前書

　菅野道明著『和漢名詩選類評釈』は、大正三年十月に初版が発行されて以来、平成十年十一月改訂第百五冊まで発行された「古今の名著」である。

　この本の著作権は満了しているので、そのうち中国の詩について電子化を目的とした「復刻」を行った。完全な復刻ではなく、詩の紹介と言うべきかも知れない。

　正本は文語体で書かれており、通釈と評釈が混同しており、語釈が少ない等、現在の解説本とは異なる部分があるので、語釈を追加する一方、通釈は割愛し、その代わりに、現在図書館等で利用できるものを「参考文献」として記載した。

　読み下しは、出来るだけ原文に従うようにしたが、人口に膾炙し、先に記載した「名句を含む漢詩　名作の漢詩」に有るような物は、僭越ながら置き換え、かつ、現代の学者の大多数が一致しているような物は、置き換えた。

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「復刻」に当たっては、中国データベース「捜韻」を使用し、詩文、詩題の異なる部分は、正本に従って改めた。

語釈の補充に当たっては、調査、転記の手間を省くために、多くのブログからの引用を行った。その中で、特に多く多用したのが、左記のブログである。これらのブログには、詳細な語釈が記載されており、これらを引用したものと、調査に依ったものとで、粗密が生じたが、正本よりは、多くしたつもりである。

（２０２２年１月３０日）

 

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◆    勧学類

 

 

清夜吟　　　　清(せい)夜(や)の吟　　　　　　　　　　　 北宋 　 邵(しょう)　雍(よう)

 

月到天心處　　　月の 天心(てんしん)に到る処　　

風來水面時　　　風の 水面に来たる時

一般清意味　　　一般 清意の味(あじわい)

料得少人知　　　料(はか)り得たり 人の知ること 少(まれ)なるを

 

【語釈】

天心 … 天空の中心。処 …「頃」「時」。一般 … このような、一種の。清意味 … 清らかな心の味わい。料得 … 推量することができる。

 

 

 

書院　　　　　書院 　　　　　　　　　　　　　北宋　  趙(ちょう)　抃(う)

 

雨久藏書蠹　　　雨 久しくして 蔵書 蠧(と)し

風高老屋斜　　　風 高くして 老屋 斜なり

鄰居盡金碧　　　鄰(りん)居(きょ) 尽(ことごと)く金(きん)碧(ぺき)　　　　

一一梵王家　　　一々 梵(ぼん)王(おう)の家

 

【語釈】

蠹…むしばむ。金碧…金色や碧色で飾ったさま。梵王家…寺院。

 

 

 

觀書有感　　　書を観(み)て感有り　　　　　　　　 南宋　　朱(しゅ)　熹(き)

 

昨夜江邊春水生　　　昨夜 江辺 春水生ず

蒙衝巨艦一毛輕　　　蒙衝(もうしょう) 巨艦(きょかん) 一毛 軽(かろ)し

向來枉費推移力　　　向来(きょうらい) 枉(ま)げて費やす 推移の力

此日中流自在行　　　此の日 中流 自在に行く

 

【語釈】　

蒙衝…戦いに用いる細長の舟。向來…これまで（春水で川の水かさが増す前）。枉…いたずらに。

 

 

秋日偶成　　  秋(しゅう)日(じつ)偶成(ぐうせい)　　　　　　　　　    北宋　  程(てい)　��(いく)

 

閑来無事不従容　 　　　閑来(かんらい)事として 従容(しょうよう)ならざるは無し

睡覺東窗日已紅　　　　 睡(ねむ)り覚(さ)むれば東窓(とうそう) 日は已(すで)に紅なり

萬物静觀皆自得　 　　  万物(ばんぶつ)静観(せいかん)すれば 皆 自(じ)得(とく)す,

四時佳興與人同　　　　 四時(しいじ)の佳(か)興(きょう)は 人と同じ

道通天地有形外　　 　　道は通ず天地 有形(ゆうけい)の外

思入風雲變態中　　　　 思いは入る風雲 変態(へんたい)の中

富貴不滛貧賤樂　　　   富貴(ふうき)にして淫(いん)せず 貧賤(ひんせん)にして楽しむ

男兒到此是豪雄　　　　 男児(だんじ)此(ここ)に到らば 是(こ)れ豪(ごう)雄(ゆう)

 

【語釈】

偶成…偶然の思いつきで作った詩。閑来…暇になってから。従容…ゆったりと落ち着いたさま。静見…心静かに物事を見極める。自得…処を得て納得する。四時…四季。佳興…よい趣。有形外…形の無いもの。變態…ここでは世相の移り変わりの定まらないさま。富貴…富んで身分の高いこと。淫…むさぼる。貧賤…貧しく身分が低いこと。到此…このような状況に達すれば。豪雄…すぐれた人物

（漢詩大系　１６　宋詩選）

 

四時讀書樂（春）　　四時読書の楽しみ（春）　 南宋　　朱(しゅ)　熹(き)

 

山光照檻水遶廊　　　山光は檻(かん)を照らして 水は廊を遶(めぐ)る

舞雩歸詠春風香　　　舞雩(ぶう)より帰詠(きえい)すれば 春花 香(かん)ばし

好鳥枝頭亦朋友　　　好鳥 枝頭(しとう) 亦(ま)た朋友

落花水面皆文章　　　落花 水面 皆 文章

蹉跎莫遣韶光老　　　蹉跎(さた) 韶光(しょうこう)をして 老いしむ莫かれ

人生唯有讀書好　　　人生　唯だ 読書の好(よ)き有り

讀書之樂樂何如　　　読書の楽しみ 楽しみ 何如(いかん)

�此ﾞ窗前草不除　　　緑 窓前(そうぜん)に満ちて 草 除かず　

 

【語釈】

舞雩…天に雨乞いをする場所。歸詠…詩を吟じつつ帰る。蹉跎…つまずいて時を失う。韶光…陽春の光景。

 

 

四時讀書樂(夏)　　四時読書の楽しみ（夏）　　　南宋　　朱(しゅ)　熹(き)

 

新竹壓簷桑四圍　　　新竹 簷(えん)を圧して 桑 四囲

小齋幽敞明朱曦      小斎(しょうさい) 幽(ゆう)敞(しょう)にして 朱曦(しゅぎ) 明らかなり      

晝長吟罷蟬鳴樹　　　昼長く 吟 罷(や)めば 蟬 樹に鳴き

夜深燼落螢入幃　　　夜深く 燼(じん) 落ちて 螢 幃(とばり)に入る

北窗高臥羲皇侶　　　北窓に高臥す 羲(ぎ)皇(こう)の侶(りょ)     

只因素稔讀書趣　　　只 読書の趣きを 素(そ)稔(じん)するに因(よ)る

讀書之樂樂無窮　　　読書の楽しみ 楽しみ 窮まり無し

援琴一奏來�桾浴@　　琴を援(ひ)きて 一曲 �桾� 来(きた)る

 

【語釈】

簷…のきば。四囲…四方を囲む。小齋…小さな書斎。幽敞；静かで趣のあるさま。曦…太陽の光。燼…灯心残りかす。羲皇侶…羲は伏羲、皇は三皇帝、その友達、陶淵明が、自ら羲皇上人と称したことから、それに倣うこと。素稔…熟知。

 

四時讀書樂（秋）　　四時読書の楽しみ（秋）　 南宋　　朱(しゅ)　熹(き)

 

昨夜庭前葉有聲　　　昨夜 庭前 葉に声有り

籬豆花開蟋蟀鳴　　　籬(り)豆(とう) 花開きて 蟋蟀(しつしつ) 鳴く

不覺商意滿林薄　　　覚えず 商意の林(りん)薄(ぱく)に満つるを

蕭然萬籟涵虛清　　　蕭然(しょうぜん) 万籟(ばんらい) 虛(きょ)清(せい)を涵(ひた)す

近牀�ｮ有短檠在　　　牀(しょう)に近づきて �ｮ(さいわい)に 短檠(たんけい)の在る有り

逐此讀書功更倍　　　此(これ)を逐(お)いて書を読めば 功 更に倍す

讀書之樂樂陶陶　　　読書の楽しみ 楽しみ陶々(ようよう)

起弄明月霜天高　　　起きて 明月を弄(もてあそ)べば 霜天 高し　

 

【語釈】

籬豆…籬に纏い付いている豆の木。蟋蟀…こおろぎ。商意…秋気、秋の気配。林薄…林と草叢。蕭然…物寂しいさま。萬籟…万物の声。虛清…澄み渡った空。短檠…短い燭台。陶陶…和らぎ楽しむさま。

 

四時讀書樂（冬）　　四時読書の楽しみ（冬）　 南宋　　朱(しゅ)　熹(き)

 

木落水盡千崖枯　　　木落ち 水尽きて 千崖(せんがい) 枯る

迥然吾亦見真吾　　　迥(けい)然(ぜん)として 吾も亦(ま)た 真(しん)吾(ご)を見る

坐對韋編燈動壁　　　坐して 韋編(いへん)に対すれば 灯 壁に動き

高歌夜半雪壓廬　　　高歌 夜半 雪 廬(ろ)を圧す

地爐烹泉燃活火　　　地炉 泉を烹て 活火を燃やし

一清足稱讀書者　　　一清 称(かな)うに足る 読書の者

讀書之樂何處尋　　　読書の楽しみ 何れの処にか尋ねん

數點梅花天地心　　　数点の梅花 天地の心

 

【語釈】

迥然…遙かなさま、遠いさま。真吾…飾らない天真の悟り。韋編…書簡。地爐…床下や地中を通した暖炉。活火…盛んな火。一�C…茶の清見。稱…適合する。

 

 

符讀書城南　　　符書(ふしょ)を城南に読む　　　　　　   唐　　韓(かん)　愈(ゆ)

 

木之就規矩　　　木の 規矩(きく)に就(つ)くは

在梓匠輪輿　　　梓(し)匠(しょう) 輪(りん)輿(と)に在り　　

人之能爲人　　　人の 能(よ)く人たるは

由腹有詩書　　　腹に詩書有るに 由(よ)る

詩書勤乃有　　　詩書 勤むれば 乃(すなわ)ち有り

不勤腹空虛　　　勤めざれば 腹 空虚なり

欲知學之力      学の力を 知らんと欲すれば

賢愚同一初      賢愚　同(とも)に初めを一(いつ)にするも

由其不能學　　　其の 学ぶこと 能(あた)わざるに由(よ)りて

所入遂異閭　　　入る所　遂(つい)に閭(りょ)を異(こと)にす

兩家各生子　　　両家 各々 子を生めり

提孩巧相如　　　提孩(ていがい)にして 巧は相い如(し)けり

少長聚嬉戲　　　少(ようや)く長じて 聚(あつま)りて嬉戲(きぎ)す

不殊同隊魚　　　同隊の魚に　殊(こと)ならず

年至十二三　　　年 十二三に至って

頭角稍相疎　　　頭角(とうかく) 稍(や)や相い疎(そ)なり

二十漸乖張　　　二十にして漸(ようや)く乖(かい)張(ちょう)し

清溝映汙渠　　　清(せい)溝(こう) 汗渠(おきょ)に映ず

三十骨骼成　　　三十にして 骨骼(こっかく)成り

乃一龍一豬　　　乃(すなわ)ち 一は竜 一は猪(ちょ)

飛黃騰踏去　　　飛(ひ)黄(こう) 騰踏(とうとう)して去りて

不能顧蟾蜍　　　蟾蜍(せんじょ)を顧(かえり)みること 能(あた)わず

一爲馬前卒　　　一は 馬前の卒と為りて

鞭背生蟲蛆　　　背(はい)に鞭(むち)たれて虫(ちゅう)蛆(ちょ)を生ず

一爲公與相　　　一は公と相と為り

潭潭府中居　　　潭々(たんたん)たり府中の居

問之何因爾　　　之を問う　何に因(よ)りて爾(しか)ると

學與不學歟　　　学ぶと学ばざるとか

金璧雖重寶　　　金璧(きんぺき)は重宝なりと雖(いえど)も

費用難貯儲　　　費(ついや)し用いて 貯儲(ちょちょ)し難し　

學問藏之身      学問は 之を身に蔵するも

身在則有餘      身在れば 則ち余り有り

君子與小人　　　君子と小人と

不繫父母且　　　父母に繋(かか)わらず

不見公與相　　　見ずや 公と相とは

起身自犂鉏　　　身を起こすこと 犂鉏(れいじょ)自(よ)りす　

不見三公後　　　見ずや 三公の後

寒饑出無驢　　　寒饑(かんが) 出ずるに驢(ろ)無きを

文章豈不貴　　　文章 豈(あ)に貴からざらん

經訓乃菑畬　　　経(けい)訓(くん) 乃ち菑畬(しよ)

潢潦無根源　　　潢潦(こうろう)は根源無く

朝滿夕已除　　　朝(あした)に満ち 夕(ゆうべ)には已に除かる

人不通古今　　　人 古今に通じざるは

馬牛而襟裾　　　馬牛にして襟(きん)裾(きょ)す

行身陷不義　　　身を行ないて 不義に陥る

況望多名譽      況んや　名誉の多からんことを望まんをや

時秋積雨霽　　　時 秋にして 積雨 霽(は)れ

新涼入郊墟      新涼　郊墟(こうきょ)に入る

燈火稍可親　　　燈火 稍(や)や親しむべく

簡編可卷舒　　　簡編(かんへん) 卷舒(けんじょ)すべし

豈不旦夕念　　　豈(あ)に 旦夕(たんせき)に念(おも)わざらんや

爲爾惜居諸　　　爾(なんじ)が為に 居(きょ)諸(しょ)を惜しむ

恩義有相奪　　　恩義 相奪うこと有り

作詩勸躊躇　　　詩を作りて 躊躇(ちゅうちょ)を勧(すす)む

 

【語釈】

符…韓愈の子の名。城南…韓愈の別荘のある所。規矩…コンパスと定規。在梓…建具師と大工。就規矩…法度に叶うわしむ意。輪輿…車や車の輪を作る工人。閭…家の門。提孩…幼い子供。稍…少し、僅かに。乖張…背き異なること。清溝…澄んだ溝。汙渠…汚れ濁った溝。飛黃駿馬。騰踏…跳ね踊る。蟾蜍　…ヒキガエル。蟲蛆…ウジ虫。潭潭…奥深いさま。府中居…官邸。犂鉏…耕作、農夫。寒饑…飢え凍える。豈…反語。經訓…経書の字の解釈。菑畬…荒れ地を開拓する。潢潦…水たまり。襟裾…衣服をつけ着る。積雨…ながさめ。郊墟…野や丘、田舎。稍…いささか。簡編…書籍。卷舒…巻いたり伸ばしたりする。居諸…光陰。

 

 

大人　　　　   大人(だいじん)　　　　　　　　　　　　　南宋　　陸九(りくく)淵(えん)

 

從來膽大胸膈�ｪ　　　従来 胆(たん) 大なれば 胸膈(きょうかく) 寛(かん)なり

虎豹億萬虬龍千　　　虎豹は億万 虬(きゅう)龍(りょう)は千

從頭收拾一口吞　　　従頭(じゅうとう) 收拾して 一口に吞む

有時此輩未妥恬　　　時有りて 此の輩 未だ妥恬(だてん)ならず

哮吼大嚼無毫全　　　哮吼(ほうこう) 大嚼 毫(ごう)も全き無し

朝飲渤澥水　　　　　朝(あした)に飲む 渤澥(ぼっかい)の水

暮宿崑崙嶺　　　　　暮に宿す 崑崙(こんろん)の嶺

連山以爲琴　　　　　連山 以って 琴と為し

長河爲之絃　　　　　長河 之れが 絃と為す

萬古不傳音　　　　　万古不伝の音(いん)

吾當爲君宣　　　　　吾 応(まさ)に 君が為に 宣(の)ぶべし　

 

【語釈】

胸膈…むね。虬龍…龍。妥恬…やすらか。哮吼…吠える、大声を出す。大嚼…大食する。渤澥…渤海。

 

 

 

 

◆    彜倫類

 

 

九月九日憶山東兄弟　　　　　　　　　　　　　　　唐　　王(おう)　維(い)

九月九日 山東の兄弟(けいてい)を憶(おも)う

 

独在異郷為異客　　　独(ひと)り異郷に在って 異客(いかく)と為り

毎逢佳節倍思親　　　佳節(かせつ)に逢う毎に 倍(ます)ます親(しん)を思う

遥知兄弟登高処　　　遥かに知る 兄弟(けいてい)高きに登る処

遍挿茱萸少一人　　　遍(あまね)く茱萸(しゅゆ)を挿(さ)して 一人を少(か)くを

 

【語釈】

異客…旅人。佳節…祝い事の日。遥知…（これ以下の内容を）遠くから察する。遍あまねく、みんな。茱萸…ハジカミ、山椒の葉。

 

（唐詩選）

 

 

聞樂天授江州司馬 　　　　　　　　　　　　　　　 唐　　元(げん)　稹(じん)　　　

楽天(らくてん)の江州(ごうしゅう)司馬(しば)を授(さず)けられしを聞く

 

残燈無焰影憧憧　　　　　残燈(ざんとう)焰(ほのお)無く影憧々(どうどう)　

此夕聞君謫九江　　　　　此の夕べ　君が九(きゅう)江(こう)に謫(たく)せられしを聞く　

垂死病中驚坐起　　　　　垂死(すいし)の病中　驚きて坐起(ざき)すれば　

暗風吹雨入寒窓　　　　　暗風(あんぷう)　雨を吹いて寒(かん)窓(そう)に入る　

 

【語釈】

残燈…燃え尽きようとしている灯火。憧憧…揺れ動くさま。謫…流刑に処される。九江…江州（江西省北部に位置する地級市）。垂死…瀕死。坐起…起きて坐る。暗風…暗闇の中を吹く風。寒窓…冷たい冬の窓。

 

（唐詩選）

 

 

 

夜雨寄北　　　　  夜雨 北に寄す                 唐　　李商隱(りしょういん)

 

君問歸期未有期　　　君 帰期(きき)を問えども 未だ期有らず　

巴山夜雨漲秋池　　　巴山(はざん)の夜(や)雨(う) 秋池(しゅうち)に漲(みなぎ)る　

何當共剪西窗燭　　　何(いつ)か当(まさ)に 共に西窓(せいそう)の燭(しょく)を剪(き)りて　

卻話巴山夜雨時　　　却(かえ)って　巴山(はざん)夜(や)雨(う)を話す時なるべき　

 

【語釈】

歸期…家に帰る時。巴山…陝西省西郷県の南西にある山、寂しい所を指す場合が多い。西窗…西の窓、女性の部屋の窓。「卻」…振り返る

 

 

題青泥市寺壁　　　青(せい)泥(でい)市の寺壁(じへき)に題す　　　 　　 宋　　岳(がく)　飛(ひ)

 

雄氣堂堂貫斗牛　　　雄気 堂々として 斗(と)牛(ぎゅう)を貫(つら)ぬく

誓將眞節報君讐　　　誓って 真節を将(も)って 君讐(くんしゅう)を報ぜん

斬除頑惡還車駕　　　頑(がん)悪(あく)を斬(ざん)除(じょ)して 車駕を還(かえ)さん

不問登壇萬戸侯　　　問わず 登壇の万戸侯

 

【語釈】

堂堂…調って盛んなさま。斗牛…北斗と牽牛の二つの星。君讐…皇帝の仇（金族）。報…刑罰を下す。頑惡…頑強で猛悪な敵。斬除…切り捨てる。車駕…皇帝の馬車。登壇…大将を拝する式壇に登ること。

 

 

寄子　　　       子に寄す　　　　　　　　　　　 清　　徐(じょ)　氏(し)

 

家内平安報爾知　　　家内 平安にして 爾(なんじ)に報じて知らしむ

田園歳入有餘資　　　田園の歳入 余資(よし) 有り

絲毫不用南中物　　　糸(し)毫(ごう)も用いず 南中の物

好作清官答聖時　　　好し 清官と作(な)りて 聖時に答えよ

 

【語釈】　

餘資…余りの資財。絲毫…極めて僅か。南中物…南方の地、作者の子の居る地の産物。聖時…聖明の天子の御世。

 

 

 

 

 

春日憶李白　　　 春日 李白を憶(おも)う　　　　　　　  唐　　杜(と)　甫(ほ)

 

白也詩無敵　　　白や 詩に敵無し

飄然思不羣　　　飄然(ひょうぜん)として 思いは群ならず

清新庾開府　　　清新なるは 庾(ゆ)開府(かいふ)

俊逸鮑參軍　　　俊逸なるは 鮑參軍(ほうさんぐん)

渭北春天樹　　　渭北 春天の樹

江東日暮雲　　　江東 日暮の雲

何時一尊酒      何れの時か 一(いっ)尊(そん)の酒もて

重與細論文　　　重ねて与(とも)に 細やかに文を論ぜん

 

【語釈】

飄然…俗事にこだわらないさま。思不羣…詩の着想が非凡。清新…新しい趣。庾開府…庾信のこと。南北朝時代の文学者、開府は、地方長官の総督・巡撫などのこと。俊逸…才気がほとばしるような闊達さ。鮑参軍…鮑照のこと。南朝の宋の文学者、参軍は刺史の属官で、事務長にあたる。渭北…杜甫のいる長安一帯。江東…長江の下流、安徽省東南部・江浙省一帯、李白のいるところ。

 

（新釈漢文大系　詩人編　杜甫　（上））

 

 

八月十五日夜禁中獨直對月憶元九　　　　　　　　  唐　　白居易

　　　八月十五日夜 禁中に独り直し 月に対して元九を憶う

 

銀臺金闕夕沈沈　　　銀(ぎん)台金闕(だいきんけつ) 夕べ沈々

獨宿相思在翰林　　　独宿 相い思いて 翰(かん)林(りん)に在り

三五夜中新月色　　　三五夜中 新月の色

二千里外故人心　　　二千里外 故人の心

渚宮東面煙波冷　　　渚宮の東面には 煙波冷ややかに

浴殿西頭鍾漏深　　　浴殿の西頭には　鐘漏深し

猶恐�C光不同見　　　猶お恐る 清光 同じくは見ざらんことを

江陵卑湿足秋陰　　　江陵は卑湿にして 秋(しゅう)陰(いん)足る

 

 

【語釈】

八月十五日夜…旧暦、仲秋の名月の夜。禁中…宮中。直…宿直する。元九…中唐の詩人、元稹（779〜831）を指す。銀台…「宮殿全体の美称・総称」とする説と、「宮殿の門の名、銀台門ないし、その北にあった翰林院」とする説との、二つに解釈が分かれる。金闕…天子の宮殿、「闕」は宮殿の門のこと。夕…ここでは夜、夕方ではない。沈沈…夜が静かにふけていくさま。独宿…独りで宿直する。相思…相手を思う。「相」は「互いに」という意味ではない。翰林… 翰林院、詔勅等を司る役所、白居易は翰林学士であった。三五夜…十五夜。新月…「空にのぼったばかりの月」とする説と、「中天にのぼった清新な輝きをもつ月」とする説との、二つに解釈が分かれる。二千里外…長安と江陵との距離を指す。故人 …昔なじみの友人、元稹を指す。渚宮…湖北省江陵の東南にあった古跡。戦国時代、楚の襄王の離宮、また、これを長安城中の実景とする説もある。煙波…もやの立ちこめた水面。浴殿…翰林院のすぐそばにあった浴堂殿を指す。西頭…西のあたり。鐘漏…時を知らせる鐘と、漏刻（水時計）の音。深…夜が更ふけていくことを表す。猶 … 「なお」と読み、「やはり」「それでもなお」と訳す。恐…心配だ。気にかかる。清光…澄み切った月の光。不同見…白居易が長安で見ている月は、江陵にいる元稹には同じように美しく見えないだろう。江陵 … 湖北省江陵県。一名、荊けい州しゅう。卑湿…地が低く、じめじめしている。秋陰 … 秋のくもり空。足 … ここでは多い。

 

（新釈漢文大系　白氏文集　三）

 

 

歸省　　　帰省                                  唐　　狄(てき)仁(じん)傑(けつ)

 

幾度天涯望白雲　　　幾度(いくたび)か天涯　白雲を望む

今朝歸省見雙親　　　今朝(こんちょう) 帰省して 双親(そうしん)に見(まみ)ゆ

春秋雖富朱顏在　　　春秋 富みて 朱顔 在りと 雖(いえど)も

歳月無憑白髮新　　　歳月 憑(よ)る無くして 白髪 新たなり

美味調羹呈玉筍　　　美味 羹(あつもの)を調して 玉(ぎょく)筍(じゅん)を呈し

佳肴入饌膾冰鱗　　　佳肴(かこう) 饌(せん)に入(い)って 氷(ひょう)鱗(りん)を膾(なます)にす

人生百行無如孝　　　人生の百行 孝に如(し)くは無し

此志拳拳慕古人　　　此の志 拳々(けんけん)として 古人を慕う

 

【語釈】

天涯…故郷を遠く離れた地。春秋…年齢。朱顔…少年の顔。無憑…思うままに…されない。憑……するに任せる。調…調理する。羹…あつもの。呈…さし上げる。玉筍…たけのこ、孟宗の孝行の故事に基づく。佳肴…おいしい料理。入饌…膳の用意をする意。　・膾…細かく切った生の肉。氷鱗…氷の下の魚、特に鯉をいう、晋の王祥の故事による。無如……に及ばない。拳拳…奉持するさま。古人…昔の世の人、ここでは、孟宗や王��を指す。

　

 

 

 

 

左遷至藍關示姪孫湘　　　　　　　　　　　　　　　唐　　韓(かん)　愈(ゆ)

　　　　左遷せられて藍関(らんかん)に至り 姪孫湘(てつそんしょう)に示す

 

一封朝奏九重天　　  一封(いっぷう) 朝(あした)に奏(そう)す 九重(きゅうちょう)の天　

夕貶潮州路八千　　　夕べに 潮州(ちょうしゅう)に貶(へん)せらる 路(みち)八千(はっせん)　

欲爲聖明除弊事　　　聖(せい)明(めい)の為に 弊事(へいじ)を除かんと欲す　

肯将衰朽惜殘年　　　肯(あえ)て 衰朽(すいきゅう)を将(もっ)て 残(ざん)年(ねん)を惜しまんや　

雲横秦嶺家何在　　　雲は 秦(はた)嶺(れい)に横たわりて 家 何(いず)くにか在る　

雪擁藍關馬不前　　　雪は 藍関(らんかん)を擁(よう)して 馬前(すす)まず　

知汝遠來應有意　　　知る 汝の遠く来たる 応(まさ)に意(こころ)有るべし　

好収吾骨瘴江邊　　　好し吾 が骨を収めよ 瘴(しょう)江(こう)の辺に　

 

【語釈】

藍關…藍田関、陝西省の藍田県の南にある。姪孫…自分の兄弟の孫。一封…一通の上奏文。「論佛骨表」を奉り、憲宗が仏舎利を宮中に迎えようとしたことに反対した上奏文。封…上奏文、黒い袋に入れて封をしたことからいう。朝…あさに。奏…皇帝に具申する。九重天…ここでは、王宮をいう。夕…夕べに、その日の中。貶…落とす、潮州刺史に左遷されたことをいう。潮州…広東省の東北の沿岸部に位置する。路八千…長安から潮州への道のり、八千里の道程、極めて離れていることをいう。欲爲……のために…したいと思って。聖明…聖明な皇帝をいう。弊事…好くない事がら、仏舎利を宮中に迎えることを指す。肯…あえて…か。反語的に使う。將……をもって。衰朽…老衰する。殘年…余命。秦嶺…長安の南側にあって、東西に横たわる大山脈。・家何在…人家がどこにあろうか。擁…包み込む。馬不前…馬は（降り積もった雪のために）進まない。應…きっと…だろう。有意…意図がある。瘴江…毒気の漂う川。　

　（唐詩選）

 

予以事繫御史臺獄　獄吏稍見侵　自度不能堪　死獄中　不得一別子由　故作二詩授獄卒梁成　以遺子由　　　　　   　　　　北宋    蘇(そ)　軾(しょく)　

 

予(よ)事を以って御史(ぎょし)台(だい)の獄(ごく)に繋(つな)がる，獄吏(ごくり)稍(やや)見侵(みおか)さる，自(みずか)ら度(はか)るに堪(た)うる能(あた)るわず，獄中(ごくちゅう)に死し，子(し)由(ゆう)に一別するを得ざらんと，故(ゆえ)に二詩を作り獄卒(ごくそつ)樑成(りょうせい)に授け，以って子由に遺(おく)る，二首 其一　

　　

聖主如天萬物春　　　　聖主(せいしゅ) 天の如く 万物(ばんぶつ)春なるに　，

小臣愚暗自亡身　　　　小臣(しょうしん)は 愚暗(くあん)にして 自(みずか)ら身を亡(ほろ)ぼす　

百年未滿先償債　　　　百年 未(いま)だ満(み)たず先(ま)ず債(さい)を償(つぐな)い　

十口無歸更累人　　　　十口 帰る無く 更に人を累(るい)せん　

是處青山可埋骨　　　　是(こ)の処 青山(せいざん)骨を埋ずむ可(べ)し　

他時夜雨獨傷�~　　　　他時(たじ) 夜雨(やう) 独り 神を傷ましめん　

與君今世為兄弟　　　　君と 今(こん)世(せい) 兄弟(けいてい)と為り　

又結來生未了因　　　　又 結ばん 来生(らいせい) 未了(みりょう)の因(いん)を　

 

【語釈】

禦史臺…高級官僚を監督する役所。稍見侵…ことさら過酷に扱うように指示をうける。獄卒樑成…樑成問烏なの獄吏。聖主…聖明なる天子。天…恵みをもたらす天。償債…過去の罪を消すこと。十口…十人の家族。累…迷惑をかけること。青山…青緑の山。神…こころ。未了因…この世では尽きることがなかった因縁。

 

（漢詩大系１７）

 

初秋寄子由　　　初秋 子(し)由(ゆう)に寄す          　　北宋　　蘇(そ)　軾(しょく)

 

百川日夜逝　　　百川 日夜に逝(ゆ)き

物我相隨去　　　物(ぶつ)我(が) 相い従いて去る

惟有宿昔心　　　惟だ 宿(しゅく)昔(せき)の心有り

依然守故處　　　依然として故処(こしょ)を守る

憶在懷遠驛　　　憶う 懷(かい)遠駅(えんえき)に在り

閉門秋暑中　　　門を閉ざす 秋暑の中

藜羹對書史　　　藜羹 書史に対し

揮汗與子同　　　汗を揮(ふる)いて 子と同じくす

西風忽淒�氏@　　西風 忽(たちま)ち　淒��(せいれい)

落葉穿戸牖　　　落葉 戸　牖(ゆう)を穿つ

子起尋裌衣　　　子 起ちて 裌(きょう)衣(い)を尋ね

感歎執我手　　　感歎 我が手を執(と)る

朱顏不可恃　　　朱顏 恃(たの)むべからず

此語君莫疑　　　此の語 君 疑がう莫かれ

別離恐不免　　　別離 恐らくは 免がれず

功名定難期　　　功名(こうめい) 定めて 期し難し

當時已悽斷      当時 已に悽断(せいだん)

況此兩衰老　　　況(いわ)んや 此れ 両衰(りょうすい)老(ろう)

失途既難追　　　途を失いて 既に追い難し

學道恨不早　　　道を学ぶ 早からざるを恨む

買田秋已議　　　田を買う秋 已に議す

築室春當成　　　室を築く春 応に成るべし

雪堂風雨夜　　　雪堂 風雨の夜

已作對床聲　　　已に 対床の声を作す

 

【語釈】

子由…弟の蘇轍。物我…万物と自分。宿昔…昔。懷遠驛…宋の都である汴京の近くにある宿場。物我…自分以外の物。宿昔…前夜、少し遠い昔。秋暑…残暑。藜羹…粗末な食事。書史…歴史書。淒�氏c肌寒い。穿戸牖…窓や戸をとおり抜ける。裌衣…あわせの衣。朱顏…青年の顔色、青春。対床…床を並べる。

 

（漢詩大系　１７）

 

初到建寧賦詩　　初めて建寧に到り詩を賦す　　 南宋　  謝枋(しゃひょう)得(とく)

 

雪中松柏愈青青　　雪中の松柏 愈(いよいよ)青々たり

扶植綱常在此行　　綱(こう)常(じょう)を扶植(ふち)するは此の行に在り

天下久無龔勝潔　　天下 久しく 龔(きょう)勝(しょう)の潔(けつ) 無し

人間何獨伯夷清　　人間(にんげん) 何んぞ独り 伯(はく)夷(い)のみ清からんや

義高便覺生堪捨　　義 高くして便(すなわ)ち覚(さと)る 生の捨つるに堪えたるを

禮重方知死甚輕　　礼 重くして方(まさ)に知る 死の軽(かろ)きに甚えたるを

南八男兒終不屈　　南八男兒 終(つ)いに屈せず

皇天上帝眼分明　　皇天 上帝 眼 分明

 

【語釈】

雪中松袙…松柏の寒さに耐えること、節を守ること。綱常…人の守るべき大道、三綱五常のこと。扶植…助けたてる。膸勝…人名、王莽の招きに応ぜず、蜀を断って死んだ。伯夷…周の武王が紂王征伐したとき、臣が君を弑しいするのは人の道に反するといさめたが聞かれず、首陽山に隠れ、やがて餓死した。清廉な人間の代表とされる。南八男兄…雨声雲のこと、安禄山の乱の時、雌陽（河南省商邱県）を死守し、討ち死にした。皇天…天帝。上帝…天帝。

 

 

慈烏夜啼　　　　慈(じ)烏(う) 夜啼く　　　　　　　　　  唐    白(はく)居(きょ)易(い)

慈烏失其母　　　慈(じ)烏(う) 其の母を失い　

啞啞吐哀音　　　「啞啞(ああ)」として 哀音(あいおん)を吐く

晝夜不飛去　　　昼夜 飛び去らず

經年守故林　　　年を経て 故林を守る

夜夜夜半啼　　　夜々 夜半に鳴き

聞者為霑襟　　　聞く者 為に 襟(きん)を霑(うるお)す

聲中如告訴　　　声中 告訴するが如し

未晝反哺心　　　未だ 反哺(はんぽ)の心を 尽さざるを

百鳥豈無母　　　百鳥 豈(あ)に 母 無からんや

爾獨哀怨深　　　爾(なんじ) 独り 哀怨 深し

應是母慈重　　　応(おう)に 是れ 母の慈(じ) 重く

使爾悲不任　　　爾(なんじ)をして 悲しみて 任(た)えざらしむるべし

昔有呉起者　　　昔 呉起(ごき)なる者 有り

母歿喪不臨　　　母 没して 喪に臨(のぞ)まず

哀哉如此輩　　　哀(かな)しい哉(かな) 此(かく)の如き輩(はい)

其心不如禽　　　其の心 禽(とり)にだにも如(し)かず

慈烏復慈烏　　　慈(じ)烏(う) 復(ま)た 慈(じ)烏(う)

鳥中之曾参　　　鳥中の 曾参(そうしん)たり

 

【語釈】

慈烏…カラスの別名、カラスは成長後、自分の親に餌を与えて、養育の恩を返すという。唖唖…カラスの鳴く声。故林…むかしなじみの林。襟…えり。反哺…子が親の恩に報いること。哀怨…悲しみうらむ。応是…きっと…だと思う。曽参…孔子の弟子、親孝行の人として知られる。

 

燕詩示劉叟 　　　　燕の詩 劉叟(りゅうそう)に示す　　　　　唐　　白(はく)居(きょ)易(い)

　

梁上有雙燕　　　梁上(りょうじょう)に 双燕(そうえん)有り

翩翩雄輿雌　　　翩々(へんぺん)たり 雄と雌と

銜泥兩椽�閨@　　泥(でい)を銜(ふく)む 両椽(りょうてん)の間

一巣生四兒　　　一巣 四児を生(しょう)ず

四兒日夜長　　　四児 日夜長じ

索食聲孜孜　　　食を策(もと)めて 声は孜々(しし)たり

��蟲不易捕　　　青虫 捕らえ易からず

黄口無飽期　　　黄口 飽く期(とき)無し

嘴爪雖欲敝　　　嘴(し)爪(そう) 敝(やぶ)れんとす欲すと雖(いえど)も

心力不知疲　　　心力 疲かるるを知らず

須臾千來往　　　須臾(しゅゆ)にして 千来往

猶恐巢中飢　　　猶お恐る 巣中に飢えんことを

辛勤三十日　　　辛(しん)勤(きん) 三十日

母痩雛漸肥　　　母は痩せて 雛は漸(ようや)く肥ゆ

喃喃�ﾍ言語　　　喃々(なんなん)として 言語を教え

一一刷毛衣　　　一々 毛衣を刷(はら)う

一旦羽翼成　　　一旦 羽翼 成り

引上庭樹枝　　　引きて 庭樹の枝に上る

舉翅不回顧　　　翅(つばさ)を挙げて 回顧せずして

随風四散飛　　　風に随いて 四(よも)に散飛す

雌雄空中鳴　　　雌雄 空中に鳴き

聲盡呼不歸　　　声尽くるまで 呼べども帰らず

卻入空巢裏　　　却(かえ)って 空巣(くうそう)の裏(うち)に入りて

啁啾終夜悲　　　啁啾(ちゅうしゅう)として 終夜悲しむ

燕燕爾勿悲　　　燕(えん)々(えん) 爾(なんじ) 悲しむこと勿(な)かれ

爾當返自思　　　爾(なんじ) 当(まさ)に返って 自らを思うべし

思爾爲雛日　　　爾(なんじ)の 雛為(た)りし日

高飛背母時　　　高飛して 母に背(そむ)きし時を思え

當時父母念　　　当時の 父母の念

今日爾應知　　　今日 爾(なんじ) 応に知るべし

 

【語釈】

http://www5a.biglobe.ne.jp/~shici/rs42.htm

参照

 

 

正氣歌　　　　　正気の歌　　　　　　　　　   南宋　　文天(ぶんてん)祥(しょう)

 

天地有正氣　　　天地 正気有り

雜然賦流形　　　雑然として 流形を賦(ふ)す

下則爲河嶽　　　下(しも)は 則ち河嶽と為り

上則爲日星　　　上(かみ)は 則ち日星と為る

於人曰浩然　　　人に於ては 浩然(こうぜん)と曰(い)い

沛乎塞蒼冥　　　沛乎(はいこ)として 蒼冥(そうめい)に塞(ふさ)がる

皇路當�C夷　　　皇路　清(せい)夷(い)なるに当たりては

含和吐明庭　　　和を含みて 明廷に吐く

時窮節乃見　　　時 窮して 節 乃(すなわ)ち見(あらわ)れ

一一垂丹��　　　一一 丹青に垂(た)る

在齊太史簡　　　斉(せい)に在りては 太史の簡(かん)

在晉董狐筆　　　晋に在りては 董(とう)狐(こ)の筆

在秦張良椎　　　秦に在りては 張良の椎(つる)

在漢蘇武節　　　漢に在りては 蘇武の節

爲嚴將軍頭 　　 厳将軍の 頭(こうべ)と為り

爲嵆侍中血　　　嵆(けい)侍中(じちゅう)の 血と為る

爲張睢陽齒      張睢(ちょうすい)陽(よう)の 歯と為り

爲顏常山舌      顔(がん)常山(じょうざん)の 舌と為る

或爲遼東帽      或いは 遼東の帽と為り

�C操�児u雪      清(せい)操(そう) 氷雪よりも��(はげ)し

或爲出師表      或いは 出師の表と為り

鬼神泣壯烈      鬼神も 壮烈に泣く

或爲渡江楫      或いは 江を渡る楫(かじ)と為り

慷慨呑胡羯      慷慨(こうがい)　胡羯(こかつ)を呑(の)む

或爲撃賊笏　　　或いは　賊を撃つ笏(こつ)と為り

逆豎頭破裂 　　逆豎(ぎゃくじゅ)　頭(とう)　破裂す

是氣所磅礡　　  是の気の磅礡(ほうはく)する所

凛烈萬古存　　　凛烈(りんれつ)として 万古に存す

當其貫日月　　　其の 日月を貫くに当りては

生死安足論　　　生死 安(いずく)んぞ 論ずるに足らん

地維頼以立      地維(ちい)  頼(よ)って 立ち

天柱頼以尊　　　天柱は 頼って以って 尊し

三綱實係命　　　三綱 実に命を係け

道義爲之根　　　道義 之が根と為る

嗟予遘陽九　　　嗟(ああ) 予(われ) 陽(よう)九(きゅう)に遘(あ)う

隷也實不力　　　隷(れい)や実に 力(つと)めず

楚囚纓其冠　　　楚囚(そしゅう) 其の冠に纓(えい)し

傳車送窮北　　　伝車 窮(きゅう)北(ほく)に送らる

鼎鑊甘如飴　　　鼎鑊(ていかい) 甘きこと飴の如し

求之不可得　　　之を求めて 得べからず

陰房闃鬼火　　　陰房(いんぼう) 鬼火(きか) 闃(げき)たり

春院閟天�K　　　春院 天黒に閟(とざ)す

牛驥同一皁　　　牛驥(ぎゅうき) 一皁(いっそう)を同じくし

鷄棲鳳凰食　　　鶏棲(けいせい) 鳳凰 食す

一朝蒙霧露　　　一朝　霧露を蒙(こうむ)り

分作溝中瘠　　　溝中(こうちゅう)の瘠(せき)作るを　分とす

如此再暑寒　　　此(かく)の如きこと 再暑寒

百沴自辟易　　　百沴(ひゃくれい) 自ら辟易(へきえき)す

嗟哉沮洳場　　　嗟(かな)しい哉 沮洳(そじょ)の場(じょう)

爲我安樂國　　　我が安楽国と為る

豈有他繆巧　　　豈(あ)に　他の繆(びゅう)巧(こう) 有らんや

陰陽不能賊　　　陰陽 賊(ぞく)する能(あた)わず

顧此耿耿在　　　此(これ)を顧みて 耿々(こうこう)として在り

仰視浮雲白　　　仰いで 浮雲の白きを視る

悠悠我心悲　　　悠悠たる 我が心の悲しみ

蒼天曷有極　　　蒼天(そうてん) 曷(なん)んぞ極まり有らん

哲人日已遠　　　哲人 日に 已に遠く

典刑在夙昔　　　典刑 夙(しゅく)昔(せき)に在り

風簷展書讀　　　風簷(ふうたん) 書を展べて読めば

古道照顏色　　　古道 顔色を照らす

 

【語釈】

http://www5a.biglobe.ne.jp/~shici/p20.htm

参照

 

 

辛丑十一月十九日　既與子由別於鄭州西門之外　馬上賦詩一篇寄之 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　北宋　　蘇(そ)　軾(しょく)

辛(しん)丑(ちゅう)十一月十九日 既に子(し)由(ゆう)と鄭(てい)州(しゅう)西門(にしもん)の外に別れ 馬上にて詩一篇を賦して之に寄す

 

不飲胡為醉兀兀　　　飲まざるに 胡(なん)為(すれ)ぞ 醉うて兀々(こつこつ)たる

此心已逐歸鞍發　　　此の心 已に 帰(き)鞍(あん)を逐(お)うて発す

歸人猶自念庭闈　　　帰人 猶(な)お 自(みずか)ら庭闈(ていい)を念(おも)う

今我何以慰寂寞　　　今 我 何を以てか 寂寞(せきばく)を慰めん

登高回首坡壠隔　　　高きに登り 首(こうべ)を回らせば 坡壠(はろう) 隔たる

但見烏帽出復沒　　　但だ見る 烏帽(うぼう)の 出でて 復た 沒するを

苦寒念爾衣裘薄　　　苦寒 念(おも)う 爾(なんじ)の衣裘(いきゅう) 薄くして

獨騎痩馬踏殘月　　　独り 痩(そう)馬(ば)に騎りて 残月を踏むを

路人行歌居人樂　　　路人は行歌し 居人は樂しむ

童僕怪我苦悽惻　　　童僕 怪しむ 我が苦(はなは)だ悽惻(せいそく)たるを

亦知人生要有別　　　亦た知る 人生 要するに 別れ有るを

但恐歳月去飄忽　　　但だ恐る 歳月の去って 飄忽(ひょうこつ)たるを

寒燈相對記疇昔　　　寒灯 相対(あいたい)して 疇(ちゅう)昔(せき)を記す

夜雨何時聽蕭瑟　　　夜雨 何れの時か 蕭瑟(しょうしつ)たるを聽かん

君知此意不可忘　　　君　此の意 忘るべからざるを知らば

慎勿苦愛高官職　　　慎んで 高官の職を 苦愛すること勿れ

 

【語釈】

子由…蘇軾の弟の蘇轍。兀兀…よろよろするさま。歸鞍…蘇轍の載った馬。歸人…蘇轍。庭闈…親の居る家。寂寞…ひっそりとして物寂しいさま。坡壠…田畑の中の小高い丘。烏帽；黒い帽子、官吏が平服の時被る。苦寒…激しい寒さ。衣裘…上着と外套。悽惻…悲しむ様。飄忽…慌ただしい様。疇昔…前日、近い昔。蕭瑟…しめやか。

 

◆    感懐類

 

 

照鏡見白髮　　　鏡に照らして白髮を見る　　　　唐　　張九齡(ちょうきゅうれい)

 

宿昔青雲志　　　宿(しゅく)昔(せき) 青雲(せいうん)の志

蹉跎白髪年　　　蹉(さ)跎(た)たり　白髪の年

誰知明鏡裏　　　誰か知らん　明鏡の裏(うち)

形影自相憐　　　形影(けいえい)　自(おの)ずから相(あい)憐れまんとは

 

【語釈】

宿昔…昔、以前。青雲志…立身出世の志。蹉跎…つまづいて思い通りにならないこと。挫折を重ねているうちに。形影…「形」は自分の姿、「影」は鏡に映った像。

（唐詩選）

 

秋浦歌　　　　　秋(しゅう)浦(ほ)の歌　　　　　　　　　　 唐　　李(り)　白(はく)

 

白髮三千丈　　　白髪三千丈

縁愁似箇長　　　愁いに縁(よ)って 箇(か)くの似く長し

不知明鏡裏　　　知らず 明鏡の裏(うち)

何處得秋霜　　　何れの処にか 秋霜(しゅうそう)を得たる

 

【語釈】

秋浦 … 安徽省貴池県にある貴池という池の入江の名。縁 … 「〜によりて」「〜によって」と読み、「〜のために」「〜が原因で」と訳す。「因」と同じ。似箇 … このように。「箇」は「これ」の意。「似」は「〜ように」の意。明鏡 … 一点の曇りもない鏡。秋霜 … 秋の霜、白髪のたとえ。（漢詩大系　８）

 

 

題灞池　　　　  灞(は)池(ち)に題す　　　　　　　　　  唐　　王昌齡(おうしょうれい)

 

腰鎌欲何之　　　鐮(かま)を腰にして 何(いず)くか之(ゆ)かんと欲する

東園刈秋韭　　　東園 秋韭(しゅうきゅう)を刈かる

世事不復論　　　世事(せいじ) 復(ま)た論ぜずして

悲歌和樵叟　　　悲歌 樵叟(そうそう)に和す　

 

【語釈】                                      

灞池…長安にある池の名、転じて、長安。東園…東の畑。韭…にら。世事…俗世間の出来事。樵叟…樵夫（きこり）のおやじ。

 

復愁　　　　　　復(ま)た愁う　　　　　　　　　　　唐    杜(と)　甫(ほ)

 

萬國尚戎馬　　　万国 尚お戎(じゅう)馬(ば)

故園今若何　　　故園 今若(い)何(かん)

昔歸相識少　　　昔帰るに 相識(そうしき)少く

早已戰場多　　　早くも 已に 戦場多かりき

 

【語釈】

万国…すべての国々で。天下いたるところ。尚…今なお。戎馬…戦乱。故園故郷、洛陽の旧居を指す。若何…どうなっているだろうか。相識 … 顔見知りの人。少 … ほとんどない。早已 … その時すでに。

（唐詩選）

 

 

感事　　　　　　事に感ず　　　　　　　　　　　唐　　于(う)　濆(ふん)

 

花開蝶滿枝　　　花 開けば 蝶 枝に満つ

花謝蝶還稀　　　花 謝(しゃ)すれば 蝶 還(ま)た 稀なり

惟有舊巢燕　　　惟(た)だ 旧巣(きゅうそう)の燕あり

主人貧亦歸      主人 貧しきも 亦(ま)た帰る

【語釈】

謝…散って無くなる。

 

 

憫農　　　　　　農を憫(あわ)れむ　　　　　　　　　　唐　　李(り)　紳(しん)

 

鋤禾日當午　　　禾(か)を鋤(す)きて 日 午に当たる

汗滴禾下土　　　汗は滴(した)たる 禾下(かか)の土

誰知盤中飧　　　誰か知らん 盤中(ばんちゅう)の飧(そん)

粒粒皆辛苦　　　粒々(りゅうりゅう) 皆 辛苦なるを

 

【語釈】

憫農…農民をあわれむ。鋤禾…稲の生育の邪魔になる雑草を鋤で取り除く。午…正午。禾…稲。飧…食事。

（漢詩鑑賞事典）

 

 

蠶婦 　　　 　　蚕婦(さんぷ)　　　　　　　　　　　  北宋　　張(ちょう)　兪(ゆ)

 

昨日到城廓　　　昨日 城郭に到り

歸來淚滿巾　　　帰来(きらい) 涙 巾(きん)に満つ

徧身綺羅者　　　遍(へん)身(しん) 綺羅(きら)の者

不是養蠶人　　　是れ 蚕(さん)を養う人にあらず

 

【語釈】

城廓…都市。巾…ハンカチ。徧身綺羅者…全身を綺麗に着飾った人々。　　

 

商山路有感　　　商山の路 感 有り              唐　　白(はく)居(きょ)易(い)

 

萬里路長在　　　万里 路 長(とこしえ)に在り　

六年身始歸　　　六年 身 始めて帰る

所經多舊館　　　経(へ)る所 旧館多く　

大半主人非　　　太半 主人 非なり

 

【語釈】

商山…長安から秦嶺山脈を南に越える路。　舊館…六年前に泊まった旅館。非…死去する。

 

 

懊憹歌 　　 　　懊憹(おうのう)の歌　　　　　　　　　　　明　　劉(りゅう)　基(き)

 

白鵶養雛時　　　白鵶(はくあ) 雛を養う時

夜夜啼達曙      夜々 啼きて 曙(あけぼの)に達す

如何羽翼成　　　如何(いかん)ぞ ��(う)翼(よく) 成りて

各自東西去　　　各自(おのおのみずか) 東西に去る

 

【語釈】

懊憹歌…悔んで悩み悶える歌。白鵶…白いカラス。如何…どのようであるか。羽翼成…羽が生えそろう。

 

覧鏡詞　　　　　鏡を覧(み)るの詞　　　　　　　　　清　　毛竒齡(もうきれい)

 

漸覺鉛華盡　　　漸(ようや)く覚ゆ 鉛(えん)華(か)の尽くるを

誰憐顦顇新　　　誰か 憐われむ 顦顇(しょうすい)の新たなるを

與余同下淚　　　余と同じく 淚を下すは

只有鏡中人　　　只 鏡中の人 有り

 

【語釈】

鉛華…おしろい、華やかな顔色。顦顇…やせ衰えた顔貌。鏡中人　…鏡に映った自分。

 

 

菩提寺禁裴迪來相看説逆賊等凝碧池上作音樂供奉人等舉聲便一時淚下私成口號誦示裴迪 　　　　　　　　　　　　　　唐　　王　維

菩提寺に禁せらる。裴廸(ばいてき)来りて相い看る。説く、逆賊等、凝(ぎょう)碧(へき)池上(ちじょう)に音楽を作(な)す。供奉(ぐぶ)の人等、声を挙げて、便(すな)ち一時に涙下ると。私(ひそ)かにロ号(こうごう)を成し、誦して裴廸に示す。

 

萬戶傷心生野煙　　　万戸 心を傷ましむ 野煙を生ずるに

百僚何日更朝天　　　百官 何れの日か 更に天に朝せん

秋槐葉落空宮裏　　　秋槐(しゅうかい) 葉は落つ　空宮の裏(うち)

凝碧池頭奏管弦　　　凝(ぎょう)碧(へき)池頭(ちとう)に　管絃を奏す

 

【語釈】

凝碧詩…洛陽にある御苑内の池の名。裴廸…王維の友人。凝碧池…洛陽にある池の名。供奉…皇帝の側遣。口號…紙に書かないで作った即興の詩。萬戸…多くの家々。野煙…野のもや。朝天…宮廷に参内する。秋槐…秋になって葉が散り始めたエンジュ。空宮裏…主がいなくなって、空しくなった宮中。

 

（註…賊軍に仕えて、重刑を免れないところ、無実とされた曰く付きの詩）

 

 

 

題長安主人壁　　長安主人の壁に題す　　　　　　唐　　張(ちょう)　謂(い)

 

世人結交須黃金　　　世人(せじん) 交わりを結ぶに 黃金を須(もち)う

黃金不多交不深　　　黃金 多からざれば 交わり深からず

縱令然諾暫相許　　　縱令(たとい) 然諾(ぜんだく)して 暫(しばら)く相(あい)許(ゆる)すとも

終是悠悠行路心　　　終(つい)に是(こ)れ 悠々(ゆうゆう)たる 行路(こうろ)の心

 

【語釈】

主人 … 宿の主人。世人 … 世間の人。結交 … 交際するのに。黄金 … 金銭。金の力。須 … 「もちう」「もちいる」と読み、「〜を必要とする」と訳す。縱令 … 「たとい〜とも」と読み、「たとえ〜とも」「と訳す。然諾 … よろしいと引き受けること。相 … ここでは「互いに」という意味ではなく、動作に対象があることを示す言葉、「相手に対して」の意。許 … 心を許す、ここでは親しく交際すること。終 … 結局は。悠悠 … はるかに隔たること、ここでは疎遠で無関心な態度を形容する言葉。行路心 … 道を行く通りすがりの人の気持ち、冷淡で無関心な気持ちをいう。

 

（唐詩選）

 

秋思　　   　　 秋思(しゅうし)　　　　　　　　　　　　　唐　　許(きょ)　渾(こん)

 

�h樹西風枕簟秋　　　�h樹(きじゅ)の西風 枕簟(ちんてん)の秋

楚雲湘水憶同遊　　　楚雲(そううん) 湘(しょう)水(すい) 同遊を憶(おも)う

高歌一曲掩明鏡　　　高歌一曲 明鏡を掩(おお)う

昨日少年今白頭　　　昨日の少年 今は白頭

 

【語釈】

�h樹… 美しい木々、�hは玉の名。西風…秋風。枕簟 … 枕と簟（竹で編んだむしろ）、転じて夏の寝具。楚雲…楚の空に浮かぶ雲、楚は、湖北・湖南省一帯を指す。湘水…湘江。同遊 …昔いっしょに遊んだ友人。憶…思い出す。高歌一曲…声高らかに一節ひとふし歌うこと。

　

(唐詩選)

 

春行寄興 　　　春(しゅん)行(こう) 興を寄す　　　　　　　　 唐　　李(り)　華(か)

 

宜陽城下草萋萋　　　宜(ぎ)陽(よう)城下(じょうか) 草 萋々(せいせい)たり

澗水東流復向西　　　澗(かん)水(すい) 東に流れて復(ま)た西に向う

芳樹無人花自落　　　芳樹(ほうじゅ) 人無く 花 自(おのずか)ら落ち

春山一路鳥空啼　　　春山(しゅんざん) 一路 鳥 空しく啼く

 

【語釈】

春行 … 春の行楽。寄興 … 感興を詩に託して述べる。宜陽 … 河南省宜陽県。城下 … 城壁の外、町の郊外。萋萋 … 草が盛んに茂っているさま。澗水 … 谷川の水。芳樹 … 芳しい花の咲いている春の木。無人 … 見る人もなく。花自落 … 花は独りでにはらはらと散っている。春山 … 春の山道。一路 … 一すじに。

 

（唐詩選）

 

感春　　　      春を感ず　　　　　　　　　　　唐　　張(ちょう)　籍(せき)

 

遠客悠悠任病身　　　遠客(えんかく) 悠々として 病身に任す

誰家池上又逢春　　　誰が家の池上にか 又春に逢わん

明年各自東西去　　　明年 各自 東西に去らば

此地看花是別人　　　此の地 花を看るは 是れ別人ならん

 

【語釈】

遠客…故郷を遠く離れた旅人。悠悠…うれえるさま。池上…池のほとり。

(三体詩)

 

歎春風          春風を歎く　　　　　　　　　　唐　　白(はく)居(きょ)易(い)

 

樹根雪盡催花發　　　樹根 雪 尽きて 花を催(もよお)して発(ひら)く

池岸冰消放草生　　　池(ち)岸(がん) 氷 消えて 草を放(はな)って生ず

唯有鬚霜依舊白　　　唯 鬢(びん)霜(そう)の 旧に依って 白きあり

春風於我獨無情　　　春風 我に於いて 独り無情

 

【語釈】

催…せきたてる、促す。鬚霜…髪が雪のように白いこと。

 

 

閑居雜興　　 　閑居雜(かんきょざっきょう)興(こう)　　　　　　　　　  唐　　陳(ちん)　陶(とう)

 

一顧成周力有餘　　　一顧 周を成して 力余り有り　

白雲�闥ﾞ五溪魚　　　白雲 閑(かん)に釣る 五溪の魚

中原莫道無麟鳳　　　中原 道(い)うこと莫かれ 麟(りん)鳳(ぽう)無しと

自是皇家結網疎　　　自(おの)ずから 是れ 皇家 網(あみ)を結ぶ 疎なり

 

【語釈】

一顧…人に対してちょっと世話をすること。周…殷に次ぐ王朝。起句、承句…太公望のことを述べる。中原…中国本土、黄河流域。麟鳳…優れた人物。皇家…朝廷

 

 

秋懷　　　　   秋懷(しゅうかい)　　　　　　　　　　　　北宋　　蘇舜欽(そしゅんきん)

 

年華冉冉催人老　　　年華 冉々(ぜんぜん)として 人を催(もよお)して老しむ

風物蕭蕭又變秋　　　風物 蕭々(しょうしょう)として 又 秋を変ず

家在鳳皇城闕下　　　家は　鳳凰城闕(ほうおうじょうけつ)の下に在り

江山何事苦相留　　　江山 何事か苦(ねんごろ)に相留む

 

【語釈】

年華…年月。冉冉…年月が早く移りゆくさま。催…せきたてる、促す。蕭々…物寂しい。

 

 

雨夜　　　　　 雨夜　　　　　　　　　　　　 北宋　　張(ちょう)　詠(えい)

 

四簷寒雨滴秋聲　　　四簷(しえん)の寒雨 秋声滴(したた)たる

醉起重挑背壁燈　　　酔起(すいき) 重ねて挑(かか)ぐ 壁に背(そむ)くの灯

世事不窮身不定　　　世事 窮(きわま)らず 身 定まらず

令人�濶ｯ虎谿僧　　　人をして 閑(しずか)に 虎谿(こけい)の僧を憶(おも)わしむ

 

【語釈】

四簷…四方の軒端。秋聲…秋の気配がする物音。不窮…果てしない。

 

 

自作壽堂因書一絶以誌之 　　　　　　　　　　 北宋　　林(りん)　逋(ぽ)

自(みずか)ら壽堂を作る 因りて一絶を書し以って之を誌(しる)す

 

湖上青山對結廬　　　湖上の青山 対して廬を結ぶ

墳前修竹亦蕭疏　　　墳(ふん)前(ぜん)の修竹も 亦た蕭疏(しょうそ)

茂陵他日求遺稿　　　茂(も)陵(りょう) 他日 遺稿を求む

猶喜曾無封禪書　　　猶お喜ぶ 曽て 封(ほう)禅(ぜん)の書無きを

 

【語釈】

壽堂…生前に作る墓。修竹…長い竹。蕭疏…寂しくまばらなこと。茂陵…漢の武帝の墓。封禪…皇帝が天と地を祭る儀式。

 

示兒 　　     兒に示す　　　　　　　　　　 　南宋　　陸(りく)　游(ゆう)

 

死去元知萬事空　　　死に去らば 元知る 万事空なるを

但悲不見九州同　　　但だ悲しむ 九州の同じきを見ざるを

王師北定中原日　　　王師(おうし) 北のかた中原を定むるの日

家祭無忘告乃翁　　　家(か)祭(さい) 忘るること無かれ 乃(だい)翁(おう)に告ぐるを

 

【語釈】

元…元来。もともと。九州…中国全土。王師…皇帝の軍隊。定…平定する。中原…漢民族の故地である黄河中下流域の平原のこと。家祭…先祖を祭る儀式。乃翁…おやじさま。目上の者が目下の者に対して使う自称、陸游自身のこと。

（漢詩大系　１９）

 

再到洛陽　　　再び洛陽に到る　　　　　　   　北宋　　邵(しょう)　雍(よう)

　　　　　　　　　　　

當年曾是青春客　　　当年 曽(かつ)て是れ 青春の客(かく)

今日重來白雪翁　　　今日 重ねて来たる 白雪の翁

今日當年成一世　　　今日 当年 一世を成す

幾多興替在其中　　　幾多の興(こう)替(てい) 其の中に在り

 

【語釈】

當年…その昔。興替…起こって盛んである事と衰えて亡ぶこと。

 

 

天津感事　　　天津(てんしん) 事に感ず　　　　　　　　　北宋　　邵(しょう)　雍(よう)

 

前朝無限貴公卿　　　前朝 限り無き貴公(きこう)卿(けい)

後世徒能記姓名　　　後世 徒(いたずら)に 能(よ)く 姓名を記す

唯有天津橋下水　　　唯(た)だ 天津(てんしん)橋下(きょうか)の 水のみ有りて

年年唯作一般聲　　　年々 唯だ 一般の声を作す

 

【語釈】　

前朝…以前の王朝。天津橋…洛陽の西南にある橋の名。一般聲…今も昔も変わらぬ尋常一般の声。

 

 

春日偶成　　　春日偶成　　　　　　　　　　　 南宋　　鄭思肖(ていししょう)

　　　

百萬胡兒犯大朝　　　百万の胡児 大朝を犯す

奔南狩北恨迢迢　　　奔(ほん)南狩(なんしゅ)北(ほく) 恨み迢々(ちょうちょう)

我非辦得中興事　　　我 中興の事を 弁じ得るに非らずんば

一點英靈死不消　　　一点の英靈 死すとも 消(しょう)せず

 

【語釈】

胡兒…元の兵士。大朝…南宋。奔南狩北…天子が禍を避けて南北に逃れること。中興…元を亡ぼし宋を回復する。辦…成就する

 

憶昔　　　　　昔を憶う　　　　　　　　   　　　明　　劉(りゅう)　基(き)

 

憶昔揚州看月華　　　憶う 昔 揚州にて 月(げっ)華(か)を看る

滿城絃管滿人家　　　満城の絃管 人家に満つ

可憐今夜中秋月　　　憐れむべし 今夜 中秋の月

獨照寒蛩泣細沙　　　独り照らす 寒蛩(かんきょう)の細沙(さいさ)に泣くを

 

【語釈】

憶昔…昔のことを追想する。月華…月の光、月。寒蛩…寂しいこおろぎ。細沙…薄絹の窓のカーテン。

 

 

夜雨江館寫懷　　　夜雨 江館に懷(かい)を写す　　　　  明    ��(こう)  啓(けい)

 

漠漠春寒水遶村　　　漠々(ばくばく)たる春寒 水村を遶(めぐ)る

有愁無酒不開門　　　愁い有りて 酒無く 門を開かず

青燈畵角黄昏雨　　　青灯 画角 黄昏の雨

客共梅花併斷魂　　　客(かく)は梅花と共に 併せて断魂　

 

【語釈】

漠漠…広々として果てしないさま。畵角…美しい模様のある角笛、胡人の用いる物。斷魂…魂が断たれるような気持。

 

 

閑居感懐　　　閑居感懐　　　　　　　　　　　　 明　　陸�ｺ蘊(りくとくうん)

 

白鶴沙頭水自波　　　白鶴(はくかく)沙頭(さとう) 水 自(おの)ずから波だつ

扁舟曾載夕暘過　　　扁舟 曽て 夕暘(せきよう)を載せて過ぐ

東風一路蘼蕪�香@　　東風 一路 蘼(び)蕪(ぶ) 緑なり

添得春愁別後多　　　春愁を添え得て 別後に多し

 

【語釈】

白鶴沙…作者の家の近くにある洲の名。蘼蕪…ここでは芳草一般。春愁…春のもの悲しさ。

 

 

感舊　　　    感旧　 　　　　　　　　　　　　　清　　呉(ご)偉業(いぎょう)

 

赤欄橋䕶上陽花　　　赤欄(せきらん)橋(きょう)は護(ご)す 上陽(じょうよう)の花

翠羽雕籠語絳紗　　　翠羽(すいう) 雕(り)籠(ろう) 絳紗(こうしゃ)に語る

�綜E江州白司馬　　　��(えん)殺(さつ)す 江州の白(はく)司馬(しば)

月明亭畔聽琵琶　　　月明亭(げつめいてい)畔(はん) 琵琶を聽く

 

【語釈】

翠羽…カワセミ。雕籠…彫刻した美しい鳥かご。絳紗…赤色の薄絹。�綜E…非常に羨ましがらせる、殺は強調の助字。江州白司馬…江州司馬に左遷された白居易。月明亭畔聽琵琶…「琵琶行」のこと。

 

舟中見獵犬有感作　　　　　　　　　　　　　　　 清　　宋(そう)　琬(えん)

　　　　舟中 猟犬を見て 感じて作る

 

秋水蘆花一片明　　　秋水 蘆花 一片 明かなり

難同鷹隼共功名　　　鷹(よう)隼(じゅん)と同じく 功名を共にし難し

檣邊飽飯垂頭睡　　　檣(しょう)辺(へん) 飯(はん)に飽きて 頭を垂れて睡る

也似英雄髀肉生　　　也た 似たり 英雄に髀(ひ)肉(にく)の生ずるに

 

【語釈】

鷹隼…鷹とはやぶさ。起句、承句は、猟犬も、秋水蘆花のきれいな船中に養われては、鷹や隼のごとく、獲物を捕る功名を建てることが出来ないことを言う。英雄髀肉生…髀肉の嘆。

 

有客問余問近況者詩以答之　　　　　　　　　　　 清　　王(おう)　樞(すう)

　　　　客に余の近況を問う者有り 詩 以って 之に答う

 

豪氣於今尚未餘　　　豪気 今に於いて 尚お 未だ余(のぞ)かず

難將壯志付樵漁　　　壮志を将(も)って 樵(しょう)漁(ぎょ)に付し難し

短衣射虎南山下　　　短衣 虎を射る 南山の下

帶月歸來夜讀書　　　月を帯びて 帰来(きらい)し 夜 書を読む

 

【語釈】

豪氣…優れて盛んな意気込み。壯志…盛んな志。樵漁…樵と漁夫で隠棲生活を送る者。南山…長安の南にある終南山、虎が多かった。

春望 　　     春望　　　　　　　　　　　　　   唐　　杜(と)　甫(ほ)

 

國破山河在　　　国破れて 山河在り

城春草木深　　　城春にして 草木深し

感時花濺淚　　　時に感じては 花にも淚を濺(そそ)ぎ

恨別鳥驚心　　　別れを恨んでは 鳥にも心を驚かす

烽火連三月　　　烽火(ほうか) 三月(さんげつ)に連なり

家書抵萬金　　　家書 万金に抵る

白頭搔更短     白頭 搔(か)けば 更に短かく

渾欲不勝簪     渾(すべ)て 簪(しん)に勝えざらんと欲す

 

【語釈】

国 …国都長安。破…（戦乱により）破壊される。山河…山や川など、自然の佇たたずまい。驚…はっと驚く。烽火…合図ののろし、ここでは戦乱のたとえ。

三月…何ヶ月も。連…続いている。家書… 家族からの手紙。万金 …非常に多額の金銭。貴重なこと。抵…相当する。白頭…しらが頭。掻…髪をかきむしる。短…少なくなる。渾 … すべて。まったく。簪…冠を髪に止めるピン。不勝 … 〜しきれない。 … 〜しようとする。

 

（唐詩三百首）

 

 

四十五　　　　四十五　　　　　　　　　　　　 　唐　　白(はく)居(きょ)易(い)

 

行年四十五　　　行年(こうねん) 四十五

兩鬢半蒼蒼　　　両鬢(りょうびん) 半ば蒼々(そうそう)たり

清瘦詩成癖　　　清瘦(せいそう) 詩 癖(へき)を成し

粗豪酒放狂　　　粗(そ)豪(ごう) 酒 狂(きょう)を放(ほしいまま)にす

老來尤委命　　　老来 尤も命(めい)に委(ゆだ)ね

安處即爲鄉 　 　安処(あんしょ) 即ち郷と為す

或擬廬山下　　　或は擬う 廬(ろ)山(ざん)の下(もと)

來春結草堂　　　來春 草堂を結ばんことを

 

【語釈】

蒼蒼…青く茂るさま、ここでは白くなること。清瘦…清く痩せること。粗豪…荒々しく強い。老來…老いて後。命…天命。安處…安楽に居る所。廬山…江西省九江詩にある山、陶淵明隠棲の地に近い。

 

感事　　　　  事に感ず　　　　　　　　　　　   金　　元好問(げんこうもん)

 

壯事本無取　　　壮事(そうじ)  本(もと) 取る無し

老謀何所成　　　老謀(ろうぼう) 何の成る所ぞ

人皆傳已死　　　人 皆 已に死せりと伝う　　　

吾亦厭餘生　　　吾も亦た 余生を厭(いと)う

潦倒封侯骨　　　潦(ろう)倒(とう)す 封侯の骨

淹留混俗情　　　淹留(えんりゅう)す 俗に混ずるの情

百年堪一笑　　　百年 一笑するに堪え

辛苦惜虛名　　　辛苦(しんく)して 虛名(きょめい)を惜む

 

【語釈】

壯事…壮年の時。本…もとより。老謀…老後のはかりごと。潦倒…老いぼれやつれること。淹留…ぐずぐず留まっていること。

 

 

感慨　　　　　　感慨　　　　　　　　　　　　　明　　劉(りゅう)　基(き)

 

結髮事遠遊　　　結髮(けっぱつ) 遠遊を事とし

逍遙觀四方　　　逍遙して 四方を観る

天地一何闊　　　天地 一(ひと)えに 何ぞ闊(かん)なる

山川杳茫茫　　　山川 杳(はる)かに茫々

衆鳥各自飛　　　衆(しゅう)鳥(ちょう) 各(おのおの) 自(みずか)ら飛び

喬木空蒼涼　　　喬木(きょうぼく) 空しく 蒼(せい)涼(りょう)たり

登高見萬里　　　高きに登りて 万里を見

懷古使心傷　　　古(いにしえ)を懷いて 心をして傷ましむ

佇立望浮雲　　　佇立(ちょりつ)して　浮雲を望み

安得凌風翔　　　安(いずく)んぞ 風を凌いで翔(か)けるを得ん　

 

【語釈】

結髮…少壮の頃。遠遊…修行等のために他郷に行くこと。闊…広大なこと。茫茫…広大なさま。喬木…高い木。蒼涼…物寂しいこと。　

 

 

酌酒與裴迪　　　酒を酌んで裴迪に与う　　　　　 唐　　王(おう)　維(い)

 

酌酒與君君自�ｪ　　　酒を酌んで君に与(あた)う 君自く�ｪ(ゆる)うせよ　　　

人情翻覆似波瀾　　　人情の翻覆(はんぷく) 波瀾に似たり

白首相知猶按劒　　　白首の相知(そうち) 猶(な)お剣を按(あん)じ

朱門先達笑彈冠　　　朱門の先達(せんだつ) 弾(だん)冠(かん)を笑う

草色全經細雨濕　　　草色全く 細雨を経て湿おい

花枝欲動春風寒　　　花(か)枝(し)動かんと欲して 春風寒し

世事浮雲何足問　　　世事(せじ)浮雲 何んぞ問うに足らん

不如高臥且加餐　　　如かず 高臥して 且つ餐を加えんには

 

【語釈】

裴迪 … 王維の詩友。�ｪ … 気分をゆったりとさせる。翻覆 … 変わりやすいこと。波瀾 … 波。白首 … しらがあたま。相知 … 友人。按剣 … 刀の柄つかに手をかけてかまえる。朱門 … 朱塗りの門。先達 … 先に栄達した人。弾冠 … 冠のほこりをはらって仕官の準備をすること。草色 … 若草の色、つまらぬ人間・小人しょうじんにたとえる。細雨 … きりさめ。春雨。花枝 … 花の枝、君子にたとえる、ここではとくに不遇な裴迪を指す。欲動 … 花のつぼみが開こうとする。世事 … 世の中のこと。浮雲 … はかないことのたとえ。何足問 … とやかく問題にするほどのこともない。不如 … 「〜にしかず」と読み、「〜には及ばない」「〜の方がよい」と訳す。高臥 … 世を避けて悠々と暮らす。且 … ひとまず。加餐 … 食事をたくさん食べる。

 

（唐詩選）

 

曲江　　　　  曲江　　　　　　　　    　　     唐　　杜(と)　甫(ほ)

 

朝囘日日典春衣　　　　朝(ちょう)より回(かえ)りて 日々に 春衣を典(てん)し　

毎日江頭盡醉歸　　　　毎日 江頭(こうとう)に 酔(よい)を尽くして帰る　

酒債尋常行處有　　　　酒債(しゅさい)は 尋常(じんじょう) 行く処に有り　

人生七十古來稀　　　　人生七十 古来(こらい)稀(まれ)なり　

穿花蛺蝶深深見　　　　花を穿(うが)つ蛺(きょう)蝶(ちょう)は 深々(しんしん)として見え　

點水蜻蜓款款飛　　　　水に点(てん)する蜻蜓(せいてい)は 款々(かんかん)として飛ぶ　

傳語風光共流轉　　　　風光(ふうこう)に伝語(でんご)す 共に流転(るてん)して　

暫時相賞莫相違　　　　暫時(ざんじ) 相賞(あいしょう)し 相(あい)違(たが)うこと莫(なか)れと　

 

【語釈】

曲江…長安中心部より東南東数キロのところにある池の名、地名。朝回…朝廷からかえってくる。典…質に入れる。春衣…春の衣服。江頭…川の畔。酒債…酒代の借り。尋常…つねに。穿花…花の間を行き来する。蛺蝶…アゲハチョウ。深々…奥深くかすかなさま。點水…水につける。蜻蜓…とんぼ。款款…ゆるやかなさま。傳語…言葉を寄せる。風光…風景、天地自然の意。流轉…絶え間なく移り変わること。暫時…少しの間、しばし。相…お互いに。賞…めでたのしむ。莫……なかれ。違…たがう。

 

（注）「尋常」は「尋」…八尺、常…十六尺、とする数値の単位になり、「七十」と対になる。「借対」という。　

 

 

　（唐詩選）

 

 

返照 　　　   返照　　　　　　　　　　　　　　 唐　　杜(と)　甫(ほ)

 

楚王宮北正黄昏　　　　　楚(そ)王(おう)宮(きゅう)北(ほく)　正(まさ)に黄昏(こうこん)

白帝城西過雨昏　　　　　白(はく)帝(てい)城西(じょうせい) 過(か)雨(う)の昏(たそがれ)

返照入江翻石壁　　　　　返照(へんしょう) 江(こう)に入りて 石壁(せきへき)に翻(ひるがえ)り

帰雲擁樹失山邨　　　　　帰(き)雲(うん) 樹(じゅ)を擁(よう)して 山邨(さんとん)を失す

垂年病肺惟高枕　　　　　垂(すい)年(ねん) 肺を病んで 惟(た)だ枕を高くし

絶塞愁時早閉門　　　　　絶(ぜつ)塞(さい) 時を愁(うれ)いて 早く門を閉ず

不可久留豺虎乱　　　　　久しく豺(さい)虎(こ)の乱に 留まるべからず

南方実有未招魂　　　　　南方(なんぽう)　実(じつ)に 未だ招かざるの魂有り

 

【語釈】

返照…夕映え。楚王宮…夔州の東、巫山に有った楚王の離宮の跡。過雨…通り雨。帰雲…山に帰り行く雲。山邨…山里。垂年…年老いて死期の近いこと。絶塞…遠く離れた城塞。豺虎乱…山犬と虎の乱、安史の乱。

『楚辞、九章、抽思』　黄昏以爲期。

『楚辞、招隠士』　山中兮不可以久留。

『楚辞、宋玉、招魂』　魂兮歸來、南方不可以止些。

 

（漢詩大系　９）

 

 

 

秋興　　　    秋興　　　　　　　　　　　　　　 唐　　杜(と)　甫(ほ)

 

玉露凋傷楓樹林　　　　玉露(ぎょくろ) 凋傷(ちょうしょう)す 楓樹(ふうじゅ)の林　

巫山巫峡気蕭森　　　　巫山(ふざん)巫峡(ふきょう) 気 蕭(しょう)森(しん)　

江間波浪兼天沸　　　　江間(こうかん)の波浪 天を兼ねて沸(わ)き　

塞上風雲接地陰　　　　塞上(さいじょう)の風雲(ふううん) 地に接して陰(くも)る　

叢菊両開他日涙　　　　叢(そう)菊(きく) 両(ふたた)び開く 他日の涙　

孤舟一繋故園心　　　　孤(こ)舟(しゅう)　一(ひとえ)に繋(つな)ぐ 故園の心　

寒衣處處催刀尺　　　　寒(かん)衣(い) 處々 刀(とう)尺(せき)を催(うなが)し　

白帝城高急暮砧　　　　白帝城 高くして 暮(ぼ)砧(ちん) 急なり　

 

【語釈】

玉露…玉のような露。凋傷…しぼませ傷ませること。楓樹…楓。巫山…夔州（四川省奉節県）の東にある山。巫峡…三渓の一つで、巫山のそばの渓谷。蕭森…静かで物寂しいこと。　江間…長江の流れ。兼天…天に届くばかりに。塞上…砦の付近。陰…暗くする。叢菊…野菊。他日…過去の日。孤舟…一艘の舟。一繋…つないだままである。故園…ふるさと。寒衣…冬服。刀尺…裁縫のこと。白帝城　夔州の白帝城の上にある城。蜀の劉備玄徳が亡くなった場所。暮砧…夕暮れに打つ砧。

 

(唐詩選)

 

 

 

感懷　　　      感懷　　　　　　　　　　　　    唐　劉(りゅう)長(ちょう)卿(けい)

　

秋風落葉正堪悲　　　秋風 落葉 正(まさ)に悲しむに堪えたり、

黄菊殘花欲待誰　　　黄菊 残花 誰をか待(ま)たんと欲する。

水近偏逢寒氣早　　　水近くして 偏(ひと)えに寒気に逢うこと早く

山深長見日光遲　　　山深くして 長く日光を見ること遅し

愁中卜命看周易　　　愁中(しゅうちゅう) 命(めい)を卜(ぼく)するに 周(しゅう)易(えき)を看(み)

夢裏招魂讀楚詞　　　夢裏(むり) 魂(たましい)を招くに 楚詞(そし)を読む

自笑不如湘浦雁　　　自ら笑う　湘浦(しょうほ)の雁に如かざるを

飛來即是北歸時　　　飛来するは　即ち是(こ)れ　北帰(ほっき)の時

 

【語釈】

感懐…心に感じた思い。水…川や湖。偏…ひとえに、すこぶる。愁中…愁いの中で、愁いを抱いて。卜命…運命をうらなう。周易…周代の占いを書いた書、『易経』。夢裏…夢のなか。招魂…死者のたましいを招いてなぐさめ、祭る。楚詞…『楚辞』。自笑…自嘲する。不如Ａ…Ａにおよばない。湘浦…湘水のほとり。湘水は…湖南省を流れて瀟水と合流して洞庭湖に注ぐ川。

 

(三体詩)

 

 

 

 

 

 

春晚詠懷贈皇甫朗之 　　　　　　　　　　　　　　 唐　　白(はく)居(きょ)易(い)

　　　春晚 懐(おもい)を詠じて皇甫朗之(こうほろうし)に贈る

 

豔陽時節又蹉跎　　　豔(えん)陽(よう)の時節 又 蹉跎(さた)なり

遲暮光陰復若何　　　遅(ち)暮(ぼ)の光陰 復た若(い)何(かん)

一歲平分春日少　　　一歲平分(へいぶん)するに 春日少し

百年通計老時多　　　百年通計するに　老時多し

多中更被愁牽引　　　多中(たちゅう) 更に愁(うれい)に牽引(こういん)せられ

少處兼遭病折磨　　　少処(しょうしょ) 兼ねて病に遭(あ)いて折磨(せつま)せらる

�ｮ有銷憂治悶藥　　　�ｮ(さいわい)に憂(うれい)を銷(け)し悶(もん)を治むる薬有り

君家濃酎我狂歌　　　君が家の濃酎(のうちゅう) 我が狂歌

 

【語釈】

皇甫朗之…皇甫曙。豔陽…春の終わりの美しい季節。蹉跎…衰退する。遲暮…老年。光陰…年月。復…いったい、疑問の語気を強める副詞。若何…どうしたらよいか。平分…等しく分ける。兼…その上。折磨…肉体に苦痛を受ける。濃酎…濃い酒。

（新釈漢文大系　白氏文集　十二上）

 

 

 

 

 

 

放言　　　　    放言　　　　　　　　　        北宋    王禹偁(おううしょう)

 

誰信人間是與非　　　誰か信ぜん 人間(にんげん)の是と非と

進須行道退忘機　　　進みて 須(すべか)らく道を行うべく 退(しりぞ)いては機を忘れん

卦逢大壯羝羊困　　　卦(け)は 大壮(だいそう)に逢いて 羝羊(ていよう) 困しみ

郷入無何蛺蝶飛　　　郷は 無何(むか)に入って 蛺(きょう)蝶(ちょう)飛ぶ

澤畔衣裳蘭作佩　　　沢(たく)畔(はん)の衣裳 蘭(らん)を佩(はい)と作(な)し

山中生計竹爲扉　　　山中の生計 竹を扉(ひ)と為す

饑腸已共夷齊約　　　飢(き)腸(ちょう) 已に夷齊(いせい)と共に約す

一曲高歌去採薇　　　一曲高歌 去って 薇(び)を採る

 

【語釈】

大壯…易の六十四卦の一つで、雷が天上にあって陽剛が盛んである事を示す。羝羊…雄羊。無何蛺蝶…荘子の故事。澤畔衣裳蘭作佩…くつ言の故事。饑腸已共夷齊約…伯夷叔斉の故事。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

初到黃州　　　　初めて黃州に到る　　　　　    北宋   蘇(そ)　軾(しょく)

 

自笑平生為口忙　　自(みずか)ら笑う 平生(へいぜい) 口の為に忙わしきを

老來事業轉荒唐　　老来 事業 転(うた)た荒唐

長江繞郭知魚美　　長江 郭を繞って 魚の美きを知り

好竹連山覺筍香　　好竹 山に連って 筍の香しきを覚ゆ

逐客不妨員外置　　逐客(ちくかく) 妨げず 員外に置かるるを

詩人例作水曹郎　　詩人 例として 水曹郎(すいそうろう)と作(な)る

只慚無補絲毫事　　只だ慚(は)づ 糸毫(しごう)の事を 補うなきを

尚費官家壓酒嚢　　尚お 費(ついや)す 官家圧酒の嚢(のう)

 

【語釈】

老來…老人になる。轉…有る状態が深まること。荒唐…とりとめも無いこと。郭…城郭。逐客…流人。員外…員外郎、定員外の官、名目だけの官。水曹郎…工部水部郎。絲毫事…ごく僅かなこと。壓酒嚢…酒を絞る為に使った袋。

（漢詩大系１７）

 

 

 

 

 

 

 

書憤　　　     憤(いきどおり)を書す　　　　        　　南宋　　陸(りく)　游(ゆう)

 

早歲那知世事艱　　　　早歲(そうさい)那(な)んぞ知らん世事の艱(かた)きを　

中原北望氣如山　　　　中原(ちゅうげん) 北望(ほくぼう)して 気 山の如し　

樓船夜雪瓜洲渡　　　　楼船(ろうせん) 夜雪(やせつ) 瓜洲(かしゅう)の渡(と)　

鐵馬秋風大散關　　　　鉄馬 秋風 大散(たいさん)の関(かん)　

塞上長城空自許　　　　塞上(さいじょう)の長城 空しく自(みずか)ら許せしも　

鏡中衰鬢已先斑　　　　鏡中の衰鬢(すいびん) 已に先(ま)ず斑(まだら)なり　

出師一表真名世　　　　出師(すいし)の一表(いっぴょう) 真(まこと)に世に名あり　

千載誰堪伯仲間　　　　千載(せんざい) 誰(たれ)か堪(た)えん 伯仲(はくちゅう)の間(かん)　

 

【語釈】

早歲…若いころ。那…反語、どうして。世事…世の中の事々。艱…難しい。中原…黄河流域の平野、金の占領地。樓船…高い櫓を組んだ舟。瓜洲渡…長江の江蘇省鎭江と向かい合う渡し場。大散關…関中西部から秦に入る境界の要衝。出師一表…諸葛孔明の出師表。伯仲間…伯は兄、仲は弟、優劣の付けがたいこと。

（漢詩大系１６）

 

 

 

 

次韻李刑曹病起書懷　　　　　　 　　　　　　　 南宋 　王(おう)十(じゅう)朋(ほう)

　　　李刑曹(りけいそう)の病起書懷(びょうきしょかい)に次韻す

 

文園病思亂如飛　　　文(ぶん)園(えん)の病思(へいし) 乱れて飛ぶが如し

禪榻逍遥謾息機　　　禅榻(ぜんとう)に逍遥(しょうよう)として 謾(まん)に機を息(や)む

漸喜珠絲封藥裹　　　漸(ようや)く喜ぶ 珠(しゅ)糸(し)の 薬裹(やくのう)を封ずるを

未容鶴髮上簪徽　　　未だ容(ゆる)さず 鶴髮(かくはつ)の 簪徽(しんび)に上(のぼ)るを

酒能伐性聊須止　　　酒は 能(よ)く 性を伐(き)る 聊(いささ)か 須(すべか)らく止むべし

碁恐勞神未敢圍　　　碁は 神(しん)を労するを恐れて 未だ敢(あ)えて囲まず

惟有詩懷禁不得　　　惟(た)だ 詩懷(しかい)の 禁じ得ざる有り

任他憔瘦不勝衣　　　任他(さもあらばあれ) 憔瘦(しょうすい)して衣に勝(たえ)ざるを

 

【語釈】

病思…病気上がりの心の思い。禪榻…座禅を組む腰掛け。簪徽…簪の止めあるところ。勞神…精神を疲れさせる。任他…ままよ。

 

 

 

 

 

遣興 　　　     興(きょう)を遣(や)る　　　　　　　　     南宋　文天(ぶんてん)祥(しょう)

 

東風吹草日高眠　　　東風 草を吹いて 日 高くして 眠る

試把平生細問天　　　試みに 平生(へいぜい)を把(と)りて 細かに 天に問う

燕子愁迷江右月　　　燕子 愁い迷う 江(こう)右(ゆう)の月

杜鵑聲破洛陽烟　　　杜鵑(とけん) 声は破る 洛陽の煙

何從林下尋元亮　　　何ぞ 林下に従って 元亮を尋ねん

只向塵中作魯連　　　只だ 塵中に向って 魯連と作らん

莫笑道人空打坐　　　笑う莫かれ 道人 空しく 打坐するを

英雄收斂便神仙　　　英雄 收斂(しゅうれん)すれば 便ち神仙

 

【語釈】

平生…常日頃の行為。江右…長江の西方。元亮…陶淵明。魯連…魯 仲連、戦国時代の遊説家、秦王が「帝」となることの不利益を説き、それを納得させた。道人…道を修めた人。打坐…すわる、打は助字。收斂…手を収める。

 

 

 

 

過零丁洋　　　　零丁洋を過ぐ　　　　　　      南宋　文天(ぶんてん)祥(しょう)

 

辛苦遭逢起一經　　　辛苦 遭逢(ほうそう) 一(いっ)経(けい)より起こる

干戈落落四周星　　　干戈(かんか) 落々(らくらく)たり 四周星

山河破碎風抛絮　　　山河 破碎して 風 絮(じょ)を抛(ただよ)わし

身世飄揺雨打萍　　　身世 飄揺(ひょうよう)して 雨 萍(ひょう)を打つ

皇恐灘頭說皇恐　　　皇恐灘頭(きょうこうたんとう) 皇恐(きょうこう)を説き

零丁洋裏歎零丁　　　零丁(れいてい)洋裏(ようり) 零丁(れいてい)を歎く

人生自古誰無死　　　人生 古(いにしえ)自(よ)り 誰か 死 無からん

留取丹心照汗青　　　丹(たん)心(しん)を留(りゅう)取(しゅ)して 汗(かん)青(せい)を照さん

 

【語釈】

零丁洋 … 広東省の珠江の河口付近の海の名、「零丁」は、落ちぶれて孤独であること。辛苦 … 辛いことに遭って苦しむこと。遭逢 … 遭遇する。出くわすこと。起一経 … 経書を修めて、二十歳で進士に及第し、仕官したこと。干戈 … 戦争。落落 … 思うようにならないさま。「寥落」に作るテキストもある。四周星 … 四年。破砕 … 破壊された。絮 … 柳絮。柳の白い綿毛のついた種子。抛 … 吹き散らす。身世 … わが身一代。一生涯。飄揺 … さすらう。漂い動く。萍 … 浮き草。雨打萍 … 浮き草を雨が打ち叩く、不安なことの喩え。皇恐灘…江西省万安県にある難所。皇恐…恐れる。零丁 … 落ちぶれて孤独であること。歎 … 嘆く。自…は「より」と読み、「〜から」と訳す。丹心 …忠誠の真心。留取 … 留めておく「取」は助字。汗青 … 歴史書を指す。照 … 史上に名を輝かせたい。

（中国名詩選（下）川合）

 

 

��波亭青為口帥賦　　　　　　　　　　　　　　　　金　　元好問(げんこうもん)

��波亭(おうはてい) 青(せい)口(こう)帥(し)の為に賦す

 

孤亭突兀插飛流　　　孤亭 突兀(とっこつ)として 飛流を插(さしはさ)む

氣壓元龍百尺樓　　　気は圧す 元龍(げんりょう) 百尺の楼

萬里風濤接瀛海　　　万里の風涛(ふうとう) 瀛(えい)海(かい)に接し

千年豪傑壯山丘　　　千年の豪傑 山丘を壮(さか)んにす

疏星澹月魚龍夜　　　疎(そ)星(せい) 澹(たん)月(げつ) 魚(ぎょ)龍(りょう)の夜

老木清霜鴻雁秋　　　老木 清霜 鴻(こう)雁(がん)の秋

倚劍長歌一杯酒　　　剣に倚(よ)りて長歌す 一杯の酒

浮雲西北是神州　　　浮雲 西北 是れ 神州

 

【語釈】

青口帥…青口の守師であった粘合を言う。��波亭は青口にあり。

突兀…高く聳えるさま。飛流…瀑布。元龍…後漢の陳登、豪毅の士、故事有り。瀛海…崑崙の東南の地方五千里を指す。澹月…淡い月。魚龍…魚と龍。

 

 

 

 

 

述懷　　　　　　述懐(じゅつかい)　　　　　　　　　　　　　 唐 　魏(ぎ)　徵(ちょう)

中原還逐鹿　　　中原 還(ま)た鹿を逐(お)い

投筆事戎軒　　　筆を投じて 戎(じゅう)軒(けん)を事とす

縦横計不就　　　縦横の計 就(な)らざれども

慷慨志猶存　　　慷慨(こうがい)の志　猶(な)お存せり

仗策謁天子　　　策を仗(つ)いて 天子に謁し

驅馬出關門　　　馬を駆って 関門を出ず

請纓繋南粤　　　纓(えい)を請いて 南越を繋ぎ

憑軾下東藩　　　軾(よ)に憑(よ)りて 東藩を下す

鬱紆陟高岫　　　鬱紆(うつう)として 高岫(こうしゅう)に陟(のぼ)り

出没望平原　　　出没して 平原を望む

古木鳴寒鳥　　　古木 寒鳥鳴き

空山啼野猿　　　空山 野猿啼く

既傷千里目　　　既に 千里の目を傷(いた)ましめ

還驚九逝魂　　　還(ま)た 九逝(きゅうせい)の魂を驚かす

豈不憚艱険　　　豈(あ)に 艱(かん)険(けん)を憚(はばか)らざらんや

深懐國士恩　　　深く国士の恩を懐(おもう)う

季布無二諾　　　季(き)布(ふ)に 二諾(にだく)無く

侯贏重一言　　　侯贏(こうえい)は 一言を重んず

人生感意氣　　　人生 意気に感ず

功名誰復論　　　功名(こうめい)　誰(たれ)か復(ま)た論ぜん

 

