（宋詩選）

 

 

 

（詩詞世界）

 

★宋　王安石　　散髮一扁舟　　　　    散髮一扁(さんぱいちへん)舟(しゅう)　　

散髮一扁舟　　　散髮(さんぱつ) 一扁(いちへん)舟(しゅう)

夜長眠屢起　　　夜は長くして 眠り屢(しばしば)起く

秋水瀉明河　　　秋(しゅう)水(すい)に　明河(めいか)泻(そそ)ぎ

迢迢藕花底　　　迢々(じょうじょう)たり 藕(ぐう)花(か)の底(した)

愛此露的皪　　　此の露の 的皪(てきれき)たるを愛し

復憐雲綺靡　　　復た雲の 綺靡(きび)なるを憐(あわ)われむ

諒無與歌絃　　　諒(まこと)に与(とも)に 歌絃するもの無けれども

幽獨亦可喜　　　幽(ゆう)独(どく)も 亦た喜ぶべし

 

【語釈】

散髮…役人を辞めること。秋水…秋の清らかな水。明河…天の川。迢迢…遠く遙かなさま。藕花…蓮。的皪…きらきら輝くさま。綺靡…はなやかに美しいさま。諒無…まことに～ないけれども、諒は、次に述べられることを確認する副詞。幽獨…閑に独り住まいする。

 

（中国詩人選集二－４）

 

 

★宋　王安石　　北山帰暮示道人        北山(ほくさん)に暮に帰り道(どう)人(じん)に示す

千山復萬山　　　千山復(ま)た万山

行路有無間　　　行路は 有無の間

花發蜂遞繞　　　花は発いて 蜂は逓(たがい)に繞(めぐ)り　

果垂猿對攀　　　果は垂れて 猿は対して攀(よ)ず

獨尋寒水度　　　独り 寒水を尋ねて度り

欲趁夕陽還　　　夕陽を趁(お)いて 還(かえ)らんと欲す

天黑月未上　　　天黒くして 月未だ上らず

兒童初掩關　　　兒童 初めて関(かん)を掩(おお)う

 

【語釈】

北山…鐘山のこと。道人…僧。有無間…有るとも無いともいえないような状態。遞…つぎつぎと。對…二匹ならんで。攀…引っ張る。趁…おいかけて。掩…閉じる。

 

(中国詩人選集二－４)

 

★宋　王安石　　静憩即事　　　        静かに憩う即事

 

徑暖草如積　　　径は暖かくして 草は積むが如く

山晴花更繁　　　山は晴れて 花は更に繁げる

縱橫一川水　　　縱橫　一川(いっせん)の水

高下數家村　　　高下(こうか) 数家の村

靜憩鷄鳴午　　　静かに憩えば 鶏は午(ひる)に鳴き

荒尋犬吠昏　　　荒(こう)に尋ぬれば 犬は昏(くれ)に吠ゆ

歸來向人說　　　帰り来たりて 人に向って説く

疑是武陵源　　　疑うらくは是れ 武(ぶ)陵源(りょうげん)なるかと

 

【語釈】

縱橫…真っ直ぐでなく、縦横に蛇行しているさま。高下…山の斜面に点在しているさま。荒…荒れ地。武陵源…桃源郷のこと、武陵の地の傳説。

 

（宋詩選注　１　「即事」）

 

 

★宋　蘇軾　　  贈東林總長老　　　      東林(とうりん)の総長老に贈る　　　

溪聲便是廣長舌　　　溪声(けいせい)は便(すなわ)ち是(こ)れ広(こう)長舌(ちょうぜつ)

山色豈非清淨身　　　山(さん)色(しょく)は豈(あ)に清淨(せいじょう)身(しん)に非ずや

夜來八萬四千偈　　　夜(や)来(らい)　八万四千偈(げ)

他日如何舉似人　　　他日如何んぞ人に挙似(こじ)せん

 

【語釈】

東林…東林寺、廬山の南麓に西林寺と並んである。廣長舌…釈迦の説法。清淨身…佛菩薩の清浄の身。八万四千…数の多いこと、仏典によく見える。舉似…他人に示し告げること。似…助辞。

（漢詩大系１７）

 

 

★宋　蘇軾　　　初冬作贈劉景文　　      初冬の作劉景(りゅうけい)文(ぶん)に贈る　

荷盡已無擎雨蓋　　　　荷(か)は尽きて 已に雨を擎(ささ)ぐるの蓋(がい)無く　

菊殘猶有傲霜枝　　　　菊は残(ざん)して 猶(な)お霜に驕(おご)るの枝あり　

一年好景君須記　　　　一年の好景 君 須(すべか)らく記すべし　

正是橙黄橘綠時　　　　正(まさ)に是(こ)れ 黄橙(こうとう)橘(きつ)緑(りょく)の時　

 

【語釈】

劉景文…劉季孫のこと、景文は字、父は北宋の将軍。荷…蓮。擎…持ち上げる。差し上げる。蓋…かさ。残…そこなわれる。すたれる。猶有…なお…がある。傲霜…霜にあっても枯れない。傲…ものともしない。須…～すべきである。黄橙橘緑…橙が黄色くなり、橘が緑色になるころ、初冬の小春日和の時節、この詩を語源とする成語になっている。

 

（漢文大系　１７）

★宋　蘇軾　　　山村　　　　　　        山村

 

煙雨濛濛鷄犬聲　　　煙雨濛々(もうもう)として 鷄犬(けいけん)の声あり

有生何處不安生　　　有(ゆう)生(せい) 何れの処か 生を安んぜざる

但教黃犢無人珮　　　但だ黃犢(こう)をして 人の珮ぶを無から教(し)めば

佈穀何勞也勸耕　　　佈穀(ふこく) 何ぞ労せん 也(ま)た耕(こう)を勧をむるに

 

【語釈】

煙雨…霧雨。濛濛…　　鷄犬聲…平和な農村の様。有生…この世に生を受けたあらゆる物。黃犢…子牛。珮…帯玉。佈穀…カッコウ、佈穀（「種を播け」と農耕を勧めるという。

（転句、結句には、故事、風刺有り）

（漢詩大系１７　「山邨」に作る）

 

 

★宋　蘇軾　　　望海楼晩景五絶其二　　　望海楼の晩景五絶 其の二

 

横風吹雨入楼斜 　　　 横風(おうふう) 雨を吹き 楼(ろう)に入(い)りて斜(なな)めなり　

壮観応須好句誇　　　　壮観(そうかん) 応(まさ)に須(すべか)らく好句(こうく)もて誇(ほこ)るべし　

雨過潮平江海碧　　　　雨過ぎ 潮(うしお)平(たいら)らかにして 江(こう)海(かい) 碧(みどり)なり　

電光時掣紫金蛇　　　　電光(でんこう) 時に掣(ひ)く 紫(し)金(きん)の蛇(じゃ)　

 

【語釈】

望海楼…望湖楼のこと、西湖畔の建物。横風…横様に吹く風。吹雨…雨を吹きつける。壮観…おおきく立派な眺め。応須…本当に…すべきである。好句…良い詩。誇…ほめる。江海…川と湖。碧…あおみどり。電光…稲光時…ときどき。掣…ぱっと光る，引く・紫金…純粋の金。

 

（漢詩大系　１７）

★宋　蘇軾　　　望海樓晩景　　　　　　　望(ぼう)海楼(かい)の晩景(ばんけい)　　

 

青山斷處塔層層　　　　青山(せいざん) 断(た)ゆる処　塔 層々(そうそう)　

隔岸人家喚欲應　　　　岸を隔つる人家　喚(よ)べば応(こた)えんと欲す　

江上秋風晩來急　　　　江上(こうじょう)の秋風(しゅうふう)晩(くれ)に来(きた)ること急なり　

為傳鐘鼓到西興　　　　為に鐘(しょう)鼓(こ)を伝えて西興(せいこう)に到る　

 

【語釈】

望海樓…西湖近く鳳凰山の中腹にある楼で望潮楼とも呼ばれた。晩景…夕暮れの景色。青山…青緑の山。層層…幾重に重なっていること。鐘鼓…鐘と鼓の音。

 

（蘇軾詩集一）

 

 

★宋　蘇軾　　  梅花二首 其一　　　　　 梅花二首 其の一

春來幽谷水潺潺　　　　春来(しゅんらい) 幽谷(ゆうこく) 水潺々(せんせん)　

的皪梅花草棘間　　　　的皪(てきれき)たる 梅花　草(そう)棘(きょく)の間(かん)　

一夜東風吹石裂　　　　一夜 東風(とうふう)石を裂(さ)いて吹き　

半隨飛雪度關山　　　　半(なか)ば飛(ひ)雪(せつ)に従って関山(かんざん)を度(わた)る　

 

【語釈】

春來…春が来る。幽谷…奥深い谷。潺潺…浅い水の流れるさま、さらさら。的皪…鮮明なさま。草棘…草やいばら。東風…春風。關山…関所のある山、国境の山。

 

 

★宋　蘇軾　　　中秋月　　　　　　　　　中秋の月

暮雲收盡溢淸寒　　　　暮(ぼ)雲(うん) 収(おさ)まり尽きて 清(せい)寒(かん)溢(あふ)る　

銀漢無聲轉玉盤　　　　銀漢(ぎんかん) 声なく 玉盤(ぎょくばん)を転ず　

此生此夜不長好　　　　此(こ)の生(せい) 此の夜 長(とこしなえ)に好(よ)からず　

明月明年何處看　　　　明月(めいげつ) 明年(みょうねん)　何(いず)れの処(ところ)にか看ん　

 

【語釈】

暮雲…暮れの雲。收盡…すっかりなくなる。淸寒…清らかな寒さ。銀漢…銀河。

日暮れ方、雲はすっかり無くなって、さわやかな涼気がみなぎり、玉盤…月のこと。

 

（漢詩大系　１７）

 

★宋　蘇軾　　　溪陰堂　　　　　　　　　溪(けい)陰堂(いんどう)

白水滿時雙鷺下　　　　白水(はくすい)満(みつ)る時　双鷺(そうろ)下る　

綠槐高處一蝉吟　　　　緑槐(りょくかい)高き処　一(いっ)蝉(せん)吟ず　

酒醒門外三竿日　　　　酒は醒(さ)む門外(もんがい)三(さん)竿(かん)の日　

臥看溪南十畝陰　　　　臥(ふ)して看る渓(けい)南(なん)十(じゅっ)畝(ぽ)の陰　

 

【語釈】

渓陰堂…『渓前堂』ともする、揚州儀真県の東、范氏の園の堂の名。・白水…清らかな水。きれいな水。双鷺…つがいになっているサギ。緑槐…青々としたくわい。吟…（セミが）鳴く。酒醒…酒が醒める意。三竿日…日が竹竿を三本つぎ合わせたほどの高さに上（のぼ）る。臥看…寝転んでみる。渓南…谷の南側。　・十畝…１０畝（ほ（ぽ））。約６０アール。畝…１畝は約１．８２アール。十畝陰…谷一帯の日陰の地を指す。

 

（漢詩大系１７）

★宋　蘇軾　　　夜泛西湖五絕其四　　　　夜西湖に泛(うか)ぶ五絕其の四 　　　

 

菰蒲無邊水茫茫　　　菰(こ)蒲(ほ) 無辺(むへん) 水茫々(ぼうぼう)

荷花夜開風露香　　　荷(か)花(か) 夜開きて 風(ふう)露(ろ)香(かんば)し

漸見燈明出遠寺　　　漸(ようや)く見る 灯明(とうみょう)の 遠寺(えんじ)に出ずるを

更待月黑看湖光　　　更に月の黒きを待ちて 湖光(ここう)を看ん

 

【語釈】

菰蒲…まこもやがま。茫茫…遠く広がるさま。漸見…長い時間がたって。燈明…西湖の四聖館の前に、灯明が浮かぶという。風雨の中では一層良く光李、月明の晩にはやや薄く、雷電の時には、稲妻と輝きをあらそったという。湖光…前記燈明のこと。

 

（漢詩大系　１７）

 

★宋　蘇軾　　　飲湖上初晴後雨　　　　　湖上に飲(いん)す初(はじ)め晴後に雨ふる

水光瀲艶晴方好　　　　水光(すいこう) 瀲(れん)艶(えん)として 晴れてまさに好く　

山色空濛雨亦奇　　　　山色(さんしょく) 空濛(くうもう)として 雨もまた奇(き)なり　

欲把西湖比西子　　　　西湖(せいこ)を把(と)て 西子(せいし)に比せんと欲すれば　

淡粧濃抹(たんしょうのうまつ)總相宜　　　　淡粧濃抹(たんしょうのうまつ) 総(す)べて相(あい)宜(よ)ろし　

 

【語釈】

水光…湖の水面が輝いているさま。瀲艶…さざ波が揺れているさま。山色…山の色。空濛…　朦朧としたさま。奇…独特の趣がある。西施…春秋時代の美女。欲…　～しようとする。淡粧…薄化粧。濃抹…厚化粧。相宜…ふさわしい。

（漢詩大系１７）

★宋　蘇軾　　　惠崇春江曉景　          惠崇(けいそ)の春江曉景(しゅんこうぎょうけい)　

竹外桃花三兩枝　　　　竹外(ちくがい)の桃(とう)花(か) 三両(さんりょう)枝(し)　

春江水暖鴨先知　　　　春江(しゅんこう)　水(みず)暖(あたた)かにして鴨(かも)先ず知る　

蔞蒿滿地蘆芽短　　　　蔞蒿(ろうこう)は地に満ち蘆(ろ)芽(が)は短かし　

正是河豚欲上時　　　　正(まさ)に是(こ)れ河豚(かとん)の上(のぼ)らんと欲する時

 

【語釈】

恵崇 … 宋初の画僧。建陽（福建省）の人。北宋山水画の三大家の一人で、特に雁・鷺・鳥などの絵を得意とした、また、詩人でもあり、九僧の一人としても知られる。竹外…竹の生えている向こう側。桃花…桃の花。三両枝…二，三の枝。春江…春の川。水暖…水がぬるくなる。鴨…鴨の群れ。先知 …真っ先に感知する。蔞蒿 …よもぎの一種、フグの毒を消すという。満地…一面に生い茂る。蘆芽… 蘆…あしの芽、フグの毒を消すという。短…まだ短い。正是…ちょうど今～である。河豚…フグ。欲上時…川をさかのぼってくる時期

（漢詩大系１７）

 

★宋　蘇軾　　　六月二十七日望湖樓醉書　六月二十七日望湖樓にて醉いて書す　

黒雲翻墨未遮山　　　　 黒雲(こくうん) 墨(すみ)を翻(ひるがえ)して 未だ 山を遮(さえぎ)らず　

白雨跳珠亂入船　　　　白雨(はくう) 珠(たま)を跳(おど)らせて 乱れて船に入る　

卷地風來忽吹散　　　　地を巻き 風来たって 忽(たちま)ち吹き散ず　

望湖樓下水如天　　　　望(ぼう)湖楼下(ころうか) 水 天の如し　

 

【語釈】

望湖楼…西湖畔の建物、看経楼とも、先徳楼ともいう。宝石峰にあったというが現在はない。黑雲…黒い（雨）雲。翻…ひっくり返す。反対になる。ひるがえす。遮山…（雨雲が）山を遮（さえぎ）る。白雨…にわか雨、夕立。跳…はねる。珠…真珠。卷地…地面をまきあげる、風の勢いの強いさま。忽…たちまち。吹散…（雨粒を）吹き飛ばす。

 

 

★宋　蘇軾　　　湖上初晴後雨二首其の一　　

　　　　　湖上に飲す　初め晴れ後に雨ふる　二首　其の一

 

朝曦迎客艷重岡　　　朝(ちょう)㬢(ぎ) 客(かく)を迎えて 重岡(ちょうこう)に艶(えん)なり

晩雨留人入酔郷　　　晩(ばん)雨(う) 人を留めて 酔(すい)郷(きょう)に入(い)らしむ

此意自佳君不會　　　此の意自(おのずか)ら佳(か)なるに 君 会(かい)せずや

一杯當屬水仙王　　　一杯 当(まさ)に水仙(すいせん)王(おう)に属(しょく)すべし

 

【語釈】

朝曦…朝日。客…自分のこと。留人…帰ろうとする人（自分）を引き留める。酔郷…『酔郷記』に有るような世界。意…酔い気持ち。転句…陶淵明の「飲酒其の五」をふまえるか？

 

（漢詩大系　１７）

 

★宋　蘇軾　　　和楊公濟梅花十絕 其五　再び楊公濟(ようこうせい)の梅花十絕に和す其の五

 

春入西湖到處花　　　春は入る 西湖 到る処の花に

裙腰芳草抱山斜　　　裙腰芳草 山を抱きて斜めなり

盈盈解珮臨煙浦　　　盈(えい)々(えい)として 珮(おびたま)を解き 煙(えん)浦(ほ)に臨み

脈脈當壚傍酒家　　　脈々(みゃくみゃく)として 当壚 酒家に傍(そ)う

 

【語釈】

楊公濟…楊蟠、浙江省台州市の人、蘇軾と詩の交換があった。裙腰…細くて長い道。盈盈…女性の容姿のしなやかさま。解珮…故事。煙浦…靄のかかっている浦。脈脈…情を含んで相見るさま。當壚…酒屋の店番をする。

 

(續国譯漢文大成　蘇東坡詩集　四)

　

 

★宋　蘇軾　　　和黃龍清老三首 其一　　黃(き)龍(りゅう)清(せい)老(ろう)に和す三首 其一　

萬山不隔中秋月　　　万山(ばんざん) 隔てず 中秋の月

一雁能傳寄遠書　　　一雁 能く伝えて 遠書を寄す

深密伽陀枯戰筆　　　深(しん)密(みつ) 伽陀(かだ) 枯戦(こせん)の筆(ひつ)

真誠相見問何如　　　真誠 相見て 問う何如(いか)ん　

 

【語釈】

黃龍…黃龍山、寧州（現在の雲南省の部分を分割した州）の西にある山。深密…解深密経の略。伽陀…諷誦…暗唱して唱える。枯戰筆…躍動で震えた筆跡。真誠…本当に。相見…会って。

 

（續国譯漢文大成　蘇東坡詩集　六）

 

 

★宋　蘇軾　　　陌上花　清平調引 其一　陌上(はくじょう)花(か)　清平調引(せいへいちょういん) 其の一

陌上花開蝴蝶飛　　　陌上(はくじょう)花開いて 蝴(こ)蝶(ちょう)飛ぶ　

江山猶是昔人非　　　江山は 猶お是(ぜ)にして 昔人(せきじん)は非なり

遺民幾度垂垂老　　　遺民 幾度(いくど)か 垂(すい)々(すい)として老い　　

遊女長歌緩緩歸　　　遊女は長く歌う「 緩々(かんかん)として帰れ」と

 

 

【語釈】

陌上…路辺。江山…山河。猶是…もとのまま。遺民…呉や越に仕えた人。幾度…年を重ねる毎に。垂垂…次第に。遊女…遊びに来ている女達。緩緩…ゆるゆる。

 

（中国詩人選集二―５）

★宋　蘇軾　　　　  書李世南所畫秋景　　李(り)世(せい)南(なん)の画(えが)く所(ところ)の秋景(しゅうけい)に書す

野水參差落漲痕　　　　野水(やすい) 參差(さんし)として 漲痕落ち　

疎林欹倒出霜根　　　　 疎林(そりん)欹倒(きとう)して 霜(そう)根(こん)を出(いだ)す　

扁舟一棹歸何處　　　　扁舟(へんしゅう) 一棹(いっとう) 何処(いずこ)にか帰る　

家在江南黄葉村　　　　家は 江南(こうなん)黄葉の村に在り

 

【語釈】

李世南…北宋の画家、字は唐臣、山水画に巧み。・野水…野中の流れ。參差…長短不揃いのさま。落…減る。漲痕…増水時、水が漲った時の痕かた。疎林…樹木のまばらな林。欹倒…かたむきたおれたさま。欹…かたむく霜根…霜の降りた。扁舟…小舟。棹…さお。江南…長江下流の南側の地方。

 

（中国詩人選集二―６）

 

 

★宋　蘇軾　　　    山村五絕 其三　　　 山村五絕 其の三　　　

　　　

老翁七十自腰鐮　　　老翁(ろうおう) 七十自(おのずか)ら鎌を腰にし　

慚愧春山筍蕨甜　　　慚愧(ざんぎ)す春(しゅん)山(ざん)筍蕨(じゅんけつ)の甜(あま)きを　

豈是聞韶解忘味　　　豈(あ)に是(こ)れ韶(しょう)聞(きい)て解(よ)く味を忘るるならんや　

邇來三月食無鹽　　　邇來(じらい)三(さん)月(げつ)食に塩(えん)無し　

 

【語釈】

慚愧…羞じること。この場合は，有りがたく思う気持ちをふくめて、「なんとまあ」と感嘆を示す俗語。筍蕨…タケノコとわらび。甜…美味である。豈是…どうして（反語）。聞韶…孔子が，蕣の音楽である韶を聴いて，三月の間、肉の味を忘れるほど感動したという故事による。解…能と意。邇來…それより。食無鹽…王安石が塩の密売を取り締まった為に、塩が買えなくなった。

 

（漢詩大系１７）

★宋　蘇軾　　　　　東欄梨花　　　      東欄(とうらん)の梨花(りか)

梨花淡白柳深青　　　　梨花(りか)は淡白(たんぱく)にして 柳は深(しん)青(せい)　

柳絮飛時花滿城　　　　柳絮(りゅうじょ) 飛ぶ時　花 城に満つ　

惆悵東欄一株雪　　　　惆悵(ちゅうちょう)す 東欄(とうらん) 一株(いっしゅ)の雪　

人生看得幾清明　　　　人生 看(み)得(う)るは 幾(いく)清明(せいめい)　

 

【語釈】

東欄…密州の官舎の東側の欄干。梨花…梨の花。淡白…淡い白色。深青…深い緑色。柳絮… 柳の白い綿毛のついた種子。花満城 … 町は花ですっかり埋まってしまう。城…城壁で囲まれた町。惆悵…嘆き悲しむこと。傷み悲しむこと。東欄…密州の官舎の東側の欄干。株雪 … 一本の梨の木の花を雪に喩えている。清明…二十四節気の一つ。春分から十五日目。

看得… 見ることができる。　　

(Web 漢文大系)

 

★宋　蘇軾　　　    題西林壁　　　　    西林(せいりん)の壁(へき)に題す

橫看成嶺側成峰　　　　橫より看れば嶺(れい)を成し　側(そば)よりすれば峰(ほう)と成る　

遠近高低總不同　　　　遠近　高低　総(すべ)て　同じからず　

不識廬山真面目　　　　廬山(ろざん)の真面目(しんめんぼく)を識(し)らざるは　

只縁身在此山中　　　　只(た)だ身の此の山中に在るに縁(よ)る　

 

【語釈】

西林…西林寺、廬山（江西省九江市南部）のふもとに西林寺と東林寺があった。題壁 … 壁に詩を書きつけること。横看…横の方から眺めわたすと。成嶺…連なった山になる。側 … そば。成峰 … 鋭く聳える峰となる。廬山…山の名、江西省九江市の南方にある。真面目… 本来の姿。

 

（漢詩大系　１７）

 

★宋　蘇軾　　　　　東坡　　　          東坡(とうは)　　　

雨洗東坡月色清　　　雨は東坡(とうは)を洗いて月(げっ)色(しょく)清し

市人行盡野人行　　　市人は行き尽くして野人行く

莫嫌犖确坡頭路　　　嫌う莫かれ　犖确(ちくかく)　坡頭(はとう)の路

自愛鏗然曳杖聲　　　自ら愛す鏗然(こうぜん)たる 杖を曳く声

 

【語釈】

東坡…地名（蘇軾が自ら名付けた）。市人…城内の人。野人…城外の人、農民。犖确…山の石が角張っている形容。坡頭…堤の上。鏗然…金属などがカラカラなる音。

（中国詩人選集二－５）

 

 

★宋　蘇軾　　　　  吉祥寺賞牡丹　　　　吉祥寺(きちじょうじ)にて牡丹を賞す　

人老簪花不自羞　　　　人は老いて花を簪(かざ)し 自(みずか)らは羞(は)じず　　　

花應羞上老人頭　　　　花は応(まさ)に羞(は)ずべし 老人の頭(こうべ)に上(のぼ)るを　

醉歸扶路人應笑　　　　酔帰(すいき) 路(みち)に扶(たす)けらるるを 人 応(まさ)に笑うべし　

十里珠簾半上鉤　　　　十里の珠(しゅ)簾(れん) 半(なか)ば　鉤(こう)に上(じょう)せらる　

 

【語釈】

吉祥寺…杭州にあった寺院名、ボタンの名所。賞…見て楽しむ。簪…かんざしをさす。不自-…別に～とは思わない。醉歸…酔って帰ること。扶…支える。応…応(まさ)に～すべし、当然…であろう。珠簾…玉スダレ。鉤…簾をとめるかぎ。

 

（中国詩人選集二－５）

 

★唐　蘇軾　　　　  食茘枝　　　　　　　茘(れい)枝(し)を食す

羅浮山下四時春　　　　羅(ふ)浮(ら)山下(さんか) 四時(しいじ)の春　

盧橘楊梅次第新　　　　盧(ろ)橘(きつ) 楊(よう)梅(ばい) 次第に新たなり　

日啖荔枝三百顆　　　　日に荔(れい)枝(し)を啖(くら)うこと 三百顆(さんびゃくか)　

不辭長作嶺南人　　　　辞(じ)せず 長(とこし)へ に嶺(れい)南(なん)の人と作(な)るを　

 

【語釈】

茘枝…中国南方原産の果物。羅浮山…広東省恵州市と広州市との中間点の博羅にある山の名、道教の十大名山の一。四時…春夏秋冬の四つの季節の総称。・盧橘…金柑。楊梅…ヤマモモ。次第…つぎつぎと。噉…食う。顆…つぶ。不辭…いとわない。長作…永遠に～となる。嶺南人…広東人。

（序あり）（漢詩大系　１７）

 

★宋　蘇軾　　　　　和孔密州五絕 其三 東欄梨花

　　　　　　　　　　孔(こう)密州(みつしゅう)の五絕に和す 其三 東欄(とうらん)の梨花(りか)

梨花淡白柳深青　　　梨花(りか)は淡白にして 柳は深(しん)青(せい)

柳絮飛時花滿城　　　柳絮(りゅうじょ)飛ぶ時 花 城に満つ

惆悵東欄一株雪　　　惆悵(しゅうちょう)す 東欄(とうらん) 一株の雪に

人生看得幾清明　　　人生 幾たびの清明をか看得ん

 

【語釈】

孔密州…蘇軾の後任として密州の知事になった孔宗翰のこと。

 

【語釈】

欄…花でぐるりと囲まれた柵。惆悵…悲しく物思いにふけるさま。清明…二十四節気のひとつ、陽暦４月５日又は６日。

 

★宋　蘇軾　　　　　春夜　　　　　　　　春(しゅん)夜(や)　　　

春宵一刻值千金　　　　春宵(しゅんしょう)一刻(いっこく) 値(あたい)千金(せんきん)　

花有清香月有陰　　　　花に清(せい)香(こう)有り 月に陰(かげ)有り　

歌管樓臺聲細細　　　　歌管(かかん) 楼台(ろうだい) 声(こえ)細々(さいさい)　

鞦韆院落夜沈沈　　　　鞦韆(しゅうせん) 院落(いんらく) 夜沈々(ちんちん)　

　

【語釈】

春宵…春のよい。一刻…わずかな時間。值…ねうち。千金…膨大な金。清香…清らかな香。陰…かすんでいること。歌管…歌声や管楽器の音。声細細…かすかな声。鞦韆…女性が乗って遊ぶぶらんこ。院落…中庭。夜沈沈…夜がしんしんと更けていくさま。

 

（中国詩人選集二－６）　　集外詩

 

★宋　蘇軾　　　　　澄邁驛通潮閣　　　　澄邁(ちょうまい)駅(えき)の通潮閣(つうちょうかく)。

餘生欲老海南村　　　　余生(よせい) 老(お)いんと欲す 海南(かいなん)の村　

帝遣巫陽招我魂　　　　帝 巫(ふ)陽(よう)をして 我が魂(こん)を招かしむ　

杳杳天低鶻沒處　　　　杳々(ようよう)として 天低(てんた)れ 鶻(こつ)の沒する処　

青山一髮是中原　　　　青山(せいざん) 一髮(いっぱつ) 是(こ)れ中原(ちゅうげん)　

 

【語釈】

澄邁駅…海南島の北岸、海南省澄邁県の宿駅。通潮閣…澄邁駅にあった楼閣。余生…残りの人生。欲老…老いの人生を送るつもりである。海南村 …海南島の村。「帝」…天帝、ここでは時の皇帝徽宗。巫陽…巫女の名、屈原の霊魂がさまよっているのを天帝が憐れんで、巫陽に命じてその霊魂を呼び戻させた故事による。遣…「遣AB」の形で「AをしてB（せ）しむ」と読み、「AにBさせる」と訳す。杳々 … はるか遠いさま。天低…大空が水平線におりて来ているさま。鶻 …はやぶさ。没 … 消える。隠れる。青山一髪…髪一筋のように見える青い山並み。中原…ふつうは中国の中心とされる黄河中流域。

★宋　蘇軾　　　　新城道中二首 其一　　新城(しんじょう)道中(どうちゅう)二首 其の一　　　

東風知我欲山行　　　　東風(とうふう) 我が山行(さんこう)せんと欲するを知り　

吹斷簷間積雨聲　　　　吹断(すいだん)す 簷(えん)間(かん) 積雨(せきう)の声　

嶺上晴雲披絮帽　　　　嶺上(れいじょう)の晴(せい)雲(うん)は 絮帽(じょぼう)を披(かぶ)らせ　

樹頭初日挂銅鉦　　　　樹頭(じゅとう)の初日(しょじつ)は 銅鉦(どうしょう)を挂(か)く　

野桃含笑竹籬短　　　　野桃(やとう)は笑みを含(ふく)みて 竹籬(ちくり)短かく　

溪柳自搖沙水清　　　　溪柳(けいりゅう)は自(おのずか)ら搖れて 沙(さ)水(すい)清し　

西崦人家應最樂　　　　西崦(せいえん)の人家 応(まさ)に最(もっと)も楽しむべし　

煮芹燒筍餉春耕　　　　芹(せり)を煮て筍(たけのこ)を燒き 春の耕(こう)に餉(しょう)す　

 

【語釈】

東風…春風。吹斷…吹きちぎる。簷間…のきば。積雨…ながさめ。絮帽…わたぼうし。初日…朝日。挂…ぶら下げる。銅鉦…どら。溪柳…谷の岸の柳。沙水…渚の水。西崦…西の山。春耕…春の農作業。餉…弁当を作る。

 

 

★宋　蘇軾　　　　　除夜野宿常州城外二首之一除夜(じょや)常州(じょうしゅう)城外(じょうがい)に野宿(のじゅく)す　二首の一　　

　

行歌野哭兩堪悲　　　　行歌(こうか) 野哭(やこく) 両(ふたつ)ながら悲しむに堪えたり　

遠火低星漸向微　　　　遠火(えんか) 低星(ていせい) 漸(ようや)く微(び)に向かう　

病眼不眠非守歳　　　　病眼 眠らず 歳(とし)を守るにはあらず　

鄉音無伴苦思歸　      郷音(きょうおん) 伴(とも)なく 苦(ねんごろ)に帰るを思う　

重衾腳冷知霜重　　　  重衾(じゅうきん) 脚冷(ひやや)かにして 霜(しも)の重きを知り　

新沐頭輕感髮稀　　　　新沐(しんよく) 頭(こうべ)軽くして 髪の稀なるを感ず

多謝殘燈不嫌客　　　　多(た)謝(しゃ)す残(ざん)灯(とう) 客を嫌(いと)わず　

孤舟一夜許相依　　　　孤(こ)舟(しゅう)一夜 相依(あいよ)るを許すに　

 

【語釈】

常州…江蘇省常州市。行歌…通行者が歌う歌。野哭…野原の泣き声、死者の葬式。向微…だんだん微少になる。守歳…元旦の夜明けまで起きていること。重衾…何枚も重ねた掛け布団。殘燈…消えかかったともしび。許…わざわざ～してくれる。

 

（中国詩人選集二－５）

 

 

★宋　蘇軾　　　　　正月二十日，往岐亭，郡人潘、古、郭、三人送余於女王城東禪莊院

　　正月二十日，岐亭(ぎてい)に往(ゆ)く，郡人潘(ぐんじんばん)、古、郭の三人　余を女王(じょおう)城東(じょうとう)の禅莊(ぜんそう)院(いん)に送る

 

十日春寒不出門　　　十日 春寒(しゅんかん) 門を出でず

不知江柳已搖村　　　知らず江(こう)柳(りゅう) 已に村に搖らぐを

稍聞決決流冰谷　　　稍(や)や聞く決々(けつけつ) 冰(ひょう)谷(こく)に流るるを

盡放青青沒燒痕　　　尽(ことごと)く青(せい)々(せい)を放ちて 燒(しょう)痕(こん)を沒す

數畝荒園留我住　　　数(すう)畝(ほ)の荒園　我を留めて住ましめ

半瓶濁酒待君溫 　　 半瓶の濁酒 君を待ちて温む

去年今日關山路　　　去年 今日 関山の路

細雨梅花正斷魂　　　細雨 梅花 正(まさ)に魂(こん)を断つ

 

【語釈】

春寒…春のまだ浅い頃の寒さ。江柳…川辺の柳。稍…だんだんに、次第に。決決…さらさらと水の流れる音。冰谷…凍った谷。燒痕…野の草を焼いた痕。半瓶…瓶の半分。関山…関所のある山。

 

（續国譯漢文大成　文学部　第１６巻）

 

 

★宋　蘇軾　　　　　雪後書北臺壁二首 其一 　

 

黃昏猶作雨纖纖　　　黃昏(こうこん) 猶(な)お 雨 纖々(せんせん)たるを作(な)し

夜靜無風勢轉嚴　　　夜静かにして 風無きも 勢(いきおい)転(うた)た厳(げん)なり

但覺衾裯如潑水　　　但(た)だ覚ゆ 衾裯(きんちゅう) 水を溌(はっ)するが如く

不知庭院已堆鹽　　　知らず 庭院(ていいん) 已に塩(しお)を堆(たい)するを

五更曉色來書幌　　　五更 曉(ぎょう)色(しょく) 書(しょ)幌(こう)に来たり

半夜寒聲落畫簷　　　半夜 寒声 画(が)簷(たん)に落つ

試埽北臺看馬耳　　　試みに北台(ほくだい)を埽(はら)って 馬(ば)耳(じ)を看れば

未隨埋沒有雙尖　　　未だ 埋沒に従わずして 双尖(そうせん)有り

 

【語釈】

北臺…城壁を利用した見晴台。黃昏…夕暮れ。纖纖…細いさま。轉…いよいよ。嚴…厳しい激しい。衾裯…掛け布団と単衣の寝間着。潑…水をぱっとばらまく。鹽…雪のたとえ。五更…明け方。曉色…雪が晴れて半月に照らされた月明かり。書幌…書斎。寒聲…かりがねの声（李白詩…「北風海雁吹 南渡落寒声」。畫簷…彩色された軒。馬耳…馬耳山。雙尖…二つのとんがり。

 

（漢詩大系　１７）

 

 

★宋　蘇軾　　　　　予以事繫禦史臺獄，獄吏稍見侵，自度不能堪，死獄中，不得一別子由，故作二詩授獄卒樑成，以遺子由，二首 其一　　　

　予(よ)事を以って御史(ぎょし)台(だい)の獄(ごく)に繋(つな)がる，獄吏(ごくり)稍(やや)見侵(みおか)さる，自(みずか)ら度(はか)るに堪(た)うる能(あた)るわず，獄中(ごくちゅう)に死し，子(し)由(ゆう)に一別するを得ざらんと，故(ゆえ)に二詩を作り獄卒(ごくそつ)樑成(りょうせい)に授け，以って子由に遺(おく)る，二首 其一　

　　