【語釈】

中原…漢民族の故地、黄河下流域の華北平原一帯。逐鹿…隋朝を倒して唐朝を開くという政権奪取に活躍したことをいう。投筆…行政事務を辞めて。戎軒…戦闘に使う車。縱��計…軍略。蘇秦、張儀の合従、連衡の策。慷慨…昂ぶる心意気。杖策…乗馬用のムチを杖ついて。驅馬…馬に乗って、軍隊を指揮して。出關門…関より外へ出て敵を攻伐すること。纓…冠のひも、ここでは、捕虜にした夷狄を縛る縄。憑…車に乗ること。軾…車のながえの横木、転じて車。東藩…東の方の属国。鬱紆…山坂などが曲がりくねって続いているさま。陟…のぼる。高岫…高い山の峰。出沒…山道が上下して、上り下りしているさまをいう。古木…冬枯れの木や林のようす。寒鳥…寒々として、寂しげな鳥。空山…秋が過ぎて落葉してしまった山のようす。夜猿…夜に啼く猿、もの寂しげなさまをいう。既…であるうえに。であるのに。すでに。千里目…はるかな眺望。還…なおも、また。九折…坂などの曲がりくねりの多いこと。つづら折り。九折魂…長い遥かな路を努力を重ねて、曲がりくねって歩んできたわたしの魂。艱險…けわしいものごと。季布…漢初の楚人、項羽の部将として活躍する。侯嬴…戦国時代の魏の隠士の名。功名…手柄と名誉。

 

（唐詩選）

 

感遇　　　　　  感遇　　　　　　　　　　　　　　唐　張九(ちょうきゅう)齢(れい)

 

孤鴻海上來　　　孤(こ)鴻(こう) 海上より来(きた)る　

池潢不敢顧　　　池潢(ちこう) 敢て顧(かえりみ)ず　

側見双翆鳥　　　側に見る 双翆(そうすい)鳥(ちょう)　

巣在三珠樹　　　巣(すく)いて 三珠樹(さんしゅじゅ)に在り　

矯矯珍木嶺　　　矯々(きょうきょう)たる 珍木の嶺(てん)　

得無金丸懼　　　金丸の惧(おそ)れ 無きを得んや　

美服患人指　　　美服は 人の指さすことを患う　　

高明逼神惡　　　高明は 神の悪しみに逼る　

今我游冥冥　　　今 我 冥々(めいめい)に游ぶ　

弋者何所慕　　　弋者 何の慕う所ぞ　

 

【語釈】

孤鴻 … 群れを離れた一羽のおおとり、作者が自分をたとえたもの。池潢 … 池や水たまり。双翠鳥 … 二羽の緑の美しい羽をしたかわせみ。三珠樹 … 珍木の名。矯矯 … 鳥などが高く舞い上がるさま。金丸 … 黄金製の弾丸。美服 … 美しい身なり。高明 … 高く明るい邸宅、富貴の人の家。神 … 鬼神。冥冥 … 奥深く遠い、暗い、大空の形容。弋者 … いぐるみで鳥を落とす猟師。

（唐詩選）

 

 

 

 

閑居感懐　　　　閑居感懐　　　　　　　　　　　　明　　方孝孺(ほうこうじゅ)

 

我非今世人　　　我は 今世の人に非らず

空懷今世憂　　　空しく懐く 今世の憂い

所憂諒無他　　　憂うる所は 諒(まこと)に他無し

慨想禹九州　　　慨想(がいそう)す 禹(う)の九州

商君以爲秦　　　商君は 以って秦の為にし

周公以爲周　　　周公は 以って周の為にす

哀哉萬年後　　　哀しい哉 万年の後

誰爲斯民謀　　　誰か 斯(こ)の民の為に謀(はか)かる

 

【語釈】

禹九州…中国全土、禹が洪水を収めて中国を九州に分けた。商君…商 鞅、法家思想で秦を強大にした。周公…武王の弟、武王を助けて殷(いん)を滅ぼし，周の支配を確立した。

 

 

 

 

 

 

貧交行　　　　　貧交(ひんこう)行(こう)　　　　　　　　　　　　  唐　　杜(と)　甫(ほ)　　

 

翻手作雲覆手雨　　　 手を翻(ひるがえ)せば雲と作り 手を覆(くつがえ)せば雨となる。　

紛紛輕薄何須數　　 　紛々たる軽薄　何ぞ数うるを須(もち)いん

君不見管鮑貧時交　　 君見ずや　管(かん)鮑(ぽう) 貧(ひん)時(じ)の交(わじわり)を

此道今人棄如土　　 　此の道　今人(こんじん) 棄(す)てて土の如し

 

【語釈】

貧交行…貧しい時代の交友の歌。翻手…てのひらを上に向ける。覆手…掌てのひらを下に向ける。紛々…混じり乱れるさま。管鮑…春秋時代の管仲と鮑叔牙。今人…現在の人。

（唐詩選）

 

 

哀江頭 　　　　 江頭に哀(かな)しむ　　　　　　　　　  唐　　杜(と)　甫(ほ)

 

少陵野老呑聲哭　　　　少陵(しょうりょう)の野老(やろう) 声を呑(の)んで哭(こく)し

春日潛行曲江曲　　　　春日(しゅんじつ)潛(せん)行(こう)す 曲(きょく)江(こう)の曲(くま)　

江頭宮殿鎖千門　　　　江頭(こうとう)の宮殿 千門(せんもん)を鎖(とざ)す　

細柳新蒲為誰�香@　　　細(さい)柳(りゅう)新蒲(しんぽ) 誰が為にか��(みどり)なる　

憶昔霓旌下南苑　　　　憶(おく)う昔 霓旌(げいしょう) 南苑(なんえん)に下(くだ)り　

苑中萬物生顏色　　　　苑中(えんちゅう) 万物(ばんぶつ) 顏(がん)色(しょく)を生(しょう)ぜしを　

昭陽殿裡第一人　　　　昭陽殿裡(しょうようでんり) 第一の人　

同輦隨君侍君側　　　　輦(れん)を同じくし君に隨(したが)って君側(くんそく)に侍(じ)す　

輦前才人帶弓箭　　　　輦(れん)前(ぜん)の才人 弓箭(きゅうせん)を帶(お)び　

白馬嚼齧黄金勒　　　  白馬嚼齧(はくばりゅうげつ)す 黄金の勒(くつわ)　

翻身向天仰射雲　　　  身を翻(ひるがえ)し天に向って 仰いで雲を射れば　

一笑正墜雙飛翼　　　  一笑(いっしょう) 正(まさ)に墜(おと)す 双飛翼　

明眸皓齒今何在　　　  明眸(めいぼう)皓齒(こうし) 今何(いず)くにか在る　

血汚遊魂歸不得　　　  血汚れて遊(ゆう)魂(こん) 帰り得ず　

清渭東流劍閣深　　　  清渭(せいい) 東流し 剣(けん)閣(かく)深し　

去住彼此無消息　　　  去(きょ)住(じゅう) 彼此(ひし) 消息(しょうそく)無し　

人生有情涙沾臆　　　　人生(じんせい)有情(うじょう) 涙 臆(むね)を沾(うるお)す　

江水江花豈終極　　　　江(こう)水(そん)江花(こうか) 豈(あ)に終(つい)に極(きわま)らんや　

黄昏胡騎塵滿城　　　　黄昏(こうこん) 胡騎(こき) 塵(ちり) 城(しろ)に満つ　

欲往城南望城北　　　　城南(じょうなん)に往(ゆ)かんと欲して　城北(じょうほく)を望む　

 

【語釈】

江頭…曲江の畔。少陵…杜甫の住んでいたところの名。野老…田舎の老人。少陵野老…杜甫の号。呑聲…悲しみのあまり、声が出ない。春日…現実ののどかな春を。潛行…こっそりと行く。曲江…長安中心部より東南東数キロのところにある池の名。曲…くま。池の湾曲した部分をいう。江頭…曲江の畔。宮殿…紫雲楼を謂う。鎖…閉ざす。千門…全ての門。多くの門。細柳…若葉が出たばかりで、枝が細く見えるヤナギ。新蒲…初々しい緑色をしたガマ。憶昔…開元の治、天寶の平安な時代を思い起こす。霓旌…虹色の旗。鳥の羽を五色に染め、それを綴って虹を象（かたど）って作った五色旗。天子の儀式や行列に掲げる。下…行幸する。南苑…曲江の南にあった庭園。芙蓉苑のこと。苑中…御苑の。萬物…あらゆるもの。生顏色…生き生きとし出す。元気を出す。昭陽殿…漢の成帝の建てた宮殿で、皇后の趙飛燕とその妹が住んでいた。ここでは、玄宗の宮殿で、楊貴妃が住んでいた宮殿を指す。第一人…ここでは､楊貴妃を指す。同輦…天子の輦に同乗する。非常な寵愛を賜っている女性をいう。輦…天子の乗り物で手で引く車。君側…君は楊貴妃で、楊貴妃のそば。輦前…天子の乗り物の前に（供奉している）。才人…女官の位。帶…携える。弓箭…弓と矢。弓矢。嚼齧…歯でかむ。勒…くつわ。翻身…身を翻（ひるがえ）す。正…ちょうど。雙飛翼…つがいになって翼を並べて飛ぶ鳥。明眸…めいぼう、美しく澄んだ瞳。皓齒…白い歯。美人の表現。遊魂…さすらっている魂。清渭…清らかに澄んだ渭水。劍閣…剣門関。去住…去る者と留まる者、死別をいう。彼此　あちらとこちら。お互いに。蜀の玄宗と、馬嵬の楊貴妃の魂。消息…音信、たより。消長。消えることと生じること。ここでは心のやり取りという意味である。有情…感情の働きがある。霑…うるおす。臆…思い。考え。江草　川辺に生えている草。江花…川辺の花。豈…どうして…なのだろうか。終極…尽きはてる。最後に極まる。物事の最後になる。究極となる。黄昏…夕方の薄暗い時。夕闇の迫るさま。薄暮の薄暗さをいう。たそがれ時。夕暮れ。胡騎…安禄山の軍勢。安禄山は突厥、ソグドの混血児で、その軍勢も、ソグド、突厥、奚、契丹…と、多くの西北異民族が関わっている。塵…戦塵。城…長安の街。城南…長安城の南側、少陵の近くになる。城北…粛宗がいた長安城の北方にある霊武。

 

（新釈漢文大系　詩人編　杜甫　（上））

 

 

 

代悲白頭翁　　　白頭を悲しむ翁に代る　　　　　  唐  劉廷(りゅうてい)芝(し)

 

洛陽城東桃李花　　 洛陽城東 桃李の花

飛來飛去落誰家　　 飛び来り 飛び去りて 誰が家にか 落つる　

洛陽女兒惜顏色　    洛陽の女兒 顏(がん)色(しょく)を 惜しみ　

行逢落花長歎息　　 行(ゆくゆく)く 落花に逢いて 長く歎息す

今年花落顏色改  　  今年(こんねん) 花 落ちて 顏色改まり

明年花開復誰在 　　 明年(みょうねん) 花 開きて 復(ま)た誰(たれ)か在る。

已見松柏摧爲薪 　　 已に見る 松柏(しょうはく)の 摧(くだ)かれて薪(たきぎ)と爲るを

更聞桑田變成海  　　更に聞く 桑田の 変(へん)じて海と 成るを

古人無復洛城東  　　古人 復(ま)た 洛城の東に無く

今人還對落花風  　　今人(こんじん) 還(な)お対す 落花の風

年年歳歳花相似  　　年々(ねんねん)歳々(さいさい) 花 相(あ)い似たり

歳歳年年人不同  　  歳々(さいさい)年々(ねんねん) 人 同じからず

寄言全盛紅顏子  　　言(げん)を寄す 全盛の紅顏子(こうがんし)

應憐半死白頭翁。 　 応(まさ)に憐(あわれ)むべし 半死の白頭(はくとう)翁(おう)

此翁白頭眞可憐  　　此の翁(おう) 白頭(はくとう) 真に憐むべし

伊昔紅顏美少年  　　伊(こ)れ昔　紅顏の美少年

公子王孫芳樹下  　　公子(こうし)王孫(おうそん) 芳樹(ほうじゅ)の下(もと)

清歌妙舞落花前  　　清歌(せいか) 妙(みょう)舞(ぶ)す 落花の前　

光祿池臺開錦繍  　　光祿(こうろく)の 池(ち)台(だい) 錦繍(きんしゅう)を開き

將軍樓閣畫�~仙  　　将軍(しょうぐん)の楼閣(ろうかく) 神(しん)仙(せん)を画(えが)く

一朝臥病無相識  　　一朝(いっちょう) 病(やまい)に臥(ふ)して 相識(そうしき)無く

三春行樂在誰邊  　　三春(さんしゅん)の行楽(こうらく) 誰(た)が辺(へん)にか在る

宛轉蛾眉能幾時  　　宛転(えんてん)たる蛾(が)眉(び) 能(よ)く幾(いく)時(とき)ぞ

須臾鶴髮亂如絲  　　須臾(しゅゆ)にして 鶴髮(かくはつ) 乱れて 糸の如し

但看古來歌舞地  　　但(た)だ 看る 古来(こらい) 歌舞(かぶ)の地

惟有黄昏鳥雀悲  　　惟(た)だ 黄昏(こうこん)に 鳥(ちょう)雀(じゃく)の悲しむ有るのみ

 

【語釈】

寄言…言葉を与えて人に悟らせる。紅顏子…少年。伊…下の言葉を強調する語、これぞ。公子王孫…貴公子たち。清歌…美しい歌。妙舞…麗しい舞。光祿…光禄勲（漢の官制で、九卿の一つ）。高官の意。錦繍…錦の縫い物。美しい物の例え。相識…友人。三春…春の三ヶ月。宛轉…眉の美しく曲がるさま。蛾眉…美女。蛾の触角のようになめらかな弧を描いた眉をしている女性で美女。須臾…忽ち。鶴髮…白髪。黄昏…たそがれ。鳥雀…小鳥

 

（唐詩選）

 

 

 

 

★    長歌行　　　長歌行　　　　　　　　　　　　　　南宋　　陸　游

人生不作安期生　　　人生 安期 生と 作(な)って

醉入東海騎長鯨　　　酔いて 東海に入りて　長鯨に騎せずんば

猶當出作李西平　　　猶お 応(まさ)に 出いでて 李(り)西平(せいへい)と作(な)って

手梟逆賊清舊京      手に 逆賊を梟(きょう)して　旧(きゅう)京(きょう)を清きよむべし

金印煌煌未入手      金印 煌々(こうこう) 未だ手に入らざるに

白髮種種來無情      白髮(はくびん) 種々(しゅじゅ) 来(きた)って 情無し

成都古寺臥秋晚　　　成都の古寺に 秋晩に臥せば

落日偏傍僧窗明      落日 偏(ひとえ)に傍(そ)いて 僧(そう)窓(そう) 明かなり

豈其馬上破賊手　　　豈(あ)に其れ 馬上　賊を破るの手

哦詩長作寒螿鳴　　　詩を哦(が)して 長(とこしなえ)に 寒螿(かんしょう)の鳴(めい)を作(な)さんや

興來買盡市橋酒　　　興 来たりて 買い尽くす 市橋(しきょう)の酒

大車磊落堆長缾　　　大車 磊落(らいらく)  長缾(ちょうへい)に堆(うずたか)し

哀絲豪竹助劇飲　　　哀(あい)糸(し) 豪(ごう)竹(ちく) 劇飲(げきいん)を助け

如鉅野受黄河傾      巨(きょ)野(や)の 黄河の傾くを受くるが如し

平時一滴不入口　　　平時 一滴も 口に入らざるに

意氣頓使千人驚　　　意気 頓(とん)に 千人をして驚かしむ

國讎未報壯士老      国讐(こくしゅう) 未だ報ぜざるに 壯士 老い

匣中寶劍夜有聲      匣中(こうちゅう)の宝剣 夜(よよ) 声 有り

何當凱還宴將士　　　何(いずれ)のときか 当(まさ)に 凱還(がいかん)して 将士を宴すべき

三更雪壓飛狐城　　　三(さん)更(こう) 雪は圧す 飛(ひ)狐(こ)の城

 

【語釈】

長歌行…楽府題。安期生…秦の始皇帝の時代の仙人の名。李西平…李晟のこと、唐代中期の武将で、��原地方の叛乱を平定した。逆賊…金のこと。梟…さらし首にする。舊京…長安。金印…金属製の官印。煌煌…光り輝くさま。古寺…ここでは、成都にある多福院。偏傍…傾き寄り添う。豈其…それ…るか、其は語調を整える助辞で意味はない。哦詩…詩を吟じる。意。螿…ツクツクボウシ。市橋…橋の名。成都の石牛門にある。磊落…数が多いさま。哀糸豪竹…悲壮な管弦楽。劇飲…痛飲。頓…突然。国讐…国のかたき。国のあだ。讐…あだ。壮士…気力盛んな男。匣…小箱。凱還…戦勝して勝鬨をあげて帰る。将士…将兵。三更…現在の午後十一時・午前零時からの二時間を謂う。雪圧-…雪が…に降り積もる意。飛狐城…古代の関所の名称。飛狐は、北京の西南西１５０キロメートルのところの現・河北省保定の涞源県の関所。

（漢詩大系１６）

 

★大雪歌　　　   大雪(たいせつ)の歌　　　　　　　　　　  南宋　　陸(りく)　游(ゆう)

 

長安城中三日雪　　　長安城中 三日(さんじつ)の雪　

潼關道上行人絶　　　潼関(どうかん)道上(ろじょう) 行人(こうじん) 絶ゆ

黄河鐵牛僵不動　　　黄河の鉄牛 僵(たお)れて 動かず

承露金盤凍将折　　　承(しょう)露(ろ)の金盤 凍りて 将(まさ)に折れんとす

虬鬚豪客狐白裘　　　虬(きゅう)鬚(しゅ)の豪客 狐白裘(こはくきゅう)　

夜來醉眠寶釵樓　　　夜来 酔眠す 宝釵(ほうさ)楼(ろう)

五更未醒已上馬　　　五更 未だ醒めずして 已に馬に上る

衝雪却作南山遊　　　雪を衝いて 却って作す 南山の遊(あそび)

千年老虎獵不得　　　千年の老虎 猟(りょう)し得ざらん

一箭横穿雪皆赤　　　一箭(いっせん) 横しまに穿(うが)ちて 雪 皆 赤し

拏空爭死作雷吼　　　空を拏(つか)み 争死して 雷吼(らいこう)を作(な)す

震動山林裂崖石      山林を　震動し　て崖石を裂く

曳歸擁路千人觀　　　曳き帰えれば　路を擁して　千人観る

髑髏作枕皮蒙鞍　　　髑髏(どくろ)は枕と作し 皮は鞍を蒙(おお)う

人間壮士有如此　　　人間 壮士 此(かく)の如き有り

胡不來歸漢天子　　　胡(なん)ぞ 来たりて 漢の天子に帰せざる

 

【語釈】

潼關…長安の東方にある関所。鉄牛…黄河の洪水を防ぐ為につくられた鉄の牛。承露金盤…漢の武帝が天上の露を集めて不老長寿の薬するためにつくった銅製の盤。虬鬚豪客…龍の如く口ひげのある西北の胡人。狐白裘…狐の脇下にある白毛皮を集めて作った貴重な毛皮。寶釵樓…妓楼。五更…午前四時。南山…長安の南にある山、猛虎が多い。雷吼…雷のように吠える。

 

◆    節序類

 

春早　　　　 　　春早　　　　　　　　　　　　　唐　　韋(い)　莊(そう)　

 

聞鶯纔覺曉　　　鶯を聞きて 纔(わずか)に曉(あかつき)を覚え

閉戸已知晴　　　戸を閉じて 已に 晴るるを知る

一帶窗間月　　　一帯 窓間(そうかん)の月

斜穿枕上生　　　斜に穿(う)がちて 枕上(ちんじょう)に生ず

 

 

春曉　　　　　　春曉(しゅんぎょう)　　　　　　　　　　　   唐　　孟浩然

 

春眠不覺曉　　　春眠 曉(あかつき)を覚えず

處處聞啼鳥　　　処々 啼(てい)鳥(ちょう)を聞く

夜來風雨聲　　　夜来 風雨の声

花落知多少　　　花落つること 知んぬ多少ぞ

 

【語釈】

春眠 … 春の夜の心地よい眠り。曉 … 夜が明けたこと。不覚 …気づかない。處處…あちこちで。あちらこちらから。聞 … 自然に聞こえてくる。啼鳥 …鳥のさえずり。夜來…昨夜、「来」は語調をととのえる助字。多少 … 疑問詞、どれくらい。知多少 … いったいどれくらい散ったことだろうか。

（唐詩選）

 

 

問梅閣　　　　　 問梅閣(もんばいかく)　　　　　　　　　　　　明　　��(こう)　啓(けい)

 

問春何處來　　　春に問う 何れの処より来るか

春來在何許　　　春 来たって 何れの許(ところ)かに在るかと

月墮花不言　　　月 堕ちて 花 言わず

幽禽自相語　　　幽禽(ゆうきん) 自ら 相(あい)語(かた)る

 

【語釈】

問梅閣…南京の東北の庭園「師子林菴」の中にある閣。幽禽…人里はなれた静かな山奥に住む鳥。幽禽…奥深い所に住む鳥。

 

 

春雨　　　　　　 春雨　　　　　　　　　　　  南宋　　陸(りく)　游(ゆう)

 

春陰易成雨　　　春(しゅん)陰(いん) 雨を成し易く

客病不禁寒　　　客病(かくへい) 寒に禁(た)えず

又與梅花別　　　又 梅花と別る

無因一倚欄　　　一たび 欄に倚(よ)るに 因(よし)無(な)し

 

【語釈】

春陰…春の花曇り。客病…旅中での病気。無因…理由のないさま。

（漢詩大系１９）

 

 

題齊安壁　　　　斉安(せいあん)の壁に題す　　　　　　　 北宋　　王安石(おうあんせき)

 

日淨山如染　　　日は浄(きよ)く 山は染まるが如く

風暄草欲�栫@　　風は暄(かまびす)しく 草は��(くん)ぜんと欲す

梅殘數點雪　　　梅は残す 数点の雪

麥漲一溪雲　　　麥(むぎ)は漲(みな)ぎる 一溪(いっけい)の雲

 

【語釈】

�栫c良い香りがするさま。漲…一杯に広がる。

 

 

柳巷　　　      柳巷　　 　　　　　　　　      唐　　韓(かん)　愈(ゆ)

 

柳巷還飛絮　　　柳巷 還(ま)た 絮(じょ) 飛び

春餘幾許時　　　春は幾(いくばく)の時を余すを許す

吏人休報事　　　吏(り)人(じん) 事を報ずるを休(や)めよ

公作送春詩　　　公は春を送る詩を作るなり

 

【語釈】

虢州…河南省慮氏県。劉給事使君…韓愈の知人である劉伯蒭、病気の為、中央の激務である給事中を辞めて虢州刺史となった。柳巷…柳のある町。吏人…下級役人。報事…職務上の出来事を報告する。公…劉給事使君

 

（漢詩大系　１１）

 

 

汾上驚秋　　　  汾上(ふんじょう) 秋に驚く　　　　　　　　 唐　　蘇(そ)　頲(てい)

 

北風吹白雲　　　北風 白雲を吹き

萬里渡河汾　　　万里 河汾(かふん)を渡りて

心緒逢搖落　　　心緒(しんしょ) 搖落(ようらく)に逢い

秋聲不可聞　　　秋声 聞く可からず

 

【語釈】

汾上 … 汾水のほとり。汾水は山西省寧武県の西南に源を発し黄河に注ぐ川。吹 … 吹きとばす。萬里… 都から遠く離れた旅の途中にあること。河汾…汾水。心緒 …心の動き。揺落 … 落葉が揺れながら落ちること。秋声 … 秋の物音、風の音や、木の葉の落ちる音。不可聞 … 物寂しくて、聞くに堪えない。

（唐詩選）

 

秋日　　　      秋日　　　　　　　　　　　　　 唐　　耿(こう)　湋(い)

 

反照入閭巷     反照　閭(りょ)巷(こう)に入(い)る

憂来誰供語     憂い来たりて 誰と供にか 語らん

古道少人行     古道 人(じん)行(こう) 少(まれ)なり

秋風動禾黍     秋風 禾(か)黍(しょ)を動かす

 

【語釈】

反照…傾いた夕陽。閭巷…小さな村里。禾黍…稲や黍。

（唐詩選）

 

早秋獨夜　　　　早秋独夜　　　　　　　　　　　 唐　　白(はく)居(きょ)易(い)

 

井梧涼葉動　　　井梧(せいご) 涼(りょう)葉(よう)動き

鄰杵秋聲發　　　鄰(りん)杵(しょ) 秋声を発す

獨向檐下眠　　　独り 檐下(えんか)に向(お)いて眠る

覺來半牀月　　　覚め来たれば 半牀(はんしょう)の月

 

【語釈】

井梧…井戸の端の青桐。鄰杵…近隣の家のきぬた。秋聲…秋の気配を感じさせる物音。

 

 

長安秋望　　　　長安秋望　　　　　　　　　　　 唐　　杜(と)　牧(ぼく)

 

樓倚霜樹外　　　楼は倚(よ)る 霜樹(そうじゅ)の外(ほか)

鏡天無一毫　　　鏡天(きょうてん) 一(いち)毫(ごう)無し

南山與秋色　　　南山と秋色と

氣勢兩相高　　　気勢(きせい) 両(ふた)つながら相(あ)い高し

 

【語釈】

倚…よりかかる。霜樹…霜が降りて紅葉した木。鏡天…鏡のように明るく澄みわたった空。無一毫…ほんの少しもない。南山…終南山。秋色…秋の景色。気勢…いきおい。相高…お互いに高め合っている。

（新釈漢文大系　詩人編９）

 

夜雨　　　　　　夜雨　　　　　　　　　　　　　 唐　　白(はく)居(きょ)易(い)

 

早蛩啼複歇　　　早蛩(そうきょう) 啼いて 復た 歇(や)む

殘燈滅又明　　　残灯 滅 又 明

隔窗知夜雨　　　窓を隔てて 夜雨を知る

芭蕉先有聲　　　芭蕉 先ず 声有り　

 

【語釈】

早蛩…初秋のコオロギ。

　

 

軒窗　　　      軒(けん)窓(そう)　 　　　　　　　　　　　北宋　　蘇(そ)　軾(しょく)

 

東鄰多白楊　　　東鄰(とうりん)に 白(はく)楊(よう)多し

夜作雨聲急　　　夜 雨声の急なるを作(な)し

窗下獨無眠　　　窓下(そうか) 独り眠る 無し

秋蟲見燈入　　　秋虫 灯を見て入る

　

 

 

夜雪　　　　 　　夜雪　　　　　　　　　　　　　唐　　白(はく)居(きょ)易(い)

 

已訝衾枕冷　　　已に 衾(きん)枕(ちん)の冷ややかなるを訝(いぶか)り

復見窗戸明      復(ま)た 窓(そう)戸(こ)の明らかなるを見る

夜深知雪重      夜 深くして 雪の重きを知る

時聞折竹聲      時に折竹(せっちく)の声の聞こゆれば

 

【語釈】

訝…いぶかる。衾枕…掛け布団とまくら。窗戸…窓。

（新釈漢文大系　二下）

 

 

江雪 　　　　江雪　　　　　　　　　　　　　　　唐　　柳宗元(りゅうそうげん)

 

千山鳥飛絕　　　千山 鳥 飛ぶこと絕え

萬逕人蹤滅　　　万径 人蹤(じんしょう) 滅す

孤舟蓑笠翁　　　孤舟 蓑(さ)笠(りゅう)の翁

獨釣寒江雪　　　独り釣る 寒江の雪に

 

【語釈】

千山…果てしなく連なる山々。萬逕…数多くの径。人蹤…人の通った足跡。孤舟…川に一つだけ見える舟。蓑笠…蓑笠を着ける。寒江…寒々とした川。

（柳宗元詩選）（唐詩三百首）

 

 

 

密雪望行人 　　　密(みっ)雪(せつ)に行人(こうじん)を望む　　　　　　　 清　　謝(しゃ)芳連(ほうれん)

 

人行犬寒吠　　　人 行きて 犬 寒く吠ゆ

密雪迷村影　　　密(みっ)雪(せつ)に 村影 迷う

欲扣酒家扉　　　酒家の扉を 扣(たた)かんと欲す

山橋一簑冷　　　山橋 一簑(いっさ) 冷かなり

 

【語釈】

密雪…細かく降りしきる雨。寒吠…寒く吠える。一簑…簑を着た独りの人。

 

 

城東早春     城東早春                          唐　　楊巨源(ようきょげん)

 

詩家清景在新春　　　詩家の清景(せいけい)は 新春に在り

柳嫩鵞黃色未勻　　　柳 嫩(げん)にして 鵞(が)黄(こう) 色 未だ勻(ととの)わず

若待上林花似錦　　　若(も)し 上林(じょうりん)の花 錦に似るを待たば

出門皆是看花人　　　門を出ずるは 皆 是れ 花を看るの人

 

【語釈】

嫩…若く柔らか。鵞黃…鷲鳥の黃色を以て、柳の新芽の色に比したもの。色未勻…柳の緑色が浅く、十分色づいていない。上林…漢の武帝が開いた苑で、転じて天子の御苑。

 

 

春思　　　　 春思　　　　　　　　　　　　　　  唐　　賈(か)　至(し)

 

草色����柳色黃　　　草色(そうしょく) ��々(せいせい)として 柳色黃なり

桃花歷亂李花香　　　桃花 歴(れき)乱(らん) 李(り)花(か)香る

東風不爲吹愁去　　　東風 為に 愁いを吹き去らず

春日偏能惹恨長　　　春日(しゅんじつ)偏(ひと)えに 能(よ)く恨みを惹(ひ)いて長し

 

【語釈】

柳色 … 柳の新芽の色。歷亂…歴乱 … 花がいっぱいに咲き乱れるさま。為 … 私のために。春日 … うららかな春の日。偏 … あいにくと、人の気も知らないで。惹恨 … 深い嘆きを引き起こす、惹は、引きつける、引き起こす。長 … 尽きることがない。

（唐詩選）

 

 

寒食��上作　　　　寒食��上(かんしょくしじょう)の作　　　　　　　　唐　　王(おう)　維(い)

廣武城邊逢暮春　　　　広(こう)武(ぶ)城(じょう)辺(へん) 暮春(ぼしゅん)に逢(あ)い

汶陽歸客涙沾巾　　　　汶(ぶん)陽(よう)の帰客(きかく) 涙 巾(きん)を沾(うるお)す　

落花寂寂啼山鳥　　　　落花(らっか) 寂寂(せきせき) 山に啼(な)く鳥　

楊柳����渡水人　　　　楊(よう)柳(りゅう) 青青(せいせい) 水を渡る人　

 

【語釈】

寒食…寒食節、冬至から百五日目にあたる日の前後三日間。��上…��水の（河南省にある川の名）ほとり。広武城…古城名、河南省滎陽の東北の廣武山上に東西二箇所ある。暮春… 春の終わり。汶陽…山東省寧陽県地方。帰客…帰ってきた旅人（作者）。沾…ぬれる。巾…ハンカチ状の布。寂寂…もの寂しいさま。ひっそりとしたさま。楊柳…ヤナギの総称。青青…青々とした。

（詩詞世界）（新釈漢文大系　３）（三体詩）

 

寒食　　　　寒食　　　　　　　　　　　　　　　 唐　　韓(かん)　翃(こう)

 

春城無處不飛花　　　春(しゅん)城(じょう) 処として 花の飛ばざる無く

寒食東風御柳斜　　　寒食 東風 御柳(ごりゅう)斜めなり

日暮漢宮傳蠟燭　　　日暮 漢宮 蝋燭を伝え

輕煙散入五侯家　　　軽煙 散じて 五侯の家に入る

 

【語釈】

寒食…冬至から百五日目にあたる日の前後三日間は、火をたくことが禁じられ、冷たいものを食べる。春城…春の都市。東風…春風。御柳…宮中のヤナギ。漢宮…漢王朝の宮殿、漢代に借りて、同時代（…唐代）の宮中。軽煙…薄く立ち上る煙。五侯…時の権力者、諸侯を謂う、公・侯・伯・子・男の五等の臣を指す。　

 (唐詩選)

 

 

寒食夜　　　寒食の夜　　　　　　　　　　　　北宋　　蘇(そ)　軾(しょく)

　　

漏聲透入碧窗紗　　漏声(ろうせい) 透り入る 碧窓紗(へきそうしゃ)

人静鞦韆影半斜　　人は静かに 鞦韆(しゅうせん) 影半ば斜めなり

沈麝不燒金鴨冷　　沈麝(ちんじゃ) 焼かず　金(きむ)鴨(おう) 冷ややかに

淡雲籠月照梨花　　淡雲 月を籠(こ)めて 梨花(りか)を照らす

 

【語釈】

寒食…昔、中国で冬至後百五日目の日は風雨が激しいとして、この前後三日には火を断って煮たきしない物を食べた風習、また、その日。漏声…水時計の音。碧窗沙…窓にかけた緑の紗のカーテン。沈麝…沈水(沈香)と麝香。いずれも香料。金鴨…鴨の形をした金物の香炉。

 

�C明 　　　 �C明　　　　　　　　　　　　　     唐　　杜(と)　牧(ぼく)

 

清明時節雨粉粉　　　　清明(せいめい)の時節(じせつ)　雨(あめ)粉々(ふんぷん)　

路上行人欲斷魂　　　　路上の行人(こうじん) 魂を断(た)たんと欲す　

借問酒家何處在　　　　借問す 酒家は何れの処にか在る　

牧童遙指杏花村　　　　牧童 遙かに 指さす杏花の村　

 

【語釈】

清明…清明節。春分から数えて十五日目から三日間。紛紛…（花や雪などが）散り乱れるさま。行人…道を行く人、旅人。斷魂…心が滅入る。借問…ちょっとお尋ねするが。酒家…酒屋、飲み屋。杏花村…杏の花が咲いている村。

（新釈漢文大系　詩人編　９）集外詩

 

江南春　　　江南の春　　　　　　　　　　　　   唐　　杜(と)　牧(ぼく)

 

千里鶯啼�拷f紅　　　千里 鶯啼いて 緑 紅(くれない)に映ず

水村山郭酒旗風　　　水村山(さん)郭(かく) 酒旗(しゅき)の風

南朝四百八十寺　　　南朝四百八十寺(しひゃくはっしんじ)

多少樓臺煙雨中　　　多少の楼台 煙雨の中(うち)

 

【語釈】

江南…長江下流の南側の地方。水村…水辺の村、山郭…山沿いの聚落の外周の建物。酒旗…酒屋の看板になっている旗、青色。南朝…四二〇年〜五八九年の間に、江南の地に興った六朝（呉、東晉、宋、斉、梁、陳）の中の宋、斉、梁、陳の四王朝で、建康（南京）を首都とした。多少…多くの。煙雨…霧雨。

（新釈漢文大系　詩人編　９）

 

 

 

漫興　　　　漫(まん)興(きょう)　　　　　　　　　　　　　　　唐　　杜(と)　甫(ほ)

 

糝徑楊花鋪白氈　　　径に糝(さん)ずる楊(よう)花(か) 白氈(はくせん)を鋪(し)き

點溪荷葉疊青錢　　　渓に点ずる荷(か)葉(よう) 青(せい)銭(せん)を畳(たた)む

竹根稚子無人見　　　竹(ちく)根(こん)の稚(ち)子(し) 人の見る無く

沙上鳧雛傍母眠　　　沙上の鳧(ふ)雛(すう) 母に傍(そ)いて眠る

 

【語釈】

漫興…見るまま、思うままに詩を作ること。糝徑…糝は、こながき。ねこやなぎの花が道に落ちているさまをいう。楊花…ねこやなぎの花。鋪白氊…氊は、毛氈。敷物。白い敷物のようであることを形容した語。點溪…谷川に蓮の葉が浮いているさまをいう。荷葉…はすの葉。疊青錢…はすの葉が重なるように浮いているさま。青銭は、はすの葉の形容。竹根稚子…竹の根元からはえている筍。鳧雛…かもの雛。鳧は、かも。

 

 

絶句　　　  絶句　　　　　　　　　　　　　　   唐　　杜(と)　甫(ほ)

 

兩箇黃鸝鳴翠柳　　　両箇(りょうこ)の黄鸝(こうり)　翠(すい)柳(りゅう)に鳴き

一行白鷺上青天　　　一行の白鷺(はくろ)　青天に上る

窗含西嶺千秋雪　　　窓に含む西嶺(にしれい)　千秋の雪

門泊東吳萬里船　　　門に泊す東呉(とうご)　万里の船

 

【語釈】

兩箇黄鸝…二羽のうぐいす。黄鸝は、高麗うぐいす、日本のものより大きい。一行白鷺…一列になって飛ぶ白いさぎ。青天…青空。西嶺…西の方の山々。千秋雪…万年雪のこと。東呉…東の呉地方。萬里船…遠い道程（呉地方）をやって来た舟をいう。

 

 

滁州西澗 　　　滁州(じょしゅう)の西澗(せいかん)　　　　　　　　　　 唐　　韋應物(いおうぶつ)

 

獨憐幽草澗邊生　　　　独(ひと)り憐(あわ)れむ 幽(ゆう)草(そう)の 澗(かん)辺(ぺん)に生ずるを

上有黄鸝深樹鳴　　　　上に 黄鸝(こうり)の 深(しん)樹(じゅ)に鳴く有り

春潮帶雨晩來急　　　　春(しゅん)潮(ちょう) 雨を帶びて 晩来(ばんらい)急なり

野渡無人舟自��　　　　野(や)渡(と) 人 無く 舟 自(おのずか)ら��わる

 

【語釈】

滁州…安徽省の滁市。西澗…西側の谷川。憐…いつくしむ.めでる。幽草…奥深い谷に生ずる草。澗邊…谷川の岸辺。黄鸝…朝鮮うぐいす。深樹…生い茂った木々、木々の繁み。春潮…春の日のうしお。晩來…夕暮れになってはじまった。急…流れが急になる。野渡…田舎の舟渡し場。自…自然と。勝手に。��…横たわっている。

（唐詩三百首）

 

即事　　　　即事　　　　　　　　　　　　　　　 唐　　杜(と)　牧(ぼく)

 

小院無人雨長苔　　　小院 人 無く 雨 苔を長じ　

滿庭修竹間疎槐　　　万庭の修竹 疏槐(そくかい)に間(まじわ)る　

春愁兀兀成幽夢　　　春愁 兀々(こつこつ)として 幽夢を成なし　

又被流鶯喚醒來　　　又た 流(りゅう)鶯(おう)に 喚よび醒さましたる

 

【語釈】

即事…その場の事柄や様子、風景をよんだ詩歌。小院…小さな奥庭。修竹…長い竹。間…まじわる。疏…まばらな。槐…エンジュ。兀兀…動かないさま。幽夢…ぼんやりしたゆめ。被…（…のために）…れる。流鴬…木から木へと飛び移って鳴くウグイス。

 

 

過南鄰花園　　　南鄰の花園に過(よ)ぎる　　　　　　 唐　　雍(よう)　陶(とう)

 

莫怪頻過有酒家　　　怪しむ莫かれ 頻りに 酒有る家に過(よ)ぎるを

多情長是惜年華　　　多情は長(とこしなえ)に是れ　年(ねん)華(か)を惜しむ

春風堪賞還堪恨　　　春風は賞するに堪え 還(ま)た恨むに堪えたり

纔見開花又落花　　　纔(わずか)かに開花を見しに 又落花

 

【語釈】

過…「を過ぎる」と読むときは「通過する」、「に過ぎる」と読むときは「訪れる」。是…助辞、動詞の前に置かれて強調する。年華…歳月。

（三体詩）

 

 

春夜　　　  春夜　　　　　　　　　　　　　　 北宋　　蘇(そ)　軾(しょく)

 

春宵一刻值千金　　　　春宵(しゅんしょう)一刻(いっこく) 値(あたい)千金(せんきん)　

花有清香月有陰　　　　花に清(せい)香(こう)有り 月に陰(かげ)有り　

歌管樓臺聲細細　　　　歌管(かかん) 楼台(ろうだい) 声(こえ)細々(さいさい)　

鞦韆院落夜沈沈　　　　鞦韆(しゅうせん) 院落(いんらく) 夜沈々(ちんちん)　

　

【語釈】

春宵…春のよい。一刻…わずかな時間。值…ねうち。千金…膨大な金。清香…清らかな香。陰…かすんでいること。歌管…歌声や管楽器の音。声細細…かすかな声。鞦韆…女性が乗って遊ぶぶらんこ。院落…中庭。夜沈沈…夜がしんしんと更けていくさま。

（中国詩人選集二―６）　　集外詩

 

 

春日　　　  春日　　　　　　　　　　　   　  　宋　　呂(ろ)祖(そ)謙(けん)

 

短短菰蒲�獄｢齊　　　短々たる菰(こ)蒲(ほう) 緑 未だ斉(ととのわ)わず

汀洲水暖雁行低　　　汀洲 水暖かにして 雁(がん)行(こう) 低し

柳陰小艇無人管　　　柳(りゅう)陰(いん)の小艇 人の管するなく

自送流花下別溪　　　自ずから 流花を送り 別溪を下る

 

【語釈】

菰蒲…マコモとガマ。汀洲…渚と中州。管…管理、あやつる。

 

 

春居雜興　　　　春居雜興　　　　　　　　　　 北宋　　王禹偁(おううしょう)

 

兩株桃杏映籬斜　　　両株の桃(とう)杏(きょう) 籬(かき)に映じて 斜めなり

粧點商山副使家　　　粧(しょう)点(てん)す 商山 副使の家

何事春風容不得　　　何事ぞ 春風 容(い)れ得ず

和鶯吹折數枝花　　　鶯に和して 吹き折る 数(すう)枝(し)の花

 

【語釈】

粧點…装い飾る。商山…陝西省商県の東南にある山。副使…團練使、節度使の部下（左遷された作者）。

（漢詩大系１６）

 

春日雑詠　　　　春日雑詠　　　　　　　　　　　　清　　高(こう)　珩(こう)

 

��山如黛遠村東　　　��山 黛(まゆずみ)の如く 遠村の東

嫩�穀ｷ溪柳絮風　　　嫩(どん)緑(りょく) 長溪 柳絮(りゅうじょ)の風

鳥雀不知郊野好　　　鳥雀は 知らず 郊野の好きを

穿花翻戀小庭中　　　花を穿(うが)ち 翻(かえ)って恋う 小庭の中(うち)　

 

【語釈】

嫩�香c新緑。郊野…郊外。

 

 

春寒　　　　　　春寒 　　　　　　　　　　　　　 清　　��(れい)　鶚(がく)

 

漫脫春衣浣酒紅　　　　漫(そぞろ)に春衣(しゅんい)を脫いで 酒紅(しゅこう)を浣う

江南三月最多風　　　　江南 三月 最も多風(たふう)

梨花雪後酴醿雪　　　　梨花(りか) 雪後(せつご)に 酴醿(とび)の雪

人在重簾淺夢中　　　　人は重(ちょう)簾(れん) 浅(せん)夢(む)の中(うち)に在り

 

【語釈】

漫…何となく。春衣…春着。酒紅…酒のシミで赤くなった痕。浣…洗う。江南…長江中流・下流の南岸地域。最多風…最も風のよく吹く季節である。梨花…梨なしの花。雪後…雪のように咲いた梨なしの白い花が散った後。酴醿…バラ科の落葉小低木、頭巾いばら。酴醿雪…頭巾いばらの花が雪のように咲く。人…作者を指す。重簾…二重のすだれ。浅夢…うとうとしながら見る夢。

（Web　漢文大系）

 

 

冶春絶句　　　　冶(や)春(しゅん)絶句(ぜっく)　　　　　　　　　　　 清　　王士��(おうししん)

 

東風花事到江城　　　東風 花事(かじ) 江城に到る

早有人家喚賣餳　　　早(つと)に 人家の 売餳(ばいとう)を喚(よ)ぶ 有り

他日相思忘不得　　　他日 相い思いて 忘れ得ず

平山堂下五清明　　　平山堂下(へいざんどうか) 五清明

 

【語釈】

冶春…百花の盛んに咲く春のさなか。花事…春の日に花を見歩くこと。江城…江水に臨んだ城邑。喚賣餳…雨を売る声。平山堂…揚州の名所。

 

 

春日雑詩　　　　春日雑詩　　　　　　　　　　　  清　　袁(えん)　枚(ばい)　

 

千枝紅雨萬重烟　　千枝(せんし)の紅(こう)雨(う)　万(ばん)重(ちょう)の煙

畫出詩人得意天　　画(えが)き出(い)だす　詩人 得意の天

山上春雲如我懶　　山上の春雲　我が懶(らん)の如く

日高猶宿翠微巓　　日高くして 猶(な)お宿(しゅく)す 翠微(すいび)の巓(てん)

 

【語釈】

春日 … 春ののどかな日。または、春の日差し。雑詩 … 感じたことを自由に詠んだ詩。千枝 … 多くの木の枝。紅雨 … 赤い花びらの散る形容。万重 … 幾重にも重なり、たなびいている。煙 … 春霞。得意天 … （詩人の）心情にかなった好景。懶 …ここでは惰眠を貪って物憂い気分。日高 … 日は高く昇っているのに。猶 … 相変わらず。それでもまだ。宿 … 宿って動かない。翠微 … 山の八合目あたり、薄緑色にかすんで見える。巓 … 山の頂上。

（漢詩大系２２）

 

 

雨中送春　　　  雨中送(うちゅうそう)春(しゅん)　　　　　　　　　　   唐　　袁(えん)　枚(ばい)　　　　　　　　　　

 

東風吹雨洒雕輪　　　東風 雨を吹きて 雕(ちょう)輪(りん)に洒(そそ)ぐ

楊柳依依欲斷魂　　　楊柳 依々(いい)として魂(こん)を断たんと欲す

眞箇送春如送客　　　真箇に春を送るは 客(かく)を送るが如し

滿山花草有啼痕　　　満山の花草 啼(てい)痕(こん) 有り

 

【語釈】

雕輪…彫刻を施した美しい車。依依…なよなよするさま。眞箇…まことに、箇は強めの助字。啼痕…涙の痕のことで、この場合、雨滴がそのように見えること。

（墨場必携清詩選）

 

 

送春　　　      春を送る　　　　　　　　　　    清　　呉錫麒(ごしゃくき)

 

落花飛絮滿烟波　　　落花 飛絮(ひじょ) 煙波 満つ

九十春光去似梭　　　九十の春光 去りて 梭(き)に似たり

蹤跡年年何處覓　　　蹤(しょう)跡(せき) 年々 何れの処にか覓(もと)めん

一回白髪一回多　　　一回 白髪 一回 多し

 

【語釈】

飛絮…飛ぶ柳絮。烟波…水面のもや。春光…春の景色。梭…機織りの道具、和名「ひ」。蹤跡…足跡、ゆくえ。

 

送春　　　      春を送る　　　　　　　　　      清　　王文潞(おうぶんろ)

 

花如殘夢柳如烟　　　花は 残夢の如く 柳は 煙の如し

回首光陰一惘然　　　首を回せば 光陰 一(いつ)に 惘(ぼう)然(ぜん)

擬向東風買春色　　　東風に向って 春色を買わんと擬すれば

枝頭楡莢已無錢　　　枝頭(しとう)の楡(ゆ)莢(きょう) 已に錢 無し

 

【語釈】

烟…もや、かすみ。惘然…がっかりして、ぼんやりとしているさま。春色…春景色。楡莢…ニレの実、錢に形が似ている。

 

 

苦雨　　　苦雨　　　　　　　　　　　　　　　　　清　　陳(ちん)　謨(ばく)

 

一臥經春百事休　　　一臥(いちが) 春を経て 百事 休す

寄人廡下苦淹留　　　人の廡下(ぶか)に寄り 苦(はなは)だ淹留(えんりゅう)す

妬花風雨無情極　　　花を妬む風雨は　無情を極め

只送春光不送愁　　　只だ 春光を送り 愁(うれい)を送らず

 

【語釈】

廡下…ひさしの下。淹留…久しく留まる。春光…春景色。

 

 

 

 

晴景　　　　　晴景　　　　　　　　　　　　　　　唐　　王(おう)　駕(が)

 

雨前初見花間葉　　　雨前 初めて見る 花間の葉

雨後兼無葉裏花　　　雨後 兼ねて無し 葉(よう)裏(り)の花

蛺蝶飛來過墻去　　　蛺(きょう)蝶(ちょう) 飛び来たりて 墻(しょう)を過ぎて去る

應疑春色在鄰家　　　応(まさ)に疑うなるべし 春色の鄰家に在るかと

 

【語釈】

蛺蝶…ちょうちょう。春色…春景色。

（三体詩）

 

 

三月晦日題慈恩寺　　三月晦日(かいじつ)慈恩寺(じおんじ)に題す 　　   唐　　白(はく)居(きょ)易(い)

 

慈恩春色今朝盡　　　慈(じ)恩(おん)の春色 今朝(こんちょう) 尽く

盡日徘徊倚寺門　　　尽日(じんじつ) 徘徊して 寺門に倚(よ)る

惆悵春歸留不得      惆悵(ちゅうちょう)す春 帰りて留め得ざるを

紫藤花下漸黃昏　　  紫藤(しとう)花下(かか)　漸(ようや)く黄昏

 

【語釈】

慈恩寺…陝西省長安の南東３キロメートル、曲江の北にある寺。春色…春景色、春の気配。盡日…一日中。裴回…ぶらぶら歩き回る。倚…もたれる。惆悵…うれえ悲しむさま。春歸…春が過ぎ去って帰っていく。漸…ようやく。黄昏…たそがれ。

（新釈漢文大系　白氏文集　三）

 

 

 

三月晦日贈劉評事　　三月(さんがつ)晦日(かいじつ)　劉評事(りゅうひょうじ)に贈る　　　唐　　賈(か)　島(とう)　

  

三月正當三十日　　　　三月 正(まさ)に当(あ)たる 三十日　

風光別我苦吟身　　　　風光(ふうこう) 我が苦吟(くぎん)の身に 別る　

共君今夜不須睡　　　　君と共に 今夜 睡(ねむ)るを須(もち)いず　

未到曉鐘猶是春　　　　未だ 曉(ぎょう)鐘(しょう)に到らざれば 猶(な)お是(こ)れ 春　

 

【語釈】

晦日…一ヶ月の月末の日、三月晦日は春の最後の日。評事…大理寺（最高裁判所）に属する下級の裁判官。正當…ちょうど〜になる。風光…美しい自然のながめ。苦吟…苦心して詩歌を作ること。不須…〜に及ばない。もちいず。睡…ねむる。曉鐘曉鐘…黎明を告げる鐘の音。…猶是…なおまだ〜だ。

（三体詩）

 

 

偶成　　　　　  偶成　　　　　　　　　　　　　　元　　倪(げい)　瓚(さん)

 

坐看青苔欲上衣　　　坐して看る 青苔の 衣に上らんと欲するを

一池春水靄餘暉　　　一池の春水 余暉(よき) 靄(あい)たり

荒村盡日無車馬　　　荒村 尽日(じんじつ) 車馬無し

時有殘雲伴鶴歸　　　時に 残雲の 鶴を伴いて帰る 有り

 

【語釈】

靄…かすむ。盡日…一日中。

 

 

初夏　　　      初夏　　　　　　　           北宋　　曾(そう)　鞏(きょう)

 

雨過��塘水滿堤　　　雨は横塘(おうとう)を過ぎて 水は堤に満つ　

亂山高下路東西　　　乱山 高下 路の東西

一番桃李花開盡　　　一番の桃李　花開くの後　

惟有青青草色齊　　　惟(た)だ 青々 草色の斉(ひと)しき有り

 

【語釈】

��塘…堤の名。色齊…青い草が一様に連なるさま。

 

 

初夏即事　　　　初夏即事　　　　　　　　　　　北宋　　王安石(おうあんせき)

 

石梁茅屋有彎碕　　　　石(せき)梁(りょう) 茅屋(ぼうおく) 湾碕(わんき)有り　

流水濺濺度両陂　　　　流水(りゅうすい) 濺々(せんせん)として 両陂(りょうひ)を度(わた)る　

晴日暖風生麦気　　　　晴(せい)日(じつ) 暖風(だんぷう) 麦(ばく)気(き)を生じ　

緑陰幽草勝花時　　　　緑陰(りょくいん) 幽(ゆう)草(そう) 花(か)時(じ)に勝(まさ)れり　

 

【語釈】

初夏即事…初夏みるままに、「即事」は、その場の情景をそのまま詩にすること。石梁…石の橋。茅屋…茅葺きの家。彎碕…湾曲した岸の先端。濺濺…水がさらさらと流れるさま。両陂…両岸の堤。麦気…麦の熟した香。緑陰…緑の木の木陰。幽草…深く生い茂ったさま。花時…花が咲いている（春の）景色。

（中国詩人選集二　４）

 

 

初夏　　　　    初夏　　　　　　　　　　　　　北宋　　司馬光(しばこう)

 

四月�C和雨乍晴　　　四月清和 雨乍(たちま)ち晴れ

南山當戸轉分明　　　南山 戸に当たって 転(うた)た分明

更無柳絮因風起　　　更に 柳絮(りゅうじょ)の　風に因(よ)って起こる無く

惟有葵花向日傾　　　惟(た)だ 葵(き)花(か)の　日に向かって傾く有り

 

【語釈】

客中…旅の途中。�C和…清くなごやかなさま。分明…はっきりして明かなさま。葵花…向日葵。清和 … 爽やかで清々すがすがしい気候、また、陰暦の四月一日をもいう。乍 …急に、さっと。南山 … 南の方に見える山。当戸 … 戸口の真正面に、「当」は向かい合うこと。転 … いよいよ。分明 … はっきりと見えている。更無 …少しも〜ない、まったく〜ない。柳絮 … 柳の白い綿毛のついた種子。因風起 … 風に吹かれて乱れ飛ぶ。葵花 … ひまわりの花。

（漢詩大系　１６）

　　　

 

夏日西齋書事　　　夏日(かじつ)西斎(せいさい)即事(そくじ)　　　　　　　　北宋　　司馬光(しばこう)

 

榴花映葉未全開　　　榴(りゅう)花(か)は 葉に映じて 未だ 全て開かず

槐影沈沈雨聲來　　　槐(かい)影(えい)は 沈々として　雨声 来る

小院地偏人不到　　　小院 地は偏(へん)にして 人 到らず

滿庭鳥迹印蒼苔　　　満庭の鳥迹(ちょうせき) 蒼(そう)苔(たい)に印す

 

【語釈】

榴花…柘榴の花。槐影…エンジュの影。沈沈…茂って暗いさま。小院…小さな家。鳥迹…鳥の足跡。蒼苔…青色の苔。

 

 

田家　　　　　  田家　　　　　　　　　　　　  南宋    范(はん)成(せい)大(だい)

 

晝出耘田夜績麻　　　昼は 出でて 田を耘(たがや)がやし　夜は麻を績(つむ)ぐ

村莊兒女各當家　　　村荘の兒女 各(おのおの) 家に当たる

童孫未解供耕織　　　童孫 未だ解せず 耕(こう)織(しょく)に供するを

也傍桑陰學種瓜　　　也(ま)た 桑(そう)陰(いん)に傍(そ)いて 瓜を種うるを学ぶ

 

【語釈】

耕織…耕作と機織り。供…手伝う。

 

 

插秧　　　　  　插秧(そうおう) 　　　　　　　　　　　　 南宋　　范(はん)成(せい)大(だい)

 

種密移疎�此~平　　　種は密に 移すこと疎に �此~(りょくたん) 平かなり

行間清淺縠紋生　　　行間 清浅 縠(こく)紋(もん)生ず

誰知細細青青草　　　誰か知らん　細々青々の草

中有豐年擊壤聲　　　中に 豊年擊壤(ほうねんげきじょう)の声 有るを

 

【語釈】

�此~…緑のけむしろ。縠紋…穀物の模様。擊壤…遊びの一種、鼓腹撃壌で、平和な生活を送ること。

 

 

暮歸　　　　　　暮に帰る　　　　　　　　　　　　金　　趙秉(ちょうと)文(ぶん)

 

貪看孤鳥入重雲　　　孤鳥の重雲に入(い)るを 貪(むさぼ)り看て

不覺青林雨氣昏　　　覚えず 青林 雨気の昏(くら)きを

行過斷橋沙路�K      行きて 断橋を過(す)ぐれば 沙(さ)路(ろ)黒し

忽從電影得前村      忽(たちま)ち 電影に従(よ)り 前村を得たり

 

【語釈】

斷橋…壊れて渡れない橋。電影…稲妻。

 

 

夏晝偶作　　　夏昼偶作　　　　　　　　　　　　唐　　柳宗元(りゅうそうげん)

 

南州溽暑醉如酒　　　　南洲(なんしゅう)の溽暑(じょくしょ) 酔(よ)いて酒の如し

隱几熟眠開北牖　　　　几(き)に隠(よ)って熟眠(じゅくみん) 北牖(ほくゆう)を開く

日午獨覺無餘聲　　　　日(じつ)午(ご)独り覚めて 余声(よせい)無し

山童隔竹敲茶臼　　　　山(さん)童(どう) 竹を隔てて 茶(ちゃ)臼(きゅう)を敲(たた)く

 

【語釈】

夏晝偶作…夏の昼に、たまたま作った詩。南州…南国の永州、作者が左遷された先の地。溽暑…蒸し暑いこと。酔如酒…（暑熱による）酔いのさまは、酒に酔ったかの如くである。隠…よりかかる。几…机。熟眠…じ熟睡。　・北牖…北側の窓。牖…れんじ窓。日午…正午。独覚…ひとり目覚める。餘声…ほかの物音。山童…山に住む子供。茶臼…茶の葉をひいて抹茶にするのに用いるひき臼。　

　（三体詩）

 

 

山亭夏日　　　  山亭の夏日 　　　　　　　　　　 唐　　高(こう)　駢(べん)

 

�克�陰濃夏日長　　　�克�(りょくじゅ) 陰 濃(こまやか)にして 夏日(かじつ)長し

樓臺倒影入池塘　　　楼台 影を倒(さか)しまにして 池塘(ちとう)に入る

水精簾動微風起　　　水精の簾(れん) 動いて 微風起り

一架薔薇滿院香　　　一架(いっか)の薔薇(しょうび) 満院香(かんば)し

 

【語釈】

山亭 …山の別荘。夏日 … 夏の一日。緑樹 … 緑なす木々。陰濃 … 地面に濃い影を落としている。夏日長 … 夏の一日がなかなか暮れない。楼台 … 高殿たかどの。二階建て以上の建物。倒影 … その姿が水面にさかさまに映っていること。池塘 … 池。水精 … 水晶のこと。簾 … すだれ。微風 … そよ風。一架 … 棚いっぱいの。薔薇 … バラ。満院 … 中庭いっぱいに。

（唐詩選）

 

 

香山避暑　　　　香山避暑　　　　　　　　　　　　唐　　白居易

 

六月灘聲如猛雨　　　六月 灘声(たんせい) 猛雨の如し

香山樓北暢師房　　　香山楼北 暢師(ちょうし)の房

夜深起倚闌干立　　　夜深くして 起ちて 闌干に倚(よ)りて立てば

滿耳潺湲滿面涼　　　耳に満つる潺湲(せんかん) 面に満つる涼

 

【語釈】

灘聲…岩にぶつかる早瀬の音。　香山…香山寺。暢師…香山寺の高僧の一人、文暢禅師をいう。潺湲…水の流れる音。

（漢詩大系１２）

 

香山避暑　　　  香山避暑　　　　　　　　　      唐　　白(はく)居(きょ)易(い)

 

紗巾草履竹疎衣　　　紗巾(さきん) 草履(ぞうり) 竹(ちく)疎(そ)衣(い)

晚下香山蹋翠微　　　晚下 香山 翠微(すいび)を蹋(ふ)む

一路涼風十八里　　　一路 涼風 十八里

臥乘籃輿睡中歸　　　臥(が)して 籃(らん)輿(よ)に乗り 睡中に帰る

 

【語釈】

紗巾…薄絹の頭巾。竹疎衣…竹の繊維を織って作った衣。晚下…日暮れ。翠微…山の八合目。籃輿…竹を編んで作った籠。

（漢詩大系１２）

 

 

夏夜追凉 　　　 夏夜追凉　　　　　　　　      南宋　　楊(よう)萬里(ばんり)

 

夜熱依然午熱同　　　夜熱 依然として 午熱に同じ

開門小立月明中　　　門を開いて小立(しょうりつ)す 月明(げつめい)の中(うち)

竹深樹密蟲鳴處　　　竹 深く 樹 密にして 虫鳴く処

時有微涼不是風　　　時に微(び)涼(りょう)有あるも 是れ 風ならず

 

【語釈】夜熱 … 夜になってもまだ残っている暑さ。午熱 … 昼間の暑さ、真昼のうだるような暑さ。小立 … しばらく立ったままでいる。月明 … 月あかり。竹深 … 竹林がこんもりと深く生い茂っている様子。樹密 … 樹木が薄暗くなるほど鬱蒼と生い茂っている様子。時 … ときどき。時おり。微涼 … かすかな涼しさ。

（（漢詩大系　１６）

 

 

納凉　　　　    納凉　　　　　　　　　　　　  北宋　　秦(しん)　觀(かん)

 

杖携來追柳外凉　　　杖を携え 来り追う 柳外(りゅうがい)の凉

畫橋南畔倚胡床　　　画橋 南畔(なんはん) 胡(こ)床(しょう)に倚(よ)る　　　　　　　　　　　　　　

月明船笛參差起　　　月明 船笛 参差(しんし)として起り

風定池蓮自在香　　　風定りて 池(ち)蓮(れん) 自在に香(かん)ばし

 

【語釈】

畫橋…美しい橋。胡床…背もたれのある腰掛け。參差…長短・高低、入り交じって不揃いな様。池蓮…池の蓮の花。

 

 

鄂渚南樓書事　　　　鄂(がく)州(しゅう)南樓(なんろう)書事(しょじ)　　　　　　　北宋　　黄庭(こうてい)堅(けん)

 

四顧山光接水光　　　　四顧(しこ)すれば 山光(さんこう)水光(すいこう)に接し　

凭闌十里芰荷香　　　　闌に凭れば十里 芰(き)荷(か)香る　

�C風明月無人管　　　　�C風(せいふう) 明月 人の管する無く　

并作南樓一夜涼　　　　并(あわ)わせて作(な)す 南楼(なんろう) 一夜の涼(りょう)　

 

【語釈】

鄂州…湖北省武漢市の長江以南の地区。書事…事柄の感慨を書きしるす。山光…山の景色。水光…水面の輝き。闌…手すり。凭…もたれる。芰荷…菱と蓮。管…司る、支配する。

 (漢詩大系１８)

 

 

大暑 　　　　大暑　　　　　　　　　　　　　　　金　　趙(ちょう)　元(げん)

 

旱雲飛火燎長空　　　旱雲(かんうん) 火を飛ばして 長空を燎(や)く

白日渾如墮甑中　　　白日 渾(すべ)て 甑中(そうちゅう)に墮(お)つるが如し

不到廣寒氷雪窟　　　広(こう)寒(かん) 氷雪の窟に 到らずんば

扇頭能有幾多風　　　扇頭(せんとう) 能く 幾多の風 有らん

 

【語釈】

旱雲…ひでりの雲。○甑中…こしきの中。○廣寒…月の中にあると言われる宮殿。広寒宮のこと。

 

 

暑夜　　　　 暑夜　　　　　　　　　　　　　　  明　　釋宗泐(しゃくそうろく)

 

此夜炎蒸不可當　　　此の夜 炎(えん)蒸(じょう) 当たるべからず

開門高樹月蒼蒼　　　門を開ければ 高樹 月 蒼々(そうそう)

天河只在南樓上　　　天河は 只だ 南楼の上に在り

不借人�闊齠H涼　　　借さず 人間(にんげん) 一滴の涼

 

【語釈】

炎蒸…蒸し暑いこと。月蒼蒼…月の青白いさま。天河…天の川。

 

 

 

銷夏詩　　　　　　銷(しょう)夏(か)詩(し)　　　　　　　　　　　清　　袁(えん)　枚(ばい)

 

不著衣冠不半年　　　衣冠を著(つ)けざること 半年に近く

水雲深處抱花眠　　　水雲 深き処 花を抱だきて眠る

平生自想無官樂　　　平生(へいぜい) 自(みずか)ら想(おも)う 無官の楽しみ

第一驕人六月天　　　第一 人に驕(おご)るは 六月の天

 

 

題介白亭　　 介(かい)白亭(はくてい)に題す　　　　　　　　　　  清　　嚴遂(げんつい)成(せい)

 

遶亭三面水如煙　　　亭を遶(めぐ)る三面 水 煙の如し

好是霏微釀雨天　　　好し是れ 霏微(ひび)として 雨を釀(かも)すの天

滿袖蘋香將不去　　　満袖(まんしゅう)の蘋(ひん)香(こう) 将(も)ち去らず

夜涼輸與鷺鷥眠　　　夜涼 輸與(しゅよ)す 鷺鷥(ろじ)の眠(ねむり)

 

【語釈】

霏微…雪や雨の細かに降るさま。滿袖…袖一杯。蘋香…浮き草の香り。將不去…家に持って帰る。輸與…致し与える。鷺鷥…しろさぎ。

 

 

 

涼思 　　　　涼思　　　　　　　　　　　　　　  唐　　呉(ご)　融(ゆう)

 

松間小檻接波平　　　松間(しょうかん)の小檻(しょうかん) 波に接して平かなり

月澹煙沈暑氣清　　　月 澹(あわ)く 煙 沈み 暑気 清し

半夜水禽棲不定　　　半夜 水禽(すいきん) 棲(せい) 定まらず

�拷ﾗ風動露珠傾　　　緑(りょく)荷(か) 風動いて 露(ろ)珠(しゅ) 傾く

 

【語釈】

小檻…小さな手すり。水禽…水鳥。�拷ﾗ…緑の蓮の葉。露珠…露の玉。

 

 

秋思　　　　 秋思　　　　　　　　　　　　　  　唐　　劉禹(りゅうう)錫(しゃく)

 

自古逢秋悲寂寥　　　古より秋に逢(あ)いて 寂寥(せきりょう)を悲しむ

我言秋日勝春朝　　　我は言う 秋日は春朝に勝(まさ)ると

晴空一鶴排雲上　　　晴空 一鶴 雲を排して上り

便引詩情到碧霄　　　便ち 詩情を引いて 碧霄(へきしょう)に到る

 

【語釈】

秋詞…秋のうた。寂寥…寂しく静かなさま。排…おしひらく。引…惹起する。碧霄…青空。

（漢詩鑑賞事典）

 

秋思　　　　 秋思　　　　　　　　　　　　　　　元　　孫存(そんそん)吾(ご)

 

雁落西風字字沈　　　雁 西風に落ちて 字々 沈む

嫩涼偸入藕花心　　　嫩涼(どんりょう) 偸(ひそ)かに入る 藕(ぐう)花(か)の心(しん)

眼前多少關心事　　　眼前 多少 関心の事

付與寒螿徹夜吟　　　寒螿(かんしょう)に付與(ふよ)して 徹夜に吟ぜしむ

 

【語釈】

字字…雁の行列を字に喩えた物。嫩涼…柔らかな涼気、新涼に同じ。藕花…蓮の花。關心…心に関すること。寒螿…ツクツクボーシ。

 

 

秋懷　　　　　　秋懷　　　　　　　　　　　　　南宋　　陸(りく)　游(ゆう)

 

園丁傍架摘黄瓜　　　　園丁(えんてい) 架(か)に傍(そ)いて 黄瓜(おうか)を摘(つ)み　

村女沿籬采碧花　　　　村女(そんじょ) 籬(かき)に沿いて 碧(へき)花(か)を采(つ)む　

城市尚餘三伏熱　　　　城市(じょうし) 尚(な)お余(あま)す 三伏(さんぷく)の熱　

秋光先到野人家　　　　秋光(しゅうこう) 先(ま)づ到る 野人(やじん)の家　

 

【語釈】

秋懷…秋の思い。園丁…畑をつくる人傍…そう。架…苗を支える柱。摘…つむ。黄瓜…キュウリ。村女…村娘。籬…かきね。碧花…アサガオ。尚餘…なおも余している。三伏…猛暑の候。野人…庶民。

（詩詞世界）

 

 

初秋夜凉　　 初秋夜凉(しょしゅうやりょう)　　　　　　　　　       金　　劉仲尹(りゅうちゅうい)

 

小蟲機杼月西廂　　　小虫 機杼(きじょ) 月 西廂(せいしょう)

風雨纔分半枕涼　　　風雨 纔(わずか)に分かつ 半枕(はんちん)の涼(りょう)

白髪自疎河漢夢　　　白髪自(おのずか)ら疎なり 河漢(かかん)の夢

一瓶秋水玉簪香　　　一(いっ)瓶(ぺい)の秋水 玉簪(ぎょくしん) 香(かんば)し

 

【語釈】

機杼…織機の「ひ」を送るごとき声。西廂…西のひさし。半枕…単に枕をいう。河漢…天の川。玉簪…花の名、ギボウシュ。

 

 

雨後 　　　  雨後　　 　　　　　　　　　　　　 金　　張(ちょう)　著(ちょ)

 

西風無意嫪纎雲　　　西風 纎(せん)雲(うん)を 嫪(した)うに 意無し

埽盡千峰雨脚痕　　　埽(はら)い尽くす 千峰 雨脚(うきゃく)の痕

一片秋光清似水　　　一片の秋光 清きこと 水に似たり

家家空翠滿柴門　　　家々 空(くう)翠(すい) 柴門に満つ

 

【語釈】

纎雲…細かい雲。嫪…恋い慕う。空翠…したたるような緑色、山の美しい緑色。

 

 

野堂　　　   野堂　　　　　　　　　　　　　    金　　王庭筠(おうていいん)

 

�漉�黃梅繞屋疏　　　緑(りょく)李(り) 黃(こう)梅(ばい) 屋を繞(めぐ)りて 疏(そ)なり　

秋眠不著鳥相呼　　　秋眠 著(ちゃく)せず 鳥 相呼ぶ

雨聲偏向竹間好　　　雨声 偏(ひとえ)に 竹間に向(むか)って好く

山色漸從煙際無　　　山色 漸(ようや)く 煙(えん)際(さい)従(よ)り 無し

 

【語釈】

�漉宦c緑の李の葉。黃梅…黃色に実った梅。不著…ここでは眠られないこと。向…於いて。煙際…霞の終端。

 

 

中秋望月　　 中秋月を望む　　　　　　　　　　  唐　　王(おう)　建(けん)

 

中庭地白樹棲鴉　　　中庭 地白くして 樹に　鴉 棲(す)み

冷露無聲濕桂花　　　冷露 声無く 桂花を湿おす

今夜月明人盡望　　　今夜 月明(げつめい) 人 尽(ことごと)く望むも

不知秋思在誰家　　　知らず秋思(しゅうし)の 誰が家にか在る

 

【語釈】

望月 … 月を眺めて楽しむこと。中庭 … 母屋の正面にある庭。棲 … ねぐらにつく。露 … 冷やかな露。桂花 … 木犀の花。秋思 …秋の思いにふけっている人。

（唐詩選）

 

 

中秋月　　　 中秋の月　　　　　　　　　　　 北宋　　蘇(そ)　軾(しょく　)

 

暮雲收盡溢�C寒　　　　暮(ぼ)雲(うん) 収(おさ)まり尽きて 清(せい)寒(かん)溢(あふ)る　

銀漢無聲轉玉盤　　　　銀漢(ぎんかん) 声なく 玉盤(ぎょくばん)を転ず　

此生此夜不長好　　　　此(こ)の生(せい) 此の夜 長(とこしなえ)に好(よ)からず　

明月明年何處看　　　　明月(めいげつ) 明年(みょうねん)　何(いず)れの処(ところ)にか看ん　

 

【語釈】

暮雲…暮れの雲。收盡…すっかりなくなる。�C寒…清らかな寒さ。銀漢…銀河。

玉盤…月のこと。

（漢詩大系　１７）

 

 

 

秋夕　　　　    秋夕　　　　　　　　　　　　　唐　　杜(と)　牧(ぼく)

 

銀燭秋光冷畫屏　　　銀燭 秋光 画屏 冷え

輕羅小扇撲流螢　　　軽羅(けいら)の小扇 流螢を撲(う)つ

天階夜色涼如水　　　天階の夜色 涼(りょう)水(すい)の如し

臥看牽牛織女星      臥(が)して看る 牽牛 織女星

 

【語釈】

銀燭…白いロウソク。秋光…秋の景色。畫屏…絵が描かれている屏風。輕羅小扇…薄絹を張った軽やかなおうぎ。流螢…飛び交うホタル。天階…宮中のきざはし。夜色…夜の景色。　

（唐詩三百首）

 

秋夕　　　　　　秋夕　　　　　　　　　　　　南宋　　朱(しゅ)　熹(き)

 

一雨凉生杜若洲　　　一雨 凉(りょう)は生ず 杜若(とじゃく)洲(しゅう)

月波微漾�此笳ｬ　　　月波 微(び)に漾(うご)ごく 緑溪(りょくけい)の流(ながれ)

茅簷歸去無塵土　　　茅簷(ぼうえん) 帰去(ききょ) 塵土無し

淡薄閑花遶舍秋　　　淡薄の閑花 舍(しゃ)を遶(めぐ)って秋なり

 

【語釈】

杜若…カキツバタ。月波…月の光を浴びた波。茅簷…粗末な家。

 

 

山間秋夜　　　　山間の秋夜　　　　　　　　  南宋　　真山民

 

夜色秋光共一闌　　　夜色 秋光 共に一闌(いちらん)

飽收風露入脾肝　　　飽くまで 風露を収めて 脾(ひ)肝(かん)に入る

虛簷立盡梧桐影　　　虚檐(きょえん) 立ち尽くす 梧桐(ごとう)の影

絡緯數聲山月寒　　　絡緯(らくい) 数声 山月 寒し

 

【語釈】

夜色…夜の景色。秋光…秋の趣。一闌…一つの欄干。虚檐…誰もいない縁側。梧桐…青桐。絡緯…こおろぎ。

 

 

江行 　　　　   江行  　　　　　　　　　　    清　　傅昂霄(でんうせい)

 

白雲明月漾微瀾　　　白雲 明月 微瀾(びらん)に漾(ただよ)う

空外秋聲落遠灘　　　空外の秋声 遠灘(えんだん)に落つ

燕子磯頭中夜起　　　燕子(えんし)磯頭(きとう) 中夜に起てば

一天星斗大江寒　　　一天の星斗 大江寒し

 

【語釈】

微瀾…少しの波。秋聲…秋を感じさせる物音。燕子磯…南京近くの江辺にある磯。星斗…北斗星。

 

 

社日　　　　    社日　　　　　　　　　　　　　唐　　王(おう)　駕(が)

鵝湖山下稲粱肥　　　鵝(が)湖(こ)山下(さんか) 稲(りょう)梁(とう)肥え

豚穽鶏塒半掩扉　　　豚穽(とんせい) 鶏(けい)塒(じ)半ば扉を掩(とざ)す。

桑拓影斜秋社散　　　桑(そう)柘(しゃ) 影 斜めにして　秋社 散ず

家家扶得醉人帰      家々 酔人を 扶(たす)け得て帰る

 

【語釈】

社日…土地神を祀る日。立春後第五の戌の日を春社、立秋後第五の戌の日を秋社という。鵝湖山…荷湖山ともいう。信州鉛山県、現在の江西省鉛山県にある山。稻梁肥…晩秋の豊作をいう。梁は穀物。豚穽…豚を飼っているところ。穽は、穴。豚は坑で飼われていた。鷄塒…鶏を飼っているところ。塒は、鳥のねぐら。桑柘…桑の木。影斜…夕暮れ。

（三体詩）

 

 

九日　　　　    九日　　　　　　　　　　　　南宋　　戴(たい)復古(ふくこ)

 

醉來風帽半欹斜　　　酔来(すいらい) 風帽 半ば欹(き)斜(しゃ)す

幾度他郷對菊花　　　幾度(いくたび)か 他郷にて 菊花に対す
最苦酒徒星散後　　　最も苦(くる)しむ 酒徒 星散(せいさん)の後

見人兒女倍思家      人の兒女を見て 倍(ますます)家を思う

 

【語釈】

九日…九月九日、重陽の節句。欹斜…そばだち斜めになること。星散…星の如く四方に散らばる。

 

 

村夜 　　　　　 村夜　　　　　　　　　　　    唐    白(はく)居(きょ)易(い)

 

霜草蒼蒼蟲切切　　　霜(そう)草(そう)は蒼々(そうそう)として 虫 切々たり

村南村北行人絶　　　村南村北 行人(こうじん)絶ゆ

独出門前望野田      独り門前に出でて　野田(やでん)を望めば

月明蕎麦花如雪　　　月明らかにして 蕎麦(きょうばく) 花 雪の如し

 

【語釈】

霜草…霜にあったために枯れた草。蒼蒼…しおれて青白い色。切切…虫がしきりに鳴く擬声語。村南村北…村の南も北も。行人…道を行く人。野田… 野の中の田。蕎麥…そば、秋に白い花が咲く。

（新釈漢文大系　白氏文集　三）

 

 

初冬作贈劉景文　　　初冬の作 劉景文に贈る　　宋　　蘇(そ)　軾(しょく)

　　

荷盡已無�ﾌ雨蓋　　　荷(か)は尽きて 已に雨を�ﾌ(ささ)ぐるの蓋(がい)無く　

菊殘猶有傲霜枝　　　菊は残(ざん)して 猶(な)お霜に驕(おご)るの枝あり　

一年好景君須記　　　一年の好景 君 須(すべか)らく記すべし　

正是橙黄橘�克栫@　　　正(まさ)に是(こ)れ 黄橙(こうとう)橘(きつ)緑(りょく)の時　

 

【語釈】

劉景文…劉季孫のこと、景文は字、父は北宋の将軍。荷…蓮。�ﾌ…持ち上げる。差し上げる。蓋…かさ。残…そこなわれる。すたれる。猶有…なお…がある。傲霜…霜にあっても枯れない。傲…ものともしない。須…〜すべきである。黄橙橘緑…橙が黄色くなり、橘が緑色になるころ、初冬の小春日和の時節、この詩を語源とする成語になっている。

（漢文大系　１７）

　

 

對雪憶往歳錢塘西湖訪林逋　　　　　　　　　　北宋    梅堯(ばいぎょう)臣(しん)

雪に対して 往歳 錢塘の西湖に林逋を訪(と)いしを憶う

 

昔乘野艇向湖上　　　昔 野(や)艇(てい)に乗りて 湖上に向う

泊岸去尋高士初　　　岸に泊し 去りて 高士を尋ねし初(はじめ)

折竹壓籬曾礙過　　　折竹(せっちく) 籬(まがき)を圧して 曽て 過ぐるを礙(さまた)げ

却尋松下到茅廬　　　却(かえ)って 松下(しょうか「)を尋ね 茅廬(ぼうろ)に到りき

 

【語釈】

林逋…西湖の故山に隠棲した詩人。野艇…野川の小舟。茅廬…茅葺きの家。

 

寒夜　　　      寒夜　　　　　　　　　　　　南宋　　杜(と)　耒(らい)

 

寒夜客來茶當酒　　　寒夜 客(かく) 来りて 茶 酒に当(あ)つ

竹爐湯沸火初紅　　　竹炉(ちくろ) 湯 沸きて 火 初めて紅なり

尋常一樣窗前月　　　尋常 一様 窓前の月

纔有梅花便不同　　　纔(わずか)に 梅花有れば 便(すなわ)ち 同じからず

 

【語釈】

竹爐…小さ火鉢を竹で囲んだ暖房具。

 

 

除夜作　　　    除夜の作　　　　　　　　　 　 唐　　高(こう)　適(せき)

 

旅館寒燈獨不眠　　　　旅館の寒(かん)燈(とう) 独(ひと)り眠らず　

客心何事轉凄然　　　　客(かく)心(しん) 何事(なにごと)ぞ 転(うた)た凄(せい)然(ぜん)　

故郷今夜思千里　　　　故郷 今夜 千里を思う　

霜鬢明朝又一年　　　　霜(そう)鬢(びん) 明朝(みょうちょう) 又一年　

 

【語釈】

寒灯 … 薄暗く、寒々とした灯。客心 … 旅人の心。何事 … どうしたことか。転 …ますます。悽然 … ものさびしいさま。いたましいさま。霜鬢 … 霜のような白い鬢。

（唐詩選）

 

 

新年作　　　    新年作　　　　　　　　　　　  唐　　宋之(そうし)問(もん)

 

鄉心新歲切　　　鄉(きょう)心(しん) 新歲(しんさい) 切(せつ)なり

天畔獨澘然　　　天畔(てんぱん) 独(ひと)り 澘(さん)然(ぜん)たり　　

老至居人下　　　老(おい)至りて 人の下(しも)に居り

春歸在客先　　　春帰りて 客の先に在り

嶺猨同旦暮　　　嶺(れい)猿(えん) 旦(たｎ)暮(ぼ)を同じゅうし

江柳共風煙　　　江柳(こうりゅう) 風煙を共にす

已似長沙傅　　　已に 長沙の伝(ふ)に似たり

從今又幾年　　　今(いま)従(よ)り 又幾年

 

【語釈】

鄉心…故郷を思う心。新歲…新しい年。天畔…天の端、天涯。澘然…涙を流す。嶺猨…山猿。旦暮…あけくれ。風煙…春霞。長沙傅…漢代の買誼のこと、長沙の傅に謫せられた。

（唐詩三百首）

 

 

 

 

 

 

 

春夜喜雨 　　　 春夜 雨を喜ぶ                 唐　　杜(と)　甫(ほ)

 

好雨知時節　　　好雨(こうう) 時節を知り

當春乃發生　　　春に当(あた)って 乃(すなわ)ち発生す

隨風潛入夜　　　風に従って 潜(ひそ)かに夜に入り

潤物細無聲　　　物を潤(うるお)して 細やかに声無し

野徑雲俱�K　　　野径 雲と俱(とも)に黒く

江船火獨明　　　江船 火 独り明かなり

曉看紅濕處　　　曉に 紅の湿(うるお)う処を看れば

花重錦官城　　　花は 錦官城に重からん

 

【語釈】

當春…春になる。乃…そこで。發生…春に万物が生じること。入夜…夜になる、夜まで降り続く。野徑…野の小径。江船…江上の船。

 

（漢詩大系　９）

　

 

 

 

 

新春　　　　    新春　　　　　　　　　　    南宋　　真山(しんさん)民(みん)

 

餘凍雪纔乾　　　余凍 雪 纔(わずか)に乾き

初晴日驟暄　　　初晴 日 驟(にわか)に暄(けん)なり

人心新歲月　　　人心 新歲月

春意舊乾坤　　　春意 旧乾坤(けんこん)　　

煙碧柳回色　　　煙は 碧にして 柳 色を回(かえ)し

燒青草返魂　　　焼は 青くして 草 魂を返えす

東風無厚薄　　　東風 厚薄 無く

隨例到衡門　　　例に隨って 衡門に到る

 

【語釈】

餘凍…余寒、立春後に残っている寒さ。燒青…野焼きの跡が蒼くなる。厚薄…不公平。衡門…木を横たえて門とした粗末な門、隠者の門。

 

 

 

 

曉起　　　    　曉起(ぎょうき)　　　　　　　　　　　  南宋　　文天(ぶんてん)祥(しょう)

 

夢破風煙逈　　　夢 破れて 風煙 逈(はるか)に

衾寒不自由　　　衾(きん) 寒くして 自由ならず

鍾聲到枕曙　　　鍾声(しょうせい) 枕に到って 曙(あ)け

月影入簾秋　　　月影 簾(れん)に入って秋なり　　

雁過江山老　　　雁 過ぎて 江山 老い

蛩吟草樹愁　　　蛩(きょう) 吟ずれば 草樹 愁う

整冠人共笑　　　冠を整うれば 人 共に笑う

兩月不梳頭　　　両月 頭を梳(くしけず)らず

 

【語釈】

風煙…風にたなびく霞。江山老…江山共に歳が暮れようとしている。蛩…コオロギ。兩月…二ヶ月。

 

 

 

 

九日藍田崔氏莊　　 九日(きゅうじつ) 藍田(らんでん) 崔(さい)氏(し)の荘　　　  唐　　杜(と)　甫(ほ)

 

老去悲秋強自�ｪ　　　老い去りて 悲(ひ)秋(しゅう) 強(し)いて自(みずか)ら�ｪ(ゆる)うす　

興來今日盡君歡　　　興(きょう)来(きた)って　今日(こんにち) 君が歓(かん)を尽くす　

羞將短髮還吹帽　　　羞(は)ずらくは 短髪(たんぱつ)を将(も)って 還(ま)た帽を吹かるるを　

笑倩旁人為正冠　　　笑(わら)うらくは 旁人(ぼうじん)に倩(こ)いて 為に冠(かんむり)を正すを　

藍水遠從千澗落　　　藍(らん)水(すい) 遠く 千澗(せんかん)より落ち　

玉山高並雨峰寒　　　玉山(ぎょくざん) 高く並びて 雨(う)峰(ほう)寒し　

明年此會知誰健　　　明年(みょうねん) 此の会 知んぬ誰(たれ)か健(けん)なる　

醉把茱萸仔細看　　　醉いて茱萸(しゅゆ)を把(と)って 仔細(しさい)に看る　

 

【語釈】

九日…九月九日、重陽の節句。藍田…現在の陝西省藍田県。崔氏…不明。荘…別荘。老去…　年老いること。悲秋…悲しみをそそられる秋。寛…心の悩みをやわらげる。吹帽　帽子が風で吹き飛ばされること。倩…頼む。旁人…傍らのひと。藍水…藍田の東から流れる川。千澗…多くの谷と川。玉山…藍田にある山。雨峰…雨の降っている峰。

 

（唐詩選）（新釈漢文大系　杜甫　（上））

 

 

 

 

和子由送春　　　　 子由の春を送るに和す　　 北宋　　蘇(そ)　軾(しょく)

 

夢裏青春可得追　　　夢(む)裏(り)の青春 追うを得べけんや

欲將詩句絆餘暉　　　詩句を将(も)って 余暉(よき)を絆(つな)がんと欲すれども

酒闌病客惟思睡　　　酒 闌(たけなわ)にして 病客(へいかく) 惟だ 睡りを思い

蜜熟黃蜂亦懶飛　　　蜜 熟して 黃蜂 亦た 飛ぶに懶(ものう)し

芍藥櫻桃俱掃地　　　芍薬(しゃくやく) 桜桃(おうとう) 俱(とも)に 地を掃(はら)い

鬢絲禪榻兩忘機　　　鬢(びん)糸(し) 禅榻(ぜんとう) 両(ふた)つながら機を忘る　　

憑君借取法界觀　　　君に憑(よ)って 法界(ほうかい)観(かん)を借取(しゃくしゅ)して

一洗人間萬事非　　　一洗せん 人間 万事の非を

 

【語釈】

夢裏…夢の中。餘暉…落日、又はその余光。鬢絲…老人の白髪。禪榻…座禅を組む腰掛け。忘機…機巧の起こらないこと。法界觀…華厳法界觀という仏教の名。

 

 

賦得四月清和雨乍晴　　　　　　　　　　　　　   清　　李(り)文(ぶん)淵(えん)

「四月清和 雨乍(たちま)ち晴」を賦し得たり

 

小圃香銷雨乍停　　　小圃(しょうほ) 香 銷(しょう)して 雨 乍ち停み

陰陰新�黒ﾕ郊垌　　　陰々たる新緑 郊垌(こうけい)に遍(あまね)し

波添曲沼當軒碧　　　波は 添いて 曲(きょく)沼(しょう) 軒に当たって碧(みどり)に

雲斂遙峰入座��　　　雲は 斂(おさ)まりて 遙(よう)峰(ほう) 座に入りて青し

掠水燕雛飛欲倦　　　水を掠(かす)むる燕(えん)雛(すう)は 飛んで倦(う)まんと欲し

宿花蝶羽夢初醒　　　花に宿る蝶羽(ちょうう)は 夢 初めて醒(さ)む

薫風到處田禾好　　　薫風 到る処 田(でん)禾(か) 好し

爲愛農歌駐馬聴　　　農歌を愛するが爲に 馬を駐(とど)めて聴く

 

【語釈】

賦得…題を与えられて作った詩。四月清和雨乍晴…司馬光の「初夏」の起句、前出。小圃…小さな野菜畑。陰陰…暗く曇るさま。郊垌…郊外の野原。曲沼…曲がった沼。遙峰…遙かに見える峰。燕雛…燕の雛。薫風…初夏の風。田禾…五穀。

 

 

 

楚山秋晚　　　      楚山秋晚(そざんばんしゅう)　　　　　　　　   元　　揭傒斯(けいけいし)

 

山人何處抱琴歸　　　山人 何れの処にか 琴を抱いて帰る

遙想樓臺隔翠微　　　遙かに想う 楼台の 翠微(すいび)を隔つるを

老樹風生舟正泊　　　老樹 風 生じて 舟 正に 泊し

空江日落雁初飛　　　空江 日 落ちて 雁 初めて 飛ぶ　

豈無賦客能招隱　　　豈(あ)に 賦客(ふかく)の 能(よ)く　隠を招く 無からんや

亦有漁翁醉息機　　　亦(ま)た 漁翁の 酔いて 機(き)を息(そく)する 有り　

一幅秋光舒復卷　　　一幅の秋光 舒(の)べて 復(ま)た 卷き　

誰教塵土涴人衣　　　誰か 塵土をして 人衣を涴(けが)さしむる

 

【語釈】

翠微…山の八合目。賦客…賦を作る人、「文選」に招聘の詩あり。息機…名利の心を抛ち捨て去る。一幅秋光…一つの絵のような秋景色。舒…延べる。

 

 

 

 

雪後書北臺壁　　　　雪後 北台の壁に書す　　　北宋　　蘇(そ)　軾(しょく)

 

城頭初日始翻鴉　　　城頭の初日 始めて 鴉(あ)を翻えし

陌上晴泥已沒車　　　陌上(はくじょう)の晴泥 已に 車を沒す

凍合玉樓寒起粟　　　凍(とう) 玉楼に合して　寒 粟(ぞく)を起こし

光搖銀海眩生花　　　光 銀海に搖れて 眩(げん)して花を生ず

遺蝗入地應千尺　　　遺(い)蝗(こう) 地に入る 応(まさ)に千尺なるべし

宿麥連雲有幾家　　　宿麥(しゅくばく) 雲に連って 幾家(いくいえ)か有る　

老病自嗟詩力退　　　老病(ろうへい) 自(みずか)ら嗟(さ)す 詩力の退くを

空吟冰柱憶劉叉　　　空しく 氷柱を吟じ 劉(りゅう)叉(さ)を憶う

 

【語釈】

初日…朝日。陌上…道の上。晴泥…晴れた後の泥。凍…氷。粟…とりはだ。蝗…イナゴの子。宿麥…麦のこと。劉叉…韓愈の門人で、冰柱を詠じた詩がある。

（漢詩大系１７）

 

 

 

 

足柳公權聯句　　　　柳公權(りゅうこうけん)の連句を足(た)す　　　北宋　　蘇(そ)　軾(しょく)

 

人皆苦炎熱　　　人 皆 炎熱を苦しむ　

我愛夏日長　　　我は愛す 夏日の長きを

�桾�自南來　　　�桾� 南(みなみ)自(よ)り来たり

殿閣生微涼　　　殿閣 微涼を生ず　　

一為居所移　　　一たび 居の為に移されて

苦樂永相忘　　　苦楽 永く 相い忘る

願言均此施　　　願くは 言(ここ)に 此の施(し)を均(ひと)しくして

清陰分四方　　　清(せい)陰(いん) 四方に分たんことを

 

【語釈】

柳公權…唐の人、詩賦に巧み。聯句…数人集まって一つの詩を作ること（日本の連歌のようなもの）。最初の二句は玄宗皇帝、次の二句は柳公權の作、残りが蘇軾の作。�桾浴c穏やかな初夏の風。言…助字、実質的な意味はない。清陰…涼しい木陰、清らかな恩沢。

 

 

 

 

苦熱行　　　        苦熱行　　　　　　　　　   唐　　王(おう)　轂(こく)

 

祝融南來鞭火龍　　　祝融(しゅくゆう)南来(なんらい) 火(ひ)龍(りょう)に鞭(むちう)ち

火旗焰焰燒天紅　　　火旗(かき) 焰々(えんえん) 天を焼いて紅なり

日輪當午凝不去　　　日輪 午に当たりて 凝りて去らず

萬國如在江爐中　　　万国 江炉の中に在る如く

五嶽翠乾雲彩滅　　　五岳 翠(みどり) 乾きて 雲彩 滅ず

陽侯海底愁波竭　　　陽(よう)侯(こう) 海底に 波の竭(つ)くるを愁う　　

何當一夕金風發　　　何ぞ当(まさ)に 一夕 金風発し

爲我掃却天下熱　　　我が為に 天下の熱を 掃却(そうきゃく)すべき

 

【語釈】

祝融…夏の神。焰焰…炎が盛んに燃えるさま。五嶽…泰山、衡山、崋山、恒山。翠…山の八合目。陽侯…晉の陽陵国公、水に溺れ大海の神となった。金風…秋の風。掃却…払い去る、却は完了を示す助字。

 

 

 

◆    名勝類

 

鹿柴　　　　    鹿(ろく)柴(さい)　　　　　　　　　　       唐　　王(おう)　維(い)

 

空山不見人　　　空山(くうざん) 人を見ず

但聞人語響　　　但(た)だ 人語の響を聞く

返景入深林　　　返景(へんけい) 深林に入りて

復照青苔上　　　復(ま)た 青(せい)苔(たい)の上を照らす

 

【語釈】

鹿柴 … 鹿を放し飼いにするための囲いの柵。空山 … 人かげのない、静かで物寂しい山。返景 …夕日の照りかえしの光。夕日の光。「景」は、光。日差し。

深林 … 奥深い林の中。復 …そして。青苔 … 濃い緑の苔。

 

（唐詩選）

 

 

 

 

 

木蘭柴　　　　  木(もく)蘭(らん)柴(さい)　　　　　　　　　　     唐　　王(おう)　維(い)

 

秋山斂餘照　　　秋山 余(よ)照(しょう)を歛(おさ)め

飛鳥逐前侶　　　飛鳥 前侶(ぜんりょ)を逐(お)う

彩翠時分明　　　彩(さい)翠(すい) 時に分明

夕嵐無處所　　　夕(せき)嵐(らん) 処所(しょしょ) 無し

 

【語釈】

餘照…落日の残照。前侶…前の仲間。彩翠…（山の）美しい緑の色。夕嵐…夕方、山に懸かる靄。處所…落ち着く所。

（王維１００選）

 

 

白石灘　　　    白石灘(はくせきたん)　　　　　　　　　　　   唐　　王(おう)　維(い)

 

清淺白沙灘　　　清浅なり 白沙灘(はくさたん)

�濠酪ｮ堪把　　　緑(りょく)蒲(ほ) 尚お 把(と)るに堪えたり

家住水東西　　　家は住(じゅう)す　水の東西

浣紗明月下　　　紗(しゃ)を浣(あら)う 明月の下(もと)

 

【語釈】

白石灘…網川二十景の一つ。�濠浴c緑の蒲。

（王維１００選）

 

 

竹里館　　    　竹里館(ちくりかん)　　　　　　　　　　　　 唐　　王(おう)　維(い)

 

獨坐幽篁裏　　　独坐 幽篁(ゆうこう)の裏(うち)

彈琴復長嘯　　　琴(きん)を弾じて 復(ま)た 長嘯(ちょうしょう)す

深林人不知　　　深林 人知らず

明月來相照　　　明月 来たりて 相(あい)照(て)らず

 

【語釈】

幽篁…ひっそりした竹林。長嘯…声をのばして歌う。

（王維１００選）

 

 

望天門山　　　  天(てん)門山(もんざん)を望む　　　　　　　　   唐　　李(り)　白(はく)

 

天門中斷楚江開　　　　天門(てんもん) 中断(ちゅうだん)して 楚(そ)江(こう)開(ひら)く　

碧水東流至北迴　　　　碧(へき)水(すい) 東に流れて 北に至って廻(めぐ)る　

兩岸青山相對出　　　　両岸の青山(せいざん) 相対(あいたい)して出(い)で　

孤帆一片日邊來　　　　孤(こ)帆(はん) 一片(いっぺん) 日(じっ)辺(ぺん)より来る　

 

【語釈】

天門山…長江両岸を夾んで門のように聳える二つの山の総称。安徽省当塗県にある博望山（東梁山）と和県にある梁山のこと。中斷…中が断ち切られること。・楚江…長江。・碧水…青い色をした川の流れ。廻…まわる，向きを変える。青山…木が青々と茂っている山。相對…向かい合う。出…（大空に）突き出る。孤帆…ただ、一そうの帆掛け船。日邊…太陽のある所。

（唐詩選）

 

望廬山瀑布　　　廬山(ろざん)の瀑布(ばくふ)を望む　　　　　　　 唐　　李(り)　白(はく)

 

日照香爐生紫煙　　　日は 香炉を照らして 紫煙を生ず

遙看瀑布挂長川　　　遙かに看る 瀑布の長川を挂(か)くるを

飛流直下三千尺　　　飛流直下 三千尺

疑是銀河落九天　　　疑(うたが)うらくは 是れ　銀河の九天より落つるかと

 

【語釈】

廬山…江西省九江市南部の名勝。香炉峰…廬山の主峰の一つ。形が高香炉に似ているからこう呼ぶ。紫煙…紫のもや。前川…川の向こうに。　疑是　〜と疑うほどだ。直下　まっすぐに落ちる。九天…空の非常に高いところ。

（漢詩鑑賞事典）

 

 

宿石邑山中　　　石邑(せきゆう)山中(さんちゅう)に宿す　　　　　　　  唐　　韓(かん)　翃(こう)

 

浮雲不共此山齊　　　浮雲も 此の山と斉(ひと)しからず

山靄蒼蒼望轉迷　　　山(さん)靄(か) 蒼々(そうそう)として 望み 転(うた)たた迷う　

曉月暫飛千樹裏　　　暁(ぎょう)月(げつ) 暫(しばら)く飛ぶ　千樹の裏(うち)

秋河隔在數峰西　　　秋河は 隔たりて 数峰の西に在り

 

【語釈】

不〜斉 … 等しくない、浮き雲が石邑山ほど高くないということ。暫飛 … にわかに飛ぶように移ってゆく。

（唐詩選）

 

漢江 　　　　　 漢(かん)江(こう)　　　　　　　　　　　　　 唐　　杜(と)　牧(ぼく)

 

溶溶漾漾白鷗飛　　　溶々(ようよう)漾々(ようよう) 白鷗(はくおう)飛ぶ

�此ﾄ春深好染衣　　　��淨(きよ)く春深くして 衣(ころも)を染むるに好し

南去北來人自老　　　南去(なんきょ)北来(ほくらい) 人自(おのずか)から老ゆ

夕陽長送釣船歸　　　夕陽(せきよう)長く送る 釣船(ちょうせん)の帰るを

 

【語釈】

漢江…陝西省西部に源を発し、東に流れ、武漢で長江に注ぐ。溶溶　水がこんこんとたたえているさま。漾漾…水面がゆらゆら揺れているさま。南去北來…南へ行ったり、北へ行ったりすること。

（新釈漢文大系　詩人編　９）

 

 

六月二十七日望湖樓醉書五絶　　　　　　　　　 北宋　　蘇(そ)　軾(しょく)

六月二十七日 望湖楼酔書(ぼうころうすいしょ) 五絶

 

黒雲翻墨未遮山　　　　 黒雲(こくうん) 墨(すみ)を翻(ひるがえ)して 未だ 山を遮(さえぎ)らず　

白雨跳珠亂入船　　　　白雨(はくう) 珠(たま)を跳(おど)らせて 乱れて船に入る　

卷地風來忽吹散　　　　地を巻き 風来たって 忽(たちま)ち吹き散ず　

望湖樓下水如天　　　　望(ぼう)湖楼下(ころうか) 水 天の如し　

 

【語釈】

望湖楼…西湖畔の建物、看経楼とも、先徳楼ともいう。宝石峰にあったというが現在はない。�K雲…黒い（雨）雲。翻…ひっくり返す。反対になる。ひるがえす。遮山…（雨雲が）山を遮（さえぎ）る。白雨…にわか雨、夕立。跳…はねる。珠…真珠。卷地…地面をまきあげる、風の勢いの強いさま。忽…たちまち。吹散…（雨粒を）吹き飛ばす。

（漢詩鑑賞事典）

 

飲湖上初晴後雨二首  　　　　　　　　　　　　 北宋　　蘇(そ) 軾(そしょく)

湖上に飲む 初めは晴 後は雨ふる二首

 

水光瀲艶晴方好　　　　水光(すいこう) 瀲(れん)艶(えん)として 晴れてまさに好く　

山色空濛雨亦奇　　　　山色(さんしょく) 空濛(くうもう)として 雨もまた奇(き)なり　

欲把西湖比西子　　　　西湖(せいこ)を把(と)て 西子(せいし)に比せんと欲すれば　

淡粧濃抹(たんしょうのうまつ)總相宜　　　　淡粧濃抹(たんしょうのうまつ) 総(す)べて相(あい)宜(よ)ろし　

 

【語釈】

水光…湖の水面が輝いているさま。瀲艶…さざ波が揺れているさま。山色…山の色。空濛…　朦朧としたさま。奇…独特の趣がある。西施…春秋時代の美女。欲…　〜しようとする。淡粧…薄化粧。濃抹…厚化粧。相宜…ふさわしい。

（漢詩大系１７）

 

 

��塘　　　　　　��塘(おうとう) 　　　　　　　　　　　  南宋　　范(ぼん)成(せい)大(だい)

　　

南浦春來�壕齔�　　　南浦(なんぽ)春来(しゅんらい) 緑(みどり)一川(いっせん)

石橋朱塔兩依然　　　石橋 朱塔 両つながら 依然たり

年年送客��塘路　　　年々(ねんねん) 客(かく)を送る ��塘(おうとう)の路

細雨垂楊繫畫船　　　細雨 垂(すい)楊(よう) 画船を繫(つな)く

 

【語釈】

横塘…蘇州市中央のやや南寄りにある古い堤の名。南浦…別れの港。（別れの港である）南の方のなぎさ。一川…一面の原野…満川。依然…もとのままである。

 

題西林壁　　　  西林の壁に題す　　　　　     北宋　　蘇(そ)　軾(しょく)

 

��看成嶺側成峰　　　��より看れば嶺(れい)を成し 側(そば)よりすれば峰(ほう)と成る　

遠近高低總不同　　　遠近 高低 総(すべ)て 同じからず　

不識廬山真面目　　　廬山(ろざん)の真面目(しんめんぼく)を 識(し)らざるは　

只縁身在此山中　　　只(た)だ 身の 此の山中に在るに縁(よ)る　

 

【語釈】

西林…西林寺、廬山（江西省九江市南部）のふもとに西林寺と東林寺があった。題壁 … 壁に詩を書きつけること。横看…横の方から眺めわたすと。成嶺…連なった山になる。側 … そば。成峰 … 鋭く聳える峰となる。廬山…山の名、江西省九江市の南方にある。真面目… 本来の姿。

（漢詩大系　１７）

 

鍾山　　　　    鍾山　　　　　　　　　　　　 北宋　　王安石(おうあんせき)

 

澗水無聲繞竹流　　　　澗水(かんすい) 声無く 竹を繞(めぐ)って流る　

竹西花草弄春柔　　　　竹西(ちくせい)の 花草 春(しゅん)柔(じゅう)を弄(ろう)す　

茅簷相對坐終日　　　　茅簷(ちたん) 相対(あいたい)して 坐(ざ)すること終日(しゅうじつ)　

一鳥不啼山更幽　　　　一(いっ)鳥(ちょう)啼(な)かず　山(やま)更(さら)に幽(ゆう)なり　

 

【語釈】

鐘山（鍾山）…南京の東側にある紫金山の旧名。即事…事に触れて、その場のことを題材として詩を作ること。澗水 … 谷川の水。竹西 … 竹林の西側あたり。花草 … 花の咲く草。春柔 … 春の柔らかな気配。弄 …表す、めでる。茅簷 … かやぶきの軒端(のきば)。幽 …奥深く静かなさま

(漢詩大系１６)

 

 

臨平道中　　　　臨平(りんぺい)道中(どうちゅう)　　　　　　　　　  北宋  　釋(しゃく)道(どう)潜(せん)

 

風蒲獵獵弄輕柔　　　風(ふう)蒲(ほ) 猟々(ろうろう)として軽柔(けいじゅう)を弄(ろう)す

欲立蜻蜓不自由　　　立たんと欲するも 蜻蜓(せいてい) 自由ならず

五月臨平山下路　　　五月 臨平山下(りんぺいさんか)の路

藕花無數滿汀洲　　　藕(ぐう)花(か) 無数 汀(てい)洲(しゅう)に満つ

 

【語釈】

臨平…杭州の江西県にある山の名。風蒲…風に吹かれる蒲の葉。獵獵…風の吹く声。軽柔…軽く柔らかなさま。蜻蜓…とんぼ。藕花…蓮の花。汀洲…なぎさと中州。

 

 

過臨平蓮蕩　　　臨平(りんぺい)の蓮蕩(れんとう)を過ぐ　　　　　　 南宋　　楊(よう)萬里(ばんり)

 

人家星散水中央　　　人家 星(せい)散(さん)す 水の中央

十里芹羹菰飯香　　　十里の芹(きん)羹(こう) 菰(こ)飯(はん) 香(かんば)し

想得�桾�端午後　　　想い得たり 薫風(くんぷう) 端午の後

荷花世界柳絲郷　　　荷(か)花(か)の世界 柳(りゅう)糸(し)の郷(きょう)

 

【語釈】

臨平…前記、臨平山の側の湖の名。蓮蕩…蓮池の堤。星散…星のように散らばっていること。芹羹…芹のあつもの。菰飯…マコモの実が入った飯。�桾浴c初夏の心地よい風。

（漢詩大系１６）

 

入瑞巖道間得四絕句呈彥集充父二兄 　　　　　　南宋　　朱(しゅ)　熹(き)

　　　瑞(ずい)巌(がん)に入る道間 四絶句を得たり 彥集充父(げんしゅうじゅうほ)二兄に呈す

 

清溪流過碧山頭　　　清溪 流れ過ぐ 碧山の頭(ほとり)

空水澄鮮一色秋　　　空水 澄鮮(ちょうせん) 一色 秋なり

隔斷紅塵三十里　　　紅(こう)塵(じん)を隔断(かくだん)す 三十里

白雲黄葉共悠悠　　　白雲 黄葉 共に悠々

 

【語釈】

空水…水と空。澄鮮…澄んで鮮やかなさま。紅塵…浮き世の汚れた塵。悠悠…ゆったり静かなさま。

 

 

醉下祝融峰　　　酔いて祝融(しゅくゆう)峰(ほう)を下る　　　　  南宋　　朱(しゅ)　熹(き)

 

我來萬里駕長風　　　我 来って万里 長風に駕(が)す

絶壑層雲許盪胸　　　絶壑(ぜつがく)の層雲 許(かく)胸を盪(うご)かす

濁酒三杯豪氣發　　　濁酒 三杯 豪気発し

朗吟飛下祝融峰　　　朗吟 飛び下る 祝融(しゅくゆう)峰(ほう)

 

【語釈】

祝融峰 … 南岳衡山（湖南省衡陽市）にある峰の名。長風…遠方から吹いて来る風。駕…乗る。絶壑 … 深く切りたった谷。層雲 … 重なっている雲。許 …こんなにも。豪気 … 豪快な気分。

（漢詩鑑賞事典）

 

武夷山中　　　　武(ぶ)夷(い)山中(さんちゅう)　　　　　　　　　　南宋　　謝枋(しゃぼう)得(とく)

 

十年無夢得還家　　　十年 夢無く 家に還(かえ)るを 得る無し

獨立青峯野水涯　　　独立す 青峯 野水の涯

天地寂寥山雨歇　　　天地 寂寥(せきりょう)として 山雨 歇(や)む

幾生修得到梅花　　　幾生(いくせい)か 修し得て 梅花に到らん

 

【語釈】

武夷山…福建省にある黄崗山を中心とする山系の総称。山水の名勝として有名で、黄山、桂林とぶ景勝の山。寂寥…寂しいさま。修得…道を修行する。

 

 

三峽歌九首　　　三峽の歌九首　　　　　　　　 南宋　　陸(りく)　游(ゆう)

 

十二巫山見九峰　　　十二の巫山(ふざん) 九峰を見る

船頭彩翠滿秋空　　　船頭(せんとう)の彩(さい)翠(すい) 秋空に満つ

朝雲暮雨渾虛語　　　朝雲 暮雨 渾(すべ)て虛語

一夜猿啼明月中　　　一夜 猿は啼く 明月の中(うち)

 

【語釈】

三峽…長江上流、重慶市奉節県の白帝城から湖北省宜昌の南津関にかけてある峡谷。瞿塘峡・巫峡・西陵峡、古来、舟行の難所。十二巫山…巫山には十二の峰があると言われる。船頭…舟の舳先（「せんどう」は和語）。彩翠…彩られた山の緑。朝雲暮雨…巫山の巫女が楚の襄王に「朝に朝雲となり、暮れに暮雲となる」と言った故事、「高唐賦」による。

（漢詩大系１９）

 

由三分水至楠木園出巫峡　　　　　　　　　　　　 清　　張(ちょう)問(もん)陶(とう)

　　　三分(さんぶん)水(みず)由(よ)り楠(なｎ)木(ぼく)園(えん)に至り巫峡(ふきょう)を出ず

 

江聲蟠曲亂山開　　　江声 蟠曲(ばんきょく)して乱山 開く

天半濛濛萬古苔　　　天半 濛々(もうもう)たり 万古の苔

千丈奇峰立如壁　　　千丈の奇峰 立ちて壁の如く

蛟竜窟裏一帆來　　　蛟(こう)竜窟(りゅうくつ)裏(り) 一帆 来る

 

【語釈】

巫峡…瞿唐峡、西陵峡と共に三峡の一つ。蟠曲…うずくまり曲がる。江聲蟠曲…江水が音を立てて曲がりくねるさま。濛濛…（雨や小雨で）煙るようにもやもやしているさま。蛟竜窟…巫峡の両岸が相迫って険しいさまを形容したもの。

 

 

呉山            呉山                           金　　完顏(わんやん)亮(りょう)

 

萬里車書合混同　　　万里 車書 合(まさ)に 混同すべし

江南豈有別堤封　　　江南 豈に 別提(べってい) 封 有らんや

移兵百萬西湖上　　　兵を移す 百万 西湖の上(ほとり)

立馬呉山第一峯　　　馬を立つ 呉山 第一の峯

 

【語釈】

呉山…西湖の近傍にある山。車書合混同…天下を統一する意味、「中庸」に記載あり。有別堤封…別の領土を他人が支配すること。

 

 

 

過梅嶺岡留題　　　　梅(ばい)嶺(れい)岡(こう)を過ぎて留(りゅう)題(だい)す　　　元　　伯(はく)　顔(がん)

 

馬首經從庾嶺回　　　馬首 庾(ゆ)嶺(れい)を 経従(けいしょう)して 回(かえ)る

王師到處悉平夷　　　王師 到る処 悉(ことごと)く平(へい)夷(い)す

擔頭不帶江南物　　　 擔頭(たんとう) 帯びず 江南の物

只插梅花一兩枝　　　只だ 插(さしはさ)む 梅花 一両(いちりょう)枝(し)

 

【語釈】

庾嶺…韶州にある梅の名所。經從…経過する。王師…皇帝の軍。平夷…平定する。擔頭…かづきもの、荷物。

 

出東林六七里望廬山　　　　　　　　　　　　　　清　　錢(せん)　載(さい)

　　　　　　　　東林に出で六七里 廬山を望む

 

連峰出雲雲半開　　　連峰 雲を出で 雲 半ばは開く

奔渠捲雪響春雷　　　奔渠(ほんきょ) 雪を捲(ま)き 春雷 響く

雲中屈曲明如玉　　　雲中 屈曲 明(めい) 玉の如し

都是天池傾瀉來　　　都(すべ)て 是れ 天池より 傾瀉(けいしゃ)して来たる

 

【語釈】

廬山…江西省北端部の名山。東林…廬山の北西麓に位置する名刹､東林寺のある場所。奔渠…水のほとばしる溝。天池…海、ここでは天上の池。傾瀉…傾き瀉ぐ。

 

 

南屏雑詠　　　  南屏(なんぺい)雑(ざつ)詠(えい)　　　　　　　　　　   清　　王(おう)又(ゆう)且(しゃ)

 

西湖西去萬山�閨@　　西湖 西に去る 万山の間

桑柘離離茅屋閑　　　桑(そう)柘(しゃ) 離々として 茅屋 閑かなり

路到飛來峰一半　　　路は到る 飛来(ひらい)峰(ほう)の一半

白雲先伴老僧還　　　白雲 先ず 老僧に伴ないて 還える

 

【語釈】

南屏…浙江省杭州市にある南屏山、臥竜山ともいう。桑柘…桑とヤマグワ。離離…草樹が反映しているさま。飛來峰…西湖の西にある山で、山中に霊隠寺がある。

 

 

鶯湖竹枝詞　　　鶯(おう)湖(こ)竹(ちく)枝(し)詞(し)　　　　　　　　　　 清　　呉景果(ごけいか)

 

沢國烟波似畫圖　　　沢(たく)国(こく)の煙波 画図(がと)に似たり

汀洲處處長菰蒲　　　汀(てい)洲(しゅう) 処々 菰(こ)蒲(ほ) 長ず

就中最是難忘處　　　就中(なかんづく) 最も是れ 忘れ難き処

細雨斜風鶯脰湖　　　細雨 斜風 鶯脰(おうとう)湖(こ)

 

【語釈】

鶯湖…江蘇省蘇州市にある湖。竹枝詞…劉禹錫が左遷地であった朗州(湖南省)での民謡に倣って作った物、土地の人情、風俗などを詠ったもの。沢國…池沼の多い地。烟波…水面の靄。汀洲…岸と中州。菰蒲…マコモとガマ。就中…とりわけ。鶯脰湖…鶯湖の別名。

 

 

真州雑詩　　　雑詩　　　　　　　　　　　　　　清　　王士��(おうししん)

 

江干多是釣人居　　　江(こう)干(かん)は 多く 是れ 釣人(ちょうじん)の居

�裴剳H塘一帶疎　　　�裴�(りゅうはく) 菱塘(りょうとう) 一帯 疎(そ)なり

好是日斜風定後　　　好し是れ 日 斜めにして 風 定まるの後

半江紅樹賣鱸魚　　　半江の紅樹 鱸魚(ろぎょ)を売る

 

【語釈】

真州…江蘇省儀征市。江干…江の岸。釣人…漁民。�裴凵c柳を植えた道。菱塘…菱の生えた池塘。半江…江の岸辺。

 

 

泊秦淮　　　    秦淮(しんわい)に泊す　　　　　　　　　　 唐　　杜(と)　牧(ぼく)

 

煙籠寒水月籠沙　　　 煙は寒(かん)水(すい)を籠(こ)め 月は沙(すな)を籠(こ)む

夜泊秦淮近酒家 　　　夜 秦淮(しんわい)に泊(はく)して 酒家(しゅか)に近し

商女不知亡國恨 　　　商女(じょうじょ)は知らず 亡国の恨みを

隔江猶唱後庭花 　　　江を隔てて 猶(なお) 唱(うと)う「後庭(こうてい)花(か)」

 

【語釈】

秦淮…建康（南京）を貫流して長江へ注ぐ古代の運河。煙…霞は靄。寒水…寒々とした冬の川。籠…月光が河の砂に射している。　・籠…つつみこむ。沙…砂州。酒家…酒屋、飲み屋。商女…妓女。亡國恨嘗てここに都を構えていた南朝の陳の後主が酒色に耽り、国を亡ぼしたという。後庭花…後庭花…『玉樹後庭花』。南朝の陳の後主が作った詩。

（漢詩大系　９）

 

 

留題秦淮丁家水閣四首　　　　　　　　　　　　 　明　　錢(せｎ)謙(けん)益(やく)

　　　秦淮(しんわい)の丁(てい)家(か)の水閣(すいかく)に留題す四首　

 

舞榭歌臺羅綺叢　　　舞榭(ぶしゃ) 歌台 羅綺(らき)の叢(そう)

都無人跡有春風　　　都(すべ)て 人跡(じんせき)無く 春風有り

踏��無限傷心事　　　踏青(とうせい) 限り無し 傷心の事

併入南朝落照中　　　併せて入る 南朝 落照の中(うち)

 

【語釈】

秦淮…建康（南京）を貫流して長江へ注ぐ古代の運河、周辺は歓楽街。榭…屋根のある台。舞榭歌臺…歌舞を催すうてな。羅綺…薄絹の美しい「アヤ」それで装った美人達。叢…群集する。踏��…春、青草の上で遊ぶこと。落照…夕日。

（漢詩大系２２）

 

留題秦淮丁家水閣四首　其二　　　　　　　　　 　明　　錢(せん)謙(けん)益(えき)

　　秦淮(しんわい)の丁(てい)家(か)の水閣(すいかく)に留題す四首　其の二　

　

苑外楊花待暮潮　　　苑外(えんがい)の楊(よう)花(か) 暮(ぼ)潮(ちょう)を待つ

隔溪桃葉限紅橋　　　隔溪(かくけい)の桃葉 紅(こう)橋(きょう)を限る

夕陽凝望春如水　　　夕陽 凝望(ぎょうぼう)すれば 春水の如く

丁字薕前是六朝　　　丁字(ていじ)薕(れん)前(ぜん) 是れ 六朝(りくちょう)

 

【語釈】

楊花…柳絮。桃葉…渡し場の名。紅橋…紅い闌干の橋。丁字薕…妓楼の簾

（漢詩大系２２）

 

秦淮雑詩原十四首　　　秦淮(しんわい)雑(ざつ)詩(し)原十四首         清　　王士��(おうししん)

 

年來腸斷秣陵舟　　　　年来(ねんらい)　 腸断(ちょうだん)す　 　秣(まつ)陵(りょう)の舟

夢繞秦淮水上樓　　　　夢は遶(めぐ)る　 秦淮(しんわい)　　水上の楼

十日雨絲風片裏　　　　十日(じゅうじつ)の雨(う)糸(し)　 風片(ふうへん)の裏(うち)

濃春煙景似殘秋　　　　濃(のう)春(しゅん)の煙景(えんけい)　 残(ざん)秋(しゅう)に似たり

 

【語釈】

秦淮…建康（南京）を貫流して長江へ注ぐ古代の運河、周辺は歓楽街。雑詩…興の赴くままに作った詩。年來…数年この方。腸斷…はらわたが断ち切れるほどの悲しみ，愁い（ここでは、心の底から思い焦がれていたという意味）。秣陵…南京の近くにある地。雨絲…細かい雨。風片…軽い風。濃春…春のたけなわ。煙景…靄の中の景色。殘秋…秋の末。

（漢詩大系　２３）

 

秦淮雑詩　其二　　　　秦淮(しんわい)雑(ざっ)詩(し)　其二　　　　　 清　　王士��(おうししん)

 

潮落秦淮春復秋　　　潮は秦淮(しんわい)に落ちて 春 復(ま)た秋

莫愁好作石城遊　　　莫(ばく)愁(しゅう) 好し作(な)す 石城の遊び

年来愁與春潮滿　　　年来 愁は 春潮と満つ　　　

不信湖名尚莫愁　　　信ぜず 湖名の 尚お 莫(ばく)愁(しゅう)なるを

 

【語釈】

秦淮…金陵（南京）城内を流れる河。莫愁…金陵にある湖の名。石城…石頭城、金陵のこと。

（漢詩大系２３）

 

登岳陽樓　　　　      岳陽楼に登る　　　　　　 唐　　杜(と)　甫(ほ)

 

昔聞洞庭水　　　　昔聞く 洞庭(どうてい)の水　

今上岳陽樓　　　　今登る 岳陽楼　

呉楚東南坼　　　　呉楚(ごそ) 東南に坼(さ)け　

乾坤日夜浮　　　　乾坤(けんこん) 日夜浮かぶ　

親朋無一字　　　　親(しん)朋(ぽう) 一字無く　

老病有孤舟　　　　老病 孤(こ)舟(しゅう)あり　

戎馬關山北　　　　戎(じゅう)馬(ば) 関山(かんざん)の北　

憑軒涕泗流　　　　軒(けん)に憑(よ) れば 涕泗(ていし)流る

 

【語釈】

岳陽樓…湖南省岳陽市市街の北西、岳陽城の西城門上の楼閣。昔聞…以前に（言い伝えで）聞いていた。洞庭水…洞庭湖。呉楚…呉楚の地方。東南坼…呉楚の地方は、東南部分が裂けて洞庭湖となったと言う伝説がある。乾坤…天と地。日夜…昼も夜も。浮 … 水面に影を映して浮かび漂う。親朋 … 親戚と友人。無一字 …一通の手紙も来ない。戎馬 … 軍馬。兵馬。ここでは戦いを指す。関山 …関所のある山。軒 …手すり。憑 … よりかかる。涕泗 … 涙、目から出るのが「涕」・鼻から出るのが「泗」。

 

（唐詩選）

 

 

 

臨洞庭上張丞相　　洞庭に臨む張丞相に上(たてまつ)る　　 唐　　孟(もう)浩然(こうねん)

 

八月湖水平　　　八月 湖水平らかに

涵虚混太�C　　　虚(きょ)を涵(ひた)して 太(たい)清(せい)に混ず

氣蒸雲夢澤　　　気は蒸す　雲夢沢(うんぼうたく)

波撼岳陽城　　　波は撼(ゆる)がす　岳陽城

欲濟無舟楫　　　済(わた)らんと欲するも 舟(しゅう)楫(しゅう)なく

端居恥聖明　　　端居(たんきょ) 聖(せい)明(めい)に恥ず

坐觀垂釣者　　　坐(そぞろ)に釣(ちょう)を垂るる者を観て

徒有羨魚情　　　徒(いたず)らに魚を羨(うらや)むの情(じょう)あり

 

【語釈】

洞庭…洞庭湖。臨…目の前にする。高い所から下を見る。虚…虚空。大空。涵 …浸す。太清 … 天。道教用語。混…空と水とが一つに混ざり合う。気蒸 … 水蒸気が立ちのぼる。雲夢沢 …今の湖北省南部から湖南省北部にかけてあったといわれる広大な湿地帯の名。気蒸 … 水蒸気が立ちのぼる。舟楫 … 舟と櫂。端居…なすこともなく、じっとしている。

聖明 …天子、 天子の明徳。

 

（唐詩選）（漢詩鑑賞事典）

 

 

 

 

黃鶴樓　　　　        黃鶴楼　　　　　　　　　 唐　　崔(さい)　��(こう)

 

昔人已乘白雲去　　　昔人(せきじん) 已に 黄鶴に乗じて去り

此地空餘黄鶴樓　　　此の地　空しく余す　黄鶴楼

黄鶴一去不復返　　　黄鶴 一たび去って 復(ま)た返らず

白雲千載空悠悠　　　白雲 千載 空しく悠々(ゆうゆう)

晴川歴歴漢陽樹　　　晴(せい)川(せん) 歴々(れきれき)たり 漢(かん)陽(よう)の樹

芳草萋萋鸚鵡洲　　　芳草(ほうそう) 萋々(せいせい) 鸚鵡(おうむ)洲(しゅう)

日暮�ｸ關何處是　　　日暮 郷関(きょうかん) 何れの処か是(これ)なる

煙波江上使人愁　　　煙波 江上 人をして　愁えしむ

 

【語釈】

黄鶴楼…湖北省武昌県の西端、長江に突き出した所にある楼台。昔人…伝説にある、昔この地に来たという仙人。悠悠…どこまでも遠い。晴川…晴れた長江の流れ。歴歴…はっきり見えるさま。芳草…かぐわしい春の草。萋萋…生い茂っているさま。鸚鵡洲…湖北省漢陽県の西南、揚子江の中洲。郷関…故郷。煙波…川面を覆う靄。

（唐詩選）

　

 

 

登金陵鳳凰臺　　　金陵の鳳凰(ほうおう)台(だい)に登る　　　　    唐　　李(り)　白(はく)

 

鳳凰臺上鳳凰遊　　　鳳凰(ほうおう)台上(だいじょう) 鳳凰(ほうおう)遊ぶ

鳳去臺空江自流　　　鳳(ほう)去り 台空(むな)しくして 江(こう)自(おのず)から流る

呉宮花草埋幽徑　　  呉宮(ごきゅう)の花(か)草(そう)は幽(ゆう)経(けい)に埋もれ

晉代衣冠成古丘　　　晉代(しんだい)の衣冠は 古丘と成る

三山半落青天外　　　三山(さんざん) 半ば落つ 青天の外(ほか)

二水中分白鷺洲　　　二(に)水(すい) 中分(ちゅうぶん)す 白鷺(はくろ)洲(しゅう)

總爲浮雲能蔽日　　　総(すべ)て 浮雲(ふうん)の能(よ)く日を蔽(おお)うが爲に

長安不見使人愁　　　長安見えず　人をして愁えしむ

 

【語釈】

金陵…南京市、六朝の古都、南朝の各朝の首都。鳳凰臺…〔南朝・宋の元嘉十四年（４３７年）に、孔雀のようで五色の模様鳳凰のある美しい鳴き声の鳥が集まったことに因って、築いた台、南京市の鳳凰山上にある。鳳凰…想像上の鳥、聖主が世に出ると現れるという、鳳は雄、凰は雌。江…長江。自…自然に、変わることなく。呉宮…三国の呉の孫権が建業（金陵）においた宮殿。幽徑…奥深い小道、人気のない静かな小道。晉代…東晋。衣冠…権門富貴、貴族。三山…金陵の西南にある三つの山（山名不明）。二水…金陵を挟むように流れる二つの川（秦淮河と護城河）。白鷺洲…中州の名。浮雲…（宦官の高力士を指していると思われる。日…（玄宗を指していると想われる）。

（漢詩大系　８）

 

参考　　『苕溪漁隱叢話：卷五）』

 

昔人已乘白雲去，此地空餘黃鶴樓，黃鶴一去不復返，白雲千載空悠悠。 晴川歷歷漢陽樹，芳草萋萋鸚鵡洲。日暮家山何處在？煙波江上使人愁。 李太白負大名，尚曰『眼前有景道不得，崔��題詩在上頭。』欲擬之較勝負，乃作《金陵登鳳凰台》詩。

 

 

松滋渡望峽中　　 松(しょう)滋(じ)渡(と)より峽中を望む　 　     唐　 劉禹(りゅうう)錫(しゃく)

 

渡頭輕雨灑寒梅　　　渡頭(ととう)の軽雨 寒梅を灑(そそ)ぐ

雲際溶溶雪水來　　　雲際(うんさい) 溶々(ようよう) 雪水 来たる

夢渚草長迷楚望　　　夢渚 草 長じて 楚望迷い

夷陵土�K有秦灰　　　夷陵 土黒くして 秦灰有り

巴人淚應猿聲落　　　巴人の淚は 猿声に応じて落ち

蜀客(しょくかく)船從鳥道回　　蜀客(しょくかく)の船は 鳥(ちょう)道(どう)従(よ)り 回(かえ)える　　

十二碧峰何處所　　　十二の碧(へき)峰(ほう) 何れの処(ところ)の所(ところ)ぞ

永安宮外是荒臺　　　永安宮外(あんえいきゅうがｋ) 是(こ)れ 荒台

 

【語釈】

渡頭…渡し場のあたり。溶溶…水が盛んに流れるさま。夢渚…洞庭湖の周辺に広がる沼沢地。楚望…楚の国の遠望。夷陵…湖北省宣昌。秦灰…秦の将軍白起が焼き払ったあと灰。巴人…四川省東部。鳥道…鳥しか通わないような険阻な道（川）。十二碧峰…巫山にある十二の緑の峰。永安宮…虁州にあった行宮、劉備が死んだところ。

（三体詩）

 

 

 

 

登玲瓏山　　　    玲瓏山(れいろうざん)に登る　　　　　　      宋　 蘇(そ)　軾(しょく)

 

何年僵立兩蒼龍　　　何年僵立(きょうりつ)す両蒼(りょうそう)龍(りゅう)

瘦脊盤盤尚倚空　　　瘦脊(そうせい) 盤々(ばんばん) 尚お 空(くう)に倚(よ)る

翠浪舞翻紅罷亞　　　翠浪(すいろう) 舞翻(ぶはん)して 紅罷亞(こういあ)

白雲穿破碧玲瓏　　　白雲 穿破(せんぱ)して 碧(へき)玲瓏(れいろう)

三休亭上工延月　　　三休亭上(さんきゅうていじょう) 工(たくみ)に月を延べ

九折巖前巧貯風　　　九(く)折(せつ)巌前(がんぜん) 巧(たく)みに風を貯(たくわ)う

脚力盡時山更好　　　脚力 尽くる時 山 更に好し

莫將有限趁無窮　　　有限を将(も)って 無窮を趁(お)うこと 莫(な)かれ

 

【語釈】

玲瓏山…杭州市臨安県にある山、２角山が屹立している。僵立…直立不動。兩蒼龍…二つの蒼い玲瓏山の峰。瘦脊…痩せた骨（山の様子）。盤盤…曲がりくねっているさま、何処までも続いているさま。翠浪…緑の波（稲の穂が風で波立つさま）。舞翻…舞い飜る。紅罷亞…稲の熟したもの。穿破…穿ち破る。碧玲瓏…玲瓏山を形容したもの。三休亭…玲瓏山にある一つの亭。九折巖…玲瓏山の山頂にある巌。

 

 

 

登州海市　　　    登州海市(とうしゅうかいし)　　　　　　　      北宋　 蘇(そ)　軾(しょく)

 

東方雲海空復空　　　東方の雲海　空(くう)復(ま)た空(くう)

羣仙出沒空明中　　　群仙 出沒す 空(くう)明(めい)の中(うち)

蕩搖浮世生萬象　　　浮世(ふせい)を蕩(とう)搖(よう)して 万象を生ず

豈有貝闕藏珠宮　　　豈に 貝闕(ばいけつ)の 珠宮を蔵する 有らんや

心知所見皆幻影　　　心に知る 見る所 皆 幻影

敢以耳目煩神功　　　敢(あえ)て 耳目を以って 神功を 煩わさん

歳寒水冷天地閉　　　歳(とし) 寒く 水 冷やかにして 天地 閉ず

為我起蟄鞭魚龍　　　我が為に蟄(ちつ)を起こして魚龍を鞭(むちう)つ

重樓翠阜出霜曉　　　重楼 翠阜(すいふ) 霜曉(そうぎょう)に出で

異事驚倒百歳翁　　　異事 驚倒す 百歳の翁

人間所得容力取　　　人間(にんげん) 得る所は 力(りく)取(しゅ)す容(べ)し

世外無物誰為雄　　　世外 物無し 誰か雄と為す

率然有請不我拒　　　率然とし て請う有れば 我を拒まず

信我人厄非天窮　　　信(まこと)に 我は 人厄 天窮に非らず

潮陽太守南遷歸　　　潮(ちょう)陽(よう)の太守 南遷して帰り

喜見石廩堆祝融　　　喜び見る 石廩(せきりん)の祝融に 堆(すい)するを

自言正直動山鬼　　　自(みずか)ら言う 正直(せいちょく) 山(さん)鬼(き)を動かすと

豈知造物哀龍鐘　　　豈(あ)に知らんや 造物の 龍(りゅう)鐘(しょう)を哀(あわれ)むを

伸眉一笑豈易得　　　眉を伸べて一笑するも 豈(あ)に得(え)易(やす)からんや

神之報汝亦已豐　　　神の 汝に報ずるも 亦(ま)た 已に豐かなり

斜陽萬里孤鳥沒　　　斜陽 万里 孤鳥 沒す

但見碧海磨青銅　　　但だ見る 碧海 青銅を磨(ま)するを

新詩綺語亦安用　　　新詩 綺語も 亦(ま)た 安(いずくん)ぞ用いん

相與變滅隨東風　　　相い與(とも)に 変滅して 東風に隨う

 

【語釈】

海市…蜃気楼。蕩搖…ゆるぎ動く。貝闕…紫色の貝殻で飾った宮殿、河伯（黄河の神）の居る所。珠宮…竜宮の類い。起蟄…地中に眠っている虫を起こす。翠阜…翠の山。力取…全力を尽くして得る。人厄…人によって被る災害。天窮…天によって被る災害。潮陽太守…韓愈のこと。石廩…南方の衞岳の一峰。祝融…衛岳の一峰。龍鐘…年老いてやつれた様。青銅…「カラカネ」の鏡。

 

 

 

蜀道難　　　　    蜀(しょく)道難(どうなん)　　　　　　　　       唐　　李(り)　白(はく)

 

噫吁戲危高哉　　　　　噫吁戲(ああ)　危いう乎(かな) 高き哉(かな)
蜀道之難難于上青天　　蜀道の難きは 青天に上るよりも難し　　　　　
蚕叢魚鳧　　　　　　　蚕(さん)叢(そう)及び魚鳧(ぎょふ)

開國何茫然　　　　　　開国 何ぞ 茫然(ぼうぜん)たる
爾來四萬八千歳　　　　爾來(じらい) 四万八千歳
不與秦塞通人煙　　　　秦(しん)塞(さい)と人煙を通ぜず
西當太白有鳥道　　　　西 太白に当(あた)って 鳥道有り
可以��絶峨眉巓　　　　以って 峨(が)眉(び)の巓(てん)を ��絶すべし

地崩山摧壯士死　　　　地 崩れ 山 摧(くだ)けて 壮士 死す
然後天梯石棧相鈎連　  然(しか)る後 天(てん)梯(てい) 石棧(せきさん) 相(あい)鈎連(こうれん)す
上有六龍回日之高標　　上には 六(ろく)龍(りょう) 日を回(かえ)すの 高標 有り
下有沖波逆折之回川　  下には 衝波(しょうは)逆折(ぎゃくせつ)の回(かい)川(せん)有り
黄鶴之飛尚不得過　　  黄鶴の飛ぶこと 尚お 過ぐることを得ず
猿猱欲度愁攀縁　　　　猿猱(えんじゅう) 度(わた)らんと欲しするも 攀(はん)縁(えん)を愁う

青泥何盤盤　　　　　　青泥 何ぞ 盤々(ばんばん)たる

百歩九折廻岩巒　　　　百歩九折 岩巒(がんらん)を廻(めぐ)る

捫參歴井仰脅息　　　　参を捫(もん)し　井を歴(へ)て 仰いで脅息(きょうそく)す

以手撫膺坐長嘆　　　　手を以て膺(むね)を撫(ぶ)し　坐して長嘆す

問君西游何時還　　　　問う 君　西游 何れの時にか 還(かえ)らん

畏途巉岩不可攀　　　　畏(い)途(と)の巉(ざん)岩(がん) 攀(よ)ずべからず

但見悲鳥號古木　　　　但だ見る 悲鳥 古木に号(さけ)び

雄飛雌呼繞林間　　　　雄 飛び 雌を呼びて 林間を繞(めぐ)るを

又聞子規啼夜月愁空山　又聞く 子規 夜月に啼いて 空山に愁(うれ)うることを

蜀道之難難于上青天　　蜀道の難きは 青天に上るよりも難し

使人聽此凋朱顏　 　 　人をして 此を聽(き)きて 朱顏を凋(しぼ)ばしむ

連峰去天不盈尺　　　　連峰 天を去ること 尺に盈たず

枯松倒挂倚絶壁　　　　枯松 倒しまに挂(か)かりて 絶壁に倚(よ)る

飛湍瀑流爭喧怪　　　　飛湍 瀑流 争いて喧怪たり

撃崖轉石萬壑雷　　　　崖を撃ち 石を転じて 万壑 雷(とどろ)く

其險若此　　　　 　 　其の険や此(かく)の若(ごと)し

嗟爾遠道之人　　　 　 嗟(さ)す 爾(なんじ) 遠道の人

胡為乎來哉　　　　 　 胡(なん)為(すれ)ぞ 来(きた)る哉(や)　　　　　

劍閣崢�ｴ而崔嵬　　　　剣閣(けんかく)は崢�ｴ(そうそう)として 崔嵬(さいかい)たり

一夫當關萬夫莫開　　　一夫 関に当たれば 万夫も開く莫(な)し

所守或匪親　　　　  　守る所　或は親に匪(あら)ざれば

化為狼與豺　　　　 　　化して 狼(ろう)と 豺(さい)と為る

朝避猛虎　　　　　  　朝(あした)には 猛虎を避け　　　　　　

夕避長蛇　　　　　  　夕(ゆうべ)には 長蛇を避く　　　　　　

磨牙吮血　　　　　 　　牙を磨(ま)し　血を吮(ひ)す　　　　　　

殺人如麻　　　　　　 　人を殺すこと 麻の如し

錦城雖云樂　　　　 　　錦(きん)城(じょう)は云(ここ)に 楽しと雖も

不如早還家　　　　　　 早く家に還るに 如かず

蜀道之難難于上青天　 　蜀道の難きは 青天に上るよりも難し

側身西望長咨嗟　　   　身を側(そばだて)てて 西望 長く咨嗟(しさ)す

 

【語釈】

蜀道難…四川省の道路の極めて危険なこと、楽府題。蚕叢…古代蜀の国王で、養蚕を発明した人物。古代蜀の国王で、鵜飼を始めた人物。何…何と、感嘆を表す。茫然…ぼんやりしているさま。爾来…それ以来。秦塞…秦の地方、関中。通人煙…人々が往来する意。西当…西側に当たる。当…当たる。（…に）向いて。太白…太白山のこと現・陝西省眉県の南、太白県にある。鳥道…鳥しか通わないような険しい山道。可以……できる。横絶…よこぎる。山や川や海を横切り渡る。峨眉…四川省の四川盆地西南端にある名山の一の峨眉山。巓…いただき。地崩山摧…大地の崩れるさま。壮士死…この句は『華陽國志』の『蜀志』に基づく。然後…その後。しかるのち。天梯石桟…〔切り立った険しい崖沿いの山道に、石（や木材）で棚のように張り出して設けた道。鈎連…つづき連なる。六龍回日…六頭立ての龍車に乗って運行する太陽。回…遠回りする。迂回する。避ける。高標…蜀山の嶺の中の標識となるべき最高峰。衝波…激しい真っ直ぐな流れの波。逆折…逆方向に折れ曲がって（の流れ）。回川…渦巻く川。黄鶴…黄鵠のことで、大空を善く飛ぶ大鳥。猿猱…サルやテナガザル。（蜀の地にいる）サルの類を謂う。攀援…よじのぼる、物につかまって登る。青泥…陝西省略陽県の西北にあった山の名・青泥嶺。盤盤…ぐるぐる回りをする。百歩九折…百歩（歩（あゆ）むうちに九回折れ曲がる。縈…めぐる、めぐらす。巌巒…けわしい山、険しい岩山。・捫…取る、持つ。歴…経過する。参、井…ともに、星座の名。脅息…息をひそめる。膺…胸。坐…そぞろに。・西遊…西の方を旅する。畏途…険しくておそろしい道。巉巌…岩山が険しく高いさま。号…大声でさけびよばわる。凋…しぼませる。朱顔…少年の顔、（血色の良い）赤い顔。去天…天から離れること。盈…満ちる。去天不盈尺…天から離れること一尺に満たない。倒挂…逆さまに掛かる。倚…よりかかる、寄る。飛湍…水の勢いよく流れる瀬。瀑流…たき。喧豗…やかましい。さわがしい。砯…水が岩を撃つ（音）。雷…とどろく、石を転がす。嗟…ああ。感嘆や歎きの声。遠道…遠路。はるか遠い道。はるばる。胡為…なぜ。剣閣…剣門関のことで、山の名。崢�ｴ…高く聳えるさま。高く険しいさま。所守…守るところの者。或…ひょっとしたら。…かもしれない。　あるいは。匪親…腹心/肉親でない意。匪…「非」の意。化為……に変わる。化して…となる。磨牙…牙を磨く。吮血…血をすする。如麻…多いことの形容。如麻…多いことの形容。雖云……とはいっても。側身…身をそばめ縮める。咨嗟…ため息をついてなげく。

（漢詩大系８）（唐詩三百首）

http://www5a.biglobe.ne.jp/~shici/p20.htm

 

 

 

◆    遊覧編

 

獨坐敬亭山　　　 独り敬亭山(けいていざん)に坐ず　　　　　　　唐　　李(り)　白(はく)

 

衆鳥高飛盡　　　衆(しゅう)鳥(ちょう) 高く飛んで尽き

孤雲獨去�閨@　　孤(こ)雲(うん) 独(ひと)り去って(さって)閑(かん)なり

相看兩不厭　　　相(あい)看(み)て　両(ふた)つながら厭(いと)わざるは

只有敬亭山　　　只(ただ) 敬亭山(けいてんざん) 有るのみ

 

【語釈】

敬亭山…安徽省東南にある宜城市の北にある山。衆鳥…群れ飛ぶ鳥。孤雲…ぽつんと一つだけある雲。�閨cゆったりと落ちついて静かなさま。相看…お互いに見あって。兩…双方、敬亭山と作者を指す。厭…あきる。

（漢詩大系　８）

 

 

登鸛雀樓　　　　 鸛(かん)雀楼(じゃく)に登る　　　　　　　　　唐　　王之渙(おうしかん)

 

白日依山盡　　　　白日(はくじつ) 山に依(よ)りて 尽(つ)き　

黄河入海流　　　　黄河 海に入(い)って 流る　

欲窮千里目　　　　千里の目を 窮めんと欲して　

更上一層樓　　　　更に上(のぼ)る　一層の楼

 

【語釈】

鸛雀樓…蒲州府永済県の西南城上にある楼（三階建）。白日…くもりのない太陽。千里目…遙か彼方まで、見極めること。

（唐詩選）

 

登樂遊原　　　　  楽遊原に登る　　　　　　　　  唐　　李商隱(りしょういん)

 

向晩意不適　　　　晩(くれ)に向(なんな)んとして 意(こころ)適(かな)わず　

驅車登古原　　　　車を駆(か)りて 古原(こげん)に登る　

夕陽無限好　　　　夕陽(せきよう) 無限に好し　

只是近黄昏　　　　只(た)だ 是(こ)れ 黄昏(こうこん)に近し　

 

【語釈】

樂遊原…長安の東南にある遊覧の地で、長安を眺め渡すことのできる名勝地。向晩…夕方、暮れ方。意…思い、気分不適…調子がわるい。只是…ただ…ではあるが（しかし）。黄昏…たそがれ。

（三体詩）

 

 

 

晚望 　　　　     晚(ばん)望(ぼう)　　　　　　　　　　　　  唐　　白(はく)居(きょ)易(い)

 

江城寒角動　　　江城 寒(かん)角(かく) 動き

沙洲夕鳥還　　　沙(さ)洲(しゅう) 夕(せき)鳥(ちょう) 還る

獨在高亭上　　　独り 高亭の上に在りて

西南望遠山　　　西南 遠山を望む

 

【語釈】

江城…江に臨んだ城。寒角…寂しい角笛の音。沙洲…中州

 

 

南浦　　　　　    南浦(なんぽ)　　　　　　　　　　　　  宋　　王安石(おうあんせき)

 

南浦隨花去　　　南浦 花に随いて 去り

迴舟路已迷　　　舟を迴(めぐら)せば 路 已に 迷う

暗香無覓處　　　暗香 覓(もと)むる処 無し

日落畫橋西　　　日は落つ 画橋の西

 

【語釈】

南浦…中国江西省北部、南昌の西南の地名。もと南浦亭があった。暗香…どこから来るとも定かでない香り。畫橋…美しく彩った橋。

 

雨中過玉遮山　　  雨中 玉遮山(ぎょくしゃざん)を過ぐ　　　      明　　高(こう)　啓(けい)

 

尋鐘入蒼茫　　　鐘を尋ねて蒼茫(そうぼう)に入る　

一澗復一崦　　　一澗(かん) 復た 一崦(えん)

落葉去方深　　　落葉 去ること 方(まさ)に深し

山扉雨中掩　　　山(さん)扉(ぴ) 雨中に掩(おお)う

 

【語釈】

蒼茫…水面などの青々として果てしないさま。澗…谷。崦…山。山扉…山の中の家の扉。

 

 

 

渡江 　　　　　   江を渡る　　　　　　　　　　  清　　文(ぶん)　點(てん)

 

青山如故人　　　青山は 故人の如く

江水似美酒　　　江水は 美酒に似たり

今日重相逢　　　今日 重ねて相(あい)逢(あ)う

把酒對良友　　　酒を把(と)って 良友に対す

 

【語釈】

青山…青々とした山。故人…昔なじみ。把酒…酒杯を持つ。

 

 

渡江　　　　      渡江　　　　　　　　　　      清   繆(りゅう)　彤(とう)

 

涼月漾中流　　　涼(りょう)月(げつ) 中流に漾(ただよ)い

金山隱隱浮　　　金山　隱々(いんいん)として浮かぶ

尚餘殘醉在　　　尚お 残酔(ざんすい)を余(あま)して 在り

和夢到揚州　　　夢に和して 揚州に到る

 

【語釈】

金山…建康（南京）の東北４０kmにある地名？。隱隱…かすかに見える。

 

 

江畔獨步尋花　　  江畔独步(こうはんどくほ)花を尋ぬ　　　　　　  唐　  杜(と)　甫(ほ)

 

黃四娘家花滿蹊　　　黄四娘の家 花蹊(かけい)に満ち

千朶萬朶壓枝低　　　千朶(せんだ) 万朶(ばんだ) 枝を圧して低(た)る

留連戲蝶時時舞      留連(りゅうれん)の戯(ぎ)蝶(ちょう) 時々舞い

自在嬌鶯恰恰啼　　　自在の嬌(きょう)鶯(おう) 恰々(こうこう)として啼く

 

【語釈】

黄四娘…黃家の四番目のおばさん、四は排行、一説に妓女の名。朶…花の付いた枝。留連…そこにつづけて居る。自在　歌喉の自由なこと。嬌鶯…可愛い鶯。恰恰…鳥の鳴き声のさま。

（杜甫全詩訳注）

 

自朗州召至京戲贈看花諸君　　　　　　　　　　　  唐　  劉禹錫

朗州(ろうしゅう)自(よ)り召され京に至る 戲に花を看る諸君に贈る

 

紫陌紅塵拂面來　　　紫陌(しはく)の紅塵(こうじん) 面(めん)を払いて来(きたる)り

無人不道看花回　　　人の 花を看て回(かえ)ると道(い)わざるは無し

玄都觀裏桃千樹　　　玄都觀裏(げんとかんり)　桃千樹

盡是劉郎去後栽　　　尽(ことごと)く是(こ)れ 劉(りゅう)郎(ろう)去りて後に栽えたり

 

【語釈】

戲贈…ふざけて詩を作って贈る。紫陌…都の市街。紅塵…賑やかな街の埃、俗塵。玄都觀…道教寺院の名、長安の朱雀街にあった。劉郎…仙桃を味わった伝説上の人物劉晨と自分のことを掛けたもの。

（唐詩選）　曰く付きの詩。劉禹錫、再び左遷。

 

再遊玄都觀　　　  再び 玄(げん)�ｷ(と)觀(かん)に遊ぶ　　　　　   唐   劉禹(りゅうう)錫(しゃく)

 

百畝庭中半是苔　　　百畝の庭中 半(なかば)ば 是(こ)れ 苔

桃花淨盡菜花開　　　桃花 淨尽(じょうじん)し 菜(さい)花(か) 開く

種桃道士歸何處      桃を種えし道士 何れの処か帰る

前度劉郎今又來　　　前度の劉�ｶ 今 又た 来(きた)る

【語釈】

再遊…二度目の訪問。玄�ｷ觀…長安の朱雀街にあった道教寺院。淨盡…すっかり無くす。菜花…野菜の花。劉�ｶ…劉禹錫自身。

 

 

念昔遊　　　　　  昔遊を念(おも)う　　　 　　　　     唐 　 杜(と)　牧(ぼく)

 

李白題詩水西寺　　　李白 詩を題す 水(すい)西寺(せいじ)

古木廻巌楼閣風　　　古木 廻(かい)巌(がん)  楼閣(ろうかく)の風

半醒半酔遊三日　　　半醒(はんせい) 半酔(はんすい) 遊ぶこと三日(さんじつ)

紅白花開山雨中　　　紅白 花は開く 山(さん)雨(う)の中(うち)

 

【語釈】

昔遊…昔遊んだこと。水西寺…安徽省宣城の水西山の上にあった三つの寺の総称。廻巌…巌を取り巻いている。半醒半酔…ほろ酔い。三日…三日間。

（漢詩大系　１４）

 

吉祥寺賞牡丹　　　吉祥寺にて牡丹を賞す　　    北宋　 蘇(そ)　軾(しょく)

 

人老簪花不自羞　　　　人は老いて花を簪(かざ)し 自(みずか)らは羞(は)じず　　　

花應羞上老人頭　　　　花は応(まさ)に羞(は)ずべし 老人の頭(こうべ)に上(のぼ)るを　

醉歸扶路人應笑　　　　酔帰(すいき) 路(みち)に扶(たす)けらるるを 人 応(まさ)に笑うべし　

十里珠簾半上鉤　　　　十里の珠(しゅ)簾(れん) 半(なか)ば　鉤(こう)に上(じょう)せらる　

 

【語釈】

吉祥寺…杭州にあった寺院名、ボタンの名所。賞…見て楽しむ。簪…かんざしをさす。不自-…別に〜とは思わない。醉歸…酔って帰ること。扶…支える。応…応(まさ)に〜すべし、当然…であろう。珠簾…玉スダレ。鉤…簾をとめるかぎ。

（中国詩人選集二―５）

 

 

花時遍遊諸家園　　花時 遍(あまね)く 諸家の園に遊ぶ　　 宋 　 陸(りく)　游(ゆう)

 

爲愛名花抵死狂　　　名花を愛するが為に 死に抵(いた)るまで狂(きょう)す

只愁風日損紅芳　　　只だ愁う 風日の 紅芳を損するを

緑章夜奏通明殿　　　緑章 夜 奏す 通(つう)明(めい)殿(でん)

乞借春陰護海棠　　　春(しゅん)陰(いん)を乞(きつ)借(しゃ)して 海棠を護(ご)せん

 

【語釈】

名花…海棠をさす。緑章…緑色の奏書、道士が天神に奏するのに用いる。通明殿…天上の玉帝の殿名、常に雲を擁している。乞借…乞いて借りる。春陰…春の花曇り。

（漢詩大系１６）

 

豐樂亭遊春　　　　豊(ほう)楽亭(らくてい)に春を遊ぶ　　　　　  北宋 　歐(おう)陽(よう)修(しゅう)

 

緑樹交加山鳥啼　　　緑樹(りょくじゅ) 交加(こうか)して 山鳥(さんちょう)啼き

晴風蕩漾落花飛　　　晴風 蕩漾(とうよう)として 落花飛ぶ

鳥歌花舞太守醉　　　鳥歌い 花舞いて 太守酔う

明日酒醒春已歸　　　明日(みょうにち) 酒醒(さ)むれば 春 已に帰らん

 

【語釈】

豊樂亭…安徽省の滁州に欧陽脩が作ったあずまや。交加…枝と枝が交わる。蕩漾…のどかにゆるぎ動く。太守…欧陽脩自ら。春歸…春が去る。

 

 

東城 　　　       東城　　　　　　　　　　　    元 　 趙孟頫(ちょうもうふ)

 

野店桃花紅粉姿　　　野店の桃花 紅粉の姿

陌頭楊���財|絲　　　陌頭(はくとう)の楊�� ��(りょく)煙(えん)の糸

不因送客東城去　　　客(かく)を送り 東城に去るに 因(よ)らずんば

過却春光總不知　　　春光を過却して 総(すべ)て知らざらん　

 

【通釈】

野店…田舎の店、野原の茶屋。紅粉…紅おしろい。陌頭…道ばた。�財|絲…柳の細い枝に芽が萌え出て煙の如きさま。過却…見ないで空しく過ごす。春光…春景色。

 

 

夜宿天池月下聞雷 　夜 天池に宿し月下に雷を聞く　明　　王(おう)守(しゅ)仁(じん)

 

昨夜月明峰頂宿　　　昨夜　月明　峰頂に宿(しゅく)す

隱隱雷聲在山麓　　　隱々(いんいん)たる 雷声 山麓に在り

曉來卻問山下人　　　曉来(ぎょうらい) 卻(かえ)って問う 山下の人

風雨三更卷茆屋　　　風雨 三更 茆屋(ぼうおく)を卷く

 

【語釈】

隱隱…雷が大きく鳴るさま。曉來…明け方になって。却……にもかかわらず。風雨…あらし。三更…午前零時ごろ。茆屋…茅葺きの家。

 

 

山行　　　        山行　　　　　　　　　　　    唐　　杜(と)　牧(ぼく)

 

遠上寒山石徑斜　　　遠く 寒山に上れば石経斜めなり　　

白雲生處有人家　　　白雲生ずる処 人家有り

停車坐愛楓林晚　　　車を停めて 坐(そぞろ)に愛す 楓林の晚(くれ)

霜葉紅於二月花　　　霜葉は 二月花よりも 紅なり

 

【語釈】

寒山 … 秋から冬にかけての、さむざむとした山。石径 … 石の多い小道。白雲 … 俗世間を離れた境地を表現している。生処 … 湧き上がってくるところ。坐 … 「そぞろに」と読み、「何とはなしに」「何となく」と訳す。愛 … 鑑賞する。楓林 … カエデの林。紅葉林。霜葉 … 霜にうたれて紅葉した葉。於 … 「A〜於B」の形で「AはBより（も）〜（なり）」と読み、「AはBよりも〜だ」と訳す。比較の対象を示す。ちなみにこの句から「紅於」が楓かえでの別称となった。二月花 … 陰暦二月。桃の花を指す。

 

（三体詩）（新釈漢文大系　詩人編　９）

 

望江州　　　      江州を望む　　　　　　　　    唐　　白(はく)居(きょ)易(い)

 

江迴望見雙華表　　　江 迴(めぐ)りて 望み見る 双華表(そうかひょう)

知是潯陽西郭門　　　知る是れ 潯(じん)陽(よう)の西郭の門

猶去孤舟三四里　　　猶お 孤舟を去ること 三四里

水煙沙雨欲黃昏　　　水煙 沙(さ)雨(う) 黃昏ならんと欲す

 

【語釈】

華表…城郭の門にたてる鳥居のようなもの。潯陽…江州の城の名。沙雨…砂州に降る雨。

 

 

秋下荊門　　　　  秋 荊門を下る　　　　　　     唐　　李(り)　白(はく)

 

霜落荊門江樹空　　　　霜は荊門(けいもん)に落ちて 江樹(こうじゅ)空(むな)し　

布帆無恙挂秋風　　　　布(ふ)帆(はん)　恙(つつが)無(な)く 秋風に掛(か)く　

此行不為鱸魚鱠　　　　此(この)行(こう) 鱸魚(ろぎょ)の鱠の為ならず　

自愛名山入剡中　　　　自(おのず)ら名山を愛して 剡中(せんちゅう)に入(い)る　

 

【語釈】

荆門…長江の南岸、湖北省枝城市の西北にある山で、蜀と湖北・湖南地方との境目。江樹…秋の紅葉した木。布帆…帆掛け船。挂…ひっかかる、かかる。鱸魚…すずき。鱠…なます。刺身。剡中…浙江省嵊州市。

（唐詩選）

 

 

初至巴陵與李十二白裴九同泛洞庭湖　　　　　　　　唐　　賈(か)　至(し)

　　　　　初めて巴陵に至り李十二白と同じく洞庭(どうてい)湖(こ)に泛ぶ　

 

楓岸紛紛落葉多　　　楓岸 紛々(ふんぷん)として 落葉多し

洞庭秋水晚來波　　　洞庭の秋水 晚来 波立つ

乘興輕舟無近遠　　　興に乗じ 軽舟 近遠 無し

白雲明月弔湘娥　　　白雲 明月 湘娥(しょうが)を弔う

 

【語釈】

族叔曄…刑部侍郎（法務次官）の李曄（李白の叔父）。中書舍人（皇帝の秘書官）の賈至。巴陵…湖南省岳暘市。李十二白…李白、十二は排行。湘娥…洞庭湖の女神である湘君。

 

 

陪族叔刑部侍郎曄及中書賈舍人至遊洞庭　　　　　  唐　　李(り)　白(はく)

　　　　族叔(ぞくしゅく)刑部侍郎(けいぶじろう)曄(よう) 及び中書(ちゅうしょ)賈(か)舎人(しゃじん)至(し) に陪(ばい)して洞庭(どうてい)に遊ぶ　　　　　　　　　

 

洞庭西望楚江分　　　　洞庭(どうてい) 西に望めば　楚(そ)江(こう)分かる　

水盡南天不見雲　　　　水尽きて 南天(なんてん)に雲を見ず　

日落長沙秋色遠　　　　日落ちて 長沙(ちょうさ) 秋色(しゅうしょく)遠し　

不知何處弔湘君　　　　知らず 何(いず)れの処にか 湘(しょう)君(くん)を弔わん　

 

【語釈】

族叔曄…刑部侍郎（法務次官）の李曄（李白の叔父）。中書舍人（皇帝の秘書官）の賈至。洞庭…洞庭湖　楚江…長江。・長沙…中国、湖南省の省都。洞庭湖の南、湘江下流の東岸に位置する。湘君…湘水の女神。舜の二妃、江湘の間に死し、俗に湘君という。

（唐詩選）

 

陪族叔刑部侍郎曄及中書賈舍人至遊洞庭　　　　　  唐　　李(り)　白(はく)

　　　　族叔(ぞくしゅく)刑部侍郎(けいぶじろう)曄(よう) 及び中書(ちゅうしょ)賈(か)舎人(しゃじん)至(し) に陪(ばい)して洞庭(どうてい)に遊ぶ　　　　　　

洞庭湖西秋月輝　　　洞庭湖西 秋月 輝く

瀟湘江北早鴻飛　　　瀟湘(しょうしょう)江北(こうほく) 早(そう)鴻(こう) 飛ぶ

醉客滿船歌白苧　　　酔客 満船 白苧(はくちょ)を歌う

不知霜露入秋衣　　　知らず 霜露の 秋衣に入る

【語釈】

瀟湘…中国、湖南省を北流する湘江とその支流である瀟水、また二河の合流する洞庭湖南部。鴻…おおかも、おおかり。白苧…白紵の詞または曲とも。長江の南（江南）呉地方の民歌。

（漢詩大系８）

 

 

雨中登岳陽樓望君山　雨中岳陽楼に登り君山を望む　宋　　黄庭(こうてい)堅(けん)

 

投荒萬死鬢毛斑　　　荒(こう)に投ぜられて万死鬢(びん)毛(もう)斑(まだら)なり

生出瞿塘灧澦關　　　生きて出る瞿塘(くとう)灧澦(えんよ)の関(かん)

未到江南先一笑　　　未だ江南に到らざるに先(ま)ず一笑し

岳陽樓上對君山　　　岳(がく)陽(よう)楼(ろう)上君山(くんざん)に対す

 

【語釈】

岳陽楼 …湖南省岳陽市の西門の楼。洞庭湖に面し、楼上からの眺めが美しいことで有名。山 …洞庭湖中にある山。荒 …辺境の地。投…流される。万死…何度も死ぬ思いをすること。死を覚悟すること。鬢毛…鬢びんの毛。左右側面の耳ぎわの毛。斑…白髪まじりになること。生出…生きて通り抜けることができた。瞿塘…瞿塘峡。四川省奉節県の東にある。長江の三峡の一つ、船の難所。灔澦関 …灔澦堆の難関、瞿塘峡の入り口にある大暗礁長江最大の難所、「関」は難関の意であるが、ここでは関所の意も懸けている。江南 … ここでは作者の故郷、分寧（江西省修水県）を指す。一笑 … ちょっと笑うこと。

（漢詩大系１８）　

 

雨中登岳陽樓望君山　其二　　　　　　　　　　  北宋　　黄庭(こうてい)堅(けん)　　

　　　　　　　雨中岳陽楼に登り君山を望む

 

滿川風雨獨憑欄　　　満川の風雨 独(ひと)り 欄に憑(よ)る

綰結湘娥十二鬟　　　綰結(かんけつ)す　湘娥(しょうが)の十二鬟(びん)

可惜不當湖水面　　　惜むべし 湖水の面に当たって　

銀山堆裏看青山　　　銀山堆(ぎんざんたい)裏(り)に 青山を看ざるを

 

【語釈】

綰結…「ワゲ」を束ねる、山を美人のワゲに喩えた。湘娥…洞庭湖の女神である湘君。

（漢詩大系１８）

　

水口行舟　　　　  水口行舟　　　　　　　　　　南宋    朱(しゅ)  熹(き)

 

昨夜扁舟雨一簑　　　昨夜 扁舟 雨　一簑(いっさ)

滿江風浪夜如何　　　満江の風浪 夜 如何(いかん)

曉來試掲孤篷看　　　曉来(ぎょうらい) 試みに 孤篷を掲(かかげ)て 看れば

依舊青山�克�多　　　旧に依(よ)って　青山　�克� 多し　

 

【語釈】

水口…入り江の水口。扁舟…小さな舟。雨一簑…簑を潤すばかりの雨。曉來…明け方。孤篷…一つの舟の苫。

 

 

雙井院前小立　　　　双井院前(そういいんぜん)小立(しょうりつ)　　　　　　　元　　倪(げい)　瓚(さん)

 

山色微茫好放船　　　山色 微茫(びぼう) 好し 船を放つに

秋渠野水夕陽邊　　　秋渠(しゅうきょ) 野水 夕陽(せきよう)の辺(へん)

西風更灑菰蒲雨　　　西風 更に灑(そそ)ぐ 菰(こ)蒲(ほ)の雨

�綜｢沙鷗自在眠　　　��(うらや)む 爾(なんじ) 沙鷗(さおう)の自在に眠るを

 

【語釈】

微茫…かすかに遙かなるさま。菰蒲…マコモとガマ。沙鷗…砂浜にいる鷗。

 

 

江行　　　　      江行　　　　　　　　　　　    清　　顧宗(こそう)泰(たい)

 

澄江如練客船輕　　　澄江(ちょうこう)は 練(れん)の如く 客船 軽(かろ)し

楚水呉山新雨晴　　　楚水呉山 新雨 晴る

一片渚花浮動處　　　一片の渚(ちょ)花(か) 浮動の処

白鷗斜帶夕陽明　　　白鷗(はくおう) 斜に 夕陽(せきよう)を帯びて 明かなり

 

【語釈】

澄江…清く澄んだ川。練…練り絹。楚水呉山…江南地方一帯の山水。渚花…渚に咲いた水草の花。

 

 

 

湖天雑興　　　    湖天雑興　　　　　　　　　　　清　　李(り)重華(じゅうか)

 

斷渚平沙淨渺然　　　断(だん)渚(ちょ) 平沙(へいさ) 浄(きよ)くして渺(びょう)然(ぜん)

酒旗寒映晩炊煙　　　酒旗 寒(かん)に映ず 晩炊(ばんすい)の煙

分明滿幅榮邱畫　　　分明に 満幅(まんぷく) 栄邱(えいきゅう)の画

畫出江南欲雪天　　　画(えが)き出(いだ)す 江南 雪ふらんと欲する天

 

【語釈】

斷渚…きれぎれの渚。平沙…平かな沙。渺然…遙かに広いさま。榮邱…宋の画家、李成のこと、水墨画の名手。滿幅…一幅の絵。

 

 

過閩關　　　　　　閩(びん)関(かん)を過ぐ　　　　　　        明　 劉(りゅう)　基(き)

 

峻嶺如弓驛路賖　　　峻(しゅん)嶺(れい) 弓の如く 駅(えき)路(ろ) 賖(はるか)かに

清溪一帶抱山斜　　　清溪 一帯 山を抱いて 斜なり

高秋八月崇安道　　　高秋 八月 崇安(すうあん)の道

時見棠梨三兩花　　　時に見る 棠(とう)梨(り)の 三両花　

 

【語釈】

閩關…中国南方の関中への入り口。高秋…天高い秋。崇安…江蘇省無錫市。棠梨…カラナシ、白い花を付ける。

 

 

泛海　　　　海に泛(うか)ぶ　　　　　　　　　　　　　  明　  王(おう)守(しゅ)仁(じん)

 

險夷原不滯胸中　　　険(けん)夷(い) 原(もと) 胸中に滞(とどこお)らず

何異浮雲過太空　　　何ぞ 異(ことな)らん 浮雲の太空を過ぐるに

夜靜海濤三萬里      夜は静かなり 海涛(かいとう) 三万里

月明飛錫下天風      月 明かに 飛(ひ)錫(しゃく) 天風を下る

 

【語釈】

 險夷…難険と平夷、順境と逆境。錫…道人、僧侶の携える杖。

 

 

 

小舟遊西��経度西岡而歸    　　　　　　　　　　南宋　　陸(りく)　游(ゆう)

小舟にて西��(せいけい)に遊び 西岡(せいこう)に度(わた)りて帰る

 

小雨重三後　　　小雨 重(ちょう)三(さん)の後

餘寒百五前　　　余寒(よかん) 百五の前

聊乘瓜蔓水　　　聊(いささ)か瓜(か)蔓(まん)の水に乗(じょう)じて

閑泛木蘭船　　　閑(しずか)に泛(うか)ぶ 木(もく)蘭(らん)の船　　

雪暗梨千樹　　　雪は暗し 梨 千樹

烟迷柳一川　　　煙は迷う 柳 一川(いっせん)

西岡夕陽路　　　西岡(せいこう) 夕陽(せきよう)の路

不到又經年　　　到らざる 又 年を経たり

 

【語釈】

重三…三月三日の節句。餘寒…春に残っている寒さ。百五…寒食、冬至から数えて百五日目。瓜蔓水…晩春初夏の出水をいう。

（漢詩大系１９）

 

 

城西陂泛舟    城西陂(じょうせいは)に舟を泛(うか)ぶ                  唐　　杜(と)　甫(ほ)

 

青蛾皓齒在樓船　　　青(せい)蛾(が) 皓歯(こうし) 楼船に在り

��笛短簫悲遠天　　　��笛 短簫 遠天に悲しむ

春風自信牙檣動　　　春風 自(おの)ずから信(まか)す 牙檣(がしょう)の動くに

遲日徐看錦纜牽　　　遅(ち)日(じつ) 徐(おもむろ)に看る 錦(きん)纜(らん) 牽(ひ)くを

魚吹細浪搖歌扇　　　魚は 細浪(さいろう)を吹きて 歌扇を搖(うご)かし

燕蹴飛花落舞筵　　　燕は 飛花を蹴りて 舞(ぶ)筵(えん)に落とす　　

不有小舟能蘯槳　　　小舟の 能く 槳(かじ)を蘯(うご)かすに有らずんば

百壺那送酒如泉　　　百(ひゃく)壺(こ) 那(なん)ぞ送らん 酒 泉の如きを

 

【語釈】

　青蛾…美しい眉。皓齒…白い歯。樓船…屋形船。信…任す。牙檣…象牙で作った帆柱。遲日…春のうららかな日。錦纜…錦で作った帆柱。歌扇…歌妓の持つ扇。舞筵…舞姫の舞う席。

　

 

 

 

山西の村に遊ぶ　　　　　　　　　　　　　　　　南宋　　陸(りく)　游(ゆう)

 

莫笑農家臘酒渾　　　笑う莫(な)かれ 農家の臘(ろう)酒(しゅ) 渾(にご)れるを

豊年留客足雞豚　　　豊年 客(きゃく)を留むるに 雞(けい)豚(とん)足れり

山重水複疑無路　　　山(さん)重(ちょう) 水(すい)複(ふく) 路無かきと疑がうに

柳暗花明又一村　　　柳暗花明(りゅうあんかめい) 又一村

簫鼓追随春社近　　　簫(しょう)鼓(こ) 追随して 春社(しゅんしゃ)近く

衣冠簡朴古風存　　　衣冠 簡(かん)朴(ぼく)にして 古風存す

従今若許閑乗月　　　今より若(も)し閑(かん)に月に乗ずるを許さば

拄杖無時夜叩門　　　杖を拄(つ)き時無く夜 門を叩かん

 

【語釈】

臘酒…十二月に仕込んだ酒。春社…春の祭り。柳暗花明…田舎の美しい景色の有様。衣冠…正装、祭りの時に着る衣服。簡朴…簡単で飾り気がないこと。乗月…月の光に誘われて散歩する。無時…好きなときに。　

 

（漢詩鑑賞事典）　

 

 

 

 

病中遊祖塔院 　　病中祖塔院(そとういん)に蘇軾(そてつ)と遊ぶ　　北宋　　蘇(そ)　軾(しょく)

 

紫李黄瓜村路香　　 紫李(しり) 黄瓜(こうり) 村路香ばし

烏紗白葛道衣涼 　　烏紗(うさ) 白葛(はくかつ) 道衣涼し

閉門野寺松陰転 　　門を閉す野寺は　松陰に転じ

欹枕風軒客夢長 　　枕を風軒に欹(そばだ)てて 客夢 長し

因病得閑殊不悪 　　病に因って閑を得たるは 殊に悪しからず

安心是薬更無方 　  安心 是れ薬なり 更に 方 無なし

道人不惜階前水 　　道人は 階前 水を惜まずして

借與匏樽自在嘗 　　匏(ほう)樽(そん)を借与して　自在に嘗(な)めしむ

 

【語釈】

紫李…紫色の李。黄瓜…きうり。烏紗…烏紗帽（黒色の帽子）。白葛…白色の葛布。道衣…官僚などの平服。風軒…風通しの良い家。客夢…うたた寝。安心…心を安んずること。方…薬の処方の仕方。道人…法師。匏樽…茶碗。

 

（蘇東坡詩集　第三冊）

 

 

 

 

 

六月二十日夜渡海　　六月二十日夜海を渡る　　  北宋　　蘇(そ) 軾(しょく)

 

參��斗轉欲三更　　　参(さん) ��たわりて 斗 転じ 三更ならんと欲す

苦雨終風也解晴　　　苦(く)雨(う) 終風 也(ま)た 解(よ)く晴る

雲散月明誰點綴　　　雲散じ 月明かに 誰か 点綴(てんてつ)す

天容海色本澄清　　　天容 海色 本 澄(ちょう)清(せい)

空餘魯叟乘桴意　　　空しく余す 魯叟(ろそう) 桴(ふ)に乗(じょう)ずるの意

粗識軒轅奏樂聲　　　粗(ほ)ぼ識る 軒(けん)轅(えん) 楽を奏するの声　　

九死南荒吾不恨　　　南荒(なんこう)に九死すとも 吾は恨みず

茲游奇絕冠平生　　　茲(こ)の游 奇絶 平生(へいぜい)に冠たり

 

【語釈】

參…二十八宿の一つ、「カラスキ」。斗…北斗星。參��斗轉…時間が経過すること。三更…真夜中。苦雨…長雨。終風…一日中吹きすさぶ風。誰點綴…この晴れ渡った空に､微雲を點綴することなど誰がしようか、『世説新語』による。魯叟…孔子、「道行われずんば桴に乗りて海に浮かばん」。軒轅…黄帝、『荘子』に黄帝が洞庭湖で楽を奏したとあり。南荒…南（海南島）の荒れ果てた地。平生…常ひごろ。

（漢詩大系１７）

 

 

 

江上吟 　　　　江上吟(こうじょうぎん)　　　　　　　　　　　　　唐　　李(り)　白(はく)

　

木蘭之�竝ｹ棠舟　　　　木(もく)蘭(らん)の��(かじ) 沙棠(さとう)の舟　

玉簫金管坐兩頭　　　　玉簫(ぎょくしょう) 金管(きんかん) 両頭(りょうとう)に坐す　

美酒尊中置千斛　　　　美酒(びしゅ) 尊中(そんちゅう) 千斛(せんこく)を置き　

載妓隨波任去留　　　　妓(ぎ)を載せ波に隨(したが)って 去留(きょりゅう)に任す　

仙人有待乘黄鶴　　　　仙人待つ有って 黄鶴(こうかく)に乗じ　

海客無心隨白鴎　　　　海客(かいかく) 無心(むしん)にして 白(はく)鴎(おう)に隨う　

屈平詞賦懸日月　　　　屈(くっ)平(ぺい)の詞賦(しふ) 日月(にちげつ)を懸(か)け　

楚王臺榭空山丘　　　　楚(そ)王(おう)の台榭(だいしゃ) 空しく山(さん)丘(きゅう)　

興酣落筆搖五嶽　　　　興(きょう) 酣(たけなわ)にして 筆を落とせば 五岳を搖がし　

詩成笑傲凌滄洲　　　　詩成って 笑傲(しょうごう)すれば 滄(そう)洲(しゅう)を凌ぐ　

功名富貴若長在　　　　功名(こうみょう) 富貴(ふうき) 若(も)し長(とこしな)えに在らば　

漢水亦應西北流　　　　漢(かん)水(すい)も亦(ま)た応(まさ)に西北に流るべし　

 

【語釈】

江上吟…長江での歌。木蘭…香木。�竅cかい。かじ。　沙棠…棠（やまなし）に似た木。玉簫…立派なしょうのふえ。金管…立派な管楽器。兩頭…前後の（へさき）。尊…たる。千斛…極めて多量。妓…妓女。去留…去ると留まると。自然のなりゆき。黄鶴…仙人の乗る黄色い仙鶴、なお、これより、この詩が黄鶴楼のあたりで作られたと推定される。海客…海辺の人。『列子・黄帝篇』に出てくる海上之人。白鴎…白いカモメ。前出『列子・黄帝篇』に出てくる人の心を読むカモメ。屈平…屈原のこと。懸…つりさげる。かかげる。かける。臺榭…高台の上の御殿、楼閣。落筆…筆をおろす、書き始める。五嶽…五つの霊山。泰山、華山、衡山、、嵩山の五山。笑傲…あざわらっていばる。滄洲…仙人の住むところ。滄浪洲。漢水…陝西省の方から東南方向に向かって流れ、襄陽を経て、漢陽で長江に注ぎ込む大河。

（新釈漢文大系　詩人編　李白　上）

 

春江花月夜　　　春江花月の夜　　　　　　　　　  唐　張若虛(ちょうじゃくきょ)

 

春江潮水連海平　　　春江の潮水 海に連なりて 平かなり

海上明月共潮生      海上の明月 潮(うしお)と共に生ず

灩灩隨波千萬里      灩々(えんえん) 波に隨う 千万里

何處春江無月明　　　何れの処にか 春江 月明 無からん　　　　　　

江流宛轉遶芳甸　　　江流 宛転(えんてん)として 芳甸(ほうでん)を遶(めぐ)り

月照花林皆似霰　　　月は 花林を照らして 皆 霰(さん)に似たり

空裏流霜不覺飛　　　空(くう)裏(り)の流霜 飛ぶを覚えず

汀上白沙看不見　　　汀上(ていじょう)の 白沙(はくさ) 看みれども見えず　

江天一色無纖塵　　　江天  一色 纖(せん)塵(じん) 無く

皎皎空中孤月輪　　　皎々(きょうきょう)たり 空中の孤月輪

江畔何人初見月　　　江畔 何人か　初めて月を見る

江月何年初照人　　　江月 何れの年か 初めて人を照らしし

人生代代無窮已     人生 代々 窮已(きゅうい) 無し

江月年年望相似　 　江月 年々 望み 望み 相似たり

不知江月照何人     知らず 江月 何人をか照らす

但見長江送流水　　 但だ 見る 長江の 流水を送るを

白雲一片去悠悠　　 白雲 一片 去りて 悠々(ゆうゆう)

青楓浦上不勝愁　　 青(せい)楓(ふう)浦上(ほじょう) 愁(うれ)いに勝(た)えず　

誰家今夜扁舟子　　　誰(た)が家ぞ 今夜　扁舟の子

何處相思明月樓　　　何れの処にか 相思う 明月の楼

可憐樓上月裴回      憐むべし 楼上月 裴回し

應照離人妝鏡臺    　応(まさ)に 照らすべし 離人の妝(しょう)鏡台(きょうだい)

玉戸簾中卷不去    　玉戸 簾中 卷けども去らず

擣衣砧上拂還來　　　擣衣 砧上 払えども 還(ま)た 来たる　　

此時相望不相聞　　　此の時 相(あ)い望めども 相(あ)い聞こえず，

願逐月華流照君　　　願わくは 月華を逐(お)いて 流れて君を照らさん

鴻雁長飛光不度      鴻(こう)雁(がん) 長く飛んで 光 度らず

魚龍潛躍水成文     魚(ぎょ)龍(りょう) 潜躍(せんやく) 水 文を成す

昨夜閑潭夢落花     昨夜 �鞨K(かんたん) 落花を夢む

可憐春半不還家　　 憐むべし 春半(しゅんぱん) 家に還らざるを

江水流春去欲盡　　　江水 春を流して 去り 尽きと欲し

江潭落月復西斜　　　江潭(こうたん)の落月 復た 西に斜(かたむ)く

斜月沈沈藏海霧　　　斜月 沈々 として 海霧に蔵(かく)れ

碣石瀟湘無限路　　　碣(かっ)石(せき) 瀟湘せうしゃう 無限の路　　

不知乘月幾人歸　　　知らず 月に乘じて 幾人か帰る

落月搖情滿江樹　　　落月 情を搖(うごか)して 江樹に満つ

 

【語釈】

春江 … 春の長江。潮水 … 満ちあふれる潮うしお。連海平 … はるか大海原へと平らに続いている。灩灩 … 月の光が水に映ってきらめくさま。随波 … 波のまにまに広がってゆく。月明 … 明るい月の光。宛転 … ゆるやかに曲がりくねっているさま。芳甸 … 芳しい花の咲いている春の野原。花林 … 花咲く林。似霰 … 木々に咲く花が月光に照らされて白く光る様子を、霰に似ていると表現したもの。空裏 … 空中。流霜 … 空中を流れ飛ぶ霜の気。汀上 … 渚。江天 … 川と空。一色 … 白一色に澄みわたる。繊塵 … こまかい塵。皎皎 … 白く輝くさま、「こうこう」。孤月輪 … たった一つの丸い月。江畔 … この川のほとり。江月 … 川辺の月。悠悠 … 遥かに遠いさま。青楓 … 青々とした楓。浦上 … 入り江のほとり。不勝愁 … 愁いに堪えきれない。不勝 … 堪えきれない。扁舟 … 舟底の平らな小舟。子 … 旅の若者。応照 … きっと照らしているに違いない。離人 … 遠く離れている人。粧鏡台 … 化粧をする鏡台。玉戸 … 玉で飾った扉。簾中 … 扉に垂らした簾すだれの中。巻不去 … 簾を巻き上げて月の光もいっしょに巻き込めようとするが、月の光は去らない。擣衣砧上 … 織った布を柔らかくして光沢を出すため、砧きぬたの上に置いて棒で打つこと。払還来 … 払っても払っても、月影はまた差し込んで来る。相望 … お互いに月を眺めて相手のことを思い慕っても。不相聞 … お互いに便りを交わすすべもない。月華 … 月、または月の光。鴻雁 … 雁のこと。長飛 … 列をなして遠くへ飛んでいく。光不度 … 月の光は雁と違って、あなたの所までは届かない。魚竜 … 魚と竜、広く水中に棲息する動物をいう。潜躍 … 潜ったり跳ねたりすること。水成文 … 水面に波紋が広がるばかり（手紙を届けてくれない）。�鞨K … 静かな淵ふちのほとり。江潭 … 川の深い淵。沈沈 … 静かで奥深いさま。蔵 … 隠れていく。碣石 … 山の名。瀟湘 … 瀟水と湘江（湘水）、洞庭湖に南から流れこむ二つの川の名、洞庭湖の南の流域一帯を指す、ここでは広く南の果てを指す。乗月 … 月明かりに照らされて。揺情 … 私の感情を揺り動かしながら。江樹 … 川辺の木々の辺り。

 

（唐詩選）

http://www5a.biglobe.ne.jp/~shici/shi4_08/rs271.htm

 

◆    懐古類

 

三閭廟　　　　　　三閭(さんりょ)の廟　　　　　　　　　　唐　　戴叔倫(たいしゅくりん)

 

沅湘流不盡　　　沅湘(げんしょう) 流れて尽きず

屈子怨何深　　　屈子(くつし) 怨み何ぞ深き

日暮秋煙起　　　日暮 秋煙起り

蕭蕭楓樹林　　　蕭々(しょうしょう)たり 楓樹(ふうじゅ)の林

 

【語釈】

三閭廟 …屈原を祀った廟。沅湘 … 沅江と湘江、どちらも洞庭湖に注ぐ。屈子 … 屈原。蕭蕭 … 風が物寂しく鳴る音の形容、または風に吹かれて木々の葉が鳴る音の形容。楓樹 …カエデの一種。

（唐詩選）

 

題慈恩寺塔　　　　慈恩寺(じおんじ)の塔に題す　　　　　  唐　　荊(けい)　叔(しゅく)

 

漢國山河在　　　漢国 山河在り

秦陵草樹深　　　秦陵 草樹深し

暮雲千里色　　　暮雲 千里の色　

無處不傷心　　　処として 心を傷(いた)まじめざるは無し

 

【語釈】

慈恩塔 … 陝西省西安市東南郊外、大慈恩寺の境内にある仏塔。漢国 …前漢の都長安を指す。山河在 … 山も河も昔のままだ。秦陵 … 秦の始皇帝の陵墓。

（唐詩選）

 

歌風臺　　　      歌風(かふう)台(だい)　　　　　　　　　　  清　　沈徳濳(しんとくせん)

 

登臺歌大風　　　台に登りて 大風(たいふう)を歌う

亭長作天子　　　亭長 天子と作る

韓彭安在哉　　　韓彭(かんほう) 安(いず)くにか在る哉(や)

徒勞思猛士　　　徒(いたずら)に労して 猛士を思う

 

【語釈】

歌風臺…漢の��祖が天下平定後に故郷に錦を飾り、「台風歌」を歌った台。亭長…宿場の長、��祖は沛の亭長であった。韓彭…韓信と彭越、��祖に協力したが、天下平定後に殺された。

 

 

古行宮　　　　　  古(こ)行宮(あんぐう)　　　　　　　　　　　唐　　元(げん)　稹(じん)

 

寥落古行宮　　　寥落(りょうらく)たり 古(いにし)えの行宮(あんぐう)　

宮花寂寞紅　　　宮(きゅう)花(か) 寂寞(せきばく)の紅(くれない)　

白頭宮女在　　　白頭(はくとう)の宮(きゅう)女(じょ)在り　

閑坐說玄宗　　　閑坐(かんざ)して 玄宗(げんそう)を説く　　

 

【語釈】

行宮…天子が行幸した際に、仮に設けられる皇宮。寥落…荒れはてて寂しいさま。・宮花…宮中に咲く花。寂寞…ひっそりとしてものさびしいさま。白頭…白髪頭。宮女…宮中に仕えている女官。�闕ｿ…ひまにまかせて座談する。　

（唐詩三百首）

 

 

蘇臺覽古　　　　  蘇台覽(そだいらん)古(こ)　　　　　　　　　　唐　　李(り)　白(はく)

　

舊苑荒臺楊柳新　　　　旧苑(きゅうえん) 荒(こう)台(だい) 楊(よう)柳(りゅう)新(あら)たなり

菱歌�C唱不勝春　　　　菱歌(りょうか) 清(せい)唱(しょう) 春に勝(た)えず

只今惟有西江月　　　　只今(ただいま) 惟(た)だ 西江(せいこう)の月のみありて

曾照呉王宮裏人　　　　曾(かつ)て照らす 呉(ご)王(おう)宮(きゅう)裏(り)の人

 

【語釈】

蘇台…姑蘇台、呉王夫差の宮殿があった、江蘇省蘇州市の西・姑蘇山山頂にある。覧古…昔を懐かしむこと。旧苑…古い園。荒台…荒れた高台。菱歌…菱を取りながら歌う女性の歌。清唱…清らかに歌う。勝春…春の感傷に耐えられない。西江…姑蘇台の西を流れている川。呉王宮裏人…呉王夫差の宮殿にいた美女、西施のこと。