聖主如天萬物春　　　　聖主(せいしゅ) 天の如く 万物(ばんぶつ)春なるに　，

小臣愚暗自亡身　　　　小臣(しょうしん)は 愚暗(くあん)にして 自(みずか)ら身を亡(ほろ)ぼす　

百年未滿先償債　　　　百年 未(いま)だ満(み)たず先(ま)ず債(さい)を償(つぐな)い　

十口無歸更累人　。　　　十口 帰る無く 更に人を累(るい)せん　

是處青山可埋骨　　　　是(こ)の処 青山(せいざん)骨を埋ずむ可(べ)し　

他時夜雨獨傷神　　　　他時(たじ) 夜雨(やう) 独り 神を傷ましめん　

與君今世為兄弟　　　　君と 今(こん)世(せい) 兄弟(けいてい)と為り　

又結來生未了因　　　　又 結ばん 来生(らいせい) 未了(みりょう)の因(いん)を　

 

【語釈】

禦史臺…高級官僚を監督する役所。稍見侵…ことさら過酷に扱うように指示をうける。獄卒樑成…樑成問烏なの獄吏。聖主…聖明なる天子。天…恵みをもたらす天。償債…過去の罪を消すこと。十口…十人の家族。累…迷惑をかけること。青山…青緑の山。神…こころ。未了因…この世では尽きることがなかった因縁。

 

（漢詩大系１７）

 

★宋　蘇軾　　　　　病中遊祖塔院蘇軾　　病中祖塔院(そとういん)に蘇軾(そてつ)と遊ぶ

 

紫李黄瓜村路香 　紫李 黄瓜 村路香ばし

烏紗白葛道衣涼 　烏紗 白葛 道衣涼し

閉門野寺松陰転 　門を閉す野寺は　松陰に転じ

欹枕風軒客夢長 　枕を風軒に欹てて 客夢 長し

因病得閑殊不悪 　病に因って閑を得たるは 殊に悪しからず

安心是薬更無方 　 安心 是れ薬なり 更に方無なし

道人不惜階前水 　道人は 階前 水を惜まずして

借與匏樽自在嘗 　匏(ほう)樽(そん)を借与して　自在に嘗(な)めしむ

 

【語釈】

紫李…紫色の李。黄瓜…きうり。烏紗…烏紗帽（黒色の帽子）。白葛…白色の葛布。道衣…官僚などの平服。風軒…風通しの良い家。客夢…うたた寝。安心…心を安んずること。方…薬の処方の仕方。道人…法師。匏樽…茶碗。

 

（蘇東坡詩集　第三冊）

 

 

★宋　蘇軾　　　　　和子由澠池懐舊　　　子(し)由(ゆう)の澠(べん)池(ち)懐旧(かいきゅう)に和す

 

人生到處知何似　　　　人生 到る処 知んぬ 何にか似たる　

應似飛鴻踏雪泥　　　　応(まさ)に 飛(ひ)鴻(こう)の 雪(せつ)泥(でい)を踏(ふ)むに 似たるべし　

泥上偶然留指爪　　　　泥上(でいじょう) 偶然(ぐうぜん)として 指(し)爪(こう)を留(とど)むるも　

鴻飛那復計東西　　　　鴻(こう)飛ばば 那(なん)ぞ復(ま)た　東西を計らん　

老僧已死成新塔　　　　老僧は 已に死して 新塔(しんとう)を成し　

壞壁無由見舊題　　　　壊壁(かいへき)は 旧題(きゅうだい)を 見るに由(よし)無し　

往日崎嶇還記否　　　　往(おう)日(じつ)の崎嶇(きく)　還(ま)た記するや否や　

路長人困蹇驢嘶　　　　路長く 人困しみ 蹇驢(けんろ)嘶(いなな)きしことを　

 

【語釈】

子由 … 弟の蘇轍の字。澠池…県名、河南省、洛陽の西約60キロにある。懐旧 … 昔のことをしのぶ。人生…人の一生。到処…行く先々。知何似…何に似ているだろうか。知 … 疑問、いったい～だろうかの意。応 … 「まさに～すべし」と読み、「きっと～であろう」と訳す。飛鴻 … 舞い降りた鴻。雪泥…雪解けの泥。泥上…泥の上に。指爪…爪のあと。留… 残している。那 …「なんぞ」と読み、「どうして～か（いや～ではない）」と訳す。反語を表す。計東西…東へ行ったのか西へ行ったのか推し量る。老僧…五年前、兄弟で澠池の寺に泊めてもらった時、世話になった老僧のこと。名を奉閑といった。新塔…新たに立てた老僧の石塔。壊壁…くずれた寺の壁。旧題…五年前、二人が寺の壁に書きつけた詩。無由見…見つけるすべもない。往日…あの日。昔日。崎嶇…山道が険しく、歩きにくいさま。還…いまもなお。記…記憶する。否…文末に付いて、「そうなのか、違うのか」と聞くときの言葉。路長…道は遠く。人困…人は疲れ。蹇驢足の不自由な驢馬。

 

（漢詩大系１７）

 

　

★宋　蘇軾　　　　　次韻周長官壽星院同餞魯少卿

　　　　　　　周長官が寿(じゅ)星院(せいいん)にて同じく魯(ろ)少(しょう)卿(きょう)を䬻(せん)するに次韻す

 

琉璃百頃水仙家　　　琉璃(るり)百(ひゃく)頃(けい) 水仙の家

風靜湖平響釣車　　　風静かに 湖平かにして 釣車(ちょうしゃ)響く

寂歷踈松攲晚照　　　寂歷(じゃくれき)たる踈(そ)松(しょう) 晚(ばん)照(しょう)を攲(そばだ)て

伶俜寒蝶抱秋花　　　伶俜(れいへい)たる寒蝶 秋花を抱く

困眠不覺依蒲褐　　　困眠(こんみん)して覚えず 蒲褐(ほかつ)に依ることを

歸路相將踏桂華　　　帰路 相(あい)将(ひき)ちて桂華を踏む

更著綸巾披鶴氅　　　更に綸巾を著けて鶴氅(かくしょう)を披(き)る

他年應作畫圖誇　　　他年応(まさ)に画図(がと)と作(な)して誇(ほこ)るべし

 

【語釈】

周長官…銭塘県の令である周邠。壽星院…杭州の北、葛嶺にあった寺院。魯少卿…魯有開。琉璃…青色の宝石、ここでは湖。百頃…広さが広いこと。水仙家…水仙は水の女神。釣車…釣り竿のリール。寂歷…草木がまばらで物寂しいさま。踈松…まばらな松。伶俜…孤独で頼りなく物寂しいさま。困眠…疲れて眠ること。蒲褐…円座、僧侶の座具。桂華…月光。綸巾…青い絹の布で作った頭巾、諸葛孔明がかぶった物。鶴氅…鳥の羽で作った衣服。畫圖…絵画。

 

（蘇軾詩集　二）

 

★宋　蘇軾　　　　　是日宿水陸寺，寄北山清順僧二首 其一

是(こ)の日に水陸寺(すいりくじ)に宿(しゅく)し，北山(ほくさん)の清順僧(せいじゅんそう)に寄す　二首 其一

 

草沒河隄雨暗村　　　草は河隄(かてい)に沒し雨は村に暗し

寺藏脩竹不知門　　　寺は脩(しゅう)竹(ちく)に蔵(かく)れて門を知らず

拾薪煮藥憐僧病　　　薪(たきぎ)を拾いて薬を煮 僧の病を憐れみ

掃地焚香淨客魂　　　地を掃き香を焚きて客(かく)の魂(こん)を浄(きよ)む

農事未休侵小雪　　　農事未だ休まざるに小雪を侵(おか)し

彿燈初上報黃昏　　　佛灯初めて上(たてまつ)りて黃昏(こうこん)を報ず

年來漸識幽居味　　　年来漸(ようや)く識る幽(ゆう)居(きょ)の味(あじわい)

思與高人對榻論　　　高人と榻(とう)を対して論ぜんことを思う

 

【語釈】

水陸寺…杭州城外の寺。北山…西湖北部の寺。清順…詩僧で王安石とも交わりがあった。河隄…蘇軾が開いた運河？。脩竹…長い竹。客…蘇軾のこと。小雪…二十四節気の一（陰暦十一月）。幽居…世のわずらわしさを避けて静かにくらすこと。高人…清順のこと。榻…長椅子。

（中国詩人選集二－５）

 

★宋　蘇軾　　　　　正月二十日，與潘、郭二生出郊尋春，忽記去年是日同至女王城作詩，乃和前韻　

　　　　　正月二十日，潘郭(はんかく)二生と郊を出で春を尋ぬ，忽(たちま)ち記す去年是の日同じく女王城に至りて詩を作る，乃ち前韻に和す

東風未肯入東門　　　東風 未だ肯えて 東門に入らず

走馬還尋去歲村　　　馬を走らせて 還(ま)た尋ぬ 去歲(きょさい)の村

人似秋鴻來有信　　　人は秋(しゅう)鴻(こう)に似て 来りて信有り

事如春夢了無痕　　　事は春夢の如ぐ 了(つい)に痕無し

江城白酒三杯釅　　　江城の白酒 三杯の釅(げん)　

野老蒼顏一笑溫　　　野老の蒼顏(そうがん) 一笑の温(おん)

已約年年為此會　　　已に約す 年々 此の会を為さんと

故人不用賦招魂　　　故人 用いず 招魂を賦するを

 

【語釈】

東風…春風。去歲…昨年。秋鴻…秋の鴻。釅…すっぱい。招魂…屈原の招魂賦

 

（續国譯漢文大成）

 

 

★宋　蘇軾　　　　　新城道中二首 其一　　新城(しんじょう)道中(どうちゅう)二首 其の一

　　

東風知我欲山行　　　東風 我が山行せんと欲するを知りて

吹斷簷間積雨聲　　　吹断す 簷間(えんかん)の積雨の声

嶺上晴雲披絮帽　　　嶺上の晴雲は 絮帽(じょぼう)を披(こう)むり

樹頭初日挂銅鉦　　　樹頭の初日は 銅鉦を挂(か)く

野桃含笑竹籬短　　　野桃 笑を含みて 竹籬(ちくり)短かく

溪柳自搖沙水清　　　溪(けい)柳(りゅう) 自ら搖れて 沙(しゃ)水(すい)清し

西崦人家應最樂　　　西崦の人家 応に最も楽しむべし

煮芹燒筍餉春耕　　　芹を煮 筍を燒きて 春耕に餉(しょう)す

 

【語釈】

新城…今の新登、杭州の西南にあり。積雨…降り続いた雨。嶺上…峠。絮帽…綿帽子。披…ひっかぶる。初日…出たばかりの太陽。銅鉦…どら。挂…ひっかける。沙水…砂を流れる水。西崦…西の山。春耕…春に農作業をしている人。餉…人に送ること。

 

（中国詩人選集二―５）

 

★宋　蘇軾　　　　　自興國往筠，宿石田驛南二十五里野人舍

興國自(よ)り筠に往き、石田駅南二十五里の野人の舎に宿る　

溪上青山三百疊　　渓上(けいじょう)の青山　三百畳

快馬輕衫來一抹　　快馬　軽衫(けいさん)　来って一抹(いちまつ)す

倚山脩竹有人家　　山に倚(よ)る脩(しゅう)竹(ちく)　人家有り

横道清泉知我渇　　道に横たわる清泉　我が渇(かつ)を知る

芒鞋竹杖自輕軟　　芒鞋(ぼいあい)　竹杖　自(おのずか)ら軽軟

蒲薦松床亦香滑　　蒲薦(ぼせん)　松牀(しょうしょう)　亦(ま)た香滑(こうかつ)

夜深風露滿中庭　　夜深けて　風露　中庭に満つ

惟有孤螢自開闔　　惟だ　孤螢(こけい)の自(おのずか)ら開闔(かいこう)する有り

 

【語釈】

輕衫…軽い着物。一抹…ひとなすり、さっと行くさま。脩竹…竹藪。芒鞋…すすきで出来たわらじ。輕軟…軽やかなさま。蒲薦…ガマで出来たむしろ。松床…松で出来た寝台。香滑…滑らかで香りが良い。開闔…明滅。　

 

（續国譯漢文大系　蘇東坡詩集　三）

 

 

 

参考図書

　中国文学歳時記　夏　黒川洋一他編　同朋舎

（詩詞世界）

 

★宋　蘇軾　　　　　泗州除夜雪中黃師是送酥酒二首 其一

泗州(ししゅう)除夜(じょや)雪中(せっちゅう)、黃師(こうし)是(ぜ) 酥酒(そしゅ)を送る　二首 其一

 

暮雪紛紛投碎米　　　暮(ぼ)雪(せつ) 紛々(ふんぷん) 砕米(さいべい)を投じ

春流咽咽走黃沙　　　春流 咽々(えんえん) 黃沙に走る

舊遊似夢徒能說　　　旧遊 夢を似って 徒らに能(よ)く説き

逐客如僧豈有家　　　逐客(ちくかく) 僧の如く 豈(あ)に家有らんや

冷硯欲書先自凍　　　冷(れい)硯(けん) 書かんと欲すれば 先ず自(おのずか)ら凍り

孤燈何事獨生花　　　孤灯 何事ぞ 独(ひと)り花を生ずる

使君夜半分酥酒　　　使君 夜半 酥(そ)酒(しゅ)を分かつ

驚起妻孥一笑譁　　　妻孥(さいど)を驚起して 一笑譁(かまびす)し

 

【語釈】

泗州…江蘇省淮安市。黃師是…陳州の人で蘇轍の共となり、蘇軾の友人でもあった。碎米…雪の形容。酥酒…酒の異名。咽咽…太鼓の音の重なるさま。逐客…追放された家臣（蘇軾自身）。使君…刺史。妻孥…妻子。

 

（續国譯漢詩大成　　蘇東坡詩集　三）

 

 

★宋　蘇軾　　　　　八月七日初入贛過惶恐灘　　

八月七日 初(はじ)めて贛(かん)に入り惶恐灘(きょうこうたん)を過ぐ　　

　　

七千里外二毛人　　　　七(なな)千里外(せんりがい) 二毛(にもう)の人　

十八灘頭一葉身　　　　十八灘頭(じゅうはちたんとう) 一葉(いちよう)の身　

山憶喜歡勞遠夢　　　　山は 喜歓(きかん)を憶(おも)いて 遠夢(えんむ)を労(ろう)し　

地名惶恐泣孤臣　　　　地は 惶恐(きょうこう)と名づけて 孤臣(こしん)を泣かしむ　

長風送客添帆腹　　　　長風(ちょうふう)は 客(かく)を送りて 帆(はん)腹(ぷく)に添(そ)い　

積雨浮舟減石鱗　　　　積(せき)雨(う)は 舟を浮かべて 石鱗を減ず　

便合與官充水手　　　　便(たと)え 合(まさ)に官の與(ため)に 水手(すいしゅ)に充(あ)てられるべくも　

此生何止略知津　　　　此の生 何(なん)ぞ止(た)だ 略(ほ)ぼ津(しん)を知るのみならんや　

 

【語釈】

贛…贛江、江西省を北へ流れ鄱陽湖に入る。惶恐灘…贛江を万安県から遡って贛県につくまでの難所の一つ。七千里…開封の都から偏謫の地恵州までの距離（実際は二千三百里）。二毛…頭に白髪が交じること。十八灘…難所の数。一葉…一つの小舟に乗ること。喜歡…「錯喜歓舖」のこと、旅人が山路がそこでなだらかになったと勘違いして喜ぶ場所にある舖（宿場）。勞…人に世話をかけること。遠夢…遠い地を夢見ること。孤臣…よるべを失った臣下。長風…遠くから吹いてくる風。積雨…長く降り続く雨。石鱗…流れる水が立てる鱗のような波。減石鱗…推量が増して危険な岩を深く沈めること。充…役目を与えられる。水手…水先案内人。津…渡し場

（漢詩大系１７）

 

★宋　蘇軾　　　　　倦夜 　　　　　倦(けん)夜(や) 　　

 

倦枕厭長夜　　　倦(けん)枕(ちん) 長夜を厭(いと)う

小窗終未明　　　小窓(しょうそう) 終(つい)に未だ明らかならず

孤村一犬吠　　　孤村(こそん) 一犬吠え

殘月幾人行　　　 残月(ざんげつ) 幾人か行く

衰鬢久已白　　　衰鬢(すいびん) 久しく已に白し

旅懷空自清　　　旅懷(りょかい) 空しく自(おのずか)ら清し。

荒園有絡緯　　　荒(こう)園(えん) 絡緯(らくい)有り

虛織竟何成　　　虛(きょ)織(しょく) 竟(つい)に何をか成す

 

【語釈】

倦夜…眠りにつけず寝明かした夜。倦枕…寝る枕。旅懷…旅の思い。絡緯…こおろぎ。虛織…からおり。

（漢詩大系　１７）

 

★宋　蘇軾　　      太白山下早行，至橫渠鎮，書崇壽院壁

　　　　　　　　太白(たいはく)山下(さんか)早(そう)行(こう)して，橫渠(おうきょ)鎮(ちん)に至り，崇(すう)寿院(じゅいん)の壁(へき)に書す　

馬上續殘夢　　　馬上に残夢(ざんむ)を続(つ)ぎ

不知朝日昇　　　朝日の昇るを知らず

亂山橫翠幛　　　乱山(らんざん)翠幛(すいしょう)橫わり

落月澹孤燈　　　落月孤燈澹わし

奔走煩郵吏　　　奔走郵吏を煩し

安閑愧老僧　　　安閑(あんかん)老僧に愧(は)ず

再遊應眷眷　　　再遊(さいゆう)応に眷々(けんけん)たるべし

聊亦記吾曾　　　聊(いささ)か亦(ま)た吾曾を記せよ

 

【語釈】

太白山…陝西省の西南部にある山。橫渠鎮…陝西省寶雞市眉縣東部。崇壽院…不明。殘夢…明け方近くになってうとうとしながら見る夢。翠幛…緑の嶺。郵吏…宿場の役人。安閑…安らかで静かな暮らし。眷眷…心にとめて思う慕うさま。

 

（和漢名詩選評釈）

 

★宋　蘇軾　　　    過永樂文長老已卒 　

　　　　　　　　　永楽に過(よ)ぎれば 文(ぶん)長老(ちょうろう) 已に卒せり

 

初驚鶴瘦不可識　　　初めは驚く鶴の如く瘦せて 識る可からざるを

旋覺雲歸無處尋　　　旋(たちま)ち覚ゆ 雲のごとく帰りて 尋ぬる処無きを

三過門間老病死　　　三たび門を過ぐる間に 老・病・死

一彈指頃去來今　　　一断指の頃(けい) 去・来・今

存亡慣見渾無淚　　　存亡は見るに慣れて 渾(すべ)て淚無し

鄉井難忘尚有心　　　鄉(きょう)井(い) 忘れ難く 尚 心有り

欲向錢塘訪圓澤　　　銭塘(せんとう)に向わんと欲して 円沢(えんたく)を訪う

葛洪川畔待秋深　　　葛(かつ)洪(こう)の川(せん)畔(ぱん) 秋の深(ふく)るを待たん

 

【語釈】

永樂…　　文長老…蘇軾と同郷の僧。　老病死…三回の訪問のうちに、文長老は、老、病、死の三つの相を呈した。一彈指…ひとたび指をはじく程度の短い間。去來今…過去、現在、未来。存亡…生者と死者。鄉井…郷土。錢塘…浙江省杭州市。圓澤…僧の名。葛洪…晋の道士。（典姑あり）

 

（蘇軾詩集　三）

 

★宋　蘇軾　　      出潁口初見淮山，是日至壽州　

　　　　　　　潁(えい)口(こう)を出(い)で初めて淮山(わいざん)を見る，是(こ)の日(ひ)寿州(じゅしゅう)に至る

 

我行日夜向江海　　　我が行(こう)日夜 江(こう)海(かい)に向う

楓葉蘆花秋興長　　　楓(ふう)葉(よう) 蘆花(ろか) 秋(しゅう)興(きょう)長し　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　

長淮忽迷天遠近　　　長淮(ちょうわい) 忽(たちま)ち迷う 天の遠近

青山久與船低昂　　　青山久しく 船と低昂(ていこう)す

壽州已見白石塔　　　壽州(じゅしゅう) 已に見る 白石(はくせき)の塔

短棹未轉黃茅岡　　　短棹(たんとう) 未だ転ぜず 黃(こう)茅(ち)の岡

波平風軟望不到　　　波平かに風軟らかく 望み到らず

故人久立煙蒼茫　　　故人久しく立たん 煙 蒼茫(そうぼう)たるに

 

【語釈】

潁口…淮水に潁水が流入するところ。淮山…淮水流域の山並。壽州…安徽省寿県。江海…江は長江。長淮…長い淮水。低昂…高くなったり低くなったりすること。黃茅…黄色い茅。望不到…眺望がきかないこと。故人…親友、ここでは出迎えの人。煙…もや。蒼茫…水面などの青々として果てしなく広いさま。

 

（漢詩大系　１７）

 

★宋　蘇軾　　　    舟中夜起　　　　　　　　　舟中(せんちゅう)  夜起(よるお)く　　　　　

微風蕭蕭吹菰蒲　　　　微風(びふう) 蕭蕭(しょうしょう)として 菰(こ)蒲(ほ)を吹く　

開門看雨月滿湖　　　　門を開きて雨と看るに 月は湖に満つ　

舟人水鳥兩同夢　　　　舟人(しゅうじん) 水鳥(すいちょう) 両(ふたつ)ながら 夢を同じうし　

大魚驚鼠如奔狐　　　　大魚　驚(きょう)鼠(そ)するは 狐の奔るがごとし　

夜深人物不相管　　　　夜深くして 人物(じんぶつ) 相管(あいかん)せず　

我獨形影相嬉娯　　　　我独(ひと)り 形影(けいえい) 相嬉娯(あいきご)す　

暗潮生渚弔寒蚓　　　　暗(あん)潮(ちょう)　渚(なぎさ)に生じて 寒蚓(かんいん)を弔(とむら)い　

落月挂柳看懸蛛　　　　落(らく)月(げつ) 柳に掛かりて 懸(けん)蜘(ちゅ)を看る　

此生忽忽憂患裏　　　　此(こ)の生(せい) 忽々(こつこつ)として 憂患(ゆうかん)の裏　

淸境過眼能須臾　　　　清境(せいきょう) 眼(まなこ)を過(す)ぎるは 能(よ)く須臾(しゅゆ)ならんや　

鶏鳴鐘動百鳥散　　　　鶏鳴(けいめい) 鐘動(しょうどう)して 百(ひゃく)鳥(ちょう)散る　

船頭撃鼓還相呼　　　　船頭(せんどう)に　鼓(こ)を撃(う)ちて 還(ま)た相(あい)呼(よ)ばわん　

 

【語釈】

蕭蕭…物寂しいさま。菰蒲…まこもとがま。驚鼠…おどろいて逃げかくれる。人物…人と物。不相管…互いに関わり合いのないこと。形影…身体と影法師。嬉娯…楽しくたわむれる。暗潮…暗闇の中で押し寄せる波。寒蚓…みみず。懸蛛…糸で垂れ下がった蜘蛛。忽忽…すみやかに通り過ぎていく行くさま。憂患…憂い心配すること。淸境…清らかな場所。須臾…少しの愛だ。能須臾…しばしの間もとどめることができない（反語）。船頭…舟の舳先。

 

（漢詩大系１７）

 

★宋　蘇軾　　　    新城陳氏園，次晁補之韻

新城(しんじょう)陳(ちん)氏(し)の園(えん)，晁補(ちょうほ)の韻に次す

 

荒涼廢圃秋　　　荒涼(こうりょう)たり 廢圃(はいえん)の秋

寂歷幽花晚　　　寂歷(せきれき)たり 幽(ゆう)花(か)の晚(くれ)

山城已窮僻　　　山城(さんじょう) 已に 僻(へき)を窮(き)わめ

況與城相遠　　　況(いわ)んや 城と相(あ)い遠ざかるをや

我來亦何事　　　我来るは 亦(また)た何事ぞ

徙倚望雲巘　　　徙倚(しい)して 雲巘(うんげん)を望む

不見苦吟人　　　苦吟の人を見ず

清樽為誰滿　　　清(せい)樽(そん) 誰が為にか満つ

 

【語釈】

新城…現新登、杭州の西南にある県名。晁補…字は无咎、蘇門四学士の一人。廢圃…廃れた園、陳氏園。寂歷…物寂しいさま。幽花…人の目に付かぬ花。山城…山の中の町、新城を言う。徙倚…たちもとおる。巘…こしきの形のやま。清樽…酒樽、酒器。

 

（中国詩人選集二－５）

 

★宋　蘇軾　　　　  和子由踏青　　　　　　　　子由の踏青に和す

 

東風陌上驚微塵　　　　　春風(しゅんぷう) 陌上(はくじょう) 微塵(びじん)を驚(おどろ)かし　

遊人初樂歲華新　　　　　遊人(ゆうじん) 初めて楽しむ 歳(さい)華(か)の新たなるを　　

人閑正好路傍飲　　　　　人は閑(かん)にして 正に 路傍(ろぼう)の飲(いん)に好(よろ)しく，

麥短未怕遊車輪　　　　　麦は短かくして　未だ遊車(ゆうしゃ)の輪(りん)を怕(おそ)れず　

城中居人厭城郭　　　　　城中の居人(きょじん) 城郭を厭(いと)い　

喧闐曉出空四鄰　。　　　喧闐(けんてん)として 暁に出でて 四隣(しりん)空(むな)し

歌鼓驚山草木動　　　　　歌(か)鼓(しょう) 山を驚かして 草木(そうもく)動き　

簞瓢散野烏鳶馴　　　　　箪(たん)瓢(ぴょう) 野に散じて 烏鳶(うえん)馴(な)る　

何人聚衆稱道人　　　　　何人(なにびと)ぞ 衆(しゅう)を聚(あつ)めて 道人(どうじん)と称し　

遮道賣符色怒嗔　　　　　道を遮(さえ)ぎり 符を売りて 色 怒瞋(どしん)す　

宜蠶使汝繭如甕　　　　　「蚕(さん)に宜(よろ)しきは 汝の繭(まゆ)をして 瓶(びん)の如くならしめ　

宜畜使汝羊如麇　　　　　畜(ちく)に宜(よろ)しきは 汝の羊をして麇(きん)の如くならしむ」と　

路人未必信此語　　　　　路人(ろじん) 未だ必ずしも 此の語を信ぜざるも　

強為買服禳新春　　　　　強(し)いて為(ため)に買い服(ふく)して 新春を祓(はら)う　

道人得錢徑沽酒　　　　　道人(どうじん) 銭(せん)を得て 径(みち)に酒を沽(か)い　

醉倒自謂吾符神　　　　　酔倒(すいとう)して 自(みずか)ら謂(い)う 「吾が符(ふ)は神(しん)なり」と　。

 

【語釈】

踏青…春の野に遊ぶ行楽。陌…田の間の道路，東西を陌、南北を阡という。微塵…小さな塵、砂塵。驚…動かす。遊人…遊び楽しむ人。初…やっと。歲華…年月。閑…ひま。遊車…行楽客の車。怕…おそれる。城郭…街での生活。喧闐…人が一杯で喧しいさま。四鄰…隣近所。空…空っぽなさま。歌鼓…歌や太鼓の音。簞瓢…飯を盛る竹器と酒を入れる瓢箪。烏鳶…からすと鳶。馴…なれる。何人…なにものか。道人…僧侶、道士。符…お札。色…顔色。怒嗔…気力の激しいこと。色怒嗔…力んで顔が真っ赤になる。麇…くじか。路人…道を行く人。強…ここでは、仕方なくの意。為…（道人）の為に。買服…買って身につける。禳…お祓いをする。醉倒…酔いつぶれる。

(漢詩大系１７)

 

 

 

★宋　蘇軾　　　    月夜客與飮酒杏花下　　　　月夜客と杏花の下に飮酒す

杏花飛簾散餘春　　　　杏(きょう)花(か) 簾(れん)に飛んで 余(よ)春(しゅん)を散ず　

明月入戸尋幽人　　　　明月(めいげつ) 戸(こ)に入って 幽人(ゆうじん)を尋ぬ　

褰衣歩月踏花影　　　　衣(い)を褰(かか)げ 月に歩して 花(か)影(えい)を踏めば　

烱如流水涵靑蘋　　　　炯(けい)として流水(りゅうすい)の青蘋(せいひん)を涵(ひた)すが如し　

花間置酒清香發　　　　花間(かかん)に置(ち)酒(しゅ)すれば 清香発す　

爭挽長條落香雪　　　　争(いか)でか長条(ちょうじょう)を挽(ひ)きて香(こう)雪(せつ)を落さん　

山城薄酒不堪飮　　　　山城(さんじょう)の薄酒(はくしゅ) 飲むに堪へず　

勸君且吸盃中月　　　　君に勧(すす)む 且(しばら)く吸え 盃中(はいちゅう)の月　

洞簫聲斷月明中　　　　洞簫(どうしょう) 声は断ゆ 月明(げつめい)の中(うち)　

惟憂月落酒盃空　　　　惟だ憂(うれ)う 月落ちて 酒盃(しゅはい)の空(むな)しからんことを。

明朝卷地春風惡　　　　明朝(みょうちょう) 地を巻いて 春風(しゅんぷう)悪(あ)しくば

但見緑葉棲殘紅　　　　但(た)だ見ん 緑(りょく)葉(よう)の残(ざん)紅(こう)を棲(す)ましむるを

 

【語釈】

余春…晩春。幽人…世を避けて静かに暮らしている人。褰…裾を持ち上げる。烱…明らか。靑蘋…青々とした水草。置酒…酒宴を開く。争…どうして～しようか。長條…長い枝。

香雪…白い花の形容　ここでは杏の花をさす。山城…山にある町、いなかの町。洞簫…尺八に似た竹製の吹奏楽器。捲地…大地の砂塵をまきあげる強い風の吹くさま。殘紅…散り残っている赤い花

 

（漢詩大系　１７）

★宋　蘇軾　　      初發嘉州　　　　　　　　　初めて嘉州(かしゅう)を発す

 

朝發鼓闐闐　　　朝に発して 鼓 闐々(てんてん)

西風獵畫旃　　　西風 画旃(がたん)を獵(うご)かす

故鄉飄已遠　　　故郷飄(ひょう)として已に遠く

往意浩無邊　　　往意 浩(こう)として無辺なり

錦水細不見　　　錦水は 細にして見えず

蛮江清可憐　　　蛮(ばん)江(こう)は 清くして憐れむべし

奔騰過佛腳　　　奔騰(ほんとう)して 仏腳(ぶっきゃく)を過ぎ

曠蕩造平川　　　曠蕩(こうとう)して 平川(へいせん)に造(いた)る

野市有禪客　　　野市(やし) 禅客(ぜんかく)有り

釣臺尋暮煙　　　釣(ちょう)台(だい) 暮(ぼ)煙(えん)を尋ぬ

相期定先到　　　相期す 定(かな)らず先に到るを

久立水潺潺　　　久しく立つ 水の潺々(せんせん)たるに

 

【語釈】

闐闐…太鼓の音。畫旃…絵の描かれた旗。獵…動かす。飄…忽ち遠のく。往意…前途にはせる気持。浩…際限もなく広く行方の見定めがたいさま。錦水…長江の上流岷江。蛮江…青衣江と陽山江。奔騰…水が滾り流れること。佛腳…川の急流の場所。曠蕩…広々として窮屈でないさま。平川…平らな川。野市…田舎町。禪客…故郷を離れて旅をしている禪僧。定…きっと。潺潺…さらさらと水が流れるさま。

 

（漢詩大系　１７）

 

★宋　蘇軾　　　    梵天寺見僧守詮小詩清婉可愛，次韻

　　　　　梵天寺(ぼんてんじ)にて僧(そう)守(しゅ)詮(せん)の小詩清婉(せいれん)にして愛すべきを見て次韻す

 

但聞煙外鐘　　　但(た)だ聞く煙外(えんがい)の鐘

不見煙中寺　　　見ず煙中(えんちゅう)の寺

幽人行未已　　　幽(ゆう)人(じん)行きて未(いま)だ已(や)まず

草露濕芒屨　　　草露(そうろ)芒屨(ぼうく)を濕(うる)おす

惟應山頭月　　　惟(た)応(まさ)に山頭(さんとう)の月の

夜夜照來去　　　夜々(やや)來去(らいきょ)を照らすなるべし

 

【語釈】

梵天寺…万松嶺（杭州城内にあり）の西南にある寺。僧守詮…不詳。小詩…三韻の詩。清婉…清くしなやか。煙…もや。幽人…世を避けて静かに暮らしている人、僧守詮。芒屨…草履。

來去…往来の道。

 

（中国詩人選集二－５）

 

★宋　蘇軾　　    　徐州，往南京，馬上走筆寄子由五首 其一　

      徐州(じょしゅう)を罷(や)めて，南京に往(ゆ)かんとし，馬上に筆を走らせて子(し)由(ゆう)に寄す　五首 其一

 

吏民莫扳援　　　吏民(りみん) 扳援(はんえん)する莫(な)かれ

歌管莫淒咽　　　歌管(かかん) 淒咽(せいえつ)する莫(な)かれ

吾生如寄耳　　　吾が生 寄(よ)するが如き耳(の)み

寧獨為此別　　　寧(いずくん)ぞ 独り 此の別れを為さんや

別離隨處有　　　別離 隨処に有り

悲惱緣愛結　　　悲悩(ひのう) 愛に縁(よ)って結ばる　

而我本無恩　　　而(しこう)して 我は 本 恩無し

此涕誰為設　　　此の涕(なみだ)は 誰(た)が為に設くるや

紛紛等兒戲　　　紛々(ふんぷん)として 児戯に等し

鞭𩍐遭割截　　　鞭(べん)𩍐(とう) 割截(かつせつ)に遇(あ)うは。

道邊雙石人　　　道辺なる 双(ふた)つの石人

幾見太守發　　　幾(いく)たびか 太守の発するを見し

有知當解笑　　　知有らば 当に解(よ)く笑うべし

撫掌冠纓絕　　　掌(たなごこころ)を撫(う)ちて 冠纓(かんえい)を絶(た)たん。

 

【語釈】

吏民…人民。扳援…引く、引き留める。歌管…管楽器。淒咽…悲しみむせび泣く。寄…仮に身を寄せる。悲惱…悲しみ悩み。紛紛…衆多のさま。鞭𩍐…むちとあぶみ。割截…断ち切る。纓…冠のひも

 

（漢詩大系　１７）

 

 

★宋　蘇軾　　　　　寒食雨　　　　　　　　　　寒食(かんしょく)の雨(あめ)

 

自我來黄州　　　我の黄州(こうしゅう)に来りしより

已過三寒食　　　已に三たびの寒食を過せり

年年欲惜春　　　年々春を惜しまんと欲すれども

春去不容惜　　　春去って 惜しむを容(い)れず

今年又苦雨　　　今年 又雨に苦しむ

兩月秋蕭瑟　　　両月 秋蕭瑟(しょうしつ)たり

臥聞海棠花　　　臥(ふ)して聞く 海棠(かいどう)の花の

泥汚燕脂雪　　　泥に燕(えん)脂(し)の雪を汚(けが)さるるを

暗中偷負去　　　暗中(あんちゅう)偷(ひそ)かに負(お)いて去る

夜半真有力　　　夜半　真に力有り

何殊病少年　　　何ぞ殊(こと)ならんや　病(や)める少年の

病起頭已白　　　病より起きれば頭(かしら)已に白きに

 

【語釈】

寒食…当時から百五日目から三日間、火を使うことを止める習わし。蕭瑟…ものさびしいさま。兩月秋蕭瑟…春なのに、秋のように物寂しい。燕脂雪…紅色で化粧した白意花びら。（荘子の故事有り。

 

（漢詩大系　１７）

 

★宋　蘇軾　　　　  金山寺與柳子玉飲，大醉，臥寶覺禪榻，夜分方醒，書其壁 　　

　　金(きん)山寺(ざんじ)にて柳子(りゅうし)玉(ぎょく)と飲して，大酔し，宝(ほう)覚(がく)の禅榻(ぜんとう)に臥(ふ)し，夜分に方(はじ)めて醒め，其の壁に書す　　　　

 

惡酒如惡人　　　悪酒は 悪人の如し

相攻劇刀箭　　　相(あい)攻むこと 刀箭(とうせん)より劇(はげ)し

頹然一榻上　　　頹然(たいぜん)たり 一榻(いっとう)の上

勝之以不戰　　　之に勝つに 不戦を以ってす

詩翁氣雄拔　　　詩翁 気 雄拔(ゆうばつ)に

禪老語清軟　　　禅老 語 清(せい)軟(なん)なり

我醉都不知　　　我酔いて 都(すべ)て知らず

但覺紅綠眩　　　但(た)だ覚ゆ紅(こう)緑(りょく)の眩(まぶ)しきを

醒時江月墮　　　醒(さ)めし時 江月墮(お)ち

摵摵風響變　　　摵々(さくさく)として 風(ふう)響(きょう)変ぜり

惟有一龕燈　　　惟(た)だ 一龕(いちかん)燈(とう)の有るのみ

二豪俱不見　　　二豪(にごう)は 俱(とも)に見(まみ)えず

 

【語釈】

金山寺…鎭江城外の寺。柳子玉…柳瑾のこと、王安石と同年の進士。寶覺禪榻…寶覺は僧の名、禪榻はその部屋の座禅の床。刀箭…刀と矢。頹然…ぐったりとしたさま。榻…寝台のことだがここでは禪榻。詩翁…柳瑾のこと。雄拔…ずばぬけている。禅老…寶覺のこと。清軟…俗気がなくものやわらか。摵摵…かさかさという音。龕燈…仏前の灯明。二豪…二人の豪傑。

 

（中国詩人選集二－５）

★南宋　陸游　　    舟中感懷三絕句呈太傅相公兼簡岳大用郎中 其二陸游

　　　舟中感懷の三絕句 太傅相公(たいふしょうこう)に呈し兼ねて岳大用郎中(がくようろうちゅう)に簡(かん)す其の二　

雨打孤篷酒漸消　　　雨は孤篷(こほう)を打ち 酒漸(ようや)く消(しょう)す

昏燈與我共無聊　　　昏燈 我と共に無聊(ぶりょう)

功名本是無憑事　　　功名 本是れ憑(よ)る無き事

不及寒江日兩潮　　　及ばず 寒江の 日に両(ふたた)び潮(うしお)さすに

 

【語釈】

篷…船室の上を多う苫屋。昏燈…薄暗いともしび。無聊…心に屈託があって憂鬱なこと。無憑…頼りにならない、宛てにしがたい。日兩潮…日に二回満潮になる、大自然の確実さ。

 

（漢詩大系　１９）

 

 

★南宋　陸游　　　　贈猫 　　　　　　　　　　　猫に贈る

　

裹鹽迎得小貍奴　　　塩を裹(つつ)みて 迎え得たり 小貍(しょうり)奴(ど)

盡護山房萬卷書　　　尽(ことごと)く 山房 万卷の書を護る

慚愧家貧策勲薄　　　慚愧す 家貧しきて 勲(いさお)に策(むく)ゆること薄きを

寒無氊坐食無魚　　　寒に氊坐(せんざ)無く 食に魚(うお)無し

 

【語釈】

裹鹽…猫を貰った家に塩を送る習慣があった。貍奴…猫の一種。山房…書斎。氊坐…敷物

 

（中国名詞集）岩波書店

★南宋　陸游　　    劍門道中遇微雨　　　　　　 剣門(けんもん)道中(どうちゅう)微雨(びう)に遇う

 

衣上征塵雜酒痕　　衣上(いじょう)の征(せい)塵(じん) 酒(しゅ)痕(こん)を雑(まじ)う

遠游無處不消魂　　遠游(えんゆう)　処として魂(こん)を消さざるは無し

此身合是詩人未　　此の身 合(まさ)に是(こ)れ詩人なるべきや 未(いな)や

細雨騎驢入劍門　　細雨　驢(ろ)に騎(の)って剣門(けんもん)に入る

 

【語釈】

劍門…四川省剣閣県にある山で、北方から関所があった

征塵…旅の埃

消魂…心を烈しく動揺させること

 

 

★南宋　陸游　　　  秋懷　　　　　             秋懷(しゅうかい)　　　

 

園丁傍架摘黄瓜　　　　園丁(えんてい) 架(か)に傍(そ)いて 黄瓜(おうか)を摘(つ)み　

村女沿籬采碧花　　　　村女(そんじょ) 籬(かき)に沿いて 碧(へき)花(か)を采(つ)む　

城市尚餘三伏熱　　　　城市(じょうし) 尚(な)お余(あま)す 三伏(さんぷく)の熱　

秋光先到野人家　　　　秋光(しゅうこう) 先(ま)づ到る 野人(やじん)の家　

 

【語釈】

秋懷…秋の思い。園丁…畑をつくる人傍…そう。架…苗を支える柱。摘…つむ。黄瓜…キュウリ。村女…村娘。籬…かきね。碧花…アサガオ。尚餘…なおも余している。三伏…猛暑の候。野人…庶民。

 

（詩詞世界）

★南宋　陸游　　　  十一月四日風雨大作　　　   十一月四日風雨大(おお)いに作る

 

僵臥孤村不自哀　　　孤村に僵臥(きょうが)して 自(みずか)ら哀(かな)しまず

尚思爲國戍輪臺　　　尚お思う 国の為に 輪(りん)台(だい)を戍(まも)らんことを

夜闌臥聽風吹雨　　　夜闌(たけなわ)にして 臥して風の雨を吹くを聴けば

鐵馬冰河入夢來　　　鉄馬 冰(ひょう)河(が) 夢に入りて来る

 

【語釈】

僵臥…病に倒れて床に伏す。孤村…他の村を遠く離れた寂しい村。戍…まもる。輪臺…西域（現・新疆）にある地。夜闌…夜がふける。臥聽…横になってきく。鐵馬…武装した兵士の乗った馬、鉄騎。冰河…凍り付いた山河の風景。

 

（中国詩人選集二－８）

 

★南宋　陸游 　　　 寄題朱元晦武夷精舎　　     晦(かい)の武(ぶ)夷(い)精舎(しょうじゃ)に寄(き)題(だい)す 　

身閑剰覺渓山好　　　　身(み)閑(しずか)にして 剰(な)お覚(おぼ)ゆ 渓山の好しきを

心静尤知日月長　　　　心静かにして 尤(もっと)も知る 日月(にちげつ)の長きを

天下蒼生未蘇息　　　　天下の蒼生(そうせい) 未だ蘇息(そそく)せず

憂公遂與世相忘　　　　憂(うれ)ふ 公の遂(すい)に世と相(あ)ひ忘(わす)るを

 

【語釈】

朱元晦…朱熹。武夷精舎…朱熹が武夷に建てた学舎。閑…のんびりして暇なさま。剰…そのうえに。渓山…谷や山。尤…とりわけ。蒼生…人民。蘇息…生きかえる。公…朱熹。遂…このまま。

 

★南宋　陸游　　　　縱遊深山隨所遇記之四首 其二　

　　　　　縱(ほしいまま)に深山に遊び遇う所に従いて之を記す　四首 其二　

 

山徑攲危細棧通　　　山路 攲(そばだ)ち危くして 細棧(さいさん)通じ

孤村小店夕陽紅　　　孤村の小店 夕陽(せきよう)紅なり

竹郎有廟臨江際　　　竹郎(ちくろう) 廟有りて江(こう)際(さい)に臨(のぞ)み

木客無家住箐中　　　木客(もくきゃく) 家無くして 箐中(せいちゅう)に住む

 

【通釈】

山徑…山の小径。攲危…急な傾斜になって足下の危ないこと。細棧…細い桟橋。孤村…一つぽっつりとある村。竹郎…竹の神（故事有り）。江際…川際。木客…山の精。箐…竹

 

（中国詩人選集二－８）

 

★南宋　陸游　　　　小園四首　其一　　　       小園(しょうえん)四首　　其の一　

小園煙草接隣家　　　　小園(しょうえん) 煙草(えんそう) 隣家(りんか)に接し　

桑柘陰陰一径斜　　　　桑(そう)柘(しゃ) 陰々(いんいん)として 一径(いっけい)斜めなり　

臥読陶詩未終巻　　　　臥(ふ)して 陶(とう)詩(し)を読み 未(いま)だ巻(かん)を終えず　

又乗微雨去鋤瓜　　　　又(ま)た 微雨(びう)に乗じて 去(ゆ)きて瓜(うり)を鋤(すき)く　

 

【語釈】

小園…小さな畑。煙草…かすみに包まれた草原。桑柘…クワやヤマグワ。陰陰…薄暗く、もの寂しいさま。陶詩…陶淵明の詩。乗…～を利用して。微雨…こさめ。去…出かける。鋤…すきで耕す。

 

（参考文献）　『中国詩人撰集二ー８』

 

 

★南宋　陸游　　　　小園四首　其三　　　       小園(しょうえん)四首　其の三

村南村北鵓鳩聲　　　　村(そん)南(なん) 村(そん)北(ほく) 鵓鴣(ぼつこ)の声　

水刺新秧漫漫平　　　　水は新秧(しんおう)を刺して 漫々(まんまん)として平らかなり　

行徧天涯千萬里　　　　行くこと遍(あまね)し 天涯(てんがい) 千(せん)万里(まんり)　

漫漫從鄰父學春耕　　　却(かえ)って隣(りん)父(ぷ)に従いて 春(しゅん)耕(こう)を学ぶ　

 

【語釈】

村南村北…村のあちこちで、村中で。鵓鳩…鳩の一種。刺…苗が水面から出ている様の表現。新秧…植え替えられたばかりの苗。漫漫…広くはるかなさま。天涯…故郷を遠く離れたきわめて遠いところ。却…反対に。從…～より。鄰父…となりの親父さん。春耕…春の農作業の支度。

　

（漢詩大系１９）

 

★南宋　陸游　　　　宿楓橋　　　　　           楓(ふう)橋(きょう)に宿る　

七年不到楓橋寺　　　　七年到らず 楓(ふう)橋(きょう)の寺　

客枕依然半夜鐘　　　　客(かく)枕(ちん)依然たり 半夜の鐘　

風月未須輕感慨　　　　風月(ふうげつ) 未(いま)だ須(もち)おず　軽がるしく感慨するを，

巴山此去尚千重　　　　巴山(はざん) 此(ここ)を去って尚お千重(せんちょう)。

 

【語釈】

楓橋…寒山寺の所在地の名、またそこにある橋の名。客枕…旅先で、枕をして横になる。旅枕。依然…相変わらず。半夜…夜半。風月…風と月、風流なもの。巴山…陝西省西郷県の西南にある山。任地の虁州の近く。

 

（詩詞世界）

★南宋　陸游　　   夜歸偶懷故人獨孤景略

　                           夜帰り偶(たま)たま故人の獨孤景略(どくこけいりゃく)を懷(おも)う　

買醉村場半夜歸　　　　醉(すい)を村場(そんじょう)に買いて 半夜に帰る　

西山落月照柴扉　　　　西山(せいざん)の落(らく)月(げつ) 柴(さい)扉(ひ)を照らす　

劉琨死後無奇士　　　　劉琨(りゅうこん) 死して後 奇士(きし)無し　

獨聽荒雞泪滿衣　　　　独(ひと)り 荒雞(こうけい)を聽いて 泪(なみだ) 衣(い)に満つ　

 

【語釈】

獨孤景略…陸游と知り合いの豪傑の士、名は策、景略は字。買醉…酒を買って飲むこと。村場…村。半夜…夜中。柴扉…柴で作った粗末な扉。劉琨…晉代の豪傑。奇士…世俗とは異なる志や才能を持つ人。荒雞…夜中に鶏が鳴くこと、事変の起こる前兆とされる。

（漢詩大系１９）

 

 

 

★南宋　陸游　　　  落梅二首其二　　　         落(らく)梅(ばい)二首 其の二

醉折殘梅一兩枝　　　酔いて折る 残梅(ざんばい) 一両(いちりょう)枝(し)

不妨桃李自逢時　　　妨げず桃李 自(おのずか)ら時に逢うを

向來冰雪嚴凝地　　　向來(きょうらい) 冰(ひょう)雪(せつ)の凝(こ)ること厳(きび)しき地に

力斡春回竟是誰　　　力(つと)めて春の回(かえ)るを斡(すす)むるは 竟(つい)に是れ誰ぞ

 

【語釈】

落梅…花の散った梅の木。残梅…殆ど花の散った梅の木。不妨…じゃまをしない。逢時…酔いチャンスに巡り会う。向來…かねてから。嚴凝…堅く凝り固まる。力斡…力一杯回転させる。

 

（中国詩人選集　二－８）

 

★南宋 陸游　　     沈園二首　　　　　　　　   沈(しん)園(えん)二首　　　

 

城上斜陽畫角哀　　　　城上(じょうじょう)の斜陽(しゃよう)　画(が)角(かく)哀(かな)し　

沈園非復舊池臺　　　　沈(ちん)園(えん)は 復(ま)た旧池(きゅうち)台(だい)に非(あら)ず　

傷心橋下春波綠　　　　傷心(しょうしん)す 橋下(きょうか) 春波(しゅんぱ)の綠(みどり)なるに

曾是驚鴻照影來　　　　曾(かつ)て是(こ)れ驚(きょう)鴻(こう) 影を照らし来たれり　

 

【語釈】

沈園…山陰の会稽（浙江省紹興市）にある沈(しん)（しん）氏の庭園。 ・城上…城郭の上。畫角…角笛。復…また（語調を整える用法）。池臺…庭の池中や池に面して建つ高殿。傷心…心をいためること。春波…春の池の水の波。驚鴻…おどろいて飛び立つおおとり、転じて、美人の体の軽くしなやかなさま、また、美人。影…姿。

 

夢斷香消四十年　　　　夢は断え香(かおり)は消えて四十年　

沈園柳老不吹綿　　　　沈(しん)園(えん) 柳は老いて綿を吹かず　

此身行作稽山土　　　　此の身 行くゆく稽山(けいざん)の土と作(な)らんも　

猶弔遺蹤一泫然　　　　猶お 遺蹤(いしょう)を弔(とむら)いて 一(いつ)に泫(げん)然(ねん)たり　

 

【語釈】

夢…前妻・唐琬との夢のような偶然の出逢い。香…前妻・唐琬の色香。四十年…前妻・唐婉との別離以降の歳月。綿…柳絮。行…ゆくゆく、やがて。稽山…会稽山のこと、浙江省紹興市の南南東にある山。猶…なお、引き続いて。弔…古（いにしえ）をしのぶ。遺蹤…あとかた、遺跡。一…ひとえに。泫然…涙をはらはらと流すさま。　

（漢詩大系１９）

★南宋　陸游　　　  十一月四日風雨大作　　　   一月四日風雨大のとき作る　　

　　

僵卧孤村不自哀　　　　孤村に僵卧(きょうが)して 自(みずか)ら哀(かなし)まず　

尚思爲國戍輪臺　　　　尚(なお)国の為に輪(りん)台(だい)を戍(まも)らんことを思う　

夜闌卧聴風吹雨　　　　夜闌(たけなわ)にして 卧(ふ)して聴(き)く 風の雨を聞けば　

鐵馬冰河入夢來　　　　鉄(てつ)馬(ば) 氷河(ひょうが) 夢に入りて来る　

 

【語釈】

僵卧…死んで硬直したような形で眠ること。孤村…ぽつんとある村。戍…守る。輪臺…新疆ウイグル自治区の土地の名であるが、ここでは金との国境を指す。闌…夜が深くなること。鐵馬…軍馬。冰河…凍った黄河。

 

（漢詩大系１９）

 

 

★南宋　陸游　　　　灌園　　　　　             灌(かん)園(えん)　

少攜一劍行天下　　　　少(しょう)にして 一剣を攜(たずさ)え 天下を行き　

晚落空村學灌園　　　　晚(くれ)には 空(くう)村(そん)に落ちて 灌(そそ)園(えん)を学ぶ　

交舊凋零身老病　　　　交旧(こうきゅう) 凋零(ちょうれい)して 身は老病(ろうへい)　

輪囷肝膽與誰論　　　　輪囷(りんきん)たる 肝膽(かんたん) 誰(たれ)とともにか論ぜん　

 

【語釈】

灌園…畑に水をやる。転じて、農業に従事する。少…年が若い。攜…携えるいる。行天下…世の中を渡る。空村…人気のない村。さびれた村。・灌園…畠に水をやる。転じて、農事に従事する。輪囷…屈曲したさま。肝膽…こころ。與誰論…誰と共に論じようか。

 

（中国漢詩人選集　二―８）

 

 

★南宋　陸游　　    示兒　　　      兒(じ)に示す　　

死去元知萬事空　　　死に去らば 元知る 万事空なるを

但悲不見九州同　　　但だ悲しむ 九州の同じきを見ざるを

王師北定中原日　　　王師(おうし) 北のかた中原を定むるの日

家祭無忘告乃翁　　　家(か)祭(さい) 忘るること無かれ 乃(だい)翁(おう)に告ぐるを

 

【語釈】

元…元来。もともと。九州…中国全土。王師…皇帝の軍隊。定…平定する。中原…漢民族の故地である黄河中下流域の平原のこと。家祭…先祖を祭る儀式。乃翁…おやじさま。目上の者が目下の者に対して使う自称、陸游自身のこと。

 

（漢詩大系　１９）

 

★南宋　陸游　　    遊山西村　　　　山西の村に遊ぶ

 

莫笑農家臘酒渾　　笑う莫(な)かれ 農家の臘(ろう)酒(しゅ) 渾(にご)れるを

豊年留客足雞豚　　豊年 客(きゃく)を留むるに 雞(けい)豚(とん)足れり

山重水複疑無路　　山(さん)重(ちょう) 水(すい)複(ふく) 路無かきと疑がうに

柳暗花明又一村　　柳暗花明(りゅうあんかめい) 又一村

簫鼓追随春社近　　簫(しょう)鼓(こ) 追随して 春社(しゅんしゃ)近く

衣冠簡朴古風存　　衣冠 簡(かん)朴(ぼく)にして 古風存す

従今若許閑乗月　　今より若(も)し閑(かん)に月に乗ずるを許さば

拄杖無時夜叩門　　杖を拄(つ)き時無く夜 門を叩かん

 

【語釈】

臘酒…十二月に仕込んだ酒。春社…春の祭り。柳暗花明…田舎の美しい景色の有様。衣冠…正装、祭りの時に着る衣服。簡朴…簡単で飾り気がないこと。乗月…月の光に誘われて散歩する。無時…好きなときに。　　

 

 

★南宋　陸游　　　  秋興　　　      秋(しゅう)興(きょう)　

 

白髮蕭蕭欲滿頭　　　　白髪(はくはつ) 蕭々(しょうしょう)として 頭(こうべ)に満ちんとす　

歸来三見故山秋　　　　帰来(きらい) 三(み)たび見たり 故山(こざん)の秋　

醉憑高閣乾坤迮　　　　酔(よ)うて 高閣(こうかく)に憑(よ)れば 乾坤(けんこん)迮(せま)り　

病入中年日月遒　　　　病(や)んで 中年(ちゅうねん)に入(い)れば 日月(じつげつ)遒(すみやか)なり　

百戰鐵衣空許國　　　　百戦の鉄(てつ)衣(い)　空(むな)しく国に許せしも　

五更畫角只生愁　　　　五(ご)更(こう)の画(が)角(かく) 只(た)だ愁いを生ぜしのみ　

明朝烟雨桐江岸　　　　明朝 煙雨(えんう) 桐(とう)江(こう)の岸　

且占丹楓繫釣舟　　　　且(しばら)く 丹(たん)楓(ぷう)を占(し)めて 釣舟(ちょうせん)を繋(つな)がん　

 

【語釈】

蕭蕭…白髪が風にそよぐさま。歸来…故郷に帰ってから。故山…故郷の山。高閣…高楼。憑…遠くを眺める。乾坤…天地。迮…視野の中に入る。日月遒…月日が急激に過ぎて尽きてしまうこと。鐵衣…よろい。許國…国に身を捧げる。五更…夜明けがた。畫角…ラッパのような金楽器。烟雨…きりさめ。桐江…銭塘江の上流で、浙江省桐盧付近。且…ひとまず。丹楓…赤く色づいた楓。占…占め尽くす。釣舟…釣り船。

 

 

　

 

★南宋　陸游　　　  馬上口占　　　  馬上の口(こう)占(せん)

 

大耋光陰豈自期　　　大耋(だうてつ)の光陰　豈に自(みずか)ら期せんや

即今堪喜亦堪悲　　　即今(そっこん)喜(よろこび)に堪え　亦(ま)た悲(かなしみ)に堪えたり

關河隔絕初心負　　　関河(かんか) 隔絕して　初心 負(そむ)かれ

憂患侵尋舊學衰　　　憂患(ゆうかん) 侵尋(しんじん)して　旧学衰う

羸馬涉溪孤店路　　　羸馬(るいば) 溪を涉(わたる)る　孤店の路(みち)

栖鴉滿樹曉霜時　　　栖鴉(せいあ) 樹に満つ　曉(ぎょう)霜(そう)の時

憑鞍殘夢悠然覺　　　鞍に憑(よ)る残(ざん)夢(む)　悠然(ゆうぜん)として覚め

又得浮生一首詩　　　又得たり浮生(ふせい)　一首の詩

 

【語釈】

口占…口から出た言葉が詩になった即興の詩。大耋…非常な高齢、通常八十（易経）。光陰…年月。即今…現在。關河…関所のように交通を遮っている河、ここでは長江。負…そむくこと。憂患…愁える、心配事。侵尋…次第に侵攻し拡大すること。舊學…昔習った学問。羸馬…痩せた馬。孤店…一つだけ離れた村。栖鴉…ねぐらに住んでいる鳥。殘夢…夜明けに近い頃、浅い夢の中で見る、はっきりしない夢。悠然覺…急にではなく自然に覚める。浮生…はかない浮き世の人生。一首詩…この詩のことをいう。

 

（漢詩大系　１９）

 

★南宋　陸游　　　　舟行蘄黄間雨霽得便風有感

舟にて蘄(き)黄(こう)の間を行くに雨霽(は)れ便風(べんぷう)を得て感有り

 

天青雲白十分晴　　　天青く 雲白く 十分に晴れ

帆飽舟輕盡日行　　　帆は飽き 舟軽く 尽日(じんじつ)行く

江底魚龍貪晝睡　　　江底(こうてい)の魚龍(ぎょりゅう) 昼睡(ちゅうすい)を貪(むさぼ)り

淮南草木借秋聲　　　淮(じゅん)南(なん)の草木 秋声を借る

好山縹緲何由住　　　好山縹緲(ひょうびょう)として 何に由(よ)りてか住(じゅう)す

華髮蕭條只自驚　　　華髮(かはつ)蕭條(しょうじょう)として 只(ただ)自(みずか)ずから驚く

莫怪時人笑疏懶　　　怪しむ莫(な)かれ 時人(じじん)の 疏懶(そらん)を笑うを

宦情元不似詩情　　　宦(かん)情(じょう)は 元 詩情に似ず

 

【語釈】

蘄黄…蘄州（湖北省蘄春県）と黄州（湖北省黄岡県）。便風…順風。帆飽…帆が風を一杯に孕む。盡日…一日中。魚龍…魚と竜（水底に住むと信じられていた）。淮南…長江の淮河が合流する以南の地帯。借秋聲…秋の気配をちょっと聴かせてくれる。縹緲…遠くかすかなさま、遙かに遠いさま。何由住…住むよしもない。華髮…白髪交じりの髪。蕭條…物寂しいさま。疏懶…なまくら、役人として勤めるのに消極的なこと。宦情…役人として勤めようという気持。

 

 

★南宋　陸游　　　　春晩　　　　    春晩　　　　　　

 

五十六翁身百憂　　　五十六翁　身に百憂(ひゃくゆう)

年來轉覺此生浮　　　年来 転(うた)た覚(おぼ)ゆ 此の生の浮(ふ)なるを

山川信美故郷遠　　　山川 信に美なるも 故郷遠く

天地無情雙鬢秋　　　天地 無情 双(そう)鬢(びん)秋なり

社後燕如歸客至　　　社後(しゃご) 燕は帰客(きかく)の如く至り

春残花不爲人留　　　春残(しゅんざん) 花は人の爲に留らず

一觴一詠従来事　　　一觴(いちしょう) 一(いち)詠(えい) 従来の事

莫笑扶衰又上樓　　　笑う莫(な)かれ 衰(すい)を扶(たす)けて 又楼に上るを

 

【語釈】

雙鬢…両方の耳のあたりに生えている髪。秋…ここでは、「秋霜」で白くなること。歸客…帰ってくる旅人。社…村祭り。一觴…盃一杯の酒。一詠…詩を一つ作ること。

 

★南宋　陸游　　　　晚泊松滋渡口　　晚(くれ)に松(しょう)滋(じ)の渡(と)口(こう)に泊(はく)す　

小灘拍拍鸕鶿飛　　　　小灘(しょうたん) 拍(はく)々(はく)として 鸕鶿(ろじ)飛び　

深竹蕭蕭杜宇悲　　　　深(しん)竹(ちく) 蕭々(しょうしょう)として 杜(と)宇(う)悲し　

看鏡不堪衰病後　　　　鏡を看るに堪(た)えず 衰病(すいびょう)の後　

繫船最好夕陽時　　　　船を繫(つな)ぐに最も好し 夕陽(せきよう)の時　

生涯落魄惟耽酒　　　　生涯 落魄(らくはく)して 惟(た)だ酒に耽(ふけ)り　

客路蒼茫自詠詩　　　　客(かく)路(ろ) 蒼茫(そうぼう)として 自(みずか)ら詩を詠ず　

莫問長安在何許　　　　問う莫(な)かれ 長安何許(いずく)にか在ると　

亂山孤店是松滋　　　　乱山(らんざん) 孤店(こてん) 是(こ)れ松(しょう)滋(じ)　

 

【語釈】

松滋…湖北省荊州市に位置する県級市。小灘…小さな灘。拍拍…鳥の羽音の擬声語。鸕鶿…う。蕭蕭…物寂しい様。杜宇…ほととぎす。衰病…病み衰えること。落魄…おちぶれて当てもなく漂白すること。客路…旅の道。蒼茫…遙かに遠く又薄暗くて見定め難いさま。長安…ここでは南宋の都、臨安を指す。亂山…脈絡が採れず立ち並ぶ山。孤店…小さな宿場。

 

 

★南宋　陸游　　　　望江道中　　　  望(ぼう)江(こう)の道中

吾道非邪來曠野　　　　吾(わ)が道 非なるか 広野に来たる　

江濤如此去何之　　　　江涛(こうとう) 此(かく)の如し 去りて何(いず)くにか之(ゆ)かん　

起隨烏鵲初翻後　　　　起(た)つは 烏鵲(うじゃく)の初めて翻(ひるがえ)る後に随(したが)い　

宿及牛羊欲下時　　　　宿(やど)るは 牛(ぎゅう)羊(よう)の下(くだ)らんと欲する時に及ぶ　

風力漸添帆力健　　　　風力(ふうりょく) 漸(ようや)く添(そ)いて 帆力(はんりょく)健(けん)に　

艣聲常雜雁聲悲　　　　艫声(ろせい) 常に雑(まじ)えて 雁声(がんせい)悲し　

晚來又入淮南路　　　　晚来又た入(い)る 淮(わい)南(なん)の路(みち)　

紅樹青山合有詩　　　　紅樹(こうじゅ) 青山(せいざん) 合(まさ)に詩有るべし　

 

【語釈】

江濤…川の波。烏鵲…かささぎ。下…山に放牧してある家畜がねぐらに着くために降りて来ること。添…増し補う。健…力強い。艣声…盧の音。晚來…夕暮れがた(來は助辞)。淮南…淮水…河南省桐柏山に源を発し，安徽省、江蘇省を経て洪沢湖に注ぐ、中国第三の川。合…～すべきだ、～するのが当然だ。

(漢詩大系１９)

 

　（詩詞世界）

 

 

★南宋　陸游　　　　暮春　　　　    暮春(ぼしゅん)　

數間茅屋鏡湖濱　　　　数間(すうけん)の茅屋(ぼうおく) 鏡(きょう)湖(こ)の浜　

萬卷藏書不救貧　　　　万卷(ばんかん)の藏書 貧を救わず　

燕去燕來還過日　　　　燕去り 燕来たりて 還(ま)た日を過ごし　

花開花落即經春　　　　花開き 花落ちて 即(すなわ)ち春を経(へ)たり　

開編喜見平生友　　　　編(へん)を開いて　平生(へいぜい)の友を見るを喜(よろこ)び　

照水驚非曩歲人　　　　水に照して　曩歲(のうさい)の人に非(あら)ざるに驚く　

自笑滅胡心尚在　　　　自(みずか)ら笑う 胡(こ)を滅さんとせん心 尚在りて　

憑高慷慨欲忘身　　　　高きに憑(よ)れば 慷慨(こうがい)して 身を忘れんとするを。

 

【語釈】

暮春… 春の終わり。數間…間口数間。茅屋…茅拭きの粗末な家。鏡湖…中国安徽省蕪湖市鏡湖区にある湖。編…書物。曩歲人…久しい以前の年の人（自分自身の過去）。胡…異民族(金)。慷慨…いきおどりなげく。身…自分を大切にしようとする意思。

 

 

★南宋　陸游　　　　懷舊　　　      旧を懐う

身是人間一斷蓬　　　　身は是(こ)れ　人間(じんかん)の一断(いちだん)蓬(ほう)　

半生南北任秋風　　　　半生(はんせい)　南北　秋風に任す　

琴書昔作天涯客　　　　琴書(きんしょ)　昔　天涯(てんがい)の客(かく)と作(な)り　

蓑笠今成澤畔翁　　　　蓑(さ)笠(りゅう)　今　沢(たく)畔(はん)の翁と成る　

夢破江亭山驛外　　　　夢は破る　江亭(こうてい)　山駅の外　

詩成燈影雨聲中　　　　詩は成る　灯影(とうえい)　雨声(うせい)の中(うち)　

不須强覓前人比　　　　須(もち)いず　強(し)いて前人(ぜんじん)に比(これ)を覓(もと)むるを　

道似香山實不同　　　　香山(こうざん)に似たりと道(い)ふも　実(じつ)は同じからず　

 

【語釈】

斷蓬…ちぎれた蓬、秋になると風に吹かれてさまよう。半生…人生の半分。琴書…琴と書物，共に風流なもの。天涯…天の果て、極めて遠いところ。客…旅人。蓑笠…みのかさ，猟師が身につけるもの。澤畔…沢、沼、池のほとり。江亭…川辺にある東屋。山驛…山中の宿場。前人…前の時代の人。香山…香山居士（白居易）。

 

 

★南宋　陸游　　　　感舊　　        感(かん)旧(きゅう)　　

憶從南鄭入成都　　　　憶(おも)う 南鄭(なんてい)從(よ)り 成都に入(い)りしとき　

氣俗豪華海內無　　　　気俗(きぞく) 豪華なること 海內(かいだい)に無し。

故苑燕開車載酒　　　　故苑(こえん) 燕(えん)開いて 車に酒を載せ　

名姬舞罷斗量珠　　　　名姬(めいき) 舞罷(や)いやみて 斗(ます)もて珠(しゅ)を量(はか)れり　

浣花江路青螭舫　　　　浣(かん)花(か)の江(こう)路(ろ) 青螭(せいら)の舫(ほう)　

槎柳毬場白雪駒　　　　槎(さ)柳(りゅう)の毬場(きゅうじょう) 白雪(はくせつ)の駒(こま)　

回首壯遊真昨夢　　　　首(こうべ)を回(めぐ)ぐらせば 壯遊(そうゆう) 真に昨夢(さくむ)　

一竿風月老南湖　　　　一(いっ)竿(かん)の風月 南湖(なんご)に老(お)ゆ　

 

【語釈】

南鄭…　　氣俗…土地の気風・風俗。海内…全世界。故苑…昔の蜀王の宮殿。燕…宴。名姫…美しい妓女。浣花江…成都の西を流れる川。青螭…青龍の飾り。舫…舟。槎柳…成都内の地名。毬場…ポロに似た競技をする場所。壯遊…壮年のころの遊び。一竿風月…一本の釣り竿に世情を忘れて風月を楽しむ。南湖…鏡湖。

 

(漢詩大系１９)

 

 

★南宋　陸游　　　　臨安春雨初霽 　 臨安(りんあん)の春雨初めて霽(は)る

世味年來薄似紗　　　　世味(せいみ) 年来(ねんらい) 薄きこと紗に似たり　

誰令騎馬客京華　　　　誰(たれ)か馬に騎(の)りて 京(けい)華(か)に客(かく)たらしめし　

小樓一夜聽春雨　　　　小楼(しょうろう) 一夜(いちや) 春雨(しゅんう)を聽き　

深巷明朝賣杏花　　　　深(しん)巷(こう)明朝(みょうちょう) 杏花(きょうか)を売る　

矮紙斜行閑作草　　　　矮紙(わいし) 斜(しゃ)行(きょう)閑(しず)かに草(そう)を作(な)し　

晴窗細乳戲分茶　　　　晴窓(せいそう)  細乳(さいにゅう)戲れに茶を分(わ)かつ　

素衣莫起風塵嘆，　　　素衣(そい) 起す莫かれ 風塵の嘆(たん)　

猶及清明可到家　　　　猶(な)お清明に及びて 家に到る(いたる)可(べ)し　

 

【語釈】

臨安…南宋の首都、浙江省杭州市。霽…雨が晴れる。世味…浮き世の味わい。紗…うすぎぬ。京華…花の都。小樓…泊まっている小さな旅館の２階。深巷…通りから奥に引っ込んだ路地。矮紙…幅の狭い巻紙。斜行…文字の行をそろえず，心のままに書き散らすこと。作草…草書を書く。細乳…牛乳のように細かい泡の立つ煎茶。分茶…茶を入れること。素衣…白い衣。風塵嘆…旅先での苦労の嘆き。清明…清明節(春分から１５日目)。

 

（漢詩大系１９）

 

 

★南宋　陸游　　　　閑意　　　      閑(かん)意(い)　　

柴門雖設不曾開　　　柴門(さいもん)設くと雖(いえど)も 曾(かつ)て開かず

為怕人行損緑苔　　　人の行きて 緑(りょく)苔(たい)を損ずるを怕(おそ)るる為なり

姸日漸催春意動　　　姸(けん)日(じつ) 漸(ようや)く 春(しゅん)意(い)を催(うな)して動かしめ

好風時捲市声来　　　好風(こうふう) 時に 市声(しせい)を捲(ま)いて来たる

学経妻問生疎字　　　経(けい)を学ぶ妻は問う 生(せい)疎(そ)の字

嘗酒児斟瀲灔盃　　　酒を嘗(こころ)むる児は斟(く)む 瀲灔(れんえん)の盃

安得小園寛半畝　　　安(いずく)にか小園の 寛(ひろ)さ半畝(はんぽ)なるを得て

黄梅緑李一時栽　　　黄梅 緑(りょく)李(り) 一時に栽(う)えん

 

【語釈】

閑意…余裕のあるのどかな気持ち。柴門…柴で作った粗末な門。緑苔…緑の苔。姸日…良い日。春意…春になろうとする気配。市声…町の声。安得…どこかに、何とかしたい物だ。半畝…百坪余り。

 

 

★南宋　陸游　　　　晚泊　　　      晚(くれ)に泊(はく)す　

半世無歸似轉蓬　　　　半世(はんせい) 帰る無く 転(てん)蓬(ぽう)に似たり　

今年作夢到巴東　　　　今年 夢を作(な)して 巴(は)東(とう)に到る　

身遊萬死一生地　　　　身は遊ぶ 万死(ばんし) 一生(いっしょう)の地　

路入千峰百嶂中　　　　路は入る 千(せん)峰(ぽう) 百嶂(ひゃくしょう)の中　

鄰舫有時來乞火　　　　鄰(りん)舫(ぽう) 時有りて 来(きた)りて 火を乞(こ)い　

樷祠無處不祈風　　　　樷(そう)祠(し) 処として風を祈らざるは無く　

晚潮又泊淮南岸　　　　晚(ばん)潮(ちょう) 又泊(はく)す 淮(わい)南(なん)の岸　

落日啼鴉戍堞空　　　　落日(らくじつ) 啼(てい)鴉(あ) 戍(じゅ)堞(ちょう)空(むな)し　

 