（漢詩大系　８）

 

 

越中覽古 　　　 越中覽古　　　　　　　　　    唐　　李(り)　白(はく)

 

越王勾踐破呉歸　　　　越王勾踐(えつおうこうせん) 呉(ご)を破って帰る　

義士還家盡錦衣　　　　義士(ぎし) 家に還(かえ)って 尽(ことごと)く錦(きん)衣(い)す　

宮女如花滿春殿　　　　宮女(きゅうじょ) 花の如く 春(しゅん)殿(でん)に満つ　

只今惟有鷓鴣飛　　　　只今(ただいま) 惟(た)だ 鷓鴣(しゃこ)の飛ぶ有るのみ　

 

【語釈】

越中…春秋時代の越の国。覽古…懐古する。越王勾踐…春秋時代の越の王の勾践。破…撃破する。呉…ここでは呉王・夫差の軍。義士…忠義の兵士。錦衣…にしきをきる。春殿…春の宮殿。只今…現在。鷓鴣…シャコ。鳥の名。キジ科の鳥。悲しげな鳴き声でなく。

（唐詩選）

 

 

南游感興　　　　南游(なんゆう)感興(かんきょう)　　　　　　　　     唐　　竇(とう)　鞏(きょう)

 

傷心欲問前朝事　　　傷心 問わんと欲す 前朝の事

惟見江流去不回　　　惟だ 見る 江流の 去って回らざるを

日暮東風春草�香@　　日暮 東風 春草 緑に

鷓鴣飛上越王臺　　　鷓鴣(しゃこ) 飛び上る 越王台

 

【語釈】

南游…南方（ここでは呉楚の地方）を旅すること。前朝…春秋戦国時代の越。江流…長江の流れ。越王臺…越王勾践が築いた台。

 

 

馬陵道 　　　   馬(ば)陵(りょう)の道　　　　　　　　     清　　魏荔彤(ぎれいとう)

 

戰壘千秋沙草平　　　戦塁(るい) 千秋 沙草 平かなり

更無殘戟礙春耕　　　更に 残戟(ざんげき)の 春耕を礙(さまた)ぐる無し

荒城夜半喧雷雨　　　荒城 夜半 雷雨 喧(かまびす)し

還似當年萬弩聲　　　還(ま)た 似たり 当年 万弩(ばんど)の声

 

【語釈】

馬陵…山東省臨沂市郯城県、魏（将軍龐涓）と斉（将軍孫臏）が激突した所。戰壘…戦いの寨。沙草…砂原の雑草。殘戟…残っているほこ。春耕…春の耕作。当年…当時、馬陵の戦いのあったとき。萬弩聲…多くの石弩が一斉に発せられる音。

 

 

 

長城　　　　　　長城　　　　　　　　　　　　  唐　  汪(おう)　遵(じゅん)

 

秦築長城比鐵牢　　　秦 長城を築きて 鉄(てつ)牢(ろう)に比す

蕃戎不敢逼臨洮　　　蕃(ばん)戎(じゅう) 敢えて 臨兆(りんとう)に 逼(せま)らず

焉知萬里連雲色　　　焉(いずく)んぞ 知らんや　万里 連雲の勢い

不及堯階三尺高　　　及ばず 堯(ぎょう)階(かい) 三尺(さんせき)の高きに

 

【語釈】

蕃戎…野蛮な異民族。臨洮…甘粛省定西市あたり。堯階…堯帝の宮殿。

 

 

經秦始皇墓　　　秦の始皇の墓を経(ふ)　　　　　　　唐　　許(きょ)　渾(こん)　

 

龍盤虎踞樹層層　　　龍盤(りゅうばん)虎踞(こきょ) 樹(じゅ) 層々(そうそう)

勢入浮雲亦是崩　　　勢い浮雲に入るも 亦(ま)た 是れ 崩(くず)る

一種青山秋草裏　　　一種の青山 秋草の裏(うち)

路人惟拜漢文陵　　　路人 惟だ 拜す 漢文(かんぶん)の陵

 

【語釈】

龍盤虎踞…龍がとぐろを巻き、虎がうずくまるように、ある場所を根拠地として威勢を振るうこと。層層…幾重にも重なっていること。漢路人…道行く人。漢文陵…仁君であった漢の文帝の陵。

 

 

焚書坑　　　  　焚書坑(ふんしょこう)　　　　　   　　　　　 唐   章(しょう)　碣(けつ)

 

竹帛煙消帝業虛　　　竹帛(ちくはく) 煙 消えて 帝業 虚(むな)し

關河空鎖祖龍居　　　関(かん)河(が) 空しく鎖(とざ)す 祖(そ)龍(りゅう)の居(きょ)

坑灰未冷山東亂　　　坑(こう)灰(かい) 未(いま) だ冷やかならざるに 山東 乱る

劉項元來不讀書　　　劉(りゅう)項(こう) 元来 書を読まず

 

【語釈】

焚書坑 … 秦の始皇帝が儒教の書物を焼き捨てた穴。竹帛 … 竹や帛の書籍。銷 … 「消」に同じ。帝業 … 秦の始皇帝による天下統一の事業。関河 … 函谷関と黄河。祖竜 … 秦の始皇帝。居 … 始皇帝のいた咸陽の宮殿を指す。坑灰 … 坑の中で焼いた書物の灰。山東 … 函谷関の東方。劉項 … 劉邦と項羽。

（三体詩）

 

 

登樂遊原　　　　楽遊原に登る　　　　　　　　　唐　　杜(と)　牧(ぼく)

 

長空澹澹孤鳥沒　　　長空 澹々(たんたん)として 孤鳥 沒す　

萬古銷沈向此中　　　万古 銷沈(しょうちん) 此の中(なか)に向う

看取漢家何事業　　　看取(かんしゅ)す 漢家 何の事業ぞ

五陵無樹起秋風　　　五陵 樹(じゅ)の 秋風を起こす 無し

 

【語釈】

楽遊原…長安の東南にある遊覧の地で、高くなっており、長安を眺め渡すことのできる名勝地。長空…大空。澹澹…あっさりしたさま。孤鳥…群を離れて一羽だけになった鳥。沒…かくれて見えなくなる。看取…みる。みてとる。漢家…漢の王室。何…なに、どれほど、疑問の助字。事業…営む事がらとその成果。五陵…長安にあった前漢の五帝陵。高祖長陵、恵帝安陵、武帝茂陵、昭帝平陵の五帝陵。

（漢詩大系１４）

山房春事　　　　山房(さんぼう)春事(しゅんじ)　　　　　　　　　　　唐　　岑(しん)　參(じん)

梁園日暮乱飛鴉　　　梁(りょう)園(えん)の日暮(にちぼ) 乱れ飛ぶ鴉(からす)

極目蕭条三両家　　　極目(きょくもく) 蕭(しょう)条(じょう)たり 三(さん)両家(りょうか)

庭樹不知人去尽　　　庭樹(ていじゅ)は知らず 人の去り尽すを

春来還発旧時花　　　春来(しゅんらい) 還(ま)た発(ひら)く 旧時(きゅうじ)の花

 

【通釈】

山房春事…山房での春のもの思い。梁園…漢代に、文帝の子、梁の孝王が築いた園の名、河南省東部、商丘の東にある。極目…目の届く限り。蕭條…もの寂しいさま。舊時…昔と変わらない。　

〔唐詩選〕

 

 

烏衣巷          烏(う)衣(い)巷(こう)                        唐　　劉禹(りゅうう)錫(しゃく)

朱雀橋邊野草花　　　　朱雀(すざく)橋(きょう)辺(へん) 野草(やそう)の花　

烏衣巷口夕陽斜　　　　烏(う)衣(い)巷(こう)口(こう) 夕陽(せきよう) 斜(なな)めなり　

舊時王謝堂前燕　　　　旧時(きゅうじ)の王謝(おうしゃ) 堂前(どうぜん)の燕(つばめ)　

飛入尋常百姓家　　　　飛びて 尋常(じんじょう) 百姓(ひゃくせい)の家に入(い)る　

 

【語釈】

烏衣巷…金陵城（南京）の南側、秦淮区の白鷺洲公園のすぐ西側にある町内の名。　朱雀橋…南京城の南にある秦淮河の上の浮橋の名。巷口…路地の入り口。舊時…過ぎ去った昔。王謝…王導や謝安を出した南朝の名族。堂前…大きい建物の前。尋常…普通の。百姓…庶民。

（唐詩三百首）

 

 

石頭城          石頭城                        唐　　劉禹(りゅうう)錫(しゃく)

 

山圍故國周遭在　　　　山は故国(ここく)を囲んで 周遭(しゅうそう)として在り　

潮打空城寂寞回　　　　潮(しお)は空(くう)城(じょう)を打って 寂莫(せきばく)として回(かえ)る　

淮水東邊舊時月　　　　淮(かい)水(すい)東辺(とうへん) 旧時(きゅうじ)の月　

夜深還過女牆來　　　　夜深くして 還(ま)た 女牆(じょしょう)を過ぎて来たる　

 

【語釈】

石頭城…金陵（南京）市街の西にある六朝の古都の城郭。故国…古都、六朝の古都・南京を指す。週遭…めぐる。空城…嘗ての首都、実態が無くなった寂しい首都。寂寞…回…めぐる、かえる。淮水…秦淮河のこと、金陵（南京）市街の南部、西部を回る川。女牆…ひめがき、城壁の上にある高い部分と低い部分のうち、低い部分をいう。

（中国名詩選）

　　　　

　

楊柳枝詞　　　　楊柳枝詞　　　　　　　　　　　唐　　劉禹(りゅうう)錫(しゃく)

 

煬帝行宮汴水濱　　　煬(よう)帝(だい)の行宮(あんぐう) 汴(べん)水(すい)の浜(ひん)

數枝楊柳不勝春　　　数枝の楊柳　春に勝(た)えず

晩來風起花如雪　　　晩来 風起こって 花 雪の如し

飛入宮牆不見人　　　飛んで 宮牆(きゅうしょう)に入って 人を見ず

 

【語釈】

行宮 … 天子が行幸の際に泊まる仮宮。汴水 … 汴河、黄河と淮水とをつなぐ運河。浜 … 水ぎわ、ほとり。不勝春 … 春の風情に堪えられない。　晩来 … 夕方、来は、時をあらわす語につく助辞。花 …柳絮を指す。宮牆 … 屋敷の周りの垣根。

（唐詩選）

金陵圖　　　    金陵の図　　　　　　　　　　　唐　　韋(い)　莊(そう)

江雨霏霏江草齊　　　江(こう)雨(う) 霏々(ひひ)として 江草斉(ひと)し

六朝如夢鳥空啼　　　六朝(りくちょう) 夢の如く 鳥空しく啼く

無情最是臺城柳　　　無情なるは 最も是(こ)れ 台(だい)城(じょう)の柳

依舊烟籠十里隄　　　旧(きゅう)に依(よ)りて 煙は籠(こ)む 十里の隄

 

【語釈】

金陵圖…金陵（南京）の風景画を見て、その印象を詠んだ詩、江雨…長江に降る雨。霏霏…雨や雪などが絶え間なく降りしきる様子。江草…川辺の草。斉…一面に生はえ揃って茂っている様子。六朝…建康を都とした六つの王朝。如夢…夢のように消え去ってしまったこと。台城…玄武湖のほとりにあった宮城、建康宮。依旧…昔のままに。昔ながらに。煙籠…緑のしだれ柳が芽吹いて、春雨にけぶって見える様子。十里堤 …玄武湖の十里あまりの長い堤。

（唐詩三百首）

 

赤壁　　　　　  赤壁　　　　　　　　　　　　　唐　　杜(と)　牧(ぼく)

折戟沈沙鐵半銷　　　折戟(せつげき) 沙(すな)に沈んで 鉄 半(なか)ばは 銷(しょう)す

自將磨洗認前朝　　　自(おのづか)ら 磨洗(ません)を将って 前朝を認む

東風不與周郎便　　　東風 周郎(しゅうろう)の与(ため)に 便ならずんば

銅雀春深鏁二喬　　　銅(どう)雀(じゃく) 春 深くして 二(に)喬(きょう)を 鎖(とざ)さん

 

【語釈】

赤壁 … 今の湖北省咸寧市赤壁市にある古戦場、呉の孫権と蜀の劉備の連合軍が、魏の曹操の軍を打ち破った所。折戟 … 折れたほこ。

銷 … 錆びて朽ち果てる。磨洗 … 洗い磨くこと。前朝 … 前の時代。赤壁の戦いのあった三国時代。周郎 … 呉の名将、周瑜ゆのこと。便…都合良くする。銅雀 … 曹操が鄴（今の河北省臨漳県）に築いた台の名、銅雀台。二喬 … 呉の喬氏の美人姉妹。姉の大喬は孫策が、妹の小喬は周瑜が側室とした。

（三体詩）

 

 

經汾陽舊宅　　　汾(ふん)陽(よう)の旧宅を経(ふ)　　　　　　　  唐　　趙(ちょう)　嘏(か)

 

門前不改舊山河　　　門前 改まらず 旧山河

破虜曾輕馬伏波　　　虜(りょ)を破り 曽(かつ)て 軽(かろ)んず　馬伏波(ばふくは)

今日獨經歌舞地　　　今日 独り経(ふ) 歌舞の地，

古槐疎冷夕陽多　　　古槐 疏(そ)冷(れい)にして 夕陽(せきよう) 多し

 

【語釈】

汾陽；山西省汾陽市。汾陽舊宅…郭子儀の旧宅、郭子儀は、唐朝に仕えた軍人・政治家。安史の乱で大功を立て、以後よく異民族の侵入を防いだ。虜…蛮族。曾輕…馬伏波以上の功績があることをいう、馬伏波は馬援、後漢の武将。歌舞地…汾陽の舊宅のこと。古槐…古い槐の樹。疎冷…疎らでさびしいさま。

　

 

釣臺 　　　　　 釣(ちょう)台(だい)　　　　　　　　　　　 南宋　　戴(たい)復古(ふくこ)

 

萬事無心一釣竿　　　万事(ばんじ)無心(むしん) 一(いち)釣(ちょう)竿(かん)

三公不換此江山　　　三公にも換えず此の江山　

平生誤識劉文叔　　　平生(へいぜい) 誤りて 劉文叔(りゅうぶんしゅく)を識り

惹起虛名滿世間　　　虛名を惹起して世間に満たしむ

 

【語釈】

釣臺…厳子陵が宮廷生活を辞し、富春山に住み、その中腹の岩場で釣りをしていたところ、厳陵釣台ともいう。無心…何も考えないこと。三公…最高位の三つの官職。後漢では大尉、司徒、司空。平生…その昔。劉文叔…後漢の光武帝劉秀が皇帝になる前の名前、厳子陵は劉文叔の親友であり、光武帝が即位したとき招かれたが出士しなかった。虚名…実力の伴わない名声。

（漢詩大系　１６）

 

 

華清宮　　　　  華(か)清宮(せいきゅう)　　　　　　　　　　　 唐　　崔(さい)　櫓(ろ)

 

草遮回磴絕鳴鑾　　　草は 回磴(かいとう)を遮って 鳴鑾(めいらん)を絶ち

雲樹深深碧殿寒　　　雲樹 深々として 碧(へき)殿(でん) 寒し

明月自來還自去　　　明月 自(おのずか)ら来り　還(ま)た 自(おのずか)ら去る

更無人倚玉欄干　　　更に 人の玉闌(ぎょくらん)干(かん)に倚る 無し

 

【語釈】

雲樹 … 雲のかかる樹木。深深 … 奥深くまで生い茂っている形容。碧殿 … 青緑色に塗った宮殿、または碧玉で飾られた美しい宮殿。寒 …ひっそりとして肌寒く感じる。自来 … ひとりでにやって来て。自去 … ひとりでに去っていく。玉欄干 … 玉で飾った欄干。

（唐詩選）

 

華清宮　　　　  華清宮　　　　　　　　　　　  唐    杜(と)　牧(ぼく)

 

長安回望繡成堆　　　長安 回望(かいぼう)すれば 繍(しゅう) 堆(たい)を成す

山頂千門次第開　　　山頂の 千門 次第に開く

一騎紅塵妃子笑　　　一騎 紅(こう)塵(じん) 妃子(ひし) 笑う

無人知道荔枝來　　　人の 茘(れい)枝(し) 来(きた)るを 知る無し

 

【語釈】

華清宮…華清宮は、長安東方の驪山の近くに在った宮殿。回望…（華清宮から見れば西の方を）ふり返って眺める。繍成堆…美しい山並みの起伏がうずたかくつもり重なる。千門…多くの門。次第…つぎつぎと。紅塵…浮き世の塵。妃子笑…きさき（楊貴妃）が笑む。茘枝…れいし。

（漢詩大系１４）

 

再過露筋祠　　　再び露筋(ろきん)祠(し)に過(よ)ぎる　　　　　　　清　　王士��(おうししん)

 

翠羽明璫尚儼然　　　翠羽 明璫(めいとう) 尚お 儼(げん)然(ぜん)たり

湖雲祠樹碧于烟      湖雲 祠樹(しじゅ) 煙よりも碧なり

行人繫䌫月初墮　　　行人(こうじん) 纜(ともづな)を繫(つな)げば 月 初めて 堕(お)つ

門外野風開白蓮      門外の野風 白蓮(はくれん) 開く

 

【語釈】

露筋祠 … 江蘇省揚州市高郵市にある祠廟、邵伯湖の東北岸にある。唐の頃、ある娘が嫂と旅をしてこの地まで来たとき、蚊が群れ飛んでいた。そこに農夫の小屋があり、嫂はそこに寄宿した。娘は貞操を守って野宿し、蚊に食われて死に、その皮が裂けて筋まで露出したという。祠ほこらはその娘を祀ったもの。翠羽 … 翡翠（かわせみ）の羽で作った髪飾り。明璫 … 明珠で作った耳飾り。儼然 … 厳おごそかな様子、気高い様子。行人 … 旅人、作者自身を指す。繫纜 …ともづなをつないで舟をとめる。月初堕 … たった今、月が沈んで夜が明けた。初 … 「はじめて」と読み、「やっと〜したばかり」。門外 … 祠門の外。野風 … 野を吹く風。開白蓮 … 辺り一面の白蓮の花が次々とぱっと開いていく。

（漢詩大系２３）

 

 

 

登兗州城樓 　　 兗州(えんしゅう)の城楼に登る　　　　　　   唐　　杜(と)　甫(ほ)

 

東郡趨庭日　　　東郡 趨庭(すうてい)の日

南樓縱目初　　　南楼 縦目(しょうもく)の初め

浮雲連海岱　　　浮雲 海岱(かいたい)に連なり

平野入青徐　　　平野 青(せい)徐(じょ)に入る　

孤嶂秦碑在　　　孤嶂(こしょう) 秦(しん)碑(ぴ)在り

荒城魯殿餘　　　荒城 魯殿(ろでん)余る

從來多古意　　　従来 古意多し

臨眺獨躊躇　　　臨眺(りんちょう) 独り躊躇す

 

【語釈】

兗州 … 今の山東省滋陽県。東郡 … 秦代の古名。河北省南部と山東省西北部を指す。趨庭 … 子が父の教えを受けること。縱目…目を欲しいままにすること。海岱 … 舜のときの十二州の一つ、東海から泰山までの間の地、岱は泰山。青徐 … 青州と徐州。孤嶂 … 平野の中に孤立する峰。秦碑 … 秦代（始皇帝）の碑。魯殿 … 宮殿の名、魯の恭王が建てた霊光殿のこと。古意 … 昔をしのぶ心。臨眺 … 高い所から遠くを眺めわたすこと。躊躇 … ここでは立ち去りかねること。

（漢詩大系９）

　　

　

 

咸陽城東樓　　　咸陽城の東楼　　　　　　　　    唐　　許(きょ)　渾(こん)

 

一上高城萬里愁　　　　一(ひと)たび高城に上(のぼ)れば 万里(ばんり)愁(うれ)れう　

蒹葭楊柳似汀洲　　　　蒹葭(けんか) 楊(よう)柳(りゅう) 汀(てい)洲(しゅう)に似たり　

溪雲初起日沈閣　　　　溪雲(けいうん) 初(はじ)めて起りて 日 閣(かく)に沈み　

山雨欲來風滿樓　　　　山雨(さんう) 来(きた)らんと欲して 風 楼に満つ　

鳥下�黒盗`苑夕　　　　鳥は ��(りょく)蕪(ぶ)に下(くだ)る 秦(しん)苑(えん)の夕べ　

蝉鳴黄葉漢宮秋　　　　蝉は 黄葉に鳴く 漢宮(かんきゅう)の秋　

行人莫問當年事　　　　行人(こうじん) 問う莫(な)かれ 当年(とうねん)の事　

故國東來渭水流　　　　故国(ここく) 東来(とうらい) 渭(い)水(すい)流る　

 

【語釈】

咸陽城…秦の始皇帝が都を置いた都市。一上…ひとたび上る。高城…高楼、城楼。萬里…遙か彼方まで。愁…もの悲しい、愁いに満ちた。蒹葭…葦、荻（おぎ）水辺に生えるイネ科の多年生草本の総称。楊柳…カワヤナギ、ネコヤナギ、ヤナギの総称。汀洲…中州。溪雲…渓間に生じる雲。初…たった今。閣…大きな建物。山雨…山に降る雨。�黒刀c〔緑色の雑草の茂った草叢。秦苑…秦の始皇帝が咸陽に建設した宮殿の御苑。漢宮…漢の宮殿。行人…旅人。　・當年…その当時。故國…故都、ここでは､咸陽｡東來…東に向かってくる(流れる)。渭水…渭咸陽と長安の間を劃するように東に向かって流れて黄河に注ぐ大河。　

(三体詩)

 

 

 

 

金陵懷古　　　　金陵懷(きんりょうかい)古(こ)　　　　　　　　　　　 唐　　許(きょ)　渾(こん)

 

玉樹歌殘王氣終　　　玉樹(ぎょくじゅ)の歌 殘りて 王気終わり

景陽兵合戍樓空　　　景(けい)陽(よう) 兵　合(がっ)して 戍(じゅ)楼(ろう)空し

楸梧遠近千官塚　　　楸梧(しゅうご) 遠近 千官の塚

禾黍高低六代宮　　　禾(か)黍(しょ) 高低 六代の宮

石燕拂雲晴亦雨　　　石(せき)燕(えん) 雲を払いて 晴亦(ま)た雨

江豚吹浪夜還風　　　江(こう)豚(とん) 浪を吹いて 夜還(ま)た風

英雄一去豪華盡　　　英雄 一たび去りて 豪華尽き

唯有青山似洛中　　　唯 青山の 洛中に似たる有り

 

【語釈】

金陵…南京、六朝の首都。玉樹歌…玉樹後庭歌、陳の後主が作り、宮女に詠わせた物。景陽…南京の北、玄武湖畔にあった陳の宮殿の名。戍樓…守りのための櫓。楸梧…ひさぎと桐。禾黍…きびとあわ。石燕…零陵というところに石の燕があって、雨が降ると飛び、やむと又石になったと言われる。江豚…�^に似た魚で、波間に姿を見せると、長江に風が起こると言われる。

（三体詩）

 

 

 

 

登餘干古城　　　余(よ)干(かん)の古城に登る　　　　　      唐  劉(りゅう)長(ちょう)卿(けい)　

 

孤城上與白雲齊　　　孤城 上(かみ)は 白雲と斉(ひと)し

萬古蕭條楚水西　　　万古 蕭條(しょうじょう)たり 楚水の西

官舍已空秋草没　　　官舍 已に空しく 秋草 没し

女牆猶在夜烏啼　　　女牆(じょしょう)は 猶お在りて 夜烏(やう) 啼く

平沙渺渺迷人遠　　　平沙 渺々(びょうびょう)として 人を迷わして 遠く

落日亭亭向客低　　　落日 亭々(ていてい)として 客(かく)に向いて 低し

沙鳥不知陵谷變　　　沙鳥は知らず 陵谷の変

朝來暮去弋陽𧮾　　　朝に来たり 暮に去る 弋(よく)陽(よう)𧮾(けい)

 

【語釈】

餘干…江西省上饒市に位置する県。蕭條…もの寂しいさま。楚水…楚の地の川。女牆…城の上の低い垣。渺渺…遠く果てしないさま。亭亭…遠く隔たっているさま。陵谷變…高岡が変じて谷となり、深溪が変じて陵となる、世事の変遷の甚だしいこと。弋陽𧮾…餘干城の近くにある溪。　

 

 

 

題宣州開元寺水閣　　宣州(せんしゅう)開元寺(かいげんじ)の水閣に題す　　 唐　　杜(と)　牧(ぼく)

 

六朝文物草連空 　　　六朝(りくちょう)の文物(ぶんぶつ) 草(くさ) 空(くう)に連なり

天澹雲閑今古同 　　　天 澹(あわ)く 雲(くも) 閑(しずか)にして 今(きん)古(こ)同じ

鳥去鳥來山色裏 　　　鳥去り鳥来る 山(さん)色(しょく)の裏(うち)

人歌人哭水聲中 　　　人歌い人哭(こく)す 水声(すいせい)の中(うち)

深秋簾幕千家雨 　　　深(しん)秋(しゅう) 簾幕(れんばく) 千家(せんけ)の雨

落日樓臺一笛風 　　　落日(らくじつ) 楼台(ろうだい) 一(いっ)笛(てき)の風

惆悵無因見范蠡 　　　惆悵(しゅうちょう)す 范蠡(はんれい)を見るに因(よし)無きを

參差煙樹五湖東 　　　参差(さんし)たる煙樹(えんじゅ) 五(ご)湖(こ)の東

 

【語釈】

宣州…安徽省東南の宣州市。開元寺…現安徽省宣州宣城にある寺院で、正式の名称は永楽寺。水閣…水辺に建てたたかどの。六朝…六つの王朝のことで、後漢の滅亡後、建業（南京）に都した六つの王朝…文物…文化の産物。礼法音楽学問芸術など、文化的な制度。澹…やすらか、穏やか。閑…しずか。　今古…今と昔。山色…山の景色。水声…川の水音。深秋…晩秋。簾幕…スダレと幕。千家…多くの家々。一笛風…風に乗って、一人で吹く笛の音が聞こえて来ること。惆悵…うらみなげくさま。惆悵…うらみなげくさま。無因…わけが無い。見…会う、見る。范蠡…越王勾践に仕え、呉王夫差を討って会稽の恥を雪（すす）がせ、自分の果たすべき事をした後、隠棲をするとして湖に舟を浮かべて過ごした。范蠡…越王勾践に仕え、呉王夫差を討って会稽の恥を雪がせ、自分の果たすべき事をした後、隠棲をするとして湖に舟を浮かべて過ごした。五湖…太湖のこと。参差…長短不揃いのさま。煙樹…靄の中に霞んで見える木。　五湖…太湖を及びその周辺の湖。

（新釈漢文大系　詩人編　９）

 

 

 

薊丘覽古　　　　薊丘覽(そきゅうらん)古(こ)　　　　　　　　　      唐　　陳子(ちんす)昂(ごう)

 

南登碣石館　　　南のかた 碣(けっ)石館(せきかん)に登り　　　　　　

遙望黄金臺　    遙かに 黄金台を望む

丘陵盡喬木　    丘陵は 尽く喬木(きょうぼく)

昭王安在哉　    昭王は安くに在りや

霸圖悵已矣　    覇図(はと) 悵(ちょう)として已(や)んなるかな

驅馬復歸來　    馬を駆って 復(ま)た帰来す

 

【語釈】

碣石館…幽州の薊県の西三十里、燕の昭王が築いた碣石宮の跡。黄金台 …燕の昭王が築いた台。台上に千金を置いて天下の賢者を招いた。喬木 … 高い木。昭王 … ？〜前279。燕の王（在位前311〜前279）。覇図…覇者となろうとする策略。悵 … うらむ。いたむ。已んぬるかな … 今となっては、どうにも仕方がない。復 …そして

（唐詩選）

 

 

 

經下邳圯橋懷張子房 　　　　　　　　　　　　　　唐　　李(り)　白(はく)

下邳(かひ)の圯(い)橋(きょう)を経(へ)て 張子房(ちょうしぼう)を懷う　　

 

子房未虎嘯　　　子房 未だ 虎嘯(こしょう)せず

破產不爲家　　　産を破って 家を為さず

滄海得壯士      滄海(そうかい)に 壮士を得(え)て

椎秦博浪沙　　　秦を椎(つい)す 博浪沙(はくろうしゃ)　

報韓雖不成　　　韓に報じて 成らずと雖(いえど)も

天地皆振動　　　天地 皆 振動す

潛匿遊下邳　　　潜(せん)匿(とく)して 下邳(かひ)に遊ぶ

豈曰非智勇      豈に 智勇(ちゆう)に非ずと 曰(いわ)わんや　　

我來圯橋上　　　我 圯(い)橋(きょう)(いきょう)の上に来たり

懷古欽英風     古(いにしえ)を懐いて、英風を欽(した)う

惟見碧水流　　　唯だ 碧水の流るるを見る

曾無黃石公　　　曽て 黄石公 無し

歎息此人去　　　嘆息す 此の人去って

蕭條徐泗空      蕭條(しょうじょう)として 徐泗(じょし)の空しきを

 

【語釈】

下邳 … 現在の江蘇省徐州市邳州市。圯橋 … この地方の方言で土橋のことだともいい、下邳にある橋の名だともいわれるが、正確なところはよく分からない。張子房 … 漢の高祖の功臣、張良。子房 … 張良の字。虎嘯 … 虎が吠えるように、英雄が志を得て活躍すること。破産 … 財産を使いはたす、ここでは秦の始皇帝を殺すため、家財を使い尽くして刺客を求めたことを指す。不為家 … 家計のことを顧みない。滄海 … 滄海君の所で、滄海君は東夷（東方の異民族）の豪族の君長。椎秦 … 秦の始皇帝に鉄椎を投げつけた。博浪沙 …現在の河南省新郷市原陽県。報韓 … 韓の恩に報いようとした企て。雖不成 … 成功はしなかったけれども。潜匿 … ひそみ隠れる。身をひそめる。遊 … 決まった所に留まらず、ぶらぶらすること。智勇…智恵と勇気。懐古 … 昔を懐かしんで。英風 … すぐれた風姿。欽 … 尊敬して慕う。碧流水 … 青緑色の川の流れ、ここでは小沂水を指す。曾無 … 「かつて〜なし」と読み、「決して〜でない」と訳す。黄石公 … 秦末の隠士、張良に兵法書を授けたといわれている。蕭条 … ひっそりとして物淋しい様子、うらさびしいさま。徐泗 … 徐は徐州（江蘇省徐州市一帯）、泗は泗州（江蘇省徐州市邳州市一帯）、下邳一帯の地を指す。

（唐詩選）

 

 

 

滕王閣　　　    滕王閣(とうおうかく)　　　　　　　　　　      唐　　王(おう)　勃(ぼつ)

 

滕王高閣臨江渚　　　滕王の高閣 江(こう)渚(しょ)に 臨み　

珮玉鳴鸞罷歌舞　　　珮(はい)玉(ぎょく) 鳴鸞(めいらん) 歌舞 罷(や)む

畫棟朝飛南浦雲　　　畫棟(がとう) 朝(あした)に飛ぶ 南浦(なんぽ)の雲　

珠簾暮捲西山雨　　　珠(しゅ)簾(れん) 暮 に捲く 西山の雨　

�濶_潭影日悠悠　　　�濶_　潭(たん)に影(うつ)りて　日に悠々(ゆうゆう)　

物換星移幾度秋　　　物換り 星移りて　幾度(いくたび)の秋ぞ　

閣中帝子今何在　　　閣中の帝子 今　何(いず)くにか在る　

檻外長江空自流　　 檻外(かんがい)の 長江 空しく自(おのず)ら流る

 

【語釈】

滕王…唐・太宗の弟で、滕王に封ぜられた李元嬰。江渚…河畔（贛江の渚）。珮玉…おびだま。鳴鸞…（天子の）車に付けるる鈴。畫棟…美しく彩色した建物の棟。南浦…江西省南昌の西南の所、滕王閣の近くを指す。珠簾…たますだれ。西山…西の山。ここでは南昌山。�濶_…静かに流れる雲。潭影…深い淵の色。悠悠…のどかな様、限りないさま、長く久しいさま、ゆったりと落ち着いたさま。檻外…手すりの外。

（唐詩選）

 

 

◆    詠史類

 

虞姫 　　　　　 虞(ぐ)姫(き)　　　　　　　　　　　　　  清　　吴(ご)永和(えいわ)

大王真英雄　　　大王は 真の英雄

姬亦奇女子      姫も 亦(ま)た 奇女子

惜哉太史公　　　惜しい哉(かな) 太史公

不記美人死      美人の死を 紀(き)せず

 

【語釈】

虞姫…虞美人のこと、西楚覇王・項羽の愛姫。大王…西楚覇王・項羽。姫…虞美人のこと。奇…ぬきでる、めずらしい。太史公…司馬遷の自称、『史記』の著者。

 

 

八陣圖    　　 八陣の図　　　　　　　　　　　　唐　　杜(と)　甫(ほ)

功蓋三分國　　　功は盖(おお)う 三分の国

名成八陣圖　　　名は成す 八陣の図

江流石不轉　　　江 流れて 石 転ぜず

遺恨失吞呉　　　遺恨　呉を呑(ふく)むを失す

 

【語釈】

八陣図…諸葛孔明が石を積みかさねて作った陣形をいう、八陣とは天、地、風、雲、竜、虎、鳥、蛇の八種の陣形をいう、これが魚復浦の平沙の上に在り、大水のときには破壊されるが水が減ずるときはまた旧態に復し、ふしぎなものとされている。蓋…ふたをする、圧倒する。三分国…三国時代。吞呉…呉の国を併呑する。

（唐詩三百首）

 

題楚昭王廟　　　楚の昭王廟にす題す　　　　　　　唐　　韓(かん)　愈(ゆ)

 

邱墳滿目衣冠盡　　　丘墳(きゅうふん) 満目 衣冠 尽く

城闕連雲草樹荒　　　城闕(じょうけつ) 雲に連なりて 草樹 荒(あ)る

猶有國人懷舊�ｺ　　　猶お 国人の 旧�ｺを懐(おも)う有り

一間茅屋祭昭王　　　一間の茅屋　昭王を祭る

 

【語釈】

楚…春秋戦国時代に長江中流域を領有していた国。昭王…春秋時代の楚の王、聖賢の大道に通じた有徳の王。丘墳…墳墓。満目…見渡す限り。衣冠…衣冠を附ける身分のもの、官吏。城闕…城の門、宮殿。連雲…空に高く聳える様。荒…雑草が地を覆う、あれはてる。国人…ある地域の人民。旧徳…昔の徳行。ここでは楚の昭王の徳治を指す。一間…一間（けん）の幅。茅屋…かや・わらなどでふいた粗末な家。

（中国詩人選集１１）

 

博浪沙　　　　　博浪沙(はくろうしゃ)　　　　　　　　　　　　  元　　陳(ちん)　孚(ふ)

 

一擊車中膽氣豪　　　一擊 車中 胆気 豪なり

祖龍社稷已驚揺　　　祖(そ)龍(りょう)の社稷 已に驚(けい)揺(よう)す

如何十二金人外　　　如何 十二金人の外(ほか)

猶有人間鐵未銷　　　猶お 人間(じんかん) 鉄 未だ銷(しょう)せざる 有り

 

【語釈】

博浪沙…張良が力士に鉄椎を投げさせて始皇帝の車を狙撃した地。膽氣…大胆な気力、きもったま。祖龍…秦の始皇帝。驚揺…驚き動揺する。十二金人…始皇帝が天下統一の後、天下の兵器を溶かして作った十二の金属で出来た人像。人間…一般社会。銷…溶ける。

 

 

讀秦紀　　　    秦紀を読む　　　　　　　　　　　明　　陳恭尹(ちんきょうい)

 

謗聲易弭怨難除　　　謗声(ぼうせい) 弭(とど)め易すく 怨みは除き難し

秦法雖嚴亦甚疎　　　秦法 厳なりと雖(いえど)も 亦(ま)た 甚(はなは)だ疎なり

夜半橋邊呼孺子　　　夜半 橋辺 孺子を呼ぶ

人間猶有未燒書　　　人間(じんかん) 猶お 未だ燒かざるの書 有り

 

【語釈】

秦紀…史記の秦始皇本紀。謗聲…誹しる声。弭…止める。　秦法…挟書律、始皇帝の時、民が密かに書を蔵するのを禁止した。孺子…張良のこと、老翁から兵書を与えられた。

 

 

過鴻溝　　　　　鴻(こう)溝(こう)を過ぐ　　　　　　　　　　　唐　　韓(かん)　愈(ゆ)

 

龍疲虎困割川原　　　龍疲虎困(りゅうひここん)して川原(せんげん)を割(さ)く

億萬蒼生性命存　　　億(おく)万(まん)の蒼生(そうせい) 性命 存す

誰勸君王回馬首　　　誰か 君王に勧めて 馬首を回(かえ)えさしめ

真成一擲賭乾坤　　　真(しん)成(せい) 一擲(いってき) 乾坤(けんこん)を賭す

 

【語釈】

鴻溝…河南省開封市にあたり、項羽と劉邦が、ここを境にして、こ孤から西を劉邦、東を項羽の領土とする事で講和した。張良が勧めて、劉邦を裏切らせて項羽を追撃し、これが垓下の戦いにおける勝利に繋がった。龍疲虎困…項羽と劉邦が戦いに疲れ果て苦しんだこと。一擲賭乾坤…ひとたび采を擲ち博して天下を懸け物にする、「乾坤一擲」の語源。

 

 

烏江廟　　　    烏(う)江(こう)廟(びょう)　　　　　　　　　　     唐　　杜(と)　牧(ぼく)

 

勝敗兵家不可期　　　勝敗は 兵家も 期すべからず

包羞忍恥是男兒　　　羞(はじ)を包み恥(はじ)を忍ぶ是(こ)れ男児(だんじ)

江東子弟多才俊　　　江東(こうとう)の子弟 豪(ごう)俊(しゅん)多し，

捲土重來未可知　　　捲土重来(けんどちょうらい) 未(いま)だ知るべからず

 

【語釈】

烏江亭…安徽省の長江北岸にある亭。項羽と劉邦の天下争覇で、敗れた項羽が舟での戦場離脱を拒んだところ。烏江…安徽省東部を流れる川であり地名。・兵家…兵法家。不可期…予期することができない。男兒…立派な男である。是…強意の助辞、…である。江東…烏江の東側にある項羽の根拠地。豪俊…優れた豪傑。捲土重來…砂塵を巻き起こす勢いで、再びやってくる。未可知…その結果はどうなるかは、まだ、知ることができない。

（漢詩大系　９）

 

 

 

虞兮　　　      虞兮(ぐや) 　　　　　　　　　　　　   清　　呉(ご)偉業(いぎょう)

 

千夫辟易楚重瞳　　　千夫も辟易(へきえき)す 楚の重瞳(ちょうどう)

仁謹居然百戰中　　　仁謹(じんきん) 居(きょ)然(ぜん)たり 百戦の中(うち)

博得美人心肯死　　　博(はく)し得たり 美人 心に死を肯(がえん)ずるを

項王此處是英雄　　　項王 此の処　是れ 英雄

 

【語釈】

虞兮…項羽の寵妾の虞美人。辟易…恐れてたじろぐ。楚重瞳…項羽のこと、項羽は瞳が２つあったという。仁謹…いつくしみ慎む。居然…物に動じないさま。博…得る。美人…虞美人。此處…この点、虞美人の殉死を得られたという点。是…〜は〜である、be動詞の働きをする。

 

 

王昭君　　　      王昭君　　　　　　　　　　　 唐　　白(はく)居(きょ)易(い)

 

漢使却回憑寄語　　　漢使 却(きゃく)回(かい) 憑(よ)りて語を寄す

黃金何日贖蛾眉　　　黄金 何れの日にか 蛾(が)眉(び)を贖(あがな)わん

君王若問妾顏色　　　君王 若(も)し 妾(しょう)が顔色を 問わば

莫道不如宮裏時　　　道(い)う莫(なか)れ 宮(きゅう)裏(り)の時に如(し)かずと

 

【語釈】

王昭君…匈奴の呼韓邪単于、復株累若鞮単于の時代の閼氏（単于の妻）、漢の後宮から選ばれて匈奴に嫁いだので悲劇の美女と呼ばれる。却迴…ひき返す。憑 …頼んで。寄語 …伝言する。蛾眉 …美人のこと。王昭君を指す。贖 …買い戻す。君王 …天子さま。前漢の元帝を指す。顔色 …かおいろ、容姿。宮裏 …宮殿の中。不如 …及ばない。

 

 

題李陵泣別圖　　　李(り)陵(りょう) 泣(きゅう)別(べつ)の図に題す　　　　明　　袁(えん)　凱(かい)

 

上林木落鴈南飛　　　上林(じょうりん) 木 落ちて 雁 南飛(なんぴ)し

萬里蕭條使節歸　　　万里 蕭條(しょうじょう)として 使節 帰る

猶有交情兩行淚　　　猶(な)お 交情 両行(りょうこう)の涙 有り

西風吹上漢臣衣　　　西風 吹き上(あ)ぐ 漢臣の衣(ころも)

 

【語釈】

李陵…前漢の名将単于軍とよく奮戦したが孤軍の歩兵のため、匈奴に降った。泣別…涙を流して泣いて別れる。上林…上林苑のこと、秦、前漢の皇帝のための大庭園、長安の西南すぐ（現・陝西省西安市長安区）にあった。蕭条…もの寂しいさま。・猶…まだ、やはり、それでも。蘇武と李陵の交誼。両行涙…二筋の涙。漢臣…漢王朝の臣下。蘇武を謂う。

 

 

 

題河梁泣別圖　　　河梁(かりょう)泣別の図に題す　　　　　 明　　譚(たん)貞(てい)良(りょう)

 

都尉臺前起朔風　　　都尉(とい)台前(だいぜん) 朔風(さくふう) 起こり

節旄空盡路西東　　　節旄(せつもう) 空しく尽き 路西東

不知別涙誰先落　　　知らず 別(べつ)涙(るい) 誰(たれ)か 先ず落つ

同在河梁夕照中　　　同じく 河(か)梁(りょう) 夕(せき)照(しょう)の中(うち)に在り

 

【語釈】

河梁…河梁之吟（李陵が蘇武との別れに対して作った詩）。都尉臺…台の名、詳細不明。朔風…北風。節旄…皇帝の盟を受けた印として持つ物、牛毛で作る。河梁…河に懸かる橋。

 

 

釣臺 　　　　　　 釣(ちょう)台(だい)　　　　　　　　　　　　清　　洪(こう)　升(しょう)

 

逃卻高名遠俗塵　　　高名を逃卻(とうきゃく)して 俗塵(ぞくじん)より遠ざかり

披裘澤畔獨垂綸　　　裘(きゅう)を披(き)て 沢畔 独り綸(りん)を垂る

千秋一箇劉文叔　　　千秋 一箇の 劉文叔(りゅうぶんしゅく)

記得微時有故人　　　記し得たり 微(び)時(じ) 故人(こじん)有るを

 

【語釈】

釣臺…厳子陵が宮廷生活を辞し、富春山に住み、その中腹の岩場で釣りをしていたところ、厳陵釣台ともいう。逃卻…完全に逃れる。俗塵…俗世間の塵。垂綸…釣り糸を垂れる。千秋一箇…千年に一人あるような。劉文叔…後漢の光武帝劉秀が皇帝になる前の名前、厳子陵は劉文叔の親友であり、光武帝が即位したとき招かれたが出士しなかった。記得…記憶していた。微時…厳子陵が貧乏であるとき。故人…親友である厳子陵。

 

 

蟂磯靈澤夫人祠　　蟂(きょう)磯(き)霊沢(れいたく)夫人の祠　　　　　　清　　王士��(おうししん)

 

霸氣江東久寂寥　　　覇(は)気(き) 江東 久しく寂寥(せきりょう)

永安宮殿草蕭蕭　　　永安の宮殿 草 蕭々(しょうしょう)

都將家國無窮恨　　　都(すべ)て 家(か)国(こく)無窮(むきゅう)の恨みを 将(も)って

分付潯陽上下潮　　　分付す 潯(じん)陽(よう) 上下の潮

 

【語釈】

蟂磯…地名、安徽蕪湖西江中にある。靈澤夫人…蜀の劉備の婦人、夫の崩ずるを聞き、慟哭して自ら水死した。霸氣…覇者たる気性。寂寥…ひっそりして物寂しいさま。永安宮殿…成都にある劉備の宮殿。蕭蕭…もの寂しい様子や音の形容。潯陽…江西省潯陽江。

 

 

 

禹廟　　　　禹(う)廟(びょう)　　　　　　　　　　　　　　　唐　　杜(と)　甫(ほ)

 

禹廟空山裏　　　禹(う)廟(びょう) 空山の裏(うち)
秋風落日斜　　　秋風 落日斜めなり
荒庭垂橘柚　　　荒庭 橘(きつ)柚(ゆう) 垂れ
古屋畫龍蛇　　　古屋 龍蛇を画(えが)く
雲氣生虚壁　　　雲気 虚壁(きょへき)に生じ
江聲走白沙　　　江声 白沙(はくさ)に走る
早知乘四載　　　早(はや)く知る 四載(しさい)に乗りて

疏鑿控三巴　　　疏(そ)鑿(さく)して 三巴を控(は)くことを

 

【語釈】

禹廟…夏の禹王の廟、重慶市忠県にある。空山…寂しい山。雲氣…雲のように空中に現れる気。虚壁…人のいない壁。江聲…長江の長れる音。四載…禹が治水に用いた四つの乗り物、車、舟、そり、かんじき。疏鑿…土地を穿って水を流通する。三巴…長江が重慶市巴県の東北で別れて三流となり、巴の形をなすところ。

（唐詩選）

 

 

 

和劉道原詠史　　劉(りゅう)道(どう)原(げん)の史を詠ずるに和す　  北宋　　蘇(そ)　軾(しょく)

 

仲尼憂世接輿狂　　　仲(ちゅう)尼(に) 世を憂い 接(せつ)輿(よ)は狂す

臧穀雖殊竟兩亡　　　臧(ぞう)穀(こく) 殊(こと)なりと雖(いえど)も 竟(つい)に両(ふたつ)つながら亡ぶ

呉客漫陳豪士賦　　　呉客 漫(まん)に陳(ちん)す 豪士の賦

桓侯初笑越人方　　　桓(かん)侯(こう) 初めて笑う 越人の方(ほう)

名高不朽終安用　　　名高くして 朽ちざるも 終(つい)に 安(いずく)んぞ用いん

日飲無何計亦良　　　日に飲み 何(いかん)んとも無からしむ 計も亦(ま)た良し　　

獨掩陳編弔興廢　　　独り 陳編(ちんぺん)を掩(おお)いて 興廢(こうはい)を弔(ちょう)すれば

窗前山雨夜浪浪　　　窓前の山雨 夜 浪々　

 

【語釈】

劉道原…劉恕、歴史学者。仲尼…孔子。接輿…孔子を誹った楚の狂者。臧穀…臧と穀の二人『荘子』に記載あり。臧は書を読み、穀は遊んでいたが、二人とも羊を亡うことは同じであった。呉客…晉の陸機。桓侯…戦国時代の斉王。越人…名医扁鵲。陳編…古い書籍。

 

 

 

蜀相　　　        蜀相　　　　　　　　　　　   唐　　杜(と)　甫(ほ)

 

丞相祠堂何處尋　　　　丞相(じょうしょう)の祠堂(しどう) 何(いつ)れの処にか尋ねん　

錦官城外柏森森　　　　錦官(きんかん)城外(じょうがい) 柏(はく)森々(しんしん)　

映階碧草自春色　　　　階(かい)に映ずる碧(へき)草(そう) 自(おのず)から春色(しゅんしょく)　

隔葉黄鸝空好音　　　　葉を隔つる黄鸝(こうり) 空しく好音(こういん)　

三顧頻煩天下計　　　　三顧頻煩(さんこひんぱん)なり 天下の計　

兩朝開濟老臣心　　　　両朝(りょうちょう)開(かい)斉(さい)す 老臣の心　

出師未捷身先死　　　　師(し)を出(いだ)して未だ捷(か)たざるに 身先ず死し　

長使英雄涙滿襟　　　　長(とこし)えに英雄をして 涙 襟(きん)に満たしむ　

 

【語釈】

蜀相…三国時代の蜀の丞相の諸葛亮をいう。丞相…天子を輔けて政治を行う最高の官。祠堂…霊を祀ったところ。錦官城…成都のこと。柏…コノテガシワ。森森…樹木が盛んに繁っているさま。碧草…春の青い草。自…自然と。　・春色…春の気配。隔葉…葉の繁みの向こう側で。黄鸝…チョウセンウグイス。三顧…蜀の劉備が軍師を求めて諸葛孔明に三顧の礼をとった故事をいう。天下計…天下を手中に収める計略。兩朝…先主・劉備と後主・劉禪の二朝。開濟…基礎を始め、立派に成功する。出師…出兵。捷…勝つ。英雄…国事に奔走する人物。襟…衣服のえり。

 

（漢詩大系　９）

 

 

 

赤壁　　　        赤壁　　　　　　　　　　　　 清　　趙(ちょう)　翼(よく)　　　

 

依然形勝扼荊嚢　　　依然(いぜん)たる形勝 荊(けい)嚢(のう)を扼(やく)す

赤壁山前故壘長      赤壁 山前 故塁(こるい)　長し

烏鵲南飛無魏地　　　烏鵲(うじゃく) 南に飛んで 魏地(ぎち) 無く

大江東去有周郎　　　大江 東に去りて 周郎(しゅうろう) 有り

千秋人物三分國　　　千秋の人物 三分の国

一邊山河百戰場　　　一辺の山河 百戦の場

今日經過已陳迹　　　今日 経過すれば 已に陳迹(ちんせき)

月明漁父唱滄浪　　　月明らかにして 漁(ぎょ)父(ほ) 滄浪(そうろう)を唱う

 

【語釈】

依然…もとのまま。荊嚢…荊州と嚢州。扼…制圧する。故壘…昔の寨。烏鵲南飛…曹操の「短歌行」の一句。周郎…曹操軍を破った周瑜。經過…通り過ぎる。陳迹…古い跡。漁父唱滄浪…「漁父の辭」

 

 

 

赤壁　　　　      赤壁　　　　　　　　　　　　 清　　袁(えん)　枚(ばい)

 

一面東風百萬軍　　　一面 東風 百万の軍

當年此處定三分　　　当年 此の処 三分を定む

漢家火�ｺ終焼賊      漢家の火徳 終(つい)に賊を焼き

池上蛟龍竟得雲　　　池上の蛟(こう)龍(りゅう) 竟(つい)に雲を得たり

江水自流秋渺渺　　　江水 自(おのずか)ら流れて 秋 渺々(びょうびょう)

漁燈猶照荻紛紛　　　漁灯 猶(な)お 照らして 荻(てき) 紛々(ふんぷん)

我來不共吹簫客　　　　我 来(きた)りて 簫(しょう)を吹くの 客(かく)と共にせず

烏鵲寒聲聞靜夜　　　　烏鵲(うじゃく)の寒声 静夜に聞く

 

【語釈】

赤壁…湖北省の名勝地、中国の三国時、呉の孫権と蜀の劉備の連合軍が、魏の曹操破った古戦場。一面東風…周瑜が東南の風の便を得て、曹操百万の軍を火攻めにより破った。定三分天下を魏、呉、蜀）で三分して治める諸葛亮の計が定まった。漢家火�ｺ…蜀漢は五行説の火をう）（木…もく・火…か・土…ど・金…ごん・水…すい）からいって火の徳を以て王となることになっていた蜀が魏を破るに火攻めの計を用いたことに引用した表現である。池上蛟龍…まだ龍にならない龍のこと、劉備をさす、周瑜が劉備をこう呼んだ。渺渺…広く果てしないさま、遠くかすかなさま。荻…葦の類。紛紛…乱れ飛ぶさま。

吹簫客蘇東坡はここで簫を吹く客と共に遊んだことをさす。烏鵲…かささぎ。寒聲…寒々とした声。

（漢詩大系２２）

 

 

 

岳鄂王墓 　　　　 岳鄂(がくがく)王(おう)の墓　　　　　　　　　 元　　趙孟頫(ちょうもうふ)

 

鄂王墳上草離離　　　鄂(がく)王(おう)墓上(ぼじょう) 草 離々たり

秋日荒涼石獸危　　　秋日 荒涼 石獣 危うし

南渡君臣輕社稷　　　南渡の君臣 社稷を軽んじ

中原父老望旌旗　　　中原の父老 旌旗を望む

英雄巳死嗟何及　　　英雄 已すでに死す 嗟(ああ)　何ぞ及ばん，

天下中分遂不支　　　天下 中分 遂(つい)に支(ささ)えず

莫向西湖歌此曲　　　西湖に向(むか)って 此の曲を歌うこと 莫なれ

水光山色不勝悲      水光 山色 悲しみに勝(た)えず

 

【語釈】

鄂王…岳飛が死後鄂王に封ぜられたことによる。離離…稲や麦の穂が伸びて垂れるさま。荒涼…荒れはててさびしい。南渡…北方の異民族に圧迫されて長江を渡って江南半壁の地に漢民族の国家をうち立てたこと、北宋滅亡後の南宋をいう。社稷…国家をいう。中原父老…華中、華北に取り残された漢民族の老人。旌旗…旗。天下中分…北宋が亡んで、南宋の地に追いやられたこと。向…おいて。

（中国名詩選）

 

 

 

蘇武 　　　　     蘇(そ)武(ぶ)　　　　　　　　　　　　 唐　　李(り)　白(はく)

 

蘇武在匈奴　　　蘇武 匈奴に在り

十年持漢節　　　十年 漢節を持す

白雁上林飛　　　白雁 上林に飛び

空傳一書札　　　空しく 一書礼云う

牧羊邊地苦　　　牧羊 辺地に苦しみ

落日歸心絶　　　落日 帰心絶ゆ

渴飲月窟冰　　　渇しては 月窟の水を飲み

飢餐天上雪　　　飢えては 天上の雪を餐(さん)す

東還沙塞遠　　　東に還らんとして 沙(しゃ)塞(さい)遠く

北愴河梁別　　　北に愴(いた)む 河(か)梁(りょう)の別れ

泣把李陵衣　　　泣いて 李(り)陵(りょう)の衣を把(と)り

相看淚成血　　　相看て 涙 血を成す

 

【語釈】

蘇武…漢の忠臣。中郎将として節を授かり匈奴（きようど）に使いしたが，捕らえられて降伏をせまられた。しかし彼は節義をまげず拒否したために北海(バイカル湖)のほとりの荒野に送られて羊を飼わされ，苦難の抑留生活をつづけた。匈奴にとどまること19年，昭帝が即位して匈奴との講和が成立するに至ってようやく帰国がかない，典属国に拝せられた。持漢節…漢の符節を恒に持つ。上林…上林苑のこと、秦、前漢の皇帝のための大庭園、長安の西南すぐ（現・陝西省西安市長安区）にあった。月窟…月の出る穴（『文選』）。沙塞…砂漠の辺塞。河梁別…蘇武と李陵とが別れた地。

 

 

虞美人草　　　　  虞美人草　　　　　　　　　　 宋　　曾(そう)　鞏(きょう)

 

鴻門玉斗紛如雪　　　鴻門(こうもん)の玉斗 紛(ふん)として 雪の如し

十萬降兵夜流血　　  十万の降兵 夜 血を流す

咸陽宮殿三月紅　　  咸陽の宮殿 三月 紅なり

覇業已隋煙燼滅　　  覇業 已に 煙燼(えんじん)に随いて滅す

剛強必死仁義王　　　剛強なるは必ず死し 仁義なるは王たり

陰陵失道非天亡　　  陰(いん)陵(りょう)に道を失いしは 天の亡すに非ず

英雄本學萬人敵　　　英雄 本 学ぶ 万人(ばんにん)の敵

何用屑屑悲紅粧　　  何ぞ用いん　屑々(せつせつ)として 紅粧(こうしょう)を悲しむを

三軍散盡旌旗倒　　　三軍 散じ尽きて 旌旗(せいき) 倒れ

玉帳佳人座中老　　　玉帳(ぎょくちょう)の佳人 座中に老ゆ

香魂夜遂劒光飛　　　香魂 夜 剣光を遂(お)いて飛び

青血化為原上草　　  青血 化して原上の草と為る

芳心寂莫寄寒枝　　　芳心 寂莫(せきばく) 寒枝に寄せ

舊曲聞来似斂眉　　　旧曲 聞き来たりて 眉を斂(おさ)むるに似たり

哀怨徘徊愁不語　　　哀怨(あいえん) 徘徊して 愁いて語らず

拾如初聴楚歌時　　　恰(あたか)も 初めて 楚歌を聴きし時の如し

滔滔逝水流今古　　　滔々(とうとう)たる逝(せい)水(すい) 今古に流る

漢楚興亡兩丘士　　　漢楚の興亡 両(ふたつ)ながら丘土

當年遺事久成空　　　当年の遺事 久しく 空(くう)と成る

慷慨樽前為誰舞　　　慷慨(こうがい) 樽前(そんぜん) 誰が為にか舞わん

 

【語釈】

鴻門玉斗…鴻門の会で劉邦に逃げられて、激怒した項羽の参謀范増贈は、劉邦から贈られた玉斗を粉々に叩き割った。紛如雪 … 粉々に砕け、雪のように舞い散る様子。十万降兵夜流血 … 楚に降参した秦の十万もの投降兵は項羽に虐殺され、一夜にして夥しい血が流された。咸陽宮殿 … 秦の始皇帝が渭水のほとりに建てた宮殿・阿房宮のこと。三月紅 … 項羽が宮殿に火を放ち。その火は三ヶ月間燃え続けた。覇業 … 武力で天下を統一する事業。剛強 … 強くて勇ましい者・項羽を指す。仁義 … 情け深く、正直な者・劉邦を指す。陰陵失道 … 項羽が陰陵で道に迷い、農夫に騙されて窮地に陥った。英雄 … 項羽を指す。万人敵 … 一人で万人を敵にまわして戦う兵法。何用 … どうして〜する必要があろうか、反語。屑屑 … くよくよと。悲紅粧 …化粧した美人のこと・虞美人を指す。三軍 … 諸侯の率いる大軍のこと。散尽 … ちりぢりになる。四方に散らばる。

旌旗 … 旗さしもの。玉帳 … 玉をちりばめた美しいとばり。香魂 … 香り高い魂。青血 … 鮮やかな血。芳心 … 虞美人の香り高い魂。寂寞 … もの寂しく。旧曲 … 垓下で劉邦の軍に包囲されたとき、項羽と虞美人とが唱和した歌。聞来 … 聞こえてくると。

似斂眉 … 虞美人草はこの曲が聞こえると葉を揺らすといわれており、その様子が眉をひそめて悲しんでいるように見える。哀怨 … 哀しみ恨む。徘徊 … ここでは虞美人草が風に揺れ動くこと。滔滔 … 水がよどみなく、さかんに流れる様子。逝水 … 流れ去っていく水。流今古 … 今も昔も変わることなく、流れ行く。当年 … 当時の。遺事 … 伝えられて残っている昔の事蹟。慷慨 … いきどおり、なげくこと。

 

 

過平原作　　　　  平原を過(す)ぐるの作　　　　　　 宋　　文天(ぶんてん)祥(しょう)

 

平原太守顔真卿　　　平原の太守 顔(がん)真(しん)卿(けい)

長安天子不知名　　　長安の天子 名を知らず

一朝漁陽動鼙鼓　　　一朝 漁(ぎょ)陽(よう) 鼙(へい)鼓(こ)を動かし

大河以北無堅城　　　大河(たいが)以北(いほく) 堅城 無し

公家兄弟奮戈起　　　公の家の兄弟 戈(ほこ)を奮(ふる)いて起ち

一十七郡連夏盟　　　一十七郡 夏盟(かめい)を連ぬ　　

賊聞失色分兵還　　　賊 聞きて 色を失い 兵を分ちて還る

不敢長驅入咸京　　　敢えて 長駆して 咸(かん)京(けい)に入らず

明皇父子將西狩　　　明皇(めいこう) 父子 将(まさ)に西狩(せいしゅ)せんとす

由是靈武起義兵　　　是(これ)に由(よ)りて 霊(れい)武(ぶ) 義兵を起こす

唐家再造李郭力　　　唐家の再造は 李(り)郭(かく)の力

若論牽制公威靈　　　若(も)し 牽制(けんせい)を論ずれば 公の威(い)霊(れい)　　

哀哉常山慘鈎舌　　　哀(かな)しい哉(かな) 常山(じょうざん) 慘(さん)として舌を鈎(こう)せられ

心歸朝廷氣不懾　　　心 朝廷に帰して 気 懾(おそ)れず

崎嶇坎坷不得志　　　崎嶇(きく) 坎坷(かんか) 志を得ず

出入四朝老忠節　　　四朝に出入して 忠節に老ゆ

當年幸脱安祿山　　　当年 幸に脱す 安禄山

白首竟陷李希烈　　　白首(はくしゅ) 竟(つい)に陷る 李希烈(りきれつ)　　

希烈安能遽殺公　　　希烈(きれつ) 安(いずく)んぞ 能(よ)く 遽(にわか)かに 公を殺さん

宰相盧杞欺日月　　　宰相 盧杞(ろき) 日月(じつげつ)を欺く

亂臣賊子歸何處　　　乱臣 賊子 何れの処にか帰す

茫茫煙草中原土　　　茫々(ぼうぼう)たる煙草(えんそう) 中原の土

公死於今六百年　　　公死して 今に於(おい)て 六百年

忠精赫赫雷當天　　　忠精 赫々(かくかく)として 雷(らい) 天に当たる

 

【語釈】

平原…山東省北西境の徳州市を中心とする地方。顔真卿…ウィキペディア参照。以下、歴史の記述に寄るので、ウィキペディア参照。

 

 

 

 

 

◆    禁省類

 

玉階怨　　　　　  玉階怨(ぎょくかいえん)　　　　　　　　      唐　　李(り)　白(はく)　

 

玉階生白露　　　玉階に 白露生じ

夜久侵羅襪　　　夜 久しくして 羅襪(らべつ)を侵す

却下水精簾　　　水精の簾(れん)を 却下して

玲瓏望秋月　　　玲瓏(れいろう)として 秋月を望む

 

【語釈】

玉階怨 … 楽府題の一つ、宮女の物思いを詠んだもので、いわゆる閨怨詩の一つ。玉階 … 大理石や玉で作られた階段。夜久 … 夜が更けて。羅襪 … 薄絹の靴下。水晶簾 … 水晶の玉を連ねて作ったすだれ。却下 … 下ろす。玲瓏 … 冷たく冴さえて輝くさま。

（中国詩人選集８）

 

 

 

 

班婕�､　　　　    班婕�､(はんせんよ)　　　　　　　　　　   唐　　王(おう)　維(い)

 

怪來妝閣閉　　　怪しみ来たる 妝閣(しょうかく)の閉ずるを

朝下不相迎　　　朝(ちょう)より下りて　相(あい)迎(むか)えず

總向春園裏　　　総(すべ)て 春園の裏に 向(む)かいて

花間笑語聲　　　花間 笑語の声

 

【語釈】

班婕�､ … 班は姓、婕�､は女官名、漢の成帝の寵愛を得たが、後に寵を失って西宮（長信宮）に移された。來 … 助辞、意味はない。粧閣 … 化粧部屋。朝 … 朝廷。向 … 於いて。春園 … 春の園。花間 … 花の間。笑語 … 笑いさざめく。

（唐詩選）　　

 

 

春宮曲　　　          春宮曲(しゅんきゅうきょく)　 　　　　　　  唐 　王昌齡(おうしょうれい)

 

昨夜風開露井桃　　　昨夜 風に 開く 露(ろ)井(せい)の桃

未央前殿月輪高　　　未央(びおう)の前殿 月輪 高し

平陽歌舞新承寵　　　平陽の歌舞 新たに寵を承(う)け

簾外春寒賜錦袍　　　簾外(れんがい) 春 寒くして 錦袍(きんぽう)を賜う

 

【語釈】

春宮曲 … 楽府題、宮女の怨みを詠う。露井 … 屋根のない井戸。未央 … 未央宮、漢の宮殿で長安にあった。平陽 … 平陽公主、武帝の姉。錦袍 … 錦の上着、陣羽織の類。

（唐詩選）

 

西宮春怨　　　        西宮春怨(せいきゅうしゅんえん)　  　　　　    唐 　王昌齡(おうしょうれい)

 

西宮夜靜百花香　　　西宮 夜 静かにして 百花 香ばし

欲捲珠簾春恨長　　　珠(しゅ)簾(れん)を捲(ま)かんと欲して 春恨 長し

斜抱雲和深見月　　　斜めに 雲和(うんわ)を抱いて 深く 月を見れば

朦朧樹色隱昭陽　　　朦朧(もうろう)たる樹色 昭(しょう)陽(よう)を隠す

 

【語釈】

西宮春怨…楽府題、寵を失った宮女の怨みを詠う。西宮…長信宮、寵を失った班婕�､が移された宮殿。雲和…瑟の名。朦朧…おぼろげなるさま。昭陽…趙飛燕がいた宮殿。

（漢詩大系７）

 

 

清平調詞三首其一　　　清(せい)平調(へいちょう)詞(し)三首 其の一　　　唐　　李(り)　白(はく)

 

雲想衣裳花想容　　　雲には 衣装を想い 花には 容(かたち)を想う

春風拂檻露華濃　　　春風 檻(かん)を払って 露(ろ)華(か) 濃(こま)やかなり

若非羣玉山頭見　　　若(も)し 群(ぐん)玉山頭(ぎょくさんとう)に見る非(あら)ずんば

會向瑤臺月下逢　　　会(かなら)ず 瑶(よう)台(だい) 月下に向かって 逢わん

 

【語釈】

容…容貌。檻…宮中の手すり。露華…美しい露。郡玉山…西王母のすむ山、西王母のまわりにはたくさんの仙女がつかえている。瑤台…仙女のすみか。向…於いて。

（唐詩選）

 

清平調詞三首其二　　　清(せい)平調(へいちょう)詞(し)三首 其の二　　　唐　　李(り)　白(はく)

 

一枝濃艶露凝香　　　一枝の濃艷(のうえん) 露 香(こう)を凝(こ)らす

雲雨巫山枉斷腸　　　雲雨 巫山(ふざん) 枉(ま)げて断腸

借問漢宮誰得似　　　借問(しゃもん)す 漢宮 誰か似たるを得ん

可憐飛燕倚新妝　　　可憐の飛燕(ひえん) 新妝(しんしょう)に倚(よ)る

 

【語釈】

濃艶 … 牡丹の花のあでやかで美しい様子、貴妃の美しさに喩えたもの。露凝香 … 花に降りた露が花の香りを凝縮させている。雲雨巫山 … 宋玉の「高唐の賦」（『文選』巻十九）に見える故事を踏まえる。枉 … いたずらに。無駄なことをする。断腸 … 非常に悲しい様子。借問 … ちょっとお尋ねしますが。漢宮 …漢の後宮の美女の中で。誰得似 … いったい誰が貴妃に似ていたであろうか。飛燕 … 漢の趙飛燕のこと、卑賤の出だったが、妹とともに絶世の美女だった。新粧 … 化粧したての姿。倚 …たのみとする、自負する。

（唐詩選）

 

清平調詞三首其三　　　清(せい)平調(へいちょう)詞(し)三首 其の三　　　唐　　李(り)　白(はく)

 

名花傾國兩相歡　　　名花 傾国 両(ふた)つながら 相(あい)歓(よろこ)ぶ

長得君王帶笑看　　　長(とこしなえ)に得たり 君王の笑いを帯びて看るを

解釋春風無限恨　　　春風 限り無き恨みを 解釈して　

沈香亭北倚闌干　　　沈香亭(じんこうてい)北(ほく) 欄干に倚(よ)る

 

【語釈】

名花 …美しくて立派な花、眼前の牡丹の花を指す。傾国 … 君主が色香に迷い、自分の国を危うくするほどの絶世の美女のこと、ここでは貴妃を指す。春風無限恨 … 春風がもたらす限りない憂愁。解釈 … 解きほぐす。沈香亭 … 長安の興慶宮の中央、竜池の東にあった沈香の香木で作られたあずまや。倚 … （貴妃が）寄りかかる。

（唐詩選）

 

夜直　　　　  夜(や)直(ちょく)　　　　　　　　　　　　　   宋　　王安石(おうあんせき)

 

金爐香盡漏聲殘　　　　金(きん)炉(ろ)香尽きて漏声(ろうせい)残(ざん)す　

翦翦輕風陣陣寒　　　　翦々(せんせん)たる軽風(けいふう)　陣々(じんじん)として寒し　

春色惱人眠不得　　　　春色(しゅんしょく)人を悩まして眠り得ず　

月移花影上欄干　　　　月は花(か)影(えい)を移(うつ)して　欄干(らんかん)に上らしむ　

 

【語釈】

金爐…宮中のにある美しい金属製の香炉。香盡…香が燃え尽きる。漏声…水時計の水のしたたる音。「漏」は漏刻。残 … 音がかすかになる。翦翦…肌寒い風が吹く形容。軽風…そよ風。陣陣 …一陣の風ごとに。春色 … 春の景色。悩人 …人を物思いにふけさせる。眠不得 … 眠ろうとしても眠れない。移…位置を移す。花影 … 花の影。

 

（宋詩選注　１）（中国詩人選集二―４）

 

西宮秋怨 　　 西宮秋怨(せいきゅうしゅうえん)　　　　　　　　　　　  唐   王昌齡(おうしょうれい)

 

芙蓉不及美人粧　　　　芙蓉も及ばず美人の粧い

水殿風來珠翠香　　　　水殿　風来たって　珠(しゅ)翠(すい)香し

卻恨含情掩秋扇　　　　却って恨む情を含んで秋扇を掩い

空懸明月待君王　　　　空しく明月を懸けて君王を待たんとは

 

【語釈】

西宮…媵妾（そばめ）のいる室。秋怨…若い女性が秋の気配に感じてもの思いにふけること。芙蓉… はすの花。美人… 前漢の成帝の妃であった班婕�､(はんしょうよ)。水殿…池のほとりに建てた宮殿。珠翠…真珠や翡翠の髪飾り。秋扇… 秋の扇。扇は秋になれば用がなくなり棄てられるところから、寵を失った女性（班婕�､）に喩える。懸…月が中天に懸かっているさま。空懸明月…班婕�､の長門賦の「懸明月以自照」に基づく。

（唐詩選）

長信秋詞　　　長信(ちょうしん)秋(しゅう)詞(し)                        唐 　王昌齡(おうしょうれい)

 

真成薄命久尋思　　　真成に薄命　久しく尋(じん)思(し)す

夢見君王覺後疑　　　夢に君王に見(まみ)て 覚めて後 疑う

火照西宮知夜飲　　　火は 西宮を照らして 夜飲(やいん)を知る

分明複道奉恩時　　　分明なり 複(ふく)道(どう) 恩を奉ずる時

 

【語釈】

長信秋詞 … 楽府題。長信宮の秋の歌、長信宮に孤独な秋の夜を過ごす班婕�､(はんしょうよ)の嘆きを歌ったもの。真成 … ほんとうに。薄命 … 不幸せなこと。尋思 … いろいろ考えること。西宮 … 長信宮。夜飲 … 夜の酒宴。分明 … ありありと、はっきりとしていること。複道 … 上下二層の渡り廊下。宮殿と宮殿とをつなぎ、上層は天子、下層は臣下が通った。奉恩時 … 天子の寵愛を受けるとき。

（唐詩選）

 

 

 

早入皇城贈王留守僕射　　　　　　　　　　　　　  唐 　白(はく)居(きょ)易(い)

　　　　　早(つと)に皇城に入りて王(おう)留守(りゅうしゅ)僕(ぼく)射(や)に贈る

 

津頭殘月曉沈沈　　　津頭(しんとう)の残月 曉(あかつき) 沈々

風露淒清禁署深　　　風露 淒(せい)清(せい)として 禁(きん)署(しょ) 深し

城柳宮槐謾搖落　　　城(じょう)柳(りゅう) 宮槐(きゅうかい) 謾(みだり)に搖落(ようらく)するも

悲愁不到貴人心　　　悲愁は到らず 貴人の心

 

【語釈】

王留守僕射…王起、当時、僕射で東都留守であった。津頭…渡し場、洛陽の洛水にかかる天津橋ともいう。沈沈…静まりひっそりとしたさま。淒清…ひっそりと静まりかえっているさま。禁署…宮中の官庁。城柳…城内の柳。宮槐…宮廷のエンジュ。謾…むやみやたらに。搖落…秋になり葉が落ちる。

 

 

宮詞　　　　　宮詞　　　　　　　　　　　　　　  宋 　劉克莊(りゅうこくそう)

 

先帝宮人總道粧　　　先帝の宮人 総(すべ)て道粧(どうそう)

遥瞻陵柏淚成行　　　遥(はる)かに 陵(りょう)柏(はく)を瞻(み)て 淚 行(こう)を成す

舊恩恰似薔薇水　　　旧恩 恰(あたか)も似たり 薔薇(しょうび)水(すい)に

滴在羅衣到死香　　　滴(したた)って 羅(ら)衣(い)に在ありて 死に到るまで香(かんば)し

 

【語釈】

宮人…後宮の人。道粧…道教の服を着る、尼となること。瞻…遠くを見る。陵柏…陵に植えられた柏木。薔薇水…薔薇の香水。羅衣…薄物の衣。

 

 

秋詞　　　    秋詞　　　　　　　　　　　　　    元 　 薩都剌(さつとら)

 

清夜宮車出建章　　　清夜 宮車 建(けん)章(しょう)を出ず

紫衣小隊兩三行　　　紫(し)衣(い)の小隊 両三行

石闌干畔銀燈過　　　石闌(せきらん)干(かん)畔(はん)　銀灯過ぐ

照見芙蓉葉上霜　　　照らし見る 芙蓉 葉上(ようじょう)の霜　

 

【語釈】

建章…漢の建章宮、ここでは元の宮殿。紫衣小隊…天子の左右に侍する者。

　

 

宮詞　　　    宮詞　　　　　　　　　　　　　　  明　　王(おう)　蒙(もう)

 

南風吹㫁采蓮歌　　　南風 吹断(すいだん)す 采(さい)蓮(れん)の歌

夜雨新添太液波　　　夜雨 新たに添う 太(たい)液(えき)の波

水殿雲廊三十六　　　水殿 雲廊 三十六

不知何處月明多　　　知らず 何れの処か 月明多き

 

【語釈】

采蓮歌…歌の名、蓮を取る時に歌った物。太液…太液池、宮殿中の池の名。三十六…数の多いこと。

 

 

西宮怨　　　　西宮怨(せいきゅうえん)　　　　　　　　　　　     明　　王(おう)世(せい)貞(てい)

 

點點蓮花漏未央　　　点々たる蓮(れん)花(げ) 漏(ろう) 未だ央ばならず

乍寒如水透羅裳　　　乍寒(さくかん) 水の如く 羅(ら)裳(しょう)を透(とお)す

誰憐金井梧桐露　　　誰か 憐(あわれ)む 金井(きんせい) 梧桐(ごとう)の露

一夜鴛鴦瓦上霜　　　一夜 鴛鴦(えんおう) 瓦上(がじょう)の霜

 

【語釈】

西宮…そばめのいる室。點點…一点一点。蓮花…蓮花の形をした水時計。漏未央…水時計が夜半でないことを言う。乍寒…急な寒さ。羅裳…薄絹の衣。金井…秋の井戸。梧桐…あおぎり。

 

 

春宿左省　　　春 左省に宿す　　　　　　　　　　 唐　　杜(と)　甫(ほ)

 

花隱掖垣暮　　　花は隠(かく)る 掖(えき)垣(えん)の暮(くれ)

啾啾棲鳥過　　　啾々(しゅうしゅう)として 棲(せい)鳥(ちょう) 過ぐ

星臨萬戸動　　　星は万戸に臨みて動き　

月傍九霄多　　　月は九霄(きゅうしょう)に傍(そ)いて多し

不寢聽金鑰　　　寝(い)ねずして 金(きん)鑰(やく)を聴き

因風想玉珂　　　風に因(よ)りて玉珂(ぎょくか)を想う

明朝有封事　　　明朝 封事(ほうじ) 有り

數問夜如何　　　数々(しばしば)問う 夜 如何(いかん)と

 

【語釈】

花隠…隠はその形のみえなくなること。掖垣…宮側のかき。啾啾…鳥のなくさま。棲鳥…ねぐらにとまらんとする鳥。星…星のきらめき光をいう。万戸…宮殿の多くの戸。月…月光をいう。傍…近づく意。九霄…九重のそら、宮中の天をいう。金鑰…闔殿の門を開ける錠前のきしこみの鍵でこれを差し入れて開ける。因風…風が珂声をつたえて来ることを想う。玉珂…珂は貝の類をもってつくった馬の飾り、その数は官位によって等級がある、これは玉珂とあるので玉でつくったものであろう、他の臣僚についていう。封事…袋に収めた密封の上書である。夜如何…夜の時刻いかに、天の明けてくることをきづかう気持ちをいうのである。

（漢詩大系９）

 

 

 

奉和聖製從蓬萊向興慶閣道中留春雨中春望之作應制　唐　　王(おう)　維(い)

「聖製 蓬萊(ほうらい)従(よ)り興慶(こうけい)に向う閣(かく)道中(どうちゅう)の留(りゅう)春(しゅん)雨中(うちゅう)春望の作」に奉(ほう)和(わ)す 応制(おうせい)

 

渭水自縈秦塞曲　　　渭水は 自(おの)ずから 秦(しん)塞(さい)を縈(めぐ)って 曲がり

黄山舊繞漢宮斜　　　黄山は 旧(も)と 漢宮を 繞(めぐ)って 斜めなり

鸞輿迥出千門柳　　　鸞(らん)輿(よ) 迥(はる)かに出ず　千門の柳

閣道廻看上苑花　　　閣(かく)道(どう) 廻(めぐ)り看る　上苑(じょうえん)の花

雲裏帝城雙鳳闕　　　雲(うん)裏(り)の帝城 双鳳(そうほう)の闕(けつ)

雨中春樹萬人家　　　雨中の春樹 万人の家

爲乘陽氣行時令　　　陽気に乗じて 時令(じれい)を行わんが為にして

不是宸遊翫物華　　　是(こ)れ 宸遊(しんゆう)の 物(ぶつ)華(か)を翫(もてあそ)ぶにはあらず

 

【語釈】

聖製 … 天子の作られた詩歌。蓬萊 … 宮殿の名、大明宮の別名。興慶 … 宮殿の名、興慶宮。閣道 … 高架の廊下、二階造りの渡り廊下、上を皇帝が通り、下を臣下が通る。留春 … 小宮殿の名、留春閣。「去りゆく春を惜しむ」とする解釈もある。雨中春望 … 春雨にけぶる屋外の風景を望む。応制 … 天子の命令によって作った詩文。渭水 … 黄河最大の支流、咸陽、長安の前を流れる。縈 … めぐる。秦塞 … 昔の秦の国、とくにその都だった咸陽を指す。黄山 … 長安の西北、今の興平の近くにある山。漢の恵帝がここに黄山宮を建てた。旧 … 昔のまま。繞 … とりまく。漢宮 … 黄山宮のこと。斜 … 斜面を見せている。鑾輿 … 天子の乗る車。千門 … 建章宮の門。迥…遙かに。上苑 … 上林苑、ここでは唐の御苑を指す。双鳳闕 … 一対の鳳凰を飾りつけた宮城の門、建章宮の東にあった。陽気 … 春の気。行時令 … 時節に応じた良い政を行う。宸遊 …行幸。物華 … 時節のすぐれた景色。

（唐詩選）

 

 

 

早朝大明宮呈両省僚友　　　　　　　　　　　　　　唐　　賈(か)　至(し)

　　　　　早(つと)に大明宮(だいめいきゅう)に朝(ちょう)し両省の僚友に呈(てい)す

 

銀燭朝天紫陌長　　　銀燭 天に朝(ちょう)して 紫陌(しはく) 長し

禁城春色暁蒼蒼　　　禁城の春色　暁(あかつき)に蒼々(そうそう)たり

千條弱柳垂青瑣　　　千条の弱柳は 青瑣(せいさ)に垂れ

百囀流鶯繞建章　　　百囀(ひゃくてん)の流(りゅう)鶯(おう)は 建(けん)章(しょう)を繞(めぐ)る

劍佩聲髄玉墀歩　　　剣佩(けんぱい)の声は 玉墀(ぎょくへい)の歩(ほ)に随い

衣冠身惹御爐香　　　衣冠の身は 御炉の香を惹(ひ)けり

共沐恩波鳳池上　　　共に恩波(おんぱ)に沐す 鳳(ほう)池(ち)の上(ほとり)

朝朝染翰侍君王　　　朝々(ちょうちょう) 翰(ふで)を染めて君(くん)王(のう)に侍す

 

【語釈】

銀燭…銀製の燭台。熏朝　　夜明けまで燃え続けるさま。紫陌…都大路。禁城…宮城。春色…春景色。蒼蒼…明けがたのまだ薄暗いさま。千条　何千という筋。弱柳…細い柳の枝。青瑣…青く塗った門の窓、春明門。百囀…鳥などがさまざまにさえずること。流鶯…鶯が枝々を飛びわたること。建章…建章宮。剣佩…腰にさげた剣や佩玉。玉墀…玉をしきつめた床。衣冠…天子から賜った制服と冠。惹御爐香…みかどの香炉にくゆらす香りがこもる。沐…恵みを受ける。恩波…天子の恵みの波。鳳池…鳳凰池、大明宮の大掖池のこと、鳳池上は中書省をいう。朝朝…朝毎のこと。染翰…翰は筆を執ること。

（唐詩選）

 

 

 

長恨歌 　　　 長恨歌(ちょうごんか)　　　　　　　　　　　　　  唐　　白(はく)居(きょ)易(い)

 

（第一段）

漢皇重色思傾國　　　漢(かん)皇(こう) 色を重んじて 傾国(けいこく)を思う

御宇多年求不得　　　御宇(ぎょう) 多年 求むれども得ず

楊家有女初長成      楊家(ようか)に女(じょ)有り 初めて長成す

養在深閨人未識     養われて 深閨(しんけい)に在り 人 未だ識らず

天生麗質難自棄     天生の麗質(れいしつ) 自ら棄(す)て難く

一朝選在君王側　　　一朝 選ばれて 君王の側(かたわら)に在り

回眸一笑百媚生　　　眸を迴(めぐら)らして 一笑すれば 百(ひゃく)媚(び)生ず

六宮粉黛無顏色　　　六宮(りくぎゅう)の粉黛(ふんたい)は 顔色無し

春寒賜浴華清池      春寒くして 浴(よく)を賜う 華(か)清(せい)の池

溫泉水滑洗凝脂　　　温泉 水 滑(なめ)らかにして 凝(ぎょう)脂(し)を洗う

待兒扶起嬌無力　　　侍児(じじ) 扶(たす)け起こせば 嬌(きょう)として 力無し

始是新承恩澤時　　　始めて 是れ 新たに 恩沢(おんたく)を承(う)けし時

雲鬢花顏金步搖　　　雲(うん)鬢(びん) 花(か)顔(がん) 金歩揺(きんぽよう)

芙蓉帳暖度春宵      芙蓉(ふよう)の帳(とばり) 暖かにして 春宵(しゅんしょう)を度(わた)る

春宵苦短日高起　　　春宵(しゅんしょう) 短きに苦しみ 日高くして 起き

從此君王不早朝　　　此れより 君王 早朝(そうちょう)せず

承歡侍宴無閑暇　　　歓(かん)を承(う)け 宴に侍し 閑暇(かんか) 無く

春從春遊夜專夜　　　春は 春(しゅん)遊(ゆう)び従い 夜は 夜を専(もっぱ)らにす

後宮佳麗三千人      後宮の佳麗(かれい) 三千人

三千寵愛在一身　　　三千の寵愛 一身に在り

金屋妝成嬌侍夜　　　金屋 粧(よそおい)い成って 嬌(きょう)として　夜に侍し

玉樓宴罷醉和春　　　玉楼 宴(えん) 罷(や)んで 酔うて 春に和す

姊妹弟兄皆列土　　　姉妹(しまい)弟(てい)兄(けい) 皆 土(ど) を列(れっ)し

可憐光彩生門戸　　　憐(あわれ)む可(べ)し 光彩の 門戸に生ずるを

遂令天下父母心      遂に 天下の父母の心をして

不重生男重生女　　　男を生むを重んぜず 女を生むを重んぜしむ

驪宮高處入青雲　　　驪宮(りきゅう) 高き処 青雲に入り

仙樂風飄處處聞　　　仙楽 風に飄(ひるがえ)って 処々に聞こゆ

緩歌慢舞凝絲竹　　　緩歌(かんか) 慢(まん)舞(ぶ) 糸竹を凝らし

盡日君王看不足　　　尽日(じんじつ) 君王 看れども 足らず

 

【語釈】

漢皇…漢の武帝が李夫人を寵愛した故事をふまえるが、暗に唐の玄宗のことを指す。傾国…絶世の美人。御宇…治世。楊家有女…蜀州の官吏・楊玄琰の娘・楊玉環、後の楊貴妃。長成…大人になる。深閨…深い部屋。天生麗質…生まれついての美貌。自…もともと。一朝…ある日突然に。百媚生…なまめかしさがあふれること。六宮…後宮、六つの宮殿があった。粉黛…化粧をこらした美女。無顔色…楊貴妃と比べて他の女たちは形無しとなったの意。賜浴…皇帝が楊貴妃に、温泉に入ることをお許しになった。華清池…長安の東驪山（りざん）にあった離宮の名、「池」は温泉。凝脂…白く凝り固まった脂肪、美人の肌のたとえ。侍児…侍女。嬌…あでやか・なまめかしいこと。恩沢　天子の寵愛。雲鬢…雲のように豊かな髪の毛。花顔…花のように美しい顔。金歩揺…金の髪飾り。歩くたびに揺れたのでこう言う。芙蓉帳…蓮の花を刺繍した寝室のカーテン。春宵…春の夜。春宵苦短…春の夜が短いのであっという間に朝が来て、寝過ごしてしまうこと。早朝…朝の政。承歓…皇帝の楽しみに自分の気持ちをあわせ、ご機嫌を取ること。侍宴…宴や遊びの席にお供する。無閑暇…片時の暇もなく天子のお側に侍っている。夜専夜…夜は夜毎一晩中、天子のお相手をする。　佳麗…美女。金屋…黄金の御殿。漢の武帝の故事による。玉楼…玉の楼台。和春…酔い心地が春の空気に溶け込んでいく。姉妹弟兄…楊貴妃の姉妹兄弟たち。列土…諸侯となり土地を領有する。はとこの楊国忠は宰相にまでなった。可憐…深い感動をあらわす言葉、「ああ」。　門戸…一族。驪宮…長安の東驪山の離宮、華清宮。仙楽…仙人の世界の音楽。緩歌…ゆるやかな歌。慢舞…静かな舞。凝糸竹…弦楽器と管楽器の音色が溶け合う。尽日…一日中。　

 

（第二段）

 

漁陽鞞鼓動地來　　　漁(ぎょ)陽(よう)の鼙(へい)鼓(こ) 地を動かして来たり

驚破霓裳羽衣曲　　　驚破(けいは)す 霓(げい)裳(しょう)羽衣(うい)の曲(きょく)

九重城闕煙塵生　　  九重(きゅうちょう)の城闕(じょうけつ) 煙塵生じ

千乘萬騎西南行      千乗万騎(せんじょうばんき) 西南に行く

翠華搖搖行復止      翠(すい)華(か) 揺々(ようよう)として 行き復(ま)た止まる

西出都門百餘里　　　西のかた 都門を出づること 百余里

六軍不發無奈何　　　六(りく)軍(ぐん) 発せず 奈何(いかん)するともする無し

宛轉蛾眉馬前死　　　宛転(えんてん)たる蛾(が)眉(び) 馬前に死す

花鈿委地無人收　　　花鈿(かでん) 地に委(す)てられて 人の収むる 無し

翠翹金雀玉搔頭　　　翠翹(すいぎょう) 金(きん)雀(じゃく) 玉搔頭(ぎょくそうとう)

君王掩面救不得　　　君王 面を掩いて　救い得ず

回看血淚相和流　　　迴(かえ)り看れば血涙 相い和して流る

黃埃散漫風蕭索　　　黄埃(こうじん) 散漫(さんまん)として 風 蕭索(しょうさく)

雲棧縈紆登劒閣　　　雲(うん)桟(さん) 縈紆(えいう) 剣閣(けんかく)に登る

峨嵋山下少人行　　　峨(が)眉(び)山下(さんか) 人行 少(まれ)なり

旌旗無光日色薄　　　旌旗(せいき) 光 無く 日(じっ)色(しょく) 薄し

蜀江水碧蜀山青　　　蜀江は水 碧(みどり)にして 蜀山は青し

聖主朝朝暮暮情　　　聖主 朝(ちょう)々(ちょう)暮(ぼ)々(ぼ)の情

行宮見月傷心色　　　行宮(あんぐう)に月を見れば 傷心の色

夜雨聞鈴腸斷聲　　　夜(や)雨(う)に鈴を聞けば 腸断の声

 

【語釈】

漁陽鼙鼓動地来…節度使安禄山が任地漁陽（北京の東）で謀反を起こし、南下したこと、「鼙鼓」は馬上で打ち鳴らす太鼓、「動地来」は大地をゆさぶって襲い来ること。驚破　驚かし、打ち砕く。霓裳羽衣曲　唐代の楽曲の名。九重城闕…天子の居城、九つの門を置いたことから。　千乗万騎…天子の隊列。西南行…玄宗一行が長安を脱出し、成都に難を逃れたことを指す。翠華…カワセミの羽飾りをつけた旗で、天子のしるし。揺揺　ゆらゆらするさま。西出都門百余里…長安の西百余里のところに馬嵬の駅があった。六軍　天子の軍隊。不発…出発しない、陳玄礼の率いる軍隊は、楊国忠と一族を殺害し、楊貴妃の死刑を要求した。玄宗は仕方なく楊貴妃に死を賜い、宦官高力士が仏堂の前の梨の木の下で絞殺した。宛転…すんなりと美しい形をしている。蛾眉　蛾の細い触覚のような眉をした美人。馬前死…玄宗皇帝が兵士たちの要求を容れて楊貴妃に死を賜ったことをいう。花鈿…螺鈿づくりの花のかんざし。翠翹…かわせみの羽をかたどった髪飾り。金雀…孔雀の形をかたどった金の髪飾り。玉搔頭…玉のかんざし。

 

第三段

 

天旋日轉回龍馭　　　天 旋(めぐ)り 日 転じて 竜馭(りゅうぎょ)を回(かえ)し

到此躊躇不能去　　　此(ここ)に到りて 躊躇(ちゅうちょ)して 去る能(あた)わず

馬嵬坡下泥土中　　　馬嵬坡下(ばかいはか) 泥土(でいど)の中(うち)

不見玉顏空死處　　　玉(ぎょく)顔(がん)を見ず 空しく 死せし処

君臣相顧盡霑衣　　　君臣 相顧みて 尽(ことごと)く衣を霑(うるお)し

東望都門信馬歸　　　東のかた 都門を望み 馬に信(まか)せて帰る

歸來池苑皆依舊　　　帰り来たれば 池(ち)苑(えん) 皆 旧に依(よ)る

太液芙蓉未央柳　　　太(たい)液(えき)の芙蓉 未央(びおう)の柳

芙蓉如面柳如眉　　　芙蓉は面の如く 柳は眉の如し

對此如何不淚垂　　　此(これ)に対して 如何(いかん)ぞ 涙の垂れざらん

春風桃李花開夜　　　春風(しゅんぷう) 桃(とう)李(り) 花 開く日

秋雨梧桐葉落時　　　秋雨(しゅうう) 梧桐(ごとう) 葉 落つる時

西宮南苑多秋草　　　西宮(せいきゅう)南苑(なんえん) 秋草 多し

宮葉滿階紅不埽　　　落葉　階に満ちて 紅(くれない) 掃(はら)わず

棃園弟子白髮新　　　梨園(りえん)の弟子(ていし) 白髪 新たに

椒房阿監青娥老　　　椒房(しゅくぼう)の阿監(あらん) 青娥(せいが) 老ゆ

夕殿螢飛思悄然　　　夕(せき)殿(でん) 蛍 飛んで 思い 悄然(しょうぜん)