【語釈】

半世…人生の半分。無歸…故郷に帰ることなく。轉蓬…風に吹かれて転がる蓬。巴東…四川省の東、虁州。遊…旅行。嶂…高い峰。樷祠…草藪の中にある荒れた祠。晚潮…夕方の潮。淮南…鎭江のあたりの長江南岸付近。啼鴉…無くからす。戍堞…地方警備のための小さな城塞。空…人影が無い。

 

 

★南宋　陸游　　　　書憤　　　     憤(いきどおり)を書す

早歲那知世事艱　　　　早歲(そうさい)那(な)んぞ知らん世事の艱(かた)きを　

中原北望氣如山　　　　中原(ちゅうげん) 北望(ほくぼう)して 気 山の如し　

樓船夜雪瓜洲渡　　　　楼(ろう)船(せん) 夜(や)雪(せつ) 瓜(か)洲(しゅう)の渡(と)　

鐵馬秋風大散關　　　　鉄馬 秋風 大散(たいさん)の関(かん)　

塞上長城空自許　　　　塞上(さいじょう)の長城 空しく自(みずか)ら許せしも　

鏡中衰鬢已先斑　　　　鏡中の衰(すい)鬢(びん) 已に先(ま)づ斑(まだら)なり　

出師一表真名世　　　　出師(すいし)の一表(いっぴょう) 真(まこと)に世に名あり　

千載誰堪伯仲間　　　　千載(せんざい) 誰(たれ)か堪(た)えん 伯仲(はくちゅう)の間(かん)　

 

【語釈】

早歲…若いころ。那…反語、どうして。世事…世の中の事々。艱…難しい。中原…黄河流域の平野、金の占領地。樓船…高い櫓を組んだ舟。瓜洲渡…長江の江蘇省鎭江と向かい合う渡し場。大散關…関中西部から秦に入る境界の要衝。出師一表…諸葛孔明の出師表。伯仲間…伯は兄、仲は弟、優劣の付けがたいこと。

 

★南宋　陸游　　　　露坐二首其二　　露に坐す二首其の二

　　

岸幘臨窗意未便　　　岸幘(がんさく)し 窓に臨めども 意 未だ便ならず

又拖筇杖出庭前　　　又 筇杖(きょうじょう)を拖(ひ)きて 庭前に出ず

清秋欲近露霑草　　　清秋 近づかんと欲して 露 草を霑(うるお)し

皎月未升星滿天　　　皎月(こうげつ) 未だ升(のぼ)らずして 星 天に満つ

過埭船爭明旦市　　　埭(たい)を過ぐる船は争う 明旦(みょうたん)の市(いち)

蹋車人廢徹宵眠　　　車を蹋(ふ)む人は廃す 徹宵(てっしょう)の眠(ねむり)

齊民一飽勤如許　　　斉民(せいみん) 一飽(いっぽう) 勤むること許(か)くの如く

坐食官倉每惕然　　　坐して官倉(かんそう)を食らい 毎(つね)に惕(てき)然(ぜん)たり

 

【語釈】

露坐…夜、露天に椅子を持ち出して坐る。岸幘…頭巾を上に上げて額を現すこと、くつろいださま。意未便…気持ちがもう一つすっきいりしないこと。筇杖…竹の杖。皎月…白く明るい月。埭…土で作った水門。明旦市…明日の朝早く開かれる市。蹋車…田に水を引くための水車。齊民…一般の人、平民。飽…飽きるほど食べること。官倉…年貢米を収める倉。惕然…不安に襲われ平静な心でいられない

さま。

 

（中国詩人選集　二―８）

 

★南宋　陸游　　　　過野人家有感　　野人の家を過(を)ぎりて感有り

　　

縱轡江皋送夕暉　　　轡(くつわ)を江(こう)皋(こう)に縦(はな)って 夕暉(せきき)を送る

誰家井臼映荆扉　　　誰が家の井臼(いきゅう)か 荆(けい)扉(ひ)に映ずる

隔籬犬吠窺人過　　　籬(かき)を隔てて犬は吠え 人の過(よ)ぎるを窺(うかが)い……

滿箔蠶饑待葉歸　　　箔(はく)を満つる蚕(さん)は餓え 葉の帰るを待つ

世態十年看爛熟　　　世態(せたい) 十年 看(み)ること爛熟(らんじゅく)

家山萬里夢依稀　　　家山(かざん) 万里 夢に依(い)稀(き)たり

躬耕本是英雄事　　　躬(きゅう)耕(こう) 本是れ 英雄の事

老死南陽未必非　　　南陽(なんよう)に老死するは 未だ必ずしも非ならず

 

【語釈】

縱轡…馬の手綱をゆるめ、その歩みに任せて進むこと。江皋…河の岸辺。夕暉…夕日の光。井臼…井戸と臼。映…ちらりと見える。荆扉…柴で作った粗末な扉。箔…蚕棚。世態…世の中の有様。爛熟…すっかりなれて知り尽くすこと。家山…故郷の山。依稀…はっきりしないさま。躬耕…自分で百姓仕事をすること。南陽…河南省の地名（諸葛亮が出盧する前に隠棲していたところ）

 

 

★南宋　陸游　　　　九月三日泛舟湖中作　九月三日、舟を湖中に泛(うか)ぶるの作　　

兒童隨笑放翁狂　　　　児(じ)童(どう)笑うに隨(まか)す 放(ほう)翁(おう)の狂(きょう)と　

又向湖邊上野航　　　　又 湖辺に向って 野(や)航(こう)に上(のぼ)る　

魚市人家滿斜日　　　　魚市(ぎょし)の人家 斜(しゃ)日(じつ)満(み)ち　

菊花天氣近新霜　　　　菊花(きっか)の天気 新霜(しんそう)近し　

重重紅樹秋山晚　　　　重々(ちょうちょう)たる紅樹(こうじゅ) 秋山(しゅうざん)晚れ　

獵獵青帘社酒香　　　　獵々(ろうろう)たる青帘(せいれん) 社(しゃ)酒(しゅ)香(かんば)し　

鄰曲莫辭同一醉　　　　鄰曲(りんきょく) 辞(じ)する莫(な)かれ 同(とも)に一酔(いっすい)するを　

十年客裏過重陽　　　　十年 客裏(かくり) 重陽(ちょうよう)を過ごせり　

 

【語釈】

湖…鏡湖（中国安徽省蕪湖市鏡湖区にある湖。）隨…～のままにする，放っておく。放翁…陸游の号。湖邊…湖のほとり。野航…原野の中にある小さな渡し場。斜日…夕日。重重…重なり合うさま。紅樹…紅葉した樹木。獵獵…風にあおられてバタバタするさま。青帘…青いのぼり、酒屋の旗。社酒…春祭、秋祭に飲む酒、ここでは後者。鄰曲…隣近所、曲は部落の一単位。客裏…旅暮らしのうち。重陽…重陽の節句。

 

(漢詩大系１９)

 

 

★南宋　陸游　　　　山園雜詠五首 其二    山園雜詠五首 其の二

 

殘春終日在林亭　　　残春 終日 林亭に在り

散髮披衣醉復醒　　　髮を散じ 衣を披(ひら)きて 酔い復(ま)た醒む

科斗已成蛙閤閤　　　科斗(かと) 已に成り 蛙 閤々(こうこう)

櫻桃初結子青青　　　桜桃(おうとう) 初めて 子(こ)を結びて青々(せいせい)

魚遊滄海寧濡沫　　　魚は滄海(そうかい)に遊ばば 寧(いずく)んぞ沫(しぶき)に濡(ぬ)れんや

禽慕雕籠即翦翎　　　禽(とり)は 雕(とう)籠(ろう)を慕わば 即ち翎(はね)を翦(き)られん

薄晚東風吹小雨　　　薄晚(はくばん) 東風 小雨を吹く

笑携長鑱伴畦丁　　　笑って長(ちょう)鑱(ざん)を携(たずさ)えて 畦丁(きてい)に伴なう

 

【語釈】

散髮…かみをふりみだす。披衣…衣の帯結ばず前をふりみだしたまま、散髮と共に、だらしのない様を言う。科斗…おたまじゃくし。閤閤；帰るの鳴き声、閣閣。雕籠…彫刻を施した美しい鳥かご。薄晚…薄暮。鑱…先の尖ったスコップのような道具。

濡沫…荘子の故事有り。

 

★南宋　陸游　　　　驛舍　　　           駅舍　

 

閑坊古驛掩朱扉　　　閑坊(かんぼう) 古駅(こえき) 朱(しゅ)扉(ひ)を掩(とざ)ざす

又憩空堂綻客衣　　　又 空堂(くうどう)に憩いて 客(かく)衣(い)を綻(つくろ)う

九萬里中鯤自化　　　九万里中 鯤(こん)自(おのずか)ら化し

一千年外鶴仍歸　　　一千年外 鶴 仍(な)お帰る

遶庭數竹饒新筍　　　庭を遶(めぐ)ぐりて 竹を数うれば 新筍(しんじゅん) 饒(おお)く

解带量松長舊圍　　　带を解きて 松を量(はか)れば 旧囲(きゅうい)より長(ちょう)ず

惟有壁間詩句在　　　惟(た)だ 壁間(へきかん)に 詩句の在る有り

暗塵殘墨兩依依　　　暗(あん)塵(じん) 残墨(ざんぼく) 両(ふた)つながら依々(いい)たり

 

【語釈】

閑坊…ひっそりとした町。古驛…古い宿場。空堂…人のいない部屋。客衣…旅の衣。承句、転句…故事有り。舊圍…もとの太さ。壁間詩句…作者が前に来たとき壁に書き付けてきた詩。暗塵…黒い塵。殘墨…残っている墨の跡。依依…心懐かしい形容。

 

★南宋　陸游　　　　新夏感事 　          新夏(しんか)に事に感ず

百花過盡緑陰成　　　百花 過ぎ尽くして 緑陰成り

漠漠爐香睡晚晴　　　漠々(ばくばく)たる炉香 晚(ばん)晴(せい)に睡(ねむ)る

病起兼旬疏把酒　　　病より起き 兼(けん)旬(じゅん) 酒を把ること疏(ま)れに

山深四月始聞鶯　　　山深くして　四月　始めて鶯を聞く

近傳下詔通言路　　　近ごろ伝う　詔(しょう)を下して　言(げん)路(ろ)を通ずと

已卜餘年見太平　　　已に卜(ぼく)す　余年　太平を見んことを

聖主不忘初政美　　　聖主 忘れず 初政の美

小儒唯有涕縱横　　　小儒(しょうじゅ) 唯(た)だ涕(なみだ)の縱横たる有り

 

【語釈】

新夏…初夏（陰暦四月）。漠漠…あてどなく広がるさま。爐香…香炉の香り。晚晴…晴れた夕方。兼旬…二十日。通言路…天子に対して意見を奏上することを許す（秦檜の死）。卜…占う、予見する。餘年…死ぬまでの間。太平…金を滅ぼした後での平和。聖主…高宗。初政美…金と戦うことを行ったこと。小儒…つまらない学者、自分のこと

 

 

★南宋　陸游　　　　春寒連日不出　　　　春寒(しゅんかん)連日(れんじつ)出(い)でず

　　

海棠花入燕泥乾　　　　海棠(かいどう)の花は 燕(えん)泥(でい)に入(い)りて乾き　

梅子枝頭已带酸　　　　梅子(ばいし)は枝頭(しとう)において 已に酸を带ぶ　

老去懶尋年少夢　　　　老去(ろうきょ) 尋ぬるに懶(ものう)し 年少の夢　

春分不減社前寒　　　　春分 減ぜず 社前(しゃぜん)の寒(かん)　

著書敢望垂千載　　　　書を著(あらわ)すは 敢(あ)えて 千載(せんざい)に垂(た)れんことを望まんや　

嗜酒猶須隐一官　　　　酒を嗜(たしな)むは 猶(な)お 一官(いっかん)に隐(かく)れんことを須(ま)つ　

正是閑時無客過　　　　正に 是(こ)れ閑(かん)時(じ) 客の過(よぎ)る無く　

小庭斜日倚闌干　　　　小庭(しょうてい) 斜(しゃ)日(じつ) 闌(らん)干(かん)に倚(よ)る　

 

【語釈】

春寒…春のまだ浅いころの寒さ。燕泥…燕が巣を作るのに使う泥。梅子…梅の実。枝頭…枝の先。老去…年をとってゆく(去は助辞)。年少夢…若い人が春と共に抱く浮かれ心。社…春の祭りと厭きの祭り、ここでは前者。垂…後世に伝える。隐一官…一つの官についたまま俗世との縁を絶って孤高の生活を送ること。須…待ちうける。過…訪問する。

 

★南宋　陸游　　　　春雨三首 其一　　   春雨(しゅんう)三首 其の一　　

狼藉殘花滿地紅　　　　狼藉(ろうぜき)たる残(ざん)花(か) 地に満ちて紅なり　

擁衾孤夢雨聲中　　　　衾(きん)を擁(よう)して孤り夢めむ 雨声(うせい)の中(うち)　

人生十事九堪嘆　　　　人生(じんせい)十事(じゅうじ) 九(きゅう)は嘆(たんず)るに堪(た)え　

春色三分二已空　　　　春色(しゅんしょく)三分(さんぶん) 二は已に空(むな)し　

但有老盆傾濁酒　　　　但(た)だ 老盆(ろうぼん)の 濁酒(だくしゅ)を傾(かたむ)くる有り　

不辭衰鬢對青銅　　　　辞せず 衰鬢(すいびん)の 青銅に対するを　

長貧博得身强健　　　　長貧(ちょうびん) 博(か)ち得たり 身の強健なるを　

久矣無心咎化工　　　　久しいかな 化工(かこう)を咎(とが)むるに 心無きを　

 

【語釈】

狼藉…乱雑。衾…ふとん。堪…状態を持ち続ける。春色三分…春を１月、２月、３月に分ける。二已空…１月、２月は過ぎ、已に３月である。老盆…昔から使っている杯。濁酒…どぶろく。濁酒…どぶろく。衰鬢…苦労や老年の為につやを失ったり，少なくなった髪。青銅…青銅製の鏡。博得…獲得する。咎…とがめる。化工…造化の紙の仕業（自分に与えられた不遇な運命）。無心…～する気もしなくなった。

 

（漢詩大系１９）

 

 

★南宋　陸游　　　　樓上醉歌　　　　    楼上(ろうじょう)の酔(すい)歌(か)

 

我遊四方不得意　　　　我(わ)れ四方(しほう)に遊んで意を得ず　

陽狂施藥成都市　　　　陽狂(ようきょう)して薬を施す 成都の市(し)　

大瓢滿貯隨所求　　　　大瓢(たいひょう) 満ち貯(たくわ)えて求むる所に随(したが)い　

聊爲疲民起憔悴　　　　聊(いささ)か疲(ひ)民(みん)の為に 憔悴(しょうすい)を起こす　

瓢空夜靜上高樓　　　　瓢(ひょう)空しく 夜 静かにして 高楼に上り　

買酒捲簾邀月醉　　　　酒を買い 簾(すだれ)を捲(ま)き 月を邀(むか)えて酔う　

醉中拂劍光射月　　　　酔中(すいちゅう) 剣を払えば 光 月を射る　

往往悲歌獨流涕　　　　往々(おうおう) 悲歌(ひか)して 独り流涕(りゅうてい)す　

剗卻君山湘水平　　　　君山(くんざん)を剗却(さんきゃく)せば 湘水平かに　

斫卻桂樹月更明　　　　桂樹(けいじゅ)を斫却(しゃくきゃく)せば 月 更に明らかならん　

丈夫有志苦難成　　　　丈夫(じょうふ)  志(こころざし)有るも 苦(はなは)だ成り難し　

修名未立華髮生　　　　修名(しゅうめい) 未(いま)だ立たざるに華(か)髪(はつ)生ず　

 

【語釈】

遊四方…あちこちを旅行すること。不得意…満足な結果が得られない。陽狂…狂人のふりをする。施藥…民衆に薬を与える、隠者、道士の仕事であった。大瓢…大きな瓢箪。聊…どうやら、まずまず。起…癒やす、治療する。憔悴…病み疲れること。空…からになる。流涕…涙を流す。剗卻…削り取ってしまう（卻は助辞で～してしまう）。斫卻…切り取ってしまう。桂樹…月にあると言う桂の木。丈夫…才能の優れた立派な男性。修名…優れた名声。華髮…白髪。

 

　　（詩詞世界）

 

★南宋　陸游　　　　滄灘　　　          滄灘(そうたん)　　

百夫正讙助鳴艣　　　　百夫(ひゃっぷ)正(まさ)に讙(かまびす)しくして鳴艪(めいろ)を助(たす)く　

舟中對面不得語　　　　舟中　対面して語るを得ず　

須臾人散寂無譁　　　　須臾にして人散じ寂として譁(か)無く　

惟聞百丈轉兩車　　　　惟(た)だ百丈(ひゃくじょう)両車の転ずるを聞くのみ　

嘔嘔啞啞車轉急　　　　嘔々(おうおう) 啞々(ああ) 車の転ずること急に　

舟人已在沙際立　　　　舟人(しゅうじん)已に沙(さ)際(さい)に在りて立つ　

霧斂蘆村落照紅　　　　霧斂(おさ)まりて蘆(ろ)村(そん)落(らく)照(しょう)紅(くれない)いに　

雨餘漁舍炊烟濕　　　　雨余(うよ)の漁舍(りょうしゃ)炊煙(すいえん)濕(うるお)う　

故鄉回首已千山　　　　故鄉 首(こうべ)を回(めぐ)らせば已に千山(せんざん)　

上峽初經第一灘　　　　峽(けん)に上(のぼ)るに初めて径(へ)る第一灘(だいいったん)　

少年亦慕宦遊樂　　　　少年亦(ま)た慕(した)えり宦遊(かんゆう)の樂しみ　

投老方知行路難　　　　投(とう)老(ろう)方(はじ)めて知る行路(こうろ)の難(かた)きを　

 

【語釈】

滄灘…釣行中の地名，急流の地。百夫…舟に乗っている大勢の人。讙…大声で話し合う。鳴艪…艪の音。須臾…程なく。寂…静かなさま。譁…がやがや騒ぐ声。百丈…長い船の引き綱。兩車…引き綱をかけて回す二つの車。転…回る。嘔々…ごろごろ。啞啞…ぎいぎい。舟人…船人達。沙際…岸の砂浜。斂…おさまる。蘆村…白い芦の花が咲いている村。落照…沈む夕日の照り映え。雨餘…雨上がり。漁舍…漁師の家。千山…多くの山が連なっているさま。峽…三峡の難所。第一灘…最初の急流。少年…若いころ。宦遊…役人となって各地を廻ること。投老…老年にさしかかること。行路難…旅路の苦労、世渡りの難しさ。

 

(漢詩大系１９)

 

 

★南宋　陸游　　    村夜                村(そん)夜(や)

 

寂寂山村夜　　　　寂々(せきせき)たる 山村の夜　

悠然醉倚門　　　　悠然(ゆうぜん)として　酔いて 門に倚(よ)る　

月昏天有暈　　　　月 昏(くら)くして 天に暈(かさ)あり　

風軟水無痕　　　　風 軟(やわら)かにして 水に痕(あと)なし　

迹爲遭讒遠　　　　迹(あと)は 讒(ざん)に遭(あ)ふが爲(た)めに 遠ざかるも　

身由不仕尊　　　　身は 仕(つか)へざるに由(よ)りて 尊し　

敢嗟車馬絕　　　　敢(あえ)て 嗟(なげ)かんや 車馬の絶ゆるを　

同社自鶏豚　　　　同社(どうしゃ)自(おのずか)ら雞(けい)豚(とん)あり　

 

【語釈】

寂寂…寂しく静かなさま。悠然…こころが遙かに遊んでのんびりしているさま。倚…寄りかかる。暈…かさ。痕…水面の波紋。迹…これまでの業績、行動。讒…讒言。車馬…訪問客が乗ってくる馬や車。同社…民家二十五戸（社）の仲間。自…今までのことはともかく、同社は同社で。

 

（漢詩大系１９）

 

 

★南宋　陸游　　　　小立　　　          小立(しょうりつ)

紅樹園廬晚　　　　紅樹(こうじゅ) 園廬(えんろ)の晚(くれ)　

碧花籬落秋　　　　碧(へき)花(か) 籬落(りらく)の秋　

荒陂船護鴨　　　　荒陂(こうは) 船 鴨を護もり　

斷岸笛呼牛　　　　断岸 笛 牛 を呼ぶ　

酒賤村村醉　　　　酒は賤(やす)くして 村(そん)々(そん)酔い　

山寒寺寺幽　　　　山は寒くして 寺々(じじ)幽(ゆう)なり　

聊須岸烏幘　　　　聊(いささ)か須(すべか)らく 烏幘(うさく)を岸(たこ)うし　

小立埭西頭　　　　埭(てい)西(せい)の頭(ほとり)に 小立(しょうりつ)すべし　

 

【語釈】

小立…たたずむこと。紅樹…紅葉した樹木。園廬…農場の中に作られた小屋。碧花…朝顔。籬落…生け垣。聊須…まずまず～することにしよう。岸…高くする、かぶっている頭巾を後ろにずらせる。烏幘…黒色の頭巾。埭…水門

 

（漢詩大系　１９）

 

★南宋　陸游　　　  江樓 　　           江楼(こうろう)

急雨洗江樓　　　急雨 残瘴(ざんしょう)を洗い

江邉閑倚楼　　　江(こう)辺(へん) 閑かに楼に倚(よ)る

日依平野没　　　日は 平野に依(よ)りて没し

水带斷槎流　　　水は 断槎(だんさ)を带びて流る

擣紙荒村晚　　　紙を擣(つ)く 荒(こう)村(そん)の晚(くれ)　

呼牛古巷秋　　　牛を呼ぶ 古巷(ここう)の秋

腐儒憂國意　　　腐儒(ふじゅ) 憂国の意

此際入搔頭　　　此際(このさい) 搔頭(そうとう)に入る

 

【語釈】

江樓…川辺の楼。倚…寄りかかる。依…寄り添う。斷槎…筏の切れ端。腐儒…書物を読むばかりで実社会を知らず、役に立たない学者。搔頭…頭を掻くこと、同意手良いか分からず落ち着かぬ気持ちの表現。（典故…詩経）

 

（漢詩大系　１９）

 

 

★南宋　陸游　　　　聞雨　　　　　      雨を聞く　

 

慷慨心猶壯　　　慷慨(こうがい)して心猶(な)お壯(そう)なるも

蹉跎鬢已秋　　　蹉跎(さた)として鬢(びん)已に秋なり

百年殊鼎鼎　　　百年殊(こと)に鼎(てい)々(てい)

萬事秪悠悠　　　万事秪(た)だ悠々(ゆうゆう)

不悟魚千里　　　魚の千里なるを悟らず

終歸貉一丘　　　終に貉の一丘なるに帰せん

夜闌聞急雨　　　夜闌(たけなわ)にして雨の急なるを聞き

起坐涕交流　　　起坐(きざ)すれば涕(なみだ)交(こもごも)に流る

 

【語釈】

慷慨…いきおどりなげく。蹉跎…時期を失する。鬢已秋…鬢が霜が降りたように白くなること。百年…一生のこと。鼎鼎…引き留めようもなく過ぎ去ること（陶淵明…飲酒）。秪…只に同じ。悠悠…はるかなさま、自分とは無関係な位置にある。魚千里…池中で千里を泳いでもまだ池の中にいる（故事）。貉一丘…人間は一つの丘の中の狢のように、変わりが無いということ（漢書）

 

（漢詩大系　１９）

 

★南宋　陸遊　　  雜感六首 其六    雜感(ざっかん)六首 其六

 

春晚晴還雨　　　春晚(く)れて 晴れては還(ま)た雨ふり

村深醉復醒　　　村深くして 酔いては復(ま)た醒(さ)む

溪添半篙綠　　　溪は 半篙(はんこう)の緑を添え

山可一窗青　　　山は 一窓の青きに可(あた)る

藥品隨長鑱　　　薬品は 長(ちょう)鑱(ざん)に隨(したが)い　

花名記小屏　　　花名は 小屏(しょうへい)に記したり

閑身倖無事　　　閑(かん)身(しん)は 倖(さいわい)いに事無し

吟嘯送餘齡　　　吟嘯(ぎんしょう)して 餘齡(よれい)を送らん

 

【語釈】

春晚…晩春になる。篙…舟の棹。可…当と同意、丁度～と向き合う。鑱…農具の一種、スコップのようなもの。小屏…小さな屏風。

 

（漢詩大系　１９）

 

 

★南宋　陸游　　　  幽居歳暮五首其三　　幽(ゆう)居(きょ)歳暮(せいぼ) 五首 其三

老去転無事  　　　老い去っては 転(うた)た事無く　

室空惟一床 　　　 室空(むな)しくして 惟(ただ)一(いっつ)　

臥時幽鳥語 　　　 臥(ふ)する時 幽(ゆう)鳥(ちょう)語り　

行処野花香　　　　行く処 野(や)花(か)香る　

巷北観神社　　　　巷(こう)北(ほく)に 神社を観て　

村東看戯場　　　　村(そん)東(とう)に 戯場を看る　

誰知屏居意　　　　誰か知る 屏(へい)居(きょ)の意　

不独為耕桑　　　　独(ひと)り 耕(こう)桑(そう)の為ならず　

 

【語釈】

転…ますます。幽鳥…奥深い処に住む鳥。巷北…町の北。神社…神のやしろ、祭り。戯場…芝居小屋。屏居…隠居。意…こころ、気持ち。耕桑。耕したり桑を育てたりすること、農作業。

 

(陸游詩選　一海知義編　岩波文庫)

 

 

★南宋　陸游　　    山頭の石　　　      山頭(さんとう)の石　

秋風萬木霣　　　秋風 万木霣(か)れ

春雨百草生　　　春雨 百草生ず

造物初何心　　　造物 初めより何の心ぞ

時至自枯榮　　　時至りて 自(おのずか)ら枯(こ)栄(えい)

惟有山頭石　　　惟(た)だ有り 山頭の石

歲月浩莫測　　　歳月 浩(こう)として測る莫(な)し

不知四時運　　　四(しい)時(じ)の運(めぐ)るを 知らず

常带太古色　　　常に 太古の色を带(お)ぶ

老翁一生居此山　老翁 一生 此の山に居(きょ)し

脚力欲盡猶躋攀　脚力尽きんと欲して 猶(な)お躋攀(せいはん)す

時時撫石三歎息　時々石を撫して 三(さん)歎息(たんそく)す

安得此身如爾頑　安(いずく)んぞ此の身の爾(なんじ)の如く頑(がん)なるを得ん

 

【語釈】

霣…木が枯れる。造物…造物主。枯榮…枯れたり花が咲いたりする。浩…無限名物の形容。四時運…四季が廻る。老翁…自分のこと。躋攀…よじ登る。三歎息…何度もため息をつく。頑…頑丈

 

（中国詩人選集二－８）

 

 

 

 

 

★宋　黄庭堅　　    鄂州南樓書事　　　  鄂(がく)州(しゅう)南樓(なんろう)書事(しょじ)　　　

 

四顧山光接水光　　　　四顧(しこ)すれば 山光(さんこう)水光(すいこう)に接し　

凭闌十里芰荷香　　　　闌に凭れば十里 芰(き)荷(か)香る　

淸風明月無人管　　　　淸風(せいふう) 明月 人の管する無く　

并作南樓一夜涼　　　　并(あわ)わせて作(な)す 南楼(なんろう) 一夜の涼(りょう)　

 

【語釈】

鄂州…湖北省武漢市の長江以南の地区。書事…事柄の感慨を書きしるす。山光…山の景色。水光…水面の輝き。闌…手すり。凭…もたれる。芰荷…菱と蓮。管…司る、支配する。

 

 (漢詩大系１８)

 

関連詩句

　「四顧山光如鏡裡，陶然既醉且忘歸。」（明·王元鳳）

　「白髮丹心論底事，清風明月屬閑人。」（宋·韓琦）

「清風明月虛無境，白雪陽春寂寞心。」（宋·黄庶）

 

★宋　黄庭堅　　    乞貓　　　          猫を乞う　

秋來鼠輩欺貓死　　　秋来(しゅうらい) 鼠輩(そはい) 貓の死するを欺(あなど)り

窺甕翻盤攪夜眠　　　甕を窺(うかが)い盤を翻(ひるがえ)して 夜眠るを攪(みだ)す

聞道貍奴將數子　　　聞道(きくなら)く 貍奴(こり)数子を将(ひき)ゆと

買魚穿柳聘銜蟬　　　魚を買い 柳に穿ちて 銜(かん)蝉(せん)を聘(へい)せん

 

【語釈】

秋來…秋になってから。聞道…聞くところによれば。貍奴…ねこま、猫の総称。銜蟬…猫の総称。聘…まねく。

 

（中国詩人選集二－７）

 

関連詩句

　「買魚穿柳不蒙聘，深蹲地底老欲枯。」（宋·韓駒）

「爾黠驚倒眉山蘇，買魚穿柳無狸奴。」（明·黃佐）

 

 

 

★宋　黄庭堅　 雨中登岳陽樓望君山其一　雨中岳陽楼に登り君山を望む其一

 

投荒萬死鬢毛斑　　　荒(こう)に投ぜられて万死鬢(びん)毛(もう)斑(まだら)なり

生出瞿塘灧澦關　　　生きて出る瞿塘(くとう)灧澦(えんよ)の関(かん)

未到江南先一笑　　　未だ江南に到らざるに先(ま)ず一笑し

岳陽樓上對君山　　　岳(がく)陽(よう)楼(ろう)上君山(くんざん)に対す。

 

【語釈】

岳陽楼 …湖南省岳陽市の西門の楼。洞庭湖に面し、楼上からの眺めが美しいことで有名。山 …洞庭湖中にある山。荒 …辺境の地。投…流される。万死…何度も死ぬ思いをすること。死を覚悟すること。鬢毛…鬢びんの毛。左右側面の耳ぎわの毛。斑…白髪まじりになること。生出…生きて通り抜けることができた。瞿塘…瞿塘峡。四川省奉節県の東にある。長江の三峡の一つ、船の難所。灔澦関 …灔澦堆の難関、瞿塘峡の入り口にある大暗礁長江最大の難所、「関」は難関の意であるが、ここでは関所の意も懸けている。江南 … ここでは作者の故郷、分寧（江西省修水県）を指す。一笑 … ちょっと笑うこと。

 

（中国詩人選集二－７）　

 

関連詩句

　「一身去國六千里，萬死投荒十二年。」（唐·柳宗元）

　「傷哉生出瞿塘險，翻落黄粱一夢中。」（宋·文天祥）

　「未到江南心已喜，隔江山色碧相招。」（宋·楊萬里）

　「無端砧杵驚殘夢，未到江南第一州。」（明·于謙）

　「岳陽樓上春已歸，湖中鴻雁拍波飛。」（宋·黄庭堅）

　「岳陽樓上望重湖，混合乾坤入太虚。（宋·鄒浩）

 

 

 

★宋　黃庭堅　　    次韻王穉川客捨二首王穉川の「客捨」に次韻す二首

 

五更歸夢常苦短　　　五更の帰夢(きむ) 常に短きに苦しみ

一吋客愁無奈多　　　一寸の客(かく)愁(しゅう) 多きを奈(いかんとも)する無し

慈母每佔烏鵲喜　　　慈母每(つね)に佔(うらな)わん 烏鵲(うじゃく)の喜びを

家人應賦扊扅歌　　　家人応(まさ)に賦(ふ)すべし 扊扅(えんい)の歌を

 

【語釈】

王穉川…王谹（詳細不明）。五更…明け方、明け方まで。歸夢…故郷の夢。一吋…心は胸の中の一寸の所にあるとし、寸心、方心とも言う。客愁…旅の愁い。無奈…どうしようもない。烏鵲喜…カササギが鳴くと良いことがあるとされる。家人…家の人、ここでは妻。扊扅歌…扊扅は戸を押さえる木、典故あり。

 

（漢詩大系１８）

 

★宋　黄庭堅　　　　黔南謫居　　　　　  黔(げい)南(なん)に謫(たく)居(きょ)す其の一

 

相望六千里　　　相い望む 六千里

天地隔江山　　　天地　江山(こうざん)を隔(へだ)つ

十書九不到　　　十書(じゅっしょ)　九(く)たびは到らず

何用一開顔　　　何を用(も)ってか　一たび顔を開かん

 

【語釈】

黔南…貴州省黔南布。謫居…地方に流されていること。相望…ここでは故郷のほうを眺めやること。開顔…笑顔をする。

 

（漢詩大系１８）

 

 

★宋　黃庭堅　　    六月十七日晝寢　　  六月十七日昼寢(い)ぬ

紅塵席帽烏韡里　　　　紅塵(こうじん) 席帽(せきぼう) 烏韡(うか)の里(さと)　

想見滄洲白鳥雙　　　　想見(そうけん)す 滄(そう)洲(しゅう) 白鳥(はくちょう)の雙(ならび)　

馬龁枯萁喧午枕　　　　馬は枯萁(こき)を噛(か)みて 午(ご)枕(ちん)に喧(かまびす)しく　

夢成風雨浪翻江　　　　夢は風雨の浪(なみ)　江(こう)に翻(ひるが)えるを成す　

 

【語釈】

紅塵…人通りの多い所に起こる砂埃。席帽…帽子の一種で、四方に網を垂れた物。烏韡…黒い長靴。想見…想像ずる。滄洲…川のほとり、隠者の住むところ。雙…つがいで並ぶこと。枯萁…枯れたまめがら。午枕…昼寝。夢成…夢の中では～のようである。

 

（漢詩大系　１８）

★宋　黃庭堅　　    竹枝詞　　　        竹(ちく)枝(し)詞(し)

 

浮雲一百八盤縈　　　浮雲 一百八盤に縈(まと)い

落日四十八渡明　　　落日 四十八渡(と)に明らかなり

鬼門關外莫言遠　　　鬼門関外 遠しと言う莫かれ

四海一家皆弟兄　　　四海は一家 皆弟兄

 

【語釈】

竹枝詞…劉禹錫が始めた物で、地方の民謡、風俗などを七言絶句の形で詠った物。一百八盤…三峡地帯から黔州に到るまでの道中の地名、七曲がりの類い。縈…からみつく。四十八渡…地名、四十八渡…地名、四十八の渡しがあることに由来するか？。鬼門関…関所の名前。四海一家皆弟兄…世の中の人々は全て一家族で有り兄弟であるという「論語」の子夏の言葉に由来する。

 

（中国詩人選集二－７）

 

 

 

★宋　黄庭堅　　    夜發分寧寄杜澗叟　　

夜分寧(ぶんねい)を発し杜澗叟(とかんおう)に寄す　

　　

陽關一曲水東流　　　　陽関の一曲 水は東に流れ　

燈火旌陽一釣舟　　　　燈火(とうか) 旌(せん)陽(よう) 一(いっ)釣舟(ちょうせん)　

我自只如常日醉　　　　我自(おのずか)ら 只だ 常(じょう)日(じつ)酔いの如し　

滿川風月替人愁　　　　満川(まんせん)の風月(ふうげつ) 人に替(か)わって愁(うれ)う　

 

【語釈】

杜澗叟…名は槃、故郷の友人。陽關一曲…王維作「送元二使安西」送別会で歌われた。旌陽…分寧東郊の山の名で故郷に近い。一釣舟…自分を釣り船に喩えている。滿川…川一杯。

 

 

関連詩句

　「醉裏不辭金爵滿，陽關一曲腸千斷。」（唐·馮延巳）

　「陽關一曲動山月，別淚千行盈酒船。」（宋·張耒）

　「滿川風月今誰主，猿鶴哀鳴蕙帳空。」（宋·韓淲）

「借取尊前秋好處，滿川風月送君還。」（淸·查愼行）

 

★宋　黄庭堅　　    和凉軒二首其二 　　凉(りょう)軒(けん)に和す二首 其の二

 

茗椀夢中覺　　　茗(めい)椀(わん) 夢中(むちゅう)より覚む

荷花鏡裏香　　　荷(か) 花(か)鏡(きょう)裏(り)に香る

凉生只當處　　　凉の生ずるは 只だ当所(とうしょ)

暑退亦無方　　　暑(しょ)の退(しり)ぞくも 亦(ま)た無方(むほう)

 

【語釈】

凉軒…不明。茗椀…茶を飲むこと。荷花…蓮の花。鏡裏…池の中（水面が鏡のような池）。當處…心の中で思えばの意。無方…心の中で思えばの意。

 

（漢詩大系）

 

関連詩句

　「青鞋布襪秋歸早，猶有荷花鏡裏香。」（宋·釋行海）

「小橋虹影截波光，面面荷花鏡裏粧。」（金·趙秉文）

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★宋　黄庭堅　　    寄黄幾復　　        黄幾復(こうきふく)に寄す

我居北海君南海　　　　我は北海(ほっかい)に居(お)り 君は南海(なんかい)　

寄雁傳書謝不能　　　　雁(かり)に寄せて書を伝えんとするも 能(あた)わざるを謝(しゃ)す　

桃李春風一杯酒　　　　桃(とう)李(り) 春風(しゅんぷう) 一杯の酒　

江湖夜雨十年燈　　　　江湖(こうこ) 夜(や)雨(う) 十年の灯(ともしび)　

持家但有四立壁　　　　家を持(じ)するも　但(た)だ四(し)立(りつ)の壁有るのみ　

治病不蘄三折肱　　　　病を治すに　三たび肱(ひじ)を折るを蘄(もと)めず　

想得讀書頭已白　　　　想い得たり 書を読んで 頭(こうべ)已に白く　

隔溪猿哭瘴煙藤　　　　溪(たに)を隔(へ)だてて 猿は哭(な)く 瘴(しょう)煙(えん)の藤に　

 

【語釈】

黄幾復…名は介、幾復は字、作者と同郷で同族、少年時代からの親友、この時、幾復は広州四会県（広東省）の知事であった。北海…この詩が作られた時、黄庭堅は山東省徳平鎮の長官をしていた、渤海湾に近いためこう言ったもの。南海…黄幾復がいた広東省四会県は南シナ海に近いためこう言ったもの。寄雁伝書…雁書、蘇武の故事を踏まえる。謝不能 …そこまでは行けないと断られた。江湖…二人の故郷の江西豫章の湖。十年灯…十年勉学の灯を共にしたこと。持家…生計を維持する。四立壁…部屋には何もなく、周囲に壁が立っているだけという貧しい様子。三折肱…何度も試行錯誤を繰り返して名医になれる、転じて、成功するには苦労が必要だという喩え。蘄…求める。瘴煙…南方の山川から立ち込める毒気。

（漢詩大系１８）

 

 

関連詩句

　「桃李春風多惠政，鸞皇雲路半門生。」（宋·劉摯）

　「懸知後日逢迎際，桃李春風兩不言。」（宋·賀鑄）

「春風桃李花開日，秋雨梧桐葉落時。」（唐・白居易）

「場屋秋風三島夢，江湖夜雨四愁詩。」（宋·蕭立之）

「我讀江湖夜雨編，西風搔首一凄然。」（宋·高斯得）

 

 

★宋　黄庭堅　　    戲詠江南土風　　     戯れに江南の土風(どふう)を詠ず

 

十月江南未得霜　　　十月 江南 未だ霜を得ず

高林殘水下寒塘　　　高林(こうりん)の残水(ざんすい) 寒塘(かんとう)に下(お)つ

飯香獵戶分熊白　　　飯は香しく 猟戶(りょうこ) 熊(ゆう)白(はく)を分かち

酒熟漁家擘蟹黄　　　酒は熟して 漁家 蟹黄(かいこう)を擘(さ)く

橘摘金苞隨驛使　　　橘は金苞を摘(つ)みて 駅使(えきし)に従い

禾舂玉粒送官倉　　　禾(いね)は玉粒(ぎょくりゅう)を舂(つ)きて 官倉(かんそう)に送る

踏歌夜結田神社　　　踏歌(とうか) 夜結ぶ 田(でん)神(しん)の社に

游女多隨陌上郎　　　遊女 多く従う 陌上(はくじょう)の郎に

 

【語釈】

土風…土地の風俗。殘水…僅かの水。寒塘…寒々とした隄。熊白…熊の美味な脂肪。蟹黄…蟹の黄色な身。金苞…橘の実、朝廷への献上物であった。驛使…宿場にあ馬を乗り継いで遠隔地の連絡に当たる公用の使者。舂…臼でつく。玉粒…米粒の美称。官倉…租を治める倉。踏歌…手を繋ぎ足をふみならして音頭をとって歌う歌。結…集まる。游女…游歩する女。陌…あぜ道。

 

（中国詩人選集二－７）

 

★宋　黄庭堅　　    思親汝州作 　        親を思う汝州(じょしゅう)の作　

 

歲晚寒侵遊子衣　　　歲晚(く)れて 寒(かん)は遊子(ゆうし)の衣を侵(おか)す

拘留幕府報官移　　　幕府に拘留せられて 官(かん)移(い)を報ず

五更歸夢三百里　　　五(ご)更(こう)の帰夢(きむ) 三百里

一日思親十二時　　　一日 親を思う 十二時

車上吐茵元不逐　　　車上 茵(きん)に吐くも 元逐(もとお)わず

市中有虎竟成疑　　　市中 虎有りて 竟に疑いを成す

秋毫得失關何事　　　秋毫(しゅうごう)の得失 何事か関する

總爲平安書到遲　　　總(すべ)て 平安の書 到るが遅きが為なり

 

【語釈】

汝州…河南省臨汝県。遊子…旅人。幕府…長官が部下を選任する権利を持つ役所。官移…公文書。歸夢…故郷を思う夢。十二時…一日中。茵…しとね。元…もともと。逐…放逐する。秋毫…秋動物の毛、極細かい者の形容。

 

（中国詩人選集二－７）

 

関連詩句

　「客枕五更歸夢短，新詩千首後人看。」（宋·陸游）

「萬里客魂迷楚峽，五更歸夢隔胥濤。」（宋·陸游）

「二月春容山色裏，五更歸夢雨聲中。」（宋·晁公遡）

「秋毫得失肯悲歡，北固山邊更一看。」（宋·史堯弼）

「曾子何曾解殺人，市中有虎未為真。」（明·王鏊）

 

 

★宋　黄庭堅　　　　登快閣　　　         快閣(かいかく)に登る

癡兒了却公家事　　　癡兒(ちじ)了却(りょうきゃく)す 公(こう)家(か)の事

快閣東西倚晚晴　　　快閣(かいかく) 東西 晚晴(ばんせい)に倚(よ)る

落木千山天遠大　　　落(らく)木(ぼく) 千山 天は遠大

澄江一道月分明　　　澄江(ちょうこう) 一道(いちどう) 月は分明(ぶんめい)

朱絃已爲佳人絕　　　朱絃(しゅげん) 已に佳人の爲に絕つ

青眼聊因美酒橫　　　青眼(せいがん) 聊(いささ)か美酒に因(よ)りて橫わる

萬里歸船弄長笛　　　万里(ばんり) 帰船(きせん) 長笛を弄(ろう)し

此心吾與白鷗盟　　　此の心 吾 白鷗(はくおう)と盟(めい)す

 

【語釈】

快閣…慈恩寺内の楼閣。癡兒…馬鹿息子。了却…完了する。[h4] 公家…朝廷。倚…寄りかかる。澄江…澄んだ河、贛江を指す、江西省を縦断して鄱陽湖に注ぐ。朱絃已爲佳人絕…知己の死を意味する、ことの名人伯牙の故事。青眼…歓びのまなざし、阮籍の故事。歸船…故郷に帰る船。白鷗…自由な生活の象徴。

 

（中国詩人選集二－７）

 

関連詩句　

　「霜風落木千山遠。護霜雲散晴晞暖。」（宋·趙師俠）

　「北風落木千山空，海城偶見江文通。」（元·大圭）

　「澄江一道山前過，短櫂平分浪痕破。」（明·程敏政）

　「姚侯送我逰黄灣，澄江一道晴無瀾。」（淸·查愼行）

　「大江流日夜，此心吾與白鷗盟。」（淸·耑方）

 

★宋　黃庭堅　　　  清明　　　           清明　　　

 

佳節清明桃李笑　　　佳節(かせつ) 清明 桃李笑(え)み

野田荒冢只生愁　　　野田(やでん)の荒冢(こうはい) 只だ愁いを生ず

雷驚天地龍蛇蟄　　　雷は驚かす 天地 龍蛇(りゅうだ)の蟄(ちつ)

雨足郊原草木柔　　　雨は足りて 郊(こう)原(げん) 草木柔かなり

人乞祭餘驕妾婦　　　人は祭餘(さいよ)を乞いて 妾婦(しょうふ)に驕(おご)り

士甘焚死不公侯　　　士は焚死(ふんし)に甘んじて 公侯たらず

賢愚千載知誰是　　　賢愚は千載 誰か是(ぜ)たるを知らんや

滿眼蓬蒿共一丘　　　満眼の蓬蒿(ほうこう) 共に一丘

 

【語釈】

清明…２４節気の第５番目、春分から１５日目。佳節…目出度い日。野田…野外の田畑。荒冢…荒れた田畑。驚蟄…眠（冬眠）りを覚ます。郊原…郊外と原野。祭餘…墓のお供え物のお余り。驕…自慢話をする（『孟子』の故事）。士…春秋戦国時代の介子推のこと（「寒食」の言われ）。蓬蒿…雑草の茂った草叢。

 

（中国詩人選集二－７）

 

 

★宋　黄庭堅　　    出城送客過故人東平侯趙景珍墓　　

城を出て客(かく)を送り故人(こじん)東平侯(とうへいこう)趙景(ちょうけい)珍(ちん)の墓を過(す)ぐ　　　

　　

朱顔苦留不肯住　　　　朱顔(しゅがん) 苦(ねんごろ)に留むれども 肯(あえ)て住(とどま)らず　

白髮政爾欺得人　　　　白髮(はくはつ) 政爾(せいじ)として 人を欺き得たり　

嬋娟去作誰家妾　　　　嬋娟(せんけん) 去りて 誰(た)が家の妾(しょうと)作(な)る　

意氣都成一聚塵　　　　意気(いき) 都(すべ)て 一聚(いっしゅう)の塵と成(な)る　

今日牛羊上丘壟　　　　今日(こんにち) 牛(ぎゅう)羊(よう) 丘壟(きゅうろう)に上(のぼ)れども　

當時近前左右嗔　　　　当時 近前(きんぜん)すれば 左右嗔(いか)りき　

花開鳥啼荆棘裏　　　　花開き 鳥啼く 荆(けい)棘(きょく)の裏(うち)　

誰與平章作好春　　　　誰と與(とも)に平(へい)章(しょう)して　好春(こうしゅん)を作(な)さん　

 

【語釈】

朱顔…若い人の顔。苦…ねんごろ。住…とどまる。白髮…白髪頭。政爾…まさに、まさしく。嬋娟…姿の美しい様、自分に使えていた美人。一聚塵…ひとかたまりの土、ここでは墳墓。丘壟…墳墓。近前…近づくこと。嗔…怒ること。荆棘…いばら。平章…品評すること、めでること。

 

（漢詩大系１８）

 

関連詩句

　「花開鳥啼晝寂寂，酒闌燭明夜沈沈。」（宋·黄庭堅）

　「清猿警夜兮鶴報晨，花開鳥啼兮長如春。」（元末明初·劉基）

　「不知詩史千年下，誰與平章贈處篇。」（明·陳獻章）

 

 

　

★宋　黄庭堅　　　  王充道送水仙花五十枝欣然會心爲之作詠

　　　　　王(おう)充(じゅう)道(どう) 水仙花五十枝を送る 欣然(きんぜん)として心に会(かな)い之が為に詠を作(な)す

 

凌波仙子生塵襪　　　波を凌(しの)ぐ仙(せん)子(し)塵(じん)を生ずる襪(べつ)

水上輕盈步微月　　　水上に輕(けい)盈(えい)として微(び)月(げつ)に步ゆむ

是誰招此斷腸魂　　　是れ誰か 此の断腸の魂を招き

種作寒花寄愁絕　　　種えて寒(かん)花(か)と作(な)し 愁絕(しゅうぜつ)を寄せたる

含香體素欲傾城　　　香を含む体素(たいそ)は 城を傾けんと欲し

山礬是弟梅是兄　　　山礬(やまぱん)は是れ弟 梅は是れ兄

坐對真成被花惱　　　坐して対すれば 真(しん)成(せい)に 花に悩さる

出門一笑大江橫　　　門を出でて一笑すれば 大江橫わる

 

【語釈】

王充道…不詳。欣然…非常に喜ぶ。會心…自分の気持ちにぴったりすること。凌…乗り越える。仙子…仙女、洛水の女神・宓妃、水仙をたとえた。襪…靴下。輕盈…なおやか、かろやかなさま。微月…かすかな月の光、三日月。愁絕…悲愁の極。體素…白い体、水仙の花のたとえ。山礬…ジンチョウゲ類の木。真成…本当に。被…受け身を表す助辞。大江…長江。

 

（中国詩人選集二－７）

 

関連詩句

　「凌波仙子襪生塵，露冷風凄微月夜。」（宋·曾幾）

　「凌波仙子靜中芳，也带酣紅學醉粧。」（宋·范成大）

　「寄語金華老仙伯，凌波仙子更凌空。」（宋·楊萬里）

　「水上輕盈歩洛神，人間一顧盡含顰。」（明末淸初·彭孫貽）

　「坐對真成在江國，淡煙微雨暗扶疏。」（宋·王鈇）

　「簷鵲數聲清夢斷，出門一笑遇詩仙。」（宋·張順之）

　「野意凄凉遠俗情，出門一笑亂山青。」（宋·鄒輗）

★宋　黄庭堅　　　  次韻答斌老病起獨游東園二首 其一 　

　　　　　　次韻して斌老の「病より起き独り東園に游ぶ」に答う二首 其の二

萬事同一機　　　万事 同じく一機(いっき)

多慮乃禪病　　　多慮 乃ち禅病

排悶有新詩　　　悶(もん)を排して 新詩有り

忘蹄出兔徑　　　蹄(てい)を忘すれて 兔径(とけい)を出ず

蓮花生淤泥　　　蓮花(れんか) 淤(お)泥(でい)に生ず

可見嗔喜性　　　見るべし 嗔喜(しんき)の性

小立近幽香　　　小しく立ちて 幽香に近づく

心與晚色靜　　　心 晚色(ばんしょく)と与に静なり

 

【語釈】

斌老…黄斌老、画と墨竹を得意とした。一機…幻法（魔術）。禪病…禅定に入っても妄想を生じて心身共に病むこと。悶…もだえ。蹄…わな。兔徑…兎の通り道。淤泥…汚れたどろ。嗔喜性…喜怒哀楽の性情。幽香…ゆかしい香り。晚色…夕方の景色。

 

（中国詩人選集二－７）

 

★宋　黄庭堅　　    次韻答斌老病起獨游東園二首 其二

　　次韻して斌(ひん)老(ろう)の「病(やまい)より起き独り東園に游ぶ」に答う二首 其の二　　　　　　

 

主人心安樂　　　主人 心 安楽に

花竹有和氣　　　花(か)竹(ちく) 和気有り

時從物外賞　　　時に物外(ぶつがい)の賞(しょう)に從い

自益酒中味　　　自(おのずか)ら酒中の味を益す

斸枯蟻改穴　　　枯(こ)を斸(き)りて 蟻は穴を改め

掃籜筍迸地　　　籜(たく)を掃きて 筍は地より迸(ほとばしる)しる

萬籟寂中生　　　萬籟(ばんらい) 寂中(せきちゅう)に生ず

乃知風雨至　　　乃(すなわ)ち知る 風雨の至るを

 

【語釈】

斌老…黄斌老、画と墨竹を得意とした。主人…黄斌老のこと。物外…現象界の外。賞…めでること。酒中味…陶淵明飲酒十四に由来。枯…枯れ木。斸…斧を入れて切る。籜…竹の皮。萬籟…天地万物のどよもす物音。寂中…静寂な中。

 

（中国詩人選集二―７）

 

 

★宋　黄庭堅　　    次韻德孺感興二首　　德孺(とくじゅ)の感興(かんきょう)に次(じ)韻(いん)す二首 其の二

 

眼前嘗廢忘　　　眼前(がんぜん) 嘗(つね)に廢忘(はいぼう)す

事往更追尋　　　事の往けるを 更(さら)に追(つい)尋(じん)せんや

愛酒陶元亮　　　酒を愛しては 陶元(とうげん)亮(りょう)

著書王仲任　　　書を著しては 王(おう)仲(ちゅう)任(じん)

寒蒲雖有節　　　寒(かん)蒲(ぽ) 節(せつ)有りと雖(いえ)ども

枯木已無心　　　枯木(こぼく) 已に心無し

客至還須飲　　　客(かく)至らば 還(ま)た須(すべか)らく飲むべし

逢歡起自斟　　　歓(かん)に逢いては 起(た)つて自(みずか)ら斟(く)まん

 

【語釈】

德孺…范純粋、范仲淹の末子、黄庭堅と親交があった。眼前…目の前のこと。嘗…常。廢忘…捨て去る、忘れ去る。事往…過ぎ去ったこと。追尋…思い起こして考える。陶元亮…陶淵明。王仲任…後漢の文学者、『論衡』の著者。寒蒲…冬のがま。枯木已無心…枯れ木のように無心で栄華を求めない。

 

★宋　林逋(りんぽ)　　　　　秋江写望　　　　　　秋江　望を写す

蒼茫沙觜鷺鶿眠　　　蒼茫(そうぼう)たる沙觜(さし) 鷺鶿(ろじ)眠る

片水無痕浸碧天　　　片(へん)水(すい) 痕(あと)無く　 碧天(へきてん)を浸(ひた)す

最愛蘆花経雨後　　　最も愛す 蘆花 雨を経たる後

一蓬煙火飯漁船　　　一(いっ)蓬(ぽう)の煙火(えんか)　 漁船の飯(はん)するを

 

（詩詞世界）

 

 

★宋　林逋　　　    山園小梅　　　　    山園小梅

 

衆芳搖落獨暄妍　　　衆(しゅう)芳(ほう) 搖落(ようらく)して　独り暄妍(せんけん)

占盡風情向小園　　　風情を占め尽くして　小園に向こう

疎影橫斜水淸淺　　　疎影横斜　水清淺

暗香浮動月黄昏　　　暗香浮動　月黄昏

霜禽欲下先偸眼　　　霜禽(そうきん)下らんと欲して　先ず眼を偸(ぬす)み

粉蝶如知合斷魂　　　粉蝶如し知らば　合(まさ)に魂を断つべし

幸有微吟可相狎　　　幸いに微吟の　相狎(あいな)るべき有り

不須檀板共金尊　　　須(もち)いず檀板(だんばん)と　金尊を共にするを

 

【語釈】

衆芳…多くのかぐわしい花。暄妍…あたたかくうつくしい。横斜…斜めにのびた枝。暗香…どこからともなく漂ってくる香り。霜禽…霜がれどきの鳥、白い鳥。粉蝶…白い蝶。偸眼…ぬすみ眼でみる。斷魂…びっくりする。檀板…楽器　栴檀の木で作り歌の調子をとる板。金尊…黄金の酒樽、りっぱな酒樽。

 

 

（漢詩鑑賞事典）

 

★宋　林逋　　　    梅花　　　          梅花　

　

吟懐長恨負芳時　　吟懐　長（つね）に恨む　芳時に負（そむ）けし時

為見梅花輒入詩　　梅花を見しが為に　輒（すなわ）ち詩に入る

雪後園林纔半樹　　雪後の園林　纔（わずか）に半樹

水辺籬落忽横枝　　水辺の籬落　忽ち横枝

人憐紅艶多応俗　　人の紅艶を憐れむこと　多く応に俗なるべし

天与清香似有私　　天の清香を与えしは　私有るに似たり

堪笑胡雛亦風味　　笑うに堪えたり　胡雛の亦風味ありて

解将声調角中吹　　声調を将って　角中に吹くを解せんとは

 

 

 

★宋　梅堯臣　　　  魯山山行 　　　     魯山(ろざん)の山行

適與野情愜　　　適(たまた)ま野情と愜(かな)い

千山高復低　　　千山 高く復(ま)た低し

好峯隨處改　　　好峯 随処に改まる

幽徑獨行迷　　　幽(ゆう)経(けい) 独り行くに迷う

霜落熊升樹　　　霜落ちて 熊 樹に升り

林空鹿飲溪　　　林空しくして 鹿 溪に飲む

人家在何許　　　人家 何許にか在る

雲外一聲雞　　　雲外　一声の雞(けい)

 

【語釈】

魯山…河南省の葉県から汝水の支流を西にさかのぼったところにある。野情…自然を愛する心。愜…満足する。幽徑…奥まってひっそりとした小径。雲外…雲の彼方。

 

（漢詩大系　１６）

 

★宋　欧陽脩(おうようしゅう)　 　　豊樂亭游春　　　　  豊楽亭に春を游ぶ　

緑樹交加山鳥啼　　　緑樹(りょくじゅ) 交加(こうか)して 山鳥(さんちょう)啼き

晴風蕩漾落花飛　　　晴風 蕩漾(とうよう)として 落花飛ぶ

鳥歌花舞太守醉　　　鳥歌い 花舞いて 太守酔う

明日酒醒春已歸　　　明日(みょうにち) 酒醒(さ)むれば 春 已に帰らん

 

【語釈】

豊樂亭…安徽省の滁州に欧陽脩が作ったあずまや。交加…枝と枝が交わる。蕩漾…のどかにゆるぎ動く。太守…欧陽脩自ら。春歸…春が去る。

 

参考詩句

　「樽前鳥歌花舞，歸路星翻漢回。」（ 宋·黄庭堅）

　「樽前誰唱醉翁曲，鳥歌花舞催紅粧。」（宋·周紫芝）

　「明日酒醒空想像，清吟半逐夢魂銷。」（宋·蘇軾）

「明日酒醒船鼓鳴，沙邊破堠不知名。」（宋·張耒）

　（和漢名詩選評釈）

 

 

 

★宋　歐陽脩　　　　豐樂亭遊春　　　    豊楽亭に春を遊ぶ

紅樹靑山日欲斜　　　紅樹 青山 日斜めならんと欲す

長郊草色綠無涯　　　長郊の草色 緑 涯(かぎ)り無し

遊人不管春將老　　　遊人(ゆうじん)は管せず 春 将(まさ)に老いんとす

來往亭前踏落花　　　亭前に来往して 落花を踏む

 

【語釈】

紅樹 … 赤い花の咲いている樹木。青山 … 青々と草木の茂っている山。長郊 … 広々と広がる野原。無涯 … 果てしない。遊人 …春の行楽に出かけた人々。

不管 … 気にかけない。春将老 … 春がもうすぐ過ぎ去ろうとしていること。亭前 … 豊楽亭の前。来往 … 行ったり来たりすること。

（漢詩鑑賞事典）

 

★宋　歐陽修　　　  別滁　　　          別滁(べつじょ)

花光濃爛柳輕明　　　花光は濃爛(のうらん)にして 柳は軽明(けいめい)

酌酒花前送我行　　　酒を花前に酌(く)みて 我が行(こう)を送る

我亦且如常日醉　　　我も亦(ま)た 且(しばら)く 常日の如く酔わん

莫教絃管作離聲　　　絃管(げんかん)をして離声(りせい)を作さしむること莫(な)かれ

 

【語釈】

滁…滁州（南京の西北郊）のこと。花光…花の彩（いろど）り。濃爛…色濃く鮮やか。色濃く華やか。輕明…軽やかで明るい。酌酒…酒盛りをする。花前…花の咲き乱れるところで。行…旅立ち。且…しばし、短時間を謂う。　常日…普段の日。弦管…琴と笛、管絃。離聲…別れの調べ。

 

（宋詩選注　１）

★宋　歐陽修　      戲答元珍　　　　   戲(たわむれ)に元珍(げんちん)に答う　　

　　

春風疑不到天涯　　　春風 疑うらくは 天涯に到らざるかと

二月山城未見花　　　二月の山城 未だ花を見ず

殘雪壓枝猶有橘　　　残雪 枝を圧して 猶お橘(たちばな)有り

凍雷驚筍欲抽芽　　　凍(とう)雷(らい) 筍(たけのこ)を驚かし 芽を抽(ぬきいだ)さんと欲す

夜聞歸鴈生鄉思　　　夜 帰鴈を聞きて 鄉思を生じ

病入新年感物華　　　病 新年に入りて 物(ぶっ)華(か)に感ず

曾是洛陽花下客　　　曾(か)て是(こ)れ 洛陽花下の客(かく)

野芳雖晚不須嗟　　　野(や)芳(ほう) 晚(おそ)しと雖(いえど)も 嗟(なげ)くを須(もち)いず

 

【語釈】

元珍…定宝臣、このとき峡州判官（長官の属官）であった。疑…あたかも～のようである。天涯…空の果て、自分のいる地のこと。山城…山間の街。凍雷…寒空に鳴り響く雷。抽…草木が芽を出すこと。歸鴈…春、北に帰る鳥。病入新年…病が新年になっても治らないこと。物華…美しい自然の景色。野芳…野辺に咲きにおう花。不須…～するには及ばない。

 

（宋詩選注　１）

 

 

★宋　歐陽修　　    送張生　　　        張生(ちょうせい)を送る

 

一別相逢十七春　　　一別相逢う十七春

頽顏衰髮互相詢　　　頽顏(たいがん)衰髮(すいびん)互いに相詢(あいとう)

江湖我再爲遷客　　　江湖に我れ再び遷客と為り

道路君猶困旅人　　　道路 君は 猶お 旅に困(くるし)む人

老驥骨奇心尚壯　　　老驥(ろうき) 骨 奇にして 心 尚お壯なり

青松歳久色逾新　　　青松 歳 久しくして 色 逾(いよい)よ新なり

山城寂寞難爲禮　　　山城 寂寞(せきばく) 礼を為し難し

濁酒無辭擧爵頻　　　濁酒 辞す無かれ 爵を挙げること頻(しき)りなるを

 

【語釈】

頽顔…しわが増え衰えた顔。相詢…互いに確かめ合う。遷客…官位を下げ地方に移される人、左遷される人。骨奇…骨相がすぐれている、ここでは風格がすぐれている。難為禮…十分なもてなしが出来ない。衰髪…髪が抜けた白髪。江湖…川や湖、ここでは地方のこと。老驥…老いた名馬、ここでは英雄が晩年不遇なこと。寂寞…さびしく不自由なさま。爵…酒杯

 

★宋　歐陽修　　　　晚泊岳陽　　　      晚(くれ)に岳(がく)陽(よう)に泊す　　

 

臥聞岳陽城裏鐘　　　臥(ふ)して聞く 岳(がく)陽(よう)城(じょう)裏(り)の鐘

繋舟岳陽城下樹　　　舟を繋なぐ 岳陽城下の樹

正見空江明月來　　　正に見る 空(くう)江(こう)に明月の来たり

雲水蒼茫失江路　　　雲水　蒼茫(そうぼう)として 江路を失うを

夜深江月弄清輝　　　夜深くして 江月 清輝を弄(ろう)し

水上人歌月下歸　　　水上 人は歌いて 月下に帰える

一闋聲長聽不盡　　　一闋(いっけつ) 声長くし て聴けども尽きず

輕舟短楫去如飛　　　軽舟 短楫(たんしゅう) 去(ゆ)くこと飛ぶが如し

 

【語釈】

城裏…街の城壁の中。城下…街の城壁の外、郊外。空江…静まり広々とした長江。雲水蒼茫…水面と靄の境がはっきりしないこと。蒼茫…ぼんやりとしてはっきりしないさま。江路…船のい行き来する行路。弄清輝…月が夜空を明るく照らし、川面を輝かせるさま。一闋…一つの曲。輕舟短楫…軽快に進む船と短い櫂。

 

（宋詩選注　１）

 

★宋　歐陽修　　    遠山　　　　        遠山(えんざん) 　　

山色無遠近　　　山色 無遠近し

看山終日行　　　山を看て 終日行く

峯巒隨處改　　　峯巒(ほうらん) 処に従って改まる

行客不知名　　　行客(こくかく) 名を知らず

 

【語釈】

遠山…遠くに見える山。山色…山の景色。無遠近…「遠近」は、ここでは道程のこと。「無遠近」は、進む距離を気にしない、構わないという意。 峰巒…山のみね。行客…旅の途上にある人。

 

（『王安石及び宋詩別裁 五言絶句訳注』）

 

 

★宋　范成大　　    四時田園雜興其一    四時(しいじ)田園雜(でんえんざっ)興(きょう)其の一　　

柳花深巷午雞聲　　　柳花の深(しん)巷(こう)　午雞(ごけい)の声　

桑葉尖新綠未成　　　桑(そう)葉(よう) 尖(せん)新(しん) 緑 未だ成らず　　

坐睡覺來無一事　　　坐睡(ざすい) 覚め来たりて 一事無し

滿窗晴日看蠶生　　　満窓(まんそう)の晴日 蚕の生るるを看る

 

【語釈】

柳花…柳の花、柳絮ではない。

深巷…奥深くいりこんだ村里。午鶏…昼に鳴くニワトリ。尖新…枝の先が尖って新しい。坐睡…居眠り。無一事…何事もない。滿窗…窓いっぱいに溢れるさま。晴日…晴れた太陽の光。　

 

（宋詩選）

 

★宋　范(ぼん)成(せい)大(だい)　　    四時田園雜興其十五　四時(しいじ)田園雜(でんえんざっ)興(きょう)其の十五　　

胡蝶雙雙入菜花　　胡蝶(こちょう) 双々(そうそう)として 菜(さい)花(か)に入る　

日長無客到田家　　日 長くして 客(かく)の田家に到る無し　

鷄飛過籬犬吠竇　　鶏は飛びて籬(まがき)を過ぎ 犬は竇(あな)に吠ゆ　

知有行商來賣茶　　知る 行商の来たりて 茶を買う有るを

 

【語釈】

胡蝶…蝶・双双…つがいに揃った様子。菜花…菜の花。田家…農家。竇…孔

 

（范成大詩集）

 

 

★宋　楊(よう)萬里(ばんり)　　　  舟泊呉江三首 其二　　舟呉(ご)江(こう)に泊(やど)る三首 其二

江湖便是老生涯　　　江湖(こうこ) 便(すなわ)ち 是(こ)れ老生涯

佳處何妨且泊家　　　佳処(かしょ)何ぞ妨(さまた)げん 且(か)つ 家に泊するに

自汲松江橋下水　　　自(みずか)ら汲む 松江(しょうこう) 橋(きょう)下(か)の水

垂虹亭上試新茶　　　垂(すい)虹亭上(こうていじょう) 新茶を試(こころ)む

 

【語釈】

呉江…蘇州の南にあり太湖の南に位置する。江湖…地方官としてあちこちを転々とすること。佳處…良い所。松江…太湖より流入して上海の北で海に注ぐ。垂虹亭…呉江県の東にあり、利往橋と言われた橋の上に築かれた亭。

 

（漢詩大系　１６）

 

 

★宋　楊万里　　　  閑居初夏午睡起　　閑居初夏 午睡より起く二絶句其の二　　　　　　　　　　　　

梅子留酸軟歯牙　　　梅子(ばいし)は酸を留(とど)めて 歯牙(しが)を軟(なん)にす

芭蕉分緑与窗紗　　　芭蕉は緑を分かちて 窓に与(あた)う

日長睡起無情思　　　日 長く 睡起(すいき)して 情思(じょうし)無く

閑見児童捉柳花　　　閑(かん)に見る　児童の 柳(りゅう)花(か)を捉(とら)うるを

 

【語釈】

閑居…静かな生活。梅子 … 梅の実。留酸 … 酸っぱさが口に残る。軟歯牙 … 歯が浮いたように感じる。窗紗… 窓に張った薄い紗のカーテン。睡起…昼寝より起きる。無情思…何も思うことがない、何となく物憂い様子。閑看 … のんびりと眺めている。

 

（漢詩大系　１６）

★宋　楊萬里　　　  三三徑 　　　　　　　三三経(けい)　

三徑初開是蔣卿　　　三径(さんけい)初めて開きしは 是(こ)れ蔣(しょう)卿(けい)

再開三徑是淵明　　　再(さら)に三経を開きしは 是れ淵(えん)明(めい)

誠齋奄有三三徑　　　誠齋(せいさい) 奄有(えんゆう)す 三三径

一徑花開一徑行　　　一径花開けば 一径を行く

 

【語釈】

三三徑…九の道を作りその一つ一つに異なる花木を植えた。蔣卿…蔣詡。淵明…陶淵明。誠齋…作者の雅号。奄有…残らず占有する。

 

（漢詩大系　１６）

 

 

★宋　楊萬里　　　　夏夜追涼　　　　 　　夏(か)夜(や)涼を追う　

夜熱依然午熱同　　　夜熱 依然として 午熱に同じ

開門小立月明中　　　門を開いて小立(しょうりつ)す 月明(げつめい)の中(うち)

竹深樹密蟲鳴處　　　竹深く 樹密にして 虫鳴く処

時有微涼不是風　　　時に微(び)涼(りょう)有あるも 是れ 風ならず

 

【語釈】夜熱 … 夜になってもまだ残っている暑さ。午熱 … 昼間の暑さ、真昼のうだるような暑さ。小立 … しばらく立ったままでいる。月明 … 月あかり。竹深 … 竹林がこんもりと深く生い茂っている様子。樹密 … 樹木が薄暗くなるほど鬱蒼と生い茂っている様子。時 … ときどき。時おり。微涼 … かすかな涼しさ。

 

（（漢詩大系　１６）

 

★宋　蘇舜欽(そしゅんきん)　　　  淮中晩泊犢頭　　　　 淮中(わいちゅう) 晩に犢頭(こくとう)に泊す

春陰垂野草青青　　春陰　野に垂れ　草　青々たり

時有幽花一樹明　　時に幽花の 一樹に明らかなる有り

晩泊孤舟古祠下　　晩(くれ)に孤舟を泊す 古祠(こし)の下(もと)

滿川風雨看潮生　　満川の風雨　潮の生ずるを看る

 

【語釈】

淮中…淮河の中。犢頭…犢頭磯、淮河の中部の岸辺にある渡し場の名前。春陰…春の暗雲。垂野　原野の上に低く垂れ込める。田野が暗雲によって覆われていることを形容する。幽花　ひっそりと静かで辺鄙な場所の花。明…明瞭、ここでは、花の色が鮮やかで、人目を奪うことをさす。古祠…古い廟。川…河流。潮生　潮が満ちる。

(中国詩人選集二―　１)

 

★唐末宋初　張泌(ちょうひつ)　 寄人二首 其一　　　　人に寄す二首 其の一　　　

別夢依依到謝家　　　別夢 依々として 謝家に至る　

小廊迴合曲闌斜　　　小廊(しょうろう) 迴合(かいごう)して 曲闌(きょくらん)斜めなり

多情只有春庭月　　　多情 只有り 春庭(しゅんてい)の月

猶爲離人照落花　　　猶(な)お 離人(りじん)の為に 落花を照らす

 

【語釈】

寄…詩を手紙で送る。別夢…別れた後相手のことを思う夢。依依…相手のことを思うさま。謝家…才女の家、（恋人である）女性側の家。小廊…小振りな渡り廊下。小振りなまわり廊下。建物（…正房）の両外側の廊下。迴合…周囲をめぐる。曲闌…まがった欄干。多情…情愛が深く感じやすいこと。只有…ただ…だけがある。ただ…よりほかはない。離人…別れていった人、ここでは作者自身。

（唐詩三百首）

 

★宋　蘇舜欽　　　　初晴遊滄浪亭　　　　 初めて晴 滄浪亭(そうろうてい)に遊ぶ　

夜雨連明春水生　　　夜雨 明(めい)に連って 春水生ず

嬌雲濃暖弄陰晴　　　嬌(きょう)雲(うん)　濃(のう)暖(だん) 陰晴(いんせい)を弄す

簾虛日薄花竹靜　　　簾(すだれ)は虚(むな)しく 日薄くして 花(か)竹(ちく)静かに

時有乳鳩相對鳴　　　時に乳(にゅう)鳩(きゅう)の 相い対して鳴く有り

 

【語釈】

初…たった今。滄浪亭…江蘇省蘇州市にある庭園。蘇舜欽が作り、江南の名園の中で最も古いものの一。連明…明け方にまで続く。春水…春になって、氷や雪がとけて流れる水。嬌雲…あでやかな雲。濃暖…たけなわの暖かさ。弄…めでる。微晴…かすかな晴れ。乳鳩…子供の鳩。