孤燈挑盡未成眠　　　孤灯 挑(かか)げ尽して 未だ眠りを成さず

遲遲鐘鼓初長夜　　　遅々(ちち)たる鐘鼓 初めて長き夜

耿耿星河欲曙天　　　耿々(こうこう)たる星(せい)河(か) 曙(あ)けんと欲する天

鴛鴦瓦冷霜華重　　　鴛鴦(えんおう)瓦(が) 冷ややかに 霜(そう)華(か) 重く

翡翠衾寒誰與共　　　翡翠(ひすい)衾(きん) 寒くして 誰と与(とも)に 共(とも)にせん

悠悠生死別經年　　　悠々(ゆうゆう)たる生死 別れて 年を経たり

魂魄不曾來入夢　　　魂魄(こんぱく) 曽て来りて 夢に入(い)らず

 

【語釈】

天旋日転…天下の情勢が大きく変わったことを指す。757年粛宗は長安を奪還した。迴竜馭…玄宗皇帝が長安に戻ることを指す、「竜馭」は天子の乗り物。此…楊貴妃が殺された馬嵬駅。馬嵬坡下…馬嵬 の坂道の下。玉顔…楊貴妃の美しい顔。池苑…宮中の池と苑。依旧…昔のまま。太液…宮中の池の名、太液池。未央…宮殿の名。梧桐…アオギリ。西宮南内…西宮は長安の宮城、南内は興慶宮。玄宗は蜀がもどってしばらくは興慶宮にいたが上元元（760年）、西宮に移された。階…宮殿のきざはし。梨園弟子…「梨園」は玄宗が皇帝であったときに組織した楽団、弟子はその構成員。白髪新…白髪が急に目立つようになった。椒房…皇后の居室。阿監…取り締まり役の女官。青娥…若々しい眉。夕殿…夜の宮殿。悄然…哀しみに暮れるさま。孤灯…たった一つのともし火。挑尽…ともし火を何度もかきたて、かきたて尽くすこと。遅遅鐘鼓…時間が進むのが遅く感じられるさま。「鐘鼓」は時刻を告げる鐘や太鼓。耿耿…光り輝くさま。星河…天の川。鴛鴦瓦…オシドリをかたどった瓦。霜花…霜を花にたとえる。翡翠衾…カワセミの羽を刺繍したかけ布団。鴛鴦も翡翠も夫婦の暗示。悠悠…遠く離れているさま。魂魄　楊貴妃の魂。

 

 

（第四段）

　　

臨邛道士鴻都客　　　臨邛(りんこう)の道士 鴻(こう)都(と)の客(かく)

能以精誠致魂魄　　　能(よ)く 精(せい)誠(せい)を以て 魂魄(こんぱく)を致す

爲感君王展轉思　　　君王の展転(てんてん)の思いを感ずるが為に

遂教方士殷勤覓　　　遂(つい)に 方士(ほうし)をして 殷(いん)勤(ぎん)に覓(もと)めしむ　　

排空馭氣奔如電　　　空(くう)を排し 気を馭(ぎょ)して 奔(はし)ること電(いなずま)の如く

升天入地求之徧　　　天に昇り 地に入って 之を求むること 遍(あまね)し　　

上窮碧落下黃泉　　　上(かみ)は碧落(けきらく)を窮め 下(しも)は黄泉

兩處茫茫皆不見　　　両処 茫々(ぼうぼう)として 皆 見えず

忽聞海上有仙山　　　忽(たちま)ち聞く 海上に 仙山 有り

山在虛無縹緲間　　　山は 虚無縹緲(きょむひょうびょう)の間(かん)に 在りと

樓閣玲瓏五雲起　　　楼閣は 玲瓏(れいろう)として 五雲起こり

其中綽約多仙子　　　其の中(うち)　綽(しゃく)約(やく)として 仙子 多し

中有一人字太真　　　中に一人(いちにん)有り 字は太(たい)真(しん)

雪膚花貌參差是　　　雪(せっ)膚(ぷ) 花貌(かぼう) 参差(さんし)として是(これ)ならん

金闕西廂叩玉扃　　　金闕(きんけつ)の西廂(さいしょう)に 玉扃(ぎょくけい)を叩き

轉教小玉報雙成　　　転じて 小玉(しょうぎょく)をして 双成(そうせい)に報ぜしむ

聞道漢家天子使　　　聞道(きくなら)く 漢家 天子の使いなりと

九華帳裏夢魂驚　　　九(きゅう)華(か)帳(ちょう)裏(り) 夢(む)魂(こん) 驚く

攬衣推枕起裴回　　　衣を攬(と)り 枕を推(お)して 起(た)ちて 徘徊(はいかい)す

珠箔銀屏邐迤開　　　珠(しゅ)箔(はく) 銀屛(ぎんぺい) 邐迤(りい)として開く

雲鬢半偏新睡覺　　　雲(うん)鬢(びん) 半(なか)ば 偏(かたよ)りて 新たに 睡り覚め

花冠不整下堂來　　　花冠 整えず 堂を下りて来る

風吹仙袂飄颻舉　　　風は 仙(せん)袂(けつ)を吹いて 飄颻(ひょうひょう)として挙(あが)り

猶似霓裳羽衣舞　　　猶(な)お 霓(げい)裳(しょう)羽衣(うい)の舞に 似たり　

玉容寂莫淚闌干　　　玉(ぎょく)容(よう) 寂寞(せきばく)として涙 闌(らん)干(かん)たり

棃花一枝春帶雨　　　梨花(りか) 一枝(いっし) 春雨(しゅんう)を帯ぶ

含情凝睇謝君王　　　情を含み 睇(ひとみ)を凝(こ)らして 君王に謝す

一別音容兩渺茫　　　一別(いちべつ) 音容(おんよう) 両(ふた)つながら渺茫(びょうぼう)

昭陽殿裏恩愛絶　　　昭(しょう)陽(よう)殿(でん)裏(り)　恩愛(おんあい) 絶え

蓬萊宮中日月長　　　蓬萊(ほうらい)宮中(きゅうちゅう) 日月(じつげつ) 長し

回頭下望人寰處　　　頭(こうべ)を迴(めぐ)らして 下(しも) 人寰(じんかん)を望む処

不見長安見塵霧　　　長安を見ずして 塵(じん)霧(む)を見る

唯將舊物表深情　　　唯(た)だ 旧物(きゅうぶつ)を 将(も)って 深情を表わし

鈿合金釵寄將去　　　鈿合(てんごう) 金釵(きんさ) 寄せ将(も)ち去らしむ

釵留一股合一扇　　　釵(さい)は一(いっ)股(そう)を留め 合(ごう)は一(いっ)扇(せん)

釵擘黃金合分鈿　　　釵(さい)は黄金を擘(つんざく)き 合は鈿(でん)を分つ　　

但教心似金鈿堅　　　但(た)だ 心をして 金鈿(きんでん)の堅きに 似しめば

天上人間會相見　　　天上 人間 会(かなら)ず 相(あい)見(み)えん

臨別殷勤重寄詞　　　別れに臨(のぞ)んで 殷勤に 重ねて 詞(ことば)を寄す

詞中有誓兩心知　　　詞(し)中に誓い有り 両心のみ知る

七月七日長生殿　　　七月七日 長生殿

夜半無人私語時　　　夜半 人無く 私語の時

在天願作比翼鳥      天に在りては 願はくは 比翼(ひよく)の鳥となり

在地願爲連理枝　　　地に在りては 願はくは 連理(れんり)の枝と為らんと

天長地久有時盡      天 長く 地 久しきも 時有って尽く

此恨緜緜無絶期　　　此(こ)の恨みは 綿々(めんめん)として 絶ゆる期 無し

 

【語釈】

臨邛…四川省の地名。道士…神仙の術を会得した修験者。鴻都…長安。　精誠…精神の集中。致魂魄…死者の魂を招く。展転思…楊貴妃を想って鬱々とし、夜も眠れないほどの思い。方士…方術をよくする者。殷勤…丁寧に。排空…空をかきわけて。馭気…大気に乗って。碧落…大空。黄泉…死者の国。茫茫…限りなく広がっているさま。忽聞…ふと聞きつける。虚無縹緲間…何も無い、遠くぼんやりしたあたり。玲瓏…明るく光り輝くさま。五雲…五色の雲。綽約…しなやか。たおやか。　仙子…仙女。太真…玄宗皇帝は楊貴妃がすでに息子のもとに嫁いでいたのを強引に奪って後宮に入れた。しかし人目をはばかるため、楊貴妃を道士として太真と名乗らせた。それをふまえ、太真という名によって楊貴妃の霊であることを示す。雪膚…雪のような肌。花貌…花のように美しい顔。参差是…どうやらそれらしい。金闕…黄金の宮殿。　西廂…西側の棟。玉扃…玉の門。転…伝えて取次をする。小玉・双成　太真の侍女の名、「小玉」は呉王夫差の娘、「双成」は伝説上の仙女。　聞道…聞けば〜ということだ。九華帳裏…さまざまな花模様を刺繍したカーテンで閉ざされた部屋の内で。夢魂驚…夢から覚める。徘徊…　行きつ戻りつすること。珠箔…真珠のすだれ。銀屛…銀の屏風。邐迤…いくつも続くさま。雲鬢…雲のように見事な髪。半偏…髪の毛が半ば崩れているさま。花冠…花の冠。仙袂…仙女の衣のたもと。飄颻…ひるがえる様。霓裳羽衣…唐代の楽曲の名。玉容…美しい顔。寂寞…寂しげであること。闌干…涙がとめどなく流れるさま。含情…思いをこめ。一別…お別れして以来。音容…声と姿。渺茫…はるかにかすかなさま。昭陽殿…漢の成帝が趙飛燕姉妹を住まわせた御殿、ここでは楊貴妃が住んだ御殿。蓬萊宮…海上の仙山にある宮殿。人寰…人間世界。旧物…思い出の品。鈿合…螺鈿細工の小箱。金釵…金のかんざし。釵留一股合一扇…かんざしは二つに折ってその一方を、箱は蓋と身の一方を手元に留める。金鈿堅　金や螺鈿のような堅さ。両心知…玄宗と楊貴妃の二人の心だけ。長生殿…華清宮にあった宮殿の名。私語…ひそかに言った。比翼鳥…雌雄ひとつがいで、いつも仲良く飛ぶ鳥。連理枝…幹が二本で枝が一本につながった木。愛し合う男女のたとえ。恨…悲しみ。綿綿…長く続いて絶えないさま。　

　

http://www5a.biglobe.ne.jp/~shici/r25.htm

 

 

◆    閨閣類

 

子夜春歌　　　子(し)夜(や)の春歌(しゅんか)　　　　　　　　　　　　唐　　郭(かく)　震(しん)

 

陌頭楊柳枝　　　陌頭(はくとう) 楊柳の枝

已被春風吹　　　已に 春風に吹かる

妾心正斷絶　　　妾(しょう)が心 正に断絶

君懷那得知　　　君が懐(おもい) 那(な)んぞ　知ることを得ん

 

【語釈】

子夜 … 子夜は元女性の名、子夜のうたった歌の曲に合わせて、後世の詩人が作ったかえ歌。陌頭 … 道ばた。楊柳 … やなぎ。被…受け身を示す助字。妾 … 女性の一人称代名詞、わらわ。懐い … 胸のうち。

（唐詩選）

 

 

 

閨怨詞　　　　閨怨(けいえん)の詞(し)　　　　　　　　　　　　　唐　　白(はく)居(きょ)易(い)

 

珠箔籠寒月　　　珠(しゅ)箔(はく) 寒月を籠(こ)め

紗窗背曉燈　　　紗(しゃ)窓(そう) 曉(ぎょう)灯(とう)に背(そむ)く

夜來巾上淚　　　夜来(やらい) 巾上(きんじょう)の淚

一半是春冰　　　一半 是れ 春(しゅん)氷(ぴょう)

 

【語釈】

珠箔…珠のすだれ。籠…覆い被さる。紗窗…薄絹のカーテンをした窓。曉燈…曉の灯火。背…背を向ける。夜來…夜通し。巾…ハンカチ。一半…半分

 

 

同洛陽李少府觀永樂公主入蕃　　　　　　　　　　  唐　　孫(そん)　逖(てき)

　　　　　洛陽の李(り)少府(しょうふ)と同じく永楽(えいらく)公(こう)主(しゅ)の蕃(ばん)に入るを観(み)る　

 

邊地鶯花少　　　辺地(へんち) 鶯(おう)花(か) 少(まれ)なり

年來未覺新　　　年 来たれども 未だ 新たなるを 覚えず

美人天上落　　　美人 天上より落つ

龍塞始應春　　　龍(りゅう)塞(さい) 始めて 応(まさ)に 春なるべし

 

【語釈】

少府 … 県尉の雅称、県の警察事務を司る職。永楽公主 … 公主は天子の娘。唐の宗室の外甥にあたる楊元嗣の娘を天子の養女として契丹に降嫁させたので、これに与えた称号。蕃 … 契丹という意味と、野蛮人の部落という意味がある。鶯花 … うぐいすと花、春らしい景色のこと。年 … 新しい年。美人 … 永楽公主を指す。天上 … ここでは唐の帝室を天上にたとえている。竜塞 … 辺地のとりで。竜城のこと。

（唐詩選）

怨情 　　　　 怨(えん)情(じょう)　　　　　　　　　　　　　　 唐　　李(り)　白(はく)

 

美人捲珠簾　　　美人 珠(しゅ)簾(れん)を捲(ま)き

深坐顰蛾眉　　　深く坐して 蛾(が)眉(び)を顰(ひそ)む

但見淚痕濕　　　但だ 見る 淚(らい)痕(こん)の湿(うるお)うを

不知心恨誰　　　知らず 心 誰をか恨む

 

【語釈】

怨情…樂府題、天子の寵愛を失った宮女を詠う。珠簾 … 真珠で飾ったすだれ。簾…捲き上げる。深坐 … すだれの奥深くひっそりと坐っている。蛾眉 … 蛾の触角のような、三日月形の美しい女性の眉。顰… 眉間にしわをよせて愁いの表情をする。不知心恨誰 … いったい心のなかで誰を恨んでいるのか。

（唐詩選）

 

 

春怨　　　　  春怨(しゅんえん)　　　　　　　　　　　　　   唐 　金(きん)昌(しょう)緒(ちょ)

 

打起黃鶯兒　　　黃鶯兒(こうおうじ)を打(だ)起(き)して

莫教枝上啼　　　枝上(しじょう)に 啼(な)かしむ莫(な)かれ

啼時驚妾夢　　　啼く時 妾(しょう)の夢を驚かして

不得到遼西　　　遼(りょう)西(せい)に到ることを 得ざらしむ

 

【語釈】

春怨…若い女性が春の気配に感じてもの思いにふけること。妾…女性の自称、わらわ。　遼西…遼河の西方、遼寧省の錦州市、朝陽市等から河北省東北部から北京市へ至る地域、作者の夫は、ここに出征している。

（唐詩三百首）

 

無題　　　　　無題　　　　　　　　　　　　　　  清　 朱彞尊　　　　　

 

織女牽牛匹　　　織女は 牽牛の匹(ひつ)

姮娥后羿妻　　　姮娥(こうが)は 后羿(こうげい)の妻

神人猶薄命　　　神人すら 猶(な)お 薄命

嫁娶不須啼　　　嫁娶(かしゅ) 啼(な)くを 須(もち)いず

 

【語釈】

匹…配偶者。姮娥…常娥 … 『淮南子』に見える伝説上の女性、弓の名人であった夫の羿が西王母からもらった不死の薬を盗んで飲み、月に逃げて月の精せいになったという、嫦娥ともいう。后羿…妻に乱暴であったという。神人…神と称せられる人。嫁娶…嫁となり、娶る側となる。

 

 

閨怨 　　　　 閨怨(けいえん)　　　　　　　　　　　　　　  唐 　王昌齡(おうしょうれい)

 

閨中少婦不知愁　　　閨中(けいちゅう)の少婦 愁(うれい)を知らず

春日凝妝上翠樓　　　春日 妝(よそお)いを凝らして 翠楼に上る

忽見陌頭楊柳色　　　忽(たちま)ち見る 陌頭(はくとう) 楊柳の色

悔教夫壻覓封侯　　　悔ゆらくは 夫壻をして 封侯を覓(もと)めしを

 

 

【語釈】

閨中…妻の寝室。少婦…若妻。翠楼…青く塗った高殿、青楼に同じ。陌頭 … 道ばた。楊柳 …やなぎ。夫壻 …夫。封侯…諸侯として封ずる。

「唐詩三百首」（唐詩選）

 

 

常娥 　　　　 常娥(じょうが)　　　　　　　　　　　　　　  唐　　李商隱(りしょういん)

 

雲母屏風燭影深　　　雲母の屏風(へいふう) 燭(しょく)影(えい) 深く
長河漸落曉星沈　　　長河 漸(ようや)く落ちて 暁(ぎょう)星(せい) 沈む
嫦娥應悔偸靈藥　　　嫦娥(じょうが)　応に 悔ゆべし 霊薬(れいやく)を偸(ぬす)むを
碧海青天夜夜心　　　碧海(へきかい) 青天 夜々の心

 

【語釈】

常娥 … 『淮南子』に見える伝説上の女性、弓の名人であった夫の羿が西王母からもらった不死の薬を盗んで飲み、月に逃げて月の精せいになったという、嫦娥、姮娥ともいう。雲母屏風 … 雲母を張った美しい屏風。燭影 … ともしびの光。長河 … 天の川。漸落 … しだいに傾いて。しだいに薄れて。暁星 … 夜明けの空に消え残り、まばらに見える星。明け方の星。沈 … 消える。霊薬 … 不思議な効き目のある薬。碧海 … 青海原。夜夜 … 夜ごと。

（唐詩三百首）

　

 

燕子樓　 　　 燕子楼(えんしろう)　　　　　　　　　　　　  　唐　　白(はく)居(きょ)易(い)

　

滿窗明月滿簾霜　　　満窓(まんそう)の明月 満簾(まんそう)の霜

被冷燈殘払臥床　　　被(ひ) 冷やかに 燈は残(ざん)して 臥床(がしょう)を払う

燕子樓中霜月夜　　　燕子楼中(えんしろう) 霜月(そうげつ)の夜

秋來只爲一人長　　　秋来(しゅうらい) 只だ一人の 為に長し

 

【語釈】

燕子樓…徐州の長官、張氏の邸内の小楼。張氏の愛妓眄眄(めんめん)が、張氏の死後十余年ここに住んで独身を守った。楼の名は二夫を持たないという燕に因む。被冷…ふとんの冷ややかなこと。払臥床…臥床に就く。殘…燃え尽きる。秋來…秋になって。只爲一人長…自分にとってだけ長いのかと嘆く心、夫を失った独り身ゆえに、夜が一層長く感じられる。

（漢詩大系１２）

 

瑤瑟怨 　　　 瑤瑟怨(ようしつえん)　　　　　　　　　　　　　　唐　　溫庭筠(おんていいん)

 

冰簟銀牀夢不成　　　冰簟(ひょうたん) 銀床 なれども 夢 成ならず

碧天如水夜雲輕　　　碧天 水の如く 夜雲 軽(かろ)し

雁聲還向瀟湘去　　　雁声 還(ま)た 瀟湘(しょうしょう)に向って 去り

十二樓中月自明　　　十二楼中 月 自(おのずか)ら明るし

 

【語釈】

瑤瑟怨…立派な瑟を奏でて（離れた地にいる男性を）うらめしく思う詩、閨怨詩。氷簟…涼しげな竹で編んだ茣蓙（ござ）。銀床…立派で美しい寝床（ねどこ）。簟床…竹のすのこ。夢不成…夢が成立しない、夢の中で愛しい男性と会いたいものと思っていたが、独り寝の侘びしさの為、寝付けずにいる、そのため、夢を見ることもできない、と謂うこと。碧天…大空。如水…夜空が川面のように澄みわたっているさま。瀟湘…瀟水と湘水、湖南省を流れ、洞庭湖に注ぐ大河。十二楼…ここでは若い女性の美しい部屋を謂う、本来の義は、神話伝説中の仙人の居住場所。崑崙の仙宮・天墉城にある十二の楼台。

子夜呉歌　　  子(し)夜(や)呉歌(ごか)　　　　　　　　　　　　　唐　　李(り)　白(はく)

 

長安一片月　　　　長安 一片(いっぺん)の月　

萬戸擣衣聲　　　　万(ばん)戸(こ) 衣(ころも)を擣(う)つの声　

秋風吹不盡　　　　秋風(しゅうふう) 吹いて尽きず　

總是玉關情　　　　総(すべ)て是(こ)れ 玉関(ぎょくかん)の情(じょう)　

何日平胡虜　　　　何(いず)れの日か 胡(こ)虜(りょ)を平(たい)らげて　

良人罷遠征　　　　良人(りょうじん) 遠征を罷(や)めん　

 

【語釈】

子夜呉歌 …歌曲の題名。一片月…一個の月。萬戸 … 多くの家。擣衣…砧で衣を叩いて柔らかくしつやを出す。玉関 …玉門関。情 … （玉門関の辺りに遠征している）夫を思う妻の心。胡虜 … 匈奴の蔑称。良人 … 妻の夫への呼称。

（唐詩選）

 

 

 

妾薄命　　　  妾(しょう)薄命(はくめい)　　　　　　　　　　　　　 　唐　　李(り)　白(はく)

 

漢帝重阿嬌　　　漢帝 阿嬌(あきょう)を寵(ちょう)し

貯之黃金屋　　　之を 黄金の屋(おく)に貯(おさ)む

咳唾落九天　　　咳唾(がいだ) 九天より落ち

隨風生珠玉　　　風に随って 珠玉を生ず

寵極愛還歇　　　寵 極って 愛 還(ま)た歇(や)み

妒深情却疎　　  妒(ねた)み 深くして 情 卻(かえ)って疏(そ)なり

長門一步地　　　長門(ちょうもん) 一步の地

不肯暫回車　　　肯(あえ)て 暫(ようや)く 車を回(めぐ)らさず

雨落不上天　　　雨 落ちて 天に上らず

水覆難再收      水 覆(くつが)って 再び收り難し

君情與妾意      君が情と妾(しょう)の意と

各自東西流　　　各自(かくじ) 東西に流る　

昔日芙蓉花      昔日 芙蓉の花

今成斷腸草      今 断腸の草と成る

以色事他人　　　色を以て 他人に事(つか)う

能得幾時好　　　能く幾時(いくとき) 好(よろしき)きを得ん

 

【語釈】

阿嬌…漢の武帝の后の幼名。貯之黃金屋…劉徹（後の武帝）は「もし阿嬌を得る事ができたら、金の建物に住まわせるよ」と言った。咳唾　…せきとつばき。九天…宮廷のこと。風隨…かぜのふくままに。珠玉生…一言一句が珠玉の言葉になること、権力・勢力の強いさま。寵…天子の寵愛。愛還歇…別の后妃に移った。妒深…嫉妬心が深く。長門…長門宮、漢の武帝の陳皇后のために作られたものである。陳皇后は、幼帝の寵愛が衛子夫に移ると、ひどいヤキモチをやいたので、ついに長門宮に幽閉された。回車…お立ちよりの車馬、輦車。水覆難再收…覆水盆に返らず、太公望の故事。君情…天子の愛情。妾意…后妃の思い。昔日…むかし。斷腸草…散って見る影もない草。

 

 

 

烏夜啼　 　　 烏(う)夜啼(やてい)　　　　　　　　　　　　　  唐　　李(り)　白(はく)

 

黃雲城邊烏欲棲　　　黄雲 城辺 烏 棲(す)まんと欲す

歸飛啞啞枝上啼　　　帰り飛んで 啞々(ああ)として 枝上に啼く

機中織錦秦川女　　　機中 錦を織る 秦(しん)川(せん)の女(じょ)

碧紗如煙隔窗語　　　碧紗(へきさ) 煙の如く 窓を隔てて語る

停梭悵然憶遠人　　　梭(ひ)を停めて 悵(ちょう)然(ぜん)として 遠人を憶う

獨宿空房淚如雨　　　独り 空房に宿して 涙雨の如し

 

【語釈】

烏夜啼 … 楽府題、遠くにいる夫や恋人を思う女性の嘆きを題材としたものが多い。黄雲 …黄色がかった夕暮れの雲。城辺 … 町の周囲にある城壁のほとり。欲棲… ねぐらにつこうとする。啞啞 … カラスの鳴き声。機中 … 機(はた)を前にして。秦川女 …長安一帯の平野の女、前秦の苻堅のとき、秦州刺史竇滔は西域の流砂の地に流された、彼の妻蘇�宸ﾍ、はた織り機で錦を織り、八百四十字から成る「廻文旋図の詩」（上から読んでも下から読んでも意味が通じる詩）をその中に織りこんで贈ったという故事を踏まえる。碧紗 … 青緑色の紗うすぎぬのカーテン。如煙 … もやのように薄く透けているさま。隔窓語 … 窓ごしに何か独り言を言っている。悵然 … 悲しみ嘆くさま。遠人 … 遠く離れた、いとしい人。独宿 … 独り寝をすること。空房 … 人ひと気けのない寂しい部屋、夫のいない寂しい寝室。

(唐詩選)

 

 

井底引銀缾　　井底(せいてい)に銀缾(ぎんぺい)を引く　　　　 　　　   唐　　白(はく)居(きょ)易(い)

 

井底引銀缾　　　　　井底(せいてい)に銀缾(ぎんぺい)を引く　

銀缾欲上絲繩絶　　　銀缾(ぎんぺい) 上(のぼ)らんと欲して 糸(し)縄(じょう) 絶ゆ

石上磨玉簪　　　　　石上に玉(ぎょく)簪(しん)を磨く　

玉簪欲成中央折　　　玉(ぎょく)簪(しん) 成らんと欲して 中央より 折る

缾沈簪折知奈何　　　缾(へい) 沈み 簪(しん) 折れて 知んぬ 奈何(いかん)ぞ

似妾今朝與君別　　　妾(しょう)が 今朝(こんちょう) 君と別るるに 似たり　

憶昔在家爲女時　　　憶う 昔 家に在りて 女(じょ) 為(た)りし時

人言舉動有殊姿　　　人は言う 挙動 殊(しゅ)姿(し) 有りと　　

嬋娟兩鬢秋蟬翼　　　嬋娟(せんけん)たる両鬢は 秋(しゅう)蝉(せん)の翼(つばさ)　　　

宛轉雙蛾遠山色　　　宛転(えんてん)たる双蛾(そうが)は 遠山の色　　

笑隨戲伴後園中　　　笑って 戲(ぎ)伴(はん)に従う 後園の中(うち)

此時與君未相識　　　此の時 君と 未だ 相識(あいし)らず　　

妾弄青梅憑短牆　　　妾(しょう)は 青梅を弄(ろう)して 短墻(たんしょう)に憑(よ)り

君騎白馬傍垂楊　　　君は 白馬に騎(の)りて 垂楊に傍う　　

牆頭馬上遙相顧　　　牆頭(しょうとう) 馬上 遙かに 相顧(あいかえり)み

一見知君即斷腸　　　一見して知る 君が 即ち 腸(はらわた)を断つを　　

知君斷腸共君語　　　君が　腸(はらわた)を断つを知りて 君と共に語る

君指南山松柏樹　　　君は 指す 南山の松柏樹(しょうはくじゅ)　　

感君松柏化爲心　　　君が 松柏を化して 心と為(な)すに 感じ

闇合雙鬟逐君去　　　闇(あん)に 双鬟(そうかん)を合(がっ)して 君を逐(お)いて 去る　　

到君家舍五六年　　　君が 家舍に到る 五六年

君家大人頻有言　　　君が家の大人 頻(しき)りに 言 有り　　

聘則爲妻奔是妾　　　聘(へい)すれば 則ち 妻と為(な)り 奔(ほん)すれば 是れ 妾(しょう)

不堪主祀奉蘋蘩　　　祀(まつり)を主(つかさど)どりて 蘋蘩(ひんぱん)を奉ずるに堪えずと　　

終知君家不可住　　　終(つい)に知る 君が家 住(とど)まるべからざるを

其奈出門無去處　　　其(そ)れ 門を出(い)でて 去る処無きを 奈(いか)んせん　　

豈無父母在高堂　　　豈(あ)に 父母の 高堂に在る 無からんや

亦有親情滿故鄉　　　亦(ま)た 親情の 故郷に満つる 有り　　

潛來更不通消息　　　潜(ひそ)かに来(きた)りて 更に 消息を通ぜず

今日悲羞歸不得　　　今日 悲羞(ひしゅう) 帰り得ず　　

爲君一日恩　　　　　君が一日の恩の為に

誤妾百年身　　　　　妾(しょう)が百年の身を誤る　　

寄言癡小人家女　　　言を寄す 痴(ち)小(しょう) 人家(じんか)の女(じょ)

慎勿將身輕許人　　　慎んで 身を将(も)って 軽(かるがる)しく 人に許すこと勿かれ

 

【語釈】

井底…井戸の底。銀缾…銀のつるべ。絲繩…つるべ綱。玉簪…玉の

簪。殊姿…優れた容姿。嬋娟…艶やかなさま。秋蟬翼…髪の毛を梳きて透すを蝉の羽の薄く美しいことに喩えた物。宛轉…美しく曲がれるさま。雙蛾…両まゆ。戲伴…遊び友達。牆頭…低い垣根の上。松柏…松と柏、貞節の堅い事の喩え。雙鬟…二つのワゲ。大人…良人の父をいう。聘…結納を贈り、正式の婚礼をなす。奔…出奔する。主祀…祖先の祭祀の礼をとる。蘋蘩…白花を開く水草とシロヨモギ、神に供える物。親情…親しき縁者。潛來更不通消息…密かに出奔したので、それ以来音信不通となっている。悲羞…悲しく恥ずかしい。癡小…愚かな少女。許人…貞節を人に任す。

 

 

太行路 　     太(たい)行(こう)の路　　　　　　　　          唐　　白居易

 

太行之路能摧車　　　太(たい)行(こう)の路 能(よ)く車を摧(くだ)く

若比人心是坦途　　　若(も)し 人の心を比すれば 是(こ)れ 坦(たん)途(と)

巫峽之水能覆舟　　　巫峽(ふきょう)の水 能(よ)く舟を覆(くつがえ)す

若比君心是安流　　　若(も)し 君が心に比すれば　是(こ)れ 安流(あんりゅう)

人心好惡苦不常　　　人心の好悪(こうお) 苦(はなは)だ 常ならず

好生毛羽惡生瘡      好めば 毛羽を生じ　悪(にく)めば瘡(きず)を生ず

與君結髮未五載　　　君と 結髮 未だ五載(ごさい)ならず

豈期牛女爲參商      豈(あ)に 期せんや 牛(ぎゅう)女(じょ)の　参商(さんしょう)と為らんとは

古稱色衰相棄背　　　古(いにしえ)より称す 色 衰(おとろ)うれば 相棄(あいき)背(はい)すと

當時美人猶怨悔　　　当時の美人 猶(な)お 怨悔(えんかい)す

何況如今鸞鏡中　　　何(いか)に況(いわ)んや 如(じょ)今(こん) 鸞(らん)鏡(きょう)の中(うち)

妾顏未改君心改　　　妾(しょう)が顏(かんばせ)の 未だ改まざるに 君が心 改まる

爲君熏衣裳          君が為に 衣裳を熏(くん)ずれば，

君聞蘭麝不馨香　　　君は蘭麝(らんじゃ)を聞いて 馨(けい)香(こう)とせず

爲君盛容飾　　　　　君が為に 容飾(ようしょく)を盛んにすれば

君看金翠無顏色　　　君は金(きん)翠(すい)を看て 顏(がん)色(しょく)無しとす

行路難　　　　　　　行路難(こうろなん)　　　　　

難重陳　　　　　　　重(かさ)ねて陳(の)べ難(がた)し

人生莫作婦人身　　　人 生まれて 婦人の身と作(な)る莫(なか)れ

百年苦樂由他人　　　百年の苦楽 他人に由(よ)る　　　

行路難              行路難(こうろなん)

難於山              山よりも難(かた)く

險於水              水よりも険(け)わし，

不獨人間夫與妻　　　独り 人間(じんかん)の夫(ふ)と妻(さい)とのみならず，

近代君臣亦如此　　　近代の君臣も 亦(ま)た 此(かく)の如し

君不見左納言右納史　君 見ずや 左は納言(ふげん) 右は納史(ないし)

朝承恩　　　　　　　朝(あした)に恩を承(う)けて

暮賜死　　　　　　　暮(くれ)に死を賜(たま)う

行路難　　　　　　　行路難(こうろなん)

不在水　　　　　　　水に在らず

不在山　　　　　　　山に在あらず

只在人情反覆間　　　只(た)だ 人情 反覆の間に在り

 

【語釈】

太行…太行山、山西省・河北省・河南省の境界をなす大山脈。摧…打ち砕く。坦途…平らな道。巫峽…長江三峡の二番目（真ん中）の峡谷。覆…くつがえす。結髪…髪を結う、成人の風、転じて成人として結婚する。牛女…牽牛星と織女星。参商…参星（オリオン）と商星（サソリ）、いっしょに現れることがないことから、人が顔を合わせることの無い喩え。棄背…そむかれてすてられる。当時…そのころ。怨悔…うらみくやむ。何況…どうしてましてや…。如今…いま。鸞鏡…鸞鳥を背にきざんだ鏡。熏…香を焚きこむ。聞…においをかぐ。蘭麝…蘭（香草）と麝香（香料）。馨香…芳香。容飾…すがたを整える飾り。金翠…金と翡翠とでできた飾り。無顔色…顔色が無い。行路難…世渡りの困難なこと。納言…中書省の長官の官名。納史…中書省の長官の官名。承恩…天子の恩愛をこうむる。

 

琵琶行　　 　琵琶(びわ)行(こう)　　　　　　　　　　　　　  唐　　白(はく)居(きょ)易(い)

 

潯陽江頭夜送客　　　潯(じん)陽(よう)江頭(こうとう) 夜 客(かく)を送る

楓葉荻花秋瑟瑟　　　楓(ふう)葉(よう) 荻(てき)花(か) 秋 瑟々(しつしつ)

主人下馬客在船　　　主人は 馬を下(くだ)り 客(かく)は 船に在り

舉酒欲飮無管絃　　　酒を挙(あ)げて 飲まんと欲するに 管絃無し

醉不成歡慘將別　　　酔いて歓(かん)を成さず 慘(さん)として 将(まさ)に別れんとす

別時茫茫江浸月　　　別るる時 茫々(ぼうぼう)として 江は月を浸(ひた)す

忽聞水上琵琶聲      忽(たちま)ち聞く 水上 琵琶の声

主人忘歸客不發　　　主人は 帰るを忘れ 客(かく)は 発せず

尋聲暗問彈者誰　　　声を尋ねて暗(あん)に問う 弾く者は誰(たれ)ぞと

琵琶聲停欲語遲　　　琵琶の声は停(や)んで 語らんと欲する遅し

移船相近邀相見　　　船を移して 相近づき 邀(むか)えて相見る

添酒迴燈重開宴　　　酒を添(そ)え灯(ともしび)を迴(めぐ)らし 重ねて宴を開く

千呼萬喚始出來　　　千呼万喚(せんこばんかん) 始めて 出で来たるも

猶抱琵琶半遮面　　　猶(な)お 琵琶を抱きて 半(なか)ば面(めん)を遮(さえぎ)る

 

【語釈】

潯陽江…江西省九江の北を流れる長江のこのあたりでの別名。夜送客…夜に送別の宴を張った。楓葉荻花…カエデの色づいた葉とオギの花。瑟瑟…寂しく吹く風の形容。舉酒欲飮…杯を上げて飲もうとするが。無管絃…音楽がない。茫茫…果てしなく広がるさま。江浸月…月が江の水面にかかっていた。忽…突然。暗問…ひそやかに問いかける。添酒…酒を追加する。迴燈…灯火を、もう一度明るくする。千呼萬喚…何度も何度も呼びかけるさま。

 

轉軸撥絃三兩聲　　　軸を転じ 絃を撥(はっ)す 三両声(さんりょうせい)

未成曲調先有情　　　未だ 曲調を成さざるに 先ず 情 有り

絃絃掩抑聲聲思　　　絃々(げんげん) 掩(えん)抑(よく)して 声々(せいせい)思いあり

似訴平生不得志　　　訴うるに似たり 平生(へいぜい) 志を得ざるを

低眉信手續續彈      眉を低(た)れ手に 信(まか)せて続々(ぞくぞく)と弾き

説盡心中無限事　　　説き尽くす 心中 限り無き事

輕攏慢撚抹復挑　　　軽く攏(おさ)え 慢(ゆる)く撚(ひね)り 抹(な)でて 復(ま)た 挑(かか)ぐ

初爲霓裳後六玄      初めは 霓(げう)裳(しょう)を為し 後には六(りく)玄(よう)

大絃嘈嘈如急雨      大絃(だいげん)は 嘈々(そうそう)として 急雨(きゅうう)の如く

小絃切切如私語　　　小絃(しょうげん)は 切々(せつせつ)として 私語の如し

嘈嘈切切錯雜彈　　　嘈々(そうそう) 切々(せつせつ) 錯雑(さくざつ)として弾(だん)じ

大珠小珠落玉盤　　　大珠 小珠 玉盤に落つ

間關鶯語花底滑　　　間関(かんかん)たる鶯語(おうご) 花底(かてい)に滑らかに

幽咽泉流水下灘　　　幽(ゆう)咽(いん)せる泉流 水 灘(たん)に下る

氷泉冷澀絃凝絶　　　水泉は 冷渋(れいじゅう)して 絃は 凝絶(ぎょうぜつ)

凝絶不通聲暫歇      凝絶(ぎょうぜつ)して 通ぜず 声 暫(しば)らく歇(や)む

別有幽愁暗恨生　　　別に幽愁(ゆうしゅう)と 暗恨(あんこん)の生ずる有り

此時無聲勝有聲　　　此の時 声 無きは 声 有るに勝(まさ)れり

銀瓶乍破水漿迸　　　銀(ぎん)瓶(ぺい) 乍(たちま)ち破れて 水漿(すいしょう) 迸(ほとばし)り

鐵騎突出刀槍鳴　　　鉄騎 突出して 刀(とう)槍(そう) 鳴る

曲終收撥當心畫　　　曲終り 撥(ばち)を收めて 心(むね)に当てて画(かく)す

四絃一聲如裂帛　　　四絃の一声(いっせい) 裂帛(れっぱく)の如し

東船西舫悄無言　　　東船(とうせん) 西舫(せいほう) 悄(しょう)として 言(げん)無く

唯見江心秋月白　　　唯(た)だ見る 江(こう)心(しん)に 秋月の白きを

 

【語釈】

轉軸…絃の軸をしめて、音の高さの調整をする。撥絃…絃をはらう。三兩聲…二，三回少しだけ音を出す。絃絃…どの糸（の音）も。掩抑…おさえとどめる。聲聲思…どの（糸の）音にも思いがこもっている。低眉…眉を低くたれて、努めて従順、柔和な表情をすること。信手…おもいのままに。續續…次から次へと。説盡…言い尽くす。・攏…引き締める。撚…指で挟む。抹…通常の演奏法で、右下にはらうようにする。なでつける。右手の絃の操作法の一。挑…掌を返して、はねる。霓裳…霓裳羽衣の曲。�麹�…琵琶の曲名、六幺の曲。大絃…琵琶の五（四）絃の中で、一番太い絃。嘈嘈…声や音のけたたましいさま。小絃…琵琶の五（四）絃の中で、一番細い絃。切切…ひそひそと語るさま。珠…真珠。玉盤…大皿。間關…鳥の和やかにさえずる声。幽咽…むせび泣く、ここでは、水の流れるかすかな音の喩え。冷澀…冷えて滞る。凝絶…とどこおり絶える。幽愁…深い思いに沈むこと。暗恨…人知れぬ恨み。銀瓶…銀のような白い色をしたビン、白い色をした小型のカメ。乍…突然に。水漿…みず。飲み物。迸…ほとばしる。鐵騎…ヨロイで武装した人馬。當心畫…（琵琶の弦の）真ん中をかき鳴らす。裂帛…キヌを裂く（ような激しい音を出す）。悄…ひっそりと。東船西舫…東の船や西の船などあちらこちらにある船。悄…ひっそりと。　

 

沈吟放撥插絃中　　　沈吟して撥(ばち)を放ち絃中(げんちゅう)に挿(はさ)み

整頓衣裳起斂容　　　衣裳を整頓して 起ちて 容(かたち)を斂(おさ)む

自言本是京城女　　 自(みずか)ら言う 本 是(こ)れ 京(けい)城(じょう)の女

家在蝦蟆陵下住　　　家は 蝦蟆(がま)陵下(りょうか)に在りて 住(じゅう)す

十三學得琵琶成　　　十三 琵琶を学び得て 成り

名屬教坊第一部　　　名は属す 教坊の第一部

曲罷曾教善才伏　　　曲 罷(や)んで 曽て 善(ぜん)才(さい)をして 伏せしめ

粧成毎被秋娘妬     粧(よそおい)い成っては 毎(つね)に秋娘(しゅうじょう)に妬まる

五陵年少爭纏頭　　　五陵の年少 争って纒頭(てんとう)し

一曲紅綃不知數　　　一曲の紅(こう)綃(しょう) 数を知らず

鈿頭銀篦撃節碎　　　鈿頭(でんとう)の銀(ぎん)箆(ぺい) 節を撃ちて 砕く

血色羅裙翻酒汚　　　血色の羅裙(らくん) 酒を翻(ひるがえ)して汚(げが)る

今年歡笑復明年　　　今年(こんねん)の歓笑(こんねん) 復(ま)た 明年

秋月春風等閑度　　　秋月 春風 等閑(とうかん)に度(わた)る

弟走從軍阿姨死　　　弟は走って 軍に従い 阿姨(あい)は死す

暮去朝來顏色故　　　暮(くれ) 去り朝(あした)来たって 顏色 故(ふる)びぬ

門前冷落鞍馬稀　　　門前　冷落(れいらく)して 鞍馬(あんば) 稀(まれ)なり

老大嫁作商人婦　　　老(ろう)大(だい) 嫁(か)して商人の婦(つま)となる

商人重利輕別離　　　商人は 利を重んじて 別離を軽んず

前月浮梁買茶去　　　前月 浮(ふ)梁(りょう)に 茶を買いに去る

去來江口守空船　　　江口(こうこう)に去来(きょらい)して 空(くう)船(せん)を守る

遶船明月江水寒　　　船を遶(めぐ)る明月 江水 寒し

夜深忽夢少年事　　　夜 深(ふ)けて 忽(たちま)ち夢む　少年の事

夢啼粧涙紅闌干　　　夢に啼けば 粧(しょう)涙(るい)は 紅くして闌干たり

 

【語釈】

沈吟…微かに口ずさむ、思いに沈む。起…たつ。斂容…衣裳を整える。自言…自分から言い出す。本是…もともと。京城…帝都。蝦蟆陵…長安中心地の東南数キロの地点、曲江にある。學得…モノにする。成就する。身につける。成…成就する。名屬…名は…に属している。教坊…歌舞を教えるところ。第一部…トップグループ。罷…終わる。曾…いままでに…したことがある。善才…唐代の琵琶の名手、転じて琵琶の名人。伏…感服する。妝成…美しく装いしあげる。毎被…（…する）たびごとに。秋娘…杜秋娘のこと、名妓の名。妬…ねたむ。五陵少年…長安郊外豊かな地域に住む貴公子。纏頭…心付け。・綃…きぎぬ。ここでは心付けのこと。不知數…多くて数が分からない。鈿頭雲篦…螺鈿の飾りのあるコウガイ。撃節…拍子を打つ。リズムをとる。碎…くだける。血色…殷色。羅裙…うすぎぬのスカート。翻酒…酒をこぼす。秋月春風…秋の月に春の風といった、各季節の風物を眺めている内に年月は過ぎ去ったことをいう。等�閨c物事をいいかげんにすること。度…すごす、すぎる。阿姨…おば、ここでは、肉親の叔母ではなくて、琵琶を弾く妓女たちのやりて。暮去朝來…日々が過ぎてゆく。顏色…容色。故…ふるびてしまう。冷落…おちぶれる。鞍馬…馬に乗った来客、相応の身分や財産のある男性の客になる。稀…まれになった。老大…としが長ける。浮梁…江西省景徳鎮の東北部、茶の名産地。　去來…行ってより。行った後。「-來」は、添えている辞。江口…溢江のほとり、水が長江に注ぎ込む河口部分。。守空船…独り寝を維持している。遶船…女性の住んでいる船をめぐって。江水寒…川の水は寒々としている。夜深…夜がふける。　・忽夢…たちまち夢をみる。　・少年事…若い時の事がら。夢啼…夢の中で声に出して涙を流して啼けば。妝涙…化粧した顔を流れる涙。紅闌干…紅く（頬紅の色に染まった）涙が次々に出てくる。闌干…涙が多く出るさま。

 

我聞琵琶已歎息　　　我は 琵琶を聞きて 已に歎息し

又聞此語重喞喞　　　又 此語を聞きて 重ねて喞々(そくそく)たり

同是天涯淪落人　　　同じく 是(こ)れ 天涯 淪落(りんらく)の人

相逢何必曾相識　　　相(あい)逢(あ)う 何 ぞ必ずしも曽(かつ)ての相識(そうしき)なるべき

我從去年辭帝京　　　我 去年 帝京を辞してより

謫居臥病潯陽城　　　謫居(たくきょく)して 病に臥す 潯(じん)陽(よう)城(じょう)

潯陽地僻無音樂　　　潯陽は 地 僻(へき)にして 音楽 無く

終歳不聞絲竹聲　　　終歳 聞かず 糸竹の声　　

住近湓江地低濕　　　住(じゅう)して        湓(ほん)江(こう)に近くして 地は低湿

黄蘆苦竹繞宅生　　　黄蘆(こうろ) 苦竹(くちく) 宅を繞(めぐ)りて生ず

其間旦暮聞何物　　　其の間 旦(たん)暮(ぼ)に 何物をか聞く

杜鵑啼血猿哀鳴　　　杜鵑(とけん)は 血に啼き 猿は哀しく鳴く

春江花朝秋月夜　　　春江の花(か)朝(ちょう) 秋月の夜

往往取酒還獨傾      往々 酒を取って 還(ま)た独り 傾く

豈無山歌與村笛      豈(あ)に 山歌(さんか)と村(そん)笛(てき)と 無からんや

嘔唖嘲哳難爲聽　　　嘔唖(おうあ) 嘲哳(ちょうたつ) 聴くを為し難し

今夜聞君琵琶語　　　今夜 君が琵琶の語を聞きて

如聽仙樂耳暫明　　　仙楽を聴くが如く 耳 暫(しば)らく明らかなり

莫辭更坐彈一曲　　　辞する莫(な)かれ 更に坐して一曲を弾(だん)ずるを

爲君翻作琵琶行　　　君が為に翻(ひるがえ)して 琵琶行を作らん

感我此言良久立　　　我が此(こ)の言に感じて 良(や)や久しく立ち

却坐促絃絃轉急　　　坐に却(かえ)り 絃を促(うなが)して 絃 転(うた)た 急なり

淒淒不似向前聲　　　淒々(せいせい)として 似ず 向前(きょうぜん)の声

滿座重聞皆掩泣　　　滿座 重ねて聞きて 皆 泣(なみだ)を掩(おお)う

座中泣下誰最多　　　座中 泣下ること　誰(たれ)か 最も多き

江州司馬青衫濕　　　江州(こうしゅう)の司馬 青衫(せいさん) 湿(うるお)う

 

【語釈】

喞喞…嘆息の声。天涯淪落…落ちぶれ果てて地の果てを流浪すること。相逢…偶然に行きあうこと。何必…必ずしも…するに及ばぬ。曾…以前の。相識…知り合い。帝京…みやこ。謫居…罪を得て遠いところへ流されること。地僻…辺鄙なところ。終歳…一年中。湓江…江西省を流れる川の名。黄蘆…黄色く枯れたアシ。苦竹…メダケに近い竹。旦暮…朝、明けてから、暮れるまで。杜鵑…ホトトギス。啼血…血を吐いて鳴く。春江花朝秋月夜…春の川の流れに、花咲く朝、そして秋月の夜と、一年中いつも。往往…しばしば。山歌…山の歌。村笛…鄙びた笛等の音楽。嘔唖…擬声語、ギャーギャー、キーキー。暫明…耳がしばらくすっきりとする。辭…辞去する。

翻作…音楽を詩に翻案すること。良…久しくして。卻坐…後に戻って座る。促絃…弦をしめる。轉…たちまち。淒淒…すさまじい。向前…以前と。泣…声を出さないでなくこと。泣下…落涙する。江州司馬…白居易自身。青衫…一重の青い着物、身分の低い人が着る。

 

http://www5a.biglobe.ne.jp/~shici/r30.htm

 

 

 

古別離 　　　古別離(こべつり)　　　　　　　　　　　　　南宋    陸(りく) 游(ゆう)

 

孤城窮巷秋寂寂　　　孤城の窮(きゅう)巷(こう) 秋 寂々(せきせき)

美人停梭夜嘆息　　　美人 梭(ひ)を停めて 夜 嘆息す

空園露濕荊棘枝　　　空園 露は湿(うるお)う 荊棘(けいきょく)の枝

荒蹊月照狐狸迹　　　荒蹊(こうけい) 月は照らす 狐(こ)狸(り)の迹(あと)

憶君去時兒在腹　　　憶う 君が去りし時 兒(じ) 腹に在り

走如黄犢爺未識　　　走ること 黄犢(こうとく)の如きも 爺(や)は 未だ識らず　　

紫姑吉語元無據　　　紫(し)姑(こ)の吉語(きつご) 元 拠(よ)る無し

况憑瓦兆占歸日　　　况(いわん)や 瓦(が)兆(ちょう)に憑(よ)って 帰日を占うをや

嫁来不省出門前　　　嫁し来ってより 省(かつ)て 門前に出ず

魂夢何因識酒泉　　  魂夢(こんむ) 何に因(よ)ってか 酒泉を識らん

粉綿磨鏡不忍照　　　粉(ふ)綿(めん) 鏡を磨けども 照らすに忍びず

女子盛時無十年　　　女子の盛時は 十年も無し

 

【語釈】

古別離…樂府題、夫と離ればなれになった女性の嘆きを詠う。寂寂…もの寂しいさま。梭…機織りの具、ひ。荊棘…棘などの潅木。荒蹊…荒れた小路。狐狸迹…家が荒れて、狐や狸のすみかとなったもの。黄犢…子牛。爺…夫のこと、子の立場からこう呼んだ。紫姑…農村で信仰されている神、農作物の吉凶を占う。瓦兆…瓦を投げて吉凶を占うもの。省…曽と同じ。魂夢…夢は魂が抜け出て歩くものと信じられた。酒泉…甘粛省の地名。粉綿…磨き粉を綿に付けたもの。

（漢詩大系１９）

 

 

張節婦　  　張(ちょう)節婦(せつふ)　　　　　　　　　　　　　　明　　高(こう)　啓(けい)

 

誰言妾有夫　　　　　誰(たれ)か言う 妾(しょう)に 夫(ふ) 有りと

中路棄妾身先殂　　　中路(ちゅうろ) 妾(しょう)を棄(す)てて 身 先ず殂(そ)す　　

誰言妾無子　　　　　誰か言う 妾(しょう)に 子 無しと

側室生兒與伕似　　　側室 児を生みて 夫と似たり　

兒讀書　　　　　　　児は 書を読み

妾辟纑　　　　　　　妾は 辟纑(へきろ)す

空房夜夜聞啼烏　　　空房 夜々 啼(てい)烏(ちょう)を聞き　　

兒能成名妾不嫁　　　児は 能く名を成し 妾は嫁せず

良人瞑目黃泉下　　　良人 瞑目(めいもく)せよ黃(こう)泉(せん)の下(しも)

 

【語釈】

殂…死ぬ。辟纑…麻を練る。空房…夫のいない部屋。良人…夫。瞑目…安らかに死ぬ。黄泉…あの世、墓地の下。

（漢詩大系１９）

 

 

 

題美人對鏡圖 　　　美人 鏡に対す図に題す　　　 明　　高(こう)　啓(けい)

 

曉院鹿盧鳴露井　　　曉院(ぎょういん)の鹿盧(ろくろ) 露(ろ)井(せい)に鳴る

玉人夢斷梨雲冷　　　玉人(ぎょくじん) 夢 断えて 梨(り)雲(うん) 冷ややかなり

起開妝閤笑窺奩　　　起(た)って 妝閤(しょうかく)を開きて 笑って匳(れん)を窺(うかが)う

月裏分明見娥影　　　月(げつ)裏(り) 分明に 娥(が)影(えい)を見る

自對猶憐況主傢　　　自(みずか)ら 対するも 猶(な)お憐む 況(いわん)んや主家をや

春風一面斷腸花　　　春風 一面 断腸の花　　

何由鑄入青銅內　　　何に由(よ)りてか 鋳(い)て 青銅の內に入れ

不遣鞦霜換娥翠　　　秋霜をして娥(が)翠(すい)に換えしめざらん

 

【語釈】

鹿盧…井戸の車。露井…屋根のない井戸。妝閤…化粧部屋の戸。奩…鏡箱。月裏…円形の月を鏡に喩えて言う。分明…はっきりと。娥影…鏡に映る美人を月中の嫦娥に比して言う。主家…宮人が天子を称し、妻妾が夫を称する語。青銅內…鏡の中。秋霜…白髪のこと。

 

 

妬花歌　　　花を妬む歌　　　　　　　　　　　　 明　　唐(とう)　寅(いん)

 

昨夜海棠初帶雨　　　昨夜 海棠 初めて 雨を帯(お)ぶ

數朶輕影媚欲語　　　数朶(すうだ)の軽影 媚(こ)びて語らんと欲す

佳人曉起出蘭房　　　佳人 曉に起きて 蘭房(らんぼう)を出(い)で

折來對鏡比紅妝　　　折り来りて 鏡に対し 紅妝(こうしょう)を比(くら)ぶ

問郎花好妾顏好　　　郎に問う 花 好きか 妾(しょう)が顏 好きか

郎道不如花窈窕　　　郎道(い)う 花の窈窕(ようちょう)なるに如(し)かずと

佳人聞語發嬌嗔　　　佳人 語を聴きて 嬌嗔(きょうしん)を発す

不信死花勝活人　　　信ぜず 死花(しか)の 活人(かつじん)に勝(まさ)るを

把花揉碎擲郎前　　　花を把(と)りて 揉砕(じゅうさい)して郎の前に擲(なげう)つ

請郎今夜抱花眠　　　請う 郎 今夜 花を抱きて眠れ

 

【語釈】

數朶…数枝。蘭房…蘭の香りのする婦人の部屋。紅妝…美人の美しさ。窈窕…奥ゆかしく美しいさま。嬌嗔…なまめかしい美人の怒り。揉碎…もみくだく。

 

 

 

◆    宴会類

 

勸酒　　　　   酒を勧む　　 　　　　　　       唐　　于(う)武(ぶ)陵(りょう)

 

勸君金屈卮　　　君に勧(すす)む 金屈卮(きんくっし)

滿酌不須辭　　　満酌 辞するを須(もち)いず

花發多風雨　　　花発(ひら)けば 風雨多し

人生足別離　　　人生 別離足る

 

【語釈】

金屈卮…黄金色をした取っ手が折れ曲がった大杯。滿酌…なみなみとつがれた酒。發…花が開く。

（唐詩選）

 

書堂飲既夜復邀李尚書下馬月下賦絶句 　　　　　　唐 　 杜(と)　甫(ほ)

　　書堂の飲(いん) 既に夜にして 復(ま)た 李尚書を邀えて 馬より下(くだ)りて 月下に絶句を賦す

 

湖水林風相與清　　　湖水 林風 相(あい)与(とも)に清し

殘尊下馬復同傾　　　残(ざん)尊(そん) 馬より下りて 復(ま)た 同じく傾く

久拌野鶴如雙鬢　　　久しく 野鶴の如くなる 双(そう)鬢(びん)を拌(はん)す

遮莫鄰雞下五更　　　遮莫(さもあらばあ)れ 鄰雞(りんけい)の五更を下(くだ)るを

 

【語釈】

書堂…書斎。李尚書…李之芳、尚書は尚書省の六部の長官。残尊 … 残った酒。拌…放っておく。野鶴如 … 如野鶴の倒置法。双鬢 … 左右の鬢の毛。遮莫…どうでもよい、ままよ。隣雞 … 隣りの鶏。五更 … 今の午前四時。夜明けのとき。鄰雞…隣の鶏（が知らせる）。下… 過ぎ去る。

（唐詩選）

 

 

 

酒泉太守席上醉後作　酒(しゅ)泉(せん)の太守 席上 酔後(すいご)の作　　 唐 　 岑(しん)　參(じん)

 

酒泉太守能劒舞　　　酒(しゅ)泉(せん)の太守能く剣舞す

高堂置酒夜擊鼓　　　高堂に置酒(ちしゅ)して夜 鼓を擊つ

胡笳一曲斷人腸　　　胡笳(こか) 一曲 人の腸(はらわた)を断つ

座上相看淚如雨　　　座上 相い看て 淚 雨の如し

 

【語釈】

酒泉 … 郡名、今の甘粛省酒泉市。太守 … 郡の長官。席上 … 酒宴の席で。酔後 … 酒に酔ったあと。能 … 上手に。高堂 … 大広間。置酒 …酒宴を開くこと。胡笳 … 北方民族の胡人が吹く葦あしの葉の笛。坐客 … 一座の客人たち。相看 … 互いの顔を見合わせて。

（唐詩選）

 

 

 

宴城東莊 　　　城東の荘に宴す　　　　　　　　　唐　　崔(さい)敏(びん)童(どう)

 

 

一年始有一年春　　　一年始めて 一年の春有り　

百歳曾無百歳人　　　百歳会(かつ)て 百歳の人無し　

能向花前幾回醉　　　能(よ)く花前に向(お)いて 幾回(いくかい)か酔わん　

十千沽酒莫辭貧　　　十千(じゅっせん)酒を沽(か)って貧を辞する莫(なか)れ　

 

【語釈】

一年…一年経つ。始…やっと。百歳…前のは百年、後のは百歳。曾無…今までに無い。十千…一万銭、大金を言う。沽…買う。辞…避ける。

（唐詩選）

 

 

宴城東莊　　　 城東の荘に宴す　　　　　　　　  唐　　崔(さい)惠(けい)童(どう)

 

一月人生笑幾回　　　　一月(いちげつ) 人生 笑うこと 幾回ぞ　

相逢相値且銜杯　　　　相(あ)い逢(あ)い 相(あ)い値(あ)わば 且(しばら)く杯を銜(ふく)まん　

眼看春色如流水　　　　眼(め)に看る 春色(しゅんしょく) 流水(りゅうすい)の如きを　

今日殘花昨日開　　　　今日(こんにち)の殘(ざん)花(か) 昨日(さくじつ)開けり　

 

【語釈】

城東莊…長安の東郊にある庵の玉山草堂。一月…一ヶ月で。人生…人が生きていて。相逢…であう。逢…であう。値…ぴったりであう。且…しばしの間。銜杯…酒を飲む意。春色…春景色。眼看…みるみるうちに。

（唐詩選）

 

與鄭時敏登樓把酒書二絶　　　　　　　　　　　 南宋　　王(おう)十(じゅう)朋(ほう)

鄭(てい)時(じ)敏(びん)と楼に登り 酒を把(と)って二絶を書す

 

登樓能賦非王粲　　　楼に登って 能く賦す 王粲(おうさん)に非ず

沽酒忘形有鄭虔　　　酒を沽(か)って 形を忘るる 鄭(てい)虔(けん)有り

千里相從文字飲　　　千里 相従う 文字の飲(いん)

不辭費盡杖頭錢　　　辞せず 杖頭(じょうとう)の銭(ぜに)を 費やし尽くすを

 

【語釈】

王粲…後漢の文人「登樓の賦」は文選にある。沽酒…酒を買う、買った酒。忘形…己の形を忘れる、物我の隔たりのないこと。鄭虔…唐の人、画書三絶と言われた。文字飲…詩文などを作り、又、評しながら酒を飲む。杖頭錢…晉の阮修が常に銭百文を杖の先にかけ、酒店に行って飲んだという故事。

 

醉後口占　　　酔(すい)後口(ごこう)占(せん)　　　　　　　　　　　　 清　　張(ちょう)問(もん)陶(とう)

 

錦衣玉帶雪中眠　　　錦衣玉帯 雪中に眠る

醉後詩魂欲上天　　　酔後 詩魂 天に上らんと欲す

十二萬年無此樂　　　十二万年 此の楽しみ無し

大呼前輩李��蓮　　　大呼す 前輩(ぜんはい) 李��(りせい)蓮(れん)

 

【語釈】

口占…文字に書かず即興で口ずさんだ詩。錦衣玉帯…礼服。十二萬年…極めて長い間。李��蓮…��蓮居士、即ち李白。

 

 

江孟卿招飮淨香園　　江(こう)孟(もう)卿(けい) 浄(じょう)香(こう)園(えん)に招飮す　　 清　　呉錫麒(ごしゃくき)　　　　　

 

樹自清蒼水自流　　　樹(じゅ)は 自(おの)ずから 清(せい)蒼(そう) 水は 自(おの)ずから 流る

湘簾無復上銀鈎　　　湘(しょう)簾(れん) 復(ま)た 銀(ぎん)鈎(こう)に上(のぼ)す 無し

風標公子來何意　　　風標(ふうひょう)公子(こうし)は 来(きた)る 何の意ぞ

添寫白荷花畔秋　　　添え写す 白(はく)荷(か) 花畔の秋

 

【語釈】

湘簾…竹（湘竹）の簾。風標公子…白鷺の異名。鈎…先の曲がった物を引っかける器具。白荷…白い蓮の花。花畔…花の咲く池畔。

 

 

夜宴左氏莊　　　　夜 左氏の荘に宴す　  　　　　唐　　杜(と)　甫(ほ)

 

風林纖月落　　　風林に 繊(せん)月(げつ)落ち

衣露靜琴張　　　衣(い)露(ろ) 静(せい)琴(きん)張る

暗水流花徑　　　暗水 花径に流れ

春星帶草堂　　　春星 草堂を帯ぶ

檢書燒燭短　　　書を検ずれば燭を焼きて短く

看劒引杯長　　　剣を看れば杯を引いて長し

詩罷聞吳詠　　　詩罷(や)んで 吳(ご)詠(えい)を聞き

扁舟意不忘　　　扁舟 意 忘れず

 

【語釈】

風林…風のわたる林。繊月…細くなった月。衣露…衣上におりた露。浄琴…穢れのない綺麗な琴の調。張…琴の弦をはる。暗水…くらがりの水。花径…花のさいている小径。帯…とりかこむこと。検書…書物を調べる。引…口もとへひきよせること。長…時間が長いこと。詩罷…席上で詩をつくりおわること。呉詠…江南の音調で詩をうたうこと。扁舟…小さくひらべたい舟。

 

（杜甫全詩訳注）

 

　　

 

客至　　　　      客至る　　　　　　　　　　　 唐　　杜(と)　甫(ほ)

 

舍南舍北皆春水　　　舍(しゃ)南(なん)舍(しゃ)北(ほく) 皆 春(しゅん)水(すい)

但見群鴎日日來　　　但(た)だ見る 群(ぐん)鴎(おう)の 日々に来(きた)るを

花徑不曾縁客掃　　　花径(かけい) 曾(かつ)て 客(かく)に縁(よ)って掃(はら)わず

篷門今始為君開　　　篷門(ほうもん) 始めて　君が為に開く

盤飧市遠無兼味　　　盤飧(ばんそん) 市(いち)遠くして　兼味(けんみ)無く

樽酒家貧只舊醅　　　樽(そん)酒(しゅ) 家(いえ)貧(まず)しくして 只(た)だ 旧醅(きゅうばい)あるのみ

肯與鄰翁相對飲　　　肯(あ)えて鄰(りん)翁(おう)と　相対(あいたい)して飲まん

隔籬呼取盡餘杯　　　籬(まがき)を隔(へだ)てて呼び取(と)りて　余杯(よはい)を尽くさしめん

 

 

【語釈】

客至…客が来る。但見…ただ…だけが見える。群鷗…群をすかもめ。花径…花の散っている小道。掃…はく。客…俗世間の人物。蓬門…貧し家の蓬で屋根を葺いた門。君…作者の母方の親戚である崔明府（白水県尉・崔のこと、「明府」…県令の尊称。）

（漢詩大系　９）

 

 

 

 

 

友人會宿　　　    友人 会宿す                  唐     李(り) 白(はく)

 

滌蕩千古愁　　　滌蕩(できとう)す 千古の愁

留連百壺飲　　　留連(りゅうれん)す百壺の飲(いん)

良宵宜清談　　　良(りょう)宵(しょう) 宜(よろ)しく清談すべし

皓月未能寢　　　皓(こう)月(げつ) 未だ寢る能(あた)わず

醉來臥空山　　　酔い来(きた)れば 空山に臥(が)す

天地即衾枕　　　天地 即ち衾(きん)枕(ちん)　

 

【語釈】

滌蕩…洗い除く。留連…さまよって去るに忍びない様子。宜…「宜しく〜しべし」と読み、「〜する方が妥当である」「〜するのが良い」と訳す。衾枕…寝具。

（漢詩大系８）

 

 

 

 

把酒問月　　　　  酒を把りて月に問う　　　　   唐     李(り) 白(はく)

 

青天有月來幾時　　　青天(せいてん) 月有りて 来るは幾時(いくとき)ぞ

我今停杯一問之　　　我 今 杯を停めて 一たび之(これ)に問わん　

人攀明月不可得　　　人 明月を攀(よ)じんとするも 得(う)べからず

月行却與人相隨　　　月は行きて却(かえ)っ て人と相(あ)い随(したが)う　

皎如飛鏡臨丹闕　　　皎(こう)として　飛(ひ)鏡(きょう)の丹闕(たんけつ)に臨(のぞ)むが如し

�財|滅盡清輝發　　　緑(りょく)煙(えん) 滅し尽きて 清輝発し

但見宵從海上來　　　但(た)だ見る 宵に海上從(よ)り来たるを

寧知曉向雲間沒　　　寧(いずくん)ぞ知らん 曉に雲間(うんかん)に向いて没するを

白兔擣藥秋復春　　　白(はく)兔(と)は薬を搗(つ)く 秋復(ま)た春

嫦娥孤棲與誰鄰　　　姮娥(こうが)は 孤(ひと)り棲(す)みて 誰(たれ)と隣(となり)せん

今人不見古時月　　　今人(こんじん)は見ず 古時(こじ)の月

今月曾經照古人　　　今月(こんげつ)は曾径(かつて) 古人を照らせり　

古人今人若流水　　　古人 今人 流水の若(ごと)く

共看明月皆如此　　　共(とも)に明月(めいげつ)を看(み)ること 皆(みな) 此(かく)の如し

唯願當歌對酒時　　　唯だ願がう 歌に当(あた)りて酒に対する時　

月光長照金樽裏月　　月光 長(とこし)えに 金(きん)樽(そん)の裏(うち)を照さんことを

 

【語釈】　

有月…月が現れて。來……から。攀…よじのぼる。卻…反対に。隨…ついていく。くっついていく。皎…月ら明るい様。飛鏡…大空を飛ぶ鏡で、月の形容として使われている。丹闕…赤く色を塗った仙人の住む宮殿の門。�拷戟c緑色の靄。�C輝…清らかな光。白兔…白ウサギ、月に住むという。　・搗藥…不老不死の薬をつく。秋復春…ずうっと。姮娥…「嫦娥」ともいう、西王母からに与えた不死の仙薬を盗んで飲み、月に逃げた。曾經…かつて。長…とこしえに。金樽…黄金の酒器。

 

（漢詩大系　８）

 

 

 

湖上對酒作　　　　湖上酒に対して作る　　　　　 唐　　張(ちょう)　謂(い)

 

夜坐不厭湖上月　　　夜坐(やざ) 厭(いと)わず湖上の月

晝行不厭湖上山　　　昼(ちゅう)行(こう) 厭わず湖上の山

眼前一樽又長滿　　　眼前の一樽 又長(とこしな)えに満つ

心中萬事如等閑　　　心中万事 等閑の如し

主人有黍萬餘石　　　主人 黍(きび)有り 万余石

濁醪數斗應不惜　　　濁醪(だくろう) 数斗 応(まさ)に惜しまざるべし

即今相對不盡歡　　　即今(そくこん) 相対(あいたい)して 歓(かん)を尽くさずんば

別後相思復何益　　　別後 相思うも 復(ま)た何の益あらん

茱萸灣頭歸路賖　　　茱萸湾頭(しゅみわんとう) 帰路賖(きろはる)かなり

願君且宿黃公家　　　願わくば 君 且(しばら)らく宿(しゅく)せよ黃公(こうこう)が家

風光若此人不醉　　　風光 此(かく)の若(ごと)くして 人酔わずんば　

參差辜負東園花　　　參差(さんし)として東園の花に辜負(こふ)せん

 

【語釈】

湖中 … 湖に舟を浮かべて。夜坐 …夜は坐ったままで。不厭 …飽きない。湖上月 … 湖の水面にかかる月。昼行 …昼は歩き回って。眼前一樽 … 目の前の酒樽。又長満 … いつも酒がいっぱいに入っている。等閑 … 気に留めないこと、意に介しないこと。黍 … きび、酒を作る原料。万余石 … 一万石余り。濁醪 … 濁り酒,どぶろく。応不惜 … 何の惜しまれるはずがあろう。応 … 「まさに〜すべし」と読み、「きっと〜であろう」と訳す、強い推量の意を示す。即今 … ただいま、現在。相対 … 向かい合って。不尽歓 … 思う存分喜びを尽くさなかったら。別後 … 別れた後。相思 … 互いに懐かしがる。復何益 … 何の役に立つものか。茱萸湾 … 江蘇省揚州市の東北にあった湾という説、あるいは長沙府益陽県にあった洞庭湖の一つの湾という説とがある。湾頭 …湾の出入り口。賖 … はるかに遠い。黄公家 … 竹林の七賢の一人、晋の王戎等が黄公の酒場で痛飲したことを懐かしんだという『世説新語』に見える故事に基づく、ここでは主人の家を指す。風光 … よい景色。参差 … 食い違って、ここでは咲きほこっている東園の花の心意気と食い違うこと。東園花 … 東の庭に咲いている桃や李の花。辜負 … 相手の気持ちにそむく。

（唐詩選）

 

 

 

 

飲中八仙歌　　　  飲中八仙歌(いんちゅうはっせんか)　　　　　　　　   唐　　杜(と)　甫(ほ)

 

知章騎馬似乘船　　　知(ち)章(しょう)が 馬に騎るは 船に乗るに似たり

眼花落井水底眠　　　眼(がん)花(か) 井に落ちて　水底に眠る

汝陽三斗始朝天　　　汝(じょ)陽(よう)は三斗にして 始めて天に朝(ちょう)し

道逢麹車口流涎　　　道に 麹車(きくしゃ)に逢(あ)いて 口に 涎(よだれ)を流す

恨不移封向酒泉　　　恨(うら)むらくは 封を移して酒(しゅ)泉(せん)に向わざるを

左相日興費萬錢　　　左相(さしょう)の日興(にっきょう)　万(ばん)銭(せん)を費す

飮如長鯨吸百川　　　飲むことは 長鯨(ちょうげい)の百川(ひゃくせん)を吸うが如し

銜杯樂聖稱避賢　　　杯を銜(ふく)んで 聖を楽しみ 賢を避くと称す

宗之瀟洒美少年　　　宗之(そうし)は 瀟洒(しょうしゃ)たる 美少年

舉觴白眼望青天　　　觴(さかずき)を挙(あ)げて 白眼 青天を望む

皎如玉樹臨風前　　　皎(きょう)として 玉樹(ぎょくじゅ)の 風前に臨むが如し

蘇晉長齋繍佛前      蘇晉(そしん)は 長斎(ちょうさい)す 繍仏(しゅうぶつ)の前

醉中往往愛逃禪　　　酔中(すいちゅう) 往々(おうおう)　逃(とう)禅(ぜん)を愛す

李白一斗詩百篇　　　李白 一斗 詩 百篇　　　

長安市上酒家眠      長安市上　酒家に眠る

天子呼來不上船　　　天子　呼び来きたれども 船に上(のぼ)らず

自稱臣是酒中仙      自ら称す 臣は 是(こ)れ 酒中の仙と

張旭三杯草聖傳　　　張(ちょう)旭(きょく) 三杯 草聖伝う

脱帽露頂王公前　　　帽(ぼう)を脱し 頂を露(あらわ)す 王公の前

揮毫落紙如雲煙　　　毫(ごう)を揮(ふる)い 紙に落とせば 雲煙(うんえん)の如し

焦遂五斗方卓然     焦遂(しょうすい)は五斗 方(まさ)に卓然(たくぜん)

高談雄辨驚四筵　　　高談(こうだん) 雄弁 四(し)筵(えん)を驚かす

 

【語釈】

飲中八仙歌 … 八人の酒豪の歌、賀知章・汝陽王李璡・李適之・崔宗之・蘇晋・李白・張旭・焦遂それぞれの酔態を詠じている。知章 … 賀知章、盛唐の詩人。眼花 … 目がちらついてよく見えない。汝陽 … 汝陽郡王に封ぜられた李璡のこと。三斗 … 三斗の酒のこと。唐代の一斗は約6リットル。麴車 … 酒の原料である麴を積んだ車。移封 … 領土を移しかえること。酒泉 … 郡名。今の甘粛省酒泉県、酒の味のする泉が湧いたという。左相 … 左丞相李適。日興 … 日々の楽しみ。または、日々の遊興。万銭 … 大金。長鯨 … 大きな鯨。百川 … 多くの川。銜杯 … 酒を飲むこと。樂聖・避賢 … 聖は清酒、賢は濁り酒。

（唐詩選）

 

 

 

月夜與客飲杏花下　　月夜 客(かく)と杏花の下(もと)に飲(いん)す　　宋　　蘇(そ)　軾(しょく)

 

杏花飛簾散餘春　　　　杏(きょう)花(か) 簾(れん)に飛んで 余(よ)春(しゅん)を散ず　

明月入戸尋幽人　　　　明月(めいげつ) 戸(こ)に入って 幽人(ゆうじん)を尋ぬ　

褰衣歩月踏花影　　　　衣(い)を褰(かか)げ 月に歩して 花(か)影(えい)を踏めば　

烱如流水涵��蘋　　　　炯(けい)として流水(りゅうすい)の青蘋(せいひん)を涵(ひた)すが如し　

花間置酒清香發　　　　花間(かかん)に置(ち)酒(しゅ)すれば 清香発す　

爭挽長條落香雪　　　　争(いか)でか長条(ちょうじょう)を挽(ひ)きて香(こう)雪(せつ)を落さん　

山城薄酒不堪飮　　　　山城(さんじょう)の薄酒(はくしゅ) 飲むに堪へず　

勸君且吸盃中月　　　　君に勧(すす)む 且(しばら)く吸え 盃中(はいちゅう)の月　

洞簫聲斷月明中　　　　洞簫(どうしょう) 声は断ゆ 月明(げつめい)の中(うち)　

惟憂月落酒盃空　　　　惟だ憂(うれ)う 月落ちて 酒盃(しゅはい)の空(むな)しからんことを

明朝卷地春風惡　　　　明朝(みょうちょう) 地を巻いて 春風(しゅんぷう)悪(あ)しくば

但見緑葉棲殘紅　　　　但(た)だ見ん 緑(りょく)葉(よう)の残(ざん)紅(こう)を棲(す)ましむるを

 

【語釈】

余春…晩春。幽人…世を避けて静かに暮らしている人。褰…裾を持ち上げる。烱…明らか。��蘋…青々とした水草。置酒…酒宴を開く。争…どうして〜しようか。長條…長い枝。

香雪…白い花の形容　ここでは杏の花をさす。山城…山にある町、いなかの町。洞簫…尺八に似た竹製の吹奏楽器。捲地…大地の砂塵をまきあげる強い風の吹くさま。殘紅…散り残っている赤い花

（漢詩大系　１７）

 

◆    豪侠類

 

長安道　　　長安道　　　　　　　　　　　　　　 唐　　儲光羲(ちょこうぎ)

 

鳴鞭過酒肆　　　鞭を鳴らして 酒肆(しゅし)に過(よ)ぎり

袨服遊倡門　　　袨服(げんふく)して 倡門(しょうもん)に遊ぶ

百萬一時盡　　　百万 一時に尽(つ)く

含情無片言　　　情を含みて 片言(へんげん) 無し

 

【語釈】

長安道…楽府題、��吹曲辭、「長安の繁華街の道辺」の意。酒肆…酒場。袨服…晴れ着を著る。倡門…妓楼。百萬…厖大な金額。含情…感情を胸におさめて表さない。片言…一言。

（唐詩選）

 

 

洛陽道　　　　洛陽道　　　　　　　　　　　　　　唐　　儲光羲(ちょこうぎ)

 

大道直如髮　　　大道 直(なお)くして 髮の如く

春日佳氣多　　　春日 佳(か)気(き) 多し

五陵貴公子　　　五(ご)陵(りょう)の貴公子

雙雙鳴玉珂　　　双々(そうそう) 玉珂(ぎょくか)を鳴らす

 

【語釈】

洛陽道…樂府題、��吹曲辭、「洛陽の繁華街の道辺」の意。大道 …洛陽の都大路。直如髪 … 髪の毛のようにまっすぐだ。春日 … のどかな春の日。佳気 … うららかな気。五陵 …長安北郊の地名、この付近には富豪や貴族の別荘があり、遊楽の地でもあったので遊俠の徒が多く集まっていた。雙雙…二人ずつ馬を並べて。玉珂 … 馬の轡くつわにつける玉の飾り。

（唐詩選）

 

 

逢俠者　　　俠者に逢う　　　　　　　　　　　　 唐　　錢(せん)　起(き)

 

燕趙悲歌士　　　燕(えん)趙(ちょう) 悲歌(ひか)の士

相逢劇孟家　　　相逢う 劇(げき)孟(もう)が家

寸心言不盡　　　寸心 言い尽くさず

前路日將斜　　　前路 日 将(まさ)に斜めならんとす

 

【語釈】

俠者 … 俠客。燕趙 … 燕は今の河北省、趙は今の山西省の地、感慨悲歌の士が多いとされる。悲歌 … 悲歌慷慨。劇孟 … 漢の洛陽の侠者（史記の「遊侠伝」に記載される）、ここでは劇孟のごとき大親分。寸心 … 心。前路 … 行く手。

（唐詩選）

少年行　　　　　少年(しょうねん)行(こう)　　　　　　　　　　　　唐　　李(り)　白(はく)

 

五陵年少金市東　　　五(ご)陵(りょう)の年少(ねんしょう) 金市(きんし)の東　

銀鞍白馬度春風　　　銀(ぎん)鞍(あん) 白馬(はくば) 春風(しゅんぷう)を度(わた)る　

落花踏盡遊何處　　　落花(らっか)を踏み尽くして 何(いず)れの処(ところ)にか遊ぶ　

笑入胡姫酒肆中　　　笑って入る 胡(こ)姫(き)の酒肆(しゅし)の中　

 

【語釈】

少年行…楽府題、いなせな若者や壮士を詠う。五陵…長安の北にある地名、富裕階層の住宅地。年少…わかもの。金市…長安の西の市場。銀鞍…銀色に耀くくら。度…わたる。胡姫…西域出身の美人女性。酒肆…酒場。

（唐詩選）

 

少年行　　　　少年(しょうねん)行(こう)　　　　　　　　　　　　　唐　　王(おう)　維(い)　　　　

 

出身仕漢羽林郎　　　出身して 漢に仕う 羽林郎(うちんろう)

初随驃騎戦漁陽　　　初めて驃騎(びょうき)に随って漁(ぎょよう)陽(よう)に戦う

孰知不向邊庭苦　　　孰(たれ)か知らん 辺庭(へんてい)に向かわざるの 苦しみを

縦死猶聞侠骨香　　　縦(たと)い 死すとも 猶(な)お聞(き)かん 侠(きょう)骨(こつ)の香(こう)

 

【語釈】

出身…仕官する。羽林郎…皇帝を守護する近衛兵、両家の子を当てた。驃騎…驃騎将軍。漁陽…現在の北京近郊、漢代には匈奴など異民族との戦いの最前線であった。侠骨香…遊侠の気高い気骨。

（新釈漢文大系　詩人編）

 

少年行　　　　少年(しょうねん)行(こう)　　　　　　　　　　　　　唐　　王(おう)　維(い)

 

新豐美酒斗十千　　　　新(しん)豊(ぽう)の美酒 斗(と)十千(じゅっせん)

咸陽遊侠多少年　　　　咸(かん)陽(よう)の遊侠(ゆうきょう) 少年多し

相逢意氣爲君飮　　　　相(あ)い逢(あ)いて意気 君が為に飲む

繋馬高樓垂柳邊　　　　馬を繋(つな)ぐ高楼(こうろう) 垂(すい)柳(しゅう)の辺(ほとり)

 

【語釈】

少年行…楽府題。いなせな若者や壮士を詠う。新豊…長安の東、華清宮のあるところ。斗十千…一斗（今の一升）が一万銭もする高級酒。咸陽…渭城。遊侠…勇気があり男気にとむ人。垂柳…しだれ柳。

（新釈漢文大系　詩人編　３）

 

絶句　　　　　　絶句　　　　　　　　　宋　　黃(き)天谷(てんこく)（黃春谷）

 

半篙春水一蓑烟　　　半竿(はんこう)の春水 一簑(いっさ)の煙

抱月懷中枕斗眠　　　月を懐中に抱きて 斗に枕して眠る　

説與時人休問我　　　時人(じじん)に説(せつ)与(よ)す 我に問うを休(やめ)よ

英雄回首即神仙　　　英雄 首を回(めぐ)せば 即ち神仙

 

【語釈】

半篙…棹半分ほどのふかさ。説與…説き明かす。烟…もや、霞。

 

　　　　

公子行　　　　公子(こうし)行(こう)　　　　　　　　　　　　　　唐　　劉廷之(りゅうていし)

 

天津橋下陽春水　　　天津(てんしん)橋下(きょうか) 陽春の水

天津橋上繁華子　　　天津橋上 華(はん)繁(か)の子(し)

馬聲迴合青雲外　　　馬声迴(かい)合(ごう)す 青雲の外(ほか)

人影動搖�鵠g裏　　　人影動搖す 緑波の裏(うち)

�鵠g蕩漾玉爲砂　　　�鵠g(りょくは) 蕩漾(とうよう)して 玉を砂と爲し

青雲離披錦作霞　　　青雲 離披(りひ)して 霞を錦と作(な)す

可憐楊柳傷心樹　　　憐む可し 楊(よう)柳(りゅう) 傷心の樹(じゅ)

可憐桃李斷腸花　　　憐む可し 桃李 断腸の花

此日遨遊邀美女　　　此の日 遨遊(ごうゆう) 美女を邀(むか)え

此時歌舞入娼家　　　此の時 歌舞(かぶ) 娼家(しょうか)に入る

娼家美女鬱金香　　　娼家の美女 鬱(うっ)金(こん)香(こう)

飛來飛去公子傍　　　飛び来たり飛び去る 公子の傍(そば)

的的珠簾白日映　　　的々(てきてき)たる珠(しゅ)簾(れん) 白日(はくじつ)に映じ

娥娥玉顏紅粉妝　　　娥娥(がが)たる玉顏(ぎょくがん) 紅粉(こうふん)の妝(よそお)い

花際裴回雙蛺蝶　　　花(か)際(さい)に裴(はい)回(かい)す 双蛺(そうきょう)蝶(ちょう)

池邊顧步兩鴛鴦　　　池返(ちへん)を顧步(こほ)す 両鴛鴦(りょうおうおう)

傾國傾城漢武帝　　　傾國(けいこく)傾城(けいせい) 漢(かん)武(ぶ)帝(てい)

爲雲爲雨楚襄王　　　爲雲爲(いうんい)雨(う) 楚(そ)襄(じょう)王(おう)

古來容光人所羨　　　古来 容光(ようこう)は 人の羨(うらや)む所

況復今日遙相見　　　況んや復た 今日遙かに 相見るをや。

願作輕羅著細腰　　　願わくは 軽羅(けいら)と作(な)なりて 細(さい)腰(よう)に著(つ)き

願爲明鏡分嬌面　　　願わくは 明鏡(めいきょう)と爲(な)りて 嬌(きょう)面(めん)を分かたん

與君相向轉相親　　　君と相向いて転(うた)た相親しみ　

與君雙棲共一身　　　君と双棲(そうせい)して 共に一身

願作貞松千歲古　　　願わくは貞(てい)松(しょう)の千歲に古きと作(な)らん

誰論芳槿一朝新　　　誰か論ぜん芳(ほう)槿(きん)の一朝(いっちょう)に新たなるを。

百年同謝西山日　　　百年 同じく謝す 西山(せいざん)の日

千秋萬古北邙塵　　　千秋(せんしゅう)万古(ばんこ)　北邙(ほくぼう)の塵

 

 

【語釈】

公子行 …貴公子の歌。楽府題。天津橋…洛陽城の西南にあって、洛水に架けられた橋。陽春…うららかな春の日。繁華子…華やかな生活をしている貴公子。廻合…ぐるぐるめぐりながら一つになる。青雲外…青空の彼方。�鵠g裏…緑の波間にうつって。蕩漾…水が揺れ動くさま。玉爲砂…川底の砂は玉を敷いたようである。青雲…青空。離披…四方に散り広がる。錦作霞…霞が錦のように照り映えている。可憐… 深い感動を表す言葉。ああ。楊柳…柳の総称。傷心…心を傷ましめる。桃李…桃とスモモ。斷腸…非常に悲しいさま、非常に悩ましいさま。遨遊…気ままに遊ぶこと。美女…娼妓を指す。邀…呼び迎える。招く。歌舞…歌舞に興じるために。入娼家…遊女の家へくり込む。鬱金香…西域産の鬱金草から採った香料。的的…明るくきらきら輝いている様子。珠簾…真珠を飾ったすだれ。白日映…日光に照り映えている。娥娥…女性の姿の美しいさま。玉顔 …女性の美しい顔。紅粉…紅べにと白粉おしろい。妝…化粧をして粧よそおうこと。花際…庭に咲く花の辺り。裴回…ここでは飛び回る。雙蛺蝶…二匹の蝶。池邊…池のほとり。顧歩…あちこちを振り返りながら歩く。兩鴛鴦…つがいのおしどり。傾國傾城…自分の城を危うくし、国を危うくするほどの絶世の美女の形容。漢武帝…その美女を愛した漢の武帝。爲雲爲雨…楚の襄王が巫山の巫女と契った故事による。容光…美しい顔かたち。羨…慕うの意。況復 … そのうえに。まして、さらに加えて。相見…美しい女性に巡りあえようとは。願…ねがわくは〜せん」と読み、「願うところは」「どうか〜したい」と訳す。自らの願望の意を示す。輕羅 … 軽いうすぎぬ。著細腰 … 細い腰にまといつきたい。明鏡 … 曇りのない鏡。嬌面 … 美しく、かわいらしい顔。分 … 分けてもらいたい。相向 … さし向かいでいると。轉 … だんだんと、ますます。相親 … 親しい仲となる。親しみが募ってくる。雙棲 … 夫婦となって一緒に住む。共一身 … 一心同体となる。貞松…みさおの正しい松。誰論 … 誰が問題にしましょう、問題じゃない。芳槿 … むくげの花。花は朝開いて夕方にはしぼむので、移ろいやすいことや、はかないことに喩える。一朝新…一朝ひとあさで新しく生えてくるような、浮いた話。百年…百年の寿命が尽きたら。同謝 … 一緒に死ぬこと。西山日 … 西山に沈む太陽。千秋萬古…千年も万年も。北邙塵…北邙山の塵となって、添い遂げましょう。北邙…洛陽の北にある北邙山、古くから墓地として有名。

 

（唐詩選）

浩浩歌　　　　　　　浩々歌(こうこうか) 　　　　　　　　　北宋　　馬(ば)　存(そん)

 

浩浩歌　　　　　　　　　浩々(こうこう)として歌う

天地萬物如吾何　　　　　天地 万物 吾を如何(いかん)　　

用之解帯食太倉　　　　　之を用うるときは 帯を解きて 太倉(たいそう)に 食(は)み

不用拂枕歸山阿　　　　　用いざれば 枕を払いて 山阿に帰る　　

君不見渭川漁父一竿竹　　君見ずや 渭(い)川(せん)の漁父 一(いっ)竿(かん)の竹

莘野耕叟數畝禾　　　　　莘(しん)野(や)の耕叟(こうそう) 数畝の禾(か)　　

喜來起作商家霖　　　　　喜こび来たって 起って 商家の霖(りん)と作(な)り

怒後便把周王戈　　　　　怒りて後 便ち 周王の戈(ほこ)を把(と)る　

又不見子陵��足加帝腹　　又た 見ずや 子(し)陵(りょう) 足を��たえて 帝(てい)腹(ふく)に加う

帝不敢動豈敢訶　　　　　帝 敢(あ)えて動かず 豈(あに)に 敢(あ)えて訶(か)せんや　　

皇天爲忙逼　　　　　　　皇天 為に忙逼(ぼうひょく)し

星辰相繫摩　　　　　　　　星辰 相繫(あいげき)き 摩す　　

可憐相府癡                憐(あわれ)むべし 相府(しょうふ)の痴(ち)

邀請先經過　　　　　　　　邀え 請いて 先ず経過せしむ　　

浩浩歌　　　　　　　　　　浩々として歌う

天地萬物如吾何　　　　　　天地 万物 吾を如何(いかん)　　

屈原枉死汨羅水　　　　　　屈原 枉(ま)げて死す 汨(べき)羅(ら)の水

夷齊空餓西山坡　　　　　　夷(い)斉(せい) 空しく餓(が)す 西山の坡(は)　　

丈夫犖犖不可羈　　　　　　丈夫(じょうふ) 犖々(らくらく) 羇(き)すべからず

有身何用自滅磨　　　　　　身有り 何ぞ用いん 自(おの)ずから滅磨(めつま)するを　　

吾觀聖賢心　　　　　　　　吾 聖賢の心を 観るに

自樂豈有他　　　　　　　　自ずから楽しむのみ 豈(あ)に他 有らんや　　

蒼生如命窮　　　　　　　　蒼生(そうせい) 如(も)し 命 窮し

吾道成蹉跎　　　　　　　　吾が道 蹉跎(さだ)を成さば　

直須爲弔天下人　　　　　　直ちに 須(すべか)らく 為に 天下の人を弔すべし

何必嫌恨傷邱阿　　　　　　何ぞ必ずしも 嫌恨(けんこん)して邱阿(きゅうか)を傷まん　　

浩浩歌　　　　　　　　　　浩々(こうこう)として歌う

天地萬物如吾何　　　　　　天地 万物 吾を如何(いかん)　　

玉堂金馬在何處　　　　　　玉堂 金馬 何れの処にか在る

雲山石室高嵯峨　　　　　　雲山 石室 高くして 嵯峨(さが)たり　　

低頭欲耕地雖少　　　　　  頭を低れて 耕さんと欲すれば 地 少しと雖(いえど)も

仰面長笑天何多　　　　　　面(めん)を仰ぎて 長笑すれば 天 何ぞ多き　　

請君醉我一斗酒　　　　　　請う君 我に酔わしめよ 一斗の酒

紅光入面春風和　　　　　　紅光 面(めん)に入(い)って 春風に和せん

 

【語釈】　

浩浩…元気が宇宙の間に充満するように広大なさま。解帯…布衣韋帯を解いて衣冠を着ける。食太倉…俸禄を受ける、太倉は官倉。山阿…山の隅。渭川漁父…太公望呂商。一竿竹…一本の釣り竿。莘野耕叟…伊伊、有莘の野を耕していた。禾…穀物の総弥。　商家霖…殷の朝廷を助ける者の意、「書経」。周王戈…呂商が周王の戈を持って戦に出た。子陵…厳光の字、の光武帝となる劉秀と同門に学ぶ。劉秀が皇帝となると、厳光は姓名を変えて身を隠した。光武帝はその才能を惜しみ行方を捜させたところ、後斉国で羊毛の皮衣を着て沢の中で釣りをしているところを見いだされて、長安に召し出された。ある夜、光武帝と厳光がともに就寝し、厳光が光武帝の腹の上に足を乗せて熟睡し、翌日太史がその不敬を奏上して罰しようとしたが、光武帝は「故旧とともに臥したのみ」とこの件を取りあげなかった。訶…叱る。皇天…大いなる天。忙逼…忙しく迫る。皇天爲忙逼…天象が変じた。星辰相繫摩…宿星が帝座を侵した。相府癡…侯覇が使いを使わして厳光を向かえたが、厳光は答えもしなかった。犖犖…超絶のさま。羈…束縛。蹉跎…その意を遂げないこと。邱阿…孔子。玉堂…翰林院。金馬…宮廷の門の名。石室…洞窟。嵯峨…山の高いさま。