 

（漢詩大系　１６）

★宋　蘇蕣欽　　　　夏意　　　　         夏(か)意(い)　

別院深深夏簟淸　　　　別院(べついん) 深々(しんしん)として 夏簟(かたん)清く　

石榴開遍透簾明　　　　石榴(せきりゅう) 開くこと遍(あまね)く 簾(れん)を透(とおし)して明かなり　

樹陰滿地日當午　　　　樹陰(じゅいん) 地に満ち 日は午(ご)に当たり　

夢覺流鶯時一聲　　　　夢覚むれば 流(りゅう)鶯(おう) 時(とき)に一声(いっせい)　

 

【語釈】

夏意…夏のおもむき。別院…別に建てた建物、離れ。深深…奥深い。簟…竹の表皮や葦などを編んだ敷物。石榴…ざくろ。簾…すだれ。樹陰…木の陰。満地…地面一杯に。午…天頂。日當午…正午。

 

（宋詩選注　１）

 

★宋　蘇舜欽　　　  秋宿虎丘寺數夕執中以詩貺因次元韻

　　　　　秋、虎(こ)丘寺(きゅうじ)に宿すること数夕、執中、詩を以って貺(おく)らる、因りて元韻にて次す

 

生事飄然付一舟　　　生事(せいじ) 飄然(ひょうぜん)として 一舟に付す

吳山蕭寺且淹留　　　吳山(ござん)の蕭(しょう)寺(じ) 且(しばら)く淹留(えんりゅう)す

白雲已有終身約　　　白雲 已に有り終身の約　

醁酒聊驅萬古愁　　　醁酒 聊(いささ)か駆(か)る 万古の愁

峽束蒼淵深藏月　　　峽は蒼(そう)淵(えん)を束(つか)ねて 深く月を蔵し

巖排紅樹巧裝秋　　　巖(いわお)は紅樹を排して 巧みに秋を裝(よそお)う

徘徊欲出向城市　　　徘徊して 出でて 城市に向わんと欲するも

引領烟蘿還自羞　　　領(れい)を引く煙蘿(えんら)に 還(ま)た自(みずか)ら羞ず

 

【語釈】

虎丘寺…江蘇省蘇州市にある寺。執中…寺僧のしかるべき者。貺…賜う。生事…なりわい、官吏としての仕事。飄然…風に漂い動く。吳山…蘇州は春秋時代呉の都であったので、蘇州の山。蕭寺…普通の寺のこと。淹留…逗留すること。醁酒…良い酒。驅…追っ払う。峽…山あい。蒼淵…蒼い淵。引領…遠く眺めてその方に行こうとすること。烟蘿…靄の籠めた蔦。

 

（漢詩大系　１６）

 

★宋　王禹偁(おううしょう)　　    日長簡仲咸 　

 

日長何計到黄昏　　　日長ければ 何の計か 黄昏に到らん

郡僻官閑晝掩門　　　郡は僻(へき)に 官は閑(ひま)にして 昼 門を掩(と)ざす

子美集開詩世界　　　子(し)美(び)の集は開く 詩の世界

伯陽書見道根源　　　伯(はく)陽(よう)の書は見る 道の根源

風飄北院花千片　　　風は 北院に飄(ひるが)えりて 花千片　　

月上東樓酒一罇　　　月は東楼に上りて 酒一罇(いっそん)

不是同年來主郡　　　是れ 同年の来りて 主郡ならざれば

此心牢落共誰論　　　此の心 牢(ろう)落(らく)として 誰と共にか論ぜん

 

★宋　王禹偁　      村行　　　　         村(そん)行(こう)　　　　　

馬穿山徑菊初黄　　　馬は山径(さんけい)を穿(うが)ち 菊 初めて黄なり

信馬悠悠野興長　　　馬に信(まか)せて悠々(ゆうゆう) 野(や)興(きょう)長し

萬壑有聲含晩籟　　　万壑(まんがく) 声有り 晩籟(ばんらい)を含み

數峯無語立斜陽　　　数(すう)峯(ほう) 語(ことば)無く 斜陽に立つ

棠梨葉落胭脂色　　棠梨(どうり)葉は落とす 胭(えん)脂(じ)の色　

蕎麦花開白雲香　　　蕎麦(きょうばく) 花開いて 白雲の香(か)

何事吟餘忽惆悵　　　何事ぞ 吟余(ぎんよ) 忽(たちま)ち惆悵(ちょうしゅう)たるは

村橋原樹似吾郷　　　村橋(そんきょう) 原樹(げんじゅ) 吾が郷に似たり

 

【語釈】

村行…村を行く。馬穿山径…馬で山道を通り抜けること。信馬…馬に乗り、馬にまかせて好きなように歩き回る。悠悠…ゆったりのんびりして、心楽しいさま。野興長…野外の遊興がとても味わい深い。壑…山の谷。晩籟…日暮れ時に風が山の洞穴に吹き付けて発せられる音。棠梨…白棠・杜梨ともいう。胭脂…化粧用の紅色の顔料。蕎麦…そばと麦、白い花を咲かせる。何事…どうして、何ゆえ。吟餘…詩を作った後。惆悵…ものがなしい気持ちになる。○原樹　原野に生い茂った樹木。

 

（宋詩選注（１）

 

関連詩句

　「皇都萬家欲何徃，信馬悠悠成獨行。」（元·宋褧）

 「明日渡江應轉首，數峰無語晚連空。」(宋·釋德洪)

「蕎麥花開如雪鋪，新霜寒早半欲枯。」（宋·姚勉）

「蕎麥花開草木枯，沙頭雨過茁蘑菇。」（元·胡助）

 

★宋　司馬光　　　  客中初夏　　　　     客中(かくちゅう)の初夏　

四月淸和雨乍晴　　　四月清和 雨乍(たちま)ち晴れ

南山當戸轉分明　　　南山 戸に当たって 転(うた)た分明

更無柳絮因風起　　　更に 柳絮(りゅうじょ)の　風に因(よ)って起こる無く

惟有葵花向日傾　　　惟(た)だ 葵(き)花(か)の　日に向かって傾く有り

 

【語釈】

客中…旅の途中。淸和…清くなごやかなさま。分明…はっきりして明かなさま。葵花…向日葵

清和 … 爽やかで清々すがすがしい気候、また、陰暦の四月一日をもいう。乍 …急に、さっと。南山 … 南の方に見える山。当戸 … 戸口の真正面に、「当」は向かい合うこと。転 … いよいよ。分明 … はっきりと見えている。更無 …少しも～ない、まったく～ない。

柳絮 … 柳の白い綿毛のついた種子。因風起 … 風に吹かれて乱れ飛ぶ。葵花 … ひまわりの花。

 

（漢詩大系　１６）

 

 

★宋　唐(とう)庚(こう)　　　　　醉眠　　　           酔眠(すいみん)

 

山静似太古　　　山静かにして太古に似たり

日長如小年　　　日長くして 小年の如し

餘花猶可醉　　　余(よ)花(か) 猶(な)お酔うべし

好鳥不妨眠　　　好鳥 睡りを妨げず

世味門常掩　　　世味 門 常に掩(おお)い

時光簟已便　　　時光 簟(てん) 已に便なり

夢中頻得句　　　夢中 頻りに句を得たるも

拈筆又忘筌　　　筆を拈(と)れば 又筌(せん)を忘る

 

【語釈】

太古…大昔。小年…小一年。餘花…春咲き残っている花。世味…世俗のこと。時光…季節。簟…竹のござ。忘筌…目的を達して手段を忘れること、荘子の故事。

 

（三体詩）

 

 

★宋　寇(こう)準(じゅん)　　　　 夏日　　　           夏日(かじつ)　

離心杳杳思遲遲　　　　離(り)心(しん) 杳々(ようよう)として　思い遅々(ちち)たり　

深院無人柳自垂　　　　深院(しんいん) 人無く 柳(やなぎ)自(おのずか)ら垂る　

日暮長廊聞燕語　　　　日暮(にちぼ) 長廊(ちょうろう)に 燕語(えんご)を聞く　

輕寒微雨麥秋時　　　　軽寒(けいかん) 微雨(びう) 麦秋(ばくしゅう)の時　

 

【語釈】

離心…別離の情。杳杳…遙かに遠いさま。遲遲…気が進まないさま。深院…奥まった中庭。日暮…ひぐれ。燕語…燕のさえずり。輕寒…弱い寒さ。微雨…こぬか雨。麥秋…陰暦四月。

 

（詩詞世界）

 

 

★宋　秦(しん)観(かん)　　　　　春日　　　           春日(しゅんじつ)　

 

一夕輕雷落萬絲　　　一夕 軽雷 万糸を落し

霽光浮瓦碧參差　　　霽光(せいこう) 瓦に浮かんで 碧　參差(しんさ)

有情芍藥含春泪　　　有情(ゆうじょう)の芍藥(しゃくやく) 春(しゅん)涙(るい)を含み

無力薔薇臥曉枝　　　無力の薔薇(しょうび) 曉(ぎょう)枝(し)を臥す

 

【語釈】

一夕…とある夕方。軽雷…軽い雷。萬絲…数え切れない程の糸、即ち雨。霽光…雨で洗われたように出てきた日の光。參差…入り交じって不揃いの様。

 

（漢詩大系　１６）

 

 

★宋　秦觀　　　　　秋日三首 其一 　　   秋(しゅう)日(じつ)三首 其の一　

霜落邗溝積水清　　　霜は邗(かん)溝(こう)に落ちて 積水清し

寒星無數傍船明　　　寒星 無数 船に傍いて明かなり

菰蒲深處疑無地　　　菰(こ)蒲(ほ)深き処 地無きかと疑うに

忽有人家笑語聲　　　忽(たちま)ち人家 笑語の声有り

 

【語釈】

邗溝…淮河と長江を繋ぐ運河。隋・煬帝が完成させた。積水…積もった水、深い水。菰蒲…まこもとがま。寒星…寒空の星。傍…よりそう。

 

（詩詞世界）

 

 

 

★宋　陳(ちん)与(よ)義(ぎ)　　　　登岳陽楼二首其一　　 岳陽楼に登る　二首　　其の一

 

洞庭之東江水西　　　洞庭の東 江水の西

簾旌不動夕陽遅　　　簾旌(れんせい) 動かず 夕陽(せきよう)遅し

登臨呉蜀横分地　　　登臨(とうりん)す 呉蜀 横分(おうぶん)の地

徏倚湖山欲暮時　　　徏倚(しい)す 湖山 暮れんと欲する時

万里来遊還望遠　　　万里 来遊して 還(かえ)って遠くを望み

三年多難更憑危　　　三年 難 多くして 更に 危に憑る

白頭弔古風霜裏　　　白頭 古(いにしえ)を弔う 風霜の裏(うち)

老木蒼波無限悲　　　老木 蒼波(あおなみ) 無限の悲しみ

 

【語釈】

岳陽樓・岳州（現・湖南省）の北部の洞庭湖畔の岳陽の街を囲む城壁の西門の楼。洞庭…洞庭湖。江水…長江の流れ。簾旌…カーテンの布、のれん。遲…ぐずぐずとしている。登臨…高い所に登って、下をながめわたす。呉蜀…東の国と西の国の意として使う。呉…江蘇省と浙江省の北半分。蜀…現・四川省。橫分地…横に区切っているところ。徙倚…さまよう。欲暮…暮れかける。暮れなずむ。萬里…長大な道程を謂う、遙々と。來遊…来て遊ぶこと。還…また、かえって。望遠…遠くの方を眺める。多難…金国が南侵して、汴京（開封）を失い、宋の朝廷が南遷するという事態を指す。憑危…高い所の窓辺に寄りかかる。憑…寄りかかる。危…高い、最も高いところ。白頭…白髪頭、転じて老人。弔古…遺跡等で往事の人を祀つたり、昔に想いを馳せること。風霜…風と霜、きびしく激しい環境。蒼波…青黒い波。あおい波。蒼浪。碧浪。無限…限りない。

 

（宋詩選注　２）

 

★宋　程顥(ていこう) 　　　　 秋日偶成 　          秋(しゅう)日(じつ)偶成(ぐうせい)

 

閑来無事不従容　 　　　閑来(かんらい)事として 従容(しょうよう)ならざるは無し

睡覺東窗日已紅　　　　 睡(ねむ)り覚(さ)むれば東窓(とうそう) 日は已(すで)に紅なり

萬物静觀皆自得　 　　  万物(ばんぶつ)静観(せいかん)すれば 皆 自(じ)得(とく)す,

四時佳興與人同　　　　 四時(しいじ)の佳(か)興(きょう)は 人と同じ

道通天地有形外　　 　　道は通ず天地 有形(ゆうけい)の外

思入風雲變態中　　　　 思いは入る風雲 変態(へんたい)の中

富貴不滛貧賤樂　　　  富貴(ふうき)にして淫(いん)せず 貧賤(ひんせん)にして楽しむ

男兒到此是豪雄　　　　男児(だんじ)此(ここ)に到らば 是(こ)れ豪(ごう)雄(ゆう)

 

【語釈】

偶成…偶然の思いつきで作った詩。閑来…暇になってから。従容…ゆったりと落ち着いたさま。静見…心静かに物事を見極める。自得…処を得て納得する。四時…四季。佳興…よい趣。有形外…形の無いもの。變態…ここでは世相の移り変わりの定まらないさま。富貴…富んで身分の高いこと。淫…むさぼる。貧賤…貧しく身分が低いこと。到此…このような状況に達すれば。豪雄…すぐれた人物

 

（漢詩大系　１６　宋詩選）

 

 

★宋　程顥　　　　　郊行即事　　　       郊(こう)行(こう)即事(そくじ)　

芳原綠野恣行時　　　芳原 緑野 行(こう)を恣(ほしいまま)にする時

春入遥山碧四圍　　　春は遥山(ようざん)に入りて 四囲(しい) 碧(みどり)なり　

興逐亂紅穿柳巷　　　興ずれば 乱(らん)紅(こう)を逐(お)いて 柳(りゅう)巷(こう)を穿(うが)ち

困臨流水坐苔磯　　　困ずれば 流水に臨みて 苔(たい)磯(き)に坐す

莫辭盞酒十分醉　　　辞する莫かれ 盞(さん)酒(しゅ) 十分に酔うを

秪恐風花一片飛　　　秪(た)だ恐そる 風花 一片 飛ぶを

况是清明好天氣　　　况(いわん)や是(こ)れ 清明の好天気

不妨游衍莫忘歸　　　妨(さまたげ)ず 游衍(ゆうこう)して 帰るを忘るるを　　　莫は？　

 

【語釈】

郊行…郊外を散歩すること。芳原…花の美しく咲いている草原。遥山…遥かな山。四圍…周囲。亂紅…乱れ飛ぶ赤い花びら。柳巷…柳並木の道筋。苔磯…苔の生えている川辺の石。盞酒…坏に入った酒。清明…二十四節気の一つ、春分後十五日目。游衍…歩き回る。

 

（宋詩選）

 

 

★宋　戴(たい)益(えき)　　　　　探春　　　　　        春を探(さぐ)る　　

終日尋春不見春　　　終日(しゅうじつ) 春を尋ねて 春を見ず

芒鞵踏破嶺頭雲　　　芒鞵(ぼうけい) 踏み破る 幾重(いくちょう)の雲

歸來偶把梅花嗅　　　帰り来たりて 試みに梅(ばい)花(か)を把(と)りて嗅(か)げば

春在枝頭已十分　　　春は枝頭(しとう)に在りて 已に十分

 

【語釈】

探春…春のけしきを尋ね歩くこと。盡日…一日じゅう。終日。 芒鞵…わらじ。            踏遍　すみずみまで歩きまわる。隴頭…隴山のほとり、隴山は今の陜西省と甘粛省の境をなす山の名。昔 呉の陸凱が江南太守であった時、隴頭に在った親交の范曄に対し梅花と詩一首を添えた書信を寄せた故事により「隴頭雲」は梅花を連想させる。歸來…帰り道に。来は助辞で意はない。

 

 

★宋　戴(たい)復古(ふくこ)　　　  江村晚眺二首 其二 　　江村晚眺(こうそんばんちょう)二首 其二

 

江頭落日照平沙　　　江頭の落日平沙を照らす

潮退漁舠閣岸斜　　　潮退いて漁舠岸に閣かれて斜めなり

白鳥一雙臨水立　　　白鳥一双水に臨みて立つ

見人驚起入蘆花　　　人を見て驚起して蘆花に入る

 

【語釈】

江村晩眺…川辺の村の夕暮れの眺め。江頭…川のほとり。平沙…果てしなく広がっている砂原。潮退…潮が引く。漁舠…細身の小舟で刀の形をしているもの。擱…停泊する。一双…一つがい。驚起…おどろいて飛び立つ。蘆花…アシの花。

 

（漢文大系１６）

　

 

★宋　戴復古　　    淮村兵後　　　        淮(じゅん)村兵後(そんへいご)　

小桃無主自開花　　　小桃 主無く自(おのずか)ら花を開く

烟草茫茫带曉鴉　　　煙(えん)草(そう) 茫々 曉(ぎょう)鴉(あ)を带ぶ

幾處敗垣圍故井　　　幾処(いくしょ) 敗(はい)垣(がい) 故井(こせい)を囲む

鄉來一一是人家　　　鄉来 一々 是れ人家

 

【語釈】

淮村…淮河（南宋と金との国境）流域の村落。兵…戦い（金軍の侵入）。煙草…霞みでぼんやりとした遠くの草むら。茫茫…草が多く生えて乱れているさま。晩鴉…夕暮れに鳴きながら巣に戻るカラス。敗垣…壊れた垣根。故井…古井戸。向來…今まで。　一一…ひとつひとつ。是……は…である、be動詞にあたる。

 

（詩詞世界）

 

★宋　戴復古　　　  釣臺 　　　           釣(ちょう)台(だい)　

萬事無心一釣竿　　　万事(ばんじ)無心(むしん) 一(いち)釣(ちょう)竿(かん)

三公不換此江山　　　三公にも換えず此の江山　

平生誤識劉文叔　　　平生(へいぜい) 誤りて 劉文叔(りゅうぶんしゅく)を識り

惹起虛名滿世間　　　虛名を惹起して世間に満たしむ

 

【語釈】

釣臺…厳子陵が宮廷生活を辞し、富春山に住み、その中腹の岩場で釣りをしていたところ、厳陵釣台ともいう。無心…何も考えないこと。三公…最高位の三つの官職。後漢では大尉、司徒、司空。平生…その昔。劉文叔…後漢の光武帝劉秀が皇帝になる前の名前、厳子陵は劉文叔の親友であり、光武帝が即位したとき招かれたが出士しなかった。虚名…実力の伴わない名声。

 

（漢詩大系　１６）

 

★宋　魏(ぎ)野(や)　　　    登原州城呈張貴從事 　 原州(げんしゅう)の城に登り 張貴従事(ちょうきじゅうじ)に呈す 

 

異鄉何處最牽愁　　　異鄉(いきょう) 何(いず)れの処か 最も愁いを牽(ひ)く

獨上邊城城上樓　　　独(ひと)り上る辺(へん)城(じょう) 城上(じょうじょう)の楼

日暮北來唯有鴈　　　日暮(にちぼ) 北来(ほくらい)するは 唯だ鴈(がん)有るのみ

地寒西去更無州　　　地寒くして西に去れば 更に州無からん

數聲塞角高還咽　　　数声の塞(さい)角(かく) 高く還(ま)た咽(むせ)ぶ

一派涇河凍不流　　　一派の巡(じゅん)河(が) 凍りて流れず

君作貧官我爲客　　　君は貧官と作(な)り 我は客(かく)と為る

此中離恨共難收　　　此の中(うち)の離恨(りこん) 共に收め難(がた)し

 

【語釈】

原州…甘粛省鎮原県。張貴…人名、経歴不詳。從事…地方の州で採用する属官。牽…引っ張る。邊城…国境の街。北來…来たから来る。塞角…砦で時を告げる角笛。涇河…曲がりくねって流れる川。貧官…下級役人、張貴從事のこと。離恨…別れなければならない恨み。

 

（漢詩大系　１６）

 

★宋　魏野　　      書友人屋壁　　　      友人の屋壁に書す　

 

達人軽禄位　　　　　達人(たつじん) 禄(ろく)位(い) を軽んじ

居処傍林泉　　　　　居処(きょしょ) 林泉(りんせん)に傍(そ)う

洗硯魚呑墨　　　　　硯を洗えば 魚は墨を呑み

烹茶鶴避煙　　　　　茶を烹れば  鶴は煙を避く

閑惟歌聖代　　　　　閑(かん)にして惟(た)だ 聖代(せいだい)を歌い

老不恨流年　　　　　老いて流(る)年(ねん)を恨みず

静想閑来者　　　　　静かに想う　 閑来(かんらい)の者

還応我最偏　　　　　還(ま)た応(まさ)に 我 最も偏(へん)なるべし

 

【語釈】

達人…達観している人、友人のこと。禄位…俸禄と官位。居処…住んでいるところ。林泉…林の中の泉。閑…静かで落ち着いたさま。聖代…太平の世。流年…流れていく歳月。閑来…閑散となって以来。偏…偏屈者。

 

（漢詩大系　１６　題名は異なる）

　

 

★南宋　文天(ぶんてん)祥(しょう)　　 過零丁洋 　　　       零丁(れいてい)洋(よう)を過ぐ

　

辛苦遭逢起一經　　　辛苦 遭逢(ほうそう) 一(いっ)経(けい)より起こる

干戈落落四周星　　　干戈(かんか) 落々(らくらく)たり 四周星

山河破碎風拋絮　　　山河 破碎して 風 絮(じょ)を拋(ただよ)わし

身世飄摇雨打萍　　　身世 飄摇(ひょうよう)して 雨 萍(ひょう)を打つ

皇恐灘頭說皇恐　　　皇恐灘頭(きょうこうだんとう) 皇恐(きょうこう)を説き

零丁洋裏歎零丁　　　零丁(れいてい)洋裏(ようり) 零丁(れいてい)を歎く

人生自古誰無死　　　人生 古(いにしえ)自(よ)り 誰か 死 無からん

留取丹心照汗青　　　丹(たん)心(しん)を留(りゅう)取(しゅ)して 汗(かん)青(せい)を照さん

 

【語釈】

零丁洋 … 広東省の珠江の河口付近の海の名、「零丁」は、落ちぶれて孤独であること。辛苦 … 辛いことに遭って苦しむこと。遭逢 … 遭遇する。出くわすこと。起一経 … 経書を修めて、二十歳で進士に及第し、仕官したこと。干戈 … 戦争。落落 … 思うようにならないさま。「寥落」に作るテキストもある。四周星 … 四年。破砕 … 破壊された。絮 … 柳絮。柳の白い綿毛のついた種子。抛 … 吹き散らす。身世 … わが身一代。一生涯。飄揺 … さすらう。漂い動く。萍 … 浮き草。雨打萍 … 浮き草を雨が打ち叩く、不安なことの喩え。零丁 … 落ちぶれて孤独であること。歎 … 嘆く。自…は「より」と読み、「～から」と訳す。丹心 …忠誠の真心。留取 … 留めておく「取」は助字。汗青 … 歴史書を指す。照 … 史上に名を輝かせたい。

（中国名詩選（下）川合）

 

★南宋　文天祥　　　金陵駅二首　其一　　  金(きん)陵(りょう)駅(えき)　二首　　其の一　

草合離宮転夕暉　　　　草は 離宮(りきゅう)に合(ごう)して 夕暉(せきき)転(てん)ず　

孤雲飄泊復何依　　　　孤(こ)雲(うん) 飄(ひょう)泊(はく)して 復(ま) た何(いず)くにか依(よ)る　

山河風景元無異　　　　山河(さんが) 風景 元(もと) 異(こと)なる無きも　

城郭人民半已非　　　　城郭(じょうかく) 人民 半(なか)ば 已に非なり　

満地蘆花和我老　　　　地に満つる蘆花(ろか)は 我と和(とも)に老い　

旧家燕子傍誰飛　　　　旧家(きゅうか)の燕子(えんし)は 誰に傍(そ)いてか飛ぶ　

従今別却江南路　　　　今より別れ却(さ)る 江南の路　

化作啼鵑帯血帰　　　　化して啼鵑(ていけん)と作(な)り 血を帯(お)びて帰らん　

 

【語釈】

金陵駅…金陵（南京）の宿場。孤雲…ただひとつの離れ雲、孤独の人。飄泊…故郷を離れてさまよい身を寄せる。復…また、ふたたび。依…よる。城郭…都市。已非…とっくにまずくなっている。・満地…地面いっぱいになる。芦花…アシの花。　・和…～といっしょに。旧家…昔から続いている家。燕子…ツバメ。傍…そう。別却…別れてしまう。江南…長江下流の南岸地域一帯。化作-…～になって。啼鵑…啼くホトトギス。帯血…血を附着させて。帰…本来の居所（祖国）へかえる。

 

 

 

★金　元好問(げんこうもん)　　　　巳五月三日北渡三首其三

　　　　　　　　　　　　　　癸巳(きし)五月三日北渡(ほくと)三首其の三

 

白骨縱橫似亂麻　　　　白骨 縱橫 乱麻(らんま)に似る　

幾年桑梓變龍沙　　　　幾年 桑(そう)梓(し)の 龍沙(りゅうさ)に変ぜし　

只知河朔生靈盡　　　　只だ知る 河朔(かさく) 生霊(せいれい)の尽くるを　

破屋疏煙卻數家　　　　破屋(はおく) 疏煙(そえん) 卻(かえ)って数家(すうか)　

 

【語釈】

北渡 … 黄河を南から北へ渡ること。青城（山東省高青県）から聊城（山東省聊城市）へ連行されたことを指す。縦横…あたり一面。乱麻…乱れもつれた麻糸のように散らばっていることの形容。幾年 … もう何年になるだろうか。桑梓…桑と梓、転じて、父母の地・故郷・郷里の意。竜沙…西北の砂漠地帯の通称。只知…ただ～と聞いて知っていた。河朔… 黄河の北、河北。生霊…人民。尽…全滅させられた。破屋…こわれた家。疎煙…まばらな人家の煙。却…予期に反して。数家…数軒。

 

（漢詩大系２０）

 

 

★金　元好問　　　　俳體雪香亭雜詠十二首 其二　　

俳躰(はいたい) 雪香亭雜(せつこうていざつ)詠(えい)十二首 其二　　　

　　

落日青山一片愁　　　　落日(らくじつ) 青山(せいざん) 一片(いっぺん)の愁(うれい)　

大河東注不還流　　　　大河(たいが) 東に注いで 還流(かんりゅう)せず　

若為長得熙春在　　　　若(いか)為(ん)ぞ 長(とこし)えに 熙(き)春(しゅん)の在るを得て　

時上高層望宋州　　　　時に 高層(こうそう)に上(のぼ)りて 宋(そう)州(しゅう)を望まん　

 

 

【語釈】

青山…青緑の山。一片愁…あたり一面にただよう愁情。還流…流れが廻って帰ってくること。若為…どうにかして。熙春…熙春閣、蒙古軍が汴京を占領したときも、この建物は破壊されず残されていた。時…しばしば。宋州…河南省帰徳府、哀宗は、河北から此の地に落ちのびていた。

 

（漢詩大系　２０）

 

 

関連詩句

　「憐君更去三千里，落日青山江上看。」（中唐·劉長卿）

「殘花舊宅悲江令，落日青山弔謝公。」（唐末至五代·韋莊）

 

 

★金　元好問(げんこうもん)　　　　俳體雪香亭雜詠十二首其十　

俳体雪香亭雜(はいたいせつこうざつ)詠(えい)十二首其の十

 

暖日晴雲錦樹新　　　暖(だん)日(じつ) 晴(せい)雲(うん) 錦樹(きんじゅ)新たなれども

風吹雨打旋成塵　　　風吹き 雨打ち 旋(たちま)ち塵と成る

宮園深閉無人到　　　宮園 深く閉ざし 人の到る無く

自在流鶯哭暮春　　　自在の流(りゅう)鶯(おう) 暮春(ぼしゅん)に哭(こく)す

 

【語釈】

晴雲…晴れ渡った空に漂う雲。錦樹…花を付けた美しい樹木。旋…一転して。自在…自由に飛び回る。流鶯…枝から枝に飛び回る鶯。哭…声を上げて泣く。

 

（漢詩大系　２０）

 

 

関連詩句

　「暖日晴雲知次第，東風不用更相催。」（唐·令狐楚）

「詩如春風入花骨，暖日晴雲入竹石。」（宋·王庭珪）

「一徑穠芳萬蘂攢，風吹雨打未摧殘。」（唐·陸希聲）

「最是牡丹堪痛惜，風吹雨打漸離枝。」（宋·李至）

「刺桐枝上紅如錦，自在流鶯盡日啼。」（明·黃佐）

 

★金　元好問　　　　壬辰十二月車駕東狩後即事其一　

壬辰(じんしん)十二月車駕(しゃが)東狩(とうしゅ)の後(のち)の即事(そくじ)其の一

 

翠被匆匆見執鞭　　　　翠被(すいひ) 匆々(そうそう) 鞭(むち)を執(と)るを見る　

戴盆鬱鬱夢瞻天　　　　戴盆(たいばん) 鬱々(うつうつ) 夢に天を瞻(み)る　

只知河朔歸銅馬　　　　只だ知る 河朔(かさく)の 銅馬に帰するを　

又說臺城墮紙鳶　　　　又說(と)く 台(だい)城(じょう) 紙(し)鳶(えん)墮(お)つと　

血肉正應皇極數　　　　血肉(けつにく)正(まさ)に応ず皇(こう)極数(きょくすう)、

衣冠不及廣明年　　　　衣冠(いかん)及ばず広明(こうめい)の年に。

何時真得携家去　　　　何(いず)れの時にか 真に家を携さえて去くを得て　

萬里秋風一釣船　　　　万里の秋風 一(いち)釣船(ちょうせん)ならん　

 

【語釈】

車駕…天子の車。東狩…東方を巡狩（天子が地方を巡行し視察）すること、ただし、この場合は、都の汴京を離れて落ち延びること。即事…目にした出来事、物事を題材に詩を作ること。翠被…翡翠の羽で飾った外套。匆匆…あわただしいこと。戴盆…自由に点を見ることも出来ないこと。鬱鬱…気持ちがふさがる。河朔…河北の地。銅馬…賊兵。臺城…六朝時代の都（南京）の天子の居城。墮紙鳶…救援のために挙げられた凧が落ちる（包囲された汴京の救援の望みが絶たれたこと）。血肉…（金王朝の）血統。皇極數…王朝の命運について書かれた書物。衣冠…高位高官。廣明年…唐の僖宗の年号（880年）、黄巣の乱の時、逃れた僖宗に付き従う高官は殆どいなかった故事。携家…家族を引き連れる。萬里秋風…万里の地を吹き抜けてゆく秋風。一釣船…一つの釣り船，安定した生活。

（漢詩大系２０）

 

 

関連詩句

　「萬里秋風吹錦水，誰家別淚濕羅衣。」（唐·杜甫）

　「今朝萬里秋風起，山北山南一片雲。」（唐·杜牧）

「萬里秋風天外意，日斜閑啄岸邊苔。」（北宋·歐陽修）

　

 

★金　元好問　　　　壬辰十二月車駕東狩後即事五首 其二

　　　　　　　　壬辰(じんしん)十二月車駕(しゃが)東狩(とうしゅ)の後 即事五首 其の二

 

慘澹龍蛇日鬥爭　　　慘澹(さんたん)として 龍蛇 日々鬥争(とうそう)し

干戈真欲盡生靈　　　干戈(かんか) 真に 生霊(せいれい)を尽くさんと欲す

高原水出山河改　　　高原 水出(い)でて 山河改たまり

戰地風來草木腥　　　戦地　風来って草木腥(なまぐさ)し

精衛有寃填瀚海　　　精衛 寃(うらみ)みの瀚(かん)海(かい)を填(うず)むる有り

包胥無淚哭秦庭　　　包胥(ほうしょ) 淚の秦庭(しんてい)を哭(こく)する無し

并州豪傑知誰在　　　并州(へいしゅう)の豪傑 知る誰(たれ)か在る

莫擬分軍下井陘　　　軍を分ちて 井径(せいけい)を下らんと擬すること莫かれ

 

【語釈】

慘澹…むごたらしいさま。龍蛇…龍は金軍、蛇は蒙古軍。鬥爭…闘争。干戈…戦闘。生靈…人民。「高原水出山河改」…思いがけない蒙古軍の侵入で世の様が変わったこと。精衛…女性の名（典故有り）。寃…恨み。填瀚…蒙古、ゴビ砂漠一帯。包胥…春秋時代の楚の太夫である申包胥（故実あり）、一句の意味は涙を絞って援軍を頼む者もいないし、その宛もないと言う事。并州豪傑…并州は山西省一体、豪傑の出るところとされる。知誰在…誰も存在刷ることを知らない。井陘…河北省井陘県。莫擬…「欲す」と同意、～しようとしないのか。

 

（漢詩大系　２０）

 

 

★金　元好問　　　　壬辰十二月車駕東狩後即事五首 其三

壬辰(じんしん)十二月車駕(しゃが)東狩(とうしゅ)の後(のち)の即事(そくじ)其の三

鬱鬱圍城度兩年　　　　鬱鬱(うつうつ)として 圍(い)城(じょう)に 両年を度(わた)る　

愁腸飢火日相煎　　　　愁腸(しゅうちょう)を 飢(き)火(か)は日々に相い煎る　

焦頭無客知移突　　　　焦(しょう)頭(とう)ありとも 客の突を移すを知る無し　

曳足何人與共船　　　　曳足(えいそく)ありとも 何人(なにびと)か船を共にせん　

白骨又多兵死鬼　　　　白骨(はっこつ) 又 兵死(へいし)の鬼(き)多し　

青山元有地行仙　　　　青(せい)山(ざん) 元 地(ち)行(こう)の仙有り　

西南三月音書絕　　　　西南 三月 音書(いんしょ)絕え　

落日孤雲望眼穿　　　　落日(らくじつ)孤雲(こうん) 望(ぼう)眼(がん)を穿(うが)つ　

 

【語釈】

鬱鬱…気がふさがって楽しまないさま。圍城…囲まれた汴京城。度兩年…あしかけ2年を経過する。愁腸…愁いの心。飢火…激しい飢餓。相煎…火であぶるように痛めつける。焦頭…頭にやけどをした人。焦頭無客知移突…故事に基づく、「災いに慌てふためいた人はいるが、災いを事前に忠告した人は，我が国にはいなかった。」の意。曳足何人與共船…故事に基づく、「仮に後漢の馬援のような将軍がいても、その将軍と舟を共にして苦労を分かつような者はいない。」の意。青山…青緑の山。元…もともと。地行…地上にある。地行仙…仙人のような安逸な生活を送っている高官。音書…たより。孤雲…ちぎれ雲。望眼穿…遠くを見る目をえぐる。

（漢詩大系２０）

 

 

関連詩句

　「莫行百里一回頭，落日孤雲靄新畫。」（北宋·蘇轍）

「憑高游目快遐瞻，落日孤雲與水兼。」（北宋·張耒）

「淮山漠漠水潭潭，落日孤雲自不堪。」（宋·饒節）

 

★金　元好問　　　　夢歸　　　　　       帰るを夢(ゆめ)めむ　

憔悴南冠一楚囚　　　　憔悴(しょうすい)す　南冠(なんかん)の一楚囚(いちそしゅう)　

歸心江漢日東流　　　　帰心(きしん)　江漢(こうかん)　日々東(とう)流(りゅう)す　

青山歴歴鄉國夢　　　　青山(せいざん)　歴々(れきれき)たり　郷国(きょうこく)の夢　

黄葉瀟瀟風雨秋　　　　黄葉(こうよう)　瀟々(しょうしょう)たり　風雨の秋　

貧裏有詩工作祟　　　　貧(ひん)裏(り)　詩の工(たくみ)に祟(たた)りを作(な)す有り　

亂來無淚可供愁　　　　乱来(らんらい)　涙の愁いに供(きょう)すべき無し　

殘年兄弟相逢在　　　　残(ざん)年(ねん)　兄弟(けいてい)　相(あい)逢(お)うて在らば　

随分齏鹽萬事休　　　　分に隨う齏(せい)塩(えん)に　万事休(よ)しとせん　

 

【語釈】

憔悴…つかれおとろえる。南冠…囚われの身。歸心…故国に帰りたい気持ち。江漢…長江と漢江。東流…東向かって流れる、このように故国に帰りたい。青山…青緑の山。歴歴…ありありと目に映るさま。鄉國…故国。瀟瀟…物寂しいさま。貧裏…貧しい暮らしのうち。詩工作祟…氏の上手いことが災いになる。亂來…乱が起きてから。供…そえる。殘年…残りの人生。随分…身分にあった。齏鹽…粗末な食事。萬事休…それだけでよい。

 

（漢詩大系２０）

 

 

関連詩句

　「歸心江漢朝宗水，滯跡周南太史書。」（元末明初·張昱）

「東望鄉關萬餘里，歸心江漢轉依依。」（明·顧璘）

「青山歷歷水悠悠，今日相逢明日秋。」（中唐·張籍）

「已知無心更無礙，青山歷歷孤雲飛。」（北宋·沈遼）

「翠華此日知何在，黃葉瀟瀟萬歲山。」（明·揭軌）

　「青山點點雨初過，黄葉瀟瀟霜已多。」（明·林弼）

 

★金　元好問　　　　太原　　　           太原(たいげん)　　

夢裏鄉關春復秋　　　　夢裏(むり)の鄉(きょう)関(かん)春復(ま)た秋　

眼明今得見并州　　　　眼(がん)明(めい)に今并(へい)州(しゅう)を見るを得たり　

古來全晉非無策　　　　古来(こらい)晉(しん)を全(まっと)うするに 策(さく)無きに非らず　

亂後清汾空自流　　　　乱後清汾(せいふん)空(むな)しく自(おのずか)ら流る　

南渡衣冠幾人在　　　　南渡(なんと)の衣冠(いかん)幾人(いくにん)か在る。

西山薇蕨此生休　　　　西山(せいざん)の薇(び)蕨(けつ)此(こ)の生を休(きゅう)せん　

十年弄筆文昌府　　　　十年筆(ふで)を弄(ろう)す文(ぶん)昌府(しょうふ)　

爭信中朝有楚囚　　　　爭(いか)で信ぜん中朝に楚囚有りとは　

 

【語釈】

夢裏…夢のうち。鄉關…ふるさと。眼明…はっきりと。并州…中原から真北側にあたる地域、元好問の故郷。晉…春秋戦国時代の国。清汾…清らかな汾河の流れ。南渡衣冠…并州から黄河を渡って汴京に向かった役人達。西山…首陽山（山西省氷済県の南にある）。薇蕨…ワラビとゼンマイ、伯夷叔斉の故事。休…安息をあたえる。弄筆…官吏として勤務する。文昌府…朝廷。爭信…どうして信じられよう。中朝…朝廷の中。楚囚…捕虜。

 

（漢詩大系　２０）

 

 

関連詩句

　「夢裏鄉關雲滿路。釵壓綠鬟蟬半嚲。」（清·徐燦）

　「客中愁思真如病，夢裏鄉關不當歸。」（清·張心淵）

　「傳聞一馬化爲龍，南渡衣冠亦願從。」（盛唐·孫逖）

　「中原景物久荆棘，南渡衣冠隨梗蓬。」（南宋·黄公度）

　「西山薇蕨蜀山銅，可見夷齊與鄧通。」（北宋·王禹偁）

　「西山薇蕨東陵瓜，前村烟雨黄犢車。」（宋末元初·趙必𤩪）

 

★金　元好問　　　　岐陽三首 其二  　    岐(ぎ)陽(よう)三首 其二 

百二關河草不橫　　　　百二(ひゃくに)の関(かん)河(が) 草 橫たわらず　

十年戎馬暗秦京　　　　十年(じゅうねん)の戎馬(じゅば) 秦京(しんけい)暗し　

岐陽西望無來信　　　　岐(ぎ)陽(よう)を西望(せいぼう)すれども 来信(らいしん)無く　

隴水東流聞哭聲　　　　隴(ろう)水(すい) 東流(とうりゅう)して 哭声(こくせい)を聞く　

野蔓有情縈戰骨　　　　野(や)蔓(えん) 情(じょう) 有りて 戦骨(せんこつ)に縈(まと)い　

殘陽何意照空城　　　　殘(ざん)陽(よう) 何の意あってか 空城を照らす　

從誰細向蒼蒼問　　　　誰(たれ)に從(したが)ってか 細かに 蒼々(そうそう)に向って問わん　

爭遣蚩尤作五兵　　　　爭(いか)で 蚩(し)尤(ゆう)をして 五兵を作(つく)らしめたるやと　

 

【語釈】

岐陽…長安の西１５０キロメートル、鳳翔路にある城市。百二…二人で護れば、百人に敵することができる堅固な地勢。關河…函谷関と黄河。草不橫…草も生えない。十年戎馬…長い間の戦い。秦京…新の都咸陽で今の西安。來信…便り。隴水…甘肅省を流れる川の名。哭聲…慟哭の声。情…情け心。野蔓…野にはびこる蔓草。縈…まとわりつく。戰骨…戦いで死んだ人の骨。殘陽…夕陽。何意…どのような思いで。空城…誰もいなくなってがらんとした城市。細…くわしく。つまびらかに。向……に。蒼蒼…運命を司る天。問…天に問いかける。爭…どうして…か。遣……に…をさせる。蚩尤…黄帝時代の諸侯の名、兵乱を好み、黄帝に滅ぼされた人、ここでは、モンゴル軍をも指している。五兵…五種の兵器。弓矢、殳（ほこ、しゅ）、矛（ほこ、ばう）、戈（ほこ、か）、戟（ほこ、げき）等。

 

（漢詩大系　２０）

 

関連詩句

　「佳城萬古凄涼地，隴水東流猿夜聲。」（宋·王庭珪）

★金　元好問　　　　後飲酒五首其四 　　　後(ご)飲酒(いんしゅ)五首其の四　　

 

萬事有定分　　　万事 分に定め有り

聖智不能移　　　聖(せい)智(ち)も 移す能(あた)わず

而於定分中　　　而(しこ)うして定まれる分中(ふんちゅう)に於いて

亦有不測機　　　亦(ま)た機を測る有らず

人生桐葉露　　　人生は桐(とう)葉(よう)の露

見日忽已晞　　　日を見ては忽(たちま)ち已に晞(か)わく

唯當飲美酒　　　唯だ当(まさ)に美酒を飲むべし

儻來非所期　　　儻(とう)来(らい)は期す所に非らず

 

【語釈】

定分…定まっている運命。聖智…聖の智恵、何でも通じないものが無いほどの知恵。移…動かし変える。機…瞬間的なきっかけ。晞…乾く。儻來…たまたま偶然にやってくるもの、名声、富貴などを言う。非所期…期待する物ではない。

 

（漢詩大系　２０）

 

 

★金　元好問　　　　飲酒五首 其二 　　   飲酒(いんしゅ)五首 其の二　

去古日已遠　　　古(いにしえ)を去りること日 已に遠く

百偽無一真　　　百(ひゃく)偽(い) 一真無し

獨餘醉鄉地　　　独り醉鄉(すいきょう)の地を余(あま)し

中有羲皇淳　　　中に羲(ぎ)皇(こう)の淳(じゅん)有り

聖教難為功　　　聖教 功を為し難く

乃見酒力神　　　乃(すなわ)ち見る 酒力の神

誰能釀滄海　　　誰(たれ)か能(よ)く滄海(そうかい)を釀(かも)し

盡醉區中民　　　尽(ことごと)く区中の民を酔わしめん

 

【語釈】

古…古い理想の時代。醉鄉…酒に酔うだけで酔い理想の世界。羲皇淳…帝王伏羲の純朴さ、極めて純朴でのんびりした世界。聖教…聖人の教え。神…人力では計り知れない不思議さ。滄海…大海。釀…醸して酒にする。區中…世界中。

 

（中国詩人選集第二集　９）

 

 

 

★金　元好問　　　　落魄　　　           落魄(らくはく)  　

落魄宜多病　　　落魄(らくはく) 多病に宜(よろ)し

艱危更百憂　　　艱危(かんき) 更に百憂

雨聲孤館夜　　　雨声(うせい) 孤館の夜

草色故園秋　　　草色 故園の秋

行役魚赬尾　　　行役 魚(ぎょ) 赬(てい)尾(び)

歸期烏白頭　　　帰期 烏(う) 白頭(はくとう)

中州遂南北　　　中州(ちゅうしゅう) 遂に南北

殘息付悠悠　　　残(ざん)息(そく) 悠々(ゆうゆう)に付かんか

 

【語釈】

落魄…落ちぶれたさま。宜…ふさわしい。艱危…国難。孤館…一軒家。行役…戦に行くこと。赬尾…赤い尾、魚が疲労すると尾が赤くなるという。歸期…故郷に帰る時。中州…中国、ここでは金の領土。南北…蒙古軍によって国が二分された。殘息…余生。悠悠…世間の煩わしさから離れてのどかな生活を送ること。

 

（漢詩大系　２０）

 

 

 

★元　薩都剌(さつとら)　　　　雪中渡江過山飲暘谷簡上人房 其二

　　　　　雪中(せっちゅう)に江を渡り山を過ぎ暘谷(ようこく)の簡(かん)上(しょう)人(にん)の房にて飲む　其二　　

 

山酒吹香出小槽　　　　山酒(さんしゅ) 香を吹き 小槽(しょうそう)より出で　

燈前痛飲汚青袍　　　　灯前(とうぜん)に痛(つう)飲(いん)して 青袍(せいほう)を汚(け)がす　

夜深夢醒知何處　　　　夜深くして 夢醒(さ)むれば 何処(いずこ)なるかを知らんや　

老鶴一聲山月髙　　　　老鶴(ろうかく) 一声(いっせい) 山(さん)月(げつ)髙し　

 

【語釈】

暘谷…日出づる処。簡上人…簡という僧侶。房…家。山酒…山村で醸（かも）した酒。吹香…香りが噴き出す。小槽…水、酒などを入れる器。青袍……青衫で、ひとえの短い衣で、地位の低い官吏の着る服。知何処…どこにいることやら（分かろうか）。

 

 

（詩詞世界）

 

★明　高啓(こうけい)　　　　　出郭舟行避雨樹下　　 郭(かく)を出で舟行(しゅうこう)して雨を樹下(じゅか)に避く　　

一片春雲雨満川　　　　　一片の春(しゅん)雲(うん) 雨 川に満つ　

漁簑欲借苦無縁　　　　　漁簑(りょうさ) 借りんと欲して 縁なきに苦しむ　

多情水廟門前柳　　　　　多情の水(すい)廟(びょう) 門前の柳　

遮我孤舟半日眠　　　　我が孤(こ)舟(しゅう)を遮(さえ)ぎって 半日眠る　

 

【語釈】漁簑…漁夫の着る蓑。水廟…竜王の廟

 

 

 

関連詩句

　「兩行綠樹當隋岸，一片春雲限楚天。」（北宋·張耒）

「澗陵望斷憶玄暉，一片春雲渭水涯。」（南宋·何夢桂）

「退朝西殿承平日，一片春雲奏鳳笙。」（元·薩都剌）

「一片春雲出岫飛，長松猶挂女蘿衣。」（元末明初·胡奎）

 

 

★明　高啓　　　　　雨中閒臥　　　        雨中閑臥(うちゅうかんが)

 

牀隠屏風竹几斜　　　牀(しょう)は屏風(へいふう)に隠(よ)り 竹几(ちくき)は斜めなリ

臥看新燕到貧家　　　臥(ふ) して看る 新燕(しんえん)の貧家(ひんか)に到るを

閒居心上渾無事　　　閑居(かんきょ) 心上(しんじょう) 渾(す)べて事(こと)無く

対雨唯憂損杏花　　　雨に対して唯(た)だ憂(うれ)う 杏(きょう)花(か)を損(そこな)わんことを

 

【語釈】

牀…寝台。竹几…竹製の机。新燕…始めてきた燕。閒居…閑でいること。心上…身の上。体。

 

 

★明　高啓　　　　　階前苔　　            階前(かいぜん)の苔(こけ)　

莫掃雨餘緑　　　　掃(はら)う莫(な)かれ 雨(う)世(よ)の緑　

任滿閒階路　　　　満(み)つるに任(まか)せよ間(かん)階(かい)の路(みち)　

留藉落來花　　　　留(とど)めて落ち来る花に藉(し)き　

春泥免相汙　　　　春泥(しゅんでい)の相(あい)汚(よご)すを免(まぬが)れしめん　

 

【語釈】

掃…掃き捨てる。雨餘…雨上がり。緑…苔のこと。閒階…階段。藉…敷物となる。春泥…春の泥。

 

 

★明　高啓　　　　　春日憶江上二首　其一　春日(しゅんじつ) 江上(こうじょう)を憶(おもう)う二首　其の一

 

一川流水半村花　　　　一川(いっせん)の流水(りゅうすい) 半村(はんそん)の花　

旧屋南隣是釣家　　　　旧屋(きゅうおく)の南隣(なんりん) 是(こ)れ釣家(ちょうか)　

長記歸篷載春醉　　　　長(とこし)えに記す 帰篷(きほう)に春酔(しゅんすい)を載(の)せ　

雲籠残照雨鳴沙　　　　雲は残照(ざんしょう)を籠(こ)め 雨は沙(すな)に鳴りしを　

 

【語釈】

江上…川の畔。半村…村の半分（を蔽う）。旧屋…古い建物。釣家…漁夫の家。帰篷…帰りの苫舟。春酔…春の快い酔いこごち。籠…おおう。残照…夕日

 

関連詩句

　「指點東城歸路窵，一川流水閙棲鴉。」（宋·王之道）

「四坐春山有秋色，一川流水見桃花。」（元·吳當）

　「四壁青山列畫圍，一川流水逐驂騑。」（明·韓邦奇）

「數㸃寒鴉投逺樹，一川流水遶孤村。」（清·田雯）

 

 

★明　高啓　　　　　採茶詞　　            採(さい)茶(ちゃ)詞(し)　　　

雷過溪山碧雲暖　　　雷 過ぎて 溪山(けいざん) 碧(へき)雲(うん)暖かに

幽叢半吐槍旗短　　　幽叢(ゆうそう) 半ば吐く 槍旗の短きを

銀釵女兒相應歌　　　銀釵(ぎんさ)の女兒 相応(あいおう)歌(か)し

筐(かたみ)中摘得誰最多　　　筐(きょう)中(ちゅう) 摘(つ)み得るは 誰か最も多き

歸來清香猶在手　　　帰り来たりて 清香 猶手に在(とどま)るに

高品先將呈太守　　　高品(こうひん)は 先ず将(も)って 太守に呈(てい)す

竹爐新焙未得嘗　　　竹(ちく)炉(ろ) 新たに焙(あぶ)れども 未だ嘗(あじわう)を得ず

籠盛販與湖南商　　　籠に盛りて 販(う)りて与う 湖南の商

山家不解種禾黍　　　山家(さんか)は解(よ)くせず 禾(か)黍(しょ)を種(う)うるを

衣食年年在春雨　　　衣食年年 春雨に在り

 

【語釈】

雷過…啓蟄の頃、茶摘みの季節。碧雲…碧色の雲。幽叢…静かな深い茂み。槍旗…茶の葉の形を形容する言葉。釵…斜めに突き刺す簪。筐…かご。高品…高級品。竹爐…茶をあぶる炉。湖南商…湖南省から来る商人。禾黍…稲ときび、作物。

 

（中国漢詩人選集２－１０）

 

関連詩句

　「銀釵女兒鬦顏色，一聲夢覺聞清歌。」（明·徐庸）

　「銀釵女兒脂粉香，竹枝歌裏唱悠揚。」（明·徐庸）

　「衣食年年半有無，冷風寒雨在江湖。」（明·鄭文康）

★清　朱佩(しゅはい)蘭(らん)　　　　傷心最是無家客，衣食年年出硯田。」（清·）

 

★明　高啓　　　　  偶睡　　　　         偶睡(ぐうすい)　　　　　

竹間門掩似僧居　　　　竹間(ちくかん) 門は掩(とざ)されて 僧(そう)居(きょ)に似たり　

白荳花開片雨餘　　　　白荳(はくとう) 花は開く 片(へん)雨(う)の余(よ)　

一榻茶烟成偶睡　　　　一榻(いっとう)の茶煙 偶睡(ぐうすい)を成し　

覺來猶把讀殘書　　　　覚(さ)め来たれば 猶(なお)お把(にぎ)る 読残(どくざん)の書　　

 

【語釈】

偶睡…たまたま眠の睡り。僧居…寺。片雨…ある地域の一部分にだけ降る雨。餘…あと。榻…こしかけ。茶煙…茶を沸かす煙。覚来…目覚めてくる・猶…なおまだ。把…手に取る。持つ。読残書…読みかけの本。

 

（詩詞世界）　　

 

関連詩句

　「醉後回橈沖宿鷺，竹間門掩曲房深。」（明·鄧雲霄）

「步到上方殊寂寞，竹間門掩老僧棲。」（晚清·林占梅）

「一榻茶煙清夢熟，因思松瀑灑冰簾。」（元·錢惟善）

「一榻茶煙清似水，金釵劃作斷腸紋。」（明·王彥泓）

「一榻茶煙晝掩關。杏花消息燕鶯瞞。」（清·吳藻）

 

★明　高啓　　      山中別寧公歸西塢　　 山中にて寧(ねい)公(こう)の西塢(せいお)に帰るに別る

一上香臺看落暉　　　　一たび 香(こう)台(だい)に上って 落暉(らっき)を看る　

沙村孤樹晚依依　　　　沙(さ)村(そん) 孤樹(こき) 晩(くれ)に依依たり　

老僧不出青山寺　　　　老僧は出(い)でず 青山(せいざん)の寺　

只有鐘聲送客歸　　　　只(た)だ 鐘声(しょうせい)の 客(きゃく)の帰るを送る有り　

 

【語釈】

寧公…寧殿、人物不詳。西塢…浙江省寧波市？。香臺…仏殿。落暉…沙村…砂浜の村。夕日。依依…遠くぼんやりとしたさま。青山…隠逸の地。

 

関連詩句

　「老僧不出迎朝客，已住上方三十年。」（中唐·賈島）

 

★明　高啓　　　    蜀山書舎図　　　     蜀山(しょくざん)の書舎(しょしゃ)の図　　

山月蒼蒼照煙樹　　　　山(さん)月(げつ) 蒼々(そうそう)として 樹を照らす　

碧浪湖頭放船去　　　　碧浪(へきろう)湖頭(ことう) 船を放ちて去(ゆ)く　

隔林夜半見孤燈　　　　林を隔(へだ)てて 夜半 孤(こ)燈(とう)を見れば　

知是幽人読書処　　　　知る 是(こ)れ 幽人(ゆうじん) 書を読む処(ところ)　

 

【語釈】

蜀山…所在不明。書舎…書斎。山月…山の上にかかった月。蒼蒼月が青白いさま。煙樹…霞の中にかすんで見える木々。碧浪湖頭、碧浪湖のほとり、現在の碧浪湖は、浙江省湖州市呉興区にある川の名。孤灯…ぽつんと一つ灯っているともし火。幽人…俗世間を避けてひっそりと暮らしている人。

 

(Web漢文大系)

 

関連詩句

　「直哭的山月蒼蒼。野猿啼老松枝上。」（元·宮大用）

　「孤琴引興靑山墅，山月蒼蒼鳥聲曙。」（明·郭厪）

　「碧浪湖頭翰墨香，山蜂遊趂午陰涼。」（元·張雨）

　「偶然將作清漪看，碧浪湖頭一釣艖。」（明·王世貞）

　「門前雙桂更作門，路人知是幽人屋。」（南宋·楊萬里）

　「恠來落葉兼風下，知是幽人讀楚騷。」（明·李東陽）

　「微渺叢樹兩間屋，知是幽人舊薖軸。」（明·沈守正）

 

 

 

★明　高啓　　　　　逢呉秀才復歸江上　　 呉(ご)秀才(しゅうさい)と逢(あ)い復(ま)た江上(こうじょう)に帰る　　

江上停舟問客蹤　　　　江上(こうじょう) 舟を停(と)どめ 客(かく)縦(しょう)を問う　

亂前相別亂餘逢　　　　乱前(らんぜん) 相別(あいわか)れ 乱余(らんよ)に逢う　

暫時握手還分手　　　　暫時(ざんじ) 手を握り 還(ま)た手を分つ　

暮雨南陵水寺鐘　　　　暮雨(ぼう)の南陵(なんりょう)　水寺(すいじ)の鐘　

 

【語釈】

秀才…学者、知識人階級のこと。復…ふたたび。江上…河の畔、川の水面。客蹤…旅人としての行跡。亂…元末の張士誠の叛乱。餘……後。暫時…しばらくの間。還…また。南陵…地名。水寺…水辺にある寺。

 

（詩詞世界）

 

関連詩句

　「江上停舟潮未回，漢安時事入重思。」（宋末元初·釋雲岫）

　「林間觧珮傷薋菉，江上停舟感揭車。」（元末明初·劉崧）

　「江上停舟繫水楊，伴人鷗鳥自成行。」（明·皇甫汸）

「江上停舟望九華，水雲如障卷晴霞。」（明·李震）

 

 

★明　高啓　　　　　送呂卿　　           呂卿を送る　

 

遠汀斜日思悠悠　　　　遠汀(おんてい) 斜(しゃ)日(じつ) 思い悠々(ゆうゆう)　

花拂離觴柳拂舟　　　　花は離觴(りしょう)を払い 柳は舟を払う　

江北江南芳草徧　　　　江北 江南 芳(ほう)草(そう) 遍(あまね)し　

送君併得送春愁　　　　君を送って 併せて春愁(しゅんしゅう)を送るを得たり　

 

【語釈】

呂卿…呂殿。遠汀…遠くまで引いたみぎわ。斜日…夕日。悠悠…うれえるさま。離觴…別れの坏。春愁…春の愁い。

 

関連詩句

　「瀼東瀼西一萬家，江北江南春冬花。」（唐·杜甫）

　「夾河爲郡不如古，江北江南作冗官。」（北宋·梅堯臣）

　「春風春雨花經眼，江北江南水拍天。」（北宋·黄庭堅）

「田夫田婦肩頳擔，江北江南家滌場。」（北宋·黄庭堅）

 

★明　高啓　　　　　江村即事　　　       江村(こうそん)即事(そくじ)　　　

野岸江村雨熟梅　　　　野(や)岸(がん)　江村(こうそん)　雨　梅を熟(じゅく)す　

水平風軟燕飛迴　　　　水　平らかにして風軟らかく燕は飛回(ひかい)す　

小舟送餉荷包飯　　　　小舟(しょうしゅう)　餉(かれいい)を送る荷(か)包(ほう)の飯(いい)　

遠旆招沽竹醞醅　　　　遠旆(えんはい)　招いて(まねいて) 竹醴(ちくうん)醅(ばい)を売る　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　

 

【語釈】

野岸…野原を流れる川の岸。江村…川のほとりの村。餉…弁当。荷包…腰などに付ける物入れ。旆…旗。竹醞醅…竹の中で醸したどぶろく。

 

★明　高啓　　　　　梅花六首其一　　     梅花(ばいか)六首其の一　　　

瓊姿只合在瑤臺　　　　瓊姿(けいし) 只(ただ)合(まさ)に 瑤(よう)台(だい)に在るべし　

誰向江南處處栽　　　　誰(たれ)か江南(こうなん)に向(む)かって 処々(しょしょ)に栽(う)えたる　

雪滿山中高士臥　　　　雪満(み)ちて山中 高士(こうし)臥(が)し　

月明林下美人來　　　　月明らかにして林下(りんか) 美人来(きた)る　

寒依疎影蕭蕭竹　　　　寒(かん)は依(よ)る疎(そ)影(えい) 蕭々(しょうしょう)の竹　

春掩殘香漠漠苔　　　　春は掩(おお)う残(ざん)香(こう) 漠々(ばくばく)の苔(こけ)　

何郎去自好詠無　　　　何郎(かろう)去って自(よ)り 好詠(こうえい)無し　

東風愁寂幾回開　　　　東風(とうふう)愁(しゅう)寂(せき) 幾回(いくかい)か開く　

 

【語釈】

瓊姿…清らかに美しい姿（梅のこと）、瑶台…仙人の住むうてな。江南…長江の南側の地方、江蘇，安徽、江西省の地域。高士…高尚な人（梅のこと）。美人…梅をさす。依…寄り添う。疎影…疎らな花の陰…蕭蕭…物寂しい様。残香…花が落ちた後の香。漠漠…一面に広がっているさま。何郎…梁の詩人の何遜、揚州の官舎にあった梅を見たいばかりに、転勤した。愁寂…寂しいこと。

 

 

関連詩句

　「吟成枕上呼兒寫，雪滿山中謝客眠。」（明末清初·錢澄之）

　「風來江上波濤闊，雪滿山中草木寒。」（清·何其超）

「雪滿山中無蠟屐，掩關寂寂夕陽瀋。」（清·吳蘭畹）

　「月明林下獨凝神，疏影橫斜爲寫真。」（明·謝五娘）

　「風起窗前聞解籜，月明林下堪容屐。」（清·曹貞吉）

　「春掩殘香烟漠漠，曙分疎影月冥冥。」（明·劉師邵）

　「卻憶江南碧桃樹，東風愁寂為誰開。」（清·屠寄）

 

★明　高啓　　　　　梅花六首 其三　　　  梅花(ばいか)六首 其の三

　　

翠羽驚飛別樹頭　　　翠羽(すいう) 驚きて飛ぶ 別樹の頭(いただき)

冷香狼藉倩誰收　　　冷(れい)香(こう) 狼藉(ろうぜき) 誰(たれ)を倩(かり)て收めん

騎驢客醉風吹帽　　　驢(ろ)に騎する客酔いて  風に帽を吹かれ

放鶴人歸雪滿舟　　　鶴を放つ人帰りて 雪 舟に満つ

淡月微雲皆似夢　　　 淡月(たんげつ) 微(び)雲(うん) 皆夢に似たり

空山流水獨成愁　　　空山 流水 独り愁を成す

幾看孤影低佪處　　　幾(いくたび)看る 孤影 低佪する処

只道花神夜出遊　　　只だ道う 花神　夜出でて遊ぶと

 

【通釈】

翠羽…うぐいす。冷香…冷たい梅の花の香り。狼藉…占め尽くしているの意。倩…借りる､手助けしてもらう。驢…ろば。放鶴人…林逋のこと、梅を妻とし鶴を子として故山に隠棲した。淡月…おぼろ月。空山…人気のない山。低佪…彷徨う。

 

（漢詩大系２１）

 

関連詩句

　「曉來翠羽驚飛去，應爲煙鐘樹杪撞。」（南宋·劉克莊）

　「翠羽驚飛江上鳥，白蘋開滿江邊花。」（清·黄琮）

　「放鶴人歸惟野鳥，釣魚船冷有眠鷗。」（明末清初·彭孫貽）

　「淡月微雲對倚樓，無聲河漢自西流。」（南宋·吳儆）

　「三花兩蘂開枝上，淡月微雲動水邊。」（南宋·釋元肇）

　「淡月微雲窺色相，曇花時現法輪中。」（明·蘇學程）

　「空山流水空流花，飄然已去凌青霞。」（北宋·歐陽修）

　「别後空山流水裏，不知幾度碧桃開。」（元末明初·徐賁）

「鼓罷瑶琴策杖還，空山流水聴潺潺。」（元末明初·陶安）

　「絶壑寒林惟有月，空山流水四無鄰。」（明·蘇平）

★明　高啓　　　　　梅花六首 其六　　　  梅花(ばいか)六首 其の六　　　

斷魂只有月明知　　　断(だん)魂(こん) 只(た)だ 月明(げつめい)の知る有り

無限春愁在一枝　　　無限の春愁(しゅんしゅう) 一枝に在り

不共人言唯獨笑　　　人と共に言わず 唯だ独り笑(え)み

忽疑君到正相思　　　忽(たちま)ち君の到るかを疑い 正(まさ)に相思(あいおも)う

歌殘別院燒燈夜　　　歌は残る 別院に灯を燒く夜

妝罷深宮覽鏡時　　　妝(そう)は罷(や)む 深宮に鏡を覧(み)る時

舊夢已隨流水遠　　　旧夢(きゅうむ) 已に 流水に従いて遠く

山窗聊復伴題詩　　　山窓 聊(いささ)か復(ま)た伴いて 詩を題せり

 

【語釈】

斷魂…魂を断つほど心に染みる想い。春愁…春のもの悲しさ。相思…相手のことを思う。別院…別の建物。妝…よそおい。深宮…宮殿や家の奥深い所。舊夢…過ぎ去ったはかないこと

 

（漢詩大系２１）

 

関連詩句

　「醜怪驚人能嫵媚，斷魂只有曉寒知。」（宋·蕭德藻）

　「傷心日暮煙霞起，無限春愁生翠眉。」（唐·張祜）

「無限春愁莫相問，落花流水洞房深。」（唐·趙嘏）

「澠池城郭半遺基，無限春愁挂落暉。」（唐末·吳融）

 

 

★明　高啓　　　　　早春寄王行 　　      早春 王(おう)行(こう)に寄す

江水江花只自春　　　江水 江花 只だ自(おのずか)ら春なり

不知容易解愁人　　　知らず 容易に 人を愁えしむるを解すを

山川寂寞衣冠泪　　　山川 寂寞(せきばく) 衣冠の泪(なみだ)

今古消沈簡冊塵　　　今古 消沈(しょうちん) 簡冊(かんさつ)の塵　　　

草草逢人空識面　　　草々(そうそう) 人に逢い 空しく面を識り

匆匆為客莫容身　　　匆々(そうそう) 客と為りて 身を容(い)るる莫(な)し

十年憂患誰相慰　　　十年の憂患(ゆうかん) 誰か 相慰さむ

賴得君家是近鄰　　　賴(さいわい)に 君が家 是れ近鄰なるを得たり

 

【語釈】

王行…元明間　蘇州の人、北郭十才子の一人。寂寞…ひっそりとして物寂しいさま。衣冠…着物と冠、礼装。消沈…活気がなくなる。簡冊…竹簡から転じて手紙。草草…はやばや。匆匆…忙しいさま、あわただしいさま。憂患…心配ごと。

 

（國譯漢文大成）

 

関連詩句

　「人生有情淚霑臆，江水江花豈終極。」（唐·杜甫）

　「臨江把臂難再得，江水江花豈終極。」（北宋·王安石）

「江水江花同臭味，海南海北各山川。」（北宋·謝逸）

「江水江花自今古，湖南湖北足風濤。」（宋·王庭珪）

　「山川寂寞繁華後，都邑蕭條魚鳥閒。」（北宋·張耒）

「山川寂寞客子迷，草木揺落壯士悲。」（南宋·陸游）

「山川寂寞非常態，市井蕭條似破村。」（宋末元初·汪元量）

「山川寂寞英雄死，有客悲歌吊黍离。」（明·朱謀㬜）

　「今古銷沉幾項斯，由來作者不祈知。」（宋·曾由基）

「今古消沉詩句裏，河山浮動酒杯中。」（金·劉昻霄）

　「今古銷沈餘釣艇，斷腸重聽暮潮聲。」（明末清初·施閏章）

　「迎晖山下此来游，草草逢人易唱酬。」（清·董玚）

　「事國十年憂患同，酣歌幾日暫相從。」（北宋·歐陽修）

　「 十年憂患本誰知，慚愧仙翁有舊期。」（北宋·蘇轍）

「牢落雙泉一病翁，十年憂患掃還空。」（宋·李光）

　「相對小窗賓客散，十年憂患不須論。」（宋·李光）

 

★明　高啓　　　　　初夏江村　　　　     初夏の江村　

　　

輕衣軟履步江沙　　　　軽衣(けいい) 軟(なん)履(り) 江沙(こうさ)を步く　

樹暗前村定幾家　　　　樹暗くして 前村(ぜんそん)定めて 幾ばくの家ぞ　

水滿乳鳧翻藕葉　　　　水満ちて　乳鳧(にゅうふ) 藕(ぐう)葉(よう)を翻(ひるが)えし　

風疏飛燕拂桐花　　　　風疏(そ)にして 飛燕(ひえん) 桐(とう)花(か)を払う　

渡頭正見橫漁艇　　　　渡頭(ととう) 正(まさ)に見る漁(りょう)艇(てい)の橫(よこ)わるを　

林外時聞響緯車　　　　林外(りんがい) 時に聞く 緯車(いしゃ)の響くを　

最是黃梅時節近　　　　最も是(こ)れ 黃(こう)梅(ばい)の時節(じせつ)近く　

雨餘歸路有鳴蛙　　　　雨余(うよ)の帰路(きろ) 蛙(かわず)の鳴く有り。　

 

【通釈】

輕衣…軽快な着物。軟履…柔らかい靴。江沙…河原の砂。前村…行く手の村。乳鳧…鴨の雛。藕葉…蓮の玻。渡頭…渡し場。緯車…糸車。黃梅時節…海の実の色づく季節。雨餘…雨上がり。

 

(中国詩人選集）

 

関連詩句

　「雨餘歸路淨朝塵，草色新州又一新。」（明·龐嵩）

 

★明　高啓　　　　　次韻西園公詠梅二首其二　

西園(せいえん)公(こう)の梅を詠ずに次韻す二首其の二

　　

雪中無伴只孤芳　　　雪中 伴無く 只だ 孤(こ)芳(ほう)

倚竹元非翠袖妝　　　竹に倚(よ)るも 元 翠(すい)袖(しゅう)の妝(よそお)に非らず

馬上忽逢臨水驛　　　馬上 忽ち逢う 水に臨む駅　

鶴邊忽見向山房　　　鶴(かく)辺(へん) 忽ち見る 山に向かう房(ぼう)

春愁寂寞天應老　　　春愁 寂寞(せきばく)として 天 応(まさ)に老ゆべし

夜色朦矓月亦香　　　夜色 朦矓(もうろう)として 月 亦(ま)た香る

此地一尊聊自戀　　　此の地 一(いっ)尊(そん)　聊(いささ)か自(おのずか)から恋ゆ

揚州迴首已淒涼　　　揚州 首(こうべ)を迴(めぐ)らせば 已に淒(せい)涼(りょう)

 

【語釈】

孤芳…独りだけ良い香りを放って咲いている。翠袖…青緑色の衣の袖、女性の衣服を示す。鶴邊…鶴のいるあたり。春愁…春の愁い。寂寞…ひっそりとして物寂しいさま。夜色…夜の景色、気配。一尊…一樽の酒。揚州…江蘇省楊州市。淒涼…物寂しい。

 

（國譯漢文大成）

 

関連詩句

　「春愁寂寞天應老，夜色朦朧月亦香。」（ 元末明初·髙啓）

 

 

★明　高啓　　　　　尋胡隱君　　　　　   胡隠君を尋ぬ　　

 

渡水復渡水　　　　水を渡り 復(ま)た水を渡り　

看花還看花　　　　花を看(み) 還た花を看(み)る　

春風江上路　　　　春風(しゅんぷう) 江上(こうじょう)の路　

不覺到君家　　　　覚えず 君が家に到る　

 

【語釈】

胡隱君…胡という名前の隠者、詳細不明。　水…川。

 

 

 

★明　高啓　　　　　送前進士夏尚之歸宜春　

前進士(ぜんしんし)夏(か)尚(しょう)が之(ゆ)きて宜(ぎ)春(しゅん)に帰るを送る

淒涼庾開府　　淒(せい)涼(りょう) 庾(ゆ)開府(かいふ)

老去復如何　　老去りて 復(また) 如何(いかん)

故國歸鴻少　　故国 帰(き)鴻(こう) 少なく

新朝振鷺多　　新朝 振(しん)鷺(ろ) 多し

菊荒應自嘆　　菊荒れて応に自(おのず)ら嘆じ

麥秀竟誰歌　　麦秀で 誰が歌か竟(つ)きる

相送堪愁思　　相送りて 愁思に堪えたり

蕭蕭楚水波　　蕭々たり 楚水の波

 