 

 

 

◆    贈答類

 

秋夜寄丘二十二員外 　秋夜(しゅうや)丘(きゅう)二十二員外(いんがい)に寄す　　唐　　韋應物(いおうぶつ)

　　　　

懷君屬秋夜　　　　君を懷(おも)いて 秋(しゅう)夜(や)に属(ぞく)す 　　　

散步詠涼天　　　　散步 涼天(りょうてん)に詠(えい)ず

山空松子落　 　　 山空(むな)くして 松子(しょうし)落つ

幽人應未眠　　　　幽人(ゆうじん) 応(まさ)に未(いま)だ 眠ざるべし

 

【語釈】

丘二十二…丘は姓、丘丹、二十二は排行。員外…員外郎、長官の補佐役。懐…懐かしく思う。属…ちょうど〜にあたる。今ちょうどそのときである。涼天 …秋の涼しい夜空。詠… 詩を口ずさむ。空…人気けがなくて、ひっそりしている様子。松子…松かさ。幽人…俗世間を離れてひっそり暮らしている人、隠者、丘丹を指す。応…「まさに〜すべし」と読み、「きっと〜であろう」と訳す、強い推量の意を示す。

（唐詩三百首）

簡舒古廉　　　　　舒(じょ)古廉(これん)に簡(かん)す　　　　　　　　　清　　呉錫麒

 

君居我巷東　　　君は 我が巷(こう)の東に居り

望見我家樹　　　我が家の樹を 望見(ぼうけん)す　　

三日春雨深　　　三日(さんじつ) 春雨 深し

相思落花暮　　　相思う 落花の暮れ

 

【語釈】

簡…手紙を送る。巷…街。相思…互いに相手を思う。

 

 

聞王昌齡左遷龍標遙有此寄　　　　　　　　　　　　唐　　李(り)　白(はく)

 王昌齡(おうしょうれい)の龍標(りょうひょう)の尉に左遷せらるるを聞き 遙かに此の寄(き) 有り　　

 

楊花落盡子規啼　　　楊(よう)花(か) 落ち尽くして 子規 啼く

聞道龍標過五溪　　　聞道(きくなら)く 龍標(りゅうひょう) 五溪(ごけい)を過ぐと

我寄愁心與明月　　　我 愁(しゅう)心(しん)を寄せて　明月に 与(あた)う

隨風直到夜郎西　　　風に隨いて 直ちに到れ 夜郎(やろう)の西

 

【語釈】

竜標 … 県名、湖南省洪江市西南の黔城鎮。寄 … 詩を人に託して送り届けること。楊花 …柳絮。子規 … ホトトギス。聞道 …聞くところによれば」。五渓 … 地名、洞庭湖の西南端、湖南省常徳市の西方にあった五つの川。寄愁心与明月 … 君を思う愁いの心を明月に託そう。随風 … どうか風に乗って。夜郎 …竜標の西北にある夜郎県のあたりを指す。

（唐詩選）

 

贈花卿        花(か)卿(けい)に贈る　　　　　　　　　　　　唐　　杜(と)　甫(ほ)

 

錦城絲管日紛紛　　　錦(きん)城(じょう)の糸管(しかん)　日に紛々(ふんぷん)

半入江風半入雲　　　半ばは 江風に入り 半ばは 雲に入る

此曲秪應天上有　　　此の曲 只だ 応(まさ)に 天上に有るべし　

人間能得幾回聞　　　人間(じんかん) 能(よ)く 幾回か 聞くを得ん

 

【語釈】

花卿 … 唐の猛将、花敬定のこと。錦城 … 錦官城。四川省の成都の別称。糸管 … 琴などの弦楽器と笛などの管楽器。紛紛 … 入りみだれて賑やかなさま。江風 … 川風。入雲 … 高く鳴り響く。天上 … 天上界。人間 … 人間世界。

（唐詩選）

 

 

江南逢李龜年　　　　江南にて李(り)亀(き)年(ねん)に逢う　　　　唐　　杜(と)　甫(ほ)

 

岐王宅裏尋常見　　　岐(ぎ)王(おう)の宅(たく)裏(り)尋常(じんじょう)に見

崔九堂前幾度聞　　　崔(さい)九(きゅう)の堂前 幾度(いくたび)か聞く

正是江南好風景　　　正(まさ)に是(こ)れ 江南の好風景

落花時節又逢君　　　落花の時節 又 君に逢う

 

【語釈】

李亀年 … 玄宗に寵愛された当時有名な男性歌手。岐王 … 玄宗の弟、李範。宅裏 … 屋敷内。尋常 … たびたび。崔九 … 崔滌いう貴族、玄宗に寵愛された。堂前 … 屋敷の前。幾度 … 何度も。風景 … 風と日の光。落花時節 … 晩春を示す。

（唐詩三百首）

玉關寄長安李主簿 　玉関にて長安の李主簿に寄す　　唐　　岑(しん)　參(じん)

 

　　  

東去長安萬里餘　　　　東のかた 長安を去ること 万里余(ばんりよ)　

故人那惜一行書　　　　故人(こじん) 那(なん)ぞ惜(おし)む 一行の書　

玉關西望堪腸斷　　　　玉関を西望(せいぼう)すれば 腸(はらわた) 断(た)つに堪(たえ)えんや　

況復明朝是歳除　　　　況(いわ)んや 復(ま)た 明朝(みょうちょう)は是(こ)れ 歳除(さいじょ)なるをや　

 

【語釈】

玉関…玉門関。寄…手紙を出す。主簿…役所で、記録や文書帳簿を管理し、庶務を司る官。萬里餘…万里以上、はるばると。故人…友人何惜…どうして（手間を）惜しむのか一行書…簡単な手紙。西望…西の方を望む。堪…我慢する。腸斷…腸（はらわた）が断たれるほどの辛さ。歳除…大晦日。

(唐詩選)

 

過燕支寄杜位 　　　燕支を過ぎ杜位に寄す　　　　唐　　岑(しん)　參(じん)

 

燕支山西酒泉道　　　燕支山(えんしさん)西(せい) 酒(しゅ)泉(せん)の道

北風吹沙卷白草　　　北風 沙(すな)を吹いて 白(はく)草(そう)を卷く

長安遙在日光邊　　　長安は 遙かに日光の辺に在り

憶君不見令人老　　　君を憶えども 見ず 人をして老いしむ

 

【語釈】

燕支山…中国甘粛省蘭州の北、張掖の東南にある山。酒泉…甘粛省酒泉市。白草…北地に生える白い草。

（岑嘉州集）

 

 

寄孫山人　　　　　孫(そん)山人(さんじん)に寄す　　　　　　　　　唐　　儲光羲(ちょこうぎ)

 

新林二月弧舟還　　　新林二月　孤舟還る

水滿清江花滿山　　　水は清江に満ち　花は山に満つ

借問故園隱君子　　　借問す 故園の　隠君子

時時來往住人�閨@　　時々来往して　人間に住まるかと

 

【語釈】

山人 … 世を捨てて山中に隠れ住む人。寄 … 詩を人に託して送り届けること、「贈」は、詩を直接手渡すこと。新林 … 春になって新しく芽吹いた林。孤舟還 … 一艘の小舟で帰る。水満清江 … 春の水が清らかな川に満ちあふれている。借問 … ちょっとお尋ねしますが。故園 …古くから住み慣れた庭園、孫山人の住居を指す。隠君子 … 世を避けて山中に隠れ棲む徳の高い人、孫山人を指す。

（唐詩選）

 

 

贈崔九 　　　　崔(さい)九(きゅう)に贈る　　　　　　　　　　唐　　劉(りゅう)長(ちょう)卿(けい)

 

憐君一見一悲歌　　　憐れむ 君の一たび見て 一たび悲歌するを

歳歳無如老去何　　　歳々老い去くを如何せん　　

白屋漸看秋草沒　　　白屋 漸く看る 秋草に没するを

青雲莫道故人多　　　青雲 道うこと莫かれ 故人多しと

 

【語釈】

崔九…崔載華のこと、「九」は排行、作者と親交があったと思われる。一見…一回会う。悲歌…悲しげな詩歌。歳歳…毎年。如…何……をどんなにしたものであろう。白屋…貧しい者の家。漸…次第に。沒…かくれる。青雲…高い位、高官。莫道…（…と）言いなさるな。故人…古くからの友人。

 

酬李穆見寄　　　李穆の寄せらるるに酬ゆ　　　　唐　　劉(りゅう)長(ちょう)卿(けい)

 

孤舟相訪至天涯　　　孤舟 相訪(あいと)いて 天涯(てんがい)に至る

萬轉雲山路更賖　　　万転(ばんてん)の雲山 路 更に(さらに)賖(はるか)なり

欲掃柴門迎遠客　　　柴門を払いて 遠客を迎えんと欲すれば

青苔黃葉滿貧家　　　青苔 黃葉 貧家に満つ

 

【語釈】

李穆…劉長卿の娘婿。酬…詩を送られたことの返礼。相訪…尋ねてくる。天涯…地の涯。ここでは、作者（…劉長卿）の許のこと。万転…何度も向きを変える意。雲山…雲のかかった高い山。賒…遠い。柴門…柴（しば）を編んでつくった粗末な門。遠客…遠くから来た客、ここでは李穆を指す。黄葉…もみじ葉、秋になって葉が黄色く変わる葉。貧家…貧しい家、寒家。

（三体詩）

 

 

寒食寄京師諸弟　　　寒食 京師(けいし)の諸弟に寄す 　　　唐　　韋應物(いおうぶつ)

 

雨中禁火空齋冷　　　雨中 火を禁じて 空(くう)斎(さい) 冷やかに

江上流鶯獨坐聽　　　江上の流(りゅう)鶯(おう) 独坐(どくざ)して聴く　　

把酒看花想諸弟　　　酒を把(と)り 花を看て 諸弟を想う

杜陵寒食草青青　　　杜(と)陵(りょう)の寒食 草 青々(せいせい)

 

【語釈】

寒食…当時から百五日目、この前後火を使わない。空齋…人気の無い部屋。流鶯…乱れ鳴く鶯。杜陵…西安市雁塔区三兆邑西北にあたる、漢の宣帝の陵があったので名付けられた。

 

寄李渤 　　　　　李渤(りぼつ)に寄す　　　　　　　　　　唐　　張(ちょう)　籍(せき)

 

五度溪頭躑躅紅　　　五度溪頭(ごとけいとう) 躑躅(てきしょく)紅なり

嵩陽寺裏講時鐘　　　嵩(すう)陽寺(ようじ)裏(り) 講(こう)時(じ)の鐘

春山處處行應好　　　春山 處々(しょしょ)行きて応(まさ)に好かるべし

一月看花到幾峰　　　一月(いちげつ) 花を看て 幾(いく)峰(ほう)にか到る

 

【語釈】

李渤…中唐の詩人。（？〜831年）。字は澹之。若くして嵩山の少室山に隠棲し、少室山人と号す。五渡溪…嵩山にある渓の名称。躑躅…つつじ。嵩陽寺…嵩陽書院。

（三体詩）

 

 

與歌者何戡　　　　歌者 何戡(かかん)に与(あた)う　　　　　　　唐　　劉禹(りゅうう)錫(しゃく)

 

二十餘年別帝京　　　二十余年 帝京(ていきょう)に別れ

重聞天樂不勝情　　　重ねて 天楽を聞いて 情に勝えず

舊人唯有何戡在　　　旧人 唯(た)だ何戡(かか)の在る 有り

更與殷勤唱渭城　　　更に 与(ため)に 殷(いん)勤(ぎん)に 渭(い)城(じょう)を唱たう

 

【語釈】

歌者 … 歌手。何戡 … 人物については不明。帝京 … 天子の住んでいる都。重 … 再び。天楽 … 鈞天広楽。天上の音楽。転じて宮中の音楽を指す。旧人 … 昔の知り合い。有何戡在 … 何戡が一人いるだけ。更 … さらに。そのうえに。与 … 自分のために。殷勤 … 慇懃に同じ。ねんごろで丁寧なこと。真心を込めること。渭城 … 王維の「元二の安西に使いするを送る」（唐詩三百首では「渭城曲」）を指す。

（唐詩選）

 

寄韓鵬 　　　韓鵬に寄す　　　　　　　　　　　　唐　　李　頎

 

爲政心閑物自閑　　　政(まつりごと)を為して 心 閑(かん)なれば 物 自(おの)ずから 　閑(かん)なり

朝看飛鳥暮飛還　　　朝(あした)に看る飛鳥(ひちょう)　暮れに飛び還(かえ)る

寄書河上神明宰　　　書を寄す 河上(かじょう) 神明の宰(さい)

羨爾城頭姑射山　　　羨(うらや)む 城頭 姑(こ)射(や)の山

 

【語釈】

韓鵬…山西省臨汾市辺りの県令であったようであるが、不詳。為政 … 政治を行うのに。閑 … 心静かに、のんびりしているならば。物自閑 … 物事すべてが自然に静かに治まってゆくものである。寄書 … 手紙を書き送る。河上…汾河のほとり、臨汾市辺り。神明宰 … 神のように賢明な県令。羨爾…羨ましく思う、「爾」は助字。城頭 … 町の辺り。町の付近。城は、城壁で囲まれた町全体。城市。姑射山 …今の山西省臨汾市の西北にある山、仙人が住んでいるという。

（唐詩選）

 

 

贈江客　　　江客を贈る　　　　　　　　　　　　　唐　　白(はく)居(きょ)易(い)

 

江柳影寒新雨地　　　江(こう)柳(りゅう) 影は寒し 新雨の地

塞鴻聲急欲霜天　　　塞(かん)鴻(こう) 声 急にして 霜ならんと欲するの天　　

愁君獨向沙頭宿　　　愁(うれ)う 君が 独り 沙頭(さとう)の宿に向うを

水遶蘆花月滿船　　　水は 蘆花(ろか)を遶ぐり 月は 船に満つ

 

【語釈】

江柳…川辺の柳。塞鴻…北の辺地から来る雁。沙頭…沙洲のほとり。

 

夜發袁江寄李潁川劉侍御　　　　　　　　　　　　唐　　戴叔倫(たいしゅくりん)

夜　袁(えん)江(こう)を発し　李(り)頴(えい)川(せん)・劉侍郎(りゅうじろう)に寄す　　　

 

半夜回舟入楚郷　　　　　半夜 舟を回ぐらして 楚(そ)郷(きょう)に入(い)る　

月明山水共蒼蒼　　　　　月明 山水 共に蒼々(そうそう)たり　

孤猿更叫秋風裏　　　　　孤(こ)猿(えん) 更に叫ぶ 秋風(しゅうふう)の裏(うち)

不是愁人亦斷腸　　　　　是(こ)れ 愁人(しゅうじん)ならずとも 亦(ま)た腸(はらわた)を断(た)たん　

 

【語釈】

袁江…江西省漂萍郷県を流れ、贛江に注ぐ川の名。李頴川…人名、不明。侍郎…中書省、門下省、尚書省各部署の副長官。半夜…夜中、夜半。楚郷…楚の地方。蒼蒼…青白い色。愁人…愁いを抱いている人。

（唐詩選）

 

贈殷亮　　　殷亮に贈る　　　　　　　　　　　　 唐　　戴叔倫(たいしゅくりん)

 

日日河邊見水流　　　日々(ひび) 河辺(かへん)に 水の流るるを見る　

傷春未已復悲秋　　　春を傷(いた)み 未(い)まだ已(や)まざるに 復(ま)た秋を悲しむ　

山中舊宅無人住　　　山中の旧宅 人の住む無く　

來往風塵共白頭　　　風塵(ふうじん)に来往(らいおう)して 共に白頭(はくとう)　

 

【語釈】

殷亮…、人名、不詳。河邊…川のほとり。舊宅…かっての住まい。來往…行ったり来たり、うろうろすること。風塵…けがれた俗世間。白頭…白髪頭、年をとったことを示す常用語。

（三体詩）

 

酬曹侍御過象縣見寄　　　　　　　　　　　　　　唐　　柳宗元(りゅうそうげん)

曹(そう)侍御(ぎょし)の象(しょう)県(けん)を過(よぎ)って寄(よ)せられしに酬(むく)ゆ　

 

破額山前碧玉流　　　　破(は)額山前(がくさんぜん) 碧玉(へきぎょく)の流れ　

騒人遥駐木蘭舟　　　　騒人(そうじん)遥(はる)かに駐(とどむ)む 木(もく)蘭(らん)の舟　

春風無限瀟湘意　　　　春風(しゅんぷう)限り無し 瀟湘(しょうしょう)の意(い)　

欲採蘋花不自由　　　　蘋(ひん)花(か)を采(と)らんと欲するも 自由ならず　

 

【語釈】

侍禦…侍御史、皇帝の側に使える役人。象縣…嶺南道柳州の県（広西壮族自治区象州県）。破額山…象県の中の柳江のほとりにある山。碧玉…清く青く澄んでいる喩え。騒人…屈原をはじめとする『楚辞』の世界の人、曹侍御をいう。遥駐…象縣と柳州は、５０kmほど離れている。木蘭舟…木欄で作った船、船の美称。瀟湘…湘水と瀟水の合流しているところ，洞庭湖の南。瀟湘意…曹侍御に逢いたいのだが果たせないこと。蘋花…浮き草の一種の花。

（柳宗元詩集）

 

 

寄令狐郎中　　　　令狐郎中(こそろうちゅう)に寄す　　　　　　　 唐　　李商隱(りしょういん)

 

嵩雲秦樹久離居　　　嵩雲(すううん)秦樹(しんじゅ) 久しく離(り)居(きょ)す

雙鯉迢迢一紙書　　　双鯉(そうり)迢々(ちょうちょう)たり 一紙の書

休問梁園舊賓客　　　問うを休めよ 梁(りょう)園(えん)旧賓(きゅうひん)の客(かく)に

茂陵秋雨病相如　　　茂(も)陵(りょう)の秋雨 病相如(びょうしょうじょ)

 

【語釈】

令狐郎中…右司郎中（尚書省の役人を右司の長官）である令狐綯（令狐楚の子）。嵩雲…五岳の一つ崇山（河南省登封県の南）にかかる雲。秦樹…陝西省の樹木。雙鯉…二匹の鯉、雁と共に手紙をもたらす物とされている（『文選』巻二十七）。迢迢…遙かに遠いさま。一紙書…令狐郎中からの手紙。休問梁園舊賓客…梁園は、前漢の景帝の弟の凌の孝王の庭園で司馬相如を始めとする文人たちを賓客として招いた、自分を司馬相如をたとえ、令狐楚を孝王にたとえた物。茂陵…漢の武帝の陵墓、司馬相如が晩年病臥してすごした所。病相如…病気の司馬相如にも似た自分。

（唐詩三百首）

 

 

寄揚州韓綽判官　　　揚州(ようしゅう)の韓綽(かんとう)判官(はんがん)に寄す　　　　唐　　杜(と)　牧(ぼく)

 

��山隱隱水迢迢　　　青山 隠々(いんいん) 水 迢々(ちょうちょう)

秋盡江南草木凋　　　秋尽きて 江南 草木凋(しお)る

二十四橋明月夜　　　二十四橋 名月の夜

玉人何處�ﾍ吹簫　　　玉人(ぎょくじん) 何れの処にか 吹簫(すいしょう)を教う

 

【語釈】

青山…青く見える山。隠隠…かすんではっきりしないさま。迢迢…はるかに遠くまで続いている様子。草木凋…草木が枯れる。二十四橋…揚州城の内外の水路にかかった虹橋。玉人…貴公子、韓綽を指す。吹簫…簫の笛を吹く。

（新釈漢文大系　詩人編　９）

懷呉中馮秀才　　　　呉中(ごちゅう)の馮(ば)秀才(しゅうさい)を懐う　　　　 唐　　杜(と)　牧(ぼく)

 

長洲苑外草蕭蕭　　　長洲(ちょうしゅう)苑外(えんがい) 草蕭々(くさしょうしょう)

却算遊程歳月遥　　　却(かえ)って遊(ゆう)程(てい)を算(かぞ)うれば 歳月遥かなり

唯有別時今不忘　　　唯だ別(べつ)時(じ)の 今に忘れざる有り

暮煙秋雨過楓橋　　　暮(ぼ)煙(えん) 秋雨  楓橋を過ぐ

 

【語釈】

呉中…江蘇省呉県（蘇州市）。馮秀才…馮という姓の科挙試験合格者。長洲苑…古の苑の名、春秋時代の呉王・闔閭が遊猟した処。蕭蕭…ものさびしいさま。卻…かえって。遊程…旅路の行程。唯有…ただ…だけがある。別時…別れたとき。暮煙…夕暮れに立つもや。楓橋…江蘇省蘇州市の郊外にある橋の名。

（杜樊川絶句詳解）

 

 

神水館寄子瞻兄　　神(しん)水(すい)館子(かんこ)瞻(たん)兄(けい)に寄す　　　　　北宋　　蘇(そ)　轍(てつ)

 

誰將家集過幽都　　　誰か 家集を将って 幽都を過ぐ　　　

逢見胡人問大蘇　　　胡人に逢見(ほうけん)すれば 大蘇(だいそ)を問わる　　

莫把文章動蠻貊　　　文章を把(と)って 蛮貊(ばんぱく)を動かすこと莫かれ

恐妨談笑卧江湖　　　恐らくは　談笑して　江湖に卧(が)することを妨げん

 

【語釈】

家集…蘇軾一家の詩文集。幽都…契丹の都。大蘇…蘇軾。蠻貊…野蛮な異民族。

 

 

 

春日偶題呈錢尚書      春日偶題 銭(せん)尚書(しょうしょ)に呈す　　宋　　秦(しん)　觀(かん)

 

三年京國鬢如絲　　　三年 京(けい)国(こく) 鬢(びん) 糸の如し

又見新花發故枝　　　又見る 新花の 故枝(こし)に発(ひら)くを　　

日典春衣非爲酒　　　日に 春衣を典(てん)するも　酒の為に非ず

家貧食粥已多時　　　家 貧しくして 粥を食するに 已に多時

 

【語釈】

京國…帝都周辺の国。典…質に入れる。故枝…古い枝。多時…長い時間。

 

 

贈羅友卿　　　羅(ら)友(ゆう)卿(きょう)に贈る　　　　　　　　　　　金　元好問(げんこうもん)

 

閑中日月病中身　　　閑中(かんしゅう)の日月 病中の身

寂寞相求有幾人　　　寂寞(せきばく) 相(あい)求(もと)むるは 幾人か有る

莫怪門前可羅雀　　　怪しむ莫(な)かれ 門前 雀を羅(ら)すべきを

詩家所得是清貧　　　詩家の所得は 是れ 清貧(せいひん)

 

【語釈】

寂寞…ひっそりしてもの寂しいさま。可羅雀…門前に網を張り雀を捕る､訪れる人の無いことを言う、『史記』の故事。

 

 

 

灞橋寄内　　　　　灞(は)橋(きょう) 内に寄す　　　　　　　　清　　王士��(おうししん)

 

太華終南萬里遥　　　太華 終南 万里 遥かなり

西來無處不魂銷　　　西来 処として 魂銷(こんしょう)せざるは無し　

閨中若問金錢卜　　　閨中(けいちゅう) 若(も)し 金錢の卜(ぼく)を 問わば

秋雨秋風過灞橋　　　秋雨 秋風 灞(は)橋(きょう)を過ぐ

 

【語釈】

灞橋…長安の西にあり、ここで見送りに来た人が柳の枝を折り、旅立つ人の首に輪としてかけて送った。太華…崋山、五岳の一つ、中国陝西省華陰市にある山。終南…終南山、長安の南にある山。西來…西にやってくる。魂銷…魂が消えるほどの寂しさ。閨中…女性の部屋。問金錢卜…銭を投げて、裏表で吉凶を占う。

（漢詩大系２３）

 

 

贈柳敬亭 　　　柳(りゅう)敬亭(けいてい)に贈る　　　　　　　　　清　　毛(もう)奇(き)齢(れい)

 

流落相憐柳敬亭　　　流落(りゅうらく) 相憐(あいあわ)れむ 柳(りゅう)敬亭(けいてい)

消除豪氣鬢星星　　　豪気(ごうき)を消(しょう)除(じょ)して 鬢(びん) 星々(せいせい)たり　　

江南多少前朝事　　　江南 多少 前朝の事

説與人間不忍聽　　　人間(じんかん)に説与(せつよ)するも 聽くに忍びず　

 

【語釈】

流落…落ちぶれて四方に流浪する。豪氣…人に負けない豪壮の意気。消除…消え失せること。星星…白髪のちらちらするさま。前朝…明のこと。説與…説き聞かせる。

 

 

示友　　　　　友に示す　　　　　　　　　　　　清　　周(しゅう)亮工(りょうこう)

 

海水群飛百丈高　　　海水 群れ飛んで 百丈高し

同君城上擁弓刀　　　君と同じく 城上に弓刀を擁(よう)す　　

戰瘢莫向燈前看　　　戦瘢(せんぱん) 灯前に向(むか)って 看ること莫(な)かれ

恐惹霜華上鬢毛　　　恐らくは 霜(そう)華(か)を惹(ひ)いて 鬢(びん)毛(もう)に上(のぼ)らさん

 

【語釈】

戰瘢…戦場にて受けた刀傷。向…於いて。霜華…白髪の意。

 

 

秋日寄懐高梓巌　　秋日懐(おもい)を高梓(こうしん)巌(がん)に寄す　　　清　　張増慶(はりぞうけい)

 

琴樽幾載憶南皮　　　琴(きん)樽(そん) 幾載(いくさい)か 南皮(なんぴ)を憶う

明月清風阻舊歡　　　明月 清風 旧歓(きゅうかん)を阻む

欲問離愁何處切　　　問んと欲す 離(り)愁(しゅう) 何れの処にか 切なる

滿庭黃葉雨來時　　　満庭の黃葉 雨の来たる時

 

【語釈】

琴樽…文士が宴会して詩を作ること。南皮…河北省滄州市に位置する県。幾載…幾年。舊歡…昔の楽しみ。籬愁…離れている愁。

 

 

口號贈盧徵君鴻　　　　口号(こうごう)して盧(ろ)徵(び)君(くん)鴻(こう)に贈る　　唐　　李(り)　白(はく)

 

陶令辭彭澤　　　陶令(とうれい) 彭沢(ほうたく)を辞し

梁鴻入會稽　　　梁(りょう)鴻(こう) 会稽(かいけい)に入る　　

我尋高士傳　　　我 高士の伝を尋ぬるに

君與古人齊　　　君 古人と斉(ひと)し　

雲臥留丹壑　　　雲に臥(が)して丹壑(たんがく)を留め

天書降紫泥　　　天書(てんしょ) 紫(し)泥(でい)を降す　　

不知楊伯起　　　知らず 楊伯起(ようはくき)

早晚向關西　　　早晚か 関西に向う

 

【語釈】

口號…紙に書かないで詩を作る。盧鴻…博学で書に巧み、崇山に隠棲して再三応じなかったが最期に仕官した。陶令…陶淵明。彭澤…彭澤…江西省九江市彭沢県、陶淵明が県令であった。梁鴻…後漢の人、富貴功名を恥じて会稽にで隠棲した。丹壑…赤色の丘嶽。天書…天子の書。紫泥…紫色の泥で封じた書、即ち勅令。楊伯起…後漢の人、関西の孔子と称せられた。

 

 

 

 

 

寄邢逸人 　　　　邢逸人(けいいつじん)に寄す　　　　　　　　　唐　　鄭(てい)　常(じょう)

 

羨君無外事　　　羨やむ 君が外事(がいじ)無く

日與世情違　　　日に 世情と違(たが)うを　　

地僻人難到　　　地 僻(へき)にして　人 到り難く

溪深鳥自飛　　　溪 深くして 鳥 自(おの)ずから飛ぶ　　

儒衣荷葉老　　　儒(じゅ)衣(い) 荷(か)葉(よう) 老い

野飯藥苗肥　　　野(や)飯(はん) 薬(やく)苗(びょう) 肥ゆ　　

若問潮邊意　　　若(も)し 潮辺の意を問わば

而今憶共歸　　　而(じ)今(こん) 共に帰らんことを憶う

 

【語釈】

儒衣…儒者の着物。潮邊意…潮が引き又満ちる意。而今…これから。

　　

 

 

 

闕下贈裴舍人　　闕下にて裴舍人に贈る　　　　　　唐　　錢(せん)　起(き)

 

二月黃鸝飛上林　　　二月 黃鸝(こうり) 上林(じょうりん)に飛ぶ

春城紫禁曉陰陰　　　春城 紫禁(しきん) 曉(あかつき)に陰々　　

長樂鐘聲花外盡　　　長楽(ちょうらく)の鐘声(しょうせい) 花外に尽き

龍池柳色雨中深　　　龍(りょう)池(ち)の柳色　雨中に深し　　

陽和不散窮途恨　　　陽和(ようわ) 窮(きゅう)途(と)の恨みを散せず

霄漢常懸捧日心　　　霄漢(せいかん) 常に捧(ほう)日(じつ)の心を懸(か)く　　

獻賦十年猶未遇　　　賦(ふ)を献じて十年 猶(な)お 未だ遇わず

羞將白髮對華簪　　　羞(は)ずらくは 白髮を将(も)って 華(か)簪(しん)に対するを

 

【語釈】

闕下…宮殿の門の下。裴 … 裴某。人物については不明。舎人 … 中書舎人、中書省に所属し、詔勅の作成などを司った。黄鸝 … 高麗うぐいす。上林 … 漢代の御苑、上林苑のこと。春城 … 春の宮城。紫禁 … 天子の宮殿。陰陰 … うす暗く、ひっそりしている様子。長楽 … 漢代の宮殿の名、長楽宮。花外 … 花の彼方。竜池 … 興慶宮内にあった池の名。柳色 … 青々とした柳の色。陽和 … のどかな春の気。窮途 … 仕官をするところがなく、行き詰まった境遇。霄漢 … 大空。朝廷に喩える。捧日心 … 天子への忠誠心。献賦 … 天子に賦を作って献ずること。十年 … 長い間。未遇 … 不遇なこと。華簪 … 華やかなかんざし、地位の高い人、ここでは裴舎人を指す。

（唐詩三百首）

 

寄黎眉州 　　　　黎眉州(れいびしゅう)に寄す　　　　　　　　北宋　　蘇(そ)　軾(しょく)

 

膠西高處望西川　　　膠(ろう)西(せい) 高き処 西川(せいせん)を望む

應在孤雲落照邊　　　応(まさ)に 孤雲の 落(らく)照(しょう)の辺に 在るべし　　

瓦屋寒堆春後雪　　　瓦屋(がおく) 寒(かん)は堆(うずたか)し 春後(うご)の雪

峨眉翠掃雨餘天　　　峨(が)眉(び) 翠(すい)は掃(はら)う 雨余(うよ)の天　　

治經方笑春秋學　　　経(けい)を治(じ)して 方(まさ)に笑う 春秋の学

好士今無六一賢　　　士を好む 今 無し 六一(ろくいち)の賢　　

且待淵明賦歸去　　　且だ 淵明の帰去を賦するを 待ちて

共將詩酒趁流年　　　共に 詩酒を将ちて 流年を趁(お)わん

 

【語釈】

黎眉州…黎希声、「春秋」を修めて歐陽脩に知られた人、時に蘇軾の故郷である眉州の刺史であった。膠西…河南省鄭州市新密市。西川…蜀の地。瓦屋…瓦屋山、四川省栄経県の近くにある山。峨眉…峨眉山。雨餘天…雨上がりの空。治經方笑春秋學…経書を収めて、王安石などの「春秋」を喜ばない人間を笑う。六一…歐陽脩。且待淵明賦歸去…陶淵明が「帰去来の辞」を作って故郷に帰ったように、自分が、眉州に帰ったならば。流年…余生。

 

　　

 

贈鮮于伯機　　　　　鮮于(せんう)伯機(はくき)に贈る　　　　　　　元　　劉　祁

 

憶昔逢君北渚秋　　　憶う昔 君に逢う北渚(ほくしょ)の秋

藕花香裏醉輕舟　　　藕(ぐう)花(か)香(こう)裏(り)に 軽舟に酔う

三年一別空回首　　　三年 一別 空しく首(こうべ)を回(めぐ)らし

千里相思更倚樓　　　千里 相思(そうし) 更に楼に倚(よ)る

明月不隨春物老　　　明月 春物に随って 老いず

碧山長帶暮雲愁　　　碧山　長(とこし)えに 暮雲を帯びて 愁う

天平松竹黃華水　　　天平の松竹 黄華の水

早晚柴車得共遊　　　早晩 柴車(そうしゃ)に 共に遊ぶを得ん

 

【語釈】

伯機…鮮機枢（元の文人。官は太常寺典簿にいたった。西湖畔の虎林に住み，琴，書，古玩の鑑賞を好んだ。）の字。北渚…北のみぎわ。藕花…蓮の花。春物…春の景色。天平・黄華…共に地名。柴車…飾りのない車。

 

 

 

 

人日寄杜二拾遺　　　　人日寄杜二拾遺　　　　 　唐　　高(こう)　適(せき)

 

人日題詩寄草堂　　　人(にん)日(じつ) 詩を題して 草堂に寄す

遙憐故人思故�ｸ　　　遙かに憐れむ 故人の故�ｸを思うを

柳條弄色不忍見　　　柳條(りゅうじょう)は色を弄(ろう)して 見るに忍びず

梅花滿枝空斷腸　　　梅花は枝に満ちて 空しく腸(はらわた)を断つ

身在南蕃無所預　　　身は南蕃(はんばん)に在りて 預(よ)る所無く　

心懷百憂復千慮　　　心に懷く百憂(ひゃくゆう)　復(ま)た千慮(せんりょ)なり　

今年人日空相憶　　　今年の人(じん)日(じつ)　空しく相い憶い

明年人日知何處　　　明年の人日 何れの処なるかを知らん

一臥東山三十春　　　一臥(いちが)東山(とうざん) 三十の春

豈知書劍老風塵　　　豈(あ)に知らんや 書(しょ)剣(けん) 風塵(ふうじん)に老いんとは

龍鐘還忝二千石　　　龍(りゅう)鐘(しょう)還(ま)た忝(かたじけ)のうす 二千石(にせんせき)

愧爾東西南北人　　　愧(は)づ 爾(なんじ) 東西南北の人に

 

【語釈】

人日…陰暦正月七日。杜二拾遺…杜甫、杜二は排行、左拾遺であったことから拾遺と言っている。草堂…杜甫の浣花草堂。遙…遙か遠くから。故人…親しい友人。柳条…ヤナギの枝。弄色…色をきざす意。断腸…非常な悲しみ。南蕃…南方の野蛮地。預…かわる。あずかる。百憂…あれこれと考えをめぐらすこと。千慮…いろいろと考えをめぐらすこと。相憶…思い起こす。臥…仕官しないで、隠者生活をする意。東山…政治・軍事の世界に出る前、郷里で過ごしていた時期。龍鐘…年老いてつかれ病むさま。二千石…漢代の郡守の俸禄高。転じて、地方長官の意で使う。東西南北人…住所が定まらず、諸方をさまよい歩く人。

（唐詩選）

 

短歌行贈王郎司直　　短歌行 王郎(おうろう)司直(しちょく)に贈る   　　唐　　杜(と)　甫(ほ)

 

王郎酒酣拔劒斫地歌莫哀　王郎 酒 酣(たけなわ)にして剣を拔き 地を斫(き)り莫(ばく)哀(あい)を歌う

我能拔爾抑塞磊落之奇才　我 能(よ)く爾(なんじ)が抑(よく)塞(そく)せる磊落(らいらく)の奇才を拔かん

豫章翻風白日動　　　　　豫(よ)章(しょう) 風に翻(ひるがえ)りて　白日 動き

鯨魚跋浪滄溟開　　　　　鯨魚 浪を跋(ふ)みて 滄溟(そうめい)も開く　

且脫劒佩休裴回　　　　　且(か)つ 佩劍を脱(ぬ)ぎて 裴回(ばいかい)することを休(や)めよ

西得諸侯櫂錦水　　　　　西のかた 諸侯を得て 錦(きん)水(すい)に棹(さお)ささば　　

欲向何門趿珠履　　　　　何(いず)れの門に向(むか)いて 珠(しゅ)履(り)を趿(く)まんと欲する

仲宣樓頭春色深　　　　　仲宣(ちゅうせん)楼頭(ろうとう) 春色深し　　

青眼高歌望吾子　　　　　青眼 高歌して 吾子(ごし)を望まん

眼中之人吾老矣　　　　　眼中の人 吾れ 老いたり

 

【語釈】

短歌行 … 楽府題の一つ。王郎 … 姓は王、郎は親しみをこめた呼び方人物については不明。司直 … 官名、東宮御所の役人や護衛兵の目付役。斫地 … 地面を切りつける。莫哀 … これ以上の哀しみはないという悲壮な曲。抜 … 本来は抜擢するの意だが、ここでは相手の才能を高く評価する程度の意。抑塞 … おさえつけられていること。磊落 … 志が大きくて小さな事にこだわらないさま。予章 … 巨大な楠の木、王郎の奇才にたとえる。白日動 … 太陽までが揺れ動く。鯨魚 … くじら、予章とともに王郎の奇才にたとえる。跋 … 踏む。滄溟 … 大海。剣佩 … 剣と腰に下げる玉。得諸侯 … 自分の才能を認めてくれる諸侯を見つけて、その人に仕えることここでいう諸侯とは節度使のこと。錦水 … 四川省成都の近くを流れる川、錦江。趿珠履 … 珠履は宝玉で飾った靴、趿はつっかけてはくこと、諸侯に仕え、上客として待遇されること。仲宣楼 … 湖北省荊州（今の江陵）にあった楼、魏の詩人、王粲がこの楼に登って「登楼の賦」を作ったため仲宣楼と呼ばれた。青眼 … 親しい人に対するうれしい目つき。晋の阮籍げんせきが気に入らない客に対しては白眼で、親友に対しては青眼で応対したという故事に基づく。高歌 … 声高らかに歌うこと。吾子 … 相手を親しんでいう言葉、あなた。眼中之人 … 目の中に浮かぶ人、ここでは王郎を指す。吾老矣 … 私はもう老いてしまった。

（唐詩選）

 

走筆贈燕孟　　　筆を走らせて燕(えん)孟(もう)に贈る　　　　 元　　薩都剌(さつとら)

 

別君金陵城　　　　　君に別る 金(きん)陵(りょう)城(じょう)

遇君錢塘驛　　　　　君に遇う 銭塘(せんとう)駅(えき)　　

落魄江湖嬾折腰　　　江湖に落魄(らくはく)して 腰を折るに嬾(ものう)し

笑傲公侯但長揖　　　公侯に笑傲(しょうごう)して 但(た)だ長(ちょう)揖(ゆう)す　　

�蜑ﾔ吹香撲酒缸　　　�蜑ﾔ　香を吹いて　酒缸(しゅこう)を撲(う)ち

酒波灔灔如春江　　　酒波(しゅは) 灔々(えんえん)として春江の如し　

西湖天鏡碧墮地　　　西湖の天(てん)鏡(きょう) 碧地(へきち)に墮ち

呉山蛾眉春入窗　　　呉山の蛾(が)眉(び) 春 窓に入る　　

平生豪氣如虹吐　　　平生 豪気 虹の吐くが如し

餘子紛紛何足數　　　余子 紛々(ふんぷん) 何ぞ 数うるに足らん　

驛亭把酒歌別離　　　駅亭(えきてい) 酒を把(と)りて別離を歌い

醉聽江潮鳴萬鼔　　　酔いて聽く 江潮の 万鼔を鳴らすを

 

【語釈】

金陵城…六朝時代の旧都、今の南京。錢塘驛…浙江省杭州市の宿場。落魄…落ちぶれる。江湖…世の中。折腰…人にへつらって仕官をもとめること、陶淵明の故事。笑傲…人を侮り笑う。長揖…礼法の一つで、胸に手を当てて下に下ろすやり方。酒缸…酒がめ。灔灔…ナミナミとすること。天鏡…天の鏡、湖水の光。蛾眉…美しい眉。餘子…俗人。紛紛…入り交じり乱れるさま。

 

 

 

◆    別離類

 

江亭夜月送別　　　江亭の夜月に別れを送る　　　　唐　　王(おう)　勃(ぼつ)

 

江送巴南水　　　江は送る 巴(は)南(なん)の水

山��塞北雲　　　山は��たわる 塞(さい)北(ほく)の雲　　

津亭秋月夜　　　津亭(しんてい) 秋月の夜

誰見泣離羣　　　誰か見ん 離(り)郡(ぐん)に泣くを

 

【語釈】

巴南…蜀の地。塞北…匈奴を防ぐ為に設けられた寨の北。津亭…渡し場のあたりの亭。離羣…多くの友と別れる。

 

 

 

易水送別　　　 易水の送別　　　　　　　　　　　唐　　駱(らく)賓(ひん)王(のう)

 

此地別燕丹　　　此の地 燕(えん)の丹に別かる

壯士髪衝冠　　　壯士 髪(はつ) 冠を衝く

昔時人已沒　　　昔時(せき) 人 已に沒し

今日水猶寒　　　今日 水 猶(な)お寒し

 

【語釈】

易水送人…荊軻と燕の昭王の太子丹、高漸離たちと易水の畔での別れのことを指す。此地…燕（河北省北京附近の南方になる）。丹…燕の国の太子である丹。壯士…勇壮な男子、荊軻。今日…燕の時代と作者の詩を作った当時の政治情況を比較しての言葉。水…易水（河北省易県（易州）の附近から発し、東流して大清河に合流して、現・天津市を通って勃海に注ぎ込む川）の流れ。猶…やはり。　

（唐詩選）

 

 

 

 

送司馬道士遊天台　司馬(しば)道士(どうし)の天台に遊ぶを送る 　唐　　宋之(そうし)問(もん)

 

羽客笙歌此地違　　　羽客(うかく)の笙歌(しょうか) 此の地に違(たが)う

離筵數處白雲飛　　　離(り)筵(えん) 数処 白雲飛ぶ

蓬莱闕下長相憶　　　蓬莱闕下(ほうらいけっか) 長く相(あい)憶(おも)うも

桐柏山頭去不歸　　　桐(どう)柏山頭(はくさんとう) 去って帰らず

 

【語釈】

司馬道士 … 唐代の有名な道士、司馬承禎。天台 … 天台山、浙江省天台県の北にある。羽客 … 道士のこと、仙人は羽がはえて空中を飛ぶといわれるので、道士の衣を羽衣に喩える。笙歌 … 笙の音に合わせて歌うこと、司馬道士は音律に明るかったという。違 … 離れ去ること。離筵 … 送別の宴席。数処 … あちらこちらに。白雲飛 … 後漢の道士薊子訓は、神異の術を使う人であったが去っていくとき、白雲があちこちに沸き起こったという故事を踏まえる。蓬萊闕下 … 蓬萊宮の宮門のあたり。長相憶 … いつまでもあなたのことを思われることでありましょうが。

（唐詩選）

 

 

 

 

 

 

 

 

送梁六　　　梁(りょう)六(ろく)を送る　　　　　　　　　　　　　唐　　張(ちょう)　説(えつ)

 

巴陵一望洞庭秋　　　　巴(は)陵(りょう) 一望、洞庭の秋　

日見孤峰水上浮　　　　日に見る 孤峰の水上に浮かぶを　

聞道神仙不可接　　　　聞道(きくならく) 神仙(しんせん)は接すべからずと　

心随湖水共悠悠　　　　心は湖水に随いて 共に悠悠　

 

【語釈】

梁六…梁知微のこと。洞庭山…君山のこと。巴陵…湖南省岳陽市。洞庭…洞庭湖のこと。孤峰…一つだけ離れてある峰、ここでは君山。聞道…聞くところによれば。悠悠…うれえるさま。ゆったりとしたさま。

（唐詩選）

 

 

 

贈汪倫　　　汪倫(おうりん)に贈る　　　　　　　　　　　　　唐　　李(り)　白(はく)

 

李白乘舟將欲行　　　　李(り)白(はく) 舟に乗って 将(まさ)に行かんと欲す　

忽聞岸上踏歌聲　　　　忽(たちま)ち聞く 岸上(がんじょう) 踏歌(とうか)の声　

桃花潭水深千尺　　　　桃花潭(とうかたん)水(すい) 深さ千尺(せんじゃく)　

不及汪倫送我情　　　　及(およ)ばす汪倫(おうりん)が我を送るの情(じょう)に　

 

【語釈】

汪倫…人名。��県にある桃花潭の村人の名、常に美酒を醸造していて、李白を接待したという。忽…急に。踏歌…手を繋ぎ、両足で足踏みをしてリズムを取りながら歌う民間歌謡の一形式。踏歌…大勢足を踏み鳴らして拍子をつけて歌う歌。桃花潭…安徽省東南の��県西南にある桃花潭。情…思い　

（唐詩選）

 

黃鶴樓送孟浩然之廣陵　　　　　　　　　　　　　　唐　　李(り)　白(はく)

黃(こう)鶴楼(かくろう)にて孟(もう)浩然(こうねん)の広陵(こうりょう)に之(ゆ)くを送る

故人西辭黃鶴樓　　　故人 西のかた 黃(こう)鶴楼(かくろう)を辞し

煙花三月下揚州　　　煙(えん)花(か) 三月 揚州(ようしゅう)に下る

孤帆遠影碧空盡　　　孤(こ)帆(はん)の遠影 碧空(へきくう)に尽き

唯見長江天際流　　　唯だ見る 長江の 天(てん)際(さい)に流るるを

 

【語釈】

黄鶴楼 …湖北省武漢市武昌区の楼閣。呉の黄武二年（223）の建立と伝えられ、何度も破壊と改修を繰り返してきた、「黄鶴の伝説」で名高い。之 … 目的地に向かって行くこと。広陵 … 揚州（江蘇省揚州市）の古称。故人 … 古くからの友人。辞 … 辞去する。煙花 … 春がすみの中に咲く花。孤帆 … ただ一艘いっそう浮かんで見える舟の帆。碧空 … 青空。尽 … 消える。唯 … 「ただ」と読み、「ただ〜だけである」「ただ〜にすぎない」と訳す。天際 … 空のはて、水平線の彼方。

（唐詩選）

 

芙蓉樓送辛漸　　　芙蓉楼(ふようろう)にて辛斬(しんじん)を送る　　　　唐　　王昌齡(おうしょうれい)

 

寒雨連江夜入呉　　　寒(かん)雨(う) 江に連なって 夜 呉に入る

平明送客楚山孤　　　平明(へいめい) 客(かく)を送れば 楚山(そざん) 孤(こ)なり

洛陽親友如相問　　　洛陽の親友　如(も)し 相(あい)問(と)はば

一片氷心在玉壷　　　一片の氷(ひょう)心(しん)　玉(ぎょく)壺(こ)に在り

 

【語釈】

芙蓉樓…長江南岸の江蘇省京口（鎭江）の西北にある楼。辛漸……不詳。寒雨…寂しい雨、寒々とした雨。呉…芙蓉楼のある江蘇省京口（鎭江）。平明…夜あけがた。楚山…楚の山、山名不詳。孤…ぽつんと立っていること。冰心…透き通って清い心。玉壺…玉(ぎょく)で作った壷。（南朝宋の鮑照『代白頭吟』「直如朱絲繩，清如玉壺冰。」に基づく。）

（唐詩選）

 

別李浦之京　　　　　李浦の京に之くに別る　　　　　唐　　王昌齡(おうしょうれい)

 

故園今在灞陵西　　　　故園(こえん) 今 㶚(は)陵(りょう)の西に在り　

江畔逢君醉不迷　　　　江(こう)畔(はん) 君に逢い 酔いて迷わず　

小弟鄰莊尚漁獵　　　　小弟(しょうてい) 隣(りん)荘(そう)に 尚(な)お漁猟(ぎょりょう)せん　

一封書寄數行啼　      一封(いっぷう)の書は寄す 数行(すうこう)の啼(なみだ)　

 

【語 釈】

李浦…人名。未詳。京…長安の都。故園…ふるさと。㶚陵…漢の文帝の陵墓。長安の東南校外にある。江畔…川のほとり。江は長江を指す。醉不迷…酒を飲んでも酔えない意。小弟…おとうと。鄰莊…別荘の隣。漁獵…魚を捕って遊ぶ。

〔三体詩〕

 

 

送元二使安西　　元(げん)二(じ)の安西(あんせい)に使いするを送る　　唐　　王(おう)　維(い)

 

渭城朝雨浥輕塵　　　渭(い)城(じょう)の朝(ちょう)雨(う) 軽塵(けいじん)を浥(うるお)す　　

客舍青青柳色新　　　客舎(きゃくしゃ) 青々(せいせい)として 柳(りゅう)色(しょく) 新たなり　　

勸君更盡一杯酒      君に勧む 更に 一杯の酒を尽くせよ

西出陽關無故人　　　西のかた 陽関(ようかん)を出づれば 故人 無からん　

 

【語釈】

元二…不詳。安西 … 唐の時代に置かれた都護府の名。現在の新疆ウイグル自治区庫車。渭城 … 秦の都であった咸陽、漢代になって渭城と改めた。浥 …ぬらす。軽塵 … 軽く舞う土ぼこり。客舎 … 旅館。青青 … 青々としているさま。柳色 … 青々とした柳の色。人との別れの際、柳の枝を輪にして贈る習慣があった。新 …みずみずしく、鮮やかである。更尽 … もう一杯飲みほしたまえ。陽関 … 関所の名、今の甘粛省敦煌県の西南にあった。故人 … 古くからの友人。

（唐詩三百首）

送王道士還京　　　王道士(おうどうし)の京(けい)に還(かえ)るを送る　　　唐　　賈(か)　至(し)

 

一片仙雲入帝郷　　　一片の仙雲 帝(てい)郷(きょう)に入る

數聲秋鴈至衡陽　　　数声の秋(しゅう)鴈(がん) 衡(こう)陽(よう)に至る　

借問清都舊花月　　　借問(しゃもん)す 清(せい)都(と)の旧花月(きゅうかげつ)

豈知遷客泣瀟湘　　　豈(あ)に 知らや 遷客(せんかく)の瀟湘(しょうしょう)に泣くを

 

【語釈】

仙雲…仙人の入る雲、転じて仙人。帝郷…帝都、長安。衡陽…湖南省衡陽市。清都…長安のこと。遷客…左遷されて地方に移された火と、作者。瀟湘…瀟水と湘水の合流した下流、洞庭湖に近い地方。

 

 

送李侍郎赴常州　　李侍郎(りしろう)の常州(じょうしゅう)に赴(おもむ)くを送る　 唐　　賈(か)　至(し)

 

雪晴雲散北風寒　　　雪晴れ 雲散じて 北風寒し

楚水吳山道路難　　　楚(そ)水(すい) 吳山(ござん) 道路難(かた)し

今日送君須盡醉　　　今日君を送る 須(すべか)らく酔いを尽くすべし

明朝相憶路漫漫　　　明朝 相憶(おも)わば 路 漫々(まんまん)

 

【語釈】

李 …李白の族叔（同族で父より年少の者）李曄のこと。郎 … 刑部侍郎。雲散 … 雲が散る、李侍郎が去っていくことと掛けている。楚水呉山 … 楚の川と呉の山。須 … 「すべからく〜べし」と読み、「ぜひ〜する必要がある」「〜するべきだ」と訳す。相憶 … 互いに思い偲んでみても。漫漫 … 道路の長く遠いさま。

（唐詩選）

 

 

別董大　　　董大に別る　　　　　　　　　　　　　唐　　高(こう)　適(せき)

 

十里黄雲白日曛　　千里(せんり)の黄雲(こううん) 白日(はくじつ)曛(くら)し

北風吹雁雪紛紛　　北風(ほくふう) 雁(かり)を吹いて 雪紛々(ふんぷん)

莫愁前路無知己　　愁(うりょ)う莫(な)かれ 前路(ぜんろ)に知己(ちき)無きを

天下誰人不識君　　天下　誰人(だれひと)か君を識らざらん

 

 

【語釈】

董大董が姓、大は排行第一（一族中の同世代の最年長者）、琴の名手、董庭蘭と思われる。千里…千里のかなたまで、空一面に。黄雲 … 黄色い雲、黄塵を巻き上げた雲。白日…輝く太陽。真昼の太陽。曛 …暗くかすむこと。紛紛 … 盛んに入り乱れること。知己…知人

（唐詩選）

 

 

 

送宇文六　　　宇(う)文(ぶん)六(ろく)を送る　　　　　　　　　　唐　　常(じょう)　建(けん)

 

花映垂楊漢水清　　　花は垂(すい)楊(よう)に映じて 漢(かん)水(すい) 清し

微風林裏一枝輕　　　微風 林(りん)裏(り) 一枝(いっし) 軽(かろ)し

即今江北還如此　　　即今(そっこん) 江北 還(かえ)って 此(かく)の如し

愁殺江南離別情　　　愁殺(しゅうさつ)　江南　離別の情

 

【語釈】

宇文六…不詳。花 … くれないの花。垂楊 … しだれ柳。映 … 映はえる。漢水 … 陝西省西部に源を発し、東流して武漢で長江に注ぐ、漢江ともいう。林裏…林の中。即今 … ただいま。江北 … 長江北部の地方。愁殺 … 深く悲しませる。江南 … 長江中流・下流の南岸地域。

（唐詩選）

送杜十四之江南　　杜(と)十四の江南に之(ゆ)くを送る　　唐　　孟(もう)浩然(こうねん)

 

荊呉相接水爲�ｸ　　　荊(けい)呉(ご) 相接(あいせっ)して 水を�ｸ(きょう)と為す

君去春江正�E茫　　　君 去りて 春江 正に �E茫(びょうぼう)

日暮弧舟何處泊　　　日暮 弧舟 何(いずれ)れの処にか泊(ぱく)する，

天涯一望斷人膓　　　天涯 一望 人膓(じんちょう)を断つ

 

【語釈】

杜十四…不詳。江南…長江下流以南の地。荊呉…荊は楚の国の別名、現在の湖北、湖南省あたり。�E茫…水の広々としたさま。天涯…空のはて。一望…広い眺めを一目で見渡すこと。斷人膓…断腸の思いをさせる。

（唐詩選）

 

 

送人使河源　　人の河源(かげん)に使(つかい)するを送る　　　　 唐　　張(ちょう)　謂(い)

 

故人行役向邊州　　　故人 行役して辺州に向う

匹馬今朝不少留　　　匹馬 今朝 少しも留(とどま)らず

長路關山何日盡　　　長路 関山　何れの日にか尽きん

滿堂絲竹爲君愁　　　満堂の糸竹 君が為に愁う

 

【語釈】

河源…黄河の河源地方、寧夏省銀川のあたりから甘粛省蘭州あたりまでの地域。行役…官命によって旅に出ること。邊州…辺境。匹馬 … 一匹の馬。関山…国境の山。糸竹…管弦

（唐詩選）

 

丹陽送韋參軍　　　丹(たん)陽(よう)にて韋參(いさん)軍(ぐん)を送る　　　　唐　　嚴(げん)　維(い)

 

丹陽郭裏送行舟　　　丹(たん)陽(よう)郭(かく)裏(り) 行(こう)舟(しゅう)を送る

一別心知兩地秋　　　一別して心は知る 両地の秋

日晚江南望江北      日晚(く)れて 江南より江北を望めば

寒鴉飛盡水悠悠　　　寒(かん)鴉(あ) 飛尽きて 水 悠悠　

 

【語 釈】

丹陽…現在の江蘇省鎮江市。韋參軍…伝未詳。參軍は、武官の官位名。郭裏…郭は、城郭。行舟…通り行く舟。一別…別れること。心知…心が自然と知ること。兩地秋…別れた互いの土地が秋の気配となる。江南望江北…江は、長江。長江の南より遥か北の方角を見る。寒鴉…冬のからす。水悠悠…水は、長江の流れのこと。悠悠は、遠くはるかなさま。

（三体詩）

 

 

 

七里灘嚴維送　　　七里灘(しちりたん)にて重ねて送る　　　　唐　　劉(りゅう)長(ちょう)卿(けい)

 

秋江渺渺水空波　　　秋江 渺々(びょうびょう)として 水 空しく 波だつ

越客孤舟欲榜歌　　　越客(えつきゃく)の孤舟 榜歌(ぼうか)せんと欲す　　

手折衰楊悲老大　　　手に衰(すい)楊(よう)を折りて 老大を悲しむ

故人零落已無多      故人 零落(れいらく)して 已に多きこと無し

 

【語釈】

七里灘…浙江省桐廬県の西南２０キロメートルほどの厳陵山の西にあった長江の難所。渺渺…水のはてしなくけむるさま。越客…越の国（現・浙江省）の旅人、この詩で送別された人物。榜歌…舟歌。老大…年をとる。故人…古くからの友人。零落…落ちぶれてさびしい。無多…多くはない。

 

 

 

 

 

重送裴郎中貶吉州　　　　　　　　　　　　      唐   劉(りゅう)長(ちょう)卿(けい)

重ねて裴郎中(ばいろうちゅう)の吉州(きっしゅう)に貶(へん)せらるるを送る

　　　　　

 

猿啼客散暮江頭　　　猿は啼き 客は散ず 暮(ぼ)江(こう)の頭(ほとり)

人自傷心水自流　　　人は自(おのず)ら傷心 水は自(おのず)ら流る

同作逐臣君更遠　　　同じく逐(ちく)臣(しん)と作(な)りて 君は更に遠く

��山萬里一孤舟　　　青山(せいざん) 万里(ばんり) 一孤(いちこ)舟(しゅう)

 

【語釈】

重送 … 重ねて送別する。再び見送る。「重ねて」とあるのは、すでに「送裴郎中貶吉州」という五言律詩があるため。裴…作者の友人、人物については不明。郎中 …官名、尚書省の六部の四司の各司の長。貶 … 罪によって官位をおとされ、地方に流されること。吉州…今の江西省吉安市。猿啼…猿が悲しげに鳴く。客散…見送りの人々がそれぞれ帰っていく。暮江頭…夕暮れの川のほとり。水自流…水は水として無心に流れていく、水は人間の嘆きをよそに流れていく。自…「おのずから」と読むが、ここでは「自然に」の意ではなく、「人は人、水は水、それ自体として」の意。逐臣…放逐された臣下。君更遠…君の左遷先は私よりずっと遠い。青山万里…遥か彼方まで続く青々として見える山。

 

（「唐詩選」）

 

 

 

 

 

曾山送別　　　曽山(そうざん)に別(べつ)を送る　　　　　　　　　　唐　　皇甫冉(こうほぜん)

 

淒淒遊子苦飄蓬　　　淒々(せいせい)たる遊子 飄(ひょう)蓬(ほう)に苦しむ

明月清��秪暫同　　　明月 清��(せいそん) 秪(た)だ暫(しばら)く同じうす　　

南望千山如黛色　　　南 千山を望めば 黛(たい)色(しょく)の如し

愁君客路在其中　　　愁(うれ)う 君が客(かく)路(ろ) 其の中に在らんことを

 

【語釈】

曾山 … 場所は不明。送別…別れていく人を送る。凄凄 … 元は冷たい風が吹いたり、雨が降りしきることの形容、ここでは落ちぶれて、寂しく辛つらいさま。遊子 … 旅人の君。飄蓬 … 風に吹かれてころがり飛ばされてゆく蓬草、落ちぶれた流浪の身に譬える。清樽 … 清らかな酒をたたえた樽。祗 … ただ。只に同じ。暫同 … しばらくはともに酒を傾けよう。黛色 … まゆずみの色、かすんで見える遠山の青黒い色に喩える。客路 … 旅路。

（唐詩選）

 

 

送齊山人歸長白山 　斉山人の長白山に帰るを送る　唐　　韓(かん)　翃(こう)

 

舊事仙人白兔公　　　旧(も)と仙人の白(はく)兔(と)公(こう)に事(つか)う

掉頭歸去又乘風　　　頭(こうべ)を掉(ふ)り帰り去りて 又風に乗(じょう)ず

柴門流水依然在　　　柴門 流水 依然(いぜん)として在り

一路寒山萬木中　　　一路 寒山 万木の中(うち)

 

 

【語 釈】

齊山人…人名　未詳　山人は世を捨てて山に隠れ住む人。白兔公…仙人の名。掉頭…頭をふる、事柄を否定するさま。歸去…ふるさとに帰る。柴門…しばで作った門。寒山…秋から冬にかけてのさびしい山、さむざむとした山。萬木…きわめて多くの木々。

(三体詩)

 

 

贈別　　　　贈(ぞう)別(べつ)　　　　　　　　　　　　　　　　唐　　杜(と)　牧(ぼく)

 

多情却似総無情　　　多情は却(かえ)って似たり 総(すべ)て無情なるに

惟覚�髄O笑不成　　　惟(ただ)覚ゆ　��(そん)前(ぜん)　笑(わらい)の成(な)らざるを

蝋燭有心還惜別　　　蝋燭(ろうそく) 心有りて 還(ま)た別(わか)れを惜しみ

替人垂涙到天明　　　人に替わりて涙を垂れ 天明(てんめい)に到る

 

【語釈】

多情…感情が豊かで、感じやすいこと。無情…感情が乏しいこと。覚…気づく、自覚する。�吹c酒壺。笑不成…哀しみのために笑顔を作ることができない。心…ろうそくの芯（心と同音）にかけている。還 …また。替人…私に代わって。天明 …夜明け。

（唐詩三百首）

 

淮上別故人　　　淮上故人に別る　　　　　　　　　唐　　鄭(てい)　谷(こく)

 

揚子江頭楊柳春　　　揚子(ようす)江頭(こうとう) 楊柳の春

楊花愁殺渡江人　　　楊(よう)花(か) 愁殺(しゅうさつ)す 江を渡る人

数声風笛離亭晩　　　数声の風笛 離亭の晩(くれ)

君向瀟湘我向秦　　　君は 瀟湘(しょうしょう)に向かい 我れは秦に向かう

 

【語釈】

淮上…淮水（現・淮河）華中を流れる河のほとり。楊柳…柳の総称。楊花…柳絮。柳の花が咲いた後、白い綿毛のある種子が散るさま。愁殺…ひどく愁えさせる。風笛…風に散る笛の声。離亭…送別の宴を張る亭。瀟湘…遥か南方の地湖南省。秦…長安などのある陝西省の別称。

（詩詞世界）

 

 

江上別李秀才　　　江上李秀才に別る　　　　　　　唐　　韋(い)　莊(そう)

 

前年相送灞陵春　　　前年 相送る 灞(は)陵(りょう)の春

今日天涯各避秦　　　今日(こんにち) 天涯 各おの 秦を避く

莫向尊前惜沈醉　　　尊前(そんぜん)に向(むか)って 沈酔(ちんすい)を惜しむ莫(な)かれ

與君俱是異郷人　　　君と俱(とも)に 是れ 異郷の人

 

【語釈】

江上…長江の畔。李秀才…李という姓の科挙の貢試に合格した人物。灞陵…長安の人士が旅立つ人を見送って灞陵橋畔まで足を運び、柳の枝を折って送別の意を表したという。天涯…空のはて、故郷を遠く離れた地。避秦…乱を避けて離れていること。向…於いて。沈酔…酔いつぶれる。

逢呉秀才復送歸江上　呉(ご)秀才(しゅうさい)と逢(あ)い復(ま)た江上(こうじょう)に帰る　明　　高(こう)　啓(けい)

　　

江上停舟問客蹤　　　　江上(こうじょう) 舟を停(と)どめ 客(かく)縦(しょう)を問う　

亂前相別亂餘逢　　　　乱前(らんぜん) 相別(あいわか)れ 乱余(らんよ)に逢う　

暫時握手還分手　　　　暫時(ざんじ) 手を握り 還(ま)た手を分つ　

暮雨南陵水寺鐘　　　　暮雨(ぼう)の南陵(なんりょう)　水寺(すいじ)の鐘　

 

【語釈】

秀才…学者、知識人階級のこと。復…ふたたび。江上…河の畔、川の水面。客蹤…旅人としての行跡。亂…元末の張士誠の叛乱。餘……後。暫時…しばらくの間。還…また。南陵…地名。水寺…水辺にある寺。

（詩詞世界）

 

 

送呂卿　　　呂(ろ)卿(けい)を送る　　　　　　　　　　　　　明　　高(こう)　啓(けい)

 

遠汀斜日思悠悠　　　　遠汀(おんてい) 斜(しゃ)日(じつ) 思い悠々(ゆうゆう)　

花拂離觴柳拂舟　　　　花は離觴(りしょう)を払い 柳は舟を払う　

江北江南芳草徧　　　　江北 江南 芳(ほう)草(そう) 遍(あまね)し　

送君併得送春愁　　　　君を送って 併せて春愁(しゅんしゅう)を送るを得たり　

 

【語釈】

呂卿…呂殿。遠汀…遠くまで引いたみぎわ。斜日…夕日。悠悠…うれえるさま。離觴…別れの坏。春愁…春の愁い。

（詩詞世界）

 

 

送明卿之江西　　　明卿の江西に之くを送る　　　明　　李攀(りよ)龍(りゅう)

 

青楓颯颯雨凄凄　　　青(せい)楓(ふう) 颯々(さつさつ)として 雨 凄々(せいせい)たり

秋色遥看入楚迷　　　秋色 遙(はるか)に看る 楚(そ)に入りて迷うを

誰向孤舟憐逐客　　　誰か 孤舟に向って 逐客(ちくかく)を憐む

白雲相送大江西      白雲 相送る 大江の西

 

【語釈】

郡城…郡役所のある町、ここでは､済南府（山東省済南市）を指す。明卿…七子の中の一の呉国倫の字、作者の友人。江西…ここでは､江西省の南康(江西省康県)のことで、呉明卿が左遷されたところ。青楓…青いカエデ。凄凄…寒く冷ややかなさま。秋色…秋の景色。楚…長江中流地帯。逐客…追いやられて地方にある者。大江…長江のこと。

　

 

 

和晉陵陸丞早春遊望　　　　　　　　　　　　　　　唐　　杜審(としん)言(げん)

　　　　　　　晋(しん)陵(りょう)の陸丞(りくじょう)の「早春遊(そうしゅんゆう)望(ぼう)」に和す　

　　　　　　　　　

獨有宦遊人　　　　独(ひと)り 宦遊(かんゆう)の人のみ有りて

偏驚物候新　　　　偏(ひと)えに　物候(ぶっこう)の新たなるを驚く

雲霞出海曙　 　　 雲霞(うんか) 海を出(い)でて曙(あ)け

梅柳渡江春　　　　梅(ばい)柳(りゅう) 江を渡たって春なり

淑氣催黄鳥　　　　淑(しゅく)気(き) 黄鳥(こうちょう)を催(うなが)し

晴光轉�榊_　 　　　晴光(せいこう) 緑蘋(りょくひん)を転(てん)ず

忽聞歌古調　　　　忽(たちま)ち 古調(こちょう)を歌うを聞き

歸思欲沾巾　　　　帰思(きし) 巾(きん)を沾(うる)おさんと欲す

 

【語釈】

晋陵…江蘇省常州府武進県。陸丞 … 不明、「丞」は、県の次官。遊望…出遊して景色を眺望すること。宦遊 … 故郷を離れてほかの地方に行く役人のこと。物候…万物が気候に応じて移り変わること。雲霞…雲と、かすみ。曙…夜が明ける。淑気…春の和気。黄鳥…朝鮮うぐいす。晴光 …明るい日の光。緑蘋…浮草。古調 …古風な調子の詩。帰思…故郷に帰りたいと思う心。巾…ハンカチ。沾…涙でぬらすこと。

（唐詩三百首）

 

 

 

送友人入蜀　　　友人の蜀に入るを送る　　　　　　唐　　李(り)　白(はく)

 

見説蠶叢路　　　見(みる)説(なら)く 蚕(さん)叢(ぎょう)の路

崎嶇不易行　　　崎嶇(きく)として 行き易からず　　

山從人面起　　　山は 人面従(よ)り起り

雲傍馬頭生　　　雲は 馬頭(ばとう)に傍(そい)いて生ず　　

芳樹籠秦棧　　　芳樹 秦棧(しんさん)を籠(こ)め

春流遶蜀城　　　春流 蜀城を遶(めぐ)る　　

升沉應已定　　　升沉(しょうちん) 応(まさ)に已に定まるべし

不必問君平　　　必ずしも 君(くん)平(ぺい)に問わず

 

【語釈】

見説…聞説と同意、聞くところによれば。蠶叢…蜀の開祖の王、転じて蜀の地。崎嶇…山径の険しいこと。人面…人の顔、鼻先。秦棧…蜀の棧道（岩に穴を開けて横木をはめ込み，それに懸けた架け橋）、秦の時に作られた。升沉…人の運命の浮き沈み。君平…漢の時代の厳君平、成都で占いを商売にしていた。

（唐詩選）

 

送友人　　　 友人を送る　　　　　　　　　　　　唐　　李(り)　白(はく)

 

青山横北郭　　青(せい)山(ざん) 北郭(ほっかく)に横たわり

白水遶東城　　白水(はくすい) 東城(とうじょう)を遶(めぐ)る

此地一爲別　　此の地 一たび別れを為し

孤蓬萬里征　　孤(こ)蓬(ほう) 万里(ばんり)に征(ゆ)く

浮雲遊子意　　浮雲(ふうん)　遊子(ゆうし)の意

落日故人情　　落日(らくじつ)　故人(こじん)の情(じょう)

揮手自茲去　　手を揮(ふる)って 茲(ここ)より去れば

蕭蕭班馬鳴　　蕭々(しょうしょう)として 班(はん)馬(ば)鳴(な)く

 

【語釈】

青山…草木が青々と茂っている山。北郭…都市の城郭の北側。白水…夕日で白く光る川。東城…都市の東側の城郭。孤蓬…（風に飛ばされて）転がってゆく蓬。遊子…旅人。落日…夕陽。故人…旧知の友人。情…感情。揮手…手を振る。茲…ここ。　蕭蕭…馬の嘶く声、また、もの寂しいさま。班馬…別れる馬。

 

（唐詩選）

 

 

 

送丘爲落第歸江東　　　　　　　　　　　　　　　唐　　王(おう)　維(い)

丘爲(きゅうい)の落第して江東に帰るを送る

 

 

憐君不得意　　　憐(あわれ)む 君が意を得ざることを

況復柳條春　　　況(いわ)んや復(ま)た 柳條(りゅうじょう)の春なるをや

爲客黃金盡　　　客(かく)となりて 黃金尽き

還家白髮新　　　家に還えりて 白髮新たなり

五湖三畝宅　　　五湖 三畝の宅

萬里一歸人　　　万里 一たび帰る人

知禰不能薦　　　禰(でい)を知りて 薦(すす)むる能(あた)わず

羞為獻納臣　　　獻(けん)納(のう)の臣為(た)るを羞ず

 

【語釈】

丘爲…盛唐の詩人。落第…科挙に不合格となること。江東…長江下流の南岸地方。五湖…太湖とその他の五つの湖、丘爲の故郷の地。三畝宅…狭い屋敷。禰…後漢の文学者の禰衡､孔融に愛されてその推薦で仕官した、丘爲をならぞえている。獻納臣…皇帝に忠言をする官、王維はこのとき左補闕。

 

（新釈漢文大系　詩人編　３）

 

 

 

送韓十四江東省親　　　　　　　　　　　　　　　　唐　　杜(と)　甫(ほ)

韓十四の江東に親を省(せい)するを送る

 

兵戈不見老萊衣　　　兵戈(へいか) 見ず 老莱(ろうらい)の衣(い)

歎息人間萬事非　　　嘆息(たんそく)す 人間 万事の非なるを　　

我已無家尋弟妹      我 己に家の弟妹を尋ぬる無く

君今何處訪庭闈　　　君 今 何(いずれ)の処にか 庭闈(ていい)を訪う　　

黃牛峽靜灘聲轉　　　黄牛(こうぎゅう) 峡(きょう) 静かにして 灘声(たんせい) 転じ

白馬江寒樹影稀　　　白馬 江 寒くして 樹影 稀(まれ)なり　　

此別應須各努力      此の別 応に 須(すべか)らく各(おの)おの 努力すべし

故鄉猶恐未同歸      故郷 猶(な)お恐る 未だ 同じく帰らざるを

 

【語釈】

韓十四…不詳。省…帰省する。老萊衣…兵戈　安史の乱を指す兵乱をいう。老萊衣…老莱子（ろうらいし）は、両親に仕えた人である。老莱子が70歳になっても、身体に派手な着物を着て、子供の格好になって遊び、子供のように愚かな振る舞いをし、また親のために食事を運ぶ時もわざと転んで子供が泣くように泣いた。これは、老莱子が70歳の年寄りになって若く美しくないところを見せると、息子もこんな歳になったのかと親が悲しむのを避け、また親自身が年寄りになったと悲しまないように、こんな振る舞いをしたのである。『二十四孝』の一人である、韓十四をたとえて言う。庭闈　闈は奥むきの小門、庭闈は親のいる奥の場所。杜甫は父を亡くして義母が山東にいる。洛陽の実家に母を迎えたい、そこに杜甫が帰ることをいう。黄牛峡…峡名、三峡の一角で西陵峡の末端の部分にある。長江にある三峡のことで、天険として有名、高崖の間に石があって、人が刀を負って牛を牽くがごとくであり、人は黒く牛は黄いろ。白馬江…崇慶州東北十里にある、蜀州からの出発点と考えられる。努力　自愛すること、安史の乱が平定されていないのに却って大丈夫か、ということ。故郷…洛陽。同帰…韓とおなじく洛陽にかえること。

（杜甫詩全注）

 

 

送李少府貶峽中王少府貶長沙 　　　　　　　　　　唐　　高(こう)　適(せき)

李(り)少府(しょうふ)の峡(きょう)中(ちゅう)に貶(へん)せられ 王(おう)少府(しょうふ)の長(ちょう)沙(さ)に貶(へん)せらるるを送る

 

嗟君此別意何如　　　嗟(なげ)く 君が此の別れ 意や何如(いかん)

駐馬銜桮問謫居　　　馬を駐(とど)め 杯を銜(ふく)みて 謫居を問う　　

巫峽啼猿數行淚　　　巫(ふ)峡(きょう)の猿啼(えんてい) 数行(すうこう)の涙

衡陽歸雁幾封書　　　衡(こう)陽(よう)の帰雁 幾封(いくふう)の書　　

青楓江上秋天遠　　　青(せい)楓(ふう)江上(こうじょう) 秋天 遠く

白帝城邊古木疎　　　白(はく)帝(てい)城辺(じょうへん) 古木 疎(そ)なり　　

聖代即今多雨露　　　聖代(せいだい) 即今(そくこん) 雨露多し

暫時分手莫躊躇　　　暫時(ざんじ) 手を分かつも 躊躇(ちゅうちょ)すること莫(な)かれ

 

【語釈】

少府 … 官名。県の尉（検察・警察を指揮する職）の雅名。貶 … 官位をおとされて地方に流されること。峡中 … 今の三峡地方。長沙 … 今の湖南省長沙市。嗟 … 感嘆詞、ああ。意何如 … 胸のうちの悲しみは、いかばかりであろうか。駐馬 … 両少府の馬を引きとめる。銜杯 … 別れの杯を口にあてる。謫居 …配所。巫峡 … 四川省巫山県の東にある峡谷。三峡の険の一つ。啼猿 … 猿声。数行涙 … 幾すじもの涙。衡陽帰雁 … 衡陽は湖南省南部の町。長沙から約二百キロほど南にある。その北にある衡山には回雁峰という峰があり、北から渡ってきた雁はここから南へは飛ばずに引き返すといわれた。幾封書 … 何通の手紙。青楓江 … 長沙の近くを流れる川の名、位置は不明。聖代 … りっぱな天子が治める御世。即今 … ただいま、現在。雨露 … 天子の恵みをたとえる。暫時 … しばらくの間。分手 … 別れること。躊躇 … 去りかねてためらうこと。

（唐詩選）

 

 

別舍弟宗一　　　舍(しゃ)弟(てい)宗一(そういち)に別る　　　　　　　　　唐　　柳宗元

 

零落殘魂倍黯然　　　零(れい)落(らく)せる残(ざん)魂(こん) 倍(ます)ます黯然

雙垂別淚越江邊　　　双垂(そうすい)の別(べつ)涙(るい) 越(えつ)江(こう)の辺(へん)　　

一身去國六千里　　　一身 国を去る 六千里

萬死投荒十二年　　　万死 荒(こう)に投ず 十二年　

桂嶺瘴來雲似墨　　　桂(けい)嶺(れい) 瘴(しょう) 来たりて 雲 墨(すみ)に似(に)

洞庭春盡水如天　　　洞庭(どうてい) 春 尽きて 水 天の如し　　

欲知此後相思夢　　　此の後 相思(そうし)の夢を 知らんと欲すれば

長在荊門郢樹煙　　　長く 荊門(けいもん) 郢樹(えいじゅ)の煙に在り

 

【語釈】

零落…落ちぶれる。殘魂…ようやく生きながらえている命。黯然…気が晴れないさま。雙垂…両眼から垂れる。投荒…柳州のような辺鄙な地方に流される。瘴…湿気が蒸鬱している気、人に当たると病気になる。荊門…荊州。

 

 

 

送張生　　　張生を送る　　　　　　　　　　　北宋　　歐(おう)陽(よう)修(しゅう)

 

一別相逢十七春　　　一別 相逢う 十七春

頽顏衰髮互相詢　　　頽顏(たいがん)  衰髮(すいびん)互いに相詢(あいとう)

江湖我再爲遷客　　　江湖に 我れ 再び 遷客(せんかく)と為り

道路君猶困旅人　　　道路 君は 猶お 旅に困(くるし)む人

老驥骨奇心尚壯　　　老驥(ろうき) 骨 奇にして 心 尚お壯なり

青松歳久色逾新　　　青松 歳 久しくして 色 逾(いよい)よ新なり

山城寂寞難爲禮　　　山城 寂寞(せきばく) 礼を為し難し

濁酒無辭擧爵頻　　　濁酒 辞す無かれ 爵を挙げること頻(しき)りなるを

 

【語釈】

頽顔…しわが増え衰えた顔。相詢…互いに確かめ合う。遷客…官位を下げ地方に移される人、左遷される人。骨奇…骨相がすぐれている、ここでは風格がすぐれている。難為禮…十分なもてなしが出来ない。衰髪…髪が抜けた白髪。江湖…川や湖、ここでは地方のこと。老驥…老いた名馬、ここでは英雄が晩年不遇なこと。寂寞…さびしく不自由なさま。爵…酒杯。

 

 

 

 

代聖集贈別　　　聖集(せいしゅう)に代わりて贈(ぞう)別(べつ)す 　　　　南宋　　范(ぼん)成(せい)大(だい)

 

一曲悲歌水倒流　　　一曲の悲歌 水は倒(とう)流(りゅう)す

尊前何計緩千憂　　　尊前(そんぜん) 何の計か 千憂(せんゆう)を緩(ゆる)くせん　　

事如夢斷無尋處　　　事は 夢の断ゆる如く 尋ぬる処無く

人似春歸挽不留　　　人は 春の帰るに似て 挽(ひ)けども留まらず　　

草色粘天鶗鴂恨　　　草色 天に粘(ねん)して 鶗鴂(ていけつ) 恨み

雨聲連曉鷓鴣愁　　　雨声 曉に連なりて 鷓鴣(しゃこ) 愁う　　

迢迢�拷Y帆飛遠　　　迢々(ちょうちょう)たる ��(りょく)浦(ほ) 帆(はん) 飛ぶこと遠く

今夜新晴獨倚樓　　　今夜 新晴 独り 楼に倚(よ)らん

 

【語釈】

尊前…酒樽の前。春歸…春が過ぎ去る。鶗鴂…ホトトギス。鷓鴣…中国南方に多い鳥、越雉。迢迢…遙かなさま。

 

 

 

 

送客遊洞庭湖　　　　客(かく)の洞庭湖に遊ぶを送る　　　明　　謝(しゃ)　榛(しん)

 

相逢楚客問巴州　　　楚客(そかく)に相逢いて 巴州(はしゅう)を問う

此去揚帆湖上遊　　　此(ここ)を去り 帆を揚げて 湖上に遊ぶ　　

天漢長連洞庭水　　　天漢(てんかん) 長く連なる 洞庭の水

雲霞半入岳陽樓　　　雲霞 半ば入る 岳(がく)陽楼(ようろう)　　

低空白鴈投寒渚　　　空に低(た)るるの白(はく)鴈(がん) 寒(かん)渚(ちょ)に投じ

隔浦丹楓照暮秋　　　浦を隔つるの 丹(たん)楓(ぷう) 暮秋(ぼしゅう)を照らす　　

莫向湘君聽鼓瑟　　　湘君に向って　鼓瑟(こしつ)を聽くこと莫(な)かれ

黄陵月冷不勝愁　　　黄陵(こうりょう) 月 冷ややにして 愁いに勝(た)えず

 

【語釈】

楚客…長江下流、湖南・湖北省地方から来た旅人。巴州…洞庭湖一帯の地。天漢…天の川。岳陽樓…洞庭湖に臨んで建てられた楼、洞庭湖を俯瞰し，君山に対している。丹楓…紅葉した楓。湘君…湘江の伝説上の女神、尭帝の二人の娘で、姉を娥皇・妹を女英といい、共に舜の妃となったが、舜が没すると、悲しんで湘江に身を投げて水神となったという。鼓瑟…鼓と大琴。黄陵…湘君の廟。

 

　　

 

離別      離別(りべつ)                                 唐　　陸龜(りくき)蒙(もう)

 

丈夫非無淚　　　丈夫 淚 無きに非(あ)らず

不灑離別間　　　灑(そそ)がず 離別の間　　

仗劒對尊酒　　　剣に仗(よ)りて 尊(そん)酒(しゅ)に対し

耻爲游子顏　　　游子の顏を為すを 耻(は)ず

蝮蛇一螫手　　　蝮(ふく)蛇(だ) 一たび 手を螫(さ)さば

壯士疾解腕　　　壮士 疾(と)く 腕を解く　　

所思在功名　　　思う所は　功名に在り

離別何足歎　　　離別(りべつ)は 何ぞ 歎(たん)ずるに足らん

 

【語釈】

丈夫…ますらお。灑…涙打ち払うの意。游子…故郷を離れた旅人。耻…恥じる。蝮蛇…毒蛇。螫…毒虫などが刺す。解腕…腕を切り

放つ。

 

 

胡笳歌送顏真卿使赴河隴 　　　　　　　　　　　　唐　　岑(しん)　參(じん)

胡笳(こか)の歌 顏(がん)眞(しん)卿(けい)が使(つか)いして河隴(かろう)に赴(おもむ)くを送る

 

君不聞胡笳聲最悲　　　　君 聞かずや 胡笳(こか)の声 最も悲しきを　

紫髯�濠瘡ﾓ人吹　　　　　紫髯��(しぜんりょく)眼(がん)の 胡人(こじん) 吹く　

吹之一曲猶未了　　　　　之(これ)を吹いて 一曲 猶(な)お 未(いま)だ了(おわ)らざるに　

愁殺樓蘭征戍兒　        愁(しゅう)殺(さい)す 楼(ろう)蘭(らん) 征戍(せいじゅ)の兒(じ)　

涼秋八月蕭關道　        涼秋(りょうしゅう) 八月 蕭関(しょうかん)の道　

北風吹斷天山艸　　　　　北風　吹断(すいだん)す 天山(てんざん)の草　

崑崙山南月欲斜　　　　　崑崙(こんろん)山南(さんなん) 月 斜めならんと欲す　

胡人向月吹胡笳　　　　　胡人(こじん) 月に向いて 胡笳(こか)を 吹く　

胡笳怨兮將送君　　　　　胡笳(こか)の怨(うらみ) 将(まさ)に 君を送らんとす　

秦山遙望隴山雲　　　　　秦山(しんざん) 遙かに望む 隴山(ろうざん)の雲　

邊城夜夜多愁夢　　　　　辺(へん)城(じょう) 夜(や)々(や) 愁夢(しゅうむ) 多し　

向月胡笳誰喜聞　　　　　月に向かいて 胡笳(こか) 誰(たれ)か聞くを喜ばん　

 

【語釈】

胡笳…西方の異民族の葦笛。顏真卿…字は清臣、諡は文忠、玄宗以降四代に仕えて、安禄山の乱で大功を挙げた、書家として名高い。河隴…甘肅省東南部。紫髯…赤いほおひげ、�濠瘁c青い目。胡人…西域の人種。愁殺…ひどく愁えさせる。樓蘭…新疆ウイグル自治区東南部にあった幻の都市。征戍兒…国境守備の兵士。涼秋…涼しい秋。蕭關…甘肅省東南端に接する寧夏回族自治区の固原の東南にある関。吹斷…吹きちぎる。天山…天山山脈。崑崙…崑崙山脈。怨…うらみがましい感情。秦山…陝西省の山。隴山…甘肅省東南部にある山。邊城…辺疆の町。愁夢…心配のあまりにみる夢、愁いをふくんだ夢。

〔唐詩選〕

 

◆    客旅編

 

南樓望　　　南楼(なんろう)の望(ぼう)　　　　　　　　　　　　　　唐     盧(ろ) 僎(せん)

 

去國三巴遠　　　国を去りて 三(さん)巴(ぱ)遠し

登樓萬里春　　　楼に登る 万里の春　　

傷心江上客　　　心を傷ましむ 江上の客

不是故郷人　　　是れ 故郷の人にあらず

 

【語釈】

南樓望 … 南楼からの眺め。国 … 国都長安を指す。三巴 …今の四川省東部一帯の地を指す。万里春 … 万里のかなたまで春景色である。江上客 …南楼の下を流れる川のほとりを往来する旅人。

(唐詩選)

 

 

 

見渭水思秦川　　渭(い)水(すい)を見て秦(しん)川(せん)を思う　　　　　 唐　　岑(しん)　參(じん)

 

渭水東流去　　　渭水 東に流れ去る

何時到雍州　　　何れの時か 雍州(ようしゅう)に到る　

憑添兩行淚　　　憑(よ)りて 両行(りょうこう)の淚を添えて

寄向故園流　　　寄せて 故園に向って流さん

 

【語釈】

渭水 … 黄河最大の支流、甘粛省隴西県の鳥鼠山に源を発し、長安を過ぎ、最後に黄河に合流する。秦川 … 長安の地方。雍州 …陝西省・甘粛省および青海省の一部にあたる。憑 …頼りとする、頼む。両行涙 …両眼からあふれる涙。添 … 川の流れに加えること。寄 … 言付ける。故園 … ふるさと。長安の自宅を指す。

（唐詩選）

 

 

靜夜思　　　静夜思(せいやし)　　　　　　　　　　　　　　  唐　　李(り)　白(はく)

 

牀前看月光　　　牀(しょう)前(ぜん) 月光を看る

疑是地上霜　　　疑うらくは是れ 地上の霜かと　

舉頭望山月　　　頭(こうべ)を挙げて 山月を望み

低頭思故鄉　　　頭(こうべ)を低れて 故鄉を思う

 

（唐詩選）

 

 

憶東山　　　東山(とうざん)を憶(おも)う　　　　　　　　　　　　　唐　　李(り)　白(はく)

 

不向東山久　　　東山に 向わざること久し

薔薇幾度花　　　薔薇(しょうび) 幾度(いくたび)か花(はな)さく　　

白雲還自散　　　白雲 還(ま)た 自(おの)ずから散ず

明月落誰家　　　明月 誰が家にか落つ

 

【語釈】

東山…紹興市の西南にある山。薔薇…東山に薔薇洞がある、そこの薔薇。落…照らす。

 

 

絶句　　　  絶句　　　　　　　　　　　　　　　　唐　　杜(と)　甫(ほ)

 

江碧鳥逾白　　　　江(こう)碧(みどり)にして 鳥逾(いよいよ)白く　

山��花欲然　　　　山青くして 花然(も)えんと欲す　

今春看又過　　　　今春(こんしゅん)　看(みすみす)又過(す)ぐ　

何日是歸年　　　　何(いずれ)れの日か　是(こ)れ帰(き)年(ねん)ならん　　

 

【語釈】

碧…みどりいろ、エメラルドグリーン。逾…いよいよ。然…もえる。…燃。紅い花が恰も焔をあげて燃え出すかのように、強烈に咲いているさま。看…みるみるうちに。歸年…郷里に帰る年。

（唐詩選)

 

 

聞鴈　　　 鴈(かり)を聞く　　　　　　　　　　　　　　唐　　韋應物(いおうぶつ)

 

故園眇何處　　　　故園(こえん) 眇(びょう)として何(いず)れの処ぞ　

歸思方悠哉　　　　帰思(きし) 方(まさ)に悠(ゆう)なる哉(かな)　

淮南秋雨夜　　　　淮(わい)南(なん) 秋雨(しゅうう)の夜　

高齋聞鴈來　　　　高斎(こうさい)に 雁(かり)の来たるを聞く　

 

【語釈】

聞雁…雁の鳴く音を聞きながら、故郷を思う。故園…ふるさと。眇…はるかかなた。帰思…故郷に帰りたいと思う心。方 …まさしく。悠…思う心の果てしないさま。淮南 … 淮水の南、滁州を指す。高斎高楼にある郡斎。郡斎は郡の太守がいる役所。

（唐詩選）

 

雑詩三首其一　　　雑詩三首　其の一　　　　　　　唐　　王(おう)　維(い)

 

君自故郷來　　　君 故鄉自(よ)り来る

應知故郷事　　　応(まさ)に 故鄉の事を知るべし

來日綺窗前　　　来たりし日 綺(き)窓(そう)の前

寒梅着花未　　　寒梅 花を着けしや未(いま)だしや

 

【語釈】

故郷 … 作者の故郷。綺窓 … 美しい模様で飾った窓。未 … 「いまだしや」と読み、「まだであるか」「まだでしょうか」と訳す、疑問の意を示す。

（唐詩三百首）

 

 

雑詩三首其二　　　雑詩三首　其の二　　　　　　　唐　　王(おう)　維(い)

 

已見寒梅發　　　已に見る 寒梅の発(ひら)くを

復聞啼鳥聲　　　復(ま)た聞く 啼(てい)鳥(ちょう)の声

愁心視春草　　　愁(しゅう)心(しん) 春草を視て

畏向玉階生　　　玉階に向って 生ずるを畏(おそ)る

 

【語釈】

寒梅 … 寒中に咲く梅。啼鳥 … 鳥のさえずり。愁心 … 愁いに沈んだ心。玉階 … 玉をちりばめた階段、宮殿のりっぱな階段のこと。

（唐詩選）

 

 

宿樟亭驛　　　　樟亭(しょうてい)駅に宿す　　　　　　　　　 唐　　白(はく)居(きょ)易(い)

 

夜半樟亭驛　　　夜半 樟亭(しょうてい)駅(えき)

愁人起望郷　　　愁人(しゅうじん) 起(た)ちて郷を望む　　

月明何所見　　　月明(げつめい) 何の見る所ぞ

潮水白茫茫　　　潮水 白 茫々(ぼうぼう)

 

【語釈】

樟亭驛…浙江省杭州市にあった宿場。愁人…愁いのある人、作者自身。月明…月明かりの下。何所見…何も見えない。茫茫…遠く果てしないさま。

 

歸家　　　　家に帰る　　　　　　　　　　　　　　唐　　杜(と)　牧(ぼく)

 

穉子牽衣問　　　稚子 衣を牽(ひ)きて問う

歸來何太遲　　　返り来たること 何ぞ太(はなは)だ遅き　　

共誰爭歲月　　　誰と共に 歲月を争う

贏得鬢邊絲　　　贏(か)ち得たり 鬢(びん)辺(へん)の糸

 

【語釈】

稚子…家に残した幼児。贏得…利得したこと，多くは無駄に得た場合に使う。鬢邊絲…鬢に生じた白毛。

 

京師得家書　　　京師にて家書を得たり　　　　　明　　袁(えん)　凱(がい)

 

江水三千里　　　江水 三千里

家書十五行　　　家書(かしょ) 十五行

行行無別語　　　行々 別語無し

只道早還鄉　　　只道(い)う 早く 郷に還(かえ)れと

 