【語釈】

夏尚…人名。宜春…江西省西部の地級市。淒涼…痛ましい。庾開府…北周の文学家 庾信のこと。南陽郡新野県の人。南朝の梁に生まれ、前半生は皇太子蕭綱（後の簡文帝）配下の文人として活躍した。侯景の乱後の後半生は、やむなく北朝の北周に身を置くことになり、代表作「哀江南賦」をはじめ、江南を追慕する哀切な内容の作品を残した。愁思…悲しみ愁う物思い。蕭蕭…寂しいひっそりとしたさま

 

★明　高啓　　　　　步至東皋　　　步(ほ)して東皋(とうこう)に至る　　　

斜日半川明　　　　斜(しゃ)日(じつ) 半川(はんせん)明るく　

幽人每獨行　　　　幽人(ゆうじん) 每(つね)に独(ひと)り行(あゆ)む　

愁懷逢暮慘　　　　愁懷(しゅうかい) 暮に逢いて慘(さん)たり　

詩意入秋清　　　　詩意 秋に入りて清し　

鳥啄枯楊碎　　　　鳥は啄(ついば)ばみて 枯楊(こよう)碎(くだ)け　

蟲懸落葉輕　　　　虫は懸(か)かりて 落葉軽(か)ろし　

如何得歸後　　　　如何(いかん)んぞ 帰り得たりし後　

猶似客中情　　　　猶(なお)お客中(かくちゅう)の情(じょう)に似たるや　

 

【語釈】

東皋…東の水辺の土地。斜日[h5] …夕日。半川…川の半分。幽人…自然の豊かさを愛する人（自分の事）。愁懷…心にわだかまる愁。慘…深刻になる。詩意…詩を作ろうとする心。枯楊…枯れたネコヤナギ。蟲懸…蓑虫のような虫がぶら下がる。如何…どうしてか。客中…たびの途中[h6] 。情…心

(中国詩人選集)

 

 

★明　高啓　　　　　雨篷　　　　　雨篷(うほう)　

　　　　

楚雨滿汀洲　　　楚雨(そう) 汀(てい)洲(しゅう)に満ち

瀟瀟灑客舟　　　瀟々(しょうしょう)として 客舟(かくしゅう)麗(うるわ)し

夢驚孤枕夜　　　夢は驚く 孤(こ)枕(ちん)の夜

愁掩一篷秋　　　愁は掩う 一篷(いっぽう)の秋

葦葉寒相戰　　　葦(い)葉(よう)は 寒(かん)に相(あい)戦(そよ)い

灘聲暗共流　　　灘声(たんせい)は 暗く共に流る

此時湘浦上　　　此の時 湘(しょう)浦(ほ)の上

同聽隻沙鷗　　　同に聽くは 隻(た)だ沙鷗(さおう)

 

【語釈】

雨篷…雨に濡れた舟の覆い。楚雨…楚の地の雨。汀洲…なぎさと中州。瀟瀟…雨がもの寂しく降るさま。夢驚…夢が覚める。孤枕…独り寝。一篷…一つの舟、孤舟。葦葉…葦の葉。灘聲…急流の音。相戰…そよぐ。湘浦…湘水の入り江。隻…一つの。

 

 

★明　高啓　　　　　水上盥手　　  水上に手を盥(あら)う　　　　

盥手愛春水　　　手を盥(あら)いて 春水を愛す

水香手應綠　　　水は香しく 手 将(まさ)に緑なり

沄沄細浪起　　　沄々(うんうん)として 細浪(さいろう)起り

杳杳驚魚伏　　　杳々(ようよう)として 驚魚(けいご)伏す

惆悵坐沙邊　　　惆悵として 沙辺に坐す

流花去難掬　　　流花 去さりて 掬(すく)い難し

 

【語釈】

盥…手を洗う。沄沄…水の豊かに漲ること。杳杳…暗いさま、遙かなさま。惆悵…痛み悲しむさま

 

（漢詩大系　２１）

 

★明　高啓　　　　　悲歌　　悲歌(ひか) 　

 

征途險巇　　　征途(せいと) 險巇(けんぎ)

人乏馬飢　　　人乏(つか)れ 馬飢えたり

貧少不如富老　　　富老は 貧少に如かず

美遊不如惡歸　　　美遊(びゆう)は 惡(あく)帰(き)に如かず

浮雲隨風　　　　　浮雲は 風に隨い

零亂四野　　　　　四(し)野(や)に 零(れい)乱(らん)す

仰天悲歌　　　　　天を仰いで 悲歌すれば

泣數行下　　　　　泣(なみだ) 数行(すうこう)下る

 

【語釈】

征途…旅の途中。險巇…険しい。美遊…楽しい旅。惡歸…傷つき帰る喜び。零亂…乱れ落ちること。

 

（漢詩大系２１）　　（捜韻と違いあり）

 

 

★明　袁凱(えんがい)　　　　　京師得家書 　　　京師(けいし)にて家書(かし)を得たり

 

江水三千里　　　江水 三千里

家書十五行　　　家書(かしょ) 十五行

行行無別語　　　行々 別語無し

只道早還鄉　　　只道(い)う 早く 鄉に還(かえ)れと

 

【語釈】

江水 … 長江の流れ。三千里 … 都の南京から作者の故郷、松江県華亭までの距離。家書…家からの手紙。行行 …どの行にも。毎行。別語 … ほかの言葉。

 

（元明詩概説）

 

 

★明　袁(えん)宏道(こうどう)　　　　謝于楚由川入楚將東歸歙復北上有姬在燕也

　　　　謝于楚(しゃうそ) 川由(よ)り楚に入り　将に東のかた歙(きゅう)に帰り復(ま)た北上せんとす、姬の燕(えん)に在ある有れば也

 

蹄輪汨汨幾曾閒　　　蹄輪(ていりん) 汨汨(いついつ) 幾(なん)ぞ曾(かつ)て閑(かん)ならん

鬢髪蕭騷塵滿顏　　　鬢髪蕭騷(びんはつしょうそう) 塵は顏に満てり

巻裏携來三峽水　　　巻(けん)裏(り) 携え来る　三峽の水

夢中吟去九華山　　　夢中 吟じ去る 九華山

一江春月浮輕舸　　　一江の春月 軽舸(けいか)を浮かべ

萬樹濃花念小鬟　　　満樹の濃花 小鬟(しょうかん)を念(おも)う

世態飽經鹹苦盡　　　世態 飽くまで 鹹(かん)苦(く)を経尽(へつ)くす

爭如歸臥酒壚間　　　争(いか)でか 如(し)かん 酒壚(しゅろ)の間に帰臥(きが)するに

 

【語釈】

謝于楚…作者の詩友。川…四川。歙…安徽省の南西の境に近い県、墨の産地として有名。姫…謝于楚の若い妻。燕…北京。蹄輪…馬車。汨汨…水が流れるように、先へ先へと進むさま。幾曾…何曾よりも口語的な言葉。閒…閑でゆったりしたさま。蕭騷…髪がほつれたさま。巻裏…詩巻の中。九華山…安徽省の青陽県にある山。小鬟…かわいい小娘、謝于楚の妻。

 

（中国詩人選集二―１１）

 

★明　袁宏道　　　　感事　　　　　  事に感ず

　　

湘山晴色遠微微　　　湘山の晴色 遠く微々たり

盡日江頭獨醉帰　　　尽日(じんじつ) 江頭に独(ひと)り酔いて帰える

不見兩関傳露布　　　見ず　両関(りょうかん)の露(ろ)布(ふ)を伝うるを

尚聞一殿未垂衣　　　尚お聞く  一(いち)殿(でん) 未だ衣を垂れずと

邊籌自古無中下　　　辺籌(へんちゅう) 古(いにしえ) 自(よ)り中下無し

朝論于今有是非　　　朝論 今に于(お)いて是非有り

日暮平沙秋草亂　　　日暮 平沙(へいさ) 秋草乱れ

一雙白鳥避人飛　　　一双の白(はく)鳥(ちょう) 人を避けて飛ぶ　

 

【語釈】

湘山…洞庭湖の東にそびえる秀麗な山。微微…奥深く静かなさま。盡日…終日。兩関…二つの国境の要地。露布…勝ち戦の報告。垂衣…天子が政治を行うこと（曉瞬の故事）。邊籌…辺境に対する戦略と政策。朝論…朝廷に於いて行われる議論。是非…ああだこうだという論争。平沙…平で広い砂原、砂漠。

 

（中国詩人選集二－１１）

 

★明　袁宏道　　　　江上送別　　　　江上の送別　

　　

颯颯征鴻帶雨飛　　 颯々(さつさつ)として征(せい)鴻(こう) 雨を帶びて飛び

孤帆無計駐斜暉　　　孤帆 斜暉(しゃき)を駐むるに計(すべ)無し

西風蘭杜香流水　　　西風 蘭(らん)杜(と)は流水に香しく

落日雲霞浣客衣　　　落日 雲霞(うんか)は客(かく)衣(い)を浣(あら)う

野店無人花自發　　　野店 人無く 花 自(おのずか)ら発(ひら)き

秋江有路夢先歸　　　秋江　路有りて 夢 先に帰る

年來贈別傷同調　　　年來(ねんらい) 別れに贈るに 調べを同じゅうするを傷(いた)む

郢曲如君和者稀　　　郢曲(えいきょく) 君の如きひとには和する者稀なり

 

【語釈】

颯颯…風の吹く様、ここでは羽音をたてること。征鴻…空を渡っていく雁。斜暉…夕日。蘭杜…香りの高い秋の野草の一種。雲霞…夕焼け雲。客衣…旅人の衣。野店…野端の旅館。郢曲…素晴らしい曲（故事）、相手の別れの歌を褒めて言う。

 

（中国詩人選集二－１１）

 

★明　袁宏道　 　　 內に答う　　　  內(ない)に答う　

 

少年讀書求富貴　　　少年 書を読んで 富貴を求め　　

白手青龍能自致　　　白手もて 青竜を 能く自ら致さんとす

屈首空云事已成　　　首を屈して空しく云(い)う 事 已に成れりと

到頭轉覺官無味　　　到頭 転(うた)た覚ゆ 官の味無きを

一尺剛腸五尺身　　　一尺の剛(ごう)腸(ちょう) 五尺の身(しん)

我非兒女寧拜人　　　我 兒女(じじょ)に非ず 寧(いずく)んぞ人を拝せんや

萊子有妻終是隱　　　萊子(らいし)　妻有れども　終(つい)に是(こ)れ隠(かく)る

原憲無病莫憂貧　　　原憲(げんけん) 病無ければ 貧を憂(うれ)うる莫(な)かれ

我腕如綿面似紙　　　我が腕は綿の如く 面(めん)は紙に似たり　

未得一錢先羞死　　　未だ一銭を得ざるに先ず羞死(しゅうし)せんとす

書生無才不解貪　　　書生 才無く 貪(むさぼ)ることを解せず

不是將身比秋水　　　身を将(も)って秋水(しゅうすい)に比ぶるに是(あ)らず

 

【語釈】

内…妻。少年…若いとき。白手…素手。青竜…竜、科挙の試験を懸けたもの。屈首…身を屈して微官でいること。到頭…結局。萊子…春秋時代の楚の人、七十になっても、赤ん坊のマネをして、親を喜ばせたという。原憲…孔子の弟子で、貧困の中にあっても節を守った。羞死…恥ずかしさの余り死ぬ程の思いをする。不解…できない、そうする能力が無い。秋水…澄み切った物の喩え。

 

（中国詩人選集二－１１）

 

 

★明　袁宏道　　    暮春偕同署諸君子飲郭外

            　　　 暮春(ぼしゅん) 同署(どうしょ)の諸君子と偕(とも)に郭外に飲む

 

滑滑春流瀉縠紋　　　滑々(かつかつ)たる春流 縠(こく)紋(もん)を瀉(そそ)ぎ

嵐光映照石榴裙　　　嵐光(らんこう) 照し映ず 石榴裙(せきりゅうくん)

今朝止許談風月　　　今朝は止(た)だ風月を談ずることのみを許し

何日相從問水雲　　　何(いつ)の日か 相從(あいしたが)いて水雲を問わん

細雨乍收山鳥喜　　　細雨 乍(たちま)ち收まりて 山鳥喜び

亂畦行盡草花薰　　　乱(らん)畦(けい)　行尽くせば　草花薰(かお)る

海棠枝底烏紗側　　　海棠(かいどう)の枝底(してい)　烏紗(うしゃ)側(かたむ)くも

未覺飛觥到十分　　　未だ覚えず 飛觥(ひこう)の 十分に到れるを

 

【語釈】

滑滑…油のように滑らかなさま。縠紋…縮緬の縞模様。嵐光…明るい山の色。石榴裙…ツツジのように赤いスカート、妓女を指す。今朝…今日。相從…連れ立つ。亂畦…縦横に入り乱れたあぜ道。烏紗側…黒い紗の帽子が横にゆがむ、酩酊した様。飛觥…互いに坏を応酬し合うこと。

 

（中国詩人選集二－１１）

 

 

★明　袁宏道　      暑中舟行入村舍偕冷雲及明教居士其一

　　　　　　　　　暑中舟行して村舍に入る、冷雲及明教居士と偕(とも)たり 其一

深林棗實紅　　　深林 棗(えん)実(じつ)紅(あか)く

沙鳥立陰中　　　沙(しゃ)鳥(ちょう) 陰中(いんちゅう)に立つ

曠野雲燒日　　　広野 雲は日を燒(や)き

平川雨洗風　　　平川(へいせん) 雨は風を洗う

酒香知社近　　　酒は香りて社の近きを知り

村靜識年豐　　　村は静かにして年の豊かなるを識る

漸看河橋上　　　漸(ようや)く看る 河橋の上に

提擕有老翁　　　提携(ていけい)される 老(ろう)翁(おう)の有るを

 

【語釈】　

冷雲…中郎の同友だった僧侶の一人。明教居士…不詳。棗實…夏目の実。沙鳥…川の州に住む鳥。陰中…日陰。社…村祭り、ここでは秋社。漸…次第に。提擕…手を引かれる。

 

（中国詩人選集二－１１）

 

★明　袁宏道　      月下坐小閣 　　 月下小閣(げっかしょうかく)に坐す

 

雛女笑咿啞　　　雛(すう)女(じょ) 笑いて咿啞(いあ)

疏簾委委斜　　　疏(そ)簾(れん) 委々(いい)として斜めなり

酒澆清苦月　　　酒を澆(そそ)ぐ 清(せい)苦(く)の月

詩慰寂寥花　　　詩もて慰む 寂寥(せきりょう)の花

影落回風鴈　　　影は　風を回ぐる 鴈(かり)より落ち

光分坐樹鴉　　　光は樹に坐す鴉(からす)を分かつ

侍兒供茗碗　　　侍兒(じじ) 茗(めい)碗(わん)を供(きょう)す

幽事在山家　　　幽事(ゆうじ) 山家に在り

 

【語釈】

雛女…女の赤ん坊。咿啞…幼子が喋ったり笑ったりする声の形容。疏簾…粗い目の簾。委委…ゆったりとして落ち着いたさま。酒澆…澆酒、神や死者を祭るときに地面に酒を注ぐこと。清苦月…痛々しくも清らかな月。回風鴈…風に乗って舞っている鴉。分…分からせる。茗碗…お茶を入れた茶碗。幽事…この世ならぬ美の世界。

 

（中国詩人選集二－１１）

 

★清　呉(ご)偉業(いぎょう)　　　　梅村　　　      梅村(ばいそん)　　　

枳籬茅舎掩蒼苔　　　　　枳籬(きり) 茅舎(ぼうしゃ) 蒼(そう)苔(たい)掩(おお)う　

乞竹分花手自栽　　　　　竹を乞(こ)い 花を分(わか)ち 手(て) 自(みずから)ら栽(う)う　

不好詣人貪客過　　　　　人に詣(いた)るを好まず 客(かく)の過(よぎ)るを貪(むさぼ)り　

慣遅作答愛書来　　　　　遅く 答を作(つく)るに慣れて 書(しょ)の来たるを愛す　

閒窗聴雨攤詩巻　　　　　閑(かん)窓(そう)に雨を聴きつつ 詩巻(しかん)を攤(ひろ)げ　

独樹看雲上嘯台　　　　　独樹(どくじゅ)に雲を看つつ 嘯(しょく)台(だい)に上(のぼ)る　

桑落酒香盧橘美　　　　　桑落(そうらく)の酒(さけ) 香(かんば)しくして 盧(ろ)橘(きつ)美なり　

釣船斜繋草堂開　　　　　釣船(ちょうせん) 斜めに繋(つな)げば 草堂(そうどう)開く　

 

【語釈】

梅村…呉偉業の故郷太倉の西にあった山荘。枳籬…カラタチの垣根。茅舎…茅葺きの家。蒼苔…青い苔。手自栽…自分の手で植える。詣人…人を訪問する。過…やってくる。慣遅作答…返事を遅く書く。閒窗…静かな窓。詩巻…詩書。攤…ひろげる、開く。嘯台…、河南省尉氏県にあり、晋の阮籍がこの台に登って詩を吟じたと伝える場所，これにちなんで名付けた台？。桑落…酒の銘柄。盧橘…きんかん。釣船…釣り船。草堂…草葺きの家、自分の家を謙遜して言う。

 

（中国詩人選集　二－１２）

 

 

関連詩句

　「枳籬茆舍也生春，今雨欣逢客到頻。」（明末清初·汪琬）

「枳籬茅舎石衢隈，馬踏輕泥不作埃。」（清·弘曆）

「我生壯志常卓犖，不好詣人相徵逐。」（清·許傳霈）

　「桑落酒香碧玉壺，美人不來空我思。」（明·王九思）

「桑落酒香初下馬，貂褕珍重晩風前。」（清·張英）

★清　呉偉業　　　  自信　　　　    自(みずか)ら信ず　　　　　　　　　　　

 

自信平生懶是真　　　自(みずか)ら信ず 平生(へいせい) 懶(らん)は是(こ)れ真なりと　

底須辛苦踏春塵　　　底(なん)ぞ須(もち)いん 辛苦(しんく)して 春(しゅん)塵(じん)を踏むを　

毎逢墟落愁戎馬　　　墟落(きょらく)に逢(あ)う毎(ごと)に 戎(じゅう)馬(ば)を愁(うれ)い　

却聴風濤話鬼神　　　却(かえ)って 風濤(ふうとう)を聴いて 鬼神(きしん)を話(かた)る　

濁酒一杯今夜酔　　　濁酒(だくしゅ) 一杯 今夜(こんや)酔い　

好花明日故園春　　　好花(こうか) 明日(にょうにち) 故園(こえん)の春　

長安冠蓋知多少　　　長安の冠(かん)蓋(がい) 知んぬ多少(たしょう)ぞ　

頭白江湖放散人　　　頭(こうべ)は白(しろ)し 江湖(こうこ) 放散(ほうさん)の人　

 

【語釈】

自信…自分で分かる。懶…怠けること。真…本当の姿。底須…「何必」と同じ、なんぞ～必ずしも～せん、強い否定。辛苦…辛い思いをして苦しむ。春塵…「俗塵」俗世間の塵。墟落…人のいない集落。戎馬…戦い。却…また。風濤…風波の音。鬼神…超人的な力を持つ霊的存在。濁酒…どぶろく。故園…故郷。冠蓋…冠と車の蔽い、出世した高貴な人。江湖…朝廷に対して田舎を言う、隠者の住むところ。放散…わがまま。

 

関連詩句

　「自信平生非木石，誰憐半世混泥塗。」（南宋·李呂）

「自信平生有道緣，頻煩白鶴寄瑤箋。」（元·張翥）

「自信平生愛登覽，夕陽高處重徘徊。」（元末明初·陳基）

「底須辛苦訪蓬萊，唾手功名亦快哉。」（南宋·劉克莊）

「世路巇嶇吾倦至，底須辛苦爲膏粱。」（南宋·方岳）

「濁酒一杯家萬裏，燕然未勒歸無計。」（北宋·范仲淹）

「濁酒一杯秋滿眼，可憐同意不同斟。」（北宋·王安石）

「濁酒一杯休萬慮，長林烟暝暮鴉還。」（北宋·韋驤）

「長安冠蓋皆塗地，仍喜先生葬碧岑。」（唐末五代初·歸仁）

「長安冠蓋多豪傑，誰肯論交到爾汝。」（北宋·趙文昌）

「早聞聲價滿京城，頭白江湖放曠情。」（中唐·張籍）

「何須更學鴟夷子，頭白江湖一短船。」（唐·趙嘏）

「五陵書劒隨行李，頭白江湖一釣舟。」元末明初·胡布

 

 

 

 

 

　　

 

★清　王士(おうし)禎(しん)　　　　江上　　　      江上(こうじょう)　　　

吳頭楚尾路如何　　　　吳頭(ごとう) 楚(そ)尾(び) 路(みち)如何(いかん)

煙雨秋深暗白波　　　　煙雨 秋深くして 白波(はくは)暗し　

晚趁寒潮渡江去　　　　晚(ばん)に寒(かん)潮(ちょう)を趁(お)いて江を渡り去(ゆ)けば　

滿林黃葉雁聲多　　　　満林の黃葉 雁(がん)声(せい)多し　

 

【語釈】

吳頭楚尾…江南（呉の地方）のこと。煙雨…霧雨、こぬか雨。白波…しらなみ。暗…ほのかにそれと分かるだけ。寒潮…寒い冬の潮。趁…後を追う。去…行く，出かける。

 

（漢詩大系　２３）

 

関連詩句

　「烟雨秋深紫翠浓，仙人楼阁暮重重。」（明·郑真）

　「今日歸來頭併白，滿林黄葉臥秋風。」（元·朱晞顔）

　「滿林黄葉肅霜天，挑盡殘燈未得眠。」（明·韓雍）

 

★清　王士禎　　　  真州絕句　　　　真州絕句(しんしゅうぜっく)

 

江幹多是釣人居　　　江(こう)幹(かん)は多く是(こ)れ 釣人(ちょうじん)の居(きょ)

柳陌蔆塘一帶疏　　　柳陌(りゅうはく)　蔆塘(りょうとう) 一帶疏(そ)なり

好是日斜風定後　　　好し是(こ)れ 日斜めにして風定まる後

半江紅樹賣鱸魚　　　半江(はんこう)の紅樹(こうじゅ) 鱸魚(ろぎょ)を売る

 

【語釈】

真州…揚州と南京の中間にある長江北岸の都市。江干…川の岸。　釣人…漁夫。柳陌…柳の生えた路。蔆塘…菱の生えた池の隄。半江…江が柳の間だから見え隠れしている。紅樹…紅葉した木。

 

（漢詩大系２３）

 

関連詩句

　「豆棚瓜架偏宜雨，柳陌菱塘易得秋。」（淸·汪芑）

　「柳陌菱塘接大江，青山隱隱水茫茫。」（近現代·宛敏灝）

　「好是日斜人去後，一天紅葉下西風。」（淸·薑實節）

　「好是日斜風定候，半江波影醮春衫。」（淸末近現代初·連橫）

　「半江紅樹買魚回，洗手作羹同下箸。」（淸·許詠仁）

　「一記沉雷收宿雨，半江紅樹漲晴暉。」（當代·熊東遨）

 

★清　王士禛　　　  秦淮雑詩　　　　秦淮(しんわい)雑(ざっ)詩(し)

年來腸斷秣陵舟　　　　年来(ねんらい)　 腸断(ちょうだん)す　 　秣(まつ)陵(りょう)の舟

夢繞秦淮水上樓　　　　夢は遶(めぐ)る　 秦淮(しんわい)　　水上の楼

十日雨絲風片裏　　　　十日(じゅうじつ)の雨(う)糸(し)　 風片(ふうへん)の裏(うち)

濃春煙景似殘秋　　　　濃(のう)春(しゅん)の煙景(えんけい)　 残(ざん)秋(しゅう)に似たり

 

【語釈】

秦淮…建康（南京）を貫流して長江へ注ぐ古代の運河、周辺は歓楽街。雑詩…興の赴くままに作った詩。年來…数年この方。腸斷…はらわたが断ち切れるほどの悲しみ，愁い（ここでは、心の底から思い焦がれていたという意味）。秣陵…南京の近くにある地。雨絲…細かい雨。風片…軽い風。濃春…春のたけなわ。煙景…靄の中の景色。殘秋…秋の末。

 

（漢詩大系　２３）

 

★清　王士禛　　    夜雨題寒山寺寄西樵禮吉　二首其二

　　　　　　夜(や)雨(う)のとき寒(かん)山寺(ざんじ)に題し(だいし)、西樵(せいしょう)・礼(れい)吉(きつ)に寄(よ)す　　二首(にしゅ)其(そ)の二(に)　　

 

楓葉蕭條水驛空　　　　楓(ふう)葉(よう) 蕭(しょう)条(じょう)として 水(すい)駅(えき)空し　

離居千里悵難同　　　　離(り)居(きょ)千里 同じきことの難(かた)きを悵む　

十年舊約江南夢　　　　十年の旧約(きゅうやく) 江南の夢　

独聴寒山半夜鐘　　　　独(ひと)り聴く 寒山 半夜の鐘　

 

【語釈】

寒山寺…江蘇省蘇州市の西郊で楓橋鎮にある寺。寄…手紙を出す。…に寄（よ）す。西樵…王士禛の上の兄・禮吉…王士禎の次の兄。楓葉…カエデの葉。蕭條…水驛…船着き場の宿場。・離居…離れて暮らす。千里…遥かな道のりを謂う。悵…うらめしい。同…共に過ごす。十年…十年前からの舊約…昔の約束。江南…長江下流地帯の南岸部、風光明媚なところ。夢…夢を見る。寒山…寒山寺のこと。半夜…夜半。

 

　

（漢詩大系２３）

 

関連詩句

　「楓葉蕭條山下月，戍樓殘火㡬家秋。」（明·王恭）

　「近來詩境誰能會，獨聽寒山寺裏鐘。」（淸末近現代初·廉泉）

 

 

 

★清　王士禛　　　　聞雁 　　　　   雁(かり)を聞く　　

 

縹緲凉天數雁鳴　　　縹緲(ひょうびょう)たる凉天(りょうてん) 数雁(すうがん)鳴く

㡬家砧杵起秋聲　　　幾家(いくか)の砧(ちん)杵(しょ) 秋声(しゅうせい)を起こす

懐人江上楓初落　　　人を懐(おも)えば 江上 楓初めて落ち

卧病空堂雨易成　　　病に卧せば 空堂 雨成り易すし

尺素經時常北望　　　尺素 時を経て 常に北望し

暮雲無際且南征　　　暮雲 際無く 且(まさ)に南に征(ゆ)かんとす

沅湘一帶多兵甲　　　沅湘(げんしょう) 一帶 兵(へい)甲(こう)多く

莫動髙樓少婦情　　　髙楼(こうろう)少婦(しょうふ)の情を 動かすこと莫かれ

 

【語釈】

縹緲…遙かにして広いさま。凉天…涼しい大空。砧杵…衣を打つときに使う砧と槌。秋聲…秋が来たことを感じさせる音。懐人…正常に出ている夫。空堂…人気の無い部屋。尺素…手紙（素はしろぎぬ）。北望…北側の空を望む。無際…はてしない。沅湘…沅水と湘水、共に湖北の洞庭湖に注ぐ。兵甲…戦争。髙樓少婦…高楼にいる年若い婦人（曹植「七哀詩」による）。

 

（漢詩大系　２３）

 

関連詩句

　「萬壘鼔鼙生夜月，幾家砧杵落秋城。」（明·釋宗泐）

　「一簇㠶檣秋浦外，幾家砧杵夕陽中。」（明·陳贄）

　「北望徵塵何處是，暮雲無際草蒼茫。」（明·劉效祖）

　「一葉蒲帆指石城，暮雲無際與天平。」（淸·鄧顯鶴）

 

 

 

★清　王士禎　　    秋柳四首　其の一　　秋(しゅう)柳(りゅう)四首其の一　

秋來何處最銷魂　　　　秋来(しゅうらい)　何(いず)れの処に最も銷(しょう)魂(こん)なる　

殘照西風白下門　　　　残照(ざんしょう)　西風(せいふう)　白下(はっか)の門　

他日差池春燕影　　　　他日　差(さ)池(ち)たり　春(しゅん)燕(えん)の影　

祇今憔悴晩煙痕　 　　 祇(し)今(こん)　憔悴(しょうすい)す　晩(ばん)煙(えん)の痕(あと)　

愁生陌上黄驄曲　　　　愁(うれい)は生ず　陌上(はくじょう)　黄驄(こうそう)の曲　

夢遠江南烏夜村　　　　夢は遠し　江南　烏(う)夜(や)の村　

莫聽臨風三弄笛　　　　聴く莫(な)かれ　風に臨む三弄(さんろう)の笛　

玉關哀怨總難論　　　　玉(ぎょく)関(かん)の哀怨(あいえん)　総(すべ)て論じ難し　

 

【語釈】

秋柳…秋、柳の木について王士禎が四首の詩を作り、仲間に和韻を求めた物。秋來…秋になってから。銷魂…魂がなくなるほど悲しいこと、断腸。殘照…日が沈んだあとの残輝。西風…秋風。白下…今の南京。他日…昔、差池…長短不揃いのこと、燕の羽の形容。祇…助辞、但に同じ。憔悴…やつれた形容。晩煙…夕靄。陌上…道の上。陌上黄驄曲…唐の太宗が遠征の途中、道ばたで馬が死んだのを悼んで作らせた曲。烏夜村…浙江省海塩の南にあると言う村。三弄笛…三度笛を吹く。玉關…玉門関。哀怨…（玉門関出征の兵士が、笛を聞いて抱く）悲しい心持ち。

（漢詩大系２３）

 

関連詩句

　「秋來何處看秋水，南苑飛泉玉不如。」 （明·薛蕙）

「秋來何處看遺跡，寂寂無言斂翠蛾。」（明·張黼）

「殘照西風一片愁。疏楊畫出六橋秋。」（宋·楊舜舉）

「向來吹帽插花人，盡隨殘照西風去。」（宋·劉剋莊）

 

★清　王士禛　　　　即目 　　　即目(そくじつ) 　　

 

蕭條秋雨夕　　　蕭條(しょうじょう)たる 秋雨の夕(ゆうべ)

蒼茫椘江晦　　　蒼茫(そうぼう)として 椘(そ)江(こう)晦(くら)し

時見一舟行　　　時に見る 一(いっ)舟(しゅう)の行くを

濛濛水雲外　　　濛々(もうもう)たる 水(すい)雲(うん)の外(ほか)

 

【語釈】

即目…目にふれたものをそのまま現した詩。蕭條…もの寂しいさま。蒼茫…広々として、はてしのないさま。楚江…楚の国の川の意で長江のこと。晦…暗い。濛濛…霧などがたちこめて暗いさま。水雲…水の上に湧く雲。外……の彼方（かなた）に。

 

（漢詩大系　２３）

　

★清　王士禛　　　　青山　　　 青山(せいざん)　　

晨雨過青山　　　晨(しん)雨(う) 青山を過ぎ

漠漠寒烟織　　　漠々(ばくばく)として 寒(かん)煙(えん)を織(はたお)る

不見秣陵城　　　秣(まつ)陵(りょう)城(じょう)を見ず

坐愛秋江色　　　坐(そぞろ)に愛す 秋(しゅう)江(こう)の色

 

【語釈】

晨雨…明け方の雨。漠漠…ひっそりとして物寂しい形容。寒烟…寒い霧、もや。織…はた糸のごとく、もやもやと立ちこめること。秣陵城…金陵（南京）。坐…ただ何となく。

 

（漢詩大系　２３）

 

★清　王士禛　　　　壤塗早發   壤塗(じょうと)にて早(つと)に発す

夢迴峽月落　　　夢は迴ぐりて峽(きょう)月(げつ)落ち

卧聽舟人語　　　卧(ふ)して聽く舟人(じゅうじん)の語

風便五更潮　　　風は便(べん)なり五(ご)更(こう)の潮(うしお)

天明到南浦　　　天明に南浦に到らんと

 

【語釈】

壤塗…地名、四川省万県の南。峽月…山の狭間の月。風便…順風であること。五更…午前四時頃。天明…夜明け。南浦…四川省万県

 

（漢詩大系　２３）

 

★清　王士禛　　　　漫興十首 其十　　　漫(まん)興(きょう)十首 其十

 

少日論兵事　　　少(わか)き日 兵事を論ぜしに

空驚老大身　　　空しく驚く 老大の身

拊膺成一歎　　　膺(むね)を拊(う)ちて 一歎を成し

食肉爾何人　　　食を肉うは 爾(なんじ) 何人ぞ

劇孟能傾椘　　　劇(げき)孟(もう) 能(よ)く椘を傾むけ

弦髙竟却秦　　　弦髙(けんこう) 竟(つ)いに秦を却(しり)ぞく

白頭清鏡裏　　　白頭 清鏡の裏(うち)

歸卧故山春　　　帰りて卧(ふ)せん 故山の春に

 

【語釈】　　　　

老大…年をとったこと。拊膺…胸を打つ。食肉…高貴な身分の人。劇孟…漢代の遊侠の親分。弦髙…春秋時代の鄭の国の商人。

 

（中国詩人選集二－１３）　典故多し。

 

 

 

★清　張(ちょう)問(もん)陶(とう)　　　 過黃州　　黃州を過ぐ　　　

蜻蛉一葉獨歸舟　　　蜻蛉(せいれい)一葉 独帰(どくき)の舟

寒浸春衣夜水幽　　　寒は 春衣を浸し 夜水幽なり

我似橫江西去鶴　　　我は江を橫ぎり 西に去る鶴に似て

月明如夢過黃州　　　月明に夢の如く 黃州を過ぐ

 

【語釈】

黃州…湖北省黄岡市一帯。蜻蛉…とんぼ。一葉…小さな船。

 

 

★清　厲鶚(れいがく)　　　    春寒　　　春寒し

漫脫春衣浣酒紅　　　　漫(そぞろ)に春衣(しゅんい)を脫いで 酒紅(しゅこう)を浣う

江南三月最多風　　　　江南 三月 最も多風(たふう)

梨花雪後酴醿雪　　　　梨花(りか) 雪後(せつご)に 酴醿(とび)の雪

人在重簾淺夢中　　　　人は重(ちょう)簾(れん) 浅(せん)夢(む)の中(うち)に在り

 

【語釈】

漫…何となく。春衣…春着。酒紅…酒のシミで赤くなった痕。浣…洗う。江南…長江中流・下流の南岸地域。最多風…最も風のよく吹く季節である。梨花…梨なしの花。雪後…雪のように咲いた梨なしの白い花が散った後。酴醿…バラ科の落葉小低木、頭巾いばら。酴醿雪…頭巾いばらの花が雪のように咲く。人…作者を指す。重簾…二重のすだれ。浅夢…うとうとしながら見る夢。

 

（Web　漢文大系）

 

 

 

参考文献

 

「漢詩大系」シリーズ　　株式会社　集英社　　

「中国詩人選集」シリーズ　　　株式会社　岩波書店　　　

「新釈漢文大系」シリーズ　　株式会社　明治書院　　

「唐詩選」　　株式会社　岩波書店　　

「唐詩選詳説」　　株式会社　岩波書店　　

「唐詩選」　　株式会社　　筑摩書房

「唐詩三百首」　　株式会社　平凡社　　

「唐詩三百首詳解」　　株式会社　大修館　　

「対訳唐詩三百首」　　株式会社　勉誠出版　

「三体詩」　　株式会社　朝日新聞社　　

「唐詩選・三体詩」　　国会図書館ディジタルコレクション

「杜甫全詩訳注」　　岩波文庫

「杜甫詩注」　　株式会社　筑摩書房

「白楽天詩選」　株式会社　岩波書店

「柳宗元詩選」　岩波文庫　　

「岑嘉州集」　　株式会社　白帝社

「杜樊川絶句詳解」　国会図書館ディジタルコレクション　

「宋詩選注」　　東洋文庫

「宋詩選」　　　朝日新聞社

「元明詩選概説」　　岩波文庫

「范成大詩選」　　株式会社　　幻冬社

「中国名詩選」（松枝茂夫）　　岩波文庫

「中国名詩選」（川合康三）　　岩波文庫

「「國譯漢文大成」　　国会図書館ディジタルコレクション　

「石川忠久　１００選シリーズ」　　NHK出版

「漢詩鑑賞事典」　　講談社学術文庫　　

「和漢名詩選類評釈」　株式会社　明治書書院

 

 

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