【語釈】

江水 … 長江の流れ。三千里 … 都の南京から作者の故郷、松江県華亭までの距離。家書…家からの手紙。行行 …どの行にも。毎行。別語 … ほかの言葉。

 

（元明詩概説）

 

 

蜀中九日　　蜀中(しょくじゅう)九日(きゅうじつ)　　　　　　　　　　　　唐　　王(おう)　勃(ぼつ)

 

九月九日望郷臺　　　　　　九月九日 望郷(ぼうきょう)台(だい)　

他席他�ｸ送客杯　　　　　　他席(ほかせき) 他郷(たきょう) 客を送る杯(はい)　

人情已厭南中苦　　　　　　人情(にんじょう) 已に厭(いと)う 南中(なんちゅう)の苦(く)　

鴻雁那從北地來　　　　　　鴻(こう)雁(がん) 那(なん)ぞ 北地(ほくち)より来(きた)る　

 

【語釈】

蜀…四川省。　九月九日…重陽の節句、高いところに登って酒を飲むならわしがあった。望郷台…玄武山（蜀の東にある）にある高台の名。他席他郷…他郷での宴会。人情…作者自身の感情、望郷の念。已厭…もうあきあきした。南中…ここでは蜀のこと。鴻雁…がん。北地…都の長安、又は作者の故郷山西省。

（唐詩選）　

 

 

渡湘江 　　　湘(しょう)江(こう)を渡る　　　　　　　　　　　　唐　　杜審(としん)言(げん)

 

遅日園林悲昔遊　　　　遅(ち)日(じつ) 園林(えんりん) 昔遊(せきゆう)を悲しむ　

今春花鳥作邊愁　　　　今春(こんしゅん) 花鳥(かちょう) 辺(へん)愁(しゅう)を作す　　　　

獨憐京國人南竄　　　　独り憐む 京国の人 南竄せられ　

不似湘江水北流　　　　似ず 湘(しょう)江(こう)の水 北流(ほくりゅう)するに　　　　

 

【語釈】

湘江…湘水ともいう。広西チワン族自治区に発して湖南省を北上し、瀟水と合流して洞庭湖に注ぐ川。遅日…うららかな春の日のこと。園林…庭園の中の林。昔遊かつて遊んだ時のこと。邊愁…辺地にある身の憂愁。獨憐 … ひとりわが身を憐れんでいるばかりだ。京國人 … 都の人。南竄…罪によって南方の土地に流されること。

（唐詩選）

 

西亭春望　　　　西亭(にしてい)春(しゅん)望(ぼう)　　　　　　　　　　　 唐　　賈(か)　至(し)

 

日長風煖柳青青　　　日長く 風暖かにして 柳 青々(せいせい)たり

北鴈歸飛入窅冥　　　北鴈(ほくがん) 帰り飛んで 窅冥(ようめい)に入る　　

岳陽城上聞吹笛　　　岳陽城上 吹(すい)笛(てき)を聞く

能使春心滿洞庭　　　能(よ)く 春(しゅん)心(しん)をして 洞庭に満たしむ

 

【語釈】

西亭 …湖南省岳陽市の町の西にあった亭。日長 … 春の日が長い。

青青 … 青々と芽を吹いた。北雁 … 春になって北へ帰っていく雁。窅冥 … 奥深くて暗く、見えにくいさま、ここでは大空の遥か彼方をいう。岳陽楼…岳暘城の城郭の西門の高楼、洞庭湖に面している。春心 … わが春の愁いを含む思い。

（唐詩選）

 

 

客中作 　　客中作　　　　　　　　　　　　　　　唐　　李(り)　白(はく)

 

蘭陵美酒鬱金香　　　　蘭(らん)陵(りょう)の美酒(びしゅ) 鬱(うっ)金(こん)香(こう)

玉椀盛來琥珀光　　　　玉(ぎょく)椀(わん) 盛り来たる 琥珀(こはく)の光

但使主人能酔客　　　　但(た)だ 主人をして 能(よ)く客(きゃく)をして酔わしめば

不知何處是他郷　　　　知らず 何れの処か 是(こ)れ他郷

 

【語釈】

客中作…旅先での歌。蘭陵…地名、山東省最南端の蒼山（の西南３０キロメートル）、棗荘市（の東南東４０キロメートル）の中間にある。鬱金香…ミョウガ科の多年草でキゾメグサ（鬱金）の香。玉碗…玉杯。他�ｸ…異郷。

（唐詩選）

 

春夜洛城聞笛　　　春夜洛城に笛を聞く　　　　　　唐　　李(り)　白(はく)

 

誰家玉笛暗飛聲　　　　誰(た)が家の玉(ぎょく)笛(てき)か 暗(あん)に声を飛ばす　

散入春風滿洛城　　　　散じて春風(しゅんぷう)に入(い)りて 洛(らく)城(じょう)に満(み)つ　

此夜曲中聞折柳　　　　此(こ)の夜 曲中(きょくちゅう) 折(せつ)柳(りゅう)を聞く　

何人不起故園情　　　　何人(なんぴと)か 故園(こえん)の情(じょう)を起さざらん　

 

【語釈】

洛城…洛陽の街。玉笛…宝玉でできた笛、笛の美称。暗…暗闇に、密やかに。折柳…折楊柳、横吹曲で別れの情をうたった曲名。故園…故郷。故園情…故郷を思う気持ち、郷愁。

（漢詩大系　８）

 

 

與史郎中欽聽黃鶴樓上吹笛                       唐　　李(り)　白(はく)

 　　　　　　　史郎中欽(しろうちゅうきん)と黄鶴(こうかく)楼上(ろうじょう)にて吹(すい)笛(てき)を聴く

 

一爲遷客去長沙　　　　一(ひと)たび 遷客(せんかく)と爲(な)りて 長沙(ちょうさ)に去り　

西望長安不見家　　　　西のかた 長安(ちょうあん)を　望めども 家を見ず　

黄鶴樓中吹玉笛　　　　黄鶴楼中(こうかくろちゅう) 玉(ぎょく)笛(てき)を吹く　

江城五月落梅花　　　　江(こう)城(じょう) 五月 「落(らく)梅花(ばいか)」　

 

【語釈】

史郎中欽…郎中の官位にある史欽。黄鶴樓…武漢の西南の蛇山北黄鵠（長江右岸）にある楼。一爲…ひとたび…となってすぐに。遷客…流罪に処せられた者。長沙…湖南省省都。玉笛…玉で作った笛、笛の美称。江城…川沿いの町。落梅花…笛の演奏用の「梅花落」という曲名のこと、悲しみを誘う。

（唐詩選）

 

 

 

早發白帝城　　　早(つと)に白帝城を発す　　　　　　　　　唐　李(り)　白(はく)

 

朝辭白帝彩雲間　　　朝(あした)に辞(じ)す 白帝 彩雲の間

千里江陵一日還　　　千里の江(こう)陵(りょう) 一日にして還(かえ)る

兩岸猨聲啼不盡　　　両岸の猿声 啼いて住(や)まざるに

輕舟已過萬重山　　　軽舟 已に過ぐ万(ばん)重(ちょう)の山

 

【語釈】

早…時間帯上、はやいこと。白帝…白帝城のこと、昔の城市（都市）の名。朝…あさ。辭…辞去する。彩雲…朝焼けや夕焼けの雲。江陵…湖北省江陵県。猿聲…四川東部の巫峡は、（もの悲しげに啼く）猿の声で有名。輕舟…軽やかな小舟。萬重山…幾重にも重なった多くの山々。

（漢詩大系　８）

 

 

峨眉山月歌　　　　峨(が)眉山(びさん)月(げつ)の歌　　　　　　　　　唐　　李(り)　白(はく)

 

峨眉山月半輪秋　　　峨(が)眉山(びさん)月(げつ) 半輪(はんりん)の秋

影入平羌江水流　　　影は 平羌(へいきょう)江水に入って 流る

夜發清溪向三峽　　　夜 清溪(せいけい)を発して 三峽に向う

思君不見下渝州　　　思を君えども 見えず 渝州(ゆしゅう)に下る

 

【語釈】

峨眉山…四川省西部の名山、月の名所。平羌江…青衣江、峨眉山の東北の麓を流れ、岷江（長江の支流）に合流する。清溪…峨眉山の東南、岷江の畔にある宿場町。渝州…重慶

（漢詩大系８）

 

解悶　　　　悶を解く　　　　　　　　　　　　　 唐　　杜(と)　甫(ほ)

 

一辭故國十經秋　　　一(ひと)たび故国を辞して 十(と)たび秋を経(へ)たり　

毎見秋瓜憶故丘　　　秋(しゅう)瓜(か)を見る毎(ごと)に 故丘(こきゅう)を憶(おも)う　

今日南湖采薇蕨　　　今日(こんにち) 南湖(なんこ) 薇(び)蕨(けつ)を采(と)る

何人爲覓鄭瓜州　　　何人(なにびと)か為(ため)に覓(もと)む鄭(てい)瓜州(かしゅう)　

 

【語釈】

解悶 … 憂さ晴らし。故国 … ふるさと、ここでは長安を指す。秋瓜… 秋の瓜。故丘 … 故郷の丘。南湖 … 湖の名（所在不明）。薇蕨…ぜんまいとわらび。覓…求める。鄭瓜州 … 杜甫の旧友、鄭審のこと。

（唐詩選）

 

 

逢入京使　　　京に入る使(つかい)に逢う　　　　　　　　唐　　岑(しん)　參(じん)

 

故園東望路漫漫　　　　故園(こえん) 東に望めば 路(みち)漫々(まんまん)　

雙袖龍鐘涙不乾　　　　双袖(そうしゅう) 龍(りょう)鐘(しょう)として 涙乾かず　

馬上相逢無紙筆　　　　馬上に相(あい)逢(お)うて 紙(し)筆(ひつ)無し　

憑君傳語報平安　　　　君に憑(よ)って 伝語(でんご)して 平安を報ぜん　

 

【語釈】

故園…ふるさと，住むべき地。漫漫…路が長々と続いているさま。雙袖…両袖龍鐘…失意のさま。涙を流すさま。相逢……に出逢う、…に（偶然に）出くわす。憑…たのむ。傳語…言伝（ことづて）する。報…知らせる。平安…無事。

（唐詩選）

 

磧中作 　　　　磧中の作　　　　　　　　　　　　唐　　岑(しん)　參(じん)

 

走馬西來欲到天　　　馬を走らせて西来(せいらい) 天に到らんと欲す　

辭家見月兩囘圓　　　家を辞(じ)してより 月の両回(りょうかい) 円(まどか)なるを見る　

今夜不知何處宿　　　今夜 知らず　何れの処にか宿せん　

平沙萬里絶人烟　　　平沙(へいさ) 万里(ばんり)　人煙 絶ゆ　

 

【語釈】

磧中作 … 砂漠の中で作った詩。西來…西に向かってやってきたこと。欲到天 … 今にも天まで届きそうだ。辞家… 家を出てから。月両回円 … 月が二度満月になった、二か月経過したこと囘…二廻りすること。平沙…砂漠。人煙 … 人家から立ち上る炊事の煙。

（唐詩選）

 

 

 

楓橋夜泊　　　　楓橋夜泊　　　　　　　　　　　唐　　張(ちょう)　繼(けい)

 

月落烏啼霜滿天　　　月落ち烏啼いて 霜天に満つ

江楓漁火對愁眠　　　江(こう)楓(かえで)漁火 愁眠(しゅうみん)に対す

姑蘇城外寒山寺　　　姑蘇(こそ)城外(じょうがい)の 寒山寺

夜半鐘聲到客船　　　夜半の鐘声 客船に到る

 

【語釈】

楓橋…中国蘇州にある運河にかかった太鼓橋。霜満天…霜の下りる気配が天に満ちること。霜は地面から上がってくるものだが、中国では天から降りてくるものと考えられていた。　江楓　川沿いの楓の木々。漁火　漁船のいさり火。愁眠　旅愁を抱いてウトウトしながらたまに目が覚める浅い眠り。姑蘇…蘇州の旧名。春秋時代の呉の都。寒山寺…蘇州郊外西５キロの楓橋鎮にある、臨済宗の寺。　

　（唐詩選）

 

 

聽角思歸      角(かく)を聴いて帰るを思う　　　　　　唐　　顧(こ)　況(きょう)

 

故園黃葉滿青苔　　　故園の黃葉 青(せい)苔(たい)に満つ

夢後城頭曉角哀　　　夢後(むご) 城頭 曉(ぎょう)角(かく)哀しむ　　

此夜斷腸人不見　　　此の夜 断腸 人 見えず

起行殘月影徘徊　　　起ちて行けば 残(ざん)月(月) 影 徘徊

 

【語釈】

角 … 軍中で吹く角笛の音。思帰 … 望郷の念。故園 … 故郷の庭園。黄葉 … 黄色い落ち葉。青苔 … 青い苔。夢後 … 夢が覚めたあと。城頭 … 町の城壁の上から。暁角 … 暁の時を告げる角笛。哀 … 悲しげに鳴り響く。断腸 … 非常に悲しい様子。起行 … 寝床から起き上がって（庭に）行けば。残月 … 明け方の空に消えずに残っている月。影 … わが影、または、月影。徘徊 … 行ったり来たりする。

（唐詩選）

 

 

山店　　　　山店　　　　　　　　　　　　　　　　唐　　盧(ろ)　綸(りん)

 

登登山路何時盡　　　登(とう)々(とう)として 山路 何れの時にか尽きん

決決溪泉到處聞　　　決々(けつけつ)として 溪(けい)泉(せん) 到る処に聞く

風動葉聲山犬吠　　　風は葉声(ようせい)を動かして 山犬(さんけん)吠え

一家松火隔秋雲　　　一家の松(しょう)火(か) 秋雲を隔つ

 

【語釈】

山店…山の中の旅館。登登…どんどん登って行くこと。決決…谿のせせらぎを表す擬声語。松火…松の木を燃やした灯火。

（三体詩）

 

 

與從弟瑾同下第後出關　　　　　　　　　　　　　唐　　盧(ろ)　綸(りん)

從弟瑾(じゅうていきん)と同じく下第して 関を出ず

出關愁暮一沾裳　　　関を出でて 愁暮 一(いつ)に裳(しょう)を沾(うる)おす

滿野蓬生古戰場　　　野に満ち 蓬(ほう)は生ず 古戰場

孤村樹色昏殘雨　　　孤村の樹色 残雨に昏(くら)く

遠寺鐘聲帶夕陽　　　遠寺の鐘声 夕陽を帯ぶ

 

【語釈】

従弟…（自分より年下の男の）いとこ。瑾…いとこの名。同…（…と）いっしょに。下第…科挙の郷試落第する出関…関中（…現・陝西省中部で、四つの関の中の地。中心は都の長安）の地より出る。言別…別れの言葉を告げる。愁暮…日が暮れたことを愁える。　・一…もっぱら。沾…ぬらす。しめらす。うるおす。裳…衣服。満野…野原いっぱいに。蓬…ヨモギ。孤村…ぽつんと離れたところにある村。昏…（日が暮れて）くらい。残雨…残り雨。

（三体詩）　

 

 

湘南即事　　　湘(しょう)南即事(なんそくじ)　　　　　　　　　　　 唐　　戴叔倫(たいしゅくりん)

 

盧橘花開楓葉衰　　　盧(ろ)橘(きつ) 花開きて 楓(ふう)葉(よう)衰う　

出門何處望京師　　　門を出(い)でて 何(いず)れの処にか 京師(けいし)を望まん　

沅湘日夜東流去　　　沅湘(げんしょう) 日夜(にちや) 東に流れ去る　

不爲愁人住少時　　　愁人(しゅうじん)の為に 住(とど)まること 少時(しばし)もせず　

 

【語釈】

湘南…湖南省湘潭県の西。即事…その場の事を詠じた詩。・盧橘…金柑。楓葉…楓の葉。出門…城門を出ることで、郊外へ行く意。京師…帝都。沅湘…沅江と湘江、共に湖南省を流れて洞庭湖に注ぐ川の名。愁人…愁いを抱く人。

（三体詩）

 

秋思 　　　秋思(しゅうし) 　　　　　　　　　　　　　　　唐　　張(ちょう)　籍(せき)

 

洛陽城裏見秋風　　　洛陽(らくよう)城(じょう)裏(り) 秋風を見る

欲作家書意万重　　　家書を作らんと欲すれば 意(おもい) 万(ばん)重(ちょう)

復恐怱怱説不尽　　　復(ま)た恐る 怱々(そうそう) 説いて尽さざるを

行人臨発又開封　　　行人(こうじん) 発するに臨みて 又た封を開く

 

【語釈】

城裏…城壁に囲まれた市街の中。家書… 家族へあてた手紙。意万重 …「あれも書きたい、これも書きたい」と、思いが幾重にも重なること。怱怱 … 慌ただしいさま。行人…飛脚。

（唐詩選）

 

 

柳州二月榕葉落盡偶題　　　　　　　　　　　　　唐 　 柳宗元(りゅうそうげん)

柳州二月榕(よう)葉(よう)落ち尽くして偶々(たまたま)題す　　

 

宦情羇思共悽悽　　　　宦(かん)情(じょう) 羇思(きし) 共に悽々(せいせい)　

春半如秋意転迷　　　　春半(なか)ばなるに秋の如く 意(い) 転(うた)た迷う　

山城過雨百花尽　　　　山城(さんじょう)の過(か)雨(う) 百花(ひゃっか) 尽き　

榕葉満庭鶯乱啼　　　　榕(よう)葉(よう) 庭に満ちて鶯(うぐいす)は乱れ啼く　

 

【語釈】

柳州（広西壮族自治区の柳州市）。榕葉…榕樹（あこう）の葉。偶題…たまたま詩をつくる。宦情…役人としての思い。羈思…旅愁、ここでは地方勤めの愁。淒淒…わびしく悲しいさま。意…思い。転…ますます。迷…悲しみ悼む。山城…山あいの町、柳州を指す。過雨…通り雨。

（柳宗元詩選）

 

尤溪道中　　　尤溪(ゆうけい)道中(どうちゅう)　　　　　　　　　　　　唐　　韓(かん)　偓(あく)

 

水自潺湲日自斜　　　水は自(おのずか)ら潺湲(せんかん)  日は自(おのずか)ら斜めなり

盡無雞犬有鳴鴉　　　尽(ことごと)く雞犬無くして 鳴(めい)鴉(あ)有り

千村萬落如寒食　　　千村万落(せんそんばんらく) 寒食の如く

不見人煙空見花　　　人煙を見ず 空しく花を見る

 

【語釈】

尤渓…中国福建省三明市の県。道中…旅の途中（で作った詩）。潺湲 …水がさらさらと流れるようす。盡無雞犬…にわとりや犬がまったくいない、軍隊が通過したあとの惨状を表している。有鳴鴉…カラスが鳴いているだけ、死肉を食っている情景を描写している。千村万落 …多くの村落。寒食…冬至の日から数えて百五日目の日のこと、陽暦では四月の初めに当たる、この日を挟んで三日間は火を断ち、煮たきしないで冷たい物を食べる風習があった。人煙 … 人家から立ちのぼる炊事の煙。

　（三体詩）

 

 

渡桑乾　　　　　桑(そう)乾(かん)を渡る　　　　　　　　　　唐　　賈(か)　島(とう)

 

客舎并州已十霜　　　　客舎(かくしゃ) 并州(へいしゅう) 已に十(じゅっ)霜(そう)　

歸心日夜憶咸陽　　　　帰心(きしん) 日夜(にちや) 咸(かん)陽(よう)を憶(おも)う　

無端更渡桑乾水　　　　端無(はしな)くも更に渡る 桑(そう)乾(かん)の水　

却望并州是故郷　　　　却(かえ)って并(へい)州(しゅう)を望めば 是(こ)れ故郷　

 

【語釈】

桑乾 …桑乾河、北京の西南を流れ、永定河となる。并州…山西省太原市。客舎…旅ぐらしをする。十霜…十年、「霜」は星霜。帰心…故郷に帰りたいと思う心。咸陽…長安の西北にあり、秦の都があった所、ここでは長安を指す。憶…思い出す。無端…思いがけず。更渡 …更に（桑乾河を）渡って遠方へ行く。却…ふり返って。望…眺める。故郷…住むべき所。

（唐詩選）

 

 

宿武關　　　武関(ぶかん)に宿す　　　　　　　　　　　　唐　　李(り)　涉(しょう)

 

遠別秦城萬里遊　　　遠く 秦(しん)城(じょう)に別かれ 万里に遊ぶ

亂山高下出商州　　　乱山高下 商州(しょうしゅう)を出ず

關門不鎖寒溪水　　　関門 鎖さず 寒溪(かんけい)の水

一夜潺湲送客愁　　　一夜 潺湲(せんかん)として 客(かく)愁(しゅう)を送る

【語釈】

武關・商州…共に秦の地名。潺湲…水の流れるさま。客愁…旅の愁い。

（三体詩）

 

 

宿嘉陵驛　　　嘉(か)陵(りょう)駅(えき)に宿す　　　　　　　　　　唐　　雍(よう)　陶(とう)

 

離思茫茫正值秋　　　離思(りし)  茫々(ぼうぼう)として 正(まさ)に秋に值(あ)う

每因風景卻生愁　　　風景に因(よ)る毎(ごと)に 卻(かえ)って愁いを生ず

今宵難作刀州夢　　　今宵(こんしょう) 作し難(がた)し 刀州(とうしゅう)の夢

月色江聲共一樓　　　月色 江声 共に一楼

 

【語釈】

嘉陵驛…嘉陵江（四川省を北から南に縦断し、重慶で長江に注ぐ川）にある宿場。離思…遠い故郷を偲ぶ気持。茫茫…果てしなく広いさま。值…会う。因…親しむ。刀州…四川省広元県。

（三体詩）

 

 

 

峽中行　　　峽中(きょうちゅう)行(こう)　　　　　　　　　　　　　 唐　　雍(よう)　陶(とう)

 

兩崖開盡水回環　　　両崖(りょうがい) 開き尽きて 水 回環(かいかん)す

一葉纔通石罅間　　　一葉(いちよう)　纔(わずか)に通ず 石(せき)罅(か)の間　　

楚客莫言山勢險　　　楚客(そかく) 言うこと莫かれ 山勢 険なりと

世人心更險於山　　　世人の心は 更に 山よりも険なり

 

【語釈】

峽中…両側の山の間。回環…回り廻る。一葉…一小舟。石罅…石の隙間。楚客…湖南省・湖北省の旅人。山勢…山の形勢。

 

 

邯鄲至夜思家　　　邯鄲(かんたん) 至(し)夜(や) 家を思う　　　　　　唐　　白(はく)居(きょ)易(い)

 

邯鄲驛裏逢冬至　　　邯鄲(かんたん)駅(えき)裏(り) 冬至に逢う

抱膝燈前影伴身　　　膝を抱きて 灯前 影 身に伴う　　

想得家中夜深坐　　　想い得たり 家中 夜(や)深(しん)に坐し

還應說著遠行人　　　還(ま)た 応に 遠行の人を説著(せっちゃく)するなるべし

 

【語釈】

邯鄲…河北省南部の都市、春秋時代の趙の都。家中…故郷の家の人。遠行人…遠く旅する人、作者。說著…話をする、著は助字。

 

 

 

旅懐　　　　旅(りょ)懐(かい)　　　　　　　　　　　　　　　　唐　　杜荀(とじゅん)鶴(かく)

 

月華星彩坐來收　　　月(げっ)華(か) 星(せい)彩(さい) 坐来(ざらい) 收まる

嶽色江聲暗結愁　　　岳(がく)色(しょく) 江声(こうせい) 暗(あん)に 愁いを結ぶ　　

半夜燈前十年事　　　半夜 灯前 十年の事

一時和雨到心頭　　　一時 雨に和して 心頭(しんとう)に到る

 

【語釈】

旅懷…旅中のおもい。月華…月明かり。星彩…星々のきらめき。坐來収…次第にうすれていく。坐來は…いながらにして。嶽色…山の色。江聲…川の流れる音。半夜…夜中。和雨…雨音にあわせて、和は調子を合わせるの意。心頭…こころ、心中に同じ。

（三体詩）

 

閑情　　　　閑(かん)情(じょう) 　　　　　　　　　　　　　　　唐　　孟(もう)　遲(ち)

 

山上有山歸不得　　　山上に 山有り 帰り得ず

湘江暮雨鷓鴣飛　　　湘江の暮雨 鷓鴣(しゃこ) 飛ぶ　　

蘼蕪亦是王孫草　　　蘼(び)蕪(ぶ)も 亦(ま)た是(こ)れ 王孫(おうそん)の草

莫送春香入客衣　　　春香を送りて 客(かく)衣(い)に入らしむこと莫(な)かれ

 

【語釈】

閑情…静かな心。山上有山…出の字を意味する隠語。湘江…現在の長江のこと。暮雨…夕暮れ時の雨。鷓鴣…きじ科の鳥。鷓鴣の鳴き声は「行不得也哥哥（行ってはいけない兄さん）」と聞こえる。蘼蕪…セリ科の植物。王孫草…楚辞「招隠士」にある「王孫遊兮不歸、春草生兮萋萋。」に基づく、不帰の隠語。客衣…旅人の衣、ここでは遠くにいる良人を意味する。

（三体詩）

 

 

回郷偶書　　　郷に回(かえ)りて偶(たま)たま書す　　　　　　 唐　　賀(が)知(ち)章(しょう)

 

少小離家老大回　　　少小(しょうしょう)にして 家を離れて 老大にして 回(かえ)る

郷音無改鬢毛摧　　　郷音(きょうおん) 改まる無く 鬢(びん)毛(もう) 摧(くだ)く　　

兒童相見不相識　　　兒童 相見て 相識(あいし)らず

笑問客従何處來　　　笑って問う 客(かく)は 何れの処従(よ)り 来(きた)るかと

 

【語釈】

少小…若いとき。老大…老年。郷音…故郷の言葉。鬢毛摧…髪の毛が白くなること。

（唐詩三百首）

 

回鄉偶書其二　　　郷に回(かえ)りて偶(たま)たま書す　　　 唐　　賀(が)知(ち)章(しょう)

 

離別家郷歳月多　　　家郷に離別して 歳月多し

近來人事半消磨　　　近来 人事 半ばは 消磨(しょうま)す　　

惟有門前鏡湖水　　　惟だ 門前 鏡(きょう)湖(こ)の水のみ有りて

春風不改舊時波　　　春風 改めず 旧時の波

 

【語釈】

離別…はなれ別れる。家郷…故郷。近來…近頃。このごろ。人事…人の世の出来事。消磨…磨り減ること。唯有…ただ…だけがある。鏡湖…浙江省紹興市越城區にあった湖。舊時…昔の時。

 

 

淮上早發　　　　淮上(わいじょう) 早(つと)に発す　　　　　　北宋　　　蘇(そ)　軾(しょく)

 

澹月傾雲曉角哀　　　澹(たん)月(げつ)は 雲に傾きて 曉(ぎょう)角(かく) 哀(かな)し

小風吹水碧鱗開　　　小風 水を吹いて 碧(へき)鱗(りん) 開く　　

此生定向江湖老　　　此の生 定めて 江湖に向(むか)って老いん

默數淮中十往來　　　默して 数うれば 淮中 十たび 往来

 

【語釈】

澹月…淡い光の月。曉角…曉を告げる角笛。碧鱗…緑色の鱗のようなさざ波。向…於いて。江湖…江南の江湖、世間を言うことが多い。

（漢詩大系１７）

 

泊衡州　　　 衡州(こうしゅう)に泊す　　　　　　　　　　　南宋　　范(ぼん)成(せい)大(だい)

 

客裏仍哦對雨吟　　　客(かく)裏(り) 仍(しきり)に 哦(が)す 対雨の吟

夜來星月曉還陰　　　夜来 星月 曉(あかつき) 還(ま)た 陰(くも)る　　

空江十日無春事　　　空江 十日 春事 無し

船到衡陽柳色深　　　船 衡(こう)陽(よう)に到れば 柳色 深し

 

【語釈】

衡州…湖南省衡陽市。客裏…旅中。哦…吟詠する。空江…何もない江上。春事…春の楽しいこと。衡陽…衡山（湖南省衡陽市にある道教の五岳の一つ）の南の地方。

 

 

劍門道中遇微雨　　　剣門道中微雨に遇う　　　　南宋　　陸(りく)　游(ゆう)

 

衣上征塵雜酒痕　　衣上(いじょう)の征(せい)塵(じん) 酒(しゅ)痕(こん)を雑(まじ)う

遠游無處不消魂　　遠游(えんゆう)　処として魂(こん)を消さざるは無し

此身合是詩人未　　此の身 合(まさ)に是(こ)れ詩人なるべきや 未(いな)や

細雨騎驢入劍門　　細雨　驢(ろ)に騎(の)って剣門(けんもん)に入る

 

【語釈】

劍門…四川省剣閣県にある山で、北方から関所があった。征塵…旅の埃

消魂…心を烈しく動揺させること

（漢詩大系１９）

 

 

庚子正月五日曉過大皋渡　　　　　　　　　　　南宋　　楊(よう)萬里(ばんり)

庚子(こうし)正月五日曉(あかつき)に大皋渡(だいこうと)を過(す)ぐ

 

霧外江山看不真　　　霧外(むがい)の江山 看て真ならず

只憑雞犬認前邨　　　只だ 雞(けい)犬(けん)に憑(よ)って 前村を認む　　

渡船滿板霜如雪　　　渡船(とせん)の満板 霜 雪の如し

印我青鞋第一痕　　　印す 我が青鞋(せいあい)の第一痕

 

【語釈】

滿板…板の上一面。青鞋…わらじ

 

 

夜聞風雨有感　　　夜 風雨を聞きて感あり　　　北宋　　張(ちょう)　耒(らい)

 

留滯招提未是歸　　　招提(しょうてい)に留滞(りゅうたい)して 未だ 是れ 帰らず

卧聞秋雨響疏籬　　　卧(が)して聞く 秋雨の 疎籬(そり)に響くを　　

何當粗息飄萍恨　　　何(いつ)か 当に 粗(ほ)ぼ　飄萍(ひょうへい)の恨みを息(と)めて

却誦僧窗聽雨詩　　　却って 僧窓　聽(ちょう)雨(う)の詩を 誦(しょう)すべき

 

【語釈】

留滯…留まる。招提…寺院。疏籬…疎らな籬。飄萍…漂える浮き草のような漂泊の身。却…故郷に帰って。

 

 

縱步至董氏園亭　　　　　　　　　　　　　　　　　宋　　陳與(ちんよ)義(ぎ)

 

槐葉層層新�告ｶ　　　槐(かい)葉(よう) 層々(そうそう) 新緑 生ず

客懷依舊不能平　　　客懷 旧に依りて 平かなる 能(あた)わず

自移一榻西窗下　　　自(おの)ずから 一榻(いっとう)を移す 西窓の下

要近叢篁聽雨聲　　　叢篁に近づきて 雨声を聴くを要す

 

【語釈】

槐葉…エンジュの葉。層層…幾重にも重なっているさま。客懷…旅中の思い。榻…長いす。叢篁…竹藪。要…願う。

 

 

清明日舟次吳門　　清明の日 舟 呉門(ごもん)に次(やど)る　 　　南宋　　方(ほう)　岳(がく)

 

篷窗恰受夕陽明　　　篷(ほう)窓(そう) 恰(あたか)も夕陽(せきよう)を受けて明かなり

楊柳梨花半月程　　　楊柳 梨花 半月の程　　

老去不知寒食近　　　老い去りて 知らず 寒食の近きを

一篙烟水載春行　　　一篙の煙水 春を載せて行く

 

【語釈】

清明…清明節、春分から十五日目。篷窗…舟の苫の窓。寒食…冬至から百五日目、この前後三日間は火を使うことを禁じた。一篙…棹一本ほどの長さ。烟水…靄の懸かった水。

 

 

曉行　　　曉(ぎょう)行(こう) 　　　　　　　　　　　　　　　宋　　晁沖之(ちょうちゅうし)

 

老去功名意轉疏　　　老い去りて 功名に 意 転(うた)た疎(そ)なり

獨騎瘦馬取長途　　　独り 瘦(そう)馬(ば)に騎(の)りて 長途(ちょうと)を取る　　

孤村到曉猶燈火      孤村 曉に到りて 猶お 灯火

知有人家夜讀書　　　知んぬ 人家に 夜 書を読む 有るを

 

【語釈】

轉…いよいよ。疏…心がうとく熱心で無いこと。長途…長旅。

 

 

宿西門外　　　宿西門外　　　　　　　　　　　北宋　　晁端(ちょうたん)友(ゆう)

 

寒林殘日欲棲烏　　　寒林の残日 烏を棲(す)まんしめんと欲す

壁裏青燈乍有無　　　壁(へき)裏(り) 青灯 乍(たちまち)ち 有無　　

小雨愔愔人假寐　　　小雨 愔々(いんいん)として 人 仮寐(かりね)す

卧聽疲馬齧殘芻　　　卧(が)して聴く 疲(そう)馬(ば)の 残芻(ざんすう)を齧(か)むを

 

【語釈】

寒林…寒々として人気の無い林。壁裏…壁に面する。有無…明滅。愔愔…安んじ和らぐさま。假寐…衣冠を着けずにねる。殘芻…残ったまぐさ。

 

無極道中　　　　無極道中　　　　　　　　 　　　金　　劉(りゅう)　瞻(たん)

 

銀河淡淡瀉秋光　　　銀河 淡々(たんたん)として 秋光を瀉(そそ)ぎ

缺月梢梢挂晚涼　　　欠月 梢々(しょうしょう) 晚涼に挂(か)かる

馬上西風吹夢斷　　　馬上 西風 夢を吹きて断つ

隔林烟火路蒼茫　　　林を隔つるの 煙火 路 蒼茫(そうぼう)　

 

【語釈】

淡淡…水が一杯に満ちて静かに流れるさま。瀉…上からそそぎかける。缺月…片割れ月。梢梢…木の梢。挂…ひっかかる。蒼茫…青々として果てしなく広がるさま。

 

 

 

自�ｹ州幕府暫歸秋　　　　　　　　　　　　　　　　金　　元好問(げんこうもん)

�ｹ州(とうしゅう)の幕府より 暫(しばら)く秋(しゅう)林(りん)に帰る

 

升斗微官不療飢　　　升斗(しゅうと)の微官(びかん) 飢(うれ)を療(りょう)せず

中林春雨蕨芽肥　　　中林の春雨に 蕨(けつ)芽(が) 肥ゆ　

歸來應被青山笑　　　帰来(きらい) 応(まさ)に 青山に笑わるべし

可惜緇塵染素衣　　　惜しむべし 緇(し)塵(じん)の 素(そ)衣(い)を染むを

 

【語釈】

�ｹ州…河南省南陽市。幕府…将軍の本営。秋林…秋の（稔りのある）林。升斗…僅かの禄。中林…林中。蕨芽…ワラビの芽、食用とする。被-……れる、られる。青山…青々とした山。緇塵…黒い色の塵、俗塵。素衣…白い衣。

 

南關　　　　南関　　　　　　　　　　　　　　　　金　　元好問(げんこうもん)

 

風裏秋蓬不自由　　　風(ふう)裏(り)の秋(しゅう)蓬(ほう)は 自由ならず

一生幾度過隆州　　　一生 幾度(いくたび)か 隆州(りゅうしゅう)を過ぐ　　

無情團栢關前水　　　無情なり 団栢(だんはく) 関前の水

流盡朱顏到白頭　　　朱顏を流し尽くして 白頭に到る

 

【語釈】

風裏…風の中。秋蓬…秋の蓬、根から離れて漂う。隆州…四川省南充市一帯。朱顏…少年の紅顔。

 

 

 

將赴金陵始出閶門夜泊　　　　　　　　　　　　　明　　��(こう)　啓(けい)

将(まさ)に金(きん)陵(りょう)に赴(おもむ)かんとして始めて閶門(しょうもん)を出でて夜泊す

 

煙月籠沙客未眠　　　煙月 沙を籠(こ)めて 客(かく) 未だ眠らず

歌聲燈火酒家前　　　歌声 灯火 酒家の前　　

如何纔出閶門宿　　　如何(いかん) 纔(わずか)かに 閶門(しょうもん)を出でて 宿すれば

已似秦淮夜泊船　　　已に 秦淮(しんわい) 夜泊の 船に似たり

 

【語釈】

金陵…南朝の首都、南京。閶門…江蘇省蘇州市にあった城門の一つ。夜泊…夜舟を泊して眠る。煙月…おぼろ月。籠…蔽う。秦淮…金陵の近くの煙花風流の地。

　（杜牧の「泊秦淮」による。）

 

初發白河　　　初めて白河を発す　　　　　　　　　明　　歸(き)有光(ゆうこう)

 

邊風刮地起黃沙　　　辺風  地を刮(けず)って 黃沙(こうさ) 起こり

三月長安不見花　　　三月 長安 花を見ず　　

卻憶故郷風景好　　　卻(かえ)って 憶う 故郷 風景の好きを

櫻桃初熟正還家　　　桜桃　初めて熟して 正(まさ)に家に還らん

 

【語釈】

邊風…朔北の風。櫻桃…ユスラウメ。

 

 

竹枝詞　　　　 竹枝詞　　　　　　　　　　　　　明　　何景(なんけい)明(めい)

 

十二峰頭秋草荒　　　十二峰頭 秋草 荒る

冷烟寒月過瞿塘　　　冷煙 寒月 瞿塘を過ぐ　　

青楓江上孤舟客　　　青(せい)楓(ふう)江上(こうじょう) 孤舟の客

不聽猿聲亦斷腸　　　猿声を聽かざるも 亦た 断腸

 

【語釈】

竹枝詞…劉禹錫が、配流先の朗州の民謡にあわせて作った歌曲の一分類、男女の情を述べた物を期限とし、各地の人情、風俗を述べた物。十二峰…巫山の十二峰。冷煙…冷たい水上の靄。瞿塘…瞿塘峽（長江本流に位置する峡谷で、三峽の一つ）。青楓江 … 長沙の近くを流れる川の名，とされているが詩の内容と合わず、位置不明）。

『水径注』常に高猿の長嘯有り，屬引すること淒異，空谷に伝響し，哀転久さしくして絶ゆ。故に漁者歌いて曰く…巴東の三峽巫峽長し，猿鳴三声淚裳を沾す。

 

 

淮西夜坐　　　淮西夜坐(わいせいやざ) 　　　　　　　　　　　　明　　袁(えん)　凱(がい)

 

蕭蕭風雨滿關河　　　蕭々(しょうしょう)たる風雨 関(かん)河(が)に満つ

酒盡西樓聽鴈過　　　酒 尽きて 西楼 鴈を聴きて過ぐ　　

莫怪行人頭白盡　　　怪しむ莫かれ 行人 頭白の尽(じん)するを

異郷秋色不勝多　　　異郷の秋色 多きに 勝えず

 

【語釈】

淮西…淮水（淮河…長江・黄河に次ぐ第三の大河。黄河と長江の間を東西に流れており、下流にある湖で二手に分かれ、放水路は黄海に注ぎ、本流は長江につながっている。）の西の地方。蕭蕭…もの寂しいさま。關河…関所の山や川。頭白盡…頭髪が全く白くなること。異郷…他郷。秋色…秋景色。

 

 

自紅花埠至剡城道中作　　　　　　　　　　　　　　清　　楊嗣震(ようししん)

紅花埠(こうかふ)より剡(えん)城(じょう)に至る道中の作

 

潚潚絲雨過剡城　　　潚々(しょうしょう)たる 糸雨 剡(えん)城(じょう)を過ぐ

土潤平田漸可耕　　　土 潤(うるお)いて 平田 漸(ようや)く 耕すべし

却怪世情難饜足　　　却(かえ)って怪しむ 世情の 饜足(えんそく)し難きを

居人求雨客求晴　　　居人(きょじん)は 雨を求め 客(かく)は 雨を求む

 

【語釈】

紅花埠…所在不明。剡城江省紹興市に位置する県級市。潚潚…糸の如き雨の盛んに降るさま。漸…だんだん。饜足…満足。

　　

 

過黃州　　　黃州を過ぐ　　　　　　　　　　　　清　　張(ちょう)問(もん)陶(とう)

 

蜻蛉一葉獨歸舟　　　蜻蛉(せいれい)一葉 独帰(どくき)の舟

寒浸春衣夜水幽　　　寒は 春衣を浸し 夜水幽なり

我似��江西去鶴　　　我は江を��ぎり 西に去る鶴に似て

月明如夢過黃州　　　月明に夢の如く 黃州を過ぐ

 

【語釈】

黃州…湖北省黄岡市一帯。蜻蛉…とんぼ。一葉…小さな船。

 

 

 

旅夜書懷　　　 旅夜書懷　　　　　　　　　　　　唐　　杜(と)　甫(ほ)

 

細草微風岸　　　　細(さい)草(そう) 微風(びふう)の岸　

危檣獨夜舟　　　　危檣(ききょう) 独(どく)夜(や)の舟　

星垂平野闊　　　　星垂(た)れて 平野(へいや)闊(ひろ)く　

月湧大江流　　　　月湧(わ)いて 大江(たいこう)流る　

名豈文章著　　　　名は豈(あに) 文章(ぶんしょう)にて著(あら)われんや　

官應老病休　　　　官は応(まさ)に 老病にて休(や)むべし　

飄飄何所似　　　　飄々(ひょうひょう) 何(なん)の似たる所ぞ　

天地一沙鴎　　　　天地の一沙(いちさ)鴎(おう)　

 

【語釈】

旅夜…旅の途中での宿泊。書懷…胸の思いを書きしるす。細草…細い草。微風…そよ風。危檣…高い帆柱。獨夜…ただひとりで自分だけ起きている夜。舟…小船。星垂…地の涯まで星空が見えるさま。闊…（見わたして）幅広である。湧…わき出る。大江…長江。名…名声。豈…どうして…だろうか、疑問・反語の助辞。文章…文学。著…あらわす。官…官職。・應…当然…であろう。老病…年をとって病身であること。休…やむ。・飄飄…風に吹かれて軽く上がるさま、さまようさま。何所似…何に似ているだろうか。・何所-…どこ、どんな、何、後に動詞を附けて、行為の目標または帰着するところをいう。天地…天と地。沙鴎…砂浜にいるカモメ。

(唐詩選)

 

 

 

江南旅懐　　　江南(こうなん)旅(りょ)懐(かい)　　　　　　　　　　　 唐　　祖(そ)　詠(えい)

 

楚山不可極　　　楚(そ)山(ざん) 極む可(べ)からず

歸路但蕭條　　　帰路 但(た)だ蕭條(しょうじょう)たり

海色晴看雨　　　海色 晴れて雨を看(み)

江聲夜聽潮　　　江声 夜 潮(うしお)を聽く

劒留南斗近　　　劒は南斗に留まりて近く

書寄北風遙　　　書は北風に寄りて遙かなり

爲報空潭橘　　　爲に報ず 空潭の橘

無媒寄洛橋　　　洛橋に寄せんに媒(なかだち)無しと

 

【語釈】

楚山 … 楚の国の山々。蕭条 … 物寂しいさま。海色 … 海の色。江聲…長江の波の音。聴潮 … 潮騒の音に耳をすます。南斗 … 星の名。剣留南斗近 …『晋書』巻三十六、張華伝。書寄北風遥 … 李陵の「蘇武に答うるの書」（『文選』巻四十一）に「時に北風ほくふうに因り、復た徳音ふくいんを恵せよ」（時因北風、復惠�ｺ音）とある。報 … 返事をする。空潭 … 人気ひとけのないふち。橘 … たちばな。蜜柑の一種。媒 … ここではたよりを伝えてくれる人。洛橋 … 洛陽の町を流れる洛水にかけられた橋。

（唐詩選）

 

 

 

 

歲暮歸南山　　　　歲(せい)暮(ぼ) 南山に帰る　　　　　　　唐　　孟(もう)浩然(こうねん)

 

北闕休上書　　　　北闕(ほくけつ) 上書(じょうしょ)を休(や)め

南山歸敝廬　　　　南山(なんざん)　敝廬(へいろ)に帰る

不才明主棄　　　　不才 明主に棄(す)てられ

多病故人疎　　　　多病 故人に疎(うとん)んぜらる

白髪催年老　　　　白髪 年老を催(うなが)し

青陽逼歳除　　　　青(せい)陽(よう)　歳除(さいじょ)に逼(せま)る

永懐愁不寐　　　　永(えい)懐(かい) 愁(うれ)えて寐(い)ねず

松月夜窗虚　　　　松(しょう)月(げつ) 夜(や)窓(そう)に虚(むな)し

 

【語釈】

北闕…天子の宮城。上書…君主、役所などに文書をたてまつること。南山…終南山。敝廬…あばらや、自分の家の謙称。故人…友人。年老…年老いること。青陽…陽春。歳除…大晦日。永懐…長年の心の思い。松月…松にかかった月。

 

（新釈漢文大系　詩人編　３）

 

 

 

 

太白山下早行至��渠鎮書崇壽院壁 　　　　　北宋　　蘇(そ)　軾(しょく)

太白(たいはく)山下(さんか)早(そう)行(こう)して，��渠(おうきょ)鎮(ちん)に至り，崇(すう)寿院(じゅいん)の壁(へき)に書す　

 

馬上續殘夢　　　馬上に残夢(ざんむ)を続(つ)ぎ

不知朝日昇　　　朝日の昇るを知らず

亂山��翠幛　　　乱山(らんざん)翠幛(すいしょう)��わり

落月澹孤燈　　　落月孤燈澹わし

奔走煩郵吏　　　奔走郵吏を煩し

安閑愧老僧　　　安閑(あんかん)老僧に愧(は)ず

再遊應眷眷　　　再遊(さいゆう)応に眷々(けんけん)たるべし

聊亦記吾曾　　　聊(いささ)か亦(ま)た吾曾を記せよ

 

【語釈】

太白山…陝西省の西南部にある山。��渠鎮…陝西省寶雞市眉縣東部。崇壽院…不明。殘夢…明け方近くになってうとうとしながら見る夢。翠幛…緑の嶺。郵吏…宿場の役人。安閑…安らかで静かな暮らし。眷眷…心にとめて思う慕うさま

 

 

 

冬日移舟入峽避風　　　　　　　　　　　　　　　南宋　　戴(たい)復古(ふくこ)

冬日舟を移して峽に入り風を避く

 

棹入黄蘆浦　　　棹さし入る 黄蘆(こうろ)の浦

驚飛白鷺群　　　驚きて飛ぶ 白鷺(はくろ)の群(ぐん)　　

霜華濃似雪　　　霜(そう)華(か) 濃(こま)やかなること 雪に似(に)

水氣盛於雲　　　水気 雲よりも盛んなり　　

市遠炭�撕J　　　市 遠くして 炭 価を増し

天寒酒策勳　　　天 寒くして 酒 勳(くん)を策(さく)す　　

同舟有佳士　　　同舟 佳士(かし)有り

擁被共論文　　　被(ひ)を擁(よう)して 共に文を論ず

 

【語釈】

黄蘆…枯れた蘆。霜華…美しい霜。水氣…水から立ち上る靄。酒策勳…酒が寒さを防ぐのに役立つ。擁被…衣を被る。

 

 

 

 

年華      年華                                  宋　　陳與(ちんよ)義(ぎ)

 

去國頻更歲　　　国を去りて 頻(しき)りに 歳を更(か)え

爲官不救飢　　　官となりて 飢えを救わず　　

春生殘雪外　　　春は生ず 残雪の外

酒盡落梅時　　　酒は尽く 落梅の時　　

白日山川映　　　白日 山川 映じ

青天草木宜　　　青天 草木宜(よろ)し　　

年華不負客　　　年(ねん)華(か) 客(かく)に負(そむ)かず

一一入吾詩　　　一一 吾が詩に入る

 

【語釈】

年華…年光、光陰。更…経る。

 

 

 

在武昌作　　　武昌に在りて作る　　　　　　　　明　　徐(じょ)禎(てい)卿(きょう)

 

洞庭葉未下　　　洞庭 葉 未だ下らず

瀟湘秋欲生　　　瀟湘(しょうしょう) 秋 生ぜんと欲す　　

高齋今夜雨　　　高斎(こうさい) 今夜の雨

獨卧武昌城　　　独卧(どくが)す 武昌城　　

重以桑梓念　　　重ねて以(おも)う 桑(そう)梓(し)の念

凄其江漢情　　　凄(せい)其(き)たり 江漢(こうかん)の情　　

不知天外鴈　　　知らず 天外の鴈

何事樂南征　　　何事ぞ 南征(なんせい)を楽しむ

 

 

【語釈】

武昌…湖北省武漢市武昌区。洞庭…湖南省岳陽市。瀟湘…瀟水と湘水が合流して洞庭湖に流れ込む地帯。桑梓念…故郷を思う心。凄其…寂しいさま、其は助字。江漢…長江と漢水。南征…南に行く。

 

 

 

長安晩秋　　　　長安(ちょうあん)晩秋(ばんしゅう)　　　　　　　　　唐　　　趙(ちょう)　嘏(か)

 

雲物淒涼拂曙流　　　雲物(うんぶつ) 淒涼として 曙(しょ)を払って流る

漢家宮闕動高秋　　　漢家の宮闕(きゅうけつ) 高秋に動く

殘星幾點雁��塞　　　残(ざん)星(せい) 幾点 雁 塞を��たわり

長笛一聲人倚樓　　　長笛 一声 人 楼に倚(よ)る

紫豔半開籬菊靜　　　紫豔(しえん) 半ば開いて 籬(り)菊(ぎく)静く

紅衣落盡渚蓮愁　　　紅衣(こうい) 落尽きて 渚(しょ)蓮(れん)愁う

鱸魚正美不歸去　　　鱸魚(ろぎょ) 正(まさ)に美なるも 帰り去らず

空戴南冠學楚囚　　　空しく 南冠(なかば)を戴きて 楚囚(そしゅう)を学ぶ

 

【語釈】

淒涼…物寂しいさま。宮闕…宮城の門。高秋…天高き秋。紫豔…艶やかなる紫。籬菊…籬の菊。紅衣…赤い蓮の花。鱸魚正美不歸去…晉の張翰が，故郷のスズキの膾が美なるを思って官を辞して故郷に帰った故事をふまえる。南冠・楚囚…晉に捕らえられた楚の囚人が、南方の冠を着けていた故事。楚囚のごとく故郷に帰りもせずに，長安に留まっているという意味。

（三体詩）

 

 

長安春望　　　　 長安春望　　　　　　　　　　　唐　　盧(ろ)　綸(りん)

 

東風吹雨過青山　　東風雨を吹いて　青山を過ぐ

卻望千門草色閑　　却って千門を望めば　草色閑(かん)なり

家在夢中何日到　　家は夢中に在って　何れの日か到らん

春生江上幾人還　　春は江上に来りて　幾人か還る

川原繚繞浮雲外　　川原(せんげん) 繚繞(りょうじょう)す　浮雲の外(ほか)

宮闕參差落照間　　宮闕(きゅうけつ) 參(しん)差(し)たり　落照の間

誰念爲儒逢世難　　誰か念わん 儒と爲りて　世難に逢い

獨將衰鬢客秦關　　獨り衰(すい)鬢(びん)を將て　秦関(しんかん)に客たらんとは

 

【語釈】

春望…春の眺め。千門…極めて多くの門、帝都のこと。草色…草のありさま。…のどかなさま。繚繞…まつわりめぐる、曲がりくねり、からみついているさま。宮闕…宮城の門、転じて、宮城。参差…は不揃いである様。落照…夕日。世難…世の乱離。衰鬢…抜け落ちて薄くなった耳際の毛。秦関…関中の地、ここでは長安を指す。

（唐詩選）

 

 

 

八月七日初入贛過惶恐灘 　　　　　　　　　　　北宋　　蘇(そ)　軾(しょく)

八月七日 初(はじ)めて贛(かん)に入り惶恐灘(きょうこうたん)を過ぐ　　

 

七千里外二毛人　　　　七(なな)千里外(せんりがい) 二毛(にもう)の人　

十八灘頭一葉身　　　　十八灘頭(じゅうはちたんとう) 一葉(いちよう)の身　

山憶喜歡勞遠夢　　　　山は 喜歓(きかん)を憶(おも)いて 遠夢(えんむ)を労(ろう)し　

地名惶恐泣孤臣　　　　地は 惶恐(きょうこう)と名づけて 孤臣(こしん)を泣かしむ　

長風送客添帆腹　　　　長風(ちょうふう)は 客(かく)を送りて 帆(はん)腹(ぷく)に添(そ)い　

積雨浮舟減石鱗　　　　積(せき)雨(う)は 舟を浮かべて 石鱗を減ず　

便合與官充水手　　　　便(たと)え 合(まさ)に官の與(ため)に 水手(すいしゅ)に充(あ)てられるべくも　

此生何止略知津　　　　此の生 何(なん)ぞ止(た)だ 略(ほ)ぼ津(しん)を知るのみならんや　

 

【語釈】

贛…贛江、江西省を北へ流れ鄱陽湖に入る。惶恐灘…贛江を万安県から遡って贛県につくまでの難所の一つ。七千里…開封の都から偏謫の地恵州までの距離（実際は二千三百里）。二毛…頭に白髪が交じること。十八灘…難所の数。一葉…一つの小舟に乗ること。喜歡…「錯喜歓舖」のこと、旅人が山路がそこでなだらかになったと勘違いして喜ぶ場所にある舖（宿場）。勞…人に世話をかけること。遠夢…遠い地を夢見ること。孤臣…よるべを失った臣下。長風…遠くから吹いてくる風。積雨…長く降り続く雨。石鱗…流れる水が立てる鱗のような波。減石鱗…推量が増して危険な岩を深く沈めること。充…役目を与えられる。水手…水先案内人。津…渡し場（漢詩大系１７）

 

 

 

下第過楡次　　　 下第して楡(ゆ)次(じ)を過ぐ　　　　　　金　　步元舉(ほげんあ)

 

栖遲零落未歸人　　　栖遲(せいち) 零落(れいらく) 未だ帰らざる人

已坐無成更坐貧　　　已に 成す無きに坐し 更に貧に坐す　　

意氣敢論題柱客　　　意気 敢えて論ぜんや 題柱(だいちゅう)の客(かく)

晨昏多負倚門親　　　晨昏(しんこん) 多く負(そむ)く 倚門(いもん)の親(しん)　　

囊空漸覺錢餘貫　　　囊(のう) 空しくして 漸(ようや)く覚ゆ 銭 貫(かん)を余すを

衣敝翻饒蝨滿身　　　衣 敝(やぶ)れて 翻(かえ)って饒(おお)し 蝨(しつ) 身に満つ　　

遥望秦關獨惆悵　　　遥かに 秦関(しんかん)を望みて 独り惆悵(しゅうちょう)す

一天風雨落花春　　　一天の風雨 落花の春

 

【語釈】

下第…科挙に不合格となること。栖遲…やすらう、ぐずぐずする。零落…おちぶれること。題柱客…立身出世しなければ帰らないと柱に書いた人。倚門親…他郷にある子の帰りを待ちわびる親、王孫買の母の故事、戦国策。餘貫…貫は銭差しの縄，銭が無くなり、縄のみが残った。秦關…秦の関所。惆悵…失望して悲しみ傷むこと。

 

 

 

遊子吟　　　遊子吟(ゆうしぎん)　　　　　　　　　　　　　　中唐　　孟(もう)　郊(こう)

 

慈母手中線　　　慈母 手中の線(いと)

遊子身上衣　　　遊子(ゆうし) 身上の衣

臨行密密縫　　　行(こう)に臨みて 密々縫う

意恐遲遲歸　　　意に恐る遅々として帰らんことを

誰言寸草心　　　誰か言う 寸草の心

報得三春暉　　　三春の暉に報い得んと

 

【語釈】

遊子吟…楽府題、旅立つ人の歌。潥上…江蘇省潥陽県。身上衣…ここでは旅立つ人の衣。臨行…旅立ちに際して。密密…細かいさま。寸草心…僅かに伸びた野の草のような子のこころ。三春暉…春三ヶ月の太陽の光の恵み。母の慈愛のたとえ。

（唐詩三百首）

 

 

 

車轣轆　　　 車轣轆　　　　　　　　　　　　　　金　　劉(りゅう)　迎(げい)

 

馬虺隤　　　　　　　馬 虺隤(かいたい)

牛觳觫　　　　　　　牛 觳觫(かくそく)

山行縈紆車轣轆　　　山行 縈紆(えいう)して 車 轣轆(れきろく)　　

路旁指㸃是官人　　　路(ろ)旁(ぼう) 指點(してん)す 是れ官人

老矣一翁雙鬢禿　　　老いたり 一翁 双鬢(そうびん) 禿(とく)す　

汝牛幸可耕　　　　　汝の牛 幸いに 耕(たがや)すべし

汝馬幸可騎　　　　　汝の馬 幸いに 騎(き)すべし

有此可載琴書歸　　　此の琴書(きんしょ)を載せて 帰るべき有り　　

胡為奔走東西道　　　胡(なん)為(すれ)ぞ 東西の道に奔走(ほんそう)して

白髪刁騷被人笑　　　白髪 刁騷(ちょうそう)して 人に笑わるるや

 

【語釈】

轣轆…車のとどろく音。觳觫…牛の恐れながら歩くさま。縈紆…うねる、曲がる。轣轆…馬の疲れやむさま。琴書…琴と書物。胡為…「なんすれぞ」と読み、どうして、なぜ、と疑問形に訳す、多くは否定を伴う。刁騷…少なく寂しきさま。

 

 

 

悲歌　　　悲歌(ひか)　　　　　　　　　　　　　　　　　明　　高(こう)　啓(けい)

 

征途險巇　　　　　征途(せいと) 險巇(けんぎ)

人乏馬飢　　　　　人乏(つか)れ 馬飢えたり

貧少不如富老　　　富老は 貧少に如かず

美遊不如惡歸　　　美遊(びゆう)は 惡(あく)帰(き)に如かず

浮雲隨風　　　　　浮雲は 風に隨い

零亂四野　　　　　四(し)野(や)に 零(れい)乱(らん)す

仰天悲歌　　　　　天を仰いで 悲歌すれば

泣數行下　　　　　泣(なみだ) 数行(すうこう)下る

 

【語釈】

征途…旅の途中。險巇…険しい。美遊…楽しい旅。惡歸…傷つき帰る喜び。零亂…乱れ落ちること。

（漢詩大系２１）

 

 

 

◆    征戎類

 

行軍九日思長安故園　　　　　　　　　　　　　　唐　　岑(しん)　參(じん)

　　　　　　　行軍にて九日(きゅうじつ) 長安の故園を思う

 

強欲登高去　　　強いて 高きに登り去らんと欲するも

無人送酒來　　　人の 酒を送りて来る無し

遙憐故園菊　　　遙かに憐れむ 故園の菊

應傍戰場開　　　応に 戦場の傍(そば)にて開くべし

 

【語釈】

行軍 … 臨時の軍営。九日 …重陽の節句。故園 … ふるさと、長年住み慣れた地の意。強欲 … 無理に〜しようとする。登高 … 重陽の節句のならわし。去 …動詞の後に添える助辞、動作が向こうへ向かうことを表す。憐 … いとおしむ。故園菊 … わが家の庭の菊。応 …「きっと〜であろう」、強い推量の意を示す。傍 … 〜のそばに。開 … 花を咲かせていることだろう。

 

（唐詩選）

 

 

 

 

和張僕射塞下曲　　　張(ちょう)僕(ぼく)射(や)の塞下の曲に和す　  唐　　盧(ろ)　綸(りん)

 

月�K雁飛高　　　月黒くして 雁 飛ぶこと 高く

單于遠遁逃　　　単于 遠く 遁(とん)逃(とう)す　　

欲輕騎將逐　　　軽騎を将(ひき)いて 逐(お)わんと欲すれば

大雪滿弓刀　　　大雪 弓刀に満つ

 

【語釈】

張僕射…張延賞、僕射は尚書省長官で宰相。塞下曲…楽府題。塞下は、辺境の塞のあたりの意。月黒 … 新月で月が欠けて見えないために暗いこと、また、月が雲に覆われて暗いこと。単于 … 匈奴の王の称号。遁逃 … こっそりかくれて逃げる。軽騎 … 機敏に動けるよう軽装した騎兵。

(唐詩選)

 

 

征夫詞　　　征夫の詞(し)　　　　　　　　　　　　　明　　劉(りゅう)　績(せき)

 

征夫語征婦　　　征夫 征婦に語る

死生不可知      死生 知る可からず　　

欲慰泉下魂　　　泉下の魂を 慰めんと欲せば

但視褓中兒　　　但だ 視よ 褓中(ほうちゅう)の児(じ)を

 

【語釈】

征夫詞…出征していく夫の言葉。征婦…出征している人の妻。泉下魂…亡くなった人のたましい。褓中児…　・褓…産着。幼児に着せるかいまき。小児の着物。児…男の子、こども。

 

 

征婦詞　　　征婦の詞(し)　　　　　　　　　　　　　 明　　劉(りゅう)　績(せき)

 

征婦語征夫　　　征婦 征夫に語る

有身當殉國　　　身 有らば 当に 国に殉ずべし　　

君為塞下土　　　君 塞下の土となり

妾作山頭石　　　妾(しょう)は 山頭の石と作らん

 

【語釈】

征婦詞…前出「征夫詞」の征夫に答えた征婦の言葉。有身…身命のある限りは。塞下土…辺塞に戦死して土に化する。山頭石…望夫山の石、出征した兵士を思った妻が、この山に登って夫の帰りを待つうち石になったという故事（『幽冥録』）。

 

 

 

涼州詞　　　涼州(りょうしゅう)詞(し)　　　　　　　　　　　　　 唐　　王(おう)　翰(かん)

 

葡萄美酒夜光杯　　　　葡萄(ぶどう)の美酒(びしゅ) 夜光(やこう)の杯(はい)　

欲飲琵琶馬上催　　　　飲まんと欲すれば 琵琶(びわ) 馬上に催(もよお)す　

酔臥沙場君莫笑　　　　酔うて沙(sa)上(じょう)に臥(ふ)すも 君 笑うこと莫(なか)れ　

古來征戦幾人回　　　　古来 征戦(せいせん) 幾人か回(かえ)る　

 

【語釈】

葡萄美酒…西域産の葡萄酒。夜光杯…わずかな光で輝く，ガラス、白玉製の杯。催…せきたてるように弾く。うながすという読み方もある。沙場…砂漠の土の上。征戦…戦に行くこと。

(唐詩選)

 

 

涼州詞　　　涼州詞　　　　　　　　　　　　　　 唐　　王之渙(おうしかん)

 

黃河遠上白雲間 　　　黄河 遠く上(のぼ)る 白雲の間

一片孤城萬仞山 　　　一片の孤城 万仭(ばんじん)の山

羌笛何須怨楊柳 　　　羌笛 何ぞ須(もち)いん 楊(よう)柳(りゅう)を怨むを

春光不度玉門關 　　　春光 度(わた)らず 玉門関

 

【語釈】

一片…ぽつんと一つあるさま。孤城…ぽつんと一つだけの城塞。萬仞…非常に高いこと。羌笛…西方のチベット系の人の吹く笛。楊柳…『折楊柳』の曲調、別離の曲。

（唐詩選）

 

出塞行　　　出(しゅつ)塞(さい)行(こう)　　　　　　　　　　　　　　唐　　王昌齡(おうしょうれい)

 

白草原頭望京師　　　白(はく)草(そう) 原頭(げんとう) 京師(けいし)を望(のぞ)めば

黄河水流無盡時　　　黄河 水流れて 尽(つ)くる時無し

秋天曠野行人絶　　　秋天(しゅうてん) 広野(こうや) 行人(こうじん)絶ゆ

馬首東來知是誰　　　馬首(ばしゅ)　東来(とうらい)するは 知る是(こ)れ誰(たれ)ぞ

 

【語釈】

出塞行 …楽府題、塞を出ていくの歌。白草…白っぽい色の草、乾燥すると白くなる草。原頭…野原，原野。京師…みやこ、ここでは長安。行人…旅人。東来…東に向かってやってくる。

（唐詩選）

 

 

 

 

 

従軍行　　　従軍(じゅうぐん)行(こう)　　　　　　　　　　　　　　唐　　王昌齡(おうしょうれい)

 

秦時明月漢時關 　　　秦(しん)時(じ)の明月 漢(かん)時(じ)の関(かん)

萬里長征人未還  　 　万里(ばんり) 長征して 人 未(いま)だ還(かえ)らず

但使龍城飛將在 　　　但(た)だ 龍(りゅう)城(じょう)の飛(ひ)将(しょう)をして 在(あ)ら使(し)めば

不�ﾍ胡馬渡陰山 　　　胡(こ)馬(ば)をして 陰山(いんざん)を度(わた)ら教(し)めず

 

【語釈】

明月…澄み渡った月。萬里長征…遥かに遠く遠征すること。龍城…匈奴の長が会合して天を祭る処、転じて、匈奴の地。広く朔北の地を指す。飛將…前漢の李廣。しばしば匈奴を破り、匈奴より「飛将軍」と呼ばれた。　胡馬…匈奴の軍馬。匈奴の軍隊。・陰山…陰山山脈、漢はここを匈奴との国境とした。

(唐詩選)（唐詩三百首）

己亥歳　　　己(き)亥(がい)の歳(とし)　　　　　　　　　　　　　 唐　　曹(そう)　松(しょう)

 

澤國江山入戰圖 　　　沢(たく)国(こく)の江山(こうざん)　戦図(せんと)に入(い)る

生民何計樂樵蘇 　　　生(せい)民(みん) 何の計あってか 樵蘇(しょうそ)を楽しまん

憑君莫話封侯事 　　　君に憑(ねが)う 話(かた)る莫(なか)れ 封(ほう)侯(こう)の事を

一將功成萬骨枯 　　　一将(いっしょう) 功成って 万骨(ばんこつ)枯る

 

【語釈】

己亥歳…８７９年（乾符六年）、唐末の黄巣の乱（８７５年〜８４年）の最中の作品。・沢国…池や沼の多い江淮の地（江蘇省、安徽省）を指す。江山…（祖国の）山河。戦図…交戦地域。作戦地帯。入戦図…作戦地図に入っている。戦闘地として戦乱に巻き込まれたことをいう。生民…人民。計…計画する。楽…やすらか、ゆたか。樵蘇…薪を拾うことと草を刈ること、庶民の生計のことになる。憑…たのむ。お願いする。封侯…諸侯に封ぜられること。一将…ひとりの将帥。万骨…多くの兵卒の骸。枯…ひからびる、白骨となる。

（三体詩）

 

 

 

 

塞下曲　　　　　　塞下の曲　　　　　　　　　　 唐　　常(じょう)　建(けん)

 

玉帛朝回望帝郷　　　玉帛(ぎょくはく) 朝より回(かえ)りて 帝(てい)郷(きょう)を望み

烏孫歸去不稱王　　　烏孫(うそん) 帰り去りて 王と称せず　　

天涯靜處無征戰      天涯 静かなる処 征戦 無く

兵氣銷爲日月光　　　兵気 銷(き)えて 日月の光と為る

 

【語釈】

塞下曲…楽府題、塞下は、辺境の塞のあたりの意。玉帛 … 宝玉と絹布、諸侯が天子に拝謁する時の献上品、ここでは、ここでは烏孫国王の献上品を指し、烏孫国王が唐朝に帰順したことを表す。朝回 … 朝廷から退出したあとも。帝郷 … 天子の都。望 … 仰ぎ望む。尊敬し慕う。烏孫 … 漢代から南北朝にかけて西域にいたトルコ系遊牧民族。帰去 … 国に帰ってからも、国に引き上げてからも。不称王 … 国王を僭称することはなくなった、烏孫王が漢の天子に臣従し、諸侯となったことを指す。天涯 …空の果て、非常に遠い所。静処 … 静かに治まって。安らかに治まって。無征戦 … 討伐のための戦いくさがなくなったこと。兵気 … 殺伐とした戦争の妖気。銷…消える。為日月光 … 太陽と月の光があまねく輝いている。天子の徳が行き渡り、平和な世の中となったことを指す。

(唐詩選)

 

 

 

塞下曲　其二　　　塞下の曲　其の二　　　　　　 唐　　常(じょう)　建(けん)

 

北海陰風動地來　　　北海の陰風 地を動かして 來たる

明君祠上望龍堆　　　明君(めいくん)祠上(しじょう) 龍堆(りょうたい)を望む　　

髑髏皆是長城卒　　　髑髏 尽く 是れ 長城の卒

日暮沙場飛作灰　　　日暮 沙場に 飛んで 灰と作る

 

【語釈】

寨下曲…同前。北海 … 北方にある湖。陰風 … 陰気な風。冬の北風のこと。動地来 … 大地を震動させて吹いてくる。明君 … 漢の元帝の宮女で美人の王昭君のこと、晋代、文帝（司馬昭）の諱を避けて「明君」「明妃」と呼ばれた。祠上 … 祠ほこらのあたり。王昭君の墓は、内モンゴル自治区フフホト市にある。墓の周りだけは青草が生えているので「青冢」と呼ばれる。竜堆 … 白竜堆の略称、今の新疆ウイグル自治区東部、ロプノール湖の東にある砂漠、地形の起伏するさまが臥竜のように見えるところから名づけられたという。長城卒 … 万里の長城のほとりで戦死した兵士たちのものである。沙場 … 砂漠。

（唐詩選）

 

 

塞下曲　其三　　　塞下の曲　其三　　　　　     唐　　常(じょう)　建(けん)

因嫁單于怨在邊　　　単于(ぜんう)に嫁するに因(よ)りて 怨み 辺に在り

蛾眉萬古葬胡天　　　蛾眉 万古 胡天に葬(ほお)むる　　

漢家此去三千里　　　漢家 此(ここ)を去ること 三千里

青冢常無草木煙　　　青冢(せいちょう) 常に 草木の煙 無し　

 

【語釈】

單于…匈奴の王。蛾眉…美人。胡天…北方の未開民族の土地。青冢…王昭君の墓、内モンゴル自治区フフホト市にある。墓の周りだけは青草が生えているので「青冢」と呼ばれる。

 

隴西行　　　隴西行　　　　　　　　　　　 　　　唐　　陳(ちん)　陶(とう)

 

誓掃匈奴不顧身　　誓って 匈奴を掃(はら)わんとして 身を顧(かえり)みず

五千貂錦喪胡塵　　五千の貂(てん)錦(きん) 胡(こ)塵(じん)に 喪(うしな)う

可憐無定河邊骨　　憐むべし 無定河辺(むていかへん)の骨

猶是春閨夢裏人　　猶お是れ 春(しゅん)閨(けい) 夢(む)裏(り)の人

 

【語釈】

隴西行…楽府題、隴西（甘肅省西部）の歌。掃…討ち滅ぼす。貂錦…美しい軍装の兵士。胡塵…異民族が攻めてくる土埃。無定河…内モンゴルオルドス砂漠から始まり、南に黄土峡谷と農地に流れ込む。下流部は天井川をなし，河道が移動して，流路が定まらないため〈無定河〉と呼ばれていた春閨…艶めかしい婦人の部屋

（唐詩三百首）

 

 

隴西行　　　隴西行　　　　　　　　　　　　　　 唐　　陳(ちん)　陶(とう)

 

漢主東封報太平　　　漢主 東封 太平を報ず

無人金闕議邊兵　　　人の 金闕(きんけつ)に 辺兵を議する無し　　

縱饒奪得秋胡塞　　　縦饒(たとい) 秋(しゅう)胡(こ)塞(さい)を 奪い得るとも

瘠地桑麻種不生　　　瘠地(せきち) 桑(そう)麻(ま)を種えて 生ぜず

 

【語釈】

隴西行…同前。東封…匈奴を東の国に封じ，和睦が成立したこと。金闕…宮城。邊兵…匈奴との戦い。縱饒…縦令と同じ、「たとい」と読み、「たとえ〜しても」。秋胡塞…匈奴の寨、位置不明。瘠地…痩せた土地。

 

夜上受降城聞笛　　 夜 受降(じゅこう)城(じょう)に上りて笛を聞く　　唐　　李(り)　益(えき)

 

入夜思歸切　　　夜に入りて 帰るを思うこと切(せつ)なり

笛聲寒更哀　　　笛声(てきせい) 寒く更に哀(かな)し

愁人不願聽　　　愁人(しゅうじん) 聴くを願わざるに

自到枕前來　　　自(おのずから)ら枕前(ちんぜん)に到り来る

風起塞雲斷　　　風起りて 塞雲(さいうん)断え

夜深關月開　　　夜深くして 関月開く

平明獨惆悵　　　平明 独り 惆悵(ちゅうちょう)す

落盡一庭梅　　　落尽くす 一庭の梅

 

【語釈】

受降城…モンゴル自治区包頭西北の黄河沿岸にあった城塞。枕前…枕元。塞雲…寨に懸かる雲。關月…関所（国境）に懸かる月、関山月。平明…夜明け。惆悵…嘆き悲しむ。

 

（三体詩、「聞笛」戎�c詩）

 

 

 

絶句　　　　絶句　　　　　　　　　　　　　　　 元　　杜(と)仁(じん)傑(けつ)

 

高焼銀燭照雲鬢　　　高く 銀燭を焼きて 雲(うん)鬢(びん)を照らす

沸耳笙歌徹夜闌　　　耳に沸く 笙歌 夜に徹して 闌(たけなわ)なり

不念征西人萬里　　　念(おも)わず 征西 人万里

玉關霜重鐵衣寒　　　玉関の霜 重く 鉄衣 寒なり

 

【語釈】

雲鬢…美人のふさふさした髪の毛。人萬里…遙か彼方に出征している夫。玉關…玉門関。

 

 

 

雪中曲　　　雪中曲(せっちゅうきょく)　　　　　　　　　　　　　 明　　李夢(りむ)陽(よう)

 

白登山寒低朔雲　　　白(しろ)登山(とうざん) 寒くして 朔(さく)雲(うん) 低る

野馬黃羊各一羣　　　野馬 黃羊 各おの一郡　　

冐頓曾圍漢天子　　　冐頓(ぼくとつ) 曽て 囲む 漢の天子

胡兒惟説李將軍　　　胡兒 惟だ 説く李將軍

 

【語釈】

白登山…山西省大同県の東にある山。朔雲…朔北辺地の雲。…匈奴の冒頭単于のこと。漢天子…前漢の高祖のこと、��祖は冒頭単于との戦いで包囲され、匈奴を兄とし、漢を弟とし、匈奴に貢ぎ物を送るという屈辱的な条件で包囲を解かせて脱出した。胡児…蕃人の子供。李将軍…漢の名将李広(飛将)のこと。　

 

 

凱歌　　　　凱歌(がいか)　　　　　　　　　　　　　　　 明　　沈(ちん)明臣(めいしん)

 

銜枚夜度五千兵　　　枚(ばい)を銜(ふく)んで 夜 度る 五千の兵

密領軍符號令明　　　密(ひそ)かに 軍(ぐん)符(ぷ)を領(りょう)し 号令 明かなり　　

狹巷短兵相接處　　　狹(きょう)巷(こう) 短兵(たんぺい) 相接(あいせっ)する処

殺人如草不聞聲　　　人を殺すこと 草の如く 声 聞こえず

 

【語釈】

銜枚…馬に鳴き声をあげさせないように，枚（箸のようなもの）を含ませる。軍符…行軍に用いた割り符。狹巷…狭い街。短兵…短い兵器。

 

 

從軍行　　　從軍(じゅうぐん)行(こう)　　　　　　　　　  　　　  清　　乾(かん)��(りゅう)帝(てい)

 

三邊烽火照軍營　　　三辺の烽火(ほうか) 軍営(ぐんえい)を照らし　　　

十萬丁男夜練兵　　　十万の丁男(ていだん) 夜 兵を練る　　　

但使腰�闌悍曙普@　　但だ 腰間(ようかん)に 宝剣を懸(か)けしめば　　　

丈夫何處不成名　　　丈夫(じょうふ) 何の処か 名を成なさざらん

 

【語釈】

従軍行…樂府題、出征兵士や戦場のさまを詠う。・三辺…延綏、寧夏、甘肅の三つの国境守備地域。烽火…のろし火。軍営…軍隊の営所。丁男…成人した男子。但使…ただ、〜でさえあれば。

 

寨外雑詠　　　寨外(さいざい)雑(ざつ)詠(えい)　　　　　　　　　　　　 清　　林則徐(りんそくじょ)

 

裨海環成大九州　　　裨(ひ)海(かい) 環り成す 大九州

平生欲策六鼇遊　　　平生(へいぜい) 六鼇(りくごう)に策(むちうち)ちて遊ばんと欲す

短衣攜得西涼笛　　　短衣 携え得たり 西涼の笛

吹徹龍沙萬里秋　　　吹き徹す 龍沙(りょうさ) 万里の秋

 

【語釈】　

裨海…滄海、あお海原。大九州…中国全土。平生…普段。策…むち打つ。六鼇…六匹の大亀。西涼…甘蕭省安蕭道の地方。龍沙…蒙古の大砂漠。

 

 

 

塞下曲　　　塞下の曲　　　　　　　　　　　　 　唐　　李(り)　白(はく)

 

塞虜乘秋下　　　塞(さい)虜(りょ) 秋に乗(じょう)じて 下り

天兵出漢家　　　天兵 漢家を出ず

將軍分虎竹　　　将軍 虎(こ)竹(ちく)を分ち

戰士臥龍沙　　　戦士 竜沙(りょうさ)に臥(が)す

邊月隨弓影　　　辺月 弓(きゅう)影(えい)に随い

胡霜拂劒花　　　胡霜 剣花を払う

玉關殊未入　　　玉関 殊に 未だ入らず

少婦莫長嗟　　　少婦 長嗟(ちょうさ)すること莫ならんや

 

【語釈】

塞下曲 …楽府題、塞下は、辺境の塞とりでのあたりの意。塞虜 … 辺境の異民族。辺境の夷狄。虜は、敵を罵っていう言葉。乗秋下 … 秋の季節に乗じて侵入してくる。天兵 … 天子の軍隊、官軍。漢家 … 漢の朝廷。出 … 出兵する。虎竹 … 銅虎符と竹使符、ともに兵を発するときに用いた漢代の割り符。分 … 分け与えられる。竜沙 … 白竜堆の沙漠のこと、白竜堆は、今の新疆ウイグル自治区東部、ロプノール湖の東にある砂漠を指す。臥 …寝起きする。辺月 … 辺境の地を照らす月。随弓影 … 弓の影のあとに随う、要塞の上に傾く三日月が、手に持っている弓といっしょに細く冴えわたっている様子。胡霜 … 胡地（北方や西方の遊牧民族が住む地方）の霜。剣花 … 剣の刃やいばの美しい光。玉関 … 玉門関、甘粛省瓜州県の東に置かれた。未入 … まだ入って来られるものではない、ここでは、後漢の名将、班超が西域都護として長く西域をあったが、年老いたため、生きて玉門関に入りたいと帝に願った故事を踏まえる。少婦 … 年若い妻。長嗟 … 深くため息をついて嘆くこと。

（唐詩選）

 

 

 

 

廬州城下　　廬州(ろしゅう)城下(じょうか)　　　　　　　　　　　     金　　趙秉(ちょうへい)文(ぶん)

 

月暈曉圍城　　　月暈(げつうん) 曉に城を囲み

風高夜斫營　　　風高くして 夜営を斫(き)る　　

角聲寒水動　　　角声(かくせい) 寒水 動き

弓勢斷鴻驚　　　弓勢(きゅうせい) 断(だん)鴻(こう) 驚く　　

利鏃穿呉甲　　　利(り)鏃(ぞく) 呉(ご)甲(こう)を穿(うが)ち

長戈斷楚纓　　　長戈(ちょうか) 楚纓(そえい)を断つ　　

回看經戰處　　　経戦(けいせん)の処を 回看(かいかん)すれば

慘淡暮寒生　　　慘淡(さんたん)として 暮(ぼ)寒(かん) 生ず

 

【語釈】

廬州…安徽省合肥市一帯。月暈…月の傘。斫…攻撃する。角聲…角笛の音。斷鴻…群れを失った雁。利鏃…鋭い矢じり。呉甲…南方の国（南宋）の兵の鎧。楚纓…南方の国（南宋）の兵の冠の紐。慘淡…薄暗くもの寂しいさま。

 

 

 

兵車行　　　兵車行　　　　　　　　　　　　　　 唐　　杜(と)　甫(ほ)

 

車燐燐　　　車 燐(りん)々(りん)

馬蕭蕭　　　馬 蕭々(しょうしょう)

行人弓箭各在腰      行人(こうじん)の弓箭(きゅうせん) 各々 腰に在り

耶娘妻子走相送      耶娘(やじょう) 妻子 走って相(あ)い送る

塵埃不見咸陽橋　　　塵埃に見えず 咸(かん)陽(よう)橋(きょう)

牽衣頓足遮道哭　　　衣を牽(ひ)き 足を頓(とん)し 道を遮りて哭(こく)す

哭聲直上干云霄　　　哭声(こくせい)　直ちに上り云霄(うんしょう)を干(おか)す

道旁過者問行人　　　　道旁 過る者 行人に問う

行人但云點行頻　　　　行人 但だ 云(い)う　点行 頻りなりと

或從十五北防河　　　　或は 十五より 北 河を防ぎ

便至四十西營田　　　　便(すなわ)ち 四十に至って 西 田を営む

去時里正爲裹頭　　　　去る時 里(り)正(せい) 為に頭を裹(つつ)み

歸來頭白還戍邊　　　　帰来(きらい) 頭(とう) 白く 還(ま)た辺を戍(まも)る

邊廷流血成海水　　　　辺廷の流血 海水を成し

武皇開邊意未已　　　　武皇 辺を開くの意 未だ已(や)まず

君不聞漢家山東二百州　君 聞かずや 漢家 山東の二百州

千村万落生荊杞　　　　千村万落 荊杞(けいき)を生ず

縱有健婦把鋤犁　　　　縱(たと)い 健婦の 鋤犁(じょり)を把(と)る有りといへども

禾生隴畝無東西　　　　禾(か)は 隴(ろう)畝(ほ)に生じて 東西無し

況復秦兵耐苦戰　　　　況(いわ)んや 復た 秦兵 苦戦に耐え

被驅不異犬与鶏　　　　駆(か)られて 異ならず 犬(けん)と鶏(けい)と

長者雖有問　　　　　　長者 問う有りと雖(いえど)も

役夫敢伸恨　　　　　　役夫 敢えて 恨(うら)みを伸べんや

且如今年冬　　　　　　且つ 今年の 冬の如きは

未休關西卒　　　　　　未だ 関西の卒を休(や)めず

縣官急索租　　　　　　県官 急に租を索(もと)む　

租税從何出　　　　　　租税 何(いず)くより出(い)でん

信知生男惡　　　　　　信(しん)に知る 男を生むは悪(あ)しく

反是生女好　　　　　　反って是れ 女を生むは好し

生女猶得嫁比鄰　　　　女を生まば 猶(な)お 比鄰(ひりん)に嫁ぐを得ん

生男埋沒隨百草　　　　男を生まば 埋沒して 百草に随わん

君不見青海頭　　　　  君見ずや　青海の頭(ほとり)

古來白骨無人收　　　　古来 白骨 人の收むる無し　

新鬼煩冤舊鬼哭　　　　新鬼は 煩冤(はんえん) 旧鬼は哭す

天陰雨濕聲啾啾　　　　天(てん)陰(いん) 雨(う)湿(しつ) 声 啾々(しゅうしゅう)

 

【語釈】

兵車行 … 樂府題、「兵車」は戦車。轔轔 … 車がガラガラと音を立てて進む音。蕭蕭 … 馬が嘶いななく声の形容。行人 … 出征兵士。弓箭 … 弓と矢。在腰 … 腰につけている。耶嬢 … 父と母。相送 … （出征兵士を）見送る。塵埃 … 土ぼこり。咸陽橋 … 長安郊外の渭水にかかる橋で、咸陽と長安を結ぶ。牽衣 … 引き止めようとして、衣服を引っ張る。頓足 … 地団駄を踏む。闌道 … 道をさえぎる。哭 … 大声をあげて泣く。哭声 … その泣き声。直上 … 真っすぐに立ちのぼる。干雲霄 … 大空を突き刺すように響く「雲霄」は、大空、「干」は、突き進む。道傍過者 … 道ばたを通りかかった人、杜甫を指す。点行 … 徴兵。従 … 「より」と読み、「〜から」と訳す、「自」と同じ。北防河 … 北方の黄河の守りに連れて行かれた。便 … そのまま。営田 … 屯田兵となる。去時 … 出征の時。里正 … 村里の長。裹頭 …元服の儀式。戍辺 … 国境の守りに駆り出される。辺庭 … 国境付近。流血 … 流された血。成海水 … 海の水のようになる。武皇 … 漢の武帝、暗に唐の玄宗を指す。開辺 … 辺境を開拓して、国土を拡張すること。意未已 … そのご意向はいっこうに止みそうもない。山東 … 華山（陝西省の東部にある）の東、中原地方を指す。千村万落 …多くの村々のこと。荊杞 … イバラとクコ、荒れ地に生える雑草の総称。健婦 … しっかりしたけなげな嫁。鋤犂 … 鋤や鍬。禾 … いね。穂を出す穀物の総称。隴畝 … 田畑の畝うねや畦あぜ。田畑のこと。無東西 … あぜ道がわからないほど、作物が無秩序に乱雑に育っている様子。況復 … そのうえに。秦兵 … 長安付近出身の兵士。耐苦戦 … 苦しい戦いにも耐え忍ぶ。被駆 … 駆り立てられる。長者 … あなたさま、年長者に対する敬称、杜甫を指す。雖有問 … お尋ねではありますが。役夫 … 出征兵士である私。敢 … どうして〜しようか、いや、〜しない。ここでは反語の意を示す。申 … 充分に述べる。且如 … まずさしあたり〜の場合は。関西 … 函谷関以西、今の陝西省。卒 … 兵士。休 … 故郷に帰し、休息させる。県官 … 県の役人。急 … 厳しく。租 … 穀物を納める税。索 … 取り立てる。従何出 … いったいどこから出せましょうか。比隣 … 隣近所。嫁 … 嫁がせる。嫁にやる。埋没 … 戦場の土に埋められる。随百草 … 多くの雑草とともに朽ち果てる。青海 … 今の青海省東部にある湖。頭 …辺り、すぐそば。古来 … 昔から。無人収 … 拾ってくれる人もないまま。新鬼 … 最近死んだばかりの兵士の亡霊。煩冤 … もだえ苦しむ。旧鬼 … 死んで久しい兵士の亡霊。哭 … 泣き叫ぶ。天陰 … 空が曇る。雨濕 … 雨が降って湿っぽい。声 … 亡霊たちの泣き声。啾啾 … 小声で恨めしげに泣く声の形容。

（唐詩三百首）

 

 

 

 

 

◆    閑適類

 

 

自遣 　　　　自(みずか)ら遣(や)る　　　　　　　　　　　　唐　　李(り)　白(はく)

 

 

對酒不覺暝　　　酒に対して 暝(ひく)るるを覚えず

落花盈我衣　　　落花 我が衣に盈(み)つ

醉起步溪月　　　酔起(すいき)して 溪(けい)月(げつ)に歩すれば

鳥還人亦稀　　　鳥は還(かえ)りて 人亦(ま)た稀(ま)れなり　

 

【語釈】

自遣…みずから 憂さを晴らす。對酒…酒に向かう。暝…日が暮れる。盈…（次第に多くなって）みちる。醉起…酔いから醒める。溪月…谷川に出た月。

（漢詩大系　８）

 

 

 

罷相作　　　　相(しょう)を罷(や)めて作る　　　　　　　　　唐　　李適之(りてきし)

 

避賢初罷相　　　初めて相を罷ぜらる

樂聖且銜杯　　　聖を楽しみ且つ杯を銜(くわ)える

爲問門前客　　　爲に問う門前の客(かく)

今朝幾箇來　　　今朝(こんちょう) 幾箇か来たると

 

【語釈】

避賢 … 賢人のために、自分は出世の道筋を避ける。ここでは賢人を「濁酒」にたとえ、腹黒い陰謀を避けるという意味をひそませている。聖 … 聖人の道、裏に「清酒」という意味をひそませている。銜杯 … 杯を口にあてる、一杯やる。為 … さて、ところで。門前客 … 訪問客。今朝 … 今日。けさではない。幾箇 … 何人、俗語。

（唐詩選）

 

山館　　　山館　　　　　　　　　　　　　　　　　唐　　皇甫冉(こうほぜん)

 

山館長寂寂　　　山�� 長(とこしな)えに 寂々(せきせき)とし

閑雲朝夕來　　　閑雲(かんうん) 朝夕(ちょうせき) 来(きた)たる　　

空庭復何有　　　空庭 復(また)た 何か有る

落日照青苔　　　落日 青(せい)苔(たい)を照らす

 

【語釈】　

寂寂…ものさびしいさま。閑雲…静かに流れてゆく雲。空庭…人けのないさびしい庭[h1] 。　青苔…青々とした色のコケ。

 

 

山居雜詩　　　山居雜詩　　　　　　　　　　　　 金　　元好問(げんこうもん)

 

鷺影兼秋靜　　　鷺(ろ)影(えい) 秋(しゅう)静(せい)を兼せ

蟬聲帶晚涼　　　蝉声(せんせい)は 晩涼を帯ぶ　　

陂長留積水　　　陂(は) 長くして 積水を留め

川闊盡斜陽　　　川 𤄃(ひろ)くして 斜陽を尽くす

 

【語釈】

山居…山中に住むこと。雑詩…興のおもむくままに作った、型にとらわれない詩。鷺影…サギの姿。晩涼…夕方の涼しさ。・陂…堤。積水…海水、湖水などを謂う。闊…ひろい。

　　　

 

山中示諸生　　　山中 諸生に示す　　　　　　　　明　　王(おう)守(しゅ)仁(じん)

 

溪邊坐流水　　　溪辺 流水に坐す

水流心共�閨@　　水流れて 心 共に閑なり

不知山月上　　　知らず 山月の 上りて

松影落衣斑　　　松影 落ちて 衣に斑(まだら)らなるを

 

【語釈】

溪邊…谷のほとり。坐流水…流水に臨んで坐る。

 

 

松關　　　松関(しょうかん)　　　　　　　　　　　　　　　明　　唐順之(とうじゅんし)

 

月出照松關　　　月 出(いで)て 松関を照らし

松陰正滿地　　　松陰(しょういん) 正(まさ)に 地に満つ　　

恐有山僧歸　　　恐らくは 山僧の帰る 有らん

終夜不須閉　　　終夜 閉ずるを須(もち)いず

 

【語釈】

松關…松を植えて門の代わりとしたもの、松門。松陰…松におおわれているところ。不須……する必要がない。

 

 

 

山中與幽人對酌　　　　山中にて幽人(ゆうじん)と対酌(たいしゃく)す　　 唐　　李(り)　白(はく)

 

兩人對酌山花開      両人(りょうにん)対酌(たいしゃく)すれば　山(やま)花(はな)開く　　

一杯一杯復一杯      一杯一杯 また一杯　

我醉欲眠卿且去　　　我酔うて眠らんと欲す 卿(きみ)且(しばら)く去れ　

明朝有意抱琴來　　　明朝(みょうちょう) 意あらば 琴を抱(いだ)いて来(き)たれ　

 

【語釈】

幽人…世を遁れた人、隠者。対酌…差し向かいで酒を飲む。卿…きみ。且…しばし、しばらく。

（漢詩大系８）

 

 

山中問荅　　　山中問荅　　　　　　　　　　　　 唐　　李(り)　白(はく)

 

問余何意棲碧山　　　　余に問う 何の意あって  碧山(へきざん)に棲(す)むと　

笑而不答心自閑　　　　笑うて答えず 心自ら閑(かん)なり　

桃花流水杳然去　　　　桃(とう)花(か) 流水(りゅうすい) 杳(よう)然(ぜん)として去る　

別有天地非人間　　　　別に天地の 人間に非(あら)ざる有り　

 

【語釈】

何意…どういう訳で。碧山…緑の色濃い山奥。碧山…緑の色濃い山奥。自閑…自然と落ち着いている。自然とさわやかで静かである。杳然…はるかなさま。人間…俗世間。

（唐詩選）

 

與賈島閑遊　　　賈(か)島(とう)と閑遊(かんゆう)す　　　　　　　　　 唐　　張(ちょう)　籍(せき)

 

水北原南草色新　　　水北 原南(げんなん) 草色 新たなり

雪消風暖不生塵　　　雪消え 風暖かにして 塵(ちり)を生ぜず　　

城中車馬應無數　　　城中 車馬 応(まさ)に無数なるべきも

能解閑行有幾人　　  能(よ)く 閑(かん)行(こう)を解するは 幾人(いくにん)か有る

 

【語釈】

閑遊…のんびり遊ぶ。水北…川の北。原南…原野の南。能…〜出来る。閑行…心閑に歩く。

 

江村即事　　　江村即事　　　　　　　　　　　　　唐　　司(し)空(くう)曙(しょ)

 

釣罷歸來不繋船　　　釣を罷(や)め帰り来たりて 船を繋がず

江村月落正堪眠　　　江村 月落ちて 正に眠るに堪えたり

縱然一夜風吹去　　　縱(たと)然(い) 一夜 風吹きて去るとも

只在蘆花淺水邊　　　只 蘆花の浅水(せんすい)の辺に在らん

 

【語釈】

江村…川辺の村。縱然…たとえ…であろうとも。吹去…吹き飛ばす。去……動詞の後に附いて、動作が遠ざかる、持続する感じを表す。…しさる。只在…ただ…にあるだけ。淺水…浅瀬。

〔三体詩〕

 

 

 

 

對酒　　　　酒に対す　　　　　　　　　　　　　　唐　　白(はく)居(きょ)易(い)

 

蝸牛角上争何事　　　蝸牛(かぎゅう)角上(かくじょう) 何事(なにごと)をか争う

石火光中寄此身　　　石火光中(せっかこうちゅうちゅう) 此の身を寄す

随富随貧且歓樂　　　富に随い 貧に随い 且(しば)らく歓楽(かんらく)せん

不開口笑是癡人　　　口を開いて笑わざるは 是(こ)れ癡(ち)人(じん)

 

【語釈】

蝸牛角上…カタツムリの角の上、小さな世界の意。

石火光中…火打ちの火花のように短い時間

（新釈漢文大系）

 

　

春日晏起　　　春日晏起(しゅんじつ)　　　　　　　　　　　　　唐　　韋(い)　莊(そう)

 

近來中酒起常遲　　　近来 酒に中(あた)りて 起くること 常に遅し

臥看南山改舊詩　　　臥(が)して 南山を看みて 旧詩を改む

開戶日高春寂寂　　  戸を開けば 日 高くして 春 寂々(せきせき)たり

數聲啼鳥上花枝　　　数声の啼(てい)鳥(ちょう) 花枝に上(のぼ)る

 

【語釈】

晏起…朝おそく起きること。近來…このごろ。中酒…酒を飲み過ぎて、気分が悪くなる。南山…終南山のこと、長安の南方にある山。寂寂…さびしいさま、静かなさま。啼鳥…鳴く鳥、さえずる鳥。

 

 

醉後題僧院　　　醉後題僧院　　　　　　　　　 唐　　杜(と)　牧(ぼく)

 

觥船一棹百分空　　　觥(こう)船(せん)一(いっ)棹(とう) 百分(ひゃくぶん)空(むな)し

十歳青春不負公　　　十歳の青春 公に負(そむ)かず

今日鬢糸禪榻畔　　　今日鬢(びん) 禅榻(ぜえんとう)の畔(ほとり)

茶煙輕颺落花風　　　茶煙 軽く颺(あが)る 落花の風

 

【語釈】

觥船…角で出来た舟の形をした大杯。一棹…ぐいっと一飲み（觥船と言ったので　・百分…多くの憂い。或いは、すっかり全部。空…空になる。十歳…十年。不負公…誰にも負けない。鬢糸…白髪交じりの鬢。禅榻…禅寺の長いす。

（新釈漢文大系　詩人編９）

 

 

南堂　　　南堂(なんどう)　　　　　　　　　　　　　　　北宋　　蘇(そ)　軾(しょく)

 

掃地焼香閉閣眠　　　地を掃(はら)い 香を焼(た)き 閣(かく)を閉じて眠る

簟紋如水帳如煙　　　簟(てん)紋(もん)は 水の如く 帳(とばり)は 煙の如し　　

客來夢覺知何處　　　客(かく) 来たりて 夢は覚む 知る 何れの処ぞ

挂起西窗浪接天　　　西窓を挂(か)け起こせば 浪 天に接す

 

【語釈】

南堂…黃州左遷時に蘇軾が住んでいた臨皋亭の小堂。閣…部屋を仕切る板。簟紋…敷物の模様。煙…霞み、もや。挂…しとみ戸のような窓を上に懸けあげる。

（中国詩人選集二―５）

 

 

溪陰堂 　　　溪(けい)陰堂(いんどう)　　　　　　　　　　　　　北宋　　蘇(そ)　軾(しょく)

 

白水滿時雙鷺下　　　　白水(はくすい)満(みつ)る時　双鷺(そうろ)下る　

�込ﾅ高處一蝉吟　　　　緑槐(りょくかい)高き処　一(いっ)蝉(せん)吟ず　

酒醒門外三竿日　　　　酒は醒(さ)む門外(もんがい)三(さん)竿(かん)の日　

臥看溪南十畝陰　　　　臥(ふ)して看る渓(けい)南(なん)十(じゅっ)畝(ぽ)の陰　

 

【語釈】

渓陰堂…『渓前堂』ともする、揚州儀真県の東、范氏の園の堂の名。・白水…清らかな水。きれいな水。双鷺…つがいになっているサギ。緑槐…青々としたくわい。吟…（セミが）鳴く。酒醒…酒が醒める意。三竿日…日が竹竿を三本つぎ合わせたほどの高さに上（のぼ）る。臥看…寝転んでみる。渓南…谷の南側。　・十畝…１０畝（ほ（ぽ））。約６０アール。畝…１畝は約１．８２アール。十畝陰…谷一帯の日陰の地を指す。

（漢詩大系１７）

 

書湖陰先生壁　　　湖陰(こいん)先生の壁(へき)に書す　　　　　北宋　　王安石(おうあんせき)

 

茆簷長掃靜無苔　　　　茆簷(ぼうえん)長(つね)に掃(はら)って静かに苔無し　

花木成畦手自栽　　　　花木畦(はたけ)を成して手自(みずか)栽(う)ゆ　

一水護田將�阪�　　　　一(いっ)水(すい) 田を護(まも)って緑を將(も)って繞(めぐ)り　　

兩山排闥送青來　　　　両山(りょうざん) 闥(たつ)を排して 青(せい)を送って来たる　

 

【語釈】

湖陰先生…楊徳逢の号、南京に隠棲した王安石の近くに住んでいた。茆簷…茅葺きの軒。長…とこしえに、ここは、いつもの意味。静…ニューアンスとして浄の意。畦…一区切りの畑。排闥…門を押し開く。

（中国詩人選集二…４）

 

冬夜聽雨戲作　　冬夜 雨を聴き 戲れに作る　　 南宋　　陸(りく)　游(ゆう)

 

繞簷點滴如琴筑　　　簷(えん)を繞(めぐ)ぐるの点滴 琴(きん)筑(ちく)の如し

支枕幽齋聽始奇　　　枕を支えて 幽(ゆう)齋(さい) 聴きて始めて奇なり　　

憶在錦城歌吹海　　　憶う 錦(きん)城(じょう)の歌吹(かすい) 海に在りて

七年夜雨不曾知　　　七年の夜雨 曽(かつ)て知らず

 

【語釈】

點滴…雨だれの音。琴筑…琴と筑（楽器で十三弦あり竹で鼓す）。錦城…錦官城(成都)。歌吹海…歌舞音曲の盛んである場所。

 

雨中曉卧　　　雨中曉卧(うちゅうぎょうが)　　　　　　　　　　　　　明　　��(こう)　啓(けい)

 

井桁烏啼破曙煙　　　井桁(せいこう) 烏啼(な)いて 曙烟(しょえん)を破る　

輕寒薄被落花天　　　軽寒(けいかん) 薄被(はくひ)　落花(らっか)の天

�關l晴日猶無事　　　閑人(かんじん) 晴(せい)日(じつ) 猶(なお) 無事なり　

風雨今朝正合眠　　　風雨(ふうう) 今朝(こんちょう) 正(まさ)に眠る合(べ)し

 

 

【語釈】

井桁…気を井字型に組み上げ，井戸の縁とした物。曙煙…朝靄。薄被…薄い夜具。�關l…暇な人。

（中国詩人選集二―１０）

 

 

山中懶睡　　　山中懶睡(さんちゅだみん)　　　　　　　　　　　明　　　王(おう)守(しゅ)仁(じん)

 

掃石焚香任意眠　　　石を掃いて 香を焚き 意に任せて眠る

醒來時有客談玄　　　醒(さ)め来たりて 時に 客の 玄を談ずる有り

松風不用蒲葵扇　　　松風(しょうふう) 用いず 蒲(ほ)葵(き)の扇

坐對��崖百丈泉　　　坐して対す ��(せい)崖(がい)の百丈の泉

 

【語釈】

談玄…老荘の理を論ずる。蒲葵扇…蒲葵(ビロウ)の葉で作ったうちわ。��崖…青い崖。

 

 

題灌山小隠　　　灌山(かんざん)の小隠(しょういん)に題す　　　　　　　 明　　王(おう)守(しゅ)仁(じん)

 

一自移家入紫烟　　一たび 家を移して 紫煙(しえん)に入りて自(よ)り

深林住久遂忘年　　　深林 住(じゅう)すること久しくして 遂に 年を忘る　　

山中莫道無供給　　　山中 道(い)うこと莫(な)かれ 供給 無しと

明月清風不用錢　　　明月 清風 銭(ぜに)を用いず

 

【語釈】

灌山…浙江省鄞県西南にある灌頂山。小隠…隠者のわび住まい。紫烟…紫色の霞。供給…求めに応じて物をあてがうこと。

 

 

閑興　　　閑(かん)興(きょう)　　　　　　　　　　　　　　　 明　　文徵(ぶんちょう)明(めい)

 

酒闌客散小堂空　　　酒 闌(たけな)にして 客(かく) 散じ 小堂 空し

旋捲疎簾受晩風　　　旋(ようや)く 疎(そ)簾(れん)を捲いて 晩風を受く

坐久忽驚涼影動　　　坐(ざ) 久しくして 忽(たちま)ち驚く 涼影の動くを

一痕新月在梧桐　　　一(いっ)痕(こん)の新月 梧桐(ごとう)に在り

 

【語釈】

閑興…閑居の楽しみ。旋…すぐさま。疎簾…まばらに編んだ簾。一痕…ひとつの、月などに使う。新月…三日月。あおぎり。

 

 

口占　　　　　 口(こう)占(せん)　　　　　　　　　　　　　　清　　吳(ご)偉業(いぎょう)

 

欲買溪山不用錢　　　溪山(けいざん)を買わんと欲して 銭(ぜに)を用いず

倦來��枕白雲邊　　　倦(う)み来たりて 枕を高くす 白雲の辺　　

吾生此外無他願　　　吾が生 此の外 他の願い無し

飲谷棲丘二十年　　　谷に飲み 丘に棲(す)むこと 二十年

 

【語釈】

倦來…俗世間の生活に嫌気がさして此の地にやって来たこと。

 

 

終南別業　　　終南別業　　　　　　　　　　　　　唐　　王(おう)　維(い)

 

中歳頗好道　　　　中歳(ちゅうさい) 頗(すこぶ)る道を好み　

晩家南山陲　　　　晩(くれ)に家(か)す南山の陲(ほとり)　

興來毎獨往　　　　興(きょう)来(きた)れば　毎(つね)に独り往み　

勝事空自知　　　　勝事(しょうじ)　空(むな)しく自(みずか)ら知る　

行到水窮處　　　　行きて到る 水窮(きわま)るの処　

坐看雲起時　　　　坐して看る 雲起こるの時　

偶然値林叟　　　　偶然 林叟(そうりん)に値い　

談笑無還期　　　　談笑して 還(か)える期(き)無し　

 

【語釈】

終南…終南山。別業…別荘。中歳…中年。頗…いささか。道…ここでは仏教。晩…晩年。家…家を構える。南山…終南山。陲…ほとり、周辺。毎…常に。ことあるごとに。勝事…すぐれたこと。空…只の意。窮…おわる、水窮處は水源地。林叟…きこりの老人。

（新釈漢文大系　詩人編　３）

 

 

 

 

 

 

秋日盧龍村舍　　　秋日 盧龍(ろりょう)村舍　　　　　　　　宋　　王禹称(おううしょう)

 

置却人間事　　　人間(じんかん)の事を 置却(ちきゃく)して

閑從野老游　　　閑(かん)に 野老に従って 遊ぶ　　

樹聲村店晚　　　樹声 村店の晚

草色古城秋　　　草色 古城の秋　　

獨鳥飛天外　　　独鳥 天外に飛び

閑雲度隴頭　　　閑雲(かんうん) 隴頭(ろうとう)を度る　　

姓名君莫問　　　姓名 君 問う莫(な)かれ

山木與虛舟　　　山木と 虛舟と

 

【語釈】

人間…俗世間。置却…すておく、却は完了を示す助字。野老…農夫の老人。閑雲…閑に浮かぶ雲。隴頭…隴頭山（陝西省隴県にある山の名）。山木・虛舟…荘子の戒め、無用のことをしないこと。

 

 

 

即事　　　即事　　　　　　　　　　　　　　　　北宋　　王安石(おうあんせき)

 

縱��一川水　　　縱��　一川(いっせん)の水

高下數家村　　　高下(こうか) 数家の村

靜憩鷄鳴午　　　静かに憩えば 鶏は午(ひる)に鳴き

荒尋犬吠昏　　　荒(こう)に尋ぬれば 犬は昏(くれ)に吠ゆ

歸來向人説　　　帰り来たりて 人に向って説く

疑是武陵源　　　疑うらくは是れ 武(ぶ)陵源(りょうげん)なるかと

 

【語釈】

縱��…真っ直ぐでなく、縦横に蛇行しているさま。高下…山の斜面に点在しているさま。荒…荒れ地。武陵源…桃源郷のこと、武陵の地の傳説。

 

（宋詩選注　１　「即事」）

 

 

 

小隠自題　　　　小隠(しょういん)自(みずか)ら題す　　　　　　　　北宋　　林(りん)　逋(ぽ)

 

竹樹繞吾廬　　　竹樹 吾が廬(ろ)を繞(めぐ)ぐり

清深趣有餘　　　清(せい)深(しん) 趣(おもむき) 余り有り　　

鶴�阯ﾕ水久　　　鶴 閑(かん)にして 水に臨むこと 久しく

蜂懶得花疏　　　蜂 懶(ものう)して 花を得ること 疏なり　　

酒病妨開卷　　　酒病(しゅびょう) 卷を開くを妨たげ

春陰入荷鋤　　　春陰 荷(か)鋤(じょ)に入る　　

嘗憐古圖畫　　　甞(か)って憐れむ 古図画

多半寫樵漁　　　多半は 樵(しょう)漁(ぎょ)を写すを

 

【語釈】

小隠…隠棲した住まい（孤山にある）。清深…清らかに奥深いさま。開卷…書を開いて読む。春陰…花曇り。荷鋤…鋤をになって耕す。樵漁…樵と漁夫（隠者の象徴）。

 

 

 

梵天觀雨　　　梵天(ぼんてん)に雨を観る　　　　　　　　 南宋　　朱(しゅ)　熹(き)

 

持身乏古節　　　身を持して 古節(こせつ)に乏(とぼ)し

寸祿久棲遲　　　寸禄 久しく 棲遅(せいち)す　　

暫寄靈山寺　　　暫(しばら)く寄す 霊山(れいざん)の寺

空吟招隠詩　　　空しく 吟ず 招隠(しょういん)の詩　　

讀書清磬外　　　書を読む 清磬(せいけい)の外(ほか)

看雨暮鍾時　　　雨を看る 暮鍾(ぼしょう)の時　　

漸喜凉秋遠　　　漸(ようや)く喜ぶ 凉秋の遠きを

滄洲去有期　　　滄洲 去る期 有り

 

【語釈】

梵天…梵天寺、杭州鳳凰山にある。古節…古人のような節操。寸禄…僅かな俸禄。棲遲…のんびりと暮らす、閑職に甘んず。靈山…神社や仏閣のある尊い山。招隠詩…左思の作、『文選』による。磬…金属や石で出来た「へ」の字型をした楽器。漸…次第に。滄洲…隠者の住むところ。

（註…「遠」は「近」の誤写？）

 

 

 

北山作　　　北山(ほくざん)の作　　　　　　　　　　　　 南宋　　劉克莊(りゅうこくそう)

 

骨法枯閑甚　　　骨法(こっぽう) 枯(こ)閑(かん) 甚(はなは)だし

惟堪作隠君　　　惟(た)だ 隠君と作(な)るに堪(たえ)たり　　

山行忘路脈　　　山行 路脈(ろみゃく)を忘れ

野坐認天文　　　野坐(やざ) 天文を認む　　

字瘦偏題石　　　字 瘦(や)せて 偏(ひと)えに 石に題し　　　

詩寒半說雲　　　詩 寒さむくして 半(なか)ば 雲を説く　　

近來仍喜聵　　　近來 仍(すなわ)ち 聵(かい)を喜ぶ

閑事不曾聞　　　閑事(かんじ) 曽(かつ)て 聞かず

 

【語釈】

骨法…骨相。枯閑…貧素で寂しいさま。堪…〜することが出来る。隠君…隠者。路脈…道筋。天文…天体の現象。聵…耳が遠くなる。閑事…世間のつまらないこと。

 

 

曉行山間　　　曉に山間を行く　　　　　　　　　南宋　　真山(しんさん)民(みん)

 

出門誰是伴　　　門を出ずれば 誰か 是れ 伴(はん)

只約瘦藤行　　　只だ 瘦(そう)藤(とう)に約して 行く　　

一二里山徑　　　一二里の 山(さん)経(けい)

兩三聲曉鶯　　　両三声の 曉(ぎょう)鶯(おう)　　

亂峰相出沒　　　乱(らん)峰(ぽう) 相(あい)出沒(しゅつぼつ)し

初日乍陰晴　　　初日(しょじつ) 乍(たちま)ち 陰晴(いんせい)　　

僧舍在何許　　　僧舍(そうしゃ)　何れの許(ところ)にか　在る

隔林鐘磬清　　　林を隔てて 鐘磬(しょうけい) 清し

 

【語釈】

瘦藤…瘠せた藤の杖。初日…朝日。許…処。磬…金属や石で出来た「へ」の字型をした楽器。

 

 

 

山中月　　　　山中の月　　　　　　　　　　　　南宋　　眞山(しんさん)民(みん)

 

我愛山中月　　　我は愛す 山中の月

烱然掛疎林　　　炯(けい)然(ぜん)として 疎林(そりん)に掛るを

為憐幽独人　　　幽(ゆう)独(どく)の人を 憐れむが為に

流光散衣襟　　　流光 衣(い)襟(きん)に散ず

我心本如月　　　我が心 本 月の如く

月亦如我心　　　月も 亦(ま)た 我が心の如し

心月兩相照　　　心(しん)月(げつ) 両(ふた)つながら 相(あい)照(てら)らし

清夜長相尋　　　清夜 長(とこしな)えに相(あい)尋(たず)ぬ

 

【語釈】

烱然…光輝くさま。幽独人…隠者、ここでは作者。衣襟…衣服の襟。

 

 

 

香爐峰下新卜山居草堂初成偶題東壁 　　　　　　　唐　　白(はく)居(きょ)易(い)

　香炉(こうろ)峯下(ほうか) 新たに山居を卜(ぼく)し 草堂初めて成る偶(たま)たま東壁に題す

 

日高睡足猶慵起　　日高く睡り足りて　猶お起くるに慵(ものう)し

小閣重衾不怕寒　　小閣に衾(きん)を重ねて　寒(かん)を怕(おそ)れず

遺愛寺鐘欹枕聽　　遺愛寺(いあいじ)の鐘は　枕を欹(そばだ)てて聴き

香爐峯雪撥簾看　　香炉(こうろ)峰(ほう)の雪は　簾(すだれ)を撥(かか)げて看る

匡廬便是逃名地　　匡廬(きょうろ)は便(すなわ)ち是れ名を逃るるの地

司馬仍爲送老官　　司馬は仍(な)お　老(ろう)を送るの官たり

心泰身寧是歸處　　心泰(やす)く身寧(やす)きは　是れ帰する処

故�ｸ何獨在長安　　故郷何ぞ独(ひと)り長安にのみ在らんや

 

【語釈】

香爐峰…江西省九江県西南にある廬山の北峰。卜…家を建てる。

小閣…小さな建物。自宅の建物の謙譲語。遺愛寺…香炉峰の北方にある寺。欹枕…枕をかたむける。匡廬…盧山の別名、陶淵明の隠棲の地に近い。

司馬…刺史（州の長官）の補佐役。故郷…ふるさと、自分が住むべき地。

（新釈漢文大系　三）

 

 

 

 

秋宿虎丘寺數夕執以詩見貺因次元韻 　　　　　　北宋　　蘇舜欽(そしゅんきん)

秋、虎(こ)丘寺(きゅうじ)に宿すること数夕、執中、詩を以って貺(おく)らる、因りて元韻にて次す

 

生事飄然付一舟　　　生事(せいじ) 飄然(ひょうぜん)として 一舟に付す

吳山蕭寺且淹留　　　吳山(ござん)の蕭(しょう)寺(じ) 且(しばら)く淹留(えんりゅう)す

白雲已有終身約　　　白雲 已に有り終身の約　

醁酒聊驅萬古愁　　　醁酒 聊(いささ)か駆(か)る 万古の愁

峽束蒼淵深藏月　　　峽は蒼(そう)淵(えん)を束(つか)ねて 深く月を蔵し

巖排紅樹巧裝秋　　　巖(いわお)は紅樹を排して 巧みに秋を裝(よそお)う

徘徊欲出向城市　　　徘徊して 出でて 城市に向わんと欲するも

引領烟蘿還自羞　　　領(れい)を引く煙蘿(えんら)に 還(ま)た自(みずか)ら羞ず

 

【語釈】

虎丘寺…江蘇省蘇州市にある寺。執中…寺僧のしかるべき者。貺…賜う。生事…なりわい、官吏としての仕事。飄然…風に漂い動く。吳山…蘇州は春秋時代呉の都であったので、蘇州の山。蕭寺…普通の寺のこと。淹留…逗留すること。醁酒…良い酒。驅…追っ払う。峽…山あい。蒼淵…蒼い淵。引領…遠く眺めてその方に行こうとすること。烟蘿…靄の籠めた蔦。

（漢詩大系　１６）

 

 

 

 

 

幽居　　　幽(ゆう)居(きょ) 　　　　　　　　　　　　　　　中唐　　韋應物(いおうぶつ)

 

貴賤雖異等　　　貴賤 等(とう)を異にすと雖えども

出門皆有營　　　門を出ずれば 皆 營(えい)有り

獨無外物牽　　　独り 外物の牽く無く

遂此幽居情　　　此の幽居の情を遂(と)ぐ

微雨夜來過　　　微雨 夜来過ぎ

不知春草生　　　知らず 春草の生ずるを

青山忽已曙　　　青山 忽(たちま)ち已に曙(あ)け

鳥雀繞舍鳴　　　鳥雀 舍を繞りて鳴く

時與道人偶　　　時に 道人と偶(ぐう)し

或隨樵者行　　　或いは 樵者(しょうしゃ)に随いて行く

自當安蹇劣　　　自から当に蹇劣(けんれつ)に安んずべし

誰謂薄世榮　　　誰か謂(い)う世(せい)栄(えい)を薄(うす)んずと

　

【語釈】

幽居…俗世間から逃れてひっそりと暮らすこと。貴賤…身分の高い人と低い人。等…等級。階級。出門…我が家を出れば。営…世渡りの営み。独…ただ自分だけは。外物…自分の外にある地位や名誉や財産など。牽…とらわれる。幽居情…隠遁生活の静かでのんびりとした心情。遂…存分に味わっている。微雨…小雨。こぬか雨。夜来 …昨夜。不知… 〜だろうか。青山…幽居の周囲の）青々とした山。忽…いつの間にか。ふと気がつけば。曙…夜が明ける。鳥雀…雀などの小鳥。舎…小さい粗末な家、ここでは幽居の住まいを指す。繞…まわりを回る。時…時には。道人…道を修行している人。偶…連れ立つ。樵者…きこり。蹇劣…動きが鈍く劣っている人、ここでは世渡りの才能がない人。安…満足する。世栄…俗世における名誉。薄…軽んじる。

（唐詩選）

 

 

安樂窩中吟　　　安楽窩中(あんらくかちゅう)の吟　　　　　　　　北宋　　邵(しょう)　雍(よう)

 

安樂窩中春欲歸　　　安楽窩中(あんらくかちゅう) 春 帰らんと欲す

春歸忍賦送春詩　　　春 帰り 賦(ふ)するに忍びんや 送春の詩

雖然春老難牽復      然りと雖(いえど)も 春老いて 牽復(けんふく)すること 難し

却有夏初能就移 　　 却(かえ)つて 夏(か)初(しょ)の 能(よ)く 就きて移る有り

飲酒莫教成酩酊      酒を飲みて 酩酊(めいてい)を成さしむる莫(なか)れ

賞花慎勿至離披　　　花を賞するに 慎しんで 離披(りひ)に至る勿(なか)れ

人能知得此般事　　　人 能(よ)く 此の般(はん)の事を 知り得ば

焉有�闖D到兩眉　　　焉(いずく)ぞ 閑(かん)愁(しゅう)の 両眉(りょうび)に 到る有らんや

 

【語釈】

安樂窩…邵擁の書斎の名。春歸…春が過ぎ去る。牽復…引いて帰らす。離披…満開。般事…物の道理。焉…いずくんぞ〜や、と読み、反語。�闖D…そぞろにわき上がる愁い。

（漢詩大系１６）

 

 

 

 

司馬君實獨樂園　　　司馬君実の独楽園 　　　　北宋　　蘇(そ)　軾(しょく)

 

青山在屋上　　　青山 屋上に在り

流水在屋下　　　流水 屋下に在り　　

中有五畝園　　　中に 五畝の園 有り

花竹秀而野　　　花竹 秀(ひいで)いでて 野(や)なり　　

花香襲杖履　　　花香 杖(じょう)履(り)を襲い

竹色侵杯斝　　　竹色 杯斝(はいか)を侵(おか)す　　

樽酒樂餘春　　　樽(そん)酒(しゅ) 余春を楽しみ

棋局消長夏　　　棋局 長夏を消す　　

洛陽古多士　　　洛陽は 古(いにしえ)より 多士

風俗猶爾雅　　　風俗は 猶お 爾(じ)雅(が)　　

先生臥不出　　　先生 臥(が)して 出(いで)でず

冠蓋傾洛社　　　冠(かん)蓋(がい) 洛社(らくしゃ)を傾く　

雖云與衆樂　　　衆と楽しむと云(い)うと雖(いえど)も

中有獨樂者　　　中に 独り楽しむ者 有り　　

才全�ｺ不形　　　才 全(まった)くして �ｺ 形(あらわ)れず

所貴知我寡　　　貴(とうと)ぶ所は 我を知る 寡(すくな)きを　

先生獨何事　　　先生 独り 何事ぞ

四海望陶冶　　　四海 陶冶を望む　　

兒童誦君實　　　兒童も 君(くん)実(じつ)を誦(そら)んじ

走卒知司馬　　　走卒(そうそつ)も 司馬(しば)を知る　　

持此欲安歸　　　此を持ちて 安(いずく)くに 帰らんと欲す

造物不我捨　　　造物 我を捨てず　　

名聲逐吾輩　　　名声 吾が輩を逐う

此病天所赭　　　此の病(やまい) 天の赭(しゃ)にする所　　　

撫掌笑先生　　　掌を撫で先生を笑う

年來效暗啞　　　年来 暗啞(あんあ)に效(なら)うを

 

【語釈】

司馬君實…司馬光、北宋の仁宗、英宗、神宗、哲宗の4代の皇帝の治世に活躍した官僚政治家。没後温国公に封ぜられた。王安石の行った新法に鋭く対決した『資治通鑑(しじつがん)』の著者。獨樂園…司馬光が相を罷めてから住んだ洛陽の別荘。杖履…杖と履、老人の持ち物。杯斝…玉爵（玉のさかずき）。爾雅…正しく美しく閑雅なるさま。冠蓋…冠と車の覆い、高位高官。傾洛社…多く集まること。才全�ｺ不形…才能は内部では完全であるが、その徳が外に現れない。陶冶…善政を布いて、民を和して生をとげるしむる意。走卒…馬の先を走る僕卒。此病天所赭…名誉の病におかされるは、一種の天罰である，老荘思想。暗啞…口がきけない人。

（漢詩大系１７）

 

 

 

◆    尋訪類

 

題袁氏別業　　　袁(えん)氏(し)の別業(べつぎょう)に題す　　　　　　　 唐　　賀(が)知(ち)章(しょう)

 

主人不相識　　　主人 相(あい)識(し)らず

偶坐為林泉　　　偶坐(りんざ) 林泉(りんせん)の為なり

莫謾愁沽酒　　　謾(まん)に酒を沽(か)うを 愁うること莫かれ

囊中自有錢　　　囊中(のうちゅう) 自(おのずか)ら　銭(ぜに)有り

 

【語釈】

袁氏…未詳。別業…別荘。偶坐…主人と向かい合って座ること。林泉…袁氏の別荘の林や泉のこと、名園。謾…みだりに。沽酒…酒を買う。囊中…財布の中。

（唐詩選）

 

 

尋隱者不遇　　　隠者を尋ねて遇わず　　　　　　 唐　　賈(か)　島(とう)

 

松下問童子　　　　松下(しょうか) 童子(どうじ)に問うに　

言師採薬去　　　　言う 師は薬を採りに去(ゆ)けり と　

只在此山中　　　　只(た)だ 此(こ)の山中に在らん　

雲深不知處　　　　雲深くして 処(ところ)を知らず　

 

【語釈】

尋隠…隠棲している人。松下…松の木の下。

（唐詩選）（唐詩三百首）

 

 

 

尋胡隠君　　　  胡隠君を尋ぬ　　　　　　　　　 明　　��(こう)　啓(けい)

 

渡水復渡水　　　　水を渡り 復(ま)た水を渡り　

看花還看花　　　　花を看(み) 還た花を看(み)る　

春風江上路　　　　春風(しゅんぷう) 江上(こうじょう)の路　

不覺到君家　　　　覚えず 君が家に到る　

 

【語釈】

胡隱君…胡という名前の隠者、詳細不明。　水…川。

（中国詩人選集二―１０）

 

 

 

與盧員外象過崔處士興宗林亭　　　　　　　　　 　唐　　王(おう)　維(い)

盧(ろ)員外(いんがい)象(しょう)と崔処(さいしょ)士(し)興宗(こうそう)が林亭(りんてい)に過(よ)ぎる　　　　

 

�克�重陰蓋四鄰　　　　�克�(りょくじゅ)の重陰(ちょういん) 四鄰(しりん)を蓋(おお)い　

青苔日厚自無塵　　　　青(せい)苔(たい)日に厚くして 自(おのず)から塵(ちり)無し　

科頭箕踞長松下　　　　科頭(かとう) 箕踞(ききょ)す 長松(ちょうしょう)の下(もと)　

白眼看他世上人　　　　白眼(はくがん)にして看る 他(た)の世上(せじょう)の人　

 

【語釈】

盧員外象…員外郎（定員外の官である長官の補佐役）である盧象。崔処士興宗…官に使えないで民間にいる崔興宗。重陰…深い影。四鄰…あたり。青苔…青色の苔。科頭…冠や頭巾をかぶらないむき出しの頭。箕踞…両足を投げ出して座ること。長松…隠者の隠語。白眼…阮籍の故事に基づく、気に入らない俗物を見る目（他の世上の人にはそうであったので、尋ねて行った王維・盧象・裴迪・王縉には青眼で見た。）

（唐詩選）（新釈漢文大系　詩人編　３）

 

 

 

三日尋李九莊 　　　　三日李九の莊を尋ぬ　　　　唐　　常(じょう)　建(けん)

 

雨歇楊林東渡頭　　　雨は歇(や)む 楊(よう)林(りん) 東渡(とうと)の頭(ほとり)

永和三日盪輕舟　　　永和三日 軽舟を盪(うご)かす　　

故人家在桃花岸　　　故人 家は 桃花の岸に在り

直到門前溪水流　　　直ちに到る門前 渓水の流れに

 

【語釈】

三日 … 陰暦三月三日、上巳の節句のこと。李九 … 作者の友人、不詳。雨歇 … 雨が止んだ。雨が上がった。楊林 … 渡し場の名、安徽省和県の東にある。永和三日 … 永和九年三月三日、王羲之が会稽郡の山陰県（今の浙江省紹興市柯橋区）の蘭亭で、流觴曲水の宴を行ったことをふまえる。軽舟 … 舟足の速い小舟。舟足の軽やかな小舟。盪 … 舟を漕ぎ動かして進んでゆくこと。故人 … 古くからの友人、李九を指す。桃花岸 … 桃の花咲く岸辺。直到 … まっすぐに行き着いた。門前渓水流 … 李九の家の門前を流れる渓流に沿って。

（唐詩選）

 

 

 

 

過鄭山人所居　　　　 鄭(てい)山人(さんじん)が所(しょ)居(きょ)に過(よぎ)る　　　  唐　 劉(りゅう)長(ちょう)卿(けい)

 

寂寂孤鶯啼杏園　　　寂々(せきせき)として 孤(こ)鴬(おう) 杏(きょう)園(えん)に啼き

寥寥一犬吠桃源　　　寥々(りょうりょう)として 一犬 桃源に吠ゆ

落花芳草無尋處　　　落花芳草 尋ぬる処無く

萬壑千峰獨閉門　　　万壑(ばんがく)千(せん)峰(ぽう) 独り門を閉ず

 

【語釈】

過…立ち寄る。鄭山人…未詳、山に住んでいる鄭氏。所居…住まい。寂寂…ひっそり。万壑千峰　多くの谷と峰。閉門…門をしめる、世間との交際を絶つたとえ。

（三体詩）

 

 

 

休暇日訪王侍御不遇　　　　　　　　　　　　　　 唐　　韋應物(いおうぶつ)

　　　　　　休暇日に王(おう)侍御(じぎょ)を訪ねて遇わず

 

　

九日驅馳一日閑　　　九日(きゅうじつ) 駆馳(くち)して  一日(いちじつ) 閑(かん)なり　

尋君不遇又空還　　　君を尋ねて遇(あ)わず 又空しく還える　

怪來詩思清人骨　　　怪み来たる 詩思の人骨を清くするを　

門對寒流雪滿山　　　寒流(かんりゅう)は門に対して　雪は山に満つ　

 

 

【語釈】

御…皇帝の側に使える人。驅馳…走り回ること（当時の役人は，９日働き、１日休暇であった）。怪來…あやしむ（「來」は助辞）。詩思…詩を作ろうと思う心。人骨…人

（三体詩）

城西訪友人別墅　　　城西に友人の別墅(べっしょ)を訪(たず)ぬ　　 唐　　雍(よう)　陶(とう)

　　

澧水橋西小路斜　　　澧(れい)水橋(すいきょう)西(せい) 小路斜めなり

日高猶未到君家　　　日高くして 猶(な)お未だ 君の家に到らず

村園門巷多相似　　　村園 門(もん)巷(こう) 多く相い似たり

處處春風枳殼花　　　処々の春風 枳殼(きこく)の花

 

【語釈】

城西…城郭の西。別墅…別荘。澧水…湖南省に源を発し，洞庭湖に注ぐ川。村園…むらざと。門巷…門とちまた。處處…あちらこちら。枳殼花…からたちの花

（三体詩）

 

 

 

 

 

初冬月夜過子俶　　　初冬の月夜 子俶(ししゅく)に過(よぎ)る　　　清　呉(ご)偉業(いぎょう)

　  　

月色破林巒　　　月色 林巒(りんらん)を破る

貧家共一灘　　　貧家 一灘(いちだん)を共にす

門開孤樹直　　　門 開いて 孤樹 直(ちょく)に

影逼兩人寒　　　影 逼(せま)って 両人 寒し

瀹茗誇陽羨　　　茗(めい)を瀹(に)て 陽羨(ようせん)に誇り

論詩到建安　　　詩を論じて 建安に到る

亦知談笑久      亦(ま)た知る　談笑 久しきを

良夜睡応難      良夜 睡り 応(まさ)に難(かた)かるべし

 

【語釈】

子俶…周肇、太倉州の人。茗…茶。陽羨…茶の名産地。建安…後漢の年号、建安の七賢人、曹操、曹植等により、「建安体」の詩が作られた。

 

 

 

題張氏隱居　　　張氏の隠居に題す　　　　　　　 唐　　杜(と)　甫(ほ)

 

春山無伴獨相求　　　春山 伴無く 独(ひと)り相求む

伐木丁丁山更幽　　　伐木丁々(ばつぼとうとう) 山 更に幽なり

澗道餘寒歷冰雪　　　澗(かん)道(どう)の余寒 冰雪を歷(へ)

石門斜日到林丘　　　石門の斜日 林丘に到る

不貪夜識金銀氣　　　貪(むさぼ)らずして 夜 識る 金銀の気

遠害朝看麋鹿遊　　　害より遠ざかりて 朝看る 麋(び)鹿(ろく)の遊ぶを　

乘興杳然迷出處　　　興に乗じて 杳然 出ずる処に迷い

對君疑是泛虛舟　　 君に対して 疑うらくは 是れ 虛舟に泛ぶかと

 

【語釈】

張氏 …不詳。丁丁 … 木を伐採する音、伐木丁丁は詩経により、友を求める意。澗道…谷間の道。餘寒…春になっても残っている寒さ。歴 … 通る。石門…石で作った堰堤。斜日 …夕日。林丘 … 木の茂る丘。不貪…無欲。金銀気…土中に埋蔵されている金銀から立ちのぼる気。害…世俗の名利の害。麋鹿 …鹿の類い。乗興 … 感興のわくままに。杳然 … 奥深く遠いこと、ここでは特にぼんやりした気持ちになる様子。出処 … ここでは帰路に迷うことと、出処進退に迷うこととをかけている。虚舟 … 人の乗っていない舟。

 

（唐詩選）（杜甫全詩訳注）

 

 

 

◆    仙釈類

 

開先寺　　  　開先寺(かいせんじ)　　　　　　　　　　　     明　　李夢(りむ)陽(よう)

 

瀑布半天上　　　瀑布(ばくふ) 半天(はんてん)の上

飛響落人間　　　飛(ひ)響(きょう) 人間(じんかん)に落つ　　

莫言此潭小　　　言うこと莫(な)かれ 此の潭(たん) 小なりと

搖動匡廬山　　　搖動す 匡廬山(きょうろざん)

 

【語釈】

開先寺…廬山の南麓にあった寺。半天…中空。人間…人間世界。潭…滝壺。匡廬山…廬山（江西省九江市南部にある名山。峰々が作る風景の雄大さ、奇絶さ、険しさ、秀麗さが古より有名。）。

 

 

芙蓉洞   　　 芙蓉(ふよう)洞(どう) 　　　　　　　　　　　　　明　　王(おう)守(しゅ)仁(じん)

 

巖下雲萬重　　　巌下(がんか) 雲 万(ばん)重(ちょう)

洞口桃千樹　　　洞口 桃 千樹

終歳無人來　　　終歳(しゅうさい) 人の来たる 無し

惟許山僧住　　　惟(た)だ 許す 山僧の 住するを

 

【語釈】

芙蓉洞…所在地不明。雲萬重…雲が幾重にも重なるさま。

 

   

普陀寺　　　　普陀寺(ふだじ)　　　　　　　　　　　　　 清　　袁(えん)　枚(ばい)

 

一寺蔵山凹　　　一寺 山(さん)凹(おう)に蔵(かく)れ

松竹淡如許　　　松竹 淡きこと 許(かく)の如し

古佛坐無言　　　古仏 坐して 言(げん) 無く

流泉代作語　　　流泉 代りて 語を作(な)す

 

【語釈】

山凹…山の凹なる所。淡…淡泊。如許…此の如し。　　　

 

 

晚秋破山寺　　晚秋 破(は)山寺(ざんじ) 　　　　　　　　　   唐　　皎(こう)　然(ねん)

 

秋風落葉滿空山　　　秋風 落葉 空山(くうざん)に満ち

古殿殘燈石壁間　　　古寺の残灯 石壁の間(かん)　　

昔日經行人去盡      昔日の経(けい)行(こう) 人 去り尽くし

閑雲夜夜自飛還　　　閑雲(かんうん) 夜(や)々(や) 自(おの)ずから 飛び還(かえ)る

 

【語釈】

秋晩…秋の終わり,晩秋。破山寺…江蘇省常熟市の虞山の北嶺下にある。空山…人気のない寂しい山。残灯…燃えつきかけたともしび。昔日…むかし、往時。経行…禅宗で、座禅中の疲れや、眠けをとるために一定の場所をゆっくり歩くこと。閑雲…しずかに空に浮かぶ雲。

 

題鶴林寺　　　題鶴林寺　　　　　　　　　　　   唐　　李(り)　涉(しょう)

 

終日昏昏醉夢間　　　秋日昏々(こんこん)たり 酔夢(すいむ)の間

忽聞春盡強登山　　　忽ち春尽くるを聞き 強いて山に登る

因過竹院逢僧話　　　竹院に過ぎりて 僧話に逢うに因(よ)りて

又得浮生半日閑　　　又得たり 浮生半日の閑(かん)

 

【語釈】

鶴林寺…旧名・竹林寺。現・江蘇省鎮江の黄鶴山にあった寺。昏昏…深く眠っているさま。醉夢…酒に酔い、眠って見る夢、必ずしも本当に酒を飲んで酔っているとは限らない。忽聞…急に…と聞き。にわかに…と聞き。春盡…春が尽きようとしている。強…無理に。むりやりに。因……という原因のため。過……によぎるりと読む場合は訪れる。竹院…庭に竹を植えている書院。又…更に。閑…のんびり。

（三体詩）

 

 

 

晚宿山寺　　　晚に山寺に宿す　　　　　　　　　 金　　趙(ちょう)　渢(はん)

 

松��眀月佛前燈　　　松間(しょうかん)の眀月 仏前の灯

庵在孤雲最上層　　　庵は 孤雲の最上層に在り　　

犬吠一山秋意静　　　犬吠えて 一山 秋意 静かなり

敲門時有夜歸僧　　　門を敲いて 時に 夜帰(やき)の僧 有り

 

【語釈】

秋意…秋の気象と景観。

 

宿華頂寺　　　華頂寺(かちょうじ)に宿す　　　　　　　　　　 清　　錢大�ﾏ(せんだいきん)

 

竹瘦藤枯古石斜　　　竹 瘦(や)せ 藤 枯れ 古石(こせき) 斜めなり

白雲留護法王家　　　白雲 留(りゅう)護(ご)す 法王の家　　

深山氣候元來別　　　深山の気候 元来 別なり

五月初開芍藥花　　　五月 初めて開く 芍薬(しゃくやく)花(か)

 

【語釈】

華頂寺…所在不明。留護…留まり護る。法王家…華頂寺のこと。

 

 

過香積寺　　　香積寺(こうしゃくじ)に過ぎる　　　　　　　　   唐　　王(おう)　維(い)

 

不知香積寺　　　　香積寺(こうしゃくじ)を知らず

數里入雲峰　　　　数里 雲(うん)峰(ぽう)に入る

古木無人逕　　　　古木 人径(じんけい)無く

深山何處鐘　　　　深山(しんざん) 何処(いずく)の鐘ぞ

泉聲咽危石　　　　泉声(せんせい) 危(き)石(せき)に咽(むせ)び

日色冷青松　　　　日(にっ)色(しょく) 青松(せいしょう)に冷(ひや)やかなり

薄暮空潭曲　　　　薄暮(はくぼ) 空潭(くうたん)の曲(ほとり)

安禪制毒龍　　　　安禅(あんぜん) 毒(どく)龍(りゅう)を制す

 

【語釈】

香積寺…香積寺…長安の南、終南山山中にある寺。古木…冬枯れの木や林。雲峰…雲がかかってる高い峰。人逕…人の通う小径。危石…高くそばだっている石。空潭…人気のない淵。曲…ほとり。安禅…坐禅して雑念を去り、精神を統一すること。毒龍…人を害する龍のことで、人の心に住む邪念をいう

（新釈漢文大系　詩人編　３）

 

 

 

 

破山寺後禪院　　　破(は)山寺(ざんじ)の後(うしろ)の禅院　　　　　  唐　　常(じょう)　建(けん)

 

清晨入古寺　　　清晨(せいしん) 古寺に入る

初日照高林　　　初日 高林を照らす　　

曲逕通幽處　　　曲径(きょくけい) 幽処(ゆうしょ)に通じ

禪房花木深　　　禅房 花木 深し　　

山光�ｽ鳥性　　　山光 鳥性を�ｽ(よろこ)ばしめ

潭影空人心　　　潭(たん)影(えい) 人心を空しうす　　

萬籟此倶寂　　　万籟(ばんらい) 此に 倶に 寂(せき)たり

惟聴鐘磬音　　　惟(た)だ 聴く 鐘磬(しょうけい)の音

 

【語釈】

破山寺 … 現在の江蘇省常熟市にある興福寺の別名。清晨 … すがすがしい朝。初日 … のぼったばかりの太陽。高林 … 高い林（のこずえ）。曲径 … 曲がりくねった小道。幽処 … 奥深く、静かなところ。禅房 … 禅堂。山光 … 朝日を受けた山の色。潭影 … 深い淵の色。空人心 … 人の心から雑念を払いのけ、空寂の境地へ引き入れる。万籟 … この世のすべてのものが発する音。鐘磬 … 鐘かねと磬、「磬」は石板を吊り下げてたたく、「へ」の字形の打楽器。

（唐詩選）

 

 

 

同魯直和普安院壁上蘇公詩　　　　　　　　　　 北宋　　晁補之(ちょうほし)

　　　　　　　魯(ろ)直(ちょく)と普(ふ)安院(あんいん)の壁上の蘇公(そこう)の詩に和す　

 

畏暑聊尋寺　　　暑を畏(おそ)れ聊(いささ)か寺を尋ね

追凉故遶池　　　凉を追いて故(ことさ)らに 池を遶(めぐ)る　　

雨園鳩喚婦　　　雨園 鳩(はと) 婦を喚(よ)び

風徑燕將兒　　　風径 燕(つばめ) 兒を将(ひきい)いる　　

散篆縈簾額　　　散篆(さんてん) 簾(れん)額(がく) を縈(めぐ)り

留雲暗井眉　　　留(りゅう)雲(うん) 井(せい)眉(び)に暗し　　

龍蛇動屋壁　　　龍蛇 屋壁 に動く

知有長公詩　　　知る 長公の詩 有るを

 

【語釈】

魯直…黄庭堅。普安院…成都にあった寺のようであるが詳細不明。蘇公…蘇軾。聊…なんとなく。雨園…雨模様の庭園。風徑…風が涼しい小路。散篆…香のかおり。簾額…すだれ。井眉…井戸ばたの地。長公…蘇軾。

 

 

 

游山寺　　　  山寺に遊ぶ　　　　　　　　　　   元　　李(り)　材(ざい)

 

行行行復止　　　行き行き 行きて 復(ま)た 止まり

行到白雲間　　　行きて到る 白雲の間　

見客意不俗　　　客を見て 意 俗ならず

逢僧心便�閨@　　僧に逢いて 心 便(すなわ)ち 閑(かん)なり　　

細泉分別澗　　　細泉 別澗(べっかん)に分かれ

小逕入他山　　　小径 他山に入る　　

擬借禪房榻　　　禅房の榻(とう)を借りて

追遊信宿還　　　追遊(ついゆう) 信宿(しんしゅく)して 還(かえ)らんと 擬(ぎ)す

 

【語釈】

澗…谷川。榻…長いす、寝台。追遊…遊び続ける。信宿…再宿、二晩泊まり。

 

 

夜投西寺 　　 夜 西寺に投ず　　　　　　　　    明　　��(こう)　啓(けい)

 

江月上秋衣　　　江月 秋衣に上(のぼ)る

來敲遠寺扉　　　来り敲(たた)く 遠寺の扉　　

栖禽驚客至　　　棲禽(せいきん) 客の至るに 驚き

睡僕訝僧歸　　　睡(すい)僕(ぼく) 僧の帰りしかと 訝(いぶか)る　　

鐘度行廊盡　　　鐘は 行廊(こうろう)を度(わた)りて 尽き

燈留浴院㣲　　　灯は 俗院(ぞくいん)に留りて 微(かすか)なり　　

非無招旅館　　　招(しょう)旅(りょ)の館 無きに非(あら)ざるも

禪寂願相依　　　禅(ぜん)寂(じゃく) 願わくば 相(そう)依(よ)らん

 

【語釈】

栖禽…樹に住む鳥。睡僕…眠っている寺男。行廊…渡り行く廊下。浴院…俗人を泊まらせる寺院の坊。招旅館…客人を待っている旅館。禪寂…禅寺の趣のある寂しさ。

 

 

 

香山寺　　　  香山寺　　　　　　　　　　　     清　　錢(せん)謙(けん)益(えき)

 

千峰匼匝更分明　　　千峰 匼匝(あんそう) 更に分明

礀複岡廻一徑�C　　　礀(かん) 複(かさな)り 岡 廻(めぐ)りて 一径 �Cし　　

天遠夕陽連海色　　　天遠くして 夕陽(せきよう) 海(かい)色(しょく)に連なり

山空晚院聚鐘聲　　　山空しくして 晚院 鐘声を聚(あつ)む　　

雲從石磴中�闖o　　　雲に從いて 石磴 中間より出で

月向香臺下界生　　　月は 香台下界 に向かって 生ず　　

萬疉煙巒欄檻外　　　万畳の煙巒　欄(らん)檻(かん)の外　　　　

不知何處與身平　　　知らず何れの処か身と平かなる

 

【語釈】

香山寺…洛陽の竜門石窟に面する寺（白居易との関係で名高い）と思われる。匼匝…周り取り囲むさま。礀…谷川。海色…海の色。晚院…夕暮れの寺院。石磴…石段。香臺…香を焚く院。煙巒…霞みにかすむ峰々。

 

 

 

◆    哀傷類

 

湖樓題壁 　　　湖楼 壁に題す　　　　　　　　   清　　��(れい)　鶚(がく)

 

水落山寒處　　　水は落つ 山 寒き処

盈盈記踏春　　　盈々(えいえい) 踏(とう)春(しゅん)を記す

朱闌今已朽　　　朱闌(しゅらん) 今 已に朽つ

何況倚闌人　　　何ぞ 況(いわ)んや 闌(らん)に倚(よ)るの人

 

【語釈】

湖楼…湖畔の楼。盈盈…水の満ちているさま、美しく形作るさま。踏春…春の野遊び。朱闌…朱塗りの闌干。倚闌人…闌干に持たれていた人、亡くなった愛妾。

 

 

邙山　　　　   邙山(ぼうざん)　　　　　　　　　　　　　　唐　　沈佺期(しんせんき)

 

北邙山上列墳塋　　  北邙(ほくぼう)山上(さんじょう) 墳塋(ふんえい)列なり

萬古千秋對洛城　　  万古千秋  洛城に対す

城中日夕歌鐘起　　  城中 日夕(にっせき) 歌(か)鐘(しょう)起る

山上惟聞松柏声　　  山上 惟(た)だ聞く 松柏(しょうはく)の声

 

【語釈】

邙山（北邙山）…落陽の東北十里にある山、王侯公卿を始め多くの人の墓がある。墳塋…土饅頭の墓。万古千秋…永遠に、長い時間。洛城…洛陽。日夕…夕方。歌鐘…歌と伴奏の鐘の音。松柏…松とコノテガシワ、墓地によく植えられる。

（唐詩選）

 

 

江樓書感　　　 江楼にて感を書す　　   　       唐　　趙(ちょう)　嘏(か)

 

獨上江樓思渺然　　独り江楼に上ぼれば 思い渺(びょう)然(ぜん)たり

月光如水水連天　　月光は水の如く 水は天に連なる

同來翫月人何處　　同(とも)に来たりて月を翫(もてあそ)し 人は何れの処ぞ

風景依稀似去年　　風景は依(い)稀(き)として 去年に似たり

 

【語釈】

江樓 … 川辺の高楼。渺然 … 果てしなく広がる。果てしないさま。如水 … 水のように冴えわたたる。水連天 … 川の水は大空まで続いている。翫月 … 月を眺めて楽しむこと。依稀…はっきりしないが〜だ。

(唐詩選)

 

 

 

哀孟寂　　　   孟(もう)寂(せき)を哀れむ　　　　　　        唐　　張(ちょう)　籍(せき)

 

曲江院裏題名處　　　曲(きょく)江院(こういん)裏(り) 名を題せし処

十九人中最少年　　　十九人中 最少年

今日風光君不見　　　今日 風光 君 見えず

杏花零落寺門前　　　杏花 零落す 寺門の前

 

【語釈】

孟寂…不詳、進士合格同期生？。曲江院裏…慈恩寺、科挙及第者は，曲江で宴を開き、慈恩寺大雁塔に名を記する習慣があった。風光…景色。零落…凋んで落ちる。

（三体詩）

 

 

悼亡　　　     悼(とう)亡(ぼう)　　　　　　　　　　　　　　清　　王士��(おうししん)

 

藥罏經卷送生涯　　　薬炉 経卷に 生涯を送り

禪榻春風兩鬢華　　　禅榻の春風に 両鬢(りょうびん)の華(か)　

一語寄君君聽取　　　一語 君に寄す 君 聽取(ちょうしゅ)せよ　

不教兒女衣蘆花　　　兒女をして 蘆花を 衣(き)せしめず

 

【語釈】

悼亡…先立った妻を悼んで、霊前に誓った詩。藥爐…薬を煎じる炉、転じて闘病生活。經卷…お経、転じて仏教の信仰生活。禪榻…坐禅用の腰掛け、禅寺。鬢華…白髪混じりの鬢。一語…ひとこと。寄君…あなたに言っておく。聽取…耳を傾ける。聴き取る。蘆花…綿に似ているが本物の棉ほど暖かくない、安価な蘆の穂綿。結句は、再婚して、継子いじめはさせないという意。

（漢詩大系２３）　

 

 

 

◆    図画類

 

倪雲林畫　　　　  倪(げお)雲(うん)林(りん)の画　　　　　　 　    明　　卞(へん)　同(どう)

　

雲明見山高　　　雲 明かにして 山の高きを 見る

木落知風勁　　　木 落ちて 風の勁(つよ)きを 知る

亭下不逢人　　　亭下 人に逢わず

斜陽澹秋影　　　斜陽 秋影 澹(あわ)し

 

【語釈】

倪雲林…倪瓚、元代の画家、元末四大家の一人、江蘇省無錫の人。勁…強い。秋影…秋の日光の光。

 

 

 

 

惠崇春江晚景　　　惠(え)崇(すう)の春江晚景(しゅんこうばんけい)　　　　　　北宋　　蘇(そ)　軾(しょく)

 

竹外桃花三兩枝　　　　竹外(ちくがい)の桃(とう)花(か) 三兩(さんりょう)枝(し)　

春江水暖鴨先知　　　　春江(しゅんこう)　水(みず)暖(あたた)かにして鴨(かも)先ず知る　

蔞蒿滿地蘆芽短　　　　蔞蒿(ろうこう)は地に満ち蘆(ろ)芽(が)は短かし　

正是河豚欲上時　　　　正(まさ)に是(こ)れ河豚(かとん)の上(のぼ)らんと欲する時

 

【語釈】

恵崇 … 宋初の画僧。建陽（福建省）の人。北宋山水画の三大家の一人で、特に雁・鷺・鳥などの絵を得意とした、また、詩人でもあり、九僧の一人としても知られる。竹外…竹の生えている向こう側。桃花…桃の花。三両枝…二，三の枝。春江…春の川。水暖…水がぬるくなる。鴨…鴨の群れ。先知 …真っ先に感知する。蔞蒿 …よもぎの一種、フグの毒を消すという。満地…一面に生い茂る。蘆芽… 蘆…あしの芽、フグの毒を消すという。短…まだ短い。正是…ちょうど今〜である。河豚…フグ。欲上時…川をさかのぼってくる時期。

（漢詩大系１７）

 

 

書李世南所畫秋景　李(り)世(せい)南(なん)の画(えが)く所(ところ)の秋景(しゅうけい)に書す　 宋　　蘇(そ)　軾(しょく)

 

野水參差落漲痕　　　　野水(やすい) 參差(さんし)として 漲痕落ち　

疎林欹倒出霜根　　　　 疎林(そりん)欹倒(きとう)して 霜(そう)根(こん)を出(いだ)す　

扁舟一棹歸何處　　　　扁舟(へんしゅう) 一棹(いっとう) 何処(いずこ)にか帰る　

家在江南黄葉村　　　　家は 江南(こうなん)黄葉の村に在り

 

【語釈】

李世南…北宋の画家、字は唐臣、山水画に巧み。・野水…野中の流れ。參差…長短不揃いのさま。落…減る。漲痕…増水時、水が漲った時の痕かた。疎林…樹木のまばらな林。欹倒…かたむきたおれたさま。欹…かたむく霜根…霜の降りた。扁舟…小舟。棹…さお。江南…長江下流の南側の地方。

（中国詩人選集二―６）

題秋江圖　　　    秋江の図に題す　　　　　　   明　　倪(げい)　瓚(さん)　

 

長江秋色渺無邊　　　長江の秋色 渺(びょう)として 辺(へん) 無し

鴻雁來時水拍天　　　鴻(こう)雁(がん) 来(きた)る時 水 天を拍(う)つ　　

七十二灣明月夜　　　七十二湾 明月の夜

荻花楓葉覆漁船　　　荻(てき)花(か) 楓(ふう)葉(よう) 漁船を覆(おお)う

 

【語釈】

秋色…秋景色。渺…遙かで果てしないさま。鴻雁…秋に来る渡り鳥である雁、大なるを鴻、小なるを雁という。七十二…天地陰陽五行のなので数の多いことを言うのに使う。

 

 

題畫 　　　　　   画に題す　　　　　　　　     明　　沈(ちん)　周(しゅう)

 

楚江秋浄水沄沄　　　楚(そ)江(こう) 秋 浄(きよ)くして 水 沄々(でんでん)

江上青山多白雲　　　江上の青山 白雲 多し

手把蘋花却惆悵　　　手に 蘋(ひん)花(か)を把りて 却って 惆悵(ちゅうちょう)す

無人作伴賽湘君　　　人の 伴(はん)を作(な)して 湘君に賽(さい)する 無し

 

【語釈】

楚江…長江下流、湖南、湖北省一帯の流れ。沄沄…水が盛んに流れるさま。蘋花…浮き草の花。惆悵…嘆き悲しむさま。湘君…堯帝の娘で蕣の妃となった二人、蕣の死を悲しんで、湘江に入水した、君山に祠がある。

 

沈華坪春江曉渡圖　　沈(ちん)華(か)坪(ひょう)の春江曉(しゅんこうぎょう)渡(と)の図　　清　　王(おう)文治(ぶんち)　

 

梅花落後杏花紅　　　梅花 落つる後 杏(きょう)花(か) 紅なり

輕暖輕寒二月中　　　軽暖 軽寒 二月の中(うち)

誰洗琉璃鋪萬頃　　　誰か 琉璃(るり)を洗い 万(ばん)頃(けい)に鋪(し)く

一颿如燕翦東風　　　一颿(いっぱん) 燕の如く 東風を翦(き)る　　　　

 

【語釈】

琉璃…七宝のひとつ、水の碧色に喩える。萬頃…広大な広さ。一颿…一帆。

 

 

樊圻畫 　　　　   樊圻(はんき)の画　　　　　　　　　　 清　　王士��(おうししん)

 

蘆荻無花秋水長　　　蘆(ろ)荻(てき) 花無く 秋水 長し

澹雲微雨似瀟湘　　　澹(たん)雲(うん) 微雨 瀟湘(しょうしょう)に似たり

雁聲揺落孤舟遠　　　雁声(がんせい) 揺落(ようらく) 孤舟 遠し

何處青山是岳陽　　　何れの処の 青山 是れ 岳(がく)陽(よう)

 

【語釈】

蘆荻…あしとおぎ。澹雲…淡く薄い雲。瀟湘…瀟水と湘水が合流して洞庭湖に流れ込む地域。揺落…揺れ落ちる。木の葉などが風を受けてひらひら落ちること。岳陽…湖南省岳陽市。　

（漢詩大系２３）

 

題畫 　　　　     画に題す　　　　　　　　     清　施(し)閏(じゅん)章(しょう)

 

老嬾何心汎五湖　　　老嬾(ろうらい) 何の心ぞ 五湖に汎(uka)ぶ

山根時繫釣船孤　　　山根(さんこん) 時に繫(つな)ぐ 釣船(ちょうせん) 孤なり　　

白雲忽向前溪過　　　白雲 忽(たちま)ち 前溪に向って 過ぐ

屋角青山半有無　　　屋角の青山 半(なか)ば有無

 

【語釈】

老嬾…年老いて懶い身。五湖…越王勾践の軍師であった范蠡が、世を避けて去った湖。山根…山の麓。屋角…家の角。半有無…ぼんやりとして、半ば、在るか無いかのように見えること。

 

 

題秋林放鶴圖　　　秋林に鶴を放つ図に題す　　　 清　　黃(こう)　任(にん)

 

我在林泉汝在陰　　　我は 林泉に在り 汝(なんじ)は 陰に在り

空山流水結知音　　　空山 流水 知音(ちいん)を結ぶ

一聲清唳一長嘯　　　一声の清唳(せいれい) 一長嘯(ちょうしょう)

各有丹霄萬里心　　　各(おの)おの 丹霄(たんしょう) 万里の心 有り

 

【語釈】

汝…鶴のこと。陰…幽隠の所。空山流水…鐘子期が伯の弾琴を聴き、「高山流水の如し」とその美妙なる音を聞き分けて知ったと言う故事による。知音…知己。清唳…鶴の鳴き声。長嘯…長く声を引いて嘯く。丹霄…紅い色の大空。

 

 

題王安節畫　　　王安(おうあん)節(せつ)の画に題す　　　　　　　 清　　李(り)　漁(ぎょ)

 

家住寒山過客稀　　　家は 寒山に住して 過客(かかく) 稀なり

一林風雨夢回初　　　一林の風雨 夢 回(かえ)る初め

道人日課無餘事　　　道人の日課 余事無し

了却彈琴便讀書　　　弾(だん)琴(きん)を了却(りょうきゃく)すれば 便ち書を読む

 

【語釈】

王安節…王槩、清の康煕年間に南京で活躍した文人、画家。詩文・画・篆刻にすぐれ、画は大幅の山水画を得意とし、人物・花鳥画も善くした。過客…訪れる客。夢回…夢が醒める。道人…老仏の道を修めて悟った人。了却…終わる、却は完了を示す助字。

 

 

 

書晁補之所藏與可畫竹　　　　　　　　　　　　 北宋　　蘇(そ)　軾(しょく)

　　　　　　　晁補之(ちょうほし)の蔵する所の与可(よか)の画竹に書す

與可畫竹時　　　与可(よか) 竹を画く時

見竹不見人　　　竹を見て　人を見ず　　

豈獨不見人　　　豈(あ)に 独り 人を見ざるのみならんや

嗒然遺其身　　　嗒(とう)然(ぜん)として 其の身を遺(や)る　　

其身與竹化　　　其の身 竹と化し

無窮出清新　　　無窮 清新を出す　

莊周世無有　　　荘周は 世に有る無し

誰知此疑神　　　誰か知らん 此の疑(ぎょう)神(しん)

 

【語釈】

晁補之…中国北宋の文人。蘇軾の門下となり、黄庭堅・秦観・張耒とともに「蘇門四学士」と称された。與可…文同の字、北宋中期の官僚、墨竹画家、蘇軾の竹の絵の師。嗒然…我を忘れるさま。莊周…荘子のこと、心と物とが一体となることを説いたもの、疑神…神業。

（漢詩大系１７）

 

 

 

◆    詠物類

 

玩月　　　　   月を玩(もてあそ)ぶ　　　　　　　　　　   清　　許(きょ)　權(けん)

 

一種月團圞　　　一種の月 団圞(だんらん)

照愁復照歡　　　愁を照らし 復た 歓を照らす　　

歡愁兩不著　　　歓愁 両つながら 着(つ)けず

清影上闌干　　　清影 闌干に上(のぼ)る

 

【語釈】

團圞…丸いこと。闌干…てすり。

 

梅花　　　     梅花(ばいか) 　　　　　　　　　　　　  北宋　　王安石(おうあんせき)

 

牆角數枝梅　　　墻(しょう)角(かく) 数(すう)枝(し)の梅　

凌寒獨自開　　　寒(かん)を凌(しの)ぎて 独自に開く　

遙知不是雪　　　遥(はる)かに知る 是れ雪ならざるを　

爲有暗香來　　　暗(あん)香(こう)の 来たれる 有るが為なり　

 

【語釈】

牆角…垣根のかど。牆…垣根。凌…しのぐ寒…さむさ。獨自…じぶんひとりで。遙知…はるかに離れていても分かる。不是…〜は〜ではない。爲有……があるため。暗香…どこからともなく漂ってくる香り。

（宋詩選）

獨柳 　　　　　獨(どく)柳(りゅう)　　　　　　　　　　　　　　唐　　杜(と)　牧(ぼく)

 

含煙一株柳　　　煙を含む 一株の柳

拂地搖風久　　　地を払い 風に搖るること久し　　

佳人不忍折　　　佳人 折るに忍びず

悵望回纖手　　　悵望して 纖手(せんしゅ)を回(めぐ)らす

 

【語釈】

独柳…ぽつんと一本だけあるヤナギ。煙…霞や靄。拂地…柳の枝が風にゆれて、地面を掃き払うようなさまを謂う。悵望…悲しげに眺めやる。纖手…細い手。

 

 

旭日　　　     旭日(きょくじつ)　　　　　　　　　　　　　　宋　　太(たい)　祖(そ)

 

太陽初出光赫赫　　　太陽 初めて出でて 光 赫々(かっかく)

千山萬山如火發　　　千山 万山 火の発するが如し　　

一輪頃刻上天衢　　　一輪 頃刻(けいこく) 天衢(てんく)に上る

逐却羣星與殘月　　　郡星と残月とを逐却(ちくきゃく)す

 

【語釈】

赫赫…光の盛んに輝くさま。天衢…天の中央である日の経路。頃刻…僅かな時間。逐却…追い払う、却は完了を示す助字。羣星・殘月…群雄に比す。

 

 

梅花絶句　     梅花絶句　　　　　　　　　     南宋　　陸(りく)　游(ゆう)

 

聞道梅花坼曉風　　　聞道(きくなら)く 梅花 曉風に坼(ひら)くと

雪堆遍滿四山中　　　雪は 堆(うずたか)くして 遍(あまね)く満つ 四山(しざん)の中(うち)　　

何方可化身千億　　　何(なん)の方(ほう)か 身を 千億に化して

一樹梅花一放翁　　　一樹の梅花 一(いち)放(ほう)翁(ほう)なるべき

 

【語釈】

聞道…聞くところによれば。坼…開く。放翁…陸游の号。

（漢詩大系１９）

 

 

雪梅　　　     雪(せつ)梅(ばい)　　　　　　　　　　　　　 南宋　　方(ほう)　岳(がく)

 

有梅無雪不精神　　　梅 有りて 雪 無ければ 精神ならず

有雪無詩俗了人　　　雪 有りて 詩 無ければ 人を俗了す　　

薄暮詩成天又雪　　　薄暮 詩 成って 天 又 雪ふる

與梅併作十分春　　　梅と併わせて 十分の春を作(な)す

 

【語釈】

精神…生気、光彩があって美しいこと。俗了…俗化してしまう、無学、無風流なものとしてしまう。十分春…完全な春。

（漢詩鑑賞事典）

 

 

梅花　　　     梅花(ばいか)　　　　　　　　　　　　　   元　　王(おう)　冕(べん)

 

吹徹瑤笙鶴未還　　　瑤(よう)笙(しょう)を吹き徹(てっ)して 鶴 未だ還(かえ)らず

小橋流水碧潺潺　　　小橋 流水 碧(みどり) 潺々(せんせん)　　

夜深夢醒推窗看　　　夜深く 夢 醒めて 窓を推して看れば

白月無痕雪滿山　　　白月 痕(こん) 無く 雪 山に満つ

 

【語釈】

吹徹…吹き尽くす。瑤笙…玉で作った笙の笛。潺潺…浅い水の流れるさま、さらさら。白月…冬の寒い月。痕…傷跡。

 

 

盆梅　　　     盆(ぼん)梅(ばい)　　　　　　　　　　　　　   清　　宋樹(そうじゅ)殻(かく)

 

數枝也復影横斜　　　数枝 也(また)復(また) 影 横(おう)斜(しゃ)

惹得羈人郷夢賖　　　羇人(きじん)の郷夢(きょうむ)を 惹(ひ)き得て 賖(はるか)なり

抛却西溪千樹雪　　　西溪 千樹の雪を抛却(ほうきゃく)して

瓦盆三尺看梅花　　　瓦(が)盆(ぼん) 三尺の梅花を看る

 

【語釈】

羈人…旅人。郷夢…故郷を思う夢。抛却…抛つ、投げ捨てる、却は完了を示す助字。

 

　　

 

折楊柳　　　 　折(せつ)楊(よう)柳(りゅう)　　　　　　　　　　　　　唐　　楊巨源(ようきょげん)

 

水辺楊柳麹塵糸　　　水辺の楊柳 麹(きく)塵(じん)の糸

立馬煩君折一枝　　　馬を立(とど)め 君を煩わして 一枝を折る

惟有春風最相惜　　　惟(た)だ 春風の最も相惜しむ有り

殷勤更向手中吹　　　殷(いん)勤(ぎん)に更に手中に向って吹く

 

【語釈】

折楊柳 … 楽府題、「楊柳」は、やなぎの総称、もともと送別に際し、楊柳の枝を折って輪にし、贈る習慣があった。水辺 …岸辺。麴塵糸 … 若芽を吹いた柳の細い枝が黄緑色の糸のように見えること。立馬 … 馬を駐とどめること。惟有 … ただ〜だけである。春風最相惜 … 春風が柳の枝との別れを惜しむかのように。殷勤 … ねんごろに。向手中 … 手の中で、「向」は、ここでは「〜にむかって」の意ではなく、「〜で」の意を表す。

 

 

隋堤柳 　　　　隋堤(ずいてい)の柳　　　　　　　　　　　   唐　　杜(と)　牧(ぼく)

 

夾岸垂楊三百里　　　夾(きょう)岸(がん)の垂(すい)楊(よう) 三百里

秪應圖畫最相宜　　　秪(た)だ 応に 図画(とが)に 最も相宜(あいよろ)しかるべし　　

自嫌流落西歸疾　　　自(みずか)ら嫌(いと)う 流落(りゅうらく)　西帰(せいき)の疾(はや)きを

不見東風二月時　　　見ず 東風 二月の時

 

【語釈】

隋堤柳…隋の煬帝が運河を開削し、黄河と長江を繋いでその両岸に植えた柳。夾岸…両岸、川を差し挟む岸の意。秪…まさしく。相宜…ふさわしい。西歸…長安に帰るの意。東風…春風。二月時…しだれ柳の最も美しい時期。

（新釈漢文大系　詩人編　９）

 

和春卿學士柳枝詞　　春(しゅん)卿(けい)学士の柳(りゅう)枝(し)詞(し)に和す　　宋　　韓(かん)　�g(き)

 

樓前輕雪未全銷　　　楼前(ろうぜん)の軽雪(けいせつ) 未だ全く 銷(しょう)ぜざるに

偸得春光入嫩條　　　春光を偸(ぬす)み得て 嫩條(どんじょう)に入る　　

似向東風猶旅拒　　　東風に向って 猶お 旅拒(りょきょ)するに似て

可能渾忘舞時腰　　　能(よ)く 渾(すべ)て 舞(ぶ)時(じ)の腰を 忘るべけんや

 

【語釈】

柳枝詞…柳を詠ずる詞。銷…消える。偸…こっそり盗む。嫩條…柔らかい枝。旅拒…柔らかに媚びて美しいさま。

 

 

和孔密州東欄梨花　孔(こう)密州(みつしゅう)の東欄(とうらん)の梨花(りか)に和す　北宋　　蘇(そ)　軾(しょく)

 

梨花淡白柳深青　　　　梨花(りか)は淡白(たんぱく)にして 柳は深(しん)青(せい)　

柳絮飛時花滿城　　　　柳絮(りゅうじょ) 飛ぶ時　花 城に満つ　

惆悵東欄一株雪　　　　惆悵(ちゅうちょう)す 東欄(とうらん) 一株(いっしゅ)の雪　

人生看得幾清明　　　　人生 看(み)得(う)るは 幾(いく)清明(せいめい)　

 

【語釈】

孔密州…密州の刺史であった孔宗翰。東欄…密州の官舎の東側の欄干。梨花…梨の花。淡白…淡い白色。深青…深い緑色。柳絮… 柳の白い綿毛のついた種子。花満城 … 町は花ですっかり埋まってしまう。城…城壁で囲まれた町。惆悵…嘆き悲しむこと。傷み悲しむこと。東欄…密州の官舎の東側の欄干。株雪 … 一本の梨の木の花を雪に喩えている。清明…二十四節気の一つ。春分から十五日目。看得… 見ることができる。　　

(漢詩大系１７)

 

 

曲江春草　　　 曲江の春草　　　　　　　　　　　唐　　鄭(てい)　谷(こく)

 

花落江堤蔟暖煙　　　花 落ちて 江堤 暖煙 蔟(むらが)る

雨餘草色遠相連　　　雨余の草色 遠く 相連なる　　

香輪莫輾青青破　　　香輪 青々を輾(きし)り 破る莫(な)かれ

留與遊人一醉眠　　　遊人に留与(りゅうよ)して 一酔眠(いちすいみん)せしめよ

 

【語釈】

曲江…西安の東南にある池の名称。江堤…川のつつみ。暖烟…春のもや。雨餘…雨あがり。雨後に同じ。香輪…高貴な人の車。輾破…ひきつぶす。破は助字。青青…青く生茂ったさま。留與…とどめ残す、與は助字。遊人…職を持たず、遊び暮らす人。

（三体詩）

 

 

十日菊　　　　 十日の菊　　　　　　　　　　　　唐　　鄭(てい)　谷(こく)

 

節去蜂愁蝶不知　　　節 去り 蜂 愁うるも 蝶は知らず

曉庭還繞折殘枝　　　曉庭 還(ま)た 繞(めぐ)ぐる 折残(せつざん)の枝　　

自緣今日人心別　　　自(おの)ずから 今日 人心の別なるに縁る

未必秋香一夜衰　　　未だ 必ずしも 秋香は 一夜に衰えず　

 

【語釈】

十日菊…重陽の節句の翌日の菊をいう。節去…重陽が過ぎたことをいう。蜂愁蝶不知…蜂は重陽が過ぎたことを知り、蝶は知らぬ。曉庭…明け方の庭。還繞…蝶が菊の周りを飛ぶ。折殘枝…重陽が過ぎ、折れ損なわれた菊のこと。人心別…重陽が過ぎると誰も菊に見向きもしないのは、人の節に重きをおくがためなり。菊が変わるわけではない。秋香…菊の香り。重陽が過ぎても菊の香りに変わりはない、一日過ぎたとしても十分に賞するに値する。

菊花　　　　   菊花　　　　　　　　　　　　　  唐　　白(はく)居(きょ)易(い)

 

一夜新霜著瓦輕　　　一夜 新霜 瓦に着きて軽(かろ)し

芭蕉新折敗荷傾　　　芭蕉は 新たに折れて 敗(はい)荷(か)は 傾く　　

耐寒惟有東籬菊　　　寒に耐うるは 惟だ 東籬(とうり)の菊のみ 有りて

金粟花開曉更清　　　金(きん)粟(ぞく)の花は 開きて 曉 更に清し

 

【語釈】

敗荷…枯れて破れた蓮の葉。東籬菊…陶潜の「飲酒其の五」に基づく。金粟…キンモクセイのことだが，ここでは菊の花の色。

 

 

放魚　　　     魚を放つ　　　　　　　　　　    唐　　竇(とう)　鞏(きょう)

 

金錢贖得免刀痕　　　金銭 贖(あがな)い得て 刀痕(とうこん)を免れしむ

聞道禽魚亦感恩　　　聞道(きくなら)く 禽魚(きんぎょ)も 亦た 恩に感ずると　　

好去長江千萬里　　　好し去れ 長江 千万里

不須辛苦上龍門　　　須(もち)いず 辛苦して 龍門に上るを

 

【語釈】

刀痕…刀キズ。ここでは、包丁で切られること。聞道…聞くところによれば。上龍門…龍門は黄河の上流にあり、鯉がそれを登ると龍になるという、「登竜門」の語源。

 

 

失鶴　　　　   鶴を失う　　　　　　　　　　　  唐　　陸龜(りくき)蒙(もう)

 

養汝由來歳月深　　　汝を養う 由来 歳月 深し

籠開不見意沈沈　　　籠 開きて 見えず 意 沈々　　

想應只在秋江上　　　想う 応(まさ)に 只だ 秋江の上に在るべし

明月蘆花何處尋　　　明月 蘆花 何れの処にか 尋ねん

 

【語釈】

○由來…以来。○沈沈…心が憂鬱なさま。○應…「まさに〜すべし」と読み、「きっと〜であるにちがいない」の意。

 

 

鷺鷥 　　　　　鷺鷥(ろじ) 　　　　　　　　　　　　　 唐　　杜(と)　牧(ぼく)

 

雪衣雪髪青玉觜　　　雪(せつ)衣(い) 雪(せつ)髪(はつ) 青玉の觜(し)

羣捕魚兒溪影中　　　群れて 魚兒(ぎょじ)を捕らう 溪(けい)影(えい)の中　　

驚飛遠映碧山去　　　驚き飛びて 遠く 碧山(へきざん)に映じて去る

一樹梨花落晚風　　　一樹の梨花(りか) 晚風に落つ

 

【語釈】

鷺鷥…さぎ。雪衣雪髪…頭の毛を含めて身が白いこと。觜…鳥のくちばし。溪影…谷に射す光。映…映える。

（新釈漢文大系　詩人編　９）

 

 

歸雁　　　     帰(き)雁(がん) 　　　　　　　　　　　　　 唐　　錢(せん)　起(き)

 

瀟湘何事等閑回　　　瀟湘(しょうしょう)より 何事(なにごと)ぞ 等間(とうかん)に回(か)える

水碧沙明兩岸苔　　　水は碧(みどり)に　沙(いさご)は明らかにして　両岸苔むす

二十五絃彈夜月　　　二十五絃　夜月に弾ずれば

不勝清怨却飛來　　　清怨に勝(た)えずして　却飛(きゃくひ)し来たる

 

【語釈】

瀟湘 … 瀟水と湘江。洞庭湖に南から流れこむ二つの川の名、ここでは、この二つの川の流域一帯を指す。何事 … どういうわけで。等閑 … 心にかけない。水碧 … 水は青く澄んで。沙明 … 砂は白く輝いて。両岸苔 … 両方の岸にはみずみずしい苔が生じている。二十五絃 … 二十五弦の瑟（おおごと）。清怨 … 清らかで哀怨な調べ。清く哀れな音。不勝 … 堪えきれず。却飛来 … 南方の瀟湘から北方へ飛び帰ること。「来」は助辞、意味はない。

（唐詩選）

 

 

蘆雁           蘆雁                            金　　元好問(げんこうもん)

　

江湖牢落太愁人　　　江湖 牢落(ろうらく) 太(はなは)だ 人を愁えしむ

同是天涯萬里身　　　同じく 是れ 天涯 万里の身　　

不似畫屏金孔雀　　　似ず 画屏(がへい)の金(きん)孔雀(くじゃく)

離離花影澹生春　　　離々たる花影 澹(たん)として 春を生ずるに

 

【語釈】

江湖…世間。牢落…志を得ないこと。畫屏…絵を描いた美しい屏風。離離…花の美しいさま。澹…やすらか、淡い。

 

喜雪　　　　   雪を喜ぶ　　　　　　　　　　    清　　査愼(さしん)行(こう)

 

雲氣低迷海氣昏　　　雲気 低迷して 海気 昏し

窮陰連日暗孤村　　　窮陰 連日 孤村に暗し　　

兒童起報夜來雪　　　兒童 起ちて報ず 夜来の雪

九十九峰齊到門　　　九十九峰 斉しく 門に到る

 

【語釈】

雲氣…雲のように空中に現れる気、雲。海氣…海の気、海霞。窮陰…年末におしせまって曇ること。孤村…一つの離れた村。九十九峰…数多くの峰。

 

 

蛟　　　　     蛟　　　　　　　　　　　　　　  清　　黃(こう)中堅(ちゅうけん)

 

斗室何來豹脚蚊　　　斗室(としつ) 何来(なんらい) 豹(ひょう)脚(きゃく)の蚊

殷如雷鼓聚如雲　　　殷(いん)として 雷(らい)鼓(こ)の如く 聚(あつむ)ること 雲の如し　　

無多一點英雄血      多無き 一点 英雄の血

閑到衰年忍付君      閑(かん)に 衰年に到りて 君に付するに 忍びんや

 

【語釈】

斗室…一斗マスの程の狭さ。何來…何処からきたのか。豹脚蚊…豹のような脚のある蚊。殷…盛んに音楽を奏する。雷鼓…雷の音。無多…多くない（貴重な）。英雄…戯れて自分のことを言う。

 

 

廢宅　　　　　 廃宅　　　　　　　　　　　　    唐　　呉(ご)　融(ゆう)

 

風飄碧瓦雨摧垣　　　風は 碧(へき)瓦(が)を飄えして 雨は 垣を摧(くだ)く

却有隣人爲鎖門　　　却って 隣人の 為に門を鎖す 有り　

幾樹好花閑白晝　　　幾樹の好花 白昼に 閑(しずか)かに

滿庭荒草易黃昏　　　満庭の荒草 黃昏なり易し　　

放魚池涸蛙爭聚　　　放魚 池は涸れて 蛙 争い 聚(あつま)まり

棲燕梁空雀自喧　　　棲(せい)燕(えん) 梁(はり)は 空しくして 雀 自(おの)ずから 喧(かまびす)し　　

不獨淒涼眼前事　　　独り 淒(せい)涼(りょう) 眼前の事のみならず

咸陽一火便成原　　　咸陽 一火 便(すなわ)ち 原と成る

 

【語釈】

飄…吹き落とす。碧瓦…青色の瓦。黃昏…たそがれ。放魚池…魚を放つべき池。棲燕梁…燕を棲ませるべき梁。淒涼…寂しいさま。咸陽…秦の都。一火…項羽が放った火は三ヶ月燃え続けた。

 

 

 

山園小梅　　　 山(さん)園(えん)小梅(しょうばい)　　　　　　　　　　 北宋　　林(りん)　逋(ぽ)

 

衆芳搖落獨暄妍　　　衆(しゅう)芳(ほう) 搖落(ようらく)して　独り暄妍(せんけん)

占盡風情向小園　　　風情を占め尽くして　小園に向こう

疎影��斜水�C淺　　　疎影横斜　水清淺

暗香浮動月黄昏　　　暗香浮動　月黄昏

霜禽欲下先偸眼　　　霜禽(そうきん)下らんと欲して　先ず眼を偸(ぬす)み

粉蝶如知合斷魂　　　粉蝶如し知らば　合(まさ)に魂を断つべし

幸有微吟可相狎　　　幸いに微吟の　相狎(あいな)るべき有り

不須檀板共金尊　　　須(もち)いず檀板(だんばん)と　金尊を共にするを

 

【語釈】

衆芳…多くのかぐわしい花。暄妍…あたたかくうつくしい。横斜…斜めにのびた枝。暗香…どこからともなく漂ってくる香り。霜禽…霜がれどきの鳥、白い鳥。粉蝶…白い蝶。偸眼…ぬすみ眼でみる。斷魂…びっくりする。檀板…楽器　栴檀の木で作り歌の調子をとる板。金尊…黄金の酒樽、りっぱな酒樽。

（漢詩鑑賞事典）

 

 

 

梅花　　　     梅花　　　　　　　　　　　　　　明　　高(こう)　啓(けい)

 

瓊姿只合在瑤臺　　　　瓊姿(けいし) 只(ただ)合(まさ)に 瑤(よう)台(だい)に在るべし　

誰向江南處處栽　　　　誰(たれ)か江南(こうなん)に向(む)かって 処々(しょしょ)に栽(う)えたる　

雪滿山中高士臥　　　　雪満(み)ちて山中 高士(こうし)臥(が)し　

月明林下美人來　　　　月明らかにして林下(りんか) 美人来(きた)る　

寒依疎影蕭蕭竹　　　　寒(かん)は依(よ)る疎(そ)影(えい) 蕭々(しょうしょう)の竹　

春掩殘香漠漠苔　　　　春は掩(おお)う残(ざん)香(こう) 漠々(ばくばく)の苔(こけ)　

何郎去自好詠無　　　　何郎(かろう)去って自(よ)り 好詠(こうえい)無し　

東風愁寂幾回開　　　　東風(とうふう)愁(しゅう)寂(せき) 幾回(いくかい)か開く　

 

【語釈】

瓊姿…清らかに美しい姿（梅のこと）、瑶台…仙人の住むうてな。江南…長江の南側の地方、江蘇，安徽、江西省の地域。高士…高尚な人（梅のこと）。美人…梅をさす。依…寄り添う。疎影…疎らな花の陰…蕭蕭…物寂しい様。残香…花が落ちた後の香。漠漠…一面に広がっているさま。何郎…梁の詩人の何遜、揚州の官舎にあった梅を見たいばかりに、転勤した。愁寂…寂しいこと。

（漢詩大系２１）

 

 

漁翁　　　　   漁翁　　　　　　　　　　　　　南宋　　陸(りく)　游(ゆう)

 

江頭漁家結茆廬　　　江頭の漁家 茆廬(ぼうろ)を結ぶ

青山當門畫不如　　　青山 門に当たって 画も如(し)かず　　

江烟淡淡雨疏疏　　　江(こう)煙(えん) 淡々(たんたん)として 雨 疏々(そそ)たり

老翁破浪行捕魚　　　老翁 浪を破り 行きて 魚を捕う　　

恨渠生來不讀書　　　恨(うら)むらくは 渠(かれ)が 生来(せいらい) 書を読まず

江山如此一句無　　　江山 此の如く 一句無きを

我亦衰遲慚筆力　　　我も亦(ま)た 衰遲(すいち) 筆力を慚ず

共對江山三嘆息　　　共に 江山に対し 三(さん)嘆息(たんそく)す

 

【語釈】

茆廬…茅葺きの粗末な家。江烟…川面にかかる靄。淡淡…うすくあっさりしているさま。疏疏…まばらなさま。衰遲…老衰。

（漢詩大系　宋詩選）

 

 

 

猛虎行　　　　 猛(もう)虎(こ)行(こう)　　　　　　　　　　　　　明　　高(こう)　啓(けい)

 

陰風吹林烏鵲悲　　　陰風 林を吹いて 烏鵲(うじゃく) 悲し

猛虎欲出人先知　　　猛虎 出(いで)んと欲して 人 先ず知る　　

目光曈曈當路坐　　　目光(もくこう) 曈々(とうとう)として 路に当たりて 坐す

將軍一見弧矢墮　　　将軍 一たび見て　弧矢 墮つ　　

幾家插棘高作門　　　幾家か 棘(きょく)を插(さしはさ)みて 高く門と作す

未到日沒收豬豚　　　未だ 日沒に到らざるに 豬豚を收む

猛虎雖猛猶可喜　　　猛虎は 猛なりと雖(いえど)も 猶(な)お喜ぶべし

横行只在深山裏　　　横行 只だ 深山の裏(うち)に在り

 

【語釈】

陰風…寂しく陰気な風。烏鵲…カラスとカササギ。曈曈…日の輝くがごとく光るさま。弧矢墮…一つの矢を放った（飛将軍李広をいう）。插棘高作門…荊棘を差し挟んで門を作り，虎の侵入を防ぐ。

 

 

 

日本刀歌　　　 日本刀の歌　　　　　　　　　　北宋　　歐(おう)陽(よう)修(しゅう)

 

昆夷道遠不復通　　　昆(こん)夷(い)は 道 遠くして 復(ま)た 通ぜず

世傳切玉誰能窮　　　世に伝うる切(せつ)玉(ぎょく) 誰か 能(よ)く窮(きわ)めん　　

寶刀近出日本國　　　宝刀 近く出ず 日本国

越賈得之滄海東　　　越(えつ)賈(か)は 之を 滄海(そうかい)の東に得たり　　

魚皮裝貼香木鞘　　　魚皮に装貼(そうてん)す 香木の鞘

黄白閑雜鍮與銅　　　黄白 間(かん)雑(ざつ)す 鍮(とう)と銅と　　

百金傳入好事手　　　百金 伝えて入る 好事の手

佩服可以禳妖兇　　　佩服(ふうふく)し 以て 妖凶を禳(はら)うべし　　

傳聞其國居大島　　　伝え聞く 其の国 大島(だいとう)に居り

土壤沃饒風俗好　　　土壌 沃饒(よくじょう)にして 風俗好し　　

其先徐福詐秦民　　　其の先に 除(じょ)福(ふく)は 秦民を詐(いつわ)り

採藥淹留丱童老　　　薬を採り 淹留(えんりゅう)し 丱(かん)童(どう) 老ゆ　　

百工五種與之居　　　百工 五種は 之と居(お)り

至今器玩皆精巧　　　今に至るまで 器玩(きがん)は 皆 精巧　　

前朝貢獻屢往來　　　前朝は　貢献して 屡(しば) しば 往来し

士人往往工詞藻　　　士人は 往々にして 詞(し)藻(そう)を工(たくみ)にす　　

徐福行時書未焚　　　徐福 行く時 書 未だ 焚(や)けず

逸書百篇今尚存　　　逸書(いつしょ) 百篇 今 尚お 存す　　

令嚴不許傳中國　　　令(れい)厳(げん)にして 中国に伝うるを 許さず

舉世無人識古文　　　世を拳(こぞ)って 人の 古文を識る 無し　　

先王大典藏夷貊　　　先王の大典 夷貊(いはく)に蔵し

蒼波浩蕩無通津　　　蒼波(そうは) 浩蕩(こうとう)し 津に通ずる無し　　

令人感激坐流涕　　　人をして 感激し 坐(そぞろ)に 涕(なみだ)を流さしむ

鏽澁短刀何足云　　　錆(せい)渋(じゅう)の短刀は 何ぞ 云(い)うに足らん

 

【語釈】

昆夷…えびす。不復通…交易や往来がずっと途絶えている。・切玉…昆吾（こんご）産の宝刀の名。誰能…だれか…ができようか、だれも…できまい。窮…つきつめたずねる。越賈…現・浙江省の商人。得之…これを手に入れる。滄海東…青い海の東の方。日本のことを指す。魚皮…鮫（さめ）の皮。鮫肌。香木鞘…香木のサヤ。

閑雜…混ざる。鍮與銅…真鍮と銅。百金…大金。傳入…輸入する。好事手…好事家の手中。佩服身につける。（可以……することができる。禳…神を祀って災いを祓う。妖凶…凶事。傳聞…伝え聞く（ところでは…だそうだ）。其國…その国、日本を指す。居…おく。大島…日本の国土を指す。沃饒…地が肥えて作物が多く採れる。其先…日本人の先祖。徐福…秦・始皇帝の時代の人物、仙薬を取りに行くと称して、東海に船出した。採藥…仙薬を採取する。淹留…久しくとどまる。丱童…髪をあげまきにした幼童、徐福が連れて行った児童を指す。百工…各種の職人。五種…五穀の種子。器玩もてあそび物。前朝…一つ前の王朝、唐。貢獻…みつぎ物をたてまつる。士人…学問・修養をつんだ人。往往…つねづね。工…巧みである。詞藻…文章の修辞。行時…出かけた時。書未焚…秦・始皇帝による焚書坑儒がまだ実施されていない時。逸書…昔の書物で世の中からなくなったもの。今尚存…今なお、（日本では）伝えられている。中國…文明中国。舉世…世の中こぞって。古文…中国の古い文字や文章。先王…古代帝王。大典…重要な書物。立派で部数の多い書物。夷貊…東北方の未開人、ここでは､日本を指す｡蒼波…あおい波。浩蕩…水の広々としているさま。通津…渡し場。令人…人に…させる。坐…そぞろに、何とはなしに。流涕…涙を流す。鏽澀…さび、さびがつく。何足……するに及ばない。

